紅の軌跡 第4話



大気圏に突入してからずっと続いていた振動はしばらく前に収まった。また降下ポッドの表面温度もかなり低下していることを正面モニターが示している。

正面モニターの照り返しをバイザーに受けながら隊長が口を開く。

「停滞していた11ヶ月の時間を経て、新たなる戦いをここに始めよう。」

静かに隊長の声がMSのコックピットに流れる。

「いいか諸君!戦闘態勢を取れ!弾倉と刃に責め問う声を、シールドに抗議の声を備えよ。それらを意思表示として戦いを行うのが此度のやり方だ。よく聞け諸君。」

「進撃せよ、進撃せよ、進撃せよ、だ!自らの手で母なる大地を汚しておきながら、その責を我らコーディネイターになすりつけんとする連中の襟首を掴み、その頬を殴り飛ばし、思い知らせよ。」

「我々は偽りを許さない、我々は理不尽を許さない、我々はいかなる力にも屈しない、そして我々は、最後まで全てを全(まっと)うする!」

一呼吸を入れた隊長は、発進前の最後の台詞を放つ。

「ではゆかん、ザフトのそしてプラントの未来のために。」

「「「ザフトのそしてプラントの未来のために!」」」

降下ポッドの側面が爆発ボルトにより剥がれ落ち、そこから搭載されていたジンが一斉に離脱する。
高度は未だ3万フィートはあるが、そこかしこで迎撃ミサイルが炸裂した黒煙が雲を作っている。
自由落下を続けながら、戦況を確認する。
眼下では、かろうじて連合の戦闘機部隊が防衛を続けている様子が見て取れる。

「だが、それも我らの降下で終わりとなる。」

彼は主観を排し冷静に未来の事象を予測する。
衛星軌道上からは100機近いジンが強襲降下してくる。
そして降下前に始まった制空戦闘で、降下部隊への迎撃は満足に行われていない。また、迎撃ミサイルも潜水母艦から実施された対地ミサイルの飽和攻撃を阻止するために大半が消耗されている。
従って、ほとんど損害を受けることなく降下部隊のジンはパナマに降着する。それも防衛ラインのあちこちに。
MSは極めて機動性に優れた機甲戦力だ。それが100機近く防衛ラインに現れては、的確な対応を取ることは非常に難しい。

ディンと迎撃機が戦闘を行っている高度をあっという間に通過する。巨大質量が通過した大気が攪拌(かくはん)されるが、戦闘にほとんど影響は及ぼさない。
モニターの中の対地高度計のカウンターが目まぐるしく下がっていく。
地面が見えてきた。
このまま落ちてはいくらMSでも耐え切れない。そのため、タイミングをはかりスラスターを全力噴射する。
上から圧し掛かるようなGがかかるが、コーディネイトされた身体にはいかほどのこともない。そのまま愛機はパナマの大地に降り立った。
全力噴射でも、自由落下にによる降下速度を完全に殺しきれたわけではないが、高性能のアクチュエーターとショックアブソーバーが着地の衝撃を吸収してくれたので機体に警告マークは出ていない。

ほんの一瞬で自機の状況をチェックすると、部下の確認を行う。

「グスタフ1よりチェック。」
「2(ツー)、問題なし。」
「3(スリー)、特にありません。」
「4(フォア)、いつでもOKです。」

瞬時に応答が返ってくる。彼らも問題なく降着できたようだ。

「よし、索敵警戒を実施しつつ最優先攻撃目標に向けて進撃する。」
「「「了解。」」」

4機で菱形に隊形を整えると地響きを立てつつ進撃を開始する。
熱帯雨林特有の緑あふれる大地を4機の巨人が疾駆する。
頭上では変わらず激しい戦闘が続いている。

「グスタフ1、こちら3。前方1200に敵戦車。おそらく小隊規模。」
「最優先目標以外は目をくれる必要はない。蹴散らせ。」
「了解。」

MSの優位点である高機動性を生かし、両側から挟み込むように連合の戦車小隊に接近する。音響センサーまたはサーマルセンサーでこちらを把握したであろう戦車の砲塔が身をくねらせるようにこちらを照準せんとするが、MSの回避運動に追従できず、ロックオンができない。

そうこうしているうちに、背面部スラスターによる推力を得たジンが一時的に飛翔する。こうなると、戦車はその無防備な上面をさらけ出すしかない。慌てて煙幕弾を発射し身を隠そうとするが、完全に隠れきる前にマシンガンの照準にロックされる。

「ファイア!」

マシンガンの反動に機体が振動する。だが、照準には問題はなく上面部を蜂の巣のように貫かれた戦車が、一瞬の後には爆炎を吹き上げるオブジェと化す。
弾丸の雨が降り注いだのは1台に留まらず、その場にいた全ての戦車が炎のオブジェとなり周りを照らしていた。

「戦域クリア。」
「了解した。進撃を継続する。」
「「「はっ。」」」

連合の戦車部隊を一蹴した彼らは再び進撃を開始しようとしたその時、モニターに警報が表示され一条の光が先頭のジンの頭部を掠めた。

「くそっ!」
「全機散開!グスタフ2、損害報告!」
「メインのセンサーをやられました。現在、予備センサーに切り替え中。」
「グスタフ1、10時方向、距離1500、MSです。」
「ほう?」

グスタフ3の報告に正面モニターの倍率を上げる。
そこに映ったのは、すっきりとしたラインを持つ未確認のMSだった。

「情報にあるMSとは明らかに違うな。新型か。ビームライフルを装備とはなかなかの攻撃力だ。」

モニターの中で、ビームライフルを構えじりじりと接近してくる4機の連合軍MSを見据え言葉をつむぐ。

「だが、戦闘の結果はMSの性能差だけでは決まらないことを教えてやろう。」

再び発射されたビームライフルを鮮やかに回避しながら不適に笑う。

「全機、フォーメーションD。せっかくの獲物を逃した奴がいたら後でペナルティだ。」
「「「イエッサー!」」」

グスタフ1を中心にまるで螺旋を描くように敵MSに突進するジン部隊。
彼らの脳裏に敗北の文字が浮かぶ余地は欠片もなかった。


数分後、擱座した連合軍MSを後に進撃を再開する巨人達の姿があった・・・


パナマの連合軍防衛司令部は、強襲降下したジン部隊への対処として虎の子のMS部隊が投入されるも、実戦経験の差から期待したほどの戦果を出すことができず、また、数自体もザフト軍よりも少なかったため、ジリ貧に陥ることを止める蜘蛛の糸とはならなかった。
現在の防衛ラインはシロアリに食われた白木のようにぼろぼろになりつつある。
さらに、洋上からの侵攻部隊が次々と防衛線を突破しマスドライバーに向け進撃を続けている。
もはや、パナマの連合軍にマスドライバーを守るだけの戦力はどこにもなかった。





第5話




あとがき

最初の方の台詞はとある小説からの流用です。
この小説家の方は毎回分厚い本を出してくれるので私はとっても嬉しい。