機動戦士ガンダム0153 〜翡翠の翼〜

  第十章 昇華

 UC153 6月 22日 地球近郊・エンジェル・ハイロゥ空域

 激戦地であったタシロ艦隊と連合艦隊の激突した戦場から何とか離脱することが出来たのは、傷ついたモビ
ルスーツがほんの十機ほど。それら以外は、軒並み撃破されるか、逃げ場を失い投降する以外なかった。そして、
数少ない生き残りたちは、何とか集まり、エンジェル・ハイロゥのズガン艦隊やモトラッド艦隊と合流するべ
く飛ぶしかなかった。そして、そのモビルスーツたちの先頭に立つのが、二機のリグシャッコーである。片方
は片足を損失しているが、それを除けば目立つ損傷もない。そしてもう一機はほぼ完全な状態で安定した飛行
をしていた。

 この二機は、当然。フィーナとサフィーの機体である。戦場を脱出するのに成功した二人は、意識を取り戻
したフィーナの提案でエンジェル・ハイロゥと合流することにした。そして、同様のことを考えて戦場を離脱
した友軍機と接触し、彼らとともにエンジェル・ハイロゥを目指したのである。

 そしてエンジェル・ハイロゥを肉眼で確認することが出来るようになり、後はメインスラスターを使わずと
も慣性に任せるだけでも目的地にたどり着けるだろう、と安堵したさなか。唐突に、彼らの鼻先にビームが撃
ち込まれた。そのビームを見て、フィーナは忌々しげに機体をその場に止める。それに従い、傷ついた機体た
ちも皆、その場で停止した。

 そこに、アインラッドを装備したリグシャッコーが四機ほど。ビームを構えて接近してくる。その姿を見たフィーナは

「近衛隊ね」

 と、小ばかにするような小声で呟いた。女王を警護するために存在していながらも肝心なところで役に立た
ず、女王を死に至らしめた無能集団。フィーナから見た彼らの評価はそんなものだ。(実際には近衛兵団はカ
ガチの直轄部隊としての色のほうが濃いのだが。本人たちの思いはともかく)が、それは自分も同じことか、
と自嘲の笑みを口元に浮かべながら、それでもフィーナは通信を開く。今この場で一番発言権があるのは、ガ
ーネット小隊の小隊長の肩書きを持つ彼女であった。

 通信回線が開いた、と思いきや、飛び込んできた第一声は

『貴様ら、とまれ!』

「エンジェル・ハイロゥの守備隊ですね。すみませんが」

『貴様ら、タシロ艦隊の生き残りか』

 そう言って、フィーナの言葉をさえぎり、アインラッドに乗った近衛隊のリグシャッコーはフィーナらの前
に立ちはだかり、ビームライフルの銃口を向けてくる。彼等は殺気立っており、話が出来ないのではないか、
とフィーナは不安に思う。女王の戦死は、彼らにも大きな影響を与えているようだ。

「はい。艦隊が全滅したのでエンジェル・ハイロゥに合流したいと思いまして」

『ふざけるなよ、裏切りものどもが。いまさらどの面を下げて……』

『待て、上官に報告してからだ』

『そんなもの必要あるか、裏切り者など、ギロチンにかけるまでもなくこの場で殺してやればいい!』

 近衛隊の機体の間でも論争が起こる。そのときに出たギロチン、という言葉にフィーナは顔をゆがめた。思
えば、あれが元凶であるようにも思える。

 傷ついた機体に乗ったタシロ艦隊の生き残りたちは、皆不安げな様子になる。このやり取りは、みなの耳に
も入っているのだ。もし、上層部が自分たちを処罰するとなれば。あるいは、現場の彼らが暴走し、自分たち
に攻撃を仕掛けてきたら。そう思うと、いてもたってもいられなくなるのだ。

 四機の機体のうち、一機がライフルの銃口をこちらに向ける。その機体のパイロットが発する殺気が、冗談
でも脅しでもないことに、フィーナとサフィーは気づいた。これは本気で撃つかもしれない。そう思い、身構
えた瞬間、隣のリグシャッコーが動き、マニピュレーターでそのライフルの銃口を下ろさせる。

『ええい、邪魔をするな! こいつらは裏切り者だぞ! 女王を殺した奴らだぞ!』

『落ち着け。反旗を翻したのはタシロだ。罰せられるべきはタシロと艦隊の幕僚であって末端の彼らではない
だろう。むしろ、彼らこそ被害者だ。それに、上のほうが彼らをつれて来い、と命令してきた』

『なんだと!? くそ、運がよかったな、貴様ら!』

 近衛隊同士。オープンチャンネルで通信をかわす。そして、忌々しげにライフルを下ろすリグシャッコー。
それを確認してから、銃口を下ろさせたリグシャッコーのパイロットがこちらに向けて声をかけた。

『とりあえず、我々の誘導に従ってもらうぞ。……そちらも災難だったとは思うが、私自身。女王を死なせた
片棒を担いだ諸君らには複雑な心境なのだ。それだけは、覚えておいて欲しい』

「心中、お察しいたします。……女王は……」

『いや、詰まらんことを聞かせたな。さあ、ついてくるんだ。下手な真似はするなよ? 私はともかく、他の
連中は君たちのことを今にも撃ちたがっているんだからな』

 そういうと、アインラッドは四機とも反転する。そしてゆっくりと加速を開始した。それを見て、タシロ艦
隊の生き残りたちは無言で、気まずさを隠さずにその後を追った。惨めだった。

             
 四機のアインラッドに案内されてフィーナらはエンジェル・ハイロゥの空域にたどり着く。移動を続けるエ
ンジェル・ハイロゥとそれに随伴するモトラッド艦隊にズガン艦隊。そこに、大量の補給艦が集結しているの
を見つける。おそらく、これが本国から届く最後の補給物資なのだろう。艦隊のモビルスーツたちがかなりの
数が動員され、物資の搬入を行っていた。敵が目の前に迫っているのだから、ゆっくりとしてる暇はない。彼
らが神経質になるのも無理はないだろう。

 そして、案内されるままにたどり着いたのは、ズガン艦隊の旗艦。スクイード級戦艦、ダルマシアンだった。
そのことに驚くフィーナとサフィー。せいぜい、末端の。最前線の船に着艦すると思っていたのだが。

 タシロ艦隊の生き残りのモビルスーツたちは、そのままモビルスーツデッキにたどり着き、搬入される。ハ
ンガーに機体は固定され、そしてみなせかされてモビルスーツから下ろされた。

 ハッチを開き、リグシャッコーのコックピットから出る。ハッチの装甲板を蹴って、地面に降り立った。そ
の横に、サフィーが並ぶ。二人以外のパイロットたちもそれぞれに機体から出てきて、一塊になった。彼等は
皆、空気がすでに充填されていることを確認すると、ヘルメットを脱ぐ。フィーナらもそれに倣い、ヘルメッ
トを脱いだ。そのとたん、デッキ内に軽いざわめきが走った。当然だろう。敗残兵のモビルスーツを率いてい
た機体のパイロットが、年端もいかない少女だったのだ。それは、タシロ艦隊の生き残りにも同じだったのか、
皆顔を見合わせて驚きを隠せないようだった。

 そこに、この艦の、というか艦隊全体のモビルスーツ隊の戦隊長が姿を現した。全員が身を固くして敬礼す
る。それにその戦隊長。階級章を見る限りでは少佐が、生き残りのパイロットたちを見回して、やはりという
か。フィーナとサフィーを見て軽く驚いた。が。

「ほう。君たちは確か、タシロ艦隊に派遣されていたニュータイプ部隊だったな。生き残っていたのか」

「はい。生き恥をさらしております」

 硬い表情で答えるフィーナ。その言葉に、隣のサフィーがやや顔をこわばらせる。フィーナの精神状態がち
ょっとナーバスになっていることを懸念しているようだ。

「それに、他の諸君。よく生き残って帰還してくれた。タシロ・ヴァゴは愚かにも反旗を翻し、自滅したがま
だ我々は敗北したわけではない。これよりエンジェル・ハイロゥとともに大気圏に突入する最後の作戦が我ら
にはあるのだ。その際には、少しでも戦力が惜しい。わかるな?」

 そう言って、彼は鋭い眼差しを全員に向けた。それに、生き残りのパイロットたちは全員敬礼をしながら「
はい」と返事をする。もはや彼らには行き場所がないのだ。ならば、ここで戦って戦果を上げ。汚名を払拭す
る以外に道はない。

 そんな覚悟をした彼らの表情に満足したのか、戦隊長は満足げに頷く。それを見てフィーナはこれは首実検
だったんだな、と思う。少なくとも、彼にとって自分たちはまだ利用価値のある駒だということは確かなよう
だ。自分たちの汚名返上のために必死になることを確認したのだから、それは間違いのないことだろう。

「ならばひとまず諸君らは休みたまえ。地球に降下したら、重力下仕様にしたモビルスーツに乗って出撃して
もらうことになるのだからな」

「了解しました」

 全員の声が唱和する。そして、ひとまずガンルームに向かうことになった。さすがに彼らの部屋は用意され
ていないので、あいたところで休むしかないのだ。フィーナらは一番年下、ということで控えめに、彼らのし
りについていこうとしたとき、

「ああ、そこの二人。待ちたまえ」

 呼び止められた。なので、振り向くと戦隊長がフィーナとサフィーのことを呼んでいる。二人は顔を見合わ
せて、彼の元にいった。

「諸君らはニュータイプ部隊だったな」

「そう、言われてはおります」

 今となっては馬鹿馬鹿しい肩書きだと思う。ただの実験動物で、踏み台に過ぎない。そういえばあのニタ研
の女はどうなったかな、と思う。確か、タシロ艦隊がエンジェル・ハイロゥに合流した時点でエンジェル・ハ
イロゥに向かったはずだが。おそらく、センターブロックでサイコミュの調整でもしているのだろう。

 そんなことを思い、少し不愉快な気分になる。正直、こんなときに嫌いな相手のことを思い出さなくてもい
いだろうに、と。そんなことを考えながら、悶々としたフィーナが案内された先。

「これだ。本来ならばタシロ艦隊に送られるはずだったのだが、突如離反したのを見て、こちらに運び込んだのだよ」

 そう言って、二人に紹介されたもの。それを見て、二人は言葉を失った。そこにあったのは、モビルスーツ
だった。三機のモビルスーツ。そのうちの一機は見覚えがある。とんがり帽子のような頭部を持つ、大型のモ
ビルスーツ。脅威の射程距離を誇る、移動砲台とも言うべきモビルスーツである、ザンネックだ。

 そして、もう一機。灰色に塗られた、ゾロアットに似たフォルムを持つ機体。背中に五連マルチビームラン
チャーを備えた格闘戦用モビルスーツだ。これも、自分の目で見たわけではないがその存在は知っている。フ
ァラ・グリフォンがザンネックを破壊された後愛機としてたモビルスーツ、ゲンガオゾである。

 最後の一機。これは、まったく見覚えがなかった。いや、細部を見れば、この機体がシャッコー系のフレー
ムをもとに建造された機体だということはわかる。しかし、共通しているのは基礎フレームの部分だけである。
それ以外は原形をとどめないほどに手が加えられている。肩のアーマーはやや大型化しているし、腰周りもず
いぶんとすっきりしている。シャッコーは腰にはサイドアーマーもフロントアーマーもなかったが、この機体
は太もも周りを細く設計し、そのおかげで腰周りのアーマーを増設してある。とはいっても、サイドアーマー
はビーム砲と一体化しているようだが。

 この機体を見回して、全体的に細く設計されていることに気づく。このフォルムは、あの機体に似ている。

「ガンダムタイプに似ている?」

 無論、ザンスカール系のモビルスーツの証とも言うべきセンサーアイは装備している。が、それも小型化さ
れているし、頭部の形状もすっきりとしている。頭部のアンテナも、リグシャッコーのような一本の角ではな
く、どことなくガンダムタイプに通じるような、二本角タイプだ。総じて、その印象はビクトリーに似た雰囲
気を持っている。いや、背中にはりだした一対のユニットから考えると、ジェスタの乗っていたセカンドVと
いったほうが確かかもしれない。

「あるいは君の意見は正しいかも知れん。この機体はZMT-S37Sザンスパイン。タシロが軍部の象徴として開発
していたモビルスーツの、テストベッドだ。タシロはこの機体の完成型をフラッグシップとするつもりだとい
っていたそうだ。つまりは、リガ・ミリティアで言うビクトリータイプだな。もっとも、こいつは半完成品と
いったほうが正しいようだが」

「試作機、ですか?」

「むしろ実験機だな。完成を急がせていたらしいが、ザンスパインはいまだ試作機の完成のめどすら立ってい
ない。この機体は。ディーヴァはわが国の技術を結集して作った、ミノフスキードライブ実装型モビルスーツ
の、実験機という位置にある。目録によると十分に性能を発揮するしスペックも十分以上に保障されているがね」

「実験機、ですか」

 フィーナはそう言ってこの機体。ディーヴァを見上げる。黒と黄色を基調とした色彩に塗られた機体は、ど
こかまがまがしくも写る。それをしばらく見上げてから、フィーナとサフィーは戦隊長に目を向けて、

「この機体に乗れ、とおっしゃるのですね」

 その声は、硬い。当然だ。実験機という信頼性も確立されているかどうか怪しい機体に乗って戦場に出ろ、
というのだから。乗らされるパイロットとしては冗談ではないことだが、これはある意味しかたがないといえ
るだろう。ザンスカール帝国は絶望的なまでの人材不足に悩んでいるのが現状である。ならば、使える人材に
少しでも優秀な武器を手渡し、戦果を挙げてもらわなければならない。そうした発想から、本国のモビルスー
ツ開発部から次々と開発終了したばかりの高性能な試作機を送り込んできているのだ。ザンネック、ゲンガオ
ゾもそんな機体の一つである。それに引き続いて、ついに実験機まで送り込むことになった、ということだろ
う。それだけ切羽詰っているということだ。

「そういうことだ。乗り手がいないのでね。この三機。いずれもサイコミュを搭載しているのだが、そのせい
で通常のパイロットでは使いこなせんのだ。専門家の意見によると、確実に使えるのはタシロ艦隊にいたニュ
ータイプ部隊のものだというのだがね」

「……専門家?」

「諸君らもよく知っているはずだが? 今は、サイコミュの調整をしているはずだ。呼ぼうか?」

「いえ。すでにわかりましたので」

 誰のことなのかはすぐにわかった。なので、丁重にお断りする。今、憂鬱の種になるのがわかっている相手
と顔をあわせるのはごめんだった。そのことに彼は少し残念そうにしたものの、もうここに用事はないらしく、

「後でこれらの機体の仕様書などを各自受け取ること。それから、あまり必要はないだろうが機種転換のため
のシミュレーションをな。宇宙での戦いには間に合わんだろうが、地球に降下してから君たちにはしっかりと
働いてもらうことになる」

「了解しました」

 二人は敬礼をして声をそろえてそう答えた。それに満足げにした隊長は、ひとまず食堂辺りで休んでおくよ
うに、と言い残すとその場を後にした。責任ある立場だけに、仕事は山積みなのだろう。去り行く背中は、ど
ことなく忙しない空気をまとわせていた。

 それを見送ってから、二人は同様にその場を後にする。その前に、一度だけ。自分たちの次なる。そして、
最後になるであろう愛機に目を向けた。物言わぬ鋼鉄の巨人はその操り手の小さな眼に見つめられていること
など知らぬげにただその場にたたずんでいるだけだった。


 二人はひとまず言われたとおりに食堂に向かう。スクイード級は元々カイラスギリーに務めていたころにい
た艦だし、カイラスギリー戦で敗走したとき、ダルマシアンの前身であるスクイード2には乗艦したことがあ
るため迷うことなく食堂にたどり着く。

「前いたときとはずいぶん雰囲気が違うね」

「あの時は負け戦だったもの。雰囲気が違ってて当然でしょう」

 以前の沈鬱とした艦の雰囲気と、傷ついた兵たちであふれかえっていた様子とは違うその姿に、なぜか違和
感を感じてしまう。そのことにやや戸惑いながらも、フィーナはサフィーとともに食堂に入り、空腹を覚えて
いたので食事をとることにした。ここで休め、といったからには食事もとることが出来るだろう。

 そう思いながらカウンターに行き、戦闘食を受け取りに行くとあからさまに驚かれた。人手不足のザンスカ
ールは少年兵を動員することも珍しくはないが、さすがにパイロットスーツを着た年端のいかない少女、とい
うのは埒外にあったのだろう。厨房で働いた兵。中年の女性である彼女は、パイロットをしているフィーナら
に感じ入るものでもあったのか、「がんばりなよ」と声をかけて、手渡したランチの中身は少し増量していた。

「ありがとうございます」

「しっかり食べて養生するんだよ。あんたたちみたいな子が、無駄に死んだらそれこそこの戦争がまったく無
意味になるからね」

「はい。がんばります」

「うんうん。その意気だよ」

 そう励まされて、フィーナもサフィーも笑顔で答え、それから二人そろってランチを手に持って移動した。
カイラスギリー級の食堂は、他の艦船に比べると広い構造をとっている。その上でいくつかの観葉植物も置か
れており、リラックスできるようになっている。これは、もともとカイラスギリーの居住区としての機能を有
しているが故に、長期にわたる勤務を行ってたまるストレスを少しでも解消するため、という思惑あってのこ
とである。

 そして二人は食堂の中でも、はずれに当たる場所に行く。ちょうど観葉植物のそばに当たるそこは、あまり
人気のないスペースでもあった。物珍しさゆえにか、注目を集めていた二人だったが、さすがにそうした視線
を避けるように移動した彼女たちにそれ以上注目するわけには行かないと思ったらしく、集まっていた食堂中
の視線は一つまたひとつとはなれて行き、最後には誰の視線も彼女たちに向かなくなった。

 それを気にしていたわけではなかったが、席に着き。フォークで手持ち無沙汰にサラダをつついていたフィ
ーナが、軽いため息とともに呟いた。

「……マリア女王。死んじゃったね」

「そうね」

 いまさらになって、そう口にすることで胸にぽっかりと穴が開いたような気がする。直接会ったわけではな
い。向こうも、自分の存在などかけらも知らなかっただろう。しかし、それでもフィーナたちにとってはマリ
ア女王という存在は大きなものだった。

「タシロ司令が、殺したんだよね」

「そうなの? 白い奴がシュバッテンを撃沈したらしいけど」

「それは、たぶん女王が亡くなった後のことだと思う。白い奴のパイロットは女王を助けようとしていたみた
いだもん」

 フィーナはそうはっきりと言い切った。そうでもなければ、あの場であっさりと引き下がりはしない。その
ことは、サフィーも同感である。

「タシロ司令……やっぱり、ギロチンにかけられそうになって錯乱したのね」

「ん。それはちょっと違うと思う。あの人も、かわいそうな人だと思うよ。元々、厳しくても悪い人じゃない
し、きっと優しい人だったと思うしね」

「確かに、そうね。赴任したときにあったとき、そういう印象を受けたもの」

 サフィーはフィーナの言葉にそう答えた。三人がニタ研からカイラスギリーに異動したとき、「ニュータイ
プ」という触れ込みを持っていたためだろう。赴任してきた三人を、タシロ自らが見に来たことがあった。そ
のことに三人は驚いたものの、自分たちの総司令官を直接値踏みできるいい機会だと思ってタシロと一言二言
話をしたものだった。そのときの印象は、厳しいが生真面目で実直な人物、というものだった。野心を持って
いるのはわかったが、それはあくまでも自らの手でザンスカール帝国に勝利をもたらし、それで栄光を手に入
れる、という程度のものだった。

 そしてもう一つ印象深かったのは、赴任してきた三人が思いのほか若かったことに驚いた後、「若い身空で
無駄死にしないことだな」と言い残して去っていったことだ。なので、少なくともタシロが冷酷非情で愚行を
するような人物とは思えなかったのである。

 だが、現実にタシロは多くの友軍の兵を見殺しにし、どう考えても無意味に近いクーデターを引き起こし、
結果としてたくさんの人を巻き込んで自滅した。

「……タシロ司令ってさ。確か、アメリア時代からの軍人だったんだよね」

「そうらしいわね。ズガン司令がザンスカール帝国軍の総司令になる前はタシロ司令がアメリア軍のかなり上
役にいたらしいし」

 サフィーはフィーナの言葉を聞いて自分の知識からそれを思い出す。アメリア時代の軍事力といえば、コロ
ニー一つを守るための小艦隊を組織している程度のものだった。タシロは、軍本部付ではなかったが、その艦
隊の司令を任されていたはずだ。当時は若く優秀な司令官として彼は周囲から注目を集めていたのである。

「ってことは、だよ? タシロ司令って、誰よりもザンスカールに。ううん。アメリアコロニーに対しての愛
着ってあったと思う。だからじゃないかな。あんなふうに、みんな壊れちゃえって思ったのは」

 今にして思えば、タシロの愚行は野心からでていたものではなく、破滅願望から来ていたように思える。そ
う、カガチを。ズガンを、マリア女王を。白い奴などに、絶望と破滅をもたらすために。ザンスカール帝国、
という体制を道連れにして、破滅を望んでいたように思えるのだ。

「そうよね。愛国心を持って、ずっと守ってきた市民に裏切られたんだものね。なら、みんなを憎んで。うら
んで。道連れにしたくなるのも道理、か」

 その言葉に、二人はそろってギロチンの光景を思い出した。ギロチンの前に連行されたタシロ。その彼に浴
びせられたのは、広場に集まる市民たちの憎悪の視線と、罵詈雑言。殺せ、と。反逆者、と言われ、狂気に近
い殺意を叩きつけられたのだ。

 それを浴びせられたタシロは、いったい何を思ったであろうか。ザンスカール帝国が出来る前から。アメリ
ア時代から、ずっと一人の軍人として愛すべき故国を守り、そこに住まう人々の生活を外敵から守るために人
生をささげてきた男に浴びせられたのは、その守るべき人々たちの殺意と狂気。彼はあの時。人に、ではなく、
世界に。自らの半生に裏切られたのだ。

 なればこそ、狂ったのであろう。己を裏切った世界すべてを壊してやろうと。そう思い、あのような暴挙に
出たのだ。それは、とても哀れなことだった。同情は出来ない。許すことも出来るはずがない。しかし、とて
も可哀相な男では、ある。

 死んだ人間のことばかりを考えていたせいか、二人そろってしんみりとする。しばらくそのまま無言で二人
ともゆっくりと食を進めていたが、その手を止めて、サフィーが聞いた。

「ところでフィーナ。これから、どうする?」

「これから? どういう意味?」

「地球に下りて、戦争もう終わるでしょう? ミューレも生きていたし。あの子を迎えていってから、どうす
るのかって聞きたいんだけど」

 そのサフィーの言葉にフィーナは意外そうな顔をした。それからしばらく考え事をして、ふう、と息を吐い
た。一度顔を伏せて、困ったように笑みを浮かべてから、

「何も、考え付かないや。いくところも、帰るところもないしさ。三人で一緒にいるってことは想像つくけど、
それでおしまい。あはは。いい若い娘がこんなんじゃダメだね」

 本当に、困った笑みを浮かべるフィーナ。冗談でもなんでもなく、本気で困っていた。この戦争がどうなれ
ども、もう。フィーナは戦いを続ける気はない。戦う理由がないからだ。だからといって、それ以外に何があ
るかというと、何もない。ニタ研につれてこられるまでいた孤児院は特に何かを教わった、というわけでもな
く、彼女たちがニタ研で学んだことといえばサイコミュ開発のために必要な、モビルスーツの操縦法やらなに
やらだけだった。無論、幼いという理由で空いた時間を利用して色々な勉強もしたが、それはあくまでも最小
限の教育を修める、という程度のものでしかなく、これからの生き方を決めるような専門的な学習というもの
は一切していない。

 それに何より、彼女たちがこれまで歩んできた半生。それは常に周囲の事情に流され、他人の。いや、大人
の都合によってたらいまわしにされるという形で生きてきただけだった。つまり、自分の意思で何かを決定し、
実行するという経験に乏しいのだ。だからこそ、自分自身に意味を見出せなくなったとき。どうすればいいの
かわからなくなるのである。

「とりあえず、さ。見極めてみようよ。色々と。それから結論を出してもいいかなって思う。こんなの、ただ
の逃げ口上かもしれないけど」

「そうね。……私たちって、やっぱり。子供、なのね」

「だね」

 フィーナはサフィーの言葉に渋面になりつつため息をついた。そしてふと思う。ジェスタはいったい、この
戦いの先に何を見出すのだろうか、と。自分とは違い、状況に流されてからも自分の意思で自分の行き先を定
めた少年。そこまで考えて、ふと苦笑。考えるまでもない。ジェスタには帰る場所があり、待つ家族がいる。
ならば、そこへ帰るだけだろう。

 帰る。当たり前のようなその言葉を言えることがいかに幸福なのか。きっと、その言葉を口にするものには
分からないものなのだろう。フィーナはそう思う。そして、自分の最も親しい友であるサフィーとミューレも
また、同じ思いを抱いているはずだった。


                     *****


 地球降下を目指して移動するエンジェル・ハイロゥ。それを追う連合艦隊は、タシロ艦隊を殲滅した後休む
暇もなく進路を変更し、移動を続けるエンジェル・ハイロゥを追撃した。その理由は簡単だ。女王マリアを失
った後、確保されたその娘。シャクティ・カリンがキールームに立ち、祈りをささげたことでエンジェル・ハ
イロゥは再びその身を蒼く輝かせ出したからだ。

 蒼く輝くエンジェル・ハイロゥはその巨体からサイコウェーブを放出し、そのサイコウェーブは地磁気の流
れに乗って地球全土に流れていく。そして、地球を覆ったそのサイコウェーブは生物が持つ本能を休ませ、眠
りへといざなう。

 その光景を地球に放った無人偵察機から収集し、それを目の当たりにした艦隊のクルーたちはもはや一刻の
猶予もないことを確信。戦力的には完全とはいいがたいが、それでも援軍を待つ時間はないと判断。今ある戦
力をつぎ込んで、エンジェル・ハイロゥを落とすことを決断したのである。

 それが決定してから、各艦はとてつもない喧騒に襲われることになった。消耗した各機体に大急ぎで補給を
行い、それに並行して地球に降下するエンジェル・ハイロゥを追撃し、地球で戦闘するための準備をも行わな
ければならないからだ。そんな中、ジェスタのいるエアは最も忙しい艦の一つであるといえた。

 ハンガーに固定されている、セカンドV。それを見上げるニケの顔は、厳しい。そのニケを傍らに見るジェ
スタは戦々恐々と言った表情をしていた。そんなジェスタに、一度じろりと視線を送ったニケは続いてため息をついた。

「きちんと計器にかけてみないと分からないけど、やっぱりガタが来てるよ、この機体。リミッター解除したんでしょ?」

「はい。分かりましたか」

「ま、ね。これでも専門家だから。機体からきしむ音が聞こえればすぐに分かるわよ。特にドッキングブロッ
クとミノフスキードライブの基部から聞こえるから、ああ、無茶したなってね」

「すみません」

 自分の肩をスパナでぽんぽんと叩きながら言うニケに、頭を下げるジェスタ。それを見てニケはジェスタの
頭をスパナでこつん、と叩いてから、

「ったく。がんばりすぎよ、男の子。この機体。本音を言うと完全にばらしてオーバーホールをしたいところだけど」

「オーバーホールですか」

「無理、ね。時間と人手が足りなさ過ぎるわ。見たら分かるでしょ? 今、ここにあるほかの機体だけでも手
一杯。とても完全な状態には出来ないわよ」

「そうですか……」

 ニケの非情な宣告に、ジェスタは落胆の息を漏らした。予想はついていたことだが、現実にそうだといわれ
るとなかなかに辛いものがある。そんなジェスタの姿にニケは軽く息を漏らしながら笑みを浮かべて、

「でもね、次の出撃には間に合わなくても、とりあえず戦えるだけの状態にでっち上げることくらいはやって
あげる。それくらいの懐はあるからね」

「え?」

「だ・か・ら。ジェスタは次の出撃はあそこのビクトリーを使いなさい。整備は完璧。補給も完全。だから、
問題なく使えるから、ね」

「はあ」

「分かったら引っ込んで。邪魔になるし、今はパイロットは少しでも休む時間でしょ? ぬぼーって立たれて
たら迷惑なの。分かる?」

「あ、は、はい」

 少し不機嫌そうに眦を吊り上げたニケの言葉にジェスタは目を白黒させてから、「じゃあお願いします」と
いい残すとそそくさと去っていった。それを見送ったニケは首をめぐらせ、純白の機体。セカンドVを見上げる。

「んで、姐さん。どうするんです? こりゃハンガーとブーツの交換でどうにかなる問題じゃないでしょうに」

 そう言って、セカンドVの方角から飛んできたのは、ドレッドヘアーが目立つ整備し、ファシムだった。彼
のほうが年上なのだが、あだ名として定着した「姐さん」と呼ぶことに抵抗はないようである。

「それが問題よねぇ。応急処置みたいなもんだけど、一応手はないわけじゃないけど……」

「ほお。どんな手なんだい?」

「ああ、それはね……」

 ファシムの興味ありげな言葉を受けて、ニケは自分のプランを言ってみた。それを聞いてファシムは軽く驚い
てから、ふむ、としばし考え込んで。そして、

「そいつは名案だ。じゃあ、そいつで行きましょうや」

「ごめんね、余計な手間かけさせちゃって」

「いやいや。あのぼーやががんばってると応援したくなるのが人情ってもんよ。姐さんもそうでしょうに」

 にか、と白い歯を見せて言うファシム。それを見てニケは軽く肩をすくめてから、

「ま、ね。それにしても結局、ぼーやなのねえ」

「はは。癖になっちまったみたいだな、こりゃ。……しかし、あのぼーやがここまでやるようになるとはねぇ」

「才能、かしらね、こういうのは。家族は喜ばないでしょうけど」

 ニケはファシムと同じにセカンドVを見上げながらそう言った。ジェスタの母親と妹は、「才能」を。人殺
しに通じるそれを褒められたとしてもけして喜びはしないだろう。だからといって、無碍にもするまいが。

「何言ってんだ。モビルスーツはただ、人を殺すだけのもんじゃないだろうに。こいつらは俺たちが一生懸命
に手を加えてるんだぜ? それに、うちの連中はみんないいやつらばかりだ。なら、それだけでは終わりはし
ないさ。奇麗事を言うつもりじゃないけど、そうでなきゃこんなにきれいな機械になるはずがない。そうだろ」

「そうだね。人を殺すだけじゃなく、その先に進むことを助ける機械。だからこそ、あたしたちはがんばるん
だよねぇ」

 そう言ってニケは苦笑しながら自分の頭をスパナでかいた。そして、「よし」と気合を入れると

「じゃ、みんなさっさと片付けますか!」

 そう言って喝を入れてニケは作業でごった返すモビルスーツデッキを見回して、スパナ片手に自分の仕事に
うつっていった。


 モビルスーツデッキを後にしたジェスタはとりあえずパイロットスーツから平服に着替え、これからどうし
たものか、と少し困った。直ぐに、というわけではないが、出撃はまたある。それまで休んでいたほうがいい
のは分かるのだが、あまり眠る気にもなれない。そんなことを思いながら歩いていると、前のほうから食器を
手に持った少女の姿が。

「お疲れ様、アリス」

「はい。ジェスタさんこそ、お疲れ様です」

 アリスはそう言ってにこりと微笑む。それを見たジェスタもまた、笑みを返しながら手に持つ食器を見た。
そして彼女が向かってきた方角に目を向けて、「ああ」と呟く。

「捕虜の、ミューレ准尉に食事を出してたんだね」

 捕虜であるミューレへの食事の差し入れは、彼女の仕事だ。それは彼女に押し付けているからではなく、比
較的年も近く、それでいて人当たりたよくてミューレに対して二心を持たない相手として彼女が最適であった
からである。まあ、彼女が生活班のクルーであることも大きな役割を果たしているのだが。

「はい。さびしそうにしてらしたので、ちょっとお話したのは内緒ですよ?」

 アリスはそう言って口元に人差し指をたて、秘密ですよ、と示した。それを見てジェスタはジェスチャーで
OKサインを出す。それから、ふと思いついた。

「じゃあ、彼女は今は起きているのか」

「はい。……会いにいかれるんですか?」

「そうだね。ちょっと、話しておきたいこともあるし。いってみるよ。……また、喧嘩腰になるだろうけどね」

「ご愁傷様です」

 アリスはジェスタの言葉にそう言って笑みをこぼすと、「じゃあ失礼しますね」といってそのまま一礼して
去っていった。ジェスタも手を上げて挨拶をしてから彼女とすれ違い、彼女がやってきた方角に向けて移動を
開始した。


 独房、営巣があるブロックというのはやはり他の居住区などと比べると薄暗いイメージがある。いや、実際
に他のブロックと比べれば使用頻度は低いし、捕虜を拘禁したり罰を受けるものを収監するための施設なので
快適さを提供する必要性がないため、回されるエネルギーなどは他に比べれば少なくなるのも道理である。と
はいえ、最小限の機能は整っているし、使用中ともあれば照明もきちんとついているものなのだが。

 その独房に、ジェスタは足を運んだ。独房のブロックの入り口には当然のように銃を持った見張りがいる。
人手が不足気味なので、この見張りは手の空いたものが適当に回される、という程度ではあるので、正直。い
ないことも多かったりする。今は戦闘が終了し、少しは人手が余っているためか、なんだか疲れた顔をした青
年が見張りをしていた。

「ご苦労様」

「なんだ? 捕虜に用事か?」

「用事って言うか。ちょっと話を、ね」

「おいおい。女の子でも、敵だぞ」

 ジェスタの言葉に呆れた顔をする見張りの青年。そんな彼に、ジェスタは「違うって、そういうことじゃな
いよ」と苦笑してから、断りを入れて独房が立ち並ぶエリアに入った。

 クラップ級巡洋艦の独房の数は少ない。通路の左右に二つずつ。計四部屋しかないのである。これは、クラ
ップ級が連邦系の巡洋艦の中でもモビルスーツの運用を前提にしながらも、かつてのサラミス級やマゼラン級
といった艦を建造したドックで作りやすいように設計されたため、その形状があくまでも細長い形状をしてい
るためである。モビルスーツデッキとカタパルトデッキを備えたこの艦は、武器弾薬庫や推進剤のタンクやさ
まざまな備品を収納し、その上でどうしても主戦力であるモビルスーツを少しでも多く搭載し、戦力として活
用するために無駄なスペースを大幅に削ることになった。そして、そのしわ寄せが居住区に回されたわけであ
る。モビルスーツデッキとブリッジの間の、わずかな間隙に居住区は存在しており、それゆえに独房などは極
端に少ないのである。

 その独房に、ミューレは収監されていた。ジェスタはミューレが収監されている独房に近づいていき、声を
かけようとしたそのとき、

「で、なんの用なわけ?」

 と、いきなりけんか腰で語りかけられた。ジェスタはそのミューレの棘のある声に若干引きながらも、独房
の扉の食事などを差し入れる小窓を開き、そこから中を見る。すると、ベッドとトイレくらいしかない狭い部
屋の、その硬いベッドに腰掛けたミューレが据わった目で窓をにらみつけてくる。

「よく俺だって分かったな」

「当たり前でしょ。ボクに会いに来るなんて、アリスちゃん以外には君くらいしかいないしね。……で、何の
ようなの?」

「あ、ああ。とりあえず、元気そうでよかった。うん」

「元気? こんなくそ狭いところに閉じ込められてるのに? 冗談きついよ、ホント」

 そう言って小ばかにするようにため息をついた。その仕草は見ようによってはすごく腹の立つものだったが、
ジェスタはあまり腹を立てない。もう慣れた、と言うこともあるが彼女が自分を毛嫌いする理由がフィーナを
思ってのものだと言うことを理解しているので、彼女のそんな感じ方にはむしろ好感さえ抱いている。まあ、
やはりあからさまに敵意を向けられるのはいい気はしないものだが。

「えーと、その辺は俺にもどうにもならないし」

「分かってるよ、そんなの。まあ、色々世話を焼いてくれるのがアリスちゃんでよかったけどね。あの子はお
しゃべりにも付き合ってくれるし」

「……いい子だからね、彼女は」

「ホントにね」

 若干、そう言ったミューレの言葉には棘がある。その理由はよく分かる。しかし、あえてそのことをこの場
では話さなかった。ジェスタがこの話題で少し気落ちしているふうなので、ミューレが軽く「むむ」とうなってから、

「それで用件は何? 何にもないのに話に来るほど暇じゃないんでしょ? 戦局は大詰めを迎えてるんだから。
休む時間だって仕事のうち、でしょ?」

「まあ、ね。……女王も亡くなったし」

「……そっか。やっぱり、あれはそうだったんだね」

 ジェスタの言葉にミューレは深いため息をついてから静かに語った。ミューレ自身、先ほどの戦闘中。強い
思念が自分を貫くのを知覚した。はじめは、自分を討て、と言うようなメッセージを。そしてその次は、強い
「死」のイメージ。それが誰なのかははっきりとは理解できなかったが、漠然と女王のものだろうとミューレ
は想像していたのだが、それは的中していたようだった。

「何でも、タシロ・ヴァゴに射殺されたらしい。恐怖に駆られて錯乱したのかな」

「恐怖? うん。確かにそうかもね。あれは、ボクにとっても怖かった体験だし」

「怖い?」

「知ってるでしょ? タシロ司令。ギロチンにかけられそうになったって」

「ああ、そうだな」

 そう言ってジェスタは嫌悪に顔をゆがめた。と同時に心の中にジワリ、と黒い思いが湧き出てくる。父ジョ
シュアの首が重い鉄の刃によって切断される光景が。それを見て大騒ぎする群集が。そして、手のひらを返し
て悪意をぶつけてくる人々が。ジェスタの脳裏によみがえった。

「すごかったんだよ。タシロ司令に向けられた敵意。あの人。確かに失敗したけどさ。でも、一生懸命な軍人
だったんだよね。なのに、あんなふうにされたら。狂いもするかもね」

「……そう、だな」

 ジェスタは自分に当てはめて、そう思う。自分もギロチンを転機として世界がひっくり返るような経験をし
た。あのときに感じた恐怖と絶望。そして、世界そのものに対する強い不信感に、憎しみは忘れられない。正
直、運命を共にする家族が。守ろうと思う存在がなく、思わぬところから差し出された救いの手がなければ自
分は自殺するか。あるいは世界すべてに牙を向けたかもしれない。

(俺と同じ、か)

 そう思うジェスタ。タシロと言う男は守るべきもの。世界に裏切られ、それに牙を向けて復讐を果たしたの
だろう。完全ではないが、その復讐は。呪いは成し遂げられた。タシロの裏切り行為によって、ラステオ艦隊
はほぼ無駄死にをし、タシロ艦隊そのものも殲滅された。そして女王の死。これらは生き残りのモトラッド艦
隊、ズガン艦隊に大きな痛手を与えたはずだ。守りの壁を失い、さらに精神的主柱であるマリアを失ったため、
ザンスカールの軍人たちの士気は低下したはず。まさに、捨て身の呪いは見事に成立したのだ。

 そんなタシロの狂気に。深い憎しみに、いまさらになってぞっとするジェスタ。もう一人の自分の鏡像。そ
れをタシロに見、いかに自分が幸福な立場にいるのかを実感した。極端な例かもしれないが、アレが復讐者の
行き着く先なのだろう。目的のために、自分を省みず。全てを狂気の渦に引き込み、破滅する。それは恐ろし
いを通り越し、おぞましいとさえいえることだった。

「それをいいにきたの?」

「いや、そうじゃない。ほんとに話したかった事は、君の友人と話をした、と言うことだよ」

「サフィーと? ふうん。あんた。サフィーに乗り換える気なんだ」

「何でそうなるんだよ……」

 悪意たっぷりのミューレの声に、思わず嘆くジェスタ。この少女が悪い子ではなく、むしろいい子であるこ
とは想像はつくし、アリスからもそう聞いてはいるのだが、どうにも自分に対するこの敵意だけはどうにもな
らないようである。疲れるなあ、と思いつつ、

「とりあえず君の生存を伝えたんだよ。フィーナは話が出来る状態じゃなかったからね」

「……フィーナに何かあったの?」

「女王の死のイメージを強く受けすぎて気を失ったらしい。大丈夫だとは思うけど」

「そう。じゃ、軽いサイコミュ酔いってとこかな。なら、安心だ」

 真剣な様子でジェスタの言葉に耳を傾けていたミューレはそう言って胸をなでおろし、硬いベッドに腰を下
ろした。それからしばらく考えてから、

「……でも、女王が亡くなられたのなら。フィーナはどうするつもりなんだろうな。タシロ艦隊が撃破されち
ゃって、フィーナたちはエンジェル・ハイロゥに合流したんでしょ? 戦争がまだ続くならどうしてもフィー
ナもサフィーも戦いに駆り出されるわけだけど……もう、戦う理由。なくなっちゃったのに」

 そう言った。そう。フィーナたち三人は、女王マリアと言う存在の持つ温もりを盲目的に求め、それに報い
るために唯一できることをする。ただそれだけの理由でモビルスーツに乗り、戦場を駆けたのだ。だが、女王
は亡くなった。いまや、戦線を離脱したミューレはともかくとしてフィーナとサフィーの二人は無意味な闘い
に駆りだされることとなる。

「……そうだな。フィーナはもう。何をしても求めるものを得られなくなったんだから。戦う理由はないのか」

「軍のため。国のため。そんなことを言われてもね。ボクたちにとってはどうでもいいことだし、別段ザンス
カールなんて国。どうなろうといいもん。帰る場所があったり、待ってる人がいるわけじゃないしさ。あ、で
もあそこにいるチビたちがどうなったのか。ちょっと心配かも」

 そうミューレは語る。ちなみにチビたち、と言うのはニュータイプ研究所に連れてこられたニュータイプ適性
のある子供たちのことである。三人娘と比べて、いずれも年が下であるためサイコミュ開発のための多少の
モビルスーツの操縦訓練などを行っているもののとても実戦に駆り出される年ではない。

 そんな子供たちを、ニュータイプ研究所にいたとき。三人はそろってある程度の交流をしていた。さまざま
なカリキュラムが設定されていたためあまり会うことが出来なかったが、それでも自分たちを年上として慕っ
てくれるその子供たちとの交流は、あそこにおける唯一の安らぎと言えただろう。

 しかし、そんな子供たちも自分たちを待つ存在であるとはとても言えず、やはり。戦う理由にはならない。
だが、状況は少女たちに戦いを強要する。そして、それを拒むことは出来ないだろう。

「武器を捨てれば楽になれるだろうに」

「本気で言ってるの? それ」

「そのつもりだけど」

 ジェスタは責めるようなミューレの声に軽く驚きながらもそう答えた。それに対し、ミューレはしばらくジ
ェスタのほうに目を向けてから、少し哀れむような。それでいて、羨望を交えたまなざしを向けた。

「わかんないんだろうね、ボクたちの事情なんて。ボクたちには、それしかなかったんだから」

 選択する機会が。意志があるものと、選択する機会を持たず、その意志を持って道を歩んだことのないもの
の違い。そして、さまざまなものを持つものと、何も持たざるものの違い。この違いは、大きい。ジェスタは
自ら望んで武器を手に取り、戦う道を選んだ。たとえその始まりが復讐であっても、だ。しかし、フィーナら
三人は違う。武器を持つことを当たり前のように教えられ、戦う道に進んだ。そこに、彼女たちの意志はない。
そして、三人とジェスタの最大の違いは、三人は今進んでいる道を外れると何をしていいのか。どこにいけば
いいのか分からない、と言うところだ。なので、今握っている武器が自分たちの望むものでなくとも。無意味
であっても、それから手を放すことは出来ないのだ。

 それは、彼女たちの歩んできた人生のせいであり、同時に彼女たちがまだ幼い、と言うこともある。

 なのでジェスタには分からないのだ。「それしかない」と言ったミューレらのあまりにも悲しい事情を。し
かし、ジェスタはその言葉に深い悲しみと、憤りを感じた。

「それは、違う。何もないはずがない。人なんだ。人なんだぞ? 考えて、感じて。生きている人なんだ。な
ら、違うはずだろう」

「かもね。でも、言葉だけじゃわかんないよ。言われただけで分かるんなら、世界ってもっとすごしやすいと思うな」

 いって、ミューレはかすかにだが笑みを浮かべた。それを見てジェスタはおや、と思ったが、気がつけばま
た直ぐに敵意交じりの仏頂面に戻る。

「んで。もういいでしょ? わざわざ君の説教なんて聞きたくないもん。いっちゃいなよ。熱血するなら、相
手が違うでしょうに」

「んな」

 いって、ジェスタは今しがた自分の言った言葉がかなり恥ずかしいものであると思い至った。それで頬を紅
潮させたのを見て、ミューレが勝ち誇った顔をする。その表情は、まるでねずみをいたぶる猫のようだ。しか
し、彼女はそれ以上何も言わずに舌を出して追い払う仕草をすると、そのままジェスタに背を向けてベッドに
横になってしまった。

 そんなミューレの様子にしばらく困った顔をしていたジェスタだが、はあ、とため息とつくと小窓をしめる
ときに「じゃあな」と一言残してそのまま去っていく。足音が遠ざかる。それを横になったまま聞いていたミ
ューレか体を起こして先ほどまでジェスタの顔がのぞいていたドアのほうに目を向けてから、

「ジェスタ・ローレックか……」

 そう呟いてから、なにかまずいものを口にしたような顔になってから、きりり、と鋭い面持ちになると

「認めたわけじゃないんだからね。それだけは、忘れないでよ」

 そう言ってから、ふん、と息を吐く。その様子はまるで小姑のごとく。色々と忙しい少女であった。


  モビルスーツデータ

 ZMT-S28S ゲンガオゾ

 頭頂高 17.3m  本体重量 14.3t  全備重量 35.9t  ジェネレーター出力 6310kw

 武装 ビームメイス×2・ビームシールド×2・五連マルチプルビームランチャー

 ベスパが開発したサイコミュ搭載型試作型モビルスーツ。超長距離仕様のザンネックと違い、この機体は主
に近〜中距離戦闘を主眼において開発された機体である。それを表す最大の特徴が、バックパック代わりにも
なる五連マルチプルビームランチャーであろう。
 本体と背中のジョイントで接続されるこのビームランチャーは本体からのエネルギーチャージを行うことが
出来ることもあり、かなり長期にわたって使用が可能である。そのうえ、VSBRの技術を転用していることもあ
ってビームの放出も拡散させたり収束させたりとモードの切り替えも出来るため、近距離から中距離の敵機に
対してかなり強力な打撃が可能となっている。
 このユニットは独自の航行ユニットが備え付けられているため本体と分離しても自在に行動できる機能を持
っており、その機能とサイコミュによる脳波誘導機能を組み合わせることによってオールレンジ攻撃を行うこ
とが可能なのである。
 そしてこのユニットはサブフライトシステムとしての機能も持っており、ベスパ側では開発の遅れていたミ
ノフスキーフライトユニットも内蔵しているようであった。
 なお、この機体はそのフォルムからゾロアット系のフレームを流用しているようであるが、全体的に大型化
しており、重量が増しているため若干運動性を犠牲にしている節がある。とはいえ、この機体を扱いこなせる
パイロットが扱えばきわめて強力な戦力となるようであった。
 なお、この機体はもともとザンネックとともに運用されるはずであったようであり、遠距離の敵をザンネッ
クでしとめ、接近してきた敵機をゲンガオゾでなぎ払う、と言う戦術を想定していたようであった。それとと
もに、サイコミュ搭載型に換装したコンティオなどと言う格闘戦用モビルスーツとも組み合わせた戦闘小隊は
それだけで一個艦隊を殲滅しておつりが来る戦力となるはずだったが、あいにく機体もパイロットもそろわな
いうちに戦争が終結してしまったようである。