紅の軌跡 第7話

 

 

 

 真っ白な雲がまるでじゅうたんのように浮かんでいる青い地球を眼下に、ザフトのローラシア級MS搭載戦艦が地球衛星軌道上、しかもかなりの低軌道上に4隻存在していた。

 右側が短い逆V字の形に展開したザフト艦隊は、艦体各所のスラスターを小刻みに噴射しつつ、正確な軌道位置に全艦を遷移させようとしている。

 そんな準備作業の喧騒に包まれたブリッジにドアの開く音がする。

 「その後の状況に変化は?準備の方はどうなっている?」

 この部隊の指揮官の声がブリッジに響く。

 「現在のところ敵影は確認していません。」

 「僚艦からも特に連絡はありません。」

 ナビゲーターからの報告に、通信担当の報告が続いた。

 「降下ポッドへの爆弾搭載は完了しております。

  全艦、降下ポッドの投下用意も終了。作戦実施の準備はまもなく整います。」

 「ん、了解した。」

 最後に艦長からの報告を受けながら、軽やかに宙を移動した後、自分のシートに着席する。

 オペレーション・スピットブレイクが発動された直後にプラント本土で臨時に編成された彼らの艦隊は、パナマ陥落により政治的動揺が激しい大西洋連邦に対し更なる打撃を与えるため、衛星軌道からの軌道爆撃を実施する目的でここまで侵攻してきたのだ。

 指揮官がシートに着席した後もしばらく準備の喧騒が続いていたが、やがて全ての準備が完了し、自然と作戦前の緊張した雰囲気が立ちこめ始める。

 「艦隊、予定降下ポイントに到達!」

 「軌道固定、艦隊位置固定!」

 「各艦、降下ポッド発射軸固定!」

 「閣下、全艦攻撃準備完了しました。」

 艦長の声に、それまで目を閉じて報告を聞いていた指揮官がゆっくりとまぶたを上げる。

 「よろしい。各艦、降下ポッドの投射開始。」

 「了解。降下ポッド投射を開始します。」

 わずかな振動とともに艦外に接続されていた降下ポッドが切り離され、続けて与えられた命令に従い、進行方向に対しスラスターを噴射する。

 細部まで計算されたスラスター噴射により軌道速度を失った降下ポッドはそのまま地球の引力に引かれ、徐々に高度を落とし始める。

 これら展開されている一連の手順は、はたから見ているとじれったく見えるかもしれないが、今回は中身が爆弾であり、また今の時代でも大気圏突入にはそれなりの手間と時間がかかるためやむを得ないのだ。

 「降下ポッド、大気圏上層部に突入開始。」

 「表面温度上昇中。内部に異常ありません。」

 今回の積荷が積荷のため、降下ポッド各所に通常より多くの温度センサーが取り付けられている。繰り返し実施されたシュミレーションで搭載された爆弾の誘爆の可能性がないことは確認されているが、万が一の時のための情報収集を行っているのだ。

 「降下ポッド第一陣全機、大気圏突入中。」

 「降下ポッド、まもなくブラックアウト状態に入ります。」

 今回、ブラックアウトと呼ばれる大気圏突入時の、空気が分子の状態ではなく電気を帯びたプラズマの状態に変化する通信不可能域の問題について特に手は打っていない。降下ポッド後背部の通信用アンテナからぎりぎりまで情報を取得できるし、所詮は使い捨てとして行っている作戦だからである。

 なお、これがアークエンジェルのような大型艦の大気圏突入であれば、背面部のアンテナから問題なく最後まで通信を続けることが可能だ。

 「第二陣の降下ポッド、降下を開始します。」

 慎重を期すため、今回の作戦では一度に全ての降下ポッドを投射するのではなく、三回に分けて大気圏に突入させる。

 より広範囲に投下するには時間差をつけて爆撃するこちらのほうが都合が良いという事情もあるが、今後の投下パターンについては全機一斉突入と時間差突入の長所と短所をそれぞれ検討し、実施方法が選択されることになるだろう。

 「第三陣の準備はどうか?」

 「順調です。間違いなく予定通りに投射できます。」

 「よろしい。」

 

 

 

 次々と降下ポッドが大気圏に飛び込込んでいく。

 各オペレータから上がってくる報告は、大気圏突入シークエンスが問題なく進捗していることを告げている。

 あわただしい十数分が経過し、やがて、待望の報告がブリッジでなされた。

 「全降下ポッド、大気圏突入に成功しました。問題は一切ありません。このまま爆弾投下体制に入ります。」

 投射され大気圏を突破した爆弾搭載降下ポッドは、北米大陸を西から東へ線を引くように抜け、そのあちこちで所定のスケジュールに従い搭載されていた爆弾を投下しはじめた。

 連合の対宙観測網は当然、降下ポッドの大気圏突入をキャッチしていたが、通常の降下作戦同様にMSの強襲降下と考えていたため、通常の高度とはまったく違う高度で降下ポッドから次々と分離する小さな飛翔体に混乱に陥っていた。

 その混乱が解決するのは、分離した最初の飛翔体が地面に落下し破壊を撒き散らした後である。

 ようやく、軌道上からの降下ポッドを利用した爆撃であると把握した連合軍は遅まきながらも、未だ降下中の第二陣及び第三陣の降下ポッドに対し高高度迎撃ミサイルを発射する。

 降下してくるポッドの数が少ないこともあり、ニュートロンジャマーによる電子妨害の影響を折り込んだ上で多数発射された迎撃ミサイルは、それなりの数が目標の降下ポッドに着弾した。

 だが、着弾した目標からさらに小さな飛翔体が一斉にこぼれ落ちるのを観測し迎撃担当士官の顔色が青ざめた。

 それは、迎撃ミサイルは降下ポッドそのものの破壊には成功したが内部に搭載されていた爆弾の撃破には失敗したことを意味していたからである。

 そして、空中に散らばった爆弾は数十にも分かれていたため、それらを個々に迎撃するほどの多数の高高度迎撃ミサイルは配備されていなかったし、また、空中にある小さな爆弾をピンポイントで狙い打てるほど精度の高い迎撃ミサイルや高射砲は、連合は保持していなかった。

 それは絶望的なことを意味した・・・すなわち、北米大陸に爆弾の雨が降ることを。

 

 

 

 一方、ザフト側でも連合による妨害が行われたことが確認されていた。

 「降下ポッドの一部が迎撃されました。」

 「第二陣及び第三陣の落下予想地点が大幅に狂いますが、北米大陸には間違いなく着弾します。」

 北米大陸上の降下ポッドの予想降下ラインの一部が、迎撃ミサイル命中によって一気に下向きに変わったことを示すモニターを見つつ、部下の報告を聞く。

 だが、迎撃の報告が飛んでいるブリッジには特に挫折感のような雰囲気は漂っていなかった。

 もともと、今回の軌道爆撃では精度など求められておらず、とにかく北米大陸のいずこかに着弾すればよいという、きわめてアバウトな作戦だったため誰の顔にも落胆は表れていないのは当然なのだ。

 予想ラインが次々と爆弾が地面に到達したことを示すマークに変化する。

 迎撃ミサイルによって空中で誘爆したものを除いても、当初予定の9割近くが地上に落下したことがそこからは読み取れた。

 「今頃、北米の連合軍は大騒ぎだろうな。」

 「ええ、間違いなく。

  簡易観測ですが、北米に駐留している部隊の通信量が跳ね上がっているのが確認できます。

  連合の北米司令部は、指示を求める通信の対応にてんてこ舞いでしょう。」

 「せっかく重い荷物を運んできたのだ。それくらいはしてもらわんと割が合わんからな。」

 「彼らからすれば押し売りのようなものかもしれませんがな。」

 

 「「はっはっはっはっは!」」

 

 低軌道上に侵入したにもかかわらず、特に妨害を受けることなく作戦が成功したため、艦隊指揮官と艦長が楽しそうに笑っている。

 その様子に、ブリッジのメンバーも微笑を浮かべ互いにサムズアップを交換する。

 確かに犠牲や損害を出すことなく作戦を遂行できたのだから、軍人としてこれ以上の喜びはないだろう。

 ひとしきり笑った艦隊指揮官は、自分たちの会話でブリッジがリラックスしたのを把握すると新たな命令を下すことにした。

 「よし。作戦は終了した。この後は速やかに撤収するだけだ。」

 「了解です。

  機関室、機関出力上げ。衛星軌道を離脱後、プラント本土に帰還する。他の艦にも伝えろ。」

 「了解。各艦に告ぐ。作戦終了、これよりプラント本土に帰還する。」

 「機関出力上昇中。」

 「北米大陸を爆撃された大西洋連邦が怒りくるって手近な艦隊を差し向けてくるかもしれん。

  それはそれで望むところだが、不意をつかれるのは遠慮したいな。」

 「ということだ。索敵班、給料分の仕事はして見せろよ!」

 「了解しました。現在、観測範囲内に敵影はなし。また、予想軌道上にも敵影は見当たりません。」

 「よろしい。その調子で頼む。」

 落下させた降下ポッドの着弾先を正確に観測するために、投射後も同じ軌道を維持していた4隻のローラシア級MS搭載戦艦はメインノズルから噴射炎を引きながらより高軌道へ遷移を開始する。

 可能な限り目標に対し正確に落下させるため、今回は低軌道まで侵入したが、今後はより高い軌道からの投射が試みられるだろう。

 内心でそんなことを考えつつ、艦隊司令官は今後の進路を写したモニターを見る。

 「うまくすれば、途中で連合の輸送船団に攻撃を掛けられるかも知れんが・・・」

 「贅沢を言えばきりがないですからな。今回は幸運の女神の微笑みに従って、素直にプラントに戻るのも悪くないと思いますよ。」

 長年の友人である艦長がそういってくる。

 「確かにな。」

 「ええ。新型MSゲイツは、月−地球間の輸送船団襲撃を主任務とするハンター部隊に優先して配備されてますからな。

  連合にもMSが配備され出したとなるとこちらも新型が欲しいと思うのは子供が新しい玩具をねだるみたいですかね。」

 「・・・君はいつまでたっても子供のようなものだと思うがね。」

 「・・・ほほう。そうきますか。」

 今度は別の意味で笑いあう艦隊司令官と艦長であった。

 

 

 

 「そうか、大西洋連邦に対する本土爆撃は成功したか・・・」

 「はっ!特に妨害を受けることなく、目標都市に対する爆撃が行われた模様です。」

 アプリリウスの行政府の一室にて、パトリックは自身の命じた軌道爆撃の実施報告を受けていた。

 「仮にも民主主義をとっている大西洋連邦がどのような判断を下すか見ものだな。

  あくまで軍事的要求を優先し、戦力の効率的活用を目指すのか?

  それとも、政治的要求から軍事上避けなければならない遊兵をあえて作るのか?」

 実際、爆撃を受けた北米の連合軍は混乱をきたしていた。

 降下ポッドに搭載されていた爆弾による実際の被害はそれほど大きくはない。

 それはザフト自身も予測済みのことである。

 しかしながら、爆撃によって発生した森林火災が北米住民の心に、いつどこに爆弾が降ってくるかわからない無差別爆撃の具体的な恐怖として、ネットワークの流れに乗り徐々に蔓延し始めていたのである。

 

 北米大陸において、森林火災はもっとも恐れるべき天災のひとつなのだ。

 

 そしてその恐怖は、各都市に駐留する防衛部隊の本部に対する対空迎撃装備の供与要請となって司令部に流れ込み始めていた。

 「軍事的要求を優先するならば、それは市民の政府に対する不信となって現れる。不信は不満を呼ぶ。

  不満をもった国民が増えてゆけば、やがては、生産効率の低下や治安の悪化などを引き起こす。

  それは目には見えないがボディーブローのように着実に国家の力を削ってゆく。

  あるいは政治的要求を優先し、各都市に戦力を分派するならば、それはそれでよい。

  本来、ザフトに向けられる戦力が物理的に少なくなるからな。

  もっとも、できれば後者を選んでくれるとありがたい。前者は効果が現れるまで時間がかかるからな。」

 薄い笑みを浮かべながらつぶやくように述べるパトリック。

 人心の動揺はまず確実、そして戦争資源の有効活用を妨げるという目的も遠からず結果が判明しよう。

 ザフトによる軌道爆撃は、その初動において見事な成功を収めつつあった。

 「パナマ失陥に本土爆撃。相次ぐ衝撃に政治的動揺もかなりのものだろう。

  情報の再評価の必要性からも、当分の間、戦略的イニシアチブはこちらのものだな。」

 戦略的イニシアチブがもたらすアドバンテージを、パトリックの中の司は、パトリックの知識をすでに十二分に使いこなすことで理解している。

 

 

 

 連合にとって災厄の日々はいまだ続いている・・・

 

 

 

 あとがき

 

 おもむろに情景が変わってしまいました・・・

 いや、前話で連合の邪魔をする説明をした以上、そのシーンを描写しておいたほうがいいよなと思いまして。

 でも、地味なのは相変わらずですが(爆)

 なお、主人公のパトリックがちょっと万能っぽく振舞えるのはあくまでイニシアチブを維持している間だけでしょう。

 いまのところ連合は衝撃を受けすぎてあっちへうろうろ、こっちへうろうろの状態なので・・・

 もっとも、パトリックもそうやすやすと自分に有利な状況を崩すつもりもありませんので今しばらくは、うはうはな状態が続くでしょうが。

 

 ・・・いかんなあ

 連合に全然勝ち目がないように思えてきた。

 このままでは、盛り上がりに欠けたまま話がずんずん進んでいきそうな気配がひしひしと。

 作者の力量が問われZAPZAPZAP・・・・・

 

 

 >>南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

 >明日をも知れぬ重態患者に念仏を唱えてもらってもなぁ。

 申し訳ありませぬ。わたくしが間違っておりましたm(__)m

 すでに手遅れだったとは・・・

 

 

 

 

 

代理人の感想

一挿話ですね。言うなれば箸休め。

次回はオカズかな?それとも御飯かな?

 

>手遅れ

鳥井さんも自覚はあったようですなぁ。(しみじみ)