連合軍の主力隊が各地で陸地に上陸し、侵攻を開始するとオーブ軍は圧倒的物量を前に各地で撃破されて後退していった。

特に開戦当初から最前線で戦っていたM1や戦車部隊の消耗は激しく、撃破されたM1やオーブ軍車両が目に付く。 

そしてかつてオーブ軍が居た場所に後続の連合軍が次々と橋頭堡を確保していった。

彼らは陸上車両を駆使しての補給ラインも確保し内陸への侵攻準備を整える。

このオーブ軍敗走と連合軍の侵攻の状況は、オーブ軍本部にある程度入ってきており、多くの人間を焦らせていた。

「第8機甲大隊沈黙。イザナギ海岸周辺に敵MSが多数上陸!」

「第6特科中隊壊滅。敵の浸透阻止できません!」

立て続けに入る凶報。それらは戦線が総崩れに陥りかけていることを示していた。

さらに補給ラインも降下してきたMS部隊に散々に荒されて、前線ではバッテリー切れで戦闘不能になるM1が続出している。

「第5機甲大隊を後退させろ! 第2特科中隊で穴を塞げ!」

「無理です! すでに第2特科は弾薬がありません。第5機甲大隊とは音信が途絶しています」

「くそ! 敵空挺師団はまだ排除できないのか」

通信中継施設が潰されており、前線への指示がまともに出せない状態に陥りつつある。実質的に司令部は目耳を塞がれ前線では

指揮系統が分断されて右往左往するオーブ軍部隊が続出した。一部の部隊は頑強に抵抗したが、連合軍はその場所に空爆を行って

黙らせていく。オーブ軍が潰走していく様を見て、連合軍兵士の士気は否応にも高まる。

「一気にケリをつけるぞ。全軍進軍せよ!! 目標、オーブ軍本部!!!」

司令官の命令に従って、上陸した全軍が次々にオーブ軍本部を目指して侵攻を開始する。オーブにそれを阻む力はもう無いと思われた。






                  青の軌跡 第9話



 上陸したダガー隊は、海岸線の攻防で消耗して後退したオーブ軍部隊を見つけては襲い掛かった。

「はっこの程度か!」

「この地球の裏切り者が!」

「利敵者どもめ、しかるべき制裁をくれてやる!」

指揮系統が分断され、補給すら満足にないオーブ軍は連合軍は圧倒的な物量によって次々に押しつぶされていく。単機での性能ではダガーに勝るM1も、3機のストライクダガーに三方から襲われては成す術も無く、呆気なくビームサーベルに串刺しにされる。

この卑怯ともいえる攻撃に怒った他のM1が仇をとろうとするが、連合の戦車部隊の援護射撃によって動きを封じられる。

「くそ、小癪な!」

M1のパイロットはビームライフルで連合の戦車をなぎ払う。しかし、それはあまりに軽率だった。

「もらった!」

戦車に注意が向いたM1に近くに居たストライクダガーが好機とばかりにビームライフルで集中攻撃を浴びせた。

ビームライフルの集中砲火を浴びたM1はアッと言うまに蜂の巣にされ、次の瞬間爆発四散する。

「やめろ!!」

さらに別のM1を叩こうとしたダガー隊に、キラは頭上からプラズマ収束砲、レール砲を浴びせる。

それらは寸分たがわず、頭部、脚部を撃ち抜き多数をストライクダガーを戦闘不能に陥れる。

しかし次々に代わりの部隊が現れて、自分達の頭上を飛ぶフリーダムにビームの嵐を見舞う。

「この!!」

フリーダムでビームの雨嵐を無茶な機動で次々に回避していくキラ。

いや、それどころか隙を見つけると逆にビームライフルを撃ちこみ返り討ちにしていく。これに痺れを切らせた部隊長が命じる。

「くそ、艦隊に増援を要請しろ!」

ダガー隊の指揮官の要請を基に、続々現れるMS部隊。さらに戦闘機までが現れてフリーダムの行く手を阻む。

無尽蔵ともいえる連合の予備兵力にさすがのキラも辟易する。連合の波状攻撃を受けてキラは休む暇も無く疲労が溜まっていた。

いや消耗はパイロットだけではない。プラズマ収束砲やレール砲は砲身の消耗、さらに推進剤の消耗も激しい。

いくら核動力炉で動いていると言っても、各部分の消耗は免れないのだ。と言うか補給無しで活動できる兵器はこの世に存在しない。

出来れば補給をすることが望ましいが、モルゲンレーテの工廠はM1の補給作業だけで精一杯。

補給基地は軒並み空爆で使用不能の状態。すでにオーブ軍は制空権すら失っている。

「くそ、どうすれば良いんだ?」

キラは焦るが考える時間は与えられず、立て続けに現れる連合軍への対応に忙殺されることとなる。





 執拗な空爆、さらに艦砲射撃によって弱体化しているオーブ軍にこの津波のような攻勢を食い止める手立ては無かった。

「こちら、第1機甲大隊、増援を! 増援を!!」

「た、助けてくれ! これ以上はもたない!」

「これ以上戦線を維持できない!」

悲痛な悲鳴がオーブ軍の回線を満たす。だがその悲鳴の数も次第に減少し、最後には消えうせる。

それは各地のオーブ軍が戦線を突破されてついには総崩れとなったことを端的に示していた。

そしてこの敗勢を立て直すことが出来るほどの兵力をオーブは持ち合わせていなかった。

フリーダムが応戦している地域は侵攻が遅れているが、それでも全体の形勢をひっくり返すことは出来ない。

オーブ軍の残存部隊は各地で絶望的な抵抗を繰り返しながら玉砕していく。

いや、部隊の中には指揮官の判断で降伏するものも多い。

すでに降伏を告げた部隊は、残存部隊の20%近くになる。特に軍本部と海岸線の直線状に展開していた防衛部隊に顕著だ。

「第3戦区F指揮所は壊滅しました。B指揮所との音信途絶!」

「はい……はい………了解。第12防空大隊壊滅しました。」

「第14防空大隊との音信途絶!」

軍本部のスクリーンに映し出されている各地の様子が敗色が濃厚となっていることを示していた。

もはやオーブ全土が陥落するのも時間の問題………多くの指揮達はそう判断した。

あとは降伏するだけ……そう、考えた上級将校たちは実質的最高権力者であるウズミを振り返る。

上級将校や多くの実力者から言えば、もうこれ以上は部下達に犠牲を強いる事は出来ない。

地球連合軍と言う巨象相手にここまで奮戦したのだ。連合軍もそれなりにオーブの力を評価するはずだ。

無論、彼らとて言い掛かりに近い理由で開戦してきた連合軍に対して激しい憎悪を持ってはいる。しかし意地を張って国を滅ぼしてはならない。戦後にオーブの力、特にモルゲンレーテやマスドライバーが残っていれば、色々と立ち回ることも出来る。

そう考えた有力者達は連合への降伏を進言しようと思い始める。

(現政権が退陣し、フリーダムを引き渡せば連合も引く。確かにプラントを敵に回すのは痛いが背に腹は変えられない)

またアラスカ、パナマでのザフトの敗北は、首長達にザフトが大幅に弱体化したと考えさせていた。このために地球連合が遠くない将来、ザフトを打倒できると彼らは考えていた。まぁ一言で言えば勝ち馬に乗ろうとしていたのだ。

(このままいけば連合の勝利は間違いない。ならばここで連合に頭を下げておけば民のためにもなる)

(それに大西洋連邦には、サハク家を通じた繋がりもある。そう悪いことにはならないだろう)

首長達の中には保身の為に降伏を考えるものも少なくなかったが、かなりの数の首長は民の為に降伏する事を考えていた。

ゆえに勇気のあるひとりの首長が降伏を進言しようとする。しかし次の瞬間彼らは考えてもいなかった命令を聞く事となる。

「生き残った部隊はカグヤに集結。オノゴロは放棄する」

ウズミがオノゴロの放棄を決定した頃、連合軍はオノゴロの軍本部の制圧を目指していた。

「よし第31師団はそのま敵中央を突破し、オーブ軍本部を制圧しろ! 第52師団は右翼の敵を掃討させろ!」

「了解しました」

ウラソフの指示が即座に各部隊に伝達され、その命令を遂行しようと前線部隊が動き出す。

大量のダガーを配備された第31師団、第52師団は今回の作戦の要というべき部隊だ。

尤も第52師団はかなりの数のダガーをフリーダムに潰されているので、かなり弱体化していたが、それでも残敵を掃討するには十分なはず……そう、ウラソフは判断した。しかしそれはあくまでもオーブに予備兵力が無い事、海と空からの支援があることが前提だ。
仮にオーブがこちらが考えてもいない隠し玉を用意していた場合は痛いしっぺ返しを被る事となる。

そして何よりこの時点で、ウラソフはザフトが介入する可能性を失念していた。

それが後々、彼に手痛いダメージを与える事となる。




「もうそろそろ時間だな」

潜水母艦で戦況を見守っていたクルーゼは即座に、ゾノやグーンを発進させる。そして発進し終えると新たな命令を発した。

「グングニールが降下するまでは撹乱に徹する。抜かるなよ?」

ザフトはマスドライバー上空の宙域に敷設された機雷源を迂回して、連合軍艦隊上空からグングニールを投下する予定だった。

「………了解しました」

艦長は顔面を蒼白にして答える。

いや答えるだけでなく、適切な指示を出して艦隊を動かし始める。

ザフト軍艦隊が動き出した頃、潜水母艦から発進した多数の水中用MSは一路、地球連合軍艦隊に殺到した。

無論、これに気づかないほど連合軍は無能ではない。

「ソナーに反応あり……これは、ザフトの水中用MS!?」

連合軍の第24駆逐戦隊の旗艦駆逐艦ムラサメのCICに慌てた声が響く。

「くそ、こんなときにか。ウラソフ中将に連絡しろ。それと駆逐戦隊の対潜哨戒ヘリを全て出すように伝えろ!!」

忌々しそうに戦隊司令官のツキシマ大佐は命じる。

「これより我が戦隊は敵MSの迎撃に入る。総員対潜戦闘用意!」




 地球連合軍の艦艇が迎撃に向かってくるのを、ゾノに乗ったイザークは感知した。

「ふん、MSもなしにやってくるとは………相変わらず、ナチュラルは低脳ぞろいだな」

彼は水中戦用MSなしに挑んでくる連合軍の無謀さに呆れと嘲りを感じていた。

本当を言うとイザークとしてはデュエルで出たい所だったが、作戦の都合上ゾノに乗らざるを得なかった。

そのことが彼をやや不愉快にし、毒舌にさせていたがそれを余り表には出さないくらいの分別はある。

「まぁ良い、さっさと片付けるまでだ」と思い直すとイザークは攻撃に加わった。

このイザークのゾノを含めた水中用MS達は、その本領を発揮していった。

低高度で侵入してくる対潜ヘリや戦闘攻撃機を、メーザー砲で次々に撃墜していく。

さらに不用意に近づいてきた護衛艦の艦底に、クローを突っ込みその竜骨の一部を持っていく。

無論、連合軍パイロットや護衛艦の兵士達も単にやられるお人よしではない。

海上から頭を出すグーンやゾノに対潜ロケットの集中砲火を浴びせ、MSがいると思われる海域に対潜魚雷を次々に発射する。

さすがにこれだけの集中攻撃を受けては、MSの中にも被弾するものも出てきた。

海中に潜んでいた2機のグーンに対潜魚雷が命中、2機とも爆発四散する。

この被害を受け、反撃しようと3機のグーンが頭上を飛び交う煩い航空機を攻撃しようと頭を海上に出す。

「もらった!」

航空隊のパイロット達は、好機とばかりに集中的に対潜ロケットを打ち込んだ。しかし、残念ながらそれは読まれていた。

「甘い!」

背泳ぎするような格好で突如海上に出てきたイザークのゾノにロケット弾を全て打ち落とされ、挙句の果てに飛行機にとって

死角となる下方から、正確なメーザー砲による射撃をお見舞いされる。

「うわぁ!!」

勝利を確信していたパイロット達は一転して悲鳴と愛機と共に次々に空中で火葬にされた。

列機が仇をとろうと攻撃するが、そのときにはすでにイザークのゾノは海中深くに脱出し、攻撃は不可能だった。

ちょろちょろと動き回るザフト軍MSにパイロット達は歯噛みする。

「ちくしょう! このままじゃあ一方的に引っ掻き回されるぞ!」

対潜ミサイルを投下する機体もあるが、一向に効果が見えない。

無論、他の隊の護衛艦も次々に現場に急行してきて攻撃を加えるが、逆に返り討ちにあう艦も多く被害は拡大の一途を辿る。




 ザフト軍の水中用MSが攻撃を仕掛けてきたとの情報は即座に、艦隊旗艦ジュコーフに伝達されていた。

「輸送船を沈めさせるな! 第245護衛戦隊、第267護衛戦隊も出せ!」

「了解しました」

ウラソフは直ちに増援を手配する。同時にザフト軍母艦の早期発見と撃沈を命じる。

「いいか、敵のMSがどんなに強力でも母艦がなければただの鉄の棺おけだ。敵母艦の早期発見こそが味方の犠牲を減らすと考えろ」

対潜哨戒ヘリや、対潜装備を搭載した航空隊が次々に発進していく。

さらに本来ならば、オーブとの戦いに投入する予定であった部隊まで投入するウラソフ。

(くそ、忌々しい。何故このような時に連中は我が軍の邪魔をする!?)

順調に推移していたはずのオーブ戦に水を差され、彼は不機嫌になる。

(まぁ良い。どうせオーブはあと数時間もすれば落ちる。連中はあとでじっくりと料理してやる)

そう自分に言い聞かせるも、やはり不愉快な思いが顔に出ているのか幕僚達はその表情に怯える。

しかし、ここで異常を探知してしまった哀れなレーダー手が恐る恐る口を開く。

「司令、レーダーに軌道上から降下してくる物体を発見しました」

この報告を聞いたウラソフはしばらくの間をおいて冷静な口調で尋ね返す。

「………数は?」

「6、いえ8。その多くが艦隊を中心にした円状に降下してきます」

「円状に?」

「はい。このままですと、6つが艦隊を取り囲むように落着します。如何しますか?」

「……撃墜は可能か?」

「はい。すでに第7航空隊が迎撃に向かいました。第13航空隊も増援に向かいます」

「そうか………航空隊が間に合わなかったら、対空ミサイルで落とせ」

ウラソフはこの時、なんとなくだが不吉な予感を憶えていた。

「何かの新兵器なのか? だが、迎撃されないとでも思っていたのか?」

宇宙から、しかもオーブ攻略艦隊を目標にして落とされてきたとしか思えない物体……ウラソフは何らかの攻撃かと考えた。

(………宇宙から、しかも艦隊を包囲するように? 何だ)

彼の艦隊は先ほどからザフト軍MS部隊に引っ掻き回されており、陣形は大きく崩れている。

この状態では弾幕が薄くなるのは必定だ。

「………何か仕掛けるつもりなのか?」

その疑念は、数分後に証明される事となる。




 グングニールは、ウラソフの指示によって行われた攻撃で8つのうち実に4つが途中で撃墜された。

まともに降下できたのは半数の4つ。しかも艦隊の周辺に落着したのは3つのみ。

しかし、それでもクルーゼには充分だった。そう、次の手を打つための目くらましには………。

「起動させるぞ」

「たっぷり喰らえ、ナチュラルども」

降下ポイントに展開していたグーンによって、グングニールが起動される。

このとき、ウラソフが何らかの指示が行っていればこの後に生じた被害は防げたかもしれない。

しかし海上に落着した後も何の反応も起きなかったので、ウラソフはグングニールを無視したのだ。

そのツケはすぐに現れることとなる。



 グングニールのカウンターがゼロになった瞬間、一瞬の閃光が放たれる。

それを合図にするかのように、連合軍航空機は失速して墜落し、艦艇は次々に沈黙していく。

旗艦ジュコーフでも、CICのコンピュータが次々にダウンする。

「何事だ!?」

「強力な電磁パルスを受けた模様です! 火器管制システム、及び通信システムの大半がダウンしました!」

「くそ、なんて事だ!!」

元々、連合軍の艦艇は核戦争が起きた際のことを考慮して、核爆発の際に発生するであろう電磁パルスに対する

防御機構が組み込まれている。しかし、今回のグングニールが放ったEMPはその防御機構で防げるレベルを遥かに凌駕していた。

航行システムこそは生き残ったが、これでは上陸部隊の統括指揮などまず不可能であった。

こんな被害を受けてはオーブ攻略作戦など到底続けられるわけがない。

この影響はすぐさま戦線に現れる。そう、艦隊旗艦からの指示が途切れた結果、各地で連合軍の動きは急速に鈍り始めたのだ。

その上、航空支援も途切れ始め、上陸した部隊の進行速度は急速に遅くなった。

「艦隊に何か起こったのか?!」

「旗艦との連絡はつかないのか!?」

各地に設置された連合軍の陣地は、旗艦ジュコーフに指示を求める無線を発するがまったく反応はみられない。

この異常事態に各部隊の指揮官達は慌てて連絡を取り合い、艦隊の指示が来るまでは侵攻を中止する事を決定した。



 一方、連合軍が急に動きを停止するのを見たオーブ軍は不審に思ったが、あえて攻撃する事は無かった。

いや攻撃に出うだけの兵力は残されていなかった。すでに兵士達は消耗しきっており、到底新たな作戦に出る事など出来はしない。

彼らは撤収命令に従って、マスドライバーのあるカグヤに集結した。フリーダム、M1など多くのMSがカグヤに集まっている。

尤もここに集まったMSを総動員しても、連合軍に一矢報いるのが関の山だろう。

「ウズミ様、一体如何なさるおつもりです?」

カグヤの宇宙港で、首長達はウズミに今後の戦略を尋ねる。尤もそう尋ねる首長達もある程度は予想はついていた。

(恐らくは、連合が欲しがっていたこの施設を使って最後の抵抗をするつもりなのだろう)

オーブのマスドライバーは非情に魅力的だ。それにモルゲンレーテ社の施設もある。

しかし、連合にはパナマのマスドライバーがある以上はこの施設が絶対に必要とは言い切れない。最悪の場合はカグヤごとオーブ軍を

殲滅しようと総攻撃をかけてくる可能性もある。

(これ以上の抵抗は死者を増やすだけだ。何としても思いとどまってもらわなければ!)

ひとりの首長が勇気を振り絞り、ウズミに言う。

「前代表、これ以上の抵抗は無意味です。国民の血をムダに流さないために速やかに降伏するべきです」

「………」

しかし、ウズミは答えない。

「ウズミ前代表!!」

何人かの首長達が、大声で言った。

「これ以上戦えばオーブは再建が困難になるほど疲弊します! どうか降伏を!!」

「駄目だ。今、我々が屈服すればオーブの理想は失われるのだぞ」

しかしこれを断固とした口調でウズミは拒否した。無論、すごすごと引き下がる首長達ではない。

「ですが理想だけでは国民を養ってはいけません!!」

「だが、理想なくして国をなすことも出来ん!!」

あまりの迫力に、思わず高官たちは後ろに引く。

その様子を見たウズミは続けて言った。

「私とて、このまま戦えば負ける事は分かる。だが、かと言ってオーブの力をそっくりそのまま連合に渡す事は出来ん」

「ではどうなさるおつもりですか?!」

「残存するMSをクサナギに搭載して、フリーダムと共に離脱させる。

 その後にマスドライバーとモルゲンレーテ社、それに軍施設を自爆させた後に降伏する」

「!! しかしそれでは我が国は発言力を失います!」

「だが、それらがそっくりそのまま連合の手に落ちればどうなる!?」

ウズミは、連合がオーブの力を手に入れればその力を使ってコーディネイターを完膚なきまでに殲滅しようとすると思っていた。

実際に地球連合軍を牛耳っているアズラエルはそんなつもりは到底無いのだが、このときの彼らにそれを知る由も無い。

「保身の為にコーディネイターの殺戮に手を貸したとなれば、この国の理念は完全に失われる!」

そう言うと、ウズミは必要となる作業の指揮を執った。

だが、ウズミがカガリをクサナギに乗せて脱出させようとしている事を、首長を含めた高官達が知ると彼らの態度は急速に硬化した。

(奴らは、一族の人間だけを宇宙に逃して再起を図るつもりか!?)

(この国の国有財産を勝手に破壊するだけでは飽き足らんのか、この男は!!)

(俺は、あんなガキひとりを宇宙に上げるために部下に死ねと命じたのか!)

サハク家からの情報で、この戦争の原因がアスハ家がフリーダムを匿ったことだったと知った高官の中には、もはや以前のように

アスハ家へ信頼と忠誠を誓う者は皆無だった。

憎悪と悔恨が宇宙港のマスドライバー管制室に居た多くの人間達の心に渦巻く。

そんな室内にカガリが入ってきたが、彼女は多くの人間の負の感情に思わず後ずさりする。

「一体、何があったのです? お父様」

「何でもない。お前は急いでクサナギに移れ」

「お父様!?」

ウズミの言った事が理解できず、カガリは尋ね返した。

しかし、帰ってきた答えは彼女には無情なものであった。

「このままではオーブが失われるのは時間の問題だ」

「お、お父様、何を……!」

絶句するカガリだったが、それを見つめる首長達の視線は冷ややかだ。

彼らから言わせれば、もはやオーブが失われる事くらいは子供でも分かることだ。

(それすら、分からないとは………この親子は現状認識ができないのか!)

そしてウズミがカガリを説得してクサナギに乗せようとするのを見て、ついにある首長が行動を起こした。

「ウズミ前代表!」

ひとりの首長の声に、思わず振り返るウズミ。だが、次の瞬間に響いたのはかの人の声ではなく………











  バン!!








一発の銃声だった。

腹部から出血してウズミは倒れる。そう、まるでスローモーションで見ているかのような錯覚に陥りそうになるくらいの速さで。

余りの事に呆然となったカガリであったが、即座にウズミに駆け寄り問いかけた。

「お父様、お父様!!」

「がぁ、ぐ………」

うつぶせに倒れ、口から吐血しながらも、ウズミは顔を上げて己を撃った首長を睨みつける。

「何の………つもり……だ」

「もはや我々はあなたの指示に従う事は出来ない」

「貴様……何をして……いるのか、わかっ……て」

「分かっていないのは貴方のほうです。我々王族は国を動かす権利と同時に王族は国民を養う義務があるのです。

 マスドライバー、さらにモルゲンレーテを爆破したら、残った国民はどうやって食べていけば良いと言うのです!」

オーブは小国であり、さらに領土内に目立った地下資源はない。

この国が比較的豊かでいられたのは、マスドライバーを有し、世界からも高く評価されるモルゲンレーテがあるからだ。

それを破壊しては、生き残ったオーブ市民はそれこそ貧困にあえぐ事になりかねない。さらにオーブは卑怯なだまし討ちをしたことに

なっている。この状況で主要産業を失えばあっという間にオーブは没落するだろう。尤も首長たちはだまし討ちなどしてはいないと

思っているのでユーラシア連邦の物言いには腸が煮えくりかえる思いをしているが……今はたとえどんな不名誉な扱いを受けても国の

存続を優先する必要があると彼は考えていた。そして、彼らはあることを宣言した。

「これより、オーブの政権は我々サハク家が継承する。異議のある者は申し出ろ!」

そう威厳を持った声で問いかける首長に、異議を申し込むものはいない。

「お、お前ら!!」

カガリは視線で人が殺せたらこの室内に居た人間は全員死んでいるだろうと言えるくらいの視線で、異議を申し出ない高官を睨みつける。

だが、その高官たちの多くはこの事態を引き起こしたウズミを半ば見放していた。

倒れこんだウズミとその傍らにいるカガリを一顧だにしない。

「ふたりを拘束しろ!」

サハク家族長の声に従い、警備員がふたりを取り押さえに掛かる。

「離せ! 離せ!!」

必死にもがくカガリだったが、屈強な警備員には歯がたたない。

呆気なく拘束される。悔し紛れに散々暴言をはくが、もはや誰も聞いてはいなかった。

「連合軍につなげ。降伏を申し込む」

サハク家の族長がそう伝えると、オペレータ達は連合軍艦隊旗艦ジュコーフに通信をつなげようとする。

しかし、それは次の瞬間に起こった事象により永遠に行われる事はなかった。

何故なら、マスドライバーの管制室で政権の交代が起こったあとに、予想もしない異変が起こったのだ。

「!! 群島からミサイルが発射された模様」

「何だと?! 迎撃しろ!!」

突如、無人島の一つから放たれたミサイル……サハク家の首長はその迎撃を命じるが、それは永遠にされることはなかった。



 群島のひとつから放たれたミサイル……それは暫くの間、上昇を続けた後、宇宙港上空付近で課された仕事を果たした。

それは一瞬の内に第二の太陽とも言える高熱を放出し、その周りにあったものを海水を含めて一瞬で気化させた。

そしてあまりの高温で水蒸気爆発が発生する。いやそれだけではない。

海水を一瞬で蒸発させるほどの熱線が、マスドライバーや各施設に襲い掛かった。

「な、何だ!!」

多くの人間が狼狽する、しかし彼らの多くは自分達を襲う事象の正体を知ることは永遠になかった。

マスドライバーはあまりの高熱によって融解していく。さらに自爆用の爆薬が自然発火して木っ端微塵に吹き飛んだ。

それはマスドライバーの管制室も例外ではない。あちこちに仕掛けられていた爆薬が誘爆を起こし建物が崩壊し始める。

破壊はそれだけに収まらない。戦いに何の関係も無い野生動物もその理不尽とも言える高熱によって溶けた。

木々はあまりの高温に自然発火し、天にまで届けとばかりに豪快に燃えた。

そして、高熱による無差別の殺傷の後、200トンもの巨大ハンマーがぶち当たるほどの衝撃がカグヤ全土を襲った。

「何が起こっているっていうんだ!?」

宇宙港の一角にある施設でフリーダムの整備補給を受けていたキラは、この突然の事態に対処できなかった。

彼の乗るフリーダムは数秒後に襲ってきた熱線と衝撃波によって木の葉のように吹き飛ばされる。

「うわぁあああああああ!!」

彼は必死に姿勢制御をしようとするが衝撃波によって羽が、腕が、頭が次々にもぎ取られていき、バランスを失っていく。

「何で、何が?!!」

何しろこの衝撃波は20キロ離れていたとしても、窓ガラスを割り、屋根を吹き飛ばすに充分な破壊力を持っている。

爆心地からかなり離れていたコンクリートの建物も、爆風によって次々に骨組みがねじれゆがみ、爆風から身をよじるように傾く程だ。

核エンジンを搭載し従来のMSとは一線を画すとは言え、1機のMSが対処できるものではない。フリーダムは衝撃波によって、機体を

破壊され、さらに熱線によって機体が半ば溶解した状態で海に投げ出されることになる。

そしてフリーダムが海に放り投げられた後、カグヤ上空には禍々しいキノコ雲が立ち上った。この様子を見ていたウラソフはあまりに

想定外の事態にしばし呆然となった。

「核爆発だと、何が起こっている?」

「わ、判りません。前線部隊に連絡をとろうにも、通信機が使えないので……」

「くそ!!」

彼はこのあと、四苦八苦しながら上陸部隊と連絡を取り合い、最終的にオーブからの撤退を決定した。

「軍本部とモルゲンレーテの制圧も放棄するのですか?」

無論、それに不満を唱える者もいた。しかし彼は逆に問い詰めて黙らせた。

「もし軍本部とモルゲンレーテで同じように核爆発があったらどうするつもりだ?

 それに現在の艦隊はほぼ無防備だ。もしザフト軍に攻撃されたら一溜まりもない」

だがザフトからの攻撃は存在しなかった。むしろ、ザフトから停戦の申し込みが行われた。

「我々もこのたびの事態に非常に驚いています」

艦隊旗艦ジュコーフに乗り込んだクルーゼは核爆発を引き起こした張本人にも関わらず、飄々と嘘を言ってのける。

「ではこの爆発は、ザフトの想定外の事態だったと?」

ウラソフの問いにクルーゼは頷いてみせる。

「はい。我が軍は貴方達、地球軍をオノゴロで足止めしておき、その隙にフリーダムの奪還を行う予定でした。我々はカグヤで整備中

 のフリーダムを発見して攻撃を仕掛けたのですが……攻撃隊からの連絡が途絶したと同時にこの核爆発が起こったのです」

「ではこれはフリーダムを破壊した影響と?」

「何らかの技術的問題で爆発した可能性が大だと私たちは考えています。あの機体は試作機ですから」

「むむむ……まぁ良い。それよりなぜザフトは停戦を申し込んだのだ?」

「それにカグヤ周辺に配備した部隊の救出もしなければなりません。さらにこの事態に付け込んで地球軍を攻撃すれば、我が軍は

 各国からあらぬ疑いを向けられる可能性もありますので」

連合艦隊は戦闘能力を失っている。この場で停戦を拒否すれば艦隊は全滅するだろう……それが判っているウラソフは停戦を受け入れた。

この後、両軍による救助活動が開始されることになり、同時にザフトを通じてハワイに救援要請が出されることになる。







「地球連合軍艦隊は、ザフトの奇襲攻撃を浴びて大半の艦艇が戦闘能力を喪失して当分ドック入り。このうえ、侵攻軍本隊も

 少なからざる打撃を受けた……か。こりゃあ酷いね」

アズラエルはオーブ戦の最終報告に思わず顔をしかめた。連合軍艦隊はグングニールで多くがその戦闘能力を喪失してしまい、

大規模な修理を必要としている。このうえ侵攻軍は、カグヤのマスドライバーで起こった謎の核爆発によって発生した放射性物質の

洗礼を浴びている。現在、この核爆発の正体は不明とされているが、今のところはフリーダムが何かしらの原因で自爆したのではないか

と言う説が濃厚だった。ザフトの核攻撃と言う線も捨てきれないが、それだと戦闘能力を失った連合軍艦隊に核を打ち込まなかった

理由がわからない。それに核攻撃を行うなら、あんな遠まわしな作戦をしなくても、いくらでも方法があったというのがサザーランド

を始めとした連邦軍参謀本部の意見だった。

「太平洋方面の戦力はがた落ちだ。まったく、どうしよう?」

東アジア共和国、ユーラシア連邦軍が太平洋方面で動かせる洋上艦隊はこれで半分以下になってしまった。これは同時に太平洋の

制海権の維持が大西洋連邦の仕事になってしまうことを意味していた。

「カーペンタリアを攻めるどころか、カオシュンを奪還することも当分は出来ないね……やれやれ」

アズラエルがため息をつく一方で、プラントではパトリックが祝杯を挙げていた。

「これで大分、時間は稼げたな」

今回、地球連合軍は主に洋上艦隊に打撃を受け、カーペンタリアへの侵攻は大幅に遅れるだろうと彼は考えていた。

さらにフリーダムとマスドライバーをザフトによる攻撃とは悟られることなく破壊することも出来き、NJCを始めとした機密の

漏洩と連合が新たな宇宙港を得ることを防ぐことが出来た。彼からすれば一石三鳥だった。

唯一心配なのはフリーダムが発見できなかったことだが、彼は核爆発を受けて消滅したせいだと思うことでその不安を拭った。

「次はカーペンタリアの駐留部隊の強化と、プラント−地球間航路の安全確保だな」

パナマを潰せなかった今、地球軍が宇宙で攻勢に出るのは自明の理であった。その事態に対処するために、パトリックは必要な手を

早めに打とうとしていた。