紅の軌跡 第31話

 

 

 

 

 「敵艦隊上空に多数の熱源を捕捉!」

 「始まったか!哨戒ユニットを投下しろ!

  護衛にあたっている連中にこれより避退すると告げろ!防衛司令部にこの情報は伝わっているな?」

 「司令部からの受信信号を確認!問題ありません!」

 「よし!下がるぞ!」

 敵哨戒ラインの前進も掴んだ早期警戒機は、哨戒ユニットを翼下から切り離すと、自身はより詳細なデータを得るべく、探知した場所を中心に索敵範囲を狭めながら南方へと退避を開始する。その後ろを早期警戒機の護衛についていた戦闘機が、不意の追撃を警戒しつつ同じように避退していく。

 避退する間にも取得し続けているデータを早期警戒機は各所に送り続けている。

 詳細を把握するための努力を続けながらも、多数の高速飛翔体がヤラファス島に向けて進んでさまが映し出されているモニターを、管制官は心臓の鼓動を早めながら己が眼で追い続けた。

 ほぼ同じ頃、同じように警戒にあたっていた僚機も敵の攻撃を察知し避退を開始していた。

 

 Nジャマーの影響でレーダーの有効範囲が著しく狭まってるため、危険を承知の上でヤラファス島北部海岸線に弧を描くように配置されていた3機の早期警戒機から送られてきた探知データが、洪水のように一気にオノゴロ島地下の防衛司令部に流れ込み、正面の大型スクリーンは次々と敵ミサイルを意味する矢印が表示されていった。

 当初はその数をかぞえようとした者もいたようだが、あっという間に20を超え、かつ矢印が重なりあってしまうと、数えようとした全員がさじを投げてしまった。

 やがて、スクリーンの一部は矢印マークによって完全に埋め尽くされた。矢印マークの集団はスクリーン上をゆっくりとヤラファス島に向けて移動している。

 オペレータが適切な措置を講じ、流れ込んだ情報が最適化され矢印マークが集約される。

 また、大規模なミサイルの一斉発射であったため、衛星軌道上のアメノミハシラでも光学映像及び赤外線探知でその様子を捉えており、そのデータもまた司令部の中央コンピュータに流れ込んでくる。

 遠距離からの光学映像と赤外線画像、そしてジャミングを受けている状態のレーダー探知情報では、おおよそのことは把握できても、詳細なデータは取得できない。そのため正確な数と種類は分からない。スクリーン上に集約して表示されたミサイル群を意味する矢印マークもかなりの推定情報が混じっている。しかしながら、敵の艦隊規模から鑑みても、襲来するその数が100や200どころでないことだけは確実だった。

 「敵艦隊、巡航ミサイルを多数発射。距離約150km。敵ミサイル、加速を続けています。現在マッハ0.5。更に加速する模様」

  チーフオペレータであるミサキ三佐がまるで氷河のような冷たくそれでいて全く揺るぎのない声音で戦いの始まりを告げる。

 それを受けたカガリ・ユラ・アスハは

 「全防空部隊に伝達。計画通り射程に入り次第、担当区域にて迎撃開始」

 と、正面のスクリーンから眼を放さずに指示を下す。

 「了解。全防空部隊へ迎撃開始を伝達します」

 ミサキ三佐の返答に、既に第一級戦闘配備についていたオペレータたちは己が職務を果たし始める。静かな、それでいて緊迫したやり取りが司令部のそこかしこで飛び交う。

 オーブ側が防衛体制を完全に立ち上げる、その間にも巡航ミサイルは亜音速のまま接近を続けていた。

 

 早期警戒機から投下され、上空6千メートル付近に浮かぶ哨戒ユニットは、視認しにくくするために自ら迷彩の輝度や色を周囲の空模様に合わせるビジュアルステルスを調整しつつ、ひたすらパッシブで情報を収集していた。哨戒ユニットは潜水艦探知に用いるソノブイと同様に基本的に使い捨てのものでありながら、主に赤外線を中心とする熱紋と光学的手段、そして親機が放つレーダーの反射波を受信することでデータを集めるための、それなりに性能が高い探査機器を搭載している。

 その機械の目にヤラファス島に近づいてくるミサイルの群れが映し出されていく。

 哨戒プローブは把握した全てのデータをレーザー回線で黙々と後方に向けて送り続けた。

 

 ヤラファス島北方海上にて接近する連合のミサイル群を最初に迎え撃ったのは、カガリの命令に真っ先に反応した防空陣地から放たれた長距離迎撃ミサイルの一群だった。

 開戦前から北方上空をにらんでいた大型の長距離迎撃ミサイルは、命令が下ると同時に事前に入力されていたデータに基づき飛翔を開始し、途中で哨戒ユニットのデータで接近する敵ミサイル群のデータを最新情報で更新しながら迎撃エリアまで飛行を続行、目標空域にて自身の複合シーカーを使用して捕捉した敵巡航ミサイルに近寄り近接信管を作動、次々と爆発していった。

 大空に局地的な暴風が巻き起こる。

 その爆発による爆風と破片の影響範囲に捕らわれた巡航ミサイルは、あるものは破片により誘爆し、あるものは衝撃で先端部のシーカーを破損し、あるものは爆風で海面へと叩きつけられ、次々と南海の海底へとその姿を消していく。

 その様子は司令部でも捉えられており、そこかしこから抑えた歓声が上がっていた。

 しかしながら、上層部に位置するカガリを初めとする高級軍人たちはまるで表情を動かしてはいない。それは彼らは多くの情報を把握するだけに、この後に起こる現象を正確に予測していたからであろう。

 実際、迎撃ミサイルが敵巡航ミサイル群を押し留めていられたのは極々わずかな時間でしかなかった。さながら大瀑布のごとく押し寄せる巡航ミサイルの群れに対して、長距離迎撃ミサイルという堤防は十分な強度を有していなかった。

 それを土嚢で補強するかのように、最初に迎撃したものより射程の短い迎撃ミサイルが、第二陣として再び空中にミサイルの阻止網が編まれるが、これもまた敵ミサイル群の先頭を撃破したのみで、後続は怒涛の勢いで空中を進撃し続ける。

 まるで堤防が決壊し、濁流が遮るもの全てを飲み込みながら平地へと流れ込むように迎撃を潜り抜けた巡航ミサイル群はついにヤラファス島北部上空へと侵入する。

 「長距離迎撃ミサイルによる防衛ライン、突破されました。

  敵ミサイル群、ヤラファス島上空へ侵入します」

 チーフオペレータの銀鈴を鳴らすような声音によって、破壊の使者の到来が司令部に告げられた。

 

 衛星が破壊されたことによってナビゲーションを受けられない地球連合軍が放った巡航ミサイルは、完全に技術として枯れ切った、だからこそ信頼のおける慣性航法システム(INS)を使用して誘導されている。そして、少しでも命中率を上げるため昔ながらのランドマークを基点にする方法も併用して用いられている。

 今回の攻撃で連合軍が最初のランドマークとして選ばれたのは、誰が見ても見間違えようのない、ヤラファス島北部で噴煙を上げている火山であった。

 地形等高線データのマッチング、メモリー上に登録されている火山とシーカーに映った火山を照らし合わせ、間違いないことを確認した巡航ミサイル群が、まるで川が中州で分けられるかのように火山の両側に分かれてオーブ側の防衛ラインへと侵入していく。

 その先に、彼らの最初の目的地があった。

 「敵ミサイル群、北部地域のレーダーサイトへと向かいます。

  中距離防空部隊、レーダーサイト防空部隊、戦闘を開始」

 ミサキ三佐の更なる危機を告げる報告に、一瞬周囲がざわつく。あるいは、間近に迫った危機がより具体化したことで動揺が走ったのかもしれない。

 だが、毅然とした態度でスクリーンから視線を逸らさないカガリの姿に無言の叱咤を感じたのか、徐々に潮が引くように動揺が収まっていき、やがてより積極的に詳細な敵情を求めて動き出し始めた。

 実際、ヤラファス島上空へと侵入されれば、防空警戒網の精度は格段に上昇し、敵ミサイルの種類や数もより詳しい情報が集まってくる。

 より詳細なデータを得て、スクリーンに映し出される敵情報が次々と更新されていく。

 

 そんな司令部での動きなどどこ吹く風とばかりに、連合軍のミサイルを防ぐための戦闘は継続していた。

 長距離迎撃ミサイルによる防衛ラインを突破した連合の巡航ミサイル群を迎え撃つのは、中近距離対応の対空ミサイルと既に実用化されてから数世紀が経過している実体弾を用いる対空砲を装備した防衛部隊だ。

 すでにビーム兵器が実用化された時代ではあるが、最新鋭艦であるアークエンジェルにもイーゲルシュテルンを初めとした迎撃システムが搭載されていたことからもわかるように、熟成に熟成を重ねた頑健なシステム構成と枯れ果てた技術を用いていることによる価格の安さ、最悪の場合は目視による攻撃が可能というジャミングへの強さなどの理由から、捨てることのできない技術なのだ。

 さらに、ビーム兵器ではなくミサイルと比較するならば、弾丸の速さ、最低射程距離の短さなども利点として上げることができる。しかもこの場合、対空ミサイルと組み合わせることでお互いの弱点を補う形でより一層威力を発揮するという効果が戦闘証明済みである。

 過去の戦史をみてみれば、最新鋭の攻撃ヘリ部隊が旧式ながらよく準備された対空砲による防空コンプレックスによって大損害を被ったというケースはわりと頻繁に出てくる。おそらくは、さらに世紀を経たとしても実体弾による対空砲がなくなることはないと思っていいだろう。

 

 そんな固定式の対空砲や自走対空砲から上空に向かって撃ち出された射線と、小は歩兵が肩に担ぐ携帯対空ミサイルから、大は自走対空ミサイル車両から発射されるものまで、まるで火力で織り成された空中の鉄条網のようにヤラファス島に侵入しようとする巡航ミサイル群を阻止せんとたちはだかった。

 

 空中に連続して炎の華が咲く。

 

 あえて率直に評価すると、C.E.71年の時点において、オーブの防空密度は世界最高峰であると言っても間違いではない。

 おや?と思われた方も間違いではない。確かに、単純な戦力の量という観点から見るのであれば、オーブはとても大西洋連邦にかなわない。

 だが、質の高い戦力をヤラファス島を中心に配備しているオーブに対し、広い国土に分散して戦力を配置しなければならない大西洋連邦は、本土防衛のための戦力密度という観点ではオーブに劣るのだ。

 

 低空を目標であるレーダーサイトへ向けて突進する巡航ミサイル。

 長距離迎撃ミサイル同様、有効範囲に捉えた中距離迎撃ミサイルが自らの爆風と破片を敵ミサイルに浴びせかける。爆圧でくの字に曲がったミサイルが、次の瞬間、盛大に誘爆する。

 それを避けるかのように突き進む残りのミサイルを中口径の対空砲の射線が絡め取る。

 斜め下方からまるでアッパーカットを喰らったボクサーのように上空へ向けて先端部を跳ね上げると、そのまま惰性に引かれて大地へと落ちていく。

 その横を次々とミサイル群が追い抜いていく。

 それらに対し、保護チューブを突き抜けて、構えた歩兵の肩口から対空ミサイルが飛び出していく。

 発射の瞬間は引いていた白煙が瞬く間に透明になったかと思うと、次の瞬間には至近距離で巡航ミサイルに爆風と破片を浴びせかけている。

 

 地球連合艦隊から発射された対地巡航ミサイルが真っ先に狙ったレーダーサイト。

 戦闘開始直後に、目と耳、そして脳髄を叩き潰そうとするのは既に100年以上前から行われている戦術におけるセオリー中のセオリーだった。

 ゆえにオーブ側も、脳髄にあたる数十年の時間と膨大な資金を投入したオノゴロ島地下防衛司令部が、ミサイル攻撃や空爆などでダメージを受けるとは考えず、それに対して脆弱なレーダーサイトが狙われることは考慮の範疇であり、多くの防空ユニットが展開させていた。

 それが、先のオペレータの報告にあったレーダーサイト防空部隊である。

 彼らは己が役目を果たすべく、まさに獅子奮迅といってよい活躍を見せていた。

 オーブ内に侵入したミサイルは、次々と撃破され、空中の鉄条網は次から次へと獲物を捉えていた。

 レーダーサイト自身の探知データ、ミサイルと対空砲の迎撃ユニットによる精密な迎撃によって襲い掛かってきたミサイルのうち、四分の三以上をを撃墜した。それは誇るべき戦果だ。

 

 だが、だが、そこまでが限界だった。

 世界最高峰の防空密度をもってしても完全な防空というものは実現できない。確率論の悪魔は、人間の行いに完全や絶対といった形容句がつくことを決して許しはしない。

 全ての迎撃網を潜り抜け、レーダーサイトの最終防衛ラインを突破したミサイルは、次々とレーダーが収められたドーム状の建物と、それに付随するように建っている施設へ命中し、そのたびに黒煙と炎が辺りを満たしていく。

 

 「北部全域のレーダーサイトに着弾多数!」

 「データ入力途絶えました!」

 「防衛部隊より連絡!レーダーサイト被害甚大、復旧の見込みなし!」

 報告を続けるオペレータたちの声に悲痛なものが混じる。

 正面のスクリーンでは次々と敵ミサイルの着弾によって被害が拡大していくのが映し出されている。特に連合の侵攻正面となったヤラファス島北方に存在するレーダーサイト群は集中的に攻撃を受けていた。

 「索敵網に欠落が生じています!」

 「迎撃率、低下します!」

 レーダーサイトが損害を受けたことで、連合のミサイルに関するデータの精度が低下した。そのために、防空部隊は、これまでなら撃墜できたはずのミサイルを撃ち漏らしてしまう。

 連合の最優先目標として最大規模のミサイルが飛来した、動けない固定式の大型レーダーサイトは、対空ミサイルや対空砲の弾幕を抜けてきた、文字通り雨あられとばかりに降り注ぐミサイルの相次ぐ着弾により、雪崩を打つようにその能力を失っていった。

 

 だが、真っ先にレーダーサイトが狙われることを予測していたオーブ軍がそれに対する対処を何もしていないわけがない。

 連合軍が投入してくるであろう巡航ミサイルの数と確率論から、奇跡でも起こらない限り間違いなく固定式のレーダーサイトは破壊されると分かっている以上、それを代替するものを用意するのは当然のことだ。

 「野戦索敵システム起動に入ります。システム完全稼動まであと6秒」

 回路を切られ待機状態にあった移動用レーダーや赤外線探知システム、光学カメラや電子カメラなどの複数のセンサーが次々と起動し、破壊された固定式レーダーサイトの穴を埋めていく。

 ただ、移動式の探査装置の個々の性能は、破壊された大型固定式レーダーサイトほどの能力はない。そのため、複数のシステムで空いた穴を埋める必要がある上、カバーするエリアも若干狭くなっている。それでも、索敵網に穴が開きっぱなしと一通り埋められているのでは、その効果に雲泥の差がある。

 また起動したシステムの中で唯一レーダーだけは能動的に電波を発振するため、レーダーを搭載した車両は一定時間レーダー波を発振すると、システムをいったん待機状態に置き慌しく場所の移動を行う。

 同じ場所で長時間レーダー波を出し続けたら、それを辿って自分を破壊して下さいと敵にお願いするようなものである以上、陣地転換は必須といえる。どんなに手間が掛かろうとも、決して手を抜くことの出来ない、いわば命がけの鬼ごっこのようなものだ。

 だが、

 「索敵網、復旧します!」

 「迎撃率上がりました!」

 敵の攻撃から逃げ切れば勝ち。負ければ、兵士が命を代償に払う。それほどまでに壮絶なゲームであっても、それだけの危険を犯す価値のあるゲームであることは眼前で証明されている。

 

 ひとつ、またひとつとレーダーサイトの沈黙によりオーブ側の索敵網に穴が開くが、直ちに代替となる野戦レーダーサイトが起動し、その穴を埋める。

 連合側の攻撃によってオーブ側の索敵網が綻び、オーブ側がそれを代替手段で修復する。

 しばらくはそのイタチゴッコが続く。

 

 レーダーサイトが次々と攻撃を受け沈黙していく中、その次に多くのミサイルが飛来したのは飛行場、それも軍用飛行場であった。

 制空権の重要性は、今も昔も変わりはなく、それゆえレーダーサイトと同様に最重要攻撃目標として狙われやすい存在でもあった。

 よって当然のことながら、ここにも重厚に防空部隊が配備されている。ただ、高所に設けられていたレーダーサイトの守備についていた部隊とは一部で違いが存在していた。

 

 「目標接近!ジュリ、マユラ、射撃準備!」

 「「了解!」」

 M1アストレイの改修型、アストレイコマンドのコックピットで小隊長を務めるアサギが、指揮下にあるジュリ機とマユラ機に命令を下す。

 自身の機体のツインアイが映し出す映像に重なるように、飛行場上空に浮かぶ哨戒ドローンから見下ろす形での探知データが正面モニターに展開されている。

 じりじりとモニター上のマークが動いていく。

 低空を亜音速で迫る巡航ミサイルはもう直ぐ射程に入るはずだ。

 「見えた!」

 スクリーンの中でロックオンのマークが重なった瞬間、叫び声と共にアサギは引き金を引いた。

 アストレイコマンドの構えたビームライフルの銃口から立て続けに閃光が走る。本来なら直進するはずが、主に大気の流動によってもたらされる微妙なゆがみによって、発射された光条はわずかにその進む道をぶれさせながら目標へと伸びる。

 一条目はミサイルの頭上にずれ、二条目はわずかに右にずれた。そしてようやく三条目が正面やや右からミサイルに命中し、搭載されていた弾頭を誘爆させる。

 「次!」

 撃破の喜びに浸ることなく、アサギは次の目標へ意識を移す。

 ジュリやマユラの機体も狙ったミサイルを撃墜し、目標を変えているようだ。

 再びロックオンのマークが重なる。

 「やらせない!落ちろー!」

 再びアサギは引き金を引く。次々と接近するミサイルは撃破されていくが、撃破される距離はじりじりと小さくなっていく。それを具体的に示すツインアイが読み取った距離の数値が正面モニターの隅で勢いよく減っていく。

 その様子をじりじりとした思いで視野の隅に収めながら射撃を継続する。

 アサギたちだけではなく、他のM1アストレイ部隊も迎撃を行っている。むろん、既存の対空砲も銃身が焼き切れることを考慮せず撃ちまくり、対空ミサイルもばんばん飛びまくっている。

 だが、撃破されたミサイルは上空に黒煙を残し視界を遮る邪魔者と化し、噴き散らかされた爆発による熱風は、赤外線センサーの精度を落とす。

 防衛のため、撃破するたびに条件が悪化していく。

 そして、ついに怒涛のように押し寄せるミサイル群に抗しきれず

 「抜かれた!?」

 マユラの悲痛な声と同時に迎撃網はついに打ち破られ、敵ミサイルが飛行場内へと侵入した。

 

 迎撃網を突破し軍用飛行場上空へと飛び込んだミサイルは、シーカーに搭載された地形照合装置とメモリーに焼き付けられた光学映像で自身が目標空域に到達したことを電子パルスで確認。すかさずシーカー後部のカバーを展開し、運んできた小型爆弾を6発、周囲にばら撒いた。

 ばら撒かれた6発の小型爆弾の尻から小さな減速用パラシュートが開く。そして、そのまま速度を落としつつ先端を下方へ向け、あらかじめ設定されていた高度に達すると内蔵されたロケットモーターが点火される。

 6発の爆弾はいずれも下に向かって強烈な加速を開始し、猛烈な勢いで大地に激突し、コンクリートを貫いたかと思うと、すぐさま爆発した。

 主滑走路と交差する進入路に炎と煙の6つの花が咲き、それまで滑走路を形成していたコンクリートの欠片が四方に回転しながら飛び散る。

 滑走路を直撃した爆弾はそれぞれ直径4mほどのクレーターを穿ち、それに倍する長さの分厚いコンクリートを引き剥がした。

 これにより、この飛行場はクレーターを埋め立てない限り飛行機の離着陸が事実上不可能となってしまった。

 しかも、連合軍による攻撃はこれで終わりではない。

 一発、また一発とオーブ側の防御を掻い潜り、目標とされた箇所を少しづつ破壊していく。

 

 「これ以上やらせるかぁ!!」

 怒声を上げながら、アサギたちは必死の防戦に努める。

 一発でも多く敵ミサイルを撃墜することができれば、それだけ被害を減らすことができる。それに復旧にかかる時間も短縮できるかもしれない。

 アサギたちはただひたすら被害を軽減することだけを考えて引き金を引き続ける。

 ミサイルの命中によって発生した火災の消火は迎撃能力を有しない他の部隊に任せ、ただひたすらロックオンしたミサイルを射撃する時間が経過していく。

 「この!このぉ!!」

 彼女たちは、自分たちが怒声を放っていることにまるで気づいていない。ただほとばしるような感情に突き動かされて、自然に声が漏れているに過ぎないのだろう。

 

 ピピピッ

 ロックオンのマークが重なる。引き金を絞る。外れ、命中。「次!」直ぐに別のロックオンマークが出る。引き金を引く。命中。ピーピーうるさい。何?エネルギー残量の低下アラーム?イエローゾーンならまだ行動できる!再び引き金を引く。命中。次も命中。「次は!」アレ?

 ふと気がつくと、モニターの中から敵ミサイルを示すシンボルマークが全て消えていた。

 「・・・終わった、の?」

 アサギの唇からぽつりと、転がり落ちるようにその一言がこぼれ出る。

 極限まで集中していたせいか、思考に霞が掛かったようにはっきりとしない。それでも、念のため、センサーの精度を落として有効範囲を広げてみる。やはり、こちらに向かってくる反応はない。哨戒ドローンからのデータにも反応はない。

 「どうやら・・・・・・本当に終わったみたいね」

 そう言って操縦桿から手を離そうとする。が、何故かがっちりと握られた右手は脳の言うことを聞こうとしない。

 「くっ」

 何とか左手で一本一本指を引き剥がすように操縦桿からやっとのことで手を離す。と同時に、仲間のことを思い出し、慌ててレーザー通信を繋げる。

 「ジュリ、マユラ、大丈夫?機体に損傷はない?」

 「・・・破片で装甲に傷ぐらいはついてるかもしれないけど、他には問題ないよ」

 「・・・同じく、こちらも損傷はありません」

 わずかに間をおいて、二人から疲れた声音が無事返ってきた。

 「よかった。こっちも問題ないわ」

 モニターに映し出された自己診断チェックの結果を見ながらそう伝える。その自分の声音にも随分と疲れがこもっていた。

 「でも、飛行場はかなり損害を出してしまったようです」

 「ええ、そうね」

 ジュリが残念そうに言い添えたのにアサギも応じる。

 正面及び左右のモニターの中のそこかしこで黒煙が上がっている。負傷者を搬送する救急車もひっきりなしに動き回り、消防車が独楽鼠のように走り回り、未だ鎮火していない火点を消して回っている。

 周囲の状況を映し出すモニターをじっと見詰めながら、きゅっとアサギは唇を噛む。

 「私たちも消火を手伝ったほうがいいかな?」

 マユラがおずおずと、そう聞いてくる。

 「駄目よ。私たちは連合軍の次の攻撃に備えないと」

 「うん。それは分かっているんだけど・・・」

 アサギは言下に意見を却下する。今の攻撃は本気ではあったが、あくまでこちらの迎撃能力を探るための偵察を兼ねていたはず。

 ならば、私たちのすべきことは次の戦いに備えることだ。身体を休め、機体の調子を保ち、次の攻撃において少しでも多くの敵の攻撃を防がなければ。

 マユラもそれは分かっていて、それでも聞いてきたのだろう。

 実際、破壊された滑走路を補修するための前段階としてブルドーザーが主に誘導路を中心に飛び散った破片を一気に集め回り始めている。ばら撒かれたであろう地雷兼用の子爆弾を検知するための対地雷車両も出動している。

 だからアサギはリーダーとして命令する。それが彼女たちの心の重荷を軽くすることに繋がればと思いながら。

 「補給ポイントに戻ります。いいわね」

 「「了解」」

 周囲に展開していたMS部隊も、順次、補給ポイントへと向かっている。彼女たちも、自機をオートパイロットにすると補給ポイントへと向かう。

 ズシン、ズシンという一定のリズムで動き出した愛機の中で、アサギは脱力すると共に背をシートにあずけた。

 そのままふと手元の時計を見やると、体感では随分と長い時間が経過したように感じていたが、実はまだ20分も経っていなかったことに気づき、実戦の洗礼がどのようなものかを十二分に知ることになったのであった。

 

 

 

 少しずつ積み重なっていく被害情報。刻一刻と損耗していった防空戦力。それらが表示されていたスクリーンは、今はその動きを止めている。

 連合軍による第一波のミサイル攻撃は、その全てが撃破されるか、あるいは目標に命中することでオーブの空からその姿を消していた。

 それでも司令部内の喧騒は途切れることはない。

 損害の増大は止まっていても、被害の詳細を把握するのはこれからという場所も多い。戦闘部隊に関しても、消耗した弾薬を補給し、損耗した部隊を再編成し、破壊され価値を失った場所に配置されていた部隊の新たな配置場所を決める。負傷者は応急治療所まで後送し、重傷者はさらに病院に搬送する。

 このほかにも、司令部がすべきことはそれこそ書類で山脈が築けるほどに大量に存在する。

 だが、それらは全て中堅の将校が対応できることだ。今現在の状況は戦前の想定通りと言えるため、あらかじめ準備されていた計画に沿って対応すれば問題ない。

 慌しい人の流れを視界の隅で捉えつつ、動きの止まったスクリーンを睨み付けるようにじっと見つめ続けているカガリの背後から

 「予想通り、敵はまずこちらの目を潰しにきたようだな」

 キサカが低くそう声を掛けてくる。周囲はさざめくような喧騒に包まれているが、どうやら周りに聞こえないように気を配っているようだ。

 そんなキサカをじろりと流し見たカガリは、手元のコンソールを幾つか操作する。と、彼らの周囲にエアカーテンとノイズウォールを展開された。

 そして、

 「目だけじゃない!電力ネットワークも既に攻撃を受けている!

  民間の被害は鰻登りだ!既に電力会社の社員にも負傷者が出ているんだぞ!

  彼らは、本来守られるべき人たちなんだ!」

 語気も荒くそうカガリが応じる。もっとも既に展開したエアカーテンによってそのカガリの怒声に近い声は吸収されると同時にノイズウォールによって相殺され、内部にいる者にしか聞こえていない。どうやら、スパルタ教育による上に立つものとしての気配りはしっかり根付いているようだ。

 もっとも、直接カガリの怒声混じりの応えを聞いた者たちは、やはり1ヶ月程度のスパルタ教育ではカガリの本質が変わっていないことを内心で実感していたが。

 そんな周囲の思惑を他所に、実は、カガリは内心で吹き荒れる感情の嵐に大きく揺さぶられていた。

 シミュレーションルームで何度も地球連合に蹂躙される祖国の仮想映像を見てきた。ゆえに、覚悟は出来ていた。いや、出来ていたつもりだった。

 だが、実際に攻撃が開始され、建造物が破壊され、死傷者が発生する本物の映像と情報を受け止め続ける。それは、想像をはるかに上回る苦痛であり、事前にしていた覚悟など薄っぺらなものでしかなかったことを痛烈に思い知らされていた。

 実際は、映像的にはシミュレーションで見た仮想映像と変わらないかもしれない。だが、それが本当に今起こっていることだという事実を受け止めるカガリの精神の消耗度合いが、シミュレーションとはまるで違う。

 それでも、端から見て指揮官然としているのは、これはもうカガリの意地でしかなかった。

 実際に血を流しているのは自分ではない。

 直接の命の危険に晒されているのは自分ではない。

 むろん、指揮官の役目というものをきっちりと教え込まれたから、一般の兵士たちと自分の立ち位置が異なることは理解している。

 それでも、傷ついていく者たちを見るとカガリは自分の心も同じように血を流しているように感じる。

 むろんそれは錯覚だ。

 ただ、損害をただの数字と割り切ることのできる、冷徹な指揮官に自分はなれない。そのことを改めて理解させられたカガリは、当初の予想以上に感情の嵐に翻弄されることとなっていたのだった。

 だが、全幅の信頼を置くキサカに思いの丈をぶちまけ、激情を発散したことでカガリの感情の嵐もその勢力を弱めた。そして、さらにキサカの強くたしなめる視線が徐々に感情の乱れを抑えていく。そこには間違いなく、かつてのカガリではない、成長の証があった。

 そんな一連のカガリの様子を見て、落ち着きを取り戻したとみたキサカがあえて冷酷に告げる。

 「被害を受けた区域は予備電源へ切り替えている。事前のリハーサルのおかげで切り替え自体もほぼ問題なく行われている。迎撃戦闘におおよそ支障はない」

 「それでも犠牲は出ているんだ!」

 声を抑えながらも激情をはらんだ声音でカガリが反駁する。

 すっと目をすがめたキサカは、重い声音で言う。

 「・・・誰も犠牲にすることなく戦争を乗り切ることなどできないと、既に学んだはずだぞ、カガリ」

 「!わかっている」

 長年の風雪に耐えてきた花崗岩のように、カガリの激情を受け止めたキサカは、視線で、口調でそれを思い出せと諭すように無言で告げる。

 それを受けて、内心の感情の嵐の残滓を二度三度と頭を振ることで一時的に振り払うと、大きく息を吐いた。

 そしてもう一度正面を向く。

 その様子を見て、再度キサカが言う。

 「そうだ、カガリ。まだ戦いは始まったばかりだ。

  そんな最初から上に立つものが冷静さを失った姿を見せることはあってはいけない」

 「わかっていると言っただろう」

 「ならばもう少し落ち着け。

  初日からその有様では、最後まで体力がもたんぞ」

 「!!!」

 キサカの言に、オーブが受ける被害はこれからも増え続けるという示唆を読み取ったカガリは、ぐっと強く奥歯を噛み締める。

 いままさに、彼女の祖国が蹂躙されているというのに今の彼女には部下たちを信じて耐えることしかできない。

 上に立つものとして急速に成長を遂げつつあるカガリではあったが、生来の気性はそう簡単に直るものではなく、自身をこの場に留める事に自分でも予想外の消耗を強いられていたことにも改めて気づかされる。

 だが、この一連のやり取りでカガリの精神はなんだかんだでかなりリフレッシュされたといえる。もともと一本気なカガリの気性は、想いを吐き出すことで精神の柔軟性を維持しているのかもしれない。ともあれそのことは、これからの戦闘に良い影響をもたらすものと思いたい。なぜなら、これから先も戦争は容赦なくカガリを駆り立てていくことになるのだから。

 

 キサカとのやり取りで結構な時間を取ってしまったことに気づいたカガリは、エアカーテンとノイズウォールを解除し、今の短い間に何か事態の変化がなかったかスクリーンの情報を読み取りながら、一段下のエリアにいる情報参謀にもっとも重要なことを確認する。

 「敵航空戦力投入の前兆はあるか?」

 「一部にその兆候が見られます。ですが、次の攻撃に合わせてくるのかは未だ不明です」

 微塵も表情を動かすことなく聞かれた参謀が応える。

 「防空部隊の再編は?」

 「現在、部隊の移動中です。ただ、交通の中継点にも被弾があったようで混乱も生じています」

 「そうか。歯がゆいがここは現場のものを信ずるしかないな」

 「はい」

 破壊されたレーダーサイトの防衛についていた部隊は、他の地域への移動を開始している。

 全体の戦力において劣勢にあるオーブ軍は、無駄に出来る戦力は一欠けらもない。そのため、部隊の再編成については念には念を入れて二重三重の計画が立てられていた。

 破壊された重要施設の護衛についていた部隊だけを他の場所に動かすだけでは、その部隊の移動距離が長くなりすぎ、いざという時に間に合わないかもしれない。それを防ぐには、多くの部隊を少しづつ動かすのが最適である。だが、多くの部隊を動かすにはそれだけ事前の計画がしっかりと整えられていなければならない。でなければ、動いたはいいが部隊の配置場所の重複や移動途中の渋滞など問題になりそうな事柄は山とある。それをすべて克服し、なすべきことをなすにはただひたすら準備に準備を重ねるしかない。

 そのことをよく知るものほど、わずか一ヶ月とはいえ準備の時間を確保できたことをそれぞれの神や信ずるものに深く感謝していた。

 「負傷者の後送と手当ては十分になされているな?」

 「はい。応急治療所及び野戦治療所とも医療品の不足を告げるような連絡は入っていません」

 「戦闘可能な程度の軽傷の者も可能な限り手当てを受けるよう改めて伝達しておいてくれ。

  連合の上陸作戦が開始されれば、そんな暇はまるでなくなってしまうからな」

 「わかりました。改めてカガリ様の意志をお伝えします」

 「ありがとう。よろしく頼む」

 こうやってごく自然に部下たちを大切にする姿を見せられるのはカガリの美点のひとつだろう。

 そんなカガリに内心の感嘆を隠しながら、キサカが念を押すように言う。

 「カガリ、改めて言うまでもないと思うが」

 「ああ。敵の攻撃は、まだ第一波が終わっただけだ。

  攻撃結果の分析が終わり次第、直ちに第二波攻撃があるだろう」

 「防空部隊の陣地転換は、予定よりも遅れているようだ」

 「仕方あるまい。実戦に不測の事態は付き物だ。むしろ、この程度の遅れで済んでいることを感謝すべきだろう」

 「ほう?」

 キサカが感心したような相づちを返す。

 それを聞いたカガリは若干頬のあたりを紅くしながら、キサカを横目でにらむ。

 「なんだ。何かおかしいか?」

 「いや。何もおかしくはない」

 「だったらさっきのは何だ?」

 「深い意味はない」

 「とてもそうは思えなかったが?」

 「何か自分で思い当たる節でもあるのか?」

 そうキサカに問い返されると返事に詰まるカガリ。

 そんな聞くものにほのぼのとした感想を与える小声でのやり取りが行われた矢先、再び戦いの始まりを告げるラッパは鳴った。

 「敵艦隊上空に新たなミサイル群を探知!第二波攻撃の開始と思われます!」

 「全部隊に敵の攻撃再開を伝達!移動中の部隊の再配置を急がせろ!」

 「了解」

 「全部隊に告げる。敵第二波攻撃と思われる攻撃を探知。繰り返す、敵第二波攻撃と思われる攻撃を探知。各部隊は速やかに戦闘態勢に移行せよ」

 

 「・・・ここからが正念場、か」

 オペレータたちの事態の変化を告げる連絡を聞きつつクリーンを見つめるカガリの顔には、今一度祖国が蹂躙されることへの覚悟を決め直した表情が浮かんでいた。

 

 

 

 地上において再び騒々しく戦場音楽がかき鳴らされるようとしている一方、守勢を選択したオーブ海軍にとって予想外の、だが想定内の戦闘が唐突に幕を上げていた。

 「ソナーコンタクト!海面へ浮上するアンノウンを発見!

  数は2。それぞれアルファ、ベータ目標を宣言。両目標は対艦ミサイルの可能性大!」

 「トダカ一佐!」

 「この海域で攻撃を仕掛けてくるか」

 (大物を発見し、食いついてしまったといったところだろうな)

 艦隊を率いるトダカは内心でそう判断すると、艦長へ視線を向け

 「艦長、任せる」

 「了解です!

  個艦防御は味方ヘリへの誤射を防ぐため、まず艦砲で迎撃する。各砲、咄嗟射撃用意!

  機関室、第一戦闘戦速!できるだけ速度をくれ!」

 砲が迅速に動き、馬上試合の槍のようにぴたりと目標海域に向かって砲身を固定する。

 同時に彼らの座乗するミョウコウがぐいっとばかりに加速し、速度計の目盛りがずんずんと上がっていく。

 「今のうちに哨戒ヘリに射線から離れるように伝達。対空ミサイル、CIWS準備!艦砲で防げなければ順番にいくぞ!」

 「敵ミサイル、左舷より海上へジャンプ!距離6000!」

 「各砲、撃て!」

 発射命令後のわずか2秒で5発の砲弾が放たれた。海面からジャンプした一発目のミサイルは、その5発の主砲弾の有効範囲から脱出することはできなかった。爆発した砲弾の破片がミサイルの胴体部を貫き、次の瞬間、巨大な爆発と共に辺りの空気を吹き散らす。

 だが、その爆発が海面を擾乱し、結果、海面からのジャンプ点に誤差が生じ、2発目のミサイルはミョウコウから放たれた主砲弾を逃れることに成功した。

 「来ます!左舷5500に空中目標!ベータターゲットです。本艦に向かってまっすぐ来ます」

 「おそらく目標は、本艦の後ろだろう」

 トダカが喧騒に満ちた周囲の誰にも聞こえないような声でそっとつぶやく。

 「味方が射線に入る。艦砲、撃ち方待て!ミサイル、撃て!」

 イリヤ艦長が、待機させておいた対空ミサイルの発射を命じる。

 迫り来るミサイルに対し、確実な迎撃を期すため2発の対空ミサイルがVLSより放たれた。

 それまでの喧騒が嘘のように静まる中、コンソール上でそれぞれのミサイルの軌跡が近づいてくその瞬間、唐突にその沈黙は破られた。

 「こちらソナー、海中に更なるアンノウンを発見!ガンマ、デルタ目標を宣言。両目標は魚雷の可能性大!」

 「了解。そのまま解析を続行せよ。

  アンチ魚雷及びデコイ用意!だが、まずはミサイルからだ」

 「タカナミより連絡。ガンマ目標へアンチ魚雷発射」

 「よし!」

 「ミサイル迎撃まであと3秒!」

 艦橋内の多くの人間の視線が集中する中で、対艦ミサイルと対空ミサイルの軌跡が交差し、次の瞬間コンソールから消滅した。

 「敵ミサイル撃破!」

 「よし。残った対空ミサイルに爆破を命令!」

 「了解」

 ただちに、残っていたもう一発の対空ミサイルが自爆命令によって破棄される。

 「敵魚雷、速度200ノットを突破!」

 「スーパーキャビテーティング魚雷か!デルタ目標へアンチ魚雷いけ!同時にデコイ射出!」

 統合魚雷防御システムによって、接近する魚雷の探知、類別および位置特定は速やかに行われる。追尾データがアンチ魚雷へ入力され、敵魚雷が発する探信音波に関するデータが音響デコイに流し込まれる。

 「アンチ魚雷発射!」

 「デコイ射出!」

 狙うべき獲物の必要なデータが入力されたアンチ魚雷がデルタ目標に向かって直ちに発射され、一歩遅れて音響デコイが接近する敵魚雷に対して最適な投下位置を自動計算して発射される。

 アンチ魚雷は、母艦に接近する敵魚雷に一直線に向かい、艦から数百メートル離れた位置にほとんど水音を立てず着水した音響デコイは、直ちに母艦が発する音と全く同一の偽音を母艦が発するそれよりも大きく発し始める。

 広がった偽音は母艦のそれを完全に覆い隠してしまう。

 その上空では、哨戒ヘリが敵潜がいると推定された海域へと突進していく。

 「念のため、哨戒ヘリに敵対空ミサイルへの警戒を促せ。こんなところでヘリを失うわけにはいかん」

 イリヤ艦長がスクリーンを見ながら傍らの航空参謀に告げる。

 「アンチ魚雷、敵魚雷と正対します」

 敵潜の放った魚雷はまだ母艦との有線ケーブルが生きているのか、アンチ魚雷を回避しようとコースを変更する。だが、航続距離を削る代わりに自重を落とし、速度を向上させたアンチ魚雷を振り切ることはできない。

 同時に統合魚雷防御システムがそれまでに敵の行動と自らが行った行動を累積計算し、戦闘指揮官に対して艦の回避行動の候補を提示する。

 提示された候補の中から艦長は取り舵を選ぶ。

 「取り舵10!」

 「取り舵10、宜候」

 「アンチ魚雷、オンターゲット!ガンマ目標撃破!」

 タカナミが放ったアンチ魚雷がガンマ目標に斜め正面から迫り、爆発する。爆発によって発生するバブルパルス(アンチ魚雷の爆薬は対艦魚雷それと異なり、よりバブルパルスが発生し易いように調整されている)の渦の中に敵魚雷は絡め取られ、水圧で押し潰される。

 双眼鏡を持つ者たちが一斉に水柱の立った方向へと向ける。

 「デルタ目標、接近します」

 「アンチ魚雷、オンターゲットまで3、2、1、命中!」

 再び海面に巨大な水の華が艶やかに咲く。

 

 空中及び海中の攻撃を完全にしのいだイリス艦長はソナーへ次の攻撃がないか尋ねる。

 「敵に追加攻撃の様子は見られるか?」

 「ありません。敵はデコイを放ちつつ、逃走に移っています」

 それを聞いた艦長は、視線をトダカに向けると

 「トダカ一佐、敵潜攻撃を命じます」

 と進言した。

 ほんの数瞬、トダカは現在の状況と攻撃によって導かれる結末を想定し、是の答えを出した。

 「やむを得んだろうな。だが、攻撃に割けるのは2隻までだぞ、艦長。

  それ以上は回すことはできん。それでやれるか?」

 機関故障でぎりぎりまでドック入りしていたヘリ空母[ズイホウ]を守ることが、この小艦隊に与えられている最優先任務である。

 ただ、発見した潜水艦をそのままにしておくのは余りにも危険すぎる。今回は、迎撃が間に合ったからよかったものの、下手をしたら開戦早々に貴重なヘリ空母を失っていたかもしれないのだ。

 さらに、他の敵潜水艦がこの海域に潜んでいる可能性は高い。それゆえに、任務と危険性を秤に掛けて、護衛艦から攻撃のための艦を割くがそれは2隻までだと制限をつけている。

 「かまいません。我がオーブの庭に、のこのこ入り込んだ輩を排除するには十分です」

 不敵な笑みを浮かべながらイリヤ艦長は前方に向き直ると、僚艦にレーザー通信で命令を伝える。

 「タカナミとマキナミを攻撃担当艦に指定。両艦は直ちに追撃を開始。

  他艦は別の敵潜に備え、警戒ラインを広げよ」

 命令を受けた2艦が舵を切り、それまで降ろしていた浅海用曳航ソナーを巻き上げるとそのまま敵潜の予想逃亡ルートを挟むように移動を開始する。

 それまで五芒星の頂点に配置されていた護衛艦の陣形が崩れ、二隻の艦が前方へと進出。残された艦も移動し逆三角形を形作る新たな護衛隊形を整える。

 タカナミとマキナミの先を、それぞれから離艦した哨戒ヘリが追い抜いていく。

 もっとも、命じた艦長もそれを見ていたトダカも追撃する艦艇が敵潜水艦へプレッシャーを掛ける、いわゆる勢子でしかないことを承知している。

 なぜならC.E.の時代においても、30ノットを超える速度で航行する場合は旧世紀ほどでないにしてもソナーの効率が相当低下するからだ。

 そんな状態では、敵潜水艦を探知し続けることは難しい。よって、潜水艦を狩る本命は哨戒ヘリとなる。

 だが、追尾する艦艇が木偶の坊というわけではない。単艦で相手をするならばともかく、今は哨戒ヘリが投下するソノブイの情報を取得することで敵潜水艦の情報を得ることに支障はない。さらに、いま少し距離を詰めれば、魚雷を積んだ対潜ミサイルによる攻撃も十分可能となる。

 「殺られる前に殺る」それは旧世紀から変わらない唯一絶対の法則である。

 潜水艦と水上戦闘艦では潜水艦の方が有利とされているのは旧世紀から変わっていないが、同様に水上戦闘艦が獲物に突き立てる牙もまた失われてはいないのだ。

 

 追撃する2隻の護衛艦は、数分置きに位置を変えてジグザグに走りながら、東への針路を保持し続けた。

 敵の逃走経路に進出した哨戒ヘリが、次々とソノブイを投下し始めた。歪な弧を描くように投下されたソノブイがデータを拾い、母機、そして母艦へと海中の音を送信し始める。

 システムがフル稼働し、十数秒後には敵潜が放ったデコイと本体が完全に識別された。周辺海域の詳細データの有無がそれを成し遂げた。ただ、確実を期すならばまだ情報が不足している。

 「ピンガーを投下し、敵潜の位置を特定せよ」

 母艦から命令が届くと、哨戒ヘリは探信用ソノブイを投下し、直ぐにその場を離れた。むろん、対空ミサイルを避けるためである。

 なお、ヘリコプターが搭載しているディッピングソナーは、ローターが水面を叩く音を潜水艦側に探知される可能性があるため、よほどのことがないかあるいは乱戦にでもならない限りは用いられることはなくなっている。

 探信ソノブイは水溶性のパラシュートを開き静かに海面に着水する。その時の衝撃は、せいぜい湖面でカエルが跳ねた程度のものでしかなかっため、速度を上げて逃亡中のボルチモアは行く手に待ち構えるものに気づかなかった。

 「よし。アクティブ・ピン、打て」

 低いアクティブ・ピンガーが鈍い響きを残して海中に拡散していく。

 

 

 その音が船体を叩いた瞬間、ジェファーソン艦長の背筋を悪寒が走った。オーブ艦隊に先制攻撃を加えた連合軍の潜水艦ボルチモアは、船体構造自身がスピーカーとなり、全身でその探信音を受け止めた。

 潜水艦にとっては事実上の死刑宣告のようなものだった。

 「右舷2番、4番キャニスターから、対空ミサイルを発射!急げ!」

 艦長の怒声さながらの命令を受け、船体中央部の側面に埋め込まれたチューブから対空ミサイルが入ったキャニスターが射出された。それは、一直線に水面に向かった後、空中にジャンプし、全方位攻撃能力を持ったそれぞれミサイルを発射する。

 「1番、2番発射管に囮魚雷を再装填!

  1番は直ちに発射!2番は20秒待ってから15度ずらして発射!

  3、4番発射管にはアンチ魚雷用意!ノイズメーカーも忘れるな!」

 命令は矢継ぎ早に下される。

 乗員は慌てながらも必死に指示に従う。

 上空の敵が避退してくれれば逃げ切れるはず。ジェファーソン艦長は口元をかみ締めながら思う。

 その内心には、オーブのヘリ空母を発見し先制攻撃に成功した時の高揚感はまるで残っていない。代わりに背筋に氷塊を入れられたような冷たさだけが感じられる。

 「1番、囮魚雷発射しました!」

 「よし。深度下げ!海底に近づいて撹乱する!」

 「危険です!この海域の海図は精度が!」

 「ぎりぎりまでやって見せろ!」

 悲鳴のようなソナーの報告に、苛立ちのまま怒鳴りつけるように命令する。

 生き残るためにはそれが必要なのだという焦燥に駆られながら。

 

 だが、ボルチモアの命運は極めて厳しいと言わざるを得ない。

 追尾艦は2隻が速度を上げつつ迫りつつあり、哨戒ヘリ部隊は既にこちらを捕捉している。それも直近でだ。さらに周辺海域の詳細データはこちらは持たず、敵は有している。

 あまりにも条件が悪すぎた。

 潜水艦艦長には、悪魔のような大胆さと臆病過ぎるほどの慎重さの両者が必要と言われている。が、ジェファーソン艦長は、開戦早々にヘリ空母という思わぬ獲物を目にしてその天秤を崩してしまったのであろう。開戦後の艦隊損耗によって失われた人的資源を回復すべく、速成教育を受け、艦長として任官したジェファーソンに経験が不足していたことも原因のひとつといえる。

 それでも、早々に自らが放った魚雷とのケーブルを切断し、全速で逃げにかかっていれば、あるいは逃げ切れる可能性も残っていたかもしれない。しかしながら、包囲が完成しつつある現在の状況は、ただ死神の鎌が振り下ろされるのを先送りするのが精一杯であった。

 

 

 死刑執行人たる哨戒へりでは、海面をを映し出しているスクリーンに、海面から魚雷が飛び出し、中からミサイルが放出されるのが見えていた。空中でほぼ静止状態になり直立した敵ミサイルのシーカーが、捜索モードで一瞬ふらつくところまでしっかりと確認できる。

 「ミサイル警戒!防御システム起動!」

 今回、哨戒ヘリが搭載しているミサイルは、主に歩兵用の携帯ミサイルを改修したものであるため、射程がそれほど長くない。なぜなら、哨戒ヘリが対潜オペレーションで主任務として魚雷とソノブイを搭載しているため、中・大型のミサイルを搭載する余地がないからである。

 そして、射程が短いということは、迎撃のチャンスが限られることを意味する。そのため、哨戒ヘリの操縦士は対空攻撃が予想される場合、迎撃を搭載コンピュータが全て任せ、自動で目標とするミサイルの加速度と針路を計算して発射するようにしている。

 海面から上空へと現れたミサイルが、それぞれ目標をシーカーに捉えブースターに点火した。その次の瞬間、こちらの迎撃ミサイルが機体の側面をわずかに焦がしながら飛び出していく。

 ミサイル同士は、それぞれ浮上地点と目標となった哨戒ヘリのほぼ中間地点で接触した。先に近接信管が作動した迎撃ミサイルが爆発し、その影響圏内にあった敵ミサイルも爆風と破片を浴びて誘爆して果てた。

 「迎撃成功!」

 「よし!」

 セイバー1を操るカスガ一尉は危険が去った次の瞬間に反撃を指示する。

 「セイバー3、指示されたポイントに魚雷を投下しろ。セイバー4は3の反対側に回り込んで魚雷を叩き込め!逃がすなよ!」

 「「了解!」」

 投下済のソノブイが、尻に帆掛けて逃げ出そうとしている敵潜を捉えている。

 「セイバー3、アタック!」

 ボタンを押し込む。

 切り離された魚雷が頭を下にして滑るように海中へと潜り込んでいく。

 

 「ソナーコンタクト!魚雷接近!後方5時の方向、距離700!」

 ソナーマンが報告するそばから、魚雷が発するピンガーが船体を叩き始めた。

 「緊急回頭!ジェットノズルを限界まで回せ!海流を攪拌するんだ!ノイズメーカー、全て発射!」

 ウォータージェットのノズルが設計限界を試すかのように横を向き、艦が急速に回頭していく。同時に大量に発射されたノイズメーカーが周囲で猛威を奮い、ボルチモアを覆い隠すような巨大な音の壁を作り出す。

 ボルチモアに接近していた魚雷は、わずかな時間で築かれたノイズメーカーによる音の壁で敵潜水艦をロストした。そのため、内蔵されたチップは敵潜のそれまでの移動状況から推測位置を割り出し、そこへ向けて突進していく。

 「敵魚雷、こちらを見失った模様!オーバーシュートします」

 「よし!アンチ魚雷発射!」

 音の壁を突き抜けた魚雷は、自分の先に獲物がいないことに気づいた。

 すかさず復活したソナーで敵潜水艦の再捕捉を試みる。ノイズメーカーの壁が正確な位置の把握を邪魔するが、コース変更に必要な情報を集めることは出来た。

 直ちに、敵潜水艦を再捕捉すべく登録されている航行パターンの中から最適と思われるものを選択し、針路を変更する。C.E.時代の魚雷は、目標海域の深度や海中データを観測しながら獲物を探す。もし、一度捉えた獲物をロストすると逃げたであろう方角を集めたデータをもとに推測しながら次の行動へと移る。まるで、魚雷そのものに知性があるかのように振舞うのだ。

 だが、コースを変えた魚雷の前に新たな音源が現れた。そして、それを回避するには距離がなさすぎた。

 オーブ側が反撃として放った最初の魚雷は、ボルチモアが放ったアンチ魚雷のバブルパルスの中で破壊された。

 

 「こちらソナー。

  敵潜、魚雷撃破に成功。海中が擾乱されています。コンタクトロスト」

 追撃中のタカナミでも戦闘の様子は哨戒ヘリが投下したソノブイを経由して伝わっていた。

 魚雷同士が接触して爆発した瞬間、ボルチモアは周囲を満たす大音響に紛れて、ほんのわずかに針路を変えた。僥倖というべきだろう。いまだ生きているノイズメーカーと合わさって、追尾艦であるタカナミは完全にボルチモアをロストしてしまっていた。

 「敵潜の最後の針路はわかるか?」

 「はい。針路1−2−2へ向かっていました」

 「攻撃担当士官、対潜ミサイル、届くな?2発いけ!」

 「了解。1発は敵予想位置の後方へ、もう一発は目標左舷前方へ投じます」

 「それでいい。マキナミには前に出つつ次の攻撃に備えるよう連絡しろ」

 「はっ」

 攻撃担当士官は、既に対潜コンソール上で発射準備を終えていた。

 「攻撃準備完了」

 「撃て!」

 二発の対潜ミサイルが、艦首VLSより垂直に発射される。そのまま固体燃料を噴出しながら飛翔し、目標上空まで達すると、弾頭部の魚雷を切り離した。水音と共に魚雷が海面へと飛び込む。

 魚雷は、そのまま敵潜水艦の予想深度まで沈降すると探信ピンガーを発振しながら、あらかじめプログラムされた通りに周囲を嗅ぎ回りながら獲物の追跡に移った。

 

 獲物の発見は、それから48秒後だった。

 

 ボルチモアは魚雷を迎撃した場所から1000mほど移動していたが、それが神の与えた恩寵の限界だった。

 擾乱された海域から離れたことで、タカナミが投入した魚雷に捉まったのだ。それぞれ、左舷と後方から探信音を響かせながら迫ってくる。さらに、

 「右舷2時の方向より探信音!」

 ソナーからの絶叫が響く。

 哨戒ヘリ、セイバー4が投下した新たな魚雷が現れたのだ。

 3方向から迫る魚雷。完全に捕捉されている。アンチ魚雷で迎撃可能なのは前方から迫る魚雷のみ。どうあがいても最低一発は命中する。

 誰が見ても完全なチェックメイトだった。

 だが、ジェファーソン艦長には認められなかった。ここで自分が終わるということが。

 「アンチ魚雷発射!ノイズメーカー射出!」

 「ノイズメーカーの再装填が終わっていません!」

 「準備が終わっているものだけでいい!急げ!」

 「了解!」

 再び音の壁が築かれる。だが、それは先のものと比べると脆弱極まりないものだった。そのため、効果も十分ではなかった。一時的にこちらをロストしたのか魚雷の速度が落ちたが、やがて何事もなかったかのように魚雷は接近を再開する。その様子から、確実にこちらを捕捉している。

 「全ベント閉鎖!全タンクブロー!浮上!浮上だ!」

 「艦長!?」

 「浮上しろといっている!」

 「り、了解」

 ボルチモアから気泡が噴き出し、艦体が浮上を始める。

 ジェファーソン艦長は一か八かの賭けに出た。

 敵に囲まれている中で浮上する潜水艦はいない。ならば、敵の想定外を通れば逃げ切れるかもしれないと。

 次の瞬間、腹に響く低音と衝撃が艦を揺さぶった。

 「アンチ魚雷命中。正面の敵魚雷撃破!」

 ソナーからの報告に艦橋の面々が一瞬喜色を取り戻す。

 だが、潜舵を動かし、浮上しようとする間にも残りの魚雷は迫り続けている。今からアンチ魚雷を装填しても間に合わない。

 ピンガーが船内で木霊し始めた。その間隔がどんどん短くなる。

 艦橋にいた全員が近くのフレームにしがみついた。

 次の瞬間、ドーンという衝撃が足元から伝わり、何人かがその衝撃に振り回される。

 艦内の照明が非常用に切り替わり、同時にダメージコンソールで浸水を意味するマークが複数点く。

 「被害報告!」

 そう艦長が言い終わらぬうちに二発目の直撃がきた。立っていた者全員が、衝撃で投げ出された。副長が床を這いながら損害箇所を確認するためにダメージコンソールを見上げる。

 艦首、及び艦尾のランプが真っ赤に点灯していた。

 「か、艦長!」

 副長がそう呼びかけ、艦長が振り向いた瞬間、艦体を亀裂が走り、巨大なバブルパルスが発生し、潜水艦はその泡に押し潰されるかのように圧壊した。

 

 賭けとは当たるよりも外れることの方が多い。今回も、ただそうなっただけだった。

 

 哨戒ヘリ部隊を指揮していたコールサイン、セイバー1の機長であるカスガ一尉は、対潜魚雷が目標を追って沈降していく様子をソノブイからのデータでずっとモニターしていた。

 魚雷投下、アンチ魚雷による迎撃、対潜ミサイル攻撃、再度の魚雷投下と状況が変化するたびに、対潜コンソールのモニターが次々とオーバーライドされていく。

 もし敵潜水艦がこの攻撃を逃れたら止めは自分が刺すと考えていたが、どうやらその必要はなくなったらしい。

 「撃沈確実、だな」

 巨大な構造物が破壊された圧壊音。海面に浮かびつつある漂流物。漂流物の周りに沸き続ける白い泡。

 全てがこの下で沈んだものがあることを示している。同時に失われた数十の命もまた。

 「セイバー1よりマキナミへ。敵潜を撃沈、繰り返す、敵潜を撃沈」

 「マキナミよりセイバー1、こちらでも確認した。

  司令より本艦が救助担当に任命された。貴部隊は、他の敵潜を警戒するため指定の海域に展開されたし」

 「こちらセイバー1、了解」

 「やれやれ、人使いが荒いですな」

 「言うなよ。これも給料の内だ」

 「ですかね」

 そんなやり取りを交わすクルーを乗せて哨戒ヘリが一定のパターンに従って広がっていく。やがて、今なお泡が噴き出し続ける海域にマキナミが近づいてくる。甲板上には手すきの乗組員たちが双眼鏡を持って上がり、周囲に生存者がいないか探して始めていた。

 

 「マキナミ、指定海域に到達。救助活動を開始」

 「周囲の警戒を怠るなと伝達せよ。救助作業中に攻撃を受けるなどという事態を招かないようにな」

 「周囲にまだ敵潜が潜んでいるとお考えですか?」

 トダカの指示を聞いた艦長がそう尋ねる。

 「むろん。相手は世界最強を謳う双璧の片割れだ。

  ザフトとの戦闘で水中艦隊も消耗しているだろうが、これだけの大作戦に回せる潜水艦が1隻や2隻などということはあり得ん。

  分かっていて聞くのはあまり趣味がよいとは言えないな」

 「はて?何のことでしょう?私は艦を預かる者として司令のお考えを確認しただけですが」

 いけしゃあしゃあというイリヤ艦長にトダカは苦笑を漏らす。

 「まあいい。どんな苦境においても笑いを忘れないのが君の持ち味だからな。

  だが、今回の戦いは前哨戦に過ぎない。この後も、我々の任務はまだまだ続く。頼むぞ、艦長」

 「はっ。お任せください」

 ビシッと非の打ち所のない敬礼をするイリヤ艦長。

 それに合わせるかのように「タカナミ、マキナミの周辺警戒に入ります」と連絡が入る。

 それを聞いたトダカは、ふっと考え込むように顎に手を当てた。

 敬礼を解いたイリヤがかすかに怪訝そうな表情を浮かべつつ尋ねる。

 「トダカ一佐?」

 「・・・この海域にタカナミを残そうと思うのだが、どうだ艦長?」

 「確認にくるかもしれない敵潜水艦の待ち伏せですか」

 間髪を入れず上官の意図を読み取るイリヤ艦長。

 そんな艦長にひとつ頷くとトダカは続ける。

 「ああ。可能性としては高くはない。

  が、かといって低すぎるわけでもない。勝算としては悪くないと思うのだが」

 「基本方針は戦力の温存だったはずでは?」

 「なに、カガリ様からは、基本戦略から逸脱しない限り行動の自由を与えられている。

  この程度のことは十分、私の裁量の内だ」

 トダカの言に今度はイリヤがしばし考え込む。

 「そうですな。可能性としては悪くないと思います。ただ、単艦で長時間配置しておくのは・・・」

 「最大6時間、といったところでどうかな?」

 「妥当な所だと思います」

 「よろしい。通信、タカナミに伝達。

  貴艦は当海域にて接近する敵潜を狩るハンターとなられたし。

  以上だ」

 「はっ」

 

 その後、タカナミの艦長からは嬉々とした感じで命令を了承した旨の応答が入り、マキナミから生存者発見できずとの連絡が入った。その両艦からの返事をもって、オーブ艦隊はタカナミ1艦を残して短い激闘が繰り広げられた海域を去る。

 彼らがその持てる全力を発揮する時は、今しばらく先のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 

 一区切りつくと、やる気ってなくなるものですよね?

 だから私が「もういいかな」と思ってしまうのも当然ですよね?

 それでも続きを書いたのだから、5ヶ月もかかったことはチャラですよね?

 

 なにか、言ってて自分で悲しくなってきたからやめよう・・・

 そんなこんなで何とか続きが出来ました。

 戦闘シーンは難しくてこんなの書いてられんわと何度も書き直し、諦めて途中で書くのも止めてみたり(爆)

 軍艦の名前も日本神話から探そうかと考えたけど、あえなく放棄。代わりに手頃なところから引っ張ってきたり(^^;

 どっかそこらに物書きの才能とか根気とか落ちてるか売ってないかねぇ。

 

 そして衝撃の結末?からついに始まるガンダム00セカンドシーズン

 

 大丈夫かなあ?設定とかがちらほら表に出てき始めてるけど先行きが不安だ。

 でも、勢力が減ったからファーストシーズンほどぐだぐだにはならないで済むかなあ。

 

 >グレッグとウォーレンが広い戦局の話をしてるのにすっごい違和感

 あはは。確かに原作知っている人が読むと違和感ばりばりかもしれないなあ(苦笑)

 

 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想

カガリめ、いつえせ優等生ぶりが限界に達するかな? と猪扱いした所でこんばんは。

むう、戦闘戦闘また戦闘。実を言うと仮想戦記で一番読むのが苦痛なのがこういった戦闘シーンだったりします。
全部がそうというわけじゃないんですが、政治の話とか閑話とか、一兵士のボヤキとか、そう言った話の方がミサイル打ち落とす緊張感より読んでて楽しいんですよねー。
まぁ多分少数派の意見なんだろうってのは自覚してます、はい。w

 

>00第二期

どーでしょーねー。まぁぶっちゃけ期待は欠片もしてません。
監督も黒田さんを暴走させて使いこなすだけの器量はちょっとないでしょうしね。

つーか第一期で名を成したのは結局コーラだけなんじゃないかと言ってみるテスト。(爆)
まぁ熊さんと娘さんはおまけで入れてあげてもいいですけど。

 


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