過去からの招待状 6


「投票の結果…賛成4票、反対4票、無効票2票…」
 議会の進行役の役員が投票の結果を読み上げていく。猪場の必死の説得の甲斐あって妖怪達の保護区を作る議題に対する賛成派と反対派を同数にまで持ち込む事ができたが、このままでは議題は可決する事なく棄却されてしまうだろう。
 これまでかと猪場が顔を伏せたその時、大きな音を立てて議場の扉が開かれた。
「その議決、少し待って頂きましょうか」
 扉を開き議場へと入って来たのは先日、GS協会に呼び出され幹部招聘を受けた男。
「か、唐巣君。急に何だね!」
 そう、唐巣神父だ。
「そうだぞ、新参者の君が議場に乱入して…一体何のつもりだ!?」
 反対派の中心として先程まで猪場と舌戦を繰り広げていた男が唐巣を指差し怒鳴りつける。しかし、唐巣とて幾度となく修羅場を潜り抜け、今なお現役のGSだ。その程度で怯みはしない。
「それはこちらの台詞ですよ。私は既に幹部招聘を受けた身、当然私にもこの会議に参加し、投票する権利があるのではないですか?」
「グッ…ならば君はどちらに投票すると言うのだね」
「私は…賛成に一票を投じさせて頂きます」
「バカな! 我々は霊障から皆を守る事を使命とするGSだぞ? それが妖怪を保護する等、本末転倒ではないかッ!!」
 その言葉に他の反対派の議員達も尤もだと頷く。しかし、唐巣は議場の中心へと歩を進め、皆へと語り掛けた。自分の見て来た全てを。年若いGS道を歩もうとする者達を。その中の心優しい一人が一人の魔族と出会い、別れ、傷ついた事を。 当然、GS協会の幹部である彼等は当然その事は報告として知っている。しかし、唐巣はこの中で唯一横島を直接知る人間だ。それだけにその言葉には重みがある。
「貴方の言う通り我々は霊障から皆を守る事が使命です。しかし、妖怪の全てが霊障を起こす訳ではありません。その事を忘れてしまっているのではないでしょうか?」
「だ、だからと言って猪場君の言う事は一朝一夕でできる事ではない! この日本だけでもどれだけのGSがいると思っているんだ!? 君の弟子の様なGSだって大勢いるんだぞ!!」
 唐巣は自分の不肖の弟子について言及されても表情を変えずに更に続ける。
「勿論そんな事はわかっています! だからこそ、我々GS協会が率先して第一歩を踏み出すべきではありませんかッ!?」
「!!」
 反対派の議員だけでなく、議員の皆がざわめき出した。
「それでも彼は今、前に進もうとしています。そして我々よりもずっと先を進んでいます。我々も…そろそろ前に進むべきではないでしょうか?」
 そう言って言葉を区切った唐巣は瞳を閉じた。
 その後、異例の再投票が行われ保護区の議題が可決される事となる。それだけ唐巣の言葉が皆の心を打ったと言う事だろう。



「唐巣君、感謝するよ」
「いえ、彼に恩のある者としてできる事をやったまでです」
 そう言って唐巣は静かに微笑んだ。





「ボクが守るんだ、母ちゃんを、皆を!」
 一方、保護区となる事が決まった山はいまだベルゼブルに覆われていた。
 微かな匂いを頼りに母を探し森の中を駆けるケイ。薮の中に全身が隠れてしまっているためか、今はまだベルゼブルに見つかってはいない。
 皆を守ると意気込んではいるものの、能力的には全体的に妖力の低いこの山の妖怪達の中でも最底辺に位置しているケイ。もし、ベルゼブルに見つかればひとたまりもないだろう。
 しかし、人狼族や妖狐に劣るとは言え獣の変化としての超感覚を持つケイにとって、母親を探し出す事はさほど難しい事ではない。彼がまだ子供であるにも関わらずだ。
 しかし、子供であるが故に

「母ちゃん!」

 母の姿を見つけ、思わず大声を出してしまったとしても、誰も責める事はできないであろう。


「お、そんな所にも一匹隠れてやがったか」
「ケイ!? 逃げなさい!!」
 美衣はベルゼブルが現れてからずっと人間や妖怪達の避難の誘導に徹していた。ベルゼブルが魔族である事を知らない美衣は如何に危険な相手であろうとオカルトGメンの手の者であれば麓の町まで逃げれば流石に襲ってはこないだろうと考えたからだ。
 美衣はこの戦いは山の土地を巡る戦いだと思っているのだ。GS協会とオカルトGメンの代理戦争と化していた事など知るはずもない。だからこその判断だったのであろう。
 事実、ベルゼブルの群は町までは行かずにこの山を取り囲んでいる。普段のベルゼブルならば町も無差別に攻撃していたであろうが、仮にもオカルトGメンと協力している以上彼等を敵に回す様な行動は避けたのだ。
 無論、ベルゼブルはまだデミアンと共に契約を交わした男が逃げ出した事は知らない。知っていればまた別の行動を取っていたであろう。

「オイラは逃げないぞ! 兄ちゃんみたいになるんだ!」
「勇敢だな小僧。褒美にお前から俺の餌にしてやるぜ!」
「ケイ!」
 数匹のベルゼブルがケイに狙いを定めて襲いかかった。美衣は自分の危険も省みずに駆け出し、ベルゼブルの群を突っ切ってケイを抱きかかえる様に庇う。
「ほぅ、親子愛ってヤツか? いいねぇいいねぇ…どこまでもつか試してやるぜ!!」
 笑い声を上げながらベルゼブルはケイを庇う美衣の背に攻撃を浴びせ続ける。
「あぅ!」
「か、母ちゃん! こいつらはボクが!」
「…ダメよ、おとなしくしてなさい」
 とことんいたぶる事にしたのか、ベルゼブルの攻撃は致命傷には程遠い、しかし決して軽くはない傷を負わせていく。
「ハッハッハッ、苦しいだろ? そのガキを差し出すって言うなら、お前だけは助けてやってもいいぜ?」
 いやらしい笑みを浮かべるベルゼブルに対して美衣は気丈にも睨み返した。誰が我が子を差し出すだろうか。答えるまでもなく答えは否だ。
「…気に入らねぇな」
「ケイ、私が奴を食い止めている間に貴方は逃げなさい」
「母ちゃん!?」
 刺し違えてでも我が子が逃げる時間を作る。悲壮な決意を秘めて美衣は立ち上がるが、ベルゼブルとてそう易々と目の前の獲物を逃がすつもりはない。
「二人纏めて貫いてやるぜッ!!」
「させないわ!」
 ベルゼブルが美衣の腹に狙いを定めて襲いかかって来る。足が竦んで動けないケイは直後に訪れるであろう光景を思い浮かべ目を瞑った。しかし、次の瞬間ベルゼブルの横から一枚の霊符が襲いかかり、それに込められた霊力が爆発を起こしてベルゼブルを吹き飛ばした。
「えっ?」
「だ、誰だ!」
 その怒号に応えるように振り下ろされた薙刀の一撃がベルゼブルの一体に止めを刺した。
「弱い者によってたかって…いつかの誰かさんを見ている様で癪に障りますわ」
 そこに立っていたのは弓かおり。いつもの霊衣ではなく普段着のままではあるが、隙無く薙刀と霊符を構えている。
「ざ、雑魚がでしゃばりやがって…一斉攻撃で行くぜぇ!!」
 美衣達の周囲を飛び交っていたベルゼブル達が一斉にかおりへと矛先を変えて飛び掛かって来た。しかし、かおりは動じる事なく数枚の霊符による結界を張り巡らせる。
「ハッ、無駄だ無駄だ。この程度の結界紙切れ同然…」
「でも、数秒の足止めはできますわよね?」
「なっ!?」
 不敵な笑みを浮かべるかおりにベルゼブルは一旦離れて距離を取ろうとするが…遅い。
「かかったわね!」
 その声と同時に愛子の机の上に乗ったタマモがかおりの背後の茂みから飛び出し、全身全霊を込めた狐火を以って結界に群がるベルゼブルを焼き尽くした。
 そう、ケイを追っていたタマモ達は山に入って来たかおりと先に出会い、ベルゼブルに対する囮役を結界の霊符を持つかおりに頼んていたのだ。

「クソッ、こうなったらまずは魔力の供給源を確保してやる!」
 そう捨て台詞を残して狐火を免れたベルゼブル達は山の頂上に向けて飛び去って行く。その言葉に顕著に反応したのはタマモだった。横島の腕が魔族化している事を知るタマモは魔力の供給源=横島と考えたのだ。
「二人を早く学校に! 私も入ってヒーリングするから、愛子とかおりはあの蝿を追って!」
「退ける事ができたのですから、わざわざ追わなくても…」
「横島が猪場のおっさんに言われて山奥に行ってるのよ!!」
「「!?」」

 愛子とかおりに状況を理解させたタマモは、続けて美衣に抱かれ俯いたままのケイに声を掛ける。怒られると思ったのかケイはビクッと肩を震わせて顔を上げた。怒鳴り付けてやろうかと考えていたタマモだったが、ケイのその表情を見ると怒る気も失せてしまったようで、努めて静かな口調で話し掛けた。
「…あんたもこれでわかったでしょ? ごっこ遊びなら他所でやんなさい」
「遊びなんかじゃ…!」
 ケイはタマモの言葉にすぐさま反論しようとしたが、対するタマモはすかさず頭に拳骨を食らわせて黙らせる。
「だったら…本気で強くなんなさい。さっきだって私達が来なけりゃ、あんたのママも助からなかったのよ?」
「!!………ゴメン、母ちゃんゴメンよぉ…」
「ケイ…」
 母親に縋り泣きじゃくるケイを見て言い過ぎたかとタマモは頭を掻くが、美衣はむしろ感謝した様でタマモに何度も頭を下げて、促されるまま愛子の机の中に入って行った。

「はぁー、やっぱガキの面倒なんて柄じゃないわ」
 恥ずかしくて美衣達と顔も合わせたくないと言うのが本音ではあるが、美衣に対しヒーリングをしなければならない上、タマモ自身も妖力を消耗し過ぎてその身体は休息を欲している。
「…なんとか顔合わさないで済む方法考えましょ」
 そう言いつつタマモも愛子の机の中へと入って行った。

「今日は懐かしい物ばかり見て、気が滅入る日ですわね…」
「かおりさん、どうしたの?」
「いえ、何でもありませんわ。急ぎましょう」
 かおりは何かを振り払う様に首を振るとベルゼブルの飛び去った方向へと歩き出すのだった。





 一方、ベルゼブルの本体がいるであろう一団と戦い続ける横島達はいまだ活路を見出す事ができずに消耗戦を続けていた。
「むぅ、流石は《蝿の王》なり。一筋縄では行かぬ」
 連続で火球を吐き続け流石に疲れを見せ始めた魔族の翼は力無く垂れ下がっている。
「くー、俺にもっと広範囲を攻撃できる技があったらなぁ」
 両手にサイキックソーサーを展開し、襲い掛かって来るベルゼブルをそれで受け止め、霊波のカウンターを食らわせると言う受け身な戦い方しかできない横島は口惜し気に言葉を洩らした。この様な戦い方では全方向から襲い掛かってくるベルゼブルに対応し切れず、既に全身傷だらけの状態だ。
 魔族化した腕を使おうかとも一瞬考えたが、例え擬態を解いて魔力、霊力共に全開にした所で今望むベルゼブルの群を一気に駆逐する様な霊能が使える様になる訳ではないし、魔族化した腕を使った戦い方は《栄光の手》を使ったそれとさほど変わらない。ベルゼブル単体ははっきり言って弱いため、破壊力を求められている訳ではない以上擬態を解くメリットはほぼ零だと言えるだろう。
 何より、自分一人と隣の魔族の男だけならともかく仲間が何時駆けつけて来るかわからない上、オカルトGメンも近くにいる。腕の事が周囲にばれるのはどうしても避けたい。

 文珠で全周囲に向けて攻撃するか? いや、それではまず自分の身が無事では済まない。自分の掌で発動させて、その効果に方向性を持たせるか? いや、それではある程度の範囲に攻撃できるだろうがあくまで一方向のみだ。その隙を見逃す相手だとは思えない。
 文珠は駄目だ。では霊能ならどうだろう? あの時メドーサは言っていた。霊能を身に付けると言う事は魂に霊力を効率よく使用するための回路を形成する事だと。ならば、自分の意志で使った霊能ではなくともこの肉体を通して発動した霊能ならば、猿神師匠の下での修業を終えた自分ならば使えるのではないだろうか? 実際にサイキックソーサーは元々横島の意志に関係なく心眼が発動させた霊能だが、今は普通に使う事ができるではないか。

 では、かつて心眼がした様に煩悩を集中させて額から怪光線として放つか? だめだ。それでは方向性を持たせた文珠よりも更に範囲が狭い。そもそも、この状況で煩悩を充填しろと言う方が無茶な話だ。
「…いっその事、文珠で超加速して斬って、斬って、斬りまくるか?」
 ポツリと呟いた横島だったが、その直後に絶対に無理だと思って首を横に振る。確かに一度妙神山で超加速の修業をした事もあった…すぐに中止したが。今ストックしている文珠を使って霊力を増せば、もしかしたら自分にも超加速が使えるかも知れない…が、超加速を使用している最中は飛び道具を使おうとしても投げた物まで同じだけ加速する訳ではないために文珠やサイキックソーサーを投げて攻撃という手段は使えなくなり、白兵戦しか攻撃手段はなくなる。その間に無数のベルゼブルの中から本体を叩く事ができれば良いが、できなければ文珠のストックも霊力も尽きて今度こそ打つ手は無くなってしまうだろう。
 何より、猿神は素養はあると言っていたが、実際に使えるかどうかわからぬ超加速を試すのは余りにもリスクが大き過ぎる。


「そろそろ終わりみたいだな…オイ、先にゲートを押さえるぞ。あそこから溢れる魔力があれば俺自らの手で横島に止めを刺せる」
 おそらく今喋っているのが本体なのだろう。魔族の男は翼を大きく広げ本体に向けて火球を放つが、クローンの数体がみずから火球に体当たりし本体までは届かなかった。その間にも本体を含む数体が小屋の中へと向かっている。
 小屋の入り口を守って戦っていた横島達も何時の間にか扉から引き離されてしまい、周囲をベルゼブルの群に囲まれている今の状況ではベルゼブルが小屋に入るのを止める事は不可能だ。

「致し方なし、ここは一旦退こうぞ」
「でも!」
「かの方角に崖ありき、それを背にするならば背後よりの攻撃を無くす事も可能なり」
「…それしかないのか」
 次善の手を考え付く事ができない二人は文珠の攻撃に方向性を持たせて群の一角を崩すと、その隙に魔族の男の言う崖へと走った。
「チッ! 俺は魔力を補給してから行く、お前達は後を追え!」
 ベルゼブルの本体はクローン達に二人を追わせ、自分はゲートから魔力を得るべく小屋の中へと入って行った。



 崖に辿り着き、それを背に戦う二人。ベルゼブルはあらゆる結界をすり抜ける身体を持っているが、岩等のただの物質をすり抜ける事はできない。逆にそれができるならば何かを攻撃しようとしてもすり抜ける事になるのだから当然だ。
「…おい、ベルゼブル強くなってねぇか?」
「ゲートより魔力を得たのであろうて、魔族とは魔界の力を以って真価を発揮する者なれば」
「厄介すぎる!」
 しかし、背後からの攻撃はなくなったがベルゼブルが全体的に強くなり、逃げ場を完全に失ってしまった事を考えると状況は更に悪化したと言えなくもない。


「ククク…待たせたなぁ横島。てめぇは本体の俺自ら殺してやるぜ」
「や、やってみな。カウンターを食らわせてやるよ」
 そう言いつつ横島の頭には今の窮地を脱する手段は全く浮かんでいない。
「へらず口を…」
 本体のベルゼブルが右腕を上げると、本体を含めたベルゼブルの群が渦を描き始める。
「数匹殺した程度じゃどうにならんぞ。これで一気に決めてやる」
「我が肉体、故郷の地を踏む事も叶わず朽ち果てるか…無念なり」
「そらよっ!」
 渦を描くベルゼブルの群はさながら巨大な錐の様に横島達を目掛けて襲いかかって来る。サイキックソーサーで受け止められるレベルではない。
「しっ、死ぬのか!? 毎日美神さんの折檻に耐え、高速走行中の車から転げ落ちようが、生身で大気圏突破しようが「あー、死ぬかと思った」で済ませた俺が昆虫ごときに!?」
 その時、横島の思考がある一点に辿り着いた。

「…車から転げ落ちた?」

 それだけだったか? いや、違う。
 その後、何かにぶつかって…

「そうだ! あれがあった!」

 横島の瞳が力を取り戻し、ベルゼブルの群に対し身構える。
「思い出せ! あの力を! 韋駄天の力を!」
 横島は瞳を閉じ、己の魂に感覚を集中させ、そして辿り着いた。

「外道焼身! ヨコシマン・バーニングファイヤメガクラーッシュ!!」
「そんな馬鹿なあぁぁぁぁッ!!」
 横島の全身から放たれた霊波のスパークが次々と目前まで迫っていたベルゼブル達を貫いて焼き尽くして行く。かつて横島が瀕死の重傷を負った時、横島に憑依して命を救った韋駄天八兵衛の技だ。
 本体も他のクローン達と一緒に仕留める事ができたようで、山を覆っていたベルゼブル達が消えて行く。
「や、やった!」
 しかし…
「あ、あれ…目の前が暗く…」
「少年よ!」
 力無く膝を折った横島は意識を失って倒れてしまう。
 それとほぼ同時に横島達を追って来た愛子とかおりが茂みから顔を出し、地に伏す横島に気付いて慌てて駆け寄った。
「よ、横島君!?」
「どうされたのですか、横島さん!」
 しかし、横島は応えない。
「少年は《蝿の王》を討ち果たすために力尽きたなり」
「そんな…って魔族!」
「今はそれどころじゃないでしょ!」
 身構えるかおりをたしなめたのはタマモ。結局、顔を合わせずに美衣をヒーリングする方法を思いつかずに美衣達と一緒にいたタマモは、やはり照れ臭くてその場を離れるタイミングを計っていたのだ。そのために外の様子に気付いてすぐさま愛子の机から這い出して来たと言う訳だ。

「まずいわね…魂そのものがかなり霊力を消耗しているわ」
「それでは私が霊波を…」
「駄目よ!」
 かおりがすぐさま霊波を送ろうとするが、それをタマモが止める。タマモはこの場にいる者の中で唯一横島の腕の事を知る身だ。今の横島に下手な手出しをしない方が良いと本能的に悟ったのだろう。
「それじゃどうするって言うの?」
「妙神山に運ぶのよ。今はそれしかないわ」
「ここから妙神山までどれだけかかるか…」
「我にまかされよ」
 その言葉に振り向くと怖面の魔族が立っていた。その顔を直視したタマモはかおりが咄嗟に身構えるのも仕方が無いと思いつつも、その翼ならば何より早く妙神山に辿り着けるのではと考えた。
「…お願いしようかしら? ただし、私達も行くわよ」
「それなら、もう安全だろうし皆を出してから横島君を入れて机を運んでもらいましょう」
 愛子の提案にタマモは頷いた。愛子の机は中に何人居ようと重量は変わらず、外で揺れても中に影響はほとんど無い。横島を安全に妙神山まで運ぶ事ができるだろう。
「…信用できますの?」
 かおりが怪訝そうな視線を向けるが、魔族の男は表情を変える事なくこう答えた。
「我、少年…いやさ、横島にこの命救われし者なり。我が翼を以って無事妙神山まで送り届けて見せるなり」
「嘘…じゃ、なさそうね。どの道他に手はないわ」
「ええ、急ぎましょう!」
 愛子は机の中の人間を外に出して行く。美衣とケイは横島の事を気に掛けていたが、愛子組の皆や山の妖怪達を放っておく訳には行かず、タマモ達に何度も頭を下げて同じく机の中に匿われていた高松と一緒に翼を広げて飛び去る魔族を見送るのだった。

「…母ちゃん」
「どうしたの?」
「ボク、もっと強くなる。本当にもっともっと強くなって、兄ちゃん達みたいなGSになるんだ!」
「ケイ…」
 そう言って走り出すケイ。美衣はその後ろ姿を見送りながら目を細めた。



「…って、かおり! なんであんたまで乗ってるのよ!」
「何をおっしゃいますの? ここまで来て仲間外れなんて許しませんわよ!」
「いや、そういう問題ではなく…」
 タマモが危惧しているのは横島の腕の事がばれる事であって、仲間外れ云々とは全く考えていない。しかい、机を担いだ魔族が飛び立ってしまった今、追い出す訳にも行かずにタマモは頭を抱えた。





「…よかったのか?」
 机を抱えて飛び去る魔族の背を見詰めるダテ・ザ・キラーは、同じく隣でそれを見詰めるマスク・ザ・ジャスティスに声を掛けた。
「オカルトGメンきっての好青年、西条輝彦は見過ごす事はできないだろうね。しかし、今の僕はマスク・ザ・ジャスティス! オカルトGメンとは一切無関係の正義の味方なのさ!」
 その言葉を聞いたダテ・ザ・キラーは予想通りだと笑った。
「なるほどな、それじゃ俺達は怪我人の救助を手伝うとするか」
「うむ、相当な被害が出ただろうからな」
 頷き合った二人のヒーローは皆を救うべく、その目的を災害救助へと変えたオカルトGメンと合流するべく歩き出した。
 できる事ならば夕日を背負いたい所だ。




つづく