終わらない明日へ・・・



 by ACE





 第七話 宇宙の傷跡 〜出会い〜




 崩壊したアルテミスを後にナデシコは補給もままならないまま宇宙を彷徨っていた。
 ナデシコの物資は底を尽きかけている。
 度重なる戦闘で、クルーの士気も低下する一方だ。

 ミスマル・ユリカは艦長席で、現状況を打破するための策を思案している。
 戦闘や非常時以外天真爛漫なユリカも深刻な表情だ。

 ―ZAFTの追撃を避け、なおかつ”大西洋連邦”所属の補給地に辿りつくこと。

 ユリカは頭が痛かった。
 ナデシコは今や連合軍でさえも一部が敵になっていると考えていい状況だ。
 それはアルテミスにおいて、身体をもってして実感している。
 今信用できるのは自分達が所属している大西洋連邦だけともいえる。
 しかし、付近には大西洋連邦所属の駐屯地はない。
 ならば、どうするか?
 思考は無限ループを辿り始めた。

 「艦長。」

 思考の呪いに掛かっていたユリカに救いの手が差し伸べられる。
 一計を案じたのはヒエンだ。

 「大尉、どうかなされましたか?」

 ユリカの顔は憂鬱をそのまま表現している。

 「話がある。アオイ中尉もこっちに来てくれ。」

 ジュンを呼び、ヒエンは話を始める。

 「今、ナデシコの物資は底を尽きかけている。
  このままではZAFTに追いつかれる前に物資不足でナデシコは沈んでしまう。
  しかし、付近の宙域に俺達が安全に駐在できる場所はない。」

 ユリカはヒエンの考えが全く自分と同じということに驚いた。
 ヒエンも艦のことをよく考えてくれているのだな、とユリカは思った。
 ジュンはただひたすらにヒエンの話に頷いている。

 「そこで、だ。
  付近にあるデブリ帯に向かうことを提案する。」

 ジュンはヒエンが何を言わんとしているかがわからなかったが、ユリカその考えを理解し、頷く。

 「遺棄された艦からの物資調達、というわけですね。」
 「そうだ。」
 「わかりました。その提案を採用します。
  ミナトさん、ナデシコの進路を付近のデブリ帯に向けてください。」
 「はぁ〜い。」

 ナデシコの操縦舵を握るのは、ハルカ・ミナト。
 ミナトは指示を軽い声で肯定して、舵を切った。

 ナデシコが次に向かうのはデブリ帯。
 果たして、彼らは無事に補給を済ますことができるのだろうか?





 ―プラント 首都・アプリリウス 最高評議会

 北辰隊は戦線を離れ、プラントへ帰艦していた。
 そして今北辰は、プラントの権限のほとんどを握っている最高評議会の査問会に出席している。
 普通、ここに一般の軍人が出席することはないのだが、重要な議題についての場合、言質を取る為に出席することがある。

 内容は、「ヘリオポリス崩壊の経緯」についてだ。

 一般の軍人ならば、査問会への出席を言い渡されただけでビクビクするものだが、北辰にそんな様子は全くない。
 ただ後ろで手を組み、神妙な面持ちでその場に立っているだけだ。

 「報告書の方は読ませてもらったよ。して、報告書に誤りは一切ないのだね?」

 評議会議長、ホシノ・ミツルが北辰に問いただす。
 ホシノ・ミツルはプラントの最高権力者にあたる人間だ。

 「無論だ。」

 最高権力者に対し、一切の敬語を使わずに応える北辰。
 この態度もまた、北辰の出世を大きく妨げている。最も、北辰は出世になど全く興味を持っていないのだが。

 「今回奪取した四機の機動兵器、さらに奪取に失敗した一機。
  地球軍がこれほど大きな力を造り出す事ができるとは・・・」
 「確かにこれは脅威となることですぞ。
  奪取したまでいいとして、こんなものを量産されれば我々に勝ち目は危うくなる。」
 「それよりも、今回の件で地球圏においての我々の立場が・・・」

 役員達は今回の件をあまり芳しく思っていないようだ。
 保身のため、もしくは純粋にプラントのことを思っている。

 「北辰、今回の件は我々の許可なしに行ったと?」

 会がざわつき始めると、再びミツルが口を開いた。

 「それは違うな。我は命のままに動いただけよ。」
 「誰の指示だ?」

 問いただされた北辰の目線の先には一人の男がいた。
 その目線に気付いた役員達は視線を辿り、その男に注目が集まる。

 男は、草壁春樹。
 紫色の頭髪に、ややごつごつした強面の男だ。
 草壁は毅然とした態度でみなの視線を受け流していた。

 「草壁よ、いったいどういうつもりだ?
  今回の件で、連合との和平交渉はさらに難しくなった。この責任の重さが理解できぬというわけではあるまい。」

 ミツルは草壁を睨みながら言う。
 その声は穏やかに聞こえるが真意には怒号が聞こえてくる。

 「今更和平など、そんな虚栄を求めて何になる?
  我々コーディネイターは長きに渡って虐げられてきた・・・地球連合に、そう!ナチュラル共にだ!!!」

 満を持したかのように草壁が熱弁を始める。

 「和平など不要!我々は断固としてナチュラルに立ち向かわねばならん!!!
  コーディネイターは進化した人類なのだ。古き人間共に正義の鉄槌を下すべきだと、私は常々思ってきた。
  そして、今回の件だ。我々が譲歩し、和平の道を歩もうとしていた頃に、卑怯にもナチュラルは打倒コーディネイターを目指していたのだぞ!?
  重ねて言う!我々は、断固としてナチュラルに立ち向かわねばならんのだ!!!!!」

 熱く、雄々しい気合を発し、草壁は続ける。
 みなに諭すように、また脅迫するように。表裏一体の演説に心動かされた人間は数知れず。

 「貴君らは血のバレンタインを忘れたとでも言うまい。
  ナチュラルは許されるざることを平気で犯した。
  我々コーディネイターが真に望んでいることをもう一度考えてみるのだ、ホシノ。」

 草壁の熱弁が終わった後、評議会は揺らめいていた。
 草壁率いる打倒ナチュラル派、ミツル率いる和平推進派の二つの派閥に別れ、色々と議論が繰り広げられ、査問会はすっきりしないまま終わりを告げた。



 「名弁でしたぞ、閣下。」
 査問会が終わると、北辰は草壁のところへ出向く。
 北辰と草壁は裏で繋がっているのだ。
 あの北辰が草壁の前では礼儀正しく振舞うのである。相当な忠誠を誓っているのであろう。

 「ふん、和平和平などと夢物語にいつまでもすがり付いている愚か者共の目を覚ましてやったに過ぎんよ。」
 「して、我は彼奴らの追撃を?」
 「うむ、思い上がったナチュラル共を希望と共に沈めてくるのだ。」
 「御意。」

 一礼して、北辰はその場から消えるように去っていった。

 (くっくっくっ、思い上がっているのは汝の方ぞ、草壁よ・・・)



 「父上。」

 自宅へ向かうために用意された自動車の傍には九十九の姿があった。
 草壁と九十九は、血筋は違えど親と子の関係にある。

 草壁は九十九の養父だ。

 九十九は、まだもの心もつかぬ歳で両親を失った。
 彼は妹と共に孤児となる。
 そんな彼らの前に現れたのは、当時両親の最も親しい友人だった草壁だった。
 草壁は子に恵まれず、九十九達を養子として受け取ったのだ。
 これは両親の遺志でもあった。

 以後、彼らは本物の親子のように時を重ね、現在に至る。

 「九十九、公の場では私を父上と呼ぶなと言ったはずだが?」
 「申し訳ありません、委員長。」

 事務的、いや反射的にそう受け応え、少しシュンとなる九十九。

 九十九の草壁を見る目が変わったのは、彼がZAFTに入隊した頃からだった。
 和平を推進する評議会に対し、草壁は常に徹底抗戦を訴え続けている。

 国防委員長である草壁の主戦論に九十九は一抹の不安を感じていた。





 ―デブリ帯 ユニウスセブン残骸付近

 デブリ帯に入ったナデシコが最初に発見したのはコロニーの残骸だった。

 ここには、ユニウスセブンという農業プラントがあった。
 「血のバレンタイン」。
 惨劇の舞台となったのが、ここユニウスセブン。
 当時、プラントの実力を軽くみていた連合は、プラントの降伏を促すため、見せしめとしてここに核を打ち込んだのだ。
 悲しみと憎悪の中、プラントは地球圏一帯にニュートロンジャマーを配備し、核の使用を強制的に封じた。
 そして、両軍はその悲劇が引き金となって、今戦争は開戦したのである。

 「ここが、あのユニウスセブン・・・酷い・・・」

 物資の運搬をしていたハーリーが、ユニウスセブンの現状を見せ付けられ、そう漏らした。

 「こりゃ、まさに地獄絵図だな・・・」

 ガイも同様に言う。
 あのガイが珍しくもシリアスにそう言うとは・・・明日は流星群でも降るかな?

 漂う大陸の残骸を見て、彼らに芽生えたのは終戦への強い願いだった。

 「本当に、酷いことをするんだね、連合って。」
 「でも、今僕達が乗っている艦も連合軍所属なんだよね。」
 「あの人達は、悪い人達じゃないよ・・・」

 悲しそうに言うラピス。少し、皮肉も混じっていたが、彼らはユリカ達のことを信用している。



 一方、アキトは周辺を哨戒していた。
 真空中を素早く動くストライク。それは暗い海を泳ぐ鮫を連想させる。
 レーダーには何の反応もないが、前回のようにステルス機が潜んでいる可能性もあった。

 「!?」

 アキトは音のない宇宙で、何かを感じた。

 ―何かが動いてる?そこか!!

 浮遊する残骸の陰に隠れながら、何かの方へと近づく。

 (敵か!!!)

 そこにいたのは強行偵察用複座型マジン。
 やや小さめの黒いマジンは、一定のスピードでここ一帯を哨戒していると見える。
 パイロットにやる気がないせいなのか、ストライクの存在には全く気付いていない。

 (まずい、その先にはガイ達が・・・!)

 マジンの進行方向には物資補給をしているガイ達がいる。
 このまま直進すれば、いくら怠けているパイロットでも彼らを発見するだろう。
 アキトは背中に冷や汗を感じながらに焦った。

 (くそっ、この距離じゃ間に合わない。頼む、コースを外れてくれ!)

 しかし、アキトの願いも空しくマジンは彼らを発見してしまう。

 搬入現場の人間は、突如現れた一体のマジンを見て、 ある者は恐怖に叫び、またある者は死さえ覚悟した。

 「ちっくしょぉぉぉ!!!」

 アキトはスロットルを振り切って、全速力でマジンを追う。
 実際の距離はそれほどないが、この状況下においては絶望的に長い距離となる。
 接近と並行してビームライフルを放つも、焦っているアキトは照準を冷静に合わせることが出来ない。

 やがて、マジンはようやくストライクの存在に気付いたようだ。
 マジンはストライクの方にふり返り、左腕に装備されているロングレンジライフルを構える。

 両者から放たれた閃光は互いに一切命中しない。
 マジンのパイロットも突然の敵の出現に動揺しているのだろう。

 ストライクは尚も接近を続けている。
 距離が近づくに連れて、互いの射撃は正確になってゆくが、それにしても命中はせず、よくて装甲を掠めるくらいだ。

 「くっ、うわあああああああ!!!」

 ある程度まで距離が縮まると、ストライクはビームライフルを投げ捨て、ビームサーベルの柄に手を掛けた。
 そして、豪快にビームサーベルを振りかざし、その一筋の光はマジンを真っ二つに叩き切りに掛かる。
 マジンの装甲に触れたビームサーベルの光の刃は、激しい火花を散らしマジンを切り裂いた。

 「よ、よし・・・」

 マジンを撃墜し、安堵したアキト。
 急激な運動をした後のように早くなった心臓の鼓動を抑えながら。

 そんな中、アキトの目に飛び込んできたのは、真紅の鮮血に染まったヘルメット。
 それはマジンのパイロットが着けていたものと容易に推測がついた。

 アキトは絶句した。

 あまりの衝撃に、声はおろか息もできない。

 ―俺が殺した・・・

 パイロットには、アキトと同じように友がいただろう。家族や恋人もいたかもしれない。
 人を殺めるということがどれだけのものか、アキトは理解できていなかった。

 いや違う。理解したくなかったのかも知れない。

 理解してしまえばアキトは戦えなくなる。友のためとはいえ、彼は間違いなく戦えなくなるだろう。
 アキトは弱い。それは自分でも理解できている。
 そして、優しすぎるのだ。

 ―俺が、俺が、俺が・・・・・オレガコロシタ・・・

 自責の念にかられる。
 それは宇宙では感じるはずのない、重力を思わせた。
 重い足かせのように心に居座る黒い感情。
 全身を駆け巡る血流が凍っていくような感じ。

 ―人殺し

 自分の中にあって、自分でない存在。
 そんなものをも感じる。
 自分でない存在は彼に言う。人殺し、と。

 「あああああ、うぅぅ、うがぁぁあぁぁあああぁあぁあああ!!!!!」

 堤防が決壊したかのように、突然コックピットの中で苦しみ悶えて叫ぶ。
 そうでもしないと押しつぶされてしまう。

 戦うと決めていた心が揺らぐ。
 怖かった。人を消すことが。他人の存在をこの世から消しさることが。

 苦悶の叫びを終えると、彼の意識は闇の底へと落ちていった。










 それは闇の中で見た出来事。

 何処までも広がる白い氷の大地の上で、二機の機動兵器が対峙していた。
 一方は白く、もう一方は反対に黒い機体だった。

 やがて、二機は動き出し・・・戦闘が始まる。
 戦闘によって輝く閃光の光に、どこか悲しみを感じた。

 しばらくの間、戦闘は続く。
 しかし、それは永遠ではない。

 黒い機体から放たれた光のつぶては白い機体の中心部―コックピット―を貫く。
 機体は大爆発を起こし、あたりに残骸が吹き飛んだ。

 それを見る黒い機体の目は、悲しみと後悔を映し出していた。

 理由は知らない。
 見知らぬ機体、場所・・・
 それは全て闇の中の出来事。










 ―ナデシコ内 医務室

 目をうっすらと開けると、まばゆい光が目に飛び込んできた。
 そこは見知らぬ部屋だったが、不思議と違和感がない。

 暫しの間、ただ呆然とベットの上で虚空を見つめていた。

 クスリの臭いが嗅覚を刺激してくる。
 ここは、医務室だな。直感的にそう思った。

 「あら、起きた?」

 カーテン越しから現れたのは、金髪の美女。
 白衣に身を包み、さらにその上からでもわかる抜群のプロポーションは、問題なしに大人の雰囲気を漂わせる。

 彼女には見覚えがない。

 しかし、彼にとってそれはどうでもいいことだった。
 彼は闇の中で見た出来事を覚えてはいないが、彼の心は空虚で、今にも崩れそうだ。
 瞳に宿すものはほとんど何もなく、彼に残されたのは空っぽの心だけ。

 金髪の美女はイネス・フレサンジュという。
 彼女は彼の異変にすぐに気が付いた。

 (外傷その他はほとんどない・・・これは、精神の方にキテるわね。でも、まだこれなら・・・)

 右手を顎に当てて思考に耽りつつ、彼女は通信モニターに顔を向けた。

 「ブリッジ、こちら医務室。艦長をお願いできる?」
 『はい、こちら艦長でぇす。』
 映像は見えていないが、その声の主が一発でわかる。
 「テンカワくんの意識が戻ったわ。少し、来て貰えるかしら?」
 『起きたんですね!すぐに行きます!!!』



 通信が切れて、数刻もしないうちにユリカは医務室に駆け込んで来る。
 息を肩でして、かなり急いできた様子だ。

 「大丈夫?アキトくん。」

 ユリカはアキトの顔を覗き込んで尋ねる。
 しかし、返事がない。

 「アキトくん?ねぇ、アキトくんってばぁ!」
 「・・・はい。」

 消えそうな声でアキトはようやく返事する。

 「だ、大丈夫?」
 「・・・はい。」
 「さっきの戦闘で何かあったの?」
 「人が・・・死にました・・・」
 「え?現場からの報告では死者はいないって・・・」
 「そうじゃない。俺が・・・殺したんだ・・・」
 「!!!」
 「俺は・・・戦争だからって、全然考えてなかった・・・逃げてたんだ。
  でも、俺は人の存在を消すなんてこと、耐えられない・・・もう無理なんだよ・・・」

 そう言って、アキトは立ち上がり、困惑するユリカをよそに歩き出した。

 「フレサンジュさん、ありがとうございました。」
 「イネス、でいいわよ。お大事にね。」

 ふらふらとおぼつかない足取りでアキトは医務室を後にした。





 ―ナデシコ内 居住区

 居住区にはヘリオポリス崩壊時にアキトが拾ってきた救命ポットに入っていた人々が避難している。
 アキトは静かな場所を求めてここを訪れたが、期待はずれだった。
 避難民達は想像以上にうるさくしているのだ。
 うんざりしてその場を立ち去ろうとしたとき、アキトはある少女に目が留まった。
 その少女に、アキトは見覚えがある。

 「メグミちゃん?」

 自分でも気付かぬうちに声が出る。
 声を掛けられた少女は、顔をアキトの方へと向ける。

 「あ、アキトさん!!!」

 彼女もまたアキトのことを知っている。

 知っている人は知っている。
 かのメグミ・レイナード嬢は既に本作第一話に登場している。

 そう、メグミはアキトのキャンパスメイトだ。

 メグミは泣きながらアキトに抱きつく。

 「怖かった・・・」

 アキトの胸に顔を埋め、ポツリと呟く。
 今まで緊張と不安で張り詰めていた肩の力がふっと抜けたのがわかる。

 「私だけ生き残ったかと思うと・・・私怖くて怖くて・・・」

 アキトは先程までの暗い顔ではなく、優しげな顔でメグミの話を聞いている。

 「でも、アキトさんが生きていてくれて本当によかったです。」
 「俺も安心したよ・・・こっちもいろいろとあってさ。」
 「そういえば、なんでアキトさんが連合軍の軍服を着てるんですか?」
 「・・・」

 何も言えなかった。

 『この艦、友達を守るために戦っているんだ。』

 そう言いたかった。
 だが、それが声に出ない。

 『お前は人殺しだ。』

 心の奥底から聞こえるこの声を掻き消すことができなかったからだ。

 (もう、戦いたくなんてない・・・)

 アキトの表情が暗転したのを見て、メグミは慌てた。

 「あ、アキトさん、大丈夫ですか?顔色、悪いですよ。」

 不安そうに下からアキトの顔を伺うメグミ。

 「俺は・・・・・・」



 アキトは無意識のうちに、今の自分の心情・悩み・不安などをメグミに打ち明けていた。
 震える唇で搾り出すような声は、彼の心境そのものだ。



 「アキトさん・・・」

 話を聞き終わるとメグミは何も言わずにアキトを抱きしめる。
 彼は心に傷を負っている、メグミはそう直感した。

 「あなたが悩む必要なんてないんです。あなたの大切な人々が居なくなったら、元も子もないじゃないですか。」
 「・・・」
 「私の大切な人は、ヘリオポリスと一緒になくしちゃいました・・・」
 「!!」
 「アキトさんはまだ大切なものが、あるじゃないですか・・・」
 「メグミちゃん・・・俺は・・・」
 「全てを守るなんてこと、神でもない限り無理なことですよ?
  守る力があるのに、それを使わないなんて・・・卑怯です。私はあなたが羨ましい・・・」

 最後の言葉は実に弱々しい。
 彼女もまた心に傷を負っていた。 しかし、彼女の心は砕けていない。
 それに比べて自分はどうだろう?
 力があるのに、それを恐れて逃げていたのだ。
 彼女の姿にアキトは目が覚めた。

 「俺・・・逃げてたのかもしれない・・・」
 「アキトさんは優しすぎるから、自分を見失っていたんですよ。」
 「戦いたくない。だけど、俺は守りたい。俺の大切な人達を!
  そして、君に悲しい思いはさせない!!!」

 再び決意する。固い決意だ。
 もう折れることはそうはないだろう。
 彼の二度目の決意は、彼の目に静かなる炎を映し出していた。





 ―ナデシコ内 ブリッジ

 「艦長、搬入作業が終了しました。相転移エンジンの点検の方も問題ありません。」

 ふぅ、と一息つくユリカ。
 肩の荷が少し降ろせて表情も緩む。
 これで全ての荷が下りたわけではないが・・・

 「了解しました。では皆さん、お疲れでしょうがすぐにこの宙域を離脱します。」
 「りょうか・・・待ってください。
  作業員より報告入りました。救命ポッドを発見、及び収容した模様です。」
 「識別は出てますか?」
 「はい、どうやらZAFTのもののようですが、軍事のものではないそうです。内部に生命反応は二つ。」

 ユリカは暫しの間、顔を下げて思案する。

 「わかりました。罠の可能性も捨てきれないので、数人武装して立ち会ってください。」




 ―ナデシコ内 格納庫

 回収された救命ポットの周りにはそれほど多くの人はいなかった。
 ユリカの指示通りそのうちの数人がサブマシンガンを携えて構えている。

 また、そこにはアキト達の姿も見えた。
 絶望の淵から還ってきたアキト、それにメグミもそこに居合わせ、ラピスと何か喋っている。

 「んじゃ、開けるぜぇ。」

 この瞬間、一同の雰囲気は少し緊迫する。
 ウリバタケは救命ポットの開閉レバーを慎重に下げた。


 プシュー


 「おっそぉ〜い!!!」

 救命ポットのハッチが開くといきなり怒鳴り声が格納庫に響き渡った。
 そこに見えるのは仁王立ちで腕組をする小柄な人影。
 怒鳴る声が高かったことから察すると、性別は女であろう。
 しかし、その仁王立ち姿は男顔負けである。

 暗闇からずんずんと大股で光へと姿を現す。
 それは黒髪の少女だった。
 可愛い顔立ちは怒りで歪められ、全身に怒りのオーラを纏っている。

 「ユキナさん、助かったからいいじゃないですか。」

 少女はユキナというらしい。
 救命ポットにもう一人の人影が見えた。

 「甘いわよ、ルリ。言うときゃ言っておかないとストレスが発散できないじゃない!」

 ルリと呼ばれる少女もその姿を光へと運ぶ。
 光を反射する銀色の長い髪と、白い素肌。最も特徴的だったのは金色の瞳。
 先の少女と対照的で穏やかな性格の持ち主のようだ。

 「ユキナさん・・・ストレス発散のために怒鳴ってたんですか?」

 冷や汗を浮かべながらユキナに尋ねる。

 「い、いやぁ・・・今のなしね!」

 ふぅ、と溜め息をつき肩を落とすルリ。

 周囲の人間達は唖然としてる。しかし、それはどこかそこはかとなく安堵した空間にも思えた。



 「ええっと、ちょっといいかい?お嬢ちゃんたち。」

 動いたのはウリバタケだ。

 「「はい?」」

 綺麗に声が重なってウリバタケの方へ顔を向け、途端に絶句する二人の少女。


 「ええっとぉ、ここZAFTの船じゃないんですか?」

 額に冷や汗を浮かべながら、恐る恐る尋ねるのはユキナ。

 「地球連合軍大西洋連邦所属、機動戦艦ナデシコだ。」

 武装した兵士の一人がユキナを睨みながら言った。
 この目はかつてアキトが受けた視線と同様のものである。

 「は、ははは・・・そ、そうですか・・・あははは・・・」

 やってしまった、といった感じで苦笑するも、兵士達の視線には殺気が籠められたままだ。

 「抵抗せず、こちらの指示に従ってもらう。」

 憮然とした表情の兵士がサブマシンガンを向けてそう言う。
 少女はそれに抵抗できるわけもなく、無言でそれに従った。





 ―ナデシコ内 一室(ルリ&ユキナ軟禁室)

 「もぉ!なんなのよ、こんなせっまい部屋にぶち込んでおとなくしてろ、って!!!」
 「仕方ないですよ、私達コーディネイターですから。」
 「差別よ!私達は民間人なのよ!?なのにこの扱いはあんまりじゃない!」

 ユキナが怒りを爆発させて、部屋の端にあるロッカーを蹴り続けている。
 それを、やれやれといった表情で眺めているルリ。
 器用にもそんな状態で会話している二人の光景は呆気に取られるばかりだ。

 「くぬっ、くぬっ、くぬっ!」

 何かに取り憑かれたように、ロッカーの扉をひたすら蹴る、蹴る、蹴る。
 無残にも扉はくの字に折れ曲がっていた。

 そんな様子を眺めていたルリの視線は少し違う方へ向く。
 視線の先では、ピンクの球体がいそいそと何かやっているのが見える。
 よく見ると、その球体は扉の端末を弄っている。

 この球体はオモイカネという、ルリの友達だ。
 無論人間ではないし、生物ではない。超高性能AI搭載の小型ロボットだ。

 ”彼”オモイカネは人間に例えると三歳くらいの状態。
 つまり、何にでも興味を示し、弄くってみたくなるという”お年頃”のような状態である。

 「オモイカネ?何をやっているんですか?」

 顔を斜めに傾けてオモイカネに聞く。

 「テヤンディ、ヒラケゴマァ!」

 機械で造られた合成音の声は、何故か可愛げのある声に聞こえる。
 すると、突然その扉が開いた。

 「・・・オモイカネ、後でお仕置きです。」

 ルリは出て行ってしまったオモイカネを追い、部屋を出た。



 ルリがオモイカネ捜索(捕獲)に出て、初めに行き着いたのは食堂だった。
 そこでは、アキト達一行が楽しげに談話しているのが見える。
 ここで見つかってはマズイと、ルリは息を殺して影を潜め・・・ようとした。

 (お、オモイカネ・・・お仕置き二倍ですからね!)

 なんとオモイカネはアキト達が腰を据える付近のテーブルの下にいたのだ。
 仕方なく、ルリは観念した。いや、ルリは楽しそうに会話する彼らと話をしたかったのかもしれない。

 「こんにちは。」

 一同は突然のルリの出現に仰天して、ルリの方をばっ、と一斉に顔が向いた。

 「き、君は・・・」
 「か、かわいい・・・」
 「なんだ?キョアック星人の一味か?」

 上から、アキト・ハーリー・ガイの反応。
 ラピスはハーリーを睨み、メグミはルリを睨んだ。
 メグミの目は、 コーディネイターを憎む目をしている。その目には様々な思惑が籠められている。
 ルリはその目が嫌いだった。
 コーディネイターだからと問答無用に憎まれてはたまったのもではない。
 痛い視線を受けながらもルリは口を開ける。

 「すみません、オモイカネが逃げてしまったので・・・」
 「オモイカネ?」
 「そこに転がっているピンクの玉ですよ。」

 ルリが向けた指の先には確かにピンクの玉が転がっている。
 ラピスはそれをひょいっと拾い上げて不思議そうに見つめた。

 「これ・・・いったい何?」

 突いてみたり、叩いてみたり、振り回したりしてもうんともすんともしない。

 「ああ、そんなに乱暴にしないでください。それ、私の友達なんです。」
 「これが友達?」
 「そう。オモイカネ、起きて。」

 ルリがラピスに近づき、手の平に乗っているピンクの玉に手を添えた。
 そうしてやると、玉は元気よく跳ね始めた。

 「テヤンディ!テヤンディ!テヤンディィィ!!!」

 もはや一同は開いた口が塞がらない。



 「とにかく、あんたは一応捕虜なんだから大人しく部屋に入っててね。」
 「はい、すいませんでした。」

 深々とお辞儀して謝罪する。頭を下げたため、長い髪がさらさらと垂れ落ちた。
 その手にはじたばたと暴れるオモイカネがしっかりと握られている。

 「では、失礼しま・・・あっ、オモイカネ・・・」

 ルリの手からオモイカネが再び脱走を図るが、それが最後の力だったらしく地に落ちた後はころころと転がって、メグミの前で止まった。

 「す、すみません。」

 ぺこぺこと、とにかく頭を下げてメグミにルリは近寄る。
 そんな彼女に、思いがけない一言が飛ぶ。

 「近寄らないでよ!!!」





 あとがき

 あけましておめでとうございます。
 長い空白を経て、ACE再び参上いたしました。
 間が開いてしまった原因は、今回の話が書きにくかったことと、今までの自分を見直してレベルアップを遂げたかったからです。
 しかし、残念ながら、文章の未熟さは変わっておりません。友人より借りたフルメタの小説を二日で四冊読んだり、
 他の方々からもいろいろとアドバイスを貰いましたが、やはり駄目です。
 書いていて情けなくなってきます。
 それでも、私は書きます。
 どれだけ悲惨な作品であっても、どれだけ批判を受けようとも、私は挫けず書きます。
 ではでは、私の駄文を読んでくださった方々に大いなる感謝と共に、7話はここで終了いたします。

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

うわぁ・・・・妙にはまりそうだ、メグミフレイ(爆)。

ただTV版のフレイと違って、策士モードのスイッチが入ってしまったら本気でナデシコ手玉に取りかねませんけど(爆死)。

最近忘れられてるけど、彼女のアクションでの二つ名は「策謀の女帝」だしなぁ。w