紅の軌跡 第16話

 

 

 

 

  カーペンタリア基地のとある個室で、モニターをその鋭い視線で貫きながら作業を進めていたラウ・ル・クルーゼは、大きく息を吐くと、椅子の背もたれに大きく寄りかかり視線を天井に向け、昨今の情勢の変化に意識を飛ばしていた。

 

  「Nジャマーが強く影響を及ぼしている宙域での核パルスエンジンの使用だと?」

 

  先ほど見たモニターの中の情報を脳裏で繰り返す。

 

  「Nジャマーを無効化する技術など、私はまったく聞いていない・・・やはり・・・」

 

 

  パトリックめ、この私を切り捨てるつもりか!

 

 

  そう内心でつぶやくクルーゼ。

  少なくともそう考えても不思議ではない状況に彼はいた。

 

  オペレーション・スピットブレイク後、これまで継続的に流されていたパトリックからの情報が急に減少し、その後もまったく回復の様子を見せない。

  しかも、クルーゼの知らないうちにスピットブレイクそのものの目標がアラスカからパナマに戻されており、ザフトは大きな損害を出すことなしに戦術目標を達成してしまった。

  クルーゼがもくろんでいたアラスカでのザフト及び地球連合軍両軍への大打撃という目的は潰え、さらに偽情報を流したということで連合軍から見た情報源としてのクルーゼの価値が著しく低下してしまった。

  さらに、プラント本土における急進派と穏健派との電撃的な和解。

  そして、今回のNジャマーを無効化する技術を用いたコロニーの航行実験。

 

  現在の局面は、彼のもくろんでいた方向とは別の方向に流れが向いている。

 

  そのため、急変した情勢を確認し、パトリックの動静について情報を集めながら今後の方策を練ろうとするも、彼自身が地上にいることから、プラント本土との迅速な情報のやり取りに問題があり、状況を改善するための新たな手をいくつか打った時点で手詰まりに近い状態に陥っていた。

 

  パトリックとの情報ラインが切れたことはそれほどの影響をクルーゼに与えていたのである。

 

  先のように機密レベルの高い技術情報もさることながら、何よりプラント最高評議会の動向の情報がまったくといっていいほど入ってこないのが厳しかった。

  これまでは、パトリックから流された情報をもとに戦略の流れを把握し、自ら取捨選択した有効と思われる情報を地球連合に伝えることで、情報源としての彼の価値を高めていた。

 

  ところが、今は最高評議会がどのような戦略のもとで動いているのか全くわからない。

 

  これでは、情報を操りプラントと地球連合を彼の望む未来へのレールに乗せることなど夢のまた夢でしかない。

  そのことは沈着冷静で知られた彼をもってしても精神に強い重圧を与え、仮面の奥に隠されてはいたがクルーゼは最近、強い焦燥感に常にとらわれていた。

 

 

  ようやく、ようやくここまできたのだ・・・

  それなのに、我が積年の望みに手に届くその時が近づいたのに、それが今になって崩れ去るなど・・・・

  私は認めん、決して認めたりするわけにはいかんのだ。

 

 

  不屈の意志を持って、自らの目的を再確認したクルーゼは、再びモニターに向き直り、先ほどの続きから情報の評価を再開する。

 

  同時にパトリックが彼を切り捨てる理由を考える。

  ざっと考えて、大きく分けて3つの理由が思いつく。

 

  1つ目は、クルーゼが地球連合軍に内通していると判明した場合。

  2つ目は、クルーゼ以上に使い勝手の良い手駒を手に入れた場合。

  そして3つ目は、クルーゼに便宜を図る必要性がなくなった場合である。

 

  これまでのところ、彼の近辺に調査や拘束といったたぐいの気配は感じられない。むろん、プラントにおいても著名なMSパイロットである彼が地球連合軍に内通していたなどという情報が流れただけで、プラント市民は震撼するであろうから、極秘裏に調査を進めているという可能性は残っている。

  しかしながら、監視のひとつもないというのはやはり考えにくい。

  それゆえ、クルーゼは1つ目の理由は可能性としては低いと判断していた。

 

  可能性としてもっとも高いのは3つ目かあるいは2つ目と3つ目の同時か・・・

 

  そうクルーゼは思った。

  少なくとも、穏健派の勢力が弱まり、かつ急進派の指導力が確立した現在、情報漏えいの危険を冒してまでクルーゼに便宜を積極的に図る理由はパトリックにはない。

  一時はパトリックの腹心とまで見なされていたクルーゼだが、実際のところその関係は、ギブアンドテイクの極めてビジネスライクなものでしかなく、当然、両者の間に情義など入る余地など欠片もなかった。

  そして、通常の部隊長としての便宜は問題なく図られているため、やはりこの可能性が高い。

 

  だが、パトリックの新たに手に入れたであろう手駒は誰だ?

 

  そこまで考えた時点でクルーゼの思考は止まってしまう。それ以上を推論するにはあまりにも情報不足だからだ。

 

  特務隊に転属させたことからも、アスランが手駒のひとつであることは間違いないだろう。そのことについてはクルーゼも確信を抱いている。

  だが、アスランだけでは明らかに能力不足だ。

  MSパイロットとしての能力は問題ないとしても、謀略もからむ部隊長としての能力は未知数で十全に信用できるほどではない。

  そのことから考えても、間違いなく他に手駒となる人間がいるはずだ。

 

  「その手駒についても調査を進めねばな・・・」

 

  それにしても、最近のパトリックの神懸り的なとしか呼びようのない読みの確実さは一体なんだ?

  ここ一ヶ月ほどの間にパトリックが主導したと思われる政策および作戦は、すべて完璧に近い成果を収めている。

 

  まるで、打つべき手が全て事前に分かっていたかのように・・・

 

  そして、その成果を持ってパトリックはプラントの主導権を完全に手中に収めてしまった。

  このような状態に至る前にクルーゼとしても何らかの対応を行いたかったのだが、全ては後手に回り、重要な時期に満足な手を打つことが出来なかった。

  悔やんでも悔やみきれない時期であった。

  もっとも、オペレーションスピットブレイクが開始されてからは、ずっと戦場にいたためにただでさえ情報を入手しにくい状況にあったのだから無理もないと言えるのだが。

 

 

  状況の分析を続けながら、それまでしばらく流し見していた情報の中で気になる情報を見つけたクルーゼは、画面のスクロールを止める。

 

  「カーペンタリアには臨時の増援部隊が入るが、ジブラルタルには通常の補充部隊のみか。

   やはり、オーブ侵攻作戦に対する備えを重視していると判断すべきだろうな。」

 

  キーボードを叩き、それぞれのより詳細な情報を確認する。

  そして、その中に気になる名前を見つけたクルーゼは、手を止め画面の情報を詳細に確認する。

 

  「ウェルズ隊にローズバンク隊だと・・・

   まさか、ビクトリア基地に対する補充に銀の魔女(シルバーウィッチ)と真紅の薔薇(スカーレットローズ)を投入するとは・・・

   パトリックめ、アフリカ方面も地球連合の侵攻に対する準備におさおさ怠りはないということか。」

 

  舌打ちするクルーゼの脳裏にそれぞれ二人の二つ名を与えられた女性指揮官の顔がよぎる。

  どちらも百戦錬磨の部隊指揮官であり、その率いる部隊も開戦以来の激闘を潜り抜け、指揮官に絶大な信頼を寄せる熟練兵ばかり。

  ザフトに存在する数多の部隊の中で、間違いなくトップ10に入る部隊を2隊も投入するなど、アフリカ方面に対する強力なてこ入れに他ならない。

  一個人としてのMSパイロットとしてならば引けをとるつもりはないが、戦闘指揮官としては、おそらく彼を上回るであろう人物が率いる部隊と正面から戦闘を行うなど、彼としてもごめんこうむりたいほどである。

 

  「だが、使えるなこれは。」

 

  そうつぶやいたクルーゼは、猛烈な速度で思考を進める。

 

  オペレーション・スピットブレイクの誤情報で、情報源としての存在にみそをつけてしまった彼は、早急にその信頼を回復すべく何らかの価値ある情報を提供する必要に迫られていた。

 

  とりあえず役に立つ情報を流すことができれば、当面の間、先方の信頼の低下を食い止めることができる。

 

  そして、クルーゼが極秘裏にプラント本土に張り巡らせた情報網から入ってきた増援部隊に関する情報は、少なくとも相手方にとって注目に値するものである。

  さらに、彼が地上にいる以上、そうそう何度も貴重な情報を手に入れられるとは限らない。

  Nジャマーによる通信障害を可能な限り押さえた長距離通信は、いかに部隊長とはいえそうそう何度も使えるものではない。

  であるならば、入手できたこの情報は有効に使わねばならない。

  しかも、この情報に価値があるのはそれほど長い期間ではない。

  戦闘が始まってしまえば当然ほとんど価値はなくなるし、地球連合側の諜報機関が彼より先にこの情報を上層部に伝えてしまっても同じく価値がなくなる。

  彼は、先方にこの情報を速やかに伝えるための手順を練り始めた。

 

 

 

  ラウ・ル・クルーゼ。

  ザフトの獅子身中の虫は、その勢力を弱めたとはいえ、未だ健在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 前回と違い、短いなあ(笑)

 とりあえず思い付きをちょろっと文章化した今回・・・

 

 コンセプトは、そのころのクルーゼさんです(^^;

 

 本家のクルーゼもなかなか苦労していますが、紅も苦労しているようですな。

 書いている当人も知りませなんだ(爆)

 ちなみに文中で出てきた二つの異名は、なんのひねりもないただの私の思いつきです。

 この先どうなるかは、さっぱり分かりません(核爆)

 

 それにしても、オーブ戦はまだかな〜?

 と思っている方は、今しばらくお待ちいただくかと(汗)

 多分、今回と同じような寄り道が後2,3回は続くと思います・・・

 

 ・・・寄り道の誘惑は強いのですよ(核爆)

 それにしても、種運命はどうなるんでしょうか、不安と期待が相半ばしております。

 たとえ、駄目と分かっていても、つい期待をもってしまうのが、人間の性と思いませんか?

 

 例えば、代理人が管理人の日記が時間内に届くことを期待してしまうように・・・・・え、違う?(笑)

 

 

 

代理人の感想

それについてはとうに諦めてます。(爆)

ま、管理人忙しいですしね(苦笑)。

 

にしても今回は短いんですが・・・まぁ、実質的にただの一挿話ですしねぇ。