紅の軌跡 第17話

 

 

 

 

  ガシャン、ガシャン、ガシャン

 

  機械音とともにシュミレーターがレールの上を後退し、かすかな圧縮音とともに開放され、訓練していたパイロット達が擬似コックピットからふらふらと降りてくる。

  そこらのゲームセンターにおいてあるような感じの大型筐体であるが、無数の油圧ジャッキによる激しい揺れを始めとして、可能な限りの本物に近い再現性を持たせられたシミュレーターは、乗り込んだ人間をそれこそ洗濯機の中に放り込まれたように激しくシェイクする。

  三半規管を無事な状態に保ったまま降りてこられるものは、まだまだ極少数しかいない。

 

  そして、その様子をカメラ越しに見ながら、オーブの国営企業モルゲンレーテの技術主任であるエリカ・シモンズは今の戦闘結果を確認していた。

 

  「ストライクダガー・・・か。

   全般的に見て、こちらの方が総合性能は上だけど、攻撃力を取ってみれば、ともに相手を一撃で破壊できるだけの威力を持つのがやっかいね。

   機動性はこちらが文句なく上、防御力はともにシールド頼りといったところかしら。」

 

  エリカ・シモンズの観察は正確であった。

 

  もともとオーブの量産型MSであるM1アストレイは、地球連合のMS技術とオーブ自身の技術を融合する形で完成している。そして、M1アストレイは、連合製のMSと比較して軽量化により機動性を上げているのが特徴といえるだろう。実際のところ、M1アストレイの戦闘重量はストライクダガーと比較して2割程度軽く仕上がっている。

 

  また、エリカのいうように攻撃力の要となるビームライフルは、双方ともに直撃すれば相手の装甲を一撃で打ち抜くだけの破壊力を持っていることから、多少の威力の差を誇っても意味がない。過剰な破壊力を持ったとしても、バッテリーの消耗が早くなるだけだし、明確な目的がなければ無駄になるだけである。

 

  そして、防御力については、M1の場合、機動性を上げるための軽量化が防御力の向上を阻害している。装甲材質の更なる軽量化と耐弾性の向上に務めているが、未だ十分なレベルに達していない。

  それに対し地球連合のストライクダガーは、ひたすら生産性を追及した構造から、必要十分条件を満たすだけの装甲しかほどこされておらず、そこそこの防御力で妥協している。まあ、戦時量産型として生産性第一に考えられた機体だけに、コンセプトに沿った正しい設計といえるだろう。

 

  だが、群島国家という地政学的な条件により、海上戦力はともかく陸上戦力においては絶対数が少ないオーブ軍は、単体上での能力は高いとはいえ、現状に満足することなくMSの更なる性能の向上は必須であった。

  そのため、エリカはMSパイロットたちが繰り返し訓練しているシュミレーションから、問題点の洗い出しと性能向上のための情報解析に努めているのである。

 

  「それにしても、本当にこのデータが入手できて助かったわね。」

  「全くですね。」

 

  そんな中、ぽろっとこぼれたエリカのつぶやきに、同僚の職員がうなづく。

 

  シュミレーション上の相手として現れるのは、地球連合軍のストライクダガー、それも実戦データと構造解析データから算出された可能な限りというよりもほとんど本物といっていい代物である。

  エリカには入手元は知らされていないが、おおよその見当はついている。

  アスハ家やサハク家に関係の深い彼女は、プラントからの交渉団が、オーブ政府と交渉中であることを非公式に知っている。それゆえ、このデータがザフトからオーブ軍部への交渉の手土産として先渡しされたものであろうと予測することはそれほど難しくはなかった。

 

 

 

  ザフトは、先のパナマ攻略戦で入手したストライクダガーをカーペンタリア基地とジブラルタル基地に運び込んだ後、状態の良いものについてはプラント本土に輸送したが、破損していた機体については両基地で解析及び修理を実施した。

 

  ザフト地上軍の要といえる両基地の設備はかなりのもので、損耗がほとんどないことから効率は極めて高く、かつ、解析を行った技術者の能力も人数も十分であったため、ストライクダガーの解析は順調に進み、主要な部分の分析についてはわずか2日で終わらせていた。

 

  もっとも、そんなに早く解析が進んだ裏の理由として、もともと、地球連合がMSを製造する手本としてザフトのジンを用い、多々似ている箇所が存在したことも解析がはかどった理由のひとつとしてあげられる。

 

  その分析データを、プラント本土からの指示に基づき中立国交渉団の武官に渡し、交渉の前段階でさっさと相手国の軍部に渡したのである。

  プラント側からすれば、すでに赤道連合に対しても供与済みデータであるし、それほど惜しいデータでもないが、オーブ側にとっては垂涎の代物であることは間違いないし、赤道連合のとき同様に心理的な重圧を与えることが目的でもあった。

 

  一方、ザフトから貴重なデータを受取ったオーブ軍部は、政府の交渉が継続しているのを余所にそのデータを大量にコピーし、効果的な戦法を確立するために参謀本部へと送ると同時に、各MS訓練施設及び製造研究施設にも配布、そのデータの有効活用を図った。

 

  その結果として、現在このオノゴロ島の地下に設けられているシュミレーションセンターでは、本番さながらの苛烈なシュミレーションが行われているのである。

 

  データを受取った時点では、地球連合によるオーブ侵攻の可能性はまだ確認されておらず、勇み足だったかもしれないが、敵となる可能性が存在しているというだけで、軍部が事前に行動を開始するするには十分だったということだろう。

  あり得るかもしれない危険に備えるといって点では、オーブ軍部は極めて健全に運営されていたといえよう。

  いや、ヘリオポリスの崩壊が軍内部における楽観論を駆逐し、現実を見据えるリアリストを中心に、最悪時の戦闘を見据えた対応を行うよう促していたと考えるべきかもしれない。

 

  つまりは、世界中で行われている戦争の中で中立を維持するには、戦争当事国以上に細心でかつ慎重な対応が必要とされることをオーブの軍部は強制的に学ばされたというわけだ。

 

 

 

  そして、その対応の一環としてモルゲンレーテ社技術主任であるエリカ・シモンズは同僚たちとともに、M1アストレイの性能向上に取り組んでいるわけである。

  キラ・ヤマトの協力によって戦闘機動が可能となったM1アストレイは、戦車や航空機が戦場に登場したときと同様にこれまでにない新しい系統の兵器の開発初期の通例として、細かなヴァージョンアップが頻繁に繰り返されている。

  だが、それでも現在の性能はエリカの満足のいくものではなかったようだ。

 

  「それにしても、この結果はいただけないわね。」

  「そうですね。この損害比率ではもしも実戦になったとしたら、ちょっと大変ですね。」

 

  エリカ達が見ているシミュレーションの結果は、M1とストライクダガーが正面から小細工なしにガチンコの戦闘した場合のキルレシオが1対1.5となっていた。つまり、ストライクダガーを3機撃墜するとM1も2機撃墜されるという結果である。

 

  もっとも、この原因のひとつには、いまだ多くのパイロットが、訓練不足によりアストレイの能力を十分に引き出せていないこともあったが、状況設定として必ず連合側の方が戦力が多いという、かなりシビアなシミュレーション設定も影響していたのであるが。

 

  「M1の現在までの生産数は約120機、とすると極めてざっくりとした計算では、180機のストライクダガーを投入されたらこちらは全滅という結果になりかねないわね。」

 

  うーんと唸り声を上げながら考え込むエリカ。

 

 

 

  M1はヘリオポリス崩壊時にプロトタイプが完成していたが、その後、本国にて量産型が完成。その後、月産30機程度のペースで生産され、オノゴロ島を中心にオーブ各地に配備されつつあった。

  オーブの持つ経済力と生産力からするとすこしばかり生産数が少ないようにも思えるが、平和な国における軍備支出の急激な上昇は国民に歓迎されない以上、予算に見合った生産数にならざるを得ない、いや、むしろ平時に比べればかなりの生産スピードであったといっていいだろう。

  旧世紀の日本の自衛隊において、正面戦力が充実していた時期を見てみると、作戦用航空機約500機、戦車約1000両であった。この戦力は数年から十数年もの時間をかけて整備されたことを考えると、4ヶ月で100機を越えるMSを配備したオーブの戦力整備のペースはたいしたものであるといわざるを得ない(まあ、自衛隊の戦力整備には様々なしがらみがあったため、一概に比較することが正しいともいいきれないのだが)。

  それを許容しえたのも、戦争が必ずしも自分たちを避けてくれるとは限らないということを、ヘリオポリスの崩壊が政府及び官僚の一部に強制的に教育したことの結果だったといえる。

 

  もっとも、戦争のほうがほぼ間違いなく押し寄せてくることが見えつつある現在、生産工場をフル回転させ、増産につぐ増産を行っている現状からすれば、それほどたいした意味はないのかもしれないが。

 

  いや、生産設備の増築を考慮すればやはり意味はあったと考えるべきだろうか。

 

  侵攻数日前に敵の動静をキャッチしても、戦力整備上はどうすることもできないが、数週間前にキャッチしたのであれば、ひとつふたつの生産ラインの増設は難しい話ではない。

  実際、M1アストレイの生産ラインは増設され、毎日のように新規に生産された機体を軍に供給している。

 

  そういった意味で、オーブ軍は与えられた時間を決して無駄にはしてはいなかった。

 

 

  シミュレーションのデータが表示されたデータを前にして、なかなかいい考えが浮かばないエリカは、ひとり考え込んでいたが、やがてひとつため息をつくと同僚に顔を向けた。

 

  「うーん、ちょっと考えが煮詰まっちゃったかもしれないわね。」

  「そろそろ一息入れられたらどうですか?

   ずっとこちらに詰めたままでしょう?」

 

  先ほどの同僚が、休憩を取るように勧めてくる。

 

  「そうね。ちょっとリフレッシュしたほうがよいかも。」

 

  自分でも長時間の労働により活力が衰えているように感じたのか、素直に忠告を受け入れたエリカはコントロールルームを出て、休憩室へ向かった。

 

 

 

  一方、シミュレーションから開放された三人娘、アサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツ、ジュリ・ウー・ニェンもまた休憩所にたどり着いて一息入れていた。

 

  「あー、疲れた。」

  「ほんとにね〜。」

  「まだ身体がぐらぐらしているみたい。」

 

  女性が三人寄れば姦しいというように、彼女達は休憩所に入ったとたんおしゃべりを始めた。楽しいおしゃべりをし始めた途端に、身体の疲れのことなんてどこかに置き忘れられるのが女性の恐ろしいところでもあろうか。

 

  「あーん、髪がぼさぼさー。」

  「結構な時間、シミュレーションマシンに振り回されていたからね。しょうがないよ。」

  「でも、ちょっとシャワーでも浴びたい気分だよね。」

  「うんうん。」

  「残念ね。もう一仕事残っているわ。」

  「そうなんだよねー。」

  「ここんとこ訓練!訓練!訓練!と訓練のオンパレードだもんね。」

 

  しばらく前からはじまり、ここ数日ずっと継続されているMS搭乗訓練の厳しさについ愚痴もでる。

  彼女たちは極めて初期のころからテストパイロットとしてM1アストレイの開発に携わっていたため、一般のパイロットたちよりも多彩な訓練が課せられているのだ。

 

  「それにしても、くやしいなあ。」

  「そうね。囲まれたからといって、あんなに簡単に落とされるのはちょっとね。」

  「全くだよ。」

 

  それでもやはりパイロットなのか、話は先ほどのシュミレーションの結果に行きついた。

  基本的にパイロットという人種は負けず嫌いと古今東西きまっている。

  女の子とはいえ、この三人もまた、クリアするのにてこずる設定に、それなりに苛立ちを覚えているようだ。

 

  「シュミレーションに出てくるストライクダガーって一機一機はたいしたことはないんだけど、数がそろうとやっぱり手強いよね?」

  「そうね。同数だったら負けるつもりはないんだけど、毎回、相手のほうが数が多いから。」

  「それってちょっとずるくないかな?いつもいつもそんな戦場ばかりとは限らないと思わない?」

  「そうだよね〜。」

  「うんうん。」

 

  機体の習熟訓練を除けば、常に劣勢の状態から始まるシュミレーションについつい文句をつける。

 

  「気持ちはわからなくはないけど、現実に合わせた設定といって欲しいわね。」

  「「「えっ?」」」

 

  思いもよらぬ声が、あらぬ方向から三人の会話に割って入った。

 

  「あっ、エリカさん!」

 

  振り向いた三人の視線の先には、休憩所に入ってきたエリカの姿が映っていた。

 

  「こんにちは、エリカさんも休憩ですか?」

  「ええ。ちょっと煮詰まっちゃってね。」

  「へえー、そうなんですか。」

 

  自販機にカードを入れ、当座の飲み物を購入したエリカがカップを手に持ったまま三人のところまで歩いてくる。

 

  「ところで、さっきの現実に合わせた設定ってどういうことですか?」

 

  三人の中でリーダー格のアサギがエリカに尋ねる。

  彼女たちのそばのソファに腰掛けたエリカは、喉を潤すと、簡単に説明を始めた。

 

  「貴方たちも最近のきな臭い雰囲気には気づいているわね?」

  「はい。なんか実戦さながらといった雰囲気がちらほらと見えますし。」

 

  ジュリが最近の基地内の雰囲気について感じるところを話す。

 

  「実戦さながらではなく、実戦のための準備が進んでいるのよ。」

  「そうなんですか!」

  「ええ。少なくとも軍上層部には、非公式にその話が出回っているわ。」

  「そうすると、攻めてくるのはやっぱり・・・」

  「わざわざ関係のない勢力のMSとシミュレーションしてもしかたないでしょ?」

  「はあ。やはり地球連合ですか。」

  「その通りよ。

   パナマの宇宙港を失ったからといって他人のものを分捕ろうなんて地球連合も随分と欲望に素直になったみたいね。

   まあ、ギガフロートだけじゃ輸送力が不足するから欲しがる気持ちは分からなくはないけれど・・・」

 

  やれやれといったようにエリカが首を振る。もっとも現実は、そんなのんきなことを言っていられる状態ではないのだが、エリカの心の中ではきっちり割りきりがなされているようだ。

 

  「彼らが欲張りなのは今に始まったことではないと思います。」

  「それもそうね。」

 

  ジュリの意外に鋭い突っ込みに全員が笑みを漏らす。

  ひとしきり笑った後、エリカは三人を見て説明の続きを行う。

 

  「相手が地球連合だとすれば、少なくとも数でこちらを上回ることは貴方たちにも予想はつくでしょう?

   だから、シミュレーションの設定は常に敵の方が多くなるように設定されているのよ。

   そもそも同数じゃ、貴方たちぐらいのレベルに成長したパイロットにとって負けるはずないでしょ?」

 

  その言葉には、自身が開発を主導したMSに対する信頼が込められていた。まあ、同時に地球連合の第一線に立つパイロットの消耗度合いを冷静に分析した結果でもあったのだが。

 

  なぜなら、どこの国の軍隊であれ、開戦と同時に練度は低下してゆく。それは熟練した兵員の損耗だけがその理由ではない。戦争が始まれば、艦艇は出撃し、師団は前線に張り付かなければならず、その間はまともな訓練など行いようもないからである。

  ザフトはコーディネイターの持つ高い能力によって練度の低下を可能な限り押さえているが、地球連合はそのような恵まれた環境とは程遠い事情にあったため、一部の部隊を除いてその練度は著しく低下している状態にあった。

 

  「それはまあ、同数のストライクダガーに負けるつもりは全然ありませんけど。」

  「右に同じ〜。」

  「これだけの訓練を受けておいてそう簡単にやられるつもりはありません。」

 

  エリカの信頼に応えるかのように頼もしい返事が返され、自身の信頼が偽りでないことを感じたエリカも嬉しそうに頷く。

 

  「でも、それならより実戦に即した設定の方がいいのではないでしょうか?」

 

  だが、そこにぽつりといった感じで、アサギが少々考え込みながらもそうエリカにいう。

  わずかに驚いたエリカだったが、視線をアサギに向けると続きを促す。

 

  「というと?」

  「仮に地球連合が攻めてくるとしたら、必ず上陸戦になるはずですよね。

   そうすると当然、敵には艦隊からの援護と航空支援がついているはずです。」

  「・・・そうね。そう考えるのが妥当だわ。」

  「ですが、いま私たちが行っているシミュレーションはMS同士による集団戦闘が中心です。」

  「確かにそうね。」

 

  すこし考えた後、エリカが頷く。

 

  「一方、こっちも相手が攻めてくるとわかっている以上、防衛施設を充実させるはずです。

   であるならば、一定以上のレベルに達しているパイロットについては、実際の防衛施設の利用も組み込まれた、対上陸戦闘のシミュレーションも念入りに施すべきではないでしょうか?」

  「なるほど。十分に考えさせられる意見ね。」

 

  アサギの指摘に今度はエリカが考え込む。

 

  M1アストレイの能力向上は今後も続けていくつもりだが、一週間や二週間程度で飛躍的に性能が上がるはずもない。だが、実戦に即したシミュレーションを繰り返すことで、より実戦に即したカスタマイズを施すことは性能向上よりもはるかに短期間で実施できる。

  額面上の戦力は増大するわけではないが、対応能力、継戦能力や戦場復帰への時間短縮といった見えない部分での戦力向上が期待できる。

  実際、ザフトのジンは局地戦闘用にカスタマイズされ、多種多様なバリエーションが存在し、開戦後の快進撃を支える一助となったことは記憶に新しい。

 

  さらに、主要な軍事施設への防衛設備の配置の促進も効果がある。

  火砲などの攻撃兵器の配備には、国民への不安を煽る可能性が出てくるが、トーチカ代わりの単純な強化コンクリートと鋼鉄製の弾除けなどは、あらかじめ用意しておいていざという時にMSで予定の場所に設置すれば、防衛ラインの構築に役立つはず。

  その上で、その情報を織り込んだシミュレーションを実施しておけば、オーブの防衛能力は飛躍的に向上するだろうし、MSのキルレシオも劇的に改善するだろう。

 

  MSはあくまで軍事兵器である。ならば、単体での性能アップだけではなく、戦場となる地形にマッチしたチューニングが施されるのは当然のことであろう。

  軍上層部もこの程度のことは考慮しているだろうが、開発側からもより有機的に連動できるよう働きかけてみるべきではないだろうか。

 

  「あの〜、エリカさん?」

  「大丈夫ですか?」

  「もしもし〜?」

 

  そんな風にじっと考え込んでしまったエリカに対し、三人が恐る恐るという風に声を掛けている。

  するとそれまで身動きせすらしなかったエリカが突然すっくとソファから立ち上がると視線を三人のほうに向けた。

 

  「ありがとう、三人とも。

   あまりにも当然のこと過ぎて見落としていたことが見えたわ。」

  「「「へっ?」」」

 

  そういうとエリカは手に持っていたカップの中身を一息に飲み干すと、つかつかと勢いよく休憩室を出て行った。

  彼女の脳裏にはすぐにでも改修可能な機体のプランが2種類、しっかりと製図されつつあった。

 

 

 

  そして、後には頭上にはてなマークを浮かべている三人娘が残されていた。

 

 

 

  この後、数日してシミュレーションの内容が基礎訓練、応用訓練、実践訓練の3段階に分けられ、中でも実践訓練は、より高度かつ間近に迫った地球連合軍との実戦に即したものに改められ、それに伴い訓練の中身も非常に濃いものになり、パイロットにより負担を掛ける代物となっていった。

 

  同時に、使用するアストレイのデータも、次々と改修が行われた。

 

  最初にシミュレーションに現れたのは、狙撃タイプの機体だった。

  機体そのものにはそれほど大掛かりな改修は施されていないが、装備する武装がまるで違っていた。

  350ミリガンランチャーと94ミリ高エネルギー収束火線ライフル、それが新たな装備の名称である。

  そう、GAT−X103バスターに装備されていた大威力兵器を装備したのだ。もともとバスターもオーブで製造したのだから、その武装を再度生産することなど実に簡単であった。

  もちろん、バスターと比較してパワーで劣るアストレイがこの重量のかさむ武器を自在に持ち運びできるわけではない。だが、実際の狙撃兵の運用を考えてみれば、それは問題とならなかった。

  そう、狙撃兵は基本的に待ち伏せを主任務とする。ならば、複数のアストレイで事前に狙撃ポイントに武装を設置しておけばよいだけの話なのだ。

  しかも2機一組で活動するように運用方法を変更すれば、ガンランチャーと高エネルギー収束火線ライフルを別々に使用し、必要な時だけ連結させれば随所で強大な火力を発揮でき、重い荷物を分割して持っているのだから運用もそれなりに柔軟性を持たせることができる。

  後は、機体の遠距離捜索の機能と照準機能を中心に強化すれば済む話だ。

 

  もう一種類は、先の狙撃タイプとは違って機体に大掛かりな改修が施されていた。

  スラスター装備型の肩部ユニットと対ビームコーティングが施されたアーマーシュナイダーを内装した足首、そして強化型バックパックを装備された機体は、とあるカスタムMSに酷似していた。

  そう、この機体は傭兵部隊サーペントテールのリーダーが使用しているアストレイブルーフレームセカンドLのデッドコピーというべき機体だった。

  さすがに劾ほどの能力をもつパイロットはいまのオーブには存在しないことと整備性を上げるために機体の随所が簡略化されているが、それでも改修前のアストレイと比べて格段に近接戦闘能力と機動性が上がっている。

  オリジナル同様、様々オプションを運用することを前提にしているため中距離の戦闘能力も高い。

  つい先日、エリカ自身がオリジナルのブルーフレームの改修を施しただけに改修データの流用は容易く、先の狙撃タイプと一緒にあっという間のシミュレーションへの登場となったわけだ。

 

 

  新たな機種の登場したシミュレーションはより真剣味をおび、それなりの操縦レベルに達していた3人娘は、当然のことながらもっとも厳しい訓練に投入されることとなった。

  以前に比べてもはるかに訓練が厳しくなった結果、アサギはマユラとジュリから責められ、罰として食事をおごらされることになってしまったのはご愛嬌である。

 

  なお、シミュレーションの結果により新しい機種の有効性を確認したオーブ軍部は、狙撃タイプをM1アストレイスナイパー、近接戦闘向上型をM1アストレイコマンドと命名し、直ちに実機の生産を指示した。同時に、使用可能なユニットの変更があれば、当然の事ながら取り得る戦術の選択肢も変わってくるため、迎撃計画の変更も開始した。

  MSを用いた戦術のノウハウを保有するのは、現時点ではザフトのみである。ノウハウを持たないという点に関しては攻め寄せてくる地球連合もオーブと変わりはない。

  極秘裏にMSの開発を開始してから予備的な研究が進められていたものの、オーブはMSを国防の中核として運用した場合の現実をしらない。どんな性能かは判っていても、それが宇宙空間における機動部隊やあるいは輸送船団の護衛に用いた場合、あるいは地上における機甲戦闘を行った場合に、どのような効果をもたらし、何に向いていないのかを掴んでいないのだ。

  当面は試行錯誤を繰り返し、最良の戦術プランを模索することが戦闘が開始されるまで続くことだろう。

 

  また、防衛戦闘時に臨時司令官に任命されるであろうカガリ・ユラ・アスハに対しても、指揮官が知っておくべき事柄の最低限の教育が開始され、同時にレドニル・キサカ以外にも、カガリを補佐する、正確には軍事的な選択肢を提示するための参謀の選抜が行われ、防衛軍司令部における訓練が始まった。

  お転婆姫ともよばれるカガリだが、オーブに迫る危機を認識したのか、ぶうぶう文句を言いながらも、まじめに訓練に取り組んでいる。

  彼女自身、もろもろの情報から地球連合の侵攻の可能性が極めて高いと判断したがゆえであったのだろう。

 

 

  実戦経験の差は、兵器の性能以上に運用面に如実に現れるものだ。

  だがオーブ軍は、少なくとも地球連合による侵攻を受け止めるための準備をより深く真剣に整え始めたのである。

  その成果がいかなる結末をもたらすのかは、現時点では誰も知らなかったが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 バタフライ効果、オーブに波及する、の巻でした(笑)

 やはり歴史改変の影響がオーブにもでないとおかしいでしょうから。

 ただ、改変内容は荒唐無稽にならないよう注意したつもりです。

 時間さえあればM1アストレイの各種バリエーションを生産することは十分あり得たのではないかと思って書きました。

 Xシリーズからの流用とブルーフレームの設計図の流用だけですからそれほど手間も掛かりませんし、いわゆるひらめきが訪れれば、間違いなく生産できたでしょう。

 そもそも地球連合だって多種多様なダガーのバリエーションを作っているんだし、オーブにだってあってもおかしくないよね、うんうん(爆)

 

 それにしても、いよいよ種運命が始まりまする。

 果たして期待は裏切られるや否や?

 基本的に第一話でインパクトは決まるからなあ・・・

 

 主に地球連合側から描かれていた種に対してザフト側から描くという種運命というスタンスの違いがどう活かされているか・・・むう。

 ・・・まあ、最悪へたったとしても、そのときはまたネット上でSSが活発になるだろうから、それはそれで楽しみだったり(笑)

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

シリーズ構成があれである以上、どうひっくり返しても大勢は決まっている、と言ってみるテスト(爆)。

まぁ、3話くらいは見てみるつもりですが。

 

さて、オーブの戦力拡張ですけど・・・この程度じゃさすがにどうにもならないような、という気はまだしますねぇ。

物量差が圧倒的なだけに、もう何枚か切り札がないと結果は同じになるんじゃないかと。

それはともかく、余り荒唐無稽にならないのもそれはそれでちょっぴり寂しかったり(笑)。

矛盾したファン心理って奴なんですけどね。