UC153 5月 13日 月面 月面都市フォン・ブラウン近郊領域

 フォン・ブラウンから離れたところにある渓谷内に停泊していたハルシオン隊が保有する二隻の艦艇、エア
とレオノラの艦内は現在。接近しつつあるベスパの偵察機を迎撃するために発進準備に追われていた。

 その空気は、どちらかと言うと余裕に包まれているといっていいだろう。何しろ、偵察隊の機数はわずかに
三機。それが月面の上空を旋回した後、高度を下げたのである。こちらを発見したかどうかは不明であったが、
どちらにせよ相手は三機で、こちらは元々のハルシオン隊のパイロットが、現在六人。それが全員ヘキサに乗
っており、さらにサイド2連合艦隊から移籍してきたパイロットが十三人。彼らもまた、ガンブラスターを受
領し、ジャベリンとはまったく違うその操作性、パワー、機動力と運動性能に驚き、「これなら勝てる」と感激
さえしていた。故に、総じて士気は高く、隊長のライアン自体。三機の偵察機を迎え撃つ今回の戦闘は、ほと
んどこちらのワンサイドで終わるだろう、と言う認識を持っていた。

 とはいえ、艦に敵を近づけるわけにも行かないので、離れたところで迎撃する必要と、艦の防御のために部
隊を残しておく必要がある。

 それでライアンは便宜上、第一ハルシオン隊と第二ハルシオン隊に分け、第一ハルシオン隊の指揮をライア
ンが。第二ハルシオン隊の指揮をアンにとらせることにした。その上で、とりあえずはアンの部隊に演習をか
ねさせて、迎撃に出させることにしたのである。

 エアのモビルスーツデッキからライアンは自分のヘキサに乗って、第二ハルシオン隊の出撃光景を観察して
いた。アンのヘキサを先頭に、二機のヘキサを随行させ、後は七機のガンブラスターを引き連れての出撃は、
この短い時間で繰り返したシミュレーションの甲斐もあってかなり形になっていたし、月面でのモビルスーツ
の使い方もさまになっていた。

 その光景を見てライアンは口元に笑みを浮かべる。多数の戦死者が出て、ずいぶんと閑散となった部隊では
あったが、その後有志の加盟で以前より戦力は増強された。これでかなり楽になった、と胸をなでおろしたの
である。

 だが、それが早計であったことを、この直後。ライアンは思い知らされることになる。


                     *****


 上空から月の大地を旋回して眼下の光景を観察し、その上でいくつかの渓谷をピックアップする。それで、
大体敵艦が隠れていそうなポイントをいくつかに絞ることが出来た。そのことをフィーナはサフィーとミューレに伝えたうえで、

「それで、どうする? 偵察だけだったら、もうちょっと近づいて敵の姿を確認したらさっさと逃げ出すのがセオリーだけど」

『フィーナはそれだけじゃ納得しないんでしょ?』

 と、笑いを含んだ声が聞こえてくる。サフィーだ。どうやら彼女にはお見通しらしい。フィーナは苦笑しながら、

「そうだね。あたしとしては、このまま逃げ帰るのもね。行きがけの駄賃代わりに何機か落としておきたいところだよ」

『ボクも同感。そのために、このランチャーだって持ってきたわけだし』

 フィーナの言葉に、ミューレがそういって、自分のリグシャッコーの脚部のハードポイントに接続してある
大型ビームランチャーを示した。整備員がこれを見て呆れ顔をしていた、いわくありの代物である。出力が大
きく、命中精度に難がある近〜中距離用の対艦用ビームランチャーだ。

「じゃ、決定、と。それじゃあたしは一度探ってみるよ。サイコミュのテストにもなるから、ちょうどいいかな」

 それを確認して、フィーナは頷く。そして目を半眼にして、意識を集中させる。するとフィーナのリグシャ
ッコーに内蔵されたサイコミュがより強く作用を始める。それは、彼女の認識力を拡大し、広い範囲内におけ
る人の意思を把握させた。

 それによって、フィーナは渓谷の中に人の意思が集まるポイントを把握する。どうやらその密度からすると
船があるようだ。ビンゴ。そう思い、フィーナはサイドディスプレイと叩いてそこに表示されている地図上に
それをマーク。その上で、敵の意思の流れが変化したことに気づく。そこで、フィーナは目を開いた。

「ふうん。敵は二手に分かれたって感じだね? この感じからすると、動き出したほうはやる気満々ってところか」

 フィーナはそう言って薄く笑みを浮かべる。その笑顔は、少女のものではない。戦いに慣れた、パイロット
のものだ。それも、冷酷な狩人の。それに、サフィーもミューレも同感、と言うふうに笑みを浮かべる。

『たぶん、こっちの数からしてなめているでしょうね、敵は。どうするの、フィーナ。まさか真正面からぶつ
かる気はないでしょう?』

「それも面白そうだけどね。せっかくミューレが小道具を持っているんだし、アインラッドも試したいもん。
いろいろとやってみるよ。敵の進路と地形からして……この辺で迎え撃つよ。いいね?」

『了解』

『ラジャー』

 フィーナは地図の一部に印をつけてそれを二人の機体に送信。それと同時に三人は機体を降下させる。その
際、何も言わずにミューレの機体が離脱を開始。それによって、二機と一機に分かれた。ミューレを見送る二
人は、何も言わない。激励の言葉さえも、だ。なぜなら、そんな必要がないからだ。三人はそれぞれ、自分た
ちのことを信頼しあっているのだから。

 そして、三人の狩人たちは自分たちを狩りに出てきた猟犬を逆に狩るべく、それぞれに動く。


                     *****


 アンをはじめとする第二ハルシオン隊の機体は、月の地表に沿ってできる限りジャンプすることなく移動を
続ける。地球上でもそうだが、モビルスーツは戦闘中にも移動中にもあまりジャンプはしないほうがいい。
その理由はいたって簡単で、敵に見つかりやすくなる上に的になりやすいからだ。

 そうしたことをきちんと言い聞かせただけあって、今彼女が指揮するパイロットたちはその教えを忠実に守
り、低空をうまく滑空する形でついてくる。そうしながら、アンはコンソールを操作して周辺の地図を呼び出
した。渓谷があるところだけあって、周囲には高低差が目立つ。それにまぎれて敵に奇襲できればいいが、と
考えるアン。
 
 彼女は気を抜いてはいなかった。彼女は身をもって、敵の恐ろしさを知っている。これまで戦ってきて。思
いも寄らないほどの強敵、と言うものと何度も遭遇しているからだ。今戦おうとしている相手が、そう言った
怪物ではない保証はない。だからこそ、彼女は気を抜きはしなかった。

「敵も降下したか。エアを探している、と言うこと?」

 先ほど遠くに見えた、敵が降下する光景を思い出しながらそう呟く。だとすれば、目指すのはエアとレオノ
ラが停泊している渓谷の周辺のはず。このあたりで、一番船が隠れていそうなところと言えば、そこなのだか
ら。そこから考えて、敵の降下ポイントとそこを線で結び、予想される進路を迎撃地点に定める。

「いいね。気を抜くんじゃないわよ。敵は三機でも、気をぬいたら落とされることもある。何より、必死にな
った敵は怖いよ」

 そう僚機に通信を入れると、一様に「了解」と言う返事がくるも、今ひとつわかっているのかは微妙だな、
と思った。そしてそれぞれの機体を予想される戦闘空域に侵入させる。

「障害物が多いな。これでは敵を見つけづらい」

 ぼそりと呟く。なんとなく、胸騒ぎがしたのだ。そして、その次の瞬間だった。視界の端を、赤い光が掠め
た。そして、気がつくと。後続のガンブラスターの一機が、横合いから撃ち込まれたメガ粒子砲の直撃を受け
て胸部を撃ちぬかれていた。

「なんだ!?」

 そう叫び、振り返る。その瞬間、撃ち抜かれた機体の胴体から脱出ポッドが飛び出し、機体は爆発した。そ
の脱出ポッドに目からはすぐに目を放し、

「今の一撃! どこから来た!」

『右のほうです! ですが、そちらのほうには何も!』

「なに!?」

 随伴する機体からの通信を受け、アンは射撃ポイントに目を向け、同時にセンサーを最大限に機能させた。
が、そちらの方角に、モビルスーツらしい反応はなかった。切り立った岩山があちらこちらにあるだけで、熱
源は観測されない。こちらを狙い撃てるポイントなど、限られてくるはずなのに、だ。そのことに、アンは寒
気を感じた。いったい、敵はどこから撃ってきたのか、と。


                     *****


 ちょうどそのころ。狙撃を受けた第二ハルシオン隊から遠くはなれ、直線距離にして50kmはあろうかという
位置に、アインラッドに片足をかけたモビルスーツの姿があった。誰あろう、ミューレのリグシャッコーであ
る。

 通常、ミノフスキー粒子散布下のこの距離ではセンサーの有効範囲ですらない。なので、これだけの距離で
は宇宙空間といえどもモビルスーツは愚か、艦船に命中させることさえ至難の業であろう。しかも、ここは月
面だ。地球上に比べると微弱ながらも重力があり、何よりもたくさんの岩山などの障害物がある。それなのに、
遠くの針に糸を通すような神業的な狙撃を、この少女はやってのけたのである。それをやってのけるのは、ミ
ューレの狙撃のセンスもそうだが、現在はそれ以上に彼女の乗るリグシャッコーに装備されたサイコミュがさ
らにミューレの精神を研ぎ澄ませ、ゾロアットに乗っていたころよりも精度の高い狙撃を可能としていた。

 リグシャッコーは大型のビームキャノンを両手で構え、はるかかなたの敵のほうに目を向けていた。そのコ
ックピットの中で、

「さって、まずは一機。フィーナ、サフィー。しっかりやんないと、ボクだけで全部叩き落しちゃうぞ?」

 そう言って笑みを浮かべながら、彼女は機体を動かした。狙撃の基本は、一射するごとに移動すること。そ
の基本を、彼女も守るのである。まあ、徐々に敵との間の距離を詰める、という目的もあるのだが。その最中
で、アインラッドに乗って移動しながら、と言う不安定な姿勢でありながらも続いてミューレは狙撃を行う。
それは、向こうで戦闘に突入したフィーナとサフィーへの援護。

 移動と狙撃を続けながら戦闘空域に近づきつつあるミューレは、勝利を確信していた。


                     *****


 突然の射撃。それを行った機体を探そうとしたアンだったが、そのセンサーはそれとは別の反応を捕らえた。
上からだ。二機の機体が、唐突に姿を現したのだ。

「こいつら! 隠れていたか!」

 すぐにそう見抜く。この近くに隠れていた機体が、別の機体の射撃を合図に接近戦を仕掛けてきた。そうア
ンは見て取り、敵の姿をモニターに捉えた。そして、

「タイヤだと!?」

 一瞬、彼女は自分が見ているのが現実ではない、と思ってしまった。そして、それは彼女だけではなく、他
のパイロットたちも同感だった。が、それでも呆然とするほどでもなく、全機何もいわれずともシールドを展
開しながら散って、敵に対応する。


 しかし、その敵機。フィーナとサフィーはアインラッドを駆りながら、右往左往する敵の姿を見下ろして、

「やっぱ動揺してるね、こんなの見ちゃってさ」

『仕方がないわ。心の準備なしでタイヤが襲ってきたら、普通は驚くと思う』

 などといいながらビームライフルを撃つ。それを敵は防ぎながらも、応戦してきた。その攻撃を巧みな操縦
でかわしながら、周囲の地形を利用して、時には走り、時には跳ねて相手を翻弄。それに、アンたちはまとも
に対応すら出来なかった。初めて戦う、アインラッド装備型のモビルスーツ。それは、実に巧みにアインラッ
ドを使ったのだ。

 あるガンブラスターは、正面から突っ込んでくるアインラッドを見てシールドを展開しつつ、ライフルを撃
ったが、そのライフルが簡単に弾かれるのを見て舌打ちし、サーベルを抜いて切りかかった。とたん、相手の
機体。フィーナのリグシャッコーはアインラッドから飛び降りると、それをワイヤーガンでリグシャッコーと
つなぎつつ、ライフルを撃ち、牽制。一瞬リグシャッコーに気を取られた瞬間、ワイヤーを使っての遠隔操作
でアインラッドの体当たりを仕掛けられ、弾き飛ばされた直後。ライフルで撃ちぬかれて撃墜された。

 さらに、そのフィーナ機を狙ったヘキサが、遠距離からのミューレの狙撃を受けて、ブーツが吹き飛ばされ
る。そちらに意識を向けた瞬間、今度はフィーナ機がアインラッドのミサイルを撃たせ、それを食らって吹き
飛ばされた直後、背後からサフィー機のライフルを受けて撃破される。

 まさに、圧倒的だった。ただし、三機の敵に圧倒される、と言う形で。遠距離からの狙撃は巧みで、二機の
機体がそちらに意識を集中させ、発生した隙を逃すことなく確実に狙い撃ってくる。はじめの一撃で一機。そ
の後も時に鼻先に打ち込んで挙動を乱れさせてその瞬間にフィーナ機の狙撃を受けて撃墜、などという形で、
次々とその牙にかかっていく。

「こ、こいつら、間違いない! あいつらだ!」

 アンは今相手をしている二機。そして、遠くから移動しながら確実な狙撃をしてくる敵機をい言う組み合わ
せから、カイラスギリー周辺領域で散々自分たちを悩ませたあの敵だと確信した。この異様なまでのコンビネ
ーションと勘のよさ。個々の技量の高さは、間違いない。忘れかけていた悪夢を目の前にして、アンは叫んだ。

「くそ! 一度退くぞ! 状況が不利だ! こいつらはあの敵だ!」

 とっさに叫ぶアン。だが、その言葉を理解できたのは古参のハルシオン隊の隊員のみ。が、現状を見て、ア
ンの緊迫した声色を聞き、それで相手が只者でないことを理解できないほど他の隊員たちも馬鹿ではなかった。
分断されていた機体が一斉に集合し、飛び回る二機のアインラッドにビームライフルを連射してそのまま後方
に下がり始める。

 しかし、そんな動きをやすやすと動き出すフィーナらではなかった。生き残った敵に対し、うまく連携をと
りながら攻撃を仕掛け、その動きを分断させる。そして、はなれた瞬間に、はるか遠方からの狙い済ました狙
撃が襲い掛かる。それによって、また一機のガンブラスターが月の大地に散った。

「くそ! これじゃジリ貧だ!」

 歯噛みしながらアンは叫ぶ。こちらの機体は、もはやすでに半減している。たった三機の敵を相手に。十機
の機体が、一方的にやられているのだ。これはもはや、悪夢と言えた。

「せめてあのタイヤがなければ!」

 あのタイヤ。アインラッドが非常に厄介だ。ライフルはきかないし、接近戦を仕掛けようとすれば体当たり
を仕掛ける。おまけに敵機はその特性をよく知っており、実に巧みに扱う。楯としても、武器としても。ある
いは分離しての連携武器としても、だ。

 このままだと全滅する。そんな考えが、アンの脳裏をよぎる。それは冗談ではないが、冗談になりそうにな
い。それほどまでに、目の前の敵は強すぎた。

「ふざっけるなあ!」

 叫び、アンはヘキサを加速させた。ライフルを腰のハードポイントに。ヘキサの両腕にサーベルを握らせて。

「タイヤが調子に乗ってんじゃない!」

 叫んで切りつける。それを、リグシャッコーはタイヤで受け止めず、引き抜いたサーベルで受けた。それと
同時に蹴り上げ、さらにタイヤが襲い掛かる。それをサーベルで何とか受け止めるも、吹き飛ばされてしまっ
た。そこに、リグシャッコーの頭部のビームストリングスが撃ちだされる。

 脚部をビームストリングスにからめとられた。まずい。そう思った瞬間、アンは機体をブレイクアウトさせ
た。ボトムリムを排除し、身軽になって逃げるヘキサ。その直後、ボトムリムは狙撃を受けて砕け散った。

「こいつら……!」

 信じられない。本当にそう思った。今の連携。間違いなく狙っていた。いまだセンサーの範囲外にいるもう
一機が、格闘戦をしている最中に、動きを止めたヘキサを狙い撃ったのだ。

 どんな手品を使っているんだ! とアンは叫びたくなった。ミノフスキー粒子下でこのような芸当は不可能
である。たとえこちらを覗き見て狙撃をしたとしても、味方の動きにあわせての狙撃など。トップファイター
のコックピット内でアンは背筋を凍らせた。

 離脱したトップファイターを見て、フィーナは悔しそうに舌打ちをした。

「ああ、もう。ビクトリーってなんかせこい機体よね! 何でばらけるのよ、もう!」

 いいながら、アインラッドを跳ねさせる。はなれたところにいるサフィー機は二機のガンブラスターを相手
にしている。そして、フィーナのほうには一度離脱したトップファイターが旋回し、他の生き残りの機体。ガ
ンブラスター一機ともう一機のヘキサとつるんで襲ってくる。その動きは、はじめの混乱から立ち直りつつあ
ることを感じさせた。が。

「けどね、こっちもそろそろミューレが合流するんだよ?」

 そうほくそえむフィーナ。フィーナが呟いたとおり、現在。戦場はだんだんと移動しており、それにあわせ
てミューレもこちらの接近している。フィーナの感じ取ったところ、自分たちが大きく誘導し、ミューレが最
大速度を出せばすぐにでも合流できる距離に、すでにいるのだ。


                     *****


 そのころ、ミューレは月の大地をアインラッドで走り抜け、時折跳躍して距離を稼ぎながら、次いでタイミ
ングを見計らい狙撃を繰り返していた。そして、かなり距離が近づいてきたことを察して、ビームランチャー
を足のハードポイントに接続させると、ライフルに持ち替える。

「さて、と。ボクが狙撃だけしか出来ないと思わないで欲しいんだね」

 ミューレはそう呟いて笑みをこぼす。確かに、接近戦闘ではフィーナやサフィーと比べれば一歩劣るミュー
レではある。が、それはあくまでも二人を相手にするから一歩劣るのであって、一般の水準から見るとミュー
レのモビルスーツでの白兵戦技術は十分に超一流の域にある。伊達に三年間、訓練はつんでいないのだ。

 そして、ミューレはアインラッドを大きく跳躍させた。そして、そのまま戦闘空域に一気に乱入させる。そ
の際、狙い済ましたビームライフルの狙撃を行うことは忘れずに。


 突如一気に飛び込んできた三機目のアインラッドが、リグシャッコーのビームライフルと、アインラッドの
ビームキャノンの連射をもってアンたちに襲い掛かった。それを読みきれなかったアンのトップファイターは
ビームの直撃を食らい、今度はトップリムを損傷。彼女は舌打ちしながらトップリムを切り離し、同時にそれ
を目の前の敵機に特攻させたが、それは見事に踏み潰されてしまった。

「そんな小細工、通じないよ!」

 フィーナはいいながらコアファイターを狙う。が、軽くなったコアファイターの機動力は思ったよりも高く、
その射撃はかわされた。その一撃にひやりとしたアンだったが、安心するのは早かった。二機のガンブラスタ
ーを相手にしていたサフィーが、その退避軌道を完全に予測していた。そして、狙撃。アンのコアファイター
はライフルを受けて損傷。そのままバランスを崩して月の大地に向けて墜落していった。

 アンは体勢を崩したコアファイターの制御は不可能であると判断すると、足元の脱出レバーを引いた。その
とたん、機首が胴体の部分から離れるとコックピットのブロックだけが脱出ポッドになって放出された。そし
て、コックピットが消失したヘキサのコアファイターが月の大地に突っ込み、爆発するのを見る。

「くそ! たった三機の敵に!」

 月の大地に落着した脱出ポッドから、エマージェンシーキットを取り出して装着し、アンはそう叫んだ。悔
しかった。一部隊の指揮を任されて、たった三機の敵にいいようにやられたのだ。これがライアンなら、もっ
とうまくできていたかもしれない。そう思うと、余計に悔しかったのだ。

 そして、指揮官機が撃墜されてしまった第二ハルシオン隊は混乱状態になりかかった。それを未然に防いだ
のが、残っていた一機のヘキサだ。そのパイロットは、苦渋の判断として撤退を叫ぶ。戦力は半減し、指揮官
機が撃墜されれば、それも仕方がないだろう。

 そして、その動きを見た三人は

「逃げる気? でも、そうは……!」

 フィーナは撤退を開始した敵機を見て、逃がさない、とばかりに目を細めたが、その途中で目を見開いた。
彼女の勘が、鋭く迫る気配を察したのだ。それも、覚えのある。フィーナは顔をゆがめ、そして

「何でくるのよ、あの馬鹿。……ミューレ!」

『あいよ』

 フィーナが感知した、遠くから迫る気配をほぼ同時に感じ取ったミューレが、一度はハードポイントに接続
させたビームランチャーを取り出すと、機体を少し浮上させて狙撃体勢に入る。そして、瞬時に五発の大出力
ビームを撃った。これで決まった、とミューレは思った。が、

『うそ! 全弾かわされたの!?』

 と声を上げた。彼女の視線の先。迫り来る一機のモビルスーツが、信じられないような軽快な動きでこちら
の射撃を全弾回避したのだ。回避軌道を予測して、逃げられないように撃ったのにもかかわらず。自信があっ
た射撃が、すべてかわされたのは彼女にとってショックだったらしい。それを見てフィーナは唇をかんで、

「ジェスタ。腕を上げたってこと?」

 そう呟くと、撤退を開始した敵を追いながら、接近する敵に。ジェスタに注意を向けた。


                     *****


 月の大地すれすれを疾駆するセカンドVをジェスタはある程度の距離まで行くと一気に浮上させた、と言っ
ても、あくまでもあちこちに存在する切り立った山などを飛び越える程度の距離だが。そして、遠くに感じ取
る気配を。フィーナのものであるそれを目指す。不思議だった。これまで、こんなに意識がクリアになったこ
とはない。

 いや、それだけではない。セカンドVの反応がひどくシャープなのだ。ビクトリーに乗ったときのガンイー
ジやガンブラスターとは違う反応のシャープさにも軽く驚いたものだったが、セカンドVのそれは比較にもな
らない。まるで、体の一部になったのではないか、と思うほどのレスポンスを、ジェスタはこの機体に感じて
いた。制御系統は、同じバイオ・コンピューターを搭載しているはずなのに。

「……二手に分かれているのか? 状況は、悪いみたいだけど」

 この機体のおかげか、ずいぶんと拡大した認識力が、遠くの味方の苦戦を感じさせる。そしてジェスタは眉
をひそめ、コンソールをいじって通信を開く。現在はミノフスキー粒子が戦闘濃度ではあるが周辺にいくつか
展開している通信用のブイを通じている。これでエアとレオノラのほうに通信が届くはずだ。

「聞こえますか? こちら、ジェスタです。現在、敵機との交戦空域へと向かっています。が、友軍が苦戦し
ているようなので救援を要請します。敵は、例の奴らです。以上」

 そう伝えると、ジェスタは通信をカット。通じたかどうか、と言うのも気になるし、今の言葉でどこまで信
じるかもわからないが、そのあたりは向こうのオペレーターと、現場の判断に任せるしかない。

「さて、と。相手はフィーナたちか。前は向こうのほうがはるかに上手だったけど、今回は、どうかな」

 呟いてジェスタは前方に目を向ける。戦闘空域は目と鼻の先になりつつある。そして、次の瞬間。さすよう
な殺気を感じた。この感覚には覚えがある。以前、自分たちを狙撃した、あの殺気。

 それを感じ取った瞬間、敵の射線の幻が見えた。ジェスタはそれを疑うことなく機体に回避行動をとらせる。
月の空を、白い機体がバレルロールして、前方から打ち出された五発のビームをことごとく回避。それと同時
にペダルを強く踏むと、セカンドVのミノフスキードライブが出力を上げて、機体を前方に押し出した。と、
それによって後部のミノフスキードライブユニットが廃熱のためにメガ粒子を放出。それは一瞬だが百メート
ル近くまで伸び、翼のような形状をその場に現す。

 加速するセカンドV。そのコックピットの中で、ジェスタは三機の敵機と苦戦する味方の姿を捉える。その
数は、かなり少ない。おそらく、何機もの味方がすでに落とされているのだろう。くそ、と呻きながら、

「これ以上、やらせるかよ!」

 叫びながらビームライフルを撃つ。そのライフルのビームは間近にいたアインラッド。ミューレの機体に直
撃するも、あいにくアインラッドはビームライフル単体で撃ちぬくことは出来ない。そのミューレの機体は迫
るジェスタのセカンドVに

「そこの白いの、もらったよ!」

 そう叫びながら、予想できる回避ルートを含むポイントに向けてビームライフル、アインラッドのビームキ
ャノン、ミサイルと言う弾幕を張った。それをジェスタはすばやく認識すると、左腕のシールドを展開しなが
ら撃ち込まれたビームを防ぎつつ、ライフルでミサイルを撃ち落し、次いで機体を回転させつつ左腕にサーベ
ルを握らせ、瞬間的に機体を爆発的に加速させ、サーベルを振るう。

 鋭いその一撃を、しかしミューレは辛くも避けることが出来た。が、完全には回避しきれず、ライフルの銃
身を切り裂かれる。そして、

「くそ、抜かれた!」
 
 セカンドVはそのまま、ミューレのリグシャッコーをやり過ごし、疾駆する。まるで眼中にない、とでも言
うように。ミューレはふざけるな、といいたかったが、あいにく敵はセカンドVだけではない。ライフルを失
ったミューレの機体に、ガンブラスターが襲い掛かってきたのだ。そちらに目を向けて、

「なめるな!」

 と、激昂して声を上げながら、ビームストリングスを放つ。ライフルを失ったからと言って、けして武器を
失ったわけではない。しかし、これで近距離での連携がうまくいかなくなったのも事実。ミューレはアインラ
ッドをうまく使いながらガンブラスターをあしらい、悔しげに唇をかんだ。


 ミューレのリグシャッコーをやり過ごしたジェスタのセカンドVは、そのままフィーナのリグシャッコーを
目指す。が、その前にしたからサフィーのリグシャッコーがアインラッドで体当たりを仕掛けてきた。それを
すばやく感じ取ったジェスタは機体に急制動をとらせ、軌道を強引に捻じ曲げる。慣性を緩和する効果がある
ミノフスキードライブを使っていてなお、体がコックピットの中で振り回される。それに苦鳴をあげながらも、
ジェスタは暴れ馬のようなセカンドVを完全に自分の意思で振り回す。

 その軌道の変化とスピードに驚いたのはサフィーだ。それは、これまでのモビルスーツの常識では考えられ
ないもの。しかし、彼女はそれに覚えがあった。あのシミュレーションのとき。フィーナが使っていた機体は
これくらいのことはしていた。

「く!」

 サフィーは呻きながらもサーベルを抜き、同時にアインラッドを操って鋭く動くセカンドVに対応する。そ
のとたん、セカンドVが反転。こちらに背を向けた。一瞬、いやな予感を感じたのでアインラッドを捨て、リ
グシャッコーを離脱させるサフィー。

 そして、セカンドVのミノフスキードライブユニットから吹き出したメガ粒子がアインラッドに直撃し、そ
れを真っ二つに粉砕するのを目撃。自分の勘に従わずにアインラッドに残っていたら退避が間に合わず命を落
としていた。そのことを思い、冷や汗をかくも、アインラッドを失ったリグシャッコーに先ほどからしつこく
追いすがってくるガンブラスターが今が機会とばかりに襲い掛かってきたのだ。

 サフィーはそちらに忌々しげな目を向けて、

「まったく! ごめん、フィーナ。そいつは任せるわ!」

 自分に迫ってきた二機のガンブラスターにリグシャッコーを向かわせつつ、そろそろ潮時だな、と思った。


「あの二人をこうもたやすく抜いたの?」

 自分に向かってくるヘキサをあしらい、そのブーツを吹き飛ばしながらフィーナはジェスタのセカンドVが
ミューレとサフィーの機体を抜き、こちらに迫るのを確認。メガ粒子の尾を引きながら接近するセカンドVを
不機嫌そうに睥睨すると、

「ずいぶんと調子に乗ってるじゃない、ジェスタ!」

 叫びながらサーベルを抜き、アインラッドから離脱。それを誘導でサフィーの元に向かわせる。と、同時に
自機を加速させ、サーベルを右手に持って切りかかってくるジェスタのセカンドVに切りかかった。二機のモ
ビルスーツのサーベルが激突し、スパークを発生させる。

『フィーナ!』

「元気そうね、ジェスタ」

 サーベルが干渉しあった瞬間、繋がった接触回線で、互いにそう言葉を投げかける。が、そこに馴れ合いは
ない。以前、別れ際に言い合ったように。互いに必殺の気迫を持ち合わせていた。そして、

「いい機体に乗ってるみたいだけど、それだけであたしに勝てると思わないことね!」

 叫びながらフィーナはリグシャッコーのもう一つの白兵戦用武器であるビームファンを引き抜くと、それを
展開させてセカンドVに切りかかる。それをセカンドVはシールドで受け止め、後退。と、同時にライフルを
撃ってくる。その軌道は完全にフィーナの予想範囲内。なので、ビームファンでそれを受け止めつつ頭部のビ
ームストリングスを放つ。

 ビームストリングスを、ジェスタはセカンドVを急加速させることで回避する。その速度に驚いた。これま
で見てきたビクトリーをはるかに上回る加速。しかし、それで出し抜けるほどフィーナは甘い相手ではない。

 急旋回してサーベルで切りかかってきたセカンドVをフィーナはリグシャッコーのバックパックを全力で吹
かすことでやり過ごし、同時にAMBACとアポジモーターを駆使してすばやくセカンドVの背後を取る。そ
れでとった、と思った。が、セカンドVはその瞬間、ミノフスキードライブユニットからメガ粒子を吹き出し
た。そのことに気づいたのが一瞬遅れたフィーナは回避が間に合わず。リグシャッコーの片腕を損傷される。

「ちっ! やるじゃない!」

 そう叫ぶと、フィーナは潮時だと判断した。ざっと見たところ、まだこちらが優勢ではある。が、敵は落ち
着きを取り戻しつつある上に、

「援軍も来た、か」

 接近しつつあるライアンの隊に気づいたフィーナ。そして、その思考は通信で伝えずともサフィー、ミュー
レには伝わっている。二人は何も言わずとも、唐突に機体を上昇させるとめくらめっぽうにビームを放ち、残
りのミサイルや機雷等をばら撒いて弾幕を張る。フィーナも同様のことをしながら、マニピュレーターからワ
イヤーガンを放ち、そのワイヤーをこちらに迫り来るセカンドVに接続。

「じゃあね、ジェスタ。今度はこっちがもらうからね」

 そう、笑いを含んだ言葉を残すと、一気にスラスターを吹かして先に撤退を開始した二機のリグシャッコー
と合流すると、そのまま鮮やかに撤退を決めた。それを、さすがに深追いする気にはならなかったジェスタは
複雑な顔をして見送る。

「……機体の性能に助けられた、か」

 それは、正直な感想。ミノフスキードライブのもたらす軽快な運動性能と、機動力。そして妙にレスポンス
のいい操縦性。それがなければ、負けていたのはこちらだった。相変わらず、強い。そのことに顔をしかめな
がら、集結しつつある友軍機のほうに機体を向ける。と、同時に少し離れたところから近づいてくるテールノ
ズルの輝きを捕らえていた。

「なるほど。こちらの援軍にも気づいていたのか」

 そのことに驚きの声を上げると同時に、数で勝る相手と戦いながら、全体の戦況を把握していたフィーナた
ちの手腕に戦慄さえ感じる。あれで、まだ十五歳の少女たちだろうと、誰が信じられるだろうか。

「次は、勝てるかな?」

 飛び去って行った三機の方角に目を向けながら、ジェスタは一言そう呟いた。もっとも、その目は出来れば
もう戦いたくない、と言っていた。それは感傷的なものではなく、あまりにも敵として強いから、だ。


                     *****


 戦場を離脱した三機のリグシャッコー。そのうちの二機は、アインラッドに乗っている。サフィー機が失っ
たそれの代わりに、フィーナが捨てたアインラッドをサフィーが拾ったのである。追いついてきたフィーナ機
を、二機のリグシャッコーが挟み込み、機体をつかんで曳航する。加速では単独でもアインラッドには引けを
とらないが、それが長時間続くかと言えば、そういうわけにも行かない。ここは月だ。弱いとはいえ、重力が
ある。

 フィーナは自機が腕をとられて曳航されている光景を想像し、それがまるで大昔の「連行される宇宙人」の
ようだと思って苦笑した。

『けど、ちょっと悔しいよね』

 ミューレの声でそう聞こえてきたのは、完全に敵が追撃をしてこなくなったのを確認してからだった。その
様子に、フィーナも同感だった。敵は、確かに練度は高かったが、戦いは終始こちらのペースだった。うまく
すれば敵を全滅させられるかもしれない。三人とも、そんなふうに思っていたのだが、

『最後に来た増援の機体。アレのせいね。被害そのものはたいしたことはなかったけど、あのパイロット。
『強い』わ』

 そう言ったサフィーの声は、冷たい。それを聞きフィーナは困った顔をした。確かに、先ほど交戦した感触
からして、ジェスタは強くなった。腕が上がったとか、そういうことではない。『強さ』を感じさせられたの
だ。それは、おそらく。他のものに聞いても理解できないだろう。三人が感じた、ジェスタの『強さ』とはそ
う言った類のものだ。

「まったく。厄介になったものよね、あいつも。……これで、今回の任務も楽じゃなくなったってことかな」

 ポツリと呟くフィーナ。その感想は、正しい。一見今回の戦いは、こちらの圧勝のように見えるが、あくま
でもこれはフィーナらの戦術、能力ががつぼにはまったからの成果だ。おそらく、正面からフィーナらの属す
る艦隊と、リガ・ミリティアの艦艇の部隊がぶつかり合うと、それは戦力のつぶしあいになるだろう。

『そうね。相手も十分に気を引き締めてくるでしょうし。何よりも、ここは元々彼らのホームグラウンド。ビ
ギナーズラックはもう、当てにはならないもの』

『はあ。めんどくさいね。もっとシンプルに出来ればいいのにさ』

 フィーナ機に、二人の憂鬱そうな声が聞こえてきた。それを聞き、フィーナも若干困った顔をした。しかし、
それと同時に背後を振り返る。そちらに見えるのは、灰色の月の大地。もはや見えなくなったが、そこには確
実にジェスタの乗ったビクトリーがいるはずだ。

「今度は、あたしが勝つからね」

 口の中だけで呟く。フィーナの属する艦隊は、モトラッド艦隊の支援のため後しばらく、このあたりの空域
にとどまる必要がある。なので、その間。間違いなくさっきの連中と何度か小競り合いをすることになるだろ
う。その間に、またジェスタの機体と交戦する機会が何度もあるはず。それを考えて、フィーナは自分が気づ
かないうちに口元をほころばせていた。

 そして、三機の機体は母艦へと帰還。はじめ、アインラッドを一基喪失し、機体に損傷を受けていたことで
艦のモビルスーツ隊の隊長や司令官などには白い目で見られた三人であったが、提出した戦闘報告やリグシャ
ッコーに残っていたログなどを前にして、彼らは驚きを隠せない様子だった。さもありなん。この若い、と言
うかむしろ幼いと呼べる少女たちが、ビクトリーを含む敵機を6機も撃墜して帰還してきたのだから。これで
驚かなければうそと言うものだろう。

 三人は、驚かれ、そして色々と声をかけられて、互いに顔を見合わせて笑いあった。やはり、人にほめられ、
認められるのは悪くないものだ。そう、思ったのだった。


 UC153 5月 13日 月面 フォン・ブラウン周辺の渓谷地帯

 三機の敵機が撤退したのを見計らい、その場に残った第二ハルシオン隊の生き残りとジェスタ。そして、遅
れて到着したライアンをはじめとする第一ハルシオン隊と合流し、脱出し成功し、生き残ったアンともう一人
のパイロットを回収すると全機艦の停泊している場所まで戻ってきた。

 回収されたアンは、艦につくなりライアンに向けて謝罪の言葉を述べた。が、ライアンはあくまでもこれは
ただの結果に過ぎず、敵が予想外に手ごわかっただけでアンに落ち度はないといった。これは慰めの言葉でも
なんでもなく、戦況から判断したただの評価だったわけだが、当然。落ち込んだアンがこれを聞いても、何の
慰めにもならなかった。

 ジェスタもまた、落ち込んだ様子のアンと、その部下たちにかける言葉はなかった。彼らはジェスタに援護
の礼を言ってきたが、それもジェスタとしては少し気まずいものだった。

 そんな時、モビルスーツデッキで、遅ればせながら到着してきたニケをはじめとする居残り組みが合流。彼
女らはかなり落ち込んだ雰囲気になっているモビルスーツ隊を見て眉をひそめながらも、とりあえずは仕事が
増えたことで軽くため息をついた。

 そして、まず彼女は真っ先にすでにエアのハンガーに固定されているセカンドVに目を向け、そちらに向か
った。それを見てライアンも、ジェスタが乗ってきた機体がビクトリーではなく、セカンドVであることに気
づいた。そして、機体のチェックをするべくそのコックピットに上がっていったニケの後を追い、ワイヤーガ
ンを使ってセカンドVのフロントアーマーの上に向かった。

「どういうことだ、ニケ。なぜこの機体がここに?」

「知らないわよ。いきなりジェスタが血相変えて「敵襲だ」って言ってきて。機体がないからこれを持ってい
くって言ったのよ。それでひと悶着あって、仕方がないから許可したってわけ」

 肩をすくめてそういいながら、セカンドVのシートについてコンソールを操作するニケ。ライアンはそれを
見ながら、今言ったニケのことばを反芻し、それから少しはなれたところにいるジェスタに目を向けた。

 そのとき、「やっぱり」と呟くニケの声が響く。(すでにモビルスーツデッキはシャッターを閉じ、空気が
注入されている)その言葉に、

「何がやっぱりなんだ?」

「え? ああ、この機体の事なんだけどね。……この機体。制御系に、実はサイコミュ。つんでるのよ」

「サイコミュ?」

 そのニケの言葉に驚きの目を向けるライアン。サイコ・コミュニケーター。人の精神と、機械をつなぐ機械
といわれている。かつてはニュータイプと呼ばれる特殊な人種だけが起動できる機械だったが、現在はそこか
ら発展したバイオ・コンピューターが主流となっているため、あまり日の目を見ない技術である。

 そのサイコミュではあるが、かつてはモビルスーツの制御系に。と言うか、特殊な武器への転用が積極的に
行われていたが、高性能化したモビルスーツ。発達した機動プログラムの前に、ほとんどアドバンテージはな
くなってしまった上、コストが高く、しかも使い手が少ないというデメリットがある。

「そ。サイコミュ。ほら。ザンスカールが今、積極的にそのあたりの開発してるって言うでしょ? だから、
リガ・ミリティアの技術陣もそれを投入したって訳。ノウハウがほとんどなかったから、このあたりはアナハ
イムから技術協力を受けたみたいだけど」

「……サイコミュか」

 ニケの言葉に、眉をひそめてそうつぶやくライアン。それを見て苦笑するニケ。彼女はコンソールを叩き、
機体に関するデータを次々と表示していき、

「うん。間違いない。ちゃんと起動してるわ、サイコミュ。テストパイロットが振り回したときは、一号機も
二号機もろくに起動していなかったんだけど。このサイコミュは、起動してるみたい」

「どういうことだ? この機体が特別なのか?」

「それはないわ。このLM314V16に搭載されたサイコミュは全部同じタイプよ。だから、この機体だけが特別っ
てことはない。ってことは」

「ジェスタが特別、と言うことか?」

「そういうことになるかもね。……あの子が、「ニュータイプ」ってことかもしれない」

 そう言ったニケは、少しだが悲しげだった。ニュータイプと呼ばれるパイロット。今、リガ・ミリティアで
そう呼ばれているのは、リーンホースJr.の少年パイロットだ。今、彼に期待が集まっており、そして、それ
に関連して彼女はニュータイプと呼ばれるパイロットについて調べてみたのだ。が、その結果は眉をひそめた
くなるものだった。ニュータイプの代名詞でもある、アムロ・レイやシャア・アズナブル。そのほかにもいく
つか見られたニュータイプたちは、その名を知られる前は家庭的に恵まれず、そして名を知られた後もたいて
いは不幸な道を歩んでいる。それを思えば、ニュータイプと呼ばれるのはジェスタのことを不幸だと揶揄して
いるようであまりいい気分にはならない。

「……ニケ。お前は、この機体をどうしたらいいと思う?」

「こいつはあくまでも実験機に近い機体よ。あたしは正直、お蔵入りにしたいけど……」

 ニケは手元のコンソールを叩き、サイコミュに関するデータを洗い出しながら言葉を濁した。ジェスタとこ
の機体は、いいたくはないが非常に相性はいいようだ。ジェスタの精神波と、サイコミュの連動はすばらしく、
まるで手足のように動いている節さえある。そこから考えて、

「あの子。たぶんこの機体のことすごく気にいってるわよ」

 ため息とともに、そう声に出すニケ。その目が、ちらりと不安そうにこちらを見つめるジェスタに向く。
ライアンも同様にジェスタに目を向けて、ニケと同じ感想を持った。

「この機体に関する不安は、俺も同じだが……」

「予備パーツは一応あるしね……どうしよっか」

 ニケはサイドパネルについている肘あてに頬杖をついてそうため息をついた。技術者としての不満はあるも
のの、この機体の有用性は否定できない。一度の実戦経験を経ても、見たところ。不備はない。そんなニケの
様子に、ライアンは厳しい顔をして黙考してから、ハンガーの片隅に置かれているジェスタのビクトリーに目
を向ける。

「あのビクトリーを」

「ん?」

 ライアンの言葉に顔を上げたニケは、つられてジェスタのビクトリーに目を向ける。何処となく、さびしそ
うにした金色の角を頭部に持つ白い巨人を見て、

「ジェスタの予備機、と言うことにしておこう。それで、とりあえずはこの機体を運用させておく。何か不備
があったら、すぐに乗り換えられるように、な」

「いいの? そんなこと。アンのヘキサだって、なくなったばかりでしょう?」

「ヘキサはすぐに補充できる。と言うより、すでに予備機は納入されているはずだろう」

「まあね」

 ライアンの言葉にそう答えるニケ。そして彼女は大仰に肩をすくめて見せて、

「了解。隊長殿。メカニックとして、あんたのその意見は支持させてもらいますよ」

「すまんな。手ごわい敵がいる以上、少しでも戦力は欲しいのだ。そちらに負担はかかるだろうが」

「そんなこと。リガ・ミリティアに参加するって決めた時点からわかりきったことよ? みんな、いまさら誰
も文句なんて言わないわよ」

 くすくす、と笑いながら言うニケ。それを聞き、苦笑するライアン。とりあえず、この話はここで切り上
げることにする。とはいっても、これですべてが終わるわけではなく、ライアンは減少した戦力の建て直しを。
ニケは同僚とともに、機材の整理とモビルスーツの整備と言う仕事が待っている。

 そしてその後、上空に確認できたベスパの艦隊をどうするか、で悩まされることになるのだ。

 それに関しては、ハルシオン隊としては月の裏側に行く予定のリーンホース隊に、敵艦隊を向かわせるわ
けには行かないのでしばらくここで足を止め、敵の目をひきつけなければならない。それは、必然的に戦いが
連続して起こる、と言うことだ。

 そして、奇しくも。その思考に関してはベスパ艦隊のほうも同じ考えであり、この後、月に到着したリーン
ホースJr.とモトラッド艦隊が、それぞれに補給を終了してから月を出立し、地球への突入コースを取るまでの
間。お互いに相手をこの場に引き止めておくために小競り合いをするという、少々奇妙な戦闘を繰り返すこと
になる。その、互いに本気を出し合うことにならない戦いの中、ジェスタは何度もフィーナらと交戦し、その
決着をつけられないままにベスパ艦隊はモトラッド艦隊が地球へ向かったことを確認すると、さっさとサイド
2空域へと帰還することになる。


 

   MSデータ


   LM314V16 セカンドV


   補足情報

 LM314V16は、劇中で説明されているとおり、サイコ・コミュニケーターを搭載している機体である。
 元々ビクトリー系列の機体にはバイオ・コンピューターを搭載していたが、それと並行して小型化された
サイコミュ・システムを搭載することになった。これは、機体の追従性を高めるためではなく、かつてサイ
コ・フレームを内蔵したサイコミュ搭載型モビルスーツ、RX-93νガンダムがそうであったように、サイコミ
ュ・システムによってパイロットの認識力を拡大し、戦場の詳細な情報を。そして敵の思考を読み取る効果
を得るためである。このことはベスパがサイコミュ搭載型モビルスーツを積極的に開発しているらしい、と
言う情報をもとに行われたものであった。
 それを搭載することによって、LM314V16および、LM314V21はサイコミュを搭載した高性能のモビルスーツ
となるはずであったが、あいにくな事にテスト段階でサイコミュはろくに起動することはなかった。
 しかし、実戦においてV2がサイコミュを起動させた、と言う話は確かに存在していた。パイロットの資
質ゆえにか、この機体は設計者の意図を大幅に上回る性能を発揮し、常軌を逸する機能を発動させたと言う。
ただし、同機は戦争の渦中に喪失し、運用していた母艦もまた沈んでいるため詳細は不明である。
 

 

 

 

代理人の感想

つ、強ぇ(爆)。

ウッソ並、とは言わないまでもニュータイプ三人を同時に相手にしますか。

最終的にはどうなってしまうのやら。

作中でも言ってましたけど、ニュータイプってろくな目に会いませんからねぇ。