美しく流れる、淡い、桃色の髪。

神秘的な儚さを称える金色の髪飾り。

貴族的な気品のある『美少女』と言って差し支えのない『美少女』が、ゆったりとした動作で口を開いた。





「私はラクス・クライン。そして、この子の名前はハロですわ」

優雅な物腰で自分の名前を俺達に告げた。

彼女の手の中ではピンク色の球体『ハロ』が「ハロ、ハロ」と煩く連呼している。

その間抜けな光景に唖然とするマリュー達。

だが、その中でいち早く立ち直ったムゥ。

彼の口から出た言葉は『シーゲル・クライン』の名前だった。





「驚いたな。プラントにおいて“現最高評議会議長”である、かのシーゲル・クラインの娘さんとはね」



「あら、良くご存知ですわね」

クスリッとラクスが、小さく微笑む。

同時に周囲の空気が変質した。

この天然、自分の立場を理解しているのだろうか。

『クライン』の性は“ザフト・連合”の両軍にとって特別な意味が含まれている。

それを理解して名乗っているのなら大層な大物だ。

恐らく、意図しての事だろう。だから油断できない。





「と、とにかく。各員は持ち場に戻って。ラクス嬢はお部屋に‥‥‥そうね、キラ君。貴方が連れて行って」



「俺が!?」



「元はといえば、救命船を拾った貴方の責任です」

気を取り直したマリューは俺に護衛の兵士を二名つけて、ラクスを押し付けた。

項垂れながら、俺はラクスへと向き直り。





「んじゃ、行くよ。お姫さん」



「はい」

相変わらず俺の冗談を素で受け止めるラクスを連れて、突然の来訪者により慌しい格納庫を後にした。

















「追悼慰霊?その為にユニウス7の事前調査に自ら脚を運んだの‥‥‥?」



「はい。その際に連合軍の艦といざこざが起きてしまいまして」



「ふーん。大変だな、姫さん」

俺は彼女が宛がわれた部屋に辿り着くまで、ペラペラと喋りかけるラクスの相手をしていた。

しかし、よく笑うし、よく喋る。

冗談半分で言った綽名についても彼女は何も言わないから、気づかぬ内に定着してしまった。

これが後に三隻連合を作り上げた少女なのだから、SEEDの世の中はよく解らん。

奇麗事は嫌いじゃない。が、彼女が行った事は平和への模索ではなく戦争の終結だ。

それに、両軍の戦闘に割り込む形で活動した三隻連合の姿勢は闇雲に戦火を広げていただけだ。

あれでは犠牲者が増加するばかりで、何の意味もない。





「ほい。ここがあんたの部屋だ。悪いけど見張りをつけさせてもらうよ。なんていっても姫さんは最高議長の娘だからね」

言い渡された個室の前にたどり着き、扉を開ける。

にこやかに歩を進める彼女は、一度こちらへと振り返り。





「ええ。御気になさらず。当然の処置でしょうから」



「うん。気にしない」

自然と返した言葉にハッとする。

随分と初対面の人間に対して図太くなったな。俺。





「ごめん。ちょっと調子に乗り過ぎた」

急いで振り返り、バッと頭を下げた。





「‥‥‥何のことですの?」

驚き、凝視する。

温和な微笑みが揺らぐことは無く、彼女が気にした様子は一片も伺えない。





「え‥‥‥あ、いや何でもない。ハハッ」



「?」

キョトンとする彼女を無視しつつ、室外で控えていた見張りの兵士の人に「後を頼みます」と告げ、俺は部屋を後にした。

しばらくすると苦笑とも取れる小さい笑い声が、クスクスと聞こえた。

チクショウッ。無駄な恥じを掻いてしまった。

年甲斐もなく赤面する顔を堪えながら足早にストライクの整備に赴いた。

まだ、精神年齢は二十台だけどね!

















[/interlude

















この後は月艦隊の先遣隊に狙いを付けたヴェサリウスが戦闘を仕掛けに来る筈だ。

予想戦力はイージスとジンが数機のみ。

それならば原作とは違い、覚悟完了した俺とムゥのみで抑え込めるかもしれない。

無論、油断はできない。

キラは人を殺める事に中途半端に恐れを抱いていた。

だが、俺は違うぞ。俺は殺せる。

情けも哀れも微塵も無く、躊躇なく完膚なきまでに殺せる―――それは絶対だ。

俺はそう信じ誓い、改めて覚悟した決意を胸中で再確認した。

故に―――。





「ねぇ、キラ」

俺は背後から近寄る人物の気配に全く気付けず、声を掛けられた。

驚きで、一瞬心臓が跳ね上がる。

不安めいた声音。

少なくとも敵意は無さそうに聞き取れたので、内心びっくりさせられた事を悟られまいと緩慢な動作で振り向いた。





「なんだ?‥‥‥って、フレイ嬢か」



「なんだって、何よ。それ」

唇を尖らせ、艶やかに煌く赤髪を“ふわりっ”と靡かせた。

穏やかな微笑が目立つラクスとは対象的に、悩ましい笑みを形作る美少女『フレイ・アルスター』は不機嫌そうに口元を吊り上げた。





「別に‥‥‥それよりも、なんか用?」



「え‥‥‥用って、程じゃないけど‥‥‥」

息を詰まらせた様に呻き、明らかにうろたえた様子を魅せるフレイ嬢。

用があるのはわかっているが、フレイ嬢が頻りに目線を宙に泳がせ落ち着きが無い。

よほど言い辛い事なのか、歯に詰め物でも埋めたのかと邪推する程に、頻りに唇がモゴモゴと動いて忙しない。

おかげで会話が一向に進展せず、ピリピリとした気まずい雰囲気がこの場を支配していた。

お見合いしてるわけじゃないんだ。

だから、せめてムードだけでも変えようと俺は仕方なくフレイ嬢に提案した。





「‥‥‥食堂行く?」



「え?」



「言い難い事なら、歩きながらでもいいだろ。それなら後でもいいし」



「‥‥‥うん」



「じゃ、いくか」

先導する形でフレイ嬢の前を歩きながら、俺はふと気づいた。

そういや語尾に『嬢』をつけて呼んでしまった。

気づいていない。それとも気づける余裕がなかったのか。

未だに思案顔のフレイ嬢の前を歩きながら、それはそれでいいかと納得した。

















そして、食堂に到着した。

隣ではフレイ嬢が、口を開いては閉じてと同じ動作を幾度も繰り返し、ずっと何かを俺に告げ様と悩み続けている。

その考えあぐねる姿は普通の女の子にしか見えない。

まだ昼メロ女王と化すあの場面までは、目の前に居るフレイ嬢は唯の女の子だ。

だから、俺は嘆息をついて―――彼女とある“約束”をした。





「取り敢えず‥‥‥だけどさ。気にしなくてもいいぜ」



「‥‥‥キラ?」



「無理ならいい。そういうの俺は嫌いだけど。君はいつもお転婆なほうが似合っているからさ、言いたくなってからでいいよ。俺は待っている」

口元を歪めて両腕を組み、肩を竦めた。

フレイ嬢は「なっ」と不意を突かれた様子で声をあげるが、次第にむっとした表情で俺を睨み付けた。

その刺す様な鋭い視線を背中越しに覚えながら歩を進め、食堂に足を踏み入れた。





「よっ」



「キラ‥‥‥とフレイは何、怒ってるんだ」



「‥‥‥フンッ。何でもないわよ」

俺が一瞥すると、ぷいっとそっぽを向く。

うむ。やはり彼女はお嬢様らしい、気高い気丈さが良く似合う。

それにしても―――。





「テーブルに置かれているソレは、なに?」

俺は四人が囲むようにして置いているトレイに指を指し、尋ねた。





「キラが拾ってきた子の食事。誰が運ぶか揉めててね」

サイ、トール、ミリアリア、カズィの順にテーブルの上に鎮座しているトレイに視線を注いでいる。

誰もが食事を運ぶのは嫌そうに、露骨に顔を顰めている。

取り敢えず、俺も四人に習ってトレイに視線を注いだ。

―――なんだか、お腹が減ってきたな。そうだ。





「それ‥‥‥俺が運ぶよ」

ハイッと片手を上げて挙手する。

瞬間。トレイの持ち運ぶ係りを自ら立候補した俺に、フレイとサイ達は目を丸くした。

その纏い付く視線に思わず辟易したが、口には出さず俺は気楽な口調で言った。





「ちょうど俺も腹が減ったから。彼女と一緒に食う。だから、俺の分もよろしく頼むわ」



「えっ!?」



「キラッ?」

俺が何気なく提案した内容に喫驚し、皆が困惑に近い声を張り上げた。

キラ君だって一応は同じコーディネーターだろうに何を驚いてるんだ?

そんな皮肉めいた呟きを胸中で吐き出しながら、俺は当惑する五人に向かって片手を“ひらひら”と振った。





「別に喰い殺されるわけじゃないんだ。心配はご無用さ」

なるべく気遣いの無いように飄々とした調子で告げた。

彼女が俺を殺そうと思ったら、キラ・ヤマトの資質を凌駕する「何か」が無ければはっきり言って現状では俺の殺害は不可能だ。

それでも心配の色を隠さない“キラの友人たち”。





「それなら私が―――」



「ああ。だったら俺の分を運んできてくれ。じゃ」

ミリアリアの提案を遮り四人の視線から奪い取る様にトレイを持ち上げ、俺は早々に食堂を後にした。

ああ、胸糞悪ぃ。

キラ君は良くこんな所で生活し、戦え続けていたと今更ながら俺は感心してしまった。

















6/閑話

















『ラクス・クライン』の探索を請け負った、ザフト軍の“ヴェサリウス艦”はアークエンジェルと合流する予定である第八艦隊の先遣隊の存在をいち早くキャッチしていた。

その報告を聞いた『ラウ・ル・クルーゼ』は珍しく人間らしい―――気味の悪い笑みを仮面の下から覗かせていた。





「月に行くつもりかな」



「は‥‥?足つきが‥‥ですか」

副官のアデスが凡そ考え得る、最も可能性の高いシチュエーションを口にした。

クルーゼは頷きながら、アデスに振り返り。





「ラコーニとボルトの隊の合流が予定より遅れている。もしあれが『足つき』に補給を運ぶ艦ならば見過ごすわけには行くまい」

と、心底愉しそうに告げた。

何が、彼を愉快にさせているのだろうか。

その本当に珍しいクルーゼの愉快な声音にアデスは背筋をゾッとさせた。





「はい、いいえ。ですが我々は捜索の任があります‥‥‥」

妙に嬉しそうに唇を曲げるクルーゼの機嫌を伺うアデスは、呟く様にして進言した。

だが、クルーゼはアデスの当惑を払う様に首を振った。





「だが、その前に私たちは軍人だ。そうだろう‥‥‥‥アスラン」



「‥‥‥はい」

ゆっくりと沈黙を湛え続けていたアスランが淡々とクルーゼの言葉に同意した。

クルーゼはアスランに振り返り、語る様に喋りかける。





「遂に二コルまでストライクに撃破された。それは悔しかろう。いくら昔馴染みの幼馴染といえどもだ。アスラン‥‥‥それでもまだ君は『嫌だ』というのかね」

まるで試す様なクルーゼの口調に、アスランは肩を微かに震わせた。

嫌に決まっている。

昔馴染みの友達で、アスランにとっては大の親友なのだから当然だろう。

だが、一拍間をおいた後に睨み付ける様に―――冷気の如く凍て付いた声音でアスランは宣言した。





「はい、いいえ。ニコルの仇は必ず‥‥‥俺が」

重々しく、空気が変質した。

もしアスラン・ザラという人物をよく知る者がこの場に居合わせていたら、確実に彼の変容振りに驚愕する事だろう。

彼の淡々とした口調に甘えは無く、射抜くような瞳に容赦は無い。

その重苦しい異様な雰囲気の中、口元を卑しく歪めるクルーゼだけは妙に平然としながらアスランの肩を軽く叩き、彼の意志を決定付ける“呪い”を吐いた。





「―――それは『幼馴染』だからかね?」



「はい、いいえ。倒すべき『敵』だからです」

全く躊躇いの無いその宣言には、殺意すら覚える。

しかし決意したアスランの目には何処か、危うげな『色』が宿っていた。

―――俺は甘かった“人が死なない戦争”なんかないのに‥‥‥ニコルを死なせてしまったのは俺の責任だ―――

冷酷な信念と共にアスランは“打倒ストライク”にその執念を燃やした。

















\/interlude

















「まだ、ここに居なくてはいけませんの?」



「ああ、そうだ」

士官室の席で寂しそうに呟くラクスに、俺は食事を載せたトレイをサイドテーブルに置きながら肯定した。

そのあっさりと頷く俺に、ラクスがちょっとむくれた。





「ずっと独りで、つまりませんわ‥‥‥私も皆さんとお話しながら、食事を頂きたいのに」



「‥‥‥」

呆れるしか他に無い。

俺は強張る眉を抑えながら、その能天気もしくは馬鹿の極みに達した願望を必死で無視した。

だけど、ラクスの一言があまりにも我慢ならないんで、一言だけ―――。





「姫さんは捕虜だ‥‥‥それに、この艦にはコーディネーターを快く思わない人がいる」

呆れ混じりに、彼女の願いを一蹴した。

だが、ラクスは切なげな表情をした後、すぐに笑って返した。





「でも、貴方は優しいですのね」

え?

ラクスの一言で、意識が何処か遠くに至り、彼女の瞳をギョッとして見つめた。

‥‥‥自分の事しか省みない人間が“優しい”?

喉がカラカラする。

焦りにも似た嫌な汗が、額に浮かぶ。

それは変だ。俺は今まで自分の為にずっと戦った。

敵なら、誰が死んでも構いやしないって。

なのに、俺の事が“優しい”なんて、そんなの不可解なだけだ。

覗き込む彼女の瞳が計り知れない。綺麗で華麗なほど醜く、今では恐ろしく感じる。





「‥‥‥どうかなさいましたか?」



「え?‥‥‥ああ。いや、べつに‥‥‥」



「でも、凄い汗。びっしょりですわ」



「いいから‥‥」

額に伸ばしてきた手をやんわりと払い、扉を開けた。





「それじゃ」



「ま―――」

彼女の呼びかけを俺は扉をすぐさま閉じる事で強引に遮った。

思考が苛立つ、悪寒が全身を締め付ける。

くそ。

扉を背にして寄り掛かり壁をじっと眺めていた。





「―――――」

何分ほど経過したのだろう。

しばらくして、通路の奥から足音が聞こえてきた。

視線だけを横に向ける。

其処には、俺がラクスの部屋に食事を運んでくれと頼んだ少女『ミリアリア』がいた。





「キラ?」



「ミリアリアか‥‥‥食事はありがと。けど、やっぱ食堂でするわ」



「ちょ‥‥顔真っ青よ!?」



「いいから」

切なげに揺れる栗色の髪の毛が頬を掠り、ミリアリアが心配げに俺の顔を覗き込む。

俺の体調不良を気遣う彼女には申し訳ないが、俺は医務室での休息をやんわりと拒否させてもらった。

そして、出来るだけの平然を装いながら食堂へと足を向ける。

ミリアリアは慌てて俺の隣に追いつくや否や医務室で医者に診てもらった方がいいと尚もしつこく誘う。

やむを得ず俺は咄嗟に―――。





「家の爺さんに『医者だけは信じちゃいかん!』と遺言で忠告されたんだ」

と、我ながら下手糞な嘘を吐いた。

無論、あっさりと看破された。

それでも献身的に医務室に誘う彼女の懸念を煩わしく思いながら、俺はラクスの何者も見通す『あの瞳』が脳裏に焼きついて離れられなかった。





「なぁ、ミリアリア」



「なに?」



「彼女の事どう思う」



「彼女って、あの人のこと?」



「ああ、俺はさ―――」

足を止め、隣に立つミリアリアに振り向き、アニメでラクスの戦争終結論を視聴した時にも抱いた胸の内に蟠る嫌悪感を吐き捨てた。





「『ラクス』の事、嫌い‥‥‥みたいだから。ま、苦手意識を混同させているだけかもしれないけど」

「えっ」と、眼を丸くして絶句するミリアリア。

困惑する彼女を置いて、俺は再び食堂へと足を進めた。

用は誰でもよかったのだ。

今の俺の心境を誰かに投影させる。それだけで心の安定を保てるのだから―――。

ほんと、吐き気がするほど嫌な奴になった。

罪悪とか生命とか、既に人間の規範を切り捨て、決死を覚悟した俺は未だに“優しい”という、ラクスの慈悲深く温和そうな一言に酷くムカついたのだ。

だけど、それは―――。







―――ただの八つ当たりではないか―――







ギュッと拳を硬く握り締めた。

ムカつく。今は、何もかもがムカつく。

ラクスなんか助けないで、見殺しにすればよかった。

その脳裏を過ぎった過言に眉根を寄せて、ささくれ立つ思考を被り振った。

彼女の甘い一言で、俺の決死はブランコの様に揺さぶられた。

無闇な殺生はしない。だが、邪魔する奴は斬り捨てる。

それが、俺の選んだ真路なのだ。

だから―――間違いは無いはずなんだ。絶対に‥‥‥。

















『コーディネーターなんて、嫌いよ』

突然、食堂からそんな物騒な言葉を耳にした。

そういう会話が原作にあったのだから特にとりたてて気にする要素など無いはずなのだが、何故かこの時だけは非常にその発言が気になった。

それは自分がキラ・ヤマトとして此処にいるせいなのかもしれない。





「どうしたの、急に立ち止まって?」



「シっ‥‥!」

食堂の入り口付近で、不意に立ち止まった俺を呼びかけたミリアリアを鋭くその場で制止させた。

急に黙り込んで食堂の外から聞き耳を立て始めた俺に不信な面持ちで窺うミリアリアも食堂から聞こえる不穏な会話を耳にした途端、驚きのあまり眼を見開いた。





「なに話してるの?」



「さぁ‥‥‥少なくとも株取引の話しじゃ無いなのは確かだけど?」

うし、何時もの俺。





『もちろん、キラは別よ‥‥‥でも、あの子はザフトでコーディネーターでしょ。反射神経とか凄いんだもの』



『フレイって‥‥‥ブルーコスモス?』



『違うわよ!』

心外だといわんばかりにフレイは声を荒げてカズィに食って掛かる。

ブルーコスモス―――『蒼き清浄なる世界』の語り文句で有名なコーディネーター排除思想主義のナチュラルの過激派だ。

俺からすれば悪役の癖に格好良い団体名を用いて気に入らないから『青い死ね死ね団』などの蔑称で通して密かにマイブームだった。

結局、ブルーコスモス盟主『アズラエル』の活躍以外はラストまで余り目立った動きの無い団体であった。





『でも、あの人達の言っていることって、間違っては無いじゃない!病気でもないのに遺伝子を操作した人間なんて、自然の摂理に逆らった、間違った存在よ!』

―――間違い。

自然の摂理に逆らったと言うなら、俺という人間もそうだ。

コーディネーターとしてのじゃない。

死んだ筈の人間として世界に逆らった存在なのか、間違った存在なのか?

その疑問を今、フレイが叫ぶこの瞬間まで忘れていた。

違う、忘失したのではない。深く追求する事を止めにしていたのだ。

戦場で迷いを抱くのは死ぬと誰かが言っていた。

悩み、自問自答するだけなら何時でも出来る。

だから、銃を取ら無くなる日が訪れるまでは―――その日が訪れるまでは保留にするべきだと判断したのだ。





「なんかつい‥‥‥忘れちゃけどさ‥‥‥キラもコーディネーターなんだよな。平気であんなのに乗れて、戦えちゃうんだからさ」

カズィの独り言染みた独白が、フレイの意見に同意したがっている様に聞こえた。

平然と戦えたわけじゃない。

平然としている様に魅せて戦っているだけだ。

それもこれも己の自己防衛の為だ。他の誰を頼る訳にもいかない、この世界での俺は俺の味方であり続ける。

だからカズィが何を言おうと気にはしない。

けれど、それとは別にフレイの『間違った存在』が俺自身に当て嵌まっていた。





「‥‥ここにいてはだめよ。他のとこ行こう」

自身は死んだ人間の癖に何故かアニメの世界にいるという、深く考えても正しいのか間違いなのか結論の出ない迷路に思考の片足を突っ込みかけたところで、ミリアリアが真剣な表情をして俺の片腕を引きながら食堂から去ろうとした。





「お、おい」



「キラが今、あの中に入ったら気まずいだけでしょ。だから、どっか」

腕をクイッと引っ張りながら俺をこの場から連れ出そうとする、ミリアリア。

気を利かせているつもりなのだろう。この時だけは、その掛け値なしの親切が妙に嬉しかった。





「ありがと、でも、その必要は無いと思うな」



「えっ‥‥なんで?」



「虫の‥‥‥知らせってやつかな」

頬を空いた手で掻きながら、通路の天井を見上げる。

吊られる様にミリアリアも不思議そうに見上げた。

すると俺が予期していた通り、無機質な高音が艦内中に鳴り響いた。





「な‥‥なに!敵襲なの!?」



「みたいだ。格納庫に行く」

フレイの親父さんの件もあるが、自力でなんとかするしかない。

ミリアリアに掴まれた腕を振り払い、俺は全速力で駆け出した。

思考を切り替えろ。

クールになれ、キラ・ヤマト(俺)!!

















「ミリアリア?」



「トールゥ‥‥‥この馬鹿!朴念仁!」

“バシンッ!”





「痛ぶへハアアッ!―――うう。俺がなにしたっていうんだよ〜〜〜!」

頬を打たれ、余りの激痛に通路でもんどりうつトールを尻目にミリアリアは肩を震わせて、恋人を置去りにしたままブリッジへと駆け出したのであった。

















戦闘前の格納庫は変わらず、慌しかった。

きびきびと働く整備員の人たち。

轟々と怒声が渦巻く中で、精一杯に自分の役目を果たそうとしている。

ざらつく様に体をなでる、張り詰めた緊迫感。

パイロットスーツを着用して訪れた俺は無重力に身を任せながら、主の来訪を今か今かと急かすストライクのコクピットに飛び移った。





「遅いぞぉ!坊主」



「すんません!」



「謝る暇があるなら、さっさとしろ!」

冷然と佇むストライクの足下から整備班長のマードックが、コクピット部に取り付いている此方に向かって怒声を飛ばした。

俺は反射的に謝罪しながら、コクピットの中に体を滑り込ませ、各システムを起動させる。

モニター越しからミリアリアが状況を報告する。





『敵はナスカ級にジンが三機。それとイージスがいるわ!気をつけて!』



「はいよ」



『‥‥‥待って!もう一機、敵艦から確認。シグーです!』



「―――なんだって!?」

驚いて、モニター越しで報告をするミリアリアの顔を見詰める

クルーゼ本人が戦場に駆り出てくるとは、こいつは予想外だ。

ならば―――。





「ランチャーに換装してくれ、あと敵母艦の正確な位置の割り出しをお願い」



『‥‥‥どうするつもりなの?』



「この現状では、戦力差がありすぎる。MAだけじゃ抑え切れんしMSは俺のストライクだけだ。なら、ジリ貧になって負けるよりも敵母艦を一撃で仕留めた方がマシだ」

機動力やバランスで勝るエールよりも敵母艦を直接叩く意味も含めて、この現状ではランチャーストライクを選択するのがベストな筈だ。

無論、失敗すれば敗北の二文字だ。

それでも賭けねばならない。

シグーやイージスを抑えて守りを欠くよりも、一手に攻撃に姿勢を移す。

攻撃は最大の防御とも言うし、それに成功すれば被害は最小限で済む。





『そういう事なら、俺も協力するぜ』



「‥‥ムゥさん」



『坊主一人だけじゃ無理だろ。雑魚の露払いは俺に任せな』



「了解」



『それに、俺も本気でいかないと。奴が来るとなると‥‥‥さ』



「そこまで無理しなくても、時間稼ぎに徹してくれれば十分です」



『おいおい、年寄り扱いしないでくれ。これでもまだ二十代なんだしさ』

左肩に超高インパルス砲『アグニ』を抱き抱える様にして、ストライクに装備される。

続いて、120ミリ対艦バルカン砲。350ミリガンランチャーが対を成す様に右肩に装着された。

厳つい体躯に勝る、高攻撃力による狙撃が主体の『ランチャーストライク』へとストライクはその身を変貌させた。

そして―――。





「キラ・ヤマト!ストライク、出るぞ!」

昇華する気合と共に、火花を散らす宇宙空間に向けてカタパルトから打ち出された。

















『第三話・宇宙を駆ける鷹』

















少年。キラ・ヤマトが提案した敵母艦の『一撃必殺狙撃作戦』の概要を思い出しながら、ムゥは死の道明が灯る暗黒の戦場において、最大の攻撃手段であるガンバレルを展開していた。

遅滞する刹那。

敵艦のヴェサリウスから発進された、ジン四機が放つビームや実弾の掃射を本能が突き立てる『閃き』と幾度の危機を潜り抜けてきた『経験』だけを頼りに、降り注がれる銃弾の悉くを回避し続けていた。

そして、彼は決定的な一瞬の間を縫う様にして、最大のスキルを駆使してガンバレルの銃弾を撃ち放ち、ロックオンしたジンに直撃させた。





「‥‥‥次!」

“殺った”という手応えだけを頼りに、ムゥは障害の行方を確認せずに機体を転換させ、次の標的を刈りに赴く。

宇宙を駆け抜けるその姿は、さながら鋭く恐ろしい密林のハンターであり、彼の二つ名である『鷹』を連想させた。





「――――」

弓を引くみたいに、キリキリと研ぎ澄まされていく神経。

矢を放つみたいに、敵に中る刹那の直感。

本能が背筋に突き立てる『死』という刃が脅迫し、己に命じるのだ

“それを躱せば死ぬぞ”と―――。

同じく、お前に命じる。

“それを撃たねば死ぬぞ”と―――。





「言われなくてもやっている!」

運命を淡々と語り告げる本能に抗い叫び、弾雨の中を必死で駆けずり回る。

そして狙った獲物を確実に捕らえていく『鷹』の嘴が怒涛の気勢で追撃する。

嵐の如く降り懸る無数の弾雨を、まるで“敵の銃弾が見えている”かの様な異常な感覚を駆使して掻い潜りながら、躊躇なく反撃していく。

だが―――彼の異常を停止させる、強大で強力な存在がムゥ・ラ・フラガの前に立ちはだかった。





「クルーゼ!」

ジンの次世代機として開発された高性能MS『シグー』。

おそらくパイロットは、互いの必殺を撃ち、躱してきた宿敵であるラウ・ル・クルーゼだろう。

そして、そのシグーの後ろでは、血の様な色合いを宿した真紅のMS。『イージス』が控えている。

つまり、彼はこの作戦を成功させるためには、少なくともイージスとシグーの二機を同時に相手にしなくてはいけない。

絶望的なまでに広がる戦力差に気が萎えかける。

だが―――ムゥは口元を歪め、滴る様な敵意で不敵に笑った。





「ちょっとばかし‥‥‥いや」

片目を瞑り、何時もの飄然とした声音で彼は御得意の十八番を謳った―――。





「不可能を可能にする男だからさ、俺は」

刹那。

魂すらも凍りつかせる戦場に、生命の躍動を誇示する“鷹の稲妻”が駆け抜けた。

















]U/interlude

















「うおおおおぉぉぉぉ!」



「お前らは宇宙のゴミなんだよ!コーディネーターの糞どもがああ!!」



「お母ちゃあアアアアン!!」

メビウスを駆り、奮闘するパイロットたち。

ある者は敵の憎悪から。

ある者は急迫する恐怖を払う様に叫びながら。

ある者は敵を打ち砕くという専心から。

その全てを敵のジンが打ち砕き、また神風めいた特攻でメビウスは自爆した。

過酷を極め、星と共に爆ぜて輝く戦場。

生命が刹那に消えいく戦場で、ただ、その一点だけは特殊だった―――。

















「 ―――“時間を稼いでくれ”といわれてもねぇ」

未来予知めいた直感とメビウス・ゼロの高速機動で敵の射線から回避し続けていたムゥは、相変わらず飄然とした口調でぼやいた。

三百六十度全方位に同時展開する事で敵機の視覚情報を撹乱し、瞬時に撃殺する戦法を旨とするガンバレルのオールレンジ攻撃で殲滅したのはジン一機のみ。

これは、クルーゼの駆るシグーや奪取されたイージスの侵攻を妨げるのに手一杯だったからである。

無論。ムゥが時間稼ぎに徹するその間にも、四対一の図式で戦法を取る先遣隊のメビウスが一挙にジンを二機も撃破していた。

同時に、イージス、シグーの侵攻を阻害する事すら出来ずメビウス隊の大多数が壊滅させられていた。





「――――ッ」

突然。

首筋をナイフで当てられた様な気味悪い感触が、彼に危険を察知させた

その名を、叫ぶ。





「クルーゼ!」

上方から突如として出現したシグーは、構えたライフルを電火の如く迫撃した。

間断の無い乱射の悉くを躱し、すれ違い様に離れる両機。

瞬時にガンバレルを展開、迎え撃つ。

上下左右に配置したガンバレルを認識するよりも早く、確認するよりも速く、刹那の速度で叩き込む。

闇を引き裂き、奔る弾丸。

シグーの巨体を穿ち、吸い込まれたかの様に見えた。だが―――。





「――――」

確認する必要は皆無だ。

クルーゼは回避した。

その一点のみを理解できれば十分なのだし、次の動作を遅らせるべきではない。

頭に浮かぶ思考は皆無。旋風の如く、即座に振り返る。

寸前―――。





「ッ―――危い!」

バリアントによる迫撃砲がメビウス・ゼロの真横を通過し、反射的に怒鳴り声を張り上げた。

見れば、先遣隊の危機に駆けつけたアークエンジェルが最新型としては高機動、高性能を遺憾なく発揮したイージスを相手に翻弄されている。

故に、援護は期待できない。





「!!!」

全身の筋肉を引き締め、寸前に相対した敵と対峙する。

クルーゼの行動法則及び武装は戦場で邂逅する度に肉体が記憶し、蓄積していく。

即ち、それは互いの必殺の手段を知り尽くしているという事実に他無い。

ならば、この場でクルーゼを確実に打倒する手段は皆無だ。

それでも、倒す事自体が極めて困難なクルーゼを“自分にしか手に負えない強敵”と判断し、倒すと決めたのだ。





「――――クッ!!」

故に、戸惑いは無い。

少年は敵母艦の撃破を何よりも優先して直行した。ならば、エースパイロットである自分が存分な結果を見せずして何を見せる。

躍り掛かるシグー。純白のカラーを施したソレはライフルの先端をこちらに差し向けた。

正確無比に放たれる、即殺の一手を極めた高速掃射。

当たれば、メビウス・ゼロの貧弱な装甲など紙を鋏みで切り裂くよりも簡単に、間違いなく絶死する。

だが、それ以上に―――。





「鷹が、木偶の坊の豆鉄砲に中るなんてッ!」

ゼロが領域を侵犯し、翼がはためく。

紫電の如き素早さで繰り出される無数の銃弾を、残像さえ霞む突風と化して掻い潜る。



―――命中すれば、確実に死ぬ。



その事実のみを理解して『予知直感』による『危険察知』及び『行動予測』を防御手段した『絶対回避』を武器として、シグーの猛攻を捌ききり、その侵攻をこの時まで妨害し続けていられた。

更にMA中最速を誇る機体を存分に使いこなす、彼の巧みな操縦技術と合さる事で初めて『絶対』となるのだ。

故に、鷹の超速を豆鉄砲ごときで捉えられる筈がない。

音速めいた鷹の疾走で再び両機は交差し、距離を離そうとする。

だが、その僅か数瞬。

―――本来決着がつくはずの無い勝負は、その瞬間で至極あっさりと着いてしまった。





「――――なッ!?」

驚愕にも似た短い悲鳴。

事前に自らの危機を察知する“あの異常な感覚”が今まで以上の大音量で警鐘を鳴らしていたのを“エンデュミオンの鷹”は気付けなかった。





「―――つぅ!」

後退しながらのシグーの一射が掠める様にして、ゼロの装甲に命中したのだ。

自身を『鷹』とたらしめていた絶対回避が破られた事に憤怒を覚える―――だが。





「これじゃ立つ瀬ないでしょ、俺は!!」

歯噛みしながら機体を後退させる、ムゥ。

だが、その必勝の機会を是非とするクルーゼが逃す筈も無い。

今までの因縁に決着を着けんとブレードを上段に構え急速に迫るシグー。

確実に斬殺せしめる一刀はメビウス・ゼロの撃破を以ってして振るわれるだろう。

その必至の手段で振るわれた斬撃は―――何故か、目前において急速に停止したのであった。

















]/interlude

















通信を切り、即刻で決着を着けんと前方を睨み付ける様に見据えた。

フレイの親父さんが乗っているのと思しき味方艦『モントゴメリー』を守る様に背にしながら、筒状の巨大な砲銃『アグニ』を敵母艦『ヴェサリウス』に必中の狙いを定めて腰溜めに構える。





「―――ストライク!」

奥からスコープを引き摺り出し、即座に覗き込む。

そして、レーダーに表示報告されたポイントに座標を合わせ、必殺の意思の下に―――。





「座標、固定。一撃必殺砲――――!」

渾身の威力を込めて一撃する!!





「アグニィッ!!―――穿たれやぁあアアア!!!」

敵戦艦の死を直撃させる必殺の弾頭に魂の咆哮を乗せて今、ヴェサリウスに向かって殲滅の光弾が撃ち放たれた。

砲口の先端から放たれ直進していく光弾は破滅の二文字を暗示し、掠りでもした者には容易くその命を奪われるだろう。

だからこその“必滅の強撃”

捩れ伸びいく光焔。

光に魅入られし者たちを餌食にせんと死中を極めた殺意の塊は射手の意思に導かれて、不可視の領域を侵犯しながら敵母艦に押し迫った。















8/閑話

















「ふ、圧倒的ではないか」

圧倒的なMSの性能差で戦力差を覆された、連合軍を映し出すモニターを見ながらせせら笑うアデス。

ザフトの機動部隊はジン三機が撃破されたにも関らず、隊長であるクルーゼとアスランが状況を優勢に運び、既に二隻の駆逐艦を撃墜している。

後は敗退が確定しているにも拘らず、確然と対峙する敵母艦を完膚なきまでに叩き伏せ、援護に来た『足つき』を撃墜すれば、この宙域での戦闘はザフト側の勝利で幕を閉じる。





「高エネルギー収束火線砲の用意!目標、敵母艦―――」

声を張り上げ、指示を飛ばす。

ヴェサリウスの二門の主砲は勝利を確定しようと、劣勢の一途を辿る『モントゴメリー』の一点にのみ狙いを定めた。

そして、アデスは尖る様な大声で最後の鉄槌を下そうとしていた―――。

だが、それは背水の陣に立たされたモントゴメリーを守護するかの如く、悠然と腕を組み仁王立ちする純白のMSの出現によって指示は中断された。

突如として現れた真白の騎士は、静寂を切り裂き、火神の名を冠した砲銃をヴェサリウスに向け―――。





「まて、目標変更!!」



「―――あの『白いMS』だっ!主砲、撃テえエェエ!!!!」

目標変更の指示を即座に下し、突如現れたMSの存在に驚愕しつつアデスは叫んだ。

刹那。

必至を極めたヴェサリウスの二門の主砲からの必滅の光束が放たれたのと同時に、ストライクが構えた筒状の砲銃から対抗する様に破滅の極光が撃ち出された。

互いの必殺がぶつかりあい。拮抗する様に激しい光の火花が周囲に拡散し、弾け合った―――。

















]T/interlude

















超高インパルス砲『アグニ』の砲身から放たれた破砕の光は、惨敗寸前の状況を打破せんと一直線に目標に向けて伸び放たれた。

だが、周辺に光の鏃を撒き散らしながら直進する白刃の穂先を迎え撃たんと『ヴェサリス』が束ねた二重の光弾を応射する。

衝突し合い、空間を捻り切る破砕の閃光。

純粋な光はメインモニターを白一色に染め上げるが、俺はアグニによる必殺を極めていない。

ならば、昂る士魂をここで減衰してしまってよいのか?いや、否だ!!

敵のビームを打ち破り、装甲を貫通てきないのであれば意味がない。

即ち、稼働部分に必要不可欠な最低限のバッテリーを総て費やし、この渾身の一射を必殺にまで昇華させる―――故に!!





「―――バッテリーの残量を全開投入してでも、一撃の下にぶちのめす!!」

継続して流入されるバッテリーにアグニが耐えられず、砲身パーツの一部分が破裂した。

―――貫け!

“それは無駄だと”脳裏に告げる脆弱な自我を押し黙らせ、願う様に、極めつける様にトリガーをより強く引き絞る。

計器が爆発し、二の腕に突き刺さる。

―――貫け!

俺の意志と同調するかのように、絶対の確信を込めて光砲を放ち続けるストライクの機械の瞳が沸き立つかのように熱く灯る。

ストライクの外部装甲が内部から爆発し、瓦解した様はなんとも見っとも無い。

―――貫け!

そして、微かに残された力の限りを振り絞り、俺は愚直なまでに信じ続けて放ち続ける。

―――だから!





「―――こんなトコロで、死ぬわけには逝かねえぇンだぁあアア!!!」

それが如何な奇蹟を生じさせたのかは解らない。

信じて望む結果を掴み取らんと叫んだ咆哮が、極大にまで形を募らせた火神の光焔を形成させた。

束ねられたヴェサリウスの二門のビーム砲を真正面から打ち消し、装甲の左半分をゴッソリと削り射貫く“必滅の砲撃”





「ハァっ―――はぁっ―――」

無様な後姿を露呈しながら、撤退していくヴェサリウス艦。

荒い息遣いを繰り返しながら、その光景を見据える。

弾道が僅かに逸れてしまい、ヴェサリウスを撃沈させる事は叶わなかった。

先遣隊のメビウスの殆どが撃破され、戦力も疲弊している。

更にストライクのバッテリーの底が尽き、PS装甲の効果が失ってしまい追撃は不可能となった。

もう、指先一つすら動かせない。

身体も焼き鏝を押し付けられたみたいに、何故か凄く痛い。

その時、アークエンジェルからの通信がモニターに入った。





『キラ。聞いて!フラガ大尉が‥‥‥』



「‥‥‥‥‥」



「フラガ大尉が!?‥‥キラ‥‥聞こえてるの?‥‥‥ねぇ!キラ!?」

段々とぼやけて霞む、視界。

尖った鉄の何かが、身体に突き刺さって真っ赤になっている。

引き抜かないと惨事になる。早く。

懸命に何かを伝えようとするミリアリアの声を薄くなる意識を保ちながら、突き刺さった計器の破片を引き抜いた、

まるで泥の中に呑み込まれて行く微かな意識の最中で、俺は「死ぬのかな?」と他人事の様に呟き、息を静めた。

















8/閑話

















「それで、どう?二人の容態は?」



「は!医師の診断によりますと、機体の損傷に比べてフラガ大尉自身は幸運にも軽傷。キラ・ヤマトは爆発した計器類の破片が左腕に突き刺さるものの軽傷で済みましたが、度重なる戦闘時のストレスによって気絶し‥‥‥所謂『過労』だそうです」



「‥‥‥」



「彼は、まだ子供です。精神的にも‥‥‥これは、避けては通れぬ事態だったのです。それに、キラ・ヤマトは『コーディネーター』ですから」



「あの子は違うと言っているわ」



「それを本気で信じているのですか?艦長」



「――――」

ナタルの疑念を否定できず、そのまま硬く口を閉ざした。

艦長室で会話を続ける室内の雰囲気は余りにも重苦しい。

黙秘を保ち続けるマリューに軽い苛立ちを覚えたナタルだが、今は別の問題を解決するが先だと現状の報告を続けた。





「‥‥‥ストライクと大尉のメビウス・ゼロについてですが、大尉の方は予想以上に損傷が酷いです。ストライクの各部位の損耗も激しく現在、整備班が修理中です」



「つまり、パイロットと同時に―――」



「ストライク、メビウス・ゼロの両機共に数日を要するとの事です」



「そう。まずいわね」

再び、黙考する。

先遣隊の部隊とは合流できたが、総じて戦力は疲弊している。

食料や弾薬、機体の部品などの不可欠な物資は生き残りである『モンドメゴリー』からある程度は補給したが、再度の襲撃を無事に回避する手立てが今は無い。

現在は地球の大気圏外で待機する第八艦隊と合流する為の航路を取っているが、本来なら『シーゲル・クライン』の娘である『ラクス・クライン』を月本部のプトレマイオス基地に護送するべきであった。

だが、戦力が十分に整わない現状において月の制宙圏を握っているザフトの艦隊を振り切り、到達する事は困難を極める。





「“このまま地球に降下し、アラスカ基地に寄港せよ”‥‥‥ね」



「はい。ラクス嬢の事もありますが、今はこうする他ありません」



「わかっているけどね‥‥‥果たして、このまま引き下がってくれるかしら?」



「‥‥‥‥」

唇をキツク結び、押し黙るナタル。

状況は尚も切迫している。

確かに、アークエンジェルや先遣隊に多大な被害を覚悟して決行した『作戦』はナスカ級高速戦艦の撃退に成功した。

しかし、アークエンジェルの実質的な戦力は“鷹のメビウス・ゼロ”と“ジョーカーのストライク”である。

そのパイロットは現在治療中。両機体は共に修理中だ。

例え第八艦隊と合流できたとしても、無事に大気圏を突入できるのだろうか。

マリューの胸には言い知れぬ暗雲が立ち籠め、思考は更なる戦渦の未来を予想していった。

















起死回生の勢いで反撃したストライクの砲撃により、あと、もう一歩の所で撤退を余儀なくされたクルーゼ率いるヴェサリウス艦は後続のザフト軍所属のガモフに連絡を取り、アークエンジェルの追尾を已む無く断念した。

ローレシア級MS搭載艦ガモフに搭乗する、二名のザフト軍の赤服パイロット。

イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンはクルーゼ部隊から引き継いだ『第二次アークエンジェル追撃戦』の作戦を練っていた。だが―――。





「それで、おめおめと敵に尻を晒しながら逃げ帰ってきたというわけか?あの腰抜けめッ」



「言いすぎだ、イザーク。それに晒すのはケツじゃない、背だ」



「解っている!そんなこと‥‥‥」

相方であるディアッカの突っ込みに対しても投げやりに答えるイザークの表情は昏い。

ラスティ、ミゲル。そして、二人に続いて二コルも戦死した。

イザークは戦友の死という漠然としたショックを上手く昇華できず、未だ心の奥底で引き摺っている。

故に、いつもの血気盛んな振る舞いが先刻から見受けられない。

仲間であるアスラン・ザラがアークエンジェルの撃墜に失敗したという報告を耳にした時も、彼は意気消沈し沈み込んだ表情のままであった。

だが、敢えてディアッカはその傷口に触れようとはせず、淡々と作戦を提示する。





「‥‥‥『足つき』が月の本隊と合流するまでに十分間」



「だが、十分はある」



「ああ‥‥‥俺たちには、弔うだけの猶予がある」



「‥‥‥!」

ハッとして昏い瞳に生来の意志の強い輝きを取り戻したイザークが俯いた顔を上げ、唇を歪ませるディアッカの瞳を見据えた。





「同感だな‥‥‥」

自分たちには―――生き残った者達にはやるべき義務がある。

そして、自分たちには義務を遂行するだけの力とザフトの戦士としての責務を背負っている。ならば―――選ぶべき選択は唯の一つのみ。





「奇襲の成否には、その実働時間で決まるわけではない。それに―――」



「「俺たちには―――戦友を弔う為の義務がある!」」

声を揃えて、互いの平手を交わす。

パァンと軽快な音が鳴り響いた。





「ヴェサリウスからもアスランが来る」



「ふん。惨敗寸前の地球の猿どもを前にして、逃げ出した腑抜けに何が出来る?足つきを落とすのは無論、このイザーク・ジュールだっ!」

強硬論を説くイザークらしい雄雄しい声音で確然と宣言した。

俄然闘志を燃やす、本来のイザークらしい力強い宣言をしっかりと耳にしたディアッカは安心に満ちた呟きと共に小さく笑みを浮かべた。