約200km東に離れた所にある小島の岩山。
その谷底に白く滑らかな外観と純白の鋼の翼を有する巨大な艦が『明けの砂漠』のアジトの前に着底していた。
連合軍第八艦隊所属アークエンジェル。俺たちが所属する最新鋭の強襲艦である。
俺は両肩に残留する倦怠感を揉み解しながら、やや大きめな声音で、ネット張りを続けているトールに愚痴を零した。


「なぁ。俺さっき起きたばかりだぞ。こんな扱いあるか?」

「そう言って、また艦長に怒鳴られる気かよ。キラ」

「‥‥‥了解。私語は慎みます。これでいいのか?」

「いいんじゃねぇの」
―――先の一戦の後。
病室で目を覚めした俺は朝食を採る暇もなく、隠蔽用のネットをアークエンジェルに覆い被せる作業を手伝わされた。
隠蔽作業に修理中のストライクは使えない。
だから、手間隙かけての手厚い手作業となった。


「だからって、起き抜けの病人に炎天下で作業させるか?普通?」

「“元病人”‥‥‥だろ」

「ついでに‥‥‥艦長に嫌われているからな。俺」

「へぇ〜。自覚してたんだ」
トールの感心した様な声色に俺は作業の手を止めた。
上官の命令を度々は歯向かえば、心象は悪くなる一方だというのは自覚している。
それでもソリが合わないというか、馬が合わないというか。
恐らく性格的に俺とマリューの相性が悪いのだろう。


「でもさ、艦長たち何しにいったんだろうな?」
何気もなく口にしたトールの疑問に俺は訊ね返した。


「聞いてないのか?」

「聞いたよ。でも、そういうのじゃなくて、これからどうするかってこと」

「俺たちが、か?‥‥‥アラスカへ向かうには、まず、レセップスを退治しないことにはどうにもならない。背中越しにナイフを突きつけられたまま、逃げ果すのは無理だ」

「じゃ、それと戦うの?よくわかるよな。そんなこと」

「ん。まぁ、少し考えればだれにでもわかるさ」
嘘。
本当は、この先の出来事をアニメで把握しているからだ。
未来を把握してはいる。ただそれだけだ。
未来を変えようとしても得策ではない。
現にフレイの父親は死に、ストライクは大破しかかり、俺は戦死寸前だった。
そもそも『人類の夢、最高のコーディネーター』なんて強力な人間に製造されても、所詮は一兵士の立場でしかない。
戦争を終結させる力も無ければ、人一人救う力さえも無い。
“未来を知っている。だが、それがいったい何の役に立つというのだ?”
答えられる奴がいるのなら、答えてみせて欲しいものだ。
生き残るだけなら、アニメの様にキラを演じているだけで最後まで生存できる。
現にキラ君は死ななかった。戦争犯罪人にはなったが。


「じゃ、俺は戦犯になるのかよ‥‥‥」

「なんか言ったか?」

「いや」
俺は首を振り、痒みが疼く包帯を掻き毟りながら、作業を再開させた。
それから、しばらくして―――。


『フレイ!まてよ!フレイ!』

『もう、しつっこい!何度も言ってるでしょ!サイ!』
突き出した岩の物陰から男女の言い争う声が聞こえた。
会話の際に飛び交う名前や声質から判断するとフレイとサイだろう。作業をサボって女と痴話喧嘩とはいいご身分だ。


「なんだろうな?」
野次馬気分で物陰から伸びる人影を見つめながら、俺はトールに訊ねた。


「婚約解消されたんだってよ‥‥‥サイ」

「‥‥‥」

「フレイから一方的にさ。訳も碌に聞かされずに‥‥‥これじゃ、サイが可哀想だ」
友人の突然の不幸にトールは同情めいた声音で囁いた。
もうそんな時期になったのか。
肉体関係を築いた訳でもないのに、フレイがサイとの婚約を解消する。
裏があるとしか思えない。それとも単なる勘違いか。
俺は男女の深い業を目の当たりにした様な気がした。








『第六話・主人公は女性不信』








割り当てられた担当区画の作業を終了させた俺は、アジトの丘の上に登り、迷彩柄のネットで覆い隠されたアークエンジェルを見下ろしていた。
地面に腰を下ろし、ゴツゴツとした岩肌に触れた。直射日光で滅茶苦茶に熱かった。
それにしても暑い。
作業中も砂が口に入ってジャリジャリするし、制服は汗でベトついて最悪だ。
シャワーではなく、久しぶりにお風呂に入り、気分をリフレッシュさせたい。
―――無理だろうが。



「おい。お前っ」
お風呂に叶わぬ思いを馳せていた俺は急速に現実へと引き戻された。
一瞥せずともわかる。
確実に三十度は軽く超えてそうな炎天下でも元気に歩き回り、礼儀の欠けた文節で尋ねる女は一人しか認知していない。


「‥‥‥なんだ、カガリか」

「なんだとは、なんだっ!」
目の前に立ち、一方的に腹を立てるカガリ。
俺は疲れ切った表情のまま、ぞんざいな態度で非礼を謝罪し、再び尋ねた。


「で、何?」

「‥‥‥ずっと気になっていた。あのあと、おまえたちはどうしたんだろうと」

「あ、そう」

「“あ、そう?”」

「あ、ごめん」
適当に相槌を打つ俺に、ギロリと視線に睨みを利かすカガリに向けて、俺は投げやり気味に頭を下げた。
それでも不機嫌な様子を魅せ続けながら、カガリは言葉を継げた。


「で、そのお前がなんであの機体に乗っている!?おまけに今は連合軍か!」

「‥‥‥」
別にカガリに責められる理由も、咎められる理由など有りはしない。
筋違いにも程がある。
だが、どうにもキチンと説明しないと、ここから生きて帰してくれそうにも無かった。
―――こういう時には、確か便利な言葉があったな。えっと。


「いろいろ‥‥‥あったんだよ‥‥‥」

「‥‥‥‥‥」

「いろいろとね」
沈痛な面持ちは忘れず、俯いたまま、疲れきった老人の様に租借した言葉を呟いた。
すると。カガリは此方の境遇を勝手に察し、何も言わなくなった。


「じゃ‥‥‥」
俺はカガリの横を素通りし、すぐにでもシャワーを浴びに行こうと駆け足で丘を滑り降りた。
キラの言葉も、偶には役に立つ。


「そういえば‥‥‥オーブに帰らなくて良いのか?ウズミ代表もカンカンだろう」

「ああ。それなら‥‥‥って、なんで!?」
じゃあな。
眼を見開いたあいつに向けて、片手を振った。








Y/interlude








全身に粘り付く汗をシャワーで手短に洗い流し、頭部を覆う、砂埃で汚れた包帯を白く清潔な物に交換した。
日が落ち、所々で明るく灯された焚き火を見回す。
そういえば、そろそろレジスタンスの村人が住む“タッシル”が、堕とされる時間だ。
アニメではタッシルを襲撃したバクゥの部隊を、救援に駆けつけたストライクが撃滅した。
だが、今回のストライクは細かい部品も含めての完全修理中の身だ。無闇に起動する事はできない。
それに、アークエンジェルが襲われるわけではないのだ。
『明けの砂漠』に協力できる範囲は不足した医薬品や食糧の支援までだろう。
―――じゃ、今回は出番なしか。


「フレイっ!待てよ!そんなんじゃわからないよ!」

「もう!いい加減にしてよっ!話なら何度もしたでしょ」
まただ。
昼夜を問わずに言い争うサイとフレイ。
―――岩塊を影に女に問い質す男。男から逃げ回る女。
なんだか、とてもメロドラマ的だ。
うざったそうにサイから逃げ回るフレイ。
その時、無粋だからとその場を立ち去ろうとした俺の存在に気づいたフレイが、大声で叫んだ。


「キラっ!」
やばい!気づかれた。
迂闊だと判断した頃には時既に遅い。
肩を掴もうとしたサイの手をひらりと躱し、突然の行動に困った俺を盾代わりにし、彼女は背後に回りこんだ。
気まずげに、だが、憤怒を隠そうともしないサイが困惑する俺に告げた。


「フレイに話があるんだ。キラには関係ない」

「いや、うん。そうだな。俺には関係ない」
これ以上の面倒事に巻き込まれるのは御免だ・
フレイに掴まれた両腕を振り解き、その場から立ち去ろうとした。
その行動に、ガッチリと俺の両腕を拘束するフレイが焦った様子で言葉を遮った。


「キラは関係なくないわ‥‥‥!」
ハァ?


「だって私、昨夜はキラの部屋に居たんだから!!」

「‥‥‥ど、どういうことだよ?」

「ハァ?」
三者三様。
俺はマジで、ハァ?だった。
だから、ハァ?としか言いようが無かった。
ハァ?頭おかしいだろ。


「‥‥‥フレイ、君‥‥‥」

「どうだっていいでしょ!サイには関係ないわ」

「ハァ?」
置いてけぼり。
会話についていけない。


「関係ない?関係ないってどういうことだよ、フレイ‥‥‥」
声を荒げ、憤慨寸前の危険な表情を露にするサイ。
俺の背後に姿を隠すフレイを睨んでいるつもりでも、位置関係上で自然と俺を睨みつけるサイという構図が出来上がっていた。
唯でさえ、サイの中の人物相関図では“婚約者を寝取った男”として、位置関係が大幅に書き換えられている事だろう。
―――今日は厄日だ。


「サイ、もういいだろ」

「‥‥‥キラ?」

「フレイの戯言を真に受けているのなら、それは全くのデタラメだ。俺はフレイを抱いてない」
俺は真摯に否定した。
サイも、その言葉で僅かに迷う素振りを見せたが、瞳に浮かぶ疑念の色は全く変化していない。
全然、信用されていないんだな。俺。わかってはいたが。


「嘘!なんで、そんな嘘をつくの!?キラ!昨夜のこと忘れたの!?私のことが嫌いなの!」
嫌いだよ。
心底、嫌いだ。
おかげで、女なんか迂闊に信用できない。
打算的で、狡猾。
男を都合の良い道具として利用しているのではないか?と、邪推する時すらある。
―――特にお前。


「キラァアア!!」
フレイの追撃に逆上し、俺の胸倉に掴みかかろうとするサイ。
俺が素直に殴られれば問題は解決するかもしれない。
だから、俺の胸倉を掴み、殴ろうとしたサイの行動に目を瞑った。
けれど―――頬に突き刺さる痛みは、全く訪れなかった。


「殴らないのか?」

「殴りたいさ。だけど、ここで殴ったら、キラと同じになる」

「‥‥‥」
面倒だ。
心底、面倒だ。
サイは乱暴に掴んだ胸倉を離し、凄ませた瞳で俺を睨んで告げた。


「彼女を悲しませてみろ‥‥‥八つ裂きにしてやる」

「‥‥‥」
嫉妬で歪んだ瞳。
忌々しく宣言を叩きつけ、険悪な空気を残したまま、立ち去るサイ。
肩を荒げるサイの後姿を見つめながら、原作以上にややこしくなりそうな人間関係に困惑した。


「で、ここまでしたんだ―――いったい、何が目的だ。婚約者を騙してまで」

「‥‥‥ひとつ訂正‥‥‥」
唇に人差し指を突き立て、子供をあやす様に悪女は言った。


「サイとの婚約は親同士が勝手に取り決めたものよ。パパが死んだ今、そんなの関係ないわ‥‥‥」
悲哀に満ちた表情は忽然と消し去り、突如、人を拐かす蟲惑的(こわくてき)な微笑を浮かべるフレイ。
変わり身の素早いことだ。
これだから、女という生き物は理解し難い。


「サイとはね。いい友達よ。けどね、それだけ」
人の思慕を踏み躙る下劣なセリフに、俺は激怒した。


「そうやって、平気で人の心を弄ぶ魔女めっ!いっそ、この場で犯し殺してやろうか“昨夜の様に”さ!」

「馬鹿ね。そんなことしたら、リンチに会うか撃ち殺されるのがオチよ。あなたそれでもコーディネーター?」
騒ぎ立つ子供を窘める母親の様に、小馬鹿にしたような笑みで挑発するフレイ。
怒りで紅潮する顔を抑えながら、搾り出す様に声を出して問うた。


「‥‥‥目的は何だ」

「そうね。貴方をからかいたい」

「真面目に答えろッ!!」
岩に寄りかかり、フレイは哄笑した。
ケタケタと響く、嘲り笑う声。
しばし哄笑を楽しんだ彼女は、しばらくして、やっと答えた。
底冷えするような、冷徹な声音で―――。


「貴方が苦しむ姿を見たい。もがき苦しんで、苦しんで、死に晒す哀れな姿をね」

「アルスター事務官の復讐か?」

「それもあるわ。だから、コーディネーターを根絶やしにする。その為にも、キラには戦って死んでもらうの」

「俺が素直に従うとでも?」

「貴方は私を寝取った男よ?嫌でも周囲から拒絶されるのは時間の問題。そうなれば、キラの居場所は‥‥‥戦場だけ」
戦う事にのみ没頭するよう、自身を犠牲にしてまで居場所を限定させるとは。
魔女の様な女だ。
焚き火で、薄く照らされた艶やかな赤い髪を掻き上げ、フレイは艶美な唇を動かす。


「“戦場に赴く男を待つ女”なかなか、ドラマチックじゃない?」
ぶっ殺してやろうか。
女という生物が、これほどまでに御し難い生き物だとは思わなかった。
俺は脳を侵す殺意の塊に命じられるまま、不敵に笑うフレイの喉を両手で締め上げようとした。
瞬間、鼓膜を鋭く打つ笛の音が、凶行に走ろうとした俺を制止させた。


「燃えている」
振り返った、見開いた片目の先端。
朦々と立ち上る白煙。これだけで、何が起きたのかは推察できた。
タッシルの街が焼き討たれたのだ。








5/閑話







耳を打つ、鋭い笛の音がアジトのキャンプに響いた。
警報の意味らしい。
慌ただしい様子で、バギーに弾薬を積み込み、乗り込む『明けの砂漠』の面々。
その周囲の事態の動きを見ながら、マリューは隣に立つムゥに、調整が完了した『スカイグラスパー一号機』で救援の指示を出した。


「私たちに出来るのは、あくまでも救援です!バギーでも医師と誰かを行かせますから!」

「艦長!俺が行っても構いませんか」

「え、キラ君?」
駆け寄るキラ。


「ストライクは動けませんから。せめて、救援の手伝いだけでも‥‥‥」

「パイロットは非常事態に備え常に待機を―――」

「少尉の意思は汲んでみるべきと思います。艦長」

「ナタル‥‥‥」
マリューが背後に立つナタルに振り向き、眉を顰めた。


「人手は必要です。特に今の様な状況での、男性の力は不可欠です」

「でも、彼はパイロッ―――」

「ストライクを動けません。それに、少尉が軍人として率先し行う意思は尊重するべきと思います―――」

「‥‥‥」
遮られ、言葉を遂げられずに沈黙したマリューは両肩を脱力させた。
数瞬し、渋々ながらマリューは救援の許可を出した。


「総員!直ちに帰投!警戒態勢を取る!」
弾かれた様に動き出すナタルとキラを尻目に、マリューは頭痛めいた痛みを堪えながらアークエンジェルに駆け戻った。
悩みの種が、またひとつ。








Z/interlude








一応の医薬品等を積載したバギーに乗り込み、タッシルに向けて砂漠の道を駆け走る。
頬を撫でる砂漠の夜気。
日中は地獄と錯覚するほどの猛暑の筈が、今では凍てつく冬の冷気と化している。
平淡な砂の風景にも見飽き、隣に視線を遣る。


「‥‥‥」

「‥‥‥」
ナタルは唇を引き締め、じっとタッシルの方角に視線を向けていた。
なぜ、この人は俺を庇おうとするのだろう。
マトモに会話するのはこれが初めてになる。
内心、ドキドキしながら尋ねた。


「副長。失礼ですが、質問して宜しいでしょうか?」

「なんだ、少尉」

「‥‥‥なぜ、艦長から俺を庇うのです?前の戦闘のときといい、今回といい」

「‥‥‥‥」
ナタルは宙を仰ぎ見、逡巡する様子を見せた。
少し間を置き、彼女は少々気恥ずかしそうに言葉を紡いだ。


「‥‥‥私と艦長の仲が良好だと言い切れるほど‥‥‥いや、寧ろ悪化しているのは、少尉が存じている通りだ」

「‥‥‥」

「それは、艦を任された者としての価値観の違いが生んだ物でもある。だが、それは艦長が元技術仕官であるためだ。そこに不満はない」

「‥‥‥」

「問題は、少尉が“コーディネーター”だからだ」

「!?‥‥‥気づいていたんですか」
驚きの声を上げる俺に、落胆した彼女は溜息をついた。


「本気で気づいてないとでも、思っていたのか?ヤマト少尉」
むっつり顔になったナタルは、そこまで鈍くは無いと俺の眼を見据えた。
む。美人に迫れられるのは勘弁してほしい。
もう怖い思いはしたくない。


「コーディネーターであり、軍人としては幼い少尉にラミアス艦長は深い罪悪を感じ、戦わせる事に躊躇う節がある。先の戦いもそうだ。ラミアス艦長は出撃命令を下す、その瞬間まで躊躇していた」
それは穿ち過ぎだ。
艦長は修理中のストライクを出撃させる事に躊躇うたのだ。
それは憶測にしか過ぎない。が、ナタルの言い分は偽善者を断罪する一方的な非難だ。


「だが、私は違う。少尉は他の子供達と違い、周囲から一歩引いて見渡す、冷静な印象が見受けられた」

「それは―――」

「戦う時もそうだ。冷静に状況を分析し、常に周囲に気を配る。だが、ここぞという時は猛々しい強さを見せ付ける」

「いや、そんな‥‥‥」
そんな風に褒められたのは初めてだ。
大袈裟としか思えないナタルの賛辞には素直に喜べず、曖昧な笑みを浮かべた


「これが最後だが‥‥‥今日、初めて少尉と話すのは初めてになるが、わかった事がある。少尉は‥‥‥どこか、摩れた面がある」

「は?‥‥‥」
一瞬、意味がわからなかった。
ナタルは物分りの悪い俺にも理解できるよう、詳しく説明した。


「成人特有のものだ。少尉はそれが顕著に現れている」

「つまり、老けてると?」

「少尉を戦場に出した主な理由はそれだ。子供に見えない」

「ひでぇ」

「私語は慎め、少尉‥‥‥ついたぞ」
砂埃を巻き上げるバギーが、街の丘の上で停止した。
俺たちより、先に到着していた『明けの砂漠』のレジスタンス達のバギー群も停止している。


「少尉は積荷を降ろせ。私は少佐の元へ行く」

「了解‥‥‥あ、そうだ。副長!」

「ん‥‥‥?」

「ありがとうございます。その、いろいろと!」
それだけ。
言いたい事は有った。
けど、現在は緊急時なのだ。
だから、たった一言の感謝に全てを込めた。
呼び止められ、突然の礼にナタルは怪訝な表情を見せたが、一回だけ頷き、此方より先に到着している筈のムゥの元へと走り去っていった。
―――結局、質問の答えをはぐらかされてしまったが、少しだけ、胸が軽くなった気がした。









6/閑話








「警告の後‥‥‥“バクゥ”が来た。そして焼かれた。家も、それも食糧、弾薬、すべてな‥‥‥」
顔中に刻んだ皺を更に彫り深めたタッシルの長老は、静かに憤った。


「確かに死んだものはおらん。今はな‥‥‥じゃが、全てを焼き払って、やつらは明日からわしらにどうやって生きろと言うんじゃ‥‥‥」

「ふざけた真似を‥‥‥!どういうつもりだ『虎』め‥‥‥!」
バナーディーヤを服従する『砂漠の虎』の不意打ちに街は全焼した。
だが、不思議な事に住民の全員が生存していた。
何かの罠だという事は口に出さずとも明白である。
ムゥは怒りに沈んだ空気に物怖じせず、淡々とした口調で割り込んだ。


「だが、手立てはあるだろ?生きてさえいりゃさ‥‥‥」

「なに!?」
サイーブ達は険悪な面持ちでムゥを睨んだ。
未だ火勢の衰える事のないタッシルの街を眺めながら、ムゥは第三者の観点から焼き討ちの件について推測した。


「―――どうやら『虎』は、あんたらと本気で戦おうって気は無いらしいな」

「どういうことだ?」

「こいつは昨夜の一件に対する報復―――てか、お仕置き程度だろ。こんな事で済ませてくれて、随分優しいんじゃないの?彼」

「なんだとぉ!!」
ムゥの軽い言葉に激昂したカガリが男たちの間から飛び出し、胸倉を掴まんとするぐらいの勢いで詰め寄る。


「こんなこと?街を焼かれたのが『こんなこと』か!?これのどこが優しい!?」
ムゥはたじろいだ。
自分の不用意な発言が、カガリの怒りに火を点けた事に内心、舌を打った。


「失礼。気に障ったんなら謝るけどね。けどあっちは正規軍だぜ?本気だったらこんなもんじゃすまないって事くらい。わかるだろ」
“バクゥ”の数機があれば、この街の住民を二、三時間で虐殺する事ぐらいは容易だ。
そうなれば、家族との再会も果たせず、これからを嘆くことも無かった。
ムゥ自身は現実を知らせるつもりで忠告した。
だがそれが、勇敢に戦った彼等と彼女の『誇り』に傷を付けた。


「あいつは卑怯な臆病ものだ!我々が留守の街を焼いて、それで勝ったつもりか!?我々はいつだって勇敢に戦ってきた!昨日だって“バクゥ”を倒したんだ!」
カガリの言葉に賛同する様に周囲のレジスタンスたちも、ムゥを軽蔑の眼で見る。
心なしか、ナタルの目まで冷たい。
事態を傍観していたキラも肩を竦め“あきらめろ”と諦観を決め込んでいる。


「―――だから卑怯で臆病なあいつは、こんなやり方で仕返しするしかないんだ!なにが『砂漠の虎』だ!」
吼える彼女らの心の中では既に“バクゥを倒した”という事実が一人歩きしている。
故に慢心が膨れ上がる。


「おまえら、どこへ行く!」
手に武器を取り、バギーに乗り込もうとしたレジスタンス達に気づいたサイーブが鋭い声で抑えに掛かる。


「奴らが街を出て、まだそうたってない!今なら追いつける!」

「なにを‥‥‥!」
男たちのやり取りに、ムゥは思わず呟いた。


「ちょっちょっと、マジ?」
ふと、カガリが自分を灼き殺さんばかりの目つきで睨んでいることに気づき、曖昧な調子で笑って誤魔化した。


「あ‥‥‥えー‥‥‥ヤなヤツだな『虎』って」

「あんたもなっ!」
背を伸ばし、精一杯の勢いでムゥを怒鳴りつけたカガリは、仲間達の方へと向かった。
サイーブと男たちが揉めている。
そして、一瞬だけ口論に詰まったサイーブの隙を縫い、制止を振り切った男たちは、砂漠の絨毯を踏み躙りながらバギーを発進させた。


「行くのか、サイーブ?」

「‥‥‥放ってはおけん」
続けて飛び乗ろうとしたカガリを払い落とし、レジスタンスのリーダーである責任を取るべくサイーブもバギーを走らせた。
恨めしげな視線で見送ったカガリも、後から駆けて来た『アフメド』と名乗る少年が操縦するバギーに喜び勇んで乗り込み、仲間達の後を追った。
その一連の顛末を見届けたムゥは、深い溜息をついた。


「なんとまぁ、風も人も熱い土地柄なのね‥‥‥」

「全滅しますよ?あんな装備でバクゥに立ち向かったら!」

「だよねぇ‥‥‥」
案の定、それを通信越しに聞いたマリューが雷を落とした。


『なぜ止めなかったんです、少佐!』

「止めたら、こっちと戦争になりそうだったの―――それより、街の方も‥‥‥どうする?確かにこれじゃ、さっそく食糧や‥‥‥なにより水の問題もある。これだけの人数だからな。怪我人も多い」
視線をちらり、と向ける。
ナタルとキラの二人が主に手当てに奔走している。
不慣れな作業に四苦八苦している二人だが“流石はコーディネーター”というべきか、キラの方は怪我人を治療する行為に順応し始めている。
“包帯を巻く作業”も、すっかり板についている―――失言だ。
対照的にナタルは、怪我をして泣いている子供をあやすのに手を焼いている。


「えー、い、痛いのか?ほら、もう泣くな」
泣き喚く少年に、ポケットから取り出したスナック菓子を与えた。
ピタリと泣き止み、夢中で菓子を頬張る少年。
その光景に羨んだ少年たちが、ぞろぞろとナタルに群がり始め、ナタルはほっと息をついたのも束の間、顔を硬直させた。


「あ‥‥‥そ、そんなにはないんだ。こ、困ったな‥‥‥」
その珍妙な光景を、ムゥは横目でニヤニヤしつつ、眺めていた。


『―――少佐。スカイグラスパーで、ヤマト少尉を連れてきてください』

「動かせるのかい?」

『曹長には言い渡してあります。それに、見殺しにはできません』

「あ、そ。んじゃ、了解」
のほほんとした調子でマリューの命令を受けたムゥは、声を抑えて笑っていたキラを呼び寄せた。
困惑するナタルの顔は、やはり滑稽なのだろう。少年の目元が微かに涙で滲んでいた。


「艦長から何か、連絡が?」
キラの質問に、スカイグラスパー一号機のコクピットから取り出したヘルメットを投げ、答えた。
放物線を描き、宙を泳いだヘルメットは、キラの両腕に抱えられる様にして着地した。


「おまえさんを送り届けてくれ‥‥‥だとさ」

「援護ですか?ストライクの修理はまだのはず‥‥‥」

「曹長たちが頑張ってるってさ‥‥‥そうそう。後ろの席に乗って」
後部座席を人差し指で指し示しながら前の操縦席に乗りこんだムゥ。
片目から頭頂部に掛けて巻きつけた包帯上手い具合にフィットできずにキラはもたついていた。
焦り。キラは包帯ごと巻き込む形で無理やり覆い被せ、スカイグラスパーの後部座席に乗り込んだ。


「間に合いますか?」

「じゃなくて、間に合わせるんだよ」
浮上した“スカイグラスパー一号機”が、アークエンジェルに向けて鷹の如き速力で疾走した。
爆音を鳴らし、点と化すまでの時間は、そう掛からなかった。







「あの人たちは、なぜ死ぬとわかっていて行くんでしょうか?俺には‥‥‥わかりません」

「‥‥‥‥」
呟く。
昔の自分なら理解できた事を、キラは理解できずにいた。
生きる為に銃を取る人間には、彼らの行動を単なる『暴挙』として捉えていた。
ただ、それだけ。他人が死に行くのは勝手だ。
だが、その帳尻を何故、自分達が付けに行かねばならないのか。
それだけは、アニメを見た彼の中でも納得できずにいた。
―――今日は厄日だ。








7/閑話








「カガリ、アフメド!だめだ、戻れ!」
確実に敗北は必至だと知るサイーブが叫ぶ。
しかし、その心配は杞憂だとアフメドは笑い飛ばした。

「こないだバクゥを倒したのは誰だ、え?俺たちだろ!」

「今回、地下の仕掛けはない!戻るんだ、アフメド!」

「サイーブ!いつからあんたはそんな臆病になったんだ!?」
揶揄する様に叫ぶアフメド。
アフメドや他のレジスタンスたちとは違って、サイーブだけは満足な装備や罠も無しに倒せるほどバクゥの性能を見くびらずにいた。
しかし、助手席のカガリがランチャーを持ち上げて見せ―――。


「仕掛けがなくとも、戦い方はいくらでもある!」

「そういうこと!」
賛同するようにアフメドがアクセルを踏み込み、サイーブの乗るバギーを追い越す。
大人の言う事を従わない子供にサイーブは唇を噛み、通過しようとしたバギーの後部座席にいる大男を呼びかけた。


「キサカ―――!」
額にバンダナを巻いた大男。
キサカと呼ばれた男は横目で一瞥し、黙ったまま頷いた。
砂丘を越えたところで“バクゥ”の機影を確認したレジスタンスの先行部隊。
担ぎ上げたランチャーを鈍臭歩く“バクゥ”目掛け、炸裂させた。


「くらえ―――!」
軽い発射音と共に放たれるミサイル。
鋼鉄の獣に見事命中した。
しかし、ダメージは微かなものでびくともしない。
両眼に据えたモノアイが、地上を走る標的を見定める。


「ジープを追え!『砂漠の虎』を倒すんだ!」
バクゥに満足な打撃を与えられないと判断したレジスタンス達は、今度は無防備なジープに射線を向けた。
放たれるミサイルの軌道を先読み。ハンドルを横に切るジープ。
瞬間。着弾した衝撃で、すぐ脇の地面が砂柱を上げた。


「いいぞ―――もう一丁」
勢いづいてもう一撃ミサイルを発射した。
だが、その一撃は横から割って入ったバクゥの胴体に遮られた。
“バクゥ”が迫る。巨大な前肢で前列のバギーを踏み潰そうとするが、寸前でカガリが発射したランチャーが“バクゥ”の顔面に突き刺さる。
爆発の衝撃でカメラが一時的に麻痺したのか、動きが止まった。
すかさずキサカと他の車両が一斉にランチャーを撃ち込んだ。
その着弾したミサイルの数発が“バクゥ”の脆弱な脚の間接部を破壊。
たちまち九の字に折れた巨獣の膝が地面に落ちた。


「やった!」
アフメドが快哉を上げた。
だが、レジスタンス達の善戦もここまでだった。
不調を起こした一機を除き、キャタピラ機動に切り替えた他の二機が、地上を走るバギーを轢き殺し回った。
逃げ回る彼らを轢き殺し、虐殺の限りを尽くしている。


「飛び降りろ!」
三機目のバクゥの腹部にランチャーを命中させ、前肢から走り去ろうとしたアフメドの操縦するバギー。
寡黙を保ち続けていたキサカが突如に沈黙を破り、鋭い一斉と共にカガリを片手に抱き抱えたままバギーから身を躍らせた。


「え?」
瞬間。
バクゥの前肢に蹴り上げられ、原型を留めずに爆ぜるバギー。
金属の破裂する鈍い衝撃にアフメドは宙に放り出され、砂地を転がったカガリは人が死に晒す悲惨な光景を目に焼きつけた。


「アフメド―――ッ!」
叫ぶ。
だが、少年は起きない。
目前で起きた『死』に虚ろな瞳を映すカガリ。
目標をバギーから砂地に座り込んだカガリに切り替えたバクゥ。
無常にも死を与する鎌が急速に迫る。
キサカがカガリを引きずるが、キャタピラの速度を振り切るなど不可能。
死は目前へと迫る。回避はできない。
キサカは覚悟を決めた。己の君主の命を守りきれずに逝く自分に怒り。そして自身の主に深い謝罪の念を空に願った―――。


「‥‥‥!」
己の眼を疑った。
見計らったとしか思えないタイミングで突如、紫電めいた速度でバクゥの顔面に巨大な刃物が喰らいついたのだ。
放たれたのは、灰色にくすんだMSサイズの短刀。
カガリがハッとして投擲された位置に立つ、鮮やかなトリコロールカラーの機体に目を見張った。


「―――ストライク!」








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「まず一体」
標的の命を確実に刈り取った無骨な短刀―――アーマーシュナイダーの投擲。
残心の行程を消化し、ゆっくりと打ち伸ばした右腕を下ろした。
ぞんざいに地面に捨て置いたビームライフルを拾い上げる。


「ムゥさん。蹲ってる方を拿捕してください。こっちはもう一機を相手にします」

『おう。お前さんも気をつけな。片腕しかないんだから』

「はい」
相手は『砂漠の虎』の異名を持つコーディネーターだ。
前回と同じ轍(てつ)は踏みまい。
だが、今回はアニメとは違い此方にはムゥがいる。故に、残機は一と数える。


「行くぞ!」
熱対流のパラメーターは既に入力しておいた。
これで、ビームの射線が勝手に曲がるなどということは無い筈だ。


「動くな!」
放つ。
砂漠の熱気を切り裂き、慈悲も無く目標に直進する光の弾丸。
バクゥ、それを跳躍することで寸前に回避する。
同時に跳躍。
砂地を穿ち、飛び跳ねながらバーニアを全力で噴かす。
先に着地したバクゥ。その標的の遥か上空から狙撃せんとするストライク。
スコープを引っ張り出す。地上を跳ねるバクゥに標準を合わせ、必殺の機会を淡々と窺う。


「よけたら殺す。よけなくても殺す。故に―――!」
ライフルを構え、狙う。
そして、一瞬だけの必至に掛け―――!


「殺す!」
標的に目掛け、トリガーを引き絞った。
銃口の先端から伸びる即殺の光弾は天空から降り掛かる。
直撃すれば死の烙印が容赦なく与えられるだろう。
地上から大空を見上げる鋼鉄の獣。
一条の閃光は視認さえも許さずに獣の頭を穿ち貫いた。
砂の大地に着地する。


「―――」
勝負は呆気なく、そして一分も掛からずに決した。
殺し合いにまでヒートアップしない殺し合い。
余りにも下らない。
下らな過ぎて、笑いがこみ上げてきた。
ムゥからバクゥを拿捕したとの報告も入り、俺はこれで少しは戦いが楽になるかもしれないと期待に胸を膨らましていた。