DADDY FACE
時の迷宮 第三話
カランコロン♪
「いらっしゃい・・・ませ?」
ミナトが店のベルの音に反応し、輝くような笑顔を店の入り口に向ける。
しかし、入ってきた三人の客の姿を見て、その笑顔が引き攣った。
「いい歳して、泥遊びでもしてたの?」
「・・・ああ、特大の泥をぶつけられた。
そこのお転婆娘にな」
ミナトの呆れたような質問に、泥まみれのナオが憮然とした声で返事をした。
「何よぉ、あたしが悪いっていうの?」
「・・・どう考えても被害者だろ、ナオさんは」
娘(ディア)の理不尽な怒りに、深々と溜息を吐く父親(アキト)だった。
「あ〜、サッパリした。
悪いな、シャワーまで貸してもらってよ」
「別に良いですよ。
ヤガミさんは一番のお得意様ですからね」
あの後、店の奥から出てきたこの店(喫茶『激臥』)のマスターである九十九の好意で、三人はシャワーを浴びた。
その間に、泥だらけの服は洗濯され、現在は乾燥機の中で回転している。
アキトとナオは九十九の服を借り、ディアは九十九の妹であるユキナの古着を借りていた。
「でもどうしてあんな泥だらけの姿に?」
ミナトと二人してランチの皿を洗いながら、九十九がナオに尋ねる。
アキトとディアは、ミナトに出してもらった珈琲と紅茶を堪能しているからだ。
「ああ、それが聞いてくれ。
岬でキラー衛星の攻撃をバリヤーが弾き返して、それを避けたのはいいが・・・
その後で岬が崩れ落ちて、危うく生き埋めになりかかったんだ」
真面目な口調で真実を話すナオ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何時、刑事から007に転職したんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・三時間ほど前にだ」
しかし、九十九は信じてくれなかった。
事件のあった岬は、ただでさえ人が来ないような僻地にあり。
キラー衛星の攻撃も、ディアがメディア関係と警察上層部に圧力をかけ、有耶無耶にしていたからだった。
大人二人が目の前の現実に右往左往している間に、迅速に事後処理をしたお子様が一番凄いだろう。
結局、ナオはディア達と悪ふざけをして、泥だらけになったのだろうと結論が出た。
普段の行いから、白鳥夫婦はそう判断したのだ。
―――まさに自業自得である。
「で、いい加減事情を説明してほしいな。
あれだけの事件があったのに、パトカーが一台も現場に来ない。
・・・お前さん達が何かしたのか?」
喫茶店の一角を占拠した一同は、早速ナオの尋問を受けていた。
気迫の篭ったナオの尋問に、アキトは姿勢を正して聞いているが、ディアは平気な顔をしている。
「12歳の女の子に向かって、何凄んでるのよぉ」
「普通の12歳の女の子が、キラー衛星を使って岬を消滅させるか」
自覚が無いのか、それとも開き直りなのか、ナオの言葉を聞いて不満そうな顔をするディア。
「岬を消滅させたのは、あたしじゃないもん」
「事の発端は自分だろ〜が!!」
「あ、あの・・・もう少し声を小さく・・・」
「お前は黙ってろ!!」「お父〜さんは黙ってて!!」
「・・・ふぁい」
ナオとディアの言い争いを聞きながら、ミナトと九十九の責めるような目に怯えるアキトであった。
結局、この不毛な言い争いは二時間に及び・・・
何故か最終的には、ナオが言い負かされていた。
黒塗りのリムジンが知床に辿り着いたのは、夕日が沈みきった時間だった。
一気に下がりだした気温に、リムジンから降り立った人影が、寒そうにコートの襟を合わせる。
「この周辺に二人が居るんだろ?」
「まあ、岬の消失をうやむやにして誤魔化してたから。
ここから直ぐに移動するつもりは、無いはずだけど」
母親の背中に返事を返しながら、珍しそうに周囲を見渡すブロス。
その背後では、今日宿泊するホテルに荷物を運搬する、プロスペクターの姿があった。
同行者であるイツキは寒さに負け、既にホテルのロビーでくつろいでいる。
「今から探し出すのは難しいし、今日はもう休もうよ。
心配しなくても、色々な意味で目立つ二人だから、直ぐに見つかるよ」
「う〜・・・」
息子が素早く諦めた事に、抗議の声を上げる母親。
かといって、一人で探す事は無謀だと分かっているので、結局ホテルへと入っていくのであった。
その頃、噂になっていた二人は・・・
「さてと、宿も決まった事だし。
パパ、晩御飯食べに行こう♪」
「北海道の食べ物は何でも美味しいからね、何を食べようか?」
晩御飯を求めて、街をさまよっていた。
そして、その二人を監視する怪しい影・・・
「絶対、また騒動を起こすぞ、アイツ等」
どう考えて目立ちすぎる格好を気にもせず、尾行を開始するのだった。
ジュー!!
「悪いな〜、奢ってもらってよ」
「・・・よく言うわね、バレバレの尾行をしてたくせに」
ジンギスカンの鍋を囲いながら、三人がそれぞれの食欲を満たそうと箸を動かす。
もっとも、アキトは肉を入れる役を己に課しており、殆どがナオとディアの胃袋へと消えていく。
それでも、この男は仲直りした二人を嬉しそうに見ている。
「で、何時まで見張ってるつもりなのよ?
大体ね〜、あたし達にかまってる暇があるなら、他の仕事をしなさいよ。
税金の無駄遣いよね、全く」
怒ってるんだぞ、と大げさにジェスチャーをしながら、箸は止まらない。
「・・・納税してねぇだろうが、お前さん」
呆れたね、とジェスチャーしながら、やはり箸は止まらない。
そんな二人の間で、テキパキと野菜類を鉄板に並べるアキト。
「でもナオさんって、一人暮らしなんですか?」
アキトがふと疑問に思った事を尋ねる。
いいかげん尾行が煩わしいので、晩御飯に誘ったのだが、二つ返事でOKをしてきた。
一緒に住んでいる家族がいれば、それなりに連絡を入れたりするものだ。
「パパ、喫茶店でもミナトさんが言ってたでしょ。
ミリアさんにメティちゃんって・・・奥さんと娘?」
「ぶー、二人は姉妹です。
で、現在、俺とミリアは交際中なわけだ」
ふんふんと頷きながら、何事か考えているディア。
その姿に、アキトは嫌な予感を覚えた。
「就いている職業は別にして、こんな怪しい人物の恋人・・・
きっと、余程出来た人か、変わり者ね」
「ディア、失礼だろ。
きっとミリアさんは、良く出来た女性なんだよ」
「・・・俺が怪しい人物だというのは否定しないのか、おい」
低い声でアキトを責めるナオを横目に。
次々に自分の取り皿に、肉を確保するディアだった。
そして食事が一段落し、食後の珈琲やアイスを食べている時、ディアが正面から切り込んだ。
「で、本当の目的は何?
上司からあたし達には関わらないように、通達はきてたと思うけど」
「だからだろうが。
このままお前みたいな危ないお子様を野放しにしてたら、街が壊滅しちまう。
俺は愛するミリアとメティちゃんのためなら、上司の命令を無視する事なんて朝飯前よ」
少なくとも一人前の大人の言うことではない。
だが、その一途な態度には弱いのか、更に圧力をかけようと思っていたディアの考えが止まる。
・・・多分、この調子では首になっても、自分達に関わってきそうだ。
ならば下手に動かれないよう、こちらが動きを把握しておいたほうがいいのでは?
ディアはナオを観察しながら、そう判断した。
「はぁ・・・変な人と知り合っちゃったなぁ」
「でも悪い人じゃないと思うよ」
「・・・お前達に言われたくないぞ、その台詞」
視線を父親に送ると、アキトもナオに対して友好的である。
ディアは溜息と一緒に、このおちゃらけた刑事の存在を受け入れた。
その後、ナオと携帯の番号を交換しあい。
お互いに連絡が取れる状態にした。
「じゃ、俺は自分の部屋に帰る。
ごちそうさん!!」
「今度何か奢りなさいよ!!」
陽気に手を振って立ち去るナオに、ディアが憎まれ口を叩いていた。
ディアの背後に立っているアキトは、ナオと同じように手を振っている。
「ま、地元の刑事って事は、情報収集に役立ちそうだけど。
『あの組織』との戦いに巻き込まれたら・・・責任もてないわよ」
「・・・強いよ、ナオさん。
少なくとも、そう簡単にアイツ等の下っ端にやられる人じゃない」
「嘘ぉ??」
父親の台詞に、思わず大きく目を見張るディア。
アキトの実力を知るだけに、その言葉が嘘だとは思えない。
そう思うとあのおちゃらけた刑事が、只者とは思えなくなってきたのだった。
その後、隣で唸っている娘の手を引きながら、アキトはホテルへと向かう。
自分の考えに没頭しているのか、ディアは大人しくアキトについて行く。
普段の元気な姿もいいけれど、大人しいディアもいいな・・・と親馬鹿な事をアキトが考えていた時。
「うううう・・・すみません〜、ちょっと道を聞きたいんですけどぉ」
長く綺麗な赤毛をもった女性が、鳶色の瞳を半泣き状態にして現れた。
「もう!!
枝織ちゃんったら、何処に行ったの!!」
「まあまあ零夜君、落ち着きなさいって。
彼女も子供じゃないんだし、交番か人に道を聞いて帰ってくるさ」
ホテルのロビーで、一組の男性と女性が騒いでいる。
黒髪を短く切り揃えた男性は、ソファに座り込み新聞を読んでいる。
ショートカットの女性は、その隣で男性の態度に腹を立てているようだ。
「山崎さん、ここはラボじゃないんです。
ただでさえ、枝織ちゃんは方向音痴なんですし。
何か事件が起こった後では、どうしようも無いんですよ」
「え、簡単な事じゃない。
街一つ地図の上から消すことくらい」
軽く答えた山崎の顔には、何の気負いも罪悪感もなかった。
それを認めた零夜は、唇を噛むと顔を背ける。
この男に人道を説く事の空しさを、嫌というほど知っているからだ。
そしてこんな男でなければ、自分の大切な幼馴染にあんな実験などは施せない。
『木連』と自称するオーパーツの収集軍団においても、その存在は異彩を放っていた。
「私、探しに行ってきます」
「んー寒いのに、ご苦労様」
馬鹿にしたように手を振る山崎をロビーに残し、零夜は飛び出した。
その後姿を見送った後、山崎は再び新聞に目を落とす。
「・・・ま、ダーティフェイスもこの街に来ているそうですし。
これは面白い事になりそうですね」
その笑顔は、自分の実験結果を確かめる科学者そのものだった。
「痴話喧嘩かな?」
「趣味が悪いぞ、イツキ」
お風呂上りなのか、ホテル備え付けの浴衣姿のリョーコとイツキが、言い争う二人を見ていた。
興味津々で隠れていた植木鉢の裏から、イツキがもっと男性を良く見ようと顔を出す。
それを隣で呆れた顔で見ていたリョーコが嗜める。
「う〜ん、趣味悪いな・・・年も結構離れているみたいだし」
「人の趣味なんて千差万別だろうが」
「ま、九歳で双子を産まれた方の言葉は、重みが違うわねぇ」
「てめぇ・・・」
その後、リョーコに襟首を掴まれ部屋まで連行されるイツキ。
一応抵抗をしてみるが、根本的な体力では雲泥の差があるため、無駄な努力であった。
そして部屋では、ブロスが会社と電話でやり取りをしている最中だった。
ちなみにプロスペクターは、リョーコに情報収集を頼まれて外出中。
「で、僕を呼んだ理由は何?」
電話を終え、女性用の部屋に呼び出された理由を問う。
ちなみにイツキは、自分のベットで不貞寝を敢行している。
「あの不良娘の今回の目的、予想出来ないか」
単刀直入の母親の質問に、真面目に考え込むブロス。
毎回毎回、父親を振り回す姉だが、一応目的は宝探しだ。
しかし、一応自分がこの地方の伝承等を調べた限りでは、そんな宝探しに直結するネタは存在していなかった。
もしかすると姉が掴んだのは、かなりマイナーな情報なのかもしれない。
「残念だけど、ちょっと思い当たる節がないよ」
「・・・また例の組織と争って、怪我しないよな」
何時も娘に連行されては、大怪我をしてくるアキトの事をリョーコは心配していた。
あのアキトなら自分がどれだけ傷つこうとも、それこそ命懸けでディアを守ろうとするだろう。
そんな人だからこそ、リョーコは心配であり。
毎回彼をトラブルに巻き込む娘に憤慨していた。
「二人が心配ですか?」
「当たり前だろ」
「画期的な解決策が一つ」
「何、何!!」
息子の話を一言一句聞き逃さないよう、顔をギリギリまで近づける。
「お父さんに全てを話せば、万事OK」
ニヤリと、姉そっくりの顔で、姉そのままの意地の悪い笑顔を作るブロス。
「・・・それが出来ないから、こんなに悩んでるだろうが」
息子の言葉にノックアウトされ、自分のベットに轟沈しながら、か細い声で反論するリョーコ。
何時でもどんな時でも、正論は強く耳に痛い。
九歳差の父娘は無事ホテルに辿り着いた。
そして父親は明日からの苦労を思い、苦笑をする。
「ま、怪我だけはしないように気をつけないとな。
また学校に行った時、リョーコちゃんに怒られちゃうよ」
娘は父親の心配をよそに、次の冒険に心を躍らす。
「ふふふ、キラー衛星の攻撃を跳ね返すバリヤーか。
これは是非とも謎を解明しないとねぇ」
母親は眠りにつく親友の隣で、思い人の無事を祈る。
「・・・無茶するんじゃないぞ、アキト
ついでに馬鹿娘」
双子の男の子は明日からの騒動を思い、顔を綻ばせる。
「我が家くらいだろうな、こんな形で家族のコミュニケーションをとるのは」
幼馴染を無事見つけた零夜は、気疲れからか直ぐに眠り。
長い赤毛の美少女も、隣のベットで微笑みながら寝ていた。
「・・・むにゃ、アー君って呼んでいい?」
「・・・アー君って誰なのよぉ、枝織ちゃぁん」
寝言で会話をする幼馴染だった。
そしてその隣の部屋にいるのは山崎。
机の上にパソコンを広げ、何かを調べている。
「やはり、情報規制をしいてますか。
ふふふ、案外遭遇は早そうですねぇダーティフェイスさん」
パソコンを閉じながら、その顔は喜びに歪む。
そして、ある独身寮では・・・
「・・・騒がしくなりそうだ」
月夜を眺めながら、ナオがそう呟いていた。
後書き
・・・何ヶ月ぶりの更新かなぁ?(苦笑)