はえてないしょうりゅうきさま


「まったく、小竜姫はいつもいつも口煩くて困るでちゅ」
 妙神山の居間でウサギさんな林檎をかじりながらパピリオが愚痴る。
「パピリオが何かしようとするたんびに、お説教ばっかりで嫌になりまちゅよ」
「それは仕方ないのねー」
 同じく居間でくつろぐヒャクメが冷たい麦茶を手に笑う。そして、パピリオを膝に乗せる横島は苦笑いをするばかりだ。

 普段のパピリオなら小竜姫に叱られたところでこのように愚痴ったりはしないのだが、今日ばかりは話が別だった。
 その原因は現在彼女の座椅子になっている横島。
 彼がここを訪れた時は自分が一番に出迎えると自分ルールを設定していたパピリオだったが、今日に限って小竜姫が「廊下を走っちゃいけません」と呼び止めたためにヒャクメに先を越されてしまったのだ。
 それだけならここまで怒ってはいなかっただろう。さらに間の悪いことには横島が妙神山の門を叩いたとき、麓まで買い物に行かされていたメドーサが一緒だったのだ。こうなってはパピリオも黙ってはいられない。

 横島がここの門を叩けばいの一番に対応するはずの門番二人をナチュラルに忘れている事に関しては突っ込んではいけない。


「だいたい、小竜姫はいつも大人ぶってるんでちゅよ」
「実際大人だし、お前が子供なんだから仕方ないだろ」
 そう言ってパピリオの頭をくしゃっと撫でる横島。
 パピリオの方もいつもならそのスキンシップに喜ぶところだが、今回ばかりは子供扱いされたという事実にカチンときた。彼女とて小さいながらもその心はレディなのだ、多分。

「横島は知らないかも知れないでちゅけど、小竜姫だって!」
「私がどうかしましたか?」
 パピリオが横島の膝の上から立ち上がり、テーブルの上に立ったところで、お茶菓子を盆に乗せた小竜姫とメドーサが障子を開けて居間に入ってきた。
 小竜姫は機嫌によって夕食のおかずが如実に変わってくるため、これはまずいとヒャクメは慌ててパピリオを止めようとするが、如何せんその外見とは裏腹に、魔王級を別とすれば魔族の中でもトップクラスの力を持つパピリオと、神族の中でも非戦闘員であるヒャクメ、力の差は歴然である。パピリオはヒャクメの制止をものともせずに、背後に立つ小竜姫に気付かないまま次の行動に移ってしまった。
 そう、心のままに叫ぶと言う行動を。

「小竜姫だって子供でちゅよ!
 だって、生えてないんでちゅからっ!!

 その瞬間、時が止まった。



「へぶぁ!」
 横島が鼻血を噴き出すと同時に、時は再び動き出す。
「パ、パパパパ、パピリオ! 貴方はいきなり何を言い出すんですかッ!?」
「いやー、確かに生えてないんだけど、そうはっきり生えてないって指摘するのは良くないとお姉さん思うのねー」
「そんな生えてない生えてないって何度も言わないで下さい! 気にしてるんですから!」
 そういう自分もその単語を繰り返している事に気付いて小竜姫は頭を抱えて自己嫌悪に陥る。
「しょ、小竜姫様、ホントなんスか!?」
「いえ、あの、別に妙神山の管理人はお子様でも勤まると思われてる訳ではなく…あああ、私は何を言ってるんですかお子様って!」
 何を想像したのか、鼻血を垂れ流す横島の言葉に頭を抱えたままでも顔を上げてフォローしようとするが、気が動転しているせいか自ら墓穴を掘ってしまった。

 そんな小竜姫を見て、メドーサが呆れたように声を掛ける。
「まったく、情けないねぇ。別にいいじゃないのさ、そんな事」
「何勝ち誇ってるんですか、そういう貴方だって今は生えてないじゃないですか!」
「なっ…わ、私は自分で処理したんだよ! 元々はちゃんと生えてたさ!」
「どうだか…そのような身体になってしまったら、今後も挽回は望めませんよね」
 珍しく意地の悪い笑みを浮かべる小竜姫、相手がメドーサだからなのだろうか、それともただ単に「キレて」いるのだろうか。
 対するメドーサは反論しようにも、小竜姫の指摘は紛れも無い事実であるため何も言い返す事ができずに歯軋りをして悔しがっていた。
「まぁまぁ、小竜姫もそのおかげで今まで女だてらに武術一辺倒に生きてきても、誰からも文句言われなかったのねー」
「嫁の貰い手がなかった、の間違いだろ?」
 ヒャクメは見かねてフォローしようとするが、あっさりメドーサに阻止されてしまう。
 小竜姫は完全にいじけて部屋の隅でのの字を書き始めてしまった。


「神魔族ってそんなんで大人か子供かって判断するのか?」
「竜神族はな」
「私達は人間と違って、ただ単に年令を重ねれば成長できるわけじゃないのねー」
「魔族にも、そういう種族はいるらしいでちゅよ。パピリオもその種族に生まれていれば今も子供扱いされてたでちゅ」
 まだ止まらないのか鼻を押さえたままの横島が問い掛けると、小竜姫を除く三人が笑顔で答える。
 生まれの種族がどうであれパピリオはまだ子供なのだが、今の横島にその事を突っ込む気力は残されていない。
「小竜姫はお子様扱いだったからこそ、人間界駐留なんて仕事押し付けられてたのねー。だから、横島さんは生えてない事に感謝すべきなのねー」
「生えてないって言わないでくださいっ!」
 確かに、小竜姫に才能を見出されて霊能力者として成長する切っ掛けを与えられた横島は、彼女に感謝してもし切れない。
 しかし、部屋の隅でいじける小竜姫を見ていると、それはそれで何か違う気がしてくる。

「ああ、そいや良い例がいたよ。お前だって知ってるだろ、天竜童子」
 忘れるはずがない。竜神王の子である彼は、子供らしいわがままっぷりで周囲を巻き込み、横島や小竜姫達を大騒動に巻き込んだ張本人だ。そして、メドーサとの初対決もその騒動の時だった。
「あいつだって人間から見れば外見はガキだが、きっちり生えてるから竜神族では大人扱いだ。そこでいじけてる小竜姫よりもな」
「そうかぁ、あいつあれから成長したんだなぁ…」
 しみじみとしてしまった横島だったが、その横でヒャクメが爆弾を一つ投下する。

「ああ、私も見たのねー」
「見たんか!?」
 驚きの声をあげる横島を尻目にヒャクメは更に続ける。
「天竜童子ったら、会う人皆に自慢気に見せびらかしてたのねー」
「…まぁ、生えたからと言って一足飛びに性格まで大人になるわけじゃないからね」
「何をやっとるんだ、あいつは…」
 男として誇らしい気持ちはわからなくもないが、だからと言って限度があるだろうと横島は頭を抱える。
 そして一つ理解した、竜神族と言うのは人格とかは関係なしに、「それ」が生えているかどうかで大人か子供かを判断しているらしい。だからこそ、小竜姫が今も子供扱いされているのだろう。
「しょ、小竜姫様…」
「いやぁー! 私を見ないで下さいーっ!!」
 相当気にしているらしい。横島が何とかフォローしようとしても、小竜姫は聞く素振りすら見せない。

「天界では、見たことない人の方が珍しいのねー」
「オープン過ぎるにも程があるだろ!」

「そうは言っても竜神族にとっちゃ名誉な事だからね」
「角が生え変わるって事は」

 今度は横島だけの時間が止まった。


「は…?」
「実際、大人の角に生え変わらないと竜神族特有の特殊な術を使えないからねぇ」
「でも、そのおかげで小竜姫は武術だけを突き詰める事ができて、武神とまで呼ばれるようになったのねー」
「それでも、角が生え変わってないってだけでお子様扱いなんだから、竜神族って奴等は」
「そう言う割には、メドーサも生えてない事気にしてるみたいでちゅけど」
「私の場合、元々生え変わっていたからねぇ。今ないのは自分で引っこ抜いたからだし」

「あの…」
「どうしてメドーサは自分で抜いたでちゅか?」
「ん、魔に堕ちる時に昔の自分と決別したくてちょっとな…」
「うんうん、人生色々なのねー」

「いや、だから…」
「でも、何で小竜姫はいつまでもお子ちゃま角なんでちゅかねー」
「さー? こればっかりは体質としか―――」


「どーせ、こんなこったろうと思ったよー!!」
 嘘だ。
 正直彼は期待していた、色々と。










 涙目の小竜姫はおずおずと振り返りこう言った。
「あ、そっちの事だったんですか。私てっきり…」
「「「「てっきり?」」」」
「あぅ…」

 彼女は今度こそ顔を真っ赤にして完黙し、そして横島の鼻血が天高く吹き上がった。



おわるしかない





 

 

 

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代理人の感想
あっはっはっはっは、二段落ちですか(笑)。

しかし、考えてみると小竜姫って「超加速」という本来韋駄天特有の術を使えるんですよね。
メドーサの言によれば竜神族でも彼女達二人しか使えないような珍しい術。
(美神は装具を身につけただけで使ってましたが、あれはまぁ小竜姫のデータが装具にインプットされていたので使えたんじゃないかなとw)
それを身につけた理由としてこの話のように「実は小竜姫は竜神族固有の術が使えない」からだというのは割とありそうな話かもしれません。