機動戦士ガンダム0153 〜翡翠の翼〜

  第六章  強行

 UC153 5月 20日 月面 地球連邦軍本部

 地球連邦軍はかつてジャブローにその本拠を構えていたが、その本拠がかつてのティターンズとエゥーゴの
内戦によって、ティターンズの暴挙で核の炎の中消失した。その後、いくつもの拠点を転々とした後、最終的
には連邦政府が中央議会を月のフォン・ブラウンに移転することと合わせて月にその本拠地を移転することに
なった。

 このことで、はじめは地球在住の陸、海、空軍からかなりの反発が出たものの、時代を経るに従い、地球連
邦政府そのものが、各コロニー政庁が自治権を獲得していきそれに対応するためにどんどんと発言権を失って
いった。同時に地球そのものの管理もいい加減になり、かつては活発に行われていた不法居住者の強制摘発。
通称マン・ハンティングことマハさえも下火となり、規模が縮小された陸、海、空軍の発言も最終的にはほと
んど問題にされなくなっていき、最終的には宇宙に連邦軍、政府の中枢が存在することへの文句も、自然消滅
に近い形で消えることとなったのである。

 現在。その地球連邦軍本部の、ムバラク・スターン大将のオフィスにとある来客が訪れていた。

 ムバラク・スターンは地球連邦宇宙軍の大将で、旗艦「ジャンヌ・ダルク」を擁する地球連邦軍主力艦隊の
一つを纏め上げる艦隊司令である。その人柄はどちらかと言うと温厚ではあるが、その反面。軍人としては厳
しい側面をも併せ持つ。現在の形骸化した地球連邦軍の中でもっとも実戦的な提督だとされている。

 彼には、かつての木星帝国の引き起こした戦争において、当時は主力艦隊の提督としてではなく、小艦隊の
司令官として参加したその戦いで、地球連邦軍が遅れをとったことに強い不満を持っていた。だから、今回。
ザンスカール帝国のベスパの侵略に対し、独自に対応策をとろうとしていたのだが、その折に、リガ・ミリテ
ィアのスタッフを名乗るものからのオファーがあり、今回。その代表者と面接を持ったのである。

 そして、自らのオフィスでその来客を迎えることとなった。

 そんな彼の目の前に現れたのは、齢四十前後であろうか。精悍な印象を持つその男は、自らを「ジン・ジャ
ハナム」と名乗った。ムバラクはその名が偽名であることは理解していたが、あえてその男性をジン・ジャハ
ナムと呼ぶことにした。今、彼が個人としてではなく、リガ・ミリティアの代表としてこの場にいることを理
解していたからである。

「ようこそ、ジン・ジャハナム殿」

「こちらこそ、高名なムバラク・スターン提督とお会いできて光栄であります」

 そう互いに言葉を交わし、握手をすることでこの会談は幕を開けた。友好的な雰囲気ではあったが、互いに
その目は真剣。隙あらば相手を食わんとしていることは明白であった。

「ところでジン・ジャハナム殿はこの私に。我が艦隊に対ザンスカール帝国の戦列に参加して欲しいそうだが
……」

 と、いきなり本題に入ったところで、ジン・ジャハナムは驚きのまなざしを向けた。さすがに、ワンクッシ
ョン置いてから話に入ると思っていたのだろう。それを見て、ムバラクはかの名将、レビル将軍に似ている
といわれるその自慢のひげをさすって小さく笑みを浮かべた。

「ええ。以前から連邦軍の各部隊には協力をしていただいているのでありますが、今後。ズガン艦隊やモトラ
ッド艦隊が結集し、それを撃破するにはまとまった戦力。それも、よく統制された正規軍の協力は必要不可欠
なのです。それは、そちらのほうがよく理解していただけているそ存じますが?」

「ほう……」
 
 ジン・ジャハナムの言葉に感心したような声を出すムバラク。現在、モトラッド艦隊が月から地球へと向か
う進路をとっていることはムバラクも知っている。それを、リーンホースJr.と言うリガ・ミリティアの艦が
追撃していることも。しかし、この男は言った。今後、敵の戦力が結集する可能性がある、と。

「それは、本国を攻める、と言うことですかな?」

「いえ。そういうわけではありません。現在、ズガン艦隊と再編されたタシロ艦隊が妙な動きを見せているこ
とはご存知でしょうか。サイド2近郊宙域において」

「いや。よくは知りませんな」

 そういうが、これは嘘だ。さすがに連邦軍の諜報部も、これくらいの情報はつかんでいる。とはいえ、ムバ
ラクは今現在、対ザンスカールのために勝手な行動を取りつつあるため、上層部に疎まれているのでそう言っ
た情報をかなり制限される身ではあるが、それでも大規模な艦隊の動きを見逃すことはない。

「これは我々としても完全につかんだわけではないのですが、ザンスカール帝国はAHと呼ばれるコードネー
ムの要塞を建造している、と言うのです。何でも、これが地球侵攻の最後の手であるとか」

 ジン・ジャハナムはそういいながら持ってきた情報端末のデータをムバラクに示した。そこに、はるか遠距
離から撮影したらしい映像が写っているも、その細部はほとんどわからない。それを見て、ムバラクはふむ、と呟き、

「この要塞を地球に落とす、とでも言うつもりですか? かの、シャアのように」

「まさか。それならば隕石を用いるでしょう。こんなものを建造する手間を考えれば、連邦政府が管理してい
る資源衛星を攻め落としたほうがよほど手軽です」

「……では、これが攻撃兵器だと? カイラスギリーのビッグキャノンのような」

 ムバラクはそう尋ねた。カイラスギリーのビッグキャノン。リガ・ミリティアが奪取し、それを使用してズ
ガン艦隊の半数を焼き払った兵器。使用後は爆破したため、ザンスカールに再利用されることはないらしいが。

「おそらくは、ですな。ですが、現在建造中と言うこともありましてこれがどれほどの脅威なのかはわかりかねます」

「わかりかねないものに、我らに兵を出せ、と? あのカイラスギリーやモトラッド艦隊のようなわかりやす
いものならばともかく、詳細不明の要塞相手に」

 そう言って、ムバラクは試すような目をジン・ジャハナムに向けた。ムバラクは、正直に言ってリガ・ミリ
ティアと言う組織を信用しているわけではない。退役軍人や各企業体などを元に構成された、民間の抵抗組織
であるリガ・ミリティアは、実のところ。その仮想敵に連邦政府も含まれている。そのことを、ムバラクは承知していた。

 そして、リガ・ミリティアの一部から連邦政府打倒のために、一度はザンスカールに覇権を渡すのだ、と言う
意見が出たらしいことも。それに関しては、この目の前のジン・ジャハナムをはじめとする主流派がその危険
性を説き、その意見を伏せさせたらしいが。

 とはいえ、看過されているとはいえ武装した民間組織の存在を軽視するほどに、ムバラクという男は楽観的
な人物ではなかった。それであればこそ、こうして相手の腹を探るようなまねをするのである。

「無論、こちらとしても今全力で情報を集めている最中です。こちらとしても、急ぐ理由がありますから」

 ジン・ジャハナムは渋い顔をしてそう言った。それを聞き、ムバラクもまたいやそうな顔をする。と、言う
のも現在、ザンスカール帝国の外務関係の執務官がロビー活動に勤しんでおり、なんでも地球連邦政府との間
に休戦協定を結ぶつもりだと言うのだ。もし、それが実行されてしまえばそれこそ、今現在ザンスカールが建
造中のこの要塞の完成のための時間を与えるものであり、不意打ちを許してしまいかねないことになる。

 なので、この要塞に関する情報を、休戦協定が結ばれる前に集めなければならない。それ以前に集めなけれ
ばこちらが動く口実を手に入れられなくなるのだから。それらを考え、ジン・ジャハナムもムバラクも苦渋の
表情になった。あまりにも楽観的過ぎる連邦政府の態度に、腹が煮え繰り返る思いを抱いているのだ。

「具体的にはどうするのかね?」

「……今すぐ、と言うわけには行きませんが。出来るだけ早く、リガ・ミリティアの総力を持ってAHとやら
の情報を集めて見せましょう。それがなった暁には」

「そうですな。私の裁量で集められる戦力を持って、ザンスカールを叩いて見せましょう。その折には、リガ
・ミリティアの諸君もわれらの同胞として参戦してくれることを切に願いますよ」

 そう言って、ムバラクは頷いて見せた。はじめから対ザンスカール帝国の戦端は開くつもりであったが、リ
ガ・ミリティアに主導権を渡すわけには行かない。これは、そういう意思を示すための会合であると言えた。
それを受けて、ジン・ジャハナムは若干険のある表情になったが、すぐに柔和な顔になって、握手を求めてき
た。それを受けるムバラク。

 別れの挨拶を交わしてジン・ジャハナムはムバラクの執務室を後にした。それを見送ったムバラクは、とり
あえずこの会合の成果に満足になる。そして、これからリガ・ミリティアに協力する艦隊を編成するために、
忙しくなりそうだ、と感慨にふけった。


 一方で、ムバラクの執務室を後にしたジン・ジャハナムもまた、このたびの会合にはおおむね満足していた。
ムバラクが参戦するだろうことは、元々の動きから明らかだったが、その際。自分たちと足並みをそろえるか
どうかが最大のネックだった。戦力としては、微々たる物に過ぎないリガ・ミリティアではあるが、あちこち
からかき集めた資金力は馬鹿には出来ない。そして、それによって生産する兵器類も。そんなリガ・ミリティ
アの最大の泣き所は、人の不足であるが、それが連邦軍の大艦隊の協力で一気に解消するのだ。

 問題は、自分たちの戦力をどれだけムバラクが、連邦軍が評価することであるが、それを見せ付けるために
もいろいろとするべきことがあるだろう。歩きながら、ジン・ジャハナムはそんなことを考えていた。

「分が悪い賭けではあるが、こういう手もあるか……」

 ジン・ジャハナムは自分たちのアピールと、実利。その両方を同時に得られそうな方法を思いついたが、少
々無理がありそうなそれに、眉をひそめながらも実行する気になっていた。


 UC153 5月 21日 月軌道上 

 モトラッド艦隊、リーンホースJr.が月を出立し、それと同時にモトラッド艦隊を支援すべく月方面まで出張
っていた艦隊が撤退を開始したのを目の当たりにしたハルシオン隊は、その艦隊に対し、積極的な攻勢には出
なかった。せいぜいが、進路を変えてリーンホースJr.を追撃しないようにリーンホースJr.とその艦隊との間
の予想される進路を塞ぐくらいであろうか。そして、それをしてなお、その艦隊がリーンホースJr.に対する
攻勢に出ずにサイド2方面へと帰還するのを確認した後、ハルシオン隊は追撃を取りやめ、ひとまず月軌道上に
とどまることにした。敵との小競り合いを繰り返したことで消耗したこともあってである。

 とりあえず月軌道上で補給を受けながらハルシオン隊の二隻の巡洋艦、エアとレオノラはその領域でモビル
スーツによる演習を行っていた。二つのチームに分かれ、模擬戦闘を繰り返したのである。

 コックピットの中で、ジェスタは急激な加速のために若干のめまいを感じながら、今や自分の手足のように
さえ感じられるほどになったセカンドVを自在に操り、セカンドVを取り囲もうとする相手チームのヘキサや
ガンブラスターを次々とやり過ごして、その機動力、運動性をフルにいかして翻弄していく。

 今回の模擬戦は、ジェスタのチームが三機編成で、敵が七機編成、と言うかなり不利な状況からスタートし
た。それに際して、ジェスタは自分がセカンドVの突出した機動性を武器に敵を撹乱することを提案。それを
実行に移したのである。サイコミュが拡大したジェスタの意識は、自身を取り囲む敵チームの動きを予測させ、
ライフルを撃つタイミングを読ませる。それを持って鋭い回避運動を取るため、相手チームはその動きに翻弄
されたのである。そして、その隙を突いて僚機がジェスタのセカンドVとうまく連携し、各個撃破をしていっ
たわけである。

 そのジェスタ機を、エアの管制塔から見ていたライアンは驚きの目を向けていた。セカンドVは確かにその
出自そのものは試作機、と言うか実験機であるため相当に怪しい機体だが、それでもミノフスキードライブを
搭載した機体と言うことで、思っていた以上に機体剛性は高いし、全備重量も軽く仕上がっているので高性能
な機体だということは理解していた。

 しかし、はじめから不利な条件で模擬戦をさせたにもかかわらず、あのジェスタがここまで鮮やかに戦い、
勝利を収めるとは思ってもみなかったのである。無論、全機を落としたわけではなく、チーム戦なので味方の
機体との連携もうまくやってのけたとはいえ、それでも今の模擬戦闘の結果は目を見張るものだった。

 そのジェスタの、パイロットとして一皮向けた様は育て上げた教官としては感慨深いものの、我が子が自分
の手を離れたような、そんな寂寥感も若干感じていた。

「たいしたものだ。あのひよっ子がここまで育つとはな」

 もう、一年近く前になるだろうか。リガ・ミリティアの新しいスタッフとなったジェスタの、子供の雰囲気
がぬけきらないころを思い出すライアン。あのころは、あまりにも気がはやりすぎて危険に写ったジェスタだ
が、半年にわたる地道な訓練を経て、幾度もの実戦を体験をすることで本当に一流の戦士になった。もはや、
ハルシオン隊でも一、二を争うパイロットであろう。自分もうかうかとはしていられないな、とライアンは苦笑。

「よし、お前たち。今日はこれで終わりだ。各自、着艦しろ」

 模擬戦闘が終了したのを見計らって、ライアンはそう指示を下す。それを受けた各機はスラスターをふかし、
各自帰投コースを取り始めた。そして、熟練を感じさせる動きを示して、着艦を成功させる。

 それを確認して、ライアンは移動を開始した。向かうはブリーフィングルーム。先の模擬戦をチェックし、
問題点を洗い出すのである。サイド2連合艦隊から移籍してきたパイロットの中には、まだまだ叩き甲斐のある
パイロットも多いが、それでも先の敵艦隊との小競り合いのおかげで戦死者は出たものの、チームとしてはか
なりまとまってきている。「隊長」として、その事実がとてもうれしく思える、ライアンだった。

 ブリーフィングルームでパイロット同士で話をし、ディスカッションをしている間、ジェスタは色々なパイ
ロットに囲まれ、盛り上がっていた。実験機に属するセカンドVは、彼らにとっても興味深い機体なのだろう。
彼らはセカンドVの高性能は賞賛しているが、やはりその出自から、乗りたいと言うものはいなかった。ジェ
スタとしては信頼できる愛機なのだが。

 とはいえ、彼らとしてはやはり、ミノフスキードライブを実装した実用型モビルスーツの実戦配備を願う声
は多かった。特に今日、ジェスタのセカンドVのアクロバティックな挙動を目の当たりにした敵チームのパイ
ロットはその思いが強かったようである。

 そして、今日の模擬戦についての話し合いが終わり、解散する際。ライアンはジェスタを呼び止めた。

「ジェスタ」

「あ、隊長」

 呼び止められて振り向いたジェスタは、かなり上機嫌なようだった。自分でも今日の成果は予想以上で驚い
てはいるようだが、同時にうれしくてたまらないのだろう。

「よくやったな」

「はい。でも、機体の性能のおかげですよ」

 そう言ってジェスタは少し落ち込んだ様子になる。それは確かだろう。ミノフスキードライブを実装したセ
カンドVの高機能。そして、本人には知らされていない、操作系とセンサーと連動し、きわめて良好なレスポ
ンスを生み出すサイコミュ。それらが、ジェスタの戦力を元々持っていた量以上に引き出しているのだから。

 ジェスタは、それらのことを肌で実感していた。何よりも、つい先日。何度も矛を交えあったフィーナらと
の戦いは、それを如実に表している。しかし、あの戦いが、ジェスタの勘を研ぎ澄ませ、感覚を磨いてその腕
を引き上げたのだ。だから、今。そのフィーナらの部隊がこの戦場を去ったことに、安堵を覚えると同時にジ
ェスタは少し、寂しさも感じていた。好敵手の不在、と言うことか、それとも別の感情に起因するのか。それ
はわからないが、とにかく、少しだがそういった思いを抱いているのは確かである。

「セカンドVはいい機体か?」

「はい。それはもう、びっくりするくらいに」

 ライアンの言葉にジェスタは笑顔でそう答えた。その言葉でジェスタがよほどセカンドVに入れ込んでいる
のかがわかる。それを見てライアンは口元に笑みを浮かべ、ジェスタの肩を軽く叩いて「よく休んでいろ」と
一言言って、その場は解散になった。

 そして、ライアンが自室に向かおうとしたとき。ブリッジへの呼び出しがかかった。それを聞いて少しだけ
不機嫌な顔になり、ブリッジに急ぐライアン。ブリッジに着いたライアンは、そこでなにやら不機嫌そうなハ
サンと遭遇することになる。

 そのハサンに声をかける前に、リンダに聞いてみた。

「どうしたんだ? 我が艦長は」

「よくわからないんですよ。暗号文を受理して、それを艦長が解析したとたん、むっつりしちゃって。ちょ
っと怖いんですけど……」

 中東系の彫りの深い顔をしたハサンが押し黙ると、確かに少し怖い。もっとも、いかつさと言う点で言えば
勝るとも劣らないライアンであるが。とにかく、不機嫌そうなハサンの元に向かうライアン。

「どうした艦長。責任者がそんな顔をしていると士気にかかわるぞ」

「おお。ライアンか。……余計なお世話だ。それに、お前もこれを見たら私と同じになる」

 いいながら、解析終了した暗号文を受け取るライアン。そして、それに目を通したとたん、ライアンは目を見開いて、

「馬鹿な。本気でこんなことをやらせると言うのか?」

「そのための装備を搭載した輸送艦が到着するそうだ。……上層部は、本気だよ」

 思わず激昂したライアンに、ハサンは低い声で答えた。その様子に、ブリッジクルーたちは互いに顔を見合
わせる。いったい何があったと言うのか。

「あの。艦長とライアン隊長。いったい何があったんですか?」

 恐る恐る聞いたのは、操舵士を務めるロジャーだった。そのロジャーに、不機嫌そうな男の視線が二対、突
き刺さる。こわもて二人ににらまれて、一瞬引くロジャーだが、差し出された命令書らしいその紙に目を向け、
そこに書かれている命令を見たとたん、目を剥いた。

「な!? セカンドV単独による強行偵察!?」

「それで、ザンスカールが建造中の宇宙要塞に出来るだけ近づき、データを持ち帰れ、と言っている。……正
気とは思えん」

 ロジャーの悲鳴に近い叫びに、ライアンが苦々しく答えた。その二人の言葉に、ブリッジクルー全員が愕然
とした。そして、その衝撃は、すぐに艦内すべてに伝播していくことになる。


 セカンドVはミノフスキードライブを実装したモビルスーツである。この機体特性がどういう意味を持つの
かと言うと、まず第一に挙げられるのが、推進剤を消費せずに推進できる、と言うことから余分な推進剤を積
み込まずにすむと言うことだ。それによって、セカンドVは最終的な全備重量ではかなりの軽量化を実現して
いる。(もっとも、変形、合体機能を持っているが故に機体剛性を確保するために大幅な補強を必要とし、そ
の結果本体重量の増加と言う問題も抱えたが)それともう一つの利点が、航続距離だ。

 通常、モビルスーツは積み込んだ推進剤を熱核ロケットによってプラズマ化させて推進力を得る。これがど
ういう意味を持つのかと言うと、つまり、推進剤を消費しつくすと動けなくなってしまう、と言うことだ。そ
れに対し、ミノフスキードライブを装備した機体はジェネレーターが機能する限り推進力を確保できる。モビ
ルスーツ用の核融合エンジンは、艦船用のものと比較しては確かに出力も劣るし、持続時間も短いものの、そ
れでもやはり、腐っても核融合エンジン。一度ヘリウム3を積み込み、それを反応しつくすまでにはかなりの
電力を生み出すことが出来る。当然、一度二度の戦闘でそれらを消費しつくすことはなく、連続で使用したと
て、エンジンそのもののヘリウム3は無補給でも年単位でもたせることさえ可能だ。(時にモビルスーツのエンジ
ンがダウンする症状が観測されるが、アレは燃料がなくなる為ではなく機体が搭載しているコンデンサーに蓄
えられた電力が一気に使い尽くされてしまうか、出力を上げすぎたせいでエンジンが過負荷で安全のために停
止するだけである)

 ジェネレーターさえ駆動すれば推進力を持続的に得ることも出来、加速も続けることが出来るミノフスキー
ドライブを実装したセカンドVは、つまりは通常のモビルスーツとは違い、理論上では無限の航続距離を得る
ことができるわけである。

 今回、ハルシオン隊に下された命令。それは、その特性を利用して超長距離の偵察行動をセカンドV単独に
行わせる、と言うものだった。理論上は確かに可能な話である。偵察行動をするのなら、モビルスーツ単独で
侵攻し、情報を収集するのは合理的な話だ。かつて、一年戦争当時にも強行偵察戦用のモビルスーツが開発さ
れたことがあった。(航続距離の問題があって、偵察機としては結局中途半端な存在となったが)常軌を逸し
た航続距離と、いざと言うときの逃げ足を両立したセカンドVに、敵陣深くまでもぐりこみ、偵察をさせると
いうのは、理屈からすれば理にかなった戦術であろう。

 だが、人の感情からして、それを飲み込めるかと言うと、けしてそうはいかない。当然だ。仲間一人にモビ
ルスーツに乗せて、敵の中枢にまで飛び込んで来い、などといえるものではない。当然、この話を聞いたハル
シオン隊のクルーたちは全員唖然とした後、騒然となって反対した。それに対し、ライアンは渋い顔をしてい
た。気持ちとしては皆と同じなのだが、組織の中で責任があるものとして、一概に言うことが出来ないのである。

 そして、セカンドVのメインパイロットの地位にいる、ジェスタはと言うと、難しい顔をしながら、現在。
モビルスーツデッキで、運び込まれた装備を身につけるセカンドVの姿を見つめていた。その顔には恐れはな
い。その姿を見て、セカンドVに強行偵察用の装備を装着している整備員たちはこんな無茶なことを提案した
上層部に憤りを感じていた。上層部の考えとしては、この任務に成功して手に入れたデータをもとに連邦軍の
艦隊を引き込むつもりなのだろう。よしんば失敗したとしても、失うのはモビルスーツ一機とパイロット一人
のみ。成功すれば大物が釣れるとあれば、賭けとしては非常に魅力的だ。

 しかし、現場の者としてはそういう気持ちになれるものではない。ましてや、この機体のパイロットを務め
ているのは若干十七歳の少年なのだ。その少年に、単独で、数日もの間孤独を押し付け、死地に飛び込ませる。
そんなことが、できるはずがなかった。

 だが、その一方で。セカンドVを見上げるジェスタに、それを拒否する意思はなかったのである。怖くない
わけではない。死なないと無邪気に信じているわけではない。それでも、ジェスタは逃げる気は、なかった。

「ジェスタ」

 セカンドVを見上げるジェスタに、難しい顔をしたライアンがそう声をかけてくる。ジェスタはライアンの
ほうに目を向けた。振り向いたジェスタの目を見て、ライアンは軽く驚いた。ジェスタの目は、落ち着いてい
たのだ。おびえている様子も、気がはやっている様子もない。そんな様子のジェスタに驚きを感じつつも、ラ
イアンは自分がここを訪れた理由を語った。

「ジェスタ。今回の任務。お前は降りろ。この機体には、俺が乗って偵察をしてくる」

 その言葉に、ジェスタは驚きを隠せなかった。その目は「なぜ」と語っていたが、ライアンはそれには答え
ない。言うまでもないことだからだ。経験も、技量も。ライアンのほうがジェスタより上だ。それを考えれば、
ライアンの意見は正しいだろう。生き延びることが出来る可能性は、ライアンのほうが高い。普通に考える
ならば、そうだった。しかし

「隊長。ダメですよ。この機体には、俺が乗っていきます」

「ジェスタ。お前。自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「はい。十分にわかっていますよ。それで、いっているんです。俺が、この機体に乗ってサイド2まで遠征する
って言ってるんです」

 ジェスタはライアンの目を見てはっきりといった。そこには狂気もなければ、ヒロイズムに酔っている様子
もない。そのことにライアンは戸惑いを感じた。なぜ、ジェスタはこんなに落ち着いてこんなことを放せるのだ、と。

「この機体は……いい機体です。こんなことを言ったら、隊長に失礼かもしれませんけど、きっと。隊長では
この機体のすべてを引き出すのは難しいと思います。以前、演習で乗ったでしょう、隊長」

「む」

 ジェスタの言葉にライアンは眉をひそめた。ジェスタの言うとおり、少し前。ライアンはためしにセカンド
Vに乗ってみたことがある。が、ライアンの感触からすれば、セカンドVはビクトリーよりパワー感はあるも
のの、ジェスタのように機体との一体化するような感覚はなかったし、ミノフスキードライブの機能を引き出
し、他の機体とは一線を画するような運動性能や機動力を引き出すことは出来なかった。これは、ライアンで
はセカンドVに搭載されているサイコミュを起動させられず、同時にバイオ・コンピューターとの同期が不完
全であることを意味する。

「この機体の性能だけでは、難しいと思います。でも、隊長。あなたが言ったんですよ?」

「なにをだ?」

「母と、妹を前に言ったじゃありませんか。俺には、生き延びる才能があるって。俺は、その隊長の言葉を信
じます。だから、大丈夫ですよ。俺は、生きて帰ってきます。この、頼もしい相棒とともに」

 そう言って、ジェスタは強い笑顔をしてセカンドVを見上げた。力強いシルエットを持つ、白い巨人。少し
自信過剰になっているのかな、とも思ったが、それでもジェスタはこの機体とならばどんな死地からでも帰還
できそうな、そんな気がしていた。

 ジェスタのそんな姿を見ていたライアンは渋い顔をしていたが、それでも頭の中では先ほどのジェスタの模
擬戦闘の様子やサイコミュの作動状況から考えて、単に「生き残る」だけならば確かに、自分よりジェスタの
ほうが上手かもしれない、と思った。だからため息をついて、

「わかった。ジェスタ。お前の意見を汲もう。だが、忘れるなよ。偵察任務は生き残ってこそ意味があるもの
だ。敵機に発見されたら、逃げて逃げて逃げまくれ。それだけを、絶対に肝に銘じておけ」

「了解!」

 ジェスタはライアンの言葉に敬礼で答えた。それを前にして、ライアンはジェスタを単独で死地に送りこま
ざるを得ない自分に激しい自己嫌悪を感じていた。

 そして、とりあえずその場を去り、偵察のためのスケジュールを組みに、話し合いをとることにした。


 それから数時間後。ライアンはハサンとともに、ジェスタをつれてブリーフィングルームにいた。この強行
偵察の詳細なスケジュールの説明のためである。三人の目の前の、球形の三次元モニターに、月、サイド2、
ザンスカールの各艦隊。そして、ハルシオン隊の艦隊が表示される。

「いいか。今、我々はここにいる」

 そう言って、ライアンが表示したのは月軌道の一部。サイド2よりの位置だった。そして、次に

「ここが件の宇宙要塞が建造中の宙域だ」

 表示されたのは、サイド2のはずれ。月から最も遠いコロニーであるザンスカール本国の、さらに外側の位
置にある。そのあたりには、かなり艦隊が密集しているようでもあった。

「お前がセカンドVで単独偵察を行う、と言っても、この場所から行くわけではない。それはわかっているだ
ろう。今わが艦隊は、このルートを移動しており」

 そう言ってハサンが三次元モニターの表面に指をついて、線を引くと月軌道から、ハルシオン隊の艦隊がサ
イド2領域へ向けて移動している航跡が表示された。が、あくまでもサイド2領域には入らない。サイド2には
まだまだザンスカールに恭順しているコロニーがいくつも存在しており、その偵察隊に見つかるわけには行か
ないからだ。

「この位置だ。およそ、丸一日後の23日の1300時くらいに到着したここで、お前の機体を出撃させる。そして
お前はセカンドVでこの航跡をたどって、予想される敵の防衛網をすり抜けて単身この空域に潜入してもらう」

 そのルートはやや迂回しているようだった。サイド2空域には入るものの、その後。ザンスカール本国から
離れた位置を選んで大きく迂回し、建造中の宇宙要塞の空域へと侵入する。

「それから、お前はセカンドVに搭載する偵察ポッドでデータを収集して、そのまま敵の空域を突き抜けて、
ここまでくればいい」

 航跡は要塞のある位置を通り抜け、そのまままっすぐにサイド2領域から離脱するコースをたどっていた。
その先で、サイド2の領域ぎりぎりを弧を描く航跡で移動してきたハルシオン隊の艦隊と合流して回収するよ
うである。そのことをしっかりと頭に入れるジェスタ。まあ、このことはすべてセカンドVのナビゲーショ
ンデータに入力済みであるのだが。

「任務の内容は理解できたな? なら、次はデッキに行って機体の装備のことを聞いて来い。もう、仕様の
設定は終わっているはずだからな」

 その言葉とともに、三次元モニターは写っていた星図を消し、薄暗くなっていた部屋は明るくなった。そ
して、ジェスタは敬礼を残してブリーフィングルームを後にした。それを見送って、ハサンとライアンは複
雑な顔をする。特にライアンは、今すぐにでも代われるものなら代わりたい、と言う顔をしていた。


 モビルスーツデッキに到着したジェスタは、なんだかすっかり姿が変わっているセカンドVを前にして驚
きを隠せなかった。まず、はじめに。偵察任務と言うことだろう。機体全体が、暗色系に塗り替えられている。
その上で、両肩のウェポンプラットホームに、見慣れない機材が取り付けられている。

 さらに、両肩のアーマーにも、見慣れない増加装甲が接続されており、腰のフロントアーマーに、何か機雷
用のコンテナに似たものが装備されていた。後目立つもとの言えば、両足のハードポイントにミサイルラック
が取り付けられていることだろうか。

 すっかり様変わりした愛機に驚いていると、セカンドVの最終調整をしていたニケがこちらに気がつきセカ
ンドVの装甲を蹴ってこちらに流れてきた。

「すっかり変わりましたね」

「まあ、ね。パイロットを生かして帰すのがあたしたちメカニックの仕事だ。だから、出撃寸前までこいつは
あたしたちが面倒を見るわよ。それはそうと、仕様を聞きに来たんでしょう? ほら、こっちに来なさい」

 言って、ニケはジェスタを引っ張ってコックピットに連れて行く。ジェスタは勧められるままにコックピッ
トシートにつくと、ニケに言われるとおりにコンソールを操作して、機体全体の概略図を呼び出した。

「見たらわかると思うけど、今ウェポンプラットホームについている奴。右肩についているのが、偵察ポッド
よ。この複合センサーはすごいから、これを起動させて飛ぶだけで任務は達成できるわ。それで、用が済んだ
ら破棄しなさい。少しでも機体は軽くしたほうがいいから」

「いいんですか?」

「いいわよ。役に立たないものをくっつけとくよりはずっといい。こいつで収集したデータはきっちり本体の
メモリに書き込まれるんだから。で、左肩についてる奴だけど、これはミノフスキー粒子を利用した撹乱装置
よ。機体が本格的に戦闘機動に入ったらまるで役に立たないし、ミノフスキー粒子が散布されていない空域で
使ったら逆に干渉波の反応で見つかっちゃうけど、相手も偵察を懸念して適当にばら撒いてるからね。それを
逆に利用してやるって訳。これも、本格的に機体を振り回すことになったら捨てなさい。一度見つかったら、
もう同じことだから」

 そういいきるニケの様子は、どことなく鬼気迫るように見える。メカニックの立場として、ほとんど特攻ま
がいの強行偵察などを提案した人間に激怒を通り越す感情を感じているのだ。それを、彼女は仕事に集中する
ための糧にしている。まさに、仕事の鬼である。

「それで、両肩のアーマーについている増加パーツのことだけどね。こいつは、試作型のIフィールドジェネ
レーターよ。V2用の追加オプションの奴を回してきたみたい。これはIフィールドを展開するから、ビーム
に対する守りは結構なものにはなるけど、欠点もある」

「欠点? 大出力のビームに対応しないってことですか?」

「ちがう。こいつを使ってると、シールドのIフィールドと相互干渉して、シールドが使えなくなる。だから、
シールドを展開したら同時にIフィールドジェネレーターがダウンするようになってるの。だから、あんまり
過信しないで。うっとうしくなったら捨てちゃってもかまわないから」

 不機嫌そうに言うニケ。肩のIフィールドジェネレーターが欠陥を抱えていながら、それでも装備させなけ
ればならないのが気にいらないのだろう。技術者としては気にいらなくても、それが生存性を高めることを理
解しているからだ。

「言うまでもないと思うけど腰のフロントアーマーについてる奴。これ、機雷だからね。逃げるときにばら撒
くこと。それから、足のミサイルポッド。これは全弾目くらましの照明効果とミノフスキー粒子が満載してる
奴だから。こいつを敵に向けて撃ったら、自爆してめくらましをしてくれるからその隙に全速力で逃げること。
ほんといえば追加ブースターの一つや二つつけたいけど、この機体の場合はそれはむしろデッドウェイトにな
るからね。だから、今回は諦めた。後、ホント。追い詰められたらあの裏コード。遠慮なく使いなさいよ」

「裏コード? ああ、ミノフスキードライブの出力開放の裏コードですか」

「そ。今のこいつは75%程度の出力にしてあるから。いざとなれば、こいつはあと33%近く出力が上がる
わけ」

 その言葉にジェスタは驚いた。出力を縛ってある、とは聞いていたが、まさかまだ33パーセントも推力が
増すとは思わなかったのだ。それも、ミノフスキードライブはメインスラスターとは違い、そのものだけで推
力のベクトルを自在に変更可能だ。(故に、絶対的な機体剛性を要求される)つまり、ミノフスキードライブ
の出力を開放すれば、それだけ機動力と運動性能が向上するわけである。もっとも、今言っている「100パー
セント」もユニットそのものが持つ潜在能力から見た全力からは程遠いものである。瞬間的に発生させられる
最大推力で言えば、今の言い方で言えば200パーセント。いや、それ以上を出すことも可能である。しかし、
そこまで出すと間違いなく機体が持たないだろうが。

 なるほど、と思い感心するジェスタだが、ニケはしっかりと釘をさすことは忘れない。

「いい? セカンドVがミノフスキードライブの出力をあえて抑えているのは、結局コアファイターとミノフ
スキードライブユニットの接続基部。後ドッキングブロックの剛性が足りないからなんだから。ちょっとやそ
っとじゃ開放しないように。いい?」

 据わった目で言うニケ。彼女の言うとおり、セカンドVはあくまでもミノフスキードライブを後付。外付け
にした機体に過ぎない。故に、はじめからこのユニットの搭載を前提に設計した機体に比べると構造的に脆弱
なのである。ニケが目を通した資料によると、一号機が百パーセントの出力で戦闘機動を取った場合、わずか
な時間でメインフレームそのものが歪んでしまい、オーバーホールを要してしまったという。

 そこまで詳しくは言わなかったものの、ニケの雰囲気からジェスタはそうしたニュアンスを読み取り、かくかくと頷く。

「あ、はい。わかりました。色々と説明、ありがとうございます」

「うん。わかればよろしい。この機体の整備はきっちりとしとくから。あんたは任務に備えて今から休んでな
さい。……機体には余分に酸素も積んどくからね」

 ニケはそう言ってコックピットから離れる。ずいぶんと疲れている様子だが、ニケをはじめとするメカニッ
クは全員。自分を生かして帰すために、この機体にかかりきりなのだ。それを考えると、胸が熱くなってくる。
絶対に死ねない。そして、任務の失敗も許されない。ジェスタは強くそう思ってから、明日から三日間。ずっ
と自分がすごすことになるコックピットの光景を見つめてから、そっとその場を後にした。


 UC153 5月 23日 サイド2近郊宙域

 巡洋艦エアとレオノラは月軌道を離れ、サイド2近郊領域へと近づいていた。そして、サイド2にそのまま突
入するわけではなく、サイド2の宙域を掠める航路を取ってそのまま離脱する。しかし、サイド2に最も近づい
たところで、一度減速をした。これから、強行偵察仕様に換装したセカンドVを放出するのである。

 その出撃を間近に控えたジェスタは、体にたまった排泄物をぎりぎりまで排出するなど、必要な準備を完全
に終えて、パイロットスーツに着替え、ガンルームで休んでいた。出撃前の昨夜はなかなか寝付けなかったも
のの、それでもきっちりと睡眠も取れた。

 ふう、とため息をつく。怖くない、と言えばうそになる。当たり前だ。これから、敵の目を盗んで敵の密集
する領域に入り込み、情報を入手して逃げ帰ってくるのだ。それに恐怖を抱かなければ、むしろ任務を下ろさ
れるだろう。

 それともう一つ、ジェスタが恐れるのは、これから三日間。敵と戦うとき以外は、常に一人でいる、と言う
ことだ。宇宙の中。狭いコックピットの中で、孤独でいること。それに、耐えられるか。それが、問題だ。
人と言う生き物は、基本的に孤独に耐えられる生き物ではないのだから。特に、変わり映えのない狭い空間に。
それを思うと、憂鬱な気分にならないわけがない。だが、自分が行くといったのだ。それを考え、気合を入れ
るために自分の顔を挟み込んで思い切り叩いた。ガンルームの中に、頬を張る派手な音が響き、同時にびりび
りと痛みが走った。

「いてて……」

 正直、やりすぎた。と思う。めちゃくちゃ痛い。目の中に、星が散った。しかし、同時に気合が入った。そ
れで、目に力を込めたジェスタは立ち上がると、ガンルームを後にすべくドアを開けて、そしてそこで足を止
めた。
 
 そこに、エアだけではなく、レオノラにいるはずのパイロットたちも、来ていたのだ。それに目を丸くする
ジェスタに、彼らは皆笑いかける。

「あ、あの。みなさん?」

「おら、ジェスタ、何ぼさっとしてやがる」

 あっけにとられたジェスタの手を、マジクが思いっきり引っ張る。そして、パイロットたちの中に放り込ん
だ。そのとたん、

「がんばって来いよ、ジェスタ」

「きいつけろよ。坊主」

「ま、せいぜい死ぬんじゃないよ」

 などと、彼らは口々に笑顔でいいながら、ジェスタの頭や背中を力いっぱいひっぱたく。それは、彼らの激
励だった。たった一人で死地に赴く最年少のパイロットに、唯一つだけしてやれることを、彼らはしているの
だ。ジェスタはもみくちゃにされ、頭に、背中に痛みを感じながら、この隊に入ったことを。パイロットにな
ったことに、感激していた。本当に、よかった、と。

 そして、もみくちゃにされた最後に、ライアンが待っていた。ライアンは髪の毛がぐちゃぐちゃになってい
るジェスタを前にして、にやり、と笑い、

「ジェスタ。一丁がんばって来い。土産話を期待しているぞ」

 そう言って、ジェスタの胸にその大きなこぶしを軽く叩きつけた。それを受けて、ジェスタは大きく敬礼し、

「イエッサー! 不肖ながら、セカンドVパイロット、ジェスタ・ローレック。これより偵察任務につきます!
きちんと土産は持ち帰りますので、隊員のみんなは首を長くしてお待ちください!」

 緊張は遠くに去り。孤独の恐怖も消え去った。ジェスタは偽りのない笑顔になり、そういうと、そのままパ
イロットたちに見送られ、背後から激励の言葉を聞きながらモビルスーツデッキに流れていった。

 モビルスーツデッキには、すでにすべての準備が整ったセカンドVがスタンバイしていた。そのコックピッ
トに流れていくと、デッキ内のキャットウォークに、この艦のすべての整備員たちが勢ぞろいしていた。彼ら
は全員ジェスタにそれぞれの激励のジェスチャーをしてきたので、ジェスタもまたそれに敬礼で答えると、コ
ックピットシートにつく。そして計器を確認。全部良好だ。当然だろう。このために、休むまもなく徹底的に
整備員たちが機体の調整をしてくれたのだ。それこそ、ねじの一つ一つや、溶接のすべてさえ、チェックが入
っているだろう。そのことに深く感謝しつつ、ジェスタはコックピットのキャノピーを閉じ、そのまま胸部に
格納させた。

 視界が一瞬だけ暗くなり、すぐにそれも切り替わって明るくなる。そして、見慣れた艦内のモビルスーツデ
ッキの姿が明らかになる。

「さて、じゃあ行くかな」

 そう口に出して、ジェスタはコンソールを操作して機体を立ち上げる。それからコントロールシリンダーを
握り、機体を動かした。機体の調子は最高だ。機体のすべてのモーターが、まるで自分の筋肉を動かしている
ように感じられ、機体に走る電気信号が神経に置き換わったような気分にさえなる。頭がすっきりして、精神
が高揚する。

 そんなふうに思って、つい笑みをこぼす。

「この感覚、癖になりそうだ」

 そう呟くと、ジェスタはセカンドVを歩かしてカタパルトデッキに向かう。モビルスーツデッキの空気が抜
かれ、そして目の前のシャッターが開いていく。シャッターの向こうに、星がちりばめられた宇宙の姿が見え
る。その、奈落を思わせる宇宙を前にして、しかしジェスタはそこに命の輝きを感じた。

「大丈夫だ」

 いいながら、ジェスタはセカンドVを前進させて、モビルスーツデッキの前方のカタパルトの、スリッパを履かせる。

『セカンドV、ジェスタ。発進準備、いい?』

 ブリッジから、オペレーターのリンダの声が聞こえてくる。それに、ジェスタは

「セカンドV。ジェスタ・ローレック。これより強行偵察の任務に発進します!」

『セカンドV、発進よろし。御武運を、祈ります』

 そう通信が届くや否や、カタパルトが作動した。急激に加速されるセカンドV。体に感じる急激なGも、い
つしか体になじんでいる。そして、勢いよくセカンドVは射出された。それと同時に、ジェスタはフットペダ
ルを踏み込み、ミノフスキードライブの出力を上げる。ジェスタの期待にこたえ、セカンドVは弾かれるよう
な加速を開始。あっという間にエアも、レオノラも視界から離れていった。が、その寸前。出力を上げたミノ
フスキードライブが、いきおいよくメガ粒子を吐き出した。それが、一瞬だけ翼を象る。それが、セカンドV
の発進を見送った二つの艦のクルーの目に焼きついた。

 そして、ジェスタのセカンドVは単身。宇宙の闇に進行して行った。星星の海を駆け、敵陣深くにもぐりこむために。



  MSデータ


  LM314V16St セカンドV 強行偵察仕様(ストーカー)

 頭頂高 15.2m  本体重量 13.8t 全備重量 20.1t ジェネレーター出力 6120kw

 武装 頭部バルカン・ビームシールド×2・ビームサーベル×2(2)・ハードポイント×10
    肩部ウェポンプラットホーム×2・偵察ポッド・ミノフスキージャマー・機雷コンテナ×2
    Iフィールドジェネレーター×2・ミノフスキー粒子型ECMミサイルポッド×2


 LM314V16Stは、莫大な航続距離を持つミノフスキードライブ装備機であるLM314V16の特性を生かした、通常
のモビルスーツからは考えられないほどの超長距離偵察行動を実行するための装備を施された機体である。
 この任務そのものはある種の思い付きによって行われた節があるが、実際のところ、リガ・ミリティアの技
術開発陣、および戦術戦略研究陣はミノフスキードライブ実装型モビルスーツの開発当初から、増槽などをま
ったく装備せずとも通常のモビルスーツとは比較にならないほどの巡航距離を誇るその性質から、モビルスー
ツ単独による超長距離偵察と言うプランは考慮に入れていたのである。この仕様が、考案から装備の手配。そ
して実戦投入までにわずか三日で行えたのは、そのためであった。
 ただし、このモビルスーツ単独による超長距離侵攻は理論上は可能であっても、現実にはかなり難しい、と
もされていた。考えればわかることであるが、モビルスーツを扱うのはあくまでも人に過ぎず、人は孤独に耐
えるのは難しい。さらに付け加えるなら、ビクトリー系列の機体は同時代のモビルスーツの中でもひときわ狭
いコックピットの構造を有している。なので、研究開発そのものは行われていても、現実的にはかなり無理が
あるプランだと目されていた。が、それを実行せざるを得なかったのは、それだけリガ・ミリティアとしても
切羽詰っていたからであろう。
 なお。機体としての強行偵察仕様の最大の特徴は、やはり肩のウェポンプラットフォームに装備された複合
センサーであろう。これはモビルスーツサイズで装備できるセンサー類の中でももっとも高度なセンサーシス
テムで、光学走査、電磁波、振動、微粒子は愚か、サイコミュ系のセンサーまで内蔵しているきわめて複雑な
システムである。ちなみに、建造費はこの一基でモビルスーツ数台分だと言うから、使い捨てるにはあまりに
も高価な機材であると言えよう。
 そのほかに、ミノフスキー粒子散布下の領域においてさらにミノフスキー粒子を散布し、それによってジャ
ミング効果を発揮するミノフスキージャマーを複合センサーとは逆のウェポンプラットフォームに装備してい
る。無論、電子機器の類に干渉し、誤作動を引き起こすというミノフスキー粒子の作用のため、前述したセン
サーで偵察行動をとる場合はこのユニットをオフにする必要があるが、それでもモビルスーツ単独でここまで
コンパクトなミノフスキー粒子の散布ユニットを製作できたのも、これまでミノフスキーフライトやミノフス
キードライブといった高度なミノフスキー粒子の応用機器の開発に全力をつくしてきたリガ・ミリティアなら
ではの装備といえる。
 ついで注目されるのが、両肩に装備されたIフィールドジェネレーターであろう。これは後にLM314V24に装備
されたIフィールドジェネレーターの前身に当たる装備で、その形状はウェポンプラットフォームを装備してい
るLM314V16にあわせて変更されている。なお、このIフィールドジェネレーターはその構造に極めて重大な欠点
を持っており、機体全体を包み込むIフィールドを発生させるのはいいが、そのせいでビームシールドを形成す
るIフィールドと相互干渉を引き起こし、ビームシールドの展開に悪影響を及ぼしたのである。ゆえに、やむを
得ずビームシールドを展開せざるを得ないときはIフィールドジェネレーターが一時的にダウンするようになっ
ている。この致命的な欠陥は、後にその欠点をIフィールドの制御プログラムをアップデートすることで解決し、
LM314V24に装備されたものには克服されていたが、LM314V16Stには間に合うことはなかったのである。
 そして至近距離で自爆させることによって、敵モビルスーツの電子装備にダメージを与え、わずかな時間め
くらましを行うのが、脚部ミサイルラックに搭載されたミノフスキー粒子型のECMミサイルである。これも
また、誘導のきかない状態で撃ち出されるものではあるが、自爆せずとも撃破されても効果を発揮するのでか
なり効果が期待できるものだが、コストの問題があって通常戦闘にはほとんど用いられなかったようである。
 機体は偵察任務のため、と言うことで暗色系に塗り替えられたわけだが、宇宙空間の場合、光を反射しない
暗色系の色を塗った場合、装甲がかなり熱を持つことが知られている。装甲が太陽光による高熱を帯びた場合、
内部の機械に悪影響を及ぼすことと赤外線を強く放射することで赤外線系のセンサーにより捕捉される恐れが
あるため、この機体には専用に開発した微小機械混合型の排熱型塗料を塗っている。これは、その名のとおり
塗料そのものに微小機械を組み込んでおり、その機械が自壊することで構造物を蒸散させ、冷却する機構を備
えている。これは対ビームコーティングと同じ原理であるが、太陽光の熱に反応し、効率的に作用するために
工夫が凝らされたわけである。そのおかげで太陽光で熱せられても効率的に排熱が可能なので、きわめて有効
な代物なのだが、いかんせん原理上、塗料そのものの寿命に問題があり実用化が見送られたのである。その寿
命は、長く持ってもおよそ一週間程度と、恐ろしく短い上に、生産コストもまた非常に高く量産には不向きな
のである。なので、その研究開発は途中でストップされていたのだが、それをわざわざ借り出してきてまでLM
314V16Stに塗装を施したのだ。
 総じて言えば、LM314V16Stは理論上はきわめて優秀な兵器であるが、その特性は旧世紀にアメリカ合衆国で
使用されていた戦略偵察機SR-71と非常によく似た、コストパフォーマンスが最悪な偵察機となってしまった。
なんと、この一機を出撃させるのに実にモビルスーツ二個小隊をそろえるだけの費用がかかるのである。故に、
この仕様は一度しか実戦に投入されたことはなかった。