機動戦士ガンダムSEED AnotherEdition

第6話 『宇宙』

 静寂に閉ざされたコクピットの中、低い呼吸音だけが響き渡る。キラは呆然と、漆黒の闇のみを映し出すモニターを見詰めていた。
「ヘリオポリスが……壊れた……?」
 口に出して呟き、その響きにゾッとする。ついさっきまで自分達が暮らしてきた人工の大地は、原形を留めぬまでバラバラに四散し、宇宙空間を漂っていた。瓦礫の中に見慣れた建物の残骸を発見し、キラは思わず目を背けた。
 昨日と同じ今日、今日と同じ明日、繰り返し時を刻み、いつまでも変わらないと思ってきた日常。だがその幻想は、戦争という現実の前に脆くも崩壊してしまった。
『X105ストライク、X105ストライク、キラ=ヤマト応答せよ!』
 通信機から流れるマリューの声。自分の名を呼ばれているのに気づき、ようやくキラは自失から回復した。
『聞こえていたら、無事なら応答しなさい!』
「あ、はい……こちらストライク、キラです」
 キラは通信機のスイッチを入れ、答えた。マリューの声に安堵が滲んだのが分かる。
『無事なのね』
「はい」
『こちらの位置は分かる? 帰投出来るかしら?』
「はい」
 通信を終え、キラは口元を引き締めると操縦桿を握り直した。頭がはっきりして来るにつれ、底冷えのような不安が込み上げてきた。
(父さん、母さん……無事だよな?)
 ヘリオポリスの緊急避難システムは充実している。たとえコロニー本体が崩壊しても、退避シェルター自体が救命艇として射出される仕掛けになっているはずだ。今は、両親が無事に避難出来た事を信じるしかない。
 そのとき、電子音がコクピットに鳴り響き、モニターに何かが表示された。
「救難信号?」
 それは、ランプを点滅させている、円筒形の細長い漂流物――ヘリオポリスの救命艇だった。


「ふう」
 小さく溜め息をつくと、マリューはストライクとの通信を切った。
「で、これからどうするのかな?」
 CICから上がって来たフラガが問いかける。
「本艦は未だ戦闘中です。パル伍長、ザフト艦の動きはつかめる?」
「無理です。コロニーの残骸の中には熱を持つ物も多く、これでは通常の電探はおろか、レーザーも熱探知も不可能です」
「そう」
 オペレーターからの報告に考え込むマリュー。
「向こうも同じだと思うがね。追撃があると?」
「あると想定して動くべきです。もっとも、現時点で攻撃を受けたら、こちらに勝ち目はありませんが」
「だな。こっちにはあの虎の子のストライクと、俺のボロボロのゼロだけだ。艦も、この陣容じゃあ戦闘はな」
 ぐるりと艦橋を見回し、フラガは詠嘆した。
「最大戦速で振り切れないか? かなりの高速艦なんだろう、コイツは?」
「向こうにも高速艦のナスカ級がいます。振り切れるかどうかの保証はありません」
「なら、いっそ素直に投降するか? それも一つの手ではあるぜ」
「えっ?」
 意味深な笑みを浮かべたフラガの言葉に、戸惑いの声を上げるマリュー。とっさに何か反論しようと口を開きかけたその時、今度はCICからナタルの声が響いて来た。
「何だと、ちょっと待て! 誰がそんな事を許可した!?」
「バジルール中尉、何か!?」
「ストライク、帰投しました。ですが救命ポッドを1隻、保持して来ています」
「!?」
 慌てて通信機のスイッチを入れるマリュー。やや興奮した様子のキラの声が聞こえた。
『認められない!? 認められないってどういう事なんです!? 推進部が壊れて漂流してたんですよ!! それをまた、このまま放り出せとでも言うんですか!?』
「直ぐに救援艦が来る!! アークエンジェルは今、戦闘中だぞ!! 避難民の受け入れなど出来る訳が――」
「いいわ、許可します」
 ナタルの返答にかぶせるように、マリューは命じた。
「今こんな事で揉めて、時間を取りたくないの。機体の収容を急いで」
 その声の刺々しさに、マリュー自身が驚いた。小さくそっと深呼吸をし、心身を落ち着かせようとする。
「状況が厳しいのは分かっています」
 ゆっくりと、言葉を選ぶマリュー。今度の声は一応、平静な響きだった。
「でも、投降するつもりはありません。この艦とストライクは、絶対にザフトには渡しません。我々は何としても、これを無事に月の大西洋連邦軍司令部へと持ち帰らねばならないのです」
 あえてきっぱりと、マリューは断言した。
「よし、じゃあその線で行くとして、次の行動はどうする? 時間は待ってちゃくれないぜ」
 腕を組み、今度は真剣な顔で考え込むフラガ。その言葉を受けるように、今度はナタルが発言する。
「艦長、私はアルテミスへの入港を具申いたします」
 ナタルのしなやかな指がパネルを操作する。モニターに表示された宙域図とアークエンジェルの現在位置を示し、ナタルは続けた。
「現在、本艦の位置から最も取り易いコース上にある友軍です」
「<傘の>アルテミスね」
 小さく呟くマリュー。アルテミスとは、ユーラシア連邦軍の宇宙要塞だ。マリュー達が所属する大西洋連邦とユーラシアは、共に地球連合軍の中核をなす同盟国であり、援助を要請する事に問題は無い。だが、マリューには懸念があった。
「でも<G>もこの艦も、友軍の認識コードすら持っていない状態よ。それをユーラシアが受け入れてくれるかしら?」
「アークエンジェルとストライクが、我が大西洋連邦軍の極秘機密である事は私とて承知しております。ですがこのまま月に進路を取ったとて、途中で戦闘も無くすんなり行けるとは思えません。物資の搬入もままならず発進した我々には、早急に補給も必要です」
「わかってるわ」
 ナタルの言うところだ。現在のL3宙域から見て、月は地球を挟んだ衛星軌道の対極にある。このままの状態で目指すには、あまりにも遠い。
「事態はユーラシアにも理解してもらえるものと思います。現状では、なるべく戦闘を避けてアルテミスに入港、そこで補給を受けつつ月司令部との連絡を図るのが、最も現実的な選択であると思われます」
 士官学校を優秀な成績で卒業しているだけはあって、明快で説得力のある意見だった。
「そうこちらの思惑通りに行くかな?」
 懐疑的に呟くフラガ。だが、マリューの考えは決まった。
「でも、今は確かにそれしか手は無さそうね」


 アークエンジェルの右艦首、カタパルトレールが長く延びた発着デッキへとストライクは着艦した。二重になった巨大なエアロックを潜り、奥の格納庫に入る。本来ならば10機前後の機体が運用可能な広大な格納庫だが、今はストライクの他には修理中のメビウス・ゼロしかなく、ガランとしている。
 格納庫の床に救命艇を置くと、奥のメンテナンスベッドにストライクの機体を固定する。念のため格納庫の気密を確認すると、キラはコクピットハッチを開いた。
「おう、ご苦労だったな、坊主。少し待ってろ」
 顔を出したキラに、マードックが野太い声をかける。そのまま部下の整備兵達と救命艇に取り付くと、慣れた手つきで扉のロックを解除し、避難民の収容を始めた。
 それを見るともなしに見ていたキラの胸が、不意に高鳴る。不安そうな表情の避難民達。その中に、鮮やかな赤毛の少女がいる事に気づいたのだ。
『トリィ!』
 それまで懐で大人しくしていたトリィが、不意に舞い上がる。その声に驚いたのかこちらを振り返った少女とキラの眼が合った。間違い無い。2人の口が、同時に開く。
「フ、フレイ!? 本当にフレイ=アルスター!」
「ああ、貴方! サイの友達の――」
 言うなりストライクのハッチから飛び下りたキラと、救命艇を蹴って飛び上がるフレイ。低重力の格納庫の空中で、フレイはキラに抱きついた。少女特有の甘い体臭が、キラの鼻をくすぐる。
「ねえ、どうしたのヘリオポリス!? どうしちゃったの!? 一体、何があったの!? これ、ザフトの船なんでしょう!? 私達どうなるの!? なんで貴方こんなところにいるの!?」
「ちょ、ちょっと待ってフレイ」
 不安げな顔をした憧れの少女に続けざまにまくし立てられ、キラは目を白黒させた。
「こ、これは地球軍の戦艦だよ」
「嘘! だってMSが――」
「いや、だからアレも地球軍ので……」
「え?」
 怪訝な顔でこちらを見つめるフレイ。
「で、でもよかった。ここにはサイもミリアリアもいるんだ。もう、大丈夫だから」
 精一杯の笑顔をつくり、キラは言った。

「このような事態になろうとは」
 ヴェサリウスの艦橋で、アデスは小さく呟いた。声には、いまだ動揺の色が濃い。その両目は、メインスクリーンに映し出されたヘリオポリスの残骸へと釘付けになっていた。
「いかがされます、隊長? 中立国のコロニーを破壊したとなれば、評議会も黙ってはいないでしょう」
「地球軍の新型兵器を製造していたコロニーの、どこが中立だ」
 アデスの懸念を、一言で斬って捨てるクルーゼ。その声と表情には、一片の迷いも後悔も無かった。
「住民のほとんどは脱出している。さして問題は無いさ。<血のバレンタイン>の悲劇に比べればな」
「――確かに」
 押し黙るアデス。事実、現在のザフト軍人に市街地への攻撃を邪道とみなす者は、ほとんどいない。会戦当初、地球軍の奇襲によって数十万のプラント市民の命が奪われた結果、誰もが戦争というものに対して正直になっていた。
「アデス、敵の新造戦艦の位置、つかめるかな?」
 クルーゼの言葉に、アデスは驚いた。
「いえ、この状況では無理です。それより、まだあの艦を追うつもりですか? 先の戦闘で、こちらにはもう、動かせるMSはありませんが」
「あるじゃないか。地球軍から奪ったのが4機も」
 薄い笑みを浮かべ、クルーゼはアデスの疑問に答える。
「あれを投入されると!? しかし!」
「データを取ればもう構わんさ。遠慮無く使わせてもらおう。あの艦はどうあっても逃がす訳にはいかん。先程、アスランはイージスとやらを使いこなしていた。イザーク達3人にもそれぐらいは期待してよかろう」
「分かりました」
 同意したアデスに、満足そうに頷くクルーゼ。
「宙域図を出してくれ。ガモフにも索敵範囲を広げるよう打電だ」


 方針が定まると、アークエンジェルの行動は素早かった。マリューが、良く通る声で指令を出す。
「デコイ用意! 発射と同時にアルテミスへの航路修正のため、メインエンジンの噴射を行う! 以降は慣性航行に移行! 艦の制御は最小時間内に留めよ!!」
 (デコイ)を撃ち出し、発信する偽の情報に敵の注意を引き付け、その隙に最小限の操艦を行う。後はエンジンの熱量を補足されないよう機関を停止したまま、最初の一噴射で得られた推力でアルテミスまで慣性航行する。単純だが、有効な作戦だった。
「アルテミスへのサイレントランニング、およそ2時間ってとこか……後は運だな」
 低い声で呟くフラガ。こんな事態にもかかわらず、その声はどこか楽しげだった。
「3番発射管、デコイ発射!」
 ナタルの号令が、ブリッジに響いた。


 同時刻、ヴェサリウスの艦橋では、クルーゼとアデスが戦略パネルに映された宙域図を見下ろしていた。ややあって、アデスが発言する。
「奴等はヘリオポリスの崩壊に紛れて、既にこの宙域を離脱したとは考えられませんか?」
「いや、そこまで大きな動きがあればさすがに気づく。MSを収容する時間も必要だったはずだ。まだどこかでじっと、息を殺しているのだろう」
 しばし考え込んだクルーゼが、ポツリと呟く。
「網を張るかな」
「網、でありますか?」
「うむ」
 アデスに頷くと、クルーゼは身を乗り出して宙域図を示す。
「ヴェサリウスは先行し、ここで敵艦を待つ。ガモフには軌道面交差のコースを、索敵を密にしながら追尾させよう」
 クルーゼの指が示す先を目にし、アデスが眉を寄せる。
「アルテミスへ、でありますか? しかしそれでは月方面へ離脱された場合、対応が出来ません。念のため、ガモフには別行動を命じるべきではないでしょうか?」
 それに対してクルーゼが答えようと口を開いた時、通信兵が叫んだ。
「大型の熱量感知、戦艦の物と思われます! 緒元解析予測コース、地球スイングバイにて月面、地球連合軍大西洋連邦本部!!」
「隊長!!」
 アデスが見ると、クルーゼは首を横に振った。
「この状況で、行軍喇叭を吹き鳴らしながら堂々と進む莫迦はいまい? そいつは囮だ、間違い無くな。奴等はアルテミスへ向かうよ。今ので私は、いっそう確信した」
 きっぱりと断定するクルーゼ。
「ヴェサリウス発進だ。ガモフを呼び出せ」
 そう命じると、クルーゼはアデスを振り返る。
「そういえば、アスランはどうしている?」
「は、自室で待機させていますが、呼び出しますか?」
「そうだな……いや、今はよそう。後で、隊長室まで出頭するように伝えてくれ。ゆっくり話が聞きたい」
 口元に楽しげな笑みを浮かべ、クルーゼは言った。


 アークエンジェルの居住区に与えられた一室で、トール達4人は無言で肩を寄せ合っていた。ヘリオポリスの崩壊は、彼らも艦内のスクリーンで目の当たりにしている。これからの自分達の事、家族の安否、様々な抑えようの無い不安が込み上げてくる。
 そんな陰々とした空気の中、軽い駆動音を立てて部屋の自動ドアが開いた。8の視線が向けられた先で、2人の人影が入ってきた。1人は憔悴し切った表情のキラ、そしてもう1人の姿を見て、サイが驚きの声を上げる。
「フレイ!?」
「あ、サイ!!」
 赤い髪をたなびかせてそのまま駆け寄ったフレイが、サイに抱きつく。
「どうして、君がここに?」
「あのね、シェルターに避難してたら、そのまま非常警報が出て、コロニーを脱出したみたいの。でも、救命艇がどこか壊れてたみたいで、立ち往生してたら彼が助けてくれて――」
 振り返ってキラを示すフレイ。
「そうか。ちょっといいかい、フレイ」
 そういうとサイは、フレイを軽く押しやる。そのまま立ち上がるとキラに向かい直り、深々と頭を下げた。
「ありがとう、キラ。フレイを助けてくれて」
 それを見たフレイも、慌ててサイにならう。
「ご、ご免なさい。私まだ、助けてもらったお礼も言ってなかったわ。ありがとう」
 そんな2人を見て、今度は逆にキラが慌てる。
「い、いいよ。そんなに改まって言わなくっても。僕はただ、当然の事をしただけだし」
 そう言いながらも、キラの胸には疼く様な痛みが込み上げてきた。フレイを助けた事に対してサイが礼を言う、つまり2人はそういう関係にあるのだ。実際、2人はキラの目から見てもお似合いのカップルだった。
 と、不意に視界が揺れる。溜まりに溜まった疲労が、ついに限界を迎えたのだ。
「さすがにちょっと疲れたから、休むよ……」
 言うなりキラは寝棚に倒れこむと、あっという間に寝息を立て始める。その姿を見下ろしながら、壁にもたれかかって腕を組んだ姿勢で、カズイがぼそっと言った。
「この状況で寝られちゃうってのも、すごいよな」
「疲れてるのよ。キラ、本当に大変だったんだから」
 キラに毛布をかけながら、ミリアリアが答える。それを聞いたカズイが小さく笑う。含みのある笑いだった。
「大変だった、か。ま、確かにそうなんだろうけどさ」
「何が言いたいんだ、カズイ」
 とがめるような視線を向けて、サイが言う。
「別に。ただキラはあんな事でも、<大変だった>ですんじゃうもんなんだな、って思ってさ」
 ゆっくりとした口調で言うカズイ。
「俺達、ゼミで作業ポッドの操縦ぐらいなら習ってるけど、MSなんて触った事も無いだろう。キラだって同じはずだ。それなのにあいつ、初めて乗ったMSであそこまで戦えた。キラがコーディネイターだってのは知ってたけどさ」
 どこか暗い声で、カズイは続ける。その言葉に、フレイを除く全員が、キラとストライクの戦いぶりを思い出す。
「コーディネイターってのは、そんな事も<大変だった>で出来ちゃうんだぜ。ザフトってのは、みーんなそうなんだ。そんなのと戦って勝てんのかよ、地球軍は――」
「止めろよ!!」
 そう怒鳴ると、トールが立ち上がる。そのままずかずかと、カズイに詰め寄った。
「ト、トール――?」
「お前だって見ただろう、あいつがゲロまで吐きながら俺達を守るために戦ってたの!!」
「あ、ああ。そりゃそうだけど」
 しどろもどろに答えるカズイの両肩をトールがつかみ、前後に揺さぶる。
「だったらそんな事、言ってんじゃねえよ!! いくらなんでも、あんまりだろうが!!」
「ちょっと、止めてよ2人とも」
 2人の間に割って入ったミリアリアが、強引に2人を引き離す。
「トール、あんまり大声出したら、キラが起きちゃうわよ。それにカズイも。キラは確かにコーディネイターだけど、その前に私達の大事な友達じゃない。それでいいでしょう?」
「お、俺は別に……」
 小声で呟いたカズイはそのまま座り込むと、頭を抱えてうずくまる。
「分かってるよ、そんな事は。俺だって、キラの事は仲間だと思ってる。でも、色々考えてるとさ、何か頭の中がグチャグチャになっちまって……」
 その肩を、サイが軽く叩いた。
「カズイ、お前も疲れてるみたいだ。少し横になったらどうだ?」
「いや、いいよ。それよか顔、洗って来る。そっちの方が効きそうだ」
 立ち上がると、ノロノロとした足取りで部屋を出るカズイ。奇妙な沈黙が、部屋に満ちた。
「この子、コーディネイターだったんだ」
 キラの寝顔を見下ろしながら、フレイはそう呟いた。

 ヴェサリウスの廊下を、アスランは緊張した表情で進む。クルーゼに呼び出された理由は分かっている。ヘリオポリスでの戦闘における自分の行動について詰問するつもりなのだろう。
「アスラン=ザラ、出頭いたしました」
 隊長室のインターホンを押し、訪いをいれる。ややあって、返答があった。
『ああ、入りたまえ』
 扉を開け、中に入る。清潔だが、部屋の主の個性が感じられない殺風景な部屋だった。インテリアと呼べるものは、精々部屋の片隅の観葉植物の鉢ぐらい。もっともそこがクルーゼらしいとも言えたが。
 部屋の奥のデスクに、クルーゼは腰を下ろしていた。操作していた端末から顔を上げる。アスランは背筋を伸ばし、敬礼した。
「先の戦闘では、申し訳ありませんでした」
「懲罰を課すつもりは無いが、話は聞いておきたい。あまりにも君らしからぬ行動だからな、アスラン」
 アスランはすぐに返答しようとするが、口がもごもごと動くだけで言葉が出て来ない。そのまま顔を強張らせてうつむいてしまった。
「あの機体が起動した時も、君は側にいたな?」
 そこまで言われ、アスランは観念した。一見、鷹揚に見えるが、クルーゼは決して甘い上官ではない。
「申し訳ありません。思いもかけぬことに動揺し、報告が出来ませんでした。あの最後の機体、あれに乗っているのはキラ=ヤマト、月の幼年学校で友人だったコーディネイターです」
「…………」
 無言で続きを促すクルーゼ。
「まさかあのような場で再会するとは思わず、どうしても確かめたくて――」
「そうか」
 小さく溜め息をつくと、クルーゼは立ち上がった。
「戦争とは皮肉なものだ。君の動揺もしかたあるまい。仲の良い友人だったのだろう?」
「はい」
 伏しがちの目で答えたアスランに、クルーゼはゆっくりとした足取りで近づいた。
「わかった。そういう事なら次の出撃、君は外そう」
「えっ!?」
 アスランは、はっとして顔を上げる。
「そんな相手に銃は向けられまい。私も君に、そんな事はさせたくない」
「いえ、隊長! それは!!」
「君のかつての友人でも、今の敵ならば我等は撃たねばならん。それは分かってもらえると思うが」
 ゆっくりと、諭すようなクルーゼの声にアスランは一瞬、言葉を詰まらせる。が、次の瞬間、上官の前だという事さえ忘れたかのように、激昂した口調で身を乗り出す。
「キラは、あいつはナチュラルにいい様に使われているんです!! 優秀だけど、ぼうっとしていてお人好しだから、その事にも気づかなくて。だから、私は説得したいんです! あいつだってコーディネイターなんだ、こちらの言う事が分からないはずがありません!!」
「君の気持ちは分かる。だが、聞き入れない場合は?」
 アスランは息を呑み、顔を曇らせて言いよどむ。だが直ぐに意を決して、力強い瞳できっぱりと言い切った。
「その時は、私が撃ちます」
 アスランの決意を聞いたクルーゼは、大きく頷いた。
「そこまでの覚悟が有るのなら、君の出撃を許可しよう。そろそろ例の戦艦――<足つき>を捉える時間だ。私はブリッジに上がる。君も、出撃の準備を整えたまえ」


「ラミアス艦長、もうじきアルテミスとの交信可能領域に入ります」
「分かったわ。連絡が取れ次第、回線をこちらに回して。私が話します」
「了解」
 通信席のチャンドラにそう答え。マリューはそっと胸をなでおろした。アルテミスへの到着まで、およそ30分を切った。ザフト艦は、今のところ影すら見えない。クルー達の顔にも、ようやく安堵の色が戻りつつあった。
「どうやら上手くいったようですね、艦長」
 傍らのナタルも表情こそ緩めていないものの、どことなくほっとした声だ。
「ええ。ところでバジルール中尉、アルテミス要塞の司令官について、何か知らないかしら?」
 マリューの質問に、口元に手を当てて記憶を探るナタル。
「たしか、ジェラード=ガルシア少将という方です。詳しい経歴までは存じませんが。友軍将官の略式軍歴なら艦のデータベースにありますが、参照なさいますか?」
「そうね、お願いするわ」
 だが、そんな空気は一瞬で霧散する。ブリッジに、突如として警報が鳴り響いたのだ。
「お、大型の熱量感知! 戦艦のエンジンと思われます! 距離200、イエロー3317マーク02チャーリー! 進路0シフト0」
 パルの報告に一瞬、ブリッジは死の様な沈黙に閉ざされる。
「横!? 同方向に向かっている、気付かれたの!?」
「いや、それにしては遠過ぎます。あの距離では、慣性航行中の本艦は捉えられないはずです」
 マリューの呻きに答えるナタル。その顔からも、血の気が引いている。
「目標は本艦左舷方向を、平行して高速航行! 横軸で本艦を追い抜きます! 艦種特定、ナスカ級です!!」
 報告を受けたフラガが、忌々しげに舌打ちする。
「クルーゼの野郎は、多分まだアークエンジェルを補足してはいない。俺達がアルテミスに逃げ込むしかない、って一点読みしやがったんだ。先回りして、こっちの頭を抑えるつもりだぞ! こちらの小細工なんてお見通し、って事かよ!!」
「なっ!?」
 絶句するマリューを、さらなる凶報が襲う。
「本艦の後方300に、同方向へと進行する熱源! これは、ローラシア級です! いつの間に」
 敵艦2隻に挟まれた――恐怖に満ちた沈黙が、しばし艦橋の空気を支配する。その沈黙を破るように、再度フラガが口を開いた。
「やられたな。このままではいずれ、ローラシア級に追いつかれて見つかる。かといって逃げようとエンジンを使えば、そいつを補足したナスカ級があっという間に転進してくる、て寸法だ。」
 むしろ穏やかとすら言える声で淡々と言うと、フラガはマリューを振り返る。
「おい、2隻のデータと宙域図、こっちに出してくれ」
「な、何か策が?」
「ま、無いことも無いぜ」
 不敵な笑みを浮かべ、<エンデュミオンの鷹>は静かに豪語する。その脳裏には、朧げながら作戦の輪郭が浮かびつつあった。


 泥の様な眠りは、突然に中断させられた。
『敵影補足!! 敵影補足!! 第1種戦闘配備!! 軍籍にある者は直ちに全員持ち場に着け!!』
「――――ッ! くッ! はぁッ!!」
 大音量の艦内アナウンスに鼓膜を殴打され、キラは睡眠から強制的に叩き起こされた。手元の時計で時間を確認。どうやら、1時間と少しは眠れたようだ。
「キラ、起きちゃった?」
「うん、さすがにこれじゃあ眠れないし」
 心配げなミリアリアに、小さく微笑むキラ。ほんの短時間の睡眠だったが、驚くほど体力が回復しているのを感じる。コーディネイターの強靭な肉体が、だが今は無性に厭わしかった。
 両目を拭い、茫洋と天井を見上げるキラ。徐々に頭がはっきりしてくる。
「また、戦いになるのか……?」
 小さく呟いたキラにサイが答えようとした時、ドアが開いた。
「その通りよ、キラ君」
 戸口に立つマリューとフラガの姿に、6人の少年達は身を固くする。
「私達が来た理由、分かるわね」
「僕にまた、ストライクに乗って戦えって言うんですか?」
「そうよ」
 俯き、拳を握り締めるキラ。
「もし、嫌だって言ったら?」
「困るな。ものすごく困る」
 とんでもなく軽い口調で、さらりとフラガは言った。
「一応、作戦はある。ストライク抜きでもやってやれない事は無いんだがな。だが、元々が一か八かの博打みたいな作戦なもんでね。俺のメビウス1機じゃちときつい。ま、全力は尽くすがね」
 口元に軽薄な笑みを浮かべるフラガ。だがその目には、表情と全く正反対の色が浮かんでいた。キラは悟った。この人は、本当に1人でも出撃するつもりだと。そして言ってることが、間違い無く事実だと。
 ややあって、キラは口を開いた。
「卑怯だ、貴方達は」
 呻く様な声を出すと顔を上げ、目の前のマリューとフラガを睨み、叫ぶ。
「そしてこの艦にはMSはあれしかなくて、扱えるのは僕だけだって言うんでしょう!?」
 それだけ怒鳴ると、がくりとうなだれる。
「乗りますよ。乗って戦います」
「ありがとう、キラ君」
 辛そうに礼を言うマリュー。ノロノロとした足取りで部屋を出て行くキラ。腕を組んで押し黙るフラガ。それを見ていたカズイが突然、大声と共に立ち上がった。
「か、艦長!!」
「えっ?」
 その場の全員の不審そうな視線が、カズイに集中する。引きつった表情のカズイは、数秒の逡巡の後、意を決して口を開いた。
「お、俺にも何か手伝える事はありませんか!?」
 さすがに意表をつかれたのか、マリューはおろかフラガまでがぽかんとした顔をしている。
「ええと、カズイ君、だったわね。それはどういう――」
 マリューがそこまで言った時、今度はサイが立ち上がった。
「ラミアス艦長。どうやらこの艦は人員が不足しているようですが、自分達は工業カレッジのゼミでそれなりの教育を受けています。もちろん、素人の民間人には違いありませんが、少なくとも猫の手よりはましなはずです」
「あ、貴方達――」
 絶句するマリュー。
「な、何言ってんだよ、2人とも! これはゲームじゃないんだぞ! 戦争なんだぞ!」
「分かってるよ、そんな事は!!」
 思わず大声を出したキラを、カズイは怒鳴り返した。そのままキラに詰め寄ると、両肩をがっしりとつかむ。
「お、お前はコーディネイターで、凄くて、MSにも乗れて……俺なんか、ただのナチュラルで……で、でも、俺にだって出来ることは有るだろう!? 嫌なんだよ!! 全部お前に押し付けて、部屋の隅で毛布かぶってガタガタ震えるだけなのは!!」
「カズイ……」
 いつも大人しく目立たない友人が激情をむき出しにして叫ぶのを、キラは呆然と見つめた。ふと見ると、サイが表情に静かな決意を込め、ゆっくりと頷いていた。
「サイ……」
 今度は、トールとミリアリアが互いに頷き合うと立ち上がる。
「見直したぜ、カズイ。そういう事なら俺も一口乗せてもらうわ」
「女だから駄目、って事はありませんよね? 艦長さんだって女性なんだし」
 手を取り合い、笑顔で志願する2人。
「トール……ミリアリア……」
「わ、私も――」
 ついにフレイまで立ち上がり、そこではたと硬直する。
「え、ええっと……お料理とか、お洗濯とか、お掃除ぐらいなら何とか人並みにはこなせます……多分」
 尻すぼみの消えそうな声を耳にしたサイが額に手を当てて首を振る。
「……フレイ」
 フレイのせいでなんとなく脱力してしまった空気の中、マリューが小さく口元をほころばせた。
「フレイさん、貴方の気持ちは嬉しいけど、今は必要ないわ。この部屋で待機してなさい」
「……はい」
 表情を真剣なものに改めたマリューが、全員を見回す。
「君達の申し出は、正直な話とてもありがたいわ。もう一度確認します、いいのね?」
 カズイ達4人は、躊躇なく無言で頷いた。
「分かりました。では私について来なさい。艦橋への立ち入りを許可します。フラガ大尉、キラ君の事をお願いします」
「ああ、まかせろ」
 床を蹴ってブリッジへ向かうマリュー。その後に続く4人が、最後にキラを振り返った。
「俺達、行くから」
「じゃあな、キラ」
「お前もしっかり頑張れよ」
「また後でね」
「み、みんな……」
 立ち尽くすキラに、フレイが抱きついた。
「フ、フレイ?」
「あ、あの、何にも出来ない私がこんな事を頼むのってすごく勝手だけど、みんなを守って、キラ。サイや、ミリアリアや、私達を」
「ああ、もちろん。約束するよ」
 少女の華奢な体をそっと抱き返し、キラは誓った。
「じゃあ、そろそろいいか、坊主」
 にやけた笑顔を浮かべたフラガの声に、ようやく正気に戻るキラ。慌てて身を離すと、フラガと共に格納庫へと向かう。
「いい友人を持ったな、キラ」
「ええ、本当に」
 フラガの問いに、キラは満身の同意で頷いた。


「あれが、アルテミスか」
 ヴェサリウスの艦橋、メインスクリーンに小さく映った宇宙要塞を見て、クルーゼは呟いた。
「すでにこちらを察知しているようですが、動きがありませんね」
「戸惑っているのだろう。例の足つき、識別コードも持ってないようだからな。こちらにとってはありがたい話だが」
 クルーゼの回答に頷くアデス。
「地球軍の新型艦、ついに捕捉出来ぬまま来てしまいましたが」
「頭は抑えた、ここで仕留めるさ。そろそろ始めるぞ、アデス」
「ハッ!」
 アデスが、腹に響く声で命令を出す。
「ヴェサリウス、180度回頭! 相対速度、アルテミスに合わせ微速後進!!」
 ヴェサリウスの巨体が反転し、いまだ姿を見せぬ敵艦の進路を扼す。それを確認し、クルーゼもまた指示を出した。
「ガモフとの連絡を密にせよ。MS発進の機を誤るなよ」
 それだけ言うとふわりと空中に浮かび上がり、両手を組み合わせる。
「さあて、どうでるかね、ムウ=ラ=フラガ?」
 その顔には、たいそう愉しそうな笑みが浮かんでいた。


 格納庫近くのパイロット用更衣室で、キラは渡されたパイロットスーツに着替える。青と白を基調としたスーツは細身のキラには少し大きかったが、それでも身に着けていくうちに心身が引き締まっていくのが分かった。
 更衣室を出、格納庫に向かう。紫のパイロットスーツに着替えたフラガが待っていた。さすがにさまになっている。
「ほう、中々似合うじゃないか。うし、時間もないし、作戦を伝えるぞ」
 真剣な表情で、キラは頷いた。
「ま、作戦たって簡単だ。お前がストライクでアークエンジェルを守ってる間に、俺が奴等の母艦にこっそり忍び寄って攻撃する。それだけだ」
 思わず目をぱちくりさせるキラ。
「作戦って、それだけですか?」
「こんな状況で、あんまややこしい事やってもしょうがないだろう?」
「はあ、そんなものなんですか」
 首を傾げるキラの肩に、フラガが手を置く。
「5分だ。お前はとにかく5分間、自分と船を守ればいい。そうすれば、俺が連中に思いっ切りキツイやつをかましてやる。それで万事OKだ」
「はい」
 5分間。あまりにも長い時間だ。でもやるしかない。みんなを守るために。ぎゅっと唇をかみ締めるキラの前で、フラガはふっと表情を緩めた。
「あんま、硬くなるな。そう悲壮に思いつめるより、可愛いあの娘の笑顔の事でも考えてろ。そうすりゃ、真面目な天使に嫌われても、気のいい悪魔が守ってくれる」
 一瞬ぽかんとしたキラが、思わず噴出す。
「良いんですか、そんなこと言って? この船の名前って大天使(アークエンジェル)なんでしょう」
「お、お前も言うじゃないか」
 こちらもニヤリと笑うと、時間を確認する。
「そろそろ時間だな。俺は先に出る。お前もコクピットでスタンバっとけ」
「はい、分かりました!!」
「いい返事だ、いくぞ!」
「大尉もご無事で!」


 ストライクのコクピットに乗り込み、ハッチを閉める。OSを立ち上げ、着たい状況を確認。シートベルトで体を固定する。
『ムウ=ラ=フラガ、出る!! 戻ってくるまで沈められるなよ!!』
 フラガの乗ったメビウス・ゼロが、ふわりと発艦した。それを見送り、内心で呟く。
(うまくいくのかな?)
 狭い空間で1人きりになると、また不安が込み上げてくる。プレッシャーを感じずにはいられない。そっと拳を握り締め、深呼吸。と、通信機から聞き慣れた声が流れてきた。
『キラ』
「ミリアリア!?」
 薄紅色の軍服を着、インカムをつけたミリアリアが、モニターの中で真面目くさった顔をしていた。
『以後、私がMSおよびMAの戦闘管制を担当します。よろしくね」
 最後に照れ隠しのようにウインクをし、こちらに手を振るミリアリア。と、画面が切り替わり、今度は青い軍服のトールが映る。
『軍服はザフトの方がカッコいいよな。階級章もねえからなんか間抜け。あ、俺は副操舵手ね。カズイは通信手、サイはCICで電子戦担当だってさ』
『お前ら、戦闘中だぞ』
 背後から聞こえる、不吉な迫力を込めたナタルの声。慌てて真面目な表情を作るトールとミリアリア。それを見て、またもやキラは噴出しそうになる。
ずいぶんと気が楽になっていた。
『装備は、エールストライカーを』
 ミリアリアの声と共に、クレーンに吊られたユニットが、ストライクの機体背面に装着される。エールパック、主翼と4基のバーニアで構成される高機動戦用のストライカーパックである。武装は57ミリビームライフルと白兵戦用のビームサーベル、そして対ビームコーティングが施されたシールドだ。
『キラ君、お願いするわ』
「了解」
 マリューの声に小さく頷くと、目を閉じる。荒くなる息を、懸命に整える。
『進路クリアー! ストライク、発進してください!』
 ミリアリアの声に、目を開く。脳裏をよぎる様々な思い。けして恐怖が無くなったわけでも、迷いが消えたわけでもない。でも今は、あのすばらしい仲間達を守るために――
『キラ=ヤマト! ガンダム行きます!!」




















 後書き

 OG2もまだクリアーしてないのに、第3次αの発表。ついに来たか、SEED。
 いや、期待してますよ。あのシンジすら更生させたスパロボマジックを。とりあえずしっかり修正してもらえ、キラ。
 それはさておき、SSは相変わらず本編準拠です。つーかここら辺の種は素で面白いんで、あんまり変える必要が無いんですわ。
 え、じゃあ、変化するあたりから書けって? いや、こっちにも都合ってものが……

 

 

 

 

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代理人の感想

うむ、確かに素で面白いや(笑)。

ただ、本編は細かいところの詰めがいまいちでそれで損してましたが。

話の流れ自体は面白かったんだなとウロコがポロリw