機動戦士ガンダムSEED AnotherEdition

第8話 『月神』



 宇宙要塞アルテミスはL3宙域の小惑星を改造して建設された、ユーラシア連邦宇宙軍の軍事拠点だ。とはいっても、ザフトのヤキン・ドゥーエ要塞やボアズ要塞といった同種の宇宙基地に比べれば、ごく小規模なものであり、駐留している戦力も大したものではない。
 だがこの要塞は、独特の防御装置で名高い。小惑星全体を強力な光波防御帯ですっぽりと覆っているのだ。要塞の主動力炉に支えられたこのシールドは、いかなる物体も兵器も、レーザーさえ通さない。通称<アルテミスの傘>。難攻不落を誇る絶対防御兵器だ。
 <傘>の外見は、半透明な球状の多面体だ。多面体を構成する無数の三角形、その1つが消失する。開いた『入り口』から、アークエンジェルはアルテミスへと入港した。
「よかった。これで私達、助かったのね」
 船外モニターでその様子を目にし、安堵の声を上げるフレイ。キラもまた、ぼんやりと緩んだ目で天井を見ていた。
 何気なく時計を確認し、キラは驚いた。日付が、ようやく変わったばかりだったのだ。ヘリオポリスがザフトによる襲撃を受けてから、実はまだ半日と経っていないという事に、キラはようやく気づいた。
(とんでもない1日だったな……)
 突然の襲撃、生まれて初めて乗ったMS、戦闘、崩壊したヘリオポリス、そしてアスランとの再会。何だか10年ぶんの経験を、今日の1日で過ごしてしまったかのような錯覚すら覚える。
 でも、それもこれで終わり――相変わらず緩んだ視線で、今度は床に幾何学模様を描きながらキラは思った。
「ちょっといいか、坊主?」
 背後からフラガが声をかけて来た。頷くと、秘密めかした口調で耳打ちする。
「ちょっと言い忘れてたがな、ストライクの起動プログラムをロックしておいてくれ。お前さん以外、誰も動かすことが出来ないようにな」
「え?」
 フラガの言葉の意味が分からず、聞き返すキラ。
「なあに、ただの保険さ。深い意味があるわけじゃない。じゃあ、頼んだぜ」
 意味ありげな笑みでそれだけ言うと、フラガはブリッジの方向に去って行った。残されたキラは首を傾げる。彼には、フラガがどうしてそんな指示を出したのか、さっぱり理解できなかった。


 入港したアークエンジェルのブリッジを、中年の士官が訪れた。アルテミスの所属、つまりユーラシアの軍人だが、身に付けた軍服はマリュー達のものと基本的に変わらない。『地球軍の一員としての意識を高めるため』という名目で、地球連合軍の将兵には統一された軍服が支給されているのだ。
 ユーラシアの士官は、臨検官のビダルフ少佐だと名乗った。
「御苦労様です。本艦の要請受領を感謝します」
 背筋を伸ばし、敬礼するマリューとナタル。だがビダルフは曖昧な表情で頷くのみで、一向に答礼をしようとはしなかった。
「少佐――?」
 さすがに不審に思ったマリューが口を開きかけた時、異変が起こった。
『全員、そのまま動くな!!』
 アークエンジェルが、突如として現れた武装した陸戦隊員やMAに包囲されたのだ。エアロックが破られ、艦内にも兵士がなだれ込んで来た。次々に拘束されるクルー。
「ビダルフ少佐、これはどういう事か説明して頂きたい!!」
 ブリッジにまで侵入して来た兵士に銃を突きつけられても、ナタルの毅然とした態度に変化は無かった。気色ばんだ彼女に、ビダルフは薄い笑みを浮かべて返答した。
「保安措置として艦のコントロールと火器管制を封鎖させて頂くだけですよ。貴艦には船籍登録も無ければ我が軍の識別コードも無い。状況等から判断して入港は許可しましたが、残念ながらまだ友軍と認められたわけではありませんのでね」
「しかし!」
「軍事施設です。この位の事は御理解頂きたいですな」
 一応はもっともらしく聞こえる返答に、マリューは臍を噛んだ。アルテミスの対応は、明らかに矛盾している。本当にアークエンジェルの事を敵だと疑っているならば、わざわざ入港はさせまい。要塞外で臨検を実施するはずだ。
 アルテミスの思惑は見え透いていた。
「では、士官の方々は私と同行願いましょうか。事情を御伺いします」
 あくまで慇懃な口調のまま強制するビダルフ。


 アークエンジェルのクルー、および避難民は艦の食堂へと押し込められた。入口では銃を持ったユーラシア兵が見張りをしている。
「何? どうなってるの?」
「どうして何の説明も無いんだ?」
 わけが分からず、小声で囁き合う避難民達。だがクルーの方も、似たり寄ったりの状態だった。
「ユーラシアは味方のはずでしょう、大西洋連邦とは仲が悪いのですか?」
「そういう問題じゃねえよ」
 サイの質問にぶっきらぼうに答えるトノムラ。
「はー、識別コードが無いのが悪い」
 パルの嘆息を耳にしたトールがチャンドラに尋ねる。
「それってそんなに問題なんですか?」
「多分ね」
 それらのやり取りをじっと黙ったまま聞いていたマードックが、重い口を開いた。
「本当の問題は、別の所にありそうだがな」
 その言葉に、隣に座っていたノイマンは真剣な表情で頷いた。


 大西洋連邦やユーラシア連邦、東アジア協和国といった国家の成立は、C.E.初頭に遡る。当時、長引く不況や激化する地域紛争の結果、既存の国家の枠組は形骸化し、世界は経済ブロックや軍事同盟を中心とした大規模な国家統合の時代へと向かっていた。
 大西洋連邦は北米の合衆国とカナダ、それと誰もが予想していた通りにEUと袂を分かった英国という3国を中心に成立した。一方のユーラシア連邦はEU諸国とロシアをその母体とし、その名の通りユーラシア大陸の東西に跨る広大な版図を有している。
 ちなみに当時の日本の政権は、米国および太平洋諸国との同盟を重視する海洋派が握っており、大西洋連邦への加盟も目前だった。もし実現していれば、大西洋連邦の名は『海洋国家共同体』とでも改められていただろう。
 だが日本の委任統治領であり、太平洋における拠点だった南洋諸島がオーブ連合首長国として独立したのを契機として、海洋派の勢力は衰退(これは全くの余談だが、キラの曽祖父は独立の際にオーブへの残留を希望した日本人技術者)。政権はアジア諸国との連携を主張する大陸派の手に移った。その結果、現在の日本は大陸中国や統一朝鮮、台湾等の国々と東アジア協和国を構成している。
 オーブ云々はともかく、大西洋連邦、ユーラシア連邦、そして東アジア協和国は地球の3大国であり、当然の事ながら様々な確執がある。そのため共に地球連合軍として轡を並べて戦う現在でも、隔意があることを隠そうともしない軍人は少なくない。
 フラガの見る所、目の前の禿頭の士官――アルテミス要塞司令官であるジェラード=ガルシア少将は、そういった士官の典型的な例であるようだった。
「マリュー=ラミアス大尉、ムウ=ラ=フラガ大尉、ナタル=バジルール中尉、か。成る程、君達のIDは確かに大西洋連邦軍のもののようだな」
「お手間を取らせて申し訳ありません」
 アークエンジェル側の3人を代表し、フラガが答える。2人の女性士官では性格的に、こういった場での腹芸は難しいと判断しての事だった。
「いやなに。輝かしき君の名は私も耳にしているよ、<エンデュミオンの鷹>殿。グリマルディ戦線には私も参加していた」
「おや、ではヴィラード准将の部隊に?」
「そうだ。戦局では敗退したが、ジンを5機落とした君の活躍には、我々もずいぶん励まされたものだ」
「ありがとうございます」
 前哨戦代わりの他愛無いやり取りを終え、ガルシアが本題に切り込んできた。
「しかしその君が、あんな艦と共に現れるとはな」
「特務でありますので、残念ながら仔細を申し上げる事は出来ませんが」
 しれっとした声で切り返すフラガ。ガルシアは、僅かに顔を歪めた。
「なるほどな。だがすぐに補給を、というのは難しいぞ」
 そこで、2人の含みの有り過ぎる会話に痺れを切らしたマリューが口を挟んだ。
「我々は一刻も早く月本部に向かわなければならないのです。まだザフトにも追われておりますので」
 ガルシアは、それには答えず手元の端末を操作する。背後のスクリーンに、ザフトの戦闘艦が大きく映し出された。つい先程までアークエンジェルと干戈を交えていた、クルーゼ隊のローラシア級だった。
「見ての通り、奴等は傘の外をウロウロしているよ、先刻からずっとな。まああんな艦の1隻や2隻、ここではどうという事も無い。だがこれでは、補給を受けても出られまい?」
「奴等が追っているのは我々です。このまま留まり、アルテミスにまで被害を及ばせては――」
 フラガの進言を、だがガルシアは一笑にふした。
「アッハッハッハ! 被害だと、このアルテミスがかね!? 奴等は何も出来んよ。そしてやがて去る、いつもの事だ」
 再びコンソールを操作し、今度は従兵を呼ぶ。
「ともかく君達も少し休みたまえ、だいぶお疲れの様子だ。部屋を用意させる。奴等が去れば月とも連絡が取れる。全てはそれからだ」
 従兵に案内されるまま、ガルシアの執務室を後にする3人。扉をくぐる寸前、フラガがガルシアを振り返った。
「アルテミスは、そんなに安全ですかね?」
「ああ、まるで母の腕の中のようにな」


 アルテミス側から用意された一室は、意外なほど快適だった。もっとも、だからと言ってマリュー達の気が楽になった訳ではない。第一、扉の向こうとはいえ銃を持った兵士に見張られたならば、くつろげるはずも無かった。
「ユーラシアとしては、ストライクやアークエンジェルに無関心ではいられないだろうとは思ってたけど、まさかここまで露骨な事をするとは……」
 柔らかいソファーに腰を下ろし、硬い表情のマリュー。
「連中もザフト相手にかなり負けが込んでるからな。なりふり構ってられないんだろうな。ま、一応ストライクには保険をかけといたし、後は艦に残った連中にまかせるしか無いんじゃないの」
「保険、ですか?」
 怪訝そうな表情のナタルには答えず、フラガは言葉を続けた。
「俺が気になるのは、連中がこのアルテミスを絶対安全だと思い込んじまってる、って事だよ。世の中、『絶対』なんてモンはそれこそ『絶対』に無いってのが、宇宙で穴熊やって悦んでる奴等には分かってないんじゃないのかね」
 出されたコーヒーを不味そうにすするフラガの顔には、懸念の色があった。


「傘はレーザーも実体弾も通さない。まあ、向こうからも同じ事だがな」
 ガモフの艦橋では、対アルテミスのブリーフィングが行われていた。参加しているのは艦長のゼルマンとイザーク、ディアッカ、ニコルの3人だ。パイロットであるイザーク達だが、階級が存在しないザフトにおいては必要だと認められた場合、1兵士でも作戦の立案に参加する事も許されている。
 自慢の顎鬚を捻りながらのゼルマンの言葉に、ディアッカが呆れた声で答える。
「だから攻撃もしてこないって事? 馬鹿みたいな話だな」
「だが防御兵器としては一級だぞ。さして重要な拠点でもないため、我が軍でもこれまで手出しせずに来たが。あの傘を突破する手だては、今のところ無い。厄介な所に入り込まれた」
 腕を組み詠嘆するゼルマンを、ディアッカが今度は薄ら笑いで混ぜっ返す。
「じゃあ、どうするの? 出てくるまで待つ?」
 さすがにゼルマンが不遜な態度を咎めようと口を開きかける。だが、それより早くイザークが爆発した。
「ふざけるなよ、ディアッカ!お前は戻られた隊長に、何も出来ませんでしたと報告したいのか!? それこそいい恥さらしだ!!」
「チッ」
 イザークの激しい叱責に、ディアッカはそっぽを向く。さすがのディアッカでも、そうまで言われると黙るしかない。
「……傘は、常に開いている訳では無いんですよね?」
 そこで、先程から無言で戦略パネルを凝視していたニコルが発言した。
「ああ。周辺に敵の無い時までは展開させておらん。だが閉じている所を近付いても、こちらが要塞を射程内に入れる前に察知され、展開されてしまう」
 ゼルマンの返答に、お手上げとばかりにディアッカが両手を開く。
 だが、ニコルの考えは違うようだった。柔和な、一見して少女めいた顔立ちには、いつになく悪戯っぽい表情が浮かんでいた。
「僕の機体、ブリッツなら上手くやれるかもしれません。あれにはPS装甲の他にもう一つ、ちょっと面白い機能があるんです」


 アルテミス中央司令室、要塞にとっての頭脳に当たるこの部屋は、主動力炉および光波防御帯リフレクターと並ぶ要である。奥の司令官席に腰を下ろしたガルシアの顔には、上品とは言いかねる笑みが浮かんでいた。
「大西洋連邦極秘の軍事計画か。よもやあんな物が転がり込んで来ようとはな。連中には、ゆっくりと滞在して頂く事にするか」
 呟くガルシアの耳に、低いブザー音が入った。
「何だ?」
 手元のスクリーンに目を落とす。オペレーターからの報告だった。
『ザフト艦ローラシア級、離脱します。イエロー18マーク20チャーリー距離700。さらに遠ざかりつつあります』
「分かった。引き続き対空監視を怠るなよ」
 ちょうどその時、司令室のドアが開いた。入って来たのは、アークエンジェルの調査をしていた副官だった。
「どうだ?」
「はっ、それが艦の方の調査は順調なのですが、MSが……」
「どうした?」
 口ごもる副官を促すガルシア。
「OSに解析不可能なロックがかけられていて、いまだに起動すら出来ておりません。現在、アルテミスの技術者総出で解除に全力を挙げていますが、どうもまだ手間取りそうです」
「チッ」
 報告に、ガルシアは不快気に舌打ちした。
「仕方あるまい、あの艦の連中を締め上げるとしよう。ついて来い。ああ、後はライズに任せる」
 そう命じると、アルテミス司令官は大股で司令室を後にした。


『要塞、第2種警戒体制に移行。各員、待機状態に戻れ』
 司令室からのアナウンスが、要塞内に響く。当然その声は、軟禁状態にあったマリュー達にも聞こえた。
「おや、ザフトの連中、帰っちまったみたいだぞ?」
「さすがに手を出しあぐねたのでしょう。これで事態が少しでも好転すれば良いのですが」
 他にする事も無いので2杯目のコーヒーを飲みながら言葉を交わすフラガとナタル。その隣では、マリューがなにやら考え込んでいた。
「ねえ、ザフト艦がいなくなったって事は、傘は解除するのかしら?」
「ん、そりゃそうだろう。四六時中、張りっぱなしってわけじゃないんだし」
「光波防御帯はエネルギーを大量に消費しますし、リフレクターの整備も必要です。当然の事ですが」
 何を言ってるんだ、と言いたげな表情で返答する2人の兵科士官。それを聞いたマリューが立ち上がった。顔からは、完全に血の気が引いている。
 そのまま足早にドアまで歩く。乱暴に開け放つと、退屈そうにしていた見張りが驚いて振り返った。
「至急、ガルシア司令官に取り次いで!!」
「は? 大尉、それは一体――」
「急ぎなさい!! 事態は一刻を争うのよ!!」
「りょ、了解しました」
 マリューの剣幕に、見張りの1人が慌てて走り出す。
「どうしたと言うのですか、艦長?」
 怪訝そうなナタルの問いにも答えず、マリューは右拳で壁を殴りつけた。
「こんな事にも気づかないなんて――莫迦か! 私は!!」


 アルテミス周辺宙域から離脱したガモフ。そのカタパルトが開き、ブリッツが静かに発進した。
「ミラージュコロイド電磁圧チェック、システムオールグリーン――ふう、テストも無しの一発勝負か。大丈夫かな」
 ブリッツのコクピットでニコルは呟くと、1つのボタンを押し込む。すると、ブリッツに異変が起こった。機体の各所にある噴射口からガスが噴出す。ガスが広がるに連れて黒い機影が揺らぎ、霞み、ついには完全に姿を消し去った。
 これがニコルの言う『面白い機能』、ミラージュコロイドと名付けられたステルス装置だ。可視光も含めた電磁波を歪める特殊な微粒子ガスで機体を包み、定着させることで、ブリッツは視覚的・電子的に「見えなく」なる事が出来るのだ。
 ブリッツはその名の通り電撃戦(ブリッツクリーク)用に開発された機体であり、MSの巨体で敵陣を浸透突破するため、この装置が搭載された。そのため機体フレームも、特殊兵装搭載用にペイロードを増した200系列のものが採用されている(ちなみにストライク・デュエル・バスターには100系列のベーシックフレーム、イージスには300系列の可変フレームが使用されている)。
「ミラージュコロイド生成良好、散布減損率35%。使えるのは80分が限界か」
 音も無く忍び寄るブリッツ。アルテミスは未だその脅威を知らず、無防備な姿で横たわっていた。


 突如として食堂の扉が開き、武装した兵士を従えたユーラシア軍の士官が数人、足音も荒く入って来た。先頭に立つ禿頭の士官が、横柄な声と態度で尋ねる。
「私は当衛星基地司令官、ジェラード=ガルシアだ。この艦に積んであるMSの、パイロットと技術者はどこだね?」
「あ……」
 素直に立ち上がろうとするキラ。だがその肩をが、強い力で抑えられた。驚いて見上げると、マードックがむっつりした顔で首を横に振っていた。キラはわけが分からず首をかしげた。
「パイロットと技術者だ! この中にいるだろう!?」
 ガルシアの傍らで副官が声を張り上げる。クルーの中から、下士官達の中では最上位のノイマンが代表して前に出た。
「司令官閣下、残念ながら我々にはそれを申し上げる事は出来かねます。事は軍機でありますので、責任者であるラミアス艦長の許可が無い以上、例え友軍の方であっても明言する自由を与えられておりません、閣下」
「何っ!」
 いきり立ってノイマンの胸をつかむ副官。それを見てようやくキラは、フラガの言葉やマードックの制止の意味を理解した。傍らのサイがキラの耳元に口を近づけ、そっと囁く。
「お前は大人しくしておいた方がいい。コーディネイターだってばれたら多分、色々とややこしい事になると思う」
 小さく頷くキラ。と、ガルシアが副官を制する。
「成る程、そうか君達は大西洋連邦軍でも、極秘の軍事計画に選ばれた優秀な兵士諸君だったな。いや、任務に忠実なのは大変に結構な事だ。私の部下にも見習わせたいぐらいだよ」
 言外に脅しをこめた口調で、室内を見回すガルシア。状況が理解出来ない避難民達は、怯えながらやり取りを見ていた。
「パイロットがフラガ大尉で無い事は分かっている。先程の戦闘はこちらでもモニターしていた。ガンバレル付きのメビウス・ゼロを扱えるのがあの男だけという事ぐらい、私でも知ってるよ」
「お答えしかねます」
 あくまでつっぱねるノイマン。不快気に舌打ちしたガルシアが、近くのテーブルに付いていたフレイの腕をつかんだ。
「きゃっ」
 悲鳴を上げるフレイを無理矢理に立たせるガルシア。その顔には、自分が優位に立っている事を確信している人間特有の、嫌な笑みが張り付いていた。
「女性がパイロットという事も無いと思うが、この艦は艦長も女性だという事だしな」
「ちょっ、放しなさいよこのタコ!!――っ、痛ッ!!」
 肩を強引に抑えつけられ、苦痛の声を上げるフレイ。その声に、キラは思わず立ち上がった。
「止めて下さい、卑怯な!! あれに乗っているのは僕ですよ!!」
 マードックの制止もサイの忠告も、一瞬で吹っ飛んでいた。声を荒げるキラに、フレイを放したガルシアがゆっくりと近づく。
「坊主、彼女を庇おうという心意気は買うがね、あれは貴様の様なヒヨッコが扱える様な代物じゃないだろう? ふざけた事を言うな!」
 拳を振りかぶり、キラに殴りかかるガルシア。だが、コーディネイターの動体視力と反射神経の前では、そんな見え見えの攻撃は無意味だった。ガルシアの攻撃をあっさりとかわすと逆にその腕をつかみ、投げ飛ばす。ガルシアの大柄な体がみっともなく床に転がった。
 目を丸くしたユーラシアの兵士を見回し、キラは静かに口を開く。
「見ての通り、僕はコーディネイターです。これで納得して頂けましたか」
 兵士達から驚愕の声が漏れる。何人かは、反射的にキラに銃を向けていた。その中でゆっくりと立ち上がるガルシア。
「成る程ね。大西洋連邦が彼の<凶星>のように、何人かコーディネイターを囲っているとは聞いている。確かにこれだけの計画だ。連れて来ないわけが無いな」
「それは誤解です! 僕はヘリオポリスの民間人、軍人でも軍属でもありません! あのMSに乗ったのだって、偶然なんです!」
 慌てて否定するキラ。だがガルシアは、訳知り顔で薄く笑った。
「だが君は、裏切り者のコーディネイターだ」
「うら……ぎりも……の?」
「どんな理由でかは知らないが、どうせ同胞を裏切ったんだろう? ならば色々と――」
「違う! 僕は――」
 キラが反論しようとした時、1人の兵士が駆け込んで来た。そのままガルシアに何事か耳打ちする。それを聞いたガルシアの顔に、ニンマリとした笑いが浮かぶ。
「君達の艦長から、大事な話があるそうだ。彼女はどうやら、物分りのいい女性のようだな。君達はもう少し、ここで大人しくしていたまえ。ああ、パイロット君には一緒に来てもらうよ」
 それだけを一方的に告げると、ガルシア達は立ち去った。うなだれたまま、大人しくついて行くキラ。食堂の中には、中途半端な静寂とざわめきが残された。
「痛たたた」
 捻られた肩を抑えるフレイに、ミリアリア達が駆け寄る。
「大丈夫、フレイ?」
「う、うん。ちょっと痛むけど平気。それよりあの子、連れてかれちゃったけど大丈夫よね? キラは仲間なんだし、ここは味方の基地なんだし」
 キラが連れ去られたドアを見ながら、自分自身に言い聞かせようとするフレイ。だが、問われたサイは首を横に振った。
「今の様子を見ていると怪しいな。さすがに直接、危害を加えられる事は無いと思うが」
「そんな」
 息を呑むフレイ。トールとカズイの顔にも、不安の表情が濃かった。


 マリュー達が通された司令室にガルシアの姿は無かった。当直士官のライズという少佐に問い質した所、アークエンジェルに行っているという返事が返って来た。理由は――聞くまでも無い。
 じりじりしながら待っていると、司令室の扉が開き、ガルシア達アルテミスの士官が戻って来た。その中に悄然とうなだれたキラの姿があることに気付き、マリューは眉をひそめる。
「いやいやラミアス大尉、遅くなってすまなかったね。話とは一体、何だね?」
 ガルシアの勝ち誇った表情はとりあえず無視し、マリューは数枚の書類を取り出した。
「ザフトに奪取されたMSの1機、ブリッツの機体性能概要です」
「艦長!!」
 ナタルの上げた驚きと非難の声を無視し、ガルシアに書類を手渡すマリュー。受け取り、目を通していたガルシアの顔が徐々に強張っていく。
「現在、アルテミスが曝されている脅威がご理解頂けましたか、ガルシア司令官」
「傘を展開しろ!! 至急だ!!」
 書類から顔を上げ、絶叫するガルシア。だが、その対応はあまりにも遅すぎた。
 ちょうどその時、鈍い地響きと振動が、司令室を揺るがした。
「こ、これは一体!?」
 狼狽の叫びを上げる副官。
「こ、これは――防御エリア内にMSが出現? そ、そんな……さっきまでは、確かに何も無かったのに……?」
 オペレーターの呆然とした呟きの通り、メインスクリーンにはミラージュコロイドの隠れ蓑を脱ぎ捨てたブリッツの姿があった。右腕のビームライフルが唸る度、激しい爆音と揺れが襲って来る。
「リフレクター稼働率、60%を割りました! 光波防御帯の展開は不可能です!」
「ローラシア級、再度反転! こちらに急速接近中! MSの発進を確認!!」
 次々ともたらされる報告。すでに司令室は、アラートで埋め尽くされていた。その中でガルシアは、何ら有効な指示も出せないまま、呆然と立ち尽くしていた。
「ああ、私のアルテミスが……」
 まるで死人のような顔色のガルシアに、マリューが声を上げる。
「ガルシア司令官、我々に出撃許可を」
「な、何?」
「<G>に勝てるのは<G>だけです」
 静かな自信を込め、言い切るマリュー。その姿を見たガルシアはしばしの逡巡の後、がっくりとうなだれると自分の敗北を認めた。
「分かった。君達に任せる」


 アークエンジェルクルー達の対応の素早さは、及第点を超えていた。司令室からの許可が下りる以前から独自の判断で行動を開始(具体的に記すと動揺したユーラシア兵の排除)を行っていた彼等は、マリュー達がブリッジに入った時点で全員が持ち場についていた。
「お待ちしていました、艦長!」
 ノイマンの声に頷くと、マリューは艦長席に座る。
「アークエンジェル緊急始動! ストライクは!?」
『完調です! いつでもいけますぜ!』
 通信スクリーンの向こうで、ニヤリと笑うマードック。
「要塞内での戦闘になる可能性が高いわ! 装備はソードパックで! キラ君がそちらに到着次第、発進させて!」
『了解! おっと、坊主も来たようですな』
 しばらくすると、ストライクから通信が入った。着替える時間が無かったため、キラは軍服のままの姿だった。
「キラ君、状況は分かっているわね。出撃しなさい」
 あえて命令口調で言い切るマリュー。俯いていたキラが、マリューに目を合わせないまま口を開いた。
『分かりました』
 低い、精彩の感じられない声だった。


 混乱したアルテミスの相手は、ニコルとブリッツにとって赤子の手を捻るようなものだった。
 多彩な兵装を駆使し、厄介な光波防御帯のリフレクターと対空砲台を破壊、慌てて飛び出してきたMA部隊は後続のイザークとディアッカに任せる事にして、宇宙港から要塞内部に侵入する。
 港内には、発進準備を急ぐ艦艇が10隻前後、無防備な姿で横たわっていた。射撃訓練の標的よりもよほど素直に並び、錨を下ろした軍艦の群れ。思わず涎が出る様な光景だったが、ニコルはあえて無視する。
「あすこか!」
 宇宙港の最奥に、ニコルが求める獲物――<足つき>の姿があった。と、艦のエンジンが低く重い音と共に駆動し、艦全体が僅かに浮き上がる右艦首のカタパルトが開き、大剣を背負ったストライクが現れた。
 他の艦はいざ知らず、<足つき>の戦闘準備は万全らしい。さすがだ、ニコルは素直に感心した。
 先手必勝。ブリッツは左腕を大きく振りかぶり、ストライクに向けてアンカークローを投擲する。だが同時に、ストライクもシールドに内蔵されたロケットアンカーを射出した。空中でぶつかり合い、絡み合う両機のアンカー。
「しまった!」
 自分の迂闊さに臍を噛むニコル。こうなってはパワーの劣るブリッツが一方的に不利だ。慌ててアンカーを機体から切り離そうとするが、ストライクのパイロットの反応はそれより1歩早かった。
 アンカーを引き戻しつつ、大きく振り回すストライク。ブリッツはそれに引き摺り回され、大きく体勢を崩した。AMBACを駆使して懸命に機体を立て直そうとするニコルの目に、大剣を振りかざして突撃してくるストライクが映る。
 やられる!? 対艦刀が放つビームの輝きに、ニコルは一瞬だが死を覚悟する。だが、その瞬間は訪れなかった。背後からの強烈な砲撃を受けたストライクがつんのめる。その隙にブリッツはアンカーを切り離すと、対艦刀の致命的な刃圏から離脱する。
「遅いですよ、2人とも」
 誰の援護か、は分かりきっている。ニコルはようやく追いついて来た僚機、イザークのデュエルとディアッカのバスターに通信を入れた。
『すまないね。雑魚を始末するのに手間取っちゃって』
『フン、臆病者のお前にしてはやるじゃないか。だが何だ、その無様な戦いは!』
 ヘラヘラ笑いながら答えるディアッカと、激励しているのか罵倒しているのかさっぱり分からないイザーク。らしいといえば2人らしい反応に、思わず内心で溜め息をつくニコル。
「……とにかく、絶好の機会です。要塞内では<足つき>の戦力も半減するはずです。一気に決めましょう!」
『『お前が仕切るな!!』』
 異口同音に怒鳴り返され、今度こそ実際にニコルは溜め息をついた。


「主動力炉、出力80%! 最大戦速即時待機!」
「主砲および両用砲、敵機を捕捉。ですが僚艦が邪魔で発砲出来ません」
「ストライク、3機を相手に苦戦中――ああ、キラ!!」
 怒号のような、いや怒号そのものの報告が飛び交うブリッジで、マリューは戦況を見守っていた。極力、表情には出さぬようにしているものの、内心では焦りが首をもたげている。
 アークエンジェルの誇る強力な火力も戦艦としては破格の機動性も、この狭い港内では発揮する事が出来ない。このままでは嬲り殺しだ。唇を噛むマリューに、カズイがおどおどと報告する。
「あ、あの艦長、アルテミスの司令室から通信が……」
「こっちに回して!」
 思わず舌打ちするマリュー。この非常時に一体何を! また何か、言いがかりでもつけるつもりなのだろうか?
 だが、通信スクリーンに映ったガルシアの言葉は、マリューの予想を裏切っていた。
『何をモタモタしている、アークエンジェル! 早くアルテミスから出港せんか、ノロマが!』
 言葉の意味が、マリューには分からなかった。何を言っているのだろうか? 頼みの綱の光波防御帯は破られ、駐留部隊は壊滅、かろうじてアークエンジェルとストライクが食い下がっているこの状況で。
「しかし、それではアルテミスが――」
『構わん! どうせ<傘>が失われた以上、この要塞はおしまいだ。だが、ザフトに貴様達までやられたのでは、腹の虫が収まらん! 裏のゲートからとっとと出て行け、この疫病神が!!』
 ようやく、マリューは理解した。つまり、ガルシアは――
 その時、突然フラガが立ち上がった。ぴしりと背を伸ばし、実に色気のある敬礼を、モニターの向こうのガルシアに送る。
「では、本艦はこれよりアルテミス要塞からの離脱を開始します。またいずれ、どこかの戦場でお会いしたいものですな、、司令官殿」
 普段は使われない事になっている『殿(サー)』の一言に諧謔味を刺激されたのか、ガルシアの口元が僅かにほころぶ。緊張と恐怖で引き攣っていたものの、それは確かに笑みだった。
『ああ。再会の日が、少しでも遠い事を祈る。良い航海を、アークエンジェル!』
 その言葉を最後に、通信は途絶える。マリューは一瞬だけ目を閉じて祈りの言葉を唱えると、声を張り上げた。
「ストライクを戻して! 反対側の港口から、アルテミスを離脱します!」


 たくさんの事が一度に起きた。
 浮上したアークエンジェルが180度回頭、艦首が開き陽電子砲が姿を現す。主砲と軸線砲が火を噴き、宇宙港のゲートを吹き飛ばした。
 ストライクのアンカーが射出され、アークエンジェルの船体に絡みいた。同時にアークエンジェルは轟然とエンジンを噴かすと、ストライクを引き摺ったまま発進する。
「逃げるのか!」
 追いすがるブリッツ。だが、その眼前で巨大な炎が上がる。炎に阻まれ、ブリッツは大きく体勢を崩した。
「そんな、ここまで追い詰めて、取り逃がすなんて!」
 炎上するアルテミスからかろうじて脱出するアークエンジェルを、ニコル達は見送るしかなかった。


「よ、お疲れさん」
 アークエンジェルの格納庫、ストライクから降りたキラを出迎えたのはフラガだった。
「大尉……」
 しばらく無言で佇んでいたキラがポツリと口を開いた。
「アルテミスは、どうなりましたか?」
「知りたいか?」
「はい」
 頷いたキラを、フラガは格納庫隣の搭乗員用ブリーフィングルームに連れて行く。端末を操作。スクリーンに映し出されたのは、断末魔の炎にのたうつアルテミスだった。
 その惨状を、無言で食い入る様に見るキラ。
「艦での騒動は聞いたぜ。どうだ、ざまあみろって石でも投げてやるか?」
 フラガの言葉に、だがキラは首を横に振った。
「凄く嫌な人達でした。正直、今も胸がムカムカします。でも、それでも最後には助けてもらったから……」
 ゆっくりと、自分に言い聞かせるように言葉を選ぶキラの肩を、フラガが叩いた。
「裏切り者なんかじゃないぞ、お前は」
「え?」
 驚いてフラガを見上げるキラ。フラガの顔には、いつもの軽薄さとは違う、何か温かいものが浮かんでいた。
「お前は自分の大事な友達を裏切ってないだろう?」
「でも! でも僕は――!!」
  『アスラン』の名は、口に出来なかった。そんなキラの心中を知ってか知らずか、フラガは大きな手でキラの頭をくしゃくしゃ掻き回した。
「悩めよ、少年。若いうちの特権だぜ」





















 後書き

 どうも、俺が書くフラガってオヤジ臭いな。
 ってゆうか、種ってオヤジキャラが少ないですよね。マードックやサイーブぐらいしか思いつかん。シーゲルやパトリック、ウズミはオヤジじゃなくてナイスミドルだし。
 アストレイやMSVだと、サーペントテールのリードとか<狂犬>の旦那みたく、いい感じに濃い面子がいるんだけど。

 

 

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代理人の感想

あー、それは多分あれですよ。

ビタミンが不足していたり繊維質が不足してたりすると無性に野菜が食いたくなったりするように、

親父分の必要性を感じた体が、勝手に親父分を増加させようとしてるんですよ(笑)。

なお、知り合いの話によると「野菜ジュースをとてつもなく美味く感じたら危険信号」だとか(笑)。

偏った食生活をしてる人、お気をつけあそばせ。

 

それはともかく今回は種ではアホの代名詞として扱われている所のある彼の登場だったわけですが・・・

ここで展開を変えるとは正直意外。

でも変えて良かったと思います。やっぱりこういうのは悪くない。