「チッ…離しやがれ、このデクノボーがッ!」
「………」
 ピエロ・パイパーが忌々しげに吐き捨てるが、対する『田中ハジメ』は何の反応も示さず微動だにしない。
 それもそのはず、彼は一見普通の人間――規格外の大男――だが、その実『ハカセ』こと葉加瀬聡美によって生み出されたロボットである。
 超も関わっており、茶々丸の弟とも言えるのだが、魔法に類する技術は一切使われていないためか、情緒面においては彼女に遠く及ばない。パイパーに睨み付けられても、それに何かを感じるような心をまだ持たないのだ。

 現在の状況は、聡美を貫こうと突撃したネズミ・パイパーの持つ金の針を、その前に立ち塞がった田中ハジメが受け止め、針の両端を両者が持ったままどちらも一歩も譲らずと言ったところか。
 巨大なネズミの姿をしたパイパーの力も相当のものだが、田中ハジメも負けてはいない。
「よっしゃ、そのまま針取ったれっ!」
「俺達もすぐに行くぞッ!」
 そうこうしている内に背後から小太郎とポチが近付いて来る。
 パイパーにとって『金の針』は最大の武器にして魔力の源、これを奪われないためにも挟撃されるわけにはいかない。ネズミ・パイパーの頭から上半身を生やしたピエロ・パイパーは、すぐさま空いた両手から魔力を放ち、田中ハジメがのけぞり手の力が緩んだ一瞬の隙を突いて強引に『金の針』を引き抜いた。
「わざわざ出てきてもらったところで悪いが――さっさと消えてもらうぞッ!」
 すかさずピエロ・パイパーはラッパを構えて呪いの旋律を奏で始める。
 それを見た聡美はさっと田中ハジメの背に隠れるが、パイパーにとってはそれこそどうでも良かった。
 問題は田中ハジメであり、聡美などそれこそ瞬く間に八つ裂きにできる塵芥にも等しい存在だ。
 パイパーはそのまま高らかにラッパを吹き鳴らし、そして呪いが完成する。
「ヘイッ!」
 その掛け声と共に呪いの力が襲い掛かる――が、田中ハジメは子供になる事なく平然としていた。
「何だと!? コイツ、まさか…ッ!」
 一瞬、驚愕の表情を浮かべたパイパーだったが、すぐに呪いが効かない原因を察し、魔力を込めた『金の針』をすくい上げるように振るい、軽々と田中ハジメの手首を天井高く斬り飛ばした。
 しかし、その傷口から血が噴き出す事は無く、幾本ものコードが顔を覗かせているだけである。
「やっぱり、デクノボーだと思ったらデク人形だったかッ!」
 ここでパイパーは目の前に居る田中ハジメが血の通わぬロボットである事に気付いた。
 それならば、この人間としては規格外の体格も、怪力も、何より子供にする呪いが効かないのも理解できると言うものだ。ロボットの肉体年齢が変動するはずがない。

「敵はこっちにもおるんやで!」
 その時、追い着いた小太郎がピエロ・パイパーの後頭部目掛けて飛び蹴りを放つが、パイパーは腕を振るってそれを弾く。
 続けてポチも無言のまま殴りかかるが、こちらはネズミ・パイパーが尻尾を振り回し、彼の拳は命中するも大したダメージは与えられずに終わってしまった。
「手強い…!」
「単純に手が四本あるわけだからな…」
 ポチの呟きを聞き逃さずパイパーはニヤリと見下した笑みを浮かべた。
 確かに今のパイパーは巨大ネズミの二本に、ピエロの二本と合わせて四本の腕がある。しかし、それだけではないのだ。パイパーは更なる追い討ちをかけて、彼等を絶望させようとする。
「ホーッホッホッ! そんな単純な話じゃないぞ! ホラ、足も四本だ!」
 ズズッとネズミの頭からピエロの身体が抜け出し、ふわりと宙を舞うように身を翻すと、ピエロ・パイパーは小太郎、ポチの背後に降り立った。
「そぉら、今度はこっちの番だッ!」
 一瞬にして立場が逆転してしまう。今度は小太郎、ポチがパイパーに挟撃される番だ。
 小太郎はピエロ・パイパーの動きを目で追い、背後に降り立ったのに合わせて咄嗟に振り返るが、その背にネズミ・パイパーが容赦なく襲い掛かる。ネズミの本体とピエロの分身、二つの身体を持つパイパーならではの荒業である。
「田中ハジメ、ロケットパンチ!」
「――了解」
 聡美の命令にすぐさま応じたハジメは、先ほど切り飛ばされた方の腕をパイパーに向け、前腕部を発射する。攻撃と言うよりも牽制、使い物にならなくなった腕の排除と言う意味合いが強い。
 案の定、ネズミ・パイパーは振り返り様に容易くそれを払う。
「田中ハジメ、新しい腕よ!」
 しかし、聡美は発射した結果を確認する事なく、背後に隠していたバックを重そうに引きずり、その口を開く。その中に入っているのは田中ハジメ用の腕のスペアだ。
 実はこのロケットパンチ、超が「浪漫だ」と言い張って取り付けた物だったりする。
 聡美は合理的に考え、発射した後無くなる武器、しかもそれが肘から先丸ごとなどナンセンスだと反対したのだが、熱弁を振るう超に押し切られて取り付けた経緯があった。そのため聡美は、スペアの腕を事前に用意しており、ここに来る際にも忘れずに持って来たのだ。勿論、軽い物ではないので、ここまで運んで来たのは田中ハジメの方だが。
 田中ハジメは自らバックの中の腕を掴み取ると、自分で新しい腕を装着する。これは聡美によってワンタッチで行えるように作られているため、容易くその作業を済ませると、続けてパイパーに向かって背中から生えたケーブルを引きずりながら駆け出した。
 情緒面で劣り機械的な反応しか出来なくとも、やはりロボット。自立的に判断して行動するための人工知能はしっかり搭載されているらしい。
 対するネズミ・パイパーは一声鳴いて『金の針』を高く掲げる。それと同時に針から雷光が迸り田中ハジメだけでなく小太郎、ポチにも襲い掛かる。ピエロ・パイパーと向かい合っていた二人は、突然背後から攻撃された形だ。
「うおっ!? こっちもかい!」
「せめて、どちらか片方を抑えねば…」
「だったら俺がッ!」
 すかさず小太郎が印を組む。何かが震えるかのような音と同時に小太郎の姿がぶれたかと思うと、彼の姿が五人に増えて、その内の四人が宙に浮くピエロ・パイパーへと襲い掛かった。
「なにぃ!?」
「五つ身分身やッ!」
 驚くパイパーに対し事もなげに叫ぶ小太郎であるが、隣のポチも目を丸くしている。
 実は、犬豪院の技は力に力で対抗するものであり、元々僧兵として人間同士の争いにおいて人狼族の優れた身体能力をフルに活かすためのもの。愛宕山の異空間に移り住んだ後は、魑魅魍魎を相手にするために大振りの野太刀を振るう神鳴流に対抗するため、力を突き詰め、その技を洗練させていったのだ。
 それ故に一撃の重さを高める事に長け、魔族にすら対抗し得る破壊力を生み出す事が出来るが、小太郎の使う狗神や分身のような術は扱えない。
 人狼族は神の末裔と言われており、人間よりも神魔族に近いと考えると、人狼族の戦い方としてはポチの方が正道であろう。小太郎のそれは人間の中で暮らしている『狗』ならでは、人間の戦い方に近いと言えるかも知れない。
 この小太郎と言う少年、猪突猛進な性格をしているが、意外と術士としての才能を有しているのではないか。
 大神の血を引く狩猟者、戦士の一族である人狼族。その知られざる可能性を見ているようで、窮地であるにも関わらず、ポチの顔には知らず知らずの内に笑みが浮かんでいた。

見習GSアスナ極楽大作戦! FILE.54


「あのハゲは任せとけ!」
「また言ったな、クソガキッ!」
 更にただ一人地に残った小太郎が、両の掌の中に黒い渦のようなものを発生させ、パイパーへと立ち向かって行く。その渦は一言で言えば『犬の形を取らない狗神』、狗神の力を小太郎自身の戦闘手段として行使しようと言うのだ。
「小太郎君! …クッ!」
 いかに分身しているとは言え小太郎一人にピエロ・パイパーを任せるのは年長者として気が引けるが、まずは『金の針』を奪わない事には話にならない。
 ポチは身を切られるような思いでネズミ・パイパーに向けて駆け出した。

「しゃらくさいッ!」
 ピエロ・パイパーは飛び掛ってくる小太郎達を突き出した腕から魔力を放って迎撃。
 爆炎が巻き起こり、その一撃で四人の小太郎が消し飛ばされてしまうが、間隙を縫うように炎を切り裂いて五人目の小太郎が襲い掛かった。
 その位置は丁度パイパーが突き出した腕によって生まれた死角。片手にラッパを持っているのだから、今までパターンから言って空いた手で迎撃するに違いないと予測した小太郎の策である。
 我流・犬上流 狼牙双掌打。
 突き出した両手に溜め込まれた狗神の力が、ガラ空きの脇腹に叩き込まれた。
 透けて見えない身体もしっかりと存在している事は、これまでの攻防で確認済みだ。
「グハッ…!」
「どうやっ!!」
 これは効いたらしくパイパーも思わず呻いてしまい、それと同時にネズミ・パイパーも苦しそうに呻く。
 ネズミ・パイパーと拳を交えていたポチは一瞬呆気に取られるが、すぐにそれが何故かを察し笑みを浮かべた。
「なるほど、二つの身体を持っているとは言え、悪魔パイパーはあくまで一人と言う事か」
 そう、悪魔パイパーはあくまで一体。どちらか片方がダメージを受ければ、もう片方もそのダメージを共有する事になるのだ。
 この隙を逃す手は無い。ポチはすぐさま眼前のネズミ・パイパーに拳を繰り出し、少し遅れて田中ハジメも攻撃を開始する。
 ポチが正拳突きを繰り出すと、田中ハジメもそれを見、真似て正拳突きを繰り出した。彼の人工知能はこの戦いの中でも貪欲に学ぼうとしているらしい。
 元よりどちらも大柄な体格だけに真似やすいのだろう。ポチと田中ハジメの正拳突きは、狼の牙が上下から食い込むように前後からネズミの体に突き刺さり、ネズミがよろよろと数歩ふらつくと同時にピエロも呻く。
「攻めるぞッ!」
「おぅッ!」
「………」
 小太郎と違い田中ハジメは無言ではあるが、コクリと頷いて返事とする。
 「もういっちょ!」と小太郎は再び五人に分身してピエロ・パイパーへと襲い掛かり、ポチと田中ハジメは数歩離れたネズミ・パイパーに更なる追撃を加えるべく並んで構えを取った。
「貴様らあぁぁぁぁッ!!」
 パイパーが表情を歪ませて叫ぶが、ネズミの身体が受けたダメージが大きかったのか勢いがない。
 これはチャンスだ。一気に畳み掛けるべく五人の小太郎とポチ、田中ハジメは一斉に攻撃を繰り出す。
 腰を落とした田中ハジメの正拳突きが炸裂し、ポチも負けじと連撃を披露。スピードを重視する小太郎のそれと違い、一撃一撃が重い怒涛のラッシュだ。ネズミ・パイパーは『金の針』を護るだけで、彼等の攻撃をその一身で受け止めていた。
「俺も負けてへんで!」
 小太郎達が同時にピエロ・パイパーに襲い掛かる。
 こちらは守るものがないためすぐさま迎撃するが、最初に数人を消し飛ばした隙を狙って本体が攻撃を仕掛け、最初は囮だと本命の攻撃を待ち構えていると、囮の中に本体が潜んでいる。
 虚と見せて実、実と見せて虚。防御は分身が担当し、本体が攻撃を繰り出すと言う変幻自在の戦い。
 如何に人間より優れた身体能力を持つ人狼族と言えども、人狼族の子供が人間の大人よりも強いと言うわけではない。年端もいかない子供の内から戦いの中で生きていく事を余儀なくされていたからこそ、身に付いた戦いと言えるであろう。
 パイパーも翻弄され、されるがままだ。時折ラッパを構えて呪いで子供にしてやろうとするが、ロボットと同じように分身に対して呪いを掛けても仕方が無い。
 しかも、本体がどこか分からず、ラッパを吹こうにもどこからともなく現れる本体の小太郎が演奏の邪魔をしている。

 いける。このまま押し切れば勝てる。小太郎は勝利を確信した。
「………」
 攻撃を受け続けるピエロ・パイパーの目がドス黒い光を湛えている事に気付かずに…。



 一方その頃、エヴァの別荘は三日目を迎えていた。
 塔の屋上ではある意味、小太郎達よりも激しいバトルが繰り広げられているが、逆に砂浜に居る面々は平穏な時間を過ごしていた。爆音や時折聞こえる悲鳴は聞こえない振りをして。
 そして、のどかは愛衣に付き合ってもらって今日も練習用の杖を手に魔法の練習をしており、土偶羅は書庫から大きな本を借りてきて広げる夕映の隣で、興味があるのかのどかの練習を見守っていた。
 また、横島達は今日は豪徳寺達と一緒にすらむぃ達を捕らえる練習をする事になっている。
 本当ならば断りたいのだが、彼等の成功率を上げるのは本番における横島達の安全性を高める、ひいてはアスナ達を守る事になるため仕方なくと言ったところだ。
 昨夜豪徳寺達が行っていた秘密の特訓と言うのは、すらむぃ達を捕らえるためのコンビネーションの事らしいのだが、それがどこまで通用するかを確認するために、彼等は横島に白羽の矢を立てたらしい。
「でも、なんで横島さんに…」
 不満そうな声を上げるのはアスナ。横島との時間を邪魔されたような気分になっているのだろう。
 チャチャゼロに頼めばいいのにと彼女にしては理論的な反論を試みるが、実はそれは昨夜の内に試みて大失敗してしまっていた。チャチャゼロをロープで捕まえようとしても、彼女はナイフを持っているためすぐにそれを斬り刻んでしまうのだ。
 豪徳寺達は自らの経験から横島の「鬼ごっこ」の実力は知っている。また、アスナ達にしても数日前に行われた横島対ネギの勝負は記憶に新しい。
 まず、彼を捕らえられるようにならなければ、すらむぃ達を捕らえられるがわけがないと言うわけだ。実際、どちらの逃げ足の方が優れているかは分からないが、それはそれである。
 横島が渋々承諾したため、すらむぃ達が豪徳寺達の包囲網を抜けて人質救出に向かう自分達に向かってくるかも知れないと、アスナと古菲も彼等の特訓に参加する事にする。
「じゃ、ロープに縛られた時点で縄抜けとかせずに横島の負けと言う事で」
「そうだな、すらむぃ達とやらも流石に呪縛ロープに縛られたら身動き取れんだろうし」
 互いにルールを確認して練習スタートだ。
 また、今回横島は文珠を使わない事になっている。今はヘルマン達との戦いに備えて一つの文珠も無駄に出来ない状況のため、これは当然の事であろう。
 本番のチーム分け通りに豪徳寺、中村、山下の三人と、アスナ、古菲の二人で二つのチームに分かれてそれぞれ横島を追う事になっている。
 本来ならば、アスナ達は横島と行動を共にする事になっているのだが、すらむぃ達が向かってきた場合、人質達がどんな方法で捕らわれているかが分からないので、大抵の事には文珠で対処できる横島が人質救出を。アスナ、古菲がすらむぃ達を足止めする事になっているので、後者二人組はこれこそが本番通りの組み合わせだ。

 開始の合図を担当するのは桜子。
 本当ならば派手に銅鑼を打ち鳴らしたいところなのだが、流石のエヴァもそれは所有していなかったので、台所からフライパンとおたまを借りてきてそれを掲げている。
「それじゃ、はじめるよー!」
 そして鳴り響く甲高い金属音。
 横島はそれと同時に転進し、脱兎のごとく駆け出した。実に見事なスタートダッシュだ。
 豪徳寺達はすぐさまロープを手に走ってそれを追い、アスナもその後に続こうとするが、くいくいと古菲が裾を引っ張るのでふとその足を止める。
「横島師父なら、延々と砂浜走って逃げるよりも、塔に隠れる方を選ぶアル」
「なるほど!」
 横島とネギの戦いを知っているからこその作戦だ。二人は塔へ先回りし、逃げてくる横島を待ち構える事にした。
 待つ事数分、豪徳寺達は『超必殺・漢魂(おとこだま)』や裂空掌も使い、時には三人で取り囲んで横島を捕らえようとするが、彼はのらりくらりとその包囲網を潜り抜けてしまう。
 遠目に眺めるアスナ達にも分かる凄まじいまでの回避能力である。
「相変わらず、横島師父が凄いアル」
「古菲、のんびりしてるヒマはないわよ! ほら、来た!」
 そうこうしている内に、横島は方向転換して塔に向かって走って来た。
 古菲の予想通りに鬼ごっこの舞台を塔に移す事にしたようだ。
 ここで何とか食い止めようと身構える二人。横島も二人の姿に気付いて、走りながら右手をさっと背中に隠す。
 まさか、何か攻撃を仕掛けてくるのか。それも有り得る、横島がネギ相手にも一度だけ攻撃した事を思い出し、アスナは一歩後ずさり、古菲はその目を輝かせた。
 しかし、その次の瞬間横島は思わぬ行動に出る。
「伸びろーーーッ!」
 彼が繰り出したのは『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』、剣の形ではなく鉤爪の形のまま伸ばしてくる。
「上っ!?」
 しかも、アスナ達に向けてではなく塔の二階へ向けてだ。
 鉤爪はそのまま二階の窓枠をしっかりと掴み、呆気に取られたアスナ達の脇を掻い潜って壁に足を掛けると『栄光の手』を元に戻す勢いを利用してそのまま忍者のように壁を駆け上がってしまう。
「す、スゴイ…」
「アスナ、追うアルよ!」
 感嘆の声を上げて呆然とするアスナだったが、古菲の一声に我に返ると慌てて二人で横島を追い塔の中へ入って行き、ようやく追いついた豪徳寺達も続けて塔に入る。
 こうして「鬼ごっこ」の舞台は砂浜から塔内へと移行し「かくれんぼ」の様相を呈してくるのだった。


 一方、先行して塔内に侵入した横島がどうしたかと言うと―――

「横島さん、どうかされましたか?」
「お約束!?」

―――ものの見事に着替え中の茶々丸に鉢合わせしていた。
 まだ着替え始めたばかりのようで、ほとんど服を着た状態なのだが、それがかえって茶々丸がロボットである事を隠しており、少女が着替えている最中の部屋に飛び込んでしまったと言う事実だけで横島はドギマギしてしまっている。
 彼女の話によると、茶々丸は先程までネギの修行に付き合ってエヴァと一緒にネギと戦っていたらしく、今は昼食の準備のためにそれを切り上げて、いつものメイド服に着替えようとしていたそうだ。
 確かに、よく見てみると彼女の着ている服は、いつもの制服でもメイド服でもない。ノースリーブのシャツにスカートも足が動かしやすい作りになっている。
 本来は更にネクタイを締めているのだが、これは既に外している。シャツのボタンを外そうとしたところで横島が現れたようで、今は胸元が露わになった状態だ。
 これで戦えばヒラリヒラリと裾が翻るんだろうなと、横島がマジマジと見ていると「あの、マジマジと見ないで、ください」と茶々丸が申し訳なさそうに言い、それで我に返った横島、慌てて部屋から飛び出して再び鬼ごっこに戻って行く。
 アスナと古菲が丁度ドアの近くまで辿り着いたところだったらしく、そのまま騒がしい声と共に足音が離れて行った。
 それを確認した茶々丸は、気を取り直して再び着替えを再開する。昼食はネギだけでなく横島達にもたくさん食べてもらわねばと考えながら。


 その後、臨時に霊力を補給する事が出来たらしい横島が、『栄光の手』、サイキックソーサー、そしてサイキック猫だましを駆使して昼食時まで見事に逃げ切ったのは言うまでもない。
 休憩を挟み、昼食後も同じ練習をしようとする一同であったが、話を聞いたエヴァが「元々の目的は立ち向かって来るスライム達を食い止めるのが目的だろうが、たわけめ」と一蹴。
 それを聞いて、一同は逃げる横島を相手にしても仕方がないと気付き、昼からは刃物を持たない状態のチャチャゼロを仮想すらむぃとして練習を再開する事になった。当のチャチャゼロは渋ったが、エヴァが睨みを効かせて命令する事によって強引に承諾させる。
 こうなると、ただの「鬼ごっこ」とは言えず、途端に危険な荒行に早変わりしてしまう。
 横島としては豪徳寺達はともかくアスナ達には参加して欲しくなかったが、当のアスナが午前中に横島を捕まえられなかった事で燃え上がってしまったため、午後も引き続き豪徳寺達の練習に参加する事となった。

「と言うわけだ。横島は今夜に備えて体力を温存しておけよ?」
「…もしかして、計算してたか?」
「さて、どうだかな」
 横島の問い掛けにフフッと笑って答えるエヴァ。明らかに計算していたのだろう。
 今夜も血を戴く事を考えて、体力を温存させるために昼からの横島をフリーとしたのだ。
「それじゃ、横島さん。昼からは私と話をしませんか?」
「…そうだな、どうせならのんびりさせてもらうか」
 結局、昼からの横島は夕映達と一緒にビーチでのんびりと過ごす事になる。
 この二日間、アスナ達と修行を続け、簡易式神を使って模擬戦をしたりと霊力、体力共に酷使し、更に夜にはエヴァに血を吸われていたので、今日ぐらいは休んでも罰は当たらないだろう。
 なんだかんだで、この別荘内で一番消耗しているのは他ならぬ横島であった。
 主に、エヴァの吸血が原因である事は言うまでもない。



 地下空間での戦いは、ここで新たな局面を迎えていた。
 いやでも聞こえてくる鈍い音。同時にカハッと血を吐く音がポチの耳に届く。
「なんだ…?」
 ポチは思わず攻撃の手を止め、それを見た田中ハジメも何事かとその動きを止めてポチを見た。
 その直後にドサッと何かが落ちるような音がしてポチが慌てて振り向くと、そこには唇の端から血を垂らした小太郎が倒れている。
 腹にピエロ・パイパーの攻撃が直撃したらしく、山下が買ってきた趣味の悪いTシャツがズタズタに引き裂かれてしまい、腹からも血を滲ませていた。
 そして、その上には宙に浮くピエロ・パイパーの姿。片手を小太郎へ向けて今にもトドメを刺さんとしている。
「ホーッホッホッ! 残念だったなぁ、横島は教えてくれなかったのか? オイラは『金の針』でしか倒せないとッ!
 くわっと目を見開いて叫ぶパイパー。三人掛かりの攻撃で相当のダメージを受けているはずなのに、疲れた様子も見受けられない。逆に攻撃し続けていたポチ達の息が上がってしまっている。

 パイパーにとって『金の針』は魔力の源。
 魔族にとって魔力とは、人間で言うところの霊力、すなわち魂を形作るエネルギーそのものである。
 確かに魔力の源であると同時に強大な力を持つ武器にも成り得るが、それ以上に、『金の針』がその手にある限りパイパーは無限に回復し続けると言うのが大きい。
 決して無敵なのではない。先程までのようにポチ達の攻撃は通用する。
 しかし、それと同時にパイパーは回復し続けている。如何に人狼族の力と言えども、強大な魔族の命を回復スピードよりも速く削り切る事など出来はしない。
 これこそが「『金の針』でしか倒せない」と言われる不死身のパイパーの秘密である。

「さぁて、随分頑張ったようだが、ここまでのようだな。貴様等は疲れ切っているようだが、オイラは――ほぅら、この通り! 魔力が満ち溢れているぞッ!!」
「小太郎君ッ!」
 ピエロ・パイパーが小太郎に向けて魔力を放ち、ポチが咄嗟にその間に飛び込んでパイパーの攻撃をその背で受け止めた。背中に激痛が走り、ポチは一瞬息が出来なくなってしまう。
「ホーッホッホッ! 自分から飛び込んでくれるとは、手間が省けたぜ! これだから人間と戦うのは愉快で止められねぇんだ!!」
「グッ…人狼族は、仲間を見捨てたりはしない」
 高笑いを上げるパイパーに、ポチは言い返そうとするも、全くと言って良い程勢いが無い。
 小太郎をミンチにしようと放ったその一撃は、ポチに相当の傷を負わせたようだ。彼の背が小太郎の腹と同じような状態になってしまっている。
 更にネズミ・パイパーが『金の針』を振りかざして雷光を放とうとするが、これは田中ハジメが背後からその手を掴んで食い止めた。これが放たれてしまえば、ポチだけでなく彼をも貫いて小太郎にトドメを刺していただろう。
「護…ル…!」
 力比べの最中、田中ハジメの口から機械的な音声が漏れた。
 彼もこの戦いの中で貪欲に情報を吸収し成長しているのだろう。今何をするべきなのか、自分でしっかりと判断して動いている。
「まだ邪魔をするか、デク人形ッ!」
 ピエロ・パイパーが、背後から攻撃を仕掛けるべく、飛んで田中ハジメの後方へと回り込む。
「ムッ…」
 そこで目に留まったのは、田中ハジメの背から延びるケーブルであった。どこに続いているのかを見てみると、それは聡美が居る出入り口の向こう側、地下下水道へと続いている。
「な〜るほど。デク人形にしてはよく動くと思ったら、そういう事だったのか」
 目を細めてニイィッと唇を三日月の形にして笑みを浮かべるパイパー。
 データを取りながら彼等の戦いを見守っていた聡美も、ケーブルに気付かれた事を察して「ヤバっ!」と声を漏らす。
 ピエロ・パイパーはすぐさま魔力を放ち、ケーブルを切断。田中ハジメには内部電源も存在するため、すぐに動きを止める事はないが、わざわざケーブルを引きずりながら戦っているだけあって、彼の残り活動時間は恐ろしく短い。残り一分もなく、既にその動きは鈍くなってきている。
 ふと自分の腕を掴む力が緩んだと感じたネズミ・パイパーは力尽くで振り払い、振り向き様に『金の針』から雷光を放った。迸る雷光は田中ハジメの腹を貫き、左腕を砕き、そして左足を抉る。
 これでは最早立つ事もできない。何かを求めるように残された右手をパイパーへと伸ばすが、その手は何も掴むことなく田中ハジメはズシャッと大きな音を立てて崩れ落ちた。
「ホーッホッホッ、残された時間で二人が死ぬのを見てるがいいさ」
 地下空間に反響する高笑いを響かせながら、ピエロ・パイパーは再びネズミ・パイパーの頭へと戻る。
 後はポチと小太郎にトドメを刺し、その骸を舞台にネズミを集めて麻帆良を壊滅へと導く呪いの歌を奏でるだけだ。
「待たせたなぁ…オイラは優しいから、一思いにラクにしてやるぜぇ…」
 ポチ達に向き直り、『金の針』を振りかざしてその先端に雷光を集め始める。

 数十秒と言う時間を掛けて、針の先端には白熱する雷光の球が出来上がる。
 その間、ダメージが大きいのかポチ達は折り重なるように倒れたまま微動だにしない。
 いや、ポチだけが呻きながらもぞもぞと少しだけ動いた。起き上がる事は出来ないようだが、小太郎を護るように彼に覆い被さっている。自分の身体を盾にしようと言うのだろうか。
 パイパーは思わず笑みを零した。
 考えが甘過ぎる。これを食らえばポチが盾になろうとも、小太郎ごと骸も残さず蒸発してしまうだろう。
「ホーホッホッ! 庇いあうのもいいだろう、そのまま死ねぇッ!!」
 ああ、これだから人間と戦うのは止められない。数秒後の光景を想像し、舌なめずりをしながら、パイパーは手にした『金の針』を振り下ろした。


つづく


あとがき
 小太郎が術士としての才能を持っている。
 『金の針』が放つ雷光で攻撃が出来る。
 『金の針』を持つ事による再生能力、及び「パイパーは『金の針』でしか倒せない」事に関する解釈。
 横島の『栄光の手』が二階まで伸び、身体を持ち上げられるだけの力がある事。
 これらは『黒い手』シリーズ、及び『見習GSアスナ』独自の設定です。ご了承下さい。
 『栄光の手』は妙神山の修行の結果と言う事で。

 小太郎に関しては、『GS美神』における人狼族と彼の戦い方があまりにも違うため、『GS美神』側の人狼族は戦士タイプ、小太郎は術士タイプと言う事にしました。
 『見習GSアスナ』における小太郎は、「戦士向けの性格をした術士タイプの人狼族、『狗』」と言う事になります。







感想代理人プロフィール

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代理人の感想
絶望した! MADなのにロマンの分からないハカセに絶望した!

いやー、駄目でしょう。やっぱり科学万能の人ならロケットパンチとか目からビームとかドリルとか、増加装甲とか物干し竿とかヨーヨーとか装備させてないと!
1分しか動けないのもいただけません。有線動力なのはむしろよし、ですが(ぉ
ですがポチたちを庇ったりしたあたりはベタとは言え中々に燃えました。
当然、まさかこれで終わりと言う事はないでしょう。
立ち上がれ田中ハジメ! 戦え田中ハジメ! 
拳銃は最後の武器だ!(違)

つーか、パイパーが予想を越えて強かっただけって気もしますが。
格闘専門のこいつらとは相性が悪いとは言え、原作では子供化を封じられた後は割とあっさり倒された印象があったんでちょっと意外でしたねー。
再生怪人の癖に生意気だ(爆)。



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