地球連合軍最高司令部グリーンランド基地の特別会議室にユーラシア連邦、大西洋連邦の高官が一堂に集まっていた。

大西洋連邦高官はアズラエル、サカイ国務長官、キンケード大将、そして急遽ワシントンからやって来たグリフィス大統領。

ユーラシア連邦高官はユーラシア連邦軍参謀総長ウォーレス大将、カニンガム外務大臣、そして連邦首相ダニガン。

地球連合を主導する二大国の統帥部が一堂に集まっていると言っても良い顔ぶれだ。

この二者のうち、一方の陣営ユーラシア連邦高官は驚愕の、そして大西洋連邦側はグリフィス、キンケードが苦い表情をしていた。

「つまりザフト、いえプラントと戦時条約の締結を行うと?」

外務大臣であるカニンガムはアズラエルの提案、プラントとの戦時条約の締結の提案に驚きの色を隠せなかった。

何故ならアズラエルが提案した戦時条約の内容は、連合が、いや正確には大西洋連邦が折角手に入れた切り札を自ら放棄するものだから。

「しかし大量破壊兵器のABC兵器の使用禁止とNJCの兵器への応用禁止とは・・・・・・」

あの強硬派のアズラエルがわざわざ最強の切り札である核を捨てる・・・・・・それはかなりのインパクトを与えていた。

(一体、何が起こっているんだ? それにあのカウボーイきどりのグリフィスまでが核と言うカードを捨てるのに同意するとは)

そんな疑問を他所に、アズラエルは彼らにとってとんでもないことを発言した。

「ええ。それでこの交渉のために我が国は現在そちらが停戦交渉のために使用しているルートを使いたいんですよ」

(((!!!!)))

この爆弾発言にユーラシア連邦高官は一瞬だが思考を停止させた。尤もそれは刹那ともいえる僅かな時間で、すぐに現実に復帰する。

「何のことですかな?」

惚けてみせるカニンガムだったが、内心では苦虫を一ダースほど噛み潰していた。

(情報部は何をしているというのだ! こうもあっさり情報の漏洩を許すとは・・・・・・)

だがこの惚けに対してアズラエルは肩をすくめて言い放つ。

「惚けるのはよしてください。ネタは挙がっているんです。うちの情報部を甘く見ないでください」

そう言うと関係書類を彼らに手渡す。カニンガムは無表情でそれを読むが、それを読みすすで行くうちに顔を真っ青にした。

「こ、これは・・・・・・」

同じように書類を見ていたウォーレス、ダニガンも顔面を蒼白にする。

その書類には、ユーラシア連邦が極秘裏に推し進めていたはずの停戦交渉について詳細に書かれていたのだ。

そのうち幾つかは連邦高官でしか知らないはずの極秘情報も多々含められている。

押し黙り喋られなくなったユーラシア連邦高官達にアズラエルは言った。

「分かったでしょう。そちらの動きなんて筒抜けなんです」

「くっ・・・・・・」

アズラエルのしたり顔にユーラシア連邦高官は臍をかむ。

ユーラシア連邦内部にも少なからずブルーコスモス派は存在する。ましてブルーコスモスではなくともザフトに対して

激しい憎悪を持つ者は少なくない。何せ本次大戦ではユーラシア連邦は散々に本土を荒らされたのだ。

民間人の被害は大西洋連邦の比ではない。まして軍はオーブでの核攻撃、ビクトリアでのEMP攻撃で散々に煮え湯を飲まされた。

ザフト憎しの感情は民間だけでなく、軍内部にも巣くっている。さらにオーストラリアにおけるザフトの市民を盾にした卑劣な戦術は

市民のプラントへの反感を煽りに煽っている。この状態で停戦交渉が事前に漏れれば想像に難しくない。

苦悩するユーラシア連邦高官を眺めながら、アズラエルは内心で苦笑する。

(俺って見方を変えると平和を望んでいる国のお偉いさんをいじめて、戦争を続けさせようとする悪の帝国の首領みたいだな)

そう思いつつも出番は終わりとばかりに黙りこむアズラエルのあとを継いでサカイがやわらかい口調で言う。

「我が国としては、貴国の状況はお察ししますがこの状況で連合から離脱して頂くわけにはいかないのです」

「大西洋連邦は主権国家である我々の外交にまで口を出すと言うのですか?」

カニンガムのこの皮肉に、サカイは笑顔で返す。

「いえいえ。これはあくまでも同盟国である我が国からの要請です。あくまでも」

要請と言ってはいるが、実質要求に等しかった。仮に拒否すればどんな報復が待っているか判らなかった。

MS供給は大西洋連邦に頼りっきりだったし、核兵器は相手が一方的に使える立場だ。

尤もユーラシア連邦も反撃できないわけではない。彼らは天然痘やインフルエンザを改良した生物兵器を多数保有している。

他にもG3ガスなどの化学兵器も多数保有している。これらは核には劣るかもしれないが決して侮ってよいものではない。

尤もそれは本当に、国家存亡の危機でもそうそう簡単に使える物ではないのだが・・・・・・。

「我が国は確かに核は使えない。だがそれ以外、BC兵器は使えるのですよ」

使えない兵器と言うことを知りながらカニンガムは脅すが、サカイは意に介さない。

「いえいえ、私達は別に地球連合の内部で戦争をするつもりはありません。これはあくまでも要請です」

重ねて要請と言い放つサカイ。だがこの要請を断れないことをカニンガムを筆頭に首脳陣は悟っていた。

いくら虚勢を張った所でNJCと言う切り札を抑えている今の大西洋連邦に逆らえるはずが無かった。

時間があればプラントから手に入れて立場をイーブンにすることも出来るが、その時間が彼らには無かった。

仮に停戦交渉が纏まり、NJCを手に入れることが出来たとしても、それをユーラシア連邦が量産できるまでは時間がかかる。

それにそんなことは大西洋連邦が認めはしないだろう。何かしらの妨害工作を行うに決まっている。

それに一方的にユーラシア連邦が離脱を目論んでいることを発表されれば、国際的な信用を失墜させかねない。

彼らとしてはアラスカの一件を持ち出して、離脱を正当化しようと考えてはいたがそれを裏付けるための情報がまだ足りなかった。

何しろ、アラスカ戦で離脱できた人間は少ない。そしてその殆どは大西洋連邦によって拘束されている。

これでは証言を引き出すこともできない。何もかも手詰まりだった。

だがカニンガムもただでは起きない。彼とて伊達や酔狂で外務大臣にまで上り詰めたわけではない。

(連中がこちらのチャンネルを使いたいと言うのなら精々高く売りつけてやるまでだ。

 そうそうお前らの考え通りに世界が動くと思うなよ、ヤンキーどもが)

かくして会議は第二ラウンドを迎える。



 だが大西洋連邦、ユーラシア連邦首脳が何とか(現首脳陣にとって)有利な状況を作り出そうと奮戦している頃、

プラント、地球では何やらよからぬことを推し進める者達がいた。まずプラントでは・・・・・・。

「そうですか」

「はい。クルーゼ隊長がかなり暴走している模様です。恐らくこのままではユーラシアとの停戦など不可能になるでしょう」

ラクス・クラインはダコスタからの報告に眉をひそめていた。

「ザフトの対応は?」

「評議会はクルーゼ隊長の暴走で思考を停止させています。さすがの議員達もあそこまで非常識な事態は考えたことがないようで」

クルーゼの暴走は地球連合だけでなく、プラントにもその影響を広げていた。

地球軍打倒を目指す強硬派内部にさえ、このクルーゼの暴走による地球軍の全面報復を招くのではないかと言う恐怖を与えている。

その恐怖は切り札たるジェネシスの建造を急いではいるが、それとて完成にはかなりの時間がかかる。

パトリック・ザラはさらに建造を早めるべく追加予算を組んでいるが、それは他の部署の予算を圧迫していた。

何しろ従来のMSより遥かに生産費用がかかるフリーダム、ジャスティスの生産まで行っているのだ。

しかも原子炉と言うとんでもない動力炉を抱えているために、この両機には専用艦であるエターナル級が必要となる。

これに加えて新型MSであるゲイツの生産もしなければならない。一連の費用はとんでもない金額になっていた。

すでにこれ以上の前倒しは困難となっているのだ。

「やはり私達が動く必要があるようですね」

地球軍を軍事力で打倒することだけに執着しているザフト、そしてプラント評議会を止めなければならない。

彼女達にとって幸いなことにパトリックの独裁的な組織運用に反発するものは多く、多数の協力者を得ている。

だが彼らが本心から彼女達に協力しているわけではない。彼らの中にはフリーダム強奪などと言う国家反逆罪をしでかした

ラクスを忌避するものも多い。はっきり言ってラクスのフリーダム強奪さえなければ、より多くの人間が彼女に協力したのだ。

反パトリック派、穏健派が協力してパトリックの独断専行を槍玉にあげれば彼を政権の座からひきずり降ろせたはずだった。

しかし現実はラクスのしでかしたフリーダム強奪によって穏健派は(冤罪で)議会での発言力を失った。

ある意味でザフトの暴走を導いたのは彼女なのだ。尤もその本人はそのことを自覚しているかは限りなく怪しいが・・・・・・。

「このままでは全てが手遅れになってしまう」

アズラエルがこの場にいたら『それを助長したのはお前だよ』と突っ込みを入れただろう。

「マルキオ導師とバルトフェルド隊長は?」

「導師は現在、連合高官に根回しをなされています。隊長はまだジブラルタル基地に」

戦争は終わらせなければならない。それは事実だ。しかし彼女達はまだ気づいていない。

仮に戦争をやめさせるにしても、それをどうやって、そしてその後をどのように処理するかを・・・・・・。

アズラエルは武力で相手を屈服させる方法を選んでいる。パトリックも同様だ。尤も彼の場合はナチュラルを殲滅しかねないが。

だが両者共に武力で脅威を排除すると言う点で筋が通っている。戦後のビジョンについてはアズラエルには朧気ながら構想はある。

まぁそれは大多数のプラントのコーディネイターにとって納得できないものだろうが・・・・・・。




 一方、地球の弓状列島、俗に日本と呼ばれていた国の古都『京都』に重要人物が招かれていた。

「なるほど、ユーラシア連邦の停戦交渉は破綻すると」

「間違いないでしょう。大西洋連邦はユーラシア連邦の動きを正確に把握しているようです」

和風の武家屋敷、その中で最も広い面積を誇る客室で、十数名のスーツ姿(1名を除く)の男達が密談を繰り広げていた。

「ユーラシア連邦の脱落が阻止できたのですから喜ぶべきことではないのですか?」

「その通りだ。だがこのまま戦争が終了すれば大西洋連邦の、いやブルーコスモスの一人勝ちだぞ」

「さらに問題なことにカウボーイ気取りの大統領閣下とブルーコスモスの天下が続くことになる」

彼らの所属する国家は多数にわたる。大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国など連合の中核を占める国家に所属する者も

いれば、赤道連合、スカンジナビア共和国など新たに参戦した国家に属するものもいる。

「ブルーコスモスの思想に毒された人間に国を左右させてはならない。少なくともその勢力は縮小しなくては」

そんな多種多様な男達の中で俗にカイゼル髭と呼ばれる髭を持った男がそう断言した。

「しかしアンダーソン大将、現在我々が戦線を支えられるのはアズラエル財閥の支援のおかげという面もあります。

 あまり彼らを弱体化させるぎれば戦局に悪影響を及ぼすと思うのですが」

「判っている。だがこのままいけばあの若造に戦争をいいように引っかき回される」

アンダーソン大将は、アズラエルがいちいち軍の行動に口を挟むことに苛立ちを覚えていた。

だが現実はアズラエルの提案した作戦は大いに成果を収めている。アラスカ戦、パナマ戦では多大な戦果をあげ、オーブ戦では

ユーラシア連邦軍、東アジア共和国軍の全滅を防いだ。さらにNJCの入手・・・・・・アズラエルの発言力は大きくなるばかりだ。

良識派の中核をなす勢力であった第8艦隊の壊滅とハルバートンの戦死は連合軍内部の勢力バランスを大いに崩していた。

今ではアンダーソン大将を筆頭にする軍良識派はその勢力を大きく後退させている。

尤もここまで追い込まれてなおその勢力が瓦解しないのはアンダーソンの統率力と自分達こそが軍の最後の良心と言う自負ゆえだ。

しかし苦境であることには変りは無い。何とか状況を打開しようとアンダーソンは国家を超えて事態を打開するべく同志を募った。

最初こそは集まりは悪かったが、この場にいるひとりの男の参加によって事態は大きく動き、この会議が開かれるに至った。

その人物の名前は……。

「・・・・・・マルキオ導師、プラント内の穏健派との接触はどうなりました?」

「現在彼らはザラ政権によって監視されているために動きが取りにくくなってはいますが、一部とは接触に成功しました」

「ほぉ」

「彼らはザフト内部の多くの協力者を得ているようです。少なくとも現政権を揺さぶることの出来る勢力ではあるでしょう」

「ですが覆すには至らないと?」

「はい」

多くの者が沈黙した。だがアンダーソンはその沈黙をいち早く破りある提案を行った。

「その勢力に我々が手を貸すことはできませんか?」

「「「!!」」」

この提案に多くの参加者は驚愕する。だが同時に納得もした。

「たしかにプラントで穏健派が政権を奪取できれば和平の道も開けます。仮に不可能だとしても第3勢力とすることができます」

「確かに無視できない第3勢力が存在すればブルーコスモスもそうそう無茶はできなくなる」

多くの出席者はこの提案に頷く。これにマルキオが付け加える。

「物資の打ち上げに関してはメガフロートを使用すればよいでしょう。手配は私はしておきましょう」

ここに連合内部の反ブルーコスモス派はその方針を決した。

だがその方針が後にどのような影響をあたえるかを知る者はいない。




                青の軌跡 第19話




 地球連合軍最高司令部で誰もが予想しなかった動きが胎動していた頃、オーストラリアでは本次大戦でも最大の激戦が続いていた。

これまでの鬱憤を晴らそうとばかりの第13軍の猛反撃を決死に食い止めようとするザフト軍。

じりじりと後退しながらも、ザフト軍は連合軍に出血を強いている。その損害はすでに物量の連合軍とは言え座視出来ない程だ。

「ええい、何故ここまで追い込んでおいて、崩れない!」

第13軍の幕僚達はザフトの想像を絶するねばりに舌打ちする。

開戦初頭こそは5倍以上の兵力差でなければ圧倒できなかったが今はMSを配備されている。ちなみに現在の兵力はザフトの3倍。

5倍には程遠いがMSと言うアドバンテージをかき消してなおここまで梃子摺るとはさすがの幕僚達も予想外だった。

尤もその原因は彼らには認めがたいだろうが、コーディネイターとナチュラルの種としての差だった。

コーディネイター達は帰還してくるMSに対する補給作業を連合軍の作業時間の半分以下でこなしているのだ。

しかも補給不足のために、整備用の部品が足りないのなら、スクラップの中から適当な部品を探し出しそれを加工すると言う

職人のような技までやってのける整備士もいる。コーディネイターの面目躍如と言った所だ。

これによってザフトは常に一定の兵力を前線に送り出せている。

尤もそれだけ必死に整備を行っていても、弾薬の不足はどうしようもないが・・・・・・。

しかし相手の弾薬不足を知らぬ連合軍からすれば、なお崩れる気配の無いザフト軍に畏怖と恐怖を覚える者もいた。

「・・・・・・第9大隊を投入する。あと左翼と右翼の各師団からも1個大隊を抽出させろ。中央の敵部隊を殲滅する」

「だ、第9大隊だけでも十分と思われます。左翼と右翼からの兵力を引き抜くのは・・・・・・」

だがパウルスは幕僚の言葉に耳を傾けようともしない。

「構わん! 何としても中央の敵を殲滅しろ!!」

今の今まで散々にザフトの脅威を思い知らされていたパウルスは冷静な判断能力を失ったようだ。

彼の眼は恐怖に歪み、額には冷や汗がこびり付いている。

喚き散らすパウルスを見て、参謀長はため息を付きながら懐から何やら怪しいケースを持ち出した。

さらにその中には小型の注射器と何気に怪しい薬(?)が入ったビンがある。

彼は注射器に薬(?)を注入すると、なおも喚き散らすパウルスの後ろに忍び寄り、その首に注射器を突き刺した。

「うっ!?」

体を硬直させたかと思うと、次の瞬間パウルスは崩れ落ちた。

あっけにとられる参謀達を前に、その参謀長は実に晴れ晴れとした表情で提案した。

「え〜司令官閣下は名誉の負傷により指揮が取れなくなった。今後は次席指揮官に指揮権を委ねようと思うのだが」

普通なら参謀達はこの参謀長の暴挙に色をなして反論するのだが・・・・・・。

「「「異議なし」」」

ブルーコスモス派、反ブルーコスモス派、中道派、それぞれの派閥の参謀は全員があっさり同意した。

・・・・・・どうやら彼の人望は限りなく皆無に等しいようだ(汗)。

かくして、パウルスがまったく与り知らぬ間に指揮権は次席指揮官の手にあっさり委ねられたのであった。

だがこれは連合軍にとって福音となる。何故なら次席指揮官はパウルスよりは遥かに有能だったからだ。




「くそ、こいつ強い!!」

イザークはソードカラミティが次々に繰り出す斬撃に苦戦を強いられていた。

右上、左真横、右下・・・・・・次々に、様々な方向から繰り出されるソードカラミティの斬撃。

「ちぃ!!」

それをイザークはデュエルを若干、左に、時には右にたくみにずらして、シュベルトゲーベルの勢いを直に受けにくい位置に機体を

置きビームサーベルで捌く。それで対応できない斬撃はシールドで防ぐ・・・・・・だがそれでも尚、押され気味だ。

「くそ、パワーが違いすぎる!」

ソードカラミティはGATシリーズの次世代型として開発されただけあって、その基本性能はデュエルを上回っている。

新型のバッテリーに、バッテリーの消耗を抑えるTF装甲・・・・・・さらに武装もデュエルのそれを凌駕していた。

正面からぶつかり合えば敗北は明らかだ。

「どうすれば良い、どうすれば・・・・・・」

あまりに離れすぎている機体性能・・・・・・それにどうやら、敵機(ソードカラミティ)のパイロットも自分と互角かそれ以上。

しかもこちはバッテリーの消耗を気にしなければならない。何せすでにバッテリーの残量は半分程度にまで落ち込んでいるからだ。

だが今後のことを考える暇も与えないかのように、ソードカラミティの猛攻は続く。

尤もこのとき、ソキウス・イレブンも焦りを感じていた。

「さすがに手強い」

パナマ攻防戦で一戦交えた際のイザークの強さを思い出し、彼は顔を顰める。

このままいけば彼の勝利は間違いなかった。だがそこまでに掛かる時間は決して短くない。

すでに他のソキウス達はザフト軍の猛攻にされされている。彼らの奮戦で辛うじてドミニオンの前衛は支えられているが

それもいつまで持つかは定かではない。イレブンとしては急いで急行したかったのだ。

だがその焦りは次第に解消されていくこととなる。そう連合軍の指揮官が交代したことで連合の動きが変ったのだ。




 連合軍第13軍の指揮官が交代すると、第13軍はこれまでの鈍重な動きが嘘のように機敏に動き始める。

手始めに、司令部直属だった第9大隊が前線に送られ、ドミニオンやソキウス達の支援を開始した。

「やれやれ、もう少し早く来てくれれば良かったのに」

ドミニオン艦長のミナカタは司令部の判断の遅さに不満を漏らすが、そう安穏としてばかりはいられない。

精鋭の第9大隊が回されてきたということは一気に攻勢をかけて決着をつけるつもりなのだ。

「スカイグラスパーは補給が終了後、ただちにアグニを装備して出撃させろ。目標は敵戦艦!

 本艦とMS隊は前方の敵MS群を叩く。これで終わりにするぞ、気合を入れていけ!!」

さらに被害を間逃れた空母からドミニオンに駆けつけた戦闘機隊がザフト軍戦闘機やディン隊を駆逐し始めた。

これによりドミニオンは晴れてMS隊の支援を行えるようになる。

「2番から12番まで対地弾頭弾装備! ゴットフリート照準、ストライクに取り付いているバグゥを潰す!」

ドミニオンに乗っていたソキウス達は決死に前線でザフト軍の足止めをしている。

特に四足歩行でトリッキーな動きをするバグゥ達に彼らは梃子摺っている。

ナチュラルのパイロットでは考えられない打撃をザフトに与えているが、たった3機では拮抗するのが精一杯だ。

一刻も早い支援が必要だった。決死に戦い、ドミニオンの前衛を務めてくれている彼らに報いるためにも。

「くれぐれも友軍機に当てるなよ」

「判っています。コーディネイターとはいえ、戦友に当てるようなヘマはしません」

「ならいい。撃てぇ!!」

ドミニオンから放たれたビームとミサイルは、ストライクIWSPとロングダガーに取り付こうとしていたバグゥに降り注ぐ。

「ちぃ!!」

バグゥ隊のパイロットはこの死の雨をかろうじて直撃を回避することに成功するが、これにより攻撃の機会を逃してしまう。

彼らは態勢を整えてレールキャノンやミサイルによる再度の攻撃を試みるが、この際の一瞬の隙が命取りとなる。

ストライクIWSPのシックス・ソキウスは好機とばかりに全力射撃を行った。

115ミリレールガン、105ミリ単装砲、30ミリ機関砲などあらゆる火器が火を噴いた。

態勢を整えようとしていた最中に、正確無比の攻撃を受けたバグゥはどうしようもなく、次々に撃破されていく。

さらにロングダガーのビームライフルによる攻撃も開始され、バグゥ隊は総数の3分の1を一気に失った。そして・・・・・・

『こちら4番機、残弾なし。おまけにバランサーがやられた』

『こちら7号機、今の攻撃で前脚をやられました。戦闘不能』

『くそ、8号機、メインカメラと武装を持っていかれた! 撤退許可を!』

さらに撃破されなかったものの、機体に何かしら甚大なダメージを受けた機体が3分の1に及んだ。

これにより実質戦闘可能なバグゥは初期の3分の1にまで落ち込む。これはバグゥ隊がその戦闘能力を喪失したことを意味していた。

これに加えて彼らの母艦であった戦艦は、ドミニオンから発進したスカイグラスパーによって良いように袋たたきにあい、炎上中。

補給も整備も受ける事が不可能となった彼らはさらに後方に後退せざるを得ず、戦線に大きな穴があく羽目になった。

ここでストライクIWSPやロングダガーが追撃すればこの場でバグゥ隊の全滅は必至だったが、それは土台無理な話だった。

「バッテリーが持たないか。それに機体の負担も大きい」

シックス・ソキウスは機体のバッテリー残量を見て一時後退することを決めた。

IWSPは高性能だが、その分非常に早くバッテリーを消耗してしまう。おまけに機構が複雑な為に故障することが多い。

それに試作品だけあって、ストライクとの接合部分のあちこちに負荷がかかっている。これでは一旦出直すしかない。

戦闘用コーディネイターでも、補給や整備なしには戦えないのだ。それらなしに戦えると考えるのは余程の馬鹿だけだ。

「母艦に戻るかい?」

ロングダガーパイロットのソキウス・セブンが問いかける。気遣っているように見えるが彼の機体も同様に消耗しきっていた。

特に無茶な機動を続けたために、駆動系がかなりいかれている。早めに帰還して整備を受けなければならない。

「一時後退する。ダガー隊に支援要請を」

「それは多分、大丈夫だ。すでに第9大隊の前衛がこの近くまで来ている」

ロングダガーが見つめる先には、多数のストライクダガーがあった。

「・・・・・・ここまでやれば問題ないだろう。僕達ソキウスの能力を十分に示すことが出来た」

「そうだね」

ナチュラルの為に尽くす。それを至上の命題としている彼らは今回の戦闘で十分な成果を示すことが出来たと考えていた。

確かに彼らの果たした役目は大きい。圧倒的戦力差がありながら彼らはザフト軍を長時間足止めしたばかりか、かなりの打撃を

与えることに成功したのだ。しかもこちらの損失はなし。あったのは弾薬代と修理代くらいだ(整備士は泣きたいほど苦労するが)。

尤も彼ら戦闘用コーディネイターの開発に携わった技術者や資金を調達した官僚達なら『このくらいしてもらわないと

費やした予算が無駄になってしまう』と言うかも知れないが・・・・・・。

かくして、一旦ソキウス達は下がり、替わりに無傷同然の第9大隊が前方に飛び出した。

それに対抗するのはバグゥ隊の後方にいたジン隊。だが消耗している彼らに第9大隊を退ける余力は無かった。




 このバグゥ隊の撤退によって、ザフト軍主力隊は中途半端に連合軍の勢力の中に突出する羽目になった。

そしてそれを見逃すほど次席指揮官(現司令官)は甘くはなかった。彼は右翼と左翼の部隊を用いて包囲網を築くように指示する。

そう、彼はザフト軍第1軍団主力隊を包囲殲滅しようとしたのだ。

「コーディネイターどもに俺達のケツの穴をなめさせてやれ!」

これまでの鬱憤を晴らすかのように気勢をあげて攻め立てる連合軍。

これまで温存されてきた第9大隊に加えて、補給を受けるために後退していた航空隊が前線に復帰するにつれて

ザフトの敗勢は否応にも濃厚となる。本来ならクルーゼが全軍の指揮を執り、これに対処する必要があったのだが

クルーゼ自身が前線で戦わなければならないほどディン隊が消耗しており、さらにクルーゼに替わる陸戦指揮官がいなかった。

この指揮官不在と言う異常事態がザフトの敗走を決定付けた。

大規模攻勢を受けて、いたる所で戦線が急速に崩壊し始める。今まで散々無理をして支えていたために一旦崩れるともろかった。

さらにこれに弾薬不足が拍車をかけた。前線部隊を火力で支援する戦艦も弾が無くては話にならない。

「ワルラス隊、ラックスマン隊音信途絶!」

「レザノフ隊、戦力の40%を喪失。撤退許可を求めています」

「サルトル隊、隊長戦死。副隊長に指揮権を移譲します」

ザフト軍司令部には相次いで悲報が飛び込む。もはや勝敗は明らかだった。

「くそ、全軍に後退命令を出せ!」

主力隊の後方連絡線の警護を行っている部隊隊長カスパル・ヴィレラは後退命令を出す。だが即座に幕僚が反論する。

「しかしそれでは主力隊の一部を見捨てる羽目になります!」

「それにクルーゼ隊長の許可がありません」

だがそんな反論をヴィレラは鼻で笑った。

「クルーゼの許可を待っていたら包囲されて全軍が壊滅するぞ!」

「ですが・・・・・・」

「どうせこの外道な作戦の目的はほぼ達成されているんだ。問題ない」

ヴィレラははき捨てるように言う。

クルーゼの立てた作戦。それは連合軍に大打撃を与えると同時に自軍にも損害を被らせて脱出する人数を減らすと言うものだった。

カーペンタリア基地で動かせる輸送機、潜水母艦の数ではどうあがいても全軍を撤退させることは不可能。

だからこそ、彼は連合軍との決戦を行い、連合に打撃を与えて時間を稼ぐと同時にこちらの兵士を減らすと言う作戦を実行した。

もちろん、正面から戦っては敗北は明らかだったので、彼は第5軍と相対する別働隊には色々と物騒な兵器を持たせた。

だが彼らは捨て駒なのだ。恐らく一般の兵士は生きて帰ってくることは無い。大戦果を引き換えに・・・・・・。

最大の問題としては彼ら別働隊が使用することになっている物騒な兵器の数々は上層部の使用許可が出ていないことにある。

(奴はプラントと地球を地獄の底に叩き落すことを望んでいるのか?・・・・・・まぁ良い。今は生き残るのが先決だ)

まともな軍人ならば絶対にしないような行為を平然とするクルーゼに対する疑念を感じながら、彼は命じた。

「全軍後退。この際主力隊の一部は見捨てる!」

このヴィレラ隊の独断での後退により、ザフト軍主力隊はその多くが孤立することとなる。

だがヴィレラ隊が撤退しなかった場合はヴィレラ隊を含めて第1軍団の全軍が殲滅されていたと言う指摘もあり、

その判断は評価が分かれるところだ。だがここではっきり判っていることはひとつ。

この撤退によりザフト軍主力隊は事実上無援孤立の状態に追い込まれ、全滅は時間の問題となったことだった。




「ふん、ヴィレラめ臆病風に吹かれたか」

クルーゼは前線で数を激減させたディン隊の指揮をとりながら、ヴィレラ隊の勝手な後退を見て嘲りの言葉を吐く。

「・・・・・・ふっ、まぁこうなれば止むを得ないか」

だが彼自身もすでに勝機がないことを悟っていた。だがそれをそこまで残念とは思ってはいない。

(まぁ良い。すでに連合に核は渡っている)

生物兵器の使用、市街地におけるゲリラ戦、そして・・・・・・。

(最後の仕上げが行われれば最後の扉が開く。憎悪と恐怖、慟哭が世界にあふれ、そして世界は終わる)

ここまでやった以上は自分も何らかの処罰を受けると彼は考えていた。だがそのリスクを犯しても彼にとってこの戦闘に価値があった。

彼は一連の戦闘経過が明らかになれば、連合の世論は沸騰すると考えていた。

そうなればブルーコスモスはさらに暴走し、ザフトもまたふさわしい報復を行うだろう。それは必ず世界の終焉を導く。

だが己を生み出した世界に対する復讐を至上の命題としている彼としてはそれこそ願ったりかなったりだ。

(だが、出来ればこの目で世界の終焉を見届けねばな)

世界が業火の炎に包まれて滅び行く様を夢想して、彼は暗い悦に浸る。

「・・・・・・さて我々も引くとするか」




 ヴィレラ隊、クルーゼ隊が撤退を開始したため、ザフト軍の戦線は一気に後退する。

この変化を見たイザークは大いに焦る。何せこのままでは自分を含めて隊が孤立するのは明らかだからだ。

「ええい、クルーゼ隊長は何をしているんだ!」

すでに指揮系統も寸断され始めたために情報が途絶しはじめていた。

『ジュール隊長、ヴィレラ隊が後退したようです』

「くそ! 連中は俺達を見捨てる気か!!」

悪態をつくイザーク。だがそんな悪態をつく暇も与えないかのように、ソードカラミティの斬撃は続く。

だがその攻撃はミナカタの通信によって終止符を打たれる。

『イレブン、聞こえるか?』

「はい」

上官であるミナカタの呼びかけにイレブンは即答する。

『そちらの敗存部隊の処理については第5中隊に委ねることになった。君は速やかに母艦に合流してくれ』

「……しかしあと一歩で仕留める事が出来ます」

珍しくイレブンは反対意見を述べた。これにミナカタは戸惑うが、命令は撤回しなかった。

『……すまないが、これは命令だ。君にはシックス達と共同で敵主力の追撃に参加してもらう』

「……わかりました」

イレブンも、さすがに命令と言われて逆らう事は出来なかった。

彼は圧倒的優勢を確保しているにも関わらず、切り上げざるを得なかった。

突如として去っていくソードカラミティ。普通なら追撃するところだが、イザークのデュエルには追撃する余力は無かった。

「何が起こったんだ?」

あと一歩で自分を倒せるという状況で、一方的に勝負を捨てて去っていくソードカラミティを見てイザークは疑問を呈した。

尤もその冷静な思考も次の瞬間に入った通信によって吹き飛んだが……。

『……イザーク・ジュール聞こえるか?』

雑音と共に入ってきた声。その聞き覚えの声にイザークは驚愕した。

「イレブン・ソキウスか?!」

だがイザークの問いかけに答える事無く、イレブンは話し続ける。

『君はどうやら僕が考えていた以上に強い……君は危険だ』

「?」

『このまま放って置けば君はより多くのナチュラルを殺すだろう。だから僕は君を殺す、そう次にあった時に必ず』

イレブンは圧倒的優位に立ちながらも、イザークのデュエルを仕留める事が出来なかった。

途中で命令によって撤退を余儀なくされたとしても、機体性能を考慮すれば十分に仕留める時間はあったはずなのに……。

だからこそ、彼は確信した。イザークはナチュラルに害を及ぼす存在だと。

ナチュラルのために生きる……それを至上の使命として考える彼にとって、イザークは必ず抹殺しなければならない対象となった。

イザークからの返信と聞くまでも無く、通信を切ると彼は全身から無念さを漂わせながら去っていった。




 このあとの連合軍第13軍による猛攻をザフト軍第1軍団は防ぎきれず、彼らの主力隊はあえなく瓦解した。

だが第13軍の勝利が目前となったところで第13軍司令部、秘密会議の最中だった地球連合軍最高司令部などに緊急通信が入る。

それは第5軍からの緊急報告であった。それを受け取ったものは激怒し、あるいは顔面を蒼白にし、又は頭を抱えた。

「困った事になりそうですね」

周りの高官達がざわめくのを尻目に、アズラエルは溜息をついた。

それは彼が最も恐れていた部類の報告だった。









 あとがき

 青の軌跡第19話改訂版をお送りしました。
改定前よりも大幅に増えてしまいました。盟主だけでなく、ラクス、それに反ブルーコスモス派のアンダーソン大将も

色々と裏で動き出して貰いました。……なにやら宇宙編はとんでもないことになりそうです(汗)。

まぁプラントだけが内輪もめしているとバランスが悪いですし、連合内部でも色々と揉めてもらいます。

さてアズラエルは己の戦略を達成することが出来るかな〜何か難しいような気が(爆)。

さて次回でついにオーストラリア編は決着する予定です。まぁ話の構成によってはもう1話追加するかもしれませんが。

それでは駄文にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

青の軌跡第20話でお会いしましょう。







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代理人の感想

んーむ。これこそ政治と言う感じがしなくもないですな(笑)。

敵の敵は味方、利害関係の一致するものは味方。

これぞマキァベリズム。