其の2  動き出した『時』




「ベ、ベガ大王様!! 大変でございます!!」

「何だ、騒々しい!!」

自室に走りこんできたゴーマンを、ベガ大王は不機嫌な面持ちで睨む。

「た、たった今、本星からこちらに向かっている部隊から連絡がありまして―――」

「何かあったのか!? まさか、パルマー艦隊かポセイダル軍が攻め込んできたというのではあるまいな!?」

ベガ大王は最悪の事態を想定して問いかけるが、ゴーマンは首を振り、

「いえ・・・実は、ルビーナ王女様が」

「ルビーナだとっ!? あやつもこっちに来るのか!? むう・・・部屋を用意せねば・・・

何やら難しい顔で最後に呟くが、ゴーマンの耳までには届かず、続けて報告する。

「―――途中で捕らえた捕虜と共に・・・部隊から脱走したそうです!!」

その言葉の意味が一瞬解らなかったのか、ベガ大王は動きを止め―――

「なんだと!? ルビーナが連れ出した捕虜とは何者だ!?」

「は、部隊の責任者たるズリル長官は、フリード星王族縁の者としか・・・」

ゴーマンの返答に、ベガ大王はしばし考えを巡らせると、1人の人物が浮かんだ。

「マリア・フリードか! 生き残っておるフリード星王族は、デューク・フリード以外ではそやつしかいない!!」

「その名は確か、デューク・フリードの妹の名でしたな」

ゴーマンの言葉にベガ大王は頷き、

「大方、そやつが部隊内でグレンタイザーの事を聞き、ルビーナを唆して脱走したのだ! 
ルビーナは、デューク・フリードと婚約者の間柄だったからな―――未だに、情が残っておるのだろう!」

「では、行き先は・・・?」




一方、ナデシコでは―――有人式だと判明した機体の、現場検証が行われていた。

「確かに・・・何者かが乗っていた形跡があるな」

保安クルーと共に呼び出されたゴートがコックピットを見渡し言う。

「そんな事があるんでしょうか? 木星蜥蜴は全て無人兵器だし。 第一、普通の生物はチューリップを通過出来ないって・・・」

興味を覚えて付いて来たユリカが確認するように聞く。

「だが、パイロットが乗っていたと言うのは事実だ。艦内に入り込んだ敵パイロットを探し出せ。乗員の部屋に入る際、本人の了承を忘れるな。
艦長、流石に手が足りん・・・出来れば他のクルーにも手伝ってもらいたいのだが・・・」

ゴートは保安クルーに指示を出し、ユリカに他のクルーの協力を要請する。

「えっと・・・皆さん、どうです?」

ユリカがウリバタケ達に聞くと、彼は気が進まなそうに頭をかくが、

「ま、本当はやりたくはないんだけどよ・・・ここは俺達の艦だ。俺達の艦は俺達が守る! そうだろ、お前等!!」

「おおーっ!!」

ウリバタケの声に応え、整備班全員が拳と声を挙げた。

「すまん。不審人物を発見したら、取り押さえようとするな。近くの保安クルーか俺、万丈、一矢に場所を教えてくれれば良い。
それと、避難民の確認も頼む。紛れ込んでいる可能性もあるからな」

「わかった、そっちはギャリソンに任せよう。みんな、気をつけろよ」

「艦長、艦内放送は控えてくれ。敵に警戒をされたくないし、避難民を不安にさせたくは無いからな」

「えっ、はい!!」

艦内放送を流そうとしていたユリカに釘を刺し、ゴート達は艦内の索敵に向かった。




「ルリちゃん、やっぱり、あのテツジンに乗っていたのは・・・?」

アキトは通路を慌しく走る保安部、整備班の足音に耳を傾けながら、ウインドウ越しのルリに問いかける。

「ええ。白鳥さんです―――ジンシリーズを見た時からこうなる可能性も考えていたんですが・・・ここまで早く、この時が来るとは思いませんでした」

ルリの言葉に、アキトも頷き、

「俺も考えてなかった訳じゃないが―――まさか、俺がナデシコに居る時に来るとは・・・完全に流れが食い違って来たな」

自分達の世界と違う以上、何時かはこうなる―――自分達が知りえない展開になる―――事は覚悟していた。

ただ、こんなにも早くなるとは思っていなかったが・・・

「しかし、この早い段階で木連の正体がばれると、ネルガルがどういう手を打ってくるか読めないな・・・」

「計画を前倒しにするしかありませんね・・・アカツキさんもエリナさんもボソンジャンプのデータを見せれば、味方に付いてくれると思いますし・・・」

ルリの提案にアキトは少し難しい顔になる。

「アカツキが着くのとほぼ同時に、か・・・イネスさんにも協力してもらえれば何とかなるか・・・? 後の問題は軍の方だな」

「・・・・・・・・ああ、あのキノコですか?」

すぐに察しが着かず、かなりの間があってからルリが聞き返すと、アキトの顔が引きつる。

「ルリちゃん・・・それは、あまりにも・・・」

「キノコで充分です。しかし、そっちの方は大丈夫ですよ。報告の類は通信回線を介さなければ出来ませんから、
私がハッキングして報告書を改ざんします・・・直接、通信されたらアウトですが、これしかありません」

「そうか・・・じゃあ、頼んだよルリちゃん。俺は、一応捜査に行くから・・・やっぱり、居るのは?」

「はい。ヤマダさんの部屋です」




火星の避難民達は奇妙な者を・・・訂正、面白い物を見る様な目で彼等を見ていた。

目の前に、ゲキガンガーの格好をした男達がうろつき、ツナギ姿の男がゲキガンガーグッズを並べていれば当然かもしれないが・・・

「見よ!! この完璧な包囲網!! パイロットはかなりのゲキガンマニアだ、きっと飛び付く!!
うわはははははははは!!  何時でも来い!! ドンと来い!!」

「あの・・・何かあったんですか?」

エリカが避難民代表としてしてか、意を決してウリバタケに聞く。

高笑いしていたウリバタケは、エリカの顔を見て一瞬で我に戻り、

「ゴホン・・・!! 怪しい者を見なかったか?」

やや格好をつけた口調で問いかける。

「いえ・・・」

首を振るエリカの後ろで、子供達がウリバタケやゲキガンガー姿の男達を指差しているが―――誰も気付かない。

「そうか、悪いな。おっと、この件は秘密に頼むぜ?」

ウリバタケはそう言い残し、ゲキガンガーと共に他のブロックへと向かっていった。

「・・・地球ではああいうのが流行っているのでしょうか?」

エリカはウリバタケ達の後ろ姿を見て、ポツリと間違った認識をこぼした。




「なんか、騒がしいな?」

部屋で1人ゲキガンガーのビデオを見ているガイ―――万丈がプロスに話しかけた際に、コッソリと逃げた―――は、
通路の方を一瞬だけ見て呟いた。

「まあ、敵襲じゃないみたいだから、大丈夫か」

それだけ言うと、再びビデオに集中する。

ビデオはアクアマリンと天空ケンの悲しい戦いのクライマックスに差し掛かっていた。

その悲しみに耐えられず、部屋に2人の熱い叫びがこだまする。

「おおおおっ!! アクアマリィィィィィィン!!」

自分の隣りに人が増えているにも関わらず、両者は気にする事無くビデオを見続けた。




「何の声かな・・・?」

「方向からして・・・ヤマダ君の声ね」

今のガイと第3者の叫び声は通路にも響いており、たまたま近くを通りかかったヒカルとミナトの耳に入っていた。

「あれ、2人だったよね・・・今の声」

「・・・私ちょっと見てきます」

好奇心に押され、ヒカルがガイの部屋へと向かって行く。

部屋の前に立つと、大音量のゲキガンガーの歌と叫び、そして2人の男の声が聞こえてくる。

(2人居る・・・? アキト君かな・・・?)

この状況でノックは無意味と判断したヒカルは、そのまま扉を開け部屋へと入っていく。

「ヤマダく〜ん・・・誰か来てる・・・」

の、と言い終えるよりも前に、ヒカルの思考が一時停止する。

目の前には・・・まったく同じ形の横顔が、熱い涙を流しながらゲキガンガーを熱く語り合っていた。

「やはり、ゲキガンガーは最高の浪漫だ!!」

「わかってくれるのか!? 親友!!」

「ああ、当たり前だとも、我が友よ!!」

ヒカルに気付く事無く熱く肩を抱く2人を見て、ヒカルの思考が徐々に戻ってきた。

(え〜っと・・・ヤマダ君って、双子だったの・・・? 違う違う・・・分身の術・・・? あ〜、きっと眼鏡が曇ってるんだ、うん、そうに違いないよね)

そう思う事にすると、一度眼鏡を外し丹念に拭くと掛け直す。

しかし・・・変わる事無く2人の姿を確認すると、ヒカルの理性は限界に達した。

「キャアアアアアアッ!!」




あまりに遅いヒカルを心配し、ミナトはガイの部屋に向かっていた。

(ヒカルちゃん、遅すぎるわね・・・? まあ、ヤマダ君だから間違いが起こってる訳ないけど・・・)

そう思いながらガイの部屋の前に辿り着いた時、部屋からヒカルの悲鳴が聞こえた。

「!? ヒカルちゃん!?」

ミナトが部屋に入ろうとした瞬間、突然扉が開き中から九十九が飛び出してきた。

「きゃっ・・・!」

「あ、危ない!!」

ぶつかり、倒れるミナトを抱きかかえ、九十九は自分の身体を下に入れ替えるが・・・勢いが止まらず、両者の唇が合わさる事になった。

「・・・王道だな」

同じく、部屋で倒れそうになっていたヒカルを抱きとめたガイが、その光景を見て呟いていた。



どうにか落ち着きを取り戻したヒカルとミナトは、ガイの部屋で事情を聞く事にした。

「・・・で、貴方何者? 初対面の女性の唇を、いきなり奪うなんて」

憤慨しているミナトは、頬に赤い紅葉が残っている九十九に文句を言う。

「・・・そういや、名前聞いてなかったよな?」

「ヤマダ君・・・聞かないで意気投合してたの?」

ガイの言葉にヒカルが呆れる。

「し、失礼しました。私は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体、突撃宇宙優人部隊少佐
白鳥 九十九であります」

『長っ!!』

3人が一斉に声を上げる。

「我々の国家はこの百年以上の間、木星に繁栄を築いてまいりました」

「ちょっと、教科書読んだ事無いの? 火星よりも向こうにコロニーはないし、そっちに行ける様になたのは、ここ50年の間なのよ?」

「そうなのか・・・?」

「ヤマダ君・・・少し黙ってた方がいいよ・・・なんか、シリアスな話だし・・・」

聞き返してくるガイに、ヒカルは注意をする。

「それは、貴方達の歪められた歴史に過ぎません。現に我々は・・・」

九十九の言葉を遮るように、部屋の扉が叩かれた。

「保安クルーです。何かありましたか? 悲鳴が聞こえてきましたが・・・?」

ミナトは考える間もなくにこやかな口調で応えた。

「大丈夫よ、ゴキブリが出てヒカルちゃんが驚いただけだから」

「そうですか。何かありましたら、近くの保安クルーに声をかけてください」

「は〜い、御苦労様!!」

今の受け答えをしたミナトと、それを止めなかったヒカルとガイを九十九は不思議そうな顔で見ていた。

「さてと・・・取り敢えず怪我の治療ね。それと、逃がしてあげるわ」

「ど、どうも・・・」

微笑みながら言うミナトを見て、九十九は頬を赤らめた。

「・・・なんか、取り残されてる様な気がするんだが?」

「まあまあ。邪魔する様な事はしたくないでしょ? でも、止めなくて良いの? 敵パイロットだよ?」

ガイの答えが判りきっていて、ヒカルは微笑みながら質問する。

「ゲキガンガーの良さが分かる人間に、悪人などいない!!」

「なんていうか・・・ヤマダ君らしいよ・・・そういう判断の仕方」




女性の下着や着替えを詰めたカーゴに九十九を隠れさせ、ミナト達は格納庫へと向かう。

ガイはすぐに横を歩くのは嫌だと言い―――元々、横を歩かせるつもりはなかったが―――後ろを自分の洗濯物を持って歩いている。

「思ってたよりも、ヤマダ君の洗濯物って少ないんだね・・・?」

「小まめに洗濯してるんだよ。簡単な家事くらいは出来るしな・・・それよか、ミナトさんいいのか?
ゴートやプロスの旦那が怒るぞ?」

「怪我してる人、突き出したりするの趣味じゃないもん。それにさ、何か話し聞いてみたいし・・・とにかく安全な所に・・・」

ミナトが笑いながら返した時、一矢が目の前の通路から出て来た。

「はいは〜い。通りますよ〜」

「おっと、洗濯かい?」

カーゴを避けながら、ミナトに聞き返す。

「そうそう。ここ最近、ごたごたしてたから洗濯物溜まっちゃって」

言いながら目の前を通り過ぎようとしたが、カーゴの端を一矢の手が掴む。

「なにを・・・!」

「出て来い、極僅かだが気配が漏れている。隠れた場所が悪かったな・・・」

咄嗟にミナトが文句を言おうとしたが、一矢の放つ気配に押され言葉が詰まってしまう。

やがて、九十九が観念した様にカーゴから立ち上がり、

「・・・この女性達とガイは関係無い」

「そんな白鳥さん!!」

「私達は勝手に!!」

「水臭いぞ、親友!!」

九十九の発言に、3人が声を上げるが九十九は聞こうとしない。

「なんか、慕われているな? こっちとしても手荒な事はしたくないんだ。武装解除、してもらえないか?」

ミナト達の言葉に驚きながらも、九十九から拳銃を受け取る一矢。

一矢はブリッジに侵入者らしき人物を捕らえたと報告すると、そのまま監禁室へと向かって行く。

「一矢君、見逃してくれない?」

「私も同意見」

「九十九は悪人じゃねえぞ!! 連行する必要なんて無いだろう!!」

ミナト、ヒカル、ガイが頼み込むが、一矢は首を振る。

「出来れば俺もそうしたいんだが・・・今ナデシコには火星の避難民が乗っているんだ。
彼等の安全を守る為に、極力危険に繋がりそうな事をしたくはない・・・すまないな」

最後の言葉はミナト達だけでなく、九十九にもかけた言葉だった。




「エアロゲイターの仲間かとも思ってましたが・・・驚きましたな〜、紛れも無く地球人類です。多少、遺伝子を弄くった跡はありますが」

「地球人などと呼ぶな!! 自分は誇り有る木連の兵士だ!!」

プロスの言葉に憤慨したように九十九が叫ぶ。

「木連、ね・・・木星帝国の後釜なのかい?」

「我々を、あんな連中と一緒にするな!! あいつ等は地球の排除を目的としていたが、自分達は和平を目指しているんだ!!」

万丈の問いかけに、先程よりも憤慨して答える。

だが、その言葉にその場にいた全員―――アキトとルリ以外―――が驚愕を覚える。

「和平・・・ですと? おかしいですな、そんな話は聞いた事がありませんぞ?」

「なに!? 我々は、開戦前から和平を呼びかけていたんだぞ!? ミナトさん!!」

プロスの言葉を信じられず、ミナトに聞き返すと彼女も沈痛な顔で頷いた。

「―――バカな・・・!!」

白鳥が気落ちして俯くと同時に、ウィンドウが開き、

『艦長、そろそろロンデニオンの通信可能域に入ります』

「本当? じゃあ、話の続きはロンデニオンでブライト艦長を交えてという事で」

ルリの報告を聞き、ユリカが指示を出す。

「艦長、この3人への処罰は良いのか?」

ユリカの指示にゴートがガイ達を見ながら問いかけるが、

「う〜ん、もうロンデニオンに着いちゃった様なものですし、ナシにしちゃいましょう!」

ゴートはユリカの指示に、完全には納得してはいないが、艦長が決定した命令に異論を唱える訳にも行かず、白鳥を保安クルーに引き渡した。




(木連の過去は俺達の世界と違いはないか・・・)

少し距離を置いた所で話を聞いていたアキトは、胸中で呟き万丈達の会話に耳を傾けた。

「まさか、木星帝国以前に木星に国家があったとは思いませんでしたな〜・・・万丈さんは、何やら気付いていた様ですが?」

プロスは万丈が格納庫で促した事に合点がいき、彼に問いかける。

プロスの言葉と何かを探る様な視線を、万丈は軽く肩を竦めて受け流し、

「いや、ここまでは考えてなかったさ。ただ、あの機体の動きからして、無人機ではない可能性が高いと思っていただけでね」

本当は、可能性ではなく確信だったのだが―――今はあえて言葉をぼかす。

「待て、奴の言葉を全て信じるのか? 符に落ちない点があったというのに」

「符に落ちない?」

ゴートの言葉にユリカが首を傾げる。

「技術力の事か・・・?」

「バルマー戦役にエアロゲイターとかに接触したんじゃ・・・?」

ユウキにユリカが考えを言うが、万丈が首を振り、

「それは無いんじゃないかな? 連中が自分達に力を貸す気の無い勢力に、技術を提供するとは思えない」

(それに、彼等の技術はバルマー艦隊よりもナデシコのそれに似ている・・・)

同じディストーションフィールド、グラビティブラスト等の独特の技術が、木連とナデシコに使われている事に万丈は気付き胸中で呟いた。

(木連とナデシコ・・・いや、この場合ネルガルか。技術の根本は同じ様だ・・・)

調査する事が一つ増えたな、と思いながら部屋を見渡す。

(テンカワ・アキト、他のみんなの様に驚いた様子はしなかった・・・やはり、事情は察していたのか?)

万丈が僅かに自分に注意を向けている事にアキトは気付いたが、あえて知らぬ振りを通した。

(流石に万丈さんには不審に思われたか・・・? 別に構わないか、基本的に信用してくれている様だし
・・・そういえば、ミナトさんとヒカルちゃん・・・ガイもいなくなってるな?)




2人の保安クルーに連行されている九十九は、途中で歩みを止められた。

「―――この辺りでいいか」

「ああ」

2人がそんな会話を交わしている事を不審に思った九十九は振り向いた。

「ん・・・なっ!?」

保安クルー達は、銃を九十九に向かって構えており、引き金に指がかかっていた―――明らかに、威嚇や警戒の類ではない。

「青き地球を脅かす者の言い分など聞く必要など無い。例え、元が地球人でも貴様達は『ソラの化け物』達と同じ、異星人だ」

「その言葉・・・・! 貴様達、ブルーコスモスか!?」

九十九は2人の正体に気付き、声を上げる。

「報告は―――逃げようと抵抗され、やむなく発砲―――射殺でいいな?」

「卑劣な・・・!」

「何とでも言え、『全ては青き清浄な世界の為に』」

そう言い捨て、引き金を引こうとした瞬間、なかなか気持ちの良い音が2つ、廊下に木霊した。

保安クルーが倒れ、その背後には―――中華ナベとフライパンで武装したミナトとヒカル、そして出遅れたガイの姿があった。

「間一髪ね・・・白鳥さん、今のうちに逃げて!」

「えっ・・・? しかし自分は捕虜ですし」

状況がイマイチ掴めず、九十九は頭をかいてミナトに返すが、

「いいから! 格納庫に行きましょう!! ヒカルちゃん、ヤマダ君!!」

「了解〜♪」

「整備班の注意を逸らすんだな?」

ミナトに応え、ヒカルとガイが返した時、保安クルーの1人が起き上がりながら銃を構えようとした。

「!? ガイ!!」

九十九は叫び、あっという間に間合いを詰めると銃を蹴り飛ばした。

「ナイスだ、親友!!」

「がっ!!」

続けてガイの放ったアッパーカットがまともに顎をとらえ、今度こそ保安クルーは失神した。

しかし、運悪く床に落ちた銃が暴発し、艦内に銃声が鳴り響いてしまう。

「今ので人が来るかもしれないな・・・急ぐぞ!」




格納庫を覗くと整備班がエステの修理、テツジンの解体作業をしていた。

「さて・・・どうやって、お前の機体まで辿り着くか・・・」

「っていうよりさ、あの機体バラバラにされてるんだけど・・・?」

ガイに突っ込む様に、ヒカルが解体されたテツジンを指差す。

「大丈夫です。解体されているのは、胴体ですから。テツジンの頭部は脱出ポットにもなってまして、頭部が無事なら何とでもなります」

「・・・ジオングみたいだな」

「でも、九十九さん。どうやって、あそこまで行くの?」

ガイの呟きを聞き流しながら、ミナトは少し離れた所に隔離されているテツジンの頭部を指差す。

「・・・自分は少しは気配を消す事は出来ますが、ああも遮蔽物がない所ですと、あまり意味がありませんね」

「・・・なあ。俺と九十九はパッと見た目、似てるよな?」

『はあ? 何言ってるの、ヤマダ君?』

ガイの突然の言葉に、ヒカルもミナトも呆れた様な声を洩らす。

「ダイゴウジガイだ! 話は戻すが、あの時ヒカルが悲鳴を上げたのは、俺と九十九が同一人物に見えたからだろ?」

「え・・・? う、まあ。そうだけど・・・」

「私は、別人だってすぐに気付いたけどなぁ?」

ヒカルの返答とは別に、ミナトが首を傾げて言う。

「なら今の所、確率的には五分って所か―――九十九、服を貸せ」

「何をするつもりだ、ガイ?」

ガイが考えている事が解らず、白鳥は問いかける。

「ちょっとした賭けだ―――このままじゃ、抜け出せる手段がないんだ。なら、これに賭けてみようぜ」



「すみませ・・・悪いが、コイツの頭って何処に置いてあるんだ?」

「ん? あっちに置いてあるぜ―――って、何か珍しい組み合わせだな?」

ウリバタケはガイと一緒にいるミナトを見て、少し驚く。

「え? あははっ・・・ヤマダ君がどうしてもって。ヒカルちゃん以外にも、ゲキガンガーの良さを知ってもらうって」

ウリバタケの指摘に、ミナトは少し慌てながらも返す。

「まあ、アニメで見るよりは実際に見た方が良いっていうのは賛成だな―――本当に、外見は似てるからな」

ミナトの動揺に気付かず、感心した様にテツジンの頭部を見やるウリバタケ。

「じゃあ、近くで見てもかまい・・・構わないな?」

「ああ。でも、まだ頭部の方は全然手を付けてないんだ―――変に弄るなよ? 自爆とかはしないと思うがな」

ウリバタケの許可を貰い、2人はテツジンの頭部の方へと向かうが―――

「オイ、ヤマダ!!」

その後ろから大声で呼び止められ、2人はビクッとして歩みを止める。

「今の内に言っとくが・・・今度、今回みたいな事で機体を壊したら、ボールで戦場に放り出すぞ?」

「あ、ああ―――肝に銘じておく」



「うわ・・・本当に誰も気付かないよ・・・」

「むう・・・ここまで気付かれないと、ちょっと寂しい気もするが」

2人の後ろ姿を見ながら、ヒカルと白鳥―――のパイロットスーツを着たガイが呟く。

ガイの提案は簡単なものだった―――自分と白鳥の服を交換し、白鳥に自分の様に振舞わせる・・・これだけだった。

確かにガイの言う通り、賭けである―――ミナトの様に、自分と白鳥を一瞬で見分けられる者が他にもいる可能性もあるからだ。

もし、誰かが不審に思っても、多少の事はミナトなら誤魔化せると思い、一緒に行かせた。

しかし、幸か不幸か―――格納庫に2人を一瞬で見分けられる者はおらず、ウリバタケの問いかけも、ミナトが如何にか誤魔化してくれた。

「2人とも、充分近づいたな・・・さて、仕上げと行くか」

「うん。出来るだけ、上手く演技してよ。ヤマダ君」

「だから、ダ・イ・ゴ・ウ・ジ・ガ・イ、だ!!」



「全員、動くな!!」

「何だ・・・? ヒカルちゃん!?」

格納庫に声が響き、全員がそちらに視線を向ける。

「はは〜・・・ゴメン、捕まっちゃった」

驚くウリバタケに、白鳥に―――扮したガイだが―――銃を突き付けられたヒカルは力なく笑う。

「俺の機体から離れろ! 妙な動きをするなよ!?」

周囲を警戒する様な振りをしつつ、ゆっくりと格納庫を進んでいくガイ。

「そんな事をしても、無駄な足掻きだぜ? 直ぐに、アキトや一矢、万丈さんが来る―――逃げられるとでも・・・」

ウリバタケが、威嚇するかの様に話した時、格納庫に保安クルーと一緒に、ゴートや一矢、万丈達が駆け込んできた。

万丈と一矢、ユウキはガイを見て、引っ掛かりを覚えた様な妙な顔をしている。

「動くな! 白鳥九十九!!」

しかし、ゴートは何にも気付かず、銃を構え、警告を放つ。

「・・・ゴートの旦那、早い登場だな?」

「銃声が聞こえて来てみれば、連行を任せた保安クルーが2人倒れていた―――抵抗するだけではなく、通りかかった女性クルーを人質にとり、
銃を奪い、逃走したと聞いてな―――人手を集めるのに、少し時間をくったが・・・」

ウリバタケに無表情のままで返すと、狙いを頭部に着ける。

「武装解除し、アマノ・ヒカルを解放しろ―――そうすれば、生命の保証はする」

「・・・ちょっと、待て」

ゴートの言葉を聞きとがめ、ガイは演技も忘れて素で聞き返す。

「万丈さん、ひょっとして・・・?」

一矢は確信を持ち、万丈に確認する。

「ああ・・・ヤマダ君だ。 しかし、何故・・・?」

「・・・聞くが、何をしてい「何を言っているんだ!? 先に撃とうとしたのは、保安クルーだったぞ!!」」

ユウキの問いかけに気付かず、ガイはゴートに叫び返す。

「何だと!?」

全員が驚く中、万丈は落ち着いて問いかける。

「・・・説明してくれるかい、ヤマダ君

あえて、ヤマダの部分を強調する―――これは念の為の確認でもあった。もし、本当にガイ本人なら、
何時もの訂正の返事が返ってくると知っているからだ。

「だから! ダイゴウジガイだ!!―――あ゛・・・」

「・・・ヤマダ君」

誤魔化しの聞かないガイの反応に、ヒカルは非難の目を向ける。

「こいつが、ヤマダだと!? ちょっと待て! なら、さっきのは・・・!?」

ウリバタケがテツジンの頭部に目を向けた時、頭部がブースターを吹かし始めた。



「どう? 動きそう?」

「ええ―――奇跡的に、回路がショートしてないようです。ミナトさん、ここまでで良いです。降りてください」

ミナトに礼を言い、白鳥は彼女を降ろそうとするが、

「あら? 貴方1人で出たら、追撃を仕掛けられるわ」

「し、しかし・・・!」

「いいからいいから―――発進スイッチは、コレね」

言いよどむ白鳥の隙を付き、ミナトはスイッチを押すと―――バーニアが点火した。

「ど、どうして分かったんですか!?」

「伊達に操舵士やってないわよ。スイッチ類の配置なんて、こっちも木星も似たようなものなのよね」

驚く白鳥に返しつつ、続けてコミニュケをルリに繋げる。

「ルリルリ、ゲートの開閉お願い」

「ミナトさん・・・良いんですか? 後でゴートさんやプロスさん、万丈さん達が怒りますよ?」

ルリの確認とも言える質問―――ルリ自身、止めるつもりはないが―――に、ミナトは少々『う〜ん』と考えるが、

「ま、戻ってきたら大人しくお説教を受けるから―――それに、何か艦の中にいると、白鳥さんが危険っぽいし」

白鳥が撃たれそうになった事を知っている―――ウィンドウ越しに見ており、何らかの形でフォローに入れる様にしていた―――ルリは、頷く。

「そうですね。じゃ、ゲートを開きます―――白鳥少佐、ミナトさんをお願いします」

「あ、ああ。解った」

「ルリルリ、行ってくるね―――ゲートは私が無理矢理頼んだって、言ってくれていいから」



「ゲートが開く・・・!? 全員、エアロックまで退避しろ!!」

「くっ・・・! 一体誰が・・・!?」

ウリバタケ達と共にエアロックに走りつつ、ゴートは苦い顔をする。

そして―――テツジンの頭部が、ナデシコから飛び立っていった。



「さて、2人とも、ホシノ君、事情を説明してくれるね?」

万丈はガイとヒカル、そしてウィンドウ越しのルリに―――特に怒った風もなく―――問いかける。

「万丈、それは後回しで構わない。今は、逃げた奴を追う方が―――」

「それは止めておいた方がいい」

ゴートが全てを言い終える前に、ユウキが口を出す。

「今、ナデシコで動ける機体は、俺のヒュッケバインMK-Uを含めて、3機しかない―――アキトのエステも動けるが、まだ修理が完全じゃない。
ナデシコがこんな状態だ。戦力を分散させる様な事は、極力避けたほうがいい」

ユウキの意見に、万丈も頷き、

「そうだね。せめて、ロンデニオンに着くまでは、ナデシコの防衛戦力は減らしたくない」

「しかし、ハルカ・ミナトが連れ去られている―――早急に救助に向わなければ、身の安全が・・・」

ゴートは自分の感情を一切表に出さず言う。

「いや、その点は大丈夫ですよ」

「―――その根拠はなんだい、テンカワ君?」

万丈は殆どのナデシコクルーが慌てる中、1人平静を保っているアキトの表情に注意しながら聞き返す。

万丈が自分の表情等に注意を向けている事に気付きつつも、アキトは軽く肩を竦めて応える。

「目を見れば大抵の人柄って判るものですよ―――少なくとも、白鳥少佐は女性に危害を加える様な人物の目はしていませんでした」

アキトの言葉に、一矢も重々しく頷き、

「確かに―――ハレックと同じ様な、真っ直ぐな目をしていたな」

「なるほどね―――という訳だ。判ってくれたかい、ミスター?」

万丈がアキト達の意見に納得した様に頷き、何時の間にか来ていたプロスに聞き返す。

「やれやれ・・・万丈さんがそういうのならば、信用するとしましょうか。それと、万丈さん―――ヤマダさんの証言の裏が取れました」

「へえ? 仕事が速いね、ミスター」

万丈の感心の言葉に、眼鏡を押し上げながらプロスは応える。

「先程、ルリさんから証言―――というより、証拠映像を見せてもらいましてね・・・ルリさん」

『はい。これが、証拠VTRです』

ルリが短く言い、白鳥が連行され始めた所からの映像をウインドウに流した。

再生が終ると、プロスは苦々しい顔になり、

「まさか、この艦にブルーコスモスに共感している者がいるとは思いませんでしたな〜・・・身辺の調査がまだ不十分でしたか」

「で、彼等は?」

「個別で監禁室に入ってもらってますよ―――ロンデニオンに着き次第、ブライト艦長の方に引き渡すつもりです」

プロスの返答に、万丈は少々意外に思いつつ問いかける。

「ミスターの『仕事』にしては、対処が優しいじゃないか?」

「いやいや、ただの会計係の私ではこの程度が精一杯ですよ」

万丈の質問を、プロスは微笑みながら受け流す。

「プロスさん、念の為に避難民達の警護に何人か人をやった方がいい」

「どういう事だ、ユウ?」

ユウキの提案を不思議に思ったウリバタケが聞き返す。

「ブルーコスモスの思想を持った者が、あの2人だけとは限らない―――連中の言い分だと、コーディネーターだけでなく、
異星人の人達をも標的にしてもおかしくはない」

ユウキの言葉に、一矢はすぐさま察しが付き、

「! そうか! エリカ達、パーム星の人達も危険になる可能性があるか!!」

「確かにそうですけど―――だがこの状況では、誰がブルーコスモスなのか区別が・・・」

ユリカが苦い顔で呻くと、万丈はルリに話しかける。

「ホシノ君、ギャリソンを呼び出してくれ。ギャリソンやレイカ達は、ブルーコスモスでは絶対にないからね。
彼等に、避難民の護衛を頼みたい」

『判りました』

ルリが短く応え、ウインドウが閉じられる―――その様子を見つつ、プロスは半ば感心した様な声を洩らした。

「いやはや・・・万丈さん達のおかげで大助かりですな〜・・・私達やユリカ艦長の出る幕がないです」

「おっと、ついロンド・ベル隊にいるつもりで振舞ってしまってたね―――許可が必要だったかい?」

万丈の質問に、ユリカは少し慌てて首を振り、

「あ、いえいえ構いません。的確な判断でしたし」

「そうかい? でも、このナデシコの艦長は君だからね。次からは、艦長に許可を貰ってから指示を出す事にするよ」




一方、ナデシコから脱出した白鳥達は―――

「ねえ、白鳥さん。 そんな窮屈な格好をしてないで、座ったらどう?」

「そ、そんな!! め、滅相も無い!! 女性の方の座席こそ、最優先です!!」

元々ジンタイプは1人乗りなので、脱出ポットの中は狭い―――座るスペースが1人分しかないので、白鳥は中腰で立ち、
極力ミナトに触れないようにしている。

「え〜、いいじゃない〜・・・座ろ?」

からかい半分、気遣い半分でミナトが白鳥を促しつつ、震えている膝の裏側を突っ突く。

「き、気軽に男性に触れるものではありません!!」

顔を真っ赤にして白鳥は注告するが、その反応はミナトにとって新鮮なものだったのだろう

「可愛い〜♪」

声からは完全に気遣いの色は消え、純粋にからかい目的で白鳥の身体を突っ突く。

「や、止めてください。あ、そこは・・・」

身体をくねらせて白鳥は抵抗するが、狭い脱出ポットの中で避けられる訳はない。

赤面しながらミナトにからかわれていると、通信機にノイズ交じりの声が入って来た。

「あ、ねえ。通信じゃない?」

ミナトは突っ突くのを止め、白鳥に知らせる。

「え? ああ、繋がったようですね」

白鳥があちこち調整すると、横のモニターに男の顔が映し出された。

『九十九、九十九なのか?』

「おお、元一郎か。心配をかけたな」

『なあに。 お前が地球人やポセイダル軍ごときにやられる筈はないと、信じていたさ』

口元に笑みを浮かべて白鳥に返す元一郎―――ふと、白鳥の後ろに座っているミナトに気付き、

『うん? 後ろの女はなんだ? そうか、地球人の捕虜か。お手柄だな九十九―――そいつを尋問して、地球側の情報を・・・』

「待て、元一郎。彼女は捕虜ではない、客人だ」

元一郎は露骨に嫌な顔をしたと思いきや、何か―――白鳥を気遣うような視線を送り、

『正気か九十九? 捕虜ならまだしも、地球人を・・・しかも、地球人の女を客人だと? 千沙殿か舞歌殿の耳にでも入れば・・・』

千沙と舞歌の名前を耳にした途端、白鳥の顔色は失せ、ダラダラと汗をかき始める。

「・・・・・元一郎、後生だ。千沙殿達には内密で頼む」

『―――そう思うのなら、そいつを客人として扱わなければいいだろう』

白鳥の顔を見て、呆れたように言う元一郎―――しかし、白鳥は首を振って応える。

「いや、それは出来ない―――彼女には恩があるのだ。俺が敵艦から脱出するのを助けてくれた。
その恩を、命に代えても返さねばならん」

『むむっ、恩か・・・確かに恩人ならば、彼女達も文句は言わんか・・・?』

元一郎は何やらブツブツ呟くと、観念した様に息を吐き、

『判った。お前がそういうのなら、客人として扱おう―――今、回収に向かう。少し待っていろ』

通信が切れると、白鳥は安心した様に息を吐き、

「良かった、取りあえずこれで―――」

ミナトの方に向き直ると―――顔に浮かんでいる笑みとは全く逆の気を発している彼女がいた。

「あ、あのミナトさん?」

「白鳥さん―――千沙さんと、舞歌さんって誰?」

そのにこやかだが、底冷えする様な声に白鳥は先程以上の冷たい汗をかく。

「え、えええっと。舞歌殿は、自分達の上司にあたる人でして―――千沙殿は自分の、その・・・い、許婚という間柄で・・・

最後の方はミナトの迫力に押され、かなり小声になっていた。

「ふ〜ん・・・白鳥さん、許婚なんていたんだ・・・」

ミナトはそれだけ笑顔で言うと、それ以降は何も言わず黙っていた。




その頃、ナデシコはロンデニオンに無事入港し、ユリカ達と万丈は火星からここに来るまでの過程をブライトに報告していた。

「―――と、これで以上です」

「そうか―――ナデシコの修理パーツだが、現在こちらにナデシコ級2番艦『コスモス』が向っている。
多少機材に余裕があるから、ナデシコにそれを回すそうだ」

「2番艦『コスモス』ですか・・・?」

ブライトにプロスが聞き返す。

「途中でアムロ達―――ラミアス艦長達に会った時に、君達が行方不明になってからの事を聞いたのだろう?
その間に完成した戦艦で、ナデシコのデータを元にして、多連装式のグラビティ・ブラストを搭載されている」

「多連装式・・・8ヶ月で技術は進むものですな〜」

プロスの呆れた様な、感心した様な言葉を聞きつつ、ブライトは表情を曇らせ、

「しかし、木星蜥蜴が無人兵器の集まりではなかった、しかも開戦当初から和平を申し込んでいたとはな」

「白鳥少佐が言うには、開戦当初からだけでなく、何度も通信を送っていたそうなんですけど・・・」

「それだけ通信を送っていて、届いていないという可能性はかなり低いか―――だが、そうなると連邦の公式発表が矛盾するな」

ユリカの報告を聞き、考え込むブライトに万丈が提案する。

「念の為、白鳥少佐の話の裏を取った方がいいでしょう。確たる証拠が出れば、上層部がこの事実を隠蔽しているというのが確実になる」

「しかし、万丈さん。何処からその裏を取るおつもりで? 極東支部の岡長官あたりですかな?」

プロスの問いかけに、ブライトは首を振り返す。

「いや。岡長官がこの事を知っているなら、こちらに何らかの形で知らせてくれている筈だ―――それが無いという事は、
長官も知らないか、もっと上で情報が差し止められているか・・・」

「―――リリーナ・ドーリアン外務官はどうです? 上層部には彼女の協力者、賛同者もいると聞きましたが?」

しかし、ブライトは静かに―――先程よりも深刻な表情で首を振り、

「無理だ――― 一般には伏せられている情報だが・・・今、ドーリアン外務官が行方不明になっている」

「! 本当ですか!?」

「一体何時から!? そんな話、聞いた事もないですよ!?」

ブライトの言葉に、万丈だけでなくユリカ、プロスも驚く。

リリーナの立場はただの一外務官に過ぎないが、彼女の影響力は―――コロニー、地球を問わず―――外務官の域を超えている。

その彼女が行方不明になれば、宇宙にしろコロニーにしろ噂の1つも立つ筈だ。

「ザフトとの戦いが本格化してきた辺り―――ちょうど、ナデシコが行方不明になった前後ぐらいだ。
プリペンターのレディ・アン特佐達も、行方を捜してはいるんだが・・・」

「では、ヒイロやゼクス、ノイン達も捜索に?」

万丈の問いかけに、ブライトは頷き、

「ああ。しかし、彼等からも一向に連絡がない―――連邦は彼女が公にでないのは、長期の休暇をとったからだと説明しているが・・・」

「焦げ臭いですね」

「焦げ臭い所ではありません、山火事並みに匂いますぞ」

プロスは冗談の様な表現を使って言ったが、口調と表情は表現とは正反対だった。

「ただの長期休暇ならば、プリペンターの方々が未だにドーリアン外務官を見つけられない訳がありません。
となると、完全に連邦は彼女の事を隠しています」

万丈も頷き、言葉を続ける。

「しかも、未だにヒイロ達から連絡もないというのが気になりますね―――連絡できる状況ではないか、出来ない立場にいるか・・・」

「ほえ? 出来ない立場ってどういう事ですか?」

ヒイロの行動パターンを知らないユリカが、キョトンとして万丈に聞く。

「ヒイロは何かを、誰かを探す任務の時は、相手の組織に偽名を使って入り込むんだ。完璧に―――場合によっては、
僕達にも本気で攻撃を仕掛けて来るくらいにね」

「本気で・・・!? それって、ひょっとしたら撃墜されるって事じゃあ?」

ヒイロの行動が信じられないのだろう―――半ば呆然としながら、ユリカは聞き返す。

「まあ、ね。ただ、僕達相手なら本気でやっても簡単には撃墜できないって知っての上だからね。ヒイロの腕ならこっちが危なくなっても、
さり気なく隙を見せて、退かせるタイミングを作ってくれる事も出来るからね」

「そういう事だ――ーヒイロから連絡がないのは、潜入中と考えた方が良いな」

「しかし、ブライト艦長。そうなると、何時彼等から連絡が来るか判りません―――第一、その時に彼等がドーリアン外務官を
保護しているとも限りません―――直接、岡長官以上の上層部に確認を・・・」

「―――なんなら、その辺りは俺が話しましょうか? ゴートさん」

突然割って入って来た声に、ブライト達は驚き部屋の入り口へと振り向いた。

「テンカワ君・・・!? いつの間に!?」

万丈は自分にも気配を気付かれずに入って来たアキトに驚く。

「君は、ナデシコのクルーだったな? どういう意味だ? それに、さっきの言葉は?」

ブライトはアキトに疑問の目を向け、問いかける。

「その辺りの事も一緒にお話しますよ―――ただ、その前に1つだけ約束してくれませんか?
これから話す事を、暫くは上層部に報告しない、と」

「アキト、それって私達も?」

ユリカが自分を指差しながらアキトに聞き返す。

「ああ―――俺達の場合は、確実に俺達の力になってくれて、尚且つ上層部に顔の効く人達の所に着くまで、という事になるかな」

「なるほど―――僕達、現場から直接の声は揉み消せるが、同じ上層部からの声は簡単に揉み消せないからか」

万丈の確認の言葉にアキト頷き、ブライトが続ける。

「それに同じ階級の人間相手なら、適当な罪状を突きつけて、反逆者として処分する事も容易では無いからな」

どんな政治形態にも派閥というものがあり、派閥に属さずただ1人孤立するという状況にそう陥らない。

大きな派閥があれば、大なり小なり、幾つかの敵対派閥が出来上がる―――事実、連邦政府は発足から一度も一枚岩になった事はなく、
現状の連邦政府は、2つの勢力、和平派と抗戦派―――その中でも更に幾つかに細分化できるのだが―――に分断されているのだ。

声を荒げるものが1人だけならば、抹殺や失脚させるのも容易ではあるが、その数が多ければ裏工作も簡単には運べない。

「なら、放送を流した方が手っ取り早いのでは? あの場に居た全員に話さなければなりませんし・・・」

プロスの提案にブライトが首を振り、

「いや、それは止めた方がいい―――このロンデニオンにいる全員が、ロンド・ベル隊所属している訳ではないのでな。
放送を聞いて、上層部に直接報告する者がいないとも限らない」

「確かにそうですな―――艦の修理が終って、ロンデニオンを出てから・・・というのも、少々問題がありますな」

プロスは眼鏡を押し上げながらブライトの言葉に頷く。

ナデシコの乗員は自分が直接交渉し、身辺調査も徹底的に行った者達ばかりだったというのに、保安クルーの2人がブルーコスモスに
賛同している事に気付かなかったのだ―――彼等の様な例が他に無いとも限らない。

「ユリカ―――何時他の皆に話すかは、お前の判断に任せる」

「ほえ? 私に!?」

アキトの指名に、ユリカは驚き自分を指さす。

「そうだ。上層部に個人的に繋がっている連中に聞かれても、連中の行動を封じられる場所と時期を見計らって、他のみんなに話すんだ。
―――出来るな?」

最後の問いかけに、ユリカは少し眉を顰めて考え込むと―――頷く。

「私の方はラー・カイラムの改修工事が終わり次第、バニング大尉達に話すとしよう。
流石にそれまでは、このコロニー内で誰が聞く耳を傍立てているか判らんからな」

ブライト達の言葉に頷くと、万丈は部屋の入り口をロックした。

アキトもそれを確認すると、頷き―――話を始めた。

「これから話す事は全てが真実です。何故この俺が、この真実を知っているか・・・それはまたの機会に話します。
 まずは木星蜥蜴の正体ですが―――結論から言いますと、木星蜥蜴は宇宙世紀初期に追放された・・・地球人です」




ミナト達が乗った脱出ポットは、元一郎のジンタイプに抱えられ、戦艦ゆめみづきに辿り着いていた。

「艦長、よくご無事で」

白鳥がポットから降りると、若いクルー達が彼に駆け寄る。

その中を掻き分け、1人の少女が白鳥に抱きついた。

「お兄ちゃん!」

「ゆ、ユキナ!?」

予想外の出来事に白鳥は驚き、元一郎に問いかける。

「おい、元一郎! 何でユキナがここにいるんだ!?」

「アルテミス攻略の前の補給で、オレのダイテツジンと一緒に着いて来たんだ―――言っておくが、オレも知らなかったんだぞ?」

「心配したんだからね、お兄ちゃん―――ちゃんと食事してるか、ニンジン残してないかって」

「バッ、バカ。そんな事するか! というより、そっちの心配か!!」

3人の微笑ましいやり取りを見て、周りの乗員達も笑う。

「あの、白鳥さん。そろそろその子の紹介をして欲しいな〜って・・・」

乗員達につられて笑っていたミナトが、白鳥に話しかけると―――ユキナが不機嫌な顔でミナトを見る。

「お兄ちゃん・・・この女、誰?」

「こ、こら! この人は俺の恩人のハルカ・ミナトさんだ―――ミナトさん、こいつは俺の妹の白鳥ユキナです」

「へえ〜妹さん・・・元気で可愛いじゃない? 少しの間だけど、よろしくねユキナちゃん」

お世辞でもなく、率直に思った感想を述べ、ミナトは微笑む。

「ふ〜ん・・・」

多少警戒心を解いたが、ユキナは訝しげな目でジロジロとミナトを見渡し―――白鳥の方に視線を戻すと、

「お兄ちゃん―――ほんと〜〜〜に恩人なだけ? この人かなりの美人だよ? 色気に惑わされた訳じゃないよね!?」

「なななななななな、なっ―――何を言っているんだ、お前は!!」

真っ赤に赤面し、慌てて反論する白鳥。

「ユキナ、そんな事はありえないぞ。何故なら―――我等木連男児には、ナナコさんという理想の女性が「でも2次元の存在だよ?」」

『ぐはっ!!』

元一郎の言葉を遮り放ったユキナの一言が、その場にいた全員―――白鳥とミナト以外―――の胸に突き刺さる。

「あ、お兄ちゃん。源八郎が上で待ってるよ」

甚大なダメージを受けた様に膝をつく元一郎達を無視し、ブリッジを出て行く際に源八郎から頼まれていた事を思い出す。

「そうか。ミナトさん、申し訳ありませんが、自分はブリッジに向わなければならないので・・・
ユキナ、ミナトさんを客室に案内してくれ―――礼儀正しくしてるんだぞ?」

「お兄ちゃん、子ども扱いしないでよ!!」

そんな2人の兄妹のやり取りを見ながら、ミナトは優しく微笑んでいた。




「お、来たか、九十九!」

「お久しぶりです、白鳥大佐!」

「源八郎、高杉。すまんな、心配をかけた」

ブリッジに入った白鳥は、待っていた秋山と高杉に軽く詫びる。

「お前のダイテツジンの反応が消えた時は肝を冷やしたが、なにお前なら容易く切り抜けて帰ってくると信じていたさ」

秋山は白鳥の詫びを豪快に笑い飛ばす。

「ところで・・・あの美人の女性は誰なんですか?」

「ああ。あちらで世話になったハルカ・ミナトさんだ―――高杉、何だその顔は? まるで軽薄な地球人男児ではないか?」

高杉の笑みに引っかかりを覚え、白鳥が眉を顰めて問い質す。

(少し見ない間に、性格が変わったか・・・?)

「そうか? 三郎太は年の割に硬かったからな。少々、軽いとは思うが、今までの分を差し引けば丁度良いだろう」

しかし、秋山は白鳥の疑問を笑い飛ばす―――今まで常に自分と共に戦場を渡り歩いてきた副官に、絶対的な信頼を置いているが故だろう。

秋山の言葉に、白鳥も自分の懸念が思い過ごしだと思い直し、軽く首を振ると話の本題に入る。

「源八郎、ロンデニオンに攻撃を仕掛けるというのは俺も聞いたが―――戦力は充分なのか?
アムロ・レイ達が地球に降りたとはいえ、まだ相当の戦力が残っているという話だが?」

秋山は沈痛な面持ちになるが、1つ息をして、

「―――策は考えてある。とりあえず、お前は少し休め。敵艦から脱出してそれなりに疲れているだろう」

「? ああ。 わかった」

秋山の表情が気になったが、彼は必要な時になれば話す男だと知っているので、この場はそのまま頷いた。



白鳥が出た後、サブロウタは苦い顔で秋山に問いかけた。

「艦長、本当にその策を執るつもりですか?」

問われた秋山は、サブロウタ以上に苦い顔になり、

「―――今の所、この策以外でロンド・ベル隊に勝てる手段がないのだ。俺としても、こんな手を使いたくはない。
こんな・・・コロニーの住人をも危険に晒しかけないものはな」

「だったら、何故、『かんなづき』のレールガンで港口を破壊すると!? 命中箇所によっては、コロニーに大穴が空きますよ!?」

「仕方がないのだ! 跳躍砲が完成しておれば、軍港内部のみの破壊も可能だが、アレはまだ完成どころか試験運用の目途も立っておらん。
我らのテツジンの次元跳躍では、ロンデニオンの内部に直接跳ぶ事は出来ん・・・我等4人と無人機だけの戦力では、これ以外の手がない・・・!」

拳に血管が浮き上がる程の力を込め、唸るように声を吐き出す。

「無論、本気で撃つつもりはない。1発目を威嚇として、コロニーに命中しないようにする。
その後、彼等に通信を送り、こちらの決意が本気であると認識させ、降伏させるのが本当の目的だ―――ただ・・・やはり、本意ではないな。
出来るなら、ロンド・ベル隊にはこんな策を容易く打ち破って欲しいものだ」

秋山はそういうと、ブリッジから出て行こうとする。

「ギリギリまで他の代案を考えてみよう。コロニーに被害が及ばないのならば、それに越した事は無いからな」

退出際、そう言い残し、秋山はブリッジから出て行った。

(は〜やれやれ、ロンド・ベル隊ってのはよっぽどの化け物部隊だな。『俺の世界』じゃ、秋山艦長『この戦力で基地の2つや3つ落とせる』って
豪語してたんだぜ?)

胸中で『今の』自分が使いやすい口調で呟くサブロウタ。

(あの人が『あの』ミナトさんなら、白鳥大佐が脱出してきたのはナデシコAか・・・って事は、近くに艦長がいるって事か。
くっそ〜、艦長のプライベート回線か秘匿回線の1つも判れば、連絡のしようがあるというのに・・・!
ハリの奴、俺にその両方も教えやがらなかったからな・・・!!)

「ハーリーのバカヤロウが!!」

小さく毒をつき、サブロウタは壁に拳を叩きつけた。




「全く、お兄ちゃんったら何時までも私を子ども扱いするんだから!!」

怒りを隠す事無く、肩を張ってミナトの前を行くユキナ。

「良いお兄さんじゃない。ユキナちゃんの事、可愛くて心配なのよ」

「かっ・・・!? な、何であなたがそんな事判るのよ!?」

可愛いと言われ、ユキナは一瞬表情を輝かせるが、直ぐに再び警戒心を表に出す。

「白鳥さん、ユキナちゃんを見て、元一郎さんに怒鳴ってたでしょ? あれって、『居る筈の無い人がどうして?』って意味じゃなくて、
『何で、こんな危険な所に連れて来た!?』って意味の言葉だからよ」

その言葉を聞き、ユキナは声を詰まらせた―――ミナトと同じ事をユキナも感じたらだ。

(この人、少ししか一緒に居なかったのに、私と同じ位お兄ちゃんを解っている・・・?)

そう思っていると、丁度客室に到着し、ユキナは扉を開けた。

「じゃ、ここで待ってて。源八郎と話が終れば、お兄ちゃんもすぐ来ると思うから」

部屋に入ったと同時に、微妙な顔をするミナトに気付き、ユキナは彼女が視線を向けた方を見て絶句した。

客室のモニターにゲキガンガーが流されていたからだ。

「全く! 何処でもゲキガンガー、ゲキガンガーって!! こんな歓迎の仕方で、誰でも喜ぶなんて本気で思ってるの!?」

呆れと怒りを滲ませながらユキナはモニターのスイッチを切る。

そんな彼女とここに来るまでに見た兵士達を見て、ミナトは彼女達が本当に地球では『敵』と言われている存在だと、信じられなくなり、

「ユキナちゃん・・・何であなた達は、火星にチューリップを落としたの?」

「え? ちゅーりっぷ・・・?」

突然の問いかけ、初めて聞く名称にユキナは腕を組み、しばし『う〜ん』と呻くと、

「落とした・・・火星・・・ひょっとして、次元跳躍門の事? 火星に落としたって話を聞いたのは、これだけだけど」

「ユキナちゃん達はそう呼んでるの? じゃ、多分そうね」

「でも、アレ落としたのって、地球側が木星を狙ったからって話だけど?」

予想どころか、思いもしなかった答えに、ミナトはキョトンとし、

「私達が・・・? 火星に居たのは―――」

「ちょっと待って、最初から話すから―――この間授業で習ったばっかりだけど

ユキナはミナトの言葉を手で止め、コメカミを指で叩き、思い出す様にしながら話し出した。




アキトはルリに調べてもらったこの世界の歴史を思い出しながら言葉を続ける。

「一年戦争、サイド3―――ジオン公国の独立運動が起こるよりもずっと前から、宇宙では小規模ながらも独立運動が起こっていました。
当時、連邦政府と関わりが深かった、月でも犯罪組織『バディム』の動きに満足に対応出来ない連邦に不安が高まり、
『ガイアセイバーズ』が『バディム』を壊滅した後、その戦いで疲弊した連邦から独立しようという動きが高まっていました」

「―――だが、連邦政府がそれを許すはずはく、裏から干渉し、和平派と穏健派に内部分裂させ、頓挫させた。そうだな?」

後を受ける様に言葉を発したブライトに、アキトは目を丸くする。

「なんで、知っているんですか・・・?」

「少し歴史に興味を持ち、それなりに調べられる立場にいる人物なら解る事だ。宇宙世紀初期の独立運動に、
連邦軍が裏から干渉した物が多数ある、と明言している歴史家や研究者も多くいる」

「そういえば、ブライト艦長、歴史書、歴史小説を愛読してましたね」

万丈の証言に、アキトは自分が失念していた事に思い至ったり、ルリの言葉が頭を過ぎった。

『ちゃんと月の独立運動の事も歴史に残されています。瓦解した理由は内部分裂、となってますが、その背後に連邦の影がチラついている
っていうのは、少し頭が回る人、歴史に興味を持って独力で調べた人に気付かれますね』

(ブライト艦長はロンド・ベル隊を指揮している人だ―――この位の事、気付かない訳はなかったか・・・)

胸中で呟くと、アキトは感心の息を吐き、念の為に確認をする。

「しかし、その後の独立派がどうなったかはどの歴史書にも書かれていない、そうですね?」

その言葉にブライトは無言で頷き、アキトは話を続ける。

「最後まで連邦との共存を拒否した独立派は、半ば追放され―――火星へと逃げ延びました」

「火星に!? しかし、当時の火星は・・・!」

驚く万丈に、アキトは1つ頷き、

「ええ。旧世紀の時と同じく、人の手が加えられておらず、生物が生きていくのに必要な酸素も水もない惑星でした。
しかし、コロニー、グラナダやフォン・ブラウン市を造ったノウハウを生かし、狭い極一部の地域で生活できる環境を作る事は可能だったんです」



「でも、連邦は独立派が逃げ込んだ火星に、核を撃ち込んだの」

「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな事したら・・・!」

ミナトの言葉にユキナは頷き、

「うん。その地域は核攻撃で壊滅して、更に放射能の汚染で人が住めない環境に変わったわ。
事前にその情報を察知して、脱出が間に合った極一部の人達だけが、遠い木星まで逃げ延びたの」

「じゃあ、木連の人達って!?」

「そ、私達は月の独立派の末裔。ミナトさん達と同じ、地球人だよ」

ユキナの言葉に、ミナトは声を失う。

今まで木星蜥蜴との戦いは、異星人から地球を守る為だと思っていたのに、実際は過去の大戦や今起こっているザフトとの戦い同様に、
同じ地球人、人間同士の戦いだったのだから無理もないだろう。

「えっと・・・この後、どうなったんだっけ?」

「―――辛うじて木星に辿り着いた独立派は、木星のヘリウムと水素の海の奥で、とあるモノを見つけたのです」

言い詰まったユキナの後を受ける様に、白鳥の声が割り込んできた。



「遺跡?」

「遺跡というよりも、相転移エンジンの製造工場という考えの方が近いですね」

ブライトの言葉に、アキトは補足を入れる。

「って事は?」

問い返してくるユリカに1つ頷くと、

「そうだ、彼等はそのプラントを利用してバッタやジョロを作りだした。そのプラントを発見していなければ、全滅していただろうな」

「じゃあ、彼等は正真正銘、僕達と同じ、地球人か。そして、この戦争の発端は」

「―――過去の連邦の裏工作の結果という訳か」

万丈の言葉を受け、ブライトは苦々しく吐き出した。



「あ、お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん、じゃない。お前な、これは歴史問題の基本だろうが。ちゃんと学校で勉強してるのか?」

半ば呆れの入った視線をユキナに向け、白鳥は部屋へと入ってくる。

「とあるモノ?」

聞き返すミナトに、白鳥は向き直り、

「我々は単に『遺跡』と呼んでいます。木連等の科学者の見解ですと、恐らく地球圏に今の人類が生まれる前に存在していた文明が築いた物だと」

「今の人類の前の文明・・・? ひょっとして、パルマー戦役の時に公表された文明の事?」

パルマー戦役時、SDFが発表した地球人の祖先になった種族の事に思い当たり、ミナトは問い返す。

「時期が同じですからね。多分、『彼等』が建造したものでしょう―――しかし、詳しい事は我々も解明出来ていません。
我々が稼動して扱えるのは、遺跡の相転移炉の建造区域位です。他の機能も幾つかあるようですが、
解明どころか、稼動すら出来ない物ですので」

「でも、私達の祖先にとってはそれだけで充分だったの。ガニメデ、エウロパのテラフォーミングの技術もそこに入ってたし、
それに、食糧生産や惑星航行もね」

「そして、兵器も・・・?」

「そうです」

ミナトの声に少し非難の色が混じっていたが、白鳥は一瞬の躊躇もなく返す。

「次元歪曲場も重力波砲も遺跡から手に入れた技術です。我々は過去を詫びる事無く、再び歴史を繰り返そうとしている連邦に
正義の鉄槌を下す為に、日夜戦い続けているのです」



「これで、木星蜥蜴―――いや、もう木連か―――だけでなく、ジュピトリアンと木星帝国の方も納得がいったな」

「ええ。何故、エアロゲイター達が木星の勢力と手を結んだのか。そして、エアロゲイターの後ろ盾があったとはいえ、半世紀足らずで
木星帝国があれだけの戦力を蓄えられたのか―――その遺跡が絡んでいるのなら、納得がいく」

ゴートの言葉に、万丈も同意し、アキトも自分の見解を述べる。

「恐らく、木星帝国やジュピトリアン達も遺跡の技術を一部利用していたんでしょう。
エアロゲイター達も木星を地球圏の前線基地にするだけが目的ではなく、遺跡の情報を得ようともしていたんでしょうね」

「ねえ、アキト・・・この事を公表すれば少なくとも、木連との戦争は終らないかな? 同じ地球人なんだよ?
ポセイダル軍とかベガ星宇宙軍とかが攻めてきているのに、同じ星の人達で戦うなんて・・・」

「それは、難しいだろな。例え、原因が過去の連邦の工作の所為とは言え、実際に被害を受けている人達が納得するとは思えない」

ユリカの言葉に、ブライトは苦い顔をして首を振る。

「ユリカ、過去の事が原因になっていようと、戦うのは今を生きる俺達だ。俺達が戦場に立った時点で、もう『俺達の戦争』なんだ」

最後にアキトの言葉に、ユリカは返せず顔を俯かせた。




ユリカ達以外のナデシコクルーは、避難民の受け入れ作業に駆り出された一部の者を除いて、ロンデニオン内を自由に見学していた。

「こ、このスーパーロボットは・・・!?」

「マジンガーの新型、かな? でも、フォルムがかなりかけ離れてるよね?」

「考えるのは後だ後! ヒカル、写真撮ってくれ!!」

深く考えず、ガイはヒカルにカメラを放り渡すとグレンタイザーへと無警戒で近寄っていく。

ガイがある程度グレンタイザーに近づいたと同時に、

「よせっ! グレンタイザーから離れろ!!」

「うわっ!?」

「へっ?」

突如響いた大介の声に驚き、ヒカルはカメラを取り落としそうになり、ガイは歩きながら背後を見やった。

次の瞬間―――グレンタイザーから放たれたスペースサンダーがガイの身体を焼いていた。

「くっ! グレンタイザーの周囲に退去ロープを張っておくべきだった!! 君、急いで救護班を―――」

大介は倒れたガイに駆け寄りながら、ヒカルに指示を出すが、

「あ〜っと、心配してくれるのはありがたいんですけど・・・多分、ヤマダ君生きてると思いますよ?」

深刻に心配する大介に悪いと思い、ヒカルは少しすまなそうな顔をして告げる。

「何を言っているんだ!? 生身の人間が、スペースサンダーを「―――驚いた」!?」

彼の言葉を遮り、ガイが声を発すると、大介は心底驚いた表情で床に倒れているガイを見る。

「まさか、撃たれると思ってなかったぜ―――自動防衛機能って奴か?」

「あ、ああ。グレンタイザーはボク以外の人間が近づくと、自動で相手を撃つんだが・・・何で大丈夫なんだ?」

倒れたまま質問するガイに、大介は困惑しながらも応える。

困惑するのも無理はないだろう―――戦闘で放つスペースサンダーと、出力が比べ物にならないほど弱いとはいえ、
人間が受ければ確実に命を奪えるほどの出力だ。

こうして平然とー――倒れたままであるが―――会話をするガイが異常なのだ。

「いや、身体が痺れて動けないんだが・・・?」

「ヤマダ君、異常なまでに頑丈だからね〜」

「頑丈、の一言で済むのか・・?」

2人のリアクションが信じられず、大介は怪訝な顔をしながら倒れているガイに肩を貸す。

「わり、助かったぜ。俺はダイゴウジ・ガイ、そいつはアマノ・ヒカル。 ナデシコでエステバリスのパイロットをしている。
アンタがこのスーパーロボットのパイロットか?」

「ええ。ボクは宇門・・・いや、デューク・フリードです。しかし、今彼女はきみの事をヤマダと呼んでいた気が?」

ヒカルの方を見ながら、大介は首を捻る。

「ヤマダ・ジロウが本名だよ。駄目だよヤマダ君、何も知らない初対面の人に嘘の名前を教えちゃ」

「嘘じゃない! ヤマダ・ジロウは仮の名前だ! ダイゴウジ・ガイこそは俺の魂の名前!! つまりは本名なんだよ!!」

ヒカルはカラカラと笑いながら注意するが、ガイはナデシコでは最早『お約束』と化した訂正の声を上げる。

「・・・つまり、名前が2つあるという事ですね? なら、ボクと同じだ」

「ふえ!?」

見た目からしてまともな部類の人間だと思っていた大介の言葉に、ヒカルは奇声を上げる。

「ボクは宇門大介というもう1つの名前を持っている―――無論、こちらも本名さ」

「ヤ、ヤマダ君の同類・・・?」

ヒカルの言葉に、大介は苦笑いをして、

「別にどちらが正しい名前だというつもりないよ。両方とも、ボクにとっては大事な名前だからね」

1つは既にいない自分の両親が名付け、もう1つは地球に辿り着き、異星人である自分を我が子の様に扱ってくれた宇門博士が名付けてくれた。

彼にとってはこの名前が2つあってこそ、初めて自分の名前であると思えるのだ。




「火星にはこれだけの人が生き残っていたのか・・・!」

避難民の受け入れ作業をしつつ、バニングが呻く。

「ったく、これだけの人数を見ると、連邦が早々に火星の生存者は絶望って見解を出したのを疑問に思うぜ」

「まあ、万丈のダイターン3と一矢のダイモスの事を失念していた、もしくは彼等の力を過小評価していたからという可能性もあるんですがね」

ベイトの言葉にアベルが黙々と避難民の名前を記入しながら返す。

「―――こっちは避難民の確認が終ったが」

「おう、そこにボードを置いといてくれ・・・って、ユウ!?」

「モンシア中尉!? ロンデニオンに配属されてたんですか!?」

お互い、予期せぬ再会に声を上げて驚くと、モンシアはユウキにヘッドロックをかけ、

「この野郎! 何でイージス計画、前大戦と大変な時に出てこなかったんだよ!!」

言葉は荒く、非難しているように聞こえるが、口調は完全に笑っている。

「俺も『アイツ』も出てこれない事情があったんですよ!」

ユウキも口に笑みを浮かべながら、ヘッドロックから脱出する。

「モンシア、何を騒いでいる―――ユウキ!? お前もナデシコに!?」

騒ぎを聞きつけたバニングが、モンシアの方に近寄ると、ユウキにも気付き声を上げる。

「ええ。お久しぶりです。バニング大尉」

バニングに軽く会釈をするユウキ。

「お前がいるという事は、『彼女』も一緒か?」

「いえ。『アイツ』はマオ社に置いてきました。流石に、戦艦1隻だけで敵地になった火星に向かうのは危険だと思ったので」

「―――オイ、モンシア。あの兄ちゃんは何者だ? バニング大尉とやけに親しいみたいだけどよ」

ユウキと初対面であるベイトが、モンシアを肘で小突きながら聞く。

「バルマー戦役でロンド・ベル隊に所属していたんだよ。しかも、例のSRX計画の最新機でな」

「SRX計画の・・・? SRX、いや、バニシングトルーパーの方ですか?」

モンシアにアデスが驚きながら問いかける。

「オイオイ・・・って事は、あの兄ちゃんも元々民間人って事かよ。今更だけどよ、ロンド・ベル隊ってそういう手合いが多いな」

ベイトが半ば呆れながら肩を竦めた時、警報が鳴り響いた。

「敵襲か!?」




話を終えた白鳥は、ミナトとユキナを連れて艦内を案内していた。

「あ、あちこちにバッタがいるのね・・・」

艦内のあちこちを歩き回っているバッタを見て、ミナトが呟く。

「バッタ・・・? ああ、この無人機の事ですね。艦の制御の多くはこういう無人機が行っているんです―――何分、人手不足でして」

「『かんなづき』だけじゃなくて、木星も危険地区での作業の大体はこの無人機がやってるよ―――はい、これ」

ユキナが白鳥の言葉をしめ、飲み物を運んできたバッタからカップを受け取り、ミナトに渡す。

「あ、ありがと。大体はって?」

「簡単な作業とか、運送とかね。複雑な事や細かい事は、人間の手でやらないといけないから」

ユキナの返答に、ミナトは妙な顔になる。

「普通、逆じゃない?」

「恥ずかしながら、木連はAIやOS・・・ソフトウェア面では少々遅れてまして・・・」

「まあ、だから今、プラン「白鳥大佐!!」」

白鳥の言葉に続いて、ユキナが重要機密になっている事を―――うっかりと―――話そうとした時、士官が彼を呼び止める。

「作戦開始の時間です。ブリッジへお越しください」

「わかった。ユキナ、ミナトさん。ついてきてください」




艦長室でユリカ達と今後の事を話していたブライトは、警報が鳴るのと同時にインターフォンを取った。

「どうした!?」

『ベガ星宇宙軍のミニフォーがこちらに接近してきます』

「数は幾つだ?」

ブライトの問いかけに、サエグサは少し答えにつまり、

『それが・・・1機だけです』

「1機? 偵察か・・・?」

ブライトが少し考え込んだ時、サエグサがレーダーの反応に気付き、慌てて言いなおす。

『あ、新たに多数の敵反応を確認! ベガ星宇宙軍です!!』

「総員、第一戦闘配備! 万丈、お前も出れるか?」

インターフォンを置きながら、万丈に問いかける。

「ええ。ギャリソンがワックスがけの最中でもない限りは、出れますよ」

少しおどけながら返す万丈に、ブライトは頷くと、

「すまないが、手を貸してくれ。現在の我々の戦力で、ベガ星宇宙軍の円盤獣を一撃で撃墜、致命傷を与えられるのはグレンタイザーだけだ」

「判りました。じゃあ、一矢にも手を貸してもらいましょう。破壊力の高い機体は、多いほうがいい」

万丈の言葉を聞きながら、ユリカはコミニュケをONにする。

「ルリちゃん、ラー・カイラムの見学に行っているリョーコさん達を呼び戻して!! ブライト艦長、私達も出ます」

「ミスマル艦長!? しかし、ナデシコは・・・!」

驚くブライトに、ユリカは首を振り、

「現状でも重力波ビームは出せます。エステバリスも全機修理が終ってますから、全機発進です」

「しかし、ナデシコのクルー達は、まだ正式に軍に編入されていないんだぞ?」

ブライトは現在の身分が民間人である彼女達を気遣って問いかけるが、

「構いませんよ。今はロンド・ベル隊に多い、『善意の協力者』と思ってください」

軽い用事だ、と言う様にアキトは軽く笑って応える。

「―――すまん。MS隊の指揮はバニング大尉が執っている。彼の指示に従ってくれ」

「判りました」

ブライトに返すと、アキトは万丈と共に走って退室する。



アキト達が退出した艦長室に、ブライトとユリカが残される。

「―――彼から話を聞いた時、かなり動揺していたようだが・・・大丈夫か?」

先程の指示に何の問題はないが、それだけにブライトには気に掛かった。

あれだけの衝撃の事実を明らかにされたのだ―――並みの、並以上の精神の持ち主でも暫くは動揺するだろう。

ブライトやロンド・ベル隊のメンバーの様に、異常な体験の経験や連邦の影を知っている、経験しているのならば別ではあるが。

「―――大丈夫です。凄い衝撃でしたけど、今はまだ、目の前にやる事がありますから・・・」

ブライトの方に振り返らず、ユリカは真っ直ぐ―――アキト達が出て行った出入り口を見据え、そのまま退室する。

そう、確かに今は目の前にやる事がある―――正真正銘の異星人との戦闘がだ。

しかし、この戦闘が終わって、目の前にやるべき事がなくなった時、戦場で木連の部隊と遭遇した時、自分は一体どうするべきなのだろう・・・?

(片方は存在すら、歴史から抹消されて、もう片方は無差別に、無人兵器で殺された・・・同じ地球人でありながら、全く違う時間を生きてきた。
私はどういう答えを出せばいいの・・・? 解らないよ、アキト・・・)




其の3に続く



あとがき

作:やっと書きあがった・・・(汗) 今回はインターミッションのみなので、少し短いです。
というのは次回は三つ巴の戦いになるので、戦闘シーンが長くなるからです―――今気付きましたが、グレンタイザーが
原作の設定とはかなり違う・・・(滝汗) まあ、Aではいきなりデューク達がベガ星連合軍に捕まってたし、多少は変えても大丈夫ですよね?
今回、チラリと名前だけ出て来た人達ですが、まずヒイロ達が正式に登場するのはキラがプラントで復活した辺りからになります。
そして、『自由』とともにロンド・ベル隊に合流する事になるんですが・・・これだと『自由』必要ないかな?(笑)
『自由』と一緒に合流するのが、『あの』2機だし・・・まあ、いいか。キラだし(マテ!!)
次に、コスモスと一緒にいるであろう元大関スケコマシとエリナさんですが、次回辺りにようやく合流します。
これで『時ナデ』レギュラー陣で出て来てないのは、ナオだけになります・・・あ、ディアとブロスもいましたね。
彼等? もキチンと出てくるのでご安心ください・・・もう少し後になりますが(コラ)


ゴールドアームの感想

 呼ばれてやってきました、ゴールドアームです。

 このお話は通して読んでいなかったので読み返しましたが、第3次と重なって妙ににやにやするシーンがw。
 それはさておき。
 クロスオーバーの味がよくしみ出していますね。舞台や思想、趣味や駄洒落、全く違う物語の中から共通点を見出し、そこに引っかかりをつけてお話をつなげてしまうのがこの手の二次創作の基本です。
 この外伝でも、随所でそういうにやにやを楽しめました。

 これだけ大風呂敷を広げるとたたむのが大変でしょうけど、完結めざして頑張ってください。
 読み通して感じましたが、文章力の方も着実に付いているようですし。最初の頃目に付いた『日本語になっていない文章』も見あたらなくなってきました。



 では、続きを楽しみにしています。ゴールドアームでした。