UC153 1月 21日  フォン・ブラウン近郊 リガ・ミリティア秘匿ドック

模擬戦が終わり、正式にジェスタがリガ・ミリティアのモビルスーツのパイロットになってから、すでに三
日の時間が流れた。その間、ジェスタは何度もオリエンテーションを受け、シミュレーションを繰り返して正
規パイロットとしての心得その他を先輩の隊員たちに叩き込まれた。それは訓練生であったころよりもはるか
に激しく、それだけみながジェスタのことを、仲間を大事に思っていることが伝わってきた。

 事実、モビルスーツのパイロットを育成するのは金がかかるし、時間もかかる。特にゲリラ組織としての面
を持つリガ・ミリティアにとってはパイロット一人一人の価値がほかの軍組織とは大きく違ってくるし、何よ
り。ジェスタは素人としてリガ・ミリティアに参加し、ゼロから育てられたパイロットである。そんなパイロ
ットはここのスタッフとしても初めてなので、(ほかのリガ・ミリティア所属のパイロットは元連邦軍や各コ
ロニー自治軍出身のパイロットがほとんどである)いろいろと神経質にならざるを得ないのだろう。まあ、変
な言い方をすれば、ここの先輩パイロットたちにとって、ある意味。ジェスタは自分たちの子供のように写る
のだ。愛弟子の身を案じるのはみな同じ、なのである。

 そして、今後の予定はどうなっているのだろう、と考えながらドック内の居住施設の廊下を歩いていると、
アナウンスが流れた。

『パイロット諸君は、ブリーフィングルームに集合せよ』

 それを聞き、顔を引き締めるジェスタ。それは、これまで何度も耳にしてきたアナウンス。意味するのは、
出撃前のブリーフィングだ。これまでは自分には関係のない話だったが、正式にパイロットとして認められた
今。迅速にブリーフィングルームに向かわなければならない。ジェスタは、はやる心を抑えながら足早にブリ
ーフィングルームに向かった。

「失礼します」

 一声挨拶しながらブリーフィングルームに入ると、すでに室内には自分以外のパイロットは全員集合してい
た。それを見て、しまった、という顔をするジェスタ。一番格下なのに、最後に来るとは。

「どうした。早く席に着け」

 そう声をかけたのは、ここのモビルスーツ隊の隊長を務めるライアン。ジェスタは敬礼をしてから、空いて
いる席に着いた。それを確認してからライアンは室内を見回し、

「よし、全員そろったな。それではブリーフィングを始める。こうして呼び出したことでわかると思うが、ジ
ン・ジャハナムから命令が届いた。まあ、内容はいつものとおりだ。サイド2領域。ザンスカール周囲と衛星軌
道上のカイラスギリー周辺の哨戒部隊。もしくは輸送艦を狙う、ハンターをする。いつものとおり、部隊を3つ
に分けて行くことになるが。何か聞きたいことはあるか?」

 その言葉に、誰も言葉は挟まない。部隊編成、どこを狙うのかなどはこれから決めることだが、大体すでに
ライアンは決めているだろうし、そもそも四,五人組の三チームはすでに編成されている。その割り当てをこ
れから発表するだけで、ライアンの指揮は信頼されているのでいまさら何か注文をつける者は早々いない。

 然し、手を上げるものがいた。ライアンの目がその人物を捕らえる。それに続いて部屋中の視線がそこに集
中し、みな納得した。

「なんだ、ジェスタ」

「俺は、どうなるんでしょうか。居残り、ですか?」

 そう声に出すジェスタ。これから出撃、ということになるが、実際には全員が出るわけではない。ここを完
全に空にするわけにはいかないので、大体三人ほどパイロットを残していく。その割り当ては各チームごとに
一人ずつ。順番に決まっており、今更その質問をするものはいない。が、ジェスタは別だ。新人パイロットで
あるジェスタは自分の属するチームも決まっていないのだから。

「ジェスタは俺のチームに入れて連れて行く。行き先は、サイド2領域。ザンスカール本国の近くでハンティン
グだ。気を引き締めていけよ」

「あ、はい!」

 そのライアンの言葉に意外そうに返事をするジェスタ。だが、ほかのパイロットたちは異論を挟む様子はな
い。はじめから、ライアンが自分のチームに入れることは予想済みだったのだ。と、言うより、ひよっ子であ
るジェスタのフォローをするために一番腕がよく、指揮官として広い視野を持つライアンがつくのは至極当然
だといえるだろう。

「さて、質問は以上だな。では、こちらを見てもらおう」

 言って、ライアンは手元にある立体映像発振機を起動させる。それが、空中に地球、月、サイド2、静止衛
星軌道上の各種人工衛星群を映し出す。それによると、現在ザンスカールの勢力がサイド2領域のみならず、す
でに静止衛星軌道上も掌握されつつあることがわかる。地球への攻撃衛星であるカイラスギリーを中心として
タシロ・ヴァゴが自身の艦隊を率いて静止衛星軌道に居座っており、何度か連邦艦隊と小競り合いを続けてい
るとはいえ、連邦もとりあえず手を出してみた、という感じでまともにやりあう気はないのがわかる。そのせ
いで地球のヨーロッパがイエロージャケットに制圧されつつあるのだが、どうにも連邦軍はやる気がないらし
い。

 そして、一方でザンスカール本国においては、ザンスカール最強のムッターマ・ズガン艦隊が本国の守備を
担当し、その分艦隊が周囲のコロニー国家の自治軍相手に先端を開いている。そのほとんどは、独自の軍備を
持ち、精兵ぞろいのべスパに対抗しきれずに、あっさりとザンスカールに下っているようだ。(ほとんどのコ
ロニー自治軍は連邦軍の軍備をそのまま使用している。独自にモビルスーツ、艦艇を開発するのには莫大なコ
ストがかかるためである。あくまでもほとんどのコロニー国家は自衛のための軍備しか持たないため、独自の
兵器を開発する必要などはないのである)そして、その中にはまったく抵抗すらせずにマリア主義に恭順を示
したマケドニアのような国家もある。もっとも、ザンスカールとしてはあまり手を伸ばして管理しきれなくな
っても困るためだろう。自らに下ったコロニーにはそのまま自治を認め、とりあえずは敵対しないことをこぎ
つけているだけである。

 そして、一方でザンスカールが積極的に手を出しているのが、月方面だ。それはそうだろう。月は現在、連
邦政府の中枢を担っているし、巨大企業、アナハイム・エレクトロニクスの本拠もある。それだけでも月を占
拠する理由には十分すぎるといえるだろう。

 それに対し、わずか十五機のモビルスーツを擁する小部隊だけで抵抗する、というのだから、はっキリとい
えば正気の沙汰ではない、といえるだろう。が、それはあくまでもリガ・ミリティアだけでベスパを。ザンス
カールを打倒する、と言うのならば、だ。

 つまり、リガ・ミリティアの目的はほかにある。そのためのビクトリー計画であり、あちこちに潜んで暗躍
するリガ・ミリティアのスタッフなのである。

そして、今回ジン・ジャハナムから下された命令、というのはここのモビルスーツ隊による奇襲作戦である。
狙うのはサイド2、ザンスカール本国周辺を哨戒する哨戒部隊。静止衛星軌道上の要塞、カイラスギリーから
発する哨戒部隊。そして、ザンスカール本国を発ち、カイラスギリーに向かう輸送部隊。この三つだ。特に、
最後の輸送部隊が一番重要な獲物であるといえるだろう。とはいえ、敵もそれを警戒しているため、一番危険
な相手、ということにもなるが。

 ちなみに、この命令はこれがはじめて、というわけではない。ゲリラ組織であるリガ・ミリティアにとって
こうした戦い方こそが本領であるがゆえに、モビルスーツ隊が結成され、本格的に運用を始めて以降、宇宙の
隊はこうした戦いを繰り返している。ゆえに、これはルーチンワークのようなものであるといえるだろう。危
険性はいうまでもないのだが。

 ブリーフィングは進む。いつもどおりに三つのチームが分かれ、それぞれの目標を達成すること。もっとも、
敵も襲撃を警戒し、哨戒ルートも輸送部隊の航路も毎回変わっているので空手で終わることも珍しくはないが、
それでもわずかでも敵の戦力を削り、ほかのコロニー自治政府や連邦政府にリガ・ミリティアの行動を示し、
活動への賛同を得るために。彼らは命を懸けるのだ。

「では、諸君の健闘を祈る」

 と、ブリーフィングの終わりにライアンはそう言葉をくくってブリーフィングは幕を閉じる。部屋に集まっ
ていたパイロット立ちはみな思い思いに席を立つと、次の行動に移るために部屋を後にする。が、そのとき、
大多数のパイロットたちがジェスタに目を向けて、

「新人パイロット、がんばれよ?」

「気をつけるのよ、坊や」

「かえってきたら一杯奢ってやるからな、ちゃんと帰って来いよ?」

 などと、口々にいって方をたたいたり、頭をかき回したりして笑みを浮かべてジェスタを激励していった。
ゲリラ活動などをしているので、みな仲間思いなのだ。その思いを受けて、ジェスタはわずかに緊張しなが
らも笑顔を返し、

「はい! 不肖ジェスタ・ローレック。全力を尽くし、生還する気概であります!」

 最敬礼を持って同僚たちに返事をして、ブリーフィングルームを後にした。


 ブリーフィングを終えると、次に待っているのはチームごとのオリエンテーションと、モビルスーツのチェ
ックだ。ジェスタはとりあえずライアンが手招きしたので、ライアンについていき、ライアンのチームを紹介
された。まあ、全員顔見知りではあるが、こうして「チームの一員」として紹介されるとまた違った趣を感じる。

 ライアンのチームは、ライアンをチームリーダーにし、ジェスタを含めた五人編成。そのほかのパイロット
はいぜん模擬戦につきあってもらったキリ・キムラ。

 そして二十歳を超えたばかり位の女性パイロット、リュカ・バレン。少しきつめの容貌をしたアジア系の女性だ。

 もう一人がリュカと同じくらいの年代の青年パイロット、マジク・カーレン。黒髪で童顔の白人男性である
彼はぱっと見た目だけだとジェスタと変わりない年頃に見える。然し、こう見えて元コロニー自治軍のパイロ
ット候補生だった彼は幾度もの実戦を経てエース級の腕前を持っている。今回は、彼が居残りをすることにな
っているが、ジェスタに対し、特に含むものは持っていないようである。

 ライアンはチームに軽い説明をしただけでオリエンテーションを終わらせると、おのおののモビルスーツの
チェックに移らせた。ジェスタはそれにうなずくと、モビルスーツデッキに向かう。その際、居残りをするマ
ジクに呼び止められた。

「ジェスタ」

「マジクさん、何でしょう」

「初陣で硬くなるのはわかるけどな、今からこんなに緊張してると胃に穴が開くぞ? 気を抜け、とは言わな
くても、仲間や隊長がフォローしてくれるんだ。少しくらい落ち着け」

「は、はい」

 笑いかけられてそう言われて、ジェスタは自分が思っていたよりも緊張していたことに気づく。そんなジェ
スタの背中を思い切りたたき、マジクは豪快に笑うと、

「ああ、それと。トイレパックは余分に持っていけよ。新兵はよく漏らすからな?」

「あ、あはははは……気をつけます」

 意地の悪いマジクの言葉に引きつった笑みを返すジェスタ。ちなみにトイレパックとはパイロットスーツや
ノーマルスーツに組み込まれている排泄物処理のための使い捨ての携帯トイレで、交換するにはいちいちスー
ツを脱がなければならず、面倒ではあるがこれがなければ悲惨なことになる。容量オーバーで小便まみれにな
ると特に宇宙空間では着替える際にあちこちに飛び散り、みなにフクロにされることになるだろう。

 ジェスタはマジクの下品なジョークを聞き少し落ち着いてつなぎからパイロットスーツに着替えるために更
衣室に向かう前に、ひとまずトイレに寄って行った。

 パイロットスーツに着替え、モビルスーツデッキにたどり着くと、大多数のパイロットは整備員と話をして、
自機の最終チェックに入っていた。ジェスタもみなに習い、自分に与えられたモビルスーツ。濃紺のガンイー
ジ9号機に向かった。そこに、担当の整備員の姿がある。

「遅かったな、ぼーや」

「すみません。トイレに行ってまして」

「トイレぇ? ふぅん。ま、いい心がけだ」

 そういって、9号機の最終チェックを行っていた三十過ぎの黒人の男性の整備員、ファシム・ガレットは感心
した様子でにやり、と笑った。そして、自分が持っている携帯端末の液晶のタッチパネルを操作し、

「とりあえずお前さんの機体の整備は完全に行ってる。三日前の模擬戦で受けた損傷も問題ないし、電装系、
駆動系、フレームの歪みも全部グリーンだ。ジェネレーターにいたっては最高にご機嫌だぞ」

 行って、ファシムはにやりと笑うとサムズアップサインを送る。それに対し、ジェスタはその端末を覗き
込み、すべてのチェック項目にグリーンランプがついていることを確認。

「ありがとうございます」

「何。それが俺らの仕事だ。お前さんこそ、がんばれよ。これから一週間近く、お勤めに行くんだ。……気を
つけてな」

「はい。皆さんが手を入れてくださったこの機体。その努力を、無駄にはしません」

「その意気だ。ぼーや」

「はは。まだ、ぼーやなんですか」

「ん? ああ、そうだな。初陣を終えてきちんと帰ってきたら、ぼーやは卒業だ。ちゃんと名前で呼ばれたか
ったら帰って来いよ」

「そうですね。では」

 行って、ジェスタはガンイージの足元に歩み寄るとその足の装甲の一部。パネルになっている部分を開くと、
そこのボタンを押した。するとすでに開いているコックピットハッチ。その上部の装甲の裏側から、足を引っ
掛ける金具がついているワイヤーがするすると降りてくる。ジェスタはそれを手でつかみ、わっかに足を引っ
掛ける。そして強く引くと、センサーがジェスタの体重を感知し、モーターが駆動してワイヤーを引き上げ始
めた。徐々に視点が高くなっていく。足元では整備員たちが右往左往し、視線を上げるとすでにパイロットが
乗り込んだ濃紺のガンイージたちがデュアルセンサーを青く輝かせて起動。固定されているハンガーから移動
を開始していた。

 そんな光景を見ながら、ジェスタはガンイージのコックピットにたどり着く。そして手早くコックピットシ
ートに座ると手元のパネルを操作。するとすぐにコックピットハッチが閉じ、機体のシステムが立ち上がる。
それを確認したジェスタはとりあえず機体のメンテナンスチェックを行い、機体の整備が完全であることを
確認。それから、起動キーを挿入し機体を起動させた。それによって、機体の間接のロックが解除され、同
時にエアベルトが展開。黄色いベルトがジェスタの腹部を押さえつけ、体がシートに固定された。

 それを確認してから、ジェスタは手元のパネルで機体のモードを切り替えると、両脇にあるマルチプルコ
ントロールユニットを握り締める。これはいくつものボタンが人差し指から小指で操作できるようになって
おり、さらに親指に備え付けられているコントロールボールでそれを切り替えることで複雑な操作を可能と
しているが、実のところ。システムとしてはやや旧式化している。今現在、最新式のモビルスーツ、ベスパ
の機体やリガ・ミリティアで開発中の新型機は新型のコントロールユニットを搭載しているのである。まあ、
このシステムもモビルスーツが初登場して五十年以上たって実用化されたシステムなので必要な性能は十分
に確保しているし、ガンイージは機体制御にバイオ・コンピューターを搭載しているため機体のほうがパイ
ロットの思考を読み取り、推測して補完する特性を持っているのでこのコントロールシステムでも十分以上
の操作性、追従性を確保できているのだが。

 機体が完全に起動し、コックピットシートに仕込まれたバイオ・センサーがジェスタの脳波を読み取る。そ
れがコックピット周辺のサイコ・フレームを通じて増幅され、バイオ・コンピューターに転送され、ジェスタ
とバイオ・コンピューターとの間にリンクが成立する。それにより、まるでガンイージがジェスタの体の一部
になったかのような錯覚を感じさせた。

 その感覚を感じながらも、ジェスタは足元のペダルを操作し、さらにコントロールユニットでモードを切り
替えつつ機体を慎重に駆動させる。まあ、こういった歩行などはそうしようと思うだけでセミオートで行われ
るし、センサーが足元の人を感知し、踏んだり蹴ったりしないようにしてくれるのだが、機体の操作に慣れる
ため、マニュアルで歩かせる訓練をつんでいたため少し緊張する癖がついてしまったようだ。

ジェスタの乗るガンイージ9号機が移動していると、その近くによってくる機体がある。IFF(敵味方識別装
置)が反応。その機体がガンイージ2号機であることがわかる。ライアンの機体だ。そちらに目を向けると、
頭部にセンサーを増設した指揮官仕様のガンイージの姿が。ライアンは2号機の右手で9号機の肩をつかむと接
触回線を開く。

『ジェスタ。準備はできたか』

「はい。隊長」

『よし、なら艦との合流ポイントに向かう。遅れるなよ』

 そういうとライアンは2号機を反転させ、エアロックに向かう。それにジェスタも続き、9号機を歩かせる。
ふと気づくと、その9号機に続く機体がもう二機。ガンイージ6号機と、11号機。それぞれキリとリュカの機体
だ。キリは機体にサムズアップサインをとらせ、リュカは激励のためか、9号機の背中を軽く小突かせた。そ
れに対し、ジェスタは機体に軽くガッツポーズをとらせる。

 そして、そんなコミュニケーションを終了させると、四機のガンイージはエアロックに進入。背後で扉が閉
じ、前方の扉が開くのを確認してから、四人は機体を進ませた。徒歩なのは、推進剤を節約するため。

 四機の機体は洞穴を抜けると、軽いジャンプを繰り返して移動する。その際高くジャンプしないのは敵に発
見されないため。そのまま四機の機体は自機のデータに登録されているポイントに向かい、そこで機体を待つ
艦と接触した。この艦に機体を搭載させ、戦闘空域まで向かうのである。

 待っていたのは、全長60メートル程度の輸送機。武装らしい武装もしておらず、ただ艦首にビームシールド
を搭載しているだけの輸送艦である。この間は基本的に輸送会社が保有する、という形で登録してあるため、
武装させるわけにはいかないのである。

 四機の機体は輸送艦に近づくと、その輸送艦が抱えるコンテナが開くのを見計らって、その中に機体を進入
させる。そして、そこに用意されている簡易拘束機に機体を接続させて機体をロックする。その配置は、四機
の機体が二機づつ、向かい合う形で側面の壁に張り付いていることになる。

 艦のコンテナが閉じると、四機のモビルスーツのコックピットが開き、パイロットが機体から出てくる。そ
してコンテナブロックから前方のブリッジスペースに向かった。

「ようこそ、我が艦〈バティン〉へ」

 そういって四人を歓迎したのは、輸送艦バティンのキャプテンを務める三十台半ばのアジア人男性、ハサン
・ブロッブ。そして、あと二人。副キャプテンにしてコ・パイロットである二十台半ばの黒人男性ロジャー・
クランク。最後の一人はこの艦のオペレーターを勤める二十代前半のアジア系の褐色の肌をした女性、リンダ
・シューマンだった。
 
 彼らは全員リガ・ミリティアのスタッフで、表向き。輸送会社に勤めるクルーということになっている。こ
の艦も、その輸送会社が保有する艦、ということになっている。流石に船となると隠匿するのも難しいのでこ
のような方法をとるしかないのだ。

「諸君の協力を感謝する」

 そう言ってライアンは敬礼するが、対するハサンは同様に敬礼をした後、相好を崩してライアンと握手をす
るとそのまま

「それで、嬢ちゃんはどうだ?」

「レナなら元気だ。今日も見送ってもらったぞ」

「そうか。かわいい盛りだからな。それに引き換え、俺の息子といったら……」

 と、ハサンは愚痴をこぼしだす。どうやら家庭環境にやや問題があるようである。それを聞き、ジェスタを
除く皆はいつものこと、と苦笑する。この二人が会えば、いつも子供の話題につながるようである。

 そして一通り愚痴が終わってから、ハサンはジェスタに目を向ける。見慣れない顔だから、というわけはな
く、むしろその目はジェスタのことをよく知っている目だった。それもそうだろう。ジェスタ自身には自覚は
ないが、ジェスタはリガ・ミリティアに属し、一から育てられたパイロットだし、何よりも、その父親はカガ
チの姦計にはまりギロチンにかけられた人物だ。その息子が抵抗運動に参加している、となると話題にならな
いわけがない。無論、リガ・ミリティアの組織としての性質上、ジェスタのことを明らかにするわけにもいか
ないが、直接会ったりする者にそのことを話すくらいはする。だから、この三人のみならず、宇宙のリガ・ミ
リティアのスタッフの間ではひそかにジェスタは有名人なのである。

「ようこそ、ジェスタ・ローレック君。君のことはよく聞いているよ」

「あ、初めまして、キャプテン。……その、聞いている、というのは」

「おや。気分を害したかな、なら、失礼。おそらくは、君の予想通りのことだ」

「そうですか……」

 ハサンの言葉に少しだけ顔を暗くするジェスタ。が、すぐに持ち直す。半年前。リガ・ミリティアの運動に
参加するといってその門をたたいたときも、ジェスタはギロチンにかけられたジョシュアの息子、として見ら
れ、ジェスタ・ローレック個人としては見られなかった。が、ジェスタはそんなことにかまわず、訓練に明け
暮れてモビルスーツのパイロットとして認められたのだ。ならば、することは、モビルスーツのパイロットと
しての仕事に他ならない。

 ハサンはジェスタの目を見て、ほう、と声を漏らした。そしてにやり、と笑うとライアンに目を向け、

「いいパイロットに育ったようじゃないか。男の目をしている」

「何。まだまだこれからだ。まだ、筆卸も済ませていない」

「はっは。それはどっちの意味かな?」

「両方だ」

「た、隊長!?」

 ハサンとライアンが言った下ネタに、艦の中は笑いに包まれ、ジェスタは真っ赤になる。そんなジェスタの
肩をキリとリュカがたたき、ロジャーとリンダがいかにも楽しそうに見てくる。その風景は、これから戦闘空
域へ向かう艦とは思えないほどまったりとしたものだった。

「さて、挨拶も済んだところで、そろそろいくとするか。月の重力圏を離脱せにゃならんからちょっと強めのG
がかかるんだが、大丈夫か? 坊や」

「大丈夫ですよ、こう見えてもパイロットですから」

「ほう。大きく出たな。ひよっ子とはいえ、さすがはハルシオン隊の一員、というわけか」

 自身ありげに言ったジェスタにハサンは感心したように言った。それから、それぞれに耐Gシートにつくよう
に忠告する。それにライアンらは従い、コックピットシートの後ろに備え付けられている客用のシートについ
て加速に備える。それを確認し、ハサンはカウントダウンを開始し、アイドリング状態だったエンジンをフル
稼働状態に持っていく。艦の中に、エンジンがそのエネルギーを開放していく振動がわずかに伝わってくる。

 そして、カウントダウン終了とともに、艦の後部に備え付けられているプラズマロケットエンジンが輝く炎
の尾を引いた。その勢いで、全長60メートルを越える艦が一気に加速される。地球に比べれば弱いとはいえ、
重力圏を持つ月から離脱し、サイド2領域までたどり着くための加速を得るためだ。その勢いはそれなりにあ
る。それはモビルスーツのコックピットで感じるGとはまた違った圧力を感じさせる。モビルスーツのG基本的
に瞬間的に体を振り回し、押しつぶすものだがこちらのGはじっと体を押さえつける感じだ。

 そのGを感じながら、ジェスタは生まれて初めて自分が戦場に向かうことを実感していた。


 UC153 1月 22日  サイド2近郊領域

 宇宙世紀を迎え、人はラグランジュ・ポイント(L・P)と呼ばれる、月と地球の重力の拮抗する安定したポ
イントを中心とした7つのコロニー郡。サイドを建設した。かつてのジオン公国で有名なサイド3は月の裏側の
L2領域近くに周回軌道を持って存在している。そして、現在。ザンスカール帝国で知られるスペースコロニー、
アメリアはサイド2に存在している。そのサイド2はL4領域周辺の擬似軌道に存在している。

 そのサイド2領海に、輸送艦バティンは到着していた。ザンスカール帝国が存在しているサイド2は現在その
版図を広げようとするザンスカールと、それに対抗するサイド2の各コロニー政府がいくつもの艦隊を展開。
哨戒する部隊も多く存在している。今回、ライアン率いるチームはその、ザンスカールの哨戒中の部隊を狙っ
て奇襲攻撃を仕掛ける、というものだ。ただし、全長60メートルの艦で敵を探し回っても目立つし、万一艦が
沈められると帰還する手段を失うことにもなるので、モビルスーツは艦から離脱し、独自に敵機を捜索。攻撃
を仕掛けることになる。

 その際に利用するのが、サブ・フライトシステムの一種。かつてのド・ダイやゲターの系列にある機体。C
S−H926セッターである。モビルスーツからの指示で動く、この三葉虫に似た形状をしたマシンは一機あ
たり二機のモビルスーツを搭載可能で、現在、暗色に塗られた二機のセッターに二機ずつ、合計四機のガンイ
ージがのり、敵機を捜索していた。

コックピットの中で、ジェスタはコントロールスティックを両手で握りながら、わずかに呼吸を荒くし、周
囲をまるでにらみつけるようにせわしなく見据えていた。輸送艦にいたときと違い、すでに臨戦態勢で、モビ
ルスーツの、まるで棺桶の中のようなコックピット内に一人でいるのだ。無論、隣を見れば濃紺色の右腕のハ
ードポイントに円形のセンサーレドームを装備したライアン機がいるのはわかっているし、近くにリュカ機と
キリ機が乗ったセッターがいるのは理解できるが、それでも、閉鎖空間であるコックピットに一人でいるとい
う事実は変わりないし、息苦しいパイロットスーツを身に着けているので余計にストレスがたまるのも当然だ
ろう。まして、ジェスタは新兵で、これが初陣なのだ。これで緊張しなければ、むしろその方が危険である。

 はあ、はあ、と自分の息が荒くなっていくのが、ジェスタ自身。理解できていた。然し、それでも収まる気
配はない。パイロットスーツの中で、自分の体が汗にまみれているのがわかる。アンダースーツがすでに汗で
染まっていることだろう。脱いだとき、すごいことになりそうだ。

 そんなことを考えながら、ジェスタは手で額の汗を拭おうとし、ヘルメットのバイザーを下ろしていること
に気づく。そんなことにも気づかなかったのか、とジェスタは驚くと同時に笑いがこみ上げてきた。完全に萎
縮している。そのことに半ば呆れながらも、ジェスタはヘルメットのバイザーをあけて指で汗をふき取る。が、
その量はほとんどない。当然だ。戦闘中、汗が目に入ることを防ぐために、ヘルメットの内張りに汗を吸収す
る素材を用いていて、それが額に密着しているのだから。

 それに気づき、ジェスタは軽く舌打ちしながら手をコントロールスティックに戻そうとして、自分の右手が
小刻みに震えていることをようやく認識した。それを見て、少し唖然としたジェスタは、それが武者震いだ、
と自分に言い聞かせた。然し、実際にはこれから迎える初めての戦いに完全に萎縮し、恐怖に震えているのだ
が。

「くそ。こんなことで……」

 震える手に目を落とし、ジェスタは毒づく。こんなことで戦えるのか、と。父の敵を討てるのか、ザンスカ
ールを打倒できるのか、と。そんな時、

『ジェスタ』

「敵襲ですか!?」

 接触回線でかけられたライアンの言葉に思わず身を硬くし、せわしなく全周囲モニターの隅々までに目を配
る。が、モニターは敵影らしきものを捕らえた気配はない。しかし、だからといって敵機がいないとは限らな
い。ライアンの機体はアンテナが増設されている上に、センサーレドームを装備している。それをもって自分
の機体では把握できない距離の敵機を、通信を傍受するなりして(哨戒艇は頻繁に通信をしているため比較的
見つけやすい。もっとも、その分ヒットアンドアウェイで迅速にけりをつけなければスクランブルで飛んでく
る敵の増援と鉢合わせすることになるが)遠くの敵機を発見している可能性もある。が、

『落ち着け、ジェスタ。敵襲ではない』

「なら、何なんですか、隊長」

『硬くなりすぎだ。少しは落ち着け』

「…………」

 言われるまでもない、と思うジェスタ。自分自身、気分が浮ついているのがわかる。まるで1G空間にいた
のに突然無重量空間に放り出されたような、そんな気分だということが。それほどまでに、今の自分が地に足
が立っていない状態であることくらいはさすがに理解できる。

『まあ、無理もないだろう。これから戦うのはザンスカールの精兵だ。おびえるのも無理はない』

「俺はおびえてなんていません! ただ、どうやって敵を倒そうか、それを考えているだけです!」

『そうか。だが、今のお前が考えるのは敵を倒すことより、いかにして生き延びるか、だ。訓練のことを思い
出せ。何百回も頭の中でそれを思い出せば、運がよければ1パーセントくらいはその成果を出せるかも知れん』

 そのライアンの言葉に絶句するジェスタ。いくらなんでも、1パーセントとは。

『信じていないな、ジェスタ。だが、覚えておけ。歩兵は、実戦で敵を倒すのに数百発の弾丸でようやく一人
を倒すものだ。そして、実際の戦場では多くの兵士が恐怖で動けん。実戦とは、それほどに困難で恐ろしい世
界だ。お前のようなひよっ子が、訓練の成果を1パーセントも出せるはずもない。だから、はじめは逃げ回る
ことを覚えろ。逃げて、実戦での機体の動きになれて、それで気分を落ち着かせろ。全てはそれからだ。いい
な?』

「隊長……」

 静かに、ゆっくりと語るライアン。彼はモビルスーツのパイロットではあるが、同時に歩兵でもある。と、
言うよりはリガ・ミリティアはたった一つの技能しか使えないものより、多彩な技能を持つスタッフを歓迎す
るため、さまざまな技能を叩き込まれるのだ。事実、ジェスタも歩兵の訓練を受けたし、ちょっとしたコンピ
ューターの技術も体得している。だから、ライアンのたとえ話はジェスタ自身、それなりに理解できることだ
った。

『誰も、お前に死んで欲しくはない。俺たちにとっては、お前は出来のよくない弟子だが、かわいい教え子な
んだ。わかったな? 初めは逃げ回れよ』

「はい、隊長。でも、少しくらいは欲を出してもいいでしょう?」

『その意気だ。が、無理はするなよ』

「了解」

 そうライアンの言葉に答える。少しだけ、気が楽になった気がする。そんな時に、

『その前に縮み上がったそれをどうにかするほうがいい。一度も使わないうちに使いもんにならなくなったら事だからな』

「ちぢ……!!」

 はじめ、何を言われたのかわからなかったが、すぐにその意味を理解したジェスタは羞恥に顔を赤くし、反
射的に右手を股間に伸ばしていた。パイロットスーツ越しに、その感触はわからなかったが、ライアンのいう
とおり。男の象徴は哀れなほどに縮み上がっていることだろう。

 そのことで何か言おうとした、その時だった。

『む。これは』

「隊長!?」

『敵襲っすか?』

 ライアンの反応に返すジェスタとキリ。ちなみに、二機のセッターの間をワイヤーでつないでいるため、接
触回線は常時開いているのである。つまり、先ほどの会話を向こうの二人も聞いていたわけで、余談ではある
が笑いをこらえていたのは言うまでもない。が、今のキリの声にはそんな余韻はなく、それはまさに戦闘を控
えたプロフェッショナルの戦士の声だった。

『センサーが動体反応を捕らえた。今解析中だ。このテールノズルの反応は……よし、ビンゴだ。シノーペ級
一隻。間違いない、ベスパの哨戒機だ』

『よっしゃあ、獲物が網にかかったぜ。やろうども、祭りだぜぇ!』

『よし、お前ら。ベスパどもに熱いビームを食らわせてやれ』

『まったく、待ちきれたよ、ホント』

 口々にそういうなり、三機の機体がセッターを離脱。同時に背中のメインノズルを全力で吹かせると一気に
濃紺の機体を加速させた。それにわずかに遅れてジェスタもまたセッターから離脱。三機からわずかに遅れて
ライアン機から送られたデータによってすでに自機が捕捉した敵機を目指した。

 距離が近づいてきて、ようやくガンイージのセンサーが敵機の詳細な姿を捕らえられるようになった。ザン
スカール所属の哨戒艇、シノーペ級と、その気に係留される二機のZM−S06S、ゾロアットだ。

 すでにジェスタ機のモニターにその姿が完全に映し出される。魚の骨、と称されることもあるその後方にロ
ケットを擁し、前方に向けて取ってつきのフレームが延び、その先にボックス型のブリッジがついている独特
のデザインの船だ。それとともに、赤と黄色のカラーリングが目立つベスパの宇宙用の主力モビルスーツ、ゾロ
アット。
 すわ、先制攻撃でしとめられるか、と思ったが、戦闘のライアン機が右手に構えたビームライフルの射程距
離に入るか入らないか、というところで、シノーペは加速し、二機のゾロアットが離脱。そのアーモンド形の
独自の形をしたデュアルセンサーのカバーを開いて縦長の猫の目のような光を放った。そして、背部のスラス
ターを吹かせると一気にこちらに向けて加速してくる。

 それに対し、三機のガンイージが一斉にビームライフルを撃つ。雨あられと降り注ぐビームの、真紅の槍は、
然し。左肩に備え付けられたビームシールドを展開され、決定打にならない。そして、二機のゾロアットもま
た、ビームライフルを撃ち返して来る。
 
 その気配を察したジェスタを除く三人の機体は瞬時に散開。一瞬遅れたジェスタは機体を錐揉みさせた。

「う、うわああああ!」

 コックピットの中で絶叫する。目の前に、二機のゾロアットが撃ったビームライフルの赤い輝きが迫る。直
撃する。そう思った瞬間、機体がオートでビームシールドを展開。何とかビームの直撃は避けられた。

 だが、それで危機が去ったわけではない。むしろ、こちらに迫り来る二機のゾロアットがいるのだ。これか
らが本番といえるだろう。

「て、敵……!」

 呟き、ジェスタはモニターに写る敵機に目を向ける。あっという間に近づいてくるその姿に、半ばパニック
を起こしてコントロールスティックを動かし、トリガーを連続で引く。それに答えてガンイージは右手のビー
ムライフルを敵機に向けて乱射。が、ろくに照準も定まっていないビームは敵に当たるはずもなく、次々と何
もない闇を裂き、宇宙の深遠へと吸い込まれていく。

 そして、二機のゾロアットと接敵する、と思った瞬間、いきなり二機の機体が散った。先ほど散開したライ
アンらが敵を包囲し、射撃を行ったのだ。それから逃げるために、二機のゾロアットは散ったのである。

 それを見て、ジェスタはモニターの表示を切り替える。するとこれまで普通に周囲の光景だけを写していた
全周囲モニターが、ウインドウ表示に切り替わり個別に敵機を映し出す。

 それによると、右に逃げた機体にリュカとキリが二人で襲い掛かり、逆の一機にライアンが単独で追撃して
いた。それを見て、ジェスタはライアンの援護に向かうことにする。機体を反転させると、足のペダルを踏み
込む。背中の四連ノズルが煌々と輝きを放ち、濃紺の機体は一気に敵機の空域に向けて加速していった。

 ジェスタの目の前で、ライアン機が敵機とつかず離れずの間合いでビームライフルで牽制し、敵の動きをコ
ントロールしている。それが遠めに見てわかったジェスタは思わず息を呑んだ。さすが、熟練のパイロットだ。
と。然し、それに見とれている場合ではない。ごくり、とつばを飲むと荒い息を必死に抑えて敵機の動きを凝
視する。その上で自機の動きが直線的にならないようにアポジモーターや、四肢を使った荷重移動、いわゆる
AMBACによる方向転換を利用して複雑な機動をさせながら接近し、モニター上に表示されるターゲットス
コープと敵機が重なる瞬間を狙う。

 そして、ライアン機から大きく距離をとった瞬間を見計らい、ライフルを撃つ。あたったか、と思ったが、
その一撃は簡単にかわされてしまった。当然だ。近づいてきた敵機が、ビームライフルを構えているのだ。警
戒しないわけがない。そして、ひどく射撃のタイミングがとりやすかったのだ。これで当たったら、敵のパイ
ロット間抜けというほかならず、哨戒に回されるようなパイロットがそんな間抜けなはずがない。

「かわされた!?」

 そう叫んだ瞬間、ゾロアットが機体をひねり、ライアン機に牽制のビームを撃ちながら右肩を突き出す。何
だ? と、そう思った瞬間、右肩のアーマーが展開し、そこから五本の光線を発射した。

 ビームストリングス。ゾロアットの内臓兵器で、ザンスカール独自の技術で開発された武器である。その輝
く五本のワイヤーがジェスタのガンイージの行く手を阻む。それをとっさに回避するのに失敗し、肩が引っか
かった軽い衝撃とともに、高速で振動し、おまけに電流が流されたビームストリングスがガンイージの装甲を
削り、機体に電撃によるダメージを与える。

「も、モニターが!」

 叫ぶ。その言葉どおりに、ジェスタ機のモニターに大きなノイズが入る。それと同時に。機体のバイオ・コ
ンピューターが瞬時にダメージを読み取り、その情報をジェスタの脳に送信した。ダメージ自体はたいしたこ
とはない。瞬時に復旧する程度のものだ。が、ダメージのデータと、フィルターでカットし損ねた若干のノイ
ズがジェスタにパニックをもたらした。

「う、うわああああ!」

 絶叫し、ペダルを思い切り踏む。それと同時にやたらとビームライフルを撃ち、その場を離脱。あっという
間にライアン機と敵機のいる空域から離れてしまった。

 さすがに、わずかな時間でパニックが収まったジェスタは、それでも息を荒くし、動悸が治まらないまま周
囲に目を向けた。友軍機と敵機がどうなっているのか。それを確認しなければならない。そして、次の瞬間。
コックピット内にアラームがなる。その音にジェスタは身を硬くし、すぐにモニターを見ると、モニターの一
角に拡大表示されたシノーペの姿が映し出される。

 そして、そのシノーペはブリッジの真後ろに備え付けられたミサイルポッドのカバーを開き、ジェスタ機に
向けて小型の対モビルスーツ用ミサイルを発射した。それを見て一瞬ほうけたジェスタだったが、とっさに頭
部バルカンをばら撒いて数発のミサイルを撃墜。残りのミサイルが、弧を描いて自機に襲い掛かるのを見て機
体を動かし、それを回避させた。

「よし、これで!」

 そう叫ぶジェスタは、シノーペのほうに目を向け、ビームライフルを撃つ。が、シノーペはエンジンを吹か
せてそれを回避すると、反転してさらにミサイルを撃って来る。迫りくるそれを、ジェスタはライフルを撃ち
ながら回避していき、先ほどのライアンの言葉をふと思い出した。

「確かに、はじめは逃げてるほうがいいかもな!」

 シノーペの撃って来るミサイルを回避しているうちに、機体の操作にも慣れてきて若干の余裕も出てくる。
そして、落ち着いてきたジェスタはビームライフルを何発か撃って、シノーペの回避パターンを見る。シノー
ペはその構造上、モビルスーツのような複雑な機動は出来ない。なので、追い詰めるのはさして難しくはない、
と判断。

「よし」

 呟き、ジェスタは機体を反転させてシノーペを追い、数発のビームライフルを撃つ。左右と後方に撃ってか
ら、鼻先に向けてビームを撃ち込むと、あわてたシノーペはその船体をひねり、回頭しようとした。その正面
に、ジェスタは回りこむ。ビームライフルを構え、照準を定めた。

「これで終わり……」

 そう呟き、トリガーを引こうとした瞬間。その動きが、止まる。ジェスタは見た。見てしまった。シノーペ
は、その構造上透明な樹脂で作られたブリッジを正面に備え付けられる。その構造は大昔の爆撃機のコックピ
ットに似た感じである。ゆえに、正面にその姿を捉えた場合、パイロットの姿がまともに見えることになる。

 ジェスタはそのシノーペのコックピットに、メインシートとサブシートに座る、黄色いパイロットスーツを
身に着けた ベスパのイエロージャケットの兵士の姿を見た。まだ若い青年だ。彼はジェスタのガンイージが
構えるビームライフルを目の当たりにし、驚愕に顔をゆがめ、おびえて両手で顔をかばう仕草をした。

 それを見た瞬間、ジェスタは躊躇した。相手も人間。にくきザンスカールの兵士といえど、血の通った人間
なのだ。それを、認識させられてしまった。

 が、次の瞬間。シノーペに乗っているもう一人の、コ・パイロットが正面に捕らえたガンイージに向けて残
るミサイルを発射する。ミサイルが発射する瞬間に、ジェスタは反射的にトリガーを引いた。真紅のビームが
ライフルの銃口から二発打ち出され、一発がミサイルを発射しようとするミサイルポッドを貫き、爆発させる。
そしてもう一発がシノーペのブリッジを貫き、そこにいた二人のパイロットの体に直撃した。メガ粒子が二人
のパイロットの体を焼き、蒸発させてそのまま船体を縦に貫いて後部のエンジンに直撃。それによって、シノ
ーペは前部のミサイルの誘爆とジェネレーターの核爆発で瞬時に木っ端微塵に砕け散った。

 その破片をビームシールドでやり過ごしながら、ジェスタは後退する。息が荒い。心臓がどきどきする。そ
して、全身が冷たい汗にぬれる。嫌な感触だった。死に行く敵の顔を、まともに見てしまった。それに、なん
だろう。今の感覚は。人の意識が、蒸発し、はじける瞬間が。その感覚が、自分の脳髄に直接触れたような、
そんな感触。それが、ひどく気持ち悪い。まるで、それは。ジョシュアの首が切り落とされた、その瞬間のよ
うだった。

「うっ!」
 
 そう思った瞬間、ジェスタは胃が裏返ったような錯覚に襲われる。空っぽの胃が、それでも内容物を押し出
す。むせこんで、ジェスタは口から胃液を吐き出した。そして、咳き込む。吐き出された胃液は作動したエア
クリーナーに吸い込まれ、ダストシュートに放り込まれるが、そんなことを見ている余裕などなく、ジェスタ
はただ、咳き込んで震えるだけだった。全周囲モニターのせいで、宇宙にたった一人で放り出されているよう
な錯覚に襲われ、その中で一人で恐怖に震えるジェスタ。

「お、俺は……」

 人を、殺す。そのことを今、初めて実感した。怖い。ひどく、怖い。なまじ相手の姿が見えてしまったがゆ
えに、相手が生身の人間であることを痛感させられた。それがジェスタの精神を蝕んでいく。

「か、かあ……」
 
 今ここにいない母親に助けを求めようとしたその瞬間、ジェスタの機体が揺れた。何があった!? とジェ
スタは我に返り、周囲を見回して、気づいた。いつの間にか自機の周りに濃紺の三機の機体が。チームの機体
がそろっていた。二機のゾロアットを撃墜し、ジェスタの援護に回ってきたのだろう。

『大丈夫か、ジェスタ』

「た、隊長?」

 野太いライアンの声がジェスタ機のコックピットに響く。それを聞いて、少しは落ち着いた。引き続いてリ
ュカ機とキリ機が近づき、マニピュレーターを接触させた。

『よく生き残ったね、坊や。たいしたもんだ』

『ついでにシノーペ撃沈か。ビギナーズラックにしちゃ出来すぎだぜ? ジェスタ』

 そう、口々にほめる同僚。その言葉にジェスタは引きつった笑顔になって、

「お、俺……ひ、人を」

 殺しました。そう言おうとした時、

『沈めたなら、殺しただろうな。だが、それをしなければ死んでいたのはお前だ。お前は、自分が死んでよか
ったのか?』

「そ、そんなこと」

『ならば、そのままの事実を受け止めろ。お前は殺し、生き残った。そのことを肝に銘じておけ。お前はもう、
きれいな手を持った子供じゃない。戦場で敵を撃った、兵士だ』

「隊長……」

『誰だってはじめから人殺しでは、兵士ではない。お前のような思いは、俺たちの誰だって大なり小なり経験
している。それがつらいなら、逃げてもかまわん。帰る家があるのなら、それでもいいだろう』

「…………」

『だが、今のまま逃げればお前は一生その傷を抱えたままのた打ち回ることになる。そうなったやつは、悲惨だぞ』

『そうそう。戦争恐怖症になっちまうとな。まともに生きていけねーぞ。ま、ようは慣れだ、慣れ。慣れちま
うと戦場で敵を撃つのも平気になるって』

『そういう問題でもないような気もするけどね……坊や。自分が何をしたいか。何をしなければならないか。
それを強く心にもつんだよ。そうすれば、耐えられるさ。……坊やはどうしてリガ・ミリティアに入ったんだい?』

「俺は、ザンスカールを止めるために……」

『なら、びびってる場合じゃないだろ? それに、家族の元に帰らなきゃいけないんだ。胸張って、笑顔で帰
るためにがんばりなよ、坊や』

『そういうことだ、ジェスタ。とりあえず、よく生き残った。ほめてやる。……では、そろそろ動くぞ。連絡
が途絶えたことで増援が来てはどうしようもないからな。さっさと離れんと、無駄死にする羽目になるぞ』

そうライアンは言葉を締めくくると、ジェスタ機から離れた。続いて、キリ機とリュカ機も離れてスラスター
を吹かせて移動を開始する。目指すは、先ほど離れたセッター。自動操縦で周囲を旋回しているそれに追いつ
き、余裕があれば他の哨戒艇を狙い、それが出来なければ合流ポイントで待っている輸送艦まで帰還するのだ。

 ジェスタは他の三機を追い、テールノズルの白い輝きを見ながら一度だけ振り返る。すでに拡散し、残って
はいないが確かにシノーペが存在していた空域に視線を固定させる。自分が殺した人。その感触は、恐怖はい
まだに拭いきれない。だが、今や自分は何も知らない子供ではなく、すでにリガ・ミリティアの兵士なのだ、
と自分に言い聞かせると、視線を前方に向け、スラスター出力を上げ、前方の三機に追いつき、フォーメーシ
ョンを組んだ。

 ジェスタはもう、振り返らなかった。







  モビルスーツデータ

  ZM−S06S ゾロアット

 頭頂高 14.5m  本体重量 8.2t  全備重量 19.8t
 
 ジェネレーター出力  5280kw

 武装 腹部バルカン・ビームサーベル・ビームシールド・背部ビームキャノン・五連ビームストリングス
    後、ビームライフルなど、手持ち用の火器など。

 ザンスカール帝国が独自に開発した宇宙用のモビルスーツで、原作ではやられメカとしての印象が強いが、
実際には、このモビルスーツの開発こそがザンスカール帝国に開戦を決意させたと言わしめるほどの優れた
名機である。
 その最大の特徴は独自の武装システムではなく、ベスパの母体となったサナリィからもたらされたバイオ
・コンピューターを標準装備としたことにある。このデバイスは比較的コストが高かったため、連邦軍は量
産型モビルスーツへの搭載を見送った装備ではあったが、ベスパはそれを標準装備として採用。それによっ
てモビルスーツはパイロットと思考同期することが出来、その操縦を補佐することによって操作性が向上し
た。さらに、優秀な戦闘用プログラムをインストールしていることもあり、その性能はハード的なもののみ
ならずソフト的な面に関しても同時代のほかのモビルスーツとは一線を隔することとなった。
 事実、この時代。地球連邦軍が運用するRGM-119 ジェムズガンやRGM-122ジャベリンでは太刀打ちできず、
同型の機体を運用する各コロニー自治軍もまた(普通、各コロニー自治軍は莫大な予算を食う新規モビルス
ーツ開発などは行わない)一蹴され、結果としてザンスカールのベスパの破竹の快進撃を許すことになった。
 後のほぼすべてのザンスカール系モビルスーツの設計の母体になった機体でもあり、設計に余裕もあるこ
の機体は若干出力が低いとも言われるが、それでもリガ・ミリティアがLM111E02ガンイージおよびLM312V04
ビクトリーガンダムを実戦に投入するまで敵なしの機体であったことは間違いない。事実、ザンスカール戦争
の最終戦争までこの機体は運用され、多くの熟練パイロットたちに愛された。
 なお、唯一の欠点として左肩のアーマーのビームシールドが挙げられる。これは可動領域が少なく、シール
ドとしては使いづらい、という意見が多く出たようで、後にゾロアットの地上用モデルでは通常のビームシー
ルドに換装されていたようである。

 

 

 

代理人の感想

Vガンダムの二次創作ですか・・・・うーむ、懐かしい(笑)。

「怖い人」発言なんか目を細めて読んでました。

まぁ、このセリフを言われた主人公は結局どんどん怖い人になっちゃったわけですが・・・・

言ったほうがもっと怖くなってりゃ世話無いわなぁ(爆)。