楓と小太郎、そして刹那と月詠。
 それぞれの戦いが始まった頃、千草とスティーブの二人はようやく封印の祭壇まで辿り着いていた。
 既に中央の台座に木乃香を横たえ、縛り付けて身動きが取れないようにしている。
「…考えてみれば、不思議だね」
「何がや、新入り」
「復活させてはいけない大鬼神のはずなのに、復活させるための台座が存在している」
 スティーブの指摘する矛盾に、千草はなるほどと得心した。同時に、外部の人間はそう考えるのかとも。
 彼の言っている事も正しい。千草もスティーブから『両面宿儺(リョウメンスクナ)』を復活させようと提案された時から、この封印について調べていたのだが、どうも復活させる事を前提とした封印である可能性が見え隠れしているのだ。
 しかし、復活させる術だけはいくら調べても掴めなかった。まるで元からその術を伝えていなかったかのように。
 そのため、千草は詠春以上の力を持つと言われている木乃香を攫い、その力を使って『両面宿儺』を復活、力尽くで制御すると言う計画を立てた。それが間もなく成就しようとしている。
「つくづく妙な封印なんだね…一体、誰の手によるもの?」
「はっきりとは分からん!」
「………」
「いや、そんな顔すんな、新入り…最初に封印したんが建振熊命ってのは分かってる。でも、その時はバラバラにして封印されてたはずなんや」
 千草は封印について調べている内に奇妙な矛盾に辿り着いていた。
 仁徳天皇の御世に建振熊命(たけふるくまのみこと)が『両面宿儺』を封印した時は、身体をバラバラにして各地に封じたとされている。これは陰陽師だけでなく一般人にも知られている話だ。
 しかし、二十年前の大戦の時『両面宿儺』はここで復活しており、『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』により再度封印されたのだが、この時『両面宿儺』は何故か全身揃った状態で復活しているのだ。
 千草はこの謎を解くために、関西呪術協会総本山の書庫に忍び込んだりもした。
 栄養ドリンク片手に頭にはハチマキを巻き、ついでに眼鏡も掛けて幾日も調査を続けた千草は、ようやく辿り着いた。隠蔽された歴史の一幕に。

「ズバリ! 『両面宿儺』は平安時代にも一度復活してるんやッ!」

「…へぇ」
 力説する千草に対し、スティーブは興味なさげに一言返すのみだった。
「感動薄いやっちゃな、ウチが何日掛けてこの事調べたと思ってんねん」
「興味ない。大事なのは、どうやって復活させて、どう制御するか…でしょ」
「そりゃまぁ、そうやねんけど…」
 大したリアクションを返さないスティーブに対し、千草は関西人を代表して文句の一つでも言ってやりたいところであったが、言ったところで馬の耳に念仏であるため、千草は諦めてぶつぶつと言いながら作業に戻る。
「ええか、平安時代に復活した『宿儺』を封印したのは、当時陰陽寮に所属してた西郷って陰陽師とその妹でな――」
 ただし、やはり納得がいかないのか、解説を続けながらの作業であった。

 千草の調査によると、資料の上では西郷と言う男が陰陽師と検非違使を率いて復活した『両面宿儺』を封印したとされているが、その妹も強力な霊能力者であり、彼女もそれに関わっていたのではないかと千草は睨んでいる。
 はっきりとした資料が残っていないため断言はできないが、千草は確信に近いものを持っていた。
「ほれ、ここ見てみい」
 指差す先は、木乃香を横たえた台座にある小さな碑文。
 二十年前に『両面宿儺』を巡り、ここで戦いが行われたせいか、ほとんどの文字が消えてしまっていて読む事ができないが、千草はかろうじて残っていた最後の一文字が、西郷の妹の名の一文字と同じである事を突き止めていた。
「その妹な、歴史上の資料にはほとんど名前を残しとらんのやけど、兄の西郷が妹の美しさを称える歌を残しとるんや。蓋を開けてみたら、意外と有名人でビックリしたわ」
「…有名人?」
 興味がないと言っておきながら、やはり好奇心が刺激されたらしい。スティーブが話の続きを促してきた。
 すると千草は「フフン、やっぱりな」と言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべて振り返る。
 その表情を見たスティーブは眉を顰め、このまま千草に勝ち誇らせるのは気に入らなかったので、無愛想な無表情に戻ると「手が止まってるよ。追手がすぐそこまで迫っている」と千草を作業に戻らせた。
 結局、その妹とやらの名を聞きそびれてしまったスティーブであったが、すぐさまそれを思考の端に追いやって、空の一点を見据えた。
 彼の目がゴーレムに乗った横島と、杖に跨ったネギの姿を捉える。
「…どうやら来たみたいだね。僕が足止めしてきてあげるよ」
「頼んだで、こっちはもうじきや!」
 振り返りもせずに声を張り上げる千草。スティーブもそちらに一瞥もくれずに横島達の下へと向かった。『両面宿儺』が復活するまで、邪魔をされるわけにはいかないのだ。

 残る千草は額に玉のような汗を光らせながら呪言を詠い上げている。
 彼女の調査によれば、『両面宿儺』の封印はある人物の魂に対応して解除され、復活した『両面宿儺』はその人物に従うように仕組まれていた。
 資料が残っておらず、肝心の台座の碑文が消えてしまった今、その目的を推し量る事はできないが、随分と面白い仕掛けを残してくれたものだと、千草は一人ごちる。
 現在彼女はその仕掛けを捻じ曲げようとしている。木乃香の霊力を媒介にして、強引に封印の解除を行い、その制御権を無理矢理奪ってしまおうと言うのだ。
 それはすなわち、木乃香を『両面宿儺』の制御装置にしようとしているのと同意である。

「フフフ…何をしたかったのかは知らんが、あんたの残した『両面宿儺』、せいぜい利用させてもらうで――」

 そして千草は一つの名を呟いた。それは誰の耳に届くこともなく夜の闇へと溶けていく。
 その名は『葛の葉』、稀代の天才陰陽師、安部晴明の母親だと伝えられている女の名前である。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.33


 横島が封印の祭壇がある湖のほとりに辿り着いた頃、杖に跨ったネギも彼に追い付いていた。
 ここで横島が乗っていたゴーレムは持続時間が切れてしまい、霧散して消える。徐々にスピードが落ちてきたため、横島は何とか軟着陸しようとして、湖のほとりに降り立ったのだ。
「横島さん!」
「お、ネギも追い付いてくれたか」
 一人吶喊するのは流石に厳しいと考えていた横島は、ネギの姿を見て安堵の溜め息を漏らす。
 そして、地面に降り立とうとするネギをカモが手で制した。ネギは疑問符を浮かべるが、カモには何か考えがあるのだろうと、言われるままに浮遊した状態で待機する。
「すごい光景だな…」
「明け方あたりだと、朝靄がかかって神秘的なんだろうなぁ」
 現在彼等の目の前に広がっているのは、漆黒の湖の上に浮かび上がるように続いている細い橋。それを視線で辿っていくと、小さな島があり、橋の造りと同じく古めかしい祭壇が見える。
 更にその向こうには、篝火にライトアップされた大きな岩。注連縄が巻かれており、あれに『両面宿儺』が封印されているのだろうと、横島はあたりをつけた。
 どこからともなく女性の詠っているかのような声が聞こえてくるが、これは千草が『両面宿儺』を復活させようと儀式を執り行う声であろう。

「封印の祭壇に向かうには、あの橋を渡るしかないのか…こうなったら、横島の兄さんに囮になってもらうしか!」
「危険だが…しょうがないか、他ならぬ木乃香ちゃんのためだ」
 カモは横島に囮役を頼み、横島も木乃香のためとそれを承諾。ネギには空を飛んで少し遠回りをし、湖上から封印の祭壇に突入して欲しいと頼んだ。
 つまり、横島ができるだけ派手に騒ぎながら橋を渡り、最も危険であろうスティーブを引き付ける。そして、ネギは別方向から一人で封印の祭壇に向かい、木乃香を奪還すると言う策である。
 ゴーレムが消えてしまった今、空を飛べるのはネギのみ。その事も踏まえて考えるに、これ以外に策はあるまい。
「作戦の成否は空を飛べるネギに掛かっている。頼むぞ!」
「は、はい!」
 少し緊張した面持ちのネギが湖に向けて飛び立ち、それを見届けた横島は、カモを肩に乗せたまま橋へと向かう。
 カモは作戦の成功を確信していた。千草達はネギよりも横島の方を警戒しているのは確かだ。だからこそ、この策は成功する。
 横島は「おどりゃあぁぁぁぁぁっ!!」と叫びながら、けたたましい足音を立てて橋の上を渡っていく。もう既に千草達は横島の接近に気付いているであろう。
 空を見れば、浮遊術を使ったスティーブがこちらに向かっている。
 勝てる。ギリギリだったが、自分達の勝利だ。カモは横島の肩の上で小さくガッツポーズをした。

『冥府の石柱(ホ・モノリートス・キォーン・トゥ・ハイドゥ)ッ!!』

 だが、余裕に満ちた表情はそこまでであった。今はカモだけでなく横島の表情も驚きに彩られている。
 なんと、スティーブは魔法を使って橋の上に巨大な石柱を叩き込んだのだ。
 石柱は容赦なく橋を砕き、今、横島の目の前には道を遮る巨大な石柱がそびえ立っている。咄嗟に避けなければ、横島達はこの石柱に押し潰されていたであろう。
「あ、ああ、あ、あぶねーっ!!」
「あんにゃろ、無茶苦茶シンプルな手段に出やがった!」
 問答無用で横島を殺し、返す刀でネギも始末する。実にシンプルな手段だ。
 横島はすぐさま反撃に移り、サイキックソーサーを投げつけるが、空中に静止したスティーブはヒョイとそれを避け、無詠唱で放った『魔法の射手(サギタ・マギカ)』で撃墜する。
 地を這う事しかできない横島と、自由に空を飛べるスティーブ。
 横島にとっては、極めて不利な戦いである。
 だが、そんな横島をスティーブは嘲笑う。彼にしてみれば、地を這う虫など、わざわざ戦うまでもないのだ。
 スティーブは続けざまに『冥府の石柱』を放ち、次々と巨大な石柱が叩き込まれていく。
「ほら、これでもう動けない」
 やがて石柱の落下する轟音が収まり、横島が辺りを見回してみると、いつの間にかやけに暗くなっている事に気付いた。
「よ、横島の兄さん。こりゃ、まさか…」
「そのまさかみたいだな…」
「「なんじゃこりゃあぁぁぁぁっ!?」」
 思わず叫ぶ横島とカモであったが、その叫び声は反響して彼等自身の耳に襲い掛かる。
 そう、彼等の周囲には石の壁が広がっている。スティーブは巨大な石柱で檻を作る事により、横島達をその中に閉じ込めたのだ。
 スティーブは、横島が自分の分身に会ったと言う話をした時から、彼は何かしらの石化に対する防御手段を持っていると気付いていた。だからこそ、石化を防ぐことができてもどうしようもない、物理的に閉じ込めると言う手段に出た。
 これまたシンプルであるが、実に効果的と言える。
 文珠や、サイキックソーサーによる爆発を行うには狭過ぎる。横島はすぐさま『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』を石柱に叩き込むが、魔法で生み出された物のためか少し傷を付けるのがやっとだ。
 彼の煩悩を刺激する何かがあれば結果は変わっていたかもしれないが、ここにいるのは横島とカモのみ。これで煩悩を出せと言うのは、いくら横島と言えども無理な注文であった。

「横島さん、カモ君…!」
 橋の上の横島達に石柱が叩き込まれるのを横目で見ていたネギは心配そうな声を上げていた。
 しかし、ここで横島の救出に向かうわけにはいかない。封印の祭壇には巨大な光の柱が立ち、今にも『両面宿儺』が復活しそうな勢いだ。ネギはただただ横島達の無事を祈りつつ、更にスピードを上げて封印の祭壇へと向かう。
「そこまでだよ、ネギ君」
 しかし、その前にスティーブが立ちはだかった。
 『冥府の石柱』で横島を閉じ込めたスティーブは、すぐさまネギを止めるために飛んできたのだ。
「君は、スティーブ!」
「その名で呼ぶなッ!」
 ネギはそのまま通り過ぎようとするが、スティーブは『魔法の射手』を連射してそれを許さない。
 このままスティーブに背を向ければ、やられてしまう。ネギは急旋回し、スティーブとの空中戦に突入する。時間がないのは重々承知しているが、彼をどうにかしなければ、そもそも無事に封印の祭壇まで辿り着く事が出来ない。
『契約執行(シム・イプセ・パルス)ッ!』
 他に手段はない。ネギは口惜しさを怒りに変えて『契約執行』の呪文を唱える。
 これは本来、『魔法使いの従者』のために魔力を供給するための魔法なのだが、ここでネギは強引にその対象を自分としてこの魔法を唱えた。
 自ら魔力を身に纏い、己を強化する。昼間の戦いで小太郎に敗北したネギが辿り着いた答えがこれだ。
「僕は! 君が! 許せない!」
「ならばどうする? 僕に何か言いたければ、力を以って語れッ!!」
 そして二人の戦いが始まった。
「フフフ、新入りはうまくやってくれたようなぁ…」

 この状況にほくそ笑むのは千草。
 強大な力により、千草と木乃香の身体が重力から解放されて宙に浮き始める。復活の儀式が完了したのだ。
 封印の祭壇から現れる、光に包まれた巨大な身体。まだ上半身しか出てきていないが、この時点でアスナ達が戦っている鬼達の何倍もの大きさがある。
 前面には二本角の鬼の面、背面には一本角の鬼の面があり、全身は甲冑のような硬質の外殻で覆われているようだ。四本の腕のうち前方の二本を下ろし、後方の二本を天に掲げるその姿は見る者を圧倒している。
 これぞ飛騨の大鬼神。横島達の健闘空しく、『両面宿儺』はここに再び復活してしまった。


「うわっ、デカっ! 何あれ!?」
「ムッ…」
 復活した『両面宿儺』の巨躯は他の場所からでも、はっきりと見る事ができた。
 最初にハルナが気付き、続けて楓もその姿を確認する。
 この時既に楓は小太郎との戦いを終えており、小太郎は組み伏せられた状態であったが、彼もその姿を見て呆然とした表情で空を見上げていた。
「あれが『両面宿儺』――横島殿は間に合わなかったか」
「それマズいじゃん! 早く私達も行かないと…!」
「それは、分かっているが…」
 慌てるハルナの言葉に、楓は困った様子で視線を下に向ける。
 そこに居るのは当然小太郎だ。今から援軍に向かうとしても、彼をこのまま放っておくわけにはいかない。
 何とかして動けないようにしておかねばならないのだが、楓としてはあまり乱暴な手段は使いたくなかった。
 楓が考え込んでいると、解決策は意外なところから出てきた。
「…さっさと行けや。俺の負けや、今更ジタバタせん」
「おや」
「ほら、この子もフラグ立ててくれた事だし、早く行こうよ」
「「フラグ?」」
 潔い態度を見せた小太郎に楓は感嘆の声を上げたが、ハルナの催促の中に混じっていた謎の単語に二人は疑問の声を上げる。
「負けた後潔いのは、いずれ仲間になるフラグよ!」
「はぁ!?」
「ほう、そうでござったか」
「いや、糸目の姉ちゃんも信じんなやっ!」
 対するハルナは自信満々にビシッとサムズアップして答えた。
 楓は素直に納得した様子だが、当然小太郎は顔を真っ赤にして否定する。
 しかし、ハルナは「またまた〜、すぐに素直になれないのは分かってるって」などと、更に訳の分からない事を言って聞く耳をもたない。
「あーっ! もうええわっ!!」
 やがて小太郎が我慢の限界を超えた。言葉でハルナを黙らせる事はできそうもないので、さっさと行けと言わんばかりに、ハルナを蹴飛ばそうとする。
「ええから行かんかい!」
「はいはい、また会おうね〜!」
「ハルナ殿、行くでござるよ」
 先程まではハルナが先を急ぐよう促す側であったはずが、今は楓がハルナを俵担ぎに担ぎ上げて進んで行く。
 それを見送った小太郎は荒くなった息を整え、改めて周囲を見回してみる。
 楓に負けてしまったのは口惜しいが、彼女にリベンジを挑むのは更に強くなってからだ。
 今は関西呪術協会の追手から逃れるのが先決と、小太郎は大きな狗神を一体呼び出し、それに跨ると森へ向かって駆け出させる。人狼族の末裔である彼が森の中へ入ってしまえば、人間ではそうそう捕える事ができない。
 そもそも、関西呪術協会は多くの衛士が現在大阪におり、総本山に残った者はほとんどスティーブにより石と化している。小太郎の捜索に手を回すどころか、身動き一つ取れない状態だ。小太郎が無事に逃げ切るのは時間の問題であろう。


「アイヤー、スクナが復活してしまたか。ヨコシマめ、ヘマこいたネ」
「ええーっ!?」
 横島達が本当に木乃香の救出に失敗したのか。
 どうして超が『両面宿儺』のことを知っているのか。
 そもそも、神通棍と霊体ボウガンだけでここにいる誰よりも妖怪を蹴散らす貴女は一体何者ですか。
 色々聞きたい事もあるし、何から驚いてよいのかも分からないが、アスナはとりあえず驚きの声だけを上げてみる。

 この時点でアスナ達は『百鬼夜行』のほとんどを蹴散らし、残りは二鬼の鬼と月詠だけとなっており、既に隠れていた夕映達も姿を現していた。
 鬼の方は古菲と豪徳寺が相手をしており、真名は両手に拳銃を持って、月詠の隙を窺っている。
 その月詠と剣を交える刹那だが、こちらは意外にも『夕凪』で月詠と渡り合っていた。覚悟の違いであろう、頬、身体、手足、どこを見ても傷だらけだが、どれも小さなものであり、動きを妨げるようなものは一つもない。
 月詠の方にも笑みが浮かんでいた。それはすなわち、彼女が命の危険を感じていると言う事だ。

 だが、刹那は今は呆然と森の向こうにそびえ立つ『両面宿儺』を見ている。
 隙だらけの姿だが、月詠は真名の方を警戒するばかりで、刹那に攻撃しようとはしない。
 せっかく良い戦いができているのだ、それをこんなつまらない終わらせ方はしたくはないのだろう。

「あ、ああ…! お、お嬢様…っ!」
「あ〜、千草はんの計画、うまく行ったみたいですなぁ。あのGSのおにーさんも、可愛い魔法使い君も間に合わへんかったんやろか…」
 月詠の口調もどこか残念そうだ。
 彼女の方は、『両面宿儺』の力が圧倒的過ぎるため、これで千草と関西呪術協会の戦いもお終いになってしまいそうだと考えている。
「…でも、ウチらの戦いは続きますえ、刹那センパイ
 ニッコリと微笑み、小太刀を両手に構えるが、肝心の刹那は月詠に背を向けたまま呆然自失状態で立ち尽くしたままだ。
「センパイ? こっち向いて――ッ!?」
 月詠の言葉は最後まで続かなかった。
 突然刹那が自らの上着を捲り上げて背中を顕わにしたかと思うと、そこから巨大な翼が姿を現したのだ。
 先程まで戦っていた『百鬼夜行』の烏族達とは明らかに違う。一点の曇りもない、無垢な純白の翼である。
「って、こっちもええーっ!?」
 アスナが驚きの声を上げ、最後の鬼を片付けた古菲と豪徳寺、夕映にのどかに、風香に史伽。皆が衝撃的な出来事に言葉を失い、目を丸くしている。
「………」
 刹那はそんなアスナ達を哀しげな目で一瞥すると何も言わずに飛び立って行った。
 月詠はすぐさま飛び去った刹那を追おうとするが、それは真名が見逃さず、銃で牽制する事で彼女の足を止める。
「フッ…刹那はお姫様の下に向かった。それを邪魔しようと言うなら、私が相手になるぞ」
 チラリと一瞬、真名の方に視線を向けた月詠だったが、すぐに視線を戻すと飛び去る刹那の姿を何も言わずに見送っている。
 アスナ達は彼女の次の動きを警戒して、周囲を取り囲むようにして身構えるが、月詠はそれに対しては全くと言って良いほど反応を見せなかった。
「はぁ〜、フラれてしまいましたなぁ」
 諦めがついたのか、やがて月詠は大きな溜め息をついて振り返った。アスナ達はそれに合わせて身構えるが、彼女は周囲の動きを気にも留めていない。
「所詮、貴様と刹那では生きる世界が違うと言う事だろう」
「そうかも知れませんなぁ…」
 真名の言葉を聞いて夜空を見上げる月詠、その姿が寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「ま、お給料分は働きましたし、千草はんも、もうウチの助けは必要ないでしょうから、そろそろ帰らせてもらいますぅ〜。刹那センパイによろしゅうお伝え下さい、拳銃使いのおねーさん
 そう言って月詠はペコリと頭を下げると、二刀の小太刀を納めて立ち去って行った。
 真名もあえて後を追おうとはしなかったため、ここでの戦いも閉幕を迎える事となる。


「見られて…しまったな」
 『両面宿儺』に向かって飛びながら、刹那は自嘲気味の笑みを浮かべて呟いた。
 白い翼を持つ刹那、彼女は烏族のハーフであった。
 烏族とは一般的な言葉で言うところの『天狗』の一種で、妖怪に変化した修験者の末裔だ。牛若丸に剣術を教えた鞍馬天狗等、京都では古くから人間と交流のある妖怪である。
 烏族の翼は本来黒いものなのだが、人間と烏族の間に生まれた刹那は生まれ付き白い翼を持って生まれてきた。所謂『先天性色素欠乏症(アルビノ)』と呼ばれるものだ。
 ハーフとして生まれたためか、それとも別の理由があるのか、それは分からない。
 ただ、刹那はこの白い翼が原因で烏族の中では生きられず、生まれてすぐに神鳴流のある一族に預けられた事は確かだ。片親が神鳴流の関係者だったらしい。

 その後は烏族のハーフである事を隠し、人間の振りをして生きてきた。デタントの流れが活発となってきた今は多少ましになったが、当時は妖怪と言えば退治するものと言うのが常識だったのだ。
 そのため刹那はいつも周囲の大人、総本山の衛士や巫女、そして陰陽師に怯えており、そんな彼女の心を救ったのが、他ならぬ木乃香なのである。

 しかし、刹那は無条件で彼女の側に居られたわけではなかった。
 木乃香は幼い頃から、オカルト関係とは引き離して育てられたため、刹那にも、決して烏族である事を明かさない事が、木乃香の側に居る条件として課せられたのだ。

 この姿を見られてしまった以上、木乃香の側には居られない。
 だが、それでも―――

「このちゃん…この命に代えても、守ってみせる…ッ!!」

―――木乃香の事だけは絶対に守る。
 それは護衛としてではなく親友としての誓い。
 悲痛な決意を秘めた刹那は、『両面宿儺』に向けて更にスピードを上げるべく、大きく翼を羽ばたかせた。


 『両面宿儺』の間近では、ネギとスティーブの空中戦が続けられていた。
 最初に使用した『契約執行』はとっくに切れているため、ネギは要所要所で数秒ずつの『契約執行』を繰り返しながら、戦闘を続けていた。
 無理矢理魔力供給を行っているようなものなので、身体が悲鳴を上げているが、弱音を吐いている暇はない。
 そんな状態になりながらも、ネギは徐々に『両面宿儺』へ、正確には木乃香を捕らえる千草へと近付いているのだが、いざ、木乃香の救出に向かおうとすると、スティーブの邪魔が入り再び離れる。これを繰り返していた。
「君に勝ち目はない、そろそろ諦めたらどうだい?」
「僕は、諦めません!」
 箒で空を飛ぶのと、何の媒体も無しに浮遊術を使うのとでは、明らかに後者の方が術者にかかる負担は大きい。
 にも関わらず、息も絶え絶えのネギに対し、スティーブは疲れた素振りすら見せていない。
 実力差は明らかだ。しかし、ネギは決して弱音を吐かない。
「ん、新手か…?」
 その強い想いが天に通じたのであろうか、スティーブがふとその動きを止めて視線をネギから外した。つられてネギもその視線の先を見てみる。
「………あれは、白鳥? それにしてはやけに大きいような」
 ネギの瞳に飛び込んできたのは、翼を広げる白鳥――いや、違う。そんな優雅なものではない。
 獣染みた咆哮を上げ、木乃香を救うべく飛び込んでくる刹那の姿がそこにはあった。

「行かせないよ!」
 当然、スティーブはすぐさま呪文の詠唱を始めて刹那を撃墜しようとする。
 無詠唱魔法でないと言うことは、大規模な魔法で一気に片をつけようと言う腹だ。

『魔法の射手、連弾・雷の十七矢(サギタ・マギカ、セリエス・フルグラーリス)ッ!!』
「ッ!?」

 しかし、それはネギが食い止めた。
 残る魔力を振り絞った『魔法の射手』を、刹那を狙い撃ちにしようとしていたスティーブに直撃させ、その隙に刹那は彼等の側を通り抜けて千草の下へと向かう。
「クッ…ここまでか」
 すると、スティーブは何を思ったのか、刹那に対する追撃を一切行わず、自らも彼女を追って『両面宿儺』に向けて移動を始めた。ネギはその行動に疑念を抱くが、今は後を追うしかないと歯を食いしばって自らもスティーブを追跡する。

「くっ、あの新入りヘマしおってからに!」
「天ヶ崎千草ァァァァッ!!」
 千草が刹那の接近に気付いた時には、既に彼女は間近まで迫っていた。ここまで近いと、『両面宿儺』の腕で追い払う事もできない。
 仕方なく『熊鬼(ユウキ)』と『猿鬼(エンキ)』を出して迎撃しようとするが―――

「君の役所は終わった。出番の終わった役者が何時までも舞台に上がっているのは、滑稽を通り越して醜悪だよ」

―――刹那の『夕凪』ではなく、上空から撃ち込まれた魔法が、二鬼の式神を撃ち貫いた。
 その一撃で式神達は霧散して消えていき、そのダメージは術者である千草にも伝り、彼女の口元から一筋の血が流れ落ちる。
「お嬢様っ!」
「せっちゃん…」
 その隙に飛び込んだ刹那が木乃香を奪還。
 木乃香と言う制御装置を失ってしまった千草は『両面宿儺』を制御する負担をもろに浴びてしまう。
「な、なにごとや…」
「猿のおねーさん、気を付けて! スティーブが狙ってます!」
「だ、誰が猿やねん!? って、スティーブ…?」
 ネギの声を聞き、聞き覚えのある名に動きを止めてしまった事が、彼女にとって命取りとなった。

「玉座は王足る者が座る場所、道化師以下の君が居座って良い場所ではない。さっさとそこを退いてもらおうか」

 苦しむ千草に、更なる追撃が降り注ぐ。
 無数の『魔法の射手』が襲い掛かり、吹き飛ばされた千草。この時、彼女の脳裏に走馬灯のように過去の記憶が鮮明に蘇った。
 東西の大戦、総本山を襲撃した魔法使いの名を、両親を殺した魔法使いの名を。

「そうか…お前が、とと様とかか様を…」

 最後まで言い終わるよりも早く、更に撃ち込まれた魔法が千草を吹き飛ばした。
 彼女は悲鳴を上げる間もなく湖面に叩きつけられ、そのまま沈んでいく。

「一体何が…」
 木乃香を抱きかかえた状態の刹那は、何が起きたのかが理解できない。千草を狙った魔法の流れ弾から木乃香を守るのに精一杯だ。
 今、この場で状況を理解できているのはただ一人、ネギだけである。

「スティーブッ!!」
「フェイトだ! 間違えないでもらおう!」

 ネギが怒りの表情で吶喊する。その目標はスティーブ、千草を狙い撃った張本人だ。
 学園長を裏切り、関東魔法協会を裏切り、魔法使いを裏切った少年、スティーブ。
 彼は今、再び仲間であるはずの天ヶ崎千草を裏切ったのだ。


「くっそ〜、この様子だとスクナはもう復活しちまったんだろなぁ」
 一方、閉じ込められている横島達は、何とか脱出方法を模索しようとするも、石柱の強度の前に悉く失敗に終わり、途方に暮れていた。
 石柱は、『栄光の手』でも傷付けられないため、爪をかけてよじ登る事はできない。
 サイキックソーサーを足場に飛び越えようと挑戦するが、途中でバランスを崩して墜落。
 今は横島とカモで揃って頭を抱えて脱出方法を模索していた。

「石柱を爆破してぶっ壊すのは可能だけど」
「こんな狭い空間でやったら、中の俺らもただじゃ済まんな」
「横島の兄さんが盾になってくれたら、俺っちだけは…」
「却下」
 当然、却下である。

「せめて、せめてアスナを連れてきてれば、打つ手もあるんだが」
「アスナの姐さん? 真祖とかならともかく、姐さんがいたところで………」
 ここでカモがピタリと動きを止めた。
 横島が顔を上げて訝しげな視線を向けると、カモはやおら立ち上がり「あったあぁぁぁぁっ!!」と大きな声で叫ぶ。何があったのかと聞いてみると、カモは『仮契約』カードを使って、アスナを召喚する方法があると言い出した。
「どうすりゃいいんだ?」
「カードを持って呪文を唱えるんだ」
 横島は額のバンダナからアスナの『仮契約』カードを取り出し、掲げる。
「って、呪文なんか知らんわーっ!!」
 しかし、横島は呪文を唱える事ができなかった。
「俺は魔法使いじゃないんだぞ!」
「大丈夫だって! 魔法って言うより、通信と一緒で『仮契約』カードの機能みたいなもんなんだ。魔法使いじゃなくても仮契約できるんなら、カードの機能だって使えるはず!」
「そ、そうなのか…?」
 半信半疑の様子だが、他の手を考えている時間は無い。
 横島は掲げたカードに霊力を込め、日本語で「召喚、神楽坂明日菜!」と唱えた。

「え? あれ?」

 すると横島の前に魔法陣が出現し、光の柱と共にアスナの姿が現れる。
 いきなり召喚されたアスナは、何が起きたのか理解できていない様子だったが、横島の姿を確認すると落ち着きを取り戻した。カモがすぐに状況を説明し、アスナが協力すればここから脱出できるのだと伝える。

「さぁ、アスナの姐さんは呼び出せたぜ! 何か方法があるって言うならやってくんな!」
「ああ、分かった」
 勢いにのったカモのいなせな声を受けて、横島はアスナに向き直ると彼女の肩に手を置く。
 真正面から向かい合う形となったアスナは頬を染めて次の言葉を待った。それはまるで仮契約をした時のようで、アスナは自分に一体何ができるのだろうかと、胸を高鳴らせる。
 そして横島は、衝撃的な一言を口にした。

「アスナ…合体するぞッ!
「いきなりナニ言ってんですかーッ!?」

 その次の瞬間、アスナの渾身の一撃が炸裂したのは言うまでもない。
「そ、そんな、いきなり言われたって、心の準備が…」
「い、いや、違う! そうじゃなくて!」
 完全に誤解されてしまっている。
 横島は何とか誤解を解こうとするが、完全に混乱状態に陥ってしまったアスナは説得できそうにない。
 こうなっては仕方がないと、横島は説明を省いて実力行使に出る事にした。
「え? やさしくしてくださいね?」
「だから違うっ!!」

 アスナのボケにツっこみを入れながらも、横島は両手を広げて二つの文珠を出現させる。
 それぞれの文珠に込める文字は『同』と『期』。
 霊力の完全同期連携。文珠により二人の霊波を完全に同期させる事により共鳴を引き起こし、相乗効果で数十から数千倍の力を得ると言う、≪過去と未来を見通す者≫アシュタロスとの戦いにおいても使われた、『文珠使い』横島の切り札だ。

「合・体ッ!!」

 その声と同時に横島が霊波となってアスナに吸い込まれていく。
 そして、横島の姿が完全に見えなくなると同時に、アスナの全身が強烈な光を放った。
「え? あ、あれ、横島さんは!?」
「いや、アスナの姐さんの中に入っちまった」
「ええっ!?」
 その光で我に返ったアスナがキョロキョロと辺りを見回すが、横島の姿はどこにも見えない。
 足元にいるカモに聞いてみるが、彼も何が起こったのか理解できていないようで、呆然とした様子で目の前で起きた事実を話すのみだ。
 自分の中に横島が入った。それを聞いたアスナは、とりあえず身体を触って確かめてみるが、そこで自分の身体が大きく様変わりしている事に気付いた。

「全身タイツ!?」
「…違うんじゃねぇかなぁ、よく分からんけど」

 確かに先程まで着ていた服ではない、しかし、裸と言うわけでも、ボディスーツを着ていると言うわけでもなかった。
 両肩、両手の甲、そして胸元に一つ、水晶のような半球体があり、両腕だけが黒く、他の部分は真っ白だ。かつて横島が令子と行ったものとは異なるが、紛れも無い横島とアスナが同期合体した姿である。
 この姿ならば、空を飛ぶ事ができるのだ。ここから脱出する事も容易い。

『聞こえるか、アスナ?』
「横島さん!」
 どこからともなく聞こえてくる声に、アスナはその主を探してみるが、やはり姿見えない。
 足元のカモが「姐さん、胸元、胸元!」と声を掛けてくるので、胸元にある水晶体を見てみると、そこから横島の声が聞こえていた。
「ほ、ホントに私の中に入っちゃってるんですか?」
『今は俺がサポートに回ってるからな』
 本来ならば霊力の強い者がベースとなるものであり、そもそも霊力量が互角でなければこの技は成功しない。
 それでも二人の合体が成立したのは、横島の霊力がアスナに送り込まれていたからだ。
 これをコントロールする事により二人の霊力量をほぼ互角、アスナの方が少し強いようにして今の姿と成っている。
 現在の横島は、合体した一人の霊力の制御、そして合体している二人の霊力量の調整に四苦八苦している。アスナを表に出しているのはそのためだ。
『いいか、よく聞け』
「は、はい!」
 神妙な面持ちで耳を傾けるアスナ。この技には時間制限があるため、横島も手短に説明する。
 彼女が外に出てやるべき事、それは―――





 アスナがカモを肩に乗せて石柱の檻を脱出すると状況が一変していた。
 刹那は木乃香の奪還に成功し、『両面宿儺』の前に千草の姿はなく、代わりにスティーブが『両面宿儺』の頭の上に立っている。
 ネギは何とかスティーブに攻撃を仕掛けようとしているのだが、魔法による反撃を受けて近付くことすらできないようだ。
「あ、刹那さんが木乃香を助けてる!」
『スティーブは本性現したみたいだな。行くぞッ!』
「はいっ!」
 スティーブ、そして『両面宿儺』との戦いに参加すべく、アスナも空を駆けて戦場へと向かった。

「『リョウメンスクナ』、君の力をもらうよ」
 スティーブが頭上に降り立つと、突然『両面宿儺』が苦しみ始めた。
「うわっ!」
「お嬢様、しっかり捕まっていてください!」
 『両面宿儺』は苦しみにのたうちまわっているのだろうが、その巨大な体のため身じろぎすらも立派な攻撃となってしまっている。
「フフフ、近付く事ができないか…それは好都合だ。僕が更なる力を手に入れるのを、そこで黙って見ているがいい」
「貴様、まさか『両面宿儺』の力を奪おうと言うのか!?」
 スティーブの目的を察した刹那が驚きの声を上げる。
 そう、『両面宿儺』を支配下に納めるのではなく、その力を奪う。それこそが二十年前と変わらぬスティーブの目的であった。
「ネギー! 木乃香ー! 刹那さーん!」
 そこにアスナが駆けつけた。
 彼女の姿を見たネギ達は一様に驚いてみせたが、今はそれどころではないとアスナの肩の上のカモが事情を説明する。

『来れ(アデアット)ッ!!』

 アスナが『仮契約』カードからアーティファクト『ハマノツルギ』を呼び出すと、いつものハリセンではなく、カードの絵にある大剣が現れて彼女の手に収まった。横島と合体し、アスナの霊力が高まったことにより、『ハマノツルギ』も真の姿を現したのだ。

「横島さんが言ってた、この『ハマノツルギ』と合体した私達のパワーなら、スクナを送り還す事ができるって」
「なるほど…ネギ先生、お嬢様をお願いいたします」
 アスナがやるべき事、それは召喚された『両面宿儺』を『ハマノツルギ』の力で送り還すことだ。
 その話を聞いた刹那は、アスナを援護すべく木乃香をネギに預けて『夕凪』を抜き放つ。
 ネギも援護したいところだが、流石に満身創痍で魔力をほとんど使い切ってしまった今の状態では足手まといになるだけだ。木乃香を受け取り、カモもネギの肩に移動すると、そのままネギは杖に乗って『両面宿儺』から離れて行った。

「行きましょう、アスナさん!」
「OK!」

 ネギ達の退避を確認してから、アスナと刹那は『両面宿儺』、その頭上に陣取るスティーブに攻撃を仕掛けた。
 振り回される四本の腕を掻い潜り、何とかスティーブに接近しようと試みる。腕を掻い潜るところまでは問題ない。
 スティーブは力を吸収するのに集中して『両面宿儺』のコントロールはおろそかになっているらしく、振り回される腕は『両面宿儺』自身が苦しんでやっているものだ。二人を狙っているわけではないので、これを避ける事自体は容易かった。
 しかし、腕を掻い潜ったその先に居るスティーブが問題だ。彼は『両面宿儺』の力を吸収しながらも、近付こうとすると無詠唱の魔法を乱射してくるため、近付く事ができない。

「…アスナさん、私が吶喊して魔法を受け止めますから、後に続いてください!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな事できるわけないじゃない!」
 こうなっては自分が盾になって隙を作るしかないと、刹那が前に出ようとし、アスナがそれを必死になって止める。
 そのまま二人の言い争いに発展してしまうかと思われたその時、突然『両面宿儺』の動きに変化が起きた。

「…あれ?」
「止まって…る?」
 振り回されていた四本の腕がピタリとその動きを止めたのだ。

 その数秒後、止まっていた腕が再び動き出し、攻撃を再開する。
 ただし、この攻撃は先程までの苦しみからによるものではない。明確な意思を以って攻撃が行われている。

「クソッ! 何事だァッ!!」

 ただし、狙いはアスナ達ではなくスティーブ。
 前方の二本の腕がスティーブを目掛け、その手に掴もうと襲い掛かる。
 流石に巨大な腕は捌ききれないと思ったのか、スティーブは『両面宿儺』の頭上から逃れて再び浮上する。
 それと同時に二本の腕は動きを止め、それを確認したスティーブはほっと一息つく。

「とと様、かか様の仇! くたばりさらせ、アホンダラッ!」

 しかし、それは罠であった。
 スティーブが気を抜いた隙を突いて、後方のもう二本の腕が襲い掛かる。
「『宿儺』を召喚したんは誰か、忘れるんやない!」
 その時、スティーブの目に映ったのは湖面すれすれのところで額に「2」の文字がある『猿鬼』に担ぎ上げられた千草の姿だった。その胸には木乃香に使ったものと同じ禁術の札が貼られている。札の力で限界を超えて霊力を引き出し、木乃香の助け無しに『両面宿儺』を制御していた。
「道化風情がぁぁぁぁぁッ!!」
 完全に不意を突かれたスティーブにそれを防ぐ術は無い。
 巨大な拳が叩き付けられ、今度はスティーブが吹き飛ばされる番であった。

「アスナさん、今です!」
「分かってるっ!」

 このチャンスを見逃すわけにはいかない。
 アスナはすぐさま『両面宿儺』の頭上へ飛ぶと、真っ向から渾身の力を込めて『ハマノツルギ』を振り下ろした。

 その瞬間に響き渡る断末魔。その大きさは凄まじく、衝撃は物理的な力を伴って周囲一帯に襲い掛かる。
 木々は軋み、森全体もまた悲鳴を上げる。大地は揺れ、空気も振動している。天地鳴動とは正にこのことだ。
 『両面宿儺』はそのまま動きを止め、そして消えていく。後に残った光の粒子がキラキラと舞っているが、あれは残った霊力が光を放っているのだ。

「あ、ネギ君! 猿のおねーさんが!」
 木乃香の指差す先には、波に呑まれていく千草の姿があった。
 流石に見殺しにするのは忍びない。ネギは慌てて助けに向かい、昏倒状態の彼女を拾い上げる。
 胸に張られていた禁術の札は既に流されてしまっているが、顔面蒼白状態であり、かなり衰弱しているのが見て取れる。
「…大丈夫や、脈も呼吸もしっかりしてる」
 しかし、死んではいない。しっかりと生きている。それを確認したネギ達は安堵の溜め息をもらした。


 封印の祭壇に降り立ったアスナは、そこでアスナと横島、二人に分離していた。霊力の制御に相当疲れたらしく、横島はその場で座り込んでしまう。
「横島さん、やりましたね!」
「ああ、木乃香ちゃんも無事みたいだし、めでたしめでたしってとこだな」
 アスナは感極まって抱き着くが、横島にそれを受け止める余力はなく、勢いのままに押し倒されてしまう。
 覆いかぶさる状態になったアスナ。これは失敗したか、すぐに退くべきかと焦る頭をフル回転させる。
 …が、すぐにその思考もストップしてしまった。自分も疲れているんだし、と心の中で自分に言い訳して、そのままごろんと横島の隣に転がって自分も休む事にした。
「アスナさん! 横島さん! …って、お邪魔でしたか?」
 そこに降り立ってきたのは刹那。
 二人、正確にはアスナだけが慌てて飛び退いた。横島は本気で疲弊しているらしく、寝転んだままだ。
「あー、刹那ちゃーん。スティーブのヤツはどうなったー?」
「それが…見当たりません。逃げてしまったようです」
 先程の断末魔に乗じて、スティーブは逃げてしまったようだ。
 彼をこのまま逃すのは不味い気がするが、もはや横島達には彼を追跡する余力が無い。
「…刹那ちゃんも座って休め。もう、ホントに後は上の人らに任せるしかない」
「そう…ですね」
 横島に促されて、刹那はぺたんと腰を下ろした。白い翼も力なく垂れ下がっている。

「みなさーん、大丈夫ですかー?」
 ふと空を見上げると、ネギが木乃香と、千草を連れて降りてきた。流石に重量オーバーなのか、ヨタヨタとおぼつかない様子であったが、何とか無事に着陸。
 ようやく戦いが終わったと気の抜けたネギも、やはりその場に座り込んでしまう。
 本当に疲れ切っているのだが、彼等の顔には自然と笑みが浮かんでいた。



 一方、いまだに戦いが終わらぬ者がここに一人。
 『両面宿儺』の拳の直撃を受け、ボロボロの状態となって歩くこともできないが、魔法はまだ使えるため、浮遊の術を使って封印の祭壇から遠く離れようとしていた。
 できれば水の『扉(ゲート)』の魔法で、一気にこの場から離脱したいところだが、今の彼にそれだけの魔力は残されていない。

「スクナの力は無理だったが…情報は手に入れたぞ。あとはこれを持ち帰れば…」

 その時、周囲の森がざわめいた。
 それに気付いたスティーブは、何事かと動きを止めて辺りを見回す。

「貴様だな? 大阪に陽動を仕掛けた魔法使いと言うのは」

「なっ、何者だ!」
 周囲を見ても何の気配も感じない。

「貴方ですね、総本山の屋敷でさよさんを踏み潰したのは」

 声はどちらか一方向ではなく、森全体から響いてくるようだ。
「ッ!!」
 スティーブは気付いた、気配を感じないのではない。
 周囲の森全体から濃密な闇の気配が溢れているため、どこに居るか感知できないのだ。

「ククク、誰かと思えば貴様だったかスティーブ。その様子だと、失敗したようだな」
「………」
 背後の森から、一人の少女がメイド姿のロボットを連れて姿を現した。エヴァと茶々丸の二人だ。
 スティーブは慌てて振り返ろうとするが、その瞬間に少女の拳が彼の顔面に突き刺さる。
 魔力が全開状態のエヴァの拳は、それこそ本気で岩をも砕く。その一撃でスティーブは背後の木に叩き付けられてしまった。
 普段ならやり過ぎる彼女を止める役割の茶々丸だが、今回ばかりは黙って見ている。

 さよを連れて屋敷を飛び出した桜子。彼女が出会ったのは、大阪で捕まえたタクシーを無理矢理京都まで走らせ、ようやく総本山に辿り着いたところのエヴァ達だった。
 現在、桜子はまき絵達と共に屋敷の方で待機している。
 茶々丸はこの時に知ったのだ。スティーブが人形のさよを踏み潰したと。

 そのため、茶々丸は珍しく怒りに燃えていた。
 エヴァがやらなければ自分がやると言わんばかりの勢いだ。

「な…な…」
「何故? そう言いたげだな。自分の胸に聞いてみろ、と言いたいところだが、生憎と今の私はそれを待ってやる気もないんだ」
 そう言いつつ、スティーブの腹目掛けて蹴りを食らわせる。魔法を使わず、素手で攻撃していると言うことは、それだけ怒っているということだ。
 魔法は最後の仕上げとして取ってある、と言い換えても良い。

「私はなぁ、私はなぁ…」
 静かに語りかけるエヴァ。
 次の瞬間、彼女の怒りと共に、吹き上がる魔力が火柱となって天を衝いた。

「貴様のせいで、ジェットコースターに乗れなかったんだぞーッ!!」

 それは逆恨みだ、とツっこむ力など、スティーブには残されていなかった。
 茶々丸も当然ツっこまなかった。

 怒りのエヴァ、怒りの茶々丸、そしてスティーブ。
 新たな、かつ極めて一方的な戦いの始まりである。



つづく



あとがき
 FILE.32に引き続きまして、

 彼はフェイトですか? いいえ、スティーブです。
 『両面宿儺』は平安時代にも一度復活していた。
 それを西郷と葛の葉(メフィスト)が封印した。
 烏族は妖怪に変化した修験者の末裔。
 霊力の供給で同期のための霊力の均衡を保つことができる。

 この辺りは『見習GSアスナ』独自の設定です。
 『ネギま!』、『GS美神』どちらの原作を見ても、このような設定はありません。
 ご了承ください。
 
 特に最後、これは横島とアスナの間に仮契約が成立しているからこそできる事です。
 他のキャラでは、この方法で合体する事はできません。

 また、この話は修学旅行終了後に出てくるでしょうが、
 この方法で合体するためにはもう一つの条件を満たす必要があります。

 それは霊力供給を受ける側が自前の霊力をほとんど使えないことです。

 自分の霊力だけを二分するからこそ可能な芸当であり、
 相手の霊力も考慮して丁度半分になるように…となると、
 横島は頭から煙を噴きます。
 









 書き終わってから気付きましたが
 美空、どこいった?







感想代理人プロフィール

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代理人の感想
「おろかもの ここにねむる」>スティーブ

まぁ、こいつが消えてもまだ後5体ほど残ってるはずですけどw

千草おねーちん、最後の力で一矢を報い、散る(死んでない死んでない)。
最後の最後で美味しいところ持っていってくれましたねぇ。この話の千草ねーさんは好きなんで嬉しいですよあたしゃ。

そして続除霊ショーに続き、再び美神の前世が撒き散らした迷惑が発覚。
このクラスの代物まで用意してたなんて(笑)。
いや、アシュタロスが相手となればこれくらいでも全然足りないわけですが。
・・・・しかし、まさかとは思うけど、死津喪比女とかも元々はメフィストが用意してた対アシュタロス用生物兵器だったりしないだろな?(爆死)








追伸
作者にまで忘れられたよ美空! 本当に空気だよ!(爆笑)