DADDY FACE

 

時の迷宮  第一話

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ねえ、ディア?」

 

「なぁ〜に、パパ?」

 

「・・・ここ、何処だい?」

 

 呆然とした顔で、ぼさぼさ頭の『パパ』と呼ばれた眼鏡を掛けた青年は周囲を見回した。

 『パパ』と呼んだ中学生くらいの女の子とは、どう見ても親子関係には見えない。

 まだ、兄妹と言われたほうが納得が出来る。

 それ以前に、その青年の身に纏う雰囲気が・・・どこか頼り無い。

 別に、貧弱な身体付きをしている訳でもないのだが、とにかく頼り無かった。

 

 まあ、その事はおいておくとして、青年が見回した場所は・・・一言で言えば岬だった。

 別段、日本では珍しい光景ではないだろう。

 

 ただ―――5月にしては身を襲う寒風が、薄着の身体には厳しいが。

 

 寒さに少し震えている『パパ』を見て、ディアと呼ばれた美少女は笑いながら答えた。

 ちなみにディア自身は何時もツインテールにしている長い黒髪を、今日は解き耳元まで暖かそうな帽子を被っている。

 その身に纏う服装も、何時もの春物ではなく冬物だったりする。

 

「う〜ん、心配しなくてもまだ日本だよぉ

 ただ、最北端だけどね♪

 ちなみに、現在地は北海道の知床岬」

 

「じゃ・・・遠くに微かに見えるのは、択捉島かな?」

 

 間違いであって欲しい・・・そんな願いを込めながらアキトは引き攣った笑顔で呟く。

 ただ、この娘と感動の再会をして以来、この手の願いが叶った事は無いが。

 

「ピンポーン♪」

 

 娘の快活な声を聞きながら、アキトの動きは凍り付いた・・・

 そして震える手で自分の手に付けていた、古ぼけた腕時計を見る。

 

 勿論、時計の針が止まる理由など無かった。

 

「午前9時、つい30分前まではアパートで朝食を食べていたはずなのに」

 

 今日の午前の講義は絶対に外せないのだ。

 外せば・・・留年にまた一歩近づいてしまう。

 

 ちなみに、留年すれば恐い女性に怒られてしまう。

 いや、怒られる位で済めばいいのだが。

 剣道部の主将を務めるある女性の事を思い浮かべ、アキトは背筋に冷汗を浮かべた。

 

 ・・・南無

 

「御免〜、だって普通に頼んでも、パパ断っちゃうでしょう?

 だからまた一服盛っちゃった、てへ♪」

 

 可愛く舌を出す愛娘を呆然とした顔で見下ろしながら・・・

 

「そりゃ無いよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 青年は流氷の浮かぶ海に向かって絶叫した。

 季節は5月と言えど、北海道はまだまだ寒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 緑色に近い髪をショートカットにしている、凄い美人が相模大の校門の辺りで憮然とした表情で立っていた。

 少しきつめの美貌だが、間違い無く極上の美女だった。

 その服装からして、大学の生徒だと思われるのだが・・・

 

 苛々としている表情を隠さず、足元のパンプスが何度も地面を蹴る。

 そんな彼女の前に、一台のリムジンが凄い勢いで飛び込んできた。

 

    キキィィィィィ!!

 

 そして、急停止したリムジンから、一人の少年が降りてくる。

 ディアに似た顔立ちを持つ美少年だ。

 

「母さま、一大事とは何事ですか!!」

 

「なあ、ブロス・・・アキトが何処に行ったか知ってるか?」

 

 双子の姉に似た、美形の息子を呼び出した彼女の第一声が、それだった・・・

 そう、目の前の美女―――麻当 リョーコは車から降りて来た少年、結城 ブロスの生みの親だったのだ。

 

 ちなみに、ある理由によりアキトはディアとブロスの母親がリョーコである事を知らない。

 名字が違うのは、リョーコが結城の家を飛び出して一人暮らしをしているからだ。

 

「か、母さま? それが呼び出した理由ですか?

 いや、僕に聞かれても困るんですが・・・

 昨日と今朝は面会が続いて忙しかったので、姉さまも父さんとも連絡は取ってませんしね〜」

 

 母親からの緊急の呼び出しに、全てのスケジュールを放り出して訪れた息子はその質問に脱力した。

 そして後頭部を掻く息子から視線を外し、その背後に控える中年の男性に質問をする女性・・・

 

「・・・プロスペクター」

 

 ・・・はっきり言って、視線がかなり恐い。

 

「いや、小生としましても・・・ディアさんに関しましては、アキトさんにお任せしていますので。

 それに下手に親子水入らずを邪魔しますと、延々と恨み言を言われるものですからして、はい」

 

 何を言っても聞き入れないと思いつつ、取り合えず言い訳を述べる眼鏡を掛けたチョビ髭の中年だった。

 

 

「また・・・あの娘が何かしたんだな!!

 絶対そうに決まってる〜〜〜!!

 アキトを返せ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 もしアキトが留年したら許さないぞ!!

 絶対一緒に卒業をして、そこで告白するんだ〜〜〜〜!!」

 

 

 叫び声をあげる母親をよそに、小声で執事に質問をするブロス。

 どうでもいいが、この二人の名前を並べると混乱して仕方が無い。

 ・・・今後、プロスペクターとフルネームで呼ぼう。

 

「・・・今更、告白のセッティング?

 そんなイベントを待たずとも、一言真実を告げれば全ては丸く収まると思うけどな〜」

 

 内ポケットからPDAを取り出し、今後のスケジュールを確認しながらそう呟くブロス。

 まだ中学生と言える年齢であるが、実は大財閥である結城グループの跡取として第一線で活躍しているお子様なのだ。

 

 リョーコ・・・母親の行動は既に何時もの事と割り切って、次の仕事の事を考えているようだ。

 

「多分、何かしらの切っ掛けがなければ動けないのでしょう。

 ・・・そういう方です」

 

 ブロスの背後に控えるプロスペクターが、そんな意見を述べる。

 

「・・・ちなみに、本当に二人の所在は掴めてないの?」

 

「いえ、おおよその場所だけは掴んでいますよ」

 

「あ、やっぱり。

 で、何処なの?」

 

 移動に使っているリムジンに向かいながら、ブロスとプロスペクターの話は続く。

 そしてリムジンに乗る手前で、背後に居たプロスペクターを見ながらそう尋ねるブロス。

 

「・・・北海道の最北端、知床岬です。

 何でも今回のターゲットは、択捉島の近くにあるそうです」

 

「じゃあ、今度の相手は下手をするとロシア軍だね。

 お父さんも大変だ〜」

 

「・・・そう、なりますな」

 

 他人事の様に話をするブロスとプロスペクターだったが。

 その内緒話に聞き耳を立てていたリョーコにより、一時間後には本州から二人は連れ出される。

 

 ・・・仕事と学業は良いのか? 二人共?

 

 ちなみに、オマケも付いて来ていたりした。

 

 

 

 

 

 

 こうして、騒動の種は見事に北海道に蒔かれたのだった。

 ・・・実に迷惑な話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、アキト君が納得したところで、今回のミッションの説明を始めるわね」

 

「はぁ〜い、お願いね、イネスさん」

 

「・・・明後日の授業は絶対に出ないと、終わりだな。」

 

 盛り上がっている愛娘と、ある巨大企業の会長秘書であるイネスの会話を背中で聞き流しながら。

 今は防寒防弾を兼ねたカーボン・ナノチューブ製の黒いコートを羽織るアキト。

 その背中に漂う哀愁は、既に諦めの境地に入りつつある。

 

 自分が、何時この冒険に同行する事に納得したのだろうか? 

 ―――と、思いながら。

 

「これが、今回の現場の写真だね・・・見た目は普通の大岩か〜」

 

 イネスから手渡された写真―――大海原から突き出ている大岩を映した写真を見て、そう感想を述べるディア。

 

「その通り、衛星を介して調査をしたけれど、特に怪しい個所は見付からなかったわ。

 けど、古文書を解読した限りでは、その大岩が例の場所である事は確かね。」

 

 二人の会話を何気なく聞きながら、アキトは知床岬の先から問題の大岩を見ていた。

 写真に映っている姿そのままで、大岩はそこにあった。

 

 ディアが現場まで足を運んだ以上、この大岩に何か問題があるのだろう。

 少なくとも、イネス達の情報網は世界最高と言われているのだから・・・

 

 それにしても、何処にでもヘリコプターで登場しないで欲しいな。

 絶対、近所迷惑とかは考えてないな。

 ・・・ハリアーよりはマシか。

 

 自分のコートを運んできたイネスが降りて来たヘリコプターを横目で見ながら、アキトはそう思った。

 

 多分、彼自身が運ばれたのもあのヘリコプターだろう。

 実はイネスは世界を牛耳る情報産業の巨頭、フォーチュン・テラーの会長秘書なのだ。

 そして、そのフォーチュンの会長は・・・

 

「はくしょん!!」

 

「5月とはいえ北海道の気温は低いわよ。

 ちゃんと厚着をしなさい」

 

「は〜い」

 

 可愛いくしゃみをして、注意をされてる自分の愛娘だったりする。

 世の中は謎と不思議に満ちている、と何時も確認する瞬間だった。

 

「さて、では現場視察に出発〜♪

 ほら張り切って行くよ、パパ!!」

 

「はいはい」

 

 ・・・何だかんだと言いながらでも、愛娘の我儘を聞いてしまうアキトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの〜、どうして私が北海道に同行しないといけないの?

 ねえ、ブロス君?」

 

「・・・済みませんね〜、イツキさん。

 多分、母さまは父さんと出会った時にする言い訳が欲しいんだと思うんですよ。

 つまり、『親友のイツキさんに誘われて、北海道の旅に出た』、とかね〜」

 

「甚だ、迷惑な話ね・・・それ

 大体、ブロス君達がその場に居る時点で怪しいと思わないアキトさんもアキトさんだけど。

 いい加減、決着を付けて欲しいわねあの二人の関係も」

 

「面目も御座いません。

 小生がもう少ししっかりとしておれば、ブロス様にもイツキ様にも迷惑は掛らなかったのですが」

 

「あ、別に良いですよ!!

 それに、あの親子の被害者リスト第二位を占めてるプロスペクターさんに、そんな事とても言えませんよ〜」

 

「・・・ちなみに、一番の被害者は?

 いえ、聞くまでも無いと思うけど〜」

 

「うん、君のお父さん」

 

 そして揃って溜息を吐く三人だった。

 その頃話の中心人物は、飛行機の客席で熟睡中・・・夢の中では、最愛の人に再会出来たそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、今回のお宝は何か予想はついてるのかい?」

 

 片腕に縋り付いているディアに、岬を歩きながらアキトが尋ねる。

 既にコートの機能のお陰で体温は快適な温度に保たれている。

 そうなれば、雄大な北海道の自然に目をやる余裕も生まれるというものだ。

 

 ・・・意図的に、大学例の女性の事は忘れようとしているが。

 

「う〜ん、論より証拠かな〜

 イネスさんが言うには、凄く珍しい電波をあの岩山が少量だけど発してるって。

 フォーチュンの最新式の観測機でも、辛うじて検出できるレベルなんだって」

 

「あれ、でもさっきは異常無しだって言ってなかった?」

 

 殆ど聞き逃していたイネスの説明を、必死に思い出そうとするアキト。

 そんなアキトを下から見ながら、ディアが笑う。

 

「凄く微妙な反応なんだって。

 特定するには、判断材料が少なすぎるらしいの。

 ・・・はっきりとしない事を口にする人じゃないしね」

 

 イネスの性格を思い出し、納得するアキトだった。

 基本的に自分が人に説明できない事は、話そうとしない女性だった。

 

 そんな事を思い出しているアキトの視界に、一人の男性の姿が映る。

 かなりの長身で、サングラスをしている。

 その身のこなしには隙が無く、アキトはそれなりの武術を修めた人物だと判断した。

 素早くディアを背後に隠し、男の目からは映り難いようにする。

 一応の用心も兼ねて、掛けていた眼鏡を外してコートの内ポケットにしまう。

 そして、何時でもディアを抱えて動ける様に足場の確保も忘れない。

 

「よう、こんな時期に観光かい?

 スキーをするには場所が場所だし、観光には時期が早いぜ」

 

「はあ、そうですね」

 

 フレンドリーに接してくる男性に、アキトは内心の構えを少し解いた。

 少なくともアキト達に敵意はもっていないようだ。

 そして気の抜けたアキトの返事を聞きつつ、二人を観察する男性。

 無遠慮なその視線に腹を立て、アキトの背後にいたディアが男性に突っ掛かる。

 

「ちょっとオジサン!!

 何を人を珍しいモノを見るような目で見てるのよ!!」

 

「オ、オジサンは酷いな。

 これでも俺は28歳だぜ?

 しかし、若すぎる男女連れか・・・は!! まさか、無理心中か!!」

 

     ガスン!!

 

 問答無用でディアの投げた岩が、男性の頭部に命中する。

 無言で倒れる男性に・・・

 

「わぁ〜〜〜〜!! 済みません!!

 この娘、手加減って言葉を教えて貰ってないみたいなんですぅ!!」

 

「あ〜〜〜、そんな事言うんだ!!

 今度、リョーコちゃんに告げ口してやろっと」

 

 同じ大学に通う学友の名前を突然出されて、首を傾げるアキト。

 

「・・・どうしてリョーコちゃんがそこで出て来るの?」

 

 不思議そうに娘に聞くアキトだった。

 そう、アキトは娘とリョーコの関係を知らない、知らないからこんな馬鹿な質問が出来る。

 この問題の為に、一体この双子と周りの人々がどれだけ迷惑をこうむった事か!!

 

 ・・・ただ、ここで真実を話させば、間違い無くディアは実の母親に凄い目にあうだろう。

 

 それだけは、確実だった。

 

「あわわわわわわわ!!

 何でも無い!! ただの聞き間違い!!」

 

 ・・・そんな事はどうでもいいから、地面に倒れている俺をどうにかしろよ!!

 

 多分、男性に意識があればそう思った事だろう。

 

 ちなみに、二人がダクダクと地面に血の池を作っている男性に気が付いたのは。

 それから10分後の事だった・・・

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、まさかナオさんが刑事さんだったなんて、思いもよらなかったわ」

 

「・・・本来なら傷害罪で、問答無用で留置場行きなんだがな。

 まあ、俺も悪ふざけが過ぎたと思ってるし、それは許してやる」

 

「わお、話せる〜♪」

 

 頭に包帯を巻いたナオ(気が付いてから、お互いに自己紹介をした)が、顔を顰めながら二人に話をする。

 しかし、丈夫な男だ。

 

「あの〜、本当に大丈夫ですか?

 かなり出血をされてましたけど?」

 

 おずおずと娘の被害者に話し掛けるアキト。

 この男の気苦労が減る日は来るのだろうか?

 

「まあ、俺はこの署内でもタフな事で有名なんでな。

 ・・・で、実際のところお前さん達の関係はなんだ?

 って、恋人じゃなけりゃあ兄妹しかないか」

 

 頭を掻きながら、調書に何かを書き出すナオ。

 ちなみに、一応不審事物と言う事で二人は警察署で職務質問をされていた。

 そりゃあ、人気の無い岬で若い男女が歩いてればな〜

 (イネスは既に飛び立った後だった)

 しかも、世間ではGWが終って学生は勉強に忙しいというのに。

 

 その上、刑事を一人問答無用でKOしてるし。

 

「ぶぅ、兄妹じゃないもん!!

 父親とその愛娘だもん!!」

 

「はいはい、父親と娘、っと」

 

 二人の間柄の欄に、父親と娘と記入してから動きを止めるナオ。

 そしてそのまま、動きを止める。

 

 ちなみに、アキトの年齢は21歳

 ついでに言えば、ディアの年齢は12歳

 

 ―――年齢差、実に9歳

 

 ナオは調書に書いてある、二人の年齢の項目を三度確認をした後・・・

 

「・・・16歳以下に手を出すのは犯罪だと知ってるか?

 逆算すると、アキトが8歳か9歳の時に生ませたのか?

 と言うか、母親は何歳だ?」

 

「あ、あははははははははは」

 

 笑う事しか出来ないアキトであった。

 二人がナオから解放されるのは、当分先になりそうだった・・・

 前途は何時もの如く、限りなく多難だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り合えずは海鮮丼かな♪」

 

「良いですね〜、やはり北海道と言えば海の幸だよね〜♪」

 

「小生が良い店を知っております。

 早速車を手配しましょう」

 

 

 

 

「お前等!!

 本来の目的を忘れるんじゃな〜〜〜〜〜〜い!!」

 

 

 

 

 こちらもこちらで、前途は多難のようだ・・・

 

 

 

 

 

 

後書き

 

さて、続きは何HITで書こうかな?(笑)

しかし、いまいちキャラの特性が掴めてないな〜

 

 

 

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