UC153 2月 26日  月面、フォンブラウン近郊 リガ・ミリティア秘匿ドック

 この日、リガ・ミリティア秘匿ドック内は騒然としていた。というのも、いつものように部隊を三つのチー
ムに分けてハンター作戦に赴いていたチームが順次帰還してきて、そのうちの一チーム。カイラスギリー周辺
の哨戒部隊をターゲットにしたチームが帰還してきたとき、四機のうちの二機が未帰還で、おまけに、残った
二機のうち、一機もまた被弾し、損傷していたことだ。

 これまでも、けしてハルシオン隊に損害が出なかったわけではない。敵機に友軍機が落とされることもあっ
たし、損傷することなど珍しくもない。しかし、今回にいたっては話が違う。

 なんといっても、二機のゾロアットに対し、四機のガンイージで挑み、結果として二機撃墜、一機損傷で相
手は損害なし、ということである。これは由々しき問題だ。これが、パイロットが素人だったり未熟者だった
りすれば話は違ってくるが、今回落とされた二人のパイロットたちはいずれも隊の創設から関わる熟練パイロ
ットで、一筋縄でいかないものたちだったのだ。ゆえに、隊長であるライアンはその話を聞いたとき顔色を変
えた。

「信じられないですね、リィズさんとカシムさんが戦死したなんて……」

 帰還したばかりにその話を聞き、力なく床に置かれたコンテナに腰を下ろしながらドリンク片手にそう呟く
ジェスタ。チームは違えど同じ隊。半年の間世話になった人たちが死んだ、と聞かされ、ショックを受けてい
るようだった。

 そのジェスタの前で、同様にドリンク片手に軽く腕を組み、難しい顔をするマジク。

「たしかにな。あいつらの腕は確かだった。それが、ゾロアットに落とされるなんてな……」

 個人的にも親しかった同僚の顔を思い出しながらいうマジク。マジクは隊の中では途中参加に当たり、若輩
者扱いを受けることもしばしばだったが、それでも隊の一員として戦死した二人とは懇意にしていた。それだ
けにショックもひとしおだろうが、それでも自分たちが戦場に赴いているのだという自覚はあるので、取り乱
したりはしなかった。無論、仲間を殺された、ということで憤りは感じているだろうが。

「でも、二対四で一方的にこっちがやられるなんて、ちょっと信じられないですよね。ジャベリンならともか
く、ガンイージですよ?」

 ドリンクを持つ手に無意識に少し力を入れつつ、いうジェスタ。初陣以降、すでに何度か出撃し、ゾロアッ
トを撃墜した経験もあるので相手の性能も大体理解できる。数で勝っていて、ガンイージで負けるような相手
とは思えないのだ。それも、ハルシオン隊の正規隊員ともなれば、その腕も確かなのだから。

「それだけ相手の腕が確かなんだろうな。あるいは何か裏技でもあったのか……」

「裏技? なんです?」

「バーカ。わかってたらこんなこと言うかよ」

「それもそうですね」

 マジクの言葉に苦笑してそう答えるジェスタ。確かにマジクのいうとおりだ。ここで雑談していても仕方が
ない、と二人は言葉を交わすことなく決断すると、ドリンク片手に立ち上がった。向かう先は、ブリーフィン
グルーム。そこでおそらく、生き残った二機のガンイージから引っ張り出した戦闘記録から戦った相手の戦闘
評価が始まるはずだ。それを見て、敵を知ることからはじめたほうが、ここでうなだれているよりもずっと建
設的だし、死んだ二人の弔いにもなるというものだ。

 二人はその足でブリーフィングルームに向かうと、そこではすでにガンイージからダウンロードした記録
を元に敵機を解析している最中だった。

「どうです? 隊長」

 食い入るようにホログラムの画面を見ているライアンに、マジクがそう声をかける。ライアンは邪魔をされ
たように一瞬不快そうな顔をするが、すぐに真顔に戻ると

「正直、よくわからん。ぱっと見た外装の様子といい、加速、減速、立ち回りを見た限りでは多少のアップデ
ートこそはされているようだが、劇的に性能が向上されているようには思えん。が」

 言いながら、画面を見る。そして端末を操作して二機のゾロアットの挙動をチェックする。それから口を開
いた。

「この二機。恐ろしく反応が早いようだな。こちらが撃つタイミングを知っているとしか思えんように、よく
よける。見ろ。このタイミング」

 いって、ある画面を表示した。それは、二機のガンイージに追われ、ひらりひらりと撃たれているビームを
回避している姿をとっているが、そのうち。同時に三機に狙われているときがあるにもかかわらず、このゾロ
アットはシールドでビームを受けることなく確実にビームをかわし、あまつさえ、ガンイージがビームを撃つ
タイミングにあわせるようにビームを撃ち、機先を制しているシーンもある。

「すごいな……」

「ああ。それに……アン」

 と、ライアンは首をめぐらせて、部屋の片隅で落ち込んだ様子の黒人の女性パイロットに声をかける。彼女
の名はアン・バロック。この二機のゾロアットと交戦し、生き残ったパイロットの一人だ。彼女は名を呼ばれ、
一瞬ほうけた様子を見せた後、

「え? あ、ああ。そうね。……私たちが、索敵を行っていたとき。まだ敵機の存在をつかんでいなかったの
に、向こうから先制攻撃を仕掛けてきたのよ。こっちは、増設したセンサーレドームを装備していたのに。ゾ
ロアットどころか、シノーペよりもセンサー感知半径は広いはずなのによ?」

 そう答えた。彼女はチームリーダーを務めていたので、自分のチームが事実上半壊してしまったことの責任
を感じているのだろう。傍目に見ただけでわかるほど、落ち込んでいた。

「そんなことがありうるんですか?」

「シノーペがセンサーを強化した、ということも考えられるがな詳しくはわからん。場合によっては、新式の
センサーレドームの導入も考えねばならんが……」

 そういって難しい顔をするライアン。リガ・ミリティアの懐具合から言って、金がかかる割には地味な新型
センサーの開発に手を入れてくれる可能性は、低い。そもそも今使っている追加武装のセンサーレドームでさ
え、そのコンパクトさに比べての高出力、高精度の解析能力など、モビルスーツで運用するにはオーバースペ
ックなのだから。

「とりあえず、気は抜けないってわけですか」

「これまで以上に気を配らねば、すぐに命を落としかねん。そういう相手、というわけだな。だが、避けて通
るわけにはいかんだろう。この二機のパイロットが特別なのか、あるいは新式のシステムを搭載することで我
々を迎え撃つ準備を整えたのかはわからん。が、こいつらを沈めん限りは我々の勝利はないだろう」

 再度画面に目を向けて、真剣な様子でいうライアン。その言葉を聴き、この場にいるパイロットは全員真剣
な面持ちで画面に目を向けた。すでに見慣れた感のある、赤いモビルスーツ、ゾロアット。その姿が、改めて
悪魔的な不気味さを持って感じられる。全員の表情に、そう書いてあった。



UC153 3月 2日  衛星軌道上 戦略衛星カイラスギリー周辺海域

 漆黒の宇宙にいくつものテールノズルの輝きが走る。その輝きの担い手は、片方は丸みをおびた真紅のモビ
ルスーツ、ゾロアット。そして、もう片方は濃紺の塗装を施されたガンイージだった。

 現在、四機編成のガンイージの部隊のほうが二機のゾロアットに対し、優勢に戦いを進めている。包囲し、
ビームを撃って敵機を分断。それから確実に一機ずつをしとめる、というものだ。

 その際、一機のガンイージが、分断された一機のゾロアットの足を止め、その隙に残った三機でもう一機の
ゾロアットを包囲し、まるでシャチが鯨に襲い掛かるように激しい連続攻撃を加え、最後にはゾロアットはガ
ンイージのビームサーベルに焼かれ、撃破される。

 そして三機のガンイージは反転。残った一気に襲い掛かり、あっという間にその一機も撃墜され、後方にい
て、今にも逃げ出そうとしていたシノーペも、その牙にかかって宇宙の藻屑となった。

 そのガンイージのコックピットの中。今しがたゾロアットを一機撃墜したばかりのジェスタはコントロール
スティックを握ったまま肩で息をしていた。そこに、友軍機。マジクの乗ったガンイージが近づいてきて肩に
手をやり、接触回線で話しかけてきた。

『お疲れさん。撃墜レコード更新。おめでとう。これで五機目か?』

「あ、はい。そうですね。……そうか、もう、五機も落としていたんだ」

 語りかけてきたマジクの言葉にうなずき、ジェスタは初めて自分が五機のモビルスーツをすでに撃墜してい
ることに気づいた。そのことに、少し憂鬱な気分になる。憎きザンスカールとはいえ、そこの軍人そのものに
憎しみを持つわけではない。だから、少しむなしくもある。もっとも、やはりモビルスーツ乗りの本能が、撃
墜レコード更新、と言われると喜びを感じさせるのだが。

『よし、いったん引き上げるぞ。補給をせんとな』

 周囲を哨戒し、敵の増援、伏兵がいないことを確かめてからライアンがいう。それを聞き、ジェスタらは敬
礼をして応える。

 それから四機のガンイージは自動操縦で近くを漂っているセッターと合流し、この場を後にした。


 UC153 3月 2日  静止衛星軌道上 スペースデブリ地帯

 静止衛星軌道上には、かつて繰り返された戦争。UC0079の一年戦争や、UC0088のグリプス戦争。その後の第
一次、第二次ネオジオン抗争などといった幾度もの戦争のせいで出た多量のデブリが集まる宙域が複数ある。
そうしたエリアは、大量のデブリが漂うため危険度も高く、一発当てようとする山師のようなジャンク屋のよ
うな物好きをのぞけば近づくものは皆無である。しかし、ここを訪れ、漂うジャンクを見ていると時折一年戦
争で使われていたザクモビルスーツの形を残したジャンクが漂っていたりと、ある意味この地球圏の歴史を凝
縮した、博物館のように思えるかもしれない。

 そんなジャンクが漂うスペースデブリ地帯を、カイラスギリー周辺海域を離脱した四機のガンイージがセッ
ターに乗ったまま訪れていた。あちこちに漂う大小さまざまなデブリの合間を縫い、たまにマニピュレーター
で押しのけたりしながら奥に奥にと進んでいき、このあたりのデブリの中でもひときわ大きなもの。スペース
コロニーの残骸に向けて進んでいった。

 スペースコロニー。人が宇宙に住むために建造した、歴史上最大の人口建造物。最も一般的なのは、開放型
のシリンダータイプのスペースコロニーだろう。今、ここに漂う残骸も、それと同じタイプのものだ。ただし、
現在サイドを構築する各コロニーと違い、ここにあるコロニーはベイブロックとその先に続くシリンダー部分
がある程度まで続いているものの、その先が完全に失われている。

 これは、かつての一年戦争の傷跡である。一年戦争勃発直後の、通称一週間戦争と呼ばれる戦いにおいてジ
オン公国は「コロニーつぶし」と呼ばれる虐殺を行った。それにより大量に投入されたNBC兵器によって当時
のサイド1,2,4は壊滅状態に陥った。人口の半分近い、五十億人を無差別に殺戮したこの行為はギレン・ザビ
の歪んだ精神、狂気を示す事例としていまだに語り継がれる悲劇である。

 そして、このコロニーの残骸もまた、そのコロニーつぶしによって破壊されたコロニーである。よく見ると
途中で破損した部位が高熱であぶられたように泡立っていることからわかるように、このコロニーは熱核兵器
の直撃によって破壊されたことがわかる。その内で生活していた、一千万の人々の命を巻き込んで。

そんな墓標のような趣さえ漂うコロニーの残骸に、四機のガンイージは接近し、ベイブロックにたどり着く。
そこでガンイージはベイブロックの開閉スイッチをマニピュレーターで操作する。すると、死んだと思われて
いたコロニーのベイブロックのゲートが、見た目の損傷具合とは裏腹に実にスムーズに上下に展開して開かれ
た。そして、迷うことなくその中に入っていく。

 コロニーの残骸は、電源が生きていた。とはいっても、ミラーも失ったコロニーがどのようにして電源を得
ているのか。誰もが疑問に思いそうなことだが、その疑問は中をのぞき見れば氷解する。

 コロニーのベイブロックは、外観とは違い、きちんと人の手が入れられており、きちんと空気も注入されて
いる。そして、その片隅に、巨大な機械がいくつか繋がれている。それは、見るものが見れば一発でその正体
を見破ることが出来るだろう。いくつものケーブルが、蛸足のように延びているその機械。その正体は、艦船
用の核融合ジェネレーターである。といっても、現在使われている船のものではなく、廃艦予定の軍艦から抜
き取り、すえつけたものだ。形式としてはずいぶんと旧式になるが、きちんと整備されているためまだ現役で
使用に耐えるのである。

 当然、こんなものがもともとのコロニーにあるはずがない。だとすれば、なぜこんなものがここにあるのか。
その答えは至極簡単である。ここは、リガ・ミリティアが利用するために手を加えた施設なのである。

 その用途は、今ジェスタらがここに来た理由が当てはまる。つまり、補給のために。

 このコロニーの残骸のかろうじて原形をとどめたベイブロックを加工し、リガ・ミリティアはここを資材、
物資の倉庫として利用しているのだ。そして、ここを拠点として静止衛星軌道上のカイラスギリーの哨戒部隊
を襲撃しているのである。

 なぜこんなことをしているかというと、さすがにカイラスギリー周辺は輸送艦で近づくと目立つし、サイド
2領域や月周辺と違いごまかしようがない。ゆえに、ここを拠点とし、推進剤などをこまめに補給しながらカイ
ラスギリーの哨戒部隊を狙っているのである。

 四機のガンイージはセッターに乗ったままベイブロックの床に降り立つ。そしてコックピットを開き、四人
のパイロットたちが機体から這い出してきた。

「あー。久しぶりに広いところに出た」

 マジクがそういって伸びをする。丸一日以上モビルスーツのコックピットに閉じこもっていたら、こうも言
いたくなるものだ。それ以外の三人。ジェスタ、ライアン、リュカは口にこそそう出さなかったものの、そろ
って伸びをしたり、関節を動かしたりしているところを見ると同じ意見のようだ。

 しかしのんびりと休んでもいられない。ここに集めている補給物資。推進剤や、水。食料などをガンイージ
に運び込み、それがすめばまた戦場にとんぼ返りだ。まだ、月に帰るのは早すぎる。

 ジェスタらはライアンに指示されずともすぐに自分たちのすべきことに移る。手で運べるものはさっさと手
で運び、それが難しいものはここにおかれてある作業用のプチ・モビルスーツを使って運搬する。そして、手
早く補給を済ませる。それがすんでから、

「よし、ではしばらく休息をとるか。諸君、しばらく思い思いに休んでくれ」

 ライアンがそういい、それを聞いた三人はふう、と肩で息をすると移動を開始した。今四人がいるのが、か
つては艦船が係留されていた文字通りのベイエリア。そこから続くところに、管理センターやら検疫ブロック。
オフィスなどがある。そのうちのいくつかに手を入れ、人が休めるようにしてあるのだ。あいにく、重力ブロ
ックは存在していないが。

 三人はそのうちのひとつ、仮眠室を訪れる。無重量空間での仮眠室は基本的に固定された寝袋を使うことに
なり、あまり寝心地はいいとはいえないが、それでもモビルスーツのコックピットでシートに座りながら仮眠
を取るのに比べれば百倍はいい。

 三人は、ライアンよりも一足早く寝袋にもぐりこみ、仮眠をとることにした。が、その前に

「なあ、今日の敵。どう思った?」

「……そうね。今までと違って、ある程度こちらの動きを読んでいる感じを受けたわ。でも、それはこちらが
いつもしていることと同じ。たぶん、リィズたちをやった機体のデータから、ガンイージのデータを割り出し
てシミュレーターにかけたんだと思う」

 マジクの言葉にリュカが冷静に言った。その言葉には、ジェスタも賛成だった。しかし、それで判ったこと
がひとつある。

「俺も同じ意見だ。ってことは、やっぱりゾロアットやシノーペが強化されたわけじゃないってことだよな」

「そうね。あの二機のゾロアットのパイロットが凄腕だったってこと。……分かったのはそれだけだけど」

 少し落胆気味のリュカ。確かにそうだろう。何の解決にもなっていないのだから。しかし、ある意味これは
救いであるともいえる。というのも、

「ならば、そいつらを落とせばいいと言うことだ。先ほどの相手は違った。次はそうかも知れん。だが、それ
がどうした? 俺たちはパイロットだ。死力を尽くし、敵を倒して生き延びる。それだけを考えればいい。シ
ンプルで分かりやすいだろう」

 と、三人の後を追って仮眠室を訪れたライアンがそう言って来た。まさに、そのとおりだ。それを聞き三人
は苦笑。どうにも仲間が二人、落とされて弱気になっているらしい。それが自分の死に繋がる、とライアンは
言いたいのだろう。まさに、そのとおりだ。死を恐れるのは当然。だが、過剰に怯えればそれはただの臆病に
なる。そしてそれ安易に死に繋がり、下手をすれば仲間を巻き込みかねないのだ。

「分かりました、隊長。シンプルに考えていいんですね」

「そういうことだ」

 言いながら、寝袋にもぐりこむライアン。そして目を閉じ、しばらくすると寝息が聞こえてくる。昂ぶった
精神を抑え、休むべきときに十分に休息を取ることも戦士の大切な技能だ。そういう意味で、このライアンは
まさに戦士の鏡だ、とジェスタは思い、目を閉じる。今日の戦闘を思い出し、少々気が昂ぶったが、それでも
ジェスタの意識はいつの間にか眠りに引き込まれていった。



UC153 3月 3日 静止衛星軌道上 戦略衛星カイラスギリー周辺宙域

 デブリ地帯の物資格納庫で補給を終えたジェスタらは再度ガンイージに乗り込むと、セッターに乗らせてそ
の場を後にした。行く先は、当然カイラスギリー周辺領域。狙いは哨戒艇、もしくは危険度は高いが輸送艦だ。

 あまりスラスターをふかすことなく、出来るだけ慣性に任せて移動することで敵方のパッシブセンサーに引
っかからないようにしながらも、ライアン機が装備している増加センサーレドームで敵機を捜索する。その際
他の三人も遊んでいるわけではなく、機体のセンサーを最大限に使って敵を捜索する。とくに、モニターに写
る画像を目を皿にして見ることで、星とは違う見え方、動き方をする光点を探す。が、デブリ地帯ほどではな
くともここいらあたりにも多くのゴミが漂っているので探し出すのも難しい。

 非常に神経を使う任務だ。しかし、それは敵も同じこと。互いに命を懸け、精神をすり減らして殺しあう。
平和な世界に住むものからすれば、狂気の沙汰にしか思えない行為。しかし、彼らにとってはこれらはすでに
日常になりつつあることなのである。

「ふう……」

 全周囲モニターをじっと見つめていたジェスタは、神経を張り詰めすぎていたことに気づき、息を吐いた。
そして手で目頭をそっと押さえる。少し、目が疲れているようだ。それからわずかに首を振る。デブリ地帯を
出て、まだ六時間程度。セッターの推進剤やガンイージに積み込んだ物資がつきかけたら引き返すのだが、ま
だまだどちらにも余裕がある。

 なのに、もう少しだが疲れが見えてきている。我ながら情けないな、と思うジェスタ。まだまだ半人前だ。
そう自分に言い聞かせ、もっとがんばらないと、と思う。

「さて……」

 気を取り直してもう一度索敵に戻ろうとモニターに目を向けた、そのとき。ジェスタは頭の中を電撃が走り
抜けたような感覚に襲われた。そして、通信スイッチをオンにし、叫ぶ。

「全員、散ってください!」

 自分でもなぜかよく分からなかった。が、反射的にそう叫ぶと同時にスラスターをふかし、セッターから離
脱して前方に向けて飛び出して、左腕のビームシールドを展開していた。

 隣にいるマジクも何も言う暇もなく、ライアン、リュカも反応する暇もなかった。ただ、次の瞬間。信じら
れないほどの長距離から高出力のメガ粒子ビームが到達し、それをビームシールドで受けとめるが、ビームの
威力が強すぎて堪えきれずにジェスタ機が吹き飛ばされた。

『ジェスタ!?』

 それが誰のものかわからない。もしかしたら、全員だったかもしれない。ただ、ジェスタのガンイージのコ
ックピット内に、悲鳴のような声が響く。しかし、それどころではない。長距離からのビームは一撃のみなら
ず、引き続いて二撃、三撃と放たれたのだ。

 ジェスタ機も含め、四機の機体は散開する。

「くそ、何てことだ」

 思わずうめくジェスタ。初撃による被害を最小限に抑えたのはいい。しかし、そのせいでジェスタ機の左腕
はビームシールドごと吹き飛ばされてしまった。これで、最大の楯を失ったわけである。ジェスタは奥歯をか
み締めながら視線をモニターの一部。ビームによる狙撃が行われた方位に視線を向けた。


                     *****


 ジェスタが視線を向けた先。そこに、一隻のシノーペ級哨戒艇と、三機のゾロアットが存在していた。その
うちの二機は、標準的な武装をした普通のゾロアットだ。が、もう一機は違う。大型のビームランチャーを構
え、それを遠くに向けた。そう、ゾロアットのセンサーでは探知しようのないほどの遠距離にいるはずの敵機
に向けて。

「ああ、もう! 落とせたと思ったのにぃ!」

 ビームランチャーを構えたゾロアットのコックピットで頬を膨らませてむくれるのは、褐色の肌をした少女。
ミューレだった。引き続いてビームを撃つも、そのすべてが回避されているのが、はるか遠くでわずかにちら
ついて見えるテールノズルの輝きで理解できる。

『ミューレ、もう諦めなよ。不意打ちならともかくさ、いくらビームでも、この距離での狙撃じゃ当たんないって』

 と、フィーナが言ってくる。それを聞き、ミューレはしぶしぶ納得すると、わずかに下がってランチャーを
シノーペのハードポイントに備えると

「シノーペは下がっててください。ボクたちがあいつらを落とすまでの間の辛抱ですから」

 そう、自信満々に言ってのけるミューレ。それを聞いて、シノーペのローグが若干困惑気味ながら、信じら
れないほどの長距離狙撃をやってのけた少女に畏敬の念を抱きつつ、

『あ、ああ。諸君の健闘を祈る』

 と言い残すと、シノーペのアポジモーターを吹かせて回頭させると後方に下がる。それを確認すると、ミュ
ーレはその辺に放り出しておいたビームライフルを回収すると、

「じゃ、いこっか」

『何言ってんの。それはあたしの台詞だよ?』

『そんなの誰だっていいでしょうに』

『気分の問題だよ、気分の! まあとにかく。みんな、きちっとお仕事、がんばろうね?』

「『了解!』」

 と、まるで今から戦争をしようという緊張感をまったく感じさせないやり取りをすると、三人娘は同時にゾ
ロアットを加速させ、こちらに向けて加速してきている四機のガンイージに向けてその研ぎ澄まされた牙を向
けた。


                     *****


「馬鹿な、あの距離から狙撃だと……」

 方角から自機のセンサーレドームを用い、距離を割り出したライアンは戦慄とともにそううめいた。信じら
れなかった。明らかにゾロアット。いや、モビルスーツの狙撃できる距離ではない。これほどの距離だと、戦
艦のセンサーを用いてもまともに的を捕らえられるかどうか。

 なのに、敵機はそれを行った。おそらくは、モビルスーツの携行兵器のうちでも最も出力の大きな、対艦用
の大型ビームランチャー。そのビームを絞り、収束させて狙撃したのだ。そう考えて、ライアンは寒気を感じ
た。大型のビームランチャーというのは。狙撃には向かない。どうしても狙う相手は艦船になるので、精密な
照準装置を必要としないし、そもそも大出力のビームを撃つため、照準装置がビームの電磁場のせいで若干乱
れてしまうのである。ゆえに、狙撃には一番不向きな武器が、大型ビームランチャーなのだ。

「……われわれはいったい何と戦っているというのだ」

 呟く。明らかにセンサーの範囲外から、敵はこちらを補足し、あまつさえ神業に等しい狙撃までを行う。そ
れはまさに、怪物と呼ぶにふさわしい。ライアンは生まれて初めて。「死」にではなく、敵に恐怖を感じた。


                     *****


 ゾロアットを駆るフィーナはモニターに敵機を捕らえたとたん、何か違和感のようなものを感じた。頭の中
に何かが駆け抜けるような、そんな感覚を。それと同時に、彼女の目はいっきのもびるすーつにひきつけられ
る。

 片腕を損傷した濃紺のモビルスーツ。ジェスタのガンイージに。そして彼女は通信を開き、サフィーとミュ
ーレに語りかけた。

「サフィー、ミューレ。あなたたちは無傷の三機をお願い。あたし、あの損傷したやつを狙うから」

『へ? どういうこと?』

『損傷したやつを一気に三人でしとめたほうが合理的だと思うけど?』

 フィーナの提案に、二人は懐疑的だ。無理もない。フィーナ自身、もしサフィーやミューレが同じことを言
えばその言葉を疑うだろう。だが、不思議とフィーナは自分の言葉を疑う気はなかった。

「よくわかんないけどね、あいつはあたしがやりたいの。だから、お願い。しとめたらさっさと援護するから」

『ん。まあいいよ。それくらい。あんなの、どうせすぐに落とすだろうしね』

『そうね。でも、これは貸しよ? 後で何か甘いものでも奢ってもらうから』

「了解。じゃ、頼むよ」

 そう短いやり取りを終えると、三人は機体を散開させ、さらに加速に入る。サフィーとミューレのゾロアッ
トは連れ立って無傷のガンイージに向けて突っ込んでいき、フィーナはその三機がかばうようにしている損傷
機を狙って狙撃を開始。同時に機体を旋回させ、分断させようとする。

「この変な感覚……その正体、見極めてやる」

 そう呟き、フィーナは片腕だけのモビルスーツに鷹の目を向けた。


                     *****


三機のゾロアットがこちらに向かってきたことを確認したライアンは大声で叫んだ。

「いいか! こいつらがあの敵だとすれば、連携されると厄介だ! 俺が一機を引き受ける。後の連中をお前
たちが分断して各個撃破しろ! わかったな!」

 わざわざ寡兵であるこちらが戦力を分断するのは戦術の基礎からすれば愚の骨頂である。が、この連中があ
の敵だとすれば、話は違う。一対二で戦っていた時と、二対四になった時ではその戦いぶりがまるで違ってい
た。一機一機の技量も、超一流の域に達していたが、連携の際の動きはその比ではない。だから、相手を分断
し、各個撃破するしかない。

「ジェスタ! お前は後退しろ! シールドを失ったお前では……おい! ジェスタ!」

  モニター上のジェスタ機を確認しながらそう叫び、ライアンは目を疑った。なぜなら、損傷しているジェ
スタ機が後退するどころか、むしろスラスターを吹かせて前進したからだ。そしてそのまま、散開した敵機の
うちの一気に向けて突撃する。ライアンはそれを追おうとしたが、もう二機のゾロアットがビームを撃ってそ
れを阻んだ。

 ライアンは舌打ちひとつするとジェスタ機のほうを一瞥し、

「俺がいくまで死ぬんじゃないぞ、ジェスタ」

 そう呟くと、行く手を阻むゾロアットに向けてビームを撃ち、機体を前進させた。

「いくらなんでも張り付いてしまえば連携は取れまい!」

 ライアンはビームを撃ちながらガンイージを前進させ、ゾロアットのうちの一機に対して間合いを詰めなが
らビームサーベルを引き抜いた。そして、接近戦を挑む。一対一の格闘戦。モビルスーツ戦に慣れているライ
アンでも緊張する。

 そして、それにならってマジク機とリュカ機も、もう一機のゾロアットに対して接近戦を挑んでいた。


                     *****


『ジェスタ! お前は後退しろ! シールドを失ったお前では……おい! ジェスタ!』

 通信機を通じてライアンの声が聞こえる。しかし、ジェスタはそれを聞きながらも聞き入れるつもりはなか
った。ジェスタの目は、モニターに映し出される敵機。そのうちの、先頭にいる機体に釘付けになっていた。
理由はわからない。ただその機影を捉えた瞬間から、目が離せなくなっていた。そして

(見ている……俺を)

 それが自分の気のせいではないことを奇妙なことだが確信していた。だから、ライアンの制止の声に従わず、
自分を目指してきているあのゾロアットに向けて機体を走らせていた。

 それに呼応するかのように、そのゾロアットはビームをばら撒いて離脱し、同時にライアンらの機体の足を
止める。そして構図としては、ジェスタ機が一対一でゾロアットと。ライアン機が一騎討ちに持ち込み、残り
の一機にマジクとリュカが挑む、というものとなった。

 ジェスタは機体を飛ばしながらダメージを受け、死角となる左側に敵機を置かないように気を配りながらビ
ームを撃って牽制するも、巧みに機体を動かし、死角に回り込んでくるゾロアットに苦戦していた。

「くっ! なんて鋭い射撃をするんだ!」

 相手のビームライフルやビームキャノンの連続射撃を前にしてそう呻くジェスタ。まるで、こちらの逃げる
方向を予期しているような射撃をしてくるのだ。しかし、ジェスタは気づいていない。それだけ鋭い射撃をし
てくる敵に対し、自分自身もその射撃をかわし続けている、という事実に。


                     *****


「ああ、もう! ちょこまかと!」

 と、ジェスタのガンイージを追い、ビームを撃つゾロアットのコックピットでフィーナが毒づいていた。や
けに気になる敵機。とはいえ、すでに損傷しているしそのせいでアポジモーターのバランスも崩れ、バランス
が悪くなっている。だから、フィーナはどの道すぐに決着がつくだろう、と思っていた。

 なのに、この損傷機はしぶとい。相手の動きを勘で読み、ビームを撃つのだがそれを巧みによけまわる。そ
れに苛つきながらもフィーナは相手の死角をつくべく敵機の左側につく。そしてビームを撃ちながら、距離を
詰めるべくスラスターを吹かせた。

 だが、ジェスタもまた今の状態で接近戦を挑まれると勝ち目が万に一つもないことは理解している。生き残
った右腕に握らせたビームライフルを撃ち、時に頭部バルカンをばら撒きつつ相手を牽制する。

 しかし、ジェスタの必死の応戦もむなしく、フィーナはビームを撃ちつつ、退路をビームストリングスを用
いることで封じ、ついにジェスタ機を間合いに捉えた。ビームサーベルを引き抜いて、ガンイージに迫る。

「がんばったけど、これでおしまい」

 一言、そう呟く。この機体を見た瞬間に感じたあの感覚。アレは気になるが、今はこの機体は敵なのだ。な
らばただ、撃墜することだけを考えればいい。

 そう思いながらガンイージに向けてフィーナはゾロアットを走らせた。


                     *****


 次々と放たれるビームをかわしながら、確実に敵機が距離を詰めてくることにジェスタは気づいていた。損
傷しているこちらは、動きが悪い。格闘戦に持ち込まれると勝ち目はない。だが、今のままでもシールドを失
い、バランスが悪い今、手数で攻めてくる相手にいずれ捕まり、落とされてしまうだろう。ならば

(奇策を持って攻めてみるか……?)

 そうちらりと考えた。その瞬間、ゾロアットがビームストリングスを使った。それがガンイージの逃げ場を
封じる。逃げられない。そう悟った。

 その瞬間、ゾロアットがビームサーベルを抜いて迫りくる。それを見て、覚悟を決めた。とっさに頭に浮か
んだプラン。それを実行する気に。

 ジェスタは握りこんだコントロールスティックを操る。それに応え、ガンイージはその左肩の二連マルチラ
ンチャーを発射する。それを、ゾロアットはかわした。が、その直前にジェスタはトリガーを握りこみ、頭部
バルカンを撃ち放たれたグレネードに直撃し、爆発の花を咲かせる。

 それを目くらましにして、ジェスタはガンイージを敵の側面に向かわせ、ビームライフルを撃とうとした。
だが、そのライフルをフィーナはビームストリングスでなぎ払う。ライフルの銃身は、ストリングスの直撃を
受けて切断された。

 だが、それで終わりではない。ジェスタはむしろ距離を詰め、ライフルの基部を切り離しビームピストルの
状態にすると、それを撃ちまくった。

「アレをかわした!?」

 愕然とする。半ば隠し武器に近いビームピストル。見たこともないであろうそれを、ゾロアットはぎりぎり
で回避した。しかし、まだ終わってはいない。ガンイージは腕を動かし敵機を逃がすまいとし、ビームピスト
ルを撃とうとした。

 が、それは果たされない。ゾロアットの胸部バルカン。それが火を噴き、ガンイージのマニピュレーターを
吹き飛ばしたのだ。

「しまった!」

 思わず、そう叫ぶジェスタ。両腕を失った今、モビルスーツはその攻撃機能のほとんどを喪失したことにな
る。二連マルチランチャーも撃ち、バルカンの残弾数も少ない。ジェスタは今、最大の危機を迎えた。


                     *****


 フィーナは寒気を感じていた。敵機を追い詰めた、と思った瞬間にグレネードを撃ってきた。それはどうで
もいい。しかし、敵機はそれをバルカンで撃墜し、目くらましの爆炎を生じさせ、それに乗じてシールドのな
い右側に回りこんでビームライフルを撃とうとした。

「せこい手を使って!」

 叫びながら、フィーナは反射的にビームストリングスを使いながら機体を旋回させる。それによって、ガン
イージのビームライフルは半ばから断ち切られた。これで敵は打つ手がないだろう、と思う。いまさらビーム
サーベルを抜くにしても遅すぎる。それよりも、ゾロアットのサーベルが敵の命を絶つほうが早い。

 そう思ったフィーナだったが、刹那。頭の中を走るものがあった。その瞬間、ビームに貫かれる自分の姿を
幻視。

「ちぃ!」

 叫びながら、フィーナは機体をひねった。直後、ガンイージのビームライフルが分離。グリップをはじめと
する基部の部分だけがガンイージの手の内に残り、そこからビームが撃ちだされた。放たれたビームの威力は、
弱い。だが、この至近距離では装甲を貫くには十分な威力である。

 そのビームが機体をかすめる。それと同時に飛び散ったメガ粒子が機体をたたく音がコックピットに響いた。
それを聞いて、青くなるフィーナ。一瞬でも遅ければ、まさにさっき見た幻想のとおり、ビームがコックピッ
トを貫き、この体が原子の塵に還元されていたところだ。

 ガンイージはなおもこちらを狙い撃とうとした。しかし、フィーナは冷静にトリガーを引いて胸部バルカン
を撃ち、ガンイージのマニピュレーターを吹き飛ばした。それを確認し、

「よくがんばったけど、これでおしまい」

 小さく呟き、ビームサーベルで止めを刺すべく向き直ったそのとき、ガンイージがスラスターをふかせて突撃してきた。

「特攻をかけてきた!?」

 その可能性を考慮し、ぞっとする。そして、その直後敵機がゾロアットに激突した。機体が激しく揺れる。
思わずフィーナも悲鳴を上げそうになった。が、それをこらえて、フィーナはゾロアットに握らせているビー
ムサーベルを、頭からゾロアットに突撃し、ちょうど腹部の辺りにくっついているガンイージのコックピッ
トに背中から突き刺した。


                     *****


 両腕を失い、継戦能力を失ったガンイージ。一瞬、逃げるか、と思ったが、それは許してくれないだろう、
とジェスタは目の前のゾロアットを見て思った。いまや、この敵機から逃れるすべはほとんどない。先ほど
ばら撒かれたバルカンは、右腕のマニピュレータのついでに右足まで損傷させた。これで逃げるのは絶対に
無理だ。

「ええい、くそ!」

 叫びながらジェスタは機体を吶喊させた。諦めたわけでもなければ、特攻のつもりもない。もしかしたら、
この突撃で敵をふっとばせば、その隙を突いて逃げられるかもしれない。そう思ったのだ。

 が、頭からゾロアットの腹部に突っ込んだガンイージはそこでストップ。加速が足りなかったし、ゾロア
ットがスラスター推力を調整し、吹き飛ばされないようにしたのだ。

 それを悟った瞬間、ジェスタはある操作をしていた。それにより、爆発音が響く。と、同時にこれまでジ
ェスタの周囲を覆っていた全天モニターがその光を失い、灰色の壁になる。脱出機構を作動させたのだ。そ
して、脱出ポッドとなったコックピットはガンイージの機体から切り離される。

 その瞬間だった。フィーナのゾロアットが、無人となったガンイージの背中からビームサーベルを突き刺
したのは。その光景そのものはもはやモニターが光を失った今、ジェスタにはわからない。が、おそらくそ
うなったであろう、というのは想像がついた。

 まさに、紙一重で命を拾った。そんな心境だった。

 しかし、安堵する暇はない。脱出ポッドを狙い撃ちにされる可能性もあるし、拿捕されるかもしれない。そ
うなれば間違いなくギロチン送り。その瞬間、ジェスタの脳裏に父、ジョシュアがギロチンにかけられ、首が
落とされた光景がよみがえる。そして、それは次の瞬間、自分の首に置き換わった。

「冗談じゃない」

 吐き捨てるように呟いて、ジェスタはシート下のレバーを引く。それで、ポッドの出口をふさぐハッチを爆
発ボルトで吹き飛ばした。直後、息を呑む。

 目の前に、センサーを赤く輝かせたゾロアットの姿があった。目が合った。そう思った。そして、なぜか。
ゾロアットの姿と、人の姿が重なって見える。

「……女の子?」

 ポツリ、と呟いた直後。そのゾロアットめがけて、直上方向からビームが降り注ぐ。それに、ゾロアットは
シールドを展開しながら後退していった。なんとなくその姿が、ジェスタには名残惜しげにしているように映
る。

「何なんだ、いったい……?」

 わけがわからず、ほうけた様子でポッドの出口から身を乗り出して外を見ていると、唐突にポッドがゆれた。
驚いて、思わず短く叫びながらポッドの壁にすがりつくと、すぐにその理由がわかった。濃紺のモビルスーツ。
ガンイージが、ジェスタの乗ったポッドを掴み取ったのだ。頭部に増設されたセンサーから、一目でライアン
機だとわかる。

『ジェスタ、無事か!』

「隊長! はい、自分は大丈夫です!」

『そうか。だが、ゆっくりとも……ええい、しつこい!』

 そう叫ぶなり、ライアンはスラスターを吹かせながら後退し、直上方向に向けてビームを撃った。そちらの
方角に、ゾロアットが一機。ライアンを追ってきているのだ。それを目撃し、ジェスタは叫ぶ。

「隊長、撤退しましょう」

『言われるまでもない。あいつらもわかっているだろう。……よし』

 そういうと、ライアンは機体を飛ばす。敵機の位置と自機の位置をうまく調整し、ビームライフルを撃つ。
しかし、それはゾロアットにはむかわない。ビームはまっすぐに伸びていき、ジェスタが乗り捨てる形になっ
たガンイージに直撃。まだ生きていたエンジンが、核爆発を起こした。

 その爆発に巻き込まれてはたまらない、とばかりに後退するゾロアット。そして、遠くにもまた大きな光が
放たれた。が、それは爆発のものではない。発光弾だ。目くらましに放ったようだ。そして、その隙に三機の
ガンイージは反転。全速で加速し、戦闘空域を離脱していった。

 ジェスタはポッドの出口から外の光景を、戦闘が行われていた空域に目を向けていた。あのゾロアット。妙
に気になり、そして。

(何で、女の子の姿なんかが見えたんだ?)

 あの時、一瞬だけ見えた幻。それが妙に気にかかる。そのとき、

『戦闘空域を離脱したようだな』

「そうですね」

 そのジェスタの声には、力がない。理由はいろいろとあるが、

『……命を拾ったんだ。機体を失ったことは気にするな』

「……そうですね。でも……」

 言われて、自分が乗っていたガンイージを撃墜されたのだと思い出す。付き合いはそれほど長かったわけで
はないが、命を預け、ともに戦ってきた半身にも等しい愛機。なまじ人型をしているだけに、その思いはひと
しおだ。

『悪かったな? 機体を破壊して』

「機密保持のためですし、俺が未熟だっただけです。すみません、手間をかけさせて」

『いや、お前の忠告がなければ、はじめの一撃で何人かがやられていた。感謝するのはこちらのほうだ』

「あ」

 ライアンに言われて、初めて気づいた。あの時、突き刺さるような視線を感じ、狙われている、と確信した
瞬間を。しかし、その理由を聞かれても答えようがないな、と思った。しかし、ライアンは聞かなかった。
モビルスーツのパイロットをそれなりに長く続けていると、いろいろな話を聞くし、さまざまなことに遭遇す
る。その中に、人並みはずれた、未来予知に近い感覚を持つパイロットの逸話、というものも小耳に挟んだこ
とがあるのだ。それが、今回ジェスタに当てはまった。ライアンは、ただそう思っただけだった。

「強かった、ですね」

『そうだな』

「隊長。俺、強くなります。……このままじゃ、またやられるでしょうし、そうなったら、今度こそ生きて帰
られる保証はないですから」

『ああ。がんばれ』

「はい」

 無骨に言ったライアンの一言。それを聞いて、ジェスタは顔に笑みを取り戻した.そして、もう一度かつての
戦闘空域に目を向ける。もう、何も見えないそちらのほうに。

(もう一度……)

 もう一度、何なのか。自分でもよくわからなかったが、ただ。そう思った。

                     *****

上のほうから降り注ぐビームをあわてて回避しながらも、フィーナはその目を脱出ポッドに釘付けにしてい
た。性格には、そこのハッチから顔を見せたパイロットから、だ。なぜかはわからない。だが、気になる。

 そして、フィーナが見る前で、ミューレが戦っていたはずのガンイージがスラスターを吹かせて突進してき
て、一気に反転。逆噴射でスピードをゼロ近くまで減速すると脱出ポッドを左手で抱えるとそのまま逃走にう
つった。

「あ」

 一言、呟く。言ってしまった。ふと思ったのは、そんなことだった。直後、

『ごめん、ちょっと抑え切れなかった!』

 ミューレの声とともに、ガンイージに向けて降り注がれるビームの雨。だが、ガンイージはそれを巧みにか
わしてミューレの機体を誘うような動きをとる。

「何を……」

 そう思った瞬間、相手の狙いがわかった。はっとして今まで自分が戦っていたガンイージに目を向けると、
それにビームが突き刺さり、核爆発を起こした。それと同時に、上のほうで発光弾の光が。

「逃げた、か」

 一言呟くフィーナ。そしてヘルメットを脱ぐ。なんとなく、息苦しく感じたのである。そんな彼女の機体に
通信が入る。

『ねえ、フィーナ。どうする? 追っかける?』

「シノーペと離れすぎてるわ。ちょっとがんばりすぎて推進剤も少ないし、追いかけたらたぶん、帰れなくな
る。だから、この辺でやめときましょ。一応、戦果もあったことだし」

『うー、ずっるいよねー、結果的にボクの戦果を横取りしたようなものじゃないか』

「あはは、そうだね。あたしにはあんたほどの狙撃は出来ないから……」

 フィーナはそう言って、開戦の狼煙となったミューレの狙撃を思い出す。対艦用の大型ビームランチャーを
使った精密狙撃。他の追随を許さぬ、ミューレの一撃。いつ見ても惚れ惚れするそれが、今回。必殺の一撃に
はならなかった。その理由が、あの機体のパイロットだ、とフィーナは確信する。だとすれば、と顔を若干ゆ
がめた。

「無理をしてでも殺しておいたほうがよかったかもね」

 ポツリ、と呟くフィーナ。それと同時に、脱出ポッドを見た瞬間を思い出す。機体から放出された脱出ポッ
ド。それを見た瞬間、フィーナはターゲットスコープをあわせた。しかし、なぜかトリガーを引くことが出来
ず、気がついたら機体を動かし、ハッチのほうに回りこんでいた。そして、目の前でハッチが外れ、敵のパイ
ロットが顔をのぞかせた。

(あたしたちとあんまり変わらない年頃に見えたけど)

 そう思う。ヘルメットのバイザーで、はっきりと姿が見えたわけではないが、なんとなくそう思ったのだ。
と同時に、目があったような気がした。ばかばかしい、と思うが。あくまでもあのパイロットを見たのは、
この機体のセンサーアイだ。自分の肉眼ではない。だから、フィーナは首を振った。そこに、

『ふう、まったく疲れたわ。結局、落とせなかったもの。悔しいわね』

 そういってサフィーの機体が合流してくる。そちらに目を向けると、肩に少し焦げ目がついていた。

「どうしたの? それ」

『ちょっとね。たいしたことはないわ。ダメージで言えば、向こうのほうが大きいはずよ。片腕をとってや
ったもの』

 サフィーはそういって笑みを見せる。自分に比べ、少し大人っぽい外見の彼女がこういうふうに笑うと艶
っぽく見え、なんとなく悔しい気がする。ちなみに、フィーナよりもない子供っぽいミューレも同感らしく、
少しすねている。

『それにしてもフィーナ。撃墜レコード更新、おめでとう。後一機でダブルエースね』

「うん? ああ、確かにそうだね。よし、じゃあ凱旋といきますか」

『そうね。あ、フィーナ約束は守ってもらうわよ?』

「う。覚えてたか」

『あー、はいはい。ボクはアイスクリームがいいな、バニラとチョコレートのやつ!』

「って、ちょっと待ちなさいよ! あんたとは約束してないでしょ?」

『でも、ボクのおかげで一機撃墜、でしょ?』

『それに、私と同じに敵機を引き受けたんだもの。ミューレにも報酬を受け取る権利はあるわよ』

「うう、そういわれると、つらい。……安月給なのに……」

 と、涙するフィーナ。給料が安い、ということもあるが、それよりも嗜好品の類というのが軍艦内の酒保
ではあまり扱っておらず、結果的に高価になるのである。おまけに、なかなかに人気商品だというおまけつ
き。女性兵士が増えたためである。いつの時代も、若い女性のストレス解消に甘い食べ物が使われるのは変
わらない、ということであろう。

 フィーナは自分の給料がどれくらい残っていたのか計算しながら機体を反転させ、シノーペが待機してい
るほうに向けて加速させ、最後にモニターの一角を拡大表示させて、逃げていった敵機の姿を探した。が、
見当たらない。当然か、と思いながら、一度脱いだヘルメットをつかみ、それをかぶった。



 

代理人の感想

うーむ、ガンダムだ(笑)。

ジェスタもちゃっかりニュータイプだし(笑)。

 

取りあえずは続きに期待、ということで。