10 魔王再臨(前編)


 おかしい。何かがおかしい。
 『宇宙のタマゴ』を抱えたまま、荒れ狂う空を飛び続ける『天智昇』は心の奥に突き刺さる棘のような違和感を感じていた。
 『聖祝宰』の計画を利用し、深く、静かに、秘密裏に進めてきたはずの計画。いざ行動に移せば発覚する事は分かっていたが、それから人間に知れ渡り、人類の敵として追われるまでの流れが異常に早い。
 それに、『聖祝宰』から全く反応が無いと言うのも変だ。彼にとっても、この計画の成否は気になるところのはず。あまり早くに気付かれても困るのだが、ここまで反応が無いと言うのはおかしい。
「まさか……」
 その時、彼の脳裏に一つの考えが浮かんだ。すぐさまそれを否定しようとするが、そう考えれば全ての辻褄が合ってしまう。何度考え直してみても、それ以外の答えに辿り着けない。
 『天智昇』は、わなわなと唇を震わせながら、絞り出すような声で小さく呟いた。

「まさか……この私が、まさか……ッ!?」

 しかし、その呟きは吹き荒れる風の轟音に掻き消されるのだった。


 その頃、天界の『キーやん』は、配下の天使から『天智昇』の動向について逐一報告を受けていた。
 配下の天使は、その表情を窺おうとするが、後光のため顔を見る事が出来ない。
「『キーやん』様、『天智昇』は南極に向かっているようです」
「そうですか……。アシュタロスが拠を構えた地に逃げ込もうとするとは……因果なものですね」
 『キーやん』は、『天智昇』が目指しているのは、かつてアシュタロスの『バベルの塔』があった場所、南緯82度、東経75度の南極大陸の全ての海岸から最も遠い内陸にある『到達不能極』であると読んでいた。地球上で『宇宙のタマゴ』を孵すのに、これほど適した場所は無い。
 遅かれ早かれそこに向かうつもりだったのだろう。そして、今の状況は「早い」はずだ。人間の対応が迅速であったため、『天智昇』もまた早々に南極に向けて逃げざるを得なかったのだ。
「それで、人間は?」
「ハッ、以前の一件で南極を警戒していたらしく、間もなく『天智昇』を捕捉すると思われます」
「そうですか……」
「………」
 その言葉を最後に『キーやん』は黙り込んでしまった。配下の天使はいたたまれなくなり、一礼するとそそくさと退室してしまう。
 一人残った『キーやん』は、その後もしばらくは無言のままだったが、やがてふっと天を仰ぎ、そしてポツリと小さく呟いた。
「……後は、時間の問題ですね」
 しかし、その呟きを聞く者は誰もおらず、空間を包み込む光の中に、ただ溶けて消えて行くのみであった。



 その時、『天智昇』はその動きを止め、滞空したまま眼前の光景を呆然と見詰めていた。
 南極海を埋め尽くす無数の軍艦。ただの人間の兵器ならば、どうとでもなるが、敵が天使である事を知った上で出張っているのだから、当然の如く精霊石弾頭ミサイルを搭載しているだろう。ましてやこの数だ。流石の『天智昇』も『宇宙のタマゴ』を守りながらでは分が悪い。
 何故、こうなってしまったのか。目の前が真っ暗になりながらも、『天智昇』は自問自答を繰り返す。
「……………そうか……やはり、そうなのか!」
 この時、『天智昇』は完全に確信してしまった。
「私が……ッ! 踊らされていたと言うのか!?」
 なるべくしてなった。そんな言葉が彼の脳裏を埋め尽くす。
「私が! 手の平の上で踊る道化だったと言うのか……ッ!!」
 ここまでの流れは、全て誰かに仕組まれていた。そう考えれば全ての辻褄が合ってしまう。
 ここで「人間」の手によって『天智昇』が倒されれば、神魔が争う事なく今回の一件はつつがなく終結するのだ。
 『天智昇』は自分の中で何かが崩れ去っていくのを感じていた。
 自分は本当に踊らされていたのか。人間界ごと、全ての魔を駆逐しようとした自分の意志すら誰かに仕組まれていたと言うのか。
 いや、そうではない。全ての魔を駆逐しようとしたのは、紛れもなく『天智昇』の意志だ。『宇宙のタマゴ』を人間界で孵化させると言う計画を立てたのも、それを実行したのも、全て彼自身だ。
「だが……それすらも……!」
 ただ、それら全てが大いなる計画の一部として組み込まれていたのである。

 ならば、一体誰がその計画の青写真を描いたと言うのか。

「貴方なのか……貴方だと言うのか、最高指導者ァッ!!」
 『宇宙のタマゴ』を抱える腕に力を込め、天よ裂けよと言わんばかりの呪詛を込めた声で叫ぶ『天智昇』。
 正確には『キーやん』が何かをした訳ではない。むしろ、彼は何もしていない。
 そう何もしなかったのだ。『天智昇』が魔界に侵入し『宇宙のタマゴ』を強奪させた時も、『聖祝宰』が人間界の魔属性の者達を襲撃させた時も、その裏で創世の計画を進行させていた時も、そして、『天智昇』が『宇宙のタマゴ』を持ったまま行方をくらませた時も、彼は何もしなかった。
 『天智昇』は知らない事だが、この間に『キーやん』がした事と言えば、天使襲撃によって自宅に被害を被った横島の下へ、事情を説明するためにヒャクメを派遣するよう命じた事ぐらいだ。少々過剰な対応かも知れないが、天使により被害を受けたと考えればそう不自然な事でもない。
 だが、結果としてそれが横島以外――令子、エミ、六道夫人にも『天智昇』の存在を知られる切っ掛けになり、瞬く間に彼の名は人類に知れ渡った。「人類の敵」として。

 糸が切れたマリオネットのように、フッと力が抜けたように、『天智昇』は弛緩した手足を降ろす。
 こうしている間にも周囲の軍艦はじょじょに包囲を狭めて彼に迫っていた。
「ク……クククッ……」
 伏せた顔の下から、地の底から響いてくるかのような声が零れる。
 そして彼は大きく翼を広げ、両腕を広げ、天を仰ぎ、両目を血走らせて叫んだ。
「フ……フハハハハハッ! 愚かなり、『キーやん』! 貴方の計画には埋めようの無い穴があるッ!!」
 そう言うやいなや、『天智昇』はその手に持った『宇宙のタマゴ』を手放してしまった。
 周囲の軍艦からもそれは確認出来たが、突然の事のため対応する事が出来なかった。彼等の目的は『天智昇』自身ではない。『宇宙のタマゴ』を奪取し神族に引き渡すか、或いは破壊してしまわなければ地球が滅んでしまうのだ。
 しかし、そんな彼等をよそに落とされた宇宙のタマゴは海面に落下し、そのまま海中へと沈んでいく。
 海中に沈んでいくタマゴを見送った『天智昇』が、顔を上げて周囲に迫る軍艦に目を向けた。
「どこでも良いのだよ……! 『宇宙のタマゴ』を孵すのは、地球上であればどこでも……!」
 たとえ海中であろうとも、人の手に渡らなければ問題は無い。タマゴと言っても、そこまで柔なものではなく、空中から海面に落とす衝撃程度で壊れるものでなかった。仮に軍艦に魚雷が積んであったとしても、自然に沈んで行くだけの小さなタマゴを狙い撃つ事は出来ないだろう。

 タマゴを守りながらでは分が悪かった。精霊石弾頭ミサイルを喰らった場合、『天智昇』自身が無事だとしても、タマゴの方が保たないからだ。
「試してみるか、人間ども。天使長に次ぐ力を持つこの私に、そのようなオモチャが通用するかどうかを」
 だが、タマゴを守ると言うハンデがなくなった時点でその力関係は逆転する。
 当初の計画とは異なってしまったが、結局はタマゴが孵化するまで人間の手に渡さなければ良いのだ。それが南極の『到達不能極』である必要は無い。
「悔い改めよ、咎人共がッ!!」
 『天智昇』の翼に光が集まったかと思った次の瞬間、メッシャーとは比べ物にならない大きさの熱線が放たれ、『天智昇』の視線の先にある軍艦の一隻を貫いた。その一撃で軍艦は中枢部を破壊され、沈没していく。
 周囲の軍艦が、すぐさま精霊石弾頭ミサイルで反撃に移るが、『天智昇』はそれすらも次々に熱線で撃墜していった。
「ム……」
 とは言え、四方八方から飛来するミサイルを全て撃墜する事は出来ず、数発のミサイルが『天智昇』に命中、弾頭の精霊石が弾けて大爆発を起こす。
「ふむ、人間のオモチャにしては中々の威力だ。これを喰らえばタマゴは保たなかっただろうな」
 しかし、爆炎が晴れた後、何事もなかったように『天智昇』が滞空していた。傷一つどころか、煤すら付いていない。
 『天智昇』は周囲をざっと見回し、自分を取り囲む軍艦の数を数えようとしたが―――すぐに面倒になって止めてしまった。
「残りは……数えるのも億劫だな。まぁいい、全て沈めてしまえばゼロだ」
 このまま全て沈めてしまうつもりなのだ。わざわざその数を知る必要は無いと判断したのである。

 『キーやん』の大いなる計画における、最大の穴。それは人間の力で『天智昇』に勝てるかどうかだ。
 確かに、人間が『天智昇』を倒せば神魔が争い『聖書級大崩壊(ハルマゲドン)』を起こす事も、神族同士で争う事もなく、今回の一件を終結させる事が出来る。
 包囲網の方を見ると、軍艦はミサイルだけでは埒が明かないと判断したのか、戦闘機を繰り出してきた。しかし、『天智昇』の目には、それらが羽虫程度にしか映らない。
 この埋めがたい人間と神族の力の差。仮にこの場に全世界の霊能力者が集まったとしても、まともな足場もないこの場では、『天智昇』に一矢報いる事すら出来ないだろう。
「下賤な魔王とは違うのだ! この私の計画に隙は無いッ!!」
 翼から放たれる熱線で次々に軍艦を沈めながら、『天智昇』が高笑いを上げる。
 本来ならば、人類はアシュタロスに勝つ事は出来なかった。それぐらいの圧倒的な力の差がある。
 横島達がアシュタロスに勝利する事が出来たのは、ひとえにアシュタロス自身が計画が潰えた時点で尚、圧倒的に優位であったにも関わらず、本来の身体を捨てて自暴自棄気味に「バリアの穴」と「エネルギーを通すパイプ」と言う致命的な弱点を抱えた「究極の魔体」に移ってしまったからだ。
 だが、『天智昇』は違う。計画を無事に遂行し、刃向かう者は尽く蹴散らす力を持っている。いずれ神族が出てくるかも知れないが、その時にはもう遅い。『宇宙のタマゴ』が孵化し、地球ごと地球上の魔が駆逐されるのだ。
「フハハハハハハッ! 脆弱だ! 脆弱過ぎるぞ、人間ども! それで良く、神の加護無しに生きていこうと言う考えに至ったものだ!」
 翼から放たれた二本の熱線が、それぞれ最後の戦闘機と最後の軍艦を貫く。爆炎と共にそれらが海に沈み、再び南極海に静寂が訪れた。
「フッ……所詮は、エデンを追放された者達の末裔か」
 眼下の海面を見下ろしながら、『天智昇』は指で翼を象った眼鏡のズレを直す。
 軍艦の搭乗員達はまだ何人か生き残っているようで、脱出ボートがそこかしこに見える。それを見詰めるレンズの向こうの目には、意外にも侮蔑の色は無い。
 そこにあるのは空虚。ただただ無関心。彼等には、最早海中の宇宙のタマゴをどうにかする術が無い。回収する事も、破壊する事も出来ない、計画の妨げにならないもの。『天智昇』にとって、彼等は最早波の飛沫と同程度の価値しかなかった。



『神の助力なくとも、強く生きていこうとする姿を、愛しいとは思いませんか?』

「―――ッ!?」



 突如、『天智昇』の頭の中に声が響いた。『キーやん』の声だ。
「グッ……ガァッ!」
 次の瞬間、精霊石弾頭ミサイルの直撃を受けてもビクともしなかった『天智昇』が突然苦しみ始めた。
『時が来たのです』
「時……だと!?」
 頭の中に響く『キーやん』の声がだんだんと遠くなって行き、それに伴い『天智昇』の意識が闇に沈んで行く。
 『天智昇』は、『キーやん』の事を甘く見過ぎた。人間の力では『天智昇』に勝つ事が出来ない。そのような事、『キーやん』は百も承知だったのだ。
 人間では勝てない。魔族ではデタントの流れに反する。神族同士では神族の秩序を崩してしまう事になる。ならば、その前提条件を崩すにはどうすれば良いのか。
 その答えがこれだ。

「こ、この私が……!」
『………』
 最早、『キーやん』の声は彼には届かない。
 『天智昇』は自分の身体が、意識が、魂が、蠢く闇の中に飲まれていくのを感じていた。
 彼が「人類の敵」と認定され、本当に人類と戦端を開いた時、こうなる事は確定していたのだ。

「堕ちると……言うのか……」

 『堕天』、それは神属性である事しか許されぬ神族が、魔属性へと堕ちる事。
 かつて竜神であったメドーサが堕天し、魔族の同朋になったように、堕天した神族は、最早神族ではなくなる。





「……時が来たわ」
「姉さん?」
 世界を隔てた魔界でも、白亜の城の玉座に深く腰掛けるルシオラが、時の到来を感じ取っていた。天使長に次ぐ力を持つ天使の堕天。その波動は魔界にまで届いていたのだ。
「おい、ルシオラ! 今の波動を感じたか!?」
 彼女の側に控えていたのはベスパだけだったが、その波動を感じ取ったワルキューレ達が、次々に玉座の間に駆け込んでくる。
 ワルキューレ、パピリオ、ハーピー、魔鈴、勘九朗。グーラーとアン、それに地下で作業中のヌルを除く全員が集まった時、それまで玉座に腰掛けたまま瞑目していたルシオラが、その閉じた瞳を開いて、玉座から飛び降りた。
「皆、行くわよッ!」
「は? 行くってどこに?」
「決まってるじゃない、人間界よ! 『天智昇』のヤツをぶっ飛ばしにねっ!」
「はいぃっ!?」
 ルシオラの言葉にベスパが素っ頓狂な声を上げ、他の面々の目も驚きに見開かれる。
 特にワルキューレと勘九朗の二人が顕著だ。彼女達はルシオラを守るために派遣された身。そのルシオラが自ら人間界に攻め込もうとしているなど、誰が思おうか。
「ちょ、ちょっと待った! 『天智昇』って言ったら天使だから、私らは戦えないじゃん! って、あ……」
 ハーピーがルシオラを止めようと声を上げるが、そこまで言って彼女も気付いた。
 神族と魔族は戦う事は出来ない。だが、堕天した神族は、最早神族ではない。そう、前提条件は崩されたのだ。
 皆もそれに気付いたらしい。全員の視線がルシオラに集まる。
「気付いたみたいね。じゃあ、行くわよ♪」
 その視線を一身に受けたルシオラはニッと笑い、皆の返事も待たずに玉座の間から飛び出した。それからしばし遅れてベスパ達はハッと我に返り、慌ててルシオラの後を追うのだった。

 ルシオラは、そのまま城の外に飛び出すと思いきや、その足は外ではなく城の地下へと向かって行く。その道は、地獄炉がある広間へと向かう道だ。ベスパはヌルを呼びに行くのだろうかと首を傾げた。
 そんな事を考えている内に一行は地下の広間に到着。ルシオラ以外の面々は首を傾げたまま、扉を開いて地獄炉がある部屋へと入って行く。
「は〜い、ヌル。準備は出来てる?」
「これはこれはルシオラ様。準備は万端ですよ」
 そう言って顔を見合わせてほくそ笑むルシオラとヌル。分かっているのは二人だけらしく、ベスパ達はついて行く事が出来ない。
「ちょ、ちょっと姉さん。準備って一体、何の準備だい?」
「何って、地上に行く準備よ。これを使ってね!」
 そう言ってルシオラは、胸を張って背後の地獄炉を指差す。
「地獄炉とは本来、魔界から人間界へと魔力の源を送り込むパイプラインです。これがどう言う事か分かりますか?」
「! そ、そうか! これは地上への直通通路なんだな!?」
「なるほど! それじゃ、これを通れば地上はすぐなんでちゅね!」
 なんと、ルシオラは地上への通路を開くために地獄炉を作らせていたと言うのだ。
「さぁ〜、行くわよ! 私のハニワ兵達、あなた達も付いて来なさい!」
「ぽー!」
 五体の目付きの悪いハニワ兵達の前に立ち、元気良く号令を掛けるルシオラ。彼女の幼児の姿と相まって、なんとも微笑ましい姿なのだが、ベスパ達はその姿に戦慄を覚えていた。
 地獄炉と言うのは一朝一夕で作れる物ではない。今この時に地獄炉の準備が出来ていると言う事は、彼女が早い内から地上行きの準備を進めていたと言う事だ。
 そして、この広間は元々強奪された『宇宙のタマゴ』があった場所。襲撃してきた天使と戦った彼女達は、それまでここに地獄炉が無かった事を知っている。
「ね、ねぇ、ルシオラちゃん。あなた、いつから準備を進めていたの?」
 勘九朗がおずおずと尋ねた。今まで小さな身体の幼児魔王を微笑ましく思いながら見てきたが、もしかしたら自分は『魔王ルシオラ』を甘く見ていたのかも知れないと思えてきたのだ。
「そりゃもちろん、『宇宙のタマゴ』を奪われてからよ」
 対するルシオラはあっけらかんと答えた。つまり、天使の襲撃があった後、すぐに準備を開始したと言う事である。
「どうして?」
「『宇宙のタマゴ』の使い道を何通りか考えてみたんだけどね、その中でも最悪なのが今のパターンだったのよ」
「創世を利用して、人間界を押し潰すと言うヤツですね」
 魔鈴の言葉にルシオラはコクリと頷いた。
「ま、私は『宇宙のタマゴ』については、アシュ様の次に詳しいから♪」
 そう言ってけらけらと笑うルシオラ。
「ほら、行くわよ!」
 無邪気な笑顔で地獄炉の蓋を開き、目付きの悪いハニワ兵達を引き連れて直通通路を通って地上へと向かって行く。パピリオ達もそれに倣って後に続いた。
 最後に残ったベスパは、地獄炉を潜る前に動こうとしないヌルの方に視線を向ける。彼はここに残るつもりらしい。ヌルの方もその視線に気付き、残る理由を話し始めた。
「私は障気が地上に行かないように、こちらで地獄炉の操作を続けなければなりませんので」
「あ、ああ……後は頼んだぞ。≪荒天の有翼虎≫様が周辺を警戒しているから、反デタント派が攻めてくる事は無いと思うが……」
「ご安心を。そんな詰まらない事をして、世紀のショーを見逃す者などおりませんよ」
 そう言って恭しく一礼するヌル。ベスパは「世紀のショー」と言う言葉に首を傾げながらも、このままではルシオラに置いて行かれてしまうため、慌てて地獄炉に飛び込んだ。



 一方、人間界の横島はと言うと、テレサ、冥子を連れて空を飛ぶ目付きの悪いハニワ兵の後を追っていた。
 令子達と違い、人を使って情報を集める事に関しては何も出来る事の無い彼等は、六道邸で冥子の遊びに付き合っていたのだが、中庭で一つのベンチに並んで腰掛け、冥子にせがまれてテレサが絵本の読み聞かせをしていたところ、ずっと横島の周りでおとなしくしていた目付きの悪いハニワ兵が突然両目を強く輝かせ、ロケット噴射でどこかに飛んで行ってしまったのだ。
「ねぇ、アイツ……ウチの方に飛んで行ってない?」
「あ、やっぱり? 帰巣本能か?」
「待って〜〜〜」
 横島とテレサは自前の足で、冥子はインダラに乗ってハニワ兵を追い掛ける。時速300キロメートルで走ると言うウマの式神インダラならば追い付けたかも知れないが、冥子単独で追うなど危険極まりない。
 横島が冥子に頼んでインダラ、或いはトリの式神シンダラに乗せてもらうと言う方法もあるのだが、そんな事も思い付かないまま、追跡は続いていく。
「やっぱり、ウチよ!」
 結局、横島達が追い付く事のないまま、目付きの悪いハニワ兵は横島の家に到着し、煙を噴きながら着地した。片付けの作業をしていたカオス、マリア、それに他のハニワ兵達も何事かと目付きの悪いハニワ兵を見ている。
「な、なんじゃ一体」
「……ドクター・カオス。高エネルギー体が・近くに」
「なんじゃと!?」
 皆が目付きの悪いハニワ兵に注目する中、マリアだけが強い力を持つ何かの接近に気付いていた。
「おーい! ハニワ兵がこっちに来なかったか!?」
 丁度その時、横島達が到着するが、マリアが感知したエネルギー体は彼等ではない。

 次の瞬間、庭の地脈発電機があった大穴から突如光が溢れ出した。
「お待たせ、ヨコシマ!」
 そして次々に飛び出してくるルシオラ、ベスパ、パピリオ、ハーピー、魔鈴、ワルキューレ、勘九朗。不意の来訪者に横島達は、誰一人として反応する事が出来なかった。
「な、なに? え、何?」
 横島が状況が理解出来ずにキョロキョロしている内に、ルシオラが彼に飛び付いた。
 首に手を回し、小さな身体で頬を寄せて抱き着く。そして、失った半身を取り戻すのだと言わんばかりに強く抱き締めた。
「ル、ルシオラ……なのか?」
「そうよ! ヨコシマ!」
 感動の再会―――のはずだった。

「なんで縮んどるんじゃぁーーーッ!?」

 ルシオラに抱き着かれたまま天を仰いで絶叫する横島。もしかしたら、『天智昇』以上の呪詛が籠もっていたかも知れない。
 気にしていた事をダイレクトに指摘され、ルシオラも負けじと反論する。
「しょうがないじゃない! 復活出来ても力が足りなかったんだから!」
「そ、それは、そうかも知れない……しかし……!」
 と言いつつ横島は涙を流していた。嬉しくない訳が無いのだ。魔族化した彼の半身もまた、ルシオラとの再会を喜んでいる。横島もまた彼女の背に手を回し、いつしか彼もルシオラを強く抱き締めていた。
 その二人の姿に周りの面々は何も言う事が出来なかった。パピリオは嬉しそうに満面の笑みで二人の姿を見守り、ベスパは涙ぐんでいる。ベスパの隣に立っていたワルキューレは、そんな彼女にそっとハンカチを差し出したが、ワルキューレ当人も、必死に涙を堪えていた。
「うんうん、良かったじゃん」
「そうですね……やっと、再会出来たんですね」
 特に、ルシオラが復活した当初から彼女の手紙を届けたりと二人の間に立っていた魔鈴は感無量である。
「なんだかよく分からないけど〜、横島君〜嬉しいのね〜」
「あたし、こう言う話に弱いのよ……」
 感動屋の冥子に至ってはうるうると涙を流していたが、それ以上に大泣き状態になっていたのは、意外にも勘九朗であった。こう言うシーンにはとことん弱いらしい。

 そして、渦中の二人はと言うと、周囲の反応などおかまいなしであった。傍目には横島が子供を抱き上げているように見えるが、そんな事は些細な事だ。
「ルシオラ……良かった。本当に良かった……」
「ヨコシマ……」
 かつて世界の命運を賭けた戦いの中で二人は絆を育み。今は同じ魔力を分ける双子の関係にある。また、魔族化した横島の半身にとっては、その元となったルシオラは親も同然と言えた。
 すなわち、恋人であり、姉弟であり、母と子でもある不思議な関係。
 世界を隔て、離れ離れになっていた二人が、今ここに再会を果たしたのだ。






つづく



あとがき
 天界、魔界についての各種設定。
 神魔族に関する各種設定。
 地獄炉に関する各種設定。
 宇宙のタマゴと、それを用いた創世に関する各種設定。
 これらは『黒い手』シリーズ独自の設定です。ご了承ください。

 なお、『聖祝宰』、『天智昇』の名前、及び外見は『ビックリマ○2000』からお借りしております。

 

 







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代理人の感想
・・・・・・・・・・・・本当、長かったですねぇ。
このサイトに投稿されてからでも丸六年。
それ以前の別サイトの掲示板で連載していた時から考えれば、もっとになりますか。
最初とは言わずとも、かなり初めのうちから追いかけてきた人間としては、中々に感慨深いところですね。

さて、次回いよいよクライマックス。
一体いかなる結末が待っているのかっ!

・・・まさか前後編の予定が前中後編、完結編、完結編
123と次々に伸びたりはしない・・・ですよね、うん。まさかね。


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