UC153 5月 24日 サイド2領域内

 つやのない黒い塗装が施されたセカンドVがサイド2の領域内を飛行する。ミノフスキードライブを駆動さ
せての飛行であるが故に、スラスターの輝きもないため、視認性は恐ろしく低い。そんな状態でジェスタはセ
カンドVを順調にとばし、およそ二十時間以上飛行し続けていた。

 遠くにちらちらと輝くテールノズルの輝きが見える。それを機体のデータバンクと照合し、その光がシノー
ペのテールノズルであることを確認。それで、今。ザンスカールの勢力圏にすでに入ったことを認識した。距
離がかなり近いので、ひやりとしたが、作動しているミノフスキージャマーの効果と、迷彩塗装の効果は確か
なようだ。コックピットの中で、ふう、と息をつくジェスタ。

「今が第一次哨戒ラインに入ったんだよな」

 そう呟いて、コンソールを操作する。星図が表示され、今自分がたどってきた航路が表示される。かなり進
んできたようだ。まあ、時間をかけてミノフスキードライブでひたすら加速を続けているのだ。今のセカンド
Vの速度は一昔前に設定された、高機動型のMAを凌駕するまでの速度が出ている。もっとも、敵要塞の領空
内に入ればその速度も落とさざるを得ないのだが。

「しかし、本当にミノフスキードライブってのはすごいんだな」

 改めてそう思う。以前、ビクトリーに乗ってサイド2連合艦隊の支援に向かったときは、増槽を装備してな
お、戦闘中に推進剤がなくなりかけてひやりとしたものだった。今、セカンドVが進んできた距離は、あの時
に飛んだ距離の数倍以上だ。それなのに、まだまだ航続距離には余裕がある。

 とはいえ、この二十時間あまり。孤独でいたのは結構気が滅入る。気を利かせてくれたのか、セカンドVの
メモリに暇つぶしをするための色々なデータ、プログラムを入れてくれたのはいいのだが、それに傾倒するわ
けにも行かない。なので、結局それらを適当に使って暇をつぶしつつ、睡眠をのぞく大半の時間は変わり映え
のない宇宙の光景を眺めるしかなかったのだが。

 ふう、とため息をついた。敵の哨戒ラインに入ったからには、もう寝る余裕はあるまい。幸い、眠らずに何
とかなるように興奮剤に分類される薬物も受理している。(常用するとかなり危険だが、こういう場合は仕方
がない)それが収まったメディカルボックスはシートの後ろの、開いたスペースに収納されている。食料など
と一緒に。

 それを思い出したのか、ジェスタはため息をついてシートの後ろに収納している荷物の中から食事を取り出
す。食事、と言っても、あいにく普通の食事でもレーションですらなく、ゼリーのようなものだ。これは、ス
ペースをとらないためにすることと、最大の理由は排泄物を最小限にするためだ。消化吸収に非常に優れ、最
小限の水分を摂取するこのゼリーだけを摂取していれば、理論上は排泄物はほとんど出さない。食物をとって
いる、と言う実感はほとんどないので精神衛生上最悪の食物ではあるが。

「さて、このまま順調に行けばいいんだけど」

 ジェスタはそう呟くと、真剣な眼差しになってモニターに目を向けた。まだ、もっとも外側の哨戒エリアに
立ち入ったばかりに過ぎない。後幾重にも張り巡らされた哨戒、防衛網を潜り抜けて偵察を完了させるには、
スケジュールどおりに行っても、後最低48時間はこのコックピットに閉じ込められなければならないのだ。

 
 UC153 5月 25日 サイド2外れ ザンスカール領域内 宇宙要塞エンジェル・ハイロゥ建造宙域付近

 サイド2の外れ、ザンスカール帝国本国のスペースコロニー、アメリアよりなお外側の空域に、現在。大量
の艦艇が集結していた。その大多数はザンスカール船籍の軍用艦であるが、中にはきわめて大型の輸送艦も多
くまぎれている。そのほとんどは、惑星間航行が可能な大型輸送艦である。その船籍は、ほぼすべてが木星開
発公団のものだ。つまり、これらの大型輸送艦はそのすべてが木星からきているのである。

 その輸送艦が、巨大なコンテナを開放すると、中からさまざまな部品が搬出される。その多くは金色の金属
で構築された装甲板や、アンテナ類。そして、人が一人入る程度の小さなカプセルなどである。そのほか、無
数の資材が木星船団から放出され、さらにはザンスカール本国からも大量に物資が運び込まれる。

 それらの資材を、モビルスーツやモビルワーカーなどの手によって運ばれ、くみ上げられていく。そして、
それを護衛する周囲の軍艦の中に、ひときわ巨大な艦がある。かつてスクイード2と呼ばれ、現在。ダルマシア
ンと改名された地球圏最大の戦艦である。

 かつてカイラスギリーの司令塔としての機能を持ち、タシロ・ヴァゴが乗艦していたこの艦は、名を改める
と同時にその主も変わっていた。現在のこの艦の役割は、ズガン艦隊の旗艦である。故に、この艦の主はいま
やムッターマ・ズガンであった。とはいえ、今現在この間に乗艦している中で、一番の実力者は彼ではなく、
ダルマシアンのメインブリッジのズガンの座る司令席の横に備え付けられたシートに座る隻眼の老人。フォン
セ・カガチであったが。

 カガチは今、ダルマシアンのブリッジのガラス越しに見える建造中の要塞。エンジェル・ハイロゥに見入っ
ていた。老人の鋭い猛禽のような目は、自らの望みをかなえるその要塞が形を成していく光景を感慨深げに見
つめていた。

「それでズガン。エンジェル・ハイロゥの状況はどうなっておる?」

「現在すでに必要な資材のほとんどは運び込まれております。組み立てには当分の時間がかかりそうですが、
ご存知のとおり連邦政府との休戦協定の締結が後数日以内に完了いたしますので、組み立てにかかる時間は確
実に稼げるでしょう。ただ、予想外なのはサイキッカーの数が予定に届かないことですが……」

「それに関してはこちらのほうで手配しておる。幸い、地球のほうにもあてはあると聞いておるしな。ならば、
最大の問題はやはり、リガ・ミリティアどもとなるか。奴らが連邦軍を引き込むとなると、これは少し厄介と
なろう」

 カガチは手袋に包まれた手で自らのあごをさすってそう言った。木星と地球を何度も行き来して外と内から
地球圏を長きに渡ってみてきた男は、ジオン独立戦争。一年戦争からずっと。繰り返された騒乱と、それによ
って疲弊した地球圏。そして、それらを目の当たりにしてもまったく変わろうとしなかった人類に、絶望すら
感じていた。このエンジェル・ハイロゥはそのために用意したものである。

 それを眺めながら、カガチは呟く。

「所詮、奴らは狭い視野でしかものを見ることが出来ぬ愚劣なやからだ。これ以上、変わりばえなく地球圏に
いたとて、待っておるのは世界との共倒れであろうに。それもわからず、いたずらに抗うとは……」

「いたし方がありませぬ。所詮、人の革新などそうたやすく迎えられるものではありますまい」

「うむ。人類のすべてがニュータイプになれぬとあれば、こうするしかない、と言うことだ。シャアも、ドゥ
ガチも結局は失敗に終わったが、私は奴らとは違う。私情を挟みすぎたが故に失敗したあの二人は所詮、その
程度であったわけだが」

「……そうですな」

 カガチの言葉にズガンもそう答え、うなずく。ズガンもまた、カガチと同じく木星船団に属し、地球圏と木
星圏の間をその人生の間に何度も往復してきた身である。かつては、一往復するのに十年近くの年月を要した
木星船団。そこに人生をささげ、辛酸をなめる人生を送ってきたズガンやカガチにとって、地球圏に寄生し、
そこの資源をむさぼり、内輪での争いばかりを繰り返す地球圏の人間は許すべからざる存在である。これは、二
人だけではなく、木星、火星圏の人々や、それらの地域と地球圏を往復するすべての人々の総意であった。で
あればこそ、こうして木星開発公団や、木星圏そのものの人々がエンジェル・ハイロゥの意味を知ってそれに
協力するのである。

 こうして、二人の老人は「天使の輪」と言う名を冠する断罪の刃の完成を、心待ちにするのである。


                     *****


 建造中のエンジェル・ハイロゥを遠くに望む宙域に、第三の哨戒、防衛ラインが引かれている。そこに、一
隻のアマルテア級戦艦が航行していた。エンジェル・ハイロゥの防衛艦隊の一つである、タシロ・ヴァゴ率い
る第三艦隊に所属する戦艦である。

 そのアマルテア級戦艦の舷側にある窓から、外の風景を見る少女の姿があった。軍服に身を包んだ彼女は、
フィーナである。その近くには、サフィーもミューレもいる。彼女たちはモトラッド艦隊の支援任務を終えて
本国に帰還すると同時に、タシロ艦隊の一部として、今度はエンジェル・ハイロゥの防衛艦隊に勤務すること
になったのである。

 そんな彼女たちにとって、戦艦の窓から遠くに見える、建造中のエンジェル・ハイロゥを見るのは複雑な心境であった。

 エンジェル・ハイロゥに関する細かいデータなどは、当然のことながら彼女たちには知らされてはいない。
しかし、彼女たちにはそれがなんなのか。どういう機能を持っているのか、おぼろげながら理解できたのだ。
だからこそ、少々不愉快な気分にも、なる。

「……やっぱさ。あたしたちの存在って、アレのためにあったんだよね」

 眉をひそめてフィーナはそういう。はるか遠くで徐々に形を作り始めた、金色の要塞を見ながら。その言葉
に、ミューレとサフィーがフィーナと同じように窓に近づき、エンジェル・ハイロゥに目を向けて、

「おそらくは、そうでしょうね。詳しい説明は何も聞いていないけど、アレは。巨大なサイコミュみたいだし」

「……あのさ。あれって、ずっと前にボクたちが起動テストやらされた奴に似てるよね? 結局動かなかった
奴、あったでしょ?」

 ミューレは二人のほうに目を向けて、そう言った。その言葉に、フィーナもサフィーも少し考えて、記憶の
底から該当するものを掘り出した。確かに、覚えがある。ニュータイプ研究所では大きすぎて格納できなかっ
た、大型のサイコミュのユニットを、宇宙に運び込み。それに三人は連れて行かれて起動テストを受けたこと
があった。アレの見た目は、大体百メートル程度であったが、円形をした形は、確かに。今作っているエンジ
ェル・ハイロゥに似た金色のユニットで構成されていた。

 それはまさしく、エンジェル・ハイロゥのプロトタイプである。カテゴリーで言えば、ノーマルに分類され
る「ニュータイプ」である彼女たちではまったく起動することもなかったそれは、特殊な特性を持つニュータ
イプでなければ起動させられない。フィーナらはそのことについてはまったく知らなかったものの、はるかか
なたで形を作りつつあるあのエンジェル・ハイロゥに対して、いい知れない不快感を感じていた。

 被検体としての自分たちの成果が、あの巨大な機械だと言う。そのほか、おそらくはサイコミュ搭載型のモ
ビルスーツなども開発しているのだろうが、どちらにせよ。自分たちは踏み台として扱われた、と言うことだ。

「自分たちの立場くらい、自覚してるつもりはあったけどさ」

「こうしてああいうものを見せられると、正直いい気分はしないわね」

 エンジェル・ハイロゥを見ながら呟いたフィーナの言葉に、サフィーが続けた。その言葉にサフィーのほう
に目を向けると、サフィーは醒めた目をエンジェル・ハイロゥに向ける。次いでミューレに向けても、同様の
目を向けていた。二人とも自分と同じか、と思い、つい笑みをこぼす。なんだかんだといって、あそこでずっ
と一緒にいた三人は、ほとんど姉妹のような関係のようだ。

「さて、と。いつまでもあんなの見ててもしょうがないしさ。ちょっと何か……」

 そこまで言ったとたん、フィーナは怪訝そうな顔をした。今、感じた。よく知る、あの感覚を。だが、まさ
か、と思った。ここは、エンジェル・ハイロゥの空域だ。月の近くではない。だから、気のせいか、と思った。
しかし、首を横に振った瞬間に、もう一度、感じた。

「まさか」

 真剣な様子になってそうつぶやくと、フィーナは再度窓に取り付いた。その姿に、不思議そうな顔をするサ
フィーとミューレ。が、そんな様子に気づかず、フィーナは目を凝らして窓の外を見る。が、何も見えない。
しかし、今感じたあの感触。頭の中にささやくような、アレは間違いなく月で幾度となく感じた、アレだった。

 わずかに考えてから、フィーナは大きく深呼吸してから、目を伏せて意識を研ぎ澄ませた。フィーナの意識
が拡散、放射され、それが周囲に広がっていく。そして。

「! いた! やっぱり気のせいじゃなかった!」

 かっ! と目を見開き、そう叫ぶフィーナ。その言葉に一瞬唖然とした二人だったが、フィーナのこうした感
覚の優れたところは二人とも認めているし、月で幾度となく戦った敵の中に、フィーナと「通じ合う」セン
スを持つ相手がいることも、理解していた。だから、フィーナがいいたいことはすでに理解している。

 だが、彼女たちの知る常識からして、それはありえないだろう、と言う思いがあるのも事実だ。こんなとこ
ろに敵がもぐりこんでくる、と言うことも、これまで見つかっていない、と言うことも。それらすべてが、常
識を覆していた。

「行くよ、二人とも。敵が来てるよ」

「え、ええ。わかったわ」

「りょーかい」

 フィーナの言葉に二人は同意し、その場を離れる。すぐに更衣室でパイロットスーツに着替えると、モビル
スーツデッキに向かう。すると、そこに立ち並ぶモビルスーツの整備をしていた整備員たちに呼び止められた。
当然だ。彼女たちが今、ここに現れる理由はない。偵察の任務は受けていないのだから。それに対し、フィー
ナは大真面目な顔で答える。

「ちょっと偵察にでてきます。なんだか感じ取れるものがありますから」

「感じ取れる、といってもな……」

 その整備員は、フィーナの言葉に困り顔になった。フィーナら三人が「ニュータイプ」であることを、もは
やこの艦で疑うものはいない。しかし、だからといってこんなことを言われても、困ると言うものだ。

「リグシャッコー。出せますよね?」

「あ、ああ。それは間違いない。アインラッドも整備は終わってるが……」

「よかった。ありがとうございます」

 整備員の言葉に笑顔で答えるフィーナ。それに、整備員は思わず言葉を失う。そして、そのままフィーナは
自分のリグシャッコーのコックピットに流れていき、シートについた。そのままハッチを閉じて、通信をブリ
ッジにつなぐ。

「ブリッジ。こちらガーネット小隊小隊長、フィーナ・ガーネットです。応答、願います」

『こちらブリッジ。どうしました、ガーネット少尉』

 すぐにオペレーターからの応答が返ってきた。それにフィーナは続けて答える。

「スクランブルの要請をします。ガーネット小隊、偵察の許可を。敵襲の可能性があります」

『敵襲?』

 フィーナの言葉に、怪訝そうな声を返してきたオペレーター。当然だ。この空域がどういうところかを考え
れば、こうも答えると言うものだ。それに、フィーナは頷いて、

「はい。あくまでも可能性、と言うことでして。確認のために、出撃の許可を願いたいのですが」

『しかし……』

『かまわん。許可を出す』

 と、オペレーターが戸惑っていると、その後ろから声が響く。オペレーターがそちらを振り向くと、そこに
この艦の艦長の姿が。それに若干驚きつつ、

「ありがとうございます、艦長」

 敬礼をしてそう答えるフィーナ。それに艦長は頷いて見せて、

『成果を期待している。ガーネット少尉』

「了解」
 
 艦長の言葉にそう答え、フィーナは通信をきった。それからリグシャッコーの起動の準備を進めて音声を外
部スピーカーに切り替えて、

「ガーネット小隊、出撃します。メカニックマンの方々。退避願います」

 そういうと、一瞬。あちこちで作業をしていた整備員たちは一斉に手を止めて、それから驚いたように荷物
をまとめ、さっさと退避を完了させた。さすがに前線勤務を経験していると、こういった手際は早いな、とフ
ィーナは場違いな感想を思う。

 整備員たちが退避を完了すると同時にモビルスーツデッキから空気が抜かれる。それに合わせてフィーナは
リグシャッコーを動かして、モビルスーツデッキの片隅に置かれているアインラッドとリンクをつないだ。そ
して、アインラッドもまた起動して、自律駆動してリグシャッコーのもとに向かってくる。それにリグシャッ
コーは乗ると、

「ガーネット小隊、一番機。フィーナ・ガーネット。出撃します」

 そう言って、開かれた出口からフィーナはアインラッドに乗ったリグシャッコーを飛び出させた。それに、
二番機サフィーが。狙撃用のビームランチャーをハードポイントに接続したミューレの三番機が続いた。

「……どういうつもりかは知んないけど。来たからには容赦しないよ、ジェスタ」

 モニターの一角に目を向けてそう呟くフィーナ。リグシャッコーに乗って、サイコミュのおかげで拡大され
たフィーナの意識は、闇にまぎれて見えず、機体のセンサーが捕らえきれないジェスタの姿をはっきりと認識
していた。アインラッドに乗ったリグシャッコーは、そのまままっすぐに獲物に向かっていく。

 三機のリグシャッコーが出撃して行ったアマルテアのモビルスーツデッキは、出撃終了後シャッターが閉じ
られ、再度空気が注入される。それから退避していた整備員たちがわらわらと出てきた。彼らは口々に驚きの
声を上げていたが、愛想もよく、戦果も十分に挙げている三人娘の悪口などはほとんど出ない。むしろ、「疲
れているのかも知れんな」とか、「大変なことだ」などと、その身を心配する声のほうが多い。

 そんな中、フィーナに声をかけたあの整備員が、少し首をひねっていた。先ほど声をかけたときの、あの笑
顔が心に焼き付いていたのである。愛想笑いでも、普通に笑っているわけでもない。先ほどの、フィーナの笑顔。

 それはまるで、恋人との逢瀬を楽しみに待つ思春期の少女のような笑顔だったな、と彼は思った。


                     *****


 セカンドVを駆り順調に第一次、第二次哨戒ラインを外回りの軌道を取ってやり過ごしたジェスタは、大き
くため息をつきながらわずかに肩から力を抜いた。しかし、すぐに第三次哨戒、防衛ラインが待っている。幸
いにも現在は敵機に見つかってはいないが、さすがにもうすぐその幸運も尽きるだろう。おそらく、最終哨戒、
防衛ラインに突入する前には敵に補足されるだろう。今のままだと、隕石などと誤認されなくもないが。

 ジェスタはモニターを見ながら、神経が急激に削られていくのを実感していた。遠くにちらつくテール・ノ
ズルの輝き。それらが、いつこちらに向かってくるのか。それを思うと胃に穴が開く思いだ。

 そんなことを考えながら機体を走らせていて、そして。ついにそれを視界に入れた。

 はるか遠方。無数の輝きが蛍のように舞うその領域の中央に鎮座する巨大な建造物。まだ距離があるのに、
それでも目に見えるのだ。それが、今回の目標。建造中の宇宙要塞。

「なんて大きさだ。コロニーの半分はあるんじゃないか?」

 思わずそう呟くジェスタ。まだ、建造中で組み立てが始まったばかりであるが、ばらけているパーツの様子
から完成時のサイズの予想はつく。その大きさからすると、大体20q程度か。コロニーの大きさが、直径6
km。長さが40qだから、このジェスタの感想はあながち間違いでもない。

 そのあまりにも大きな姿に圧倒されつつも、ジェスタはひるむことなく表情を引き締めると、さらにセカン
ドVを侵攻させた。しかし、その時だった。覚えのある、あの感覚。こちらに向けられた人の意思を感じる。

「フィーナめ。こちらを見つけたか」

 前方。自分から見ると斜め下の方位から接近する意志を感じ取る。それを確認し、舌打ちとともに、フット
ペダルを踏み込む。機体を加速させて、このまま逃げようとそう思ったのだ。今のままのスピードでも、おそ
らくはフィーナたちの機体はこちらに追いつくことは難しい。この上で加速すれば、確実に逃げ切れるとジェ
スタは判断した。だが、フィーナたちはそんなに甘い相手では、なかった。


                     *****


 三機のアインラッドがまっすぐに目標地点へと向かう。そのコックピットの中で、フィーナは目を閉じてい
た。侵攻していくジェスタの、正確な位置を割り出すためだ。そして、伏せていた目を開く。正確な位置を割
り出したのだ。

「早いわね。あの動き」

 フィーナは感じ取る気配から、ジェスタの乗る機体のスピードがかなりのものであることを認識した。それ
も当然だ。長い時間をかけてミノフスキードライブを使い、加速を続けてきたのだ。現在の速度はもはやモビ
ルスーツの域をはるかに超えている。それを知ったフィーナは、おそらく交戦時間は極端に短いものになるだ
ろう、とおもう。

 そして、自分の機体からわずかに遅れて追従してくるミューレ機に通信をつなぎ、

「ミューレ。わかってるね」

『合点承知!』

 そういうと、ミューレはリグシャッコーにビームランチャーを握らせ、それをジェスタのセカンドVのいる
空域に向ける。

『そんな言葉。どこで覚えてきたの?』
 
 と言う、場違いなサフィーの質問にはミューレは答えず、間髪いれずに何発ものビームを放った。そのビー
ムを見て、フィーナはおや、と思う。いつもはビームをかなり絞って狙撃すると言うのに、今回は若干それが
ゆるい。あれでは遠くに行くに従ってビームは結構拡散してしまうだろう。だが、フィーナは口出ししなかっ
た。狙撃に関しては、ミューレは天才的といっていい。自分の及ばぬことに口出しするほど、フィーナ
は傲慢ではなかった。


 セカンドVを加速させたとたん、セカンドVを追う三機のうちの一機が、唐突に撃ってきた。一瞬、正気か? と思った。
それほどに、まだ距離がある。この距離で、しかも動く敵を狙撃するなど普通は考えない。
しかし、これまで戦ってきた経験で、フィーナの仲間の一人が、常軌を逸した狙撃の技術を持っていることを思い出した。

 ジェスタから見て、斜め下の方向からメガ粒子が撃ち出された。それはセカンドVに直撃するコースと、鼻
先に叩き込んで足を止めるための一撃。それに、回避コースを想定した狙撃。いずれも、必殺の気合が入っている。

「ちぃ!」

 舌打ちとともに、機体に回避運動を取らせる。サイコミュで拡大されたジェスタの意識は、放たれたビーム
の軌道を一瞬早く読み取ることが出来たがゆえに出来る芸当だ。が、

「なに!?」

 こちらに撃ち込まれた大出力のビーム。それは遠距離の狙撃のために、かなり収束されて撃ちだされたもの
の、以前の戦いでこちらが避けたことを計算に入れたミューレが、若干収束を甘めにしたのだ。それゆえに、
セカンドVのいる空域までビームが到達したころには、かなり拡散していた。

 拡散したビームが、まるで散弾のように襲い掛かる。それも、一発二発ではなく、連続的に。しかも、ジェ
スタの回避運動を計算に入れての芸当だった。その、信じがたいほどの離れ業を前にしては、さしものジェス
タも、セカンドVも逃げ切れることはかなわない。

 回避運動を取るもむなしく、セカンドVはビームの直撃を受ける。そのとたん、機体が激しく揺れ、弾き飛
ばされた。コックピットの中で、ジェスタは「ぐぅ」というくぐもったうめき声をあげる。しかし、セカンド
Vは健在だ。

「あ、Iフィールドがなければ確実に落とされていた……!」

 弾き飛ばされた機体の体勢を立て直しつつ、ジェスタはそう呟く。その顔は青ざめていた。今自分が相手に
している敵が。これまで相手にしてきた相手が、いかに強敵なのか。それを思い知らされたのだ。しかし、

「悪いが、ここは逃げ切らせてもらう!」

 背後から次々とビームが撃ちこまれてくる中、回避運動をとらせつつそう叫ぶと、ジェスタはフットペダル
を目一杯に踏み込む。核融合ジェネレーターがうなりをあげて電力を生み出し、それがミノフスキードライブ
に注ぎ込まれる。そのとたん、背中に張り出したミノフスキードライブユニットが光を帯び、次の瞬間。大量
のメガ粒子を放出しながら機体を弾かれたように前進させる。

 そして、一気に距離をとった。ミノフスキードライブの出力を上げて、戦闘機動を取れば通常の機体では逃
げる相手を追い詰めるのは難しい。特に、はじめから距離が開いていれば、なおさらだ。


 大きくメガ粒子を放出しながら一気に加速していくセカンドVの後姿を見ながら、フィーナは若干厳しい顔をした。

「何よ、あんないんちき。何であのスピードであんな機動がとれるのよ!」

『そーだそーだ! いんちきだよ、あんなの! 何でバリアーなんてつけてるんだよ、反則じゃないか、あんなの!』

 去り行くセカンドVに毒を吐くフィーナに続いて、ミューレもそう続けた。先ほど、直撃した、と思った瞬
間に、セカンドVの目前でビームが霧散し、吹き飛んでいった。それから見て、あの機体はIフィールドバリ
アーを装備しているようだ。それでいて、直進だけではなく、その速度を保ったまま複雑な戦闘機動を取った。
今の光景は、かなり驚かされた。通常、モビルスーツが直進していて軌道を変えるには、AMBACとアポジ
モーターを駆使して姿勢を変え、最終的にはメインスラスターの噴射を利用して一気に軌道を変える。なので、
そんな気配も見せず高速度を保ったまま戦闘機動を取るのは物理的に困難なのである。

『足を止めなきゃどうしようもないわね、アレは』

 そう言ってきたのは、サフィーだった。それにフィーナは後続の二機に目を向けて、

「そうね。あたしたちがビームを撃ったから、それでスクランブル発進を始めてるもの。それでかなり足止め
を食うことになるわ。いくらなんでも、そのまま直進するわけには行かないでしょ?」

『そうね。じゃ、エンジェル・ハイロゥに』

『先回りだね!』

 フィーナの言葉に、残り二人がきちんと続く。それに満足げに笑みを浮かべたフィーナは、はるか遠くで次
々と発進されていく友軍の機体と、その群れの方角から若干逃れつつもエンジェル・ハイロゥを目指すセカン
ドVに意識を向けて、

「この鬼ごっこ。まだ負けたわけじゃないわよ?」

 と、まるで楽しんでいるように笑みを浮かべると、まっすぐにエンジェル・ハイロゥに進路を取った。


                     *****


 一気に加速して三機のアインラッドを振り切ったジェスタは、モニターで後方の三機の航路を確認。光点が
軌道を変えて追跡を諦めたように見える。それをみて、ジェスタは怪訝な顔をした。

「なんだ? あいつらにしてはやけに素直に引いたな」

 そう思って、今度は前に目を向けて、忌々しげな顔をした。前方に展開されている艦隊。そこから、スクラ
ンブルで迎撃機が出撃している様子が見えるのだ。それだけではなく、周囲を哨戒しているシノーペからも、
係留しているゾロアットが次々に離脱。こちらに向かってきているのが、この目で確認できた。

「なるほど、このせいか」

 フィーナらが引いた理由を察し、いやな顔をするジェスタ。先ほどの攻防を目の当たりにして敵機が進入し
たことを察知したらしい。それにしては少々早すぎるな、とも思ったが、それはフィーナたちの乗っている艦
が、フィーナの小隊が戦闘に突入したのを確認して敵機確認。迎撃要請を発信したのだ。それによって、現在。
こちらを目指して敵が殺到してきているわけである。

 とはいえ、その動きは少々ばらけている。これはセカンドVの視認性が低く、現在稼動しているミノフスキ
ージャマーが敵のセンサーの働きを阻害し、位置を特定させづらくしているからである。また、十分に加速し
ているため、それで動きをつかみにくい、と言うこともある。

 しかし。およその位置はつかんでいるようで、敵はこちらを包囲する形で展開してきている。そして、艦隊
にも動きがあった。

「くそ。そんなのありか!」

 叫ぶと同時に、艦隊が対MS用のミサイルランチャーを発射したのだ。小型のミサイルがばら撒かれる。そ
れにあわせて、迎撃機がこちらに向けてめくらめっぽうにビームを撃ってきた。

「ちぃ!」

 叫びながらジェスタはセカンドVを操る。しかし、加速しすぎている状態ではIフィールドで防御可能なラ
イフルのビームはともかく、高速で接近する小型のミサイルはかわしづらい。仕方がないので、ジェスタはミ
ノフスキードライブの出力を上げて逆方向のベクトルに推進力をかける。それで、セカンドVは減速した。ど
の道、偵察行動に入る前に減速しなければならないので同じことなのだが、それでももう少し加速したまま敵
をやり過ごしたかった。そして、そのままミサイル網に突っ込んだ。

 セカンドVはミサイル網を突破するためにその運動性をフルに生かしてやり過ごす。が、それでもばら撒か
れたミサイルをすべてかわすのは難しく、よけきれないと判断したものはライフルで撃ち落した。しかし、そ
れで自機の位置が敵に完全に把握されてしまった。

 迎撃機の進路が一斉に変わる。と、同時に艦隊からの攻撃は終了した。友軍機の安全を確保するためである。
それは助かった、と思うが、今度はセカンドVに殺到する敵迎撃機への対処を考えなければならない。

「まったくわらわらとよくでてくる!」

 ざっとみただけでも、迎撃に出てきた敵機の数は三十は下るまい。そして、よくみるとまだ出撃しているし、
エンジェル・ハイロゥの守りも厚くなっているようだ。

 迎撃機をまともに相手をしていたら、時間を食いすぎるし、何より。これだけの数の敵を相手にするのは実
質不可能である。だから、ジェスタは強行突破を目指す。機体の出力を上げ、ミノフスキードライブをフル稼
働させる。今度は加速のためではなく、発生させる推力のベクトルを高速で変化させることで運動性を確保す
るために。

 包囲する形で迫り来る敵の陣形を、ジェスタはモニターだけではなく、サイコミュのセンサーが認識する感
覚をも使って読み取る。それで比較的層が浅い領域を目指して機体を迂回させた。そんなセカンドVを追って、
敵の陣形がさらに変わると同時に一斉にビームを撃ってきた。

 その様は、まさにビームの雨と呼ぶにふさわしかった。それを、セカンドVは抜群の運動性能で回避するも
のの、当然、すべてはかわしきれず、何発も直撃を受ける。機体は揺れるも、Iフィールドの加護があるおか
げでまだダメージらしいダメージはない。しかし、

「くそ! このままビームを受けすぎたらIフィールドジェネレーターがダウンしてしまう!」

 Iフィールドは確かにビームバリアーになるが、けして万能ではない。MA用の大型のIフィールドジェネ
レーターならば冷却装置もしっかりしているため、長時間の可動にも過負荷にも耐えられるが、セカンドV用
のこれはあくまでも後付装備で冷却機能もそれほど優れているわけではない。なので、このままだとジェスタ
の言うとおりIフィールドジェネレーターがダウンしてしまいかねない。

 なので、ジェスタは機体に回避軌道を取らせつつ、脚部ミサイルポッドからECMミサイルを射出させた。
それは途中でビームに撃ち落されたものの、その場で爆発的に光を放つ。その瞬間、セカンドVのモニターも
光に包まれ、同時に周囲に撒き散らされた高密度のミノフスキー粒子のせいでセンサー感度がダウンするも、
ジェスタはそれをサイコミュで拡大された自分の感覚で補い、同時にミノフスキードライブの出力を上げて一
気に機体を吶喊させた。

 セカンドVは背中からメガ粒子の刃を生み出しながら、敵の中に突入。動きが停滞した敵の合間を縫って、
セカンドVはミノフスキードライブが生み出したメガ粒子の刃を振り回して敵機をまとめてなぎ倒しながら、
包囲網を強引に突破。そして、そのままエンジェル・ハイロゥを目指して突き進む。

 そんなセカンドVに、第二陣の迎撃機が襲いくるも、それに対しては機体を加速させ、ビームシールドを展
開して背中にメガ粒子の刃を形成したまま真正面から突っ込んでいく。そして、その動きにひるんで見えたと
ころの相手に、ライフルのビームを撃ち込んで牽制してから、機体に急激な軌道を取らせて迂回させ、側面か
ら敵の群れを掠めるようにして突っ込み、一撃を加えて数機の迎撃機を撃墜しながら第二陣をやり過ごした。

 そんな目の前に、カリスト級巡洋艦が現れる。カリストはセカンドVに対し、対空砲火と砲撃を行ってきた。
それをジェスタは機体を旋回させて回避しながら艦の懐にもぐりこみ、ライフルを何発も撃ち込むと同時にサ
ーベルを引き抜くと、そのサーベルをミノフスキードライブから生み出しているメガ粒子と反応させる。その
瞬間、メガ粒子の刃が一瞬だけ数倍の長さに延長され、それがカリストを一撃で引き裂いた。

 艦の中央から切り裂かれたカリストは、そのまま反応路に火が回り、その場で大爆発を起こす。その爆発の
炎にまぎれてジェスタはセカンドVをさらに突出させる。そのついでにミノフスキージャマーを再起動させて
流れる破片を利用して身を隠す。そのまま大きな破片をつかむと、セカンドVは不自然にならない程度に軌道
を変更し、慣性で破片ごとエンジェル・ハイロゥ方面へ流れていった。

「……とりあえずはごまかせたか?」

 カリストの破片につかまったセカンドVの中で不安そうに呟きながら、ジェスタは周囲をうかがう。サイコ
ミュが起動し、ジェスタの意識が拡大。周辺の人の意思を漠然ながら、受け取ってそれをジェスタの脳に送信
した。あいまいだが、周囲の敵兵たちが焦燥していることは分かる。つまり、まだこちらを捕捉足出来ていな
いということだ。

「問題はフィーナたちだが」

 難しい顔をして呟くジェスタ。こちらが向こうの意志を察知できるように、向こうもまたこちらを把握でき
てしまうことが、先ほどの交戦で証明できてしまったわけだ。おそらく、向こうも完全にこちらを追うことを
諦めたわけではないだろう。ならば、いつまでも隠れていられるわけではない。

 しかし、息を詰まらせて精神を集中させても、フィーナの気配を捕らえられはしない。ということは、向こ
うもまた、こちらをまだ捕捉できていない可能性は高い。そのことを確信し、とりあえず胸をなでおろしたジ
ェスタは、次のことを考えた。今つかまっているこのカリストの破片も、いつまでも見逃されるわけではない
だろう。今流れていっている方角は、エンジェル・ハイロゥ。そちらにある程度まで近づけば、事故の防止の
ために大きなゴミはすべて排除される。それまでに、この破片から離脱する必要がある。

「よし、それじゃあそろそろ行くか」

 そして、かなり距離をとったところでカリストの破片から身を離し、エンジェル・ハイロゥの空域に突入。
遠くから見ていただけでも、その大きさに圧倒されていたエンジェル・ハイロゥ。その懐にもぐりこむと、余
計にすごく感じる。そんな威容に圧倒されながらも、ジェスタはウェポンプラットフォームに接続していたセ
ンサーを起動させた。

 そうしながらも、索敵を怠ることはない。今しがた、こちらの姿を見失ったようだが、すぐに見つかるだろ
う。エンジェル・ハイロゥのパーツや資材にまぎれているのでわかりにくくても、この周囲には作業をしてい
るモビルスーツやMWが多数存在しているのだから。

「しかし、何でこんな変なものを……」

 そう呟いて周囲を見回すジェスタ。どうにも、この要塞の用途がわからないのだ。周囲を見回しても、カイ
ラスギリーのようなわかりやすい攻撃機能を持ち合わせているようには見えない。かといって、モビルスーツ
などを収納して移動する移動要塞にしては、やはり不自然な形状をしている。何よりも、パーツ単位でみてい
るとモビルスーツは中に入ることは出来そうでも、細かく区切られたこの要塞は、拠点としては甚だ使いにく
そうな代物だ。

 そして、見回していて気になるものを見つけた。それは、生命維持用のカプセルらしき代物だ。それに焦点
をあわせて調べてみると、それが微弱なサイコミュらしい反応を示した。

「サイコミュの端末、なのか。これは。すると、ここに人を入れて?」

 と、ジェスタは推測した。大量にある、このカプセル。これは中に収納した人の精神波を読み取るサイコミ
ュの機能があるようだ。そして、この要塞のあちこちに、同じようにあるアンテナ。はじめはただの指揮のた
めのアンテナ程度に思っていたが。

「そういえば昔。サイコミュ兵器なんてのがあったな」

 ベスパがサイコミュの研究をしている、と言うことで、それに関する情報をリガ・ミリティアは入手してい
た。古今東西のサイコミュの利用法で、一番メジャーなのはパイロットと機体の親和性を高め、レスポンスを
爆発的に高めることと、パイロットの意識を拡大させ、索敵能力などを高める、と言うものがあった。

 それともう一つ。サイコミュを使って行われたのが、ビットシステムやファンネルと言ったものに代表され
る、オールレンジ攻撃のサイコミュ兵器の制御だ。ミノフスキー粒子カの無線の使えない領域において、ニュ
ータイプの精神波がミノフスキー粒子が散布された領域下において周辺に伝播され、ある種の信号として使え
ることを応用したこのシステムは、サイコミュのニュータイプの精神波を電気信号、コンピューター言語に変
換する機能を利用してパイロットと端末であるビット兵器。それの制御システムとリンクさせ、ビット兵器か
らのデータをパイロットに転送。それをもって敵の位置を認識させ、次いで制御システムに直接パイロットの
指令が下され、セミオートで敵に自律攻撃を仕掛ける、と言うものだ。

 それは結局、コストの問題とパイロットを選ぶと言うこと。そして、結局は対モビルスーツ戦闘にしか役に
立ちそうもない上に、モビルスーツの小型化に伴って向上した運動性能。発達した戦闘プログラムの前に優位
性をどんどんと失い、止めとなるバイオ・コンピューターの開発によって廃れていった技術なわけだが、その
技術を応用し、このカプセル内の人間の精神波を収束し、放出する仕掛けがあったとしたら?

「……洗脳でもする気なのか、ザンスカールは」

 考えてみて、馬鹿らしい、と苦笑するジェスタ。いくらなんでもそんなことはないだろう。と思ったのであ
る。おおかた、これがサイコミュ兵器であったとしても、何らかの誘導兵器でも操る程度のことであろう。そ
れでも十分な脅威ではあるが、少なくとも今感じたようなうすら気味の悪いものではない。

 偵察ポッドが稼動し、大方のデータを収集したな、と思ったところで、ジェスタはここから脱出する算段を
立て始めた。

「……そろそろ見つかるだろうな。なら、強行突破しかないか」

 そう言って周囲を見回したジェスタ。そして、ジェスタはある一点で目を留めた。そして、心臓が胸の奥で
強く跳ねるのを感じた。確証はない。ただの勘に近い。だが、それを見たとたん、それだ、とわかった。

 そしてジェスタは、これまで頭にあったほとんどのことが頭の中から抜け落ちた。たった一つのことだけが、
その思考を占拠する。ジェスタは機体をそちらに向けると、一気に加速させた。そこに、普段のジェスタらし
さはない。ただ、口から吐き出されたその叫びだけが、ジェスタのすべてを物語っていた。

「そこにっ! そこにいるのかっ! フォンセ・カガチ!」


                     *****


 こちらの追いつけないほどの加速を保ったままエンジェル・ハイロゥの空域へと向かっていったセカンドV
をひとまず見送って、フィーナら三人は機体を加速させてエンジェル・ハイロゥの空域へと向かっていった。

『あ、始まったみたいだよ』

 と言う、ミューレの声にフィーナはモニターの一部に目を向ける。そこで、ビームが瞬く光が見える。迎撃
機とセカンドVの戦いが始まったらしい。数は圧倒的に迎撃機のほうが多い。

『あの機体。アレで生き残れるのかしらね。一機しかいなかったでしょう? 確か』

 サフィーがそう言ってきた。フィーナもその言葉に少し迷う。あの機体。セカンドVは確かに一機しかいな
かった。まさか、単独でエンジェル・ハイロゥに特攻してきたのだろうか。

『じゃ、あれってバンザイ・アタックな訳? リガ・ミリティアもえげつないまねするねー』

「それは違うわ。絶対に。あいつはそんな真似はしない。……たぶん、これは偵察行動よ」

 ミューレの言葉にフィーナは硬い声で答えた。少なくとも、あの時話をしたジェスタの様子からは、命を自
ら捨てるような真似はしないだろう。帰るべき場所が。待っている人がいるのだから。

 その、フィーナの硬い声色と、かたくなな様子にサフィーとミューレは戸惑った様子になる。しかし、フィ
ーナの言からあのセカンドVが少なくとも特攻にきたつもりはない、ということと生きて帰るつもりだという
のは理解できた。

「まったくあの馬鹿。何やってんのよ」

 小声でそうはき捨てるフィーナ。なんとなく、気にいらなかった。生きて戻るつもりであっても、生還率が
絶望的に低い任務に就くなど。

『しっかし、とんでもない加速力だよねー。どんな方法を使ってるんだろ』

『加速自体は何かのブースターでも使ったんでしょ。それを破棄して、ここに侵入してきた。あら。でもそれ
じゃあ離脱が不可能ね。どうしたのかしら、本当に』

 フィーナがいらいらとしていると、二人がそんな雑談をしていた。それを聞き、軽く頭を振るフィーナ。今
はジェスタに腹を立てている場合ではない。そのジェスタを迎撃するためにいるのだから。

「エンジェル・ハイロゥに近づいてきたわね。……あいつも、静かになった。うまく隠れたか、それとも撃墜
されたか……」

『そんなこと言ったって、撃墜されたって思ってないでしょ、フィーナ』

「まあ、そうなんだけどね」

 ミューレからの突っ込みに苦笑。そして、三人は機体をエンジェル・ハイロゥの空域へと侵入させる。あち
こちに、エンジェル・ハイロゥの防衛部隊のモビルスーツが飛び回っているが、それがジェスタを発見した様
子はない。

『近衛って言っても、たいしたことはないみたいね』

 辛辣な台詞をはくサフィーだが、その言葉にフィーナは同感だった。そもそも、ここを守る近衛隊は腕こそ
いいものの、それはあくまでも士官学校やパイロット養成機関で磨かれたものに過ぎない。そこで優秀な成績
を修め、試験をパスしたものが配属される。エリート中のエリートではあるのだが、基本的にその任務は『近
衛』の名が示すとおり本土防衛。それも、女王の身辺警護がメインだ。(ちなみにクロノクルも元々はここに
配属される予定だったが、本人が任官を拒否した)故に、フィーナらのように最前線での戦闘任務には就いて
いないし、先の本国への空襲の際もスクランブル発進は間に合わなかった。なので、彼女たちの目から見ると
近衛隊は張子の虎に等しい。

 その近衛のモビルスーツ。改修型のリグシャッコーが近づいてきて、

『貴様たち。何をしにきた!』

 と、居丈高に声をかけてきた。それが少々気にいらなかったものの、

「パトロール中に敵機を発見し、見失ったので現在捜索中です。失礼」

 そう一言言うと機体をその近衛の機体から離した。それに対して何かを言うべく近づこうとしたその機体だ
が、三機はそのまま加速してその近衛の機体を振り切った。やれやれ、と肩をすくめながら、

『でもさ。エンジェル・ハイロゥって言っても、こんなに大きいんじゃもぐりこまれたらどこを探せばいいのやら』

『それに見つけてもうかつには戦えないわ。機体を爆発させたら建造中のエンジェル・ハイロゥにもダメージが行くだろうし』

 エンジェル・ハイロゥを横目にしながら機体を進めていって、そうこぼす二人。それを聞きながら、フィー
ナも同感だった。自分が思っていたよりも、エンジェル・ハイロゥは間近で見ると大きい。そして、精神を集
中させてみても、巨大サイコミュであるエンジェル・ハイロゥが間近にあるせいだろうか。ジェスタの気配を
うまく読み取れないのだ。

 ああ、もう、と心の中で文句を言っていると、エンジェル・ハイロゥに隣接する形で停泊している一隻の戦
艦を目にした。

「あれ。スクイードだ」

『違うわよ、フィーナ。今はダルマシアンって改名しているわよ。タシロ艦隊からズガン艦隊の旗艦になって。
……確か、今。カガチ宰相も乗艦しているって話よ』

「カガチ? フォンセ・カガチが?」

 フィーナはそう答えて、ふと思い出した。フォンセ・カガチ。ギロチンをアメリア・コロニーで使った男。
あの、ギロチンの姿を思い出して思わず身震いした。首が落ちる光景は目撃していなくても、ギロチンを目の
当たりにして熱狂していたあの民衆の姿は、恐ろしいものだった。

 それとともに、ジェスタがギロチンを激しく憎んでいるのを思い出す。そして、フィーナは目を冷徹に細めた。

「サフィー、ミューレ。決まったよ。どこで待ち伏せするのか。ついてきて」

『え? 待ち伏せってどこで?』

『確証はあるの?』

「あるよ。あいつは絶対に、ここに来る。間違いなくね」

 そう言ったフィーナの言葉は、自信と確証にあふれていたが、それと同時にどこか物悲しそうな雰囲気があ
った。まるで、何かに失望したかのように。その様子に、サフィーとミューレは何も言うこともなく、フィー
ナの判断に従った。

 三機のリグシャッコーはアインラッドに乗りつつ、まっすぐに前方にある巨大な戦艦。烏賊に似たフォルム
を持つズガン艦隊の旗艦、ダルマシアンを目指した。


                     *****


 ダルマシアンのブリッジでエンジェル・ハイロゥの防衛の指揮を執っているズガンに、ブリッジを留守にし
ていたカガチが戻ってきて、艦橋の様子に眉をひそめた。

「何事か、ズガン。えらく騒がしいようだが」

「は。どうやら我が空域に敵が侵入したようで。現在、近衛も動員して迎撃態勢をとっているところであります」

「なに? このエンジェル・ハイロゥの空域に敵襲だと? 哨戒部隊は何をしておったのだ。……それで、敵の規模はどうであるか」

「それが、報告が確かであれば、モビルスーツ一機のようなのですが」

「むぅ。捨て身の特攻であろうか。それとも……」

 ズガンの報告に驚きを隠せなかったカガチは、自分のシートに腰掛けつつそううなった。もしそうだとした
ら、厄介だ。エンジェル・ハイロゥの中心で自爆され、核融合エンジンを核爆発でもされればカガチの目的は
白紙に戻る。

「とりあえず、エンジェル・ハイロゥの空域では爆発させぬように命令いたしましたが」

「ご苦労」

 ズガンの言葉に大仰に頷いて、そう答えるカガチ。そしてカガチはその目をエンジェル・ハイロゥに向けた。
その時だった。巨大なエンジェル・ハイロゥの金色の外板に、黒い点が見えたのは。一瞬、見間違いか、と思
ったが、それは即座に大きくなっていく。

「ぬ。モビルスーツだと!?」

 カガチの発見とほぼ同時に艦のレーダーもその影を捉えたのか。ブリッジ内がにわかに慌しくなる。その中、
その黒い点。モビルスーツがまっすぐにこちらを目指してくる。そして、そのディティールがはっきりと見え
てきた。

「黒いビクトリー。ガンダムか!?」

 カガチはそう呟いた。特徴的なデュアルセンサー。人の目のような、それを持つモビルスーツ、ガンダム。
カガチにとっては、地球圏の戦争を象徴する忌まわしい機体だ。一年戦争以来、この地球圏で行われたほぼす
べての戦争に形を変え、時代を超えて姿を現す、戦神の申し子にして、忌まわしい死神。そして、人の宿業の
象徴とも言うべき、白い悪魔。そのようなものを自らのシンボルとして誇らしげに持ち出すリガ・ミリティア
は彼にとっては唾棄すべき存在である。

 そして、その象徴が。黒い装甲をまとってこちらに向かってきた。ビクトリーは、セカンドVはとっさに反
応した対空防御をすり抜けてこちらに向かってくる。まっすぐに、迷うことなく。その動きに。そして、セカ
ンドVの二つの瞳が、まるで自分を目指しているようだ、とカガチは直感した。

 セカンドVは対空防御をすり抜けて、ブリッジの眼前まで迫る。そこでビームライフルをまっすぐにブリッ
ジに。カガチにロックオンした。ブリッジ内に、悲鳴が響き渡る。間近で見た、黒いビクトリーの姿に。向け
られた、ビームライフルの銃口に。

 カガチはその瞬間。死を覚悟した。セカンドVからこちらに向けられる殺意。それが、体を貫いたのだ。や
られる。そう思った瞬間。

 ビームがほとばしった。ただし、セカンドVのものではない。そのビームは斜め下から撃ちだされ、セカン
ドVを狙った。が、その寸前。セカンドVは機体をわずかに後退させて直撃だけは避けた。が、かわしきるこ
とは出来ず、結果的にライフルを含む右腕が撃ち抜かれた。

 そこに、間髪いれずに三機のアインラッドがセカンドVに殺到。そして、三対一の戦闘が始まった。そのま
ま四機のモビルスーツは、ダルマシアンのブリッジを狙うセカンドVと、それを引き離そうとする三機という
構図のまま離れていく。

 それを見送り、ダルマシアンのブリッジの中は安堵の空気に包まれた。間一髪。首の皮一枚で、命が繋がっ
た。そんな気分だった。カガチは安堵の息を吐きながら、

「あの機体は?」

「は。どうやらニュータイプ部隊のようですな。あの機体の侵入をいち早く把握したのも、彼の者たちのようですが」

「そうであるか……」

 そう答えると、カガチはシートに深く腰掛けた。まだあの瞬間の恐怖は残っているが、それよりも気になる
ことがあった。その様子に、隣のズガンが聞いてきた。

「カガチ様。何か?」

「ふむ。あのモビルスーツ。わしを狙っていたように見えてな」

「はぁ……」

「まあよい。それよりも迅速にあの敵機を撃墜せよと伝えろ。これで取り逃がすと、軍の名折れぞ」

 その言葉に、ブリッジ内がにわかに活気付いた。彼らもまた、間近に迫ったセカンドVの恐怖を感じたもの
たちだ。当然、不遜にも牙を突きたてようとした敵を生きて帰すつもりなどはない。そして、恐怖を憤りと使
命感で拭い去ったダルマシアンのブリッジは一丸となってその本分を果たすべくシステムを稼動させた。


                     *****


 見覚えのあるスクイード級のブリッジに、父の敵。ギロチンを持ち出した、忌まわしい男。フォンセ・カガ
チの姿を確認した瞬間、ジェスタの脳は沸騰した。もはや、その存在を打ち砕き、焼き尽くすことしか頭にはない。

 ブリッジの間際まで迫り、はっきりとその姿をモニターに捉えたジェスタは迷うことなくビームライフルの
照準を、禿頭で痩せた隻眼の老人に向けた。その顔が驚愕にゆがむのがはっきりと見える。それを目の当たり
にしたジェスタの顔が、復讐の悪鬼のそれになる。

「死ね! カガチ!」

 そう叫んでトリガーを引こうとしたその瞬間、ジェスタの脳裏に声が響いた。

〈よけなさい!〉

 その聞き覚えのある声に我にかえり、とっさに回避行動にでようとするが、間に合わない。が、「よける」
と言うジェスタの思考に、サイコミュが、バイオ・コンピューターが応える。セカンドVはそのままわずかに
後退し、そして、その直後収束された高出力のメガ粒子ビームがセカンドVを襲った。

 ビームはセカンドVに迫り、機体表面を覆うIフィールドに激突。それによってビームは拡散するが、収束
度が高いためIフィールドは貫かれた。が、入射角の問題でそのままセカンドVの機体そのものには直撃せず、
ビームライフルごと右腕を貫かれ、吹き飛ばされた。

「しまった!」

 そう叫んだとたん。下の方角から、三機の敵機が迫るのを見た。

「フィーナめ! こっちの動きを読んだのか!」

 そう叫びながらサーベルを引き抜き、三機の迎撃に意識を向ける。が、それでも間近にまで迫ったカガチの
ほうに意識が向く。そのとたん、フィーナのリグシャッコーがアインラッドから離脱してサーベルで切りかか
ってきた。

「邪魔をするな、フィーナ!」

「邪魔するに決まってんでしょ、この馬鹿!」

 サーベルが合わさった瞬間、そう叫びあう二人。そのフィーナの声は赫怒にあふれていた。ジェスタの行動
を予測できていたとはいえ、それが的中したことが、彼女に激しい苛立ちを感じさせていたのだ。二本のサー
ベルが激しくスパークする。Iフィールド内に閉じ込められたメガ粒子同士が反発し、周囲にあふれ出ている
のだ。その次の瞬間。横合いからアインラッドの体当たり。それをもろにくらい、セカンドVは弾き飛ばされ
た。そこに、ライフルのビームが撃ち込まれた。それをジェスタは機体を操って何とかかわす。Iフィールド
はいまだ健在ながらも、過信は禁物だ。しかし、ジェスタはいまだ。カガチのことが気にかかっていた。

 そんなジェスタの動きを見て、コックピット内でフィーナは悲しげなまなざしを、黒いセカンドVに向ける。
まるで、今のあの黒い機体が復讐に我を忘れ、落ちてしまったことを象徴しているかのようだ。そのセカンド
Vに、フィーナ機が接近。サーベルで切りかかってきたので、ジェスタはとっさにサーベルで防御しようとし
たが、右腕がないためそれもかなうことなく、

「しまった! Iフィールドが!」

 右肩のIフィールドジェネレーターが貫かれ、破壊された。冷静であれば。普段のジェスタであれば、この
ような一撃は受けなかっただろう。サーベルの手ごたえを感じつつ、フィーナはそんなことを思う。

「馬鹿なジェスタ。帰る所があるのに」

 その瞬間、悲しげなフィーナの声が響く。それを聞き、ジェスタは冷や水を浴びせられたような気分になっ
た。帰るところ。それは艦であり、仲間のもとであり、そして。家族のもと。

 それを思い出したとたん、ジェスタは歯噛みした。自分は今、何をしていた? 復讐心に駆られ、何も考え
ずに突っ走って。死んだら何もならないじゃないか。

 そう思って我に返るジェスタ。続いてサーベルを振るうフィーナ機の攻撃に、ジェスタはサーベルを振るい
ながらウェポンプラットフォームに残る複合センサーを離脱させた。それがフィーナ機に迫り、それをバルカ
ンで撃ち抜く。一瞬のめくらましを利用して脚部ミサイルポッドからミノフスキー型ECMミサイルを撃ちは
なった。

 直後、ばら撒かれたそれは爆発を起こして周りに光を放つ。それを利用して、回避行動を取りながら一気に
逃げ出すジェスタだが、


「ミューレ!」

『あいよ!』

 と、その動きを読んだフィーナの叫びに応え、ミューレがノイズ交じりのモニターなどものともせずに対艦
用ビームランチャーを構えるとそれを撃ちはなった。それはまっすぐにセカンドVを目指したものの、

『当たりが浅かった。でも、逃がさないよ!』

 そう叫ぶミューレ。今の一撃。かわしきれなかったとはいえ、直撃ではない。セカンドVの脚部が吹き飛ん
だが、それだけだった。

「うわ!」

 逃げ出したとたんビームを足に食らい、両足が吹き飛ばされてジェスタは焦った。それだけではないのだ。
これを好機と見た三人は、機体を散開させつつ、セカンドVを狙い撃つべくライフルやビームランチャー。
ビームストリングスまで使って、追い詰めてくる。

「さようなら、ジェスタ」

 逃げ惑う損傷したセカンドVだが、三人の巧みがチームワークから繰り出される連携の射撃からいつまでも
逃げおおせることは出来ない。きりもみしつつシールドを展開し、防御しながらも機体のあちこちを削られて
いるセカンドVに、ついにフィーナがロックオンした。相手のこれまでの動きからみて。これの回避は不可能
だ。だから、悲しげに。さびしげに、別れの言葉を呟き、ライフルを撃つ。

 その言葉は、通じないはずなのにジェスタに届いていた。そして、それが必殺の一撃であることも。かわせ
ない。それはわかる。だが、死ぬわけにもいかない。その思いが、ジェスタに無意識のうちにミノフスキード
ライブのリミッターをカットさせていた。

 その瞬間。これまで以上の機動をセカンドVは示した。そしてそれだけではなく、背部のミノフスキードラ
イブユニットから爆発的な量のメガ粒子を吐き出す。それが旋回し、迫り来るビームのすべてをなぎ払い、そ
のビームに驚いた三機が後退した隙をついて逃走に移る。

 その追撃を、一瞬。三機はするのを忘れた。ミノフスキードライブユニットから、総延長1qにも及ぶメガ粒子を吐き出すその姿は、

「光の……翼」

 思わず、その姿にそう呟くフィーナ。それは残り二人も同感らしく、

『すごい……』

『きれい……』

 と、戦場であるにもかかわらず、そう呟いていた。が、三人ともすぐに我に返ると機体を進めてセカンドV
を追う。しかし、今の一瞬で加速したセカンドVに追いつけるとは思えなかった。


 リミッターをカットした瞬間、機体がこれまで以上の挙動を示した。それに、ジェスタは驚くが、そんな場
合ではない。暴れ馬のように荒れ狂う機体を制御するのに手一杯なのだ。おまけに、ミノフスキードライブの
全力稼働のせいで、機体そのものがきしんでいるように思える。

「これが! フルパワーか!」

 機体そのものが耐え切れないと言うミノフスキードライブの全力稼働。それに戦慄しながらも、ジェスタは
機体を前進させる。背後のフィーナたちは追ってきてはいるようだが。追いつけないみたいだ。

 しかし、今度は前方に展開される敵が問題だった。近衛隊と、迎撃機。この二つの群れに、突っ込んでいく
ジェスタ。もはや隠すこともなく開いている光の翼を羽ばたかせ、それを手近な敵機に叩きつけるジェスタ。
光の翼に断ち切られたモビルスーツがまとめて数機、宇宙の藻屑となって消える。

 が、敵はなおもセカンドVに殺到し、ビームを、ミサイルを放ってくる。それをシールドで防ぎ、かわしな
がらジェスタはとりあえず敵の中央に突っ込み、フロントスカートの機雷を放出。それがバリアーになって後
方の敵機の追撃を一時的にストップさせた。

 が、それはわずかな時間稼ぎに過ぎない。ジェスタ自身もそれはわかっていたので、機体を突っ込ませ、敵
をなぎ倒しつつ頭を必死に働かせた。そして、撃墜された敵機の爆発の光を利用して目くらましにして、コア
ファイターを機体から離脱させる。そのまま最後に一度だけ光の翼を強く振り回すと敵を牽制して、まっすぐ
に飛び去った。

 その場の敵は、シールドを展開したまま取り残されたトップリム、ボトムリムをセカンドVそのものである
と認識し、近くの爆発の輝きでよく見えないそれに、ライフルのビームが集中しもぬけの殻となったそれを粉
砕した。

 コアファイターだけになったセカンドVのコックピットで、ジェスタは機体を加速させながらミノフスキー
ジャマーを働かせ、ひとまず敵の追撃をやり過ごしたことに安堵した。まだ、完全に敵の包囲網から抜け出た
わけではないが、それでも一安心だ。

 ジェスタはシートに深くもたれかかり、先ほどの刹那聞こえた声と、サーベルで切られたときに響いたフィ
ーナの声を思い出した。

「……馬鹿だ、俺は」

 復讐を優先し、仲間を、家族を忘れた。そのことを敵に、フィーナに思い出させられるとは。そういえば。
前にあったときも、自分に失望のような視線を向けていたな、と思う。そして、ああ、と気づく。彼女には
帰るべきところも、待つ家族もいないのだ。そして、自分にはいる。だからこそ、許せなかったのだ。自分
のことが。復讐に我を忘れ、家族を忘れた自分を。

「礼は言わないぞ、フィーナ」

 忘れかけた大切なことを思い出させてくれたフィーナに、後方を振り返りながらそう呟くジェスタ。そして、
そのままジェスタはコアファイターを駆って、まっすぐに合流ポイントを目指した。


                     *****


 敵を取り逃がしてしまった形になったフィーナたち。サフィーとミューレは不服そうであったが、フィーナ
はむしろ嬉しそうですらあった。復讐に我を忘れていたジェスタが、土壇場で自分を取り戻したこと。それが、
フィーナにとっては妙にうれしく思えるのだ。そんなフィーナの、先ほどよりもずいぶんと機嫌がよくなって
いる様子を気にかける二人。そして彼女たちは、無線を開いて交わされる報告に耳を傾けていた。

『撃墜したそうだよ』

 と、ミューレが怪訝そうに言う。その言葉は、信じていないようだった。自分たちがああも見事に取り逃が
した敵。それが、あっさりと撃墜されるとは思えないし、思いたくもない。

『ちょっと、信じがたいわね』

 サフィーも同感だった。そして、それはフィーナも同じだった。いや、それどころか彼女はジェスタの生存
を確信していたといってもいい。

「アレはビクトリーだからね。たぶん、せこい手を使って変わり身でもしたんだよ。あいつ、姑息な手は十八番だもん」

 これまでの交戦経験からそう断じるフィーナ。これまで、何度ジェスタの姑息な手に手を焼いたか。それを
思えば、ビクトリーの特性を利用して逃げ切ることくらいはやってのけるだろうと思う。それに、今はその存
在を感じ取れないものの、もしジェスタが撃墜され、死を迎えたのだとすれば、それは絶対に自分が知覚した
はずだという思いもある。

「あいつは死なないよ。そう簡単に死なせるもんか。あいつをやるのは、あたしなんだからね」

 すがすがしい顔でそう言って、フィーナは機体を反転させた。もう、ここにいる必要はない。自分の艦に戻
り、ゆっくりと休もう。そういうと、サフィーもミューレも賛成して、機体を反転。その場を離脱した。

 フィーナは最後にもう一度だけ振り向いて、小さく笑みを浮かべてこういった。

「じゃあね、ジェスタ。また、会おうね」
 



 

代理人の感想

をー、光の翼発動!

「セカンドVのそれは150m云々」って言ってたくせに(笑)。

 

今更ですが、句点が妙なところについてるのが気になります。

体言止めも使いすぎるとくどいだけなのでご注意。

後、いくつか気になった部分を。

 

 ジン・ジャハナムは自分たちのアピールと、実利。その両方を同時に得られそうな方法を思いついたが、
少々無理がありそうなそれに、眉をひそめながらも実行する気になっていた。

この箇所、二番目の文がちょっと妙です。

全体の述部は「実行する気になっていた」ですが、

二番目の読点と「〜それに」「眉をひそめながらも」という文節が齟齬を起こしています。

「少々無理がありそうなそれに眉をひそめながら」「実行する気になっていた」と一まとめで述部にかかるならこの読点は変ですし、

この読点が正しいなら「少々無理がありそうなそれを、」(眉を潜めながら)「実行する気になっていた」と

修飾部ではなく主部にしてしまうのが自然かと。

 

狙撃に関しては、ミューレのそれは天才的といっていい。

読点の前後が繋がっていません。

「狙撃のセンスに関しては〜」とするか、「〜ミューレは天才的といっていい」のいずれかでしょう。

「狙撃に関しては」というのはミューレ本人にかかる修飾なのに、

後半で「ミューレのそれ」とミューレ本人以外の物に繋がってしまうのは変です。

 

読んでいて、どうしてもこう言った妙な表現が目に付いてしまうので直して頂けるとありがたく思います。