”彼”








 太陽も高く昇った頃、銀行を緊張した様子で警官隊が取り巻いている。
 パトカーの赤色灯が回り続け、警官が銀行の出入り口を見張っていた。
 そこは既にシャッターが下ろされており、内部は見ることは適わない。
 今のところ銀行内は静まり返っている。
 見張っている刑事のところへ1人の警官が敬礼し側に寄った。


  「現時点で犯人側からの要求はありません」

  「そうか」


 この銀行が襲われたのが30分前。
 犯人が欲張りすぎたのか、緊急事態により警官隊が集結するまでに逃走出来ずに立てこもっている。
 情報によると犯人グループは3名、それぞれが拳銃を所持しているらしい。
 人質は行員と客を合わせておよそ15名。
 このまま悪戯に時間が過ぎると、逆上した犯人が人質に危害を加える恐れがある。
 かと言って、強攻策は出来ることなら避けたい。
 現場指揮を執る刑事は焦りを感じ始めていた。


  「(どうする? このままでは無駄に時間が過ぎるだけだ。 しかし犯人を刺激するわけにもいかない)」


 考え込む刑事に先程とは別の警官が話し掛ける。


  「何!? 彼らが! ……良し分かった。 任せよう」


 刑事への報告が終わるとその警官は再び元来た道を戻っていった。
 そして数分後、天空より1つの影が一直線に下ろされたシャッターに向かって突っ込んで来た。
 破壊音と共に金属製のシャッターに大穴が開き、銀行内から争う物音が聞こえ始める。
 しかし直ぐに音も静かになり、少しするとシャッターに開いた穴から人質となった人々が1人また1人と走り出てきた。
 警官達はすぐさま保護し、安全な場所まで誘導する。
 人質全員が脱出すると、3人の犯人と思しき男が文字通り放り出されて来た。
 3人は既に気絶しており、抵抗などなく手錠が掛けられ連行される。
 そして最後に4人の人影、いや正確には3人と1匹がシャッターの穴から現れた。
 構成は2人の少年と1人の少女そして1匹のチンパンジーだ。
 それぞれが色違いの同じマスクとマントを、胸にはPの形をしたバッジを付けている。


  「犯人は僕達がやっつけました。 後を宜しくお願いします」


 青いマスクを被った少年がそう言うと他の少年達とチンパンジーは同時に飛び上がる。


  「それでは! パワッチ!」


 その掛け声と共に天空へと舞い上がり、あっという間に飛び去って行った。


  「ありがとう、パーマン!」


 パーマンの去って行く姿を眺めながら、その刑事はそう礼を言った。




 パーマン、その存在が確認されたのが10数年前。
 少年、少女、一匹のチンパンジーのメンバーで世の悪者達を懲らしめていた。
 だが最近まではその姿が消えて久しい。
 しかしここ数ヶ月の間にパーマン達が再び現れたのだ。
 その理由は不明だが、パーマン達の活躍は日本中に知れ渡ることとなった。


  「そやけど、ほんまギリギリのタイミングやったな」


 それは緑のマスクを被る他のメンバーより、大き目の身体の少年だった。


  「そうだね、でもあの方法以外思い付かなかったんだよ。 パーやん」


 青いマスクの少年は緑のマスクのパーマン、即ちパーやんにそう答えた。
 そして赤いマスクの少女が隣のオレンジのマスクのチンパンジーに話し掛ける。


  「でも、怪我をした人がいなくて良かったじゃない。 ねえ、トラップ」

  「ウイ、ウイ」

  「まあ、そうなんだけどね。 3号もトラップも上手くやってくれて良かったよ」

  「1号が犯人の気を逸らしてくれたからね」

  「ウッキッキ〜」


 少女の3号とチンパンジーの2号は共に横一列に飛んでいる青いマスクの1号と話を弾ませた。


  「ほな、皆さん。 僕はそろそろ大阪に帰りますんで」

  「うん、ありがとう。 パーやん」

  「ご苦労様」

  「ウッキャッ、キャ〜」


 パーやんは手を振りながら列から離れて西の方角へと進路を変え飛んで行った。
 残された1号達はその後もパトロールを続けていると、日も暮れて来たので解散することとなった。
 1号は自宅へと帰り着くと2階のベランダの窓から中に進入する。
 部屋の中には1人の少年が座っていた。


  「やあ、お帰り」

  「ただいま〜、もう疲れたよ」


 1号がパーマンセットを脱ぐと、部屋にいた少年と全く同じ顔が現れた。


  「じゃあ記憶を」

  「OK」


 2人は近付き額同士をくっ付ける。
 するとパーマンだった片方の少年の脳裏にもう片方の少年の記憶が浮かび上がった。


  「ふむふむ、なるほど。 ママにはテストの件は怒られ済みと」


 そして鼻を押すと片方の少年はみるみる縮まり30cmぐらいの人形へと変わる。
 この人形はコピーロボットと呼ばれるパーマンセットの1つである。
 鼻がスイッチになっており、押した動物と同じ姿、同じ思考を持つ分身へと変わることが出来る。
 コピー自身は自分がコピーロボットと認識しており、時折コピーロボットとしての意見を発することもある。
 先程、額同士をくっつけたのは記憶の転送と言ばれる行為である。
 この行為によって、コピーロボットが本人不在の時に何を行っていたかを知ることが出来るのである。
 コピーロボットを押入れにしまうと、少年はベッドに横になった。
 少年の名前は雛波満和(ひなばみつかず)、小学5年生。
 パーマンになって4ヶ月。
 公園を散歩中に偶然に出会ったバードマンと呼ばれる異星人に半分無理矢理パーマンにされた。
 お人好しなのか、単純なのか、そのままパーマンを続けている。
 しかし満和は自らがヒーローとして生きれることに喜びを抱いている。
 それ故に今のところパーマンの任務にはそれ程不満は無い。
 ただ疲れが溜まっていることも事実であった。
 夕食を待っているとパーマンバッジが鳴り響いた。
 満和はバッジを手に取りスイッチを押す。


  「こちら1号」

  「私よ、3号」

  「事件?」

  「そうよ、今すぐ来て」


 満和は少し嫌そうな顔をする。


  「これから晩ご飯なんだけど……」

  「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」


 満和の手の中でパーマンバッジが唸る様に震える。


  「分かった、分かったよ。 今すぐに行くよ」

  「待ってるわよ!」


 溜息を付ながら押入れのコピーロボットを取り出し、その鼻を指で押した。
 瞬き間に背丈が伸び、満和と同じ姿へとなる。


  「事件みたいなんだ、これから行って来る」

  「分かった。 気を付けてね」


 満和はパーチャクするとベランダから躍り上がり、パーマン1号は夜空を風の様に飛んで行った。




 事件が解決したのは既に明け方になっていた。
 あと少しもすれば日の光が街並みを明るく照らす時間である。
 満和は眠気と空腹でフラフラしながら自宅へと帰りついた。
 ベランダに降り靴を脱いで部屋の中に入ると、パーマンセットを脱いでベッドに倒れ込んだ。


  「ん……、ん?」


 ベッドで寝ていたコピーは満和が帰宅したと認識した。


  「あ…お帰り……、って寝てるよ」


 コピーは満和が2人いると不味いので自分で鼻を押して元の人形へと戻る。
 満和はそんなことは知らず、眠り続けた。
 しかしその数時間後、その眠りは簡単に妨げられた。
 なぜなら部屋の中に母親が満和を起こしにやって来たからだ。


  「満和! 起きなさい! 遅刻するわよ!」

  「ん…ん……ん、まだ……」

  「何を言っているの! 早く起きなさい!」


 母親は満和の掛け布団を引き剥がすと驚きの声を上げる。


  「貴方、どうして洋服のまま寝ているの? ゆうべ着替えたんじゃなかったの!」

  「へっ……? あ……え〜〜と」

  「全く……、もう良いからサッサッと用意しなさい」

  「……はい」


 部屋から母親が出て行くと、満和は欠伸をしながら着替える。
 時計を見ると針は7時30分を指している。


  「眠いなぁ、でも学校をサボる訳にはいかないし」


 眠気が覚めないため、満和はゆっくりとした動作になる。
 着替え終わると一応鞄の中を確かめ、今日の時間割の科目と見比べる。


  「合ってるみたいだな」


 それは偶にコピーが翌日の準備を忘れることがあるからだ。
 しかしコピーの行動パターンは満和本人の性格が反映されているので、怒っても自分に返ってくることになる。


  「満和! 早くしなさい!」

  「今、行くよ!」


 母親の怒鳴り声に満和は慌てて部屋を出て階段を下りる。
 そして満和はテーブルで朝食を取りながら母親の小言を聞いていた。
 内容的にはテストの点数や最近服の汚れが酷い事、生活態度に関することである。
 正直、聞いていて面白いことではない。
 確かに言われることももっともなのだが、自分はパーマンの活動をしているという自負もある。
 それを言い訳にしたい訳でもないが、仕方ないじゃないかという思いもあるからだ。
 満和は急いで食べ終わり、急いでその場から逃げ出すことにした。


  「んぐんぐ、んん。 じゃ、行って来ます!」

  「もう、行ってらしゃい。 車に気をつけるのよ!」

  「分かった!」


 玄関から走り出ると一目散に学校への道程を走り出す。


  「おおい! 満和!」

  「何だよ!」


 途中、同級生に話し掛けられる。
 何時も満和をバカにしている者の1人だ。


  「今日、返されるテストも楽しみだな」

  「どうして!?」

  「だってまたお前が怒られるんだろ?」

  「むっ! 五月蝿いな!」

  「へっへっへ〜〜〜ん」


 その予想通り満和のテストの結果は惨たんたるものだった。
 更に授業中の居眠り等も加わり、放課後も居残りのお小言を先生から貰う事となる。
 その間に事件が無かったことは、ある意味幸運だったかもしれない。
 そして下校中、満和は不満気に歩いている。
 自分が悪いのは分かっている。
 しかし時間が無いのも事実である。
 実のところ勉強等はコピーロボットにやらせば記憶の転送でどうにでもなる。
 ただコピー元が満和だからこうなるのであった。
 この辺りは本人の責任も大きいが、そんなことを考える余裕は今の満和には無かった。


  「分かってる、分かってるよ、僕だって。 でもさ……」


 不満をぶつけるところが無いので、ただ1人愚痴るしかなかった。


  「パーマンか……」


 パーマンとしての自分は何なのかを自問自答し始める。
 テレビのヒーローはただ悪と戦い勝利すればそれで良い。
 私生活など関係は無い。
 でも自分はパーマンとして活動しながら、実生活もこなさなければならない。
 当たり前のことだが、これが結構きついのである。
 そもそも満和自身がそれほど器用な人間ではない。
 要領良くということが出来ない。
 こうなるとパーマンというものが重荷、ともすれば苦痛にもなる。
 何よりパーマンと言えど無敵ではない。
 マントは強力な反重力場を発生させ、周囲直径2mをカバーし、そして地球の引力の向きを脳波の指令で自由に捻じ曲げている。
 つまり本当は地球の中心に向かって引っ張られる力をあちこちに逸らすことにより前進している訳である。
 マスクは被ると体内にパーマロゲンという新物質が出来て、それにより筋肉の収縮力は6600倍になり、骨の堅さはダイヤモンド以上にもなる。
 バッジは通信機の他に咥えれば酸素ボンベとして使用することが可能。
 これでも十分凄いのだが、裏を返せばそれだけである。
 それ以外の能力は無いのである。
 パーマンは頭を殴られれば気絶するし、銃で撃たれれば大怪我をする。
 病気にかかれば当然寝込むことになる。
 危険な仕事なのである。
 満和は陰鬱な気持ちのまま帰宅する。


  「……ただいま」

  「満和!」


 玄関に入ると同時に母親の大きな声を聞き、満和の表情は暗くなった。


  「なっ何?」

  「今日テストが返ってきたんでしょ? 見せなさい」

  「えっ、いや、でも…」

  「早く見せなさい!」


 母親の視線に恐れながら、満和は鞄の中からテスト用紙を取り出して、恐る恐る手渡した。
 その点数を見た瞬間、母親の顔は強張りジロリと満和を見る。


  「何ですか! この点数は……!!」


 自分に浴びせられる声に、満和は俯きながら聞いている。
 しかし何を言っているかは最早、耳には入っていなかった。
 点数が悪いのは自分が悪い、それは分かる。
 だがそこに”だって”と言う言葉が頭を過ぎる。


  「(だって、だって、だって、だって! だって!! だって!!!)」


 満和の身体が震える。
 頭の中がグルグル回り、分けが分からなくなる。


  「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 母親の自分を呼ぶ声を背中に満和は家を飛び出した。
 満和は涙を浮かべながら道路を走る。
 走りに走って公園までやって来た。
 辺りに人はいない。


  「僕だって、僕だって一生懸命やってるんだ! 皆の…、皆のために! 眠くてもお腹が空いても! 雨の日も風の日も寒い日も暑い日も負けずにやってるんだ!」


 満和は思いのたけを辺りも気にせずに大声で喚く。


  「それなのに! 皆が僕を悪く言う!」


 四つん這いになりながら満和が泣いている。
 そこにバードマンとその他のパーマン達がやって来た。


  「何をやっているんだ! 連絡が聞こえないのか!」


 バードマンの声に満和は涙を拭いてから顔を上げて立ち上がる。


  「パーマンとしての自覚が足りないな」

  「バードマンにまで言われるとは思わなかった」

  「どうしたね? 何を怒っている」


 満和はバードマンに自分の思いを話し、現状の生活の辛さを訴えた。


  「それで……、せめてママとパパには僕がパーマンだって打ち明けたいんだ」


 バードマンの目の色が途端に変わった。


  「駄目だ! 駄目だ! 駄目だ! 絶対に許さない! そんなことをすれば動物になってもらうぞ!」

  「じゃあ……僕、パーマン辞める!」


 満和の一声にバードマンどころか、その場にいた他のパーマン達も驚いた。
 パーマン達は満和の決意を止めようとその周りに集まる。


  「何、言うてんのや。 そないなこと言わんと、一緒にがんばってきたんやないか」

  「ウキ! ウキ! ウキ!」

  「そうよ1号、考え直して!」


 パーやん、トラップ、3号の引き止める言葉も今の満和には鬱陶しく感じられる。


  「動物にするならしてよ! もう嫌なんだ! 勝手にパーマンにされて迷惑なんだ! どんなにがんばっても、辛くても、誰も認めてくれないもの!」

  「そんなことはない。 皆、パーマンに感謝しているよ」


 バードマンの返答に満和はキッとバードマンを睨み付ける。


  「そんなの僕には関係ないよ! 誰にもパーマンだって言えないんだからさ!」

  「いいかい、たとえ自分の得にならなくても、褒められなくても、しなくてはならないことがある」

  「どうしてさ!?」

  「その答えは自分で見つけた方が良い、きっと分かる」

  「そんなの誤魔化しだ!」 


 満和はパーマンセットをバードマンの足元に投げ捨てるとその場を逃げるように走り去った。


  「1号!」

  「待て! 追うな!」


 3号が叫んで後を追おうとするが、バードマンに引き止められる。
 バードマンは満和を見ようともせずに、足元に転がるパーマンセットを拾い上げた。


  「君達は引き続きパトロールに向かえ、1号の処分は私に任せてもらう」


 パーマン達はその命令に従うしかなかった。
 そして3号の眼は悲しげに満和の背中を見つめていた。




 3号はパトロールを終えると自宅へと向かった。
 眼下に大きな屋敷が見られる。
 そしてその屋敷の中に他人に見られないように素早く入り込んだ。
 2階のベランダに着地すると、窓を軽くノックする。
 するとカーテンが開かれ、中から髪の長い1人の少女が現れた。


  「お帰りなさい」


 その少女は3号の様子が変な事に気付きつつも優しく迎え入れる。
 3号は室内に入ると、マスクとマントを外して元気なく座り込んだ。
 その顔は出迎えた少女と同じ顔をしている。
 出迎えた少女は3号のコピーロボットだった。
 この場に芸能レポーターがいれば、さぞ驚いたであろう。
 少女の名前は丸井マリ、今話題のアイドルだった。
 年齢は満和と同じく小学5年生である。


  「どうしたの?」


 コピーロボットの問いかけにも何も答えない。
 どうしたものかと考えると、額同士を合わせて、記憶の転送をすることにした。
 マリの記憶がコピーロボットの脳裏に浮かぶ。


  「えっ、彼が!?」


 満和のことを知り、コピーロボットも衝撃を受ける。
 この反応はマリと同じ人格なので当然でもある。


  「ねぇ……、どうしよう?」


 マリの力無い言葉にコピーロボットは暫し考える。
 そして何か思い付いたのか、マリの方へと顔を向けた。


  「スミレさんに相談してみれば?」

  「スミレさんに?」

  「ええ」


 星野スミレ、芸能界ではマリにとって大先輩である。
 年齢はまだ23才なのだが、芸歴は10年を越える。
 マリと同じように11才から既に芸能界にデビューしていた。
 そして、前パーマン3号でもあった。
 マリは自身がパーマンに選ばれた時、バードマンにプライベートで悩みがあるならスミレに相談するよう助言を受けていた。
 そのことを思い出すと、携帯電話を取り出してスミレの番号を押した。
 普段ならメールで済ますところだが、一刻も早く話したかったので直接掛ける事にしたのだ。


  「……あっ、もしもし、スミレさんですか?」

  「もし…って、どうしたの? マリちゃん、そんなに慌てて」

  「あの…その……」


 スミレは電話の向こうのマリの様子が何時もと違うことを察して、翌日直接会うことを提案してきた。
 マリとしては今直ぐにでも話を聞いて欲しいのだが、スミレも仕事中でありそれほど時間が取れない。
 幸い翌日がスミレの休日なので明日改めて会おうということだった。
 マリとしても無理強いは出来ないので、その提案を承諾することにした。


  「じゃあ、明日、何時もの所でね」

  「はい、分かりました。 スミレさん」


 その夜、マリはベッドの中でも満和の言葉が頭の中を駆け巡っていた。
 言いたいことも分かる。
 でもだからそれでパーマンを辞めてしまって良いのだろうか。
 満和がそこまで追い込まれていることなど、想像もつかなかった。
 辞めて欲しくなど無い。
 でもマリには何も出来ない。
 自らの素性を明かしていない自分が何も言うことは出来ない。
 マリは眠れぬ夜を過ごすことしか出来なかった。




 翌日、マリは海岸にいた。
 以前撮影で来たことがある場所だった。
 そしてその時にマリは共演者であるスミレに自分のことを告白したのである。
 以来この海岸は2人の秘密の場所となっていた。
 仕事はコピーロボットに任せて、パーマンとなりここまで飛んで、先程パーマンセットを外したのだ。
 しばらくするとエンジン音と共に1台の車が現れた。
 マリはその方向を向く。
 道路と砂浜との境目辺りに停車し、サングラスを掛けた女がドアを開け出てくると、辺りを見回した。
 手を振るマリを視認すると足早にマリの所に近寄って来た。


  「お待たせ、マリちゃん」

  「無理言って、済みません。 スミレさん」

  「良いわよ」


 スミレはそう言いながら、サングラスを外して微笑んだ。
 砂浜にスミレは腰を下ろすとマリもその右横に腰を下ろした。
 春先の暖かな潮風が二人の髪をなびかせている。
 スミレは項垂れているマリに目を向けながら、潮風で乱れた髪をまとめる。


  「マリちゃん、それで? どうしたの?」


 マリは俯きながら今更ながら話すべきかどうか迷ったが、相談できる相手も他にいるわけも無いので、意を決してスミレに満和のことを話すことにした。
 満和の言った言葉とパーマンを辞めることをそのままスミレに話した。
 スミレはマリの話を聞きながら、ふと昔のことを思い出していた。


  「ふふふ……」


 マリの話が終わると同時にスミレは小さく笑い声を上げる。
 そんなスミレの反応にマリは少し怒ったような表情を見せた。


  「あっ……、ごめんなさい。 別に馬鹿にしたわけじゃないのよ」

  「はあ」

  「ただね……、ただ似ているなって思っただけ」

  「似ている?」


 オウム返しに聞き返したマリを見ながらスミレは頷いた。


  「彼と……、そう彼も同じことを言ったことがあるから」

  「彼?」


 スミレは目前の海に目を向ける。


  「昔、私と一緒に戦った人、初代パーマン1号よ」

  「初代1号ですか?」

  「そうよ」


 空を見上げながらスミレは1号を思い浮かべた。
 1号、2号、4号と共に正義のために戦った。
 しかしスミレは思う、本当に正義のためだけに戦っていたのは1号だけだったということを。
 自分はアイドルとしての自分からの脱却であった。
 それは有名に成り過ぎた星野スミレを脱ぎ捨て、素のままの自分を曝け出す事だった。
 けれどもやや度を越していたためか、お転婆パー子と言われもしたものだ。
 最初は気に入らなかったが、その内にそう呼ばれても気にならなくなった。
 等身大の自分として見てくれることが嬉しかったからだ。
 2号は正義のためだったかも知れないが、正直よくわからない。
 何しろチンパンジーだったから、その辺りの理由も詳しく聞いたことが無かった。
 4号は役目半分、商売半分と言ったところか。
 早く社会に出たい様なところもあった。
 パーマンとしての活動をしながらも、パーやん運送と言う会社も経営していた。
 1号は出会った時は批判していたが、何時の間にか黙認するようにもなった。
 パーマンとしての仕事はこなしていたから、文句も言えなくなっていた。
 結局1号以外は自分のためにパーマンをやっていた。
 スミレは胸元からロケットペンダントを取り出して、首から外すとマリにそれを渡して見せた。
 シルバーのペンダントには1人の少年の写真が張られていた。
 年の頃は11才位か、笑顔を浮かべてこちらを見ている。


  「須羽満夫、彼の名前よ」

  「ひょっとして……」

  「そう、初代パーマン1号」


 マリはもう一度その写真を見る。
 はっきり言って特別強そうとか、賢そうといった印象は無い。
 マリと同じ年頃のごく普通の何処にでもいる少年だった。


  「全然、正義の味方っぽくないでしょう?」

  「へ? い…いえ、その……」


 マリのどう言えば良いか困ったような返事にスミレはクスクスと笑い声を上げる。


  「無理しなくてもいいわ。 本当に普通の…ううん、どちらかと言うと出来の悪い奴だったから」

  「はあ」

  「でもね、一つだけ凄く尊敬できるところがあったの」

  「何ですか?」

  「彼がパーマンを続けていた理由よ」

  「理由……ですか?」


 その理由をマリが聞こうとした時、スカートのポケットに入れていたパーマンバッジが鳴り響いた。
 マリは立ち上がるとパーマンバッジを取り出し、スイッチを押した。


  「こちら3号! どうしたの?」

  「4号や! えらいこっちゃ! 北陸の方の長距離トンネルで落盤事故や! 急いで来てんか!」

  「分かったわ! 直ぐに行くから!」


 マリがパーマンバッジを胸に付けながらスミレに顔を向ける。


  「急いで行きなさい。 続きは事件が終わってから話してあげる」

  「……でも」

  「安心なさい。 必ず来てくれるわよ」

  「そう……ですか?」

  「貴方が信じないでどうするの?」

  「……はい! パーチャク!」


 赤いマスクを被り、両肩に緑色のマントを装着し飛び上がると、一目散に飛んで行った。


  「がんばれ、パーマン」


 スミレは小さくなるパーマン3号を見送りながら、そう呟いていた。




 公園でバードマン達と別れてから満和は自宅にいた。
 後ろめたさとこれで良いと納得させる自分との狭間で心苦しく思っている。
 これからは夜も呼び出される心配も無いのでゆっくりと眠れる筈だった。
 その筈だったのに寝付けなかった。


  「何でだよ。 もうゆっくりと寝て良いのに」


 結局、これまでと同じように寝不足のまま、翌日登校した。
 学校は短縮授業で昼に終わることになっている。
 帰路、満和の足取りは重い。
 清々したと思っている。
 そう思っているのに何かが引っ掛かっていた。
 特にバードマンに言われたことが耳から離れない。


  「そんなの分かるわけ無いよ。 僕には得るものなんてないんだから」


 悶々としながら家に帰り着いた。


  「ただいま」

  「お帰りなさい。 手を洗ってらっしゃい、ご飯、用意できてるわよ」

  「うん、分かった」


 満和は部屋へと向かい、鞄を置いて階段を下りる。
 テレビを見ながら母親の用意した昼食を食べていると、速報のテロップが流れた。
 テロップには北陸の方の長距離トンネルで落盤事故が発生と書かれている。
 満和は思わず立ち上がりかけたが、自分にはもう関係ないと言い聞かせて、昼食を続ける。
 食事を取りながらも事故のことが気にかかり、食事に集中出来ない。
 その内、母親がチャンネルを変えると事故現場の中継が映し出された。
 トンネルからは煙が噴出し、救出作業も難航している様子だった。


  「ごちそうさま」

  「あら? もういいの?」


 満和は居た堪れなくなり自室へと逃げ込み、ベッドの上でうつ伏せになりながら枕を頭から被り目を閉じた。
 何も聞こえない様に強く枕を押し付ける。


  「関係ない、関係ない、関係ない、僕にはもう……関係ないんだ!」


 自分はもうパーマンではない。
 だから他の人間がやれば良い。
 得にならないことなど、もうすることはない。
 そう思いたいのに何故かバードマンの言葉が思い出される。


   いいかい、たとえ自分の得にならなくても、褒められなくても、しなくてはならないことがある。


 そして先程テレビに映された事故現場が頭を過ぎる。
 煙が出ていたので中で火災も起きているかもしれない。
 負傷者も多数出ているかもしれない。
 ともすれば死者も出ているかもしれない。
 救える人が救えないかもしれない。
 パーマンならば救える人が救えないかもしれない。


  「僕は…、僕は……」


 今、自分は何故ここにいるんだろう。
 何故ベッドの上で背を丸めて小さくなっているんだろう。
 自分はパーマンだったのに。


  「僕は………」


 その時、ベランダの方から聞きなれた音が聞こえた。
 それはパーバッジの呼び出し音だった。
 満和は転げる様に慌てて窓を開けてベランダに飛び出した。
 同時にパーバッジの鳴らす音は消えた。
 そこにはパーバッジの他にマスクとマントが置いてあった。


  「……バードマン」


 自分のパーマンセットを誰が置いていったのかは直ぐに想像がついた。
 満和は一度目を瞑ると空を見上げ目を見開いた。


  「僕は…、僕は……、パーマンなんだ!」


 そしてパーマンバッジを胸に付け、マントを羽織り、マスクを被る。


  「パーチャク! パワッチ!」


 満和は再びパーマン1号へとなると北陸の方向へとまっしぐらに飛んで行った。
 その様子を上空で見守るバードマンがいた。


  「そんな君だからこそ、私は君をパーマンに選んだんだよ」


 バードマンはパーマン1号の復活を見届けながら優しく微笑んだ。




 海辺で別れてから半日後、スミレとマリは所属事務所であるビルの屋上にいた。
 スミレは先程TVの収録が終わったところ、マリはパーマンとしての仕事が終わり帰宅する途中にスミレを見つけここにいる。
 マリはパーマンセットを外していた。
 既に夜更けであり、大きな月が輝いている。
 眼下の道路も殆ど人通りも無く、車も通っていなかった。
 暦は春とはいえ、まだ夜は肌寒い。


  「彼は来てくれた?」


 スミレはマリに聞くが、その答えは分かっていた。
 マリの表情を見れば一目瞭然であった。


  「はい、来てくれました」

  「そう、良かったわね」


 マリは笑顔でスミレを見返すと正面の街並みを眺める。


  「やっぱり来てくれないかと思ってました。 でも現場で救出作業中に……」

  「何か言ってた?」

  「それは……」

  「あっ…、別に無理に言うことはないわよ」


 マリが話すかどうか思案しているようだったので、スミレはそう助け舟を出した。
 しかしマリは話すことを快諾した。


  「辞めた筈なのに何故ここに来たのか、彼はこう言っていました」


   どうしてかなんて分からない、でも行かずには、いられなかった。
   そうしないと絶対に後悔する。 そう思ったから……。


 スミレは驚いていた。
 満夫もまた同じようなことを言っていたから。
 嬉しそうに話すマリを見ながら、スミレもまた優しく微笑む。


  「その……スミレさん」

  「ん?」

  「昼間のことですけど……」


 浜辺で話していたことをスミレは思い出した。
 初代1号のことだった。


  「スミレさんが尊敬できる理由って……」

  「ああ、そのことね」

  「出来れば、教えて欲しいなって思って……」

  「別に良いわよ」


 スミレは当時のことを脳裏に思い浮かべた。


  「一緒にパーマンの活動をしていた頃だから、小学生の時だけど、私ね、悪者に捕まった事があったの。 それも3号としてでなく星野スミレとしてね」

  「そこを助けてくれたんですか?」

  「全然、マスクとマントを取り上げられて逆に捕まって来たわ」


 マリの少しガッカリしたような表情を見て、スミレは呆れた様な顔を見せる。


  「ほんと、ドジなのよね。 でもその時はまだ私の正体を明かしてなかったし、本人は気絶しててパーマンセットを取られた自覚が無くてね、1号って名乗っちゃったのよね、まったく」

  「えっ、でもそれじゃあ……」

  「そう、セットが無いと気づいたら凄く慌ててたわ。 だって正体がばれたらバードマンに動物にされるものね」

  「それでどうしたんですか?」

  「まあ、しばらくいじけてたけど、私のことを少し話したの」

  「3号だって言ったんですか?」

  「んんん、私がアイドルを続ける理由よ。 普通の女の子でいられない自分の立場やそれをあきらめてでもやりたい事、そして私の夢をね」


 スミレは屋上の転落防止用の柵に両腕を乗せて話を続ける。


  「そして聞いたの、”パーマンは何のためにがんばるの?”ってね」

  「それで?」

  「彼はこう言ったわ」


   よく分からないけど、みんなが”ありがとう”って喜んでくれると嬉しくて、どんなに苦しくてもがんばれるんだ。


 スミレは夜空を見上げながら、誇る様に胸を張っていた。
 初代1号がパーマンを続けていた理由がマリにも分かった気がした。
 パーマンとして活躍する限り、決して須羽満夫本人は賞賛されることは無い。
 誰にも感謝されず、誰からも報酬を受ける訳でもない。
 それでもパーマンを続けられる。
 無償の行為、正義感、色々と言える事はある。
 しかしそんな言葉だけでは言い切れないことだった。
 ただ「ありがとう」、この一言が須羽満夫の行動原理だった。
 そしてそれは恐らく満和も同じなのであろう。


  「それを聞いた時、ああ…この人は本物の正義のヒーローだなって思ったの」


 優しげに微笑みながら、スミレはマリに目を向ける。
 マリもまた満和のことを思い浮かべているのであろう。
 そのマリの顔を見てスミレはあることに気づいた。


  「マリちゃん」

  「何ですか?」

  「満和君のこと好き?」


 スミレの突然の質問にマリの顔は一気に紅く変わっていく。


  「なっ、何言ってるんですか!? わっ私は別に、あんな奴のことなんか!」


 分かり過ぎるその反応にスミレはクスクスと笑う。
 スミレに笑われて頬を膨らませながら、マリは何か言い返そうと考えた。


  「そう言うスミレさんはどうなんですか? 須羽さんのこと好きだったんじゃないんですか?」


 マリに言われてスミレは顔を正面に向けて黙り込んだ。
 直ぐに何か言い返されると思っていたので、この予想外の展開にマリは逆に気まずく感じた。


  「あの……」


 言わない方が良かったのかと考えながら、恐る恐る声をかけた。


  「……そうよ」


 スミレは聞こえるかどうかくらいの小声で言った。


  「そう、好きだった。 でも……言えなかった」


 寂しげなスミレにどう言って良いか分からず、マリはただ黙って続きを待った。


  「私が星野スミレと明かした時、彼の態度が変わることが怖かった。 彼はアイドル星野スミレのファンだったし、何時も喧嘩していたパー子が星野スミレと知って、アイドルとしての星野スミレまでも幻滅されることが怖かったの。 だって彼はパー子の時の私には全く気が無かったから、それに作られたアイドルじゃなくて、私自身を好きになって欲しかったから。 だから、どうしても言えなかった……最後までね」

  「……スミレさん」

  「あと、彼には好きな人もいたからね」


 事実、満夫はクラスメートの1人に恋をしていた。
 しかし、その女子にとって満夫はただのクラスメートであり、恋愛の対象にはなっていなかった。
 更に付け加えればその女子はパーマン1号に淡く恋心を抱いていた。
 だが、自分の正体を明かすことは出来ない。
 故に満夫はそのことを心苦しく思ってもいた。
 そしてそれをスミレはただ黙って見ていることしか出来なかった。


  「でも今は少し後悔している、好きと言っておけば良かったってね」

  「じゃあ、今までどうして……」

  「遠い遠いところにいるからよ」


 マリは何かを察したのか黙り込んだ。
 聞かない方が良かったと後悔し始めてもいた。
 そんなマリの様子を見てスミレは慌てて訂正した。


  「ああ、勘違いしないで、別に死んだ訳じゃないんだから」

  「えっ?」

  「ケンタウルス座のプロキシマ、今彼がいる場所よ」


 スミレの言っていることが、一瞬マリには理解できなかった。


  「彼はバード星に留学しているの」


 少しずつ理解してきたマリの顔が驚きの表情に変わっていく。


  「太陽に最も近い恒星ケンタウルス座のプロキシマ星。 そこにバード星もあるの。 距離にして約4.24光年……、と言っても桁が大き過ぎて私には想像すら出来ないわ。 そしてそれが12年前のこと」

  「連絡とかは?」

  「していない、と言うかこっちから出来ないから」


 12年前、この言葉がマリに衝撃を与えた。
 恐らくスミレは今も須羽満夫のことを想っているのであろう。
 そして待っているのであろう。
 好きと伝えられずに旅立った人を、何時帰ってくるか分からない人を、ただ信じて待っているのであろう。
 自分に出来るであろうか。
 自分に信じられるであろうか。
 自分に待てるであろうか。
 他人が聞けば何故と呆れるかもしれない。
 しかし、マリはそんなスミレを馬鹿になど出来ない。
 むしろ称賛したいと思う。


  「スミレさん」

  「ん?」

  「素敵だと思います」

  「え?」

  「スミレさんの気持ち、とても素敵だと思います」


 スミレの純粋さにマリは素直にその感想を伝えた。
 マリの言葉にスミレも微笑みと言葉で答える。


  「ありがとう」


 その言葉にマリの胸を打つ響きが込められていた。
 スミレのように好きな人をずっと想っていられるような恋をしたい。
 今はまだ無理だけれど、何時か必ず自分の想いを満和に伝えたい。
 マリの心の中に1つの決意が生まれた。
 月の浮かぶ夜空をマリは見上げる。


  「スミレさん」

  「ん?」

  「私、がんばります。 もっと…もっと、がんばります」

  「うん、がんばれ、マリちゃん」


 スミレは月明かりに照らされたマリの横顔を見ると、同じように夜空を見上げながら、そうマリに言った。




 今、スミレは1人屋上にいる。
 先程まで隣で話していたマリも自宅に帰ったので居なくなっていた。
 マリと話したせいか、満夫のことが思い出される。
 初めて出会った時から口喧嘩をしていた。
 それでも共に励まし合い、協力し合い、パーマンの活動を続けていた。
 何時の頃からか、満夫のことが気になるようになった。
 満夫が好きな女子のことを話したり、パーマン1号としてその女子に会ってたりすると訳も無く焼きもちを焼いたりもしていた。
 パーマン3号の時にアイドルの自分を褒めていても”くだらない”と評して怒らせもした。
 我ながら呆れたのが、コピーロボットの自分と仲良く喋っていて嫉妬したことだろう。
 そしてバード星への留学が決まり、出発直前に満夫にだけマスクを取り素顔を見せた。
 驚いていたがそのまま話すことなく、満夫はバード星に旅立っていった。
 あれから12年。
 その内に昔の大切な友人として記憶に残るかと考えていたが、好きという感情は消えることなく、未だにその想いは心に残っている。
 未練とは思いたくない。
 好きだから、今なお待っているのだ、そう思いたい。
 しかし、やはり辛くなる時がある。
 この仕事をしていると嫌な目にも会い、落ち込む時もある。
 そんな時、少しでも良いから側に居て欲しいと思う。
 須羽満夫と言う男はこの東京にいることはいる。
 だが、それは満夫が置いていったコピーである。
 本人ではない。
 だからこそ会いたい、切実に願う時もある。
 けれどもふと思いつく。
 選ばれたとはいえ、満夫は11才で家族から、友達から、日本から、地球から去り、見たことも無い世界で1人でがんばっているのだ。
 こんなことでは負けられない。
 スミレはそう思いながら生きてきた。


  「でも、流石に12年は長いわよね」


 そう考えると待ち惚けを食ってるようで、スミレは段々と腹が立ってきた。
 このままただ年を取っていくのかもしれないと考えるとその怒りを発散させたくなる。
 スミレは大きく息を吸い込んだ。


  「須羽満夫のバカヤロ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 深夜のオフィス街にスミレの声が響いた。
 幸い眼下の道路に人影は無い。
 誰にも詮索されことは無いであろう。


  「はあぁぁぁぁ……、スッキリした」


 息を切らしながらスミレは満足したのか、もう一息つくと1人微笑んでいる。


  「バカは酷いな」


 スミレは心臓が止まる程に驚いた。
 声に聞き覚えは無い。
 しかし、聞いたことがあるような気もした。
 スミレは期待と不安に駆られながらゆっくりと振り返った。
 そこには人が立っていた。


  「バードマン?」


 その人物はスミレの知っているバードマンの服装をしていた。
 しかし同一人物では無いと理解できた。


  「せっかく帰って来たのに、バカ呼ばわりされるとは思わなかったよ」


 そのバードマンは首筋に手を当てながらスミレにそう言い返した。
 スミレは身体が震えるのを感じていた。
 そして確信した。
 目の前にいるバードマンが何者なのかを。
 声も出せずにジッと見ていると、顎に掛けられたベルトを外し、黒いマスクが脱がされた。
 満夫だ。
 大人の顔つきに変わってしまったけれど面影がある。
 だが1つだけ変わっていない物があった。
 眼差し、そうその瞳だけは変わっていなかった。
 そして、駆け出した。
 後で考えれば大胆な行動だった。
 スミレは満夫の胸に飛び込んでいた。
 涙が溢れ出てくる。
 スミレの突然の行いに満夫は慌てていた。
 よもやアイドルである星野スミレに抱きつかれ、泣かれるとは思わなかったのである。


  「……バカ」

  「なっ…何?」

  「帰ってくるなら、何で…何で…連絡してくれなかったのよ」

  「別にただ驚かそうと思っただけなんだけど……」

  「それでも、それでも……」


 スミレは満夫の胸を責める様に叩く。


  「私……私、待ってたんだから。 待ってたんだから」


 満夫は見上げながら瞳を潤ましているスミレに罪悪感を感じる。
 パーマン3号としてのお転婆パー子の記憶しかない満夫にとって、スミレの反応は予想外だった。
 再会しても、また以前のような喧嘩友達みたいなことになると思っていたからだ。


  「ご…、ごめん」

  「ほんとよ、バカ。 でも……無事に帰って来てくれて、良かった」


 涙を溢しながらスミレは笑顔を満夫に見せる。
 そのスミレの顔を見て、幾分安心した満夫は大事なことを言うことを思い出した。


  「そうだ、君に言わなきゃならない事があったんだ」

  「えっ…、何?」


 満夫は一歩だけスミレから離れる。
 そしてスミレは満夫の言葉を待った。


  「ただいま、パー子」


 スミレはパー子と呼ばれて嬉しさが込み上げてくる。
 星野スミレではなくパー子と呼んでくれたから。
 見て欲しい自分を見てくれたから。
 スミレは再び満夫に抱き着いた。


  「お帰りなさい、1号」


 満夫は優しくスミレの背に腕を回す。


  「……いっぱい話すことがあるんだ。 僕が向こうでどうしてたとか、たくさんね」

  「うん、聞かせて。 貴方のことをたくさん」


 満夫はスミレに微笑みながら頷いた。
 1つに重なる2人に月明かりが柔らかに降り注いでいる。
 冷たい筈の夜風が今はもう涼しく感じられた。



















 後書きと解説


 イジェネクです。
 今回の題材はパーマンです。
 我ながら驚いております。

 理由は最近、原作コミックを読む機会がありまして、遥か昔に読んだ記憶があったんですが、改めて読んでみるとこれが中々に面白い。
 それで最終回以降を何となく書きたくなりまして書いてみました。
 一番のきっかけは最終回後のパーマン3号こと星野スミレの描写が別作品にあったことを知ったためです。
 知ってる方もいらっしゃるでしょうが、実はドラえもんに二話だけ書かれております。
 恐らく、藤本氏もパーマンについては何らかの思い入れがあったのだと推察できます。
 強制的合作でなく、別作品のキャラクターを普通に一話分として出されたのは他に無かったのではと記憶しております。


 知らない方もいらっしゃるでしょうから、本編内に書けない解説をします。
 
 設定は新旧コミック中心に、更に用語の一部を新旧アニメから使わせていただきました。
 現1号である雛波満和はオリジナル、名前は原作の須羽満夫と同じネタを使いました。(ヒントは読み方です)
 現3号の丸井マリはアイドル繋がりでドラえもんからお借りしました。
 現2号のトラップは初代の名前がブービーだったので。
 現4号は初代そのままのイメージに、名前がでないのは原作でも一回だけなので、敢えて書きませんでした。
 それと5号に関しましては省略させていただきました。
 お話の根幹は文庫版掲載の「パーマンはつらいよ」です。
 それに劇場版と文庫版最終回のエピソードを繋げました。
 ただアニメ版でも文庫版最終回を特番で「バード星への道」としてやっているんですが、満夫が途中で帰ってくるという何とも駄目なラストなので個人的にこれはカット。
 それと星野スミレは芸名と言う話もあるんですが、これも無しということで。
 コミックスでは書かれてなかったのでそうしました。



 書き上げてみると男の書いた少女漫画っぽいかなと。
 これ女性が書くとスミレは結婚してるか、恋人がいてスミレが迷うみたいな展開になるのかなと想像したりしております。
 私はそこまでは書けませんので止めました。
 後、藤子作品に多い学校での描写で廊下に立たせようかなと思ったんですが、今はこれ地域によっては体罰と認識されるそうで、ビックリしております。



 私的パーマン考


 パーマンのファンサイトで藤本氏の少年SF作品について、このSFの定義は「(S)すこし、(F)ふしぎ」とされているところがありまして、上手いこと言うなあと感心しました。
 パーマンの魅力はドラえもんと違い、その時その時の不思議な道具が出ないことでしょう。
 文中でも書きましたが、完全とは言い難い装備で切り抜けねばなりません。
 アニメEDの歌詞にもあるように欠陥スーパーマンなんですよね。
 ある意味、ドラえもんは主人公最強物かなと思ったり。
 この辺りが改めてパーマンが好きになった理由かもしれません。
 もし皆様も機会が御座いましたら、一読されるのも一興かと。


 一応、今回は自分としては久々の読み切りと考えておりますので、続きは考えておりません。
 ネタが思いつけばその限りではありませんけどね。






 

 

代理人の感想

うーむ。

うーむむむむ。

好きなんだよなぁ、こう言う話。

それもこの上なく。

この「それでも」ってのがヒーローとしてのキーワードの一つなんですよね。

どんなに苦しくても、それでも負けない。

どんなに辛くても、それでも諦めない。

どんなに負けても、それでも立ち上がる。

ヒーローってのはそう言うもんだと思いますし、この作品はまさしくヒーローを描いた作品だと思います。

だからなんと言うか、「良かった、感動した!」(流石に古いか)以外の感想が出てこないんですね〜(^^;

つーわけでこれ以上は勘弁してください、はい。