UC153 4月 24日 静止衛星軌道上戦略衛星カイラスギリー近郊宙域 暗礁空域内廃棄コロニー

 現在ハルシオン隊のパイロットたちは、カイラスギリーから最も近い暗礁空域にある廃棄コロニーのベイ
ブロック内の物資貯蔵庫にモビルスーツを駐屯させていた。そして、レーザー通信で地球上から上がってき
たリガ・ミリティアの同志とレーザー通信で連絡を取り合い、いざというときには支援を行う算段を取り付
け、そのときに備え待機していた。

 思い思いの場所に、ひざを着いたり直立した姿勢でたたずむ巨人たち。その姿を、ベイブロックの天井に
立ちながら見るジェスタ。ここは無重力なので、モビルスーツも壁に立ったり天井でたたずんでいたりと、
アースノイドが見たらめまいを起こしそうな景色が当たり前のように存在している。無論、生粋のスペース
ノイドたるジェスタにとって、これは当たり前の光景だったが。

 ジェスタが見ているのは、自分の乗るガンブラスターとほぼ同じ塗装が施された指揮官機、ビクトリーヘ
キサだった。

 リガ・ミリティアが反抗のシンボルとして開発した伝説の白いモビルスーツ、ガンダム。それを模したの
が、この機体だ。ただし、元は白と青を基調にした、トリコロールカラーであるはずの機体は、宇宙空間で
の視認性の低さを追求し、このような色となっているが。

「ガンダム、か」

 呟くジェスタ。ガンダムという名のモビルスーツ。一番有名なのはRX-78-2。地球連邦軍が一年戦争の時に
投入したその機体であろう。もはや伝説となっているパイロット、アムロ・レイが駆るその白い機体は、今
のモビルスーツの性能からするともはや話にならないだろうが、そのネームバリューは圧倒的だ。ゆえに、フ
ァーストガンダム以降もその名を継ぐ機体は次々と作られた。中には、その伝説を継ぐことは出来ずに志半ば
で朽ちた機体もある。

 このモビルスーツは、その名のとおり勝利を運ぶのだろうか。濃紺に塗られた「ガンダム」を前にしてぼん
やりとそう考えるジェスタ。

 しかし、しばらくヘキサを見ていても飽きたので、とりあえず自分の機体。ガンブラスターを目指して天井
を蹴った。ジェスタから見て上。地面にひざをついているガンブラスターの、開きっぱなしのコックピットハ
ッチからコックピットに入り、シートにつく。そしてコックピット内の計器などを見回した。

 以前使っていたガンイージとほとんど変わらないその内容。しかし、この機体は初めて使ったあの機体とは
違う機体なのだ。すでにこの機体で幾度もの戦場を駆け抜けはしたが、やはり、初めて受領したあのガンイー
ジほどは愛着がもてない。だが、この機体が自分の愛機であることは変わりない。人形をした、巨大な兵器。
鎧といってもいいその機体。

「今度は大切にしなきゃな」

 呟いて、コントロールスティックやサイドパネルをなでた。多数の整備員の手を借りて動いてくれるこの機
体。自分の命を預ける相棒を、ジェスタは笑みとともに愛でた後、コックピットから離れる。

 それから、多くのパイロットが集まる待機場を目指した。ハンドグリップをつかみ移動するジェスタは、目
的地から大きな声が響いてくるのを聞いた。何をしているんだろう、と思いながらいくと、多くのパイロット
たちが集まっている。

「どうしたんですか?」

 手近なパイロットに聞いてみる。すると、彼はジェスタのほうに顔を向けて、

「ああ、キリのやつが、一人勝ちしてんだよ。で、巻き上げられてるってわけだ」

「一人勝ち? って麻雀ですか」

 誰が持ち込んだのか。この物資貯蔵庫には、麻雀があったのである。それを誰かが引っ張り出してきて、卓
を囲んでいるようだ。そのほかにも、自分で持ってきたのか、トランプをしているものもいる。

「なんか隊長不景気な顔してますけど」

「ああ。隊長。大負けしてるんだよ」

 卓を囲む面子の中に、ライアンもいる。そして、ライアンは頭を抱えていた。よほど大敗しているようであ
る。その口が小さく動いている。「いかん。このままだとニケに殺される」その口ははっきりとそう呟いてい
た。それに気づいたものたちは皆「ご愁傷様です」と心の中で呟く。姐さんことニケの怖さは知らぬものはな
いのだ。

「いやあ、隊長。悪いっすねえ」

「く。キリめ。少しは加減せんか」

「なんの。勝負は常に非情。いやはや、今の俺は絶好調だぜ」

 だはは、と大笑いするキリ。それを渋面で見たライアンはため息をつくと、

「ええい、俺はもう降りる。これ以上やっても傷が広がるだけだからな……誰か、代われ」

 そういって大仰に肩をすくめると、周囲を見回した。ほとんどのものは目をそらした。今のキリは自身の言
うとおりツキまくっている。そんなキリと卓を囲みたい面子は早々いない、ということだろう。現に、今キリ
と卓を囲っているほかの二名の面子も、出来ればもう降りたい、という顔をしていた。

「ぬ。ジェスタ。お前はどうだ?」

「お、俺ですか? あ、いや。でも俺、こういう勝負運は……」

「ほう。勝負運が、どうした?」

 いって、がっしりと肩をつかまれる。訓練生時代、麻雀のルールは叩き込まれた。顔を引きつらせるも、「
今ここで引いたら空気がしらけるよな?」という、どこか宴会などで過剰に盛り上がっている時の空気と同じ
ものが周囲に立ち込めている。

 逃げられない。そう確信したジェスタは、

「わかりました……」
 
 と呟き、卓に着く。そのジェスタの肩をライアンは叩き、

「よし。俺の敵を討ってくれ」

「せいぜいがんばりますよ……」

 そうとほほな感じで答えて、麻雀に加わった。

 ちなみに、あえて記すまでもないだろうが、ジェスタは見事に大敗し、「ケツの毛までむしられそうになっ
た」と青い顔をして呟く羽目になった。合掌。


 UC153 4月 26日 静止衛星軌道上戦略衛星カイラスギリー近郊宙域 暗礁空域内廃棄コロニー

 廃棄コロニーのベイブロックで待機していたハルシオン隊のパイロットたちはただ無意味に待機していたわ
けではない。時折モビルスーツを動かし、周囲の哨戒を行ったり、通信を傍受したりして敵の動きを調べたり
して、たびたびハイランドで待機中の同志。地球から上がってきたリーンホースとそれに協力する大型戦艦ガ
ウンランドらとレーザー通信を使って情報のやり取りを行っていた。

 はじめのほうは、ガウンランドにいるジン・ジャハナムがカイラスギリー攻略を声高に主張するも、ハルシ
オン隊が集めたカイラスギリーの戦力の詳細なデータなどからそれを見送るという意見が主流であったが、ス
タッフの一人が出した策を検討した結果、一か八かでカイラスギリー攻略を仕掛けてみる、という意見が出始
めた。

 ここでもその意見を聞き仰天するものも多かったが、同時に旧世紀の核兵器と同等の戦略的価値を持つカイ
ラスギリーが完成し、それが実際に起動した場合、地球制圧のみならずすべてのコロニー政庁や月も制圧下に
おかれる危険性を考慮し、結果的にハルシオン隊もまた、カイラスギリー攻略に参加することになった。

 そうした事情をとりあえずライアンはベイブロックのブリーフィングルームで説明した結果、皆も賛成する
も、やはりどのような策を用いるのか。その質問が浮上した。

「詳しくは聞いてはいないが、ハイランドからカイラスギリーに向けてマイクロウェーブを放射するらしい。
さすがに電装系にダメージは与えられんだろうが、人に腹痛、頭痛くらいは引き起こせる可能性が高いとの
ことだ。それを行うのが、六時間後。急いで向こうに行かねば、間に合わんぞ」

 ライアンがそう言うと、ブリーフィングルームが軽いざわめきに覆われた。今から六時間後。ここからハ
イランドまで、セッターに乗ったモビルスーツで大体数時間はかかる。つまり、時間的猶予はほとんどない
わけだ。

「ずいぶんとまあ、せっかちだな」

「そういうな。あちらさんも焦っているんだ。しかし、面白いことを考える。マイクロウェーブで撹乱とは
な。それを考えたやつの顔は是が否にでも拝まんといかんな」

 ライアンがそういうと、全員が軽く笑った。それを確認し、ライアンは手を叩いてみせる。そして、

「よし。向こうで出撃前に少しでも休めるよう、急いで準備を進めるぞ。今回は派手などんぱちになる。ト
イレパックは余分に持ったな?」

 にやり、と意地の悪い笑みを浮かべてそういうライアン。それを聞いてパイロットたちは全員噴出した。
そして皆それぞれに適当に緊張がそがれた顔をしながらブリーフィングルームを後にして、モビルスーツに
向かう。その際、

「よ、ジェスタ」

「キリさん。どうしたんですか?」

「いや。お前さん。大規模な戦いは初めてだからな。緊張してないかって思ってな」

「はは。いまさら大丈夫ですよ。確かに、組織戦は不慣れなんでちょっとうまく出来るか不安ですけど」

「そうか。でも、ま。大丈夫さ。今の俺はついてる。運がいい俺がいるんだ。絶対に負けやしないさ」

「そうですね」

 不敵な笑みを浮かべるキリにジェスタは笑いかける。そして、モビルスーツがたたずむブロックにたどり着
くと、そこで皆ワイヤーガンを使って自機に取り付く。そして、それぞれ最も近い同僚にハンドサインで挨拶
を送るとコックピットに引っ込んだ。

 ジェスタも同様にコックピットシートに座り、エアベルトで体を固定するとガンブラスターを起動させる。
デュアルセンサーが光を放ち、巨人は命が吹き込まれる。そして、十三機の巨人たちは一斉に動き出すとその
まま漆黒の宇宙に飛び出し、まっすぐに目指すべき宙域に向けて飛び去っていった。


  UC153 4月 27日 静止衛星軌道上 太陽電池衛星ハイランド

 ハイランド。幅4.8キロメートル。長さ11・2キロメートルという巨大な太陽発電パネルを複数展開し、その
合間に居住するための施設を設置した太陽発電衛星である。静止衛星軌道には、これと同じ規模の衛星がいく
つも存在しており、そのいくつかは月の生命線でもあるという、最も重要な施設のひとつである。

 現在、中立地帯であるそのハイランドに二隻の軍艦が駐留していた。ロンドンデリーから上がってきたクラ
ップ級改装艦、リーンホースとリガ・ミリティアのロビー活動の結果引っ張り出してきたアレキサンドリア級
大型戦艦、ガウンランドである。

 そして現在。そのガウンランドからリーンホースへの引越し作業がモビルスーツの手によって行われていた。
そこに、ハルシオン隊の十三機のモビルスーツが到着したのだが。

「なんだありゃ」

 その光景を見たジェスタは思わずそう口に出していた。今、ガウンランドからリーンホースへの引越し作業
を行っているのは、ガウンランドに乗っていたジャベリンである。連邦軍の正規兵のパイロットが操る機体は、
しかし。

「あれで正規兵なのか? あれじゃ俺の初陣のころのほうがよっぽどましじゃないか」

 動きの一つ一つがもたつき、機体の制御も甘いその様子を見てそうこぼすジェスタ。あれは、機体の制御プ
ログラム云々よりもパイロットの判断が悪い。パイロットとしての訓練を半年間受け、その後数ヶ月にわたっ
て実戦を経験してきたジェスタにとって、あんな操縦をするモビルスーツなど問題外だった。

「あれで実戦に出るってのか……?」

 苦笑いしながら、リーンホースのクルーが手旗信号で指示するとおりにジェスタをはじめとするハルシオン
隊のパイロットたちはリーンホースの甲板に。カタパルトデッキの上に機体を着地させる。その動きは全員滑
らかで、モビルスーツの扱いに手馴れていることを感じさせた。

 そしてみなモビルスーツから降りると、リーンホースの艦内に移動していった。


 UC153 4月 27日 静止衛星軌道上 太陽電池衛星ハイランド 巡洋艦リーンホース内

 リーンホースの艦内は、ガウンランドから引き上げた物資が大量に詰め込まれており、クルーの数も増えた
ことでごった返していた。そんな中を、ハルシオン隊のパイロットたちはこの艦のパイロットたち。地球から
上がってきたバグレ隊の生き残りやシュラク隊といったメンバーと顔合わせをするために艦内で一番広い、食
堂を目指していた。

「しかし、何やってんです? こんなごちゃごちゃして。まるで夜逃げじゃないか」

 夜逃げの経験があるジェスタがそう呟く。それに対して答えたのは、ジェスタの知らない声だった。

「まあ、夜逃げに近いといえば近いな。もっとも、するのは逃げることじゃなくて戦うことだがね」

 その声に目を向けると、眼鏡をかけた青年がいた。その青年に、ライアンが笑みを浮かべて声をかける。

「相変わらず元気そうじゃないか、優男」

「変な言い方をするなよ、マッチョマン。……よくきてくれた、ライアン」

「ああ。宇宙へようこそ、オリファー」

 言い合って握手する二人。どうやらこの二人は顔見知りのようだ。事情がよくわからないのはジェスタだけではないらしく、

「隊長、この人は?」

 と、尋ねたのはアンであった。それを聞いてライアンはハルシオン隊のメンバーに向き直り、

「ああ、この眼鏡の伊達男はオリファー・イノエ。ぱっとせん男だが、こう見えてもシュラク隊の隊長だ」

「余計なことを言ってくれるな、ライアン。ああ、そうだ。ついでにうちの連中に紹介しておこうか。こいつが」

「ハルシオン隊の隊長、ライアン・クルストだろ? 久しぶりだね、ライアン。奥さんとお嬢ちゃんは元気かい?」

 そう、オリファーの言葉に口を挟んできたのは、赤みがかった黒髪をした気風のよさそうな美女だった。彼
女は蓮っ葉な物言いをしながらライアンに手振りで挨拶をしつつ、ハルシオン隊のメンバーの顔をまるで値踏
みするように見回した。

「元気すぎるほどで少々困っている。……久しぶりだな、ジュンコ。ガンイージのテスト以来か?」

「そうなるね。……あたしはジュンコ・ジェンコ。シュラク隊のメンバーさ。ま、お手柔らかにね」

 言って、ジュンコは笑みを浮かべる。こんな時だが、ジェスタは美人は何をしても絵になるなあ、と場違い
な感想を持った。その時にジュンコと目が合う。一瞬、ぎょっとするが、彼女は意味ありげな笑みを浮かべると、

「ずいぶん若いパイロットだね? まあ、うちの秘蔵っ子には負けるけど」

「若いが、馬鹿には出来んぞ? 何せ、俺が育てたパイロットだ」

「そりゃあ楽しみだ。……ほら、坊や。こっちに来て挨拶しな」

「え? なんです? ジュンコさん」

 ジュンコは言葉とともに背後に顔を向け、そこにいた数人のうちの一人に声をかけた。そしてそのジュンコ
の声に答えながらこっちにやってきたパイロットスーツ姿の人物を見て、この場にいた全員が仰天した。

「ほら、ウッソ。この人たちが今回手伝ってくれるハルシオン隊の連中さ。パイロット同士の仁義だ。きっちりと挨拶しな」

「あ、はい。ウッソ・エヴィンと申します。若輩者ですが、よろしくお願いします」

 そういって頭を下げるのは、どう見ても子供だった。年齢にして、十代前半。おそらくは十二、三歳といっ
たところだろう。そんな少年がパイロットをしている、と知り全員が絶句する。その態度に少し戸惑っている
のか、ウッソは困ったような目をちらりとジュンコに向ける。

「何。この子の腕はあたしもオリファー隊長も保証するさ。ね、隊長?」

「ああ。ウッソはいいセンスを持っている。これまでも戦果を重ねているんだ。だから、安心してくれ」

 と、ジュンコに続いてオリファーもまた、ウッソに太鼓判を押した。それを聞き、大きくうなずいたライアンは、

「なるほど、この子が通信でいっていた隠し球だな。そして……」

 言って、ライアンはウッソに近づいていく。さすがに馬鹿でかい体躯のライアンが近づいてきたことで少し
驚いたのか、わずかに体を硬くするウッソに、ライアンは右手を差し出して、

「人質になっていたハイランドの子供たちを救出してくれたそうだな。礼を言わせてもらう。ありがとう」

「あ、はい。でも、たまたまなんです。運がよかっただけで。それに、人質になっていたみんなが協力してく
れたし、マーベットさんも、オデロたちも」

「いや。それでも君のような勇敢な同志を持ったことを、私は誇りに思う。今後も、がんばってくれ。だが、
無駄死にだけは、するなよ。な、ジュンコ」

「ま、そうだね」

 言って、ジュンコは苦笑いする。その笑顔を見て、ウッソがわずかに顔を翳らせた。その理由がわからずに
ジェスタは首を軽く傾げるが、誰もその辺には突っ込まなかった。

 そして、その後。食堂に集まったシュラク隊の他のパイロットや、連邦軍のパイロットたちと面あわせを行
い、今回のカイラスギリーの攻略戦の詳しい話を、シュラク隊の隊長であるオリファーと、リーンホースの艦
長であるゴメス大尉から行われた。

 それによると、マイクロウェーブで撹乱しつつミサイルランチャーを随行したモビルスーツで接近し、先制
攻撃を仕掛けた後、乱戦状態を作り出す。

 そして、その後後方からりーんホースがリモコンで操るガウンランドをビームシールドを全力で展開させて
前面に押し出し、楯にして侵攻。その後、モビルスーツ隊がうまく敵機を誘導し、道を開いてからリーンホー
ス、ガウンランドは砲門を開いて艦隊戦を仕掛けるのだ。それから最終的には敵の懐にもぐりこんでガウンラ
ンドを自爆させ、敵を巻き込んでみせる。

 仕上げにリーンホースを敵の旗艦に突っ込ませ、白兵戦で制圧する、というものだった。

 その詳細を聞き、ハルシオン隊のパイロットたちは皆、笑みを浮かべた。そして、手を打ち鳴らして楽しそ
うにする。かなりでたらめな戦法だが、それだけに爽快だ。それでカイラスギリーに一泡吹かせられるとなる
と実に楽しみだった。

 士気は高い。誰も気後れはしていないのを見て、ライアンやオリファーなどの指揮官たちはこの戦いが決し
て無謀な特攻にはならないことを確信し、口元に深い笑みを刻み込んだ。


 UC153 4月 27日 静止衛星軌道上 戦略衛星カイラスギリー

 カイラスギリーは今、ビッグキャノンの完成を間近に控えて少々浮き足立っている印象があった。

 とはいえ、目と鼻の先のハイランドに居座るリガ・ミリティアの艦艇。リーンホースとガウンランドを無視
しているわけではない。脅威とは言いがたい程度の戦力ではあるが、だからといって無視するほどタシロは楽
観的ではない。

 しかし、リーンホースとガウンランドが中立地帯であるハイランドに居座っている、というのが厄介であっ
た。あそこに居座られている限り、艦隊を派遣して、砲撃でしとめる、ということは出来ないのである。

 ゆえに、つい先日分遣艦隊をよこして敵を引きずり出そうとしたものの、思いのほかリガ・ミリティアのモ
ビルスーツ隊は優秀で、結果的には分遣艦隊は出戻るしかなかった。

 それを受けてタシロは決断した。カイラスギリーの一部艦隊を編成し、ハイランド近郊まで出陣。そこでモ
ビルスーツを中心とした兵力をもって数で押しつぶすという戦術、という決断を。

 今、カイラスギリーはビッグキャノンの組み立て、最終調整と並行してその派遣艦隊の編成のために忙殺されていた。

 そんな中、フィーナ、サフィー、ミューレは待機していた。彼女たちは今回、出撃の予定はないのだ。と、
言うより彼女たち三人はカイラスギリーでの任務を切り上げ、本国に帰還する命令を受領していたのである。
クロノクル大尉らが帰還するのにあわせてモビルスーツごと帰還せよ、と言われたため、今。彼女たちは自分
たちの持つちっぽけな荷物を鞄ひとつにまとめ終えたのであった。

「よーやくここにも慣れてきたのにねえ」

 ミューレがそういってむくれる。本国に帰ることが出来るのは、正直うれしい。やはり軍艦の中より、コロ
ニーの中のほうが落ち着くからだ。しかし、

「本国に帰還ってことは、やっぱりニュータイプ研究所にもどれってことでしょう? ちょっと憂鬱ね」

 自分の荷物をベッドにおいて軽くため息をつくサフィー。彼女たちは軍のパイロットであると同時にニュー
タイプ研究所の被検体だ。なので、本国に戻る、イコールニュータイプ研究所に戻る、ということでもある。
何より、自分たちがモビルスーツにのって実戦に出されているのも何かの研究、もしくは実験であることはう
すうす察してもいるのだから。

「そろそろゾロアットを移動させとく?」

「気が早くないかしら。今、モビルスーツデッキとかは忙しないでしょうし。邪魔にならない?」

「うーん。スペースあけるためにも移動させといたほうがいいんじゃないかって思うんだけどね」

 そういってフィーナはどことなく浮かない表情をしていた。その様子にサフィーとミューレは顔を見合わせ
る。その二人の様子をよそに、フィーナは何かを決断するとうなずき、部屋を出た。

「どうするのよ、フィーナ」

「ん。ちょっと準備をね」

「モビルスーツの?」

「そ」

 言って、フィーナは部屋を後にした。その様子を見た二人は一瞬唖然とするも、フィーナの後を追った。そ
れは彼女を止めるためではなく、むしろフィーナと同じようにモビルスーツの用意をするためであった。この
三人の中で、一番勘が鋭いのはフィーナ。そのフィーナがあのような様子になっているのなら、単なる気のせ
いではない可能性も高い。そう思ったからだ。

 そして三人娘はパイロットスーツに着替えるとモビルスーツデッキを訪れていた。派遣艦隊の編成と、先の
分遣艦隊の損傷機の修理などのためごった返しているモビルスーツデッキは、今は空気が充填されているため
あちこちから金属が打ち鳴らされたり、溶接したりする音が響き、油やすえた匂いなどが充満していた。

 そんな中、小さな荷物を持ってモビルスーツデッキを訪れた三人の少女に奇異な眼を向けるクルーの姿もあったが、

「どうしたんだ、嬢ちゃん。まだ船を移るには早いだろう?」

 と、そう声をかけられる。その問いにフィーナが愛想良く笑みを浮かべながら軽く手を振って、

「へへ。ちょっとね。久しぶりに帰るってなったら気が焦っちゃって」

「ああ。そうだな。嬢ちゃんみたいな子には、こんなとこより本国にいるほうがいい。……本国に帰っても、
がんばるんだぞ、嬢ちゃんたち」

「はい。がんばります」

 と、その整備員は笑みを浮かべて三人に手を振って、それから自分の仕事に戻っていった。それを見送ってから、

「ホント。みんないい人だよね」

「そうね」

 と、言い合う。それから三人はそれぞれのモビルスーツのコックピットに取り付くと、荷物をシートの後ろ
に押し込んでからシートに身を沈めた。そして、フィーナはにわかに厳しい顔をする。

「……この感覚。あのときの……?」

 そう呟いた直後だった。唐突に耳鳴りがしだす。そして、軽い頭痛。バイオ・コンピューターが彼女の脳に
過剰なマイクロウェーブを検知したことを伝える。その上でフィーナは頭を抑えて呻きつつも、コントロール
シリンダーのボタンを指で操作してコントロールパネルを呼び出し、状況を確認。脳に直接伝わってくるデー
タでは、数字などの詳細が分からないからである。サイドディスプレイに、現在の異常状況が表示された。

「何よ、この異常なマイクロウェーブは。っく、頭痛はそのせいってこと? この方角……ハイランド!? 
ということは」

 ゾロアットのセンサーが捕らえる異常から、ハイランドの方向から異常なマイクロウェーブが発振されてい
ることを確認したフィーナは、それがリガ・ミリティアのものであると判断。これが、敵襲の前触れだと確信した。

「リガ・ミリティア。せこい手を使う!」

 言いながらフィーナはモビルスーツを起動させるとともに、外部スピーカーをオンにする。

「敵襲です! ゾロアット、出撃します!デッキの空気を抜いてハッチ、開いてください!」

 そうフィーナが叫ぶと、モビルスーツデッキが騒然となった。皆、マイクロウェーブの照射を受けて腹痛な
り頭痛なりを感じ、苦しんでいるところで敵襲である。そんな馬鹿な、と思うものもいる中、多くのものはそ
の言葉に納得も感じていた。

 しかし、あらゆる兵器を使うのは所詮人である。その人にダメージを受けている今、カイラスギリー艦隊の
即応性は極端に減じていた。

 そして、それは一分一秒で状況が変化していく戦場という環境においては致命的なものとなりうるのだった。


                     *****


 リーンホースとガウンランドが、ハイランドがマイクロウェーブを放射すると同時に出陣し、それにあわせ
てモビルスーツ隊がカタパルトを使わずに出る。そして、先陣を切るモビルスーツの多くが大型のミサイルポ
ッドを随行し、マイクロウェーブで撹乱を受け身動きが取れないカイラスギリーに接近していく。

 そして、一機のモビルスーツが先陣を切って砲撃を行う。それを合図に全モビルスーツがミサイルポッドか
らミサイルを撃ちはなった。ミサイルは次々とカイラスギリー艦隊に肉薄し、あちこちで爆発の花を咲かせる。
モビルスーツが、艦艇が。直撃を受け、爆発していく。この先制攻撃で、十数機のモビルスーツが。二隻の艦
艇が、宇宙の藻屑となった。

「すごい……これなら!」

 その光景をガンブラスターのコックピットから見て興奮するジェスタ。初撃で相手にダメージを与えられた
のならば、これで相手はひるむはずだ。すでにマイクロウェーブのダメージからは立て直されているとはいえ、
一度乱れた足並みはそう簡単には戻らない。

 そして、リガ・ミリティアは知らなかったことだが、ハイランドのリガ・ミリティアの攻略のために編成さ
れた派遣艦隊が準備をしていたところにダメージを受けたこともあり、現場がめちゃくちゃに混乱し、命令系統
がずたずたになった。それを立て直し、さらに迎撃態勢を整えるのに時間を要してしまったのである。

 無論、敵機を発見した各モビルスーツが順次迎撃に向かうも、それはあくまでも組織立った動きではなく、
半ば反射に近いものである。ゆえに、士気が高く、統制のとれたリガ・ミリティアのモビルスーツ隊はそれら
を各個撃破し、艦艇に肉薄して攻撃を仕掛け、さらに混乱をあおる結果となった。

 迎撃に来たゾロアットのビームをかわし、側面に移動する、と見せかけてポジションをすぐに元に戻すと同
時に射撃する。それを受け、一機のゾロアットがまた宇宙の塵となる。それを見てジェスタは、

「これで三つ目! 次は!」

 そういい、周囲に目を向ける。と、その瞬間、ビームを乱射しながら突っ込んでくるゾロアットがいる。そ
れをジェスタは軽く舌打ちしながらビームシールドを開いて後退。ビームライフルを敵機に向け、射撃しよう
とした瞬間、そのゾロアットは上から降り注ぐビームの直撃を受けて爆砕した。

「だれです?」

『よ。ジェスタ。撃墜レコード、稼がせてもらったぜ』

「キリさんですか。ありがとうございます」

『何。麻雀でも貸しを返してもらうまで死んでもらうわけにはいかねーからな』

「そ、そうですね。ははは」

 キリのその言葉に、思わず引きつった笑みを浮かべるジェスタ。が、すぐに気持ちを切り替えて、

「もう少しここで粘って、後はリーンホースに道を明け渡せばいいんですよね」

『ああ。そういうことだ。よし、いくぞ』

「了解!」

 ジェスタはキリの言葉にそう答えると、スラスターを吹かせると機体を加速させ、戦火が交錯する戦場を
駆け抜けていった。


                     *****


 マイクロウェーブの撹乱を受けて初動はもたついたものの、けして無能ではないスクイードのクルーたちは
迅速にモビルスーツデッキを出撃可能な状態に持っていくことができた。そして、ハッチが開くと同時に、カ
タパルトを使わずに真っ先にフィーナ、サフィー、ミューレはスクイードを飛び出した。

 そして彼女たちはカイラスギリーに肉薄するミサイル群を目撃する。

「ミューレ!」

『まっかせて!』

 フィーナはミサイルの光を見ると同時に叫びながら、自身もゾロアットの照準を合わせ、ロックオンする。
そして、三機のモビルスーツが同時に火線を放った。そして、その先で次々とミサイルがビームに撃ちぬかれ、
爆発していく。

 特に、ミューレはすさまじかった。ビームライフル、バルカン、ビームキャノン。この三つの火器が次々と
ミサイルに吸い込まれ、撃墜していく。その命中精度はまさに神業のごとくだ。以前、センサー感度の外にい
るモビルスーツを狙撃したのはけしてまぐれではない。ミューレは抜群の狙撃のセンスを持っているのだ。

 しかし、それでもミサイルをすべて撃ち落せるわけではない。三人が撃ち落とすことが出来たのは、せいぜ
いがスクイード1,2.およびカイラスギリーに直撃するミサイル程度だった。

 彼女たちの目の前で着弾したミサイルが、艦艇を。モビルスーツに直撃し、爆発していく。それを見て歯を
食いしばるフィーナ。自分たちの仲間が、次々と命を落としていく。フィーナは鋭い目つきを眼前に向ける。

 先のほうにちらつくテール・ノズルの輝き。

「行くよ。二人とも。みんなの敵討ちだ」

『OK。やられた分はやり返さないとね』

『そうだよ。ここはガツンとやってやる!』

 フィーナの言葉にサフィーもミューレもそう答える。三人とも、猟犬の目になって敵機を捉える。そして同
時にスラスターを吹かせると、弾かれたように機体は発進していった。


                     *****


 濃紺のヘキサを駆るライアンは戦場全体の動きを見ながら機体を流し、敵機を確実にしとめていた。今現在、
彼の見る限り流れはリガ・ミリティアのものだ。敵は予想外の奇襲を受け、明らかに動きが鈍っている。とは
いえ、元々数で言えば圧倒的に敵のほうが上なのだ。気を抜くと、すぐに数で押しつぶされることになるだろ
う。それを防ぐためにも敵の出足を止めなければならない。

 ライアンの狙いは、敵の指揮系統だった。とはいえ、敵の頭であるスクイード周辺は守りが堅く、さすがに
近づくことは出来ない。なので、ライアンは敵艦を。特にモビルスーツの出撃がもたついている艦を狙った。

 その目にひとつの艦が映る。アマルテア級だ。カタパルトデッキから、モビルスーツが発進している。それ
を見て、ビームライフルを艦に向ける。そして、タイミングを合わせて撃つ。

 ライアン機から撃ちだされたビームはまっすぐと敵艦に伸び、そして、カタパルトを発進中だったゾロアッ
トに直撃。ゾロアットはその場で爆発し、それがアマルテアを巻き込んだ。さすがに轟沈はしないものの、
制御を失った艦は爆発しながら流されていく。

 それを尻目にライアンはすぐにその場を離脱。敵が回り中にいる中、立ち止まるのは即、死を意味する。そ
して、ライアンは離脱する中、あるモビルスーツを発見する。センサーが増設された、ゾロアット。

「指揮官機か。よし」

 呟くなり、その機体に仕掛ける。ライフルを撃ちつつ、機体を左右に振り、サーベルを用いた接近戦に持ち
込む。それを受けた指揮官機は、足並みが乱れていた自軍のモビルスーツに対し行っていた指揮を中断せざる
を得なくなった。

『ちぃ!』

 と、ビームサーベルが触れた瞬間に、敵のパイロットの声が接触回線で伝わってくる。それを聞いたライア
ンは口元を吊り上げ、

「悪いな。その首、いただいていくぞ」

『ほざけ、ゲリラごときが!』

 互いにそう悪態をついて赤と濃紺の機体は離れる。そして、銃撃と剣戟が行きかう戦闘を繰り広げた。


                     *****


 戦火の交わる戦場をかける三機のゾロアット。フィーナらは敵機を押し返しながらも敵陣に切り込んでいた。
ジャベリンや、もはや見慣れた感のあるリガ・ミリティアのモビルスーツ。数は少ないながらも、戦意は高く、
よく粘る。

 しかし、気になることがある。ちらり、とフィーナは目を離れたところにあるガウンランドとリーンホース
に目を向ける。ガウンランドがビームシールドを展開し、その陰にリーンホースが隠れる、という構図に見える。

「どういうつもり? 僚艦の陰に隠れて、臆病風にでも吹かれているの?」

 怪訝そうにそう呟くフィーナ。妙だ、と思った。モビルスーツで先制攻撃を仕掛けていながら、艦はシール
ドを張り、ただただ直進するのみ。普通ならば、モビルスーツ船に持ち込む以前に艦で先制攻撃を仕掛けるは
ず。おかしい。何かがおかしい。

 そう思って、敵艦を見る。ん? と、首を傾げるフィーナ。今、何かが見えた。そこに、

『あれ? なんか光ったね、今』

『ええ。何かのコードみたいだけど。有線通信かしら?』

 という、サフィーとミューレの言葉が聞こえてくる。それを聞いて、フィーナは気づいた。あのコードの意
味。突出するガウンランド。そして、リーンホース。

「そうか、こいつら。ガウンランドで特攻するつもりなんだ!」

『え? ああ。だからあのコードがあるのね? リーンホースからリモコンするために』

「そういうこと。なら、リーンホースを仕留めれば!」

 そう呟いて、フィーナは口元に笑みを浮かべる。そして、リーンホースを目指そうとした瞬間、後ろからビ
ームが来る。何機かのモビルスーツがこちらの動きに気づき、邪魔に入ったのだ。

「ええい、うるっさいわねえ!」

 そう叫びながら振り返ると、同時にリーンホースやガウンランドから対空砲火が火を噴いた。狙いは甘いな
がらも、弾幕を張られ、モビルスーツに追われていてはさすがにきつい。

「いいじゃない。まずはあんたたちから片付けたげるよ!」

 そう叫ぶと、フィーナは反転。他の二人とともに、自らを追ってきた敵機に反撃を開始した。


                     *****


 順調に敵をかき乱していたリガ・ミリティアのモビルスーツ隊は今ひとつ精彩のかけるカイラスギリーの守
備隊を半ば圧倒していたといってもよかった。先鋒を務めた連邦のジャベリン隊は甚大な被害を受けたものの、
それに続いたシュラク隊、およびハルシオン隊は順調に敵機を落としていた。

 ジェスタもまた、混戦状態になる戦場を、キリとともに駆け抜けて順調に戦果を挙げていた。が、そのとき。
頭の中に何かイメージが走った。鋭い敵意が槍の穂先のように突き抜けていくイメージ。

 それを感じたジェスタは機体を反転。後退を始める。それを見たキリが

『おい、どうしたジェスタ。補給に戻るのか?』

「いえ。そうではありません! 敵が!」

『敵が、どうした?』

「いた! まずい、リーンホースを狙っている!」

『何だとお!?』

 ジェスタの言葉にキリがそう叫ぶ。そして、一気に加速していくジェスタ機の後を追い、キリも機体を後退
させる。それを見た友軍機が何機か、続いてきた。そして、先頭に立つジェスタのガンブラスターがビームラ
イフルを乱射する。と、その先でテールノズルの輝きが見えた。敵影だ。

「あのやろう、いい勘してやがるぜ」

 ポツリ、とつぶやくキリ。そして、二隻の艦艇からも対空砲火が火を噴いた。それを前にして、三機のゾロ
アットが散っていく。それを逃がすまいと追うジェスタやキリと、それに続いてきたリガ・ミリティアのモビルスーツ。

 ジェスタとキリが分断された三機のうち、一機に狙いをつけて接近していく。ビームを撃ち、逃げ惑う敵。
それを見て、キリは口元に笑みを浮かべ、機体を突っ込ませた。そして、目の前でビームをぎりぎりでよけ
た敵機は勢いあまったのか、スピンした。それを見てキリは

「よっしゃ、もらった!」

 叫んでサーベルを抜き、敵機のコックピットを狙った。が、その直後。ゾロアットの背中のビームキャノン
がまるで狙い済ましていたように火を噴いた。そして、それはキリの機体の胴体を貫通。その場に爆発の花を
咲かせた。

 その光景を見たジェスタは、一瞬思考がストップした。目の前で。知り合いの機体が。親しくしていたキリ
の機体が。ビームに貫かれ、直後。爆砕。頭の中に、何かがはじけるイメージがよぎる。あれは、命が砕ける
イメージだ。

「キリさん!? キリさん! へ、返事を。返事をしてください! キリさん!」

 無駄だというのは、理性では理解していた。目の前で胴体をビームで貫かれ、爆発したのだ。間違いなく、
キリは死んだ。だが、感情が納得しない。そんなジェスタが感傷に浸る暇など、戦場には存在しない。

 キリを撃墜したゾロアットは、瞬時に機体を反転させると、猛然とジェスタに襲い掛かってきた。それに反
射的にジェスタはビームシールドを開いて後退する。そして、ビームを撃って攻めてくる敵機に目を向けると、

「おまえか」

 低い声で呟く。その目は鋭く、目の奥に暗い炎がちらつく。ジェスタの顔が、憤怒と憎悪に歪む。それは普
段のジェスタからは考えられないほどの、凶相だった。

「お前がやったのかああああ!」

 絶叫と同時にジェスタは機体を猛然と発進させた。シールドを開きながら突進するガンブラスター。その気
迫は修羅の如し。それを受けて、まるでひるんだようにゾロアットは後退した。逃がさない、とばかりにガン
ブラスターはさらに攻める。苛烈なドッグファイトが、戦場の片隅で幕を開いた。


                     *****


 追いすがる二機のモビルスーツ。カラーリングも、機体の形式も見慣れたものだ。リガ・ミリティアのハン
ター部隊のものだろう。

 リーンホースに到着したモビルスーツの火線と、対空砲火から退避する際にサフィーとミューレとはぐれて
しまった。ついてない、とフィーナは思いつつも、あの二人が落とされることはないだろう、とも思っていた
し、自分も死なない、と思っていた。適当に粘って、二人が追いつくのをまとう。そんなことを思いながら、
フィーナはゾロアットに退避行動をとらせる。

「しっかし、しつっこい!」

 追いすがる二機のモビルスーツを見ながらそう思う。そして、同時に感じた。今、敵は興奮状態にあるよう
だ。おそらく、優位な状態で戦闘を繰り広げてきた結果、油断もあることだろう。にやり、とフィーナは口元
に笑みを浮かべる。

 相手はどうも、自分を浮き足立った兵だとでも思っているようだ。いつも自分を相手にしているハンター部
隊の機体の、あの冷静さと慎重さは見られない。勝ち戦で気が抜けているのだ。ならば。

「うまくひっかかってよ?」

 呟いて、敵の射撃を読む。そして、うまい具合に至近を過ぎ去るビームがあった。それに合わせてアポジモ
ーターのバランスを崩させる。これなら、至近弾のせいでアポジモーターが損傷し、バランサーの調整が間に
合わなくてスピンしたように見えるだろう。

 そして、敵機のうちの一機がこちらに向けて加速してきた。引っかかった。そう確信したフィーナは、機体
は回転さしたまま背中のビームキャノンの照準のタイミングを合わせて、トリガーを引く。

 油断して動きが直線的になった敵機はそれをよけられない。直撃を受けて、爆発した。それを見てふふん、
と鼻を鳴らすフィーナは即座に機体を立て直すと、僚機がやられ、動きが止まったガンブラスターに狙いを定める。

「さびしくないように、お仲間のところに逝きなよ!」

 そういいながらビームライフルやキャノンを撃つが、それはシールドに防がれる。ち、と舌打ちしたその直
後。フィーナは心の芯から震えが来るほどの寒気を感じた。反射的に機体を後退させる。すると、ガンブラス
ターが反撃をしてきた。その動きは、冷静さを欠いているように見える。が、フィーナはその姿に恐怖を感じ
た。その機体のパイロット。その生の感情が、彼女を貫いたのだ。

「な、何、こいつ!?」

 呟きながらも、フィーナは確信していた。この機体のパイロット。これは、以前撃墜しながらも脱出したあ
のパイロットだ、と。


                     *****


「おおおおおお!」

 絶叫しながら果敢に攻めるジェスタ。ガンブラスターはまるでジェスタの気迫が乗り移ったかのように、機
敏な動きと鋭い攻めを見せる。

 しかし、対するフィーナのゾロアットもまた、巧みにその攻めをしのぐ。時に浮遊する残骸を楯にしてガン
ブラスターの攻撃を防ぎ、その影から攻撃を仕掛けたり。

 その結果、はじめは勢いに任せて優位に戦闘を進めていたジェスタだが、うまく機体を繰ってジェスタを翻
弄するうちに、フィーナは落ち着きを取り戻してしまい、今度は逆にジェスタが追い詰められ始めた。戦闘経
験の差か、それとも腕の差か。一度流れが変わってしまうと、ジェスタとしては相手のほうが上手であること
を思い知らされることになった。

「くそ、こいつ。手ごわい!」

 呻きながら、この敵機があの例の三機だとすでにジェスタは確信していた。うかつだった。カイラスギリー
を攻めるのならば、こいつらが出てくるのも当然なのだ。それを忘れて、いつの間にか敵を侮っていた。単独
で、自分たちを圧倒することの出来る敵がいたというのに。

 自分がこれまで戦ってきた記憶。そして、部隊が重ねてきた記録から、この敵がいかに強力か、というのは
すでにわかっている。何しろ、この三機を相手にするために二チームで出張っても、結局一機も落とすことが
出来ず、逃げられてしまったりもしているのだ。

 間違いない。このパイロットは、自分より強い。

 ジェスタはそう認めた。それによって、頭に上っていた血が下がる。どうする? と自問するジェスタ。自
問しながらも敵を追い、ライフルを撃つ。が、それは残骸にさえぎられて敵には届かない。

「なんてゴミが多いんだよ!」

 忌々しげにはき捨てるジェスタ。そういいたくなるほどに、ここはデブリが多かった。射撃では相手を捕ら
えきれない。だが、それは相手にとっても同じこと。二機の機体はそれぞれデブリの合間を縫いながら飛びま
わり、撃ちあいを続けるが決め手にならない。

 ならば、とばかりにフィーナのゾロアットは接近戦を狙うも、ジェスタのガンブラスターは相手のほうが技
量が上なのは承知の上なので、時に小型のゴミを蹴り飛ばしたり、周囲のゴミにライフルを撃ちこみ、砕くこ
とでゾロアットの接近を拒んでいた。しかし、それでも根本的な腕の差は覆しがたく、徐々に追い詰められ始める。

(くそ! どうすればいい。今ここには俺しかいないんだぞ!)

 心の底でそう自問するジェスタ。すでにここは主戦場から離れている。誰の援護も期待できないのだ。ごみ
の中、的確な射撃でこちらを追い詰めてくる敵機の姿に焦燥を隠しきれないジェスタは、機体を旋回させ、ラ
イフルを撃って牽制しつつ、大型のジャンクの陰に身を飛び込ませた。そして、

「あれは……コロニーの残骸なのか」

 目に付いたのは、コロニーの残骸と、それを中心に固まるゴミの集合体。それを見て、ジェスタは一瞬だけ
考え込み、即座に決断した。

「一発限りの奇策だが、やらないよりはましかもな」

 そう呟くと同時にジェスタは機体をそのゴミのほうに向ける。背後から追ってくる敵機に注意を割きつつも、
機体のセンサーを総動員させてそのゴミの内部をスキャンする。思っていたよりもこのゴミは密度が高いよう
だが。

「かえって好都合だ」

 言葉とともに、ガンブラスターはそのゴミの中に突撃。そのガンブラスターの姿を見たゾロアットのフィー
ナは眉をひそめて

「誘ってる? けど、あんな中に入ると接近戦しか出来ないはずだけど」

 あるいは奇襲か。こちらがゴミに入るタイミングを見計らっての狙撃。ありえることだ。が、それなら問題
はない。それくらいなら、読める。それを考え、フィーナは口元に笑みを浮かべた。

「いいじゃない。覚悟を決めたっていうんなら、乗ってあげるわよ。それで、止めを刺したげる!」

 叫び、フィーナは機体をゴミの中に突入させると同時に背中のビームキャノンを撃ちはなってガンブラスタ
ーがいるであろう場所を狙い撃つ。しかし、手ごたえがない。が、あくまでもこれは牽制だ。フィーナは敵の
奇襲に備えてライフルを左手に、サーベルを右手に装備させる。左肩のシールドをあわせて、これなら大概の
攻撃に即応可能だ。

 そしてそのままゴミの奥に向かうと、唐突にガンブラスターが真正面に姿を現した。左腕にビームシールド
を展開し、それを前方に突き出して、右手にサーベルを持って、突撃してきた。

「いい度胸じゃない!」

 そう叫んでフィーナはライフルで牽制しつつ、ビームサーベルを構える。シールドの発生器をサーベルで貫
いて、そのまま敵機を串刺しにするつもりなのだ。しかし、フィーナの目の前で。ガンブラスターはいきなり
逆噴射をして急制動。その意図が理解できなかったが、その次の瞬間、

 何かが飛んできた。一瞬それが何か理解できなかったが、すぐに状況を把握。

「バックパックを捨てたの!?」

 フィーナはそれが、ガンブラスターが背中につけている追加バックパック「ツインテール」であることを見
抜いた。そして、それを撃ち抜こうとして躊躇。この至近距離でバックパックを爆発させればその爆発に巻き
込まれる。だが、ここでは退避行動をとるだけの広さはない。だから、フィーナはそれを殴り飛ばそうとした。
しかし、ジェスタはまさにこのタイミングを待っていたのだ。

「いっけええええ!」

 叫びながら、バックパックに突撃させると同時に、バルカンを撃ちまくる。それがバックパックの後方から
直撃し、いくつもの穴をうがち、直後に燃焼中の推進剤が内部に飛び火させる。そして、バックパックはまさ
に殴り飛ばそうとしたゾロアットを巻き込む形で爆発した。

 よし、と快哉をあげる暇もなく、ジェスタは腰のハードポイントに接続したビームライフルを抜き、撃ちま
くるも、同時にうなりをあげて飛んできたビームサーベルを避けることが出来ず、左腕を切り裂かれる。フィ
ーナが爆発に直面すると同時に右腕にもたせていたサーベルを投げたのだ。

「なんと!」

 ライフルを失ったことで舌打ちしたジェスタは、爆炎の先、姿を見せたぼろぼろのゾロアットに向けて、サ
ーベル片手に突撃した。その突撃を目の当たりにしたフィーナは忌々しげに迫るガンブラスター。いや、もは
やガンイージを睨みつけると、

「なめるなぁー!」

 叫びながらゾロアットを前進させる。と、同時に生き残っていたビームストリングスを放った。この暗礁空
域では効果的な武器とは言いがたいそれは、だが牽制くらいにはなる。一度サーベルでそれを切り払ったガン
イージにフィーナはゾロアットを突っ込ませて思い切り殴りつけた。ガンイージの頭部がそれで吹き飛ぶ。

「きさまぁ!」

 叫んだジェスタが振るったサーベルがゾロアットの右腕を切り裂いて、脚部に傷をつけた。小爆発を起こす
ゾロアット。が、フィーナはなおも反撃。至近距離で胸部バルカンをぶっ放した。それが、ガンイージの脚部
を穿った。それと同時に身をかがませ、背中のビームキャノンを撃つ。

 ビームキャノンはガンイージの左肩を掠め、そして。そこにあった2連マルチランチャーのコンテナを撃ち
ぬいた。まだそこに残っていたランチャーが暴発。ガンイージはそれで身を沈める。しかし、ジェスタは叫び
ながらコントロールスティックを操った。それに答え、ガンイージは前方のアポジモーターを全力で吹かせる。
それは炎の奔流となり、先のバックパックの爆発で焼けたゾロアットの機体をさらにあぶった。

 爆発の勢いとアポジモーターの恣意的な暴走で流されていくガンイージと、アポジモーターの炎を浴び、装
甲を焼けただらせたゾロアットも、機体表面でスパークを起こしながら逆方向に流されていった。

「うそ。機体が動かないじゃない」

 ぼろぼろになったゾロアットは、いくらコントロールシリンダーを動かそうともまったく反応しない。仕方
がないのでサイドパネルを操作するも、こちらもまた反応がなかった。それでフィーナは顔をゆがめて決断し
た。この機体はもうだめだ。ここで廃棄するしかない。

「愛着、あったんだけどね」

 呟きながら、フィーナはシートの後ろに突っ込んでいた荷物を引っ張り出し、パイロットスーツの腰にエア
ガンを(宇宙空間で圧縮空気を噴出して行動するための必需品)。ワイヤーガンを手に機体を出ようとして、

「ああっといけないいけない。これを忘れちゃだめだよね」

 そういって、サイドパネルをいじる。そしてパネルの下側にあるスリットから、何枚かのディスクが出てく
る。戦闘記録と、後。彼女は知らないが、ゾロアットに取り付けられているサイコミュの記録ディスクだった。
「何があってもこれらは持ち帰るように」そう厳命されているのだ。だから、忘れないようにもっていく。フ
ィーナは少し考えてから、そのディスクをかばんに入れず、ノーマルスーツのベルトについているサイドポケ
ットにそれを入れた。これならなくすことはあるまい。

 そして忘れ物がないことを確認してから、フィーナはゾロアットを出た。機体から出たところで別れを惜し
むように振り向いて、思いのほかゾロアットがぼろぼろであることに気づく。あちこちに火花が散っており、
かなりまずい状態であることがわかった。

「さよなら、ゾロアット。ごめんね、そんな姿にしちゃって」

 そういって愛機に別れを告げたフィーナは、とりあえず手近なゴミを蹴って移動を開始した。

「うまく見つけてよ、サフィー、ミューレ」

 そうこぼしながら移動していたフィーナだったが、あるゴミの塊を迂回していたときだった。突然、デブリ
の塊。ここのゴミの集合体が、とんでもない揺れに襲われたのだ。そして、ゴミの塊がいきなり動き出す。そ
れを、フィーナはよけ切れなかった。

「きゃああ!」

 悲鳴を上げたフィーナはそのままゴミにぶつけられて吹っ飛ばされ、背中から大きなジャンクにぶつかり、
その衝撃でそのまま意識を失った。