女子高生の憂いごと 4


「あいた!」
 突然、頭に受けた衝撃でスリープモードから叩き起こされるテレサ。
 頭を押さえながら起き上がると目の前にエプロンを着けたハニワがいる。横島除霊事務所のハニワ隊リーダーハニワ子さんだ。
 ちょっとおっちょこちょいだけど、気立てのよいお嬢さんらしい。毎日、素肌にエプロン一枚で働くがんばり屋さんだ。

 断っておくが、間違った事は言っていない。


「…何よ、こんな朝早くに」
『ぽー』
「家の前の掃除? そんなの横島にでも…」
『ぽー!』
 最後まで言い終わる前にハニワ子さんの頭突きがテレサに直撃。テレサはそのままハニワ兵達により玄関まで運ばれてしまった。


 玄関に着いたテレサはホウキを渡され、家の前の掃除をまかされる。
 文句の1つも言おうとしたが、一緒に掃除をする2体のハニワ兵の片方、目付きの悪い方の放つプレッシャーに黙らざるをえなかった。

「うぅ…なんで私がこんな事を…」
『ぽー?』
 チリトリを持ったハニワ兵が不思議そうにテレサの顔を覗き込む。こちらは目付きの悪い方ではない。
「そりゃ、雇われたわよ! 姉さんと違って家事に関するデータはないし、人工霊魂よりもサイバネティクスやエレクトロニクスの割合が多いから霊体センサーもなくて除霊の助手も務まらないし…」
 自分で言って落ち込んでしまうテレサ。
 数百年、情報を蓄積して自らを洗練してきたマリアと、実動時間はとても少ない自分。
 ハード面では武装を取り外した今は比べ物にもならず、ソフトウェア面では優れているが、そのせいでこう悩んでいる事を考えれば善し悪しだ。

「あー! 何もかも壊してやりたいわねぇ」
『ぽっ!?』
 テレサの呟きにチリトリを持っていたハニワ兵が驚きの声を上げる。

「や、やーねぇ…冗談よ、冗談」
 苦笑いで前言を撤回するテレサ。
 その背後から目付きの悪い方が背中から伸ばした四つの砲門がテレサの後頭部を狙っていた。
 昨日はハニワ兵を見るだけで怯えていたテレサだったが、この目付きの悪いハニワ兵のおかげで、他のハニワ兵は怖くなくなったようだ。



「コンチクショー! いつか幸せになってやるー!!」
 テレサの本当の人生は始まったばかりだ。
 初っ端から踏み外している気もするが、それは忘れてあげるのが人情という物である。





「おーい、朝飯ができたで〜♪」
 貧乏神が横島を起こしに来た。  流石に昨晩はタマモも横島の布団に潜り込む事ができなかったようで、何のトラブルもなく起きると、横島は着替えて居間へと向かう。

「そーや、横島にちょいと頼みがあるんやけどな」
「なんだ? おかずよこせとか言うんじゃないだろうな?」
「そんなんちゃうわ、愛子はんの方にはさっき話をしたんやけどな」
 次に貧乏神の口から出たのは意外な言葉だった。

「小鳩をしばらくこっちで預かって欲しいんや」


「…はい?」



 横島は居間で小鳩と愛子からも話を聞いてみると、少し成長した貧乏神が金運だけでなく健康運も招く事ができるようになったため、小鳩の母は療養所に入り、本格的に治療に専念する事になったとか。
 当然、健康運を招く貧乏神も付き添うため、アパートの方は小鳩一人となってしまうのだ。
「お前があのアパートにおれば、わいも心配せんかったんやけどなぁ」
「そういう事か…」

「私はいいと思うけど?」
 愛子はあっさりと了承する。
 どうやら愛子は学園ドラマを卒業し、次はホームドラマをやりたいと考えているようで、家族が増える事を純粋に喜んでいる。
「俺も反対はしないけど、ここって学校まで結構時間かかるぞ?」
「かまいません!」
「小鳩のバイト先はアパートよりこっちの方が近いからなー。ここに住むほうが色々と好都合やわ」
 小鳩にとっても学校までの距離などはどうでも良いようで、貧乏神も小鳩をフォローする。

 ちなみに、小鳩のバイトと言うのは六道女学院の近くにある老夫婦が営むパン屋の店員だとか。


「テレサとタマモは?」
「私は反対できるような立場じゃないでしょ?」
 マリアと並んで充電中のテレサはそう答え。
「家の事手伝ってくれて、私の仕事が減るなら大歓迎よ」
 タマモは昨日の残りのいなり寿司を食べながら答える。
 反対する者がいないため、小鳩の下宿はあっさりと決まった。


「横島さん、ふつつか者ですがよろしくお願いします…」
 小鳩は三つ指をついて頭を下げるが、
「ははは、そんな堅苦しい挨拶はいいって」
 横島はわかっていなかった。


「いいなぁ、小鳩さん」
 そんな横島と小鳩の二人を見て、おキヌは少しうらやましそうにしていた。



 愛子、小鳩、ピートの3人は今日は学校に行くつもりらしく、朝食を済ませると後の片付けをハニワ子にまかせて家を出た。
 貧乏神も療養所に向かうために、これに続く。


「わしは『カオス式発電機』の取り付けにかかるが、お主は家におるか?」
 カオスはテレサにかかる電気代を少しでも浮かせるために発電機を設置するつもりらしい。
 早朝のうちにマリアに運ばせたのか、庭に機械類が積まれている。
「いや、俺はGS協会のリストに事務所を登録しないといけないから、タマモは…」
「私、今日はこの周辺を散策するわよ?」
「サンポでござるな? 拙者も付き合うでござるよ」
 シロはサンポのつもりだが、タマモには近辺の地理を把握するという目的があったりする。
「それじゃ、何かわからん事があったらハニワ子さんに聞いてくれ。筆談ならできるはずだ」
「…しょうがないのぅ、お主も早く戻って来いよ」


「私は店があるから朝食が済んだら店に戻るね」
「私も今日は定休日ですけど、魔法薬の材料を採取しに行きますので」
 厄珍と魔鈴は自分の仕事があるので朝食が済み次第帰宅するつもりのようだ。


「それじゃ、私もGS協会へ行く用事があるから。横島君も私の車で乗せていってあげよう」
「唐巣神父、助かります」
 横島は唐巣に教わりながら書類の準備を整え、GS協会へと向かった。

 そして、六道女学院が近いため普段よりのんびりとしていたおキヌは、横島達と同じ時間に学校へと出発した。


 そして、昨日パーティーの途中で眠ってしまったため、愛子達に客間に敷いた布団に寝かされていた冥子は

「…すやすや〜」

 まだ目を覚まさなかった。





 横島は唐巣とはGS協会のビルに入ってすぐのロビーで別れる事となる。
 詳しくは教えてもらえなかったが、唐巣はかなり上の立場の人に呼び出されたらしい。
「それじゃ、俺は猪場さんに…」
 と思って受付に問い合わせてみたが、猪場は休暇を取っているらしく、リストへの登録は天城と言うGS協会の事務員を通して行われた。

 登録自体はすぐに終わったが、唐巣の方は相当時間がかかるらしく、横島は受付に伝言を頼むと、そのまま一人で帰る事にする。
 タクシー等を使わずに駅まで歩いて電車を使うあたりは貧乏であった頃の癖であろう。





「ただいまー」
『ぽー』
 昼前に家に辿り着いた横島はハニワ兵に出迎えられる。
 聞こえてくる金属音を頼りに裏庭へと向い、やけに巨大な発電機を設置しているカオス達を発見した。
「…やけに大きいな」
「おぅ、戻って来たか。見ろ、これが『カオス式発電機』じゃ!」
 カオスに言われて横島は発電機を見上げるが…妙な形状だ。
 一言で言えば巨大な土偶の上半身。どういう方法で発電するかが、形状からは予測できない。

「…実は地獄炉とか言わんだろうな?」
「言う訳なかろう、これは地脈のエネルギーを電力に変える画期的な発電機じゃぞ!?」
「そうなのか? テレサ」
 驚くより先にテレサに問う横島。まったく信用していない。
「一応そうみたいね…私も姉さんもフォローしといたから、爆発の危険性はないわよ。でも…」
 テレサが言葉をつまらせる。
「な、なんかマズイのかよ…」
「発電できる電力、現行の発電機と大して変わらないのよ」
「…あのな」
 少なくとも、テレサにかかる電気代で家計が圧迫される事はないと言う事だろうが、それ以上ではない。
「見かけ倒しだなぁ…」
「まぁ、ハニワ兵は気に入ってるみたいだからいいんじゃない?」
 確かに、『カオス式発電機』の周りにハニワ兵が興味深そうに集まっている。土偶羅の事でも思い出しているのだろうか?

 テレサはやはり目付きの悪いハニワ兵が怖いのか、横島の背中に隠れていた。



「あれ〜? エミちゃ〜んどこ〜?」
 間延びした声が家の中から聞こえてきた。
 どうやら冥子が目を覚ましたようだ。
「エミさんなら昨日の晩に帰ったっスよ」
「え〜? どうしよ〜、困ったわ〜」
 間延びした声のせいか、あまり困っているようには見えない。
「どうかしたの?」
「あのね〜、クラス対抗戦の〜ゲスト審査員を探して来い〜って、お母様に頼まれてたの〜」
「ああ、それでエミさんに」
「どうしよ〜、もうお家に帰らないといけないのに〜」
 横島はここで嫌な予感がして、そろりそろりとその場を離れようとするが、
「そうだわ〜、横島君が来てくれない〜?」
 サンチラが足に巻き付いて来た。

「いや〜、俺は新米だから
 まだそんな所に顔なんか出せないよ〜」
「お願い〜」
 ショウトラが横島の服の裾を咥えて離してくれない。

「でもねぇ…仕事がくるかもしんないし」
「このまま帰ったら、お母様にお仕置されるわ〜。冥子を助けると思ってお〜ね〜が〜い〜」
 残り全部が出てきて横島を引き止めた。
 薄情にもテレサは既に逃げ出している。

「横島くぅ〜ん」
「わかった! 明日、ちゃんと行くから!!」
 冥子の目に涙が浮かんで来たので横島はあっさり折れる。
 せっかく手に入れた屋敷を破壊されてはたまらないし、土偶型発電機を破壊されたら、カオス謹製の代物だ。メルトダウンでも起きかねない。

「よかったぁ、それじゃ〜明日の打ち合わせに行きましょ〜」
「お昼ご飯食べてからね〜」
「は〜い」
 こうして、なし崩し的に横島が六道女学院のクラス対抗戦に特別審査員として参加する事が決まった。


 こうなっては逃げ出しても後が怖いので覚悟を決める。
 前に令子が特別審査員として参加した時は特にコメントを求められるわけでもなく、ただ見物していただけだった。
 座っているだけなら横島にでもできるはずだ。

 昼食を食べ終えた横島は、自分にそう言い聞かせつつ冥子を連れて明日の打ち合わせのために六道夫人の元を訪ねたが、





「明日は〜趣向を凝らして〜、特別審査員対生徒達の〜、特別試合を行いますから〜」



 横島は逃げ出した。
 しかし、回り込まれた。




つづく