紅の軌跡 第2話



「ザフトの忠勇なる兵士諸君。
私は評議会議長パトリック・ザラである。
農業プラントに核攻撃を加えるという、誰をもってしても連合の正当性を主張できぬこの戦争は、コーディネイターという種の生存のための防衛戦争である。
兵士諸君はすでに気づいているだろう。

正義はわれらにある。

今は連合の軍事的圧力により、その膝下(しっか)にある諸国もそれを認めてくれるであろうことを私は確信している。
われわれは、誰はばかることなく平穏なる一生を過ごすための世界を得んがため、やむなき戦いに身を投じてきた。
私は、この戦争で失われた多くの生命、そしてこれからも失われゆく生命、特に将来を奪われる若者とその家族の悲痛を思う。
だが、プラントの、コーディネイターの未来を開くため、我々はあえてその悲劇を受け入れなければならない。

兵士諸君、戦争とはあまりにも不思議なものだ。
正義を有するものに、必ずや勝利が訪れるとは限らないのだ。

が、それは、戦わずして敗北を受け入れる理由とはならない。
むしろその逆、いかなる苦難を乗り越えても勝利すべき理由なのだ。
われわれは、宇宙で、月で、空で、海で、陸で戦ってきた。
あるいは、敵の力に押され、このプラントで戦火を交えることが将来あるかも知れぬ。
だが、あきらめてはならない。
我々は、未来を得るために戦い抜かねばならないのだ。
ここで兵士諸君、いや、プラントを故郷とするすべての同胞諸君に申し上げる。

自身の望む平和な日常を得るための犠牲を恐れてはならない。
そして、隷属よりも誇り高き自由を求めよ。

評議会議長パトリック・ザラの名において、ここにオペレーション・スピットブレイクの発動を宣言する!」

パトリックの演説が終わるとともに、総司令部の幕僚が指示を出し始め、その指示に従いオペレータが動き始める。
その動作は正確で、一瞬の遅滞もなく動くその様は機械とよばれても違和感がないほどだ。

「オペレーション・スピットブレイクの発動が宣言されました。各部隊は所定の作戦計画に基づき行動を開始して下さい。」

「スピットブレイク発動を確認。攻略目標パナマ、最優先攻撃目標マスドライバー。」

「大西洋の第一、第二任務部隊から制空部隊が出撃を開始しました。」

「衛星軌道上の強襲降下部隊は降下ポッドを所定の軌道に配置中。5分後には第一陣が降下予定。第二陣の射出も開始されました。」

「太平洋の第七、第九任務部隊から制空のためディン部隊が出撃中です。」

「強襲揚陸部隊の進撃開始を確認。」

発動の伝達とともに、洪水のように情報が流れ込み始める。正面のスクリーンにはパナマを中心とした戦域図が表示されていたが、そこに友軍を示す青い光点が次々と現れ、そこからパナマ中心部に向かい、先陣の制空部隊が飛び込む様子が表示されている。

「各任務部隊、遠距離対地巡航ミサイルの発射を開始しました。」

大西洋および太平洋のパナマ近海に、まるで海底火山の噴火のごとき白煙が天に向かって柱を創る。
ただ、その白煙の中から現れるのは岩石ではなく、ある種の機能美に満ちた兵器、ミサイルだった。続々と白煙の中から出現するミサイルは発射時にはしまわれていたフィンを展開すると、己が頭脳にインプットされた目標に向けて飛翔を始める。ただひたすら己が役目を果たす為に。

ザフトはこの戦闘にMSを搭載する代わりに格納庫に対地巡航ミサイルを満載した、アーナセルサブマリンとでも呼ぶべき潜水艦を用意した。この潜水艦が搭載するミサイルの数は、一隻あたり300発を超える。それを大西洋太平洋あわせて10隻以上も投入しているのである。

長き膠着状態によって蓄えられていた未曾有の攻撃力は、そのままミサイルの雨としてパナマの連合軍に襲い掛かる。

しかしながら、連合軍もそのままミサイルの雨に濡れることを素直に受け入れたりするはずもない。

「パナマからの迎撃ミサイル発射を確認。」

「我が方のミサイル、迎撃されます。」

戦域図スクリーン上で、パナマに向かって伸びていたミサイルの航跡がそこかしこで消えてなくなる。
その代わり、パナマから伸びる迎撃ミサイルの膨大な数のラインが表示される。

現在の連合にとって、残された唯一の大規模宇宙港であるパナマ。

当然、その防御にも十二分に戦力が割かれているであろうことは予想されている。そのため、迎撃に動揺を表すものは誰もいない。むしろ迎撃されて当然という雰囲気が漂っている。もっとも、それは彼らにとって折込済みのことなのだから当然といえば当然であるが。
なぜなら、かつての電子戦万能時代ならばともかく、ニュートロンジャマーによって、その能力を大きく制限されている状態では、ミサイルを全て迎撃することは不可能ということはわかっているからだ。
まあ、発射した対地巡航ミサイルの数が迎撃しきれるような数ではないという自信もあったのだが。

そして、彼らの自信が偽りでなかったこと証明する事象が現出する。

「敵迎撃ミサイル網を突破した対地ミサイルが目標に着弾します。」

戦域図に迎撃を突破したミサイルが目標に命中したことを示すマークが次々と表示される。

ザフトがパナマ攻略のためにパナマ近海に集めた戦力は、ザフト全地上戦力の6割を超える。母艦だけの数で言えば8割近くに達するかもしれない。
そして、そのかき集めた戦力である先のアナーセルサブマリン以外の母艦からも対地巡航ミサイルは発射され、飽和攻撃を実現しており、その結果として、計画通り連合軍の防衛網を力ずくで突破している。

本来、絶対的な数量で連合に劣るプラントがこれだけの戦力を集めた、そのことからも、ザフトにとってスピットブレイクがどれほど重要な作戦か理解できよう。

不退転の覚悟の上で集めた局所的な数の優位と、機動兵器を多数有し攻撃地点を自在に選べるというイニシアチブは、ザフトにとって強力な追い風となり、連合軍にとって不吉を告げる風となる。

「敵防空陣地へ多数の着弾を確認。」

「味方制空部隊、戦闘領域に突入。」

一部拡大された戦域図に、戦闘領域に突入したディンが青の光点で描かれている。
同時に戦域図には赤の光点も表示されていた。

「敵航空戦力多数、発進してきます。」

オペレーターが敵の迎撃第二陣が開始されたことを告げる。

戦闘の最初に投入された対地ミサイルは、パナマ宇宙港を囲むように存在する防空陣地を目標に発射された。本来であれば飛行場も同時に叩き、防空戦力の減殺を図るべきだが、連合は飛行場の地下工事を進めており、その飛行場の地上部分に防空陣地が設けられているのだ。
MSと比較すれば機動性に劣る戦闘機だが、V/STOL機能は高く、ごくわずかに開かれたスキージャンプ式滑走路の出口からの発進という荒業が現代では可能となっている。また、ぎりぎりまで発進口を隠すのも目的のひとつだったのだろう。
しかしながら、その方法は別の問題を引き起こす。

「ふん。迎撃戦力の投入の判断が遅いな。」

「確かに。だが、これほどの飽和攻撃を加えられては投入のタイミングを見極めるのは甚だ困難だろう。」

機動兵器が相手であろうとも守るべきものがある場合の防御戦は、昔ながらの輪形陣が基本となる。標的となる高付加価値目標(パナマの連合軍の場合マスドライバー)を中心に据え、その周囲を防御兵器で輪を描くように取り囲み防御壁を築くという戦術だ。
地上の場合、地形を利用するため必ずしも円を描くようになるわけではないが、概念的には、外堀、内堀といった構造で敵の攻撃を食い止めようとする中世日本の城と基本は変わらない。
張り巡らせた防御壁で敵の攻撃力を減少させるか、跳ね返すかして、その中核に存在するものを守ろうとする発想である。

だが、防御を主眼とする輪形陣はよほどの果断な将に率いられているのではない限り、どうしても受身となり勝ちだ。
総司令部の参謀連中が述べているのもその点が原因である。

「味方ディン部隊、敵戦闘機と接触します。」

ザフトの攻撃の槍の穂先が、連合の心臓を貫かんとし・・・

連合の盾が、そうはさせじと立ち塞がる・・・

今の状況は、振り飛車で果敢に攻めるザフト、穴熊で持ちこたえようとする連合といったところか。




第3話




あとがき

第1話とかなり雰囲気が違いますが、第2話です。
しばらくこんな形が続くと思います。