過去からの招待状 4


「しっかし、こんなへんぴなとこに住んでるなんて…魔族の感性はよーわからん」
 自分が半魔族である事を棚上げしてぼやく横島。
 確かに妙神山は別として、あまり都会から離れた事のない横島には魔族が隠れ住むという小屋へと向かう山道は人外魔境と言える。

 妙神山とどう違うと言うのか?

 言うまでもない、小竜姫、パピリオ、メドーサ、ヒャクメの待つ妙神山とどこの馬の骨かもわからぬ魔族の住む小屋、比べるまでもない。


「だいたいルシオラ達以外の魔族の知り合いなんてロクなのいねーぞ、ワルキューレがこんな山奥に隠れてるわけないし…」
 このまま山を登るのはやめて帰ろうかという考えが一瞬頭をよぎるが、猪場に会っておけと言われた以上ここで帰るわけにはいかない。
 この山は猪場、高松が『共存』という理想を実現するために現実を変えるべく長い時間をかけて一歩一歩進めてきたのだ、彼の言葉にはそれだけに信頼できるものがある。
「…そもそも、なんで隠れてるんだ? この山の人間は妖怪を受け容れてるんだ、わざわざ隠れる事ないのに」
 土着の者がほとんどの妖怪と異邦者である魔族は根本的部分で少し違うのだが、横島はこのあたりを理解できていないらしい。


「まぁ、まだ見ぬねーちゃんって可能性もあるしな…いや、きっとそうに違いない!」
 そう言って自分を奮い立たせると横島は先程よりも軽い足取りで山道をスキップしつつ重力を感じさせない軽やかさで登りはじめた、相変わらず妙なところで器用な男だ。








「我、魔界へと舞い戻るためここで力を貯える者なり」
「誰だ貴様」


 小屋に隠れ住んでいたのは、袖のないジャケットを羽織り、翼を生やしサングラスで目を隠しているにも関わらず怖面とはっきりわかる大男…かつて、デミアン、ベルゼブルと共に令子を狙って…くるはずだったがワルキューレに狙撃された魔族だった。
 当然、横島も完全に忘れている。





 その頃、東京に向かった猪場は会議に出席すべくGS協会へと車を走らせていた。
 今日の会議で件の山を人間に追われた、人間と敵対する気のない妖怪達の保護区としたいが、今のままではそれもうまくいくかわからない。
 理由は簡単だ。妖怪の保護区ができるという事はすなわち民間GS全体の不利益となるという事。結果的に仕事が減る事が容易に予想される。
 確かにアシュタロスとの戦い以降、人間と神魔族との関係は変わりつつある。妖怪との関係も例外ではないが、それでも妖怪との共存に関してはいまだ抵抗が強かった。
 今までのGSの仕事に対する意識というのは言葉は悪いが「駆除」だ。人類に仇なす悪を討つと言えば聞こえがいいかも知れないが、実際のところその対象に対しては農作物にたかる害虫に対して農薬を撒くのと大して変わらない感覚で仕事をしている。

 しかし、ここで人間と妖怪の共存等という話が出ればどうなるだろう?

 今まで「害虫」として駆除してきた者達が「隣人」になる。退治する事が「殺人」と同じ重みを持つようになる。これもまた共存を拒む者達の論拠の一つである事は間違いない。

 猪場はこのあたりの事は仕事に対する考え方次第だと考えていた。
 妖怪達を一塊として考えるのではなく多種多様な者がいると考える。種族の問題ではない、言うなれば「人間性」の問題だ。
 人間の中にだって良い者もいれば悪い者もいる。それを判断する者の価値観で良い、悪いが逆転する事も珍しくはないが、世間一般、人間の法から見て悪い者と言われる者達は罰せられる。それは妖怪達も同じだ。悪い者と言われる者達を罰する、それがGSの仕事だと…それが猪場の考え方だ。
 ただ、問題はその良い、悪いをどう判断するかにある。現に山に逃げ込んだ妖怪達の中には人間に悪い者と判断され棲み家を追われた者達がいる、猫叉の美衣が最たる例であろう。
 しかし、彼女は悪い者であろうか? 猪場はそうは思わない。彼女はただ子供と静かに暮らす事を望んでいただけではないか。
 神族はともかく魔族となると更に偏見、価値観の違いは酷くなる。
 根本的な価値観の違い、人間と人間以外の共存にはまだ高く厚い壁が立ち塞がっていた。

 ここで断っておくが、個人レベルで特定の妖怪と友好関係を結ぶ例は決して珍しい事ではない。有り触れているとも言わないが。
 そういった者達は大抵「変わり者」として異端視される。かく言う猪場も現役時代は異端視された一人だ。そんな彼がGS協会の幹部となれたのはひとえに「人間以外」相手の交渉において彼以上の適役者がいなかったためだ。

「さて、ここからが正念場か…」
 GS協会に到着した猪場は襟を正してその門を潜った。






「クックックッ…マスク・ザ・ジャスティスとやら、貴様が加勢に来たところであまり意味がなかったようだな」
 一方、デミアンに追われる雪之丞を助けるべく颯爽と現れた西じょ…もといマスク・ザ・ジャスティスだったが、雪之丞と二人掛かりで攻撃しても擬体の怪物の中に隠れたデミアンの本体に対し碌にダメージを与えられずにいた。

「ハァ、ハァ…奴は不死身か?」
「不死身じゃねぇが…あの体のほとんどがダミーだ、奴の本体の入ったカプセルがあの中のどこかにあるはずなんだが…」
「それを見つけない事には話にならんと言う事か、クッ…ここに冥子君がいてくれれば霊視で本体を捉える事ができるのに」
 とは言えこの場にいない人間を頼りにしても仕方がない、二人は防戦に徹しながらチャンスを待つが、当のデミアンが何故か動こうとしない。

「来たか、今の私はオカルトGメンの協力者だ…当然、敵を討つのもオカルトGメンと協力せねばな!
「「!?」」
 雪之丞とマスク・ザ・ジャスティスが周囲を見回すとデミアンの方にばかり意識を集中させていたためか何時の間にか武装したオカルトGメンに包囲されてしまっている。

「貴様等は何者だ!」
 オカルトGメンの指揮官が二人に問い掛ける

「どう見ても西条先ぱ…」
「シッ! それは黙ってろ!」
 オカルトGメンの中にも「様式美」に対し敬意を払う者がいるようだ。

「人間同士の戦いが拝めるとはな、たまには人間と手を組むのもいいもんだ」
「チッ!」
 舌打ちして身構える雪之丞を制するようにマスク・ザ・ジャスティスが一歩前に出る、そして意味はないがヒーローらしい格好良いポーズをとるとこう叫んだ。

「どこの誰だか知らないけれど、誰もが皆知っている! そう、僕の名はジャスティス! 覆面の快傑 マスク・ザ・ジャスティスッ!!

 周囲が呆気にとられる中、マスク・ザ・ジャスティスが雪之丞に視線を向ける。それは如実に「さぁ、君もヒーローになるんだ!」と特撮ヒーローのキャラクター商品のCMのように雪之丞に語り掛けている。

「えーっと、その…そうだ! 戦場を駆ける黒き閃光! 敵か味方か、謎のヒーロー ダテ・ザ・キラーッ!!

 雪之丞がそう叫んだ直後、何故か二人の背後にやけにカラフルな爆炎があがった。
 オカルトGメン達の目は点となり、デミアンから生えた擬体のアゴもカクーンと落ちる、そんな中雪之丞は

「ちょ、ちょっとイイかも…」

 新たな世界を垣間見ていた。



 そして、雪之丞を追って最寄りの駅まで辿り着いていたかおりは

「…何故かしら? 今、雪之丞に奥義を叩き込みたくなったわ」

 怒っていた。






「少年よ、如何した」
「…今、友人がどこか遠くに逝ってしまった気がした」
 その余波は山奥の横島の元にまで届いていたようだ。

 小屋の中に招かれた横島は茣蓙を敷いて質素な木製の床の上に胡座をかいている。
 生活臭は皆無に等しいが、横島はどこか心地よさを感じていた…そう、この小屋の中の空気はどこか魔界に近い。半魔族の横島の体はその空気がよく馴染むようだ。
「それはともかく、魔界に戻るってどういう事だ?」
「言葉の通りなり」
「いや、戻りたいなら戻ればいいじゃないか」
「………」
 横島の言葉にその魔族は言葉で答える代わりに少し体をずらして自分の背後にある黒色の球体を横島に見せる、傍目には球体に見えるが球、いや物体ですらない、宙に浮かぶそれは闇が凝り固まったようなモノだった。
「それは?」
「魔界へと繋がるゲートなり、我ゲートを潜り魔界へと帰還する事を望むが力及ばず、高松殿の厚意によりここで力を貯え今に至る」
 横島はそれを見て理解した、この小屋の中の心地よさは魔界に似ているからではない、この小さなゲートから魔界の空気そのものが溢れ出しているからだと…同時に自分の体がそれだけ魔族に近付いている事に思わず苦笑してしまった。
「…要するに、お前はここで徐々にこのゲートを広げてるという事か?」
「うむ、あと幾ばくかの時で我が潜る事のできるゲートが完成しよう、我が魔界の地に降り立つのも近いなり」
 そう言って満足そうに頷く魔族、こちらに対し敵対する意志もないようなので横島は一番大事な事を聞いておく事にする。
「…お前が魔界に帰った後、そのゲートはどうなるんだ?」
「我に恒久的なゲートを作る力無し、直に消滅するであろう」
「まぁ、それなら問題ないかな」
 香港での闘いで魔界が人間界を侵食していく様を目の当たりにした横島はゲートが開き続ける危険性を嫌と言う程に理解している。
 魔界の空気、人間の霊力を消耗させる「瘴気」とも呼ばれるそれは人間に対して極めて有害だ。一刻も早くこのゲートは閉じなければならないだろう。しかし人間に敵対せずただ魔界に帰る事のみを願う者を無下に祓う気にはなれなかった。

「なぁ、ゲートが広がればいいんだろ? だったら俺の文珠で…!?」
 文珠でゲートを広げる事を提案しようとした横島だったが、こちらに近付く無数の魔力を感知して慌てて外に飛び出す。
「点?」
 空の向こうからやってくる無数の点、いや…あれは虫?


「この気配…《蝿の王》ベルゼブルなり、懐かしや」
「何だと!?」
 魔族の男にとっては懐かしいかも知れないが横島にとっては宿敵と言ってもいい間柄だ、しかも完全に戦闘体勢、大量のクローンを従えてこちらに真っ直ぐ向かって来る。
「ハッハッハッ どこかで嗅いだ匂いだと思えば貴様か横島! 妙神山と月での借り、まとめて返してやるぞッ!!」
「…やるしかないか」
 横島はベルゼブル相手に白兵戦は不利と思ったのか《栄光の手》ではなく両手にサイキックソーサーを出した。

「久しいな《蝿の王》」
「そうか、ゲートを開いていたのは貴様だったのか…まぁいい、引っ込んでなこれは俺とそいつとの問題だ」
 そう言ってベルゼブルの群の中の一匹が横島を指差す、随分と恨まれたものだ。


「先程、お主のクローンが散開してゆくのが見えたが…?」
「なぁに、ついでだよ…ここにゃ人間やら妖怪が多いからな、ちょっと栄養補給をしようと思って…!?」
 言い終わる前にベルゼブルの群の一角を業火が突き抜ける、魔族の男が吐いた炎が先程まで喋っていたベルゼブルを周囲の数匹ごと焼き尽くしたのだ。
「な、なにしやがる!」
「我、人間と馴れ合う気など持たぬが義理という物は知っている…一対一の決闘をしたいというなれば邪魔はせぬが、この山の者達の命を狙うと言うならば…義によってこの少年の助太刀をするなりッ!!
「単純バカが俺を敵にまわすだと…? 身の程ってヤツを教えてやるぜッ!」
 そう叫ぶと同時にベルゼブルの群は横島達の周囲を取り囲んだ。

「クッ…早くこいつ等を片付けないと皆が…」
「焦るべからず、《蝿の王》は片手間に戦える程、柔な相手ではなし」
 残された猶予は僅か、人と妖怪が共に暮らす楽園が今、戦場と化す。




つづく