前回の戦闘において、幸運にも敵MS“バクゥ”をほぼ無傷の状態で鹵獲した。
戦力不足に悩まされていたアークエンジェル。
此れ幸いと、その鹵獲機を再利用しようというアイデアが艦内で持ち上がった。
その計画を実行する際に整備員のマードック曹長にバクゥの修理が任せられた。
そして、俺は―――。



「坊主。そっちはどうだ?」


「基は出来ていますから、ちょっと手を加えればすぐに終わると思います」
マードック曹長と協力してバクゥのOSを調整していた。
理由を艦長に尋ねたが“ナチュラルが操縦するにはザフト製のOSでは無理なので『どうしても』俺の特出した能力が必要なのだ”とか。
人を煽てるのは下手なんだな。と、顔には出さず内心苦笑していた。



「ハハ、そうかい。ザフトの機械はあんま弄ったことはねぇからよ、こっちは面倒だが。すぐに終わらせっか」
粗野な仕草の目立つ、褐色の肌の男は豪快に笑い飛ばした。
無論。ストライクの修理は完了している。
当然だろう。自身に課せられた艦の責任よりも鹵獲したMSの修理を優先する訳にはいかない。
しかし、バクゥのOS調整だけは俺が作業しなくてはならない。
いい加減、気づけ。
何故、ナチュラルがザフト製のOSプログラムを理解できるのか?とか。



「‥‥‥ふぅ」
口止めを強要せずともナタルは生来の頑固な気質の為か、今の所は他人に言いふらしてはいない。
それでも、俺がコーディネーターという事実を既知する人物が、ナタルとヘリオポリス組み以外にいるかもしれぬ疑念に俺は首を捻った。
溶ける事の無い疑問の氷塊。
如何様な手段で打ち砕こうかと思案していた俺に、マードック曹長は不意に訊ねてきた。



「‥‥‥ところで坊主。さっき言ってた“アレ”の事だけどよ」


「“アレ”がどうかしたんですか?」
コクピットの外に再び身を乗り出した俺は訊き返した。
曹長は咀嚼する様な口振りで―――。



「ああ。確か、IWSPだったか‥‥‥?」
彼が告げたのは俺が提案したストライクの新装備案『IWSP』パックの事である。
衛星軌道戦時―――アスランの駆るイージス、そしてデュエルと死闘を繰り広げたストライクは中破の損傷を被り、敗北を喫した。
無論。自身の未熟な技量が招いた結果。
けれど、再びあの敵と対峙した時には現状より強力な武装と、確実に勝利を物にできる必至の一手が不可欠なのだ。
誰にも敗北する事の無い。自身を勝利せしめる強力な手段を―――。



「‥‥‥もしや、ストライクの強化に何か問題が?」

「いや、問題は無いぞ。エール、ランチャー、ソードの良い所を上手く融合させた案だと思う‥‥‥ただ、それを何処で都合するかだ」

「ああ〜〜、確かに。この艦の物資じゃ無理ですね」
頭を掻き毟り、唸った。
第八艦隊から譲り受けた補給物資の残量は多くない。
それに現在の状況では“ストライク”の新装備を自分の手で造作するなど無理な話である。
―――砂漠の虎との決戦。
―――アークエンジェルの独力でアラスカ本部への到達。
その二つの障害を目前に見据えている以上、ストライクの新装備を都合する余裕は無い。
まずは目前の敵―――アンドリュー・バルドフェルドを撃滅せねばならない。


「おい。坊主」

「‥‥‥」

「おい!聞こえてんのか、坊主!お前にお客さんだぞ!」

「‥‥‥え?あ、はい!」
反射的にシートに寝かせた体を弾かせ、コクピットの外を覗く。
眉間に皺を寄せ、剣幕を見せるマードック曹長に頭を下げつつ、隣に立つ人物に視線を注いだ。
ピッタリとしたタイトスカートに白い仕官服に身を包んだ女性。
ナタル・バジルール少尉が射抜く様な瞳で俺を見上げていた。


「‥‥‥?」

「ヤマト少尉、命令だ。今すぐ、ブリッジに来い」
事務的に発せられた抑揚の無い声が、鼓膜に染み渡る。


「え?あ、はい!‥‥‥今すぐにですか?」

「聞こえなかったのか?“今すぐ”だ」
彼女は出来の悪い生徒を叱る様に、俺を叱責した。
言い付けられた用事が済んだ彼女は背を向けて、靴音を高く鳴らしながら通路の奥へと姿を消していった。



「なんだ?あれ」
誰にも聞き取れないぐらいの小声でぼやく。
昨日の一件に何の戸惑いも覚えないのか?
違和感ばかりが付き纏うが命令ならば仕方が無い。
バクゥのコクピットから離れ、互換性の悪さに四苦八苦しているマードック曹長に急の用件を伝え、早足でブリッジに向かった。
―――それが、後に起きる悲劇の発端になるとは誰も思わなかった。








『第七話・死に曝す暇もなく』








「じゃ、四時間後だな」
護衛対象のカガリが隣で何か話している。興味なし。暑い。



「気をつけろ」


「わかってる。そっちこそ―――アル・ジャイリーってのは気の抜けない相手なんだろ」
念を押すキサカに、逆に心配する素振りを見せるカガリ。
容赦なく降り注ぐ日差しに気が滅入ってしょうがない俺は、幽鬼の様に疲れた瞳で周囲を見渡した。
この世界に来て初めて活気のある町並み。俺はそこで生活する人々の笑顔を目に焼き付けた。



「ヤマト少‥‥‥」


「‥‥‥?」


「うねん。た、頼んだぞ」
寸前に慌てて言い淀んだナタルは、頬を高潮させて俺に言い付けた。
隣の―――だれだったか?ブリッジクルー“その一”が笑いを堪えている。



「た、頼んだぞ」
今思うと彼女は鉄面皮で冷徹なキャラではなく、生来のドジッ娘キャラなのかもしれない。
あたふたと朱色に頬を染めて、前に振り向くナタルに俺は軽く頷いた。



「おい。なにボケッとしてんだ!」
サウナめいたアフリカの猛暑に打ちのめされていた俺に膨れた顔をして怒るカガリ。
声をかけられ、一瞬だけ我に返った。
頭を振り、暗転し欠けていた意識を振り起こす。



「お前は一応、護衛なんだろ」


「すまん‥‥‥」
朦朧とする意識を抑えながら謝罪する。
その素直さに僅かに面食らった様子で驚くカガリに、一言だけ―――。



「大丈夫だ‥‥‥」
告げ、表情を曇らす彼女の背を掌でポンッと押した。
先刻に下された命令―――焦土と化したタッシルの難民を抱え、また連続して遭遇した戦闘で消耗した物資を調達しに現地の市場に派遣された。
カガリは不足した日用品を揃えに、俺はその護衛を任された。
他に派遣されたメンバーは一般市場では入手不可能な物資を調達しに出掛けた。
原作どおり、軍から横領した装備をアル・ジャイリーという男から高値で購入するのだろう。
まぁ、その点はキサカが解決するだろうから、問題はない。問題は―――。



「見ろ」
雑踏から離れ、白純に輝く土壁の角を曲がるところに位置する裏通り。
子供たちが駆け抜け、天日に干された洗濯物がそよぐ風にはためく。
その先を吐き捨てる様に彼女は指差した。



「‥‥‥あれがこの街の支配者だ。逆らう者は容赦なく消される。ここはザフトの―――『砂漠の虎』のものなんだ‥‥‥」
爪先から広がる荒れ果てた爆撃の跡。
削ぎ取られ、いたましく崩壊した建造物。
その先に、まるで己が王であるかの如く、その存在を誇示する巨大な陸戦艦“レセップス”―――アンドリュー・バルドフェルドの旗艦が突き出して見えた。



「敵‥‥‥いや」
障害―――そう、単なる障害だ。
これから先に待ち受ける幾多の戦いの内の単なる一障害にしか過ぎない。
ここで倒せなければ、所詮はそこまで。
そう、虎を打倒できなければどの道、遅かれ早かれ死ぬのだ。
倒す。絶対に、敵としてではなく糧として倒す―――!
俺は知らず知らずのうちに拳を握り締め、決意を改たにした。








\/Interlude








「重い。暑い。死ぬ。疲れた。護衛に荷物を持たせるな、馬鹿者」


「じゃあ、女にそんな重い荷物持たせるのか?お前は‥‥?」


「関係ない」
両手を塞いでいた買い物袋を脇に置き、べったりとカフェの椅子に腰掛けた。
先導するカガリに市場をたらい回しにされ、俺は疲れ果てていた。
購入物をボディーガードに背負わせた挙句、抗議の声を無視するのは如何なものだと思うぞ。
目の前の席に腰を下ろす。カガリはメモに目を通している。



「これでだいたい揃ったが―――おい、このフレイってヤツの注文は無理だぞ“エリザリオ”の乳液だの化粧水だの、こんな所にあるもんか」


「知るか」
荷物を背負わず他人を引きずり回すお前に付き合うのに、こっちはヘトヘトで疲れているんだ。
それなのにいちいち下らない事を訊くんじゃない。余計に疲れる。
人差し指で摘んだメモをカガリはヒラヒラと宙に泳がせ、弄んでいる。



「‥‥‥」


「‥‥‥」
お互いに話す理由もなく、ただアフリカのくそっ暑苦しい酸素を肺に出し入れする作業を繰り返す。
だから‥‥‥そんな反復作業にも飽きたころ、ふと、思い出した。
熱砂の戦闘において予想以上に困難な戦闘を強いられた事実に。
やはり、何かしらMS戦闘における画期的な技術が欲しい所だ。
一手先を相手に悟らせずに一撃で黄泉に葬る必殺技。
尚且つ、場所を問わずしてその威力を存分に発揮できる初見必殺の技。
そう、例えば―――『アーマーシュナイダー』。
あれなら、ショートレンジではなくクロスレンジの間合いで敵を確実に仕留め切れる技が開発出来る筈だ。
あとはそれをどう実戦で生かすかが問題だ。
単純な攻撃力ではビームサーベルには劣るし、イーゲルシュテルン、ライフルなどの各種武装が付与されている以上、この武器が他の武器より優れているポイントといえば―――。



「なぁ。キラ」

「‥‥‥ん?」
ここ最近。暇さえあれば、戦闘シミュレーションを脳裏に思い描く悪癖がついたせいか、反応するまでに数瞬のズレが生じてしまった。
彼女はそれに気づいた様子は無い。ただ不機嫌を絵に描いた様な顔をしていた。
アイデアを記憶のタンス棚に押し込め、引き戻された意識をカガリに収束する。
金色に近い褐色の瞳とぶつかり合う。


「どうして、私がアスハだって事を知ったんだ?」
問い質す彼女の眼差しは厳しい。
‥‥‥そうだ。確か作業に疲れたあの時、カガリの前で余計な事を口走っていた。
“オーブに帰らなくても良いのか?ウズミ代表もカンカンだろう”
俺はこの言葉について何も彼女に答えていない。ならば、今答えるべきなのだろうか?


「‥‥‥」

「‥‥‥」
じっと、納得のいく答えを訊けるまで彼女は視線すら逸らそうとしない。
臆する事を知らない金色の眼光は、負けん気の強い彼女の性格を良く表していた。
真っ直ぐといえば真っ直ぐといえる。実直な人柄の女。
確かに言った所でさして問題があるわけでもない。
むしろ上手くいけば事態が好転する見込みすらある。
だが―――その決断は横から差し出された食べ物によって中断させられた。
今まで見たこともない料理を目の前に物珍しそうに訊ねた。



「これは?」


「はぁ‥‥‥ドネル・ケバブさ。私も腹減ったし、お前も食えよ」
気勢を削がれたカガリは肩を竦め、俺の質問に答えながらチリソースの容器に手を伸ばそうとする。
ふむ、これがケバブなのか。



「ケバブは、このチリソースをかけてだな」
そう言って、カガリは真っ赤なチューブ状の容器を手にしようとした―――瞬間。



「あいや、待った!」
突然、脇から男の声が上がった。
驚いたカガリは即座に振り向き、半ばこの展開を予想していた俺は眉一つ微動だにせずに緩慢な動作で振り向いた。
男は拳を固め、力強く力説した。



「ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ!キミは!ここはヨーグルトソースを掛けるのが常識だろうがッ!」
極暑の地『アフリカ』において、派手なアロハシャツに麦藁めいたカンカン帽を被り、黒いサングラスを目元に掛けた北欧系の男は胡散臭さを周囲に散りばめながら、大仰に訴えている。
カガリは目を丸くし、ただ呆然とケバブの食事法を熱く語る男を凝視している。



「いや常識というよりも、もっとこう―――そうっ!ヨーグルトソースを掛けないなんて、この料理に対する冒涜に等しい!」


「‥‥‥なんなんだお前は」
物凄い勢いで己の持論を言い立てる男に、金色の眉を下げ睨み据えるカガリ。
彼女は気にした風もなく、先ほど手にしたままのチリソースを男の眼前でこれ見よがしにケバブへと注ぎかけた。
瞬間―――「ああッ!」と男の悲痛な叫び声が上がった。



「見ず知らずの男に、私の食べ方をとやかく言われる筋合いはない!」
見事なまでに赤く染まったケバブを頬張りながら、子供染みた正論を吐き捨てたカガリに男は打ちひしがれた様に顔に手を当て、仰いだ。
チャンス、とばかりに悲痛に暮れる男の隙を突き、カガリは顔をにやけさせながら俺の方にチリソースのチューブをずいっと差し出した。



「ほら、お前も」


「ああ、待ちたまえ!彼まで邪道に落とす気かッ!」
お、再起動した。



「なにを言う!ケバブにはチリソースを掛けるのが当たり前だ!」


「いいや、ヨーグルトだ。ヨーグルトソース以外、考えられない!」
ケバブが盛られた皿の上で、二人は差し出したチューブを鬩ぎ合わす。
その出来損ないの三文芝居に飽きかけていた俺は、カフェに向かい合うように並び立つ建物の屋上に目を凝らした。
‥‥‥?何かが光った?いや、反射?
スーパーコーディネーターの特質か、常人の倍の視力で建物の屋上に目を凝らす。
太陽を背にする形で男がうつ伏せたまま屋上から身を乗り出し、何か黒く長細い物を構えている。
アレは、確か。狙撃銃か?
これから間近で起きる事態に対応できるよう、僅かに身構える。



「「ああ!」」
うるさい。
隣ではギャーギャー騒いで阿呆を演じる男と、阿呆を素で曝す女が同時に声を上げた。
悲鳴の原因―――皿の上には二種類のソースと三身合体した不味そうな食べ物がそこにあった。
事故の発端者はすまなそうに目線を下げて此方の様子を伺っている―――が。



「食わないぞ。絶対」
断言し、なるべく俺の視界に入らないようテーブルの端に皿を移した。



「いや、悪かったね」
謝罪しながら男は左手に置かれた椅子に図々しく腰掛けた。
脇に置いた買い物袋を覗き込む。



「‥‥‥しかし、すごい買い物だねぇ、パーティでもやるの?」


「よけいなお世話だ!だいたいお前、さっきから何々だ!だれもお前なんか招待してないぞ!」
がーッと、カガリがもの凄い剣幕で噛み付く。


「‥‥まぁまぁ」
男は興奮するカガリを慌てた様子もなく宥めかけ、背後に振り返った。
振り向いた先はスナイパーの潜む建物。
俺はそれが合図だと察知した。
無論、戦闘の合図だ。



「それなのに勝手に―――」


「カガリ」
まだ文句を言い続けるカガリの腕をテーブル越しに強引に掴む。
突然、腕を掴まれた彼女は驚いた様子で目を丸くしたが、こっちは命が掛かっているのだ。原作通りならば死ぬ事は無いと思うが念には念を押す。



「キラ?」


「先に謝罪しておく、すまん」
その一言を皮切りにカフェのテーブルを蹴り上げた。
乱暴な音が鳴り響き、地面に落ちた食器が砕け散る。
同時に空気を切り裂く、鋭い発砲音が店内のあちらこちらから響いた。



「キャッ」
頭に大量のソースを被り、短く悲鳴を上げたカガリの頭をかき抱くように抱きしめる。
ぐちゃり、と奇怪な生々しい音を立てたソースが服に染み渡る。
一瞬、その音が彼女の血で染みた音なのではないかと妄想してしまい怖気がした。
咄嗟に彼女の身の安全を感触だけで確認。テーブルを盾にして蹲り、貫通した弾丸が体に当たらぬ事を祈る。
放たれたロケット弾が店のガラスを蹂躙し、店内を跡形も無く爆砕する。



「無事か!?」


「な、なんとか」
咄嗟の事態に機転良く反応できたのは僥倖であった。
下では、抱き締められたカガリがギャーギャー騒いでいるが、死にたくは無いので抗議は無視する。



「死ね!コーディネーターッ!宇宙の化け物め!」


「青き清浄なる世界のために!」
ちッ『青い死ね死ね団』かッ。



「ブルーコスモスか!?」


「どうやらそうらしい!」
怒号と爆音が鬩ぎ合う最中。
怒鳴る様に問い掛けたカガリに大声を上げて答えた。
それから銃声が止み終わるまで、俺はカガリを抱き寄せ団子蟲の様にずっと蹲り続けた。
鼻につく硝煙の匂いも、耳を麻痺させた爆音も、肌を焦がす火薬の熱も、その全ての刺激を断絶し、ただこの永遠にも似た戦闘が一刻でも速く終わる事のみ願った。
何分‥‥いや、何時間過ぎたのだろうか?



「少年。もういい」
ツンッと、麻痺した聴覚が辛うじて男の声を拾い上げた。
視線を上げて見渡す。
―――気づけば、戦いは既に終わっていた。
刹那の間に頭上を掠めた銃弾も。
周囲の雑音を黙殺した爆音も。
その全てが失われ、周囲に残ったのは惨たらしい戦火の後だけであった。



「おい!いい加減、離せ!」


「ん?あ、悪い」


「‥‥ッ」
此方をキッと、睨み据えるカガリ。
不承不承だが命令を忠実に全うしたのだから、なにも顔を真っ赤にしてまで睨まなくとも良いはずだ。



「俺はお前を守った恩人だぞ。礼の一つぐらい言っても罰が当たらない筈だが?」


「誰がお前なんかに!それに私の護衛がお前の仕事だろッ!」
罵声を吐き捨てる彼女に溜息を吐き、気取られないよう両肩を竦めた。



「おやおや、こんな時に喧嘩かい。仲がいいねぇ」
男が奇妙な笑い声を発しながら、挑発めいた言葉でからかう。
その嘲りにテロに巻き込まれて興奮の抜け切れていないカガリが激昂をきたす。
それを後ろから適当に宥める俺。



「隊長!ご無事で!?」


「ああ、私は平気だよ」
隊員に安否を尋ねられ、男は顔を隠していた深く黒いサングラスを取り外しながら肯定した。
その顔に見覚えのあったカガリは息を呑み。
その顔に見覚えのあった俺は半眼にして様子を窺った。



「―――アンドリュー・バルドフェルド‥‥‥!」
小声でその名を呟いたカガリ。
倒すべき敵は眼前にあり、人を殺す事に慣れ切った掌は汗で湿り切っていた。








閑話/その8








「なんですって!?キラ君とカガリさんが戻らない?」
その一言が、恐らく彼の決心と運命を決定付けさせたのかもしれない。
硬直させた身体を上げて辺りの様子を窺う。
間も無く入った報告にブリッジがどよめき、不安と焦りがクルーの間に蔓延している。
心配する者。
不安に思う者。
気遣う者。
―――その空間で唯ひとり、喜悦に満ちた感情を胸に踊らす彼は異端であった。
彼はざわめくブリッジから悟られない様に、まるで悪巧みを企む鼠の如く姿を消した。



「‥‥‥どうせ、遊びすぎて時間を忘れちまっただけだよ。みんなが大騒ぎしている内に、ひょっこり現れるさ」
足音を立てずに忍び込む彼の耳に入る整備員たちを気遣う言葉。
それが彼のささくれ立った心を余計に苛立たせた。



“キラ、キラ、キラ。なんでみんな、あのちょっとMSの扱いが上手いだけのヤツを心配するんだ?あんな最低で鬼畜な人殺しのコーディネーター―――!!”
婚約者を寝取られた深い怨嗟を火花の如く迸らせる。
彼は暗い笑みをべたべたと張り付かせたまま、壁に沿う様にMSの影に隠れた。



“けど、そんな畜生以下の人間でも今は居てもらわなくちゃ困るんだ。
MSの周囲に人の気配は居ない。
犬の形をしたMSのコクピットに物音を立てず潜り込み、躊躇いの無い動作でOSを起動する。
何の障害も無くランプの灯る計器とモニターに彼は悦んだ。



“大丈夫。やれる”
押さえ切れぬ高揚感に喜悦の笑みが浮かぶ。
両手をレバーとスロットルに手をかける。



「おい!なんだってんだ!いったい誰だぁ!?」
“五月蝿い!”
拳を振り上げて制止の声を張り上げるクルーを彼は一瞥し、そのまま何の躊躇も無くスロットルに掛けた足に力を込めた。
轢き殺されかねない整備員たちの生命を視野に入れず―――彼は格納庫の出口目掛けて突進した。
その砂漠の果てに去り行くMSの姿を、赤い髪の女が憐憫に満ちた瞳で見つめていた。








]/Interlude







豪奢な廊下。
通路に敷かれたカーペットや壁に掛けられた絵画からは金の臭いがプンプンする。
そうそうお目にかかる事の出来ない煌びやかな屋敷であった。
この資本主義に毒された犬め‥‥。と、吐き捨てておく。



「おかえりなさい。アンディ」


「ただいま。アイシャ」
そのままアイシャの腰に手を回し、軽い口付けを交わす。
啄ばむ様な、触れるだけのキス。
その恋人の交じらいにカガリはそっぽを向いた。



「この子ですの?アンディ」
少し舌ったらずな調子で訊ねる。
不快感を覚えさせないアイシャの流暢な日本語に俺は驚いた。



「ああ、どうにかしてやってくれ。チリソースとヨーグルトソース、それにお茶まで被っちゃったんだ」


「あらあら―――ケバブね。さ、いらっしゃい」
楽しげにカガリの手を引くアイシャ。
理由も無く敵に親切にする敵。
言葉に出来ぬ不安に彼女の褐色の瞳が揺れた。
俺に助けを?こんな時だけ女の子を意識させる。



「‥‥‥」


「あ‥‥‥」
意気地な情から僅かに零れ落ちたカガリの悲鳴。
彼女は何もされない。ただ衣服を着替えさせられるだけなのだ。
故に応じない。
カガリはアイシャの手に引かれながら奥の部屋に姿を消した。



「おーい。君はこっちだ」
呼びかけられた部屋に踏み入る。
中庭に面して張り巡らされた窓ガラスに日の光が差し込まれ、部屋全体が明るく照らし出されている。
使い込まれたシルクの絨毯。
火が焚ける暖炉の上には翼の骨格がはみ出した奇妙な化石が飾られていた。



「まぁ、掛けたまえ。自分の家だと思って寛いでくれよ」
サイファンを弄るバルドフェルドの言葉に従い、部屋の中央に置かれたソファセットに腰を下ろした。
差し出されたカップを口に含む。



「どうだい。コーヒーの方は?」


「‥‥‥むぅ」
感想は苦い‥‥‥というか、不味い。
俺の口には合わない味だが、きっとこれが虎流の淹れ方なのだろう。
そういうことにしておく。



「ふむ。きみにはまだわからんかなぁ。オトナの味は」
顰めた表情を察した筈のバルドフェルドは悪びれた様子もなく悦に入り、そう告げた。
味覚が違うのか。
それともこっちの舌が狂っているのか。
‥‥‥別にどちらでもいいか。
此方と向かい合う様にソファに腰を下ろしたバルドフェルドは、化石に目を向けながら聞き訊ねた。



「“EVIDENCE01”実物を見たことは?」


「ない‥‥‥いや。あるが、ない。と言うべきか」


「はっきりしないね」


「耳に痛い」
その問いに俺は言葉を濁した。
―――その後はバルドフェルドが化石についての長口上を延々と続けていたが、正直な話そんな事はどうでも良かった。
これから殺し合おうとする相手に感傷を持つ筈が無いのだから。



「で、君の服だけど‥‥」


「アロハならいらない」


「いや、そうじゃなくてね」
カガリ同様に俺も自分の上着をソースで汚してしまっていた。
仕方なくバルドフェルドは代用品に緑色の仕官服を俺に手渡した。



「ザフトの‥‥」


「他に君のサイズに合いそうな物が無くてねぇ。あ、でも―――」


「アロハならいらない」


「‥‥‥」
しょんぼりと肩を落とすバルドフェルドを尻目に手渡された仕官服に袖を通す。
少し袖が余るが問題は無い。
用心の為に服を叩き、入念にチェックする。



「大丈夫だよ。発信機や盗聴の類はつけてないからさ」


「‥‥‥そうっ‥‥か」
納得したのと同時に控えめなノックの音が室内に響いた。
振り向く。開かれたドアにはアイシャと彼女の背に隠れたカガリがいた。



「なぁに?恥ずかしがる事も無いじゃない」
可笑しそうに笑うアイシャが嫌がるカガリを前に押し出した。
裾の長い、薄い緑色のドレスに身を包んだカガリ。
金色の髪を纏め、ほんのりと薄く化粧も施されている。
やはり、テレビと現実は違う。


「似合うぞ」

「え‥‥あ‥‥でも、こんな鬱陶しい服。私には」

「似合うと思うが」
繰り返し褒める。
故人曰く『褒められて喜ばない女はいない』という言葉を実践した。


「そ、そうか?でも‥‥‥私には」
ならば、なぜに否定しつつも顔を赤らめているのだ?
別に世辞の一つで照れなくても良いと思うのだが。
ソファに戻り、俺の隣に並ぶ様にカガリも腰を下ろした。


「さっきまでの服も良いけど、ドレスも良く似合うね―――というか、そういう姿も実に板についている感じだ」
途端に顔つきを険しくさせていくカガリ。
自分の仲間の街を焼いた相手に褒められても嬉しく無いのは分かるが、露骨過ぎる。
機嫌を損ねるのは勝手だが、敵の陣地内であまり虎を刺激しないでくれ。
こんな所で食い殺されるのはごめんだ。



「勝手に言ってろ!」


「しゃべらなきゃカンペキ」


「余計なお世話だ!」
俺の隣にズカズカと腰を下ろしたカガリは差し出された珈琲を一気に飲み干した。
唖然とする。
‥‥‥よく飲めるな、それ。



「なんで人にこんな紛争をさせたりする?おまえ、本当に『砂漠の虎』か?それとも―――これも毎度のお遊びのひとつなのか?」


「ドレスを選んだのはアイシャだよ―――それに、毎度のお遊びとは?」


「変装してお忍びで街に出掛けてみたり‥‥‥住民を逃がして街を焼いてみたり―――ってことだよ」
うそぶくバルドフェルドにカガリは鋭い剣幕を発した。
だが、降り注ぐカガリの鋭い視線にバルドフェルドは動じる事無く見つめ返した。



「いい目だねぇ。まっすぐで」
バルドフェルドの口元から不敵な笑みが零れた。



「‥‥‥実にいい目だ」


「ふざけるなッ!」
激昂したカガリはテーブルを叩きつける。
カップが倒れ、濃厚な褐色の液体がテーブルに広がる。
‥‥‥恐ろしく沸点が低いな、カガリって。



「―――キミも『死んだ方がマシ』な、口かね」
その冷たく鋭い視線に竦み上がるカガリは砕けた様にソファに腰を下ろした。
人を威圧する目。
他人の口を黙殺させる雰囲気。
ああ。俺この眼嫌いだ。中学の頃に逆ギレした教師の瞳と似ていたからだ



「そっちの彼。君はどう思う?」


「どう‥‥とは?」


「どうしたらこの戦争が終わるかって事さ―――モビルスーツのパイロットとしては」


「おまえ‥‥‥どうしッ!?」
まんまとはったりに乗ったカガリの足を踏みつけて黙らせる。
これが国家元首の娘‥‥‥か。親が親なら娘もおばかさんだ。



「いってぇな!」


「慎みを持て。それと、バカ正直に相手のブラフに乗せられるな」
ま、既にバレているので意味は無いだろう。



「少年の言うとおり‥‥‥まっすぐ過ぎるのも考え物だぞ!」
愉快な笑い声を上げながら立ち上がるバルドフェルド。
なるべくドアに近寄りながらカガリを引き寄せる。



「戦争には制限時間も得点も無い―――スポーツやゲームみたいにはね。そうだろう?」


「‥‥‥おおよそ同意だ」


「なら、どうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?」
その問いは“モビルスーツのパイロット”として‥‥‥だったか。 
だとしたら、言うべき事はひとつ。



「打ち負かす」


「ほぅ。敵であるものを全て滅ぼしてか‥‥‥ね?」


「違う。完膚なきまでに打ち負かし。隷従させる」
デスクの上で身を屈め、次の瞬間には拳銃を握り締めたバルドフェルドが静かに銃口の先端を此方へと差し向けた。
逃げいく先は敵だらけ。無駄の極みだ。
バルドフェルドが再度、問うた。



「なら‥‥‥キミの答えは何だ」
その問題に俺は俺らしく答えを返した。



「興味ないな。どちらが負けようが勝とうが‥‥‥」


「?‥‥‥じゃあ、君は何で戦っているんだい」


「成り行き上。仕方なく人を殺している」
脂汗が髪に滲む、
やばい。明らかな表情の変化は窺えないが、完全にバルドフェルドを怒らせてしまった。
やはり、戦争だからといえど、こんな理由で人殺しは成り立たないか。
では、どんな理由なら人を殺していいのだろう?
彼の殺意をひしひしと受けながら、自問し、数秒で破棄した。
理由なら既に出ている。それに正当な殺人の理由など考えるだけ無駄だ。



「―――キミの戦闘は二回見た。砂漠の接地圧、コンバットナイフの投擲、手刀‥‥‥態々ライフルを使わずに済ませる理由は知らないが‥‥‥キミは同胞の中でも、かなり優秀らしいな‥‥‥あのパイロットをナチュラルだと言われて、素直に信じるほど私も暢気な性質じゃない」
数え上げるバルドフェルド。
だが、心底残念そうに頭を垂らした。



「あれだけの技量だ‥‥‥狂戦士としてではなく。気に入るパイロットだと思っていたんだが」


「別にあんたに気に入られたくて、俺は戦っているわけでは無い」
俺の返答にふっと、切なげにバルドフェルド笑った。


「帰りたまえ。今日は話が出来て楽しかった―――良かったかどうかは、わからんがね」
唐突に銃を下ろしたバルドフェルドは殺意を消し去り、背を向けて告げた。


「‥‥‥帰るぞ。カガリ」


「あ、うん」
“うん”って、すっかり気圧されているじゃないか。
意気が衰えたカガリの手を引き、ドアに向かう。
後ろ手にドアを閉める。廊下にはアイシャが佇んでいた。


「はい。あなたの服よ」
キレイにされたカガリの服と一緒に畳まれた服を受け取る。
何時の間にか俺の服までもクリーニングされていた。



「あ、じゃ、ドレスを‥‥‥」


「いいの。あなたにあげるわ、その服。私より似合っているもの」
その際、義理堅いカガリを毒の有る一言で制したアイシャ。
絶句するカガリの手を引く。



「―――お行きなさい。ほかの者は、あなたたちのこと、まだ知らないわ」
その一言を背に、俺たちは屋敷を後にした。
成り行き上、仕方なく人を殺す。
死ぬ気は無い。ならば殺すしかない。
短絡的な考え方でしかない。だが、原因は俺の手から離れた所にあるのだ。
来たくも無い世界に来させられ、気づいたら人を殺していた。
罪悪を感じずにはいられない筈だ。けれど、もうその感覚すら麻痺している。



「聞いてくれ。カガリ」
戦えば戦うほど。身体と心が侵食される。
恐らくそれが狂戦士という存在になる前触れなのだろう。



「な、なんなんだ。いきなり」
でも―――それは後悔する。確実に後悔すると心の楔が悲鳴を上げている。



「俺は強くなる。たぶん。だから、その時は止めてくれ」


「はぁ?意味わかんないぞ。ソレ」


「ああ。俺も良くわからん」
更に困惑するカガリ。
良くわからない。だけどさ、時々思うんだ。
実は戦う度に強くなるのではなく“本来の戦い方を思い出しているだけではないのか?”‥‥‥と。
自分でも考えた時は怖気がした。
認めてしまえば、つまり己の身体はその為だけに―――人を殺す事のみに特化された身体なのだと認めてしまうのだから。





その後。
無事にアークエンジェルに戻った俺に耳を疑う様な報告が舞い込まれた。
サイが鹵獲したバクゥを勝手に待ちだした挙句、哨戒中の敵のMSに撃たれ“戦死”したという愚かしい報告を―――。
その夜。サイの遺品を抱き締めながら咽び泣くフレイの姿を部屋の前で見かけた。
思わず『お前に涙は似合わない。ブサイクな面がより醜悪になるだけだ』と喉から毀れかけた嘲笑を押し留めるのに必死であった。