紅の軌跡 第23話

 

 

 

 

 「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・夢か・・・・・・」

 

 それまでベッド上で酷くうなされていた人物は、夢の残滓を振り払うかのようにゆっくりと上半身を起こすと同時に、わずかに顔をしかめたまま手で顔を押さえながら呻くようにつぶやいた。

 そのままもう一方の手を伸ばし、ナイトスタンドのスイッチを入れると大きく深呼吸をする。

 

 「・・・まったく、ろくでもない夢だったな。」

 

 苦々しげにそういって、胸の中の空気を悪夢の残滓を吐き出すかのように大きく深呼吸する。

 そのままうなされていた人物、プラント最高評議会議長パトリック・ザラは枕もとの水差しを手に取ると、そのまま中身を喉に流し込んだ。

 

 「ふう・・・やはり、ストレスが相当掛かっていると考えるべきか。

  まあ、私の意識が今の状態であれば当然といえば当然か・・・」

 

 そういって、パトリック(いや、この場合は融合したもう一方の人格、高城 司の意識がより前面に出ている今は、司と呼ぶべきであろうか)は顔を押さえていた手をどけると、ゆっくりとベッドから身体を起こしそのままソファまで歩いてゆく。

 そして、ソファ横のサイドテーブルから瓶を取り出し、テーブルの上のグラスに中身を注ぐと、グラスを口元によせ一口、口に含む。

 熟成されたアルコールが喉を焼く感覚が走り、いまだ眠っているに等しかった身体の感覚が一斉に目覚めていくのが分かる。

 そしてグラスに残った琥珀色のウイスキーを一気に口の中に放り込むと、深々と身体をソファに沈め、再びため息をつく。

 

 「・・・それにしても、プラントが地球連合軍の核攻撃で崩壊する夢を見るとは・・・な」

 

 その口調は、まるで極寒の吹雪の中から生還したばかりの人間のように寒々としたものだった。

 

 先ほど見た悪夢。

 それは夢の中の出来事とはいえ、異様なほど現実感に満ち満ちていた夢だった。

 

 核爆発により外壁が破損し、生じた破口から真空の宇宙空間に次々と吸い出されていくプラント市民達・・・

 あるいは、核爆発の衝撃により破損したシャフトの倒壊に巻き込まれ、発生した膨大な瓦礫によって生き埋めになっていく人々・・・

 またあるいは、プラントに直撃した核ミサイルにより生じた膨大な熱量によって、シェルター内に避難したまま蒸し焼きにされるコーディネイター・・・

 

 そんな臨場感溢れる映像と音声を延々と見せられたおかげで、まだ身体中のあちこちに鳥肌が立ったままだ。

 

 「こんな夢を見るとは、普段は本来のパトリックに成りきっているとはいえ、やぱり俺自身の器は一般人クラスということかな?」

 

 自嘲するようにきゅっと唇の端を上げると、手に持ったグラスに再びウイスキーを注ぎ、勢いよく飲み干す。

 

 人格融合したパトリックの主人格である高城司は、普段の生活では自らがマインドセットあるいは人格壁紙と呼ぶ一種の自己催眠のようなことを行い、自らの融合意識の中に溶け込んだオリジナルのパトリック・ザラの思考様式をトレースした人格に成りきって活動している。

 でなければ、一介の民間人が一国の指導者などいつまでも続けられるはずもない。

 最初はSEED本編の知識とコーディネイターに備わっている鍛えられた並外れて高い能力を用いることで、その後は自己催眠によってパトリック・ザラに成りきることによって、一国の指導者としてこれまでのところ非常にうまく物事を進めてくることができた。

 まあ、最初の残された記憶だけを頼りにした行動はやはり周囲の人間にある程度違和感を与えていたらしいことが、人格融合後に話を聞いたことで判明していたのだが。

 そういったことを考えると、人格融合が起こってくれたことは天の助けとも思えなくもない。

 が、正直なところ、なぜ自らの内に融合した人格を自己催眠のような手段で成りきることができるのか、実際にやっている司にもわかってはしない。

 そもそも、人格の融合などという前代未聞の事態に対応できるほどの能力など、はなから司は持っていないのだからそれもまた当然であるのだが。

 ただ、プラント最高評議会議長という役職を成し遂げるには本来のパトリックの能力が必要だ、と強く考えながら活動していたところ、いつの間にかできるようになっていたとしかいいようがない。

 必要は発明の母という。ひょっとしたら、コーディネイターとしてのこの肉体が困難を克服するために、精神に何らかの影響を及ぼしたのかもしれない。

 もっとも、そんな立場に追い込まれたのを悲しむべきかどうか悩みどころでもあるのだが。

 

 

 だが、普段ならともかくいまの彼にはそんな哲学的なことを考えるだけの余裕はなかった。特に、一般人としての意識が強く前面に出ている今のパトリックには。

 このようなまるで人格融合の副作用というか揺り戻しというような、ほぼ完全な高城司としての人格のみが浮かび上がることが、これまでにも何度か起こっている。そのような場合、人格融合後の司にとっては納得のいくことであったはずのことが、極一般人である素の司には自己嫌悪に駆られる状態に陥ることが多い。

 つまるところ、戦争時の国家指導者などという代物は善人には勤まらないということをまざまざと感じているわけである。

 

 そんなある種、追い込まれた状態にありながら、パトリックの脳裏には先日のマザーシステムの長期的な今次大戦の一連のシミュレーション結果がまざまざと映し出されている。それはまるで、たとえ素の人格に戻ったとしても、本来のパトリック・ザラが「課せられた義務から逃げることなぞ許さない」とでもいっているかのようだった・・・・・・・・・

 

 そして悪夢にうなされた直後でありながら、いやむしろその直後だからこそ、司は強迫観念に突き動かされるように思考を推し進めた。そうするしか悪夢の残滓から逃れることができないとばかりに・・・・・・

 

 

 

 やはり人口の圧倒的な格差は厳しいものがある、か。

 

 プラント最高評議会議長としてここ数ヶ月、パトリック・ザラその人に成りきって戦争指導へ辣腕を振るってきた司の胸中に、シミュレーションで導かれた結果を見た瞬間、わりとあっさりとした感想が浮かべた。

 行政府の要人達とザフト軍上層部に対して提示されたシミュレーションの結果は、現状考えうる可変パラメータが多すぎ、結果を1つに確定することなど最初から不可能とわかっていたが、それでも提示された可能性として次のようなパターンがいくつか存在した。

 

 1.旧世紀の世界大戦のような長期戦に突入。

 2.再三再四膠着する戦線と小競り合いの継続。

 3.やがて来る人的資源の枯渇によるザフトの戦力の消耗。

 4.逆に有り余るほどの人的資源によって再建された地球連合軍によるプラント本土への侵攻。

 5.そしてプラント側敗北での大戦終了。

 

 むろん、プラント敗北に至る各ケースの詳細を見れば多少の差異はある。が、おおまかな流れは変わらなかった。

 この結果はザフトの指揮官の一部には納得がいかなかったようだが、実際、経済や資源などの短期的な対処が可能な問題はともかく、人口という一朝一夕には解決できない問題は恒常的にプラントに圧し掛かっている巨大な重しである。

 個々のコーディネイターがどれほど強い力を持っていても、このまま何も手を打たずに惰性で戦争を進めていけば、あるのはいつか訪れる人口の破断界という名の限界と、その果ての無残な壊滅だけであるというひとつの未来はパトリック他、急進派、穏健派を問わず評議会議員たちには納得できる範囲のものだった。

 

 レノア・ザラを失う前のパトリック・ザラ、彼は極めて優秀な政治家であり一流の戦略家でもあった。

 それゆえにプラントが、いやコーディネイターが抱える限界もこの地球圏で最もよく知悉している人間の一人でもあった。

 だからこそ、そのパトリックと融合した司は彼の知識を用い、狂気に陥る前のパトリックならば採ったであろう方法として、その限界に対処するためクライン派と和睦することでその人員を有効活用できるように手を打った。

 そして口説き落としたクライン派の人員を用いて、赤道連合という味方を得ることに僥倖というべきであれどなんとか成功した。

 その様は、旧世紀における決して相容れることのない共産主義国家の独裁者と敵を同じくするというだけで手を結んだ民主主義発祥の国の戦時宰相を彷彿とさせる。

 実際、このこと自体がパトリックの優秀さの証明であり、誇りに思ってもいいかもしれない。

 だが、優秀であるがゆえに、危険な状況が一気にひっくり返るほど劇的に改善したわけではないこともまた把握できてしまうのだった。

 

 まず、赤道連合に提供しているのは改良してあるとはいえ、どノーマルのストライクダガーでしかない。しかも、赤道連合はこれまでに全くMS運用の経験がない。運用ノウハウを持たない兵器を用いた部隊編成など、猫に小判、豚に真珠、絵に描いた餅でしかない。

 事実、ザフト軍から選出し一時的に民間に籍を戻させた事実上の軍事顧問団や、プラントが雇用し赤道連合に送り込んだそれなりの腕を持つ教官役の傭兵部隊からは、赤道連合のMS部隊の戦力化には今しばらくの時間がかかるとの報告が評議会に上がってきている。

 実際、現在は国土防衛を主眼においた防衛戦闘の訓練が主として行われているという。

 その事実から、仮に地球連合による侵攻があった場合、地の利を得た防衛戦を行うことはできるが、逆に相手に侵攻できるだけの能力を持つことはそれなりに時間がかかると見て間違いない。

 いくら国力を向上させるより軍事力のみを突出して強化するほうが簡単だとはいえ、物には限度というものがある。それゆえ、今次大戦に限って言えば赤道連合が成しうるプラントへの純軍事的な貢献は、東アジア共和国とユーラシア連邦に対する牽制が限界だろう。

 

 ただ、水面下での協力についてはまったく予想外の成果を得られることが判明した。それは、赤道連合の情報機関とザフトの協力関係の樹立である。

 

 プラント理事国でなかった赤道連合にとって、プラントから理事国にもたらされる安価な資源や工業製品、そして膨大なエネルギーは羨望の眼差しを向けるしかないものだった。なぜなら、如何に非理事国がプラント理事国に対し、富の独占への非難の声を上げようともどこ吹く風とそっぽを向かれるのが関の山であったからである。

 しかしながら、同時にプラントから理事国にもたらされていた高い科学技術。これについては非合法な方法を用いることで部分的ながらも入手可能だった。

 とどのつまりは、産業スパイである。

 

 そんなわけで非理事国の赤道連合から各プラント理事国に対して、旧世紀の冷戦時代の米ソも真っ青の諜報戦が仕掛けられていたのである。

 冷戦終結後の米国においても、諜報機関が先端技術や経済情報に対する情報収集に比重を移すといった事象が見られたが、赤道連合のそれは過去の大国の実績を質と量ともにはるかに凌駕するものだった。

 まあこれは、それほどの規模の人・物・金を投入しなければならないほど、赤道連合は隣国に対し警戒感を持っていたと見ることができるのだが。

 実際のところ、国力に劣る側が取りうる手段としては、軍事力にのみ全精力を傾けて対抗するか(某北の国がその例の一つといえるかもしれない)、あるいは自国と同様の立場にある国家との同盟関係の樹立による外交的な包囲網の形成、そして危険度が段違いに跳ね上がるが、いわゆる水面下の謀略、特に特殊部隊や諜報機関などによる敵国の擾乱の誘発といった方法が上げられる。その中で赤道連合は、非理事国との外交関係の強化と同時に3番目の手段を自国を強化する方向に用いていたというわけだ。

 だが、そういった事情はともかくとして、結果としてその産業スパイたちが構築した情報網は予想以上にプラント理事国の奥深くまで入り込み、貴重な情報を赤道連合にもたらしていたことは事実であり、さらに重要なのがザフトがその情報の恩恵に制限付とはいえ浴することができるようになったということである。

 

 これは、パトリックこと司にとっても全く予想外の出来事だった。

 

 地球連合首脳会議の詳細な動向とそこで決議された結果に対する各国の対応状況。この時代であっても産業の米たる近隣諸国の戦時下の公にできない粗鋼生産量の推移を初めとする経済指標の動き。ファリーナ財閥やスレイダーグループなどの地球連合側の巨大コングロマリットの動向とそれに付随したそれまで場所が秘匿されていたブーステッドマンの育成施設の所在がいくつかと、ブーステッドマン育成がプロジェクト4と呼ばれる計画の一部として動いているらしいことなどなど・・・・・・・・・・

 規模においてどうしても地球連合の情報機関に劣らざるを得ないザフトの情報機関が取りこぼさざるを得なかった無数の情報が流れ込んでくることになったのである。

 

 そして、これら玉石混合の情報がプラントにもたらした利益は想像以上のものがあった。

 

 当然ザフトの情報機関を初めとする各種シンクタンクは得られた情報の解析に勤しみ、上層部は戦略情報の修正に追われることとなった。また、得られた情報を用いての地球連合に対するカウンターインテリジェンスも多数計画され、実行に移された。その中にはパトリック自身が選び採用した謀略も当然含まれていた。

 この時期、MSの機種更新に追われる実戦部隊を他所に、プラント内部で最も多忙だったのは情報機関であろうと後々言われ続けることとなる狂乱が関係各所に襲い掛かっていたのである。

 

 もっとも、冷静に評価すれば赤道連合の情報網も戦略的には不完全極まりない代物でしかない。というのも元々が先端技術を取得し自国にこっそりと持ち帰るための情報網であったため、それの取得を最優先としたシフトがしかれていたからである。

 そのため、戦争時において最重要情報である実際の軍隊の動きについては十分とは言い難い情報の集まり方であるし、その収集スピードも満足のいくものではなかった。

 科学技術の自国への適用という点ではほとんど問題はなかったが、一分一秒が勝敗を左右する戦場においてはこれは認められるものではない。実際にヨーロッパ・アフリカ方面においてプラントが予想外の反攻を受けている現実がそのことを十二分に物語っている。

 また、赤道連合によるプラント理事国への情報漏えいの根の侵食を助ける遠因となっていた各国エージェントの重点配備、つまりは理事国同士による相互の諜報・防諜任務についている優秀なエージェントたちの配置の見直しが行われつつある。

 これまでは、非理事国ということで技術的経済的に凋落傾向にあった赤道連合など、ユーラシア連邦や大西洋連邦などから見れば全く眼中になく、その眼に映るのは互いの姿だけだった。さらにそこへ、その二国に比べれば国力的には見劣りするものの他から見れば十二分に超大国と呼べる東アジア共和国が入れば、それだけで彼らの視野は埋め尽くされていたといっても過言ではない。

 ただ、さすがに数千キロもの国境を接する東アジア共和国は赤道連合に対する警戒をそれほど緩めず、この国に対しては赤道連合の情報機関もそれほど浸透できていなかった。そのため今でも東アジア共和国内部の情報は最も得にくい状態になっている。もっとも、それを補って余りあるほどの成果がユーラシア連邦と大西洋連邦からもたらされていたためにさほど問題視されていなかった。

 だがそれも、赤道連合首脳部がプラント寄りの立場を示したために警戒の目が向けられ始めており、実際に各国でもぐら叩きも始まっている。そのため、今後のことを考えた赤道連合の情報機関は一部のルートを安全のため休眠させつつあり、これまでのような縦横無尽の情報収集はかなり困難になり始めていたのだ。

 

 それでも、長い時間を掛けて構築された情報網に加えて、このまま赤道連合の戦力の整備が進めば、中長期的に見れば戦略的環境は相当な好転を見せることは疑いない。ユーラシア連邦と東アジア共和国にとって、柔らかい下腹に巨大な敵性国家が存在することは自らの行動に相当な掣肘を受けることを意味するのだから。

 

 さらに中長期的なメリットに比べるべくもないが、敵対する可能性のある傭兵部隊をかなりの数、雇用し赤道連合に送り込むことで、潜在的な敵対勢力の減少という効果も得られてはいる。

 しかも、公にできる物資の輸出入と非公式にザフトへの後方兵站基地として活動してもらえるというメリットも出ている。

 それだけでも太平洋方面のザフト軍にとっては非情にありがたいことなのだから、文句の言えることではない。

 ないのだが、それでもやはり具体的な戦力として使えないことに愚痴が出てしまうのは、欲望に事欠かない人類の一員であるからにはやむを得ないことだろう。

 

 「赤道連合が、早々に地球連合を構成する各国が無視し得ないほどの軍事力を持つようになれば・・・

  他に打つべき手が幾つもあるのだが、な。」

 

 グラスを片手に、ソファに身を沈めたまま頭の中で様々な可能性を思い浮かべては、それが引き起こすであろう政治的な結末をシミュレートし、結局はないものねだりとしてそれを消去する。

 

 そんな思考を繰り返すうち、ふと司の思考が脇道に逸れた。

 浮かび上がってきたのは、かつてのパトリック・ザラその人が掲げていた戦争の目的・・・・・ナチュラル殲滅だった。

 いま考えるべきこととしてはあまり適切なことではない。

 ないのだが、司はそれを止めることなくそのまま推し進めた。

 

 ナチュラル殲滅

 

 はっきりいって、そのこと事態は実現不可能なことではない。そのための手段は幾通りも考え付く。

 まず真っ先に誰もが思いつくのはSEED本編で行われたNジャマーキャンセラーを搭載した核ミサイルによる核攻撃だろう。Nジャマーキャンセラーは今のところ通常兵器への供給を第一として増産につとめているが、報復用に設置されている核ミサイル群だけでも地上を殲滅するのには十分事足りる。

 あるいは、せっかく生産したNジャマーキャンセラーを用いるのがもったいなければ、ダーティボムを用いてもよい。ダーティボムとは放射性物質と爆薬を組み合わせ、爆薬の爆発で放射性物質を周囲に散布し放射能汚染を引き起こす爆弾である。Nジャマーは核分裂を阻害するが、既に存在する放射性物質の放射能を中和するわけではなく、かつ医療や産業用に利用されている放射性物質(コバルト、セシウム等の同位元素)は、プラントの建設目的が目的だけに大量かつ容易に用意することができる。

 また、後処理のことを考えて核や放射能を使わない方法で一番手っ取り早くかつコストが掛けずにナチュラルに大打撃を与えるものとしては、S2型インフルエンザのワクチン開発時に発見された他の型のウイルスを地球上にばら撒くことが上げられる。

 インフルエンザウイルスは型が異なれば全くワクチンが効かないことは旧世紀の時代からよく知られている。

 そして、この戦時下で、国力の多くを軍事生産に投入している今、このウイルスが散布された場合の事態は恐ろしいことになるであろうことは容易に予想できる。S型インフルエンザやS2型インフルエンザがどれほどの死者を生み出したのか、20年ほど前に物心つくだけの年齢に達していたものであれば、自らの記憶に誰もが慄然とせざるを得ないだろう。

 ましてや、かつてS2型インフルエンザウイルスのワクチンを大量生産して全世界に供給したのは、プラントなのだ。そのプラントを敵に回した今の地球連合に、それだけのワクチンを大量生産するだけの設備と能力があるのか甚だ疑問としかいいようがない。

 

 もっとも、NBC兵器の使用は諸刃の剣でもある。

 既にプラントが核攻撃を受けているとはいえ、同盟国にも深刻な影響を及ぼすであろう核攻撃の放射能汚染やいったん散布したらコントロールの難しい細菌兵器という代物が持つイメージから、良識を保っているプラント市民内に反対の声を上げる者が出てくることは間違いないだろう。そして、その筆頭となるのがクライン派であることもまた疑いない。

 せっかくクライン派と和解に漕ぎ着けたのに、これを早々に破棄にせざるを得ないような事態を招くことはパトリックにとって政治的失点となる。

 また、せっかく押さえ込んだクライン派との和解を快く思っていないザラ派内部の強硬派にも、再度活動の余地を与えることに成りかねない。

 さらに、散布したウイルスによって赤道連合やアフリカ共同体の国民に被害が広がるようなことがあれば外交的な失点にも繋がることになる。

 いかに評議会で優勢を保っているとはいえ、短時日にそれだけの失点が重なれば問題となることは避けられない。最悪の場合には、パトリックの最高評議会議長辞任とそれに伴うプラント指導部の混乱に繋がる可能性すら含んでいる。

 現在戦争状態にある国家を率いるものとして、そのような事態を招くような行為は認められるものではない。

 

 そして、さらに重要な観点は、ナチュラル殲滅を実現したとしてもこの世界から争いがなくならないということだろう。

 

 記憶を見る限り、レノアを失いナチュラルへの憎悪の炎で精神を焼かれていたオリジナルのパトリックもまた、そのことについて十分に認識していた。

 コーディネイターとは人類の亜種に過ぎない。であるならば当然、同族による戦い、近しい者たちの排斥も行われることは疑いいえない。

 であれば、ナチュラルという巨大な外敵を失ったコーディネイターの矛先は、今度は自分たち自身に向けられるということも自明の理であろう。

 

 実際、SEED本編の中でもクライン派とザラ派が血で血を洗う闘いを演じている。

 戦争中という国家における重大な事態においてもあのような深刻極まりない状況に陥ってしまったのだ。

 ならば、ナチュラルを殲滅することで戦争を終わらせた場合に発生するであろうコーディネイター同士による戦争は、いったいどのようなものになるのであろうか?

 

 「・・・同胞による骨肉の争い、か。

  度し難いな、人類の持つ業というものは」

 

 そういって深々とため息をつく。

 

 現在までのところ優位に推移しているプラントの独立戦争とは別に、パトリックが持っていた高い見識ゆえに垣間見えるコーディネイター生存戦略から逸脱することへの恐怖とも戦い続けている司にとっては、本当にやりきれない思いにならざるを得ない。

 

 自分が行ってきた策は、大戦略に従っていただろうか?

 どこかに読み違いはなかったか?

 こうあって欲しいという勝手な期待のもとで考え、行動していなかったか?

 

 そんな自らを蝕むぞっとする想いにうなされ、眠れぬ夜を迎えたことは数知れない。先の悪夢も、そういった極度の重圧がもたらしたものかもしれない。

 先を見通すだけの能力を持ったものが幸せであるとは限らないという実例か。

 だが、能力を持つがゆえに不安を払拭するには熟慮の上で行動あるのみということもまた理解している。

 様々な人材をかき集め、最高評議会議長直属の下に今次大戦に関わるありとあらゆることを検討させるための諮問委員会も設けたのも不安を払拭する行動の一環である。

 パトリック自身は、政治能力はまず超一流であるし、軍事的戦略的センスもまず一流と称しても問題ないレベルのものを持っている。でなければ、シーゲル・クラインを押しのけて最高評議会議長の座に着くなどできはしないし、また、議長の座に着けたこと自体が、パトリックの優秀さを証明しているともいえる。

 しかしながら、どんなに優秀な人材であっても一人きりでは手が足りなくなるのは目に見えているし、相互に検証する相手がいなければ独り善がりな戦略に自己満足してしまう可能性が高いといわざるを得ない。

 先ほどから述べてる通り、コーディネイターは、映画や小説の中の完全無欠なヒーローやヒロインではない。基本スペックが高いだけの人類の亜種に過ぎない以上、これまで人類が犯してきた誤りを繰り返す可能性への対処は必須のことだ。

 実際、スーパーコーディネイターという能力だけは人類最高峰を誇るはずのキラ・ヤマトのSEED本編でのへたれぶりを見れば、コーディネイターが超人などではないこと、そのための備えが必要なことはよく理解してもらえるだろう。

 

 だが、コーディネイターが人類の亜種に過ぎないであると同時に、ナチュラルに比して能力面で優れた種であることもまた事実である。

 

 プラントを指導する立場にある12人の最高評議会議員・・・・・

 その全員が得手不得手があるにしてもまず一流といってよい有能な人材であることは、現在の地球連合を構成する各国には望むべくもないことだろう。

 むろん、政治屋でない真っ当な評価に値する政治家もある程度は各国にも存在するだろうが、国民主権を是とする国家の選挙で選ばれた首脳部全員が有能であるなどという事例は、これまでの人類の歴史上、存在し得なかった(唯一の例外というべきは歴史上の覇権を握った数々の独裁国家であるが、前提条件が違う以上、その評価は置いておかざるを得ない)。

 

 これは、人類という種の中で絶対的な少数派として存在せざるを得ないコーディネイターという種への天からの祝福か、あるいは戦争を長引かせるための悪魔の悪戯というものだろうか。

 

 ところで、プラント最高評議会を構成する評議員たちが互選制、すなわち立候補ではなく、マザーシステムが成人となったプラント市民の学業から仕事のスキル、実績などを解析し、首長として相応しい統治能力を持つと判断した人物を強制的にリストアップし、そこから最も任に値する人物に対し住民投票を実施、評議員を選出する「適材適所」の極地を地でいく選挙のことは広く知られているが、それがプラント全土をカバーするマザーシステムのほんの一機能であることは意外に知られていない。

 

 「量子コンピュータでたんぱく質を解析することに慣れた研究者を探している」

 「DNAチップの特許を取得済みだが、これを有効活用できる企業へのつてを持つ担当者を探している」

 プラント本土を管理統括するマザーシステムは、コロニーのインフラ管理だけでなくこのような問い合わせ対応にも追われている。

 問い合わせを受けたマザーシステムは、その巨大なデータベースに蓄えられた、プラント全市民の学生時代の専攻、就職後の経歴、保有特許や資格、これまでの実務や実績といった膨大な情報の中から最適と思われる人材を複数選出し、誰をどこに再配置すればプラントにとってより最適な解を得られるかを常に演算し続けている。

 

 コーディネイターは、一部の例外を除いて文武両道であることがほとんどであり、従って、求められる人材がザフトに所属し、最前線で戦っているということも珍しくない(例えばジュール隊に配属されたシホ・ハーネンフースはレーザー工学の博士号を持つ才媛であり、イザーク・ジュールその人も考古学を専攻しており博士号までかなり近い距離にいたりするのである)。

 マザーシステムは、その人材を前線から引き抜いた場合の影響など、考えうる要素、それら全てを勘案し、プラントにとって最も益のある人材配置を予想されるデメリットとメリットと共に複数の候補リストとして算出しているが、むろん、人間の持つ能力の全てを数値に置き換えられるとはコーディネイター自身も考えていない。カリスマといった数字にすることの出来ない能力が厳然として存在することは重々承知している。

 従って、算出された候補リストに対して最終的な決断を下すのは最高評議会であったり、ザフトの上層部であったり、各担当部門の幹部だったりと、必ず人が最終的な責任を取るようになっている。

 だが、このある意味恐ろしく冷酷なシステムがはじき出す一切の情を除いた合理的な判断が、どれほど社会の効率や生産能力の向上、新規技術の開発といったことに影響を及ぼすか、多少なりとも想像力のある人間ならば予想がつくであろう。

 

 だが、そんなに優れたシステムであれば地球連合も真似をすればよいではないかとの意見も当然わいてくるはずである。

 もちろんそれを検討したナチュラルは存在した。

 特にプラントとの緊張が高まりつつあったC.E.60年代後半は、プラントに依存することしきりとなっていた資源・工業製品・エネルギーの供給を自らの手で行う必要に迫られ、効率性・合理性を重んじたプラントのシステムの研究が進んだせいもある。

 しかしながら検討の結果は、それを実現するには既存の社会構造に大胆という言葉では足りない、ある種の革命的な手術が必要であるというものだった。

 そして、A.D.末期の再構築戦争を潜り抜けた後、プラントからもたらされる富によって満たされた生活を送っていたナチュラル達にそれを実現しようという気構えはなかった。さらに、あまりに極端な変化は基本的に保守的な傾向のある一般市民たちの受け入れられるところではなかったのである。

 いわば、既に形成されていた社会の持つしがらみが自らを崩壊させかねない変化を厭うたといえよう。

 そして確固たる自身の社会を持たなかったコーディネイターだからこそ、必要に迫られ新たなる世界を築き上げるにあたり効率と合理性を重視した社会を構築しえたということだろう。

 

 まあもっとも、コーディネイターと違いナチュラルは、あえて極端に有能/無能で区分けをするならば、2:6:2の法則を始めとする各種統計の結果から、その大半が無能である(ないしは有能でない)ということが分かっており、仮にナチュラルが同様の社会の構築を目指したとしても実現できたがどうかは甚だ疑問ではあるが(ちなみに、この統計学上の呪縛からは、コーディネイターという種が現れるまで逃れることが出来なかったことを考えるとナチュラルという存在の不思議さを覗き見ることができる)。

 そのことの間接的な証として、旧世紀の先進国では、様々な産業において個々の能力を評価基準とする成果主義がスタンダードとなりかけた時代もあったが、今現在、完全な成果主義のみで運用されている組織は皆無といわないまでも極々少ないことがあげられる。

 もっとも、そのような傾向になっていったのはC.E.40年代の第二世代コーディネイターへの能力の継承が明らかになったことが大きな影響を及ぼしている。

 

 自らと同じ努力をしたならば、必ず相手が上をゆく。ただコーディネイターとして生まれたというだけで・・・

 

 そのような事態に笑って相手を祝福できるほど、ナチュラルが聖人君子だけで構成されているはずもない。もしそうであればブルーコスモスなどという存在が生まれるはずもない。

 そして、当然のことながら成果を上げ続けるコーディネイターに対し自然と不満が溜まっていく。さらに、その不満は、コーディネイターだけでなく制度そのものにも向かっていくことにもなる。

 さらに、スポーツや芸術といった方面だけではなく、元からの高い能力を用いて企業を立ち上げ凄まじい勢いで業績を拡大するコーディネイター達も出てきた。知的能力の高さは、それまで見過ごされていたビジネスチャンスの発掘にも遺憾なく発揮されたのである。

 一を聞いて十を知るコーディネイター達は、ある時は互いに切磋琢磨し、またある時は共に手を取り合い、信じられない勢いで経済界を席巻していった。

 だがそれは、アメリカンドリームも自らと同じ立場のものが実現したならば拍手もしようが、最初からずるをしている連中はその対象ではないと思うナチュラルたちも増やすことにも繋がっていた。

 もちろん、反コーディネイター意識に捕らわれるナチュラルばかりが存在したわけではない。事実、コーディネイターが興した企業の従業員の多くは、その大半をナチュラルが占めていた。そして、コーディネイターのそばで働くナチュラルのうちにも、彼らが決して楽をしているわけではないことをしっかりと認識していた者たちがいた。

 確かに人々の間に不満の埋め火が燻っていたのは確かだが、それに対する抑止も働いていたのだ。

 

 だが、その抑止を裏から外すものたちが現れた。

 

 不思議に思ったことはなかっただろうか?

 何故、アズラエル財閥を初めとする巨大コングロマリットがコーディネイターを敵視するブルーコスモスを強力にバックアップしたのかということを?

 

 もちろん、オーナーの意向が働いていたというSEED本編の説明もあるにはある。が、損益を計算することに長けた海千山千の商売人たち、すなわちロゴスのメンバーがそれだけの理由で動くはずもない。

 ロゴスを動かした理由、その主たるものは自分達の既得権益を侵しつつあったコーディネイターを中心とする新興の企業グループを裏面から排除するというものだったのである。

 

 市場における争いはある意味、実際に砲火を交わす戦争よりも苛烈であることは周知の通りである。自国経済の崩壊によって世界地図から消えることとなった国家も、歴史を振り返れば両手両足の指を使って数えても到底足りるものではない。

 特に、まるでひとつの生命体のような存在にまで巨大化した企業は、自らを守るために法すれすれ、あるいは自らは手を汚さずにグレーゾーンを担う者たちにそれをさせることもある。

 ただ、ロゴスのメンバーも最初からテロリズムを支援するつもりであったわけではないようだ。反コーディネイター感情を煽り、コーディネイターが率いる企業グループの商品ボイコット等、比較的穏健な方法を望んでいたふしがある。

 だが、コーディネイターへの劣等感に際悩まされていたナチュラルの一部はお墨付きを得たことによって暴走、枯野に広がる山火事のごとく行為をエスカレートさせていった。

 そのテロ行為にコーディネイターは震撼したであろうが、同時にロゴスのメンバーも予想外のことに動揺したであろう。

 だが、人間世界の裏面に位置する彼らに暴力行為はそれほど珍しいものではない。すぐさま立ち直ったであろうことは容易に想像できる。さらに、こうなってしまっては、うかつに資金援助を途絶えさせるわけにもいかないと判断したであろうことも。なぜなら過去にも散々存在したように、暴走した人間はその行為を自らに対する裏切りと判断し、その矛先を翻す可能性が高かったからである。

 ゆえに彼らは、被害を受け続けるコーディネイター達から最大限の利益を上げるための行動に走りつつ、適度に資金・物資の援助を継続した。

 それは援助先の組織を拡大させ続け、やがてその組織は全世界を網羅する巨大なものとなる。これが一連のブルーコスモス強大化及び活発化を促した裏の事情のひとつであった。

 

 ただ、モノの見方はひとつではない。

 

 あるいは、コーディネイターというそれまでにない存在を内包した社会が、行き過ぎた成果主義による広がり続けた貧富の差に、自身の持つ柔軟性が耐え切れなくなったという別の見方もできるかもしれない。

 そして、受け止め切れなかったものを何とかするために歴史の針を再び逆方向に振りなおすことになったのだと。

 事実、一度は完全な成果主義を導入しながら、仕事に望む姿勢や周囲とのチームワーク重視など、成果と直接には結びつかない部分を評価する、成果主義とバランスをとったハイブリットな評価体系に戻した組織が、それ以降非常に多く現れている。

 少なくともブルーコスモス強大化の影では、そのような動きも存在したことは忘れるわけにはいくまい。

 

 ところで、有史まれに見る能力主義が幅を利かせているプラント在住のコーディネイターとて、自らが無能であると格付けられることを好むものではない。

 だが、そもそも文武両面において無能なコーディネイターという存在が例外中の例外である上に、遺伝子調整を受けてこの世に誕生するという事実から、高い能力を発揮する人物に対し、「自分はあのような調整を受けていない」「あれほどの調整を受けて誕生したかった」といったドライな受け入れ方をするか、あるいは「自分もあの程度のことは出来るはずだ」と自らの能力を目標とするレベルまで伸ばそうと更なる努力を自らに課すものが多い。

 

 また、そのことを後押ししている背景として、成人を迎えたコーディネイターは自らに行われたコーディネイトの内容を確認する権利を得ることができるというものがある。

 先に述べたように知的能力・身体能力の両面において無能なコーディネイターというものはほとんど存在しないが、サーペントテールに所属しているイライジャ・キールのような基礎的なコーディネイトしか施されていない例外がいることも事実である。

 自らの存在に悩むあるいは何らかの壁に行き詰ったりした場合、今後の指針を考える一助として自分のコーディネイトレベルを確認することは決して悪いことではないとプラントでは考えられている。

 自分は何を求められたコーディネイトが行われたのか。

 自身のアイデンティティというべきものを具体的な数字として確認できるのはコーディネイターの特権と呼べるのだろうか?ナチュラルには計り知れぬことではある。

 

 もっとも、第二世代、第三世代と世代を重ねるにつれて子供が生まれにくいコーディネイターは、家族を極めて大切にするのが一般的だ。よって、困ったときは家族に相談するというごく当たり前の行動を取るのはコーディネイターも変わりはなく、むしろ家族の絆という点ではナチュラルよりもよほど強いといえるので、実際に自分のコーディネイトレベルを確認しにくる人はそう多くない。

 さらに、前提となるコーディネイトレベルの違いという存在を知っている分、ナチュラルに比べて冷静に物事に対処できる下地があるということだろう。

 また、コーディネイターには高い能力を持って生まれてきた人は、その能力に見合った義務と責任を負うべきだという極めて高いモラルを内包した基本的な考え方がある。おそらくは、過酷なプラント理事国の収奪に対抗するために、年齢などにこだわらず優秀な人材であれば躊躇いなく抜擢せざるを得ない状況に追いやられていた過去が、そのような風潮を生み出す源となったのだろう。もちろん、効率性・合理性を阻害する一般的な官僚による賄賂政治がプラント内でで強く忌避されることはいうまでもなく、賄賂などによる裏工作を行った者にはナチュラルの社会のそれとは比べ物にならないほど厳しい罰則が定められている。

 さらにそれに加えて、絶対的な少数派であるコーディネイターは、常に絶対多数であるナチュラルに対し、質的優位によって自らの存在を守らなければならないというある種の無意識的な強迫観念があるのかもしれない。

 

 まあ、そのような人類学的かつ裏面的な事情はともかく、こういった高い能力を持った人材とそれを有機的に活用できるシステムにより「極限の柔軟性を持った高効率工場」としての能力を発揮することを可能とする合理性が、プラントの持つ、地球連合を構成する各国の追随をまるで許さない単位人口当たりの圧倒的な生産性の高さを支える一助となっている。

 そして、ある種厳密なまでの方程式が適用される戦争という行為において、人口の数的劣勢という絶対的なタブーを犯している状態にありながら、今次大戦を未だ優勢に保っている遠因でもある。

 

 だが、先に述べたようにその状態を保つには人材のほかに、緻密な演算を容易くやってのける高度なシステムを必要とする。

 それが先ほどから何度か述べたプラントのマザーシステムである。

 マザーシステムの構成はオーソドックスなネットワーク分散型のシステムである。ただ、それを構成するコンピュータが、それ1機でプラント本土全体を管理統括することが可能なウルトラギガトンケイル級巨大量子コンピュータ12機とそれに連なる多数の副端末であることは特筆すべきだろう。

 

 マザーシステムを主として構成するウルトラギガトンケイル級巨大量子コンピュータ群は、各市の1区(アプリリウス1やユニウス1等)に設置されている。

 プラント各市の1区にメインとなるマザーの主端末があるのは偶然ではない。

 それは、もともとマザーシステムは個々の管理システム、すなわち生産管理、在庫管理、工程管理、物流管理といった、プラントがより効率的に生産を行うのに必要なシステムを次々と統合していった結果生まれ出たものだからである。

 C.E.44にのちのアプリリウス市となる10基のプラントが完成して以来、プラントに課せられ続けてきた理事国からのノルマはいつの時代も非情に厳しいものだった。

 そしてそのノルマを達成するために、ありとあらゆるものを効率的に動かし生産性を極限まで上げる事が望まれたのである。

 

 必要なものが、必要な時に、必要な場所に、必要な数だけ揃っていること。

 

 いつの時代でも、生産性を上げるための基本かつ根本的な法則がこれである。

 そのために、もっとも早く完成し新たな市の中心となって稼動する1区に端末を設置し、動かせるものから動かし生産量を増大させ、必要とされる場所にものを動かすことは必須の要件であった。

 結果として、1区に設置された主端末はその後に完成した2〜10区の副端末と順次、リンクすることで市全体の生産状況を管理していくことになっていったのだ。

 その方が、既に完成している他の市とも連携が取り易く、かつもっとも無駄の少ない方法と判定されたからに他ならない。

 結局、これは当初予定されていた全120基のプラントが完成するまで延々と繰り返され、最終的にマザーシステムを構築する主端末12機がそれぞれの市の1区に配置されることとなったわけである。

 

 なお、マザーシステムの主たる作業はプラントの統括管理であることはもちろんだが、主となる12機全てがその作業に携わっているわけではない。統括管理のために複数のウルトラギガトンケイル級量子コンピュータが並列稼動しているのは事実だが、実際の業務に携わりプラント全土を網羅しているのは一部の端末でしかない。

 作業に携わっていない量子コンピュータは、稼動中の量子コンピュータの監視とホットスタンバイにあるバックアップ、さらに性能向上のためのメンテナンスなど用途に応じたいくつかのグループに分かれている。

 

 1機でもプラント全土を統括可能なウルトラギガトンケイル級巨大量子コンピュータを並列稼動させるのは、当然のことながらコロニーのインフラに対するサイバー攻撃を警戒してのことである。

 地球上においてもクラッキングによるインフラへの攻撃は深刻な事態を引き起こすが、宇宙空間に浮かぶコロニーにおいてメインコンピュータをクラッキングされることは、居住する人間たちの生死を握られるに等しい。

 仮に、全てのエアロックを完全開放されでもすれば、たちまちのうちにコロニー内部の空気は失われ、全員が窒息死することになるだろう。

 あるいは生化学プラントのメインシステムを掌握したテロリストによる無差別テロによりコロニー内に有毒ガスを散布されるといったような事態も考えられる。

 またあるいは軌道制御を狂わせられ、コロニー同士の接触事故などという惨劇も十分にありえる事態である。

 そのような事態が引き起こされた場合の死傷者の数なぞ想像したくもない。

 そのため統括管理業務で稼動中の量子コンピュータは、常に互いを監視すると同時に電子的な防壁のリアルタイムの更新を行っており、異常を検知した場合、直ちに警報を発すると同時に対抗策を取るよう設定されている。さらに、通常とは別の専用回線でホットスタンバイ状態にある別の量子コンピュータが全く別のラインから稼動中の量子コンピュータを監視しており、サイバー攻撃により稼動中の量子コンピュータが業務を遂行できないと判断され次第、プラント全土の管理を引き継ぐようになっている。

 なお、残りの量子コンピュータの一部は、物理的にプラント全土に張り巡らされたネットワークから遮断された、クローズドネットワークに隔離されている。これは、人知の及ぶ限り設けられた数々の防御策が突破され、中枢部が乗っ取られるという最悪の事態が発生した場合に備えてのことである。

 もっとも、互いの社会インフラに対するサイバー攻撃は、C.E.70年10月22日に行われた地球連合事務総長オルバーニとクライン議長との「10月会談」で、これを行わない旨の非公式の合意が地球連合とプラントの間で結ばれている。表面的にはこの10月会談は決裂したとされているが、成果が全くなかったわけではなかったということである。

 なぜなら、地球連合にとってもインターネットを通じて発展してきた電子ネットワークが、電気や水道と同じレベルの社会を構成する必須のインフラと化して既に1世紀以上が経過しているからである。

 プラント側の懸念は未だ想像の世界のものであるが、地球連合においてはそのネットワークがNジャマーによるエネルギー不足と無線通信の電磁障害によって甚大なダメージを受けた状態にある。

 太陽光発電施設の大規模増設やその他の発電システムの強化、および有線ネットワークの増強によりかろうじて最低限の復旧を果たしてはいるが、この状態でサイバー攻撃による更なるダメージを受けた場合、冗談でなく国家が崩壊する可能性を論じなければならなくなる。

 そのため、残された対話のパイプを通じて非公式の電脳休戦条約が結ばれたのだ。もっとも、双方が互いへの疑惑を持った甚だ信頼性の怪しいものではあるため、この非公式条約についてはプラント、地球連合共に一般市民へ知らせてはいない。

 なお、稼動中の量子コンピュータは、一定のの期間を過ぎると、それまでクローズドネットワークに隔離されていた端末と回線を復活させ、役割の交代を行う。従って、マザーシステムは4サイクルの循環体制で運用されている。

 隔離されているマザーシステムの端末は、必要に応じてそれまでに進歩した科学技術の適用を受け(主にハードウェアの交換及びソフトウェアのアップデート)、より高度な端末としてシステムに復帰する。もちろん、クローズドネットワーク内での試運転は当然行われており、可能な限り低リスクで、マザーシステムの更新が行われるようになっている。これほど贅沢な更新ができるのも科学技術の発展の中心地と化したプラントならではであろう。

 さらに、巨大量子コンピュータ群の重要な役目のひとつが新型MSの設計シミュレーションを初めとするプラントの高い技術レベルを維持するための科学技術計算や各種シミュレーションにその膨大なマシンパワーを提供することである。

 C.E.60年代のプラント−理事国間の緊張の高まりに従って、プラント側は理事国への科学技術の成果の提供を絞り込み、最新技術を隠す方向で動いていた。将来の武力衝突を見据えていた以上、技術力もまた重要な戦力であるため当然といえば当然である。

 そんな隠されていた技術の中でも、それまでのギガトンケイル級量子コンピュータの百万倍以上の計算速度を誇るウルトラギガトンケイル級量子コンピュータは切り札のひとつでもあった。

 今次大戦に投入されたザフトの多種多様なMSのバリエーションを見れば、この能力がどれだけ重要なものか想像できると思う。いくらコーディネイターであっても、このマザーシステムの常軌を逸した巨大な演算能力がなければ、こうまで新型MSを次々と投入できるはずもない。

 特にMSはこれまでにない新たな系統の兵器であるため、既存の「数値流体力学」を初めとするによるシミュレーションだけでは対応し切れない面があるので、この巨大量子コンピュータによるシミュレーションは欠くことのできないものである。

 さらに、人型兵器は計算のみでは出てこない経験則が数多く存在することが、プロトジンから連綿と続くこれまでの蓄積で判明している。その経験則を反映させ未だ見つかっていない経験則を予測するためにも、プラントにしか存在しないウルトラギガトンケイル級巨大量子コンピュータは必要不可欠であった(ちなみに史実において地球連合の新機種開発がプラントと比べて著しく少なかったのも、この経験則の収集が不十分であったことが大きなウエイトを占めている)

 

 もっとも、人類最高峰の性能を誇る巨大量子コンピュータネットワークを戦争の道具に役立てている今の状況が果たして歓迎すべきことなのかどうかは、如何に経験を積んだ今の司にも判断しかねる事柄であった。だが、その一方

 

 争いが人の業である以上、これもまたひとつの正しい形ではある

 

 と心の一部で肯定的に考えてはいる。

 大西洋連邦における第一世代コーディネイターとして生まれ、反コーディネイター感情の最も強い国家で苦難の人生を歩むことで、その持てる能力を十二分に磨き上げることとなったパトリック・ザラ。

 そのパトリックの膨大な知識や優れた能力の全てを受け継いだことで、同時に彼の悩みも引き受けてしまった司の思想の基本は、平和とはパワーバランスの上に成り立つ平衡状態でしかない、というものであった。

 

 この世界に紛れ込む前は、平和とはもっと高尚な何かだと漠然と考えていた司だったが、一国の指導者たるに相応しいだけの識見を強制的に得た今の彼は、以前のような考えはとてもではないが持つことはできなかった。

 

 人類の生きるこの世界は、力がすべてを左右する。

 

 その力は、武力であったり、経済力であったり、技術力であったり、情報収集力であったりと様々な形で存在しているが、何らかの力に秀でたものが全てに影響力を及ぼすことに変わらない。

 それが、今現在の司の考えの奥深くまで根ざしている思想だ。

 ならば、ナチュラルが無視し得ないほどの力を常に保持し続けることで、最低でもパワーバランスを互角のまま推移させることができれば結果として力の均衡状態が長く続く可能性があるということだ。そう、かつての米国とソ連の間に存在した冷戦期のように。

 あの期間を平和というには語弊があるかもしれないが、世界的に見て人類の未来に直結するような巨大な戦争が発生し得なかったという点では平和な時代であったということに間違いはない。もっとも一歩間違えれば世界が破滅するような綱渡りのような状態であったことも事実ではあるのだが。

 だが、幸いにしてプラントは、そのすべてがバイオスフィアとしての環境を持つおかげで、核攻撃やレクイエムのような大威力攻撃を受けない限り、絶滅の可能性は限りなく低く抑えることができる。

 ならば、ナチュラルとコーディネイターのパワーバランスを維持する期間を長くすることによって発生するであろう事実上の平和は、選択肢として十二分に考慮に値する。

 まあ、SEED運命を見た限りではあまり信用のおけるものではないのが玉に瑕だがな。

 もっとも、ナチュラルという巨大な敵が存在する限り、コーディネイター同士の戦いが発生する可能性は低いものに留めておくことができることは間違いない。SEED本編で発生したクライン派とザラ派の相克は、主にパトリックの暴走に起因している。よって、自分が注意深く活動すればクライン派との対立は避けられないにしろ、血で血を洗う闘いは引き起こすなく沈めることもできよう。

 よって、コーディネイター同士の戦争を未来永劫とはいわないまでも、今後に数十年間単位で回避するためには、ナチュラル殲滅という手段を取ることは現実的な選択肢とはいえない。

 だが、そのようなことをパトリック・ザラを支持するものたちにそのまま告げることなどできはしない。

 

 血のバレンタインによって多くのコーディネイターが、夫を、妻を、兄弟を、姉妹を、恋人を、親友を、友人を失っている。

 

 昔からよく言われてきたことに、命の重さの平等、というものがある。

 確かに、命の重さそのものは、それは誰だって同じなのかもしれない。だが、それぞれの命が持つ意味、すなわち価値は人それぞれによっては違うのだ。

 全然関係無い赤の他人と、自分の身近な人の命では重さは同じでも価値がまるで違う。

 人の命は決して等価値ではない。虫けら以下の二束三文で売り買いできる重さしかない命もあれば、国家の全エネルギーを投じて守らねばならない命もある。

 その価値ある人々を失ったコーディネイター達に、今の司が考えているようなことを受け入れさせるのは極めて困難であることは彼にも分かっている。

 

 それでも、より現実的な解を求めて司は両肩にかかる重圧に耐えながらプラントの行く末を模索している。ナチュラル殲滅という選択肢を選ばない以上、どこかで落し所を決めなくてはならないのだから。

 パトリックと融合した司にとって、アスランは血を分けた息子であるし、シーゲル・クラインは長き忍耐の道を共に歩んできた親友でもある。

 ラクス・クラインもまた、妻レノアが認めたアスランの婚約者だ。まあ、この前のクライン邸訪問を見る限り、SEED本編同様キラ・ヤマトにかなり惹かれているようであるが。

 

 そんな司の中では守るべき優先順位は既に決まっている。

 今、上げた自らの身近な人間、そしてプラント市民、さらに地球圏に存在するコーディネイター達。

 そんな護るべき人達の安全を最優先に考えてしまうのが今の融合パトリックである。それでいて冷徹な視点を保持し続けられるのだから、パトリック本来の持つ能力の高さにはほとほと感心するしかない。

 

 だが、そんな彼にしてもシミュレーション結果から導き出せた打開策は今のところひとつだけだった。

 先述したプラント敗北までの流れ。

 それには差異はあれど基本的な流れは変わらないと既に述べた。

 

 古来より勝利と敗北は紙一重という。

 

 その流れが変わらないということそのものが、プラントの勝機に繋がる。

 彼の考えと合致した参謀本部が提出してきた対応プランを思い出しながらつぶやく。

 

 「やはり月が焦点となるか・・・」

 

 そう、地球連合軍がプラントに勝利する流れには月面に存在する地球連合軍基地を宇宙における橋頭堡として用いていることが必須となっている。

 航宙艦にとって寄港できる橋頭堡があるかどうかは死活的な問題である。

 海面を航行していた水上艦とは違い、いったん加速したら逆加速するまでは永遠に止まらないという宇宙特有の事情があるため、単純な航続距離を測ることはできないが、人間を宇宙空間で生活させるために必要な物資は水上艦以上のものを必要とすることは周知の通りである。

 従って、プラントの取るべき戦略はSEED本編でジェネシスが吹き飛ばしたように月面の地球連合軍基地の無力化ということになる。

 

 「オペレーション・ルナクエイク・・・

  何としても発動に漕ぎ着ける必要があるか。」

 

 脳裏の中に機種転換訓練が完了した部隊と、現在も訓練が続行されている部隊、新型MSの配置状況、アカデミーの新規卒業生の配属状況、補給物資の蓄積具合、新造艦の就役状態、そして切り札となる部隊の作業の実施状況を読み出し、ざっと全体のスケジュールに当てはめ、そのまま深くため息をつく。

 

 「・・・発動に必要な戦力の準備は順調に進んでいる、か。

  だが、おそらく原案通りではシーゲルが難色を示すだろう。

  クライン派の議員諸氏にも発動を認めさせるには、さて、どうするべきか・・・・・・」

 

 そういって再び沈思黙考状態に入るパトリックこと高城司。

 彼の受難の日々が終わる様子は、まだまだ見えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 「覚醒」「期待」「補給」コマンドを持つパイロットを揃えて、ライディーンとZZも用意した。

 では、

 「いくぞ!ソール11遊星主!!」

 

 1ターン無限行動シフトを敷いてゴッドボイスとハイメガキャノンが乱れ飛ぶ♪

 目指すは代理人以上の資金1000万超えじゃ〜♪♪

 などと調子に乗っていたのがいけなかったんでしょうか・・・・・・

 途中で「覚醒」唱え忘れてバサラの小隊が行動完了になってしまった(爆)

 その後、ミレーヌの小隊でしばらく持ちこたえたものの限界が来てシナリオクリア。

 結局、資金約620万、撃墜数約750機、ライディーンの所属する小隊のパイロットのPPが1800弱という結果でした。無念・・・・・・

 

 なーんてことをやっているから、いつまでたってもお話が完成しなかったなんてことは・・・・・・すいません、あります(核爆)

 

 いや、第二次αも4人の主人公でしっかりとクリアしてますし、第三次αも現在1周目なので当分遊ぶネタには困らないので、今後も執筆速度は激減したままかなー、あっはっは(核爆)

 

 しかし、さんざん待たせたあげく(多分待っていた人が若干はいるはず)投稿したのがコレ・・・

 登場人物は1人だけ。妄想設定満載。まともに全部読む人いるのかな〜?(核爆)

 

 >一つの文章が長すぎる箇所が所々に見受けられます。

 >修飾を多用しすぎて読みにくくなってる部分も所々に。

 あー、今回も非常に読みにくくなっている箇所が多々あるなあ・・・

 地の文章に自信がないからごてごてと修飾して文章が長くなる傾向にあるんだな、おそらく。

 長期的な改善検討ポイントなんだけど、なかなかうまく直せないんだよなあ。

 

 ところで、種運命ですが・・・・・・3作目が決まったって本当ですかね?

 12月25日深夜の例の最終回増量バージョン・・・・・・3作目につなぐために急遽作成されたという噂がちらほらと(苦笑)

 まあ、確かに増量前よりはましになっていたと思いますが、ねえ?

 結局最後まで何がいいたかったのかさっぱりわからんかった。ちょろっと雑誌のインタビュー記事とかも見たけど「えー、あれをどう解釈すればそうなるのー」といった感じで。

 でも、始まれば見るんだろうなやっぱり(苦笑)

 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

とりあえず感想サイトや二次創作だけで十分です。

監督が変わるか最低限嫁がかかわってないなら見てもいいかと思いますが(笑)>3期目

 

んで、設定の山ですな今回。

戦記物ではある程度必須の要素ではありますが、今回はちょいと蛇足っぽいものが多いような。

後、プラントの社会構造を妙に理想化してるのが気になりました。

田中芳樹も銀英伝で似たようなことやってますけど、美点ばかり喧伝すると逆に胡散臭く感じられる事があるんですね。