カオシュン攻略作戦『天一号』。それは地球連合軍が東アジアに展開する兵力の大半を動員する一大作戦であった。大西洋連邦海軍を主力と

する第3洋上艦隊に加えて、オーブ戦で被った痛手から辛うじて回復した東アジア共和国陸軍と地球連合に新規加盟した赤道連合陸軍から

構成される陸上部隊、さらに各国から集められた数百機に昇る航空機が台湾周辺に集結している。現地の連合とザフトの兵力差は実に5対1。

圧倒的に連合軍が上回っていた。しかしながら圧倒的戦力差があるにも関わらず、連合軍最高司令部では不穏な空気が漂っていた。

「ザフトが核を持ち込んだか、否か……それが問題だ」

サザーランドなど地球連合軍の枢機を担う者達は、そう言ってカオシュンへの攻撃について躊躇っていた。今回の作戦では人口密集地域が近くに

存在するために核兵器が使用されれば大惨事となる。さらに、仮に核兵器で攻撃軍が壊滅すれば作戦が失敗するばかりか、全体の戦略まで

根底から練り直す必要が出てくる。実務に携わるものなら、頭を抱えたくなるような状況だった。アズラエルもサザーランドと協議したのだが

何の妙案も出すことが出来なかった。

(せめて核兵器の有無だけでも確認できれば……)

アズラエルは苦虫を一ダースほど噛み潰したような表情でそう呟く。そんな時、彼は悪魔と取り引きするのと同然の行為が頭に浮かぶ。

(奴に情報の提供を要請するか……しかし、奴の手を借りるのは癪だし、何より後が恐い。かといってこのまま攻撃軍を待ちぼうけさせるわけ

 にもいかないし……)

アズラエルは執務室の中をぐるぐると歩き周りながら必死に他の道を探した。だが結局、それしか道が無いことを認めざるを得なかった。

「……仕方が無い。クルーゼに頼んで情報を収集してもらうか。結果が出るまでは天一号は延期するように調整しよう」

しかしながら、クルーゼが本当のことを知らせるとも限らない。世界の破滅を願うクルーゼならば、虚偽の情報をアズラエルに流す可能性もある。

だがアズラエルはクルーゼが虚偽の情報を流す可能性は現時点では低いと考えていた。仮に虚偽の情報を流せば、連合軍はクルーゼの情報原

としての信頼性を下方修正する。そうなれば、クルーゼの思惑通りに連合が動かなくなる可能性が高いと言うのがその根拠だった。

(奴は地球連合とプラントを共倒れさせることで、世界を破滅させようと目論んでいる。それならまだこの時点では連合とのパイプを維持したい

 と思っているはずだ)

些か希望的観測も混じっていたが、賭ける価値はあるとアズラエルは判断した。

「……それにしても、あんな楽そうな悪役だったアズラエルが、どうしてここまで心身をすり減らすほどの苦労する必要があるんだ?」

TV本編のことを思い出してアズラエルこと修は思わず愚痴をもらす。まぁこれまで経験した苦労を振り返って見れば言いたいことなど百や

二百はあるだろう。

「……まぁ今は愚痴を言うよりは手を動かすべきか」

悪魔と取り引きを行うような錯覚を覚えつつも、アズラエルはクルーゼに連絡を取る事にした。

(ああ、また胃と頭が痛くなりそうだ。おまけに最近は椅子に座りっぱなしで腰も痛いし、やってられないよ……)

だがそんな彼にさらなる厄介事が降り注ごうとしていた。

「ブルーコスモスに関係する宇宙ステーションが相次いで襲われている?」




 ブルーコスモスは地球圏各地にその勢力を持っている。それには宇宙ステーションも含まれており、強硬派が台頭するとプラントへのテロ攻撃を

行うために各地にブルーコスモスの息のかかったステーションが完成した。無論、開戦後はその多くが破壊されたが、現在も決して少なくない

ステーションがテロの拠点として稼動している。アズラエルの方針転換によってテロ攻撃は減ったものの、ジブリール中心の過激派によるテロ攻撃

が継続している。今回襲われたのは、そんなジブリールが維持しているステーションだった。

「こりゃあ酷いね……」

アズラエルは被害報告を見て顔を顰めた。何しろステーション3基が崩壊、犠牲者が千人近くに昇る。この被害は決して少なくない。

「襲撃の犯人は?」

「ジンを中心としたMS部隊との報告が入っています。恐らくザフト軍による破壊活動と思われます」

女性秘書官の報告にアズラエルは溜息をついた。

「やれやれ、また面倒な事になりそうですね」

「ジブリール様は今回の襲撃を受けて、怒り心頭との報告があります」

「まぁそうでしょう。何しろ彼のコーディネイター嫌いは徹底していますからね」

アズラエルはそう言って肩を竦める。

「如何しますか?」

この問にアズラエルは沈黙した。彼としてはブルーコスモス過激派の勢力が衰えることは嬉しい事だが、あまり放置しておくとジブリールが

さらに過激な路線に走る危険性がある。かと言って下手に援助して、こちらの動きを妨害されたら堪らない。

(ジブラルタル攻略作戦も近いって言うのに面倒ばかり起こるな。さてどうするか……)

そう呟いて考え込むものの、そんなに早く都合よく妙案が思い浮かぶわけが無い。

「……まぁ過激派の動きを監視してください。今回の一件の恨みを地球に住むコーディネイターにぶつけられたら目も当てられませんし」

マリアの世論操作以降はコーディネイター擁護論が強まっている。それに反比例してブルーコスモスへの風当たりは強くなっている。

アズラエルの方針転換や、難民への支援によって、強硬派に対する風当たりはそこまで強くは無いが、過激派への風当たりは非常に強い。

そんな時に、ブルーコスモスによってコーディネイターに対するテロがあったら目も当てられない。まして一般市民を巻き込めば袋叩きにあう。

「……判りました」

「頼みますよ」

そう言って秘書官を下がらせると、彼は開発部からの報告書に目を通す。

「ダガーの改良機、ソードカラミティ量産型、さらにカラミティ量産型、さらに量子通信技術の研究……ここまで歴史が変わるとはね」

アズラエル財閥はゲイツ登場以降、地球連合軍の要請を受けて新型MS、新技術開発に着手していた。ゲイツに対抗しうる機体の配備は連合軍に

とって至上命題であり、この要請も当然なのだがアズラエルはこの動きに不安を感じていた。

「連合軍がここまで新型機を出すんだから、ザフトも相応のものを開発している可能性があるな……やれやれパワーゲームになりそうだ」

ブルーコスモス過激派、反ブルーコスモス派、ザフトと厄介事が立て込んでおり、当分はアズラエルの心が休まる日はなさそうだ。





                       青の軌跡 第22話





 天一号作戦についてはその発動が延期されたものの、ジブラルタル攻略作戦『トーチ』は予定通り発動した。連合軍はユーラシア連邦軍を

主力とした地上部隊と大西洋連邦軍を中心とした洋上艦隊、合計して20万人近くの兵員を投入しており、その意気込みは並々ならぬ物があった。

連合軍は確実にジブラルタルを制圧できるように、西ヨーロッパから地上軍を、大西洋から洋上艦隊を送り込み挟み撃ちする予定だった。

大軍を揃え、やる気満々の地球連合軍に対してザフト軍は、連合軍による通商破壊とアラスカ、パナマでの消耗によって大幅に弱体化していた。

MSや航空機の整備部品、弾薬は勿論、食糧医薬品の補給まで滞っており、基地は食糧について半ば自給自足を余儀なくされているほどだったの

だから、彼らの窮乏振りは想像に難しくない。さらにパトリック・ザラの決定に基づいて、ベテラン兵士の多くが先に宇宙に帰還している。

このためジブラルタルに残されているのは、新兵とラクスの反逆によって追放された旧クライン派将兵のみと言う悲惨な状態だった。

「この状態でどうやって勝てと言うのだ!」

ジブラルタル基地司令官はそう言って吐き捨てる。そんな司令官を宥める立場である部下達も、かけるべき言葉を持たなかった。気まずい沈黙が

基地司令室に満ちる。尤もいつまでもそうしてはいられるわけがない。彼らは死地に赴くことを理解しつつ、全軍に臨戦体制を発令する。

そしてジブラルタル基地が臨戦体制に移行して数時間後、ヨーロッパ戦線の総仕上げと言えるジブラルタル攻防戦の幕が開ける。




「移動熱源無数に接近!」

「迎撃システムを起動。基地に警報を出せ!」

ジブラルタル基地の熱源センサーが無数の熱源を捉え、この報告を受けた司令部は即座に迎撃を命じた。無数に飛来する巡航ミサイルに向けて

まずは潜水艦隊が迎撃ミサイルを発射して迎撃、それを掻い潜ったミサイルを、基地防御施設やディン隊が迎え撃つ。だが、そんなザフトの

必死の抵抗を嘲笑うかのように、連合軍の洋上艦隊からは途切れることなく巡航ミサイルが降り注ぎ、次々に防御施設を破壊していく。

無論、撃たれっ放しで黙っているザフト軍ではない。彼らは数少ない水中用MS隊を出して、発射元を叩こうとする。

しかしながら、その決死の抵抗も地球連合軍の水中用MSであるディープフォビドゥンの迎撃にあい、あっさり失敗する。これまで散々ザフトの

水中用MSに苦渋を舐めてきた連合軍はようやく、彼らに対抗する術を手に入れたのだ。さらに連合軍はスカイグラスパーに加えて量産型の

レイダーを投入して制空権の奪取を図った。スカイグラスパー相手でもディンでは簡単には勝てないと言うのに、レイダーまで投入されては

ザフト軍に勝機は無かった。質と量に優れる地球連合軍はあっさりと制海権、制空権をほぼ奪取することに成功した。

「くそ、ここまで差があるとは……」

基地司令部の面子は予想以上の連合軍の戦力に、全員が顔面蒼白になっていた。制海権、制空権をほぼ失い、前面の海上と背後の陸上から

挟み撃ちにされるとなれば誰もが顔を蒼くするだろう。しかしながら、彼らにとっての悪夢はこれから本番であった。

「敵大型爆撃機多数接近!」

地球連合軍は制空権の確保が完了したと判断して、まず高高度からの絨毯爆撃を開始した。元々、地上軍を支援することが主目的であるザフトの

航空戦力に、高高度を飛ぶ爆撃機を止めるすべはなく、これに対応するべき対空ミサイルも先程の消耗でほぼ底がついていた。

このために連合軍は、面白いように大型爆弾をジブラルタル基地に降り注がせることができた。一トンを遥かに超える質量とそれに見合う量の爆薬が基地施設に

大打撃を与えていく。さらに爆撃がひと段落すると、地上軍から重砲や対地ミサイルが、艦隊からは航空機が基地施設に襲い掛かり、次々に鉄の

雨を基地に降り注ぐ。この圧倒的物量の差に、もはや司令部の面々は笑うしかない。

そしてこの鉄の雨が止んだ頃、艦隊から揚陸艇が海岸に押し寄せ、内陸からは地上軍が進撃を開始した。

錬度の高い兵員と100機余りのMS配備された精鋭部隊、第12師団を前衛にして怒涛の勢いで進行してくる地上部隊にザフトの防衛ラインは

次々に蹂躙されていく。無論、ザフトも黙ってみているわけではない。彼らはジンやディン、さらにザゥードなど残ったMSを動員して応戦した。

しかしながら、満足に整備もできていないMSでは、勝負は目に見えていた。

「ちくしょう、足回りがやられた!」

「こっちは弾詰まりだ! ちくしょう!!」

連合軍の通商破壊による部品の不足によって、満足に整備することができなかったザフト軍のMSは、戦闘中に相次いで不具合を起こし次々に

その戦闘能力を失っていく。無論、故障せずに稼動し続ける機体もあったが、それとて圧倒的数を誇る連合軍のデュエルダガーやダガーなど

の量産機とデュエルやバスターと言ったGの前に成す術も無かった。質と量、共に圧倒されたザフト軍はジリジリと後退していく。

一方、海からは戦闘機による上空支援を受けた揚陸艇が次々に海岸に上陸し、橋頭堡を築き上げた。これを阻止すべき沿岸砲台は軒並み空爆と

ミサイル攻撃で破壊されており、ザフトは連合の動きを全くと言っていい程、阻止する事は出来なかった。

陸と海からの挟撃を受けたザフト軍に、まともに防御する余力などなく、ジブラルタルの陥落は時間の問題になっていた。




 ジブラルタル基地の戦況を聞いたクルーゼは、カーペンタリアに置かれた自分の執務室で思わず笑みをこぼした。

「ジブラルタルの陥落は時間の問題。恐らく遠く無い将来、カーペンタリアも落ちるだろう……くっくっく、予定通りだ」

今の所、クルーゼのシナリオに大きな狂いは無かった。パナマ戦で失敗したものの、その失点はシンガポール基地を壊滅させたことで打ち消す

ことが出来た。さらにパトリック・ザラはクルーゼが提供した資料で政治生命が救われことで、益々彼を信頼するようになっている。彼は近い

内にプラント本国に呼び戻され、宇宙での決戦に備えることになっている。尤もクルーゼはその前に、アズラエルに情報を提供するつもりだった。

「カオシュンは落ちても構わん。いや、むしろ早く落ちたほうが良い……」

クルーゼとしては、軍人として有能なユウキをパトリックの側近から引き摺り下ろすチャンスを狙っていた。そのために、ユウキが強引に

推し進めたカオシュンへの補給作戦が無意味なものであったことを証明することを目論んだのだ。彼としては優秀なライバルを蹴落とすことで

ザフトをより自分の思う通りに操りやすくするつもりだった。

クルーゼが何やら悪巧みを進行させている頃、カーペンタリア基地内部ではジブラルタルの陥落が近いとの噂が流れ、新兵達が不安そうに話を

する光景があちこちで見かけられた。ルナマリアとレイも、そんな光景のひとつであった。

「まさかジブラルタルの陥落が間近なんてね………」

机の上で書類の処理をしながら、ルナマリアはぼやいた。

「ナチュラル、いや地球軍も決して無能ではない、と言うことだろう。GやダガーなどのMSを見れば彼らの底力を理解出来る」

「まぁ確かに、ストライクダガーって機体、凄く乗りやすかったわ。ジンやシグーなんて目じゃない位にね」

地球連合軍がストライクダガーなどの量産機を大量に投入したことによって、少なくない機体がザフトの手に落ちていた。ザフトはその機体を

調査する一方で、調査が済んだ機体を自軍の兵器として再利用していた。このためにルナマリアも何回かダガーに乗る機会があった。

「いっそのこと、ダガーって機体を量産して配備すれば良いのよ。そうすれば緑服の子達だって生き残る確率が上がるわ」

鹵獲した連合軍のMSは、非常に扱いやすく、そして整備もしやすかった。さらにストライクダガーは火力ではジンを圧倒しているのでジンより

鹵獲したダガーを好むパイロットも居る。まあ、コーディネイターの誇りというか意地でジンに乗るパイロットも多いが。

「それも難しいだろう。本国ではすでにゲイツが次期主力機として量産されている。尤もこちらに回される事はないだろうな」

レイの言う通り、ザフトはゲイツを次期主力MSとして大量生産している。まぁ初期型には不具合もあったが、それも最近になって克服されて

信頼性の高いMSとなりつつある。だがそれを操るパイロットが不足しているのが頭痛の種であった。ザフト軍作戦部はすでに宇宙での決戦を

企図しているために、ゲイツとそれを操れるベテランパイロットを宇宙に集めつつある。この為に地上軍は旧式化したジンと新兵ばかりで戦わざる

を得なくなり、大きな犠牲を強いられているというのが現状だった。

「どちらにせよ、決戦は宇宙ということだ」

「まぁその通りだな」

突如として割り込んできた声に、2人はぎょっとした。そして声がした方向を見る。

「じゅ、ジュール隊長」

「中々、面白い会話だったな」

「い、いえ、そんなことは……」

ルナマリアは自分達の会話がコーディネイター至上主義と言う噂があるイザークの逆鱗に触れたのではないかと思い非常に慌てた。

だがイザークから帰ってきた台詞は、意外なものであった。

「気にするな、俺もそう思っている」

「え?」

「カーペンタリアに配備されてきた兵士たちは多くが、訓練時間を短縮されたひよっこばかりだ。奴らが乗るのなら、ジンよりもナチュラルでも

 乗れるMSのほうが良い」

数少ないベテランパイロットとして、新兵の訓練に従事しているイザークは、如何に彼らの錬度が低いかを実感していた。

またこれまでの戦いで、死に物狂いのナチュラルが如何に手強いかを思い知らされていたので、地球軍に対する偏見も消え、侮りがたい

強敵という認識が生まれていた。それゆえに彼は未熟な兵士を送ってくる本国に不満を感じており、ルナマリアの意見を肯定したのだ。

「お前達はすでに実戦を経験したようだが、地球では奴らはより手強いことを肝に銘じておけ。何せ地球はナチュラルの住処だからな」

「はい!」



 カーペンタリアと同様に、ジブラルタルの陥落が近いとの情報はプラント本国にも届けられていた。

「やはりジブラルタルの陥落は免れないか……」

作戦本部の会議室で、ユウキは苦い顔で報告書に目を通す。

「救援は?」

「不可能です。すでにアフリカ共同体はユーラシア連邦に制圧されており、南米も完全に大西洋連邦軍の制圧下にあります」

「さらにジブラルタル上空の制空権も失っており、降下部隊を送り込んでも的になるだけです」

多くの将官たちは、ジブラルタルに救援を差し向けることは出来ないと口をそろえる。

「さらに増援を出す余力もありません」

「戦力の補充はまだ終らないのか?」

「ベテランパイロットの補充はそう簡単にできません。さらに最近はパイロットの素質そのものが落ちているので……」

「そんなに酷いのか?」

「はい。以前なら、パイロットとして不適格としていた者達すら、採用しなければならなくなっているので……」

この言葉にユウキは苦虫を一ダースほど噛み砕いたような苦い顔をする。だがそれも無理は無かった。パイロットを任せられる人間がもういない

と言っているのに等しいのだ。それはすでにプラントの人的資源が払底しかかっていることを意味している。

しかし現時点で戦争を終わらせることは出来ない。地球連合は一部の人間が講和の為に動いているものの、すぐ講和を結べるような状況ではなく

プラント国民もまだ負けたとは思っていない。どちらかが負けた、或いは戦争継続が損と判断するまでは続くだろう。だがそこまでプラントが

耐えることが出来るかどうかは非常に疑わしい。さらに仮に独立を成し遂げたとしても、人的資源の消耗は後々に暗い影を落とすことになる。

(議長はどこで戦争を終わらせるつもりなのだ……このままではプラントには滅亡しかありえない……)

そんなユウキの心配を他所に、パトリック・ザラは宇宙での決戦に備えて様々な準備を推し進めていた。

その一環として、プラント本国の防衛力を強化するために、新型迎撃ミサイルの開発をユーリ・アマルフィに命じた。

「量子通信技術を使った迎撃システムの開発ですか?」

「そうだ。ドラグーンシステムを誘導ミサイルとして使用することが出来ればプラントに鉄壁の防衛網を築くことが出来る」

地球の原発が稼動しつつあるとの情報から、パトリックは地球連合がNJCの開発に成功したと判断していた。尤も地球連合の欺瞞工作の成果で

小型のNJCを保有しているとの情報までは入手できなかったものの、核ミサイルに搭載可能なNJCを開発するのは時間の問題だ、とパトリック

は考えていた。

「このままナチュラルどもが核を再び手にすれば、我らは破滅を余儀なくされる。それを避けるには、どうしても命中精度の高い迎撃ミサイルが

 必要になるのだ。早期開発のために予算はナスカ級2隻分は出す」

この豪快な予算のつけ方にユーリは驚きを隠せ無い。

「……分かりました。早速、取り掛かります」

「苦労をかけてすまない」

「いえ、全ては息子が護りたかったプラントのためですから」

ユーリはそう言って、パトリックの執務室を後にした。そして彼が出ていったあと、パトリックは一人決意を固めるように呟いた。

「戦争に勝つしか、コーディネイターが自立出来る道はないのだ」

プラントの建設に携わり、地球連合との交渉を行ってきたパトリックは、コーディネイターが自立し確固たる生存権を確立するには、この戦争に

勝利し、武力で権利を勝ち取るしかないと信じていた。パトリックはエザリアのように一旦、此処で矛を収めて機会を伺うと言う選択肢を持って

いなかった。

もしここで矛を収めたとしても、国力で勝る地球連合は必ずプラントを締め付けて来る……そしてその締め付けを疲弊したプラントが跳ね除け

ることは出来ないと彼は思っていた。

(どちらにせよ、待つのは完全な隷属か滅亡……それなら、まだ我々が優位にたてる内にことを済ませるべきだ)

彼の予想通り地球連合は彼らは歯向かったプラントをあらゆる手段で骨抜きにするつもりだった。講和を望むアンダーソン将軍ですら最終的には

プラントを理事国にとって都合の良い金融植民地にするつもりなのだから、アズラエルの思惑通りに進行すればそれをさらに超える事態になる

のは間違いないだろう。まぁ連合政府とアズラエルの思惑によって開戦前のようにブルーコスモスによるテロはなくなるだろうが……。

(そのためにアスランやレノアを失い、盟友だったシーゲルも切り捨てた。もう後戻りなど出来はしない)







 パトリックが悲壮な覚悟で戦争の継続を決意して居る頃、無理にでも戦争を止めようとする人間達が動いていた。

その中の一人であるラクスは、エターナルのブリッジでジブリール派の宇宙ステーションを襲撃した際の戦果報告を聞いて、満足していた。

「これで宇宙でのブルーコスモスの活動も、少しは抑えることが出来ますね」

「ええ。特に過激派には痛手でしょう。何しろ、この攻撃で残されたブルーコスモスの拠点はプラントから離れたものばかりになり、プラントへ

 のテロ攻撃はほぼ不可能になりましたし」

バルトフェルドの言葉にラクスは頷く。そして決意するように語った。

「憎しみを増長させるような戦争は一刻も早く止めなくてはなりません。マルキオ導師によれば地球連合でも和平に向けて動いている人がいる

 ようです。そんな人々の足を引っ張るような行為は阻止しなければなりません」

アズラエルが聞いたら激怒しそうな台詞だったが、そんなことを知る由も無いラクスは話を続ける。

「アンダーソン将軍によれば、大西洋連邦でも講和に向けた動きがあるようです」

「それは朗報ですね」

「はい。ですがブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルは独自の私兵集団ブルースウェアを編制し、プラントへの強行姿勢を強めています」

「私兵集団ですか?」

「はい。独自に兵員、指揮官を集めて作り上げたそうです。間違いなく過激なブルーコスモスの思想で染まった人間で構成されているでしょう」

ラクスは自信満々に言い切ったが彼女の分析は間違っている。確かにブルースウェアにはブルーコスモスの思想に染まった人間も多いが、彼らに

暴走されることを恐れているアズラエルはストッパー役としてそれなりに穏健派のブルーコスモス派将兵も混ぜている。さらに言えば、この

ブルースウェアは別にプラントを殲滅するために作り上げたのではなく、むしろジェネシスを破壊することで戦争を早期に終結させるために

編制されたのだ。しかしながら、修が憑依する前までのアズラエルの所業から見れば彼女がそう考えるのも不思議ではない。

つくづく日ごろの行いが如何に重要であるかが判る。

「私たちの敵は間違いなく、ブルーコスモスの尖兵であるブルースウェアになるでしょう」

「手ごわそうですが、遣り甲斐のある仕事ですね」

バルトフェルドはそう言って笑う。これに吊られるようにブリッジメンバーも笑う。プラントの敵であり、戦争を煽る元凶であるブルーコスモスと

その尖兵と戦う……それは彼らのモチベーションをアップするのに十分な任務であった。

「ですが、問題はプラントです。ザラ政権が続く限りは、平和はありえないでしょう」

「確かに。穏健派議員は多くが拘束されていますし、軍も旧クライン派が粛清されたせいで影響力を及ぼせません」

「ですが、どんな手を打ってもザラ議長の扇動と恐怖政治を打破する必要があります」

ラクスがフリーダムを強奪するような真似をしなければ、とっくにプラントの政権は穏健派の手に戻っていたのだが、そんな事は気にも留めず

彼女は続ける。

「すでに必要な手は打ちましたが、それでも足りないかもしれません。ですが、ここで穏健派が復権すれば和平の可能性も生まれます」

彼女が如何なる手を打ったのかを、バルトフェルドは知る由も無い。だが、合法的な手段ではないことは理解できた。

(見た目は麗しいが、やることは軍人も真っ青だな……まぁそのくらいは出来ないとうちのトップは務まらないか)

ラクスの行動力をバルトフェルドは頼もしく思う一方で、さらに事態が悪化するのではないかと言う危惧も感じていた。

(問題は逆に事態が悪化した場合だな……いや、これ以上事態が悪化するようなことはないか)

彼はこれ以上は事態が悪化することはないだろうと思い、危惧を打ち消した。まぁ彼らの今の立場からすれば現在が最悪の状況と言えるのだが

政治的な視点に立てば、まだ悪化する余地があった。しかしながら、彼らは自分達の立場からしか物事を見ていない、いや見れないために

そのことに気づくことはなかった。そしてそれがさらなる事態の悪化を招く事になる。