機動戦士ガンダム0153 〜翡翠の翼〜


   第1章 初陣


 UC153 1月18日 月面

 
 月。それははるかな太古。地球誕生と前後して誕生した、地球唯一の、自然衛星。古来より、地球に住まう
人々は夜空に浮かぶ銀盆のようなその姿に神秘性を感じてきた。然し、実際には地球の六分の一の重力しかな
く、荒野のような灰色の岩石が地面を覆い、大気も存在していない死の大地。しかし、人はそんな土地にも都
市を築き、生活している。

 そんな月の大地。灰色の土が一面に広がり、隕石がぶつかってできたクレーターや、クレバスなどが存在し、
起伏に満ちた死の大地に。そんなことは知らぬとばかりに跋扈する人影があった。

 四肢を備え、頭も持つ人型の存在。しかし、それを見て人はそれそのものが人である、と断じる事はあるま
い。なぜなら、その体の大きさは頭頂高にして十五メートルほどであり、それの表面を構築するのは金属とセ
ラミックスの複合材。そして内部に高度な電子機器を内包し、その腹の中に高出力の核融合エンジンを抱え、
宇宙を舞う巨人の戦士。
 
 その名を、モビルスーツといった。

 そのモビルスーツは濃紺に塗られ、スレンダーな体躯を真空の空間にさらし、背に備え付けられた四連ノズ
ルからプラズマ炎を噴出させて、月の大地を疾駆した。かすかに浮上した巨体は、微弱とはいえ確かに存在す
る月の重力に引かれ、そのまま再び灰色の大地にひきつけられる。そして、その大地を足でけり、再びノズル
から炎を吹いて加速する。
 
 加速していたモビルスーツは、唐突に首をめぐらせると、四肢を動かし、さらにノズルを吹かせると、鋭角
に軌道を変えて反転した。と、その直後。モビルスーツの存在していた座標に高速で飛来した弾丸が貫き、灰
色の大地に着弾。派手に土煙を巻き上げた。

 モビルスーツによる射撃だ。それを行ったのは、突然灰色の山の陰から姿を現した、濃紺の巨体。今襲われ
たモビルスーツと同型の機体。ただ、ひとつだけ。頭部の形状が違う。大型のアンテナが頭部に増設されてい
るのだ。その機体は射撃を行った後、間髪をいれずにジャンプすると、逃げた機体に追いすがりながら手に持
ったライフルをさらに連射。

 それを逃げる機体は左右に機体を振りながら、回避してノズルの出力を調整して反転。向き合うと同時に手
に持ったライフルを撃った。銃口から吐き出される弾丸は、しかし追いすがる機体にあたりはせず、あっさり
と回避される。

 そして、減速したことで追いすがる機体にあっさりと追いすがられ、さらに敵機の射撃をかわしきれず、着
弾。……するかというところで、モビルスーツは左手を持ち上げて、そこに備え付けられたビームシールドを
展開。弾丸はシールドにぶつかることで蒸発、無効化された。

 然し、これは予想の内。敵機のパイロットは右手のライフルを腰のハードポイントに備え付けると、肩のウ
ェポンラックから円筒状の物体を取り出すと、そこから赤い光を伸ばす。
 
 ビームサーベル。モビルスーツの近接接近戦用の兵器だ。かつて非常用の武器でしかなかったこれは、モビ
ルスーツがビームシールドを標準装備する現代戦においては非常に重要な武器といえるだろう。

 敵機はサーベルを抜くと、それで切りつけてくる。その一撃をシールドで受け止める。が、次の瞬間、敵機
は濃紺の機体を蹴りつけた。その一撃をかわせずに、機体は下からの蹴撃を受け、上に吹き飛ばされる。その
機体に、敵機はすぐに腰のライフルを抜くと、容赦なく弾丸を降らせた。
 
 その弾丸のシャワーをモビルスーツはビームシールドを展開しながら側面に機体を走らせて防ぐ。
 
 然し、次の瞬間。その機体の側面から射撃が襲い掛かってきた。
 
 伏兵だ。敵機は一機ではなく二機。同じように濃紺に塗られたスレンダーなモビルスーツがライフルを片手
に高速で接近しながら射撃を繰り返す。その正確な射撃を受け、モビルスーツは無理やりに機体をひねり、ノ
ズルを吹かせると一気に加速して離脱する。その無理な挙動に、強靭な体躯のモビルスーツのフレームがわず
かにきしむ音を響かせる。

 が、その甲斐あって二機の連携から逃れることができた。モビルスーツはさらにノズルを吹かせるとそのま
ま大地まで突き進み、地表ぎりぎりの高度を飛行する。そして、起伏に富む月の大地を利用して敵機からの射
撃を警戒。

 右に左にと機体を振りながら障害物を回避しつつ飛行するモビルスーツ。それを、襲撃してきた二機は確実
に追い詰めてきている。時折ジャンプした機体が降らせてくる弾丸が、それを証明している。もとより当てる
つもりはないのだろうことはわかるものの、自らより数が勝る相手に位置を把握され、射撃されるというのは
大きなプレッシャーとなる。

 プレッシャーを感じながら機体を走らせているうちに、大きな岩が正面にあることに気づいた。そして、そ
れは同時に壁のようにそそり立っていることに。クレーターだ。巨大なクレーターが正面にあり、それが行く
手を阻む。

 一瞬戸惑う。左右どちらに逃げようとも、しばらく直線的な動きを強いられることになる。だからといって、
ここで飛んだら狙い撃ちにされるだろう。

 一瞬の思考の停滞はすぐに解かれ、機体は大きくスラスターを吹かせて大きくジャンプした。それと同時に
右手のライフルを構え、左手のシールドを準備する。と、その瞬間。モビルスーツのカメラが動く物体を捉え
た。反射的にそちらを向き、ライフルを撃つ。

 はじけた。一瞬撃墜したものか、と判断したが、すぐにわかる。アレは、ダミーだ。バルーンで作られたモ
ビルスーツの偽者。赤外線センサーなどで見ればすぐにわかるものでも、ミノフスキー粒子下ではたやすくだ
まされてしまう。

 しまった、と思う暇もない。直後に、二機の敵機が下のほうから挟撃してきたのだ。ライフルが弾丸をばら
撒く。それをシールドで受け止めつつ回避するものの、相手も当然その軌道を読みきっている。逃げる機体は
簡単に追いつかれ、二機が射撃しながら抜いたビームサーベルに対し、こちらもサーベルを抜いて対抗するも
のの二機がかりの息のあった攻撃を前に裁ききれず、あっさりと切りつけられる。

 そして、機体は両断……はされずに、装甲表面にうっすらと焦げ目がついた。今敵機が振るったビームサー
ベルはその出力を落とし、形成したIフィールド内に淡く輝く程度のメガ粒子を封じ込めただけの模擬戦仕様
のビームサーベルだったのだ。そして、先ほどから自機も敵機も含めて撃ちまくっていたライフルもまた、ペ
イント弾を撃っていただけなのである。

 撃墜のアラートがコックピット内に響き渡り、その音にパイロットが落胆したそのとき、機体に敵機が接触
し、機体同士の振動を利用した接触通信。通称お肌のふれあい回線が開く。

『ジェスタ。撃墜だな』

「ええ、キリさん。見事にやられましたよ」

 入ってきた通信に対し、そう苦笑して答えるパイロット。彼の名は、ジェスタ・ローレック。今年で十七歳
になるくすんだ金髪の白人の青年だ。現在、モビルスーツのパイロットになるための訓練を受けている、若き
リガ・ミリティアのスタッフである。

 そして、今通信を入れたのが、すでにリガ・ミリティアの実戦部隊のパイロットをしているキリ・ミムラ。
二十五歳のアジア系の青年だ。彼は、もうひとりの同僚とともにジェスタの訓練の教官をしていたのである。

『ジェスタ』

 もう一人から通信が入った。ジェスタはピン、と背を伸ばしてモニターの一角に目を向ける。そこに形成さ
れたウインドウに、二十代後半の生真面目そうな黒人の男性の姿が映る。

「ライアンさん……」

 ジェスタは緊張して、わずかに声を震わせた。ライアン・クルスト。ジェスタにモビルスーツの操縦のいろ
はを仕込んだ教官で、リガ・ミリティアのパイロットの中でも有数の実力を持つエースの一人。そのライアン
との模擬戦を行い、今無様に敗北したのだ。何を言われるのか、と思うと鬱な気分にもなろうものだ。

『まだまだ状況判断が甘いな。きちんと地形を見て相手の行動を読め。今の場合、俺たちがお前をあのクレー
ターに誘い込もうとしていることなどすぐにわかったはずだぞ。何度かジャンプをしていたなら、周辺の地形
を把握することはできたはず。違うか?』

「はい。そのとおりです」

 落胆し、ジェスタはそう答えた。ライアンの言うとおりだ。今の場合、二人の攻撃は露骨にこちらを誘導し
ていた。にもかかわらず簡単にあそこまで行ってしまったのは、ジェスタの判断が甘いとしか言いようがない。

 実戦なら、命はない。今は、模擬戦だからビームサーベルの出力は落としてあり、装甲表面に焦げ目をつけ
る程度だが、実際ならばジェスタはモビルスーツごと一刀両断にされ、即死していたはずなのだから。

『だが、動きはよかった。蹴り上げられた後、まさかこちらの攻撃をかわせるとは思わなかったぞ?』

 と、ライアンはフォローするかのように笑みをひらめかせ、そういった。それを聞き、ジェスタはきょとん
とし、直後。安堵のあまり大きく息をついてシートにもたれかかった。

『さて、そろそろ帰還するぞ。べスパに見つかるわけにもいかねーからな』 

 お肌のふれあい回線でそう声をかけるキリ。優男風の顔でにやり、と笑っているのがウインドウに写ってい
るのを見て、ジェスタは気を引き締める。月は地球連邦政府のお膝元で、リガ・ミリティアの本拠がある地点
である。が、最近、ザンスカールの勢力が伸びてきているところでもあるのだ。気を抜いて敵に把握され、仲
間も巻き込んで死んでしまっては目も当てられない。

「了解しました。ジェスタ・ローレック。ただいまより、帰還します」

『いい返事だ。では、帰還するぞ』

「『イエッサー』」

 ライアンの言葉にジェスタとキリは唱和するとモビルスーツに敬礼を取らせ、スラスターを吹かせてその場
を後にした。

 目指すはリガ・ミリティアの本拠がある月面都市、フォンブラウン。その近くに、モビルスーツなどを隠匿
する秘密のドックが存在しているのだ。三機の機体は敵の目を警戒しながら静かに自分たちのねぐらに向かっ
た。




 UC153 1月 18日  月面 フォン・ブラウン近郊 リガ・ミリティア秘匿ドック

 フォン・ブラウン近くの渓谷。その中に巧妙にカモフラージュされた洞穴に、濃紺の三機のモビルスーツが
静かにその身を進入させていく。そして洞穴に入ると同時に機体を着地させ、その奥に足を進めていく。洞窟
の内部は広い。モビルスーツはおろか、下手をすれば駆逐艦が航行できるほどの大きさだ。

 それもそのはず。この洞穴内部には、リガ・ミリティアに属する連絡艇、および輸送機も入ることができる
ように自然の洞穴を掘削して作り上げられたものなのだから。

 そして三機のモビルスーツはエアロックを抜けて、気密が施されたドック内に進入した。

 ドック内部を外の洞穴から入ったものが見るとさぞや驚くことだろう。それほどまでに、このドックの内部
は設備が整っていた。簡単な整備どころか、モビルスーツのオーバーホールすら可能なほどに。ここには各種
機材が完備されている。リガ・ミリティア本部の管轄にある、というのは伊達ではないのだ。もっとも、それ
でもリガ・ミリティアの組織としての性質上、このドックにすべての施設を収めておくわけにも行かず、モビ
ルスーツの開発、および製造などはまた別の場所で行われているし、ここにリガ・ミリティアの指導者たるジ
ン・ジャハナムの姿もない。

 とりあえずドック入りした三機のモビルスーツはモビルスーツデッキのハンガーまで進むと、立ち並ぶ拘束
具に背中から接続するとそこで機能を停止させた。コックピットハッチが開き、三人のパイロットが姿を現し
た。

 そこに、駆動音を立ててキャットウォークが伸びてくる。ジェスタはそれに乗って下に下りるが、ライアン
とキリの二人はそのまま軽い身のこなしで飛び降りる。コックピットから地上まで、高さにして大体十メート
ル強。月の重力からすればあまり高いともいえない高さだが、それでも飛び降りるのはあまりほめられること
はない。事実、

「コラ。お前ら。飛び降りるなっていつも言ってるでしょ!」

 ライアンとキリの行動を見咎めたノーマルスーツを身に着けた整備員の女性がそう声をかけてくる。

 二人はそちらに目を向け、露骨に「しまった」という顔をする。そんな二人の顔を見て、その二十台半ばほ
どの黒髪の白人の女性整備員は腰に手をやり、スパナで自分の肩をたたきながら大またで近づいてきた。

「ニケか……」

「ニケか、じゃないわよ。この唐変木」

 蓮っ葉な物言いで彼女、ニケ・クルストは言い放ち、ライアンをにらみつける。身長で言えば、百九十を超
える巨体のライアンと、百六十程度の彼女では圧倒的にサイズが違い、普通なら気おされても不思議ではない
が、彼女はまったく物怖じする様子はない。

 それもそのはずで、彼女はライアンと同じ姓であることからわかるように、ライアンの連れ合い。妻なので
ある。リガ・ミリティアに参加する以前からの知り合いであるこの二人は一見仲むつまじい夫婦、というわけ
ではないが、気の置けない関係であることは間違いないのである。

「にしても……何よ、これ」

 ニケはそういって、ハンガーに固定された三機の濃紺のモビル・スーツに目を向けて不機嫌な様子になる。

「何を言いたい?」

「何を言いたい、じゃないわよ。あんたね。このガンイージの9号機。腹回りの装甲がへこんでるじゃない。
それに、2号機の脚部だってちょっと損傷してる。……この機体で思いっきり蹴り上げたってところね?」

「正解だ。さすがだな、ニケ」

「あらどうもありがとう……なんていうと思ったかー! この宿六! 模擬戦で機体を傷つけるな! あん
た、それでほんとにベテランなわけ!?」

「む……」

 激昂して柳眉を逆立ててさけぶニケに、一瞬たじろぐライアン。基本的に、整備員というのはパイロットよ
り優位な立場にある上、彼女の場合ライアンの妻なので余計に立場が強いのである。これで、ライアンはリガ
・ミリティアでも有数のエースなのだから、世の中わからないものだ。そして、そんなライアンをフォローす
るために、口元に笑みを浮かべながらキリが、キャットウォークから降りてきてばつが悪い顔をしているジェ
スタを親指で指し示しながら言う。

「まあまあ姐さん。そういきり立たないでくれよ。隊長が悪いわけじゃなくて、ジェスタの腕が上がってきて
るんですから。なあ、ジェスタ?」

「え? あ、いや、それは……」

(いいから話をあわせろ!)

(そんなことを言われても……)

 と、小声でやりあうキリとジェスタ。そんな二人をじっと見据えるニケ。その視線に気づいて二人はぎょっ
とした。

「で?」

「キリの言うことにうそはない。事実、ジェスタは腕を上げてきている。おそらく、もう実戦に出るだけの腕
はあるだろう。無論、俺たちのフォローは欠かせないだろうが」

 そのライアンの言葉にニケは軽く目を見張った。そして次にジェスタに目を向け、少しだけだが辛そうな顔
をする。ジェスタの年はまだ十七。本来ならばハイスクールの学生をやっている年代の少年を戦場に送り出す
ことに嫌悪感を抱いているのだろう。とはいえ、人員が不足気味のリガ・ミリティアにおいて、実戦に出せる
だけの腕前のモビルスーツパイロットは貴重な存在なのだ。ゆえに、教官と一部隊の隊長をかねるライアンが
太鼓判を押したパイロットなら、リガ・ミリティア上層部も迷いなくジェスタの実戦投入に賛成することだろう。

「本当ですか? 教官! じゃあ、俺、正式にハルシオン隊の一員なんですか!?」

 一方で、そんなに気の重いとは裏腹に教官であるライアンに太鼓判を押してもらったジェスタは顔一面に喜
色を浮かべ、軽くガッツポーズをとった。ハルシオン隊。翡翠(カワセミ)を意味する言葉を冠するこの部隊
はライアン率いる、宇宙における実戦型のモビルスーツ隊だ。現在地球で活動しているオリファー・イノエ率
いるシュラク隊と並び称される、リガ・ミリティア最強の部隊である。ライアンに認められる、ということは
すなわちハルシオン隊の一員である、ということだ。ここで訓練を始めてから半年。ずっと接してきた憧れで
あり、目的でもある彼らと、末席とはいえ並んだことはジェスタにとっては天にも昇る気持ちになるのも無理
からぬことであろう。

 そんな喜びに顔を輝かせるジェスタを見てライアンは表情こそあまり変わらないものの、それでも我がこと
のように誇らしげな様子になり、

「ああ。まだ状況判断に甘いところはあるが、腕自体はよくなっている。実機を使うようになってめきめきと
腕を上げたぞ、ジェスタ」

「ま、ガンイージはいい機体だからな。シミュレーターを使うより効率はいいかもしれないわな」

 ライアンの言葉にキリもそう答える。それを聞き、ジェスタは嬉しそうに破顔した。そして、自分が乗って
いた機体。ガンイージを見上げる。通常、オリーブグリーンに塗装されているこの機体だが、ここで運用する
機体は宇宙で使うことを前提にしているため、全機濃紺に塗装されているのである。

 LM111E02ガンイージ。これはリガ・ミリティアがビクトリー計画にのっとって新型モビルスーツを開発する
際、そのテストベースとして先行開発したモビルスーツである。元サナリィのスタッフらが多く集まり開発し
たこの機体は、現在地球連邦軍が主力機として運用しているRGM-119ジェムズガンやRGM-122ジャベリンに比べ
ると機体の制御系にバイオ・コンピューターを導入しているため、パイロットの思考を読み取り補佐する特性
があるので追従性、反応速度の面で圧倒的な優位性を持ち、出力も高く、組み込まれている機動プログラムも
優秀なため、現時点で最高クラスのモビルスーツの一つに数えられる機体である。その上、コストパフォーマ
ンスにも優れる機体となっているため、リガ・ミリティアはビクトリー計画と並行してこの機体を正式に量産
することにしたのである。今、ここに並んでいる十五機のガンイージは、その初期ロットの機体で、後ほぼ同
数の機体が生産されて現在地球に下ろされ、抵抗運動を続けている。

「まあ、ガンイージがいい機体だってのは確かだけどね……けどさ、ジェスタ」

「何ですか?」

「リガ・ミリティアの活動もいいけど、あんたにだって家族がいるんだから、そのあたりのことを忘れんじゃ
ないわよ? あんたにもしものことがあったら、残された家族が嘆くからね?」

「それは……そうですけど。でも、俺は」

 そこで言葉をとめ、ジェスタはこぶしを強く握り締めた。そして、強い目をしてもう一度自分の乗るガンイ
ージ9号機の、スレンダーなその巨体を見上げた。濃紺の、鋼鉄の騎士。その力強く、優美さも感じさせるフォ
ルムは見るものに畏怖さえも感じさせる。それは、ジェスタにとってその手にできる「力」だ。

「ザンスカールが。ガチ党は許せませんから。戦うのをやめたくは、ないですよ」

「男がこういっているのだ。言葉ではなかなか止められんよ」

「まったく、男ってやつは……ま、こんなとこに好き好んでいるあたしも人のことは言えないんだけどね」

 ジェスタの言葉に思い口調で言ったライアンの言葉を聞き、ため息混じりにそういい、苦笑を顔に貼り付け
るニケ。彼女は手に持ったスパナでぽんぽん、と自分の肩をたたくと、びしっとそれでジェスタを指し示して、

「とりあえず、あんたらが傷つけたガンイージはあたしたちが全力で修理するから、その間はしっかりと休ん
どきなさい。後、ジェスタ。きちんとこれから心配をかけるんだってこと、家族に説明しとくのよ?」

「わかってますって。では、モビルスーツの世話を頼みます」

「それが、あたしたちの役割」

 言って、ウインクするニケ。それに三人は軽く敬礼してからその場を後にする。これからモビルスーツから
抜き取った記録ディスクを手に、ブリーフィングルームに向かい、今回の模擬戦のおさらいをすることになる。
それを考えたジェスタは、先ほど認められて感じた喜びが消沈していくのを感じた。確かに、ライアンは太鼓
判を押してくれた。だが、自分が無様な負けっぷりを示したのもまた事実。いくら相手がリガ・ミリティアで
も一線級の実力を持つパイロットで、それも二人がかりであったとはいえ、負けは負けだ。それを思うと、自
分の腕前がまだまだなのだと痛感させられる。

 そんな思いを抱えながら、ジェスタはもう一度振り返り、はれて自分の愛機となったガンイージ9号機の勇姿
に目をはせた。

「何やってんだ、ジェスタ。さっさと来い!」

「あ、はいただいま!」

 キリに怒鳴られ、ジェスタは小走りになって二人の背を追いかけた。いつか、あの二人を乗り越えてザンス
カール帝国に一矢報いることを頭に描きながら。



 UC153 1月18日 フォン・ブラウン市街地 第二層

 
 フォン・ブラウン・シティ。月面都市といえば、真っ先に名が挙がるのが、旧世紀の1969年7月20日、米国の
アポロ11号が人類初の月面着陸を行った「静かの海」の北側にある直径6キロの巨大クレーターに築かれ、ロケ
ット工学の父と呼ばれたウェルナー・フォン・ブラウン(A.D.1912〜1977) に由来する名を持つ、月面最大の
都市であるこの都市であろう。というよりは、もはやすでに月面都市の代名詞となっているほどの都市である。
それも当然だろう。フォン・ブラウンは人類が宇宙に上がり、宇宙時代を築いている時代。その開拓期におい
て、およそ三十余年の間鉱山として利用された後、UC0027に市制が始まったこの都市は、その後。人類が宇宙
に移民する際、中継地点としての役割を果たし、宇宙世紀の歴史の推移を常に見守り続け、中心であり続けた。
そして現在も地球や、各宇宙都市へと結ぶ交通の中心としての役割を果たしている。

 その上、地球圏でもっとも繁栄している最大の企業。アナハイム・エレクトロニクスの本社を擁し、地球連
邦政府の中央連邦議会や、地球連邦軍参謀本部も存在しており、政治的、経済的な意味合いでの世界の中枢で
もある。

 そんなフォン・ブラウンは都市の構造としては、宇宙世紀黎明時の名残を色濃く残す構造をしている。とく
に、五層構造の都市空間を形成するこの階層構造の、最上層である第一層を基点として、第二層、第三層と下
に向かって掘り進め、地下の酸素工場。(ファクトリーと呼ばれ、大量の植物が所狭しと並んでおり、光合成
を利用して莫大な量の酸素を生産している)また、第五層には「フォレスト」と呼ばれ親しまれている、一般
人は立ち入り禁止の、大量の動物が放たれているバイオマスも存在している。これは、吹き抜け状になってい
るため、上空から覗き込むことが出来る。

 フォン・ブラウンの天井は、かつては重量感のあるグリッド・シェルで作られていたが、大
改装の結果今現在はほぼ透過性を持ち、太陽光を取り入れられるようになっているグランド・シェルである。
そして、それを支えるのがオールド・コアと呼ばれる、レゴリア岩石の組積造によって成り立つ、重量感あふ
れ、機能を越えてフォン・ブラウンの市民の精神的支柱となっている三本のコアである。

 そんなフォン・ブラウンの第三層の、UC0057で拡張計画で新設された放射状の市街区の片隅に、ジェスタの
家族が住まう家は存在している。

 時間的に、今は夜の設定になっているため、フォン・ブラウン市は明かりが落とされ、地球上の夜とほぼ同
じ暗さになっている。とはいえ、都市整備計画がしっかりとしているためあちこちに街灯が備え付けられ、犯
罪の抑止はしっかりとなされているのだが。そんな薄暗い道を、ジェスタはエレカに乗って移動していた。

 その顔は、気分が優れないのか、少し沈鬱な表情をしている。先ほどのオリエンテーションで自分の欠点を
指摘されたこともあるが、それ以上に久しぶりの実家への帰宅が彼の心に重荷を背負わせているのである。

「はあ……」

 エレカのハンドルを握りながらため息をつくジェスタ。その心に模擬戦を終えた後ニケに言われた言葉がの
しかかる。彼女の言うことは正しいだろう。一般的に言って、軍人でもないのに自分の意思で戦争に行くこと
が普通ではないことくらいは理解できるし、半年前に自分がリガ・ミリティアの活動に参加するために家を出
る、といったときの家族の反応もしっかりと覚えている。然し、自分はそれを振り切ってリガ・ミリティアに
参加した。

 そして今、ジェスタは家族たちに、自分がモビルスーツのパイロットになったこと。しばらくしたら、モビ
ルスーツに乗ってザンスカールのべスパと砲火を交えることを告げに行くのだ。
 
 そう。自らの命を危険にさらし、人の命を奪いに行くことを、家族に告げるために、今。ジェスタはエレカ
を走らせている。久しぶりの実家へと帰還がこんなことになるのだ。これが、憂鬱にならないはずがない。しか
し、逃げる気はない。それは人に言われたからではない。自分自身で選んだ道だからだ。ならば、後ろにおい
ていったものにきちんとけりをつけなければならないだろう。

 そう思い直したジェスタは一度軽く頭を振ると、物憂げな表情を毅然とした眼差しにするとしっかりとエレ
カのハンドルを握り、アクセルを強く踏み込んだ。モーターが静かに出力を上げ、エレカが加速していく。そ
して、夜の道を走っていった。


 エレカが公共の駐車場に止まり、ドアが開く。そこから降りたジェスタは空を見上げる。スクリーンになっ
ている天井は、今は夜の風景を映し出している。人工的に映し出されたその光景を見上げ、ふと思う。地球の
空というのは、自分たちが普段見るこの映像とどう違うのだろうか、と。が、すぐにばかばかしいことを考え
ていることに気づいて、視線を前に向け、歩き始めた。目指すはこの近くにある中規模のマンション。そこに、
ジェスタの実家があり、残された家族が生活しているのだ。

 マンションのオートロックの玄関を、虹彩と指紋を照合させて開く。どうやら自分が家を出てから半年たっ
ても登録は削除されていないらしい。そのことにかすかな安堵とともに、心に鈍痛を感じた。

 エレベーターに乗り、七階にたどり着く。そして廊下を歩き、自宅の部屋にたどり着く。709号室。表札には
サラ・ローレックという名が書かれてある。ジェスタは一度躊躇したが、すぐに気を取り直してインターホン
を鳴らした。

「お帰りなさい、兄さん!」

 そう、弾む声とともに顔を見せるジェスタと同じ色の髪をツーテールにした少女の姿が目に映った。まるで
待ち構えていたようなタイミングである。まあ、実際待ち構えていたのだが。この時代、個人認証によるセキ
ュリティが一般化しているため、登録されているIDの持ち主が訪れた場合、家のほうのインターホンにそれが
知らされるのだ。ゆえに、ジェスタが帰宅したことは指紋や虹彩で認証した時点で家のほうには知らされてい
るのである。

「ああ。ただいま、ミラルダ」

 ジェスタは少女、ミラルダ・ローレックにそう笑いかけて答えた。彼女はジェスタと同じ姓であることから
わかるように、ジェスタの妹である。最近、十五になったはずだ、とジェスタは思った。自分がいない間に妹
は誕生日を迎えたのだから。

 そして、ミラルダはジェスタに声をかけられてうれしそうに笑顔を見せるとその腕を取り、強引に家の中に
引っ張り込んだ。その妹の強引さに苦笑しながらも、悪くないとジェスタは思った。だからこそ、これからす
る話を思うと少し心が痛む。

「母さんは?」

 たずねるジェスタ。母子家庭であるローレック家は母親であるサラが働きに出ている。今、家にいないとい
うことはまだ仕事から帰っていないということだ。

「まだよ。もう少ししたら帰ってくると思うけど……あ」

 言うや否や、まるで見計らっていたようにインターホンがなった。これは、二人の母親であるサラ・ローレ
ックがマンションに帰ってきたことを意味している。それを確認し、ジェスタは少しくらい顔になる。

 しばし時間がたち、玄関が開く音が聞こえる。それにミラルダが反応し、駆け足でドアのほうに走っていっ
た。その、少し幼いともいえる行動にジェスタは苦笑する。玄関のほうから声が聞こえる。ミラルダが、ジェ
スタが帰ってきたことを告げたようだ。それを聞き、驚いているのが伝わってくる。足音が聞こえ、サラとミ
ラルダがジェスタがいるリビングに姿を見せた。

「お帰り、母さん」

「ジェスタ……」

 感極まったようにそういい、サラはうれしそうに言葉を失う。サラは、ミラルダと似た容姿をしており、落
ち着いた印象の美人だった。が、半年振りに母の姿を見たジェスタは軽いショックを受けていた。自分が思っ
ていた以上に母は小さく見え、さらに。半年前よりも若干ふけて見える。自分が家を出たことによる心労なの
だろう、とジェスタは思った。

「お帰り、ジェスタ」

 しばらくしてそういったサラは目に涙を浮かべ、ジェスタを抱きしめる。母の体温と体臭に包まれながら、
ジェスタは静かにそこにたたずんでいた。


 しばらくジェスタが帰ってきたことで感情的になっていた二人を前にしていろいろとなだめすかしたりして
落ち着かせるのに手間がかかったが、とりあえず二人が落ち着き、リビングのソファに家族三人がそろって話
をする態勢に持っていくことができた。

「それで、ジェスタ。向こうの生活はどうなの?」

「ああ、悪くはないよ。そりゃ、ここほどはよくないけどね」

 心配げに言ったサラの言葉そう答えるジェスタ。ジェスタの今の生活は、リガ・ミリティアが確保している
セーフ・ハウスで行っている。まあぶっちゃけた話、あのドックの中に用意されているわけだが。ともかく、
そこでの生活は悪くはない。食事もきちんと出るし、いびられることもない。多少のストレスはたまるものの、
確固たる目的を持って行う集団生活というのは若いジェスタにとってはむしろいい影響を与えているといえる
だろう。

 ジェスタの表情から嘘を言っていないことを読み取ったサラはとりあえず息子がまともな生活を営んでいる
ことに安堵した。

「それで、兄さんはどうして家に帰ってきたの? 抵抗運動はもうやめたの?」

 小首を傾げて言うミラルダ。その幼い仕草に目を細めたジェスタだが、すぐにその表情を硬くした。そして、
そんなジェスタの反応から、ジェスタがリガ・ミリティアを離脱して帰ってきたわけではないことをサラもミ
ラルダも理解した。何かいやな予感がするので、サラは硬い声でジェスタに声をかけた。

「ジェスタ」

「母さん、ミラルダ。俺は……モビルスーツのパイロットになる」

「え……」

「パイロット……?」

 ジェスタの言葉にサラとミラルダは交互にそう言葉をこぼし、顔を青ざめた。モビルスーツのパイロット。
軍の花形の存在であるそれは、同時に最も戦死率の高い存在でもある。それに、自分の身内がなる、といった
のだ。言葉を失うのも自明の理であろう。

「多分、もうすぐ初陣を迎えると思う。もしかしたら、二度と帰ってこれないかもしれない。だから、それを
言いに来たんだ」

「そんな……だめよ、そんなのは! あなた、何を考えているのよ! パイロットですって!? そんな危険
なこと……それに、分かっているの? パイロットをするってことは、人様を殺すってことなのよ!?」

 青ざめたまま、立ち上がりながらそう叫ぶサラ。それを聞き、わずかに顔をしかめるジェスタだが、サラの
この反応は予想の範疇にあったので取り乱したりはしない。

「兄さん……」

「やめなさい、そんなこと! 家に帰ってきて、家族三人で静かに暮らしましょう? それのどこが不服なの?
わざわざ自分の命を懸けて、殺し合いをするためにあなたは生まれてきたわけじゃないでしょう?」

「母さん……」

 涙混じりにそういい、ジェスタの肩をつかむサラ。その言葉に、ジェスタは苦痛に耐えるように顔をゆがめ
た。予想はしていたが、実際。母親と妹にこうまで悲しまれると、つらい。正直、来なかった方がよかったか、
とも思うが、そうしなかったらきっと。死ぬほど後悔しただろう。

「兄さん。母さんの言うとおりだよ。戦争なんてやめようよ。私だって、父さんを殺したザンスカールは、カ
ガチは許せないよ。でも、だからって兄さんが武器を持って戦場に行くのは間違ってるよ」

「母さん、ミラルダ。二人の言いたいことは分かるよ。俺だって、母さんやミラルダが戦場にいっては欲しく
ないからね。でも、これだけは譲れないんだ。父さんに濡れ衣を着せて、ギロチンなんて方法で見世物にして
殺したあいつらは、絶対に許さない。今現在、懲りずにギロチンを続けて、それを見ているやつらも許せない。
これは、絶対に譲れないことなんだ。だから、俺は戦うんだ。分かってくれ、とは言わないよ。俺の選択は、
馬鹿なことだってことくらいは理解しているからね」

 怒りと憎しみを目に乗せてそう語るジェスタ。その言葉に二人とも辛そうな顔をした。サラの夫にして、兄
妹の父親であったジョシュア・ローレックはコロニー公社の役員をしていた。そして彼の存命中、一家はスペ
ースコロニー、アメリアで生活を続けていた。そして、ジョシュアは次第に勢力を強めていくガチ党に、フォ
ンセ・カガチに危機感を抱き、同じように考えていた議員や役員たちと会合し、何とかカガチを排除しようと
画策していた。

 然し、その動きを察知したカガチはその動きを利用し、贈収賄の事実をでっち上げ、偽の証拠を使って言い
逃れできないようにして問答無用でギロチンにかけたのだ。そのときの光景は、今でも忘れられない。自分の
父親が、やさしく立派なその父が、重力に従って落下した巨大な刃の一撃で無残にも首を落とされた瞬間が。

 大広場で処刑は行われ、おまけにテレビ中継もされたので、三人はそれを目撃した。自分の家族が、無残に
も処刑の見世物にされ、殺される光景を。そして何度も夢にその光景を見た。そのたびに飛び起きて恐怖に震
えたのだ。おまけに、アメリアでギロチンにかけられたジョシュアの身内として、彼らは後ろ指を指され、迫
害も受けた。ジェスタもミラルダも学校ではいじめを受け、家には石が投げられ、目も当てられないような中
傷の落書きを家にされた。襲撃され、怪我を負ったこともある。しかも、それらのことがあっても誰も助けて
はくれなかった。このままでは殺される、とそう思ったときに、アメリアに潜んでいたリガ・ミリティアのス
タッフの手引きを受けて、月のフォン・ブラウンまで逃げてきたのだ。

 そのころの地獄を思い出し、三人とも押し黙る。地獄を押し付けたカガチ。そしてそれに踊らされた連中。
憎んでも憎みきれないそれらを思うと今でも三人ともはらわたが煮えくり返る思いに駆られる。もっとも、だ
からといってサラもミラルダも自分の大切な家族が戦場に行くことを許容できるわけではない。おまけに、リ
ガ・ミリティアは民兵組織。実質、その扱いはゲリラやテロリストと大差ないのだ。

 自分たちを救ってくれたリガ・ミリティアのスタッフには感謝している。だが、だからといってジェスタを
とられる、という認識があるため、今となってはサラもミラルダもリガ・ミリティアには少し含むものがある。

「ジェスタ。どうしても、だめなの?」

「ああ。俺はもう決めたんだ。戦うって。この半年、いろいろと教えてもらってきたし、そう簡単に死ぬ気
はないよ。だから」

 サラの目をはっきりと正面から見据えて言うジェスタの言葉は、重い。それは、半年前のリガ・ミリティ
アに参加する、といって出て行ったときよりもずっと重いものだった。あの時はただ、カガチが、ザンスカ
ールが許せない、というだけの子供だった。が、今は違う。まだ大人になったとはいえないが、それでもリ
ガ・ミリティアのスタッフにまぎれ、自分を磨いた結果、半年前よりもはるかに成長していることをサラに
実感させた。

 いや、それだけではない。今のジェスタの目。これは、彼の父、ジョシュアがフォンセ・カガチをはじめ
とするガチ党を危険だ、といい、どうにかして彼らを排除しようと決意したときに見せた目と同じ光をして
いる。それを見ると、やはり親子なのだな、と思わせる。然し、父親と同じ道を。死に至る道を、息子に歩
んで欲しくはない。

「ジェスタ。やっぱりあの人の子供なのね、あのときのあの人と、同じ目をしているわ」

「父さんの?」

「ええ。あの人も、カガチを放っては置けない、と言った時。今のあなたと同じような目をしていた。……
その結果は知っているでしょう?」

「父さんは罠にはめられて、死んだ。でも、俺は父さんの決意が間違っていたとは思わない。今のザンスカー
ルを見ると、特にそう思えるよ」

「それは……あの人の遺志を継ぐ、ということ?」

「そんな大層なことじゃないよ。ただ、じっとしていることや、気休め程度に声高に叫ぶのなんてごめんなん
だ。だから戦う。そういうことだよ。リガ・ミリティアの人たちも、同じなんだ。俺と同じに、あいつらを放
っては置けない。動かないと、気がすまないんだよ」

「……どうしても、止められないのね」

「お母さん!?」

 サラの言葉に、二人の話を固唾を呑んで聞いていたミラルダがそう声を上げた。サラは、そんなミラルダを
目で制して、ついで強い目で、母の目でジェスタを見据える。ジェスタは、その視線を正面から受け止めた。

「二つだけ、約束して」

「何?」

「ひとつ。死なないで、帰ってくること」

「もちろん、そうだよ。ここは俺の家だから。いつか、帰ってくるよ。絶対に、死ぬもんか」

「ええ。それと、もうひとつ。……怖い人にだけは、ならないでね? 戦場は、怖いところよ。私には想像も
できないようなね。でも、だからってその狂気に染まらないで。私たちは、そんなあなたは見たくないし、あ
の人だって。あなたが怖い人に。人を傷つけ、殺すことに喜びを感じるような子にはなって欲しくないはずだ
もの。ね?」

 サラはジェスタの目を見つめて静かにそう言った。それを聞いて、ジェスタは一瞬言葉に詰まったが、大き
く頷く。正直なところ、狂気に染まる、ということがどういうものなのか今ひとつ分からないが、サラの湖面
のような静謐な眼差しとその嘆願に近い言葉が、ジェスタの心に深く錨のように沈みこんだ。

「うん。忘れないよ、その言葉。戦争が終わって、胸を張って家に帰ってきたいから。だから、大丈夫。俺は
がんばるよ」

「ええ。そうして頂戴」

「ありがとう。母さん、ミラルダ」

「礼なんて要らないわ。私は息子を引き止められないだめな母親なのよ?」

「兄さん……私はやっぱり嫌だよ。でも」

 そういって、ミラルダはうつむいた。その目に涙をためて。彼女はわかっているのだ。サラでさえどうにも
ならないのに、自分の言葉などで引き止めることができるはずがない、と。そのとき、ジェスタがミラルダを
そっと抱きしめた。半年前より幾分か背が伸び、多くの訓練を費やしたため、体中に筋肉がついたその兄の体
を身近に感じ、ミラルダは体を硬くする。そして、耳元でジェスタが言葉をつむぐ。

「ごめんな、ミラルダ。でも、俺は絶対に帰ってくるから。待っててくれよ、な?」

 耳元でささやく兄の言葉。それは、昔どおりの優しい兄であり、強くなった男の言葉でもある。半年間、会
わなかった彼ははっきりとわかるほど、強くなっている。それが、胸が張り裂けそうなほどのつらい思いと同
時に、えもいえぬ安心感ももたらす。だから、ミラルダは涙を呑んだ。まだ完全には納得はできない。死地に
家族を送り込むことに抵抗はある。だが、それでも見送る、と決めた。

 ミラルダは、自分を抱きしめるジェスタの体をそっと離した。ジェスタがこちらを見てくる。その目を涙が
浮いた目で見返す。

「兄さん……うん。私、待ってるから。戦争が終わって、帰ってくるのを。それで、いっぱいわがまま言って
困らせてあげるんだから」

「覚悟して待ってるよ」

 泣き笑いで言ったミラルダの言葉にそう答えるジェスタ。そしてジェスタは

「じゃあ、母さん。ミラルダ」

 そう声をかけると、玄関のほうに向かった。そんなジェスタの行動にミラルダは驚いた。ミラルダは、ジェ
スタが今日は家に泊まっていくものだと思っていたのだ。いつ帰ってきてもいいように、ジェスタの部屋の掃
除は欠かしていないのだから。

「え? もう行くの?」

「ああ。今日はこの報告だけをするつもりだったからね。向こうに帰るつもりなんだ」

「そんな……」

「ごめんな。でも、少しでも訓練をつまないと、帰ってこれなくなるから。だから」

「ジェスタ……」

「兄さん……」

 二人はそう心配そうに声をかける。が、それでもジェスタは顧みることなく、歩みを進めていく。そんな
ジェスタの後に、二人はついていくが、玄関のドアを開けたときにジェスタは振り向いて、

「見送りはいいよ。じゃあ、二人とも体に気をつけて」

「兄さんも、ね」

「ああ」

「ジェスタ」

「母さん?」

 やはり息子が心配なのか、去ろうとするジェスタに、サラは声をかける。普通の調子に聞こえるが、その声
に含まれる思いは聞き逃せるものではなかった。

「体に気をつけてね。それと」

 そこでサラは一度言葉を止めた。それから、わずかに涙を浮かせた目で、精一杯の笑顔を見せて、こう言
った。

「つらかったら、いつでも帰ってきなさい。私もミラルダも、いつまでも待っているから。ね?」

「そうだよ、兄さん。待ってるから」

「……母さん、ミラルダ」

 涙を目にためてそういう二人を見て、思わず鼻の奥がつんとくくるジェスタ。きてよかった。本当に、そう
思う。だから、次に続く言葉はわずかに詰まってしまった。

「ああ。つらくなったら。嫌になったら、いつだって帰ってくるから。うん。ありがとう、二人とも」

 そういって、ジェスタは笑いかけた。それに、サラもミラルダも泣き笑いの表情になる。そして、ジェスタ
は別れの言葉を告げ、ドアを閉じた。

 ばたん、と扉の閉じる音が響く。それを聞きながら、ジェスタは一度目を伏せ、それから歩き出した。

「死ねないな」

 呟く。はじめから死ぬつもりなどない。だが、家に帰り。家族の顔を見て、その思いは強くなった。そして、
同時に新たな戦う理由を手に入れた。マンションを出て、建物を見上げるジェスタ。

「俺は必ず帰ってくる。そして、家族を守って見せるよ、父さん」

 そう呟く。ザンスカールの狂気を止める。その先に、家族の笑顔を手に入れるために。そう強く思い、ジェ
スタはエレカに乗り、リガ・ミリティアのドックに向かった。



  UC153 1月 18日  フォン・ブラウン近郊 リガ・ミリティア秘匿ドック

 エレカを途中で乗り捨てて(基本的に公共用のエレカは乗り捨てるもの。乗り捨てた後は自動でパーキン
グまで走っていく)ジェスタは秘密のルートをたどり、ドックに帰ってきた。そして、自分の部屋に戻る。

 その最中、ジェスタはライアンに出会った。ライアンは三歳ほどの小さな女の子を肩車しながら通路を歩い
ていた。この子はライアンとニケの間に生まれた子で、ニケによく似ているが、肌の色は褐色だ。

「帰ってきたか、ジェスタ」

「はい、教官。……レナちゃん。眠そうですね」

「ああ。もういい時間だ。子供にはつらかろう」

 肩車されているレナは目をしょぼしょぼとさせている。その様子がかわいくて、つい笑みをこぼす。それを
見て、ライアンが少しだけ険悪な目をした。

「やらんぞ」

「何を言ってるんですか、教官……いくらなんでも、気が早すぎますって」

「む……」

 ライアンはジェスタの指摘にひるむ。彼は優れたパイロットで、戦術指揮官であるが、自分の子を前にする
とただの子煩悩な父親に成り下がる。それがおかしくて、よくからかわれるのだが、それは一向に治らない。
ちなみに一番からかうのが、レナの母親でライアンの妻であるニケなのだから始末に置けない。

 とはいえ、ジェスタとしてもライアンが過剰なまでにレナを大切に思う気持ちが理解できる。抵抗運動に参
加し、最も死亡率の高いモビルスーツのパイロットをしているのだ。余計に娘がいとおしく思えるのだろう。
それに、実際、顔立ちがニケに似ているレナは、将来美人になるだろうし今も十二分に愛らしい。その愛らし
さから、ここのアイドル。マスコットのように思われているのだから。

「……それにしても、ジェスタ」

「何ですか?」

「家族にあってきて、いい顔になったぞ」

「そう、ですか?」

「ああ。地に足が着いた、というかな。一皮剥けた感じがする」

「……そう、かも知れませんね。家族に、母さんとミラルダに会ってきて、よかったって。そう思えましたから」

「そうか」

 と、ライアンはそういっただけで、それ以上は。家族に何を言われたのかは言わなかった。興味がない、
というわけではなく、大体何を言われたのか想像がついたからだろう。そして、他人の家族の問題に首を突
っ込むのは無粋だ、という分別があるためでもある。

「ジェスタ」

「何ですか?」

「待っているものがいるのなら、命を無駄にするなよ」

「わかってますよ。約束、しましたから」

「わかっているなら、いい。……実機に乗っての訓練で疲れているだろうから、早めに休め。いいな」

「え、でも」

「本音を言えば、一日くらい向こうで休んできてもよかったんだがな。まあ、戻ってきたならその分しっか
りと休め。休息も、パイロットの重要な仕事だ。無理をすると、ニケのスパナで頭を殴りつけられるぞ」

「そ、それは勘弁して欲しいですね」

「なら、休め」

「はい。そうさせてもらいます、教官」

「ああ。……後、ジェスタ」

「なんです?」

 別れの挨拶を交わし、軽く敬礼をしてからライアンの前を辞そうとしたジェスタは、呼び止める声に怪訝
そうに聞き返した。そんなジェスタに、ライアンはにやり、と笑ってこう続けた。

「お前は正式に俺の部隊の一員になった。これからは教官ではなく、隊長と呼べ。いいな?」

「え……」

「返事はどうした、ジェスタ」

「い、イエッサー、教官。じゃなかった。隊長殿!」

 びし! と気合の入った敬礼をするジェスタ。それを見てライアンは楽しげに唇を吊り上げると、レナを
肩車したまま敬礼を返し、

「これからの貴官の活躍に期待している」

「はい!」

 ライアンの言葉に、ジェスタは顔をほころばせてそう答える。こうしてはっきりといわれると、実感できる。
自分は正式に一人前に認められたのだと。まだ腕は未熟だが、人に認められるとうれしくなる。

 そんな子供じみた喜びの表情をみたライアンは、

「だが、ジェスタ。自分がまだ、一人前ではない、ということは忘れるなよ。お前はまだ、初陣を迎える前だ。
新兵が初陣で命を落とすことはよくある。お前はそうならないようにな」

「あ、はい……」

 しっかりとライアンに釘を刺され、落ち込むジェスタ。それを見ててライアンは破顔しつつ、

「そう気に病むな。初陣のときは俺たちがしっかりとフォローしてやる。若いやつが早々簡単に命を落として
いいはずはないからな」

「よろしくお願いします! 隊長殿!」

「その意気だ。がんばれよ、新兵殿」

 再度敬礼したジェスタにそう声をかけてその背中を大きな手でたたき、ライアンはジェスタに背を向けた。
そして、ぎょっと立ち止まる。怪訝に思い、体をずらしてライアンの向こうに目を向けて納得した。そこに、
ニケがいた。

「ライアン。早くレナを寝かせてやってくれって言わなかったっけ?」

「む」

 たじろぐライアン。そのライアンに、スパナでぽんぽん、と自分の肩をたたきながら近づいていく。そして
彼女はライアンの頭をスパナで軽く小突いて、

「それに、誰がスパナで人を殴るって? いい加減なことを言うんじゃないわよ、この宿六。まったく……」

 そんなことを言いながら、ジェスタに目を向ける。そしてにっこりと笑顔を見せる。

(ああ、女性の笑顔って、こんなに怖かったんだ)

 ニケの笑顔を見て戦慄を感じ、そう思うジェスタ。

「ジェスタ?」

「俺は何も見てませんし、聞こえてもいません。今すぐここを去りますので、後はどうぞご自由に!」

「素直ないい子だ。さて、ライアン」

「む……」

「あっちでちょぉっとお話をしようかな? 夫婦水入らずで、ね?」

「む……」

 冷や汗をたらしながら、ライアンはニケに引き摺られて行った。それを見送るジェスタ。ライアンと目が
合った。「助けてくれ」その目はそういう。だが、古来よりこういうことわざがある。故人いわく、君子危
うきに近寄らず。あるいは、夫婦喧嘩は犬も食わない。と。

 だから、ジェスタは無情にもライアンに背を向け、そのまま逃げていった。心の中で、「隊長、ごめんな
さい」といいながら。






モビルスーツデータ

 LM111E02  ガンイージ

 頭長高 14.9m  本体重量 7.6トン  全備重量 18.6トン
 
 ジェネレーター出力 4820kW

 武装 頭部バルカン・二連マルチランチャー・ビームサーベル・ビームシールド・ハードポイント×7
       
 
 リガ・ミリティアが初めて量産に成功したモビルスーツ。もともとビクトリー計画の中、実験的に作られた
モビルスーツで量産する予定はなかったが、予想以上にいい性能を示し、生産性も高かったため、量産される
ことになった。原作、機動戦士Vガンダムではシュラク隊が運用し、次々と戦死していった印象が強いが、
実際。この時代のモビルスーツの中では強力な機体であるといえる。
 ちなみに、開発に携わったのはリガ・ミリティアに協力する元サナリィスタッフ(この物語上では宇宙海賊、
クロスボーン・バンガードたちがリガ・ミリティアの創設、運営にかかわっている、ということなので、サナ
リィのスタッフが多くかかわっている、という設定になっています。宇宙海賊クロスボーン・バンガードにつ
いて詳しくはコミックス機動戦士クロスボーンガンダムを参照してください)や元連邦軍の人間。そして影な
がらアナハイムエレクトロニクスが関わってもいるので、GM系やフォーミュラーシリーズなどの長所も取り
入れられており、その操作系にはかつてサナリィが開発したバイオ・コンピューターが取り入れられているた
めきわめて優秀な操作系、追従性を獲得しているためザンスカールのモビルスーツにも十分に渡り合える性能
となった。
 さらに、この機体の開発によって得られたノウハウ、ラインが後のビクトリー、V2の開発に大きく貢献し
たのはいうまでもないだろう。
 物語上は地味な役割を背負ったこの機体だが、実質ビクトリーよりも大きな役割を果たした名機であると
言えるだろう。