ぷちルシちゃんの挑戦 1


「姉さん、拙い事になったね」
「ええ、このままではいけないわ」
 やはり、妙神山での修業の様子もベスパの眷族を通じて見ていたルシオラ達。
 彼女達は今、かつてない危機に瀕していた。



 ベスパは考える。
 自分はハチミツ、姉は砂糖水。今まで自分達の食事に関して深く考えた事などなかったが、横島達から見れば随分と風変わりに映った事だろう。
 数ヶ月前、横島を連れて妙神山に連れて行った際小竜姫達と夕食を共にしたが、生憎と小竜姫の作った夕食は食べる事ができずにパピリオのために用意されていたハチミツで夕食を済ませた。
 小竜姫にそんな食事でどうやってそこまで育ったのかと問われて、生まれつきだと答えたら随分と恨みがましい目で見られたのを覚えている。


 それはともかく。


 今までは例え人間界で何人かの女と親密な仲になったとしても、横島はルシオラを求めて魔界に来ると信じていた。
 2人の絆を疑うわけではないが、今は不安を抱いてしまっている。

「…こんな味気ない食事しかない所に横島は来るのだろうか?」



 ルシオラも考える。
 先日、レポートを提出するために魔界に戻って来たパピリオが家に泊りに来た。
 その時、姉として背中の1つでも流してやろうかと一緒に風呂に入ったはいいが、

 まぁ、なんと言うか…

 ぶっちゃけ、パピリオはルシオラの想像以上に育っていたのだ。

 小学校で進級した程度の成長だったが、小学生を通り越して幼稚園児になってしまったルシオラにとっては驚異的な成長だ。

 その事をパピリオにそれとなく聞いてみると彼女は笑顔でこう答えた。
 ちゃんと、好き嫌いしないでゴハンを食べてるからでちゅと…



「ねぇ、ベスパ 私達も食事改善をするべきじゃないかしら?」
「姉さんもそう思ったか…」
 二人は顔を見合わせて頷く。
 こうして、二人の挑戦がはじまるのだった。





「とは言え、私達って人間の食事なんて知らないわよねぇ」
「うん、パピリオは妙神山で知ったんだろうが…」
 二人して考え込んでしまう。
 思い出してみれば、横島と逆天号に乗っていた時は横島の食事など気にも留めていなかった。確か「いんすたんと」なる物を食べてわびしいと言っていた気がする。今思えば悪い事をした。


「ハッキリ言って情報が不足し過ぎているわ…」
「助っ人が必要だな」
 魔界で人間の情報を集めるのは至難の技だ。
 ベスパの家はデタントを推進する魔王の領域にあるためそれを専門に研究している魔族も探せばいるだろうが、残念ながらベスパ達は彼等がどこにいるかを知らない。

「あ、魔鈴がいたじゃない!」
「そうかっ!」
 灯台下暗し、隣人 魔鈴こそこの辺りでは最も人間に詳しい者だろう。
 二人はすぐさま魔鈴の家を訪ねるが、



『同窓会に行くので、しばらく留守にします   魔鈴』




 まるで誰かが図ったかのようなバッドタイミング。二人はしばらく開いた口が塞がらなかった。

「パピリオに連絡とって魔鈴を呼ぶ事はできないかしら?」
「いや、前に聞いたが魔鈴はホグなんたらとか言う海外の学校出身らしい。多分、連絡を取るのは無理だ」
「うぅ…」
 仕方なく2人は家に戻る事にした。


「すぐに連絡取れる人間は他にいないし」
「そうなると魔族の中から探さないといけないけど」
 ハッキリ言って思い付かない。
 魔族の中で人間について知っている者と言えば、人間に興味を持って研究している者、或いは人間界で活動するべく訓練を受けた魔界軍の士官、しかも、人間の食事にまで精通しているとなると極一部となってしまう。
 そんな都合のいい知り合いがいるはず…


「あ、いた」


 あったりするのである。





「それで、私を呼び出した訳か」
 翌日、2人が呼び出した相手、それは魔界軍士官のワルキューレだった。
 彼女は人間界への長期潜伏も考慮した訓練を受けており、とてもそうは見えないが一通りの炊事、洗濯、掃除をこなし、魔族である事がバレぬよう人間界の文化にも精通しているとの事。
「ワルキューレは人間の食事についても詳しいでしょ?」
「そりゃ、向こうで生活するために一通り習ってはいるが…お前達は身体構造上、人間と同じ食事は取れるのか?」
「私達は当初、一年限りの使い捨てって造られたから栄養を摂取する必要はほとんどなかったんだけど、人間に近い身体構造だから何の問題もないそうよ」
「パピリオの食事改善のために小竜姫が土偶羅に問い合わせたそうだ。間違いない」
「ふむ、そういう事であれば協力しよう」
 ルシオラ達は思わずガッツポーズを取る。これ以上とない協力者であろう。



「横島の好みに合わせるのだったな? それなら以前おキヌに聞いた事がある。奴は「和食」と言うのが好みらしい」
「ワショク?」
「横島のいる国、日本の郷土料理だ。私も詳しくは知らんがな」
 と言いつつも、それまでは西洋、北欧方面の料理ばかりしていたワルキューレは和食と言う未知の文化に興味を持ったのか、はたまた別の理由があるかはわからないが、現在和食について個人的に調査しているらしい。

「材料はどうする?」
「近くで似たようなのを探せばいいんじゃないか?」
「うむ」
 何かが明らかに間違っている気がするが、三人の中で唯一の料理経験者であるワルキューレが、包丁等を扱う技術はあっても、人間界の食材に関する知識が乏しく、今まで料理する時も名称だけを頼りに食材を揃えていたため、その間違いを指摘できる者は残念ながらいない。
 三人は間違ったまま一つの目的に向けて動き出してしまった。






 その頃、魔界軍本部にある一室では、
「洋食しかできない姉上と違って、僕は妙神山での生活で和食にも慣れてるし、自分で作る事もできるんですけどねぇ」
 ルシオラ達に思い出してもらえなかったジークがパピリオの書いた絵日記調レポートと格闘していた。まだ翻訳作業が終わっていないようだ。




つづく