〈リース〉に起こされたオレはパソコンを立ち上げ、毎日の日課になってしまったメールチェックしていく。期待していた相手・アニキからの返信はなかった。


オレは溜息とともにパソコンの電源を切った。そして待っていた〈リース〉とともに食堂に向かって歩いていく。今日は日曜のため人が多く、同じように食堂に行く連中が多い。〈リース〉はそいつらにも笑顔と誠意が篭った挨拶をしていく。

そして挨拶を受けた連中も笑顔だ。多分に〈リース〉が美少女だからだと邪推するのはオレの器量が狭いからだろうか? そんな彼女を見ていると一時的でも清清しい気分になるのは救いだった、ちょっぴり妬けてしまうけど。


緊急搬送された〈レゥ〉の事が心配でアニキやオヤジに連絡を取って聞こうとしたのだが、未だに電話・メールともに連絡がとれていない。今のオレに出来るのはアニキを信頼して待つ事しかできず、焦りにも似た中で〈リース〉とともに学生生活を送っているという状態だった。

苛立つオレを〈リース〉は安心させるように微笑み、様々に世話を焼き少しでもオレの負担を減らそうとするかのように振る舞っていた。

そしてアニキと〈レゥ〉が米国に戻ってから2ヶ月半────季節は緑萌える春から日差しの眩しい夏になろうとしていた。





My  Merry May

“蝉 時 雨”

─ Lease, after that  ─ 

Vol. II 


(8)姉妹ドンブリ


「いいよなぁ、恭介」


ここは津久見高校付属学生寄宿舎・阿見寮の食堂。

古臭い食堂の厨房では白い割烹着を着たおばちゃんたちが料理を作り、大きなしゃもじを使ってご飯や味噌汁をかき回していた。古い映画などに出てくる“食堂”のイメージそのままの光景だった。

食堂だけじゃなく阿見寮自体が古く、築ン十年というオンボロだった。全寮制の津久見高校が保有する3つの寮の中で最も古い宿舎だ。床は補修で至る所つぎはぎだらけでギシギシと音がし、風呂は1個しかなく時間による男女入れ替え制。ボロい洗濯機は途中で良く止まり、共同使用などなど。

今の時代にそぐわない骨董的存在価値を持つ寮だった。ちなみに残り2つの寮は鉄筋コンクリの個室に冷暖房完備、ちゃんと男女別の風呂もある。言ってみれば阿見寮ここに住んでいる1/3の人間はハズレを引いた訳だ。

でも悪いことばかりじゃない、こんな不便な場所で共同生活を送る連帯感もあるのか他の寮に比べてここの寮生は結束が強く自由な気風があった。

そんな雰囲気もあって阿見寮はいつかどこかで見た事がある───なんらかの懐古を思い出させるノスタルジックな、不思議な感じのする場所になっていた。


そして目の前の親友、むしろ悪友ともいうべきオレの友人、萩本亮。その亮が指を咥えんばかりにオレと〈リース〉を見比べた。



「なんだよ?」

「だーってよ、恭介みたいな根暗なヤツに……なんで!〈レゥ〉ちゃんや〈リース〉ちゃんみたいな美少女が……ううっ!!」




そう言って亮は涙を拭う仕草をする。相変わらずオーバーな表現で羨ましがっているんだけど……まあオレの友人でもある吾妻もとみかのじょと別れたばかりだから仕方ないのかもしれない。



(でもオレが根暗かどうかは関係ないよな)



「亮、何が言いたいんだよ? それにオレは根暗じゃない」

「どう考えたって根暗だろ。〈レゥ〉ちゃんや〈リース〉ちゃんが来る前は陰気で冴えない顔して“なぁ、なにか面白いことない?”ってボヤいていたじゃないか」




亮はオレのセリフのモノマネをしながらそんな事を言った。



「恭介さん、そんなことを言ってらしたんですか?」



オレの隣でご飯をお代わりしてくれたりお茶を入れたりと甲斐甲斐しく世話を焼いていた〈リース〉が会話に混ざってきた。オレとしては彼女と一緒にのんびりご飯が食べたいのだが、このあたりはレプリスの特性なのかやたらと世話を焼いてくれる。

この甲斐甲斐しさも亮が羨む、いやこの寮に住む男子生徒全員のやっかみの元だった。

はっきり言うとその視線はイタイ。さすがにレプリスを研究対象、もしくは製品モノとしか見ていないアニキのように、悠然と〈リース〉を使役するなんて事はできなかった。アニキ曰く“研究者は研究対象に必要以上の感情をもつことは許されない”って事らしいけど。

最近は他の寮生たちも見慣れたのかだいぶマシにはなったけど、それでも時々イタく感じる時があった。


あの時のことは思い出したくないし情けない自分を〈リース〉にも知られたくなくて慌ててフォローをした。



「え? そんなに言ってないよ、コイツがオーバーに言っているだけ」

「そんなことないぞ、俺は常に本当の事を、真実を語っている。信じて欲しい〈リース〉ちゃん」




亮はいやにマジな表情で〈リース〉の顔を見つめ、真摯に思える口調を作ると彼女の手を握ろうとする。〈リース〉はレプリスだからなのか、手を握られるくらい特に頓着しないのが分かっていたので、亮の手を軽く叩いて引っ込めさせた。



「いってー。恭介、ケチケチすんなよ。〈レゥ〉ちゃんだけじゃなくて〈リース〉ちゃんも独り占めしているんだ。ホント、姉妹ドンブリだよな、オマエ」

「ぐッ!」




亮の言葉にオレは食べていたご飯が喉に詰まった。七転八倒状態のオレを見て素早く機転を利かせたリースが優しくオレの背を叩きながらお茶の入った湯のみを口元にそっと運んでくれた。



「恭介さん、これを」



急いでそのお茶を飲み詰まったご飯を流し込もうとするが慌てたせいで勢い良く飲みすぎて気管に入ってしまい余計むせてしまった。



「ぐっ!! ごほっ、ごほっ、ゴホゴホゴッ!!」

「あ、それでは仕方ありません……し、失礼します」



〈リース〉は頬を染めほんの少しだけ上気した声でそう言うと湯飲みのお茶を口に含みオレの口に自分の唇を合わせようとする。



(うげっ、コレってあの時の再現じゃないか……っ!?)



そう、以前にも今の状態と同じようなことがあったんだ。アニキと〈リース〉が初めてこの食堂でメシを食った時にオレはメシを喉に詰まらせた。あの時〈レゥ〉と〈リース〉に囲まれていたオレは男子寮生全員に嫉妬の目で見られ、いたたまれなくなって慌ててメシを食って喉に詰まらせた。

だけど違ったのはあの時は今と同じように〈リース〉が口移しに水を飲ませようとした行動に吃驚し、喉に詰まったご飯を飲み込めたのに今回は飲み込めなかった。彼女の柔らかい唇がそっと触れ〈リース〉の口の中に入っているお茶が流れ込んできた。



「おおおおおおっ!?」



まるで怒号のような声が聞こえ、オレの頬がマグマのように熱を帯びた。


オレたちの様子を見ていた亮や他の寮生の手から箸や茶碗が盛大に落ち、食堂内にけたたましい音が鳴り響いた。その音に吃驚してご飯が飲み込めた。


(遅い! 遅いんだよ、オレ!!)



「はぁはぁはぁ……げほっげほっ!!」

「あら、飲み込めました?」

「も、もう大丈夫だから。ありがとう」




こんな状況にも関わらず〈リース〉の表情はマスターの役にたてた喜びに輝いていた。オレは背筋にとっても寒いものを感じながら息も絶え絶えに〈リース〉に礼を言った。こんな嬉しそうな表情をされては文句など言えなかった。



「はい、大事に至らなくて何よりです……あ?」

「げ!」




リースの言葉にオレは冷汗を流す、そうあの時はこの後……



「ほっぺたにご飯が」



(やっぱりかよ!!)


嫌な予感ほど良く当たるものだと溜息をつきたくなる。じりじりとにじり寄ってくる“男子寮生ソンビ”を視線の端に感じながらも〈リース〉の行動から目が離せない。彼女の指が頬についたご飯をそっと取りオレの口元に持ってきた。



「はい?」



オレの顔はすでに蒼白だったろう。視界の端にちらちら写っている“男子寮生ソンビ”がボキボキと指を鳴らしているのが見えた。



「はい、あ〜ん、ん?」



食堂にいた“男子寮生ソンビ”たちからあの時以上にオレに対する限りない憎しみと嫉妬のオーラが届いた。


(あの……〈リース〉さん、貴女はこの素晴らしい雰囲気がわからないのでしょうか?)


オレは心の中で呟くと慌てて〈リース〉の指からご飯を取るとぱくりと食べた。



「もう大丈夫だから、〈リース〉」

「ご無事でなによりでした。恭介さん」




そう言って〈リース〉は安堵したように微笑んだ。そういえば……ふとあの時の事を思い出した。あの時にはアニキが居て、そして〈レゥ〉が居たんだ。


心がちくりとした。

今と同じように頬についたご飯を〈リース〉が取って、食べさせようとしてくれた。男子寮生だけではなく、なぜか〈レゥ〉にまで睨みつけられていたけど。



「おにいちゃん、もてもてなのね」


反論を許さない冷ややかな雰囲気をまとって〈レゥ〉はそう言った。その雰囲気にたじろぎロクな反論もできなかった。そりゃ、食堂全員から注目を受け、そのどれもが好意的ではないのが分かっていればね。



「いや、そういう問題じゃないだろう」

「じゃあ、なんで、そんなに、おかおがまっかなの!?」


「いや、そういうわけではなくてだな……」



そう言って頬を膨らませていた。今考えると可愛い嫉妬だったんだろうけど、あの時には〈レゥ〉の気持ちに気づいてやれなかった。



(〈レゥ〉、大丈夫なのかな、いま何をやっているんだよ───って!)



ずっと現実逃避をしていたかったんだがにじり寄って来る“男子寮生ソンビ”どもの姿を見てしまった。



(やばい! 今は現実逃避している暇はないんだ)



この食堂から脱出しようと慌てて周り見回すがすっかり男どもに囲まれ逃げ道はなかった。

オレは人生最大のピンチを与えてくれた悪友を見た。〈リース〉は訝しげな表情でオレと亮を見比べている。



(それにしてもコイツは言うに事欠いて何を言い出すんだ)



いくらオレでも“姉妹ドンブリ”の意味くらい知っている。ほら、オレだって一応?17歳なんだし、健康で健全な青少年だ……多分。やっぱりアレやソレやには興味はある。


本当は亮の言葉を無視するのが一番なんだけど〈リース〉とは思い当たる節があるので尚更無視できなかった。思い当たるっていっても一度だけリースを抱きしめキスしただけなんだけど。あ、〈リース〉からもあるので2回だ、いやいや回数の問題じゃない。

オレはその時の〈リース〉の鼓動をはっきり覚えている。彼女はロボットじゃない、生きているんだってそう感じた。その時に〈リース〉がレプリスである事を認め、その彼女に惹かれている自分の気持ちを認めた。


そしてどちらか一方しか選ぶ事が許されなかったオレは〈レゥかぞく〉ではなく〈リースこいびと〉を選んだ。

空港で別れる間際にオレに向かって投げかけられたアニキの言葉。


「お前はオヤジに良く似ているが……異なる者なんだな。安心したよ」


その言葉がずっと気にかかっていた。オレは何かを間違えているのか?



「おい、亮。言っておくけどな……」

「なんだ? 恭介ク〜ン?」



亮の目も凄まじい嫉妬で燃え上がっていた。その鬼気迫る雰囲気にちょっと逃げ腰になりかけたけど言うべき事は言わないと。ヤツは誤解しているみたいだけどオレと〈レゥ〉の間には何もなかった。


オレの〈レゥ〉への想いはあくまでかけがえのない家族、大事な“妹”としてのものだ。確かに〈レゥ〉とは一緒に寝たり、普通の兄妹以上にスキンシップが多かったかもしれない、そしてオレも一時はその気になりかけた。

だけどオレは“妹”としての〈レゥ〉ではなく、彼女を起動した当初の通り一緒に居る“女性”として〈リース〉を選んだんだ。もしあの時、2人とも一緒に居られるなら……その選択肢があったならそうした。

〈リース〉はレプリスで嫉妬という感情とは無縁だから〈レゥ〉と一緒に居ても気にしないはず……。でも〈レゥ〉はどうだろうか? オレが自分と瓜二つでありながら全く別人の〈リース〉と一緒に過ごすのを見て耐えられたのだろうか。

最近になっていなくなった〈レゥ〉の事を良く考えるようになった。アイツがオレの事をどう想っていたのか。人は大事な人がいなくなってから後悔する、そんなありきたりなセリフに胸が締め付けられる。


だけど亮はそういった事情を知らなかったとはいえ、オレだけならともかく〈リース〉と〈レゥ〉を貶めた。亮に対しそこのあたりはハッキリしておきたかった。

オレも負けずに亮を睨みつけた。オレの表情を見て亮がオヤっ?というように一瞬表情を変えたがまたすぐに元の不敵な笑みを浮かべた。


〈リース〉はオレと亮との不穏な空気を意図的になのか軽く無視し、いつも通りのにこやかな笑みを浮かべ聞いてきた。



「そういえば恭介さん、“姉妹ドンブリ”ってなんでしょう? それはメタファーでしょうか? それとも……」



その瞬間、殺気だっていたオレと亮の顔面は凍りつき、嫉妬に狂ってにじりよって来ていた“男子寮生ソンビ”共も固まった。

〈リース〉がひとさし指を頬に当て軽く首を傾げている。オレは慌てて彼女の言葉を遮った。



「い、いや! 〈リース〉は知らなくて良いんだって!! そうだよな、なっ、なっ、亮ク〜ン!!」



可愛らしく首を傾げている〈リース〉を見たあと、とんでもない事を言い出し、オレを人生最大にピンチにしてくれた悪友に制裁を加えるべく素早くヘッドロックをかけた。



「いてっ、イテテテテテテっ!! ギブッ! ギブだって恭介」



じたばたしてオレのヘッドロックから逃げようとするがそう簡単に逃がさない。バンバンとテーブルを叩きギブアップを宣言する亮。それを面白そうに他の寮生たちが見ている。また三本勝負のようなイベントが起きないかと期待している目だった。



(まったくコイツときたら……ここで少し懲らしめておかないと何言い出すか分からないしな)



「相変わらずお下品ねえ、亮は」

「ひとえ!」




オレはその声の方向を見た。髪をショートカットにした女の子が不機嫌そうに立っている。彼女はオレの小さい頃からの幼馴染、榛名ひとえだった。

食べ終わったトレイを戻そうとする途中なんだろう、トレイの中身は空っぽだった。



「ひとえ様〜そんなこと言っている暇があったら助けてくださいよお!! イデデデデ、マジにキメるなって、恭介!」



手元で亮が騒いでいるがさっきの件もあるので更に力を込めた。

やれやれといった感じでひとえは俺たちを見ている。その目はいつものようにバカをやっている俺たちに対して呆れているようだった。



「まあ、恭介が怒るのも無理ないわよね、自業自得でしょ、亮」

「そ、そんな〜 単なるジョークだろ」

「オマエのはジョークの域に達していないんだよ」



「恭介さん、“姉妹ドンブリ”の意味が分かりました」


そんな会話をしていると突然〈リース〉がそんなセリフを言い出した。そのセリフにオレや亮、ひとえの3人は思わずぎょっとする。オレたちの成り行きを見守っていた寮生の中でもその単語の意味を知っている人間もそうだった。



「「「え゙っ?」」」



シンとした食堂内に誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。その音はやたらとハッキリ聞こえた。つばを飲み込んだのがオレ自身なのか他の誰かなのか分からなかった。そして食堂内が息詰まる雰囲気になった。


〈リース〉はオレに向かってにっこりと微笑むとみんなの前で説明を始めた。



「では説明しますね、一人の男性の方が1組の姉妹と肉……」



オレはリースの繊細な声が語るであろう内容と息詰まる雰囲気に耐え切れなくなり亮の頭を乱暴に離し咄嗟に〈リース〉の口を押さえる。



「ちょ、ちょっと〈リース〉!!」

「いでェ!」



亮が椅子ごとひっくり返ったけど、そんな事はどうでも良い! 自業自得だ、オレは知らん!!



「むっ、むぐむぐ、むぐむぐぐ(きょ、恭介さん、なにを……)」

「り、リース、その話は終わったんだ。だから・・・」



(リース、その単語は人前で説明しちゃダメだって)



リースにだけ聞こえるように耳元に話かける。息が当たってくすぐったかったのか彼女は少し身をよじった。

だけどそれも一瞬でオレの言葉を聴いてコクコクと頷く彼女。〈リース〉が納得したようなので手を離した。口を押さえていたので呼吸に不自由したのか彼女の頬は少し赤く染まっていた。

オレはなぜかその顔に艶を感じ焦ってしまう。先ほどのキス?とこの話題で意識したせいかもしれない。



「さ、さあ〈リース〉! メシも終わったし部屋へ戻るよ」



オレは固まっている寮生たちの間を抜けて食べ終わったトレイを返すと食堂の外に出た。



「はい、分かりました。では皆さん、お騒がせしました」



〈リース〉は未だ固まっている食堂の人間に向かってにこやかに微笑み丁寧にお辞儀するとオレの後についてきた。あとに残されているのは呆然とした寮生たち。もちろん亮もひとえも凝固していた。


やれやれ、亮の“姉妹ドンブリ”のおかげでとんだ目にあった。この単語のおかげであの“男子寮生ソンビ”たちから逃れたのは皮肉すぎたけど、もともとは亮のせいだ。礼を言う気にはまったくなれないよな。





(9)存在意義

オレの部屋に戻り〈リース〉の顔を見ると未だに赤いままだった。少し気になったが疑問に思う事があったので聞いてみた。



「そういえば〈リース〉」

「はい、なんでしょう?」

「さっきの単語、最初は分からないって言っていたのにどうして分かったの?」

「あの言葉ですか? 私の中に内臓されている辞書を検索して調べました。私には基本の日本語エンジンとメイン辞書の他にさまざまな状況に対応・参照できるように何冊もの辞書がインストールされています。今回は日常でほとんど使用しない日本の隠語辞典から参照した為、幾分時間がかかってしまいました」

「そうなんだ」



(それにしてもアニキめ、なんて辞書を〈リース〉に入れているんだよ)



オレはそのスペックを準備したであろうアニキのバカさに呆れた。完璧主義者らしいアニキの用意周到さに苦笑するしかない。



「ええ、差し出がましいことでしたか?」

「いや、おかげで人生最大のピンチを乗り切れたから」

「はい? 人生最大のピンチですか?」



〈リース〉は小さく笑いながらオレを見ている。言っている意味は通じているようだった。



「ああ、まったく亮のヤツは。そういえば……どうしたの〈リース〉、さっきから顔が赤いままだけど熱でもあるの?」


オレは文句を言っているであろう亮の顔を想像し苦笑しながらリースの顔を見た。結構な時間がたっているにも関わらず未だに彼女の顔は赤かった。


「い、いえ。恭介さん、私も少しお聞きしたい事があるのですが、構いませんか?」



オレと〈リース〉は立っているのも何なので彼女に座るように促すとオレも座る。



「で、なに? 聞きたいことって」

「はい、恭介さん……もしかして」

「もしかして……なに?」




彼女は透けるような白い肌をさらに羞恥で染めた。



「あの、その……私を……抱きたくなりましたか?」



オレからの視線を避けるように顔を伏せ耳まで真っ赤になった〈リース〉が恥かしそうにそう言った。なぜいきなりそんな事を言い出したのかオレにはさっぱり分からない。



「い、いきなりだね〈リース〉」



この時のオレの顔は凄い引きつっていたに違いなく、そんなことを想像させる声色だった。自分で聞いてもそうなのだから彼女にはもっと酷く聞こえたのかもしれない。

羞恥の顔はそのままでオレを安心させるようにそっと手を握ってきた。



「私は……恭介さんがマスターになった時点でその要求にお応えすることを決めています。私の全ては……貴方の物です」



〈リース〉はそう言って立ち上がるとただでさえ細い腰をもっと細くするかのように締め付けていたコルセットを外し、着ていた紅いジャケットを脱いだ。



「な、なに言っているんだよ〈リース〉」

「恭介さんが望むのでしたらレプリスは、いえ私は自分に出来る最大の誠意でお応えします。そして“レプリスは常にマスターの幸せに寄与し共にあること”、それが私たちの存在意義レーゾンデートルです」




すっと立ち上がった彼女はスカートをとめているベルトを緩めた。そして取り去ったベルトが床に落ちる。タイトスカートのジッパーを下ろす音に続き柔らかいものスカートがぱさりと落ちてきた。そして薄手のタートルネックを脱ぎ捨てる。



「ここから先は……恭介さんが」



目の前で起きている出来事にオレの思考は真っ白になりかけている。下着姿になった〈リース〉が膝まづいてオレを見ている。シルクの薄いピンクの下着に包まれた身体は均整が取れていた。服を着ている時にはそう見えないのに目の前の彼女には豊かなバストと折れそうな細いウェスト、形の良いヒップがこれもかと女性を主張していた。


(〈リース〉って意外と着痩せするんだな)


オレは惚けたような頭の中で全然関係のないことを思っている。染み一つない真っ白い肌が陽の光を浴びて処女雪のように輝いていた。オレは思わず彼女のその美しさに見惚れてしまった。



「女に……恥をかかせないでください」



一向に手を伸ばさないオレにじれたのか〈リース〉は小さな声で呟いた。オレは緊張で喉がカラカラになっていたけど無理やり唾を飲み込んで喉を潤した。



「なあ、〈リース〉。一つだけ答えてくれないか?」

「なん、でしょうか?」




熱を帯び潤んだ瞳で〈リース〉はオレを見つめた。



今の彼女は行動も含め、どこかおかしく違和感を感じていた。

〈リース〉はマスターの幸せの為なら自分の身を省みず応えようとする。それはレプリスの特性であって彼女の意思じゃない。いやすべての行動に彼女独自の意思はない。

レプリスはマスターの言動や癖をデータベースに蓄積し、それを参照して主の意思や希望を推測し実行する為に高度な自立判断機能を持っているとアニキは言っていた。〈リース〉はあくまでもプログラムの、ロジックの結果として行動しているはずだった。

そして今回はどうしても腑に落ちない。確かに姉妹ドンブリとか性的な隠語はあったにせよ、オレは彼女に向かってそんな事を伝えてはいない。それに今までも努めてそっちの方には踏み込まないようにしていた。



「なんでいきなりこういう事になったんだ?」

「……恭介さん、先ほど〈レゥ〉のことを思い出していませんでしたか?」

「え?」




今の状況にはそぐわない想像もしなかった名前がいきなりの〈リース〉の口から飛び出し、オレの頭は殴られたような衝撃を覚え心臓はドキっと跳ね上がった。


(なんでこの状態で〈リース〉の口から〈レゥ〉が出てくるんだ?)


確かに食堂で〈レゥ〉のことを思い出していた。どうして彼女は分かるんだろう? 絶対に口に出していないはずなのに。もしかしたら顔に出ていたのだろうか? 

確かに亮とかに顔に出やすいとか言われた事はあるけど。



(それに〈リース〉が、レプリスが嫉妬?)



レプリスが嫉妬するなんて在り得ないはずなのに責められている───そんな感じを受けた。バグを抱え、心をもつ〈レゥ〉ならそれは在り得るし、あった。でも心を持たない、普通のレプリスの〈リース〉がなんで?



「やはり……そうなんですね」



彼女は悲しそうに俯いた。お腹の前で手が組まれ、強く握り締めているせいで白い肌がさらに白くなった。



「え? なんで……」

「私は……なんとなくですが恭介さんの心が分かるのです。そして〈レゥ〉の心も」




オレは〈リース〉の告白に動揺してしまった。別にやましい事などなかったけど、やはり心が読めると言われればドキリとしてしまう。



(じゃあ今までオレが彼女に感じていたことは全て知られているのか?)



それは驚きと同時に恐怖にも似た寒気を覚えた。もしそれが本当ならレプリスという存在ははるかに人間を超える存在じゃないのだろうか。



(マスターと呼ばれる全ての人間に対してそのような事が出来るのかな?)



「じゃあマスターの心はみんな分かってしまうの?」

「いえ、多分ですが……恭介さん以外の方は分からない・・・・・・・・・・・・・・と思います」



〈リース〉の告白にオレの頭はさらに混乱した。他の人間は分からないけどオレの心は分かる? そして〈レゥ〉の心も。彼女の言っている意味が理解できないというか正直思考が追いついていなかった。



「それって……どういうこと?」

「共感……そのような言葉が適切かと思います」



〈リース〉は少し考えるそぶりをした後、そう言った。

やっぱり彼女の言っている事は理解できなかった。これがアニキなら分かるのかもしれないんだけど。


「じゃあ〈リース〉、君がこういうことをしているのは」

「はい、あの時口には出されませんでしたがそのような思考を感じました。それに……」




それまで滑らかに説明していた〈リース〉が口ごもった。



「それに?」

「〈レゥ〉を思い出す事は恭介さんの心に不安と負担を与えます。私が……私の全てを捧げ〈レゥ〉を忘れさせます。ですから……」




〈リース〉は一言一言自分で確かめるように口にしていく。



「ですから……私だけを……見て……いただきたいのです」



〈リース〉は苦しそうに俯ききゅっと手を胸の前で組んだ。小さな白い手が小刻みに震えている。それは何かに脅えているクリスチャンが信じる神に祈る、そんな感じだった。



魂なき者の真摯な願い───オレにはそう見えた。



そして〈リース〉のぽつりと洩らした言葉。もしかしたらレプリスリースの、無意識の嫉妬なのかもしれない。それともこれもロジックの結果なんだろうか? オレにはレプリスという存在が余計に分からなくなった。



「恭介さんはあの時〈レゥ〉ではなく私を選んでくださいました」

「うん」

「私はとても嬉しかったんです」



オレはあの月の夜を思い出した。あの時とは違って彼女が浴びているのは陽光だったが、その暖かな光は〈リース〉の白い裸体を輝かせオレを魅了していく。正直言って〈リース〉はとても綺麗で目が離せない。

そして彼女から語られる言葉───錯覚かもしれないけどその言葉には“心”が籠もっているように感じられた。それは外見や反応だけなく、今の彼女の根底にある“なにか”は人間と差がないように感じた。


じっとオレを見つめている〈リース〉。やもすると彼女の静かな雰囲気に飲み込まれそうだった。そして飲み込まれれば帰ってこれない───なぜかそう感じた。〈レゥ〉を忘れこのままずっと〈リース〉に溺れたならオレは幸せになれるのかもしれない。


すっと伸ばされたの彼女の手にオレの手がゆっくりとのびかけた。



(……おにいちゃん)



彼女に重なるように浮かぶ顔……〈レゥ〉。そう思った途端、〈リース〉の顔に翳りがさした。



「……恭介さん」



〈リース〉の言葉に慌てて延ばしかけた手を引っ込めた。



(〈リース〉は一体どうしちゃったんだよ、一体!)



オレはその変化の原因らしきものに思い至った。先ほどからの彼女の表情の変化と気になる言葉を思い出しす。さっき〈リース〉はオレや〈レゥ〉の心が分かると言っていた。



(───じゃあ〈リース〉は心や感情が理解できる……まさか!?)



「〈リース〉、さっきオレや〈レゥ〉の心が分かるって言ってたけど」

「最初は……自分の感じているものがわかりませんでした。ですが恭介さんの側にいて、恭介さんのことを知る度にそれが心や感情と呼ばれるものではないかと思うようになりました」

「じゃあ……君にも心が?」



オレの言葉にビクリと震える〈リース〉。俯き震えていた顔が持ち上がり、おそるおそるオレを目を見た。動揺と言っていいようなそんな感じの表情を浮かべていた。



「……わかりません」

「え?」



“ありません”ではなく“わかりません”、〈リース〉の返事はレプリスとしてはおかしかった。



……そして物静かな彼女は激高した。




「わかりません……いえ、わからないのです! 私にそのようなアルゴリズムは組み込まれていません。そのはずなんです!」


普段の〈リース〉は笑みを絶やさずどんな時でも物静かだった。その〈リース〉が言葉を荒げるのをオレは初めて見た。レプリスでは有り得ない、人間と同じ感情の迸りだった。彼女は自分の身体を護るように自分を抱きしめた。



「〈リース〉」

「あの時……なぜだか分かりませんがとても胸が苦しかったんです。〈レゥ〉が家出した時に想っていた“ずっとおにいちゃんと一緒にいたい”って気持ちがとても苦しかった」



「〈レゥ〉はそんな風に思っていてくれたんだ」

「はい、私が羨ましく思うほど」



オレは〈リース〉の言葉に涙が出そうになった。〈レゥ〉がそんなにオレという存在を大事にしてくれていた事に。

〈レゥ〉の気持ち───オレは分かっていたはずだった、〈レゥ〉はいつでも素直に、そしてオレが羨むほどに真正面からその事を伝えてきた。それがとても嬉しいのに恥かしくてそっぽを向いた、子供っぽい態度。

そしてオレは色々な事を知らなすぎ、知ろうともしなかった。〈レゥ〉の気持ち、〈リース〉の言葉、そしてレプリスという存在。大事な2人の事なのに知ろうともしなかった。その無知という罪がこういう結果を招いている。


だから知らなくちゃいけない、今自分に出来ることを知り、〈レゥ〉と〈リース〉の2人を知り、ずっと一緒にいる為に。



「〈リース〉、教えて欲しいんだ。あの時、〈レゥ〉が家出した時に何があったの? それにレプリスの事をもっと教えてくれないか」

「分かりました、私の知っていることをお話します」



〈リース〉はオレの真剣な表情を見てそう言ってくれた。その前に今の彼女の格好は刺激が強すぎてまずかった。それに誰かがオレの部屋に来たとき全く言い訳ができない。



「あ、その前に服を着て欲しいんだけど」

「……わかりました」




〈リース〉は自分の格好を見て再度顔を赤らめると脱いだ服を着ていく。それと同時に先ほどまで見せていた剥き出しの感情が、服を一枚着る度に覆い隠されていき、いつもの彼女らしい冷静さを取り戻していくようだった。

オレは服を着ている〈リース〉を見ないように後ろを向きながらそんな事を考えていた。



「では、恭介さん。話が長くなります、お茶を入れますね」



そう言って〈リース〉はコーヒーを淹れに部屋に備え付けられている小さな台所に立った。もしかしたら整理して話をする為の時間が欲しかったのかもしれない。


しばらくしてコーヒーを入れたマグカップを2つ持って彼女が戻ってくる。手渡されたカップを受け取り一口飲んだ。



「旨いよ」



インスタントだったけど自分が淹れるより遙かに旨く感じた。淹れてくれる人の愛情を感じているのかもしれない。



「ありがとうございます。ではあの時〈レゥ〉に何が起こっていたのか。そして私たちレプリスの事をお話します」

「お願い」



オレはもう一口コーヒーを飲み、〈リース〉の言葉を一つも聞き逃さないように身構える。



「まず私たちレプリスが存在する為の前提として、存在意義レーゾンデートルが必ず必要なのです」

「存在意義? 難しいことを必要とするんだね」



いきなり哲学的な難しい話になった。オレは腕を組み“存在意義”という単語から想像できた感想を言ってみた。〈リース〉は微笑ながらオレにも分かりやすいように説明してくれる。



「いえ、そんな難しいことでは有りません。簡単に言えば生きる目的が必要なのです。例えば“恭介さんと一緒にいたい”“マスターのお世話をしたい”“誰それを庇護したい”などです」

「それってみんなが普通に考えている当たり前の事じゃないの?」




〈リース〉の言っているレプリスに必要な存在意義……それは酷く普通に感じた。誰それと一緒にいたい、誰かを護りたい、それは人間いや、魂をもつ生物が自然に持っている想いだと思う。



「そうですね。心を持つ人間の方々にとってはごく普通の事なのかもしれません。ですが、私たち虚ろな存在レプリスにはそのごく普通のことが、とても大事なのです。先ほども言いましたように存在意義がなければこのボディが維持できません。〈レゥ〉の場合……」



そこで〈リース〉はなぜか言いよどんだ。少し躊躇ったあと言葉を続けた。



「大好きなおにいちゃん、恭介さんと共に生きるのが存在意義でした」

「オレと?」

「はい、ですが恭介さんは〈レゥ〉ではなく私を選びました。その事がきっかけとなって自身の存在意義が揺らいでしまったのです。私が彼女の居場所を奪ってしまいました」




〈リース〉の言葉にオレの心にちくりと鋭い痛みが走る。〈リース〉が悪いわけじゃない、彼女を選んだのはオレなのだ。



「〈リース〉……ごめん」



オレの謝罪の言葉に彼女は軽く頭を横に振ると話を続けた



「〈レゥ〉はバグにより普通のレプリスのようにプログラミングされた存在意義を持っていません」

「でもそんなそぶりは……」

「彼女は恭介さんと過ごすうちに自然と“共に生きる”という存在意義を得たのでしょう。自分は恭介さんに必要とされていない、あなたのそばに自分の居場所はないと思い込んでしまったんです」



分かりきったことだった。ちょっと考えればアイツの単純な思考を理解することは難しくない。それでも納得がいかなかった。その想いがオレの言葉に鋭さを加えた。



「ちょっと待って、あいつは家族なんだ! いるとかいらないとかじゃない、なんでそんなことを!!」



〈リース〉はオレの勢いに少しびっくりした表情を浮かべ、オレを落ち着かせるように優しい笑みを浮かべた。



「恭介さん、あの子は私たちPmfhしまいの中でもっとも長く稼働、いえ生きているとはいえ、まだまだ幼いのです。だから余計そう……思ってしまったんじゃないかと思います。そのせいでボディとコンディションが変調をきたしました」

「変調って……だから〈レゥ〉は寝込んでいたのか。〈リース〉もし、もしもだよ、存在意義が無くなったら」




オレは〈リース〉の説明からおおよその結論が分かった。できれば聞きたくなかったけど〈レゥ〉の身に何が起こっていたのか知る必要があった。そして出来ることなら〈レゥ〉に逢い、誤解をしている彼女に“お前が必要なんだ”って直接言ってやりたかった。

その希望を打ち砕くように〈リース〉は酷く冷静な表情と冷酷とも言える声色で結論を言った。この時ばかりは〈リース〉がレプリスであるというのが嫌というほど感じられた。



「死亡します」

「……そうなんだ」


「私たちのボディは最先端技術で創られていますが、生きる意思や存在意義というあやふなものに左右されてしまうのです。レプリスのボディは組織の結合が弱く、仮に目的や存在意義が失われた場合……負荷のかかりやすい間接などから焼き切れて脱落、壊れた人形のようにバラバラになってしまいます」



〈リース〉の言葉にショックを受けた。


(〈レゥ〉が壊れた人形のようにバラバラになって死ぬ?)


オレはその想像を慌てて打ち消した。そんな事を想像するなんて縁起でもなかった。

レプリスが生きる意味や意思といったに左右されるほど儚く脆い存在であること。オレは自分のバカさ加減に呆れるしかなかった。もしその事を知っていれば〈レゥ〉を選んだ。彼女の命がかかっているのだ、たとえ自分を偽ったとしてもアイツを選んだだろう。

あの時、〈リース〉にはマスターとしてアニキが居たから選ばなくても彼女自身に問題はおこらなかった。


偽りの家族、偽りの関係。もし〈レゥ〉がそう望むならオレは兄を止める事さえ厭わない。アイツのためならオレは自分を偽ってでも応えたいと思う。

アイツが、〈レゥ〉が失われるくらいならオレは偽りの家族ごっこ、偽りのハッピーエンドを演じ続ける。いつかくるだろうオレ自身の破綻まで……ずっと。

ただ苦しいのは〈レゥ〉に嘘をついていること。オレがそんな気持ちでアイツの傍にいて許されるのか───そして許してもらえるのか。それだけが気がかりだった。



そしてようやく空港でアニキに言われた“罪”という言葉の意味が分かった。



〈リース〉を失いたくないなら彼女以外に目を向けるな。それが魂なき者を愛したお前の罪だ。そしてお前を愛している〈リース〉も〈レゥ〉も』



〈レゥ〉に起こった事は〈リース〉にも起こると言っているのだ。もしオレが〈リース〉以外の女の子を好きになったら……彼女にも同じことが起きる、そうアニキは言っている。



───永遠の愛。



言葉にするととても美しいがその中身は残酷で過酷だ。真実が現実より優しいなんてことがあったら素晴らしいのと同じくらいに。

レプリスたち〈レゥ〉や〈リース〉は永遠の愛を求めている。自身も人であらざるが故にそれを与えることが可能だ。そして彼女たちを愛する人間オレはうつろいやすく不安定だ。

そのような人間がただ一人のレプリスを死ぬまで愛さなければならない。その罰は心や感情をもつ人間であるが故に過酷で残酷だった。


その罰を無視すれば彼女たちは死んでしまう。選択の余地はまったくない、オレはそれに耐え彼女たちをずっと愛していかなければならなかった。



「なんで、アニキはそんな大事な事を……教えてくれなかったんだ」

「恭介さん、誤解しないでください。恭平様は常に恭介さんのことを想っています。一見そう見えなくても最後には必ず恭介さんの為になるように行動されています。おにいさんを、恭平様を信じてください」

「〈リース〉は随分アニキを買っているんだね」

「……恭介さん。私はそんなつもりは……」



好きな女性がアニキとは言え庇う事に苛立ちを感じてしまい言葉に皮肉が入ってしまった。〈リース〉はそれを感じ辛そうな表情を作ると俯いてしまった。



「ゴメン、八つ当たりだった。アニキの事は信頼しているよ。でも……」



オレは〈リース〉に頭を下げ、言葉が途切れた。今までの話ならオレは〈レゥ〉に真っ先に逢わなければいけないはずなのに。


「でもさ、なんでアニキは〈レゥ〉に逢わせてくれなかったんだ? 今の話を聞く限り〈レゥ〉を助けるにはオレが逢った方が良かったはずなのに」


オレは自分の言葉に非難を込めてはいなかったけど〈リース〉はそうとってしまったようだ。凄く申し訳なさそうな顔をしている。


「それは……恭介さんがあの状態の〈レゥ〉の姿を見ればショックを受け混乱するのが想像できたからです。最悪〈レゥ〉の命と恭介さんに取り返しのつかない業を背負わせる事になります。そのことを予測した恭平様は私に命じました。あなたを〈レゥ〉に逢わせず時間稼ぎをするようにと」


〈リース〉は視線を伏せ小さな声で言葉を続ける。


「え?」

「申し訳ありません。恭介さんの気持ちを考えれば逢わせてあげたかったのですが……私も恭平様と同じ判断をしました」


オレは憂いを帯びた〈リース〉の美しい顔を見た。オレの視線に気づくと辛そうな表情を浮かべ、じっとオレを見ている。そこに居るのはオレに対する完璧な愛情と心底心配をしているレプリス。



───限りなく純粋な愛は狂気にも似ている。



誰が言った言葉か思い出せなかったけど今の〈リース〉を現すのにもっとも合っていると思う言葉。


彼女はオレの為に姉とも言える〈レゥ〉を見殺しにするような行動をしている。〈リース〉の存在意義はマスターであるオレを護るということ。そこには完璧な愛情がある。いかなるものからも庇護するという母親のような愛情と強い意志を感じることができた。

オレは今更ながら〈リース〉は母親のような存在なのかもしれないと思った、いや〈リース〉だけではなくレプリス自体がそうなのかもしれない。見た目の若さ(実質年齢は0歳だけど)に惑わされ、そして母の記憶がほとんどないオレは今更そのような感じをもった。

そして〈リース〉を責めるような資格はオレにはない。彼女が〈レゥ〉を見捨てるような行動をとってしまったのは全てオレのせいなのだから。


オレは〈リース〉の言葉を聴き自嘲する。最後に残ったコーヒーを飲み干した。オレの好みに合わせたあまり甘くないコーヒーだったけど、最後に飲んだ一口は酸味だけしか感じなかった。



「そう、オレって信用されてないんだな」



(アニキはおろか、好きな女の子にも信用されてないんだな、オレは)



当然かもしれない、客観的に見ればどう言い繕おうと〈レゥ〉〈リース〉2人の女性の間をフラフラし、彼女たちを弄んだように見える。結果として〈レゥ〉の命を危険にさらしているんじゃ、この2人に信用されなくても仕方がない。

〈レゥ〉、〈リース〉、アニキ。

この3人の中に居場所がないのは〈レゥ〉ではなくオレの方だった。


自然と乾いた笑いが出てしまう。その声を聞いた彼女が慌ててフォローをしてくれる。優しい〈リース〉らしい反応だけど今は嬉しくなかった。


「恭介さん、私はそんなことを思っていません。だから自棄にならないでください」


〈リース〉の慰めがよけい自分を惨めにさせる。彼女にその意図がないにしても今のオレには効きすぎた。




───キシッ



「痛っ」



(なんだ? これ)



今、一瞬で痛みは消えたけど身体が軋んだように感じた。小さい頃、遊んでいて脱臼したことがあったけど、それと同じ骨が外れるそんな感じがした。嫌な汗がこめかみを伝った。痛みはないのに鼓動が早い。



「恭介さん?」



訝しげな表情を浮かべた〈リース〉がオレを心配そうに見ている。オレは彼女に気づかれないように出来るだけさりげなく汗を拭った。



「ごめん、大丈夫。〈リース〉、〈レゥ〉は助かるの?」

「……おそらくとしか言えません。恭介さんも知っている通り恭平様と恭一様は私たちの第一人者です、大丈夫と考えましょう。ですが未だ連絡も取れていないのは気にかかります」



〈リース〉は様々に可能性を導き出しているようだ。真剣な表情が知的で綺麗だった。そしてぽそりと言葉を洩らした。


「〈レゥ〉の安否は……この距離ではさすがに代視ビジョンは使えませんし」
代視ビジョン?」



オレは彼女の洩らした言葉にそれが期待できない事を残念に思いながらも聞いてみる。何とか打開策を見出したかった。


「はい。あの時、恭平様が最短時間で〈レゥ〉を見つけだす事ができたのはこの機能のおかげです。代視ビジョンは他の個体レプリスが見ている視覚映像を転送してもらい見る事ができるのです」


〈リース〉の言葉はさも当然といった感じだった。なんかレプリスって凄すぎる。そんなアニメのような事が出来る〈リース〉を作ったアニキやオヤジなら大丈夫だと思いたい。でもオレは今の自分に出来ることをやりたかった。


「そんなことも出来るの?」

「レプリスですから」



そう言って〈リース〉は笑った。その笑いは華やかだったけどほんの少しだけ自嘲と卑下が入っているように見えた。だからオレは彼女にそんなことはないという意思を込め、〈レゥ〉にしていたように優しく頭を撫でた。

吃驚したように〈リース〉がオレを見た。嬉しそうな表情と雰囲気は幼い〈レゥ〉にそっくりだった。また、ちくりと心が痛んだ。


オレは立ち上がり押入れを開ける。その中には〈レゥ〉が入って送られてきた揺籃カプセルやマニュアル類がしまってあったが目的はそれじゃない。むしろ今は〈レゥ〉を思い出し辛いので見たくなかった。

目的のものはボストンバッグ。この寮に来る時に一度だけ使った大きなバッグ。それを引っ張り出しタンスから適当に着替えを放り込み、机にしまってあったパスポートと財布を取り出す。中のキャッシュカードとクレジットカード、現金を確かめパスポートはバッグに、財布はポケットに突っ込んだ。

無言でオレの様子を見ていた〈リース〉がパスポートを見て慌てて声をかけてくる。


「恭介さん、まさか?」

「ああ、ここで待っていても埒があかないから、アメリカに行くよ」



オレは決意を込めた視線を〈リース〉に向けた。



「落ち着いてください、恭介さんがアメリカに行っても事態は変わりません。ここで恭平様からの吉報を待った方が良いかと思います」

「オレもそうしたかったんだけど、2ヶ月待っても返事がこないのはおかしいよ。それに〈リース〉の話を聞いて気が変わったんだ。やっぱりオレ、自分の言葉で〈レゥ〉に言いたいんだ」




(居場所がないのはお前じゃなくてオレなんだ、それでもオレの傍にいてくれるのか? って)



オレは心の中で〈レゥ〉に言うだろうそのセリフを呟く。

そしてそれでも彼女が居たいと言ってくれたら……オレは今度こそ〈レゥ〉を、自分の人生をかけて護る。


それには〈レゥ〉の生死を確認しなければ言葉もかけようがない。生きていれば今の質問を投げ、もし最悪の事態が起きていたら……オレは現実と事実を見つめ、贖罪を始めなきゃいけない。


───魂のあるレプリスをつくりだして、それを放棄したんだ、〈レゥ〉が生きる意思をなくしてしまう程に。勝手につくっておいて無責任に放置し死なせた罪。


おそらく一生かけても償うことはできないのはわかっていた。アイツの事を忘れるのも罪だった。〈レゥ〉と同じ顔をした〈リース〉を見てアイツを思い出し、絶対に忘れないように自分の心を少しずつ傷つけて贖罪していく。オレは愚者に相応しい罰を受けなければいけない。

後を追って死ぬことも考えたがそれをした場合、生きる目的を失った〈リース〉まで巻き込むことになる、同じ事を繰り返す気は絶対なかった。


───キシッ



「ぐっ!」



(なんだ? やっぱり身体の調子が悪いのか?)



先ほどと同じように身体が軋みをあげた。冷汗が出て脈が乱れるのを感じる。



「恭介さん、鼓動が……不整脈になっています。動くのは危険です、やめてください」



素早くオレの手を掴み脈を調べた〈リース〉が懇願の表情を浮かべた。掴まれた腕からそっと彼女の手を外すとバッグを持った。



「大丈夫だよ、このドキドキは今〈リース〉に腕を握られてさっきの姿を思い出したから」



そのセリフを聞いて〈リース〉は羞恥の表情を浮かべた。

オレは彼女に嘘をついた。なるべく卑猥な顔をして先ほどの〈リース〉の姿を思い浮かべて誤魔化す。彼女が言ったようにもしオレの心が読めるなら意味はなかったけど、時間稼ぎはできるはずだった。



「じゃあ、行って来るよ」



オレは〈リース〉の返事を待たず部屋を出た。慌てて彼女も部屋を飛び出してくる。



「お待ちください! 恭介さん、私も一緒に行きます」

「大丈夫だよ、子供扱いしなくても飛行機くらい乗れるから」

「違います、私はあなたが心配で……」




オレは〈リース〉の言葉を遮るべく素早く抱き寄せてキスをした。あの時交わしたような心地良さはまったくなかった。柔らかい彼女の唇は変わらなかったけど決定的に自分の中が違っている。




「……んっ」

「じゃあ、支度してきて。ここで待っているから」




〈リース〉の顔は真っ赤になりもじもじしている。その初々しさに再度抱きしめたくなったけどそんなことをしている暇はなかった。〈リース〉は少し浮かれたような雰囲気で自分の荷物を取りに自分の部屋に向かっていった。


それを確認したオレは駆け出す。一刻も早くアメリカに行き、真実を確かめたかった。〈リース〉を置いていこうとしたのは無様な自分を見られたくなかったから。彼女がついてくるのは予想できた事だけど、“阿見寮にいるように”という“命令”はしたくなかった。

〈リース〉には感情と心がある───オレはさっきの対話で彼女にそう呼べるものがあるのを感じた。いや確信したと言って良い。だから尚更、ただのレプリスではなくなった彼女にだけは情けない姿を見られたくないし、〈レゥ〉のように自由に行動して欲しかった。



(矛盾しているよな───オレ。それに見栄っ張りか)



オレは苦笑するとバッグを持ち直す。相変わらず身体のだるさはあったが痛みはない。〈リース〉に捕まる前に何とか電車に乗らなきゃならなかった。


寮の玄関から飛び出すと外は7月に相応しい暑さだった。阿見寮の周りにある植物からは青臭い緑の香りと濃い酸素が感じられる。オレはその香りを思いっきり吸い込むと駅に向かって駆け出した。



− あとがきという名の戯言 −

ども、作者っす。最後まで読んでいただきありがとうございます。

さて2話目ですがゲームや本・小説など全てをプレイ・読破した方にはにやりと出来そうなネタをいろいろ仕込んでいます。恭介の贖罪や〈リース〉の心に対する問いかけなどっす。どこの場面かを思い出してもらい含み笑いをして貰えれば幸いです(笑)。


なんだか“人間の屑”判定を受けてしまった恭介の方が主役の〈リース〉より目立ってしまってますが、まあこの話を書くきっかけになったのは恭介なんで(苦笑)。

その〈リース〉ですが小説版メイビーを読んだために少し“えちい”く、基本構想が下ネタになってしまいました。うーん、他の〈リース〉ファンに殺されなければ良いけどまあ半裸なので勘弁ってことで(汗)。


感想掲示板にも書きましたがこの話に出てくる〈リース〉はゲームを主体にして小説に出てくる〈ライカ〉と呼ばれる普通の、心を持たない一般レプリスを参考にしてます。

〈リース〉と〈ライカ〉には時間差があるので本当に試作型でここまで出来るのか? という気はしますが、恭介の為に作られたPmfhシリーズは特別仕様ということで納得させてます。実際、〈レゥ〉はともかく心のない〈リース〉も人間世界に溶け込み、全く違和感を持たれていない訳ですし。得てして試作型はオーバースペックを与えられているものなので良しとしましょう(逃げ。

さて彼女たちPmfhはメイビーの話中で0〜9のナンバーはレプリスの記念碑的存在として製造元のタイレル社の中に保管されていると説明があります。

Pmfhは1〜9、0(10)のナンバーを持つ十姉妹(俺設定)ですが、メイビーの数え方は変に感じました。普通なら0〜9というように数えると思いますが初の実用試作型と言われる〈レゥ〉は000001が割り振られています。ゲーム中では一切語られてませんが、もしかしたら〈レゥ〉のベースとなるような本当の試作個体000000がいるのかもしれません。

このSSでは恭平アニキが恭介が産み出したバグもち〈レゥ〉が情緒機能をもったレプリスの完成形として、そして始祖という形でさかのぼってPmfh-000000のナンバーを与えます。と言っても最終話後の歴史上の話ですが。その為、今現在は〈レゥ〉〈リース〉以外の8人が存在していることになります。

現在稼動しているのはPmfh-000001(もしくは0)〈レゥ〉と同000002〈リース〉のみですが、残りの8人もすでに製造が終わり、起動準備に入っています。このあたりは〈リース〉の心の有無に関わってきますので次回の最終話で恭平アニキから語らせるつもりですけど。


次回ですが起動した10人の妹に囲まれた恭介が奮闘するハーレム物で、まさにマイメリ版シスタープ(殴打)。

冗談はさておき。〈レゥ〉の生死を確かめにアメリカに行く事に決めた恭介。止める〈リース〉を振り切り逃亡しますが無事アメリカに行き〈レゥ〉に逢う事ができるのか? 〈レゥ〉を治療しているはずの恭平アニキはどうしたのか? いろいろネタを織り込んでます。

結末はすでに出来上がってますのでいかにそこに辿り付けるかですね。

 

 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

んー、なんと言うか不快ですねぇ。

要するにリースとかレウって奴隷でしょ?

命令を何でも聞いてくれて無条件に慕ってくれる、男の身勝手な妄想を具現化した奴隷。

主人公にしたって「奴隷の主人」という絶対優位の立場から情をかけて「俺は優しいんだ」と悦に入ってるだけで、

「彼女たちが奴隷である」という前提ないし現実から目を背けている。

相手の絶対服従を前提とした上での支配者の傲慢な慈悲に過ぎないというのに、ね。

目を背けたまま奴隷の主人だから捧げられている愛情を本物の愛情とすり替えている。

極限定された範囲だけの独り善がりな優しさをクローズアップして問題点をすり替えることによって、

人間の尊厳を踏みにじるような、男の身勝手な欲望を肯定されちゃ堪ったもんじゃないですよ。

 

 

>なんらかの懐古を思い出させる

「懐古」は「昔を懐かしむ」という意味なので「思い出させる」はちょっと違いますね。

修正するなら「古きよき時代を思い出させる」とか「何らかの懐古趣味を呼び起こす」とか。