紅の軌跡 第15話

 

 

 

 

  「定刻を迎えたため、これより最高評議会を開催する。」 

   

  パトリックの声が静寂の議事堂の中に響く。 

  円卓を囲むパトリックをのぞく11人は口を開くことなく開会の宣言を受け入れた。 

   

  「まず、外交関係を私から報告する。」 

   

  そのまま、パトリックが現時点での重要事項を議題に挙げる。本来外交は、アイリーン・カナーバ議員の担当なのだが、今回の外交攻勢は議長じきじきに指導しているため、パトリックからの報告となっており、また、コーディネイターは能力優先で評議会議員を選択しているため、ほとんど時間を無駄にすることなくてきぱきと会議を進めることが当然のこととなっている。 

   

  「先に一報を入れた通り、赤道連合との交渉は成功したが、オーブ連合首長国とはいまだ交渉中、スカンジナビア共和国は地球連合の軍事圧力に屈し地球連合に加盟した。」 

   

  パトリックは、自身の強い指導の下で実施された外交交渉の結果を報告した。 

  その主な内容は、 

   

  赤道連合: 

  ・地球連合加盟の阻止 

  ・通商の拡大 

  ・人的資源の交流の活発化 

  ・軍事技術の供与 

   

  もし、赤道連合に対し強く交渉を行わなかった場合、地球連合に加盟していた可能性があるため、それを阻止した功績は大きい。 

  鉱工業生産力にいまだ大きな余力を持つ(戦前はプラント理事国全ての鉱工業生産を引き受けていたのに対し、今はその分がそっくり余力となっている)プラントにとって新たな市場の拡大は、経済の循環を良くし、経済規模を拡大させるのに間違いなく役立つ。 

  また、大洋州連合とアフリカ共同体に続く有力な食料供給国としての面も高く評価できる。 

  さらに、人的資源に関してはオーブほどではないが国内にそれなりに存在するコーディネイター達のプラントへの移住の可能性が出てきている。 

  長引く戦争で、人口の面で不安を抱えるプラントにとってこれもまた朗報である。さらに極秘裏にナチュラルが第一世代コーディネイターを出産する場合、こちらから経済援助を提示したため、今次大戦には間に合わないとしても、戦後のコーディネイターの数の増加に希望が持てるようになっている。 

  軍事技術の供与に関しては、仮に赤道連合が侵略戦争に打って出ようとしても、必要な軍事力を蓄えるのは1年や2年ではすまないことが分析の結果、判明しているため、さほどの危険はない。 

  逆にユーラシア連邦や東アジア共和国との緩衝地帯としてならば、短期間で戦力の整備が可能なため十分に投資に見合うだけのメリットが得られると考えられている。 

   

  スカンジナビア共和国: 

  ・地球連合への加盟阻止の失敗 

  ・通商断絶 

  ・人的資源交流の断絶 

   

  地政学的な問題から、当初より外交の成果が上がらないと見られていたため、地球連合への加盟阻止に失敗した件についてはたいして問題となっていない。 

  また、同様の問題から通商もそれほど行われておらず、経済的な面からのダメージも少ないものとなっている。 

  人口の差は、現時点でも絶大なものがあるため、もともとかの国の人口が少ない(2000万前後とプラントよりも少ない)こともあって、いまさら敵方にスカンジナビア共和国の人口数がプラスされても、さほど今の状況に違いは現れない。 

   

  オーブ連合首長国: 

  ・外交関係の修復 

  ・外交関係の進展(地球連合加盟の阻止ならびにプラント側陣営への取込) 

  ・通商の維持 

  ・人的交流の維持 

  ・軍事情報の供与 

   

  オーブとの外交関係は、オーブによる地球連合向け軍事兵器の開発、そしてそれを阻止しようとした際の戦闘によりヘリオポリスが崩壊したことによりかなり悪化した関係にある。 

  それを、地球連合によるオーブ侵攻作戦の実施を奇貨として外交関係を修復し、あわよくばプラント側陣営への取り込みを行うことを目指している。 

  外交関係の修復はある程度進展しているが、プラント側陣営への取り込みの交渉については、成功の可能性は、現時点での戦略環境下では望み薄となっている。 

  ただし、現政権が維持される限り地球連合へ加盟する可能性は限りなく低いと評価されている。 

  通商に関しては、オーブ製の航宙艦アークエンジェル及びザフトが奪取した4機のMSの性能は、コーディネイターを持ってしても驚くべきレベルに達していたことから、積極的な拡大を図るべきと考えられる。 

  人的交流に関しては、地球上でもっともコーディネイターの居住人口が多いことから、積極的にプラントへの勧誘を進めるべく、交流の拡大を図っている。 

  軍事情報の供与については、オーブ政府の態度が軟化しないことを踏まえて、軍部をプラント寄りにすべく、入手した地球連合の情報を中心に供与を行っている。その中には、パナマで入手したストライクダガーの構造解析情報も含まれるし、こちらが収集したオーブ侵攻作戦に従事する地球連合軍の情報も含まれている。 

   

   

   

  主な中立国についての外交交渉について説明を終わり、一息入れると円卓に座る評議会議員を見渡し、 

   

  「今のところの結論としては、ベストとはいえないがベターな結果を導き出せたと考えている。 

   むろん、外交交渉は今後も継続する。」 

   

  パトリックは、そう最後に付け加えるといったん報告を締めくくった。 

   

   

   

  「赤道連合をこれまで以上にプラント寄りにできたのは、やはり大きいですな。」 

   

  しばしの沈黙の後、タッド・エルスマン議員が成果について発言する。 

  そのほかに何人かの議員もまたその発言に賛同した。 

   

  赤道連合はもともと潜在的に反東アジア共和国の立場を取っているとはいえ、かつての東南アジア諸国とインドを含む広大な面積と巨大な人口を持つ国が水面下でしかないといいながら、それでも味方になることはやはり大きなメリットをプラントにもたらす。 

  今回の外交交渉の結果を受けて、間違いなく経済は上向き、何より赤道連合に在住するコーディネイターがプラントに移住する可能性が高まったことが非常に大きい。 

   

  現在のプラントが抱える最大の問題が人口の少なさである。 

  戦略的には優勢にあるとはいえ、一歩間違えれば坂を転げ落ちるように戦況が悪化する可能性がないわけではない。 

  なぜなら、いま現在はともかく数年後には、プラントが動員可能な兵力は危険なほどに減少しているであろうことが予想されるからだ。 

  やはり、人口で数十倍の数を持つ国家群を相手にするのは、如何にコーディネイターといえども困難極まりないものがあったのである。 

  兵器ならば更なる増産がいくらでも可能であるのに、それに乗り込むパイロットが不足しつつあるという現実がそのことを指し示している。 

  もちろん、人手不足に対処するための方策が検討され、一部では実現されつつあるが、一朝一夕に完全に解決できる問題ではない。 

   

  逆に言えば、地球連合は有り余る人口を利用しての、戦術能力の問題は数量で補うという往時の赤軍あるいは人民の海と言った中国陸軍のような方法を用いることができる。 

   

  そして、この数で補うという考えは戦争では王道なのだ。 

   

  極論すれば、兵士の質、兵器の質、戦術の優位、すべて持たないものが持てるものに対抗するための手段でしかない。往時の大日本帝国海軍が猛訓練と個艦性能の優越で米国に対抗しようとしたように。 

   

  正しいのは数をそろえることなのだ。 

   

  高機能高性能、非常によろしい、だがもっとも大事なのは数。 

  数さえあれば何でもできる。 

  地を埋め尽くすような大群で突っ込ことが出来れば全ては決してしまうのだ。 

  そして、それを可能にする為の方策を練るのが戦略であるとも言えよう。 

   

  もっともだからこそ、最高評議会の苦悩は終わることがないのだが。 

  なぜなら人口で圧倒的に劣るプラントは、その戦争の王道を行うことができない。 

  それゆえに、兵士の質、兵器の質、戦術の優位、それら全てを用いて今の戦略環境を支えざるをえないのだから。 

   

  最高評議会を構成する議員たちはそのことを十分に理解している。 

  だからこそ、その問題を解決する一助となりうる成果を得たパトリックを賞賛しているのだ。 

   

  「オーブに関しては、最低限の地球連合への加盟はないと見てよさそうですな。 

   ならば、当面は大洋州連合の安全は保たれると考えてよさそうです。」 

   

  再びエルスマン議員が発言する。 

   

  赤道連合の地球連合への加盟阻止に成功した現在の戦略環境下で、オーブ連合首長国を地政学的に見た場合、カーペンタリア基地が存在する大洋州連合の安全のために、決して地球連合側に取り込まれるわけにはいかない。 

  東経140度から170度にかけて、赤道をまたぐ海域は、多くの群島に取り巻かれるようになっている。トラック島を含むカロリン諸島、ラタック島やビキニ環礁などからなるマーシャル諸島、そしてソロモン諸島などである。 

  こうした島々と、それに取り巻かれた海域を総称してミクロネシアと呼ぶが、このミクロネシアの雄であるオーブ連合首長国が地球連合の軍門に下った場合、これまで地球連合との緩衝地帯であったオーブが大洋州連合の喉元に突きつけられた剣の切っ先となるからである。 

   

   

  本編の最終話あたりで、地球連合が大洋州連合に侵攻できたのはひとえにオーブと赤道連合が後方拠点として使えたからだからな・・・ 

   

  エルスマン議員の言葉を聴き、パトリックは内心でそう考える。 

   

  逆を言えば、赤道連合とオーブが地球連合の味方でない場合、大洋州連合への侵攻はありえないという計算が成り立つ。仮に強引に侵攻が行われたとしても、補給線の遮断による失血死に持ち込むことは容易いだろう。 

  タッド・エルスマンの言葉はそのことを指し示していた。 

   

  「エルスマン議員のいうように、この先しばらくは友好国たる大洋州連合への侵攻はありえないと考えられます。 

   しかしながら、例えオーブの現政権が地球連合に加盟せずとも、軍事力によって地球連合に組み込まれた場合、その前提は崩れ去ることになります。」 

   

  評議会の急進派、エザリア・ジュール議員が楽観論を戒めるように発言した。 

  そして、その不吉な未来の提示に一部の議員が表情をしかめた。しかも、その未来はほぼ確定された未来であるだけに不快感も一段と大きい。 

   

  「よろしい。では続いて、数週間以内に予想される地球連合のオーブ侵攻作戦についてジュール議員より報告を受けたいと思う。」 

   

  自らの報告を終わりとし、次の報告を促す。 

   

  「では、現時点で判明している地球連合によるオーブ侵攻作戦について説明いたします。 

   地球連合軍は、大西洋連邦の第四洋上艦隊を中心として艦隊編成を進めており、さらにそこへ独立行動していた小艦隊がいくつか合流する上、空母が複数とMS運搬艦が多数追加される模様です。 

   さらに、ユーラシア連邦及び東アジア共和国に対し、ヘリ空母を中心とした護衛艦隊の増援を要請している模様で、近年にない大規模な洋上艦隊を持って侵攻作戦を実施すると思われます。」 

   

  エザリア・ジュールが転送した想定される侵攻戦力の詳細が各議員のモニターに表示される。 

   

  「さらに、先の艦隊とは別に揚陸艦を中心とした艦隊が別途編成されています。 

   この艦隊は、歩兵と各種装甲車を始めとする戦闘車両及び攻撃ヘリを中心とした、明らかに占領を目的とした戦力で構成されています。MSも配備されるようですが、それほど数は多くないようです。」 

   

  モニターに追加の情報が表示される。 

   

  大西洋連邦に対する軌道爆撃を行っている部隊からの衛星写真と地球連合内部に潜り込ませている工作員からの情報を中心に解析され一覧化された侵攻戦力は膨大なものだった。 

  そのあまりの物量に、あきれたようなため息をつく議員も出た。 

   

  「一方、迎え撃つ側のオーブ連合首長国の戦力ですが・・・」 

   

  エザリアの操作によって中心の巨大モニターが2分割され、左側に地球連合の戦力、そして右側にオーブ連合首長国の戦力が表示される。 

   

  「ごらん頂いたように、質の面ではともかく量の面では明らかにオーブ側に不利な状態となっております。」 

  「ううむ。」 

   

  戦力比較を見せられた議員の一部がうなる。 

  そこに表示された情報を見る限り、陸海空全てにわたり、地球連合はオーブの持つ全戦力の3倍強の戦力をぶつけようとしていることが明白であったからである。 

  きちんと訓練を受けたコーディネイターであればナチュラル相手に3倍の戦力をしのぐことも十分に可能だが、オーブ軍はナチュラルを中心に構成されている。 

  その結果がもたらすものは明らかであった。 

   

  「ジュール議員?」 

  「何でしょうか。」 

   

  エルスマン議員の呼びかけにエザリアは視線をそちらに向けた。 

   

  「現時点での戦力見積もりは了解した。 

   仮にこのまま両軍がぶつかり合えば間違いなくオーブの敗北で終わるだろう。」 

  「おっしゃる通りだと思われます。」 

  「では、オーブ側のこの後の戦力蓄積の評価はどうなっているのかね?」 

  「お気づきでしたか。」 

   

  少し驚いた表情を表しながら応じる。 

   

  「むろんだ。ザラ議長閣下が、クライン前評議会議長の力を借りてまで地球上の中立国と外交交渉を強化したのは、今回のオーブ侵攻を見越してのことだろう? 

   ならば、ここに表示された情報全てとは言わないが、危機感を煽る程度の情報は、オーブ政府と軍部の両者に渡されていると予想する程度のことはできる。」 

  「ご推測の通りです。 

   その情報はこれから表示いたします。」 

   

  そういって、エザリアが手元の画面を操作すると、オーブ側の一覧に追加戦力が表示される。 

   

  「エルスマン議員のご指摘の通り、オーブに駐留している交渉団を通して地球連合軍の侵攻戦力の概算をオーブ政府及び軍部に手渡し済みです。」 

   

  画面に表示されたのは、その情報を受け取ったオーブが侵攻までに増産するであろう戦力の見積もりである。陸地の面積が少ない事情を反映して海空の戦力強化が中心となっているが、例外的にMSの増産が異常なほど突出している。また、迎撃ミサイルや火砲も同様に生産数が格段に跳ね上がっている。 

   

  「オーブ政府は、交渉団の申し入れを受け入れる様子こそありませんが、手渡した情報は真摯に受け止めたようです。」 

   

  読み取った情報からは、オーブ軍が機動戦力と火力を増強しようと努力を傾注している様子がわかる。 

   

  先に戦争の王道について述べたが、それとは別に戦場における技法、すなわち戦術にも王道がある。 

  その王道とは、火力の優越を作り出すことである。 

  瞬間的にでも局地的にでも、打撃力の優位を作り上げる事がその全てなのである。 

   

  ごく一般的に指摘される戦力の集中、機動力の発揮、地形の活用、そして奇襲といった戦術の基礎と呼ばれる行為は全て火力の優越を作り上げる為に存在する。 

   

  なぜなら、戦力とは絶対値ではなく、相対値でしかないからだ。 

  自分の戦力が弱くても、相手の戦力を発揮出来なくさせれば相対的に優位を取れる。 

  そのためには相手が対処できない方法・方向から襲撃するのがベストだ。 

  戦力には限りがあり、それを全機能にわたって費やしたら全てが不足することは自明のことである。 

  だからこそ、あらゆる手段を使って弱点を探り、そこを集中して叩くことが基本となるのだ。 

   

  そして、そのために必要な戦力をオーブはかき集めようとしている。 

   

  「なるほど、今後追加される戦力を考慮すればオーブの戦力は、地球連合軍の半分ほどまでに増加するわけか。」 

  「はい。ご覧の通りです。」 

  「そしてここにザフトの戦力が介入するというわけですね。」 

  「その通りだ。」 

   

  アイリーン・カナーバ議員のつぶやきにザラ議長の力強い応諾の声が上がる。 

   

  「既にカーペンタリア基地へ向けた増援部隊はプラント本土を出発している。」 

   

  各議員の手元のモニターに増援部隊の一覧が表示された。 

  その内容は、ボズゴロフ級潜水母艦18隻、MS250機というそれなりの規模のものであった。主力となるMSは戦場が海であることから空中戦闘用のディンと水中戦闘用のグーン、ゾノを中心に、試作MSがいくつか含まれている。 

  また、グゥルを始めとした戦闘補助の機器や武器弾薬も同時に輸送されている。 

  これらのうち、ボズゴロフ級潜水母艦は各ユニットごとに輸送されており、開戦初期にも実施された軌道上における船体の結合後、大気圏突入というかなり乱暴な方法を用いてカーペンタリア基地まで運び込まれる予定となっている。 

   

  「この増援部隊とカーペンタリア基地の残存戦力及びオペレーション・スピットブレイクに用いた部隊の一部を用いて、オーブに侵攻した地球連合軍の側面を攻撃する。 

   先の意見にあったように、オーブを地球連合の軍門に下らせるわけにはいかない以上、介入は不可避と思って欲しい。」 

   

  そのパトリックの言にアイリーンの表情がわずかに歪む。 

  シーゲル・クラインと並ぶ穏健派の中心人物だけに、戦火の拡大が望ましいとは思えないのであろう。 

  しかしながら、アイリーンとしてもオーブが侵略されることは戦略的に見て座視することはできないと考えたのか、特にそれ以上の疑義をあらわすことはなかった。 

   

  「介入作戦の発動時期は、地球連合のオーブ侵攻作戦に合わせて設定される。 

   作戦の実施結果については評議会に報告するとして、作戦の発動については一切を私に預からせて頂く。」 

   

  パトリックの要求に特に反対はなかった。 

  もともと最高評議会議長には極めて大きな権限が与えられている。今回、パトリックがわざわざ評議会の場で作戦の発動について説明したのは、単に評議会に敬意を表したに過ぎない・・・・・というか、ぶっちゃけた話、余計な反感を買わないための根回しである。こういった普段からの積み重ねが、いざという時に物を言うのは今も昔も変わりはない。 

  増援部隊の内容についても、穏健派、中立派、急進派の要人と精力的に会見し、余計な摩擦が発生しないよう心がけてきたパトリックである。 

  そのような一連の行動のせいか、ここ数日、人格に円熟味が出てきたと同時に深みが出てきたようだと評されることがあるようだ。人格融合し使いこなせるようになった能力を存分に発揮しているということだろう。 

   

  「では、ジュール議員。 

   侵攻作戦の詳細な情報については後程、各議員に送付しておいてくれたまえ。」 

  「了解いたしました。」 

   

  そういうとエザリアは表示されていた情報をさっと消し去った。 

   

  「続いて、MSの生産状況についてアマルフィ議員より報告をお願いしたい。」 

   

  視線をエザリア・ジュールからユーリ・アマルフィに移した後で、次の議題を促す。 

   

   

  「MSの生産状況について報告致します。」 

   

  アマルフィ議員の操作により、先ほどと同様に各議員のモニターに生産状況の資料が転送される。 

   

  「次世代量産型、いえ、既に主力MSと呼ぶべきでしょうか、ゲイツの生産は順調です。」 

   

  そういって、アマルフィは詳細な説明を加えた。 

  まず、通商破壊戦に従事していたナスカ級高速戦闘艦2隻で構成されるハンター部隊の第一陣が作戦行動を終え、プラント本土に帰還し、彼らから戦闘詳報が技術開発部に提出されている。 

  その中には、ゲイツに対するいくつかの改善要望が含まれていた。 

  また、そのほかにも前線からの詳細な戦闘情報が随時、技術開発部のもとに届いており、それらをざっと紹介した。 

   

  1.ゲイツの主武装であるビームライフルだが、ライフルとしての名が示すように一弾一弾の貫通力は申し分ないが、乱戦になった場合に発射速度及び非装甲目標を攻撃する場合の破壊力不足に問題がある。 

  広域制圧が可能なジンの各種武装を使用できるようにアタッチメント部分を改善するか、ビームマシンガン等を新規開発して欲しい。 

  通商破壊に従事した部隊は、コンテナ船を攻撃した際に、武器弾薬等の爆発物を運んでいなかった船を破壊するのに苦労し、最終的にジンがバズーカ等を用いて非装甲目標を破壊したとの報告を上げており、切実な問題として指摘されている。 

   

  2.バッテリー容量の増加もしくは新型バッテリーを用いた更なる稼働時間の延長を望む。MSは動いてこそMSであり、動かないMSは鋼鉄の棺桶に過ぎないゆえに。 

   

  3.ジン同様、ゲイツの派生型の開発を望む。 

   

  4.スラスターノズルの大型化及びスラスターそのものの追加による空間機動力の更なる向上を求める。 

   

  等々・・・ 

   

  そして、アマルフィは寄せられた戦訓にもとづいたゲイツの改装やジンの強化等の技術開発部の対応を説明した。 

   

  まず、要望の中で多かったゲイツでの武装共有のためのアタッチメント部分の改善については、生産中の機体については既に改良を実施済であり、既存の機体については、帰還次第、順次交換を実施していくこと。 

   

  ゲイツ派生型については、ゲイツカスタムの性能が極めて高いことから、それをもとにゲイツ高機動型の設計試作に入っており、近日中にロールアウトする予定である。 

  同時に強行偵察型を始めとする各種派生型の設計も進めており、こちらも近日中に製造に入れる見込みである。 

   

  バッテリー容量については、新型電池素子を用い稼働時間の25%向上を実現したものの、それ以上の解決策は現状では目処が立っておらず、とりあえず外部増装型の追加バッテリーを生産していること。 

   

  宇宙軍に配備されているノーマルタイプのジンは、全てアサルトシュラウド装備かカスタムタイプとなるよう改変を進めている。 

  現時点では宇宙要塞ヤキン・ドゥーエ及びボアズに所属するジンがすべてアサルトシュラウド装備機になっており、ハンター部隊に搭載されているジンは、ジン高機動型に搭載機の変更を進めている。 

  シグーを使用している部隊も順次アサルトシュラウド装備機に改変を進めている。 

   

  ザラ議長の指示で開発していたアルテミス要塞の光波防御帯のMSへの転用研究が完了し、ビームシールドとして、プラント本土防衛部隊の一部に試験配備を始めたこと。 

  ビームシールド自身のエネルギーは、シールド本体そのものを改造し耐久力の低下に目をつぶってバッテリー兼用のシールドとした為に、継戦時間は減少していないこと。 

   

  現在生産中のゲイツのコックピットを中心としたバイタルエリアにのみ、装甲を新型の耐熱性に優れたものとPS装甲の複合装甲に換装することで、被弾時の生存確率を上げられるよう改修を加えたこと(これは地球連合の105ダガーとほぼ同じアプローチである)。 

  PS装甲はあくまで限定的な範囲にしか施していないため、先の新型電池素子の開発成功もあって稼働時間は以前の機体よりも長くなっていること。 

   

   

  等々・・・ 

   

  「いずれにせよ、実戦部隊から得られた貴重な戦訓は、何一つ無駄にすることなくMS生産に取り込めるよう開発部が一丸となって取り組んでおります。」 

   

  「うむ、開発部の諸君の努力は全く疑ってはおらぬが、著しく生産性を落とすような改良を行うことのないように頼む。」 

   

  「心得ております。 

   次に、大洋州連合及びアフリカ共同体に供与する地球連合製MSについてですが、こちらの生産も軌道に乗り始めました。」 

   

  そういって、アマルフィは新たな資料を各議員のモニターに転送した。 

   

  ザフトはパナマ攻略戦時に多数のストライクダガーを捕獲した。そして、その捕獲した機体をザフト地上軍の拠点たるカーペンタリア基地とジブラルタル基地で戦闘情報の解析に努めると同時にプラント本土にも破損の少ない機体そのものを輸送し、受取った技術開発部では徹底的にそれこそビス1本に至るまで分解し、その設計と性能を洗いざらい明らかにした。 

   

  その結果、ストライクダガーは単体としての性能は高くなく極めて凡庸なものであるが、ナチュラルにも操作できるよう改良されたOS(ナチュラル用モビルスーツOSはある程度戦況をパターン化してMS自身にパイロットの操作を対応させるというものでこのOSあるいは派生OSは地球連合、オーブの全MSに使用されている)とその戦時生産用に簡略化された故の生産性の高さだけは評価された。 

   

  そして、先に述べたプラントの人口問題を原因とする継戦限界を克服する手段のひとつとして、ストライクダガーをコピー生産し、友好国である大洋州連合とアフリカ共同体に供与する計画が立てられたのである(相手国の兵器をコピー生産することは、過去の戦争でも頻繁に行われている)。 

   

  なお、いまだ中立を保つ赤道連合に対しては地球連合による赤道連合への宣戦布告の可能性を低下させるため、供与ではなく輸出という形を取る予定を立てている(中立を維持するという方針である以上、いたずらに地球連合を挑発する必要はなく、輸出ならば通商の一環だと抗弁することが可能である)。 

   

  これらが実施されれば、地球上におけるミリタリーバランスはかなりの変化を見せることになる。 

  プラント理事国でなかったことから、大洋州連合とアフリカ共同体の経済、軍事、科学技術のレベルは相対的に低いものに留まっていたが、開戦以来のプラントのてこ入れで状況はかなり改善してきている。 

  さらにプラント側は、ストライクダガー生産用に特化した(その分、生産性が非常に高い)MS生産プラントを大洋州連合とアフリカ共同体に輸出することも視野に入れていた。 

   

  継続的に両国の軍事力、特にMS部隊の戦力が増大することで、地球連合に対する軍事的圧力は飛躍的に増大する。その結果、地球連合軍は多くの部隊を両国の軍事力を警戒するために貼り付けておかなければならなくなる。 

  それは、機動的に運用できる戦力が減少することに直結し、戦略的な主導権を手放すことにもなりかねない深刻な事態を引き起こす可能性を持っていた。 

   

  むろん、この行動には両国がプラントの敵に回った場合、敵方の戦力が非常に大きなものとなるというリスクが潜んでいる。 

  しかしながら、その可能性は現時点では政治的に極めて低いものと評価されており、将来的なリスクについても、利益が得られる限りその可能性は低い状態に留まると考えられている。 

   

  パトリックはアマルフィ議員の説明を聞きながら、今回のMSの供与についてプラント内部の急進派が、ナチュラルをザフトの弾除けとして使えるという説明におおよそ納得しそれほど問題とならなかったことを思い出していた。 

   

  「一週間以内に、新たな生産ラインで完成したストライクダガーを大洋州連合とアフリカ共同体にそれぞれ30機ずつ供与する予定となっています。」 

   

  この合計60機のストライクダガーは、確かに連合製のコピー生産だが、オリジナルが持ついくつかの欠点を改修している。当然、グングニールによる電磁パルス攻撃も通用しない。 

   

  「両国の政府には既にその旨、連絡済だ。 

   なお、大洋州連合からは、プラントからの善意の贈り物を心から楽しみにしているとのメッセージが届いている。」 

   

  苦笑するようにパトリックが告げると幾人かの議員が失笑した。 

   

  「軍事兵器が善意の贈り物とは随分とユーモアの効いた外交官をお持ちのようですな。」 

   

  こちらも笑いをこらえるような表情でエルスマン議員が言う。 

   

  「まあ、そちらは約束どおり物騒なプレゼントを届けるとしよう。 

   ところでアマルフィ議員、試作MSについてはどうかね。」 

   

  その問いに他の議員同様苦笑を浮かべていたが、咳払いをして表情を改めたアマルフィが答える。 

   

  「Nジャマーキャンセラー搭載MSについては次の通りとなっています。」 

   

  以下のことが簡潔に報告される。 

   

  ジャスティスとフリーダムの2機種については、それまでの試作用生産ラインから正式な生産ラインに工場を移し、量産を開始している。 

  ただし、そのラインで生産されているのはジャスティスとフリーダムのみであり、プロヴィデンスを含むドラグーンシステム(量子通信を用いた遠隔攻撃端末によるオールレンジ攻撃)を運用可能なMSは試作機のみの生産で、量産は行わない。 

  これは、プロヴィデンス系MSがあまりにもパイロットを選ぶ機体であることから、あくまで研究開発用としての限定生産を、ザラ議長の指示のもと実施している。 

   

  既に完成したジャスティスとフリーダムは、カーペンタリア基地への増援部隊として地球に向かっている。これらの機体は、そのままオーブ近海の戦闘に投入される予定である。 

   

  量産前から予想されていた通り、ジャスティス及びフリーダムの生産性は悪く、ゲイツのおよそ4倍近いコストがかかっている。 

  両機種とも、今後の生産数の増大と生産ラインの効率化でコストの低下を図りつつ、生産を継続する。 

   

  また、そのコスト問題を解決する為の別の手段として、YFX-600R火器運用試験型ゲイツを改装し、部分的にフリーダムとジャスティス用の部品を用いることで廉価版フリーダムまたは廉価版ジャスティスとしての使用が可能か再度評価を行っている。 

   

  もとの火器運用試験型ゲイツは、PS装甲とビーム系火器を同時使用した場合の稼働時間が最長でも5分程度と、まったく話にならないものであったが、改装の際にNジャマーキャンセラー装備の核動力炉を搭載したことにより十分に満足のできるものとなりつつある。 

  後は、どこまでコストを落とし生産性を上げることができるか、様々な改良やバランス調整を実施しており、最良のコストパフォーマンスを発揮する機体へとブラッシュアップが進められている。 

   

  「Nジャマーキャンセラー搭載のMSを前線に出すのは危険ではありませんか?」 

   

  アマルフィ議員の報告に対し、血のバレンタインにおいて核攻撃を受けたユニウス市から選出され、ユニウス7で宇宙に散ったレノア・ザラの親友であったルイーズ・ライトナー議員から懸念が表明される。 

  約25万もの数の市民を一度に失ったライトナー議員にしてみれば極めて危険な行為に見えるのは至極当然であった。 

   

  「それは、撃墜されNジャマーキャンセラーの情報が地球連合に渡る可能性のことを言っているのかね。」 

  「おっしゃる通りです。」 

  「確かにその危険性は0ではない。いや、最終的には激戦区への突入を目的とした強襲部隊への配属が目指されている以上、それなりの危険性がある。 

   だが、NジャマーキャンセラーをMSに搭載するレベルまで実用化を進めた以上、遅かれ早かれこの情報は地球連合に流れることは避けられない。」 

  「何故です!?」 

  「地球連合の諜報機関は優秀だということだ。」 

   

  パトリックの重い声音に言いたいことを察したのか議場に沈黙が流れる。 

   

  実際、地球連合を構成する各国の諜報機関は優秀であり、諜報/防諜は、ザフトがいまだ優位を得ることの出来ていない分野のひとつでもある。 

  コーディネイターがナチュラルをはるかに上回る肉体的基礎能力と知的基礎能力を持つことは事実だが、それだけではいかんともしがたい、すなわち絶対的な経験やノウハウが、才能に拮抗あるいは凌駕する世界も存在するのも事実なのだ。 

   

  例えば、若くスピードとパンチ力のある将来を期待されたボクサーが、スピードもパンチ力も劣るが、豊富な経験をもつ歴戦のボクサーに翻弄され敗北を喫したという話を聞いたことはないだろうか。 

   

  つまりはそういうことなのであり、そして、アンダーグラウンドは卓越した才能がものをいう世界であると同時に経験がものを言う世界でもある。 

   

  ザフトの諜報機関が、これまでに何度も地球連合の諜報機関に煮え湯を飲まされたことを振り返り、全議員がパトリックの言いたいことを理解していた。 

   

  「地球連合内の工作員からの情報を見る限り、今はまだNジャマーキャンセラーの情報は地球連合に漏れてはいないと思われるが、いつかは連中に嗅ぎつかれる。 

   永久に情報漏れを防ぐことなど不可能だからな。 

   ならば多少の危険は承知の上で有効な戦力として活用する方がよいと私は判断した。」 

  「しかし!」 

  「むろん、撃破されないよう手は打つし、撃破された場合も回収には全力を尽くす。 

   だが、いたずらに危険性ばかりを重視し、ザフトの戦力強化のために実用化に尽力してくれた技術開発部の労を無駄にするわけにもいかん。」 

  「・・・・・」 

   

  それでも、再び地球連合が核攻撃を行う手段を得かねないことに戸惑いを隠せない議員はいた。 

   

  「よろしい。では、そのための安全策のひとつである、地球連合に核兵器の使用を思いとどまらせるための抑止手段、相互確証破壊をもたらす核兵器の生産状況をグールド議員に伺いたいと思う。 

   グールド議員、現状を報告してくれたまえ。」 

   

  パトリックの指名を受けたオクトーベル市選出のヘルマン・グールド議員は、ゆっくりと自らのもつ情報の報告を始める。 

   

  「核兵器の生産状況は極めて順調です。 

   大洋州連合から輸入したウラニウムを元に少なくとも地球全土を数回、地獄の業火に叩き込むだけの数を生産できています。」 

   

  ウラン資源は、地球上に偏在して存在する。 

  主な産出地をかつての国家名で述べるとカナダ、オーストラリア、ニジェール、ナミビア、ロシア、ウズベキスタン、米国である。これら7カ国で世界の生産量の8割以上を占めている。 

  その他でも、少量であれば産出しているが、まとまった数の核兵器を生産できるだけの量はない。 

  そして、プラントはあえて友好国たる大洋州連合から豊富に産出しているウラン資源を、プラントのもたらす他の鉱物資源とほとんどバーター取引の形でやり取りを行いプラント本土に輸入している。 

  そして、ザフトはこのもたらされたウラン資源から大量の核兵器を作り出しているのだ。 

  もっとも、地球全土を数十回、地獄の業火に叩き込んでもまだ余るほどの核兵器を過去の遺産として継承している地球連合に比べれば、微々たる数ともいえたが。 

   

  「うむ。重畳だな。 

   それで、その情報のリークについてはどうなっている?」 

  「こちらも問題ありません。 

   大洋州連合からプラントに渡ったウラニウムの総量は、いくつかの経路を経て確実に地球連合に届いています。 

   そこから、こちらが持っている核兵器の数量を予想することぐらいは、いくらナチュラルでもできるでしょう。」 

   

  本来プラントは、小惑星資源から得られるウラン資源で必要とする核兵器の生産を十分にまかなうことが可能である。にもかかわらず、大洋州連合からあえてウラン資源を輸入し、さらに、わざわざザフトの持つ核兵器の量を類推できる情報を地球連合にリークする理由はひとつしかない。 

   

  地球連合に対する再度の核兵器の使用の牽制である。 

   

  いくらこちらが最終兵器たるジェネシスの建設を開始したとはいえ、それはあくまで極秘のことだ。 

  むろん、あれほどの巨大かつ強大な兵器の建造を完全に秘匿することは不可能なため、新規コロニーの建造や新たな宇宙要塞の建造といったダミー情報をばらまき欺瞞に努めている。 

   

  よって、諸国家には、表向きの切り札としてザフトが核兵器を用意していると思わせるため大量の核兵器生産をこれ見よがしに行って見せているのだ。 

   

  また、万が一のことだが、地球連合がNジャマーキャンセラー、それも小型のものを早期に実用化し、プラント本土に雨あられと核攻撃を加えてくる可能性は0ではない。 

  Nジャマーキャンセラーの実用化によって、急遽行われてた核兵器の生産は、そのことに対する保険も兼ねている意味合いもある。 

   

  さらに、プラント寄りに立場をシフトしつつあるとはいえ、未だ中立を保っている赤道連合に対してはNジャマーキャンセラーの実用化を信じさせる効果の補強もある。 

  政治家には疑り深い連中が付き物で、プラントがNジャマーキャンセラーを実用化したことを未だ信じていないものも中にはいる。 

  その連中に対し、わざわざ労力を割いて核兵器を生産して見せることで、我々が核兵器を使用可能だということをアピールしているのだ。 

   

  「よろしい。では、当初の計画通りの数を生産した時点で、核兵器の生産は終了する。 

   それによって空く労力と生産ラインの再配置を検討してくれ。」 

  「了解しました。なお、計画値に達するのは一週間後とみております。」 

  「うむ。」 

   

  あくまで牽制を目的とした兵器生産のため、際限なく生産することは最初から予定されていない。 

  仮に使い切れないほどの核兵器を生産したとしてもそれは鉱物資源と人的資源の無駄遣いでしかない。 

  従って、先ほども述べたように地球全土を破壊できるだけの数を生産した後は、兵器の劣化や迎撃を受けた場合の予備としての分量を生産したならば、これ以上の生産は不要となるのだ。 

   

  「議員諸君、納得していただけただろうか? 

   少なくともザフトは、核攻撃に対する反撃の手段を持っていることを地球連合にアピールすることで再度の核攻撃を牽制している。 

   むろん、後先を考えないブルーコスモスによる特攻なども考えられるため、牽制だけでは十全な方法とはいえぬ。それゆえ、多目標迎撃機能に優れたMSの量産をコストを度外視して行っており、順次、プラント本土防衛部隊への配備を予定している。」 

   

  そういってパトリックは議員たちを見渡す。 

  その中では穏健派、中立派を問わず非難の面持ちをしている議員はいなかった。パトリックが議長として最善と思われる行動をとろうとしていることを理解しているからだろう。 

  しかし、やはり憂い気味の議員はいる。 

  それほどまでに、血のバレンタインの惨劇は、核攻撃に関する恐怖をコーディネイターに焼き付けたということであろうか。 

  ここは、もうひとつの情報も開示し、意識に喝を入れておくべきだろう。 

  そう判断したパトリックは、再び口を開いた。 

   

  「なお、最悪の場合を迎え全面的な核攻撃の応酬という状態に陥った場合に備えてエクソダス計画の指揮を依頼したシーゲル・クライン前評議会議長から、未完成のコロニーの使用許可願いが出ている。」 

   

  続けてパトリックから告げられた予想外の言葉に、議員の顔に訝しげな表情が浮かぶ。 

   

  「クライン前議長は、未完成のコロニーをどうされるおつもりなのです?」 

   

  一人の議員が疑問を払拭すべく確認してくる。 

  それに対し、パトリックはあっさりと言葉の爆弾を放り込んだ。 

   

  「Nジャマーキャンセラーを装備した核パルスエンジンを追加し、巨大な惑星間航行用宇宙船として使用するつもりのようだ。」 

  「!?」 

  「わざわざコロニーを使用する理由は、外惑星に航行していった後に開発拠点として使用するからのようだな。なお、既に議長権限で建設中のコロニー2基をエクソダス計画にて使用して良いとの許可を出している。」 

   

  あまりにスケールの大きい話と迅速な議長の行動に各議員の顔にはさすがに驚きの表情が浮かんでいる。 

   

  「議員諸君、聞いてのように評議会議員以外の人間もコーディネイターの未来を守るために全力を尽くしている。 

   血のバレンタインで散っていった同胞たちの死を無駄にしないため、我々は評議会議員としての義務を果たさねばならない。 

   核攻撃を必要以上に恐れることなく今後の職務に励んでくれることを期待する。」 

   

  そう言って、パトリックは唇を閉じた。 

  そして見渡してみた議員の表情は、完全に憂いが取り除けたわけではないが、明らかに生気を取り戻していた。自らに託された市民の期待を思い出したのかもしれない。 

  よろしい。少なくとも効果はあったようだ。 

   

  その後も重要事項の検討が実施され、地球圏にとって重要な事柄が次々と決定していく。 

  その様子を評議会議長として仕切りながら、今回の会議の結果にパトリックは満足していた。 

  と同時に、これから先のことについて若干の懸念も抱いていた。 

  なぜなら、これまではもとの司の持っていたテレビ本編の知識を利用したパトリックの手腕によって先手先手と事態に対し手を回せたが、これはいわばカンニングというべきものであり、いつまでも行うことの出来るものではない。 

  パナマ攻略で歴史が変化しているように、オーブ侵攻作戦でも大規模なザフトの介入というように再び歴史が大きく変わる。 

  仮にオーブ侵攻作戦阻止に失敗し、かつオーブの宇宙港が無傷で地球連合の手にわたりでもしたら、今後の戦略に大きな影響を与えることになる。 

   

  当たり前といえば当たり前だが、なまじ一時的に未来を知ることが出来ただけに、かえって不安が増すものだな・・・ 

   

  そこまで考え、パトリックは内心苦笑する。 

  自分が考えてもどうにもならぬことまで考えを進めようとしていたことに気づいたからだ。 

   

  これから先はカンニングが効かない。 

  ならば、全知全能を振り絞って未来を獲得する。 

  それで、よかろう。 

  なあ、レノア・・・ 

   

  今の完全融合したパトリックにとってレノア・ザラはかつて得た愛の全てであったし、今の彼を構成する必要不可欠な想いの一柱であった。 

   

  一方で、議事の進行は滞りなく進み、懸念事項については全て何らかの対応がなされることとなった。 

   

  「議員諸君・・・ 

   おそらく、次の評議会が開かれるのは地球連合によるオーブ侵攻作戦の結果が判明した後になると思われる。 

   むろん、ザフトは作戦目標達成のため全力を尽くすことは間違いないが、戦争に絶対はない。 

   最悪の事態も想定した、それぞれの立場における今後の計画の検討をよろしくお願いする。」 

   

  パトリックの言葉が議事堂に響き、それに応える各議員の返答を持って今回の評議会は無事終了した。 

   

   

   

  プラント最高評議会が行われた4日後のCE71年5月28日、プラント本土で核パルスエンジンを搭載した建設中のコロニーの航行試験が実施され、その結果は見事成功し、コーディネイターが今次大戦を生き延びるための方策がまたひとつ確保された。 

   

  なお、後日にこのコロニーの航行試験は、どういう経路をたどったのか、一部で地球に対するコロニー落としのためのものだとの誤った情報が地球連合に流れ、地球連合を構成する諸国の政府上層部を周到狼狽させることになる。 

   

  同時にそれが、乱れていた地球連合の足並みを一時的にせよ揃えたのだから、歴史とは皮肉に満ちている。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 な、長い会議だ(汗)

 これまで投稿した中で最長の話が会議のSSというのは、なんともまああれだ・・・

 

 この点に関してだけは本家を超えたな、紅は(核爆)

 

 まあ、冗談はともかく!

 状況説明が中心ですが、着々とプラント側の戦備は整っていっております。

 明らかにひいきの引き倒し的な面がありますが、いいんです。これは、プラントに優しく地球連合に厳しい味付けの物語なんですから(爆)

 ちなみに、見慣れない議員はみんな資料から引っ張ってきたので実在?しています

 いろいろ調べるとSEEDもなかなか奥が深いですねぇ。

 種運命では、是非この奥深さを活かしてもらいたいと思います・・・・・無理?

 

 

 そうそう、毎週投稿は今週で終わりですので、続きは気を長ーくしてお待ちください。

 ・・・いや、管理人の日記から読み取れる現状に比べれば甘々ですけど、それなりに仕事が忙しいので(笑)

 働かないとおまんま食べられないしね(^-^;

 

 >だから歌姫の魔手に絡めとられたんだ、あっさりと(爆)。

 アスランはともかく、キラの方は、それはもうがっちりと!

 雁字搦めにそれこそ精神的な拘束具を着せられている状態ですな(爆)

 女王様なラクスと下僕のキラ・・・・・違和感がないのは何故だ?(核爆)

 

 

 

代理人の感想

そりゃー、状況説明を現場の描写ではなく、会議で全部やろうとするからそうなるんでしょう(笑)。

もっともこの話は一人称で、しかも一国のトップの視点ですからね。

一国の最高権力者がそうあっちこっちにひょいひょい出没するわけにもいかず・・・・

パトリックの視点でやろうとするとどうしてもこういった展開になりやすいんじゃないでしょうか。

 

>奥が深いですねぇ

その深さを活かせなかったから種は・・・げふんげふん。

 

>違和感が無いのは何故だ!?

それが両者の本質だからでしょう(爆死)。