オペレーション・スレッジハンマーが発動する前から、ザフトと大洋州連合軍は南太平洋各地に可能な限りの戦力を集めていた。

何しろ長引く戦争によって大洋州連合の国内経済は疲弊し、この状態で本土に手痛い打撃を受ければ、講和派が一気に勢力を拡大する事は

間違いない。彼らはそれを何としても防がなくてはならなかった。特にザフトから見れば、アフリカ共同体の脱落が決定的になった以上

残された数少ない同盟国である大洋州連合までが脱落すれば、ザフトは地上での足がかりを失い、さらに地球からの資源の輸入も途絶える

と言う深刻な事態に陥る。このために彼らは出来る限りの手を打っていたのだ。国力で劣る彼らは、かなり無理をして戦力を配備している

のだが……その努力が水泡に帰すときが迫っていた。

「第一攻撃目標はザフト軍南太平洋艦隊司令部のあるヌーメアと、周辺の航空基地群。ここを叩けば残った基地は雑魚ばかりよ」

ノアの自信満々の発言に、サイトは不満をもらす。

「しかし、ニューヘブリディーズ諸島にはザフトの水中用MSが配備されているはずですが」

「大丈夫よ。こちらにも水中用MSがあるし、対潜哨戒機も充実してる。そう簡単に近づけはしないわ」

「はぁ」

強引とか、無謀とか言われている彼女の指揮だったが、そのどれもが功を奏しているだけに彼も強くは出れない。

(ううう……何かあったら、また俺が尻拭いをさせられるのか……)

胃の辺りに痛みを感じたサイトは、思わず腹をさすった。

(確か、基地の売店で今度胃薬の安売りをする筈だよな……生きて帰ったら一ダースほど買っておこう)

そんな参謀長を、他の参謀たちは気の毒そうに見つめていた。尤も彼らは、司令官の矛先をわざわざ自分たちに向けさせてサイトの

精神的、肉体的苦痛をやわらげようとは思っていない。

(((頑張って下さい、参謀長)))

人は誰しもわが身が可愛いのだ。





 サイトが中間管理職の悲哀を存分に味わっている頃、アズラエルは組織の責任者の悲哀を存分に味わっていた。

「南アフリカ統一機構でブルーコスモスの活動が活発化? しかも武器まで密輸入されている?」

彼は秘書からブルーコスモス過激派がアフリカで勢力を拡大させているとの報告を受けて頭を抱えた。アフリカは西暦が使われていた

  頃から貧困と環境破壊が深刻で、各国の経済基盤が非常に脆弱であった。ごく一部の地域はそれなりの繁栄を享受していたが、他の大多数

の地域は貧困に喘いでいた。そんな地域に大西洋連邦を始めとした先進国は援助を行ってきたのだが、それもこの大戦の勃発によって

とまってしまった。何しろ先進国ですら餓死者や凍死者が出るほどなのだから、そんな後進国に援助する余裕などない。このために

アフリカ地域での貧困と飢餓はさらに深刻なものとなった。アフリカ共同体はプラントからの支援もあって何とか持ちこたえたが、

南アフリカ統一機構の支配領域では、深刻化した飢餓によって無法地帯と化した地域も少なくなかった。

「つまりアフリカでの貧困と飢餓、そしてそれに伴う不満がブルーコスモス過激派を増大させたと?」

「はい。そしてこの過激派の拡大で各地でテロが頻発しています。コーディネイターを狙った物も多いのですが、コーディネイターの

   人権を擁護するような発言をした文化人まで狙ったテロが横行しており、南アフリカ統一機構は早急な対処を要請してきました」

「……過激派が勝手に動いているってことですか」

「コーディネイター憎しで固まっている下部組織も一部絡んでいるようです」

上層部が路線を変更しても、下部組織のすべてがそれに従うとは限らない。ましてこれまでNJの影響で肉親、親友、恋人……そう言った

掛け替えのない人を失ってきた人間たちからすれば、コーディネイターなど許せる存在ではない。

「地球からコーディネイターを取り除く、またはコーディネイターを少しずつナチュラルに回帰させると言うプランを提示しても

 こちらの指示を聞かない連中がいるんですか?」

「大多数はプラントのコーディネイターに罪を償わせた後に、最終的にコーディネイターを絶滅に追い込んでいくと言うプランに

 賛成しているようなのですが……憎悪に凝り固まった一部の連中は『生ぬるい』と言って不満を噴出させているようです」

原理主義者や過激派が如何に御しがたいものなのかを、アズラエルは思い知った。

「さらにユーラシア西部では、ブルーコスモスの拡大にユーラシア連邦政府が頭を痛め始めているとの情報もあります」

「過激派への資金の流入を監視しろ。それとジブリールに圧力を掛けるように」
 
直接会ったこともないような地上に住むコーディネイターがいくら死のうと彼にはあまり関係がないが、その結果として各国政府との

関係が悪化しては堪らない。彼は過激派の取り締まりを指示する一方で、各国でのブルーコスモスの悪いイメージを拭い去るべく、
 
慈善事業への投資を増やすことにした。具体的には孤児院や難民キャンプの建設、難民支援団体への資金提供だ。

(まぁかなりの出費になるけど、軍需産業で得た資金を多少は還元しないとやり難いからね……)

単に過激な主張だけでは市民の支持は得られない。飢えた人間はパンを与える者を主人として選ぶ。

「やれやれ、まぁ今回はこの程度の処置でいいかな」

必要な指示を終えるとアズラエルは会社の仕事に取り掛かり、過激派の存在を頭の片隅に追いやった。

だが彼は後に『この時、もっと過激派を締め付けておけばよかった』と後悔することになる。
 






                       青の軌跡 第14話






 地球連合軍艦隊が南太平洋に進出してきているとの情報は、ザフト軍も入手していた。だがザフト軍の多くはポートモレスビーから

の執拗な攻撃に対処しなければならず、連合艦隊に対処する余力はなかった。だがここで同盟国軍を見捨てれば後に大きな禍根になる

と判断したカーペンタリア司令部は、無理に無理を重ねて潜水母艦6隻を捻り出して前線に送った。

そしてこの部隊指揮を任されてたのがクルーゼだった。

「宇宙に上がる前にまた仕事を任されるとは……」

彼は本来は、宇宙軍強化のために宇宙に呼び戻される予定でだったのだが、今回の連合軍の作戦に対処するために急遽、増援部隊の

指揮官に抜擢されたのだ。

「空母8隻を中心とした大艦隊か……連中は一気に大洋州連合を脱落させる気だな」

ザフト軍は今回の連合軍の目標が、大洋州連合首都ウェリントンであると考えていた。無論、これは地球連合軍の欺瞞情報なのだが、

大洋州連合と大西洋連邦が極秘裏に講和に向けた交渉を開始しているとの情報も入手(連邦からのリーク)していたために、ザフトは

『連合がこの交渉を一気に有利に進めるために首都を直撃する作戦を実施する』との情報を真実だと判断したのだ。さらにザフトは

首都攻撃が連合軍の狙いであると情報を大洋州連合に流して、協力を要請した。これを受けて大洋州連合はヌーメアに増援部隊を送り

ヌーメアの戦力を強化して、最終的に首都ウェリントンの守備隊と共同で連合艦隊を挟み撃ちにしようとしていた。

「まだまだ奴らには脱落してもらっては困るな……」

クルーゼ率いる潜水艦隊がウェリントンに向かっている頃、ルイズ率いる艦隊はヌーメアを攻撃範囲内に収めていた。

「オーブからの攻撃隊は?」

「あと30分で目標に到着すると思われます」

「判ったわ」

一番乗りを果たせないのは悔しいが……犠牲を最小限にするためには仕方ない、そう考えたノアは全航空部隊に発進を命令した。

「連合軍の底力を見せてやるのよ!! 全航空隊発進!!!」

正規空母4隻、改装空母4隻から次々に航空部隊が発進していく。彼らの目標はニューカレドニア島ヌーメア基地……殺戮が始まろうと
していた。




 ヌーメア基地……南太平洋において、連合軍に睨みを利かせるために建設されたこの基地には、大規模な航空基地と物資集積施設、

さらに潜水母艦を修理するための浮きドックなどが置かれており、この地域における重要拠点として機能していた。無論、守備隊も

相応の部隊が展開している。だが、今回はさすがに相手が悪かったと言える。

空母8隻から発進した第一波攻撃隊200機と言う刺客も問題だったが、より問題なのは、彼らに先行してヌーメアに迫る影だった。

『こちらニンジャ、目標を補足』

『こちらもだ。攻撃を開始する』

この通信のあと、突如として現れた敵影にヌーメア基地は大騒ぎになった。

「どこから現れたのだ!」

「判りません!! 突如として上空に出現しました!」

基地司令部は、対空ミサイルで撃ち落すように指示を下すが、それよりもはやく彼らからの攻撃がヌーメアに降り注いだ。

彼ら……オーブから発進したジャベリン隊はアラスカ戦の際と同様に、直前まで自身の存在を悟られることなく、その任務をこなした。

彼らから放たれた大量の爆弾とミサイルは、ヌーメア基地司令部、および通信施設、レーダー施設、さらに滑走路を次々に破壊した。

無論、ヌーメア基地司令部は一撃で破壊されるほど脆弱なつくりをしていないが、それでも一時的に指揮能力を喪失することになった。

この攻撃だけで、終わっていれば守備軍の犠牲も少なくて済んだのだろうが……彼らにとっての災厄はまだこれからだった。

突如、司令部との連絡が途絶えて混乱する前線部隊に、今度は空母艦載機が襲い掛かる。それはまさに戦闘と言う名の虐殺だった。
 
滑走路をやられ、発進することもできずに多くの迎撃戦闘機は地上で破壊され、直掩任務についていた戦闘機は圧倒的な数を

誇る連合軍戦闘機隊によって瞬殺された。駐屯していたザフト軍は空戦用MSであるディンを持ち出そうとしたが……それも焼け石に水

程度の効力しか発揮できなかった。この第一波攻撃隊の攻撃で防衛施設の大半が破壊された。そして第二波攻撃隊によって浮きドック、

逃げ遅れていた輸送船、それに物資集積場が片っ端から破壊される。だがノアはそれだけでは満足しなかった。

「まだやるんですか?」

サイトの困惑したような問いかけに、ノアはあっさり答える。

「当たり前よ。敵は叩けるときに叩くのがセオリーよ。だいたい空爆だけじゃ完全には殲滅できないでしょう。

 それに上手く行けば、ヌーメアの救援に向かっている敵も叩けるわ」

チマチマとゲリラ的に襲われるより、敵を一箇所に集めておいてまとめて撃破するほうが効率がよいと嘯くノアの様子にサイトは

不安を隠せなかった。

「艦砲と巡航ミサイルでつるべ打ちにするわよ」

彼女の攻撃は徹底していた。実際にこのあと、彼女の命令で水上打撃部隊がヌーメア沖に展開し、容赦の無い攻撃を基地に向けて行った。

イージス艦から放たれる巡航ミサイルとノアが無理やり連れてきた超弩級戦艦アーネスト・J・キング、カニンガムの2隻から

放たれる51センチ砲弾は、残っていた輸送船舶、支援船、地下施設で生き残っていた航空機を根こそぎ吹き飛ばし、基地そのものを

更地どころか、月面のような荒野に造り変えてしまったのだ。さらに付近の基地から救援にきていた部隊は、改装空母に搭載していた

ディープフォビドゥンとレイダーで掃討する。この徹底した攻撃の後に残されたのは、瓦礫と死体の山、そして血の海だった。

「さて、次は東海岸ね。禍根は徹底的に絶って置かないと」

地獄の釜が開いたような光景が広がる中、彼女は次のターゲットを目指す。

無論だが、このヌーメア基地壊滅の報は即座にカーペンタリアとがウェリントンに齎された。

彼らはヌーメア基地に救援部隊を出す一方で、周辺に展開しているであろう連合艦隊を探し出すべく大量の偵察機を周辺海域に放った。
しかし……

「どこにも見当たらん。本当に連中の攻撃目標はウェリントンなのか?」

クルーゼを筆頭に、多くの指揮官の決死の努力にも関わらず、連合軍艦隊を捉えることは出来なかった。

何故なら・・・・・・。

「連中はどうせ南のほうを血眼になって探しているでしょうね」

ノアはさも楽しそうに言った。この言葉にはサイトも同調する。

「まぁヌーメアを潰したらあとは首都を直撃するコースをとると思うのが普通でしょうから」

彼らはヌーメアを叩いたあと、艦隊を北上させていたのだ。現在、連合軍艦隊は珊瑚海北部に入ろうとしている。

確かにヌーメアが消滅すれば、目ぼしい海上拠点は首都ウェリントンしかない。

「まぁ普通はカーペンタリアに近い豪州にこちらが赴くとは思わないでしょうね」

悪戯が成功した時に、子供が浮かべるような笑みを、彼女は浮かべる。尤も即座に彼女は顔を引き締めて指示を下す。

「明日には転進して、南下するわよ。ポートモレスビー航空隊との連絡は密にするように」

「分かっています」




 地球連合軍艦隊による猛攻はこのあとも続いた。彼らはポートモレスビー基地の部隊と共同で、豪州北部にある拠点を圧倒的な

物量で次々に押しつぶしていき、最終的にはシドニー、ブリズベーンと言った大洋州連合が欠くことが出来ない重要拠点に殴りこんだ。

これを阻止するために派遣されたザフト軍部隊や大洋州連合軍部隊は偽情報や、ノアの欺瞞行動によって踊らされて彼らを捕捉すること

すらできなかった。
 
「シドニー、ブリズベーン、タウンスビル、ケアンズは壊滅。さらに停泊中の潜水艦、フリゲート艦も全て撃沈。中々の出来ね」

中々の出来どころか、大洋州連合は首都以外の重要拠点を根こそぎ破壊されたも同然だ。現状では、豪州東部は丸裸に等しい。

尤もこれだけの破壊と殺戮を行っても、なお彼女は満足していない。

「拠点は潰したけど、機動戦力までは叩いて無いわ」

「しかし相手はこちらの行動に騙されて、分散していると思いますが・・・・・・」

このサイトの疑問に、彼女はさも意地悪そうな顔をして答える。

「分散しているのなら、各個撃破すればよいだけよ。見つけ難いザフトの潜水母艦は後回しにすればいいわ」

彼女は大洋州連合海軍を完膚なきまでに叩きのめして、再起不能にするつもりだった。まぁ今回の作戦の狙いの一つは大洋州連合の

動揺を誘うことであるので、彼らの手持ちの艦隊を叩き潰すことは理に叶っているのだが・・・・・・。

「手持ちの弾薬が少なくなって居ます。せいぜい2会戦戦程度分しか・・・・・」

「それだけあれば十分よ」

この反応に思わず、サイトは溜息をついた。目の前の上司は戦闘指揮は抜群だが、肝心なところでよくミスをするのだ。

(調子に乗ってたら自滅するだろうが。だいたい、いつもそれを尻拭いさせられるのは俺なんだぞ・・・・・・ってまた胃が・・・・・・)

彼女の指揮能力は高いが、暴走することも多い。そんな暴走する彼女を宥め、さらにその後始末をするのはいつも彼だった。はっきり

言って彼女の部下になって彼は気苦労が耐えなかった。仕事上のミスの尻拭いは勿論のこと、プライベートでも色々と苦労させられた。
(いい加減に転任したいんだけど・・・・・・下手したらブルーコスモスかぶれの人間と同僚になるからな)

まぁ見た目麗しい女性で、思想的にはマトモな上官の下にいるほうがマシだと自分を納得させつつ、彼は続ける。

「主だった要港は叩きました。拠点を失った艦隊など放っておいても自滅します。今は引くべきでしょう」

少なくともこれまで叩き潰してきた拠点に展開していた航空機は300機以上になる。これだけの作戦機を失えば、大洋州連合軍も

当分は満足に作戦行動に移れないだろう・・・・・・確かに敵の艦隊を潰せなかったのはあれだが、十分過ぎる戦果だ。

「我が艦隊だけですべてを叩き潰そうとすれば、どこかで隙が生じます。ここは引くべきです」

確かに彼らの艦隊は太平洋方面では最強、いや地球圏でもほぼ最強クラスの艦隊であった。だが彼はこの艦隊に万が一のことがあれば

太平洋での制海権を丸ごと失いかねないことも忘れて居なかった。

「でもここで連中の艦隊を取り逃がすと、後々厄介なことになるわ。基地だっていつまでも再建されないわけじゃないし」

「オーブから戦略爆撃機を飛ばして妨害させればいい話です」

連合軍にはザフトにはない戦略爆撃機を保有している。これを使って空爆を繰り返せば、要港の再建など出来はしない。

そしてこの空爆を阻止するための戦力を、大洋州連合はこのたびの攻撃でほぼ失っていると言ってもよい。

仮にまだ迎撃する戦力を残しているのなら、空中給油機を使って戦闘機の護衛をつければよいだけだ。しかし・・・・・・。

「ダメよ。敵が動揺している今がチャンスなの」

「どうしても殲滅すると?」

「南太平洋の制海権を完全にこちらの掌中に納める・・・・・・そうしないと、今後の上陸作戦に影響が出るでしょう?」

  彼女が引くつもりは無いことを知ると、彼は深い深い溜息をついた。

「補給部隊を寄越すように伝えておいて」



 そのころ一方的に蛸殴りにされた大洋州連合とザフトであったが、彼らはこのまま殴られっぱなしで済ませるつもりはなかった。

『ポートモレスビー基地を少数部隊で叩く? 正気かね?』

突然のクルーゼの上申にカーペンタリア基地司令官は眉をひそめる。そんな上司の反応をあざ笑うかのように、クルーゼは説明を始める。

「これまでの戦闘を考えれば地球軍艦隊は手持ちの弾薬を大幅に減じています。我々がポートモレスビーを攻撃しても即座に援軍にはこれない

 でしょう。今、このときこそがチャンスなのです」

『だが、ポートモレスビーを叩く戦力などどこから出すのだ? あのポートモレスビーを叩くとなるとかなりの戦力が必要だぞ』

カーペンタリアへの牙城であるポートモレスビー基地。この基地には赤道連合、大西洋連邦軍部隊が駐屯しており、かなりの戦力が置かれている。

さらにポートモレスビー基地の背後にはラバウル基地と言う拠点が存在している。このために敵の増援も考慮しなければならない。

だが……。

「破壊工作の類ですので、私直属の部隊だけで叩きます」

自信満々にクルーゼが言い放ったこの言葉に、カーペンタリア基地司令官は苦虫を百匹ほど噛み潰したような苦い顔をする。

しかし、彼の手元にいる部隊でクルーゼ隊を超える錬度を持つ部隊は存在しない。さらに仮に居たとしてもポートモレスビーを攻撃すると言う

ハイリスクな作戦に投入できない。仮にポートモレスビーを叩いても、ラバウル基地からの攻撃にさらされる可能性があるのだ。

大軍を動員すればそれだけ撤収するのに時間がかかり、最終的には大きな損害を受ける可能性がある。かと言って少数で殴りこんでも袋叩きに

あう危険性がある。唯でさえ消耗が著しいザフト地上軍にとって、クルーゼ隊まで失うことは死活問題だ。

苦悩する司令官に対して、クルーゼは決断を促す。

「このままでは大洋州連政府が単独で降伏する可能性もあります。プラントの未来のためにも戦果を挙げなければなりません」

『良いだろう。クルーゼ隊長、君を対ポートモレスビー攻撃作戦の責任者に任命する。火急かつ速やかに作戦を遂行せよ。必要な物資については

 最優先で割り当てる』

基地司令官は、ポートモレスビー基地を叩くことによって得られる利益とリスクを天秤にかけて、最終的にはクルーゼの案を承認した。

「ありがとうございます。司令官」

クルーゼは最初から頷かざるを得ないと思っていたので、さして表情を変化させなかった。この態度がさらに基地司令官の感情を逆撫でした

のだが、そんなことを気にするクルーゼではない。

クルーゼはポートモレスビーを叩くべく、展開していた潜水艦隊をポートモレスビーを目指して北上させる。

(くっくっく、プラントの未来のためか……我ながら笑えるな)

  ポートモレスビーに向かって出撃する潜水母艦の司令官室で彼はひとりあざ笑う。





 ザフトがポートモレスビー基地を破壊するべく艦隊を出撃させた頃、連合軍最高司令部は今回の戦果によって大洋州連合を脱落させることも

夢ではないと考えるようになっていた。いや、それどころか一気にカーペンタリアに殴りこんで、壊滅させてしまえと言う意見すら出ていた。

「勇ましい限りですが、勝算はあるんですかね?」

この動きをサザーランドから聞いたアズラエルはそう言って溜息をついた。地球におけるザフト軍最大の軍事拠点であるカーペンタリアの駐屯兵力

は他の基地の比ではない。この基地を攻略しようとするのなら、史実通り海上と内陸から挟み撃ちにするほか無い。だが……

『諜報員からの報告では、かなりの弱体化を余儀なくされているとのことです。これを受けて連中は今ならやれると息巻いているのです』

サザーランドからなされたザフトに関する報告はアズラエルが想像していた以上のことであった。

アズラエルが歴史に介入したことによって、地球連合軍のMS開発と、実戦への導入は史実より大幅に早まっていた。このことにより

アラスカ戦が勃発する以前からザフトは連合軍によって少なからざる消耗を強いられていたのだ。特にPS装甲を持つGの前には

実体弾しか使えないザフト軍は歯が立たず、一方的と言ってもよい敗退を余儀なくされていた。

この戦況に焦ったザフトは、スピットブレイクが発動する前から各地に予備戦力を投入する羽目になり、大いにその力を弱めていたのだ。

さらに最近になって、連合軍が積極的に宇宙で活動するようになると地球からプラントに輸送される物資が一気に目減りした。

「つまり、連中はジリ貧になりつつあると?」

『アラスカ、パナマでの敗退がそれに拍車をかけた模様です』

アラスカ、パナマでの消耗……それは予備戦力が少ないザフトにとって致命的とも言える被害であった。特にMSの被害は深刻であり

最近になって、鹵獲した地球連合軍の兵器(戦車や装甲車)を使用している部隊すらあるとの報告もあがってきている。

『参謀本部はここで一気に決着をつけるより、地球で消耗戦を強いたほうがより効率的にザフトを弱体化できると判断しています』

サザーランドは、ザフトを地球連合軍のホームベースである地球に釘付けにすることで消耗を強いることを提案した。

『また、先日、偵察部隊が確認したジェネシスですが、あれの工事は一連の消耗で大幅に遅れているとの情報もあります』

「そうなんですか?」

『はい。諜報部の調査によれば内部の工事が大きく遅れているとのことです。恐らく消耗した兵器の補充によって資材と予算を食われたのでしょう』

サザーランドの報告どおり、ジェネシスの工事は史実に比べて遅れを余儀なくされていた。フリーダムとジャスティスの生産の梃入れと史実を

超える消耗のためだ。国力で劣るプラントにすべてを計画通りに進めるだけの力はない。

「………」

『その代わりにフリーダム、ジャスティスの生産が進められていたらしく、すでに8機程が完成しているようです』

「厄介ですね。それは……」

『参謀本部は大気圏突破能力のある2機種が重要拠点、特に宇宙港のパナマを強襲する可能性があると判断し核エンジン搭載型MSの配備を

 決定しています。またワシントン、グリーンランドなどの重要拠点にも順次配備する予定です』

(やれやれ、これじゃあ反攻作戦が遅れるな……唯でさえ、核エンジン搭載型MSは数が少ないのに)

アズラエルはこの報告を聞いて、思わず頭痛が酷くなるのを感じた。

「ちょっと待ってくださいね」

そう言ってアズラエルは、引き出しから頭痛薬が入ったビンを取り出して、その中から2、3粒の錠剤を手のひらに乗せると

  一気に飲み込んだ。

「……ふぅ」

食後に飲むことになっているのだが、もはやアズラエルは気にもしなかった。いや、それどころかもっと効き目の強い薬にしないと

いけないなぁと彼は最近になって思い始めていた。戦争が終わるまでに体がもつのか……彼自身も著しく不安になっている。

「参謀本部は予定通り、作戦を続行するんですか?」

『勿論です。ここで大洋州連合を脱落させ、プラントへの資源の流れを断ち切ることが出来れば我が軍は圧倒的優位に立てるでしょう』

(確かに、水や食糧、さらに希少資源を購入する術を失えばザフトは内部から崩壊するからな……だけど、そうそう上手くいくかな?)

アズラエルはザフトがこのまま黙っているとは思えなかった。何かしら反撃にあい、大きな打撃を受けるのではないかと危惧した。

「カーペンタリアの動きは?」

『特にありません。連日の空爆で痛めつけていますので、暫くは動けないでしょう。尤も潜水艦隊と水中用MSは未だに脅威なので艦隊を迂闊に

 近づけるわけにはいきませんが……』

「……まぁ彼らが動かないのなら、それで良いですが」

大洋州連合軍を無力化すれば、3ヶ月以内にカーペンタリアへの降下揚陸作戦も実行可能だ。宇宙艦隊の再建は急ピッチで進められ、降下部隊の

護衛を務めることが出来るくらいの艦隊はあるのだ。だが果たして、ザフトが本当にこのまま何もしないとはアズラエルには思えなかった。

(何しろ、相手はクルーゼだからな。世界を破滅させることだけに執着しているあの男を侮ることは出来ない)

このアズラエルの懸念は数時間後に現実のものとなる。





 ポートモレスビー基地……地球連合軍のカーペンタリアに対する牙城であり、対大洋州連合軍戦略の要とも言える基地だ。

無論、その重要度に見合った守備軍が配置されており、その警戒網と防衛網も従来の基地を大きく超えている。そのためにザフト軍潜水艦が

接近しつつあることを即座に感知し、対潜哨戒機と戦闘機部隊をスクランブル発進させた。だがその多くは返り討ちにあう。

「半数が撃墜されただと?!」

「はい。さらに、MS30機以上が接近中とのことです」

ポートモレスビー基地司令官はあまりの打撃に呆然となるが、即座に頭を切り替える。

「何としても敵を撃退しろ! 基地に指一本触れさせるな!!」

ポートモレスビー基地はカーペンタリアを北から抑える重石であり、ここを叩かれればカーペンタリアの封じ込めが難しくなる。

さらに政治的にも問題があった。パプワニューギニアでの要であるこの基地を失えば、連合軍は大きな打撃を受けるばかりか赤道連合が動揺して

大きな問題になる。それは無視できないリスクだ。それゆえに彼は必死に基地の死守を命じた。だが、今回ばかりは相手が悪かった。

「この程度なら、半分程度の戦力でやれたか?」

クルーゼが乗るディンは出撃してきた連合軍戦闘機をまるで的のように撃墜していく。さらに他のベテランパイロット達の操るディンの前に

連合軍戦闘機隊は次々に死角に回りこまれて撃墜されていった。低空においての戦闘力はディンのほうが圧倒的に高いのだ。さらに相手はザフト

でも貴重なベテランパイロット達。数で圧倒しない限り、連合軍に勝ち目はなかった。

かくしてスクランブル出撃してきた連合軍機を排除すると、潜水母艦から次々にジンが揚陸されて基地内部に侵入していった。

ハンガーに置かれていた戦闘機やMSは、この奇襲攻撃の前に起動する間もなく撃破され、ジャンクと化していく。辛うじて起動したMSも

地上のジンと空のディンに挟撃されて成す術も無い。MSが強力な兵器とは言え、空と陸の双方から攻撃されたら溜まったものではない。

連合軍MS隊の中には、デュエルやバスターといったGも存在したが、これらはイザークのデュエルの前に敗れ去った。

「地球軍の強さにはかなりのムラがあるな……」

ビーム兵器への防御力を持たない連合軍のGは新米が大半を占めるために単調な動きしかとれず、イザークの前では的同然だった。

かくして頼みのGが無力化され、さらに制空権を握られたポートモレスビーは徹底的に叩かれてしまい、基地機能を停止した。

ラバウル基地から派遣された増援部隊がみたものは、徹底的に破壊され瓦礫の山と化した土地であった。






 ポートモレスビー基地壊滅……この報告は地球連合軍上層部を震撼させた。もしこの状況でポートモレスビーの攻略にザフトが乗り出せば

基地の陥落は免れようが無く、それはニューギニア全土が危機にさらされることに他ならない。連合軍最高司令部はスレッジハンマーの中止を

決定して、ポートモレスビーにノアの艦隊を派遣することを命令した。

現場指揮官達や作戦立案者であるアンダーソンは悔しがったが、ポートモレスビーの重要性を考えれば、命令には逆らえなかった。

一方で、この作戦で豪州東部の拠点をほぼ根こそぎ破壊された大洋州連合はパニック状態に陥っていた。

特に一般市民の動揺は凄まじく、即時停戦を求める声が各地で高まった。この市民の声を受けて大洋州連合政府は、ザフトに対して

大規模な増援が見込めない場合は地球連合軍と即時停戦を行い、ザフトとの同盟を放棄すると明言した。

何しろポートモレスビーを壊滅させたことで北部からの圧力は減るが、東のオーブ基地は健在であり今後も苦戦を強いられる可能性が高い。

このような事態になっては、プラントも大規模な増援を出さないわけにはいかないのだが……増援を出す余力は彼らにはなかった。

最高評議会は苦悩した。これ以上宇宙軍を削って増援を出せばプラント本土を始めとする拠点の防衛が心もとなくなる。

かと言って増援を出さなければ、大洋州連合が脱落してしまい、地球から資源を調達できなくなる。

文字通り板ばさみの状態に、彼らは追いやられたのだ。ここに至り、パトリック・ザラはある決断を行った。

「兵役年齢の引き下げですか?」

エザリアをはじめとして多数の議員はこの提案に困惑の声を上げる。

「そうだ。現在、兵役年齢は15歳以上としているが、これを14歳に引き下げる」

「し、しかし14歳の子供を投入しても役に立つでしょうか」

ダット・エルスマンはこの提案に疑問を呈する。この彼の発言にユーリ・アマルフィが賛成する。

しかしパトリックはその意見を一蹴した。

「だが戦争では数がものを言う。学徒兵でもゲイツに乗せて戦わせればそれなりの戦力になるだろう。

 それとも君達には何か代案があるのか? この状況でザフトの兵力を補充する手立てが」

「「・・・・・・・・・」」
現在、プラントでは兵役につける人間が枯渇しつつある。すでに15歳以上、30歳未満の若者は軒並み戦場に送られ、

本国に残っているのは子供と年寄りが多くを占めている。これから反撃に出るであろう地球軍を撃退するにはどうしても

それなりの数の兵士がいる。この兵士をどこから持ってくるかとなれば……答えは一つしかない。

「それではこの法案に賛成するものは挙手を」

賛成多数により、この法案はあっさり成立。この日をもって、プラントに居住する14歳の少年少女も戦争に送られることとなる。

さらにパトリックは、訓練生をカーペンタリアに送る事を決定した。

訓練不足の兵士を戦場に送ることに反対する意見もあったが、宇宙軍を削ることの出来ない今、それしか手段がないことも事実だった。

この決定を受け、ザフトは訓練生とゲイツを積んだ輸送船団を編成して、地球に送る事を決定した。

だが後日、彼らはこの決定を悔やむ事になる。