UC153 6月 13日 月軌道とサイド2の中間空域・タシロ艦隊

 戦艦ルノーのモビルスーツ戦隊長のコザックは不機嫌だった。いや、不機嫌というよりは、機嫌がよくなる
材料がどこを探してもないので、不機嫌でいるしかない、といったほうが正しいのかもしれない。

 戦力不足故に、初陣すら迎えていない少年少女というべき年頃のひよっこパイロットを何人も抱えているこ
と。つい先日の前衛艦隊攻防戦において自分の所属する艦隊が、動くべきであるタイミングで動かなかったこ
と。それにより、多くの同胞を見殺しにしてしまったこと。正面に展開している敵艦隊は、いまだ陣形が整っ
ていないにもかかわらず先制攻撃を仕掛けて打撃を与えようとしないこと。わけがわからないほどにおかしく
なってきた男が、派遣されたこと。しかも、ワイルドカードを与えられ、好き勝手にしていること。それらを
ひっくるめて、艦隊すべてがいまや司令であるタシロ・ヴァゴに深刻な不信感を抱いている。

 そんな中、いらいらしているところにまた新しい問題が浮上してきたのだ。その元凶を目の前にして、コザ
ックは頭痛をこらえるジェスチャーをして、

「……とりあえず、諸君らの事情に関してはこちらでも理解はしているつもりだ」

 そう、のどの奥から絞り出した声をかけられたのは、コザックの目の前で微動だにせず気をつけの姿勢でい
る二人の少女たち。フィーナとサフィーだ。この二人が今ここにいるのは、ジュリアンのコンティオカスタム
を無許可で触り、おまけにその戦闘データを無断で閲覧したことである。

 あの直後、二人とも拘束されてから、ひとまずは自室にて待機を命じられた。すぐに事情聴取を行われず、
こうして時間が経つまで置いておかれたのはひとえに彼女たちの身上が現在軍の管轄ではなく、ニュータイプ
研究所にあるためだ。そのため、色々とうっとうしい手続きを必要とした上に、処分についてもこちらだけで
決定するわけにも行かず、この二人にその処分をいいつけるまでに半日近くかかったのである。

「だが、軍規は軍規だ。個人の心情で動かれてしまっては、組織は運用できん。理解はできるな?」

 自分でも白々しい、と思いながらそういう。彼女たちが暴挙に走ったのは、そのすべてが「個人の心情」に
端を発しているのだから。つくづく忌々しい、と思う。

「はい。理解はしております」

「よろしい。ならば諸君らへの処分を言い渡そう」

 そう言って、一度言葉をつぐむコザック。正直心情としてはお咎めなし、といいたいところであった。事情
が事情であるから。そして、彼女たちの普段の様子からすれば、だ。しかし、整備中のモビルスーツのコック
ピットにもぐりこみ、それを誤作動させた、というのは看過していい問題ではない。下手をすれば整備士に怪
我人。いや、死者がでる事故がおきても不思議ではなかったのだ。全高十五メートルの鋼の巨人は、ただ身じ
ろぎするだけで人を潰すほどの存在なのだから。

「営巣入り。五日間、だな。わかったかね? フィーナ・ガーネット少尉、サフィー・クルツ准尉」

「了解しました。フィーナ・ガーネット。五日間の営巣入り。謹んで拝命したします」

「同じく、サフィー・クルツ。五日間の営巣入り。謹んで拝命いたします」

 二人は敬礼をしてそう言った。その顔は、意外そうである。正直、もっと重い刑罰を覚悟していたのだ。な
のに、ふたを開ければ五日間の営巣入り。これはコザックが色々と弁護したから、ということもあるが、やは
り彼女たちの所属がニュータイプ研究所である、ということが一番大きな理由である。

「ではこれで終わりだ。下がりたまえ」

「は」

 二人はそう言って一歩後ろに下がるとそのまま踵を返し、執務室を後にした。二人が去り、一人執務室に残
されるコザックは疲れたように目頭に指を当て、呟いた。

「……この戦争。勝てんかも知れんな」

 一丸となっている敵は連邦軍の練度こそ低いものの、リガ・ミリティアがそれをうまくフォローしており、
着々と戦力が増強されている。それに引き換え、ザンスカール側はあのエンジェル・ハイロゥが姿を現してか
らか、まったく足並みがそろっているようには思えない。権力闘争を主眼に入れているためなのかはわからな
いが、そんなことよりも目の前の敵を確実に殲滅することこそが大事であろうに。

 軍人として現状を嘆くコザック。しかし、一士官に過ぎない彼には何もなすべきことはなく、ただ。現状を
憂いつつ手の届く範囲で勝つために工夫するしかないのであった。


 執務室を後にした二人は無言だった。理由は色々とある。ミューレを撃ったのが、セカンドVを狙い撃とう
したジュリアンであったこと。それを探るために、コンティオカスタムを誤作動させたこと。そして今しがた、
自分たちの処分を告げたコザックが異様に疲れた顔をしていたこと。自分たちのせいで余計なことを背負わせ
て申し訳ない、と思う。

 どちらともなくため息をつく。これからの営巣入りも、憂鬱さを加速させるのはいうまでもないだろう。一
応最低限の設備はあれど、懲罰のための施設だ。せまっくるしく、息苦しい。そんなところに五日間も閉じ込
められるのだ。機嫌がいいはずもない。そして、そのための手続きもしなければならないのも、欝になる要因
の一つである。庶務課の窓口に言って、書類にサインし、その上で最小限の荷物を手に案内される、というわ
けだ。

 これまでのこと。これからのこと。それらを考えて憂鬱になっているときに、更なる憂鬱の種を目の前に発
見した。ジュリアンと、ニタ研の女だった。その二人を前にしたとたん、フィーナもサフィーも嫌悪に顔をゆ
がめた。

「営巣入りだってな? くく。ついてなかったな」

「……」

 馬鹿にするように言うジュリアン。その声にフィーナは怒鳴りたい衝動をこらえるのが精一杯だった。恨み
言は山ほどある。それこそ、今すぐに射殺したいほどに。そんな、怒りと憎しみをこらえる二人を見て、ジュ
リアンは何が楽しいのか、顔を喜悦にゆがめて近づいてくる。

「いい顔だ。憎いか? おれが」

 その、小ばかにするような言葉にフィーナは感情のすべてを視線に乗せてジュリアンをにらみつけた。そし
て、それはとなりのサフィーも同じ。それを受けて、ジュリアンは一歩下がって肩をすくめた。

「おお、怖い怖い。くくく。営巣入り五日間。次の出撃には間にあわんだろうな?」

「それが、どうかしましたか?」

 からかうように、もてあそぶように言うその言葉に激情をこらえ、フィーナはそう声を絞り出す。それを聞
いたジュリアンはにぃ、と寒気のするような笑みを浮かべて

「なに。背中の心配をせずにすんで幸いだと思っただけだ。味方に撃たれてはたまらんからな?」

 その言葉に、フィーナもサフィーも我慢の限界を超えた。頭の中でブチン、という音が聞こえたような気がする。

「あんたが……あんたが、どの口でそうしゃべるかっ!」

 そう叫んでフィーナはとっさにこぶしを固め、ジュリアンに殴りかかっていた。しかし、いまだ成長しきら
ぬ少女の殴打が、成人男性。それも格闘教練を経たパイロットに通じるはずもなく、あっさりとこぶしをいなされ、

「フィーナ!?」

 廊下にサフィーの叫びが響く。拳をいなされたフィーナは、そのまま伸びてきたジュリアンの左手に首をつ
かまれ、そのまま壁に押し付けられた。重力ブロックの中であるにもかかわらず、フィーナの体はジュリアン
の片手によって宙に浮く。

「か、かはっ」

 のどが絞められ、呼吸が困難になる。ジュリアンの大きな手が、フィーナののどを圧迫しているのだ。息苦
しく、呻くことしか出来ないフィーナの顔にジュリアンが顔を近づけて、

「図に乗るなよ、ニュータイプ。オリジナルだからといって、俺がお前に遠慮する必要などはない」

「フィーナを放しなさい!」

 のどを締め付けられ、苦しむフィーナを前にサフィーは血相を変えてジュリアンに飛び掛るが、サフィーも
また、ジュリアンの鋭い打撃を受け、吹き飛ばされた。パイロットとして高い能力を持っていても、二人とも
まだ十五歳の少女だ。身体能力ではジュリアンにはまったくかなわない。それでもサフィーは即座に立ち上が
り、ジュリアンに飛び掛ろうとしたとき、ジュリアンは左手につかんでいたフィーナの体をサフィーのほうに
放り投げた。

「きゃあ!」

 サフィーはフィーナの体を受け止めて悲鳴を上げる。それをつまらなさそうに見下してから、ふん、と息を
はいてジュリアンはその場を後にした。その場に残されるのは、咳き込むフィーナと上に乗っかるフィーナを
どかすことも出来ず、「ごめん、フィーナ、重いわ」というサフィー。そして、去り行くジュリアンの背を冷
たい目で見つつ、かといってフィーナらを気にかけているようにも見えないニタ研の女だった。

「マインドセットに問題があるのかしらね、少し、攻撃性が高すぎるわ」

 と、なんでもないようにいい、ジュリアンの後を追おうとする。それに、

「待ちなさい……!」

「何か用かしら」

 呼吸困難から立ち直ったフィーナが、少し目に涙を浮かべつつ立ち上がり、声をかけた。それに振り返って
醒めた目を返すニタ研の女。

「どういうことよ、あいつは。なんで」

「言わなかったかしら。ジュリアン・ソゥ中尉はサイド2連合艦隊との戦いで撃墜され、脱出ポッドで十数時間
閉じ込められた経験を経て精神に支障をきたし、うちの研究所に引き取られた、と。その際にニュータイプ能力の片鱗が」

「へたくそな嘘はやめなさい。さっきあいつが言っていた「オリジナル」という言葉。それと、あいつの機体
のサイコミュがあたしに反応したこと。これが無関係なわけがないわ」

 そのフィーナのきりつけるような言葉に、ニタ研の女は驚きのまなざしを向けた。そして、それはすぐに賞
賛の眼差しに変わる。

「驚いたわね。案外頭がいい。……いいでしょう。別に義理はないけれど少し種明かしをしてあげましょうか。
ついてきなさい。もう少し位は、時間があるでしょう」

 そういうなり、女は背を向けた。フィーナとサフィーはその姿に怪訝なまなざしを向けながらも、互いに顔
を見合わせて頷きあうと、その後を追った。


 フィーナとサフィーが案内されたのは、彼女の自室だった。手狭な部屋に、さまざまな資料がきちんと整頓
されてしまわれており、あまり生活観というものを感じさせない部屋である。まあ、軍艦の中に与えられた部
屋に生活観があふれていたらそれはそれで問題があるだろうが、二人にはこの部屋が無機質的な空気が強く、
正直長居したくはなかった。

「かけなさい」

 と、一言言うと彼女は自分のデスクにつく。フィーナとサフィーは一応用意されている小さな椅子に腰掛け
ると、次の言葉を待った。

「ジュリアン・ソゥ中尉に施されているモノはあまり表ざたには出来ない代物なのでね」

 そういいながらも、彼女は別にどうでもいいような口ぶりである。そのことに不思議そうにする二人の顔を
見ながら、彼女は手元の携帯端末のボタンを叩き、それを部屋に備え付けられている立体映像投影ディスプレ
イに表示させた。

「これは」

「サイコミュのデータですね。サイコウェーブ……」

 口々にそうつぶやくフィーナとサフィー。そこに描かれているのは、複数のグラフだった。それに見覚えが
ある。彼女たち自身は、自分のサイコウェーブのデータなどをあまり目撃する機会はなかったが、それでも何
度か見たことがある。今見ているデータは、かつて見たそれと同じだった。

「そうよ。この三つのグラフがあなたたち三人のもの。個人個人でずいぶんと違っているでしょう。感情の起
伏などでもっと変化が現れるけれど、ニュータイプ特有のサイコウェーブというのは基本的に個人個人固有の
ものを持っているらしいことは、私たちの研究と、これまで行われてきた各組織のニュータイプ研究で明らか
にされているわ」

 ザンスカールのニュータイプ研究は、別に単独で行われていたわけではない。と、言うより、一年戦争以降。
地球連邦政府主導であったり、ジオン系列やらそれ以外にもさまざまな機関でニュータイプという存在に関し
て研究が行われてきた。そのデータをさまざまなデータベースなどから発掘し、下地にすることからザンスカ
ールのニュータイプ研究は始まったのである。そしてそれは、実際のところザンスカールだけではなく、資金
に余裕があり、なおかつ好戦的な性質を持つコロニー政庁のいくつかも同様なことをしているのだが、それは
余談であろう。

「知っての通り、サイコミュというのは基本的にこの個人個人に違うサイコウェーブにあわせてセッティング
されるからバイオ・コンピューター単独で運用する場合とは違って、サイコミュを併用する場合はフィーナ機
の仕様のままではサフィーに使うことは出来ない。それはわかるでしょう」

 その言葉に頷く。サイコミュという機械は、バイオ・コンピューターと違い「ニュータイプ」専用装備だ。
その最大の特徴は、「ニュータイプ」と呼ばれる人種が放つ独自の脳波。サイコウェーブを操る、ということ
である。かつてはそのサイコウェーブを増幅、機械言語に翻訳することでミノフスキー粒子下で普通は使用で
きない誘導兵器のコントロールに使用された。現在は、このサイコウェーブを利用した索敵や、自身のサイコ
ウェーブを増幅してニュータイプ能力を拡大させ、他人の思考を読み取る作用などを主とする。

 そして彼女の言うとおりサイコミュは個人個人に合わせてセッティングされる。「サイコウェーブ」という
特殊な「波動」を操るが故に、そのセッティングはバイオ・コンピューターやバイオ・センサーなどよりもよ
ほどシビアとなるのである。なので、互換性はほとんどなく、他人のセッティングのまま機体を動かそうとし
てもうまく合致せず、(サイコミュ搭載型モビルスーツの場合、サイコウェーブの効果を直接的に結びつける
ため、サイコミュをバイオ・コンピューターや機体の制御系と直結するのである)よしんばコネクトできたと
ころでかなりきつめのサイコミュ酔いをするだけであろう。

 これはサイコミュが個人個人のサイコウェーブを読み取り、それにあわせて最適化する機構があるためでも
ある。はじめのセッティングからして、事前に個人個人に合わせることが出来るが、それだけでは不十分なの
で、学習機能を持つバイオ・コンピューターと組み合わせることでそうした機能を発現させることが出来るわ
けだが、(余談だがジェスタが未調整のサイコミュを搭載していたセカンドVのサイコミュをとりあえず起動
できたのは学習機能を持つバイオ・コンピューターのおかげである。特定の人間のサイコウェーブに固定され
ていなかったが故に、ジェスタのサイコウェーブを認識したサイコミュをバイオ・コンピューターが補正して
ある程度の調整を行った。無論、その後メカニックの手でジェスタにあわせて最適化されたが)それゆえにサ
イコミュ搭載型モビルスーツが専用機化しすぎて、研究、実戦配備されても主力にはなりえなかった最大の理
由であったといえるだろう。

「でも、あのコンティオカスタムのサイコミュはあたしに反応した。なぜ?」

「答えは簡単よ。あの機体のサイコミュは、あなたと同じセッティングだからよ。ただし、ジュリアン・ソゥ
中尉のためにカスタマイズされているけれどね」

「そんな! ありえません! フィーナの設定で、どうして他の人に扱えるのですか!」

「……強化人間、という言葉を知っているかしら」

 なんでもないように言う女の言葉に、フィーナとサフィーは押し黙った。強化人間。あまり聞かない言葉だ。

「言ってみれば人工的に作り出したニュータイプ、ね。薬物投与。催眠暗示などによるマインドコントロール。
それによって脳にストレスを与え、サイコウェーブを引き出した人間。それを、強化人間と呼ぶのよ。これは、
80年代にはすでに実用化されていたけれど、かなり高い確率で廃人になったり、長期間の戦闘が不可能になっ
たりしたみたいね。後、どんなにうまくいった成功作でも脳への過負荷のせいで十年足らずで脳死が確定した
り。まあ、ろくでもない代物ね」

 つまらなさそうに言う彼女。その言葉に寒気と嫌悪を感じる二人。この女は。強化人間が非人道的だから否
定的なのではなく、出来損ないの失敗作であると思っているから否定的なのだ。その認識に、生理的嫌悪が先立つ。

「私たちが作り出そうとしたのも、それに似たようなものかしら。けれど、もっと完成度が高く、実用性の高
い人工ニュータイプを、だけどね」

「では、ジュリアン中尉は、その人工ニュータイプ、ということですか?」

「ええ。一言で言えばね」

 あっさりと頷く。そのことに唖然とする二人。その表情の変化にはかまわず、彼女は続ける。

「私たちが目指したのは、ニュータイプ能力の移植よ。普通の人間に、無理やりそうした能力を開花させるの
ではなくて、ね。これはまあ、一応成功はしているのだけれど」

「アレで?」

「彼の精神的な問題はこちらの処理のせいじゃないわよ。それは、ファラ・グリフォンも同じ。戦闘的な性格
にするために若干感情の誘導は行ったけれどね」

 と、言い切った。これは事実であった。ジュリアンと、今彼女が言ったファラ・グリフォン。この二人はそ
もそもニュータイプ研究所に連れてこられた時点で二人とも、自分が宇宙に取り残されさまよったことで若干
精神的に問題をきたしていた。そして、そろって「白い奴」リガ・ミリティアのモビルスーツに強い執着を示
していたのである。研究所のスタッフは戦闘的な性格に誘導するようにクライアントに依頼され、その依頼を
実現させるために白いモビルスーツへの執着、敵意を増大するように感情をコントロールしたのであった。そ
の結果として、ジュリアンはああいうふうになってしまった。あそこまで壊れるとは、誰も思っていなかったのだが。

「若干で、あれなの」

「ええ。そうよ」

「それで、ニュータイプ能力の移植っていうのは、どういう意味なの?」

「そのままの意味よ。こちらで行った、サイコウェーブのデータ収集。それを行うことで手に入れたニュータ
イプのサイコウェーブを発生させる能力を、普通の人間に移植する。こういう形でね」

 言って、端末を操作する。それによって画面が切り替わり、そこに何か小さな塊が表示された。拡大される。
まるでコンピューターチップのようだ、と二人は思う。

「ナノテクノロジーを駆使して作り上げた有機物メインのバイオチップ。これを人の脳に移植することで、
サイコウェーブを発振できるようにする。それとともに外部からのサイコミュからのデータを受信する機能も
あるのよ。その上で、このデバイスを装備していると生体脳にサイコミュから得たデータをフィードバックさ
せることもできる。私たちが一番苦労したのが、このあたりね。幸い、私たちにはモビルスーツ用に開発した
バイオ・コンピューターのノウハウがあったから比較的楽に出来たけれど、そうでなければ大変だったでしょうね」

 そう、楽しげに言う彼女。技術者というのは、自分の成果を自慢するのがうれしい人種である。が、言って
いる内容はかなりえげつないので、正直フィーナもサフィーも引いた。要するに、人の脳にこのコンピュータ
ーチップを移植し、人工的なニュータイプにしようということだろう。

「それと、小型化も大変だったわ。それに関してはサイコミュとの組み合わせで機能を発現させることに限定
することによって何とか解決したけれど、そうでなければこぶし大のデバイスを頭部に埋め込むことになった
から」

「あ、あの。それはわかりました。つまり、このチップを埋め込んだわけですね?」

「……ええ、そうよ。将来的にはこのチップを量産して多くのパイロットに移植してサイコミュを搭載したモ
ビルスーツを実戦投入すれば人的資源に乏しいザンスカールの戦力は数は変わらずとも数倍以上に跳ね上がる。
近・中距離戦用のモビルスーツと、対艦隊戦仕様の長距離支援型モビルスーツ。この組み合わせだけで、連邦
艦隊を駆逐するのに必要なパイロットの数は五十人も要らないのよ?」

 話の腰を折られて不服そうではあったが。彼女の言った言葉に戦慄さえ感じる。五十機のモビルスーツとい
えば、大体四隻の艦で運用可能な数である。それだけで連邦艦隊を駆逐できるとあれば、それは恐るべきこと
だ。そして、それは彼女の言うとおり人的資源に乏しいザンスカールには魅力的な話だろう。人工一千万人程
度のコロニー国家であるザンスカールでは若い世代のもののほとんどを軍に投入し、パイロットとしているの
だから。現に、今十分に訓練を施されていないパイロットが前線に出ることも多い。新型のモビルスーツを開
発し、戦力の底上げを行うのに積極的なのも、すべては人材不足を補うためなのだから。

「すごい。でも……」

 彼女の言葉にそういいよどむフィーナ。まだ自分の求めた答えは、その姿はしっかりと明言はされていない。
が、すでにフィーナは彼女の言葉から、真相を見つけ出していた。そのことが彼女にもわかったのだろう。彼
女は薄く笑みを浮かべ、

「もうわかっているようね。そう、バイオチップに登録されているサイコウェーブのパターンは、基本的にあ
なたたちのものよ。それと、あなたたちが使っていたゾロアットに組み込んだサイコミュが記録していたデー
タをもとに機体のシステムも完成させた。……エンジェル・ハイロゥの完成にこだわらず、こちらを優先して
いたら。ビッグキャノンによる被害がなければ、この計画はもっと進んでいたんでしょうけれどね」

 と、ため息混じりに言う。フォンセ・カガチは何に対してもエンジェル・ハイロゥの完成を優先させていた。
元々ニュータイプ研究所も、そのために作られたのだから仕方がないとは言え、研究者としてはアイデアなど
が外部から持ち込まれてきたそれよりも、自分たちが主導していたものを優先したかったのは当然である。し
かし、それは果たされなかった。その理由は今言ったとおりのことである。エンジェル・ハイロゥを優先され
たこと。ビッグ・キャノンの被害で戦力が減り、時間的な猶予がなくなったこと。そして何よりも、バイオチ
ップの被験者の数が極めて少なかったこと、だ。流石にその内容から非人道的とも指摘される恐れがあるため、
大々的に被験者を募るわけにはいかない。なので、精神面に問題のある、と判断された「患者」から被験者を
「治療」という名目で選抜せざるを得なかったのである。

 そうしたことで機嫌が悪くなっている女を前にして、フィーナもサフィーも不快そうな顔をした。自分たち
が行ってきた実験が、そんな非人道的とも言える成果を生み出している。そう思えば吐き気さえ覚える。しか
も、目の前のこの女はそのことに罪悪感も嫌悪感も見出していない。自分たちとは違う人種だとは思っていた
が、ここまでとは思っても見なかった。

 しかし、ふとフィーナは疑問を覚えた。あのコンティオカスタムに乗ったとき、はじめはサイコミュはまっ
たく反応しなかった。なのに、途中から反応したのだ。突然。それはなぜだろう、と思う。あの機体のサイコ
ミュは、この女の言うことが正しければ自分のサイコウェーブにあわせてセッティングされているはずだ。が、
途中までは自分には反応しなかった。その違いはなんなのだろうか。

 少し考えて、フィーナは思い当たった。サイコウェーブの強弱は、感情。意思のありようによって変化する。
ジュリアンのサイコウェーブが一番強く発せられ、デフォルトとなっている感情は何か。サイコミュが実動試
験、実戦を経て学習し、最適化した感情は何か。

 それは、狂気にまで高じた憎しみであろう。復讐だけを求める、狂気。それが、あの男の精神の根本。そう
考えて、皮膚の下。血管の中を虫がはいずるような悪寒を感じた。自分は、あの男と同じような狂気を抱いた
のだ、と。そうであればこそあのサイコミュは自分のサイコウェーブに反応してしまったのだ。

 それは考えうる限り最悪の想像だった。吐き気がする、どころではない。自分の精神の根本が。それこそ魂
の領域までもが穢されてしまったような、そんな錯覚さえ覚える。そのことに耐え切れなくなり、フィーナは
いたたまれなくなってこの場を辞することにした。隣のフィーナの様子がおかしいことに気づいたサフィーも
また、先ほどの女の話に不快さを感じたこともあり、一言断りを入れてフィーナとともに部屋を後にする。

 部屋を出てから、庶務課の窓口まで行くまでの間。サフィーとしてはフィーナの様子が気にかかるも、フィ
ーナが今は自分に声をかけられて欲しくない様子であるのがわかったのであえて声をかけずにいた。そして、
そのまま二人は目的地に向かう。これから五日間の不愉快な時間の幕開けがある。その序幕としては、まさに
最悪の幕開けであるといえただろう。


 UC153 6月 15日 月軌道とサイド2の中間空域

 補給を行い、陣形を整える連邦軍、リガ・ミリティア連合艦隊とタシロ艦隊は、両軍哨戒部隊同士の小競合
いを除けば戦闘らしい戦闘もなく、開いた距離を保ったままにらみ合いを続けていた。しかし、それも連合艦
隊が補給を終了し、戦力の建て直しを終了した時点で終わる。

 戦力の建て直しが終わった連合艦隊は真正面からタシロ艦隊を打ち破るべく、前進を開始。それに答えるよ
うに、タシロ艦隊も戦力を展開する。が、前進して相手を迎え撃つのではなく、あくまでも待ちの陣形を崩す
ことはなかった。そんなタシロ艦隊に対して、連合艦隊のモビルスーツ隊は進撃を続ける。そして、その先陣
を切るモビルスーツの中に、ジェスタのセカンドVの姿もあった。

 艦隊戦仕様のセカンドVは今回はメガ・ビームキャノンと、それとは逆方向に直方体のユニットを装備して
いる。これはスプレービームポッド。拡散するビームを持って、面の打撃を与える兵器だ。ジェスタは、それ
を目の前のリグシャッコーに放つ。シールドを開いている敵はシールドごと吹っ飛ばされ、覆いきれない足を
蒸発させられた。体勢を崩す。その瞬間、ライフルを撃って敵は撃破された。

「これは便利だな」

 戦果を確認して呟く。拡散したビームはすぐに霧散するので、射程は短いがその代わりに何の気兼ねもなく
撃てるという利点もある。少なくとも、メガ・ビームキャノンよりは使い勝手がいい、と思った。引き続きジ
ェスタは敵の姿を求め、機体を回頭させた。そのとたん、こちらに向けて撃ちこまれて来るビームがある。そ
の量から、敵が複数であると判断。モニターを見ると、三機のゾロアットを発見した。

 編隊を組んで迫りくるゾロアットに対し、ジェスタはスプレービームポッドの一撃で連携を分断し、引き続
いてセカンドVの運動性をいかして接近戦を仕掛けて一機ずつ潰していく。三機の敵を撃破したところで、ジ
ェスタは戦場に鈴の音が鳴り響くことに気づいた。そして、視界の片隅に。真紅の閃光が走るのを見る。戦艦
の主砲をも上回る、強力なメガ粒子砲の輝きだ。

「アレがモビルスーツの攻撃か!?」

 その輝きを目にして寒気を感じる。ビームが向いた先を確認。それが、艦隊に向けられたものではないと悟
り、胸をなでおろした。どうやら例のキャノン付のモビルスーツのターゲットは艦隊ではなく、モビルスーツ
のようである。

「この混戦でよくもあんなキャノンを撃つ」

 間違いなく、味方を巻き込むだろう。それを憂慮せずにあんな攻撃を行うパイロットは、怖い。とジェスタ
は思った。そしてそれはあの挟みつきの敵にも通じることだ。それを思って、ふと

「フィーナの気配がしない。……でてきていないのか?」

 怪訝な顔をしてそうつぶやく。ミューレの話ではフィーナも含めてタシロ艦隊に所属しているはずだ。その
決戦で、彼女たちがでてこない、というのは考えにくいのだが。まあ、戦力を温存しているのだろう、と当た
りをつけるジェスタ。実際には彼女たちは営巣にはいっているからなのだが、そんな事情など知る由もない。

 そして、ジェスタは徐々に下がりつつあるタシロ艦隊に対し、積極的に攻撃を仕掛けるべく機体を侵攻させた。


                     *****


 アマルテア級戦艦、ルノーのモビルスーツデッキ。ジュリアンのコンティオカスタムは最終調整がやや遅れ
たせいで出撃が遅れていた。そのせいでジュリアンはコックピット内でひどく不機嫌な様子を隠すことなくた
たずんでいた。腕を組み、凶悪な目つきでモニターをにらむジュリアン。その耳に、ようやく出撃が可能であ
る、という知らせが届いた。そのとたん、ジュリアンは機体を立たせる。大慌てでコンティオカスタムから整
備士たちが離れていくことなど気にも留めず、ジュリアンは機体をさっさと前進させると、カタパルトデッキにつき、

「準備できたぞ。早く出せ!」

 と横柄に怒鳴る。それを聞いたカタパルトの管制官は正直腹が立ったが、それでも職務を果たした。コンテ
ィオカスタムの、暗色に塗られたずんぐりとした機体が宇宙に射出される。それと同時にコンティオカスタム
は右肩のヴァリアブルメガビームランチャーを射撃体勢にして、無造作に撃つ。そのビームはまっすぐに伸び
ていき、かなり離れたところで戦っていたガンブラスターに直撃。一撃で撃破した。

「ふん。花火にはちょうどいいか」

 そういうなり、機体を加速させる。強化されたスラスター推力のおかげで、コンティオカスタムの速度はか
なりのものだ。ジュリアンは機体と自分がサイコミュを通じて繋がっている感覚。そして認識が拡大し、戦場
の様子がはっきりと理解できる感覚に高揚感を感じる。それがどんどんとテンションを高めていき、

「はっはぁー!」

 大きく息を吐きながら胸部三連メガ粒子砲を放った。それはまっすぐに伸びていき、こちらに背を向けてい
たジャベリンを粉砕。ついで、左肩のビームショットクローを放ち、ライフルをぶっ放す。あちこちにビーム
を撒き散らしながら、それでいて正確な攻撃を周囲に放つ。一撃、二撃を防ぐことは出来ても、最終的に次々
と爆砕されていく敵モビルスーツ。

 しかし、その光景もジュリアンを満足はさせない。足りないのだ。心の中に厳然と存在する飢えが満たされ
ない。それを癒す方法はただ一つ。白い装甲を持つモビルスーツを引き裂き、砕き、血祭りにあげることだけ。

「くくく。逃がさんぞ、逃げられはせんぞ。貴様の居場所は俺の頭に響いてくる。さあ、待っていろ、白い奴。
今すぐ引導をくれてやるからな!」

 そう喜悦に顔を歪ませたジュリアンは手近なジャベリンをサーベルの一撃で撃破して、そのまま上昇をかけ
る。その目にはうち砕くべき敵の姿以外、何も写っていなかった。


                     *****


 照明が落とされているため薄暗い中、せまっくるしい営倉の中でフィーナはクッションなどまったくない、
ほとんど樹脂製の板に近いベッドで体育すわりになって天井を眺めていた。こういう場合、天井にはしみがあ
るものではないかな、などと思うが、基本的にザンスカールの艦船は建造されて数年しか経っていないため、
古い船のように得体の知れないしみなどは存在していない。特に、あまり使用されていない営倉などは。

 フィーナは営巣入りが決まってから三日間。こうしてぼんやりすることしかしていなかった。基本的に、こ
こではすることがない。ただ、定期的に食事と着替えが持ち込まれ、ルーチンワークのようにそれをこなして
一日一度、差し入れられる布で体を拭うこと。それ以外は本当にすることはないのだ。ここは重力ブロックな
ので人によっては筋力トレーニングなどもするだろうが、あいにく。フィーナはそんなことに精を出す気はな
い。

 せめて話が出来ればいいのに、と思う。が、隣の房にいるサフィーとの会話は厳禁されているし、何よりも
防音処理が施されてるため話も出来やしない。なので、結局狭苦しい部屋でぼんやりするしかないのだ。

 しかし、そのおかげか。考える時間は山ほどある。もっとも、暗くて狭いところに閉じ込められて考えるこ
となど基本的に後ろ向きのことばかりであるが。一番思うことは、やはり。

「元気にしてるかな、ミューレ」
 
 である。死んでない、生きている。そう信じているのであるが、やはり心の奥底では死んでいるのではない
か、と思ってしまう。それが思考を掠めるたびに大きく頭を振り、自己嫌悪に陥る。その繰り返しばかりだ。
おそらく、隣の房のサフィーも同様であろう。その気になって念じれば、サフィーと意思の交感も出来るだろ
うが、あえてそれは行わない。向こうから接触がない、ということはサフィーも同感なのであろう。

 あいも変わらず、天井を眺めながら、ぐるぐると同じところを回り続ける思考を続けるフィーナは、ふと体
にかかる慣性に気づく。それは、前進のものではなく、後退。この艦は今、後退しているのだ。ミノフスキー
ドライブを実装しているため、慣性は緩和されているがそれでもなくなるわけではない。なので、前進、後退。
そして回頭することくらいはわかる。この船は今、回頭せずに後退している。つまり、撤退戦を行っているこ
とになる。

「状況が不利ということ?」

 そうつぶやく。それとともに不安になる。今、この船が爆沈すれば、自分も死ぬことになる。それは、モビ
ルスーツに乗っていて戦っているときとは異質な恐怖。すべての自分の行く末を他人にゆだねるだけの、恐怖。

 ブルリ、と体に震えが来た。怖いのだ。死ぬことが? と自問する。それもある。が、それ以上に自分の手
のとどかないところですべてが動き、自分の目で何も見ることが出来ないことが、だ。抱えた膝に額を押し付
け、その恐怖に震えていると、ふと。頭の片隅に触れるものを感じた。

 顔を上げる。その眼は軽く見開いている。そして呟く。

「ジェスタ? ……そっか、あんたは戦場にいるんだね」

 そう呟いて、ジェスタが乗っている白いモビルスーツの姿を思い起こす。最後に見たのは、黒い装甲だった
が、それ以前は純白の装甲と青い装甲を持つ、すらりとした手足がきれいな印象を持つ機体だった。騎士を思
わせるような、いや、背中からメガ粒子の翼を放出するあの姿は気障な言い方をすれば天使のようだった。

 それを思い出しながら、呟く。

「負けちゃダメだよ、あんな奴に。それと、引き込まれないでね、あの狂気に」

 自分が刹那同じところに堕ちかけたことを思い、そうつぶやく。黒い、ヘドロのような醜く、汚臭を放つ憎
悪と復讐の狂気。ジェスタが抱き、そしてジュリアンも持っていたそれを、自分もたやすく抱いた。いや。今
もなお、心の中でそれはくすぶっているのが分かる。あの男がミューレを撃った。それを思うだけで、気が狂
いそうになるほどジュリアンに対して激しい憎悪を抱いてしまう。今なら分かる。なぜ、ジェスタがあれほど
に狂いかけたのかが。大切なものを理不尽に奪われたり、傷つけられれば誰だって怒りを抱き、それは狂気へ
と繋がりかねないのだと。
 
 人は、簡単に堕ちてしまう。それを知ってしまったが故に、フィーナは怖かった。誰も彼もが、同じように
落ちてしまうのではないか。

 だから、祈る。どうか負けないで、と。


                     *****


 たやすく装甲を貫通し、命を奪うことの出来る炎の矢が飛び交う真空の戦場。そこを駆ける鋼鉄の騎士の中
に、純白の装甲を持つ機体がいくつも存在している。リガ・ミリティアのビクトリータイプの機体だ。白くて
目立つその姿は、ベスパのパイロットたちにとってはまさに仇敵。これまで何度も目の前に立ちふさがり、た
だならぬ損害を与えてきた上、「ガンダム」という名を冠するビクトリーはまさに彼らの標的となっていた。

 そんなビクトリーの一機。ハルシオン隊の翡翠の翼のエンブレムを肩に描いた一機が華麗に戦場を舞い、ラ
イフルとサーベル。そして背中に背負ったオーバーハングキャノンを使って今、一機のリグシャッコーを血祭
りに上げた。

「これは違う、か。こんなにも弱くはなかったからね」

 今しがた爆発の中、消滅したリグシャッコーの残骸をシールドで防ぎつつアンはそう呟いた。これまで散々
煮え湯を飲まされてきた、三機編成のリグシャッコー。月での惨敗は記憶に新しい。それを行ったのが、あん
な年端も行かない少女であったのはひどくショックだったが。

「さて、次はどいつだ?」

 さすがにタシロ艦隊と銘打つだけあって、その練度は高い。以前のカイラスギリー戦を髣髴とさせる。とは
いえ、あの時は敵も浮き足立っていたこともあり、ここまで強くは感じなかったが。

 そこに、敵が迫ってくる。ゾロアットが二機。それを見て目を細めつつ、周囲を確認。幸い、というべきか。
友軍機の姿もちらほらと見えるのがわかる。それを確認して「よし」と呟くと、アンはヘキサを後退させなが
らライフルを撃つ。それを追ってくる敵機に対し、ジグザグに回避し、敵にライフルを叩き込む。それを見て
図に乗った敵は加速してきて、やたらにビームを撃ってきた。

 敵が追いついてくる。それを確認してから、アンはシールドを開き、機体を反転させた。それに、敵は散開。
こちらに向けて、二機がライフルを向ける。それをうとうとした瞬間、一機のゾロアットがビームに貫かれて
爆発。それに気をとられたのか、ビームを撃つのが遅れたゾロアットに、アンは機体を突進させる。ゾロアッ
トは射撃を警戒してシールドを開くが、アンはサーベルを引き抜いて肩に切りつけると、シールド発振機を破
壊。ついで、シールドを細く絞り、それで敵機に切りつけた。胸部が深く切り裂かれ、パイロットは絶命した。

「ありがとう、うまくいったよ」

 そう言ってアンはそのモビルスーツ。翡翠の翼のエンブレムを描いたガンブラスターに片手を挙げた。相手
もそれに答えるように、ライフルを持った手を上げて、それから自分の獲物を探してスラスターを吹かせた、
その瞬間。側面から叩き込まれたビームに機体が貫かれ爆発した。

「な!?」

 叫んでアンはそちらに目を向ける。が、モビルスーツの姿は見えない。今のは長距離ビームではなく、至近
距離から放たれたものだった。流れ弾でもない。しかし、敵の姿は見えなかった。なんだ? と疑問に思う暇
はない。下の方角から、ビームが放たれた。かなり強力なビームだ。

「く!」

 ぎりぎりでかわすも、左足にビームが掠め、装甲が融解した。モビルスーツの火力としては大きすぎる。と
アンは思った。しかし、例のお皿付のモビルスーツほどの威力ではない。

 機体を向き直りながらアンはそちらに向けてビームを放った。虚空に放たれる、赤い炎の矢。しかし、それ
は空を裂くのみ。テールノズルの輝きが、相手がこちらの射撃を避けたことを物語る。それと同時にそちらか
らビームが放たれてきた。先ほどのものに比べると、威力は弱いようだ。シールドでそれを受け止めた。その
直後。

 側面から放たれたビームが、ヘキサの片腕を吹き飛ばした。

「馬鹿な!」

 叫ぶ。そちらに敵影はなかった。あったらさすがに気づいているし、ヘキサのコンピューターが警告してい
るはずだ。なのに、何もない。しかし、そちらにばかり気を配るわけにもいかない。アンはすばやく機体を移
動させつつ、敵影を探す。見つけた。下から来ていた敵は側面に回りつつこちらにビームを撃ってきた。それ
を回避する。が、直後、背中に着弾。ダッシュパックが爆発し、機体がつんのめる。

「くそ! これじゃジリ貧だ!」

 叫びながらアンは敵機の姿を確認。暗色に塗られた、ずんぐりとしたデザインの機体。それを見たとたん、
悟った。アレは、ジェスタの言っていた鋏付のモビルスーツだ、と。その機体が、右肩のビームランチャーを
こちらに向けた。シールドごとこちらを貫くことの出来る、大型ビームランチャー。

 やられる。そう悟るアン。今の体勢からでは、かわせない。ベイルアウトも間に合わない。やられた。そう
思った瞬間、その敵が突然シールドを開いて後退した。その瞬間、雨あられとビームが降り注ぐ。それを見な
がら、アンはその敵と、敵が持っているであろう鋏を警戒しながら後退した。そこに、一機のモビルスーツが
姿を現す。白い装甲を持つ、ビクトリータイプの。しかし、アンの乗るヘキサとは違ったフォルムを持つ機体、
セカンドVだ。

「いいところを持っていくね、まったく」

 胸をなでおろしながらそういうと、ジェスタのセカンドVが降下しながら、ウェポンプラットフォームに装
備したスプレービームポッドからさらにビームを放つ。拡散するビームはさすがに厄介なのか、コンティオカ
スタムは螺旋軌道を描きながら後退していく。

『大丈夫ですか、アンさん』

「ああ、助かったよ、ジェスタ」

『それはよかったです。でも、ダメージを受けているようですから、一度後退して下さい。俺は、あいつをしとめます』

 ジェスタはそう言って機体を反転させた。言葉どおり、挟み付きの機体。コンティオカスタムを追うつもり
らしい。それを見て、アンは悔しげに唇を噛む。援護したいが、ジェスタの言ったとおり、傷ついたこの機体
では難しいだろう。コンソールの表示によると、コアファイターにもダメージがある。ダッシュパックが破損
したとき、後部周りが爆発の衝撃で歪んだらしい。

「すまない、後は頼む」

『はい。任せてください』

 そういうなり、ジェスタは機体を加速させていった。それを見送りながら、アンもまた、敵を警戒しながら
後退する。悔しかった。敵にいいようにやられたことも。少し前まで素人同然であったジェスタに、後を任せ
なければならない自分のふがいなさにも。

「くそ! ビクトリーを使いながら、なんてざまだ!」

 悔しげに唇をかみ締めながら、口の中ににじむ血の味に不快さを感じてアンは機体を後退させた。


 アンが後退するのをモニターの片隅で確認しながらジェスタは逃走したコンティオカスタムを追った。一度
は退いたものの、あいつがこのまま逃げるとはとても思えない。先ほどから感じるあの機体のパイロットの狂
気は、明らかにこちらを誘っているのだから。

「ここでけりをつけてやる」

 ジェスタはそうつぶやくと、機体を進める。ちなみに、セカンドVが装備していたメガ・ビームキャノンは
すでに脱落している。やはり、機体前方に大きく突き出す形になっているあの武器は、乱戦直前の先制攻撃以
外には使い道がないことがよくわかった。一番頼りになるのは、未だに残っているスプレービームポッドだ。

 頭の中に、敵意が掠める。ジェスタはそれを感じると同時に機体に回避軌道を取らせた。直後、高出力のメ
ガ粒子砲がセカンドVのいた位置を貫いていく。それにあわせてジェスタはビームライフルの狙撃を行う。し
かし、それは当たらない。チラッと輝くスラスターの輝きが、敵がこちらの攻撃を回避したことを知らせる。

「やっぱり接近して叩くしかないか」

 舌打ちとともに呟くジェスタ。接近すれば、スプレービームポッドがあるため、かなり有利になる。なので、
ジェスタは機体を加速させて敵に接近していく。そんなセカンドVに対し、コンティオカスタムのジュリアン
はコックピット内で口元を笑みでゆがめ、求めていた獲物が自ら近寄ってくることに興奮を感じていた。

「くくく、よって来いよって来い。今すぐお前を引きちぎってやるからな」

 接近してくるセカンドVに対し、コンティオカスタムは一度大きくスラスターをふかせて距離をとろうとす
るが、セカンドVはそれ以上の加速で迫ってくる。そして、スプレービームポッドを放ってきた。それを、機
体をその場で回頭させてシールドを開いて受け止めると同時に、その衝撃を利用し、AMBACをも駆使する
ことですばやく機体を射線から離脱させるとヴァリアブルメガビームランチャーを放った。

 セカンドVはそれを旋回してかわしながらビームライフルを撃つ。が、その射撃は簡単に予測され、かわさ
れる。そしてジェスタはセカンドVの体勢を立て直してコンティオカスタムに向けてスプレービームポッドを
撃つべく正対した。その瞬間、相手の左肩に、鋏がないことに気づく。それと同時に、機体に回避行動を取らせた。

 直後、セカンドVの頭上から狙い済ましたビームが降る。それは

「くそ、スプレーガンが!」

 直撃こそ避けたものの、スプレービームポッドのユニットにビームがかすり、飛び散ったメガ粒子のせいで
破損した。ジェスタは悔しげにスプレービームポッドをはずし、身軽になって機体を旋回させた。ちらりと目
を上に向けると、鋏がワイヤーにしたがって本体に戻っていく光景が見える。

「まったく便利なおもちゃだよ、アレは」

 ぼやきながらジェスタはライフルを撃ちながら機体を敵機に接近させる。そんなセカンドVに、コンティオ
カスタムは胸部三連メガ粒子砲とヴァリアブルメガビームランチャーとライフルをばら撒いて牽制してくる。
その狙いはかなり正確だ。両腕のビームシールドを同時展開しながらそれらの攻撃を捌くが、なかなか接近さ
せてくれない。

「火力に差がありすぎるな……」

 追加武装で何とかできるだろうが、素の攻撃力では違いすぎる。これではうまく近づけない。かといって、
ライフルだけでは相手をしとめるのは至難の業だ。

 強い。ジェスタはそう思った。相手から感じる狂気。それを抜きにしても、敵は強いと思う。と、攻めあぐ
ねるジェスタに対し、

「ほらどうした白い奴! 逃げるだけでは面白くないぞ!」

 そう叫びながらジュリアンは機体を突進させた。ライフルとヴァリアブルメガビームランチャー。そして肩
のショットクローからビームを撃ちながら接近戦を仕掛ける。セカンドVはそれに面食らいながらも機体を旋
回させて、背を向けて逃走に移った。それを見てジュリアンは目を険悪な表情にして、追うべく機体を加速さ
せた。そして、次の瞬間。セカンドVがその場で反転。こちらに向かってきた。それは、通常のモビルスーツ
ではありえない駆動。ミノフスキードライブと、サブスラスターを併用しているセカンドVだからこそ可能な
急転換である。

「なに!?」

 その動きを読んでいなかったジュリアンのコンティオカスタムに、ジェスタのセカンドVはライフルを撃ち
ながら接近し、サーベルを引き抜いて切りかかってきた。それを、コンティオカスタムは肩のショットクロー
から伸ばしたサーベルで受け止める。と、同時に、両腕のビームシールドを刃上に形成してセカンドVに切り
かかった。その一撃をセカンドVはその場で宙返りをしながら回避し、同時にミノフスキードライブユニット
から吹き出したメガ粒子で攻撃。

「姑息なまねを!」

 ジュリアンは叫びながら刃上にしていたシールドを普通に展開して、それのダメージを防いだ。が、ヴァリ
アブルメガビームランチャーは今の一撃でメガ粒子の洗礼を浴び、融解して使い物にならなくなる。

「小僧がぁ!」

 ジュリアンはそう絶叫し、憎悪に顔をゆがめてサーベルを二本引き抜き、両腕に持たせた。ジュリアンはセ
カンドVに乗っているのがジェスタ・ローレックという少年であることは知らない。が、バイオチップの共感
作用によって、漠然としたパイロットのイメージが伝わってくるのだ。

「こいつ!」

 サーベルを抜き放って迫るコンティオカスタムに、ジェスタはすでに引き抜いたサーベルを持って応戦。両
者ともに、サーベルを持ってきりあう。

「消えてうせろ! 白い奴!」

「この!」

 強烈な憎悪をはらんで切りかかるその迫力にジェスタは思わずひるむ。連続できりつけるその攻撃を、ジェ
スタは捌くのが精一杯だ。相手の攻撃が怒涛のごとくだということもあるが、それ以上に。ジェスタは突きつ
けられる強烈な憎悪が怖かったのだ。かつて自分が抱き、カガチに向けたそれが。今、こうして自分に突きつ
けられるということが。頭の真に直接ねじ込まれる、強烈な憎悪。それが、ジェスタを脅えさせる。

 憎悪を叩きつけられること。それも怖い。が、それ以上にジェスタが怖いのは、今叩きつけられている憎悪。
それを持つ、目の前の敵が自分と重なるからだ。カガチに対する激しい、押さえ切れない憎悪を持つ自分。そ
れをあらわにして、何も省みずに復讐に走った自分が、目の前の敵と重なって見える。そして今、それに引き
つけられているのが分かるのだ。共感する意志が、自分の中に厳然としてあるその黒い思いを引きずり出そう
としているのが分かる。

 だから、恐れるのだ。敵の狂気を。己の中の、見たくもない醜さを。

「はっはぁー! 脅えろ! 震えろ! 涙を流して小便を漏らして死んでいけぇ!」

 相手が脅えていることが一目でわかったジュリアンはそれに興奮と喜悦を感じる。最高の快感を持って次々
と攻撃を叩き込む。ジェスタは必死に逃げ回るのが精一杯だ。それも、長くは続かない。反応が遅れたセカン
ドVのサーベルが一本弾き飛ばされ、その隙にジュリアンはサーベルの一撃を叩き込む。それをとっさにシー
ルドで防ぐが、直後、コンティオカスタムのけりがセカンドVの腹部に直撃した。

「うわぁぁ!」

 衝撃が機体に走る。後方に弾き飛ばされたセカンドVにジュリアンは三連ビーム砲を放つ。それをジェスタ
は恐怖に体をこわばらせながらも、必死に機体を操作してかわした。が、完全にはかわしきれずに片足を吹き
飛ばされた。

「くくく。手足を引きちぎって首を引き抜いて、コックピットから引きずり出して握りつぶしてやる!」

 そのセカンドVの姿を見て狂喜に顔をゆがめるその姿はあまりにも醜い。しかし、常軌を逸したその狂気は
ジェスタにとってあまりにも恐ろしい存在だった。ジェスタの頭に注ぎ込まれるジュリアンの狂気のイメージ。
胸の奥から、それとおなじものがあふれ出ようとしている。目の前の敵は、仲間を。マジクを殺した相手でも
あるのだから。憎み、復讐を果たせ、と。その衝動に流されそうになるジェスタ。

 ジェスタはそうはなりたくないと思う。そうなれば、行き着く先は目の前の男と同じ。それは、最悪の結末
だ。そう思ったジェスタは恐怖と狂気をこらえながら歯を食いしばり、呻きながらセカンドVを後退させよう
とした。しかし、そうはさせじとジュリアンはショットクローを放出し、逃げ場をふさいだ。前方から撃ち込
まれたビームを、ジェスタはシールドで防ぐ。それとともにきりつけてきた斬撃に、ジェスタはとっさにライ
フルを盾にして防いだ。爆発するライフル。引き続いて放たれる斬撃。それをシールドで受け止める。が、サ
ーベルがシールドの表面をすべり、最後には発振機を焼き潰してシールドは消滅した。

「し、シールドが」

 身を守る楯を失い、ジェスタは青ざめる。そのジェスタの乗るセカンドVにジュリアンのコンティオカスタ
ムはもう片腕に持ったサーベルを引く。それでセカンドVを貫くつもりだ。

(死ぬ!? やられるのか、俺は!?)

 迫るビームの輝きに、ジェスタはこわばった。死ぬ。その恐怖。それが一瞬、ジュリアンの狂気への恐怖を
乗り越える。それはジェスタの心のうちの狂気を解き放ちかけた。ジェスタの目が、黒い炎を刹那宿した。し
かし、それと同時に

〈……負けないでね〉

 声が、聞こえた。かすかだが、声が。少女の声。それは、フィーナの声だった。フィーナが営倉の中で祈っ
た言葉。それがジェスタの意識に届いたのか。あるいはそれはただの幻聴だったかもしれない。ジェスタが死
に直面した際にかってにそう思い込んだだけかもしれない。だが、確かにジェスタの脳裏にはフィーナの声が
聞こえた。

 その瞬間、ジェスタは吼えた。すべての恐怖を、心の底で鎌首をもたげた狂気を、振り払い、敵を倒すため
に。何よりも、生きるために。

「おおおおおお!」

 それと同時にジェスタはブーツを切り離し、それをコンティオカスタムにぶつけ、機体を後退させた。

「悪あがきを!」

 叫びながら、ジュリアンはサーベルでブーツを切り払い、破壊する。それと同時に、苛立ちとともに強烈な
憎悪を放出する。それがジェスタの意識を直撃するも、すでにそれはジェスタを脅かしはしなかった。

「お前は! そんなことで!」

 未だに相手から放出される憎悪に。憤りに、ジェスタは悲しみさえ覚える。自分もかつてはああだったこと
が。それにとらわれて、逃れることが出来ない様に。いや、もうそれにとらわれることで完結してしまってい
る目の前の敵に。

「白い奴が性懲りもなく!」

 叫びながらジュリアンはショットクローをセカンドVに向けて放つ。それをジェスタは完全に予測し、最小
限の動きで回避し、腕のスリットからもう一本のサーベルを取り出し、それを両腕に握らせた。それと同時に
サーベルの出力リミッターを解除し、二本のサーベルを重ね合わせる。その瞬間、サーベルが百メートル近く
まで延長され、その斬撃がショットクローと肩をつなぐワイヤーを断ち切ると同時にコンティオカスタムの両
足を断ち切った。

「おのれぇ! ガンダムもどきが! またしても俺を!」

 その一撃がジュリアンの沸点を通り越したのか。ジュリアンは顔を悪鬼の表情に変えて、叫ぶ。その瞬間、
コンティオカスタムが何か。靄のようなものに覆われたように見えた。それを見たジェスタが叫ぶ。

「貴様は! 歩み行く明日も見えない男が!」

 力のこもったジェスタの絶叫。それは、コンティオカスタムからあふれ出るもやのようなものを一瞬にして
消し飛ばす効果があった。ジェスタの意志の強さが、ジュリアンの狂気を上回ったのだ。

「吼えるな、小僧が!」

 刹那、ジェスタの気迫に気おされながらもなおもジュリアンは叫びながら両腕に持ったビームサーベルをも
って突撃。それをジェスタは迎え撃つ。両機とも、両腕に持ったサーベル同士を激突させた。火花とスパークが散る中、

「貴様さえ消えれば! 俺はあの闇から抜け出られるんだ!」

 そのとき、ジュリアンの脳裏に浮かんだのは闇だった。あの時、撃墜され。脱出ポッドで放り出されてから、
十三時間。それまでの間、ジュリアンは狭苦しい脱出ポッドの中でただ一人、酸素がなくなることの恐怖と戦
い、闇の中、孤独に閉ざされてきた。彼が、絶望に押しつぶされず命を守るためには、狂気に身をゆだね、白
いモビルスーツを憎むしかなかった。

 しかし、それこそが彼を新たなる絶望に。取り返しのつかない道へといざなうことに気づかなかったのが、
彼の悲劇であった。そこから抜け出ることが出来れば別の道も開けよう。が、彼はそこにしがみついたのだ。
生きるためではなく、死なないために。それを、ジェスタはどうしようもない悲しみを感じながらも、許すこ
とは出来なかった。

「自分の足で闇から抜けられない男が何を言うか!」

 二人は言葉とともに強力な意思を乗せて、サーベルを振るう。激突するサーベル。両機とも損傷していると
は思えないほどの勢いで激突しあう。

「消えろといったぞ! 小僧!」

「先が見えないお前に負けるわけにはいかないんだ!」

 鋭い斬撃を放つコンティオカスタムの攻撃。技量において、ジェスタはジュリアンに劣るが故に、その一撃
をかわしきれない。故に、セカンドVの右腕が、半ばから切り離された。しかし、それはジェスタの敗北を意
味したわけではない。ジェスタはそのまま機体を直進させ、左肩からコンティオカスタムにぶつかる。

「うお!?」

「あんたは目を向ける方角を誤ったんだ!」

 叫びながら、ジェスタは吹き飛んだコンティオカスタムに背を向ける。その瞬間、ミノフスキードライブユ
ニットから吹き出したメガ粒子がコンティオカスタムの頭部と右腕を吹き飛ばした。

「ばかな! 俺が負けるだと!?」

「復讐はその先に何も生み出さないんだ! もっと、別のものを見ればよかったものを!」

「小僧が! いまさら奇麗事をほざくなぁ!」

「そのようなこと! 言われるまでもない!」

 ジェスタは叫ぶ。そう。奇麗事で物事がうまくいくはずがないことくらい、自分が一番よく分かっていることだ。
自身が戦いに身を投じたのも、元はといえば理不尽に死を与えられた父の敵を討つため。フォンセ・カ
ガチに対する激しい憎悪が始まりなのだから。

 そうした情念を抱いて戦場に身を投じ。人を殺してきた。ジェスタの手は、心はすでに穢れきっている。い
まさら奇麗事を言う資格など、確かにジェスタにはないかもしれない。今なお、ジェスタの心の中には憎しみ
が。黒い情念が渦巻いている。それは、いくら目をそらそうとも決してなくならないし、完全に見ないことに
は出来ない。それは、自分自身だからだ。だから、けして逃れることは、出来ない。

 だから、分かる。人の心の中にはこうしたどす黒いものが渦巻いているし、人同士わかりあうことなどでき
はしないのだと。しかし

「でも! それでも人はきれいなものを見ることが出来るんだ!」

 たとえ、世界が億の汚濁に穢れようとも。人の心の中に目を背けたくなるような汚泥が詰まっていようとも、
その中からたった一つの綺麗なものを見出すことが出来るのも、人のあり方なのだとジェスタは思う。復讐に
焦がれ、心を憎悪に穢しながらも仲間を、家族を大切に思うことが出来るように。

 ジェスタはその思いを胸に叫びながら、左腕に残ったサーベルを握ると、コンティオカスタムに突進する。
そして、

「こんなものが救いになんてなりはしない! でも、こうすることしか出来ないんだ!」

 悲しみを乗せて。ジェスタはビームサーベルを突いた。それを、コンティオカスタムはもはやかわすことは
出来ず、まっすぐにコックピットを貫かれる。メガ粒子が装甲版を溶解し、コックピットブロックを蒸発させ、
そしてその中にいるジュリアン・ソゥという一人の男の肉を焼き、骨を焦がし、そして。魂を開放した。その
瞬間。ジェスタの脳裏に、一人の男の死のイメージがくっきりと焼きついた。

「はあ、はあ、はあ……馬鹿な、男だ……」

 ジェスタはそう呟いて、目から一筋の涙をこぼした。もしかしたら、自分がたどっていたかもしれない末路。
それをたどった男を、自分の手で抹殺した。それは、ジェスタにとって。あるいは自分の復讐への完全なる決
別であったかもしれない。

 その目が、コックピットを貫かれたコンティオカスタムを見続ける。しかし、攻撃の衝撃で与えられた運動
エネルギーのせいでコンティオカスタムはセカンドVからはなれてゆく。その姿を、ジェスタは目にした。と
同時に、コックピットを貫き。ジュリアンの命を絶ち、その身を焼いたビームサーベルの真紅の輝きがまばゆ
く写る。

「この輝きが……煉獄の炎ならいいのに」

 死した人の、穢れを払う煉獄の炎。このサーベルの輝きが。真紅の炎がジュリアンの魂の穢れを祓ったのな
らば、まだ救いがあるな、と愚にも付かないことを考える。そして、首を振った。たとえ何を言おうとも、自
分が今。一人の人間の命を絶った。その事実は覆ることはないのだ。それだけを思い、ジェスタは周囲を見回
した。戦場の流れが変わっている。現時点では、連合艦隊のほうが優勢であるようだ。タシロ艦隊は明らかに
後退している。

「戦線が後退している。……ここは、引き際か……」

 ジェスタはそうつぶやくと、顔中に浮いた汗を手で拭う。そして、同時に目からあふれ、水の玉となってコ
ックピット内を浮く涙を発見した。それを手ですくい、

「さようなら、もう一人の俺」

 そう一言残すと、いまだ漂う無人となったコンティオカスタムにはもはや目もくれず、機体を反転させてそ
の場を後にした。

 その場に取り残されたコンティオカスタムは、しばらくの間火花を散らし漂っていたが、セカンドVの姿が
完全に消えるのを待っていたように、すべての余韻が消え去ったとき。推進剤に火が回り、最後にはその場で
爆発の花を咲かせて消滅した。それはあるいは、全ての穢れが炎によって清められたように見えたかもしれない。