終わらない明日へ・・・



 by ACE





 第十話 分かれた道 〜決別〜




 私の目の前で、大切な人が消えた。

 初めてじゃない。

 これで、二度目。

 どうして?どうしてあいつらは私から大切なものを奪っていくの?


 ―コロシテヤル


 父さん、母さん・・・

 私、一人ぼっちになっちゃったよ


 ―コロシテコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル・・・・・


 なんで、あの人は守ってくれなかったの?


 ―アイツモ、アイツラトオンナジ――コーディネイターダカラ


 違う。

 アキトさんは違う。

 あの人は、私の大切な人だから。


 ―デモアイツハワタシノトウサンヲマモッテクレナカッタ


 あなた誰?

 私はあなたが嫌い。


 ―ワタシハアナタ。アナタハワタシ


 嫌。


 ―ワタシハアナタ。アナタハワタシ。ワタシハアナタ。アナタハワタシ。


 拒絶したい。

 でも、あなたは私なのね。私があなたであるように。


 ―ソウ。ワタシハアナタ。アナタノカゲ


 死にたい。


 ―シンデハダメ。


 放っておいて。

 あなたは私。なら、あなたも辛いんでしょう?


 ―ダメ。アナタハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、イキルルルルルルルルルノ


 壊れていくのがわかる。私の心が・・・

 どこまでも・・・深い闇に・・・私は堕ちていく。

 闇に染まるのも悪くない。

 誰かを恨んで、私が楽になるのならそれでいい。


 ―ワタシハニクム。コノセカイヲ、ソシテコノセカイノスベテヲ。


 誰を恨めば、憎めばいいの?


 ―テンカワアキト。


 嫌。

 私は、彼が好きなの。

 彼は、私を支えてくれると思うから・・・


 ―マダワカラナイノ?イツマデジブンヲイツワルノ?


 私が・・・アキトさんを恨んでいるというの?


 ―ソウ。カレヲニクムノ。カレヲウラムノ。


 私の最後の自我は消えた。

 心は闇で満たされている。

 それは、どこか心地良い感覚だった。



 今、ここに一人の復讐人が誕生した。
 彼女の心は闇に深く蝕まれている。

 人は皆、心に闇を持っているものだ。

 メグミの持つ心の闇。それはごく普通の人間と変わらない程度のものであった。
 しかし、彼女を取り巻く環境の変化が闇を強大なものへと成長させてしまったのだ。

 母の死、平和の崩壊、あまたの友の死、父の死・・・
 たった数日の間に、彼女はあまりに多くのものをなくした。
 平和な世界において、平凡な少女として育った彼女にとって、これは生き地獄とでも言えよう。
 闇にとって、それは実に質の良い最高の栄養源だった。
 悲しみを溜め込み、無限に成長を遂げた闇は、メグミのもう一つの人格となってメグミに接触してきた。

 結果、彼女の心は無残にも崩壊してしまった。

 砕けた心に取って代わったのは、闇の人格。
 復讐人となりし彼女の心は黒く、どこまでも黒い炎を灯し始めるのであった。



 ―ナデシコ内 ブリッジ

 モントゴメリが堕ちたことにより、静まり返っていると思われたブリッジだったが、ZAFTはそんな隙も与えてはくれなかった。

 「艦長!敵6時方向より、5!攻撃、来ます!」

 声を張り上げて現状を報告するハーリー。
 つい最近まで民間人であった彼であったが、そのまま潰れることもなく責務をこなせるのは彼の強さなのであろう。

 「相転移エンジン最大出力、ディストーションフィールドで防ぎます!」

 螺旋を描きながらいくつもナデシコに向けて降り注ぐミサイルの雨は、見えない壁によって塞がれ着弾前に爆散する。
 フィールド上とはいえ、ナデシコにもその爆発の振動が伝わり、艦全体が大きく震えた。

 「フィールドを一時解除、ヘルダート発射の後、再展開!」

 ナデシコを守る重力波の壁が一瞬だけ消え、次の瞬間ナデシコより反撃のミサイルが発射される。
 そして、ナデシコはユリカの指示を理想的なタイミングでこなし、無傷で敵へ攻撃を展開できた。

 「敵損害軽微、フィールド出力は92%で展開中です。」

 ナデシコのささやかな反撃は全くと言っていいほど、敵にダメージを与えることはできなかった。
 その報告を聞いてなのか、ユリカは艦内用通信モニターを起動させ、ハンガーのウリバタケに繋ぐ。

 「ウリバタケ曹長、デルフィニウムの方は?」
 『すまねぇが、すぐに出られる状態じゃねぇ・・・スラスターと駆動系の応急処置だけでも20分は掛かっちまう。』
 「わかりました・・・そちらはお願いします。」

 ウリバタケの報告に頭を痛めながら、肘掛先にある通信モニターを切る。
 なおも続く敵の攻撃の余波で身を揺らし、顎に手を当てながら思案し始めるユリカ。
 ほんの少しの間だけ、ユリカは動きを完全に停止し、思考にふけたかと思うと、閉じていた碧眼を大きく見開きブリッジに指示を出した。

 「ナデシコをポイント、デルタ・ブラボーに移行。グラビティブラストで敵を掃討します。」
 「ストライクへの指示は?」
 「グラビティブラストの斜線軸に敵を誘き寄せるよう指示を、それと巻き添えを喰らわないこと!」
 「了解。」

 最後に冗談染みた指示を出すのはユリカなりの気遣いで、それを理解しているのだろう、モントゴメリの撃沈のショックに潰れてしまったラピスの代わりに管制を務める青年は苦笑して自分の仕事に戻った。
 これも彼女の力だ。
 ただ有能に艦を操るだけでなく、緻密な気遣いで艦全体の士気を底上げし、そのポテンシャルを最大に引き出す。
 そうした意味でも彼女は実に有能な艦長である。

 「指定ポイントに到達。グラビティブラスト充填完了。」
 「斜線軸固定。グラビティブラスト発射シークエンスを開始します。」

 ナデシコの左右に携えている2本のブレードに光の筋が走ったかと思うと、
 やがてブリッジの下、正面から見れば中央にあたるところに位置する窪みから光が漏れ始める。

 「グラビティブラスト、広域放射、お願いします!」
 「了解!グラビティブラスト、発射!!!」


 純白の艦から発せられたとは思えないほどの漆黒で染まった閃光は、蒼白いプラズマを帯びて敵陣の中央を通過する。
 そして、漆黒の宇宙を背景に多くの炎の花が咲くその光景に戦場とは思えない風情を感じた。


 「敵、8割方消滅。」

 ハーリーの報告にブリッジ全体から感嘆の声が上がる。
 それは、驚愕であり、安堵でもあり・・・また恐怖でもあった。

 「敵の動向は?」
 「敵残存勢力、撤退していきます。」

 先のハーリーの報告で唯一安心できていなかったユリカは、このとき初めて息をつくことができた。
 しかし、まだ完全に安心していい状況下ではない。
 ユリカは緩みかけた表情を再度強張らせ、先程よりも凛とした声で指示を出す。

 「各員、第二警戒態勢に移行。ハーリー君、ストライクの現在位置を確認。」
 「はい、艦長。
  ストライク、11時方向です。」
 「艦長、ストライクとの通信が途絶えておりますが・・・」
 「大丈夫です。恐らくエネルギーが切れたんだと思います。
  理由は何にせよ、早く回収しましょう。ミナトさん、お願いします。」
 「りょぉかい。」

 ナデシコは危機を脱した。
 しかし、今回の戦闘はナデシコ史上最悪のものとなってしまった。

 戦果:テツジン12機 マジン16機 ローラシア級戦艦1隻
 被害:護衛艦モントゴメリ、バーナード、ロー、デルフィニウム10機
 人的被害:300名余り

 戦果、被害状況共に過去最高の絶対値を記録した今回の戦闘。
 そして、今回最も痛手といえるのは、一少女の精神の崩壊である。
 だが、まだ誰一人としてそのことを知る者はいない。



 「ストライク収容完了しました。」
 「広域レーダー上にも敵影は確認できません。」
 「わかりました。警戒態勢、解除しちゃってください。」
 「了解。警戒態勢を解除。」

 ここでユリカは肩の荷をやっと完全に下ろすことができた。
 張り詰めていた力がふっと抜けて、ユリカは艦長席に深く沈んだ。

 「ユリカ。」

 やっと休憩ができると思っていた矢先に、ジュンが声を掛けてきた。
 ささやかな休みを奪われるのかとユリカは不機嫌そうにジュンの方に振り返る。

 「ゆ、ユリカ・・・そんな顔するなよ・・・」

 どうやら感情がそのまま顔に出ていたらしい。
 特に気にはせずユリカは聞く。

 「で、何の用なの?ジュンくん。」

 ジュンに指摘されてもなお不機嫌なのには変わりない。
 ユリカとて疲れているのだ。
 用ならさっさとすませて休みたいということを、ユリカは無言の抗議でジュンを急かす。

 「ユリカ・・・目が・・・」
 「いいから言って!」
 「は、はいぃ!
  この娘達をどうするのか聞きたいんだ・・・」
 「あ・・・」

 緊張の糸が切れたのと同時に大事なことを忘れてしまっていた。
 そこには、俯き何かをブツブツと呟く怖ろしげなメグミとその彼女に捕まえられひどく震えているルリの姿がある。

 「レイナードさん?その・・・お父様のことは・・・」

 言葉が続かなかった。
 こんなとき、どんな言葉を掛けていいのか、ユリカはわからなかった。
 先に記したが、ユリカは人を気遣い、いたわる事ができる人間だ。
 しかし、それは戦闘時においての話。
 ユリカは対応にほとほと困ってしまった。

 「もう、大丈夫、です。」

 途切れ途切れでか細い声だったため、注意していなければ聞き落としていたかもしれない。
 しかし、ユリカには確かにメグミがそう言ったように聞こえた。

 メグミはルリを掴んでいた手の力を緩めたかと思うと、焦点の合わない目でふらふらとブリッジを出て行く。
 その顔に涙の跡を見つけることはできなかったが・・・

 「ホシノさん。」

 今度はジュンが口を開いた。

 「あなたは部屋に戻ってもらう。いいね、ユリカ?」

 ジュンはこの場の雰囲気にどうしても耐えられなかったようだ。
 ルリを送ることを口実にブリッジから逃げたい一心でユリカの許可を仰ぐ。

 「うん。お願いね、ジュンくん。」

 ひどく落ち込んだように顔を落とすユリカ。
 その姿は自分の非力さを悔やんでいるのだろうか、歯を食いしばって何かを耐えているように見える。
 そして、ブリッジには痛い沈黙が幅を利かせ始める。

 肌を刺すような冷たい空気の感触。
 呼吸するのも辛い息苦しさ。
 誰もがその場から逃げ出したいと思ったに違いない。
 しかし、残念なことに彼らはこの場を盛り返す術を持ち合わせはいなかった。



 ―ナデシコ内 ハンガー

 幾重もの焼き傷が目につく白亜の機体が徐々に固定されていく。
 直撃は一発もないが、損傷は機体全域に見受けられ、敵の攻撃の凄さを無言のうちに物語っている。

 「おいおい、こりゃひでぇな。」

 そんな機体を見て、率直な感想を述べる整備班のドンことウリバタケ。
 ただでさえ、損傷の激しいデルフィニウムで手一杯というのにたった今収容されたストライクの損傷は今までで一番酷かった。
 戦場で力を振るうことのできない彼の戦場は整備だ。
 パイロット達がどれだけがんばって、命を掛けてまで戦っていることをウリバタケはしっかりと理解している。
 だが、愚痴の一つも漏らしたくもなる。

 「曹長。」

 ストライクの破損箇所を記した仕様書に目を通していると、背後からドス黒い声が掛かる。

 「機体の話か?」
 「ああ、修理は終わったようだが・・・まだ持つか?」
 「・・・」

 ”まだ持つか?”
 これは彼の駆る漆黒のデルフィニウムのことだ。
 機体はいくら修理して万全な状態を保っていても寿命というものが必ず訪れる。
 特にヒエンのデルフィニウムの場合は、機体のスペックを無理矢理底上げした機体で、これまでもいつ壊れても不思議ではなかった。
 しかし、今回でついに限界が来てしまったようなのだ。
 破損箇所の修理が一通り終わり、起動チェックをしたところでそれに気がついた。

 操縦反応速度の低下、エンジン出力の不安定、スラスターの不具合、ましてや自壊の危険性すらあった。

 「正直言わせてもらうともう戦闘に耐えられる状態じゃないな。」
 「あと一度だけでいい。それも無理か?」

 あと一度。
 確かにあと一度くらいであればなんとか持つかもしれない。
 しかし、ウリバタケとしては、このような状態で出撃してもらうのは御免だった。
 自分の整備した機体でパイロットが命を落としかねない。
 彼のメカニックとしての誇りはそれを許しはしなかった。

 「悪いと思いますがね、もうこの機体は死んでるよ。」
 「そうか・・・」

 ここでの戦力ダウンは艦全体としては大ダメージである。
 それでも、出すことができない。
 如何にデルフィニウムが危険な状態にあるかということを嫌でも思い知らされるヒエンだった。

 「すまない。無駄な時間を取らせてしまったな。」

 それだけ言うと、ヒエンは身に纏う漆黒のマントを翻してハンガーを去っていった。





 ―ナデシコ内 アキト私室

 「ふぅ・・・」

 パイロットスーツを脱ぎ捨て自分のベットにドスっと腰を掛けるアキト。

 ―今回も無事に済んだな・・・

 アキトは九十九のことを考えていた。
 過去何度か戦場で対峙してきた彼らだったが、両者は無事である。
 このままどちらも命を落とすことなく終戦を迎えられるのではないか。
 などと都合のよい考えをしていると、彼女が現れた。

 「メグミ、ちゃん?」

 アキトは一瞬戸惑った。
 部屋に現れた彼女をメグミと認識するまでに多少の時間を要してしまったことに。
 何故か?
 それはメグミの変貌振りがあまりに凄いものだったからだ。
 目は焦点が合わず虚ろで、足取りもふらふらとしている。
 艶と張りのあった白い肌はどことなく灰色に、顔は痩せこけて見えた。

 「嘘・・つき・・・」

 消えるようなか細い声でメグミは言う。アキトは現状を理解できなかった。

 「守るって言ったじゃないですか・・・俺たちも出るから大丈夫だって・・・」

 走馬灯のように蘇る、出撃前の出来事。
 焦っていたアキトはそれを適当に答えてしまった。メグミの心情を理解することもなく。

 「父さんを・・・父さんを返してください・・・」
 「メグミちゃん!」
 「あの艦には父さんが乗っていたんですよ?あなた知ってたでしょ?」
 「なっ!」

 実際、アキトはそのことを知っていなかった。
 しかし、ここで彼女にそんなことを言っても言い訳にしかなりえない。

 「父さんを・・・殺したのはあなたも同然よ!!!」
 「!?」
 「あなたも!やっぱりあいつらと同じ、コーディネイターなんですね!!!」

 突然、鼓膜を破りそうな大きな声で叫ぶメグミ。
 虚ろな目からは、今まで塞き止めていた大粒の涙が際限なく溢れ出ていた。
 そんな彼女を見て、アキトは抵抗の術を失った。

 「アキトさん・・・あなたは・・・相手がコーディネイターの友達だからって!本気で戦ってないんでしょ!?

 その言葉はアキトの心に今までにない衝撃を与えた。
 メグミの言葉が頭の中で何度も再現される。
 それはこだまするように何度も何度も繰り返された。

 そんなことはない。

 そう言い切れなかった。
 自身、先程まで”このままどちらも命を落とすことなく終戦を迎えられるのではないか”と思っていた自分がいる。
 甘い考えがあったのは確かなことだ。
 いつの間にかアキトは自分のことだけを考えていたような錯覚に陥る。

 ―自分の甘さが、この少女を傷つけてしまった。

 アキトは人生最大の自責の念に駆られ、それに押しつぶされそうになるのを必死に堪えた。
 罪悪感などいう言葉では言い表せないような感情がアキトを追い詰める。

 ―ここで潰れてしまうのは、現実から逃げるのと同じ。それでは彼女の心を救うことができないではないか。

 心の奥底で、誰かがそう叫んでいる。
 自分の意思とは全く違ったその叫びにアキトは励まされ、自分自身に潰されることを堪えることができた。

 「返して!私の、たった一人の父さんを!!!返してよぉぉぉ!!!!!」

 微妙なバランスで持ち堪えるアキトに追い討ちをかけるメグミの悲痛な叫び。
 彼女は、そうやって怒りをぶつけることでしか自分を保てないのだ。

 「メグミさん!?」

 騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれたのだろう、ラピスがアキトの部屋に現れた。

 「やめてください、メグミさん!アキトだって必死に戦ったんです!」
 「じゃあなんで?なんで父さんを守ってくれなかったの!!!」

 もう、耐えられない。

 「あ、アキト!!!」
 「うぅ・・・返して、返してよぉ・・・」

 アキトは逃げ出した。
 泣き崩れるメグミを残して・・・
 彼は耐え切れなかった。
 自分を守るため、難から逃れる。
 それは人間として、本能的なことなのだ。



 「チクショォ!」

 壁に自分の拳を打ちつけて叫ぶアキト。
 その声は通路にこだまして寂寥感を醸し出す。

 「チクショォ!チクショォ、チクショォ・・・チックショォ!!!」

 何度も何度も壁に拳を打ちつけたため、こぶしからは彼の鮮血が流れていた。
 そんな痛みも今の彼には感じることはできなかった。
 歯をぎりっと喰いしばり、声を殺して泣く。

 「アキトさん?」

 不意に声が掛かる。
 振り向くことができないアキトだが、声で誰なのか知るのは容易なことだった。

 「どうしたんですか?!血が出てますよ!!」

 アキトの拳が血で真っ赤に染まっていることに気がついたルリは、心配そうな表情を浮かべてアキトに駆け寄った。

 「・・・なんでもないよ。」
 「なんでもないはずありません!」

 朱に染まったアキトの手を取ってアキトの逃げを阻止するルリ。

 「何があったんですか?」

 ルリは、まだ出会ってから日の浅いにも関わらずアキトのことを心底心配していた。
 そんな彼女の優しさに打ちひしがれたアキトの心は幾分か救われたのだった。

 流した涙を軍服の袖で拭き、下げていた頭を上げ、ルリと目を合わせる。

 「俺は・・・取り返しのつかないことをしてしまった・・・」

 ルリの優しさに触れることにより、心の余裕を取り戻したアキトはルリに自分の心情を打ち明け始めた。

 「メグミちゃんを傷つけた・・・俺は・・・彼女お父さんを守ってあげられなかった・・・」
 「それでも、あなたは全力でがんばったのでしょう?あなたは万能じゃない。彼女もわかっていると思います。」
 「全力で、がんばっているつもりだった・・・でも、九十九とのことを考えると、それに自信が持てないんだ。」
 「九十九さんとのことを?」
 「今日の戦闘で、あいつも出てきたんだ・・・何度か戦って、それでもどっちも死なずに済んだ・・・
  このままなら俺達、どっちも死なずに済むんじゃないかって、いつの間にかそう思ってた。
  それで俺の気が緩んでいたのかもしれない・・・でも、そのせいで!メグミちゃんのお父さんを乗せた艦が・・・墜ちて・・・」

 全ては戦争のもたらした不幸。
 ルリは、改めて思う。この戦争を、必ず終結に導いてみせると。

 「駄目です、アキトさん。」
 「え?」
 「そんなに自分を責めるのはいけません。
  死んでしまった彼女の父を蘇らすことができなくとも、今を生きている彼女を守り通すことならできるはずです。
  傷ついた彼女を介抱できるのもできるはずです。
  あなたは優しい人だから、悩むことも少なくないでしょう。
  でも、逃げないでください。強い、誰よりも強い心であってください。
  それが、彼女を助ける唯一の手だと思います。」

 ルリの黄金の瞳には、女神の意思が宿っているように輝いて見えた。





 ―ナデシコ内 ハーリー&ガイ私室

 泣き崩れてしまったメグミを医務室に連れて行き、帰り際にラピスはハーリーたちの部屋に寄ることにした。

 「あ、ラピス。」
 「ん?どうしたぁ、そんな暗い顔してよ?」

 ラピスはとりあえずアキトの部屋で起きたことを一通り話した。

 「メグミさんが・・・そんなことを・・・」
 「なんだってんだよ・・・アキトだって必死にやってることがわかんねぇのか?」

 ハーリーは信じられないといった顔で、いつ何時も終始熱いガイですら暗い表情をしている。
 それだけ、今回の一件は衝撃的だといえるのだ。
 メグミとてアキトの苦しみがわからないわけではないだろう。
 しかし、母を失い、立て続けに父をも失ってしまった少女の心は誰にも理解しようがなかった。

 「アキトのやつ、変に気負いしてないといいんだがな・・・」
 「無理ですよ。アキトさん、多分凄く悔やんでると思いますよ?」
 「アキトは優しすぎるからね・・・それがいいところなんだけど、今回はそれが裏目に出ちゃったのね・・・」

 こんなとき、アキトの悩みを快方へと導く術を彼らは知らなかった。
 自分がコーディネイターであることをアキトは常日頃からコンプレックスに思っていた。
 いつも身近にいた彼らはそれをよく知っている。
 だからこそ、ナチュラルである彼らは彼に何と声を掛けてよいのかわからないのだ。

 「だが、あいつだってそう簡単に折れやしないさ。何せ俺の親友だからな!」
 「違うわよ、ヤマダ。アキトは私達の親友なんだからね!」

 彼が立ち直ってくれることを願うしか彼らに手はなかったが、それでも明るさを取り戻せるのは
 アキトが心を許した親友、彼らたる所以であろう。



 ―ナデシコ内 ルリ&ユキナ軟禁室

 「ルゥゥゥリィィィィィィ!!!」

 メグミに連れ去れたルリが無事に帰ってきたことに、ユキナは泣いて喜んだ。
 あまりの喜びにルリに飛びついて抱きつくユキナ。
 ちょっと困ったような顔をするが、それだけ心配してくれていたことがよくわかるルリは決して迷惑とは思っていなかった。

 その光景を見守る少年はある決意を胸に抱く。

 「ルリちゃん、ユキナちゃん。」
 「お、アキトじゃない!アキトがあの悪女からルリを救ってくれたの?」

 その言葉に少し表情を暗くするアキトだが、アキトは構わずに続けた。

 「一緒に来てくれ。君たちをプラントへ返す。」
 「「!?」」

 自己の身柄の価値について、何も知らない彼女達であったが捕虜を敵へ返すということが如何なることかということは理解している。

 「でも、それじゃアキトさんが!!!」
 「大丈夫だよ、いいからついて来て。」
 「待って。」

 ユキナが部屋を出ようとするアキトを静止する。
 彼女にしては珍しく、シリアスモードに入っていた。
 そして、ルリの方を向いてこう言う。

 「ルリ、オモイカネを使うわよ。」
 「オモイカネ?」
 「そう。オモイカネにはお兄ちゃんへの秘匿通信機として機能があるの。それでお兄ちゃんを呼び出せば、アキトがたくさん相手することはないでしょ?」

 そう言われると、ルリは彼女の足に転がっているピンクの球体をひょいっと持ち上げて、
 おもむろに円周部の切れ目の部分を掴んで半球になるように開いたかと思うと、内蔵の端末を操作し始めた。

 「ユキナさん、メッセージ送信できました。」
 「上出来ぃ。じゃ、行くわよ?アキト。」

 一連の流れをただ呆然と見ていたアキトは、ユキナの言葉で現実に戻される。
 ユキナは脱走というシチュエーションを楽しんでいるようにしか見えなかったが、アキトは目を閉じて何もなかったことにした。

 「あ、ああ。じゃあ、行こうか。」



 アキトが二人を連れてハンガーに向かう途中、誰かに見つからないか懸念していたが、不思議と誰にも会うことはなかった。

 そして、ハンガーにつくとさらに驚いてしまった。

 「誰も、いませんね・・・」
 「ここまで来ると偶然とは思えないわねぇ・・・」

 アキト自身、驚きのあまりをパチクリさせていた。
 そう、本当に一人として人間に会わないのだ。
 いつもならば通路には絶えず人が通っており、少なくとも一人には遭遇しなくてはいけないはずだ。

 ―まさかここまでうまくいくとは・・・

 アキトも多少なり覚悟をしていたつもりだ。
 だが、こうなってしまうとその覚悟が馬鹿らしく思えてしまう。

 「とにかく、今がチャンスだ。早く機体に乗って。」

 気を持ち直して、ルリ達をストライクに誘導するアキト。
 二人をストライクに乗せ、自分も搭乗しようと体を動かそうとしたき・・・

 「どこに行くんだ?アキト。」

 耳慣れた声が掛かった。
 振り返ってみると、そこには見慣れた顔が3つ並んでいた。

 「ガイ、ハーリー、ラピス・・・」

 アキトのことを心配してついてきたのだろう。
 彼らの顔にはそう書いてある。

 アキトと過ごした時間が長いだけに彼の考えていることは理解できているようであったが・・・

 「行くんだな。」
 「ああ。」

 ガイの短い問いに、同じく短い返事で答えるアキト。
 そして、流れる長い沈黙。
 交わす言葉は少ないけれど、お互いの心情は手に取るように理解できた。

 「お前は帰って来るんだよな?」
 「え?」
 「彼女らを返しに行くだけで、お前は帰って来るんだよな?」
 「・・・ああ。」
 「約束だぞ、男と男の約束だ。」
 「ああ、約束だ。俺は絶対に帰ってくる。」

 そして、ストライクは二人の少女を乗せてナデシコを飛び立った。





 肉眼で捉えることのできるところまで、紅い機体は迫っていた。
 この機体ももはや見慣れたといっていいほど見てきた。
 しかし、それは戦場においてのこと。
 静寂が場を占める宇宙で、こういった形で相見えるのは初めてだった。

 「武装を解除してもらおうか?」

 通信を通じて紅い機体に、ビームライフルを向けながらそう呼びかけるアキト。
 紅い機体は要求に応じて、手にしたビームライフルを捨てる。
 それを確認したアキトは次の指示を出す。

 「コックピットを空けて、顔を見せてくれ。」

 この指示にも、何の抵抗もなく紅い機体のパイロットは従う。
 コックピットのハッチが開き、そこには懐かしい友の顔が見えた。

 「白鳥九十九だな?」
 『ZAFT軍北辰隊所属の白鳥九十九。間違いない。』

 律儀に所属まで詳しく説明する性分は昔と全然変わっていない。
 懐かしさに涙腺を刺激されるも、アキトは表情に表さずストライクのコックピットハッチの開閉レバーも引いた。

 「今そっちに二人を送る。確かめてくれ。」

 宇宙服を身に纏う二人の少女をそっと押して目の前の紅い機体のコックピットに送るアキト。
 二人は名残惜しそうな顔をしていたが、アキトはそれを見ないようにしていた。

 そして、二人をそっと受け取る九十九。

 『アキト、お前も一緒に来い!』

 今までの静かな声とはうってかわって大きな声でアキトを説得する。
 九十九は決めていた。
 これが最後の説得なのだ、と。

 「・・・すまない、九十九。俺は・・・」

 ―シャラン・・・

 音なき宇宙に響き渡る不気味な鈴の音。

 『問答は無用なり。』
 「『なっ!?』」

 突如、二人の通信回線に割り込んで来るものが現れる。
 即座にレーダーに目をやるとそこには、ストライクとイージスを示す二つの点と、敵を示す赤い点が目に映った。

 『隊長?!』
 『九十九、説得など時の無駄よ。従わぬのなら、実力で連れ去るのみ。』
 『しかし!』

 モニターの向こうで繰り広げられる口論。
 アキトはただ呆然と見ていた―――わけもなく、退却するための動作をしようとする。

 『逃がさんぞ、テンカワアキト。』

 こちらの行動をずっと先まで見透かされているかの如く、朱色のマジンはアキトの後退ルートを無駄なく断っていた。
 しかし、アキトは諦めることなく、最後まで足掻いた。

 『くっくっくっ、粋がよいな。だが、我の手から逃れることは不可能。悔しかろう?憎かろう?くっくっくっ・・・』

 スピーカーから漏れる絶望の囁き。
 心臓を鷲掴みにされているような、そんな感覚に襲われる。
 男の低い声が死へのカウントダウン。
 そんな錯覚にさえ襲われる。

 ―殺される。

 戦場で培った勘とか、そんなものではない。
 本能的にアキトは自分が殺されると感じた。

 気がつくと、アキトにはなす術が何一つなくなってしまっていた。

 『観念したようだな。よかろう、歓迎するぞ、我らが同胞よ。』

 (ガイ、ハーリー、ラピス・・・ごめん・・・)






 あとがき

 空は広いな大きいな、お空をゆぅらりどんぶらこ、どんぶり一杯神宮参拝、ESミサイル、一・二・三、はい!!!
 どうも、ACEです。

 「てぇへんだ、てぇへんだ!!!三角形の下の辺りが底辺だ!!!!!(爆」

 大変です。激変です。急変です。
 遂に始動しました、電波オリジナル
 やっとオリジナリティが出せます!!!
 北辰に連れ去られたアキト・・・実はもう少し後の予定だったのですが、そろそろ種原作をなぞるのも飽きてきたのでひっくり返すことにしました。
 さて、この先どうなるかは誰にもわかりません。
 もちろん作者自身にも(核爆

 細かい相違点を挙げれば、ジュン(ナタル)がルリ(ラクス)を人質に取らなかったことですかね?
 まあ、ジュンにそんなことをできる度胸があるとは思えなかったので、『ぐらびてぃぶらすとでてきをたおそうLesson1』で行かせていただきました。

 今回はこんなところです。
 何かいい案、こうしたらもっとよくなる、など意見がある方は掲示板にてお待ちしております。
 今後とも我が駄文に付き合ってくださる心優しい読者様方は・・・・・乞う、ご期待!!!!!

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

うわぁ、メグミがアスカになっちまったよぉ(違)。

そのうち北辰ブチ殺して夜天光に乗って出てきそうだ(ないない)。