終わらない明日へ・・・



 by ACE





 外伝・1話 囚われた剣 




 ―ヴェサリウス

 その日、ヴェサリウスには見慣れない機体が一機が降り立った。
  降り立つ白亜の機体を見て、その場にいた大半のクルーが驚愕する。

 「おいおい、こいつぁ・・・」

 秋山源八郎もその一人。
 何せ自分の乗る艦に、つい最近まで戦っていた機体が降り立ったのだ。当然といえば当然の反応であろう。
 源八郎が白亜の機体―ストライク―を見る目は驚き半分、興味半分といったところだ。

 「さぁて、何が出るやら・・・」

 ストライクのハッチが徐々に開いていき、そこから一人の人影が現れる。

 百戦錬磨の豪傑か、はたまた如何にもエース!ってな感じの優男か。

 ストライクのパイロットらしき人影は連合のパイロットスーツを着ている。
 よって、ストライクは強奪されたのではなく、なんらかの方法でこちら側に引き抜いたと予測できた。
 そのパイロットの実力は実際に戦場で手合わせした彼はよく知っている。
 ナチュラルとは思えないほどの強さを持ち、どことなく動きにキレがない。
 これは即ち、実践経験のなさを示す。

 (となると、百戦錬磨の厳ついおっさんってこたぁねぇな。)

 中肉中背、そして大人にしてはやや低めの身長。
 いったいどんな顔か想像に耽っていると、機体から下りた連合パイロットに九十九、以下二名の少女が近づいていった。

 (ありゃぁ、九十九の妹のユキナに・・・ホシノ・ルリだと?)

 九十九が近くに寄ってきたのを知ると、連合パイロットは顔を隠すヘルメットを外した。
 その顔を見たとき、源八郎は先程の何倍も驚いてしまった。

 ヘルメットを外し、あらわになった顔は少年の顔だった。
 その顔に釣り合った体つき、身長・・・
 連合パイロットは九十九と同じ15、6にしか見えなかった。

 九十九はさも以前に面識があるかのように、その”少年”と話していた。
 次から次へと起こる理解不可能な出来事に源八郎は頭を痛める。
 九十九には悪いと思いながらも、源八郎は二人の会話に耳を立てることにした。

 「・・・すまない・・・」
 「気にするな、とは言えないな・・・俺はどうなるんだよ?」
 「それは・・・」
 「それは我が教えてやろう。」

 二人の会話に割って入り込む男の声。
 聞くことに専念するため閉じていた目を開き、声の主を確かめると、
 そこには甲冑のようなパイロットスーツ(アーマー?)に身を包む北辰の姿があった。

 「隊長!説明を求めます!」
 「説明?奇妙なことを聞くな、九十九よ。彼奴は我らの同胞であり、汝の友でもある。我らZAFTに引き入れぬ理由などあるまい。」
 「しかし!」
 「問答無用。さて、テンカワアキトよ、汝は今日よりZAFT軍所属の我が部隊に入隊することとなった。」

 九十九の必死の叫びも北辰には届かず、その視線をテンカワアキトと呼ばれる少年に向けて言った。
 アキトは悔しげな表情を浮かべながら俯き、北辰はその光景を嘲笑うように口の端を吊り上げている。

 「拒否、したら俺をどうするつもりですか?」
 「愚問だな。汝は答えを承知の上であろう。」
 「くっ・・・」

 死。
 殺される。それも一瞬で。
 抵抗をも許さず、声一つ出すこともできずに・・・

 北辰がそれを即座に実行できることを、アキトは直感した。

 「九十九よ、後は汝に任せる。」
 「・・・了解。」

 九十九は憮然とした表情で北辰を睨みながら、誠意の欠片もない形だけの敬礼をする。
 その視線を微風が如く受け流し、北辰はその場を後にした。
 静寂が場を占め、九十九の視線は北辰を追い、ほかの人間の視線はアキトの方へ向いている。
 アキトはその視線に耐え切れず、俯く。

 ―なんとかしてナデシコに帰らないと・・・俺の居場所はここじゃない。

 「アキト〜?ねぇ、アキトったら!」

 俯きながら思考の世界に浸っているアキトのパイロットスーツの裾をユキナが引っ張っている。
 ぐいぐいっとアキトの体が揺れるほどに引っ張るとアキトの意識は現実世界に戻ってきた。

 「あ?ユキナちゃん?」
 「大丈夫?なんかボーっとしてたけど・・・」
 「ああ・・・まあ、こんなところに拉致されてこれたら誰だって動揺するもんだろ?」
 「・・・ゴメン、アキト・・・」
 「?」

 突然のユキナの謝罪にアキトは意味がわからず戸惑いを隠せなかった。

 「私達のせいで・・・こんなところに連れてこられちゃってさ・・・ホンットゴメン!」

 両手を顔の前で合わせてアキトに頭を下げる。
 そんなユキナを見て、アキトはヴェサリウスに来てから見せていなかった表情を見せた。

 「ユキナちゃん、大丈夫だよ・・・」

 笑顔でそう答えたアキトに、ユキナの表情も綻ぶ。

 「本当に悪かった、アキト。」

 ユキナ背後から九十九がやってくる。
 人からは似てないと言われているようだが、並んで見てみると二人の顔はどこか雰囲気が似ている。
 二人並んだ彼らの姿は、本当に久しぶりに見るものだった。

 「九十九・・・久しぶり、だな・・・」

 会うのはヘリオポリス以来のことであるから、それほど久しいことではない。
 しかし、それは戦火の中。
 そして、その後も会うのはモニター越しで戦火の中。
 こうやって、互いに敵対せず会うのは、彼らにとって本当に久しぶりのことなのだ。





 ―ナデシコ

 「なんだって!?」

 ブリッジにジュンの悲鳴のような叫びが響き渡る。

 『・・・だから、ないんだよ。ストライクとエールパックが・・・』

 ジュンが睨むモニターに映っているウリバタケの表情は複雑だった。
 アキトがルリとユキナを連れてナデシコを離れてから既に2時間が経っている。

 「アオイ中尉、認めたくないのはわかるが、これは事実だ。」
 「だから僕は言ったんだ!民間人なんかにパイロットを任せるからこんなことになる!
  ましてやコーディネイターなんかに・・・裏切ることくらい誰でも考えられたはずだった!!!」

 上官であるヒエンに対しても構わず怒鳴るジュン。
 本来ならばこんなことをできるような男ではない彼だが、パニックを起こしている彼は正常ではない。

 「まだ裏切ったとは決まってないよ、ジュンくん。」
 「本部に送るはずだったコーディネイターの二人までいなくなっているんだよ?
  ユリカだってわかっているはずだ!」

 彼女達を何らかの方法でプラントに返す予定だったユリカは、二人が無事ZAFTに渡ったことまでは朗報であったが、
 アキトの離脱は思いもよらぬ悪報だった。

 「もうすぐ第8艦隊とも合流するっていうのに、唯一守ったストライクまで奪われて・・・ユリカは憎くないの?
  あのコーディネイターのせいで全部無茶苦茶にされたんだよ?」

 先程とは打って変わって、説き伏せるような問いかけでユリカの思考を変えようとする。
 しかし、所詮は軍の教科書で習ったに過ぎない、実に初歩的なその説得は強い信念を持っているユリカの前では全くの無意味だった。
 そうして、ユリカがジュンの言葉を軽く受け流すのと同時にブリッジにいたある男、いや”漢”がキレた。

 「さっきから聞いてりゃアキトを酷く言ってくれてるみたいじゃねぇか!」
 「なんだ!?民間人だからと言って、事と次第によっては許されないぞ!」
 「うるせぇ!親友を悪く言われて黙っていられるほど、俺は薄情な漢じゃねぇんだよ!」 
 「何をわけのわからないことを!」
 「アキトは絶対に帰ってくる!俺達の交わした約束を、アキトが簡単に破るはずがない!」
 「だが、実際はどうだ?いいか、これはアニメの世界じゃない。お前の好きなゲキガンガーの世界じゃない。
  ドス黒い感情が渦巻く、厳しい現実の世界なんだ!」

 そして、一悶着終えた後に、ジュンがはっとあることに気づく。

 「待て、約束って言ったな?」
 「ああ、アイツが出る前に・・・うっ!?」

 熱く、どこまでも熱くなっていたガイは・・・漏らしてはならない秘密を・・・喋ってしまった。

 「ほう、君はテンカワアキト逃走の前に彼に会っていたんだな?」

 艦長席の後ろで、今まで一言も口を開かなかったヒエンが、ガイに問いかける。

 「・・・」
 「沈黙は肯定ととるぞ。それで、君は彼の逃走を黙認したと?」
 「逃走じゃない・・・あいつはきっとZAFTに連れて行かれたんだ!」

 ガイは必死にアキトを弁護する。それを無言で聞くハーリーとラピスも、同じ気持ちだった。

 「だが、アキト君の抜けた穴は大きい。そして、俺も今戦える状態ではない。もし、第8艦隊との合流前に戦闘が起きればこの艦は沈むだろう。」

 ヒエンの言うことをただ俯きながら聞き、彼にしては珍しく沈黙を保つ。

 「213。この数の意味がわかるか?」

 突如ヒエンの言い方が変わり、
 攻めるような口調から、今度は何かをガイに諭すかのような問いかけをする。

 「ナデシコに乗るクルーと民間人を合わせた人間の数だ。ナデシコが落ちれば、一瞬にして213名の命が奪われる。
  君は・・・どうする?」

 先の戦闘で見せた、感情を高ぶらせた様子はどこにも見当たらず、相変わらずの絶対零度の声だが、
 そこには確かに感情の起伏が感じられた。
 最も、そのことに気がついたのはユリカだけだったが・・・

 「そのときは・・・俺が戦う!

 現実をまるで見ていない無鉄砲で、馬鹿としかいいようのない言葉。
 しかし、ガイは大真面目だった。

 アキトがストライクでナデシコを離れ、いつまでも帰ってこず、ZAFTの手に落ちたと知ったときガイはある決心をしていた。

 ―あいつが帰ってくるまで、俺がみんなを守るんだ。

 それは年少より憧れてきたヒーロー願望から生まれたものかもしれない。
 向こう見ずで、自殺願望でも持っているのか、と思われるかもしれない。
 それでも、それをわかっていても、ガイはそう心に・・・ゲキガンガーに誓った。

 「覚悟はできているのか?戦うと言うことは君が思っている以上に厳しい。それでも、か?」
 「勿論だ!漢に二言はねぇ!!!」

 ガイが宣言すると、ブリッジは一転して静寂に包まれる。
 痛いほどの沈黙。
 やがて、ヒエンがゆっくりと口を開いた。

 「いいだろう。ついて来い。」
 「正気ですか!?大尉!」

 ガイの申し出を難なく受けたヒエンをジュンが悲鳴に近い叫びで非難する。

 「何の訓練もない素人を出してデルフィニウムを一機失うくらいなら、あなたが乗って出るべきだ!」
 「悪いな。もう普通のデルフィニウムでは俺についてくるのは無理だ。
  俺なんかよりもずっと有望だと思うがな?」

 正気の沙汰じゃない。
 どう考えても素人を出すよりもヒエンが出た方が、数百倍も戦力になる。

 にも関わらず、ヒエンはガイを出そうというのだ。
 遠まわしにガイを殺すつもりなのか?
 と、ジュンは錯覚し、ユリカはヒエンの考えを理解しようと頭を抱えている。

 そんな二人を他所に、ヒエンはガイを引き連れてブリッジを出て行ってしまった。





 ―ヴェサリウス

 「九十九、ストライクのパイロットがどこにいるのか知らないか?」

 アキトが九十九に艦内の案内を受けていると、正面から黒い長髪の男が現れた。

 「なんだ、お前見ていなかったのか?彼がそうだ。」
 「何?!そんなひ弱そうな男がだと!!!」

 男の名は月臣元一朗。
 奪われたエステバリスの一つ、デュエルを駆る男だ。
 戦闘のときでもそうであったが、この男ちょっとしたことですぐに熱くなる性分らしい。

 「お前!名は!?」
 「へ?」

 人差し指をまっすぐとアキトの方に向け、濁りのない鋭い視線でアキトを睨みつける。
 突然話を振られたアキトは反応に困ってしまう。

 「名は何と言うのか聞いているんだ!」
 「あ、俺テンカワアキト、ッス・・・」

 何故か腰を低くして元一朗にペコリとお辞儀する。
 その姿はどこか滑稽であった。

 「ふむ。で、本当にお前がストライクのパイロットなのか?」
 「は、はぁ・・・まあなんというか、そうですが・・・」
 「ええい、まどろっこしい!肯定か否定かはっきりしろ!!!貴様それでも男か!?」

 どこぞの親バカ親父のような言い草で激怒し続け、顔はもう真っ赤だ。

 「元一朗、また血圧上がってぶっ倒れても知らんぞ?」
 「煩いぞ!俺はこいつと話をしているんだ。お前は引っ込んでろ!!!」

 九十九の助言をすっぱりと切り捨て、さらに血圧を上げて激昂し続ける。

 「それで!お前はいったいどんな手を使ってストライクの性能を上げた?!」
 「すんません、そんな大きな声出さなくても聞こえますから、もう少し声を小さくしてくれないッスか?」

 元一朗の声はもはや騒音レベルだ。
 あの史上最強の熱血男、ダイゴウジ・ガイ(本名:ヤマダ・ジロウ)すら超えるかもしれない。

 「黙らっしゃい!!!今は俺が聞いているんだ!早く答えやがれ!!!」
 「・・・」

 一瞬、意識が飛んで消えそうだったが、なんとか現実に留まって嵐が過ぎるのを辛抱強く待とうとする。

 「ええっと、俺もコーディネイターでして、ストライクの性能が上がっているとかそういうんじゃないんですよ。」
 「何ぃぃぃ!?何故コーディネイターが地球側にいる?」
 「ああ・・・いやまぁいろいろとあったんですよ、はい。」

 アキトのあまりの曖昧な態度に元一朗はこれ以上ないほどに・・・・・・

 「いい加減にしろ、この軟弱男!!!」

 激怒した。
 先程から言われ放題で我慢していたアキトだったが、彼はそう我慢の強い方ではない。

 「だあ!もうさっきから煩いんだよ!このウスラトンカチ!!!
 「あ、アキト?」

 負けじとキレるアキト。
 最近の若者はキレやすいらしい。カルシウムはしっかり取らねばいけませんね。

 「ほう、貴様のようなふぬけがこの俺に楯突くと・・・」
 「初対面の人間への態度を教わらなかったのか?ミスターウスラトンカチ。」

 ここまで来るともはや子供の喧嘩レベルだ。
 コーディネイターとは進化した種族と言われているが、彼らは本当に進化しているのだろうか・・・
 九十九はやれやれと言いながら傍観を決め込んでいる。

 「ナチュラルの傍にいるからこんなふぬけが生まれてしまったのだろうな。実に哀れだ。」
 「自分の力に溺れすぎなのではないか?あ、それでも俺には勝てないんだよな・・・」
 「なんだと!?」
 「やるか?!」

 そして両者は同時に拳を突き出し、綺麗に・・・クロスカウンター!!!とはならず、元一朗の拳がアキトを打ち抜いた。

 「はっ!口ほどにもないな、この腑抜けが!!!あぐ・・・」

 一撃でのされたアキトを見下しながら勝ち誇る元一朗だったが、突然目の前がかすみばったりと倒れてしまった。
 血圧が過剰に上がってしまったのだ。

 「はぁ・・・全くこいつらは・・・」

 倒れた二人をずるずると引き摺りながら、九十九は愚痴を一つ漏らす。

 「しかし、思いのほか仲良くやっていけそうだな・・・これでアキトがこっちに馴染んでくれればいいんだが・・・」

 九十九の表情に映るのは決して嫌悪だけではなかった。

 

 「はぁ〜あ、なんか暇ねぇルリ〜」

 常に緊張感ゼロのユキナがベットの上で転がりながら端末に向かうルリに愚痴る。

 「こんなんだったらまだあの艦にいた方がスリルがあってよかったのに〜」

 危うく自分の身柄が利用されるところであったというのに、実に平和な脳みそだ。
 ルリは端末を夢中で弄くっている。

 「ぶぅ・・・」

  そんなルリの方を向いてユキナはベットに頬杖をつきながら頬を膨らませる。

 部屋にはルリの端末を叩くキーの音が響き、暫し時が立つとユキナがあることを思い立つ。

 「そういえば、アキトどうしてるかねぇ?」

 ピク・・・

 アキト、という単語が出るとルリは即座に反応を示す。

 「そろそろ会えるころじゃない?行ってみようかなぁ」

 ユキナはわざとルリに聞こえるような、思わせぶりをする。
 ルリもユキナの真意は見抜いていたが、アキトに会うという重要性からここはユキナの誘いに乗ることにした。

 「行きますか・・・」
 「さっすがぁ!ルリィ!!!」

 ルリの返事を聞いてベットが跳ね上がり、綺麗に空中で弧を描きながら着地する。
 満面の笑みを浮かべ、ルリを引きつれ意気揚々と部屋を飛び出した。



 ―ナデシコ

 時同じくして、ナデシコは地球軍第8艦隊に合流していた。
 ユリカは上官から、ストライク強奪の件で多大な責任を問い詰められたのだが、第8艦隊提督ミスマル・コウイチロウの計らいで
 処分は一時的に凍結となった。
 このミスマル・コウイチロウはユリカの実の父に当たり、優秀な軍人として地球軍内でも指折りの人材なのだが、
 こと娘が絡んでくると、彼は親バカの度を遥かに超えたバカになってしまう。
 今回の件も、コウイチロウが無理矢理処分凍結を押し切ったものだった。

 当のユリカは、一通りの報告を終えると艦長席に蹲っている。
 不機嫌な表情を浮かべ、いつもの明るい雰囲気はどこにも見つけられない。

 ユリカは自分の処遇に納得が行かなかった。

 罰を免れたことだけを考えれば、よかったことなのかもしれない。
 しかし、今回の件はコウイチロウが押し鎮めたもので、”コウイチロウの娘”であるから許されたことだった。
 それをユリカはコンプレックスに感じていた。

 ユリカは自分の居場所を求めて、存在を求めて親の元を離れた。

 それでも、親子関係の呪縛から逃れることはできず、現に今その呪縛が彼女を守り、傷つけた。
 存在を証明できる何かを得る道は遠く辛い・・・

 苦悩の日々。
 人に言わせれば、それは贅沢なことなのかもしれない。
 恵まれた環境の中で育った彼女を羨ましく思う人も多々いることであろう。
 しかし、その環境故の悩み。

 自分で収拾する術を見失ったユリカは自然と、ある人の下へと向かっていた。



 コツコツコツ・・・

 やや長めの通路を横切る漆黒の影。
 名もなき地球の英雄の姿だ。
 仮の名として、彼はヒエンと呼ばれている。
 それは彼の二つ名、瞬神の飛燕から取られたもので、二つ名を快くないと思っている彼自身も、そのヒエンという呼び名を悪く思ってはいない。

 しばらくすると、彼の前にもう一つ人影が現れる。

 印象的な赤いハチマキを額に巻き、全身からオーラとでも言える雰囲気を漂わせた男。

 「あんたが瞬神の飛燕か?」

 年はそれほど老いていない、20代後半といったところか、男は軽い口調でヒエンに話しかけてきた。
 瞬神の飛燕と呼ばれ、幾分か自身の身に纏う漆黒のオーラに殺気を込めてみる。

 「そうだ。」
 「随分と無愛想な人だな、アンタ。それに初対面の人間に殺気を放つか?普通もっと好意的に挨拶すべきだと思うんだが・・・」

 込めた殺気の量は本当に微量だった。
 これはヒエンが初対面の人間に行う儀礼的なもので、相手の力量を測る目的で使っている。
 気が付けば、それなりにできる奴ということが即座にわかる。

 「関係ないな。俺に何のようだ?」
 「キサラギ・レオ、それが俺の名だ。」

 聞いてもいないというのに突然名乗り出す男。
 こういったところは、どことなくガイに似ていた。

 「名は聞いていない。用は何かと聞いている。」
 「ったく、本当に無愛想だな、英雄さんはよ。」

 その言葉を聞くや否や、ヒエンは即座にホルダーから銃を抜き、レオと名乗る男に向けた。

 「最後の質問だ。用は何だ?」
 「怖い怖い。危険物取り扱い注意の張り紙を張った方がいいぞ。そうだな、でこにテープで張り紙でもつけるのはどうだ?」

 銃を突きつけられても、全く取り乱さずに軽い調子で続けるレオ。

 「はぁ〜ぁ、スキンシップを一切取らないと?
  で、用が何か聞きたいって言ってたな。特に用はない、強いているなら
  これから共に戦っていくであろう戦友の顔を拝んでおきたかった、ってぐらいだな。」

 ヒエンは構えていた銃を降ろし、ホルダーに戻す。

 「キサラギ、と言ったな。」
 「ああ、自慢になるがこの艦隊の戦隊長だぜ。」

 その濁りのないまっすぐな瞳はヒエンの瞳を見つめている。
 バイザーで覆われているため、瞳は見えていないはずだが、レオは確かにヒエンの瞳を見据えていた。
 視線に、多少の動揺をするが、決してレオにそんな態度は見せない。

 「あんたとは、気が合いそうにないな。」
 「俺もだ。」

 皮肉たっぷりに言い合い、それを合図に同時に身を翻し、二人は元来た道の方へと帰っていった。



 「ぐぅ・・・」

 ガイは軍用の機動兵器シミュレーションマシンの中で苦悶の叫びを上げていた。

 その手の才能があったらしく、ガイの操縦技術は一般の軍人に届くほどになってきている。
 しかし、短時間で無理な特訓をしたため、体が休息を求めて千切れそうな感覚に襲われ始めた。

 「どうした、その程度では出撃した途端に死ぬぞ。」

 指導しているのはヒエンだ。
 先程まで、用事があると言って出て行っていたが、いつの間にか戻ってきている。

 シミュレーターは実にリアルにできていて、自機被弾時にパイロットに襲う衝撃、急加速に起こるGなど、
 忠実に再現して、ガイに伝えている。
 あまりの衝撃にシュミレーターの中でシェイクされているような状態になり、鋼の体を有するガイですら、限界が近いようだ。

 それでもガイは訓練をやめようとはしない。
 何が彼をそこまでさせるのか。
 アキトのため、だった。

 アキトはZAFTに無理矢理連れて行かれてしまったのだろう。

 ガイはそう信じていた。いや、確信していた。
 だから、アキトを取り戻すだけの力を欲して、身を削り足掻き続ける。
 安息を取り戻すために・・・

 『大尉、お時間頂けますか?』

 ヒエンが立つ位置のすぐ横に配置されているモニターにユリカの顔が映る。
 天真爛漫な彼女ではなく、いやに辛辣な表情を浮かべていた。

 「・・・ああ、大丈夫だ。」

 ガイの方に一度目をやり、再びユリカに向き直り、言う。

 それから多少事務的なやりとりをすると、モニターの光が消えた。

 「ヤマダ・ジロウ。」
 「俺の・・・・名は・・ダ、ダイゴ・・・ウジ・・・・・・」
 「今日は上がっていいぞ。」

 死にそうな状態でも、なお魂の名の主張をする彼の根性は見上げたものだ。
 ガイは疲労からシミュレーターの中で気を失い、目を覚ましたときにはヒエンの姿は見られなかった。



 それぞれの道。
 心は一つの場所にあらず、散り散りとなっている。
 分かれた道、交わった道。
 双方あるのだけれど、満たされた気持ちを抱けない。
 現状は芳しくない。
 これから進む道を決めるのは、彼ら自身だ。





 あとがき

 こちらはお久しぶりですね、ACEです。
 アキトを中心として展開されてきた今までですが、アキト不在のナデシコではそれぞれのキャラが目立ちます。
 このうちに、キャラの人格構築などをしておきたいものです。
 また、ZAFTの面々も書ける機会が増え、アキトとの交流を通じて(勝手に解釈した)本質を書いてみたり・・・

 さて、今回のお話。
 元筋に戻すまでに何話書くかはまだ未定なんですが、とりあえずそれぞれの場面で主人公となりうる人物をちらほらと。
 シリアスな展開にだけに、受信する電波を発散できないのが残念なのですが・・・

 それでは、また・・・乞うご期待!!!

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

・・・・月臣ってTV版の頃はアホだったよなぁ、確かに(爆)。

さすがに血が上って倒れるような事は無いだろうと思いますがw