紅の軌跡 第3話



パナマの戦闘領域に突入したディン部隊のうちの一人、ベルハルト・シュナイダーは、正面モニターの中に連合の戦闘機部隊を肉眼で確認した。

シュナイダーは機体を左に傾かせつつ長機に報告する。

「カエサル1。こちらカエサル2。一時方向下方に敵機4機。」

「カエサル2、確認した。排除する。先に行け。」

「了解。」

MS搭乗時間1800時間を越える開戦時からの生き残りたるシュナイダーは、力量の差を認識している出来物の上官の命令にコーディネイター特有の整った顔立ちを不敵に歪ませると、機体を背面降下に入れた。

降下中にさらに機体を旋回させ、流れるように敵機の後方にもぐりこむ進路をとりつつ彼は思う。

やはり空はいい・・・
宇宙の静寂の中を翔ぶのもいいが地球の空も素晴らしい・・・・・

後方に回り込もうとするこちらに気づいたのか敵機も進路を変更し、機首をこちらに向けてくる。
と、機首がこちらに向くやいなや敵機の翼下で白煙が噴き上がり対空ミサイルが悍馬のごとく飛び出す。母機のマッハ1超という速度に加え、ミサイル自身のブースターがもたらす推力によって、マッハ4にまで加速し、こちらのロッテへ突入してくる。

「馬鹿めが!間合いが遠すぎる!」

吐き捨てるようにつぶやくと、スロットルを最大にして操縦桿を叩き込む。空を往く巨人は彼の操作に的確に応え更なるスピードを彼に与える。
同時に全身を押しつぶすようなGがじわりと圧し掛かかってくるが旋回速度を緩めるようなことはしない。逆に旋回速度を上げるためさらに操縦桿を押し込む。
ナチュラルであれば耐Gスーツを用いても耐えられるのは瞬間で最大8G程度だが、身体強化のコーディネイトもされている彼の身体はその倍近い15Gすら耐えることができる。
その高い身体能力に支えられた、ナチュラルからしてみれば常識を疑うような回避運動を眉間にしわを寄せながらも実施しつつ、指先のボタンで頭部バルカンとマシンガンの照準ゲージを敵機に合わせるよう操作する。

かつて、ファイターパイロットはゴリラの腕力とピアニストの指先を持たねばなることはできないといわれていたが、MSパイロットにも似たようなあるいはそれ以上の条件が必要であり、これがザフトが連合に対し互角以上に戦っている理由のひとつなのだ。

そして、この常識はずれの旋回速度に追尾できるミサイルを連合は保持していなかった。凄まじい旋回を続ける彼の機体を追尾していた、おそらくは赤外線追尾式のミサイルは、旋回Gに耐えられず次々と爆発してゆく。

「MSに遠距離しかも真正面からのミサイル攻撃が通用するか、ひよっこが。」

機体の向きと手足の角度を変化させることで空気抵抗を増大させ、マッハ超の速度があっと言う間に、亜音速領域まで減速し、そしてディンは航空力学を全く無視したような動きで敵編隊の側面にすべる様に回り込み、手にしたマシンガンを向ける。
戦闘機同士が後ろを取り合うドッグファイトという概念は、MSには通用しない。6時の方角は、多少対処が困難なものに過ぎず、デッドシックスと呼ぶべきものではなくなっているのだ。

「経験不足で戦場に出てくるような奴は、空を冒涜しているも同然だ。消えろ!」

正面モニターに表示されたマシンガンの照準ゲージ内に敵機をロックすると

ヴォォォオオン

猛々しくマシンガンが一声吠え、敵1番機と2番機にミシン目が空くように連続した穴が空く。
そして次の瞬間、空に大輪の花が2つ咲いた。

「次。」

マシンガンの銃口が反動によりわずかにぶれた瞬間に、意図してか偶然か、咄嗟に急降下することで、彼の射線から逃れた敵3番機と4番機を撃墜すべく、緩めていたスロットルを再び戦闘出力へたたき込む。
が、敵1番機と2番機を撃墜する間も視野の一部に捕らえ続けたままであった敵3番機と4番機が、先ほどと同様に火線に貫かれ空に大輪の花を描いた。

同時に彼のヘルメットから長機の声が流れ出す。

「カエサル2、おいしいところを横取りしてすまない。」

ロッテを維持し、彼の機体に追従してきたカエサル1にとって目の前に降ってきた敵は、まさにかもねぎだった。

「気にするな、カエサル1。ゴミ拾いをさせてしまってすまないな。」

「いや、撃墜マークを稼がせてもらって感謝しているよ。」

長機の応答に苦笑を浮かべると機体の向きをパナマ中心部に向ける。戦闘は継続中だが両者に不要な緊張感はない。

直前の戦闘で、彼らにとってパナマの連合空軍は手ごわい相手ではないことがわかった。遠距離かつ正面からミサイルを放つなど、対MS戦闘の基礎すら守れていない相手の技量が高いわけがない。
おそらくは、長引く戦争で熟練パイロットの数が減少し、訓練の十分でないパイロットが前線に出てきているのだろう。

一方、長引く戦争に苦しんでいるのはザフトも同様、あるいは、人的資源においては圧倒的に劣ることから連合よりも厳しい状況にあるかもしれない。

しかしながら、ザフトは訓練不十分の兵士を戦闘に出すことはまだしていなかった。

コーディネイターといえども、訓練をしなければナチュラルに容易く倒される。だが、ある程度訓練を受けたコーディネイターは、その恵まれた能力を生かし、高い戦闘能力を発揮する。そういう観点から、ザフトは訓練不十分な兵士の出撃を壮大な人的資源の無駄遣いと考えているのだ。
また、コーディネイターがナチュラルに比べて圧倒的に短い訓練期間で実戦投入可能なまでに成長するのもその理由のひとつではある。

もっとも、戦局がプラント本土防衛戦とでもなればそのようなこともしていられないかもしれないが。

「カエサル1、ご馳走はまだまだ残っている。さっさと食いに行こうぜ。」

「そうだな、カエサル2。オードブルの次はメインデッィシュだな。」

軽口をたたきあいつつ編隊を組みなおしたディン2機は、連合の戦闘機と味方のディンが乱舞する魔女の大釜に向けて進撃を再開する。

シュナイダーは、機体の運動エネルギーを位置エネルギーに変換しつつ、周囲で展開される光景を見つめた。
空での低認識性を意識して色調の異なる二種のグレー、そしてライトブルーに塗り分けられたザフトのディン。
そして、機首のレドームを黒く塗り、上面を熱帯雨林地域での迷彩として深緑に、下面をライトグレーに塗装した連合の戦闘機。

それらが生き残るために、互いに相手の死角を突こうと終わりのない螺旋を描いている。その螺旋からはじき出されることは死者の仲間入りを意味する。

至近距離から放たれたミサイルにコックピットを直撃され、黒煙を吐きつつ墜落していくディン。
マシンガンに尾翼を吹き飛ばされ、機体が横転し、錐もみ状態で雲下に姿を消す戦闘機。
翼を失い、地上に着地しようとしたところをバルカン砲で低空まで追跡してきた戦闘機に袋叩きにされるMS。
ロッテの相手を失い、狂ったように逃げ惑う迎撃機。
腕部を吹き飛ばされながらも相手の主翼を消し飛ばすディン。

まさに、混沌の具現。

もしも攻守の立場が逆であったなら、あるいは連合軍もより能力を発揮できたかもしれない。
機体形状の問題から、最高速度は長年の洗練を積み重ねた戦闘機にディンは遠く及ばない。従って、その優速を生かした一撃離脱を行える場合、ディンも戦闘機相手に苦戦することがある。
ただ、今回のような防衛戦の場合では行動範囲が制限される上、基本的に先手を取られることから、よほどのことがない限り一撃離脱戦法は不可能だ。

それを証明するように、ディン部隊は敵機の迎撃ゾーンを突破しつつある。機動性に勝るディンによって格闘戦を強いられている戦闘機部隊はじりじりと押されている。

開戦当初、MAメビウスとMSジンの交換比率、すなわちキルレシオは5:1、つまりジンを1機落とすのにメビウス5機の犠牲が必要であったが、連合がいまだMSを戦線に満足に投入できていない今、この交換比率は健在である。ましてや、ザフトの戦力集中により、この戦場に限ってはザフトの方が戦力的に優越していた。それが意味するところは恐ろしい未来を暗示している。

開戦時、ザフトの数倍の戦力を投入した戦闘でのキルレシオが5:1なのである。その前提条件(戦力的優越)が崩壊した状態で発生する事象・・・

「やれるな。」

魔女の大釜の中で、撃墜数を増やしていたシュナイダーは上空から降下してくる光点を確認し、連合軍が退勢になるのを皮膚感覚で感じていた。

迎撃部隊の破局の始まりである。





第4話



あとがき

スポットキャラがいますが、第3話です。
パイロットの名前がないと納まりが悪かったので適当に名前を付けました(爆)
連作短編もどき・・・といえるのかなあ?

ちなみに、コーディネイターの身体能力についてはざっとネットで調べてみましたが、
さっぱりわからなかったので適当に書いてます(核爆)