オーブに向かう地球連合軍艦隊はまさしく海を埋め尽くすと言う言葉が相応しい陣容を見せ付けている。

この大艦隊は正規空母『長春』を旗艦とした空母機動艦隊と、イージス艦『キリシマ』を旗艦とした水上打撃部隊の2つからなる

東アジア共和国軍艦隊と空母『ミンクス』を中心としたユーラシア連邦軍艦隊(元黒海艦隊)からなっている。

この大艦隊を率いるのは、ユーラシア連邦軍中将のウラソフ中将だった。彼はユーラシア連邦軍でも指折りの指揮官として名を

はせており、今回この作戦の総指揮を任されていた。だがその本人は自分の執務室で非常に腹立たしい思いをしていた。

「自作自演で開戦理由をでっち上げて、中立国に攻め込むとは……我が祖国も堕ちたものだな」

ユーラシア連邦司令部に強い人脈を持つ彼は、このオーブとの戦争がいかなる経緯で引き起こされたのかを知っていた。軍人が政治に

口を挟むのはご法度であることは判っているが、彼はこんな薄汚い理由付けでオーブと戦いたくは無かった。

「大西洋連邦に一時的に従うのも方策の一つだろうに……」

彼は連邦司令部のやり方に大いに不満を持ったが、彼としてはどうしようもない。

「あの国はそう簡単に堕ちてくれる国ではないんだぞ……アフリカでの消耗から碌に立ち直っても無いのに全く無茶をさせる」

オーブは軍事技術においては世界でも一目おかれている国だ。司令部も楽に勝てる戦いではないことを彼は分かっている。

だがそれでも連邦司令部はNJCの秘密を欲したのだ。そう、いかなる犠牲を払ってでも……。

「まぁ命令とあっては仕方ない。今は自分が出来ることをするとしよう」




 ユーラシア連邦軍と東アジア共和国軍が、オーブへの大規模な侵攻を開始したとの情報は大西洋連邦を苛立たせていた。

大西洋連邦首都ワシントンにあるホワイトハウス西塔にある作戦司令室には、この事態を受けて主要閣僚が集まっていた。

「ユーラシア連邦は何を考えている?」

地球連合の盟主として君臨する超大国大西洋連邦、その最高権力者であるフランシス・オースチンは顔を顰めた。

軍需産業連合と強い係わり合いを持ち、色々と黒い噂が流れる超がつくタカ派の大統領は、この事態に内心怒り狂っていた。

(まったく、ビクトリア奪還にしくじった挙句に、これか。だからロシア熊は信用できないんだ!)

彼としてもいつかは、オーブを叩くつもりだったが、ユーラシア連邦と東アジア共和国の自分勝手な行動は容認できなかった。

頭の中でロシア方面出身の禿げ頭のユーラシア連邦大統領の顔を思い浮かべ、殺意を滾らせていた。

一方、同じくタカ派で知られる国防長官のピーター・ハッチは、オーブ攻撃にこちらも参加するべきだと主張した。

「この際、邪魔な中立国はまとめて消えてもらえば良いじゃありませんか。名目も立っていますし」

アラスカ、パナマで正面からザフト軍を撃退できたことから、彼は自国軍の戦力について自信を取り戻していた。

「しかし我が軍にそれだけの余力はあるのか? アラスカ、パナマと消耗は少なくないはずだ」

強硬論を主張するハッチを国務長官のスティーブ・サカイが諌める。

「第4洋上艦隊とアークエンジェルがハワイで補給を受けている。これを動員すれば十分に可能だ」

尤も同行させる陸軍部隊、海兵隊はアラスカとパナマで消耗しているので甚だ心もとないが……。

「しかし今回のユーラシア連邦の動きは連合内部の足並みを崩すものだ。これに我々が同調しては連合内部の秩序が保てない」

「国務長官の言うとおりです。それにユーラシア連邦の独走を許せば反攻作戦が大きく躓くこともありえます」

参謀本部長のリチャード・キンケード大将はそう言って、ユーラシア連邦軍の独走が、連合内部の秩序を崩すばかりか、反攻作戦

そのものに影響する危険性を主張する。

「……確かに。このままでは地球連合の盟主であるわが国の威厳が傷つく可能性が高い」

ハッチは連邦軍情報部から得た情報と今回のオーブ侵攻を受けて、他の地球連合加盟国が動揺する可能性を認めた。

如何にしてユーラシア連邦の動きを止めるか、誰もがそれを考え始めたとき、ひとりの男が発言した。

「私はこの際、ユーラシア連邦の動きを追認するべきだと思います」

商務長官のマイケル・ウォーレスの意見を聞いたオースチンはその理由を尋ねる。

「なぜだ?」

「一応、ユーラシア連邦軍はオーブ軍の卑劣な奇襲攻撃を浴びたことを開戦理由にしています。現状では大義名分を持っているのは

 ユーラシアです。この状況でユーラシア連邦の動きを牽制すればいらぬ軋轢を生む可能性が高いと思われます。唯でさえアラスカと

 ビクトリアで受けた損害と我が国の影響力拡大で彼らはかなりの不満を抱えています。これに拍車を掛ければ、最悪の場合はユーラシア

 の地球連合からの脱落を招くかもしれません」

「つまり現状では、ユーラシア連邦に飴を与えるべきだと?」

「はい。赤道連合を含む新規加盟国の動揺に対してはインド洋の第7洋上艦隊で観艦式を行うことで引き締めを行うというのは?」

「第7には、開発したばかりのディープフォビドゥンやフォビドゥン・ブルーもある。これにスカイグラスパーとストライクを

 加えて大規模な演習なり観艦式でもすれば、かなりの示威行為となるな」

ハッチは大規模な観艦式、あるいは大演習を行うことに賛意を示す。しかしキンケードはこれに反対する。

「下手に示威行為をすれば、反発も予想されます。それに中東では反大西洋連邦機運が強いので、これを助長させることは

 避けるべきかと……」

中東方面軍が親ザフトのゲリラに悩まされているのを知っているキンケードは反対意見を述べる。さらに言えば、彼はアズラエルから

オーブ侵攻を止めるように圧力を受けていたので、出来ればユーラシアへの牽制を行うような方向に持って行きたかった。

「まずはユーラシア連邦の動きを牽制するべきです。地球連合の運営方式は連合各国による合議制です。今回のように偶発的戦闘を

 理由にして勝手に中立国に攻め込まれてはこの運営方式が崩れることになります」

オースチンはこの発言を聞いて、黙り込む。そして暫くしてキンケードに尋ねる。

「……ユーラシア連邦を牽制するにしても、どのような手段がある?」

「アラスカ基地、ブリテン島の各基地を臨戦態勢にして、極東方面、ヨーロッパ方面両面への圧力を加える事が考えられます」

「馬鹿な、そんなことをすれば連合同士で戦争になるぞ」

マイケルはそういって反対する。彼としては貿易相手国であるユーラシア連邦、東アジア共和国との関係悪化は避けたいのだ。

これに加えて財務長官のウイリアム・サムナーもキンケードの意見に反対する。

「最悪の場合、ユーラシア連邦とザフトの二正面作戦になります。そうなれば財政が持ちません!」

「だがこのまま連中の行いを見過ごせば、他の国々にどう思われるかは判るだろう」

「確かに、やり過ぎとも言えなくともないですが、我が国が身を挺してまでオーブを守る義務はありませんし、余力もありません」

大西洋連邦の金庫番とも言える彼は、どれだけ戦争で赤字が出ているかを判っていた。

戦争で儲かるのは、第一次世界大戦の日米のように戦火の影響がないところで金儲けをするときで、今回のように国家総力戦となれば

市場は萎縮して最終的には経済に悪影響を及ぼす。プラントから搾取してきた資本の流入がとまって苦しいのに、これ以上贅沢を

されたらたまらないというのが彼の本音だ。決定を下すべきオースチンは黙ったまま部下達の議論を聞いていたが、突如として入った

電話を通した緊急報告を聞いて彼は決断した。彼は受話器を置くと、部屋全体によく通る声で決定を伝える。

「オーブの一件はユーラシア連邦に任せる」

キンケードとハッチ、サカイは悔しがり、他の文官達はことを荒立てなくて済んだと思いほっとした。

「第7洋上艦隊は観艦式のための準備を急がせろ。あと第4洋上艦隊を南下させる準備をさせておくように」

「第4洋上艦隊を南下させるのですか? しかしユーラシア連邦にすべてを任せる筈では……」

「連中がオーブから撤退を余儀なくされれば話は別だ」

「大統領はユーラシアが敗退するとお考えなのですか?」

「可能性はあると私は判断している」

この言葉に、多くの閣僚は怪訝な顔をした。ユーラシア連邦と東アジア共和国が投入する戦力はオーブ軍の3倍近く……この状況では

オーブに勝ち目はないのは明らかだった。これは専門家ほど詳しくはない文官たちでもわかることだ。

「先ほど連邦情報省から連絡があった。オーブには、パナマ戦で我が軍を苦しめたジャスティスの兄弟機が存在するようだ」

この言葉に彼らは絶句した。そしてなぜユーラシア連邦がオーブに攻め込んだか理解した。

「連中は独自にNJCを入手しようと企んでいる……と言う訳ですか」

「そうだ。尤も連中はあの機体がどれだけ厄介なものかを知らない。まぁ連中が痛い目にあうのは自業自得だが、その結果、地球連合の

 威信が低下するのは避けなければならない」

オースチンはプラントでのフリーダム強奪騒ぎをある程度知っていた。そのためオーブが独自にフリーダムを入手したと考えていた。

(オーブの連中も中々やるな。平和ボケの輩ばかりだと思っていたのだが……だが核を独占するのは我が国だけで十分だ)

オースチンはこの時、オーブを完膚なきまでに滅ぼすつもりだった。

「しかしそうなると、連中がその機体を入手した場合には、連合内でのバランスが崩れる可能性があります」

このサカイの意見を、オースチンは一蹴する。

「ユーラシア連邦の技術力ではNJCをコピー生産することは困難というのが、技術者たちの意見らしい。

 それにNJCの技術はアズラエル財閥が特許を持っているから、ユーラシア連中もそうそう下手な真似はしないだろう」

この決定でオーブの滅亡が確実になったことを知ったアズラエルは、思わず唾を吐き捨てた。

「結局、歴史通りか……くそったれが!!」

しかし彼としても、無理に地球連合軍を止めることは出来ない。下手に動けば自分が失脚しかねない。

「どいつも、こいつも戦争を拡大させやがって!!」

アズラエルはフリーダムとキラ、そしてユーラシア連邦首脳部への苛立ちから、近くに置いてあるものに八つ当たりをする。

尤もすぐにそんな行動は時間の無駄と悟り、彼は今後の方針を大きく転換することにした。

「こうなったらオーブなしでの停戦を目指すしかないな。と言うことは、スカンジナビア王国をオーブの代役にするか」

アズラエルは外交が巧みなスカンジナビアを中立国のまま維持する一方で、オーブを完全に滅ぼすことにした。

端的に言えば、クサナギとフリーダムも絶対に逃がさずにオーブごと叩き潰すということだ。

アークエンジェルこそないが、クサナギとフリーダムが宇宙に上がればいささか厄介なことには変りないのだから……。

「ユーラシア連邦軍が勝てるかどうかは微妙だが、まぁ一応打てる手は全て打たせてもらうか」

アズラエルは万が一、彼らを撃ち洩らした時に備えて第6艦隊の一部をオーブ上空に派遣し、その宙域を機雷で封鎖させる事にした。

さらにアズラエルはユーラシア連邦軍の目的がフリーダムであることをサハク家にリークした。

「まぁこれでフリーダムとオーブとの間に溝を作れればいいんだけど……さてさてどうなることやら」

アズラエルは歴史の修正力に、先行きの不安を感じた。




 そのころパトリックはクルーゼからの報告でオーブにフリーダムがあることを知った。彼らは即座にオーブに対してフリーダム

を返還するように伝えたが、月艦隊がオーブ上空を封鎖するために出撃したとの情報を受けて、返還させることも困難と判断した。

これを受けてパトリックはある決断を下す。それはエザリアたち他の強硬派からも反対意見が出るものだった。

「非道なのは判っている。だが、フリーダムを渡すわけにはいかん」

「しかしこれを使えば、親プラント国まで敵に回します。それに最悪の場合は連合の報復攻撃を受けます!!」

「だがここでフリーダムとオーブのマスドライバーを連合に奪われれば、市民の支持を失う危険性がある。

 この現状ではそれだけは絶対に避けなければならない」

クルーゼによって齎された情報、大西洋連邦によるNJC開発計画(アズラエルが推進していた物)とビクトリア奪還作戦の詳細は

パトリックにとって何よりの援軍であった。彼は連合のNJC開発計画がかなり進んでいたと発表して、自分達が極秘裏にNJCを

開発したことを正当化した。これに加えてラクス・クラインが核エンジン搭載型MSを連合に渡したことを公表し、彼女の行いが

プラントを再び核攻撃の危機にさらすことになると喧伝した。そうすることで彼はラクスを含むクライン派を徹底的に弾圧した。

このためアイリーン・カナーバたち穏健派議員は失脚を余儀なくされたばかりか、ザフト軍施設に監禁されることになる。

かくしてパトリックは政権を維持することに成功した。無論、ここでビクトリアのマスドライバーを奪われれば拙いことになっただろう

が、連合軍を足止めしている隙にマスドライバーを破壊して事なきを得た。尤も結果としてビクトリアと言うアフリカにおける

要所を失ったことに変わりはない。さらに同盟国のアフリカ共同体も降伏は時間の問題となっている。

この状況では、これ以上の失点を重ねるわけにはいかない。

パトリックは反対意見を抑えて、クルーゼに対してフリーダムとオーブのマスドライバーの破壊を命じた。

それもザフトの仕業とは悟られぬように……。

  「やれやれ、あの男も無理なことを言う」

この命令を受けたクルーゼは表面上は文句を言いつつも、内心で笑った。

(くくく、ユーラシアに情報を流した甲斐があったというものだ)

今回、ユーラシア連邦にフリーダムの情報を流して、戦争を勃発させたのは他ならぬクルーゼだった。彼は疲弊したザフトが立ち直る

だけの時間をオーブに稼がせるつもりなのだ。彼はフリーダムを有するオーブなら連合軍相手に互角の戦いが出来ると思っていた。

(扉が開くまで後一歩と言ったところか)

彼は、自分の手元に送られてくるであろう禁断の兵器が作り出す世界を夢見て、暗い笑みを浮かべる。

尤も彼は後に、自分が連合の力を見誤っていたことを思い知ることになる。





                         青の軌跡 第8話






 地球連合軍艦隊は数日後、オーブを攻撃圏内に捉えたことを確認するとオーブ政府に降伏勧告を行った。

尤も彼は回答が来るまでただ待つほど無能ではないので、全艦隊に対して攻撃準備を整えさせていた。そしてそれは無駄ではなかった。

「オーブ政府は拒否したか」

オーブの返答を見て、ウラソフはやっぱりかと言う表情を見せた。何しろ降伏勧告を出した彼自身が、かなり恥知らずな内容の降伏勧告

だと思っていたので、オーブの反応は驚くには値しなかった。ちなみに彼ですらあきれ果てたオーブへの要求内容は主に

1.オーブ現政権の退陣、2.オーブ軍の武装解除と解体、3.連合によるマスドライバー使用を認める……この3つだった。

尤も彼も断られたかといって「はいそうですか」と引き下がれる立場ではない。

(連中が取りうる戦略は、本土決戦で我が軍を苦戦させた後に譲歩を要求する位か……まぁどちらにしても戦いは避けられないか)

ウラソフは深呼吸をした後、よく通る声で作戦の開始を告げる。

「全艦隊攻撃を開始せよ!!」

この指令を受けて海上の戦闘艦艇から無数と言っても良いミサイルがオーブ軍艦隊と海岸の軍事施設に放たれる。そし長春やミンスクを

中心とした空母部隊から航空機が次々に発進し、戦闘機隊がオーブ軍航空部隊に向かって一斉に対空ミサイルを放った。

迎え撃つオーブ軍は、装備的には連合軍に勝るとも劣らないものであったが、何分、物量と経験が違いすぎた。

M1や戦車が、決死に降り注ぐミサイルを撃ち落しに掛かるが、豪雨のように降ってくるミサイルすべてを撃ち落すことは不可能だった。

さらに航空部隊も、連合軍はスカイグラスパーを中心とした新型機で固めているだけでなく、熟練パイロットが揃っていたのに対して

オーブ軍パイロットは今回が初陣のパイロットばかり。このためにオーブ軍航空部隊は序盤から押された。

このためにオーブ軍の戦闘機隊はあっさり、連合軍攻撃機の突破を許してしまう。そして攻撃隊は艦隊からのミサイル攻撃に手一杯の

オーブ軍地上部隊を飛び越え、オーブ軍の指揮中枢と通信中継施設に殺到した。彼らは事前に入手した情報を基にしてオーブ軍の

航空基地と周辺の対空陣地に対して次々に攻撃を行った。

「第13飛行場沈黙!」

「第7対空陣壊滅した模様! 第11防空指揮所音信途絶!」

攻撃隊が好き勝手に攻撃を行う一方、連合艦隊から押し寄せるミサイルはオーブ軍の弾幕を突破して次々に着弾していく。

オーブ艦が、防空施設が、戦車部隊が次々に紅蓮の炎に包まれる。M1もミサイルを浴びて擱座したものもある。

彼らは連合軍の猛攻を受けてジリジリと後退していく。

「何としても、食い止めるんだ!」

カガリの決死の呼びかけも虚しく、次々に沿岸に配備されたオーブ軍の防空施設や戦車部隊は次々に撃ち減らされていく。

地球連合軍はさらに攻撃隊の第二波を発進させて、オーブ空軍の殲滅と後方拠点の破壊を実行に移した。第一波攻撃隊との消耗した

オーブ空軍にこれを食い止めるだけの力は無い。戦闘機隊は次々に駆逐されるか、補給切れで戦えなくなった。

『こちらデルタ小隊、敵が多すぎる!』

『こちらベータ小隊、AAM残弾なし!』

軍本部に入ってくる報告はどれも凶報ばかりであった。カガリが歯噛みする中、連合軍航空隊は空軍基地や補給基地を叩きに掛かる。

管制塔が、格納庫が積み木の建物のようにあっけなく破壊され、そこにいた人が木の葉のように吹き飛ばされる。主要施設が次々に

破壊されて、攻撃を受けた空軍基地は使い物にならなくなった。だがキサカは空軍基地の替わりとして高速道路を使用すること

を全軍に伝えた。オーブの高速道路は戦闘機の滑走路としても使えるように建設されており、さらにトンネル内部には弾薬の貯蔵庫も

存在している。このためにある程度はまだ戦える。

「まだ、戦えます」

キサカはそう言ってカガリを励ました。




 後方で空軍基地と補給基地を叩いている連合軍だったが、未だに上陸を開始できる状況ではなかった。

「くそったれ、何て火力だ!」

この連合軍が未だに上陸できない原因を作っていたのが、フリーダムだった。フリーダムは圧倒的火力に物を言わせてミサイルを

次々に撃ち落し、さらに射程範囲に入ってきた連合軍機を1機残らずことごとく叩き落した。これには連合軍も手を焼いた。

尤もフリーダムが援護できない場所では、すでにオーブ軍守備隊は敗走に近い状態になっているが……。

「キラだけに頼ってはいけない」

カガリはキサカの反対を押し切って、かなりの数の予備部隊を前線に送ることを指示した。彼女はフリーダムの支援の下、水際で

連合軍の上陸を食い止めようとしたのだ。これを受けて軍本部や各施設を守る最低限の守備隊を除いた部隊が増援として送られる。

だがその隙を見逃すような連合軍ではなかった。

「よし、全艦攻撃開始!」

偵察機からの報告を受けて、近海に潜んでいた潜水艦隊が次々に巡航ミサイルを発射する。百発をくだらない数のミサイル群はそれぞれ

に入力された目標に向かって殺到した。無論、これに気づかないオーブではない。即座に軍本部に情報が伝わる。

「巡航ミサイル多数接近!」

緊張したオペレータの声がオーブ軍本部に響く。

そしてスクリーンに巡航ミサイルを示す多数の光点が映し出された。

キサカはその光点がどこに向かっているかを理解すると、一瞬絶句した後にオペレータに慌てた口調で尋ねる。

「拙い、近くの守備隊は!?」

「守備隊の大半はすでに前線に送っています。最低限の兵力しか残されていません!」

「何だと!」

そう、すでに戦力の大半はカガリの指示で上陸ポイントとなるであろう海岸線付近に優先的に振り分けられている。

このために現在、進行中のミサイルを食い止める力は、カガリ達にはなかった。ちなみにこの多数のミサイルはオーブ軍戦闘機隊の

集結地に向かっており、このままでは戦闘機隊が壊滅することは間違いない。そしてそれは制空権の喪失を意味する。

「周囲で駆けつけられる部隊は?」

カガリは縋るように尋ねるが、帰ってきた答えは非情だった。

「駄目です。どんなに急いでも着弾のほうが速いと思われます」

このオペレータの報告を聞いたカガリは下唇をかみ、己の失策を悔いる。

「くっ」

これを見たキサカはカガリに気を強く持つように言う。何せ戦場では将がしっかりしないと勝てる戦いも勝てないのだ。

この程度、とまではいかないが序盤からカガリが落ち込んでいては兵士達が明るい展望など持ちようが無い。

「わかってる。でも……」

カガリの見つめるモニターにはモニターには巡航ミサイルで相次いで破壊されていく戦闘機隊の様子が映し出されている。

それを見れば、己の責任を否応にも感じざるを得ない。

さらに敵のMS部隊が空軍基地周辺に降下したとの報告を聞いたとき、ついにカガリは自分も前線に出て戦おうとした。

もっともそれを見過ごすキサカではない。司令室に叱責が響く。

「指揮官がそんなことをでどうするのです!?」

確かにキサカの言う事は正しい。

指揮官の役目とは戦況を冷静に分析して最善の結果に繋がると思われる指示を出す事なのだ。

だが、カガリにそれをこなす事が出来る訳が無い。

味方が死にそうになっているのを見ながら、冷静な思考をすると言う仕事はそれなりの経験が無ければ不可能なのだ。

いや非情な性格をしているなら、それも可能かもしれない。しかし幸か不幸か、彼女は非情でも冷静沈着でもなかった。

それ故に彼女に軍の指揮は向いていない。そしてそのことがオーブ軍を次第に窮地に追い込むこととなる。



 修理と補給の為に翼を休めていた戦闘機は大半が地上で撃破されてしまう。辛うじて残った戦闘機隊は圧倒的物量を誇る連合軍戦闘機隊

によって次々になぶり殺しにされて消滅した。かくしてオーブは制空権を完全に失うことになった。そしてこれにより一気に連合軍有利に

とって有利な展開となる。エアカバーを失った護衛艦隊は攻撃機から放たれた対艦ミサイルによって次々に撃沈されていく。

さらにM1も攻撃隊から降り注ぐ爆弾によって、少なからざる数の機体が撃破されていった。

「この!」

何とか味方を救おうとミサイルを撃ち落していくキラだったが、さすがのフリーダムでも全てのミサイルを落とせはしない。

何せ艦艇から放たれる巡航ミサイルや戦闘機から放たれる対艦ミサイルは百を下らない。しかも様々な方位から撃ち込まれて来る。

これを一発残らず落とすことなどさすがのフリーダムでも不可能だ。フリーダムの迎撃を突破したミサイルが次々に目標に命中する。

如何にフリーダムとは言え、これだけの物量の差をひっくり返すことは出来ない。

いや、この戦況をひっくり返す手段が一つだけあった。それはフリーダムで地球軍艦隊旗艦を叩くことだ。旗艦が撃沈されれば

如何に連合軍とは言え、指揮系統の再建のために撤退を余儀なくされる。尤も一時的に兵を引いても、連合軍はさらなる兵力を持って

オーブを攻めてくるだろうから、結局はオーブは滅亡することには変わりはないが……それでも先延ばしにすることは出来る。

だが不殺の精神を(今のところは)貫くことを決めているキラはあえてそれをしなかった。彼本人としては満足だろうが、そのツケは

非常に大きいものになろうとしていた。すでにオーブは制海権、制空権をほぼ失っているのだから……。

尤も本人は状況の悪化を認識しつつも、ただ目の前の殺戮を止めることだけしか頭になかった。

「これ以上、殺させはしない!!」

フリーダムの放つ攻撃は正確無比。音速を超える戦闘機すら、キラに補足されれば成すすべもない。

彼の反撃だけで40機以上の戦闘機を撃墜し、発射されたミサイルの20%以上を撃ち落していた。

この影響は決して見逃せる事ではない。そう彼らは確実に、僅かながらも連合の攻勢を鈍化させていたのだ。

「たった1機のMSにこれだけのダメージを受けるとは!」

ウラソフ中将は被害報告を聞いて唸る。確かに現在の戦況は彼の思い通りになってはいたが、そのための代価が高すぎる。

旧式化したとはいえ戦闘機だって安いものではないのだ。それに人的被害が無いとはいえミサイルはただではない。

「それにしてもザフトの新型機の戦力がここまでとは……」

忌々しげにフリーダムを見つめるウラソフだったが、即座に気分を切り替える。

「まぁ良い。オーブ海軍と空軍は排除した。あとはMSを陸に揚げるだけだ」

ウラソフは用意しておいたMS部隊に上陸開始を指示した。この指示の後、ウラソフはやや疲れた表情で呟く。

「それにしてもあのフリーダムと言う機体、侮れんな。正直言ってあれを鹵獲するのは困難だ」

この司令官の言葉に慌てた作戦参謀が反論する。

「ですが、あの機体を確保することが本作戦の最大の目的です」

「判っている。しかしあの機体を鹵獲しようと思ったらあれを地上に引き摺り落とさなければなるまい」

「戦闘中に鹵獲することを諦めると言うのはどうでしょうか?

 敵空軍は壊滅していますし、空挺部隊が後方で暴れているのでいずれ敵の防衛網は瓦解します。

 オーブはあと半日もあれば落ちるでしょう。オーブ政府が降伏して武装解除した際に接収すれば問題ないと思いますが」

作戦参謀はフリーダムをオーブ軍のものと考えているので、そう提案した。

まあ確かに普通ならそう思うだろう。

NJCと言う最高機密に値するものを積んだ兵器が、実は連合軍の脱走兵に操られているなどとは普通の軍人は考えない。

「……それもそうだな。だが、それまでにどれほどの損害が生まれることやら」

フリーダムによって生み出されるであろう損失を考えて頭痛を覚えるウラソフ。尤もこのとき、彼の頭痛の種であるフリーダムを

破壊しようとしている勢力が存在していることを彼は知らなかった。




「オーブも粘るな……地球軍がむきになるのもわかる」

オーブ近海に進入したクルーゼ率いる潜水艦隊は、地球連合軍とオーブ軍の戦闘を観察していた。

本来なら地球連合軍より早くオーブ軍と接触しなければならないのだが、何分兵力を失っているので正面きってオーブと

戦えるだけの兵力はない。最も正面から戦わなければ幾らでも方法はある。すでに彼らはオーブ諸島にある無人島にあるものを

設置していた。さらにオーブ軍、地球軍ともに正面から殴り合っているので、ザフトの動きに気づいていなかった。

潜水母艦の艦長が心配そうに言うが、クルーゼは気にもしない。

「構わんさ。連中もオーブ軍への攻撃に夢中だ。艦隊に被害を与えないものに気を配りはしない。

 それよりも例のもの、予定通りに設置したか?」

「はい。予定された場所に設置しています。あとは時間が来るのを待つだけです」

「そうか……なら良い。気をつけてさせろ、あれは作戦の要だからな」

「はい……」

浮かない顔をする艦長にクルーゼは尋ねる。

「どうした? 何か問題が起こったのか?」

「いえ……我々はあれを使っても良いのでしょうか? あれを使えば……」

艦長の懸念を知ったクルーゼは内心で冷笑を浮かべる。そしてそれをおくびにも出さず答えた。

「我々に手段を選んでいられる余裕は無いのだ。現状ではどんな手段を使っても奴らを少しでも地上に縛り付けておく必要がある」

「………」

「それにこれを使わなければ、確認できないからな」

見れば誰もがぞっとするであろう冷笑を口元に浮かべるクルーゼ。

だが作戦内容を知る他の指揮官や艦長は皆浮かない顔をして、いや中には顔面を蒼白にしている者もいる。

彼らに共通する思いはひとつ。

(我々は、同じ過ちを繰り返そうとしているのではないだろうか…いや、それどころか破滅への扉を開こうとしているのでは無いか)

人間としての良心以外から来る何かが、彼らを不安にしていた。






 地球連合軍は制空権、制海権をほぼ掌握したと判断して上陸作戦を開始した。

巡洋艦、駆逐艦が海岸に接近して海岸線に展開するオーブ軍部隊に砲撃を浴びせる一方で、多数の強行揚陸艇が海岸に向かう。

無論、これを黙っているほどオーブ軍も無能ではない。即座に生き残ったトーチカやM1が攻撃を加える。しかし……

「こちら第3航空隊、目標を確認。これより攻撃を開始する」

ダガー隊の支援要請によって駆けつけてきた航空隊に次々に潰されていった。

いやM1については、地球軍の航空部隊にそれなりの反撃を加えるのだがその分、火力が分散してダガー隊の上陸を許すこととなる。

「第4中隊はXエリアのトーチカの制圧を急げ。第7中隊は第9中隊と共同でZエリアの敵MS集団の殲滅しろ」

「第3、8航空隊は補給作業後に直ちに発進させろ! 第5護衛隊群は前面のフリーダムを抑えろ!」

艦隊旗艦のジュコーフでは次々に指示が飛ぶ。また前線からの被害報告も同じくらいの勢いで帰ってくる。

「フリーダムと交戦中だった駆逐艦ザクセン、サラミスが戦闘不能! 巡洋艦ボルゴグラード、ミサイル発射缶全損」

艦艇をある程度戦闘不能に陥れると、フリーダムは今度は内陸に侵攻してくるMS隊に襲い掛かる。

「第3中隊、フリーダムと接触。全機戦闘不能!」

「第7中隊、第9中隊もフリーダムによって全機戦闘不能にされました!」

「第14中隊は敵MS群と接触。増援を要請しています」

「第23〜第31中隊、敵MS多数を殲滅。しかし消耗が激しく補給が必要との事です」

報告で一番ウラソフの目に付いたのは、やはりフリーダムによって受けた損害だった。

「わずか1機で3個中隊のMSを戦闘不能にさせたか。しかも操縦者を殺すことなく」

ウラソフは呆れたように呟く。これに作戦参謀が付け加える。

「それだけではありません。巡洋艦2隻、駆逐艦3隻が戦闘不能です。他にも多数の艦艇が戦闘力を大なり小なり奪われています」

「5隻も戦闘不能か。で、あのMSには大して損害を与えられないと?」

「はい。さすがに司令部が最優先で確保しろと命じた機体です」

作戦参謀はフリーダムの奮闘振りを表面上褒める。もっとも賞賛と忌々しさの内訳は2:8程度だったが……。

だがフリーダムの奮戦も空しく戦況は急速に連合に傾きつつあった。

フリーダムがこれだけ叩いても叩いても、連合の兵力は減る気配を見せないのだ。

さらにオーブにとって拙い事に、後方に降下した空挺部隊が各地の通信中継施設やレーダーサイトを潰しまわっている為に

オーブ軍の動きは急速に鈍化している。どんなに優秀な兵士を有していても、指揮官が目耳を封じられた状態で戦争は出来ない。

オーブは確実に追い詰められていた。