女子高生の憂いごと 6


 クラス対抗戦当日。

 既に「クラス対抗」でない事も、横島の事も全校に知れ渡っていたため、観客席には噂のGSを一目見ようと全校生徒のほとんどが集まり、見事なまでの満員状態だった。

「皆。暇なんだなぁ…」
 妙神山で使用していた道着に着替え、式神和紙から式神を生み出して準備体操をはじめる横島。術者の動きに合わせて式神も動く。少し滑稽だが、これも練習の成果と言えるだろう。
 実はまだ自分の体を動かさずに式神を動かす事ができなかったりする。


「ったく。わざわざこんな条件で戦わんでも、どさくさにさわったり、抱き着いたりなんかしないっつーの。おキヌちゃんもいるのにそんな事できるわけないじゃないかよー」
 そこまで言ってバツが悪そうに式神を見上げる横島。
 俗に「簡易式神」と呼ばれる紙を依り代にした式神に十二神将や夜叉丸のような自意識がない事はわかっているが、そのあたりが割り切れないのが横島らしさであろう。
「ま、今日はよろしく頼むぜ」
 横島はそう言って微笑むと式神の腰をポンと叩いた。
 横島の頭が式神の胸あたりにある、この大きな体は頼もしいが、うまく動かしてやれるかどうか不安が残る。
「ま、逃げたら冥子ちゃんに泣かれちゃうだろうし…やるしかないか」
 横島は式神とともに腕を組み、挑戦者達を待ち構えた。



 ちなみに、横島の事務所の面々は今日が平日であるためか、誰一人として応援に来ていなかったりする。
 信用されているのか、放置されているのか…





「それじゃ、行きましょ」
 それぞれ得意な霊衣に着替えた十二人が試合場に向かう。
「美神おねーさまと互角の霊力を持つと言うのであれば、私達も最初から全力で行きますわよ」
「ああ、長引けば不利だな」
 かおりの言葉に大和も同意した。
「もうすぐ時間ですよ、行きましょう!」
 おキヌの言葉に皆が頷き、十二人の若い戦士達は希望、そして不安を胸に試合場へと向かうのだった。



 生徒達の声援を浴びて入場する十二人。
 横島は既に試合場で待ち構えている。その姿からは余裕が感じられ、かおり達は思わず息を飲んだ。

「それでは、一年生代表対、現役GSの練習試合を行います〜」
 理事長の声が響き渡り、横島と十二人の挑戦者は試合場の中央で向かい合う。

「冥子〜、横島君の式神どんな感じかしら〜」
「クビラちゃんは〜、パワーだけなら令子ちゃんと互角だって〜」
「まあ、そうなの〜」
 六道夫人は嬉しそうに手を叩く。紙を依り代にした式神は特殊な能力を一切持たず、基本能力も夜叉丸より下回るのだが、その体に宿る霊力だけは横島のそれを源とし、その出力も準拠するので、きっと生徒達ともいい勝負ができるであろう。


「横島君が〜文珠使いである事は皆知っているでしょうけど〜。試合中のセクハラ防止のために、簡易式神で戦ってもらう事にしたから〜、いきなり文珠でどっか〜んって事はないはずよ〜」
 実は文珠はおろか栄光の手もサイキックソーサーも使えない。
 体術も今の状態では期待できず、残されたのは霊力のみ、かつての横島なら後先考えずに逃げ出していたであろう。

 しかし、今は逃げるわけにはいかない、プロのGSとしてGS横島忠夫と名乗っているのだから。





「それでは〜、一年生代表チーム対GS横島忠夫〜。時間無制限の一本勝負〜、はじめ〜」
 六道夫人が試合の開始を宣言し、横島が構えると同時に式神も構え、十二人の選手はそれぞれの役割ごとにフォーメーションを取った。


「静美さん、まずは私達が!」
「まかせな!」
 試合開始と同時に成里乃の霊波と静美の破魔札が連続して横島の式神に炸裂し、爆炎でその姿を覆い隠す。
 その隙にかおりは水晶観音を発動、他の者達もそれぞれに準備をし、
「このまま一気に式神の防御を破りますわよッ!」
 かおりの掛け声とともにかおり、メリー、美菜、姫の4人が爆炎の中の式神目掛けて攻撃を敢行する。

 しかし…

「キャァッ!」
 無造作に腕を振るった式神の一撃に4人全員が振り払われてしまった。


「天城、下がれ! むさし、ヒーリングを」
「わ、わかったわ」
 大和の指揮で、ダメージの大きい美菜が下がり、むさしが彼女に対しヒーリングを行う。
「私も手伝います」
「お願い」
 これにおキヌも加わり、美菜の怪我と消耗した霊力をみるみるうちに回復していった。


「うう…そんな力は入れてないんだけどなぁ」
 そんな選手達の様子を眺めていた横島がとんでもない事を言い出す。
 実際、攻撃を受けたかおり達にはショックが大きいが事実だ。
「こりゃ、早めに終わらせた方がいいかもな…行くぞ!」
 その声と同時に式神が爆炎の中から飛び出し、鈍重な動きでまっすぐおキヌ達に向かっていた。
「キョンシー達、アイツの動きを止めて!」
 霞が剣を片手に命令を下し、キョンシー達が式神の周囲を旋回しながら攻撃を繰り返すが、式神の勢いはまったく衰えない。
「効いてないの!?」
「チッ、ここは私が!」
 魔理が前に出て、式神の攻撃から皆を守ろうと霊力を高める。
 エミの元で鍛えられたのだ、式神の攻撃程度ではビクともしないと軽く考えていたが、

「お…重いッ!?」

 大きく振りかぶりハンマーの様に叩き付けられた拳に込められた霊力が爆発を巻き起こし、魔理の後ろにいた霞と有喜をも巻き込んで吹き飛ばした。
「ム・・・ムチャクチャだッ!!
「こ、こうなったら非武装結界で…」
 このまま次の攻撃を食らえば如何に頑丈な魔理でも保たないと、魔理と霞の下敷きにされていた有喜が起き上がり、愛用の書を開いて防御結界を展開する。
「このまま式神の霊力を奪ってしまえば…ッ!」
 そう言って紙ふぶきは式神を包むが、その周囲を取り巻くばかりで魔理の霊力を吸収していた時のような輝きがまったく発生しない。
「ど、どうしてッ!?」
「バックアップ組、その場を離れろ!」
 非武装結界が効かない事を悟った大和がいち早く指示を出し、魔理が有喜達を連れてその場を離れる。
「逃がすか!」
 横島はすぐさまその後を追おうとしたが、
「やらせません!」
 姫が式神の前に飛び出し、そのまま背後に回りこんだかと思うと…


「だっしゃあーーーッ!!」

 なんと、非武装結界の中に突っ込み、そのまま式神の腰に手を回してジャーマンスープレックスを決めてしまったのだ。
 予想外の反撃に流石の式神も一瞬動きを止め、またその衝撃が何故か伝わった横島もそのまま後頭部を押さえて、うずくまってしまう。
「な、なんで痛みが…くそっ」

 何故、簡易式神の受けたダメージが横島に伝わったのかはわからないが、今は考えても仕方がないので、試合に集中する事にして、疑問を頭の隅に追いやる。
 距離を取られ、このままでは一気に後から崩すのも難しいと判断した横島は紙ふぶきを蹴散らして、式神を元の位置に戻した。





 一方、一年生代表チームもバックアップの元に全員が集まり、今起きた現象について相談をはじめる。
 横島も休息に徹し、彼女達には一切手を出さずに静観する事にした。
「ど、どうして非武装結界が効かないの?」
「多分…原因は霊力不足じゃないかしら?」
「…あ!」
 成里乃の言葉に思い当たる事があったのか、おキヌが思わず声を上げた。
「そう言えば、前に美神さんが言ってました。霊格を上げれば、同じ武器を使ってもより強力な力を出せるって」
「ええ、ここまで差があるとは思ってなかったけど、これがプロと私達の差みたいね…」
 成里乃が眉をひそめて横島の方を見る。
 年齢は自分達とさほど変わらないと言うのに、どれだけの差があると言うのだろうか?

「霊力を奪う非武装結界と言えど、霊力で発動している…私の霊力では横島さんのガードを破れなかったのね」
 そう言って有喜は俯いた。

 ちなみに、非武装結界の中に入ったはずの姫も平然としている。
 あの結界は基本的に霊力の強い部分から霊力を奪う物。姫も霊力を全開にして結界の中に入ったが、それでも式神の霊力の方が姫より強かったようだ。


「有喜だけじゃないわ…私達だって霊力そのものはさほど変わらないんだもの…」
 有喜の肩に手を置いた霞が言う。
 霊能の相性すらをも吹き飛ばす圧倒的な霊力。
 皆、今までクラス対抗戦に躍起になっていた自分達がいかに未熟であったかを思い知らされていた。



「だからと言ってこのまま無様に負けるわけにはいきませんわ!」
「弓の言う通りだ! 何か手を考えないと…」
 かおりと大和が皆に喝を入れるが、具体的に反撃する方法がまったく思い付かない。

「こっちの霊力が足りないなら、こう急激にバーンと霊力を高める方法があれば…」
「そんな都合のいいのがあれば誰も苦労はしないと思うなー」
 美菜の言葉に姫が突っ込む。
 しかし、その言葉から打開案を思い付いたのは、やはりおキヌだった。

「あります! 霊力を高める方法」
「本当か!?」
 おキヌは皆に美神が香港でメドーサと戦う時に使った、皆の霊波動を集め、美神一人の霊力を増す方法を話した。
「流石、美神おねーさま…それなら今の私達にもできるはずですわ」
「ああ、十二人分の霊力を集めれば…」

「で、誰に霊力を集めるんだ?」
 むさしのヒーリングを受けていた魔理がそう言うと、かおりと大和の視線が交錯する。
 しばし、睨み合った二人だったが、最後に折れたのは大和の方だった。


「ふぅ…こと戦闘においてはあなたの水晶観音に敵うヤツはいないわね」
「逢さん…」
「よし、全員で弓に波動を送るのよ!」
 大和が叫ぶと同時に皆が試合場の端に展開し、かおりが一人式神の前に立った。

「…さぁ、いきますわよ!」
 本日、二度目の水晶観音を発動し、式神に攻撃をしかけるかおり。
 鈍重な動きの式神ではこれをかわす事ができず、次々と攻撃をくらうが、式神の体勢がまったく崩れない。
 その事に気付いたかおりは更なるラッシュを浴びせるが、横島は冷静そのものな声でかおりにこう問い掛けた。

「弓さん、雪之丞と戦った事はあるかい?」
「え?」

 場違いな問いに思わずかおりは手を止めてしまう。
 確かに弓家の元で雪之丞が働くようになってから、幾度か嫌がる雪之丞と無理矢理手合わせをした事はあったが、
「勝った事ないでしょ?」
 横島の言う通り、弓はやる気のない雪之丞にあしらわれるばかりで、勝敗以前に勝負にすらならなかった。
 経験の差か、かおりは一度も雪之丞に対し、クリーンヒットを食らわせる事すらできなかったのだ。

「実際、手合わせしてみてわかった。弓さんじゃ雪之丞には勝てない」
「なッ!!」
 怒りに顔を染めて、更に攻撃の手を速めるかおり。
 だが、式神は微動だにしない。

 この時、ヒャクメから心眼を授かったおキヌの目には、式神がかおりの攻撃が当たる寸前に、攻撃を受ける個所に霊力を集中し、防御を固めているのがハッキリと見えていた。
 おそらくはサイキックソーサーと同じ要領なのだろう。
 サイキックソーサーそのものを作る事ができなくとも、霊力を操る技術そのものはまったく変わっていない上、式神の体に霊力を込める事は式神を動かしなれていない事とは関係なくできるのだ。


「弓さん! 横島さんは攻撃を当たる個所に霊力を集中して身を守っています!!」
「え?」

「そーいう事ッ! 弓さんは水晶観音で体全体の霊力を高められる反面、一ヶ所に霊力を集中させるのが苦手みたいだねっ!」

 かおりがおキヌの方を向き、注意が逸れた一瞬を突いて今まで守りに徹していた式神が霊力を集中させた一撃を放ってくる。
 反応が遅れたかおりは、それでも六本の腕をクロスして攻撃を受け止めようとするが…そのまま式神の一撃が水晶観音を打ち砕いてしまった。



「このまま負けてなるものですか!」
「なッ!」
 水晶観音を打ち砕かれたかおりは、そのまま式神の右腕を抱え込み式神の動きを止める。

「逢さん、こうなったら総力戦よッ! あなたの技で霊力中枢から式神を破壊してちょうだい!」
 水晶観音を砕かれ呆然としていた大和達はその声にハッと我を取り戻し、大和に波動を送る者、式神を抑えにかかる者、それぞれに動き始めた。





 そして、式神を抑え込まれた横島は、かおりに捕えられた右腕を見て


「なんで、痛みは感じるのに、その柔らかな感触は伝わってこんのじゃ! 不公平だぞ式神ぃーーーッ!!

 魂のシャウトをしていた。

 それを聞いたおキヌは徹底的にやろうと決意したという。




つづく