紅の軌跡 第32話

 

 

 

 

 迎撃ミサイルを潜り抜けた巡航ミサイルが地上構造物へと襲い掛かり、凄まじい爆発音と火炎、そして熱風が大地を荒れ狂った。

 爆風同士が相互にぶつかり合い、幾つもの凄まじい乱気流を生み出す。狂風が巻き上げた無数の破片が飛び交い合う。大地を舐め尽くす炎が、周囲から押し寄せてきた突風に煽られ、無秩序に舞い狂う。

 そして、炎の舞がこちらに押し寄せてきたかと思うと、唐突に映像が途切れた。数秒の砂嵐の後、別の情景を映し出した映像に切り替わる。

 映像を送っていたカメラが破壊されたのだ。あのような惨状では当然のことと言える。

 もっとも、目の前のスクリーンに新たに映し出されたそれもまた現世に出現した煉獄そのものであったが。

 その映像を見ながら

 「ここまで徹底すれば天晴れとしか言いようがないな」

 そうロンド・ミナ・サハクはごちた。

 彼女が眺めているのはリアルタイム、すなわち今現在オーブ連合首長国で発生している破壊行為そのものだ。

 しかしながら、ミナは動揺の一欠けらも見せていない。アンダーグラウンドを縄張りとしてきたサハク家の人間だけに、凄惨な事態には慣れがあるのだろうか。

 ただ、祖国を襲っている悲惨な映像を見せられてもまるで揺るがないその姿は、周りの人間からは頼もしく見られている。一歩間違えれば冷酷非情に見えてしまう態度をうまくコントロールしているところは、次代を担う人材として育成された成果だろう。

 ミナは冷静な態度を崩すことなく、傍らの士官にアメノミハシラが、すなわち自分が受け持っている重要な手筈を確認する。

 「中立国、月及びプラントへの中継に問題は起こっていないな?」

 「はい。問題ありません。この映像は確実に届いております」

 「そうか。ならばよい」

 そういうと再び視線を破壊される故国を映し出すモニターへと戻す。視線の先では、地球連合軍によって破壊され廃墟と化した送電所の映像が新たに映し出されている。

 「ここまで冷酷にかつ効率的に自国の戦力を使い潰すとはな。

  私はまだホムラという男を評価しきれていなかった・・・そういうことか」

 こつこつと無意識のうちに指先でデスクを叩きながら内心、自らの至らなさを自省する。

 

 オーブ攻防戦は、開始より既に5日が経過していた。

 地球連合軍による巡航ミサイルの飽和攻撃で始まった戦いは、未だ続く巡航ミサイル攻撃と航空戦を主とし、水上戦力による小競り合いが従として発生、スパイスとして地上への艦砲射撃が行われている状態だった。

 これまでの戦闘でヤラファス島内の大規模軍用飛行場は完膚なきまでに破壊され、現時点では復旧の目処が立たず放棄されている。やはり、創造や修復よりも純粋な破壊のほうが容易いというわけだ。

 生き残っている中小の飛行場にも大なり小なりの損害が発生しており、まったく支障なく運用可能な飛行場は地下飛行場ぐらいとなっている。

 また、固定式の大型レーダーサイトも全て破壊され、機能を代替する野戦索敵網もレーダーや各種センサーを初めとする構成ユニットがじわじわと被害を受けていた。今のところ事前の備蓄でまかなえる範囲の損害で収まっているため、辛うじてその能力を維持できているが、哨戒・索敵を担当する人員は薄氷を踏む思いで作業に携わっていた。

 

 ふと気がつくと今回の攻撃の波が去ったのか、切り替わったモニターの中では炎上が続いているものの、新たな火柱が立つことはなくなっている。

 と、傍らの情報担当士官が嘆息するように言う。

 「当初の予測であれば、そろそろ連合側のミサイルも底を尽き始めていたはずなのですが」

 「まさか、ドッグ艦すら持ち込んでくるとはな。大西洋連邦の覚悟を少々甘く見ていたかもしれん」

 彼らの視線の先では、別のスクリーンに1隻のイージス艦が鯨に飲み込まれる小魚のようにドッグ艦に収まっていく様子が、やや斜めだが見下ろす角度で映し出されていた。

 

 通常、洋上では燃料の補給は行われても武器弾薬の補給はあまり行われることはない。水上戦闘艦は、行動中に機関を止めるということは基本的にあり得ず、常に燃料を消費し続けるのに対し、武器弾薬はそれを使わない限り消費されることはないからである。また、洋上での弾薬補充は燃料補給に対してかなり困難でありかつ危険を伴うことも洋上補給が行われない一因である。故にもっぱら、戦闘によって武器弾薬を消耗した場合は、最寄の港湾に戻りそこで補給を受けるのが普通であった。

 そして、その普通の中の唯一の例外というべきものが洋上ドッグ艦であり、大西洋連邦のみが保有するヴァーモント級であった。

 洋上ドッグ艦という艦種から予想できるように、洋上に浮かんで移動するドッグであり、排水量30万トン超の巨体を持つ異形艦である。

 この洋上ドッグ艦に収まることで、戦闘艦艇は、本来は港湾で行ってきた砲弾及びミサイルの補充を敵地の近くで行うことができる。

 ただ、巨大な図体を有するドッグ艦といえど航空母艦や揚陸艦などの大型戦闘艦艇を収容できるほどの大きいサイズのドッグは持てず、おおよそ25000トンクラスまでが上限となっている。

 洋上ドッグ艦という艦種は、巡航速度も遅くかつ建造費も高価、そして正面戦闘力の向上には寄与せず継戦能力の向上に寄与するという特異な艦艇なのだが、世界の警察官を持って任じていた大西洋連邦は、プラントからもたらされた富に飽かせてこれを複数建造していた。

 ただし、建艦コンセプトそのものはともかく、ヴァーモント級のこれまでの稼動実績は低調といわざるを得ないものであったため、大西洋連邦内でも予算の無駄遣い扱いされることも多かった(これまではわざわざドッグ艦を出動させるほど長引く戦闘そのものが発生しなかったからである)。

 だが、その異形の艦が今回に限ってはオーブ連合首長国にとって思わぬ疫病神として大活躍をしていた。

 巡航ミサイルを撃ち尽くしたイージス艦が完全に格納されると揺れを押さえるためのロックが行われ、すぐさまクレーンがイージス艦上へと伸ばされる。そして、ミサイルが発射されたケース部分を取り外し、さっさとどかしてしまう。別のクレーンが補充用のユニットをゆっくりと運び込み、そのまま丁寧に空いた部分へとはめ込んでいく。その様は流れるように行われほとんど遅滞というものがない。

 むろん、ミサイルだけでなく消耗した砲弾や生鮮食品、燃料などもまとめて補給が行われていく。1隻あたりおおよそ2時間ほどの作業で全ての補給作業は完了し、新たな牙を得た戦闘艦はドッグを離床し再び海へと戻っていくのだった。

 

 「補給を受けて戦闘艦艇が戦場の直ぐそばで復帰し続ける。

  当初の見込みではミサイルを撃ち尽くした艦艇の敵拠点までの後退が計算されていたはずだが、見込みは外れたと言わざるをえん。

  だが、それでもホムラの想定を外れてはいない・・・か」

 空港が、基地が、都市が破壊される様子を全世界に中継し、オーブが地球連合による暴力の被害者であることを徹底的にアピールする。

 それが現オーブ代表首長ホムラの採用した方法である。

 オーブが攻撃を受けている映像は海底ケーブルを通じて、赤道連合、大洋州連合、そしてアフリカ共同体に送られている。それも改変がなされていない映像であることを証明する規格付きの映像でだ。

 そして、月面とプラントに対してはアメノミハシラを中継として同様の映像を送り込んでいる。さすがにNジャマーの電波妨害を突破して月面裏側に直接映像を送る術はないが、一部の月面コロニーを通じて裏側の各コロニーへも映像が行き渡るよう事前工作は済んでいる。

 そして実際、戦闘開始から5日が経過し、各国及びコロニー内のニュースにこちらが流した映像がかなりの頻度で放送されていることが確認できている。また、中東で行われているザフトと地球連合軍の大規模戦闘の映像が、オーブ攻防戦とは違って手に入りにくい分、より一層放送される回数に影響を及ぼしている可能性もある。

 「現時点における各国の世論の様子は?」

 「映像を流した全ての国において地球連合の横暴を非難する声が多く上がっています。一部の国では小規模ながら大西洋連邦大使館へのデモも行われております」

 「その中で国家として正式な声明を出したのは?」

 国家の方針を影響を及ぼすことのできないデモなどには興味はないという雰囲気を漂わせながら続きを促す。

 「はっ。赤道連合、大洋州連合、アフリカ共同体からは非難声明が出ております。

  また、大洋州連合とアフリカ共同体からはオーブに対して共闘の呼びかけもなされてます」

 「ふん。まあ、おおよそ予想通りの展開か」

 C.E.の時代に限らず、いつの時代であっても大義名分というものが重要であることに変わりはない。

 地球連合は、自らの陣営が正義であることを強調している。自国民への情報操作も手間と資金に糸目をつけず行っており、その効果はそれなりに出ている。自国内に関しては、まず鉄壁と見て間違いないだろう。

 しかしながら、強大な戦力を持って威圧された国の一般市民がそのようなことを信じるかと言えば、当然信じるはずもない。

 侵略を受けた南アメリカ合衆国、中立を維持しつつも強大な圧力を受け続けている赤道連合、武威に屈したスカンジナビア王国。

 あくまでオーブが地球連合の被害者であるというスタンスを取り続けることは、それらの国の一般市民に対してのメッセージである。

 むろん、今すぐに効果があるものでもないし、オーブが敗北すれば仮に効果が出たとしても、影響は微々たるものにしかならない可能性もある。しかしながら攻撃を凌げた時は、無形でありながらも無視できない力を得られる可能性もあるのも事実。

 最終的にどちらの陣営が勝利を収めていようとも、オーブにとって決して損とはならない。

 本来、そこまで計算できてこその国家指導者であろうが、実際に戦後まで見通して手を打つことができる政治家はそれほど多くない。そういう点からみても、ホムラはウズミとはまた違った意味で稀有の政治家であると言えよう。

 

 ミナはホムラに対する評価を脳裏で再び上方修正しながら、自らの拠点であるアメノミハシラに関しての報告を促す。

 「周囲をうろついている奴らの様子になにか変化はあったか?」

 「いえ、ありません。敵部隊はあくまで偵察に徹する模様です。一定のラインからアメノミハシラへ近づく様子は全くありません」

 「ふん。やはり宇宙軍の再建に時間が掛かっているようだな。

  で、こちらのMS工場の生産状況は予定通りなのか?」

 「はい、問題ありません。ただ、ミス・シモンズから提出されたアストレイコマンド及びアストレイスナイパーの宇宙戦用改修タイプの生産開始までにいましばらくの時間が必要です」

 いかに大規模ファクトリーを内蔵しているアメノミハシラとはいえ、その生産ラインは本国に比べれば規模は小さくかつ数も少ない。アストレイの派生型とはいえ、新しい機種のMSを生産するにはラインの調整を初めとしてそれなりの手間が掛かることは避けられない。

 「そうか、当面は今までのアストレイを生産するしかないか。まあ、仕方あるまい。周囲に対してはこれまで通りの対処を継続するよう伝えろ」

 ミナがそう指示を出すと、一人の将校が意見を具申した。

 「奴らを放っておいてよろしいのでしょうか?」

 「うん?現存する戦力を用いて、連中を撃破しろといいたいのか?」

 「はい。おっしゃるとおりです。

  現在敵艦隊が行っている上空からの偵察情報を失わせることができれば、地上の友軍に間接的ではあれど助力することができます」

 自分たちが安全な場所にいることに軍人として釈然としないものを感じるのだろう。全てではないが他の将校にもこの意見に賛同する気配が見られる。本来ならば、そうした積極的な姿勢はミナも決して嫌いではない。だが

 「駄目だ。今の戦力を消耗する行動は認められん」

 「しかし!」

 はっきりと冷徹に言い切るミナに食い下がるように言を重ねてくる士官。

 その人物に視線を向けると、ミナはいい加減気がつけというように言う。

 「わからんのか?私は、わざわざ自分たちの戦力を使うまでもないと言っているのだ」

 「は?それはどういう?」

 とっさにミナの言うことが理解できなかったのか、食い下がっていた士官がぽかんとした表情を浮かべている。

 ミナは周囲の様子を確認すると、理解している者といない者が混在している様子を見て取り、しょうがないとばかりに理解させるために言葉を費やすことにした。アメノミハシラに多くの避難民を受け入れたと同時に、軍からも万が一の場合に備えた再建に関わる人材を受け入れたため、今、ここにいるのは子飼いの者だけではない。そのため、このような配慮も必要だと脳裏の片隅で考えながら。

 「プラントからの大規模輸送船団が地球に向かっていることは皆も知っているな?」

 「はい。観測できた限りでは過去最大規模の船団です」

 「そうだ。そして彼らは間もなく地球衛星軌道上に到着する。

  あれほどの規模の船団であれば、当然かなりの護衛戦力もついている。

  そして、衛星軌道上からの降下の安全を保つために敵対戦力の掃討を行うはずだ」

 「では、ミナ様はザフトの戦力を使って彼らを排除するおつもりなのですね」

 「このアメノミハシラは、本土に万一のことがあった場合、オーブ連合首長国の正統なる後継者として立たねばならん。今は、無駄に戦力を費やすわけにはいかんのだ。

  幸いにして、使える他人の戦力がある。ならば、これを用いるのは当然であろう」

 傲慢ともいえることを、至極当たり前のように断言するロンド・ミナ・サハク。

 そのミナの考えに感服したような表情を浮かべるもの、自国を守るのに他者の力を借りるのが気に入らないと表情を浮かべるもの、ザフトと周囲に展開する戦力を比較しているのか何かを計算しているような雰囲気を漂わせるもの。様々な表情がアメノミハシラの中央司令室に現れ出でている。ただ、先を見越した説明を受けて、少なくともミナが進言を退けた後の固い雰囲気は払拭されていた。

 と、その弛緩した雰囲気を狙い済ましたように急報が入った。

 「大型の熱量感知!戦艦クラスと思われます!

  距離5000、セクター・ブルー、チャーリー。

  さらに熱量感知!距離5200、セクター・ブルー、デルタ」

 「解析急げ!」

 情報担当士官がせかすように言う。その希望は数瞬の間をおいてかなえられる。

 「現在照合中・・・出ました。ザフト、ナスカ級です」

 熱紋の一致率が最も高い候補として上げられたデータが三面図で大型スクリーンに表示される。

 「ほう。噂をすれば影、というやつだな」

 ミナが楽しそうな笑みを浮かべる。

 が、周囲は新たな登場人物の対応に喧騒を増している。

 「ようやく役者が揃ったわけだが・・・

  舞台の幕が上がるには今しばらく時間が必要か」

 ナスカ級を探知したアメノミハシラに備えられているセンサー類は、艦載のものよりも大型であり、当然のことながら探知距離もずっと長い。双方で地上の監視を行っている状態なのでジャミングを行うようなことは暗黙の了解として実施していないが、それでも、アメノミハシラに近い空域に展開している連合の艦艇がこちらに近づきつつある複数のナスカ級を探知するにはまだまだ時間が掛かるだろう。

 「それにしても、こうも早く先遣隊を送り込んでくるとは、今度のザフトの輸送船団はかなりの護衛がついているようだな」

 ミナがザフトの内実を推測するように言う。情報担当士官がそれに応じる。

 「おっしゃる通りでしょうな。直接の護衛部隊とは別に間接の護衛部隊も用意しているくらいですから」

 今この時期に衛星軌道に送り込まれてくる戦闘艦艇が、通常の通商破壊部隊であるはずがない。明らかに輸送船団の露払いであろう。

 「だが、これで思惑通りこうるさい連合の奴らを追い払うことが出来そうだ」

 「連合の探知距離の問題だけでなく、ザフト側も周囲の安全を確認しながら進んでおります。

  連合が探知するには当初の予測より長い時間が掛かるかと」

 「輸送船団を守る忠実なる牧羊犬というわけだな。

  かまわん。要はこちらの手を煩わせずに奴らを追い払えればよい」

 「了解です。では、連合がザフトを探知する予測時間を算出しておきます」

 「任せる」

 本来であれば、ミナの指示が下ったこの時点でアメノミハシラ内での大方の対応方法は定まっていただろう。ところが、司令室を更なる混沌に陥れる緊急連絡が、地上の様子を24時間体制で監視しているオペレータから入った。

 連続する事態の変転に、さすがに表情をしかめたミナが、それでも全く声音に欠片の動揺も見せることなく状況を確認する。

 「今度は何事だ?」

 「はい。海上の連合軍艦隊に動きが見られます!」

 「何?正面スクリーンにデータを回せ」

 「はっ」

 それまで映し出されていたザフトのナスカ級に関するスクリーンが端に除けられ、代わって地上の様子が写しだされた。ヤラファス島の全景図がミナの前に広がる。

 「本島北部海域付近へ、もう少し倍率を上げろ」

 「はっ」

 地球連合軍の艦隊全体を把握するために、やや引き気味に映し出されていた映像がズームしていく。徐々に洋上に展開する連合軍艦艇が識別できるようになっていき、見るものを補佐するために実際の映像に各艦艇の種別を表すアイコンが付与されていく。そのアイコンの向きで針路を長さで速度を知ることができる。

 その動き回る多数のアイコンの中に、これまでの戦闘ではあまり動きのなかった種類のアイコンが確かに活発に動いている様が見て取れた。

 「これをどう見る?」

 自身の結論は既に出ていたが、ミナは周囲の認識を確認するつもりもあって情報担当士官に意見を求める。

 「敵艦の中でも揚陸艦が特に大きく動いています。

  更に展開しつつある艦隊陣形を見る限り、上陸作戦を決行するものとみて間違いないと思われます」

 「ふむ。他に意見のある者はいるか」

 そう言って周囲を見渡すが、さし当たって異論を挟んでくるものはいないようだ。

 

 各国における様々な艦隊陣形は、長年の研究が行われ続けている海軍の伝統行事と言っていい。その時代における科学技術の発展を取り込みつつ、より効果的な効果的な陣形を海軍は模索し続けている。

 大艦巨砲時代における縦陣による同航、反航戦や、航空機全盛時代における輪形陣などがもっとも理解しやすい具体例であろう。

 ただ、効果的な陣形を取るということは、逆にいえば艦隊陣形を見ることでその艦隊が取ろうとしている行動に予測をつけることも可能となる。オーブも平時から他国海軍の情報収集を怠ることはなかったので、各国の艦隊陣形についての情報は集積されている。その集積されたデータからみて、ヤラファス島に対する上陸作戦が行われると判断を下したのだった。

 だが、作戦決行に関して腑に落ちない点があることも確かだった。

 「ふうむ。こちらの航空戦力が相当数残存しているにもかかわらず、揚陸を開始するか?

  現場の判断・・・ではないな。連合上層部、いや大西洋連邦上層部から何か圧力でもかかったか?」

 ミナはスクリーンを見つめながら、自らの思考を進めていく。

 そう。オーブ側の航空戦力はじわじわと消耗しつつあるとは未だ健在である。その状態で上陸作戦を行うのは戦術的に見てかなりの危険を伴うのは、多少なりとも戦術眼を持つものには自明の理である。にもかかわらず、上陸作戦に踏み切るとすれば・・・

 「大西洋連邦に関する新しい情報は何か入っていないか?」

 「政府内でいくつかの会合が持たれたと報告が入っています。ただ詳細に関しては今のところは何も判明しておりません」

 「そうか」

 オーブが構築した諜報網は無能には程遠いものである。が、本来諜報というものが相手の動きを全て察知できるものではなく、また国力という制限からカバーできる範囲の質・量共に限界があることは周知の事実。ゆえに、指導者は手元に集められたカードのみで判断を下さねばならない。

 周囲に控える士官たちは、情報士官とのやり取りを交わすミナの様子を邪魔せぬよう注意しつつ、自分たちも様々なケースを想定していく。ロンド・ミナ・サハクという人物は横暴な指導者ではないが、己が役目を果たせぬ者には滅法厳しい存在なのも確かなのだ。

 「敵艦隊の対地艦砲射撃が強化されている模様」

 「敵航空戦力、ヤラファス島上空に相次いで進入中。味方航空戦力も展開を開始」

 ミナがひとしきり自分の考えをまとめる間にも、地上の戦況はドミノ倒しのように進んでいく。

 その状況の変化を耳にしながら、ミナは傍らの士官に確認する。

 「このデータは既に地上の司令部に回っているな?」

 「はい。直通回線を経由して間違いなく」

 「ふむ。ならばよい。仮に上陸を許したとしても取るべき手段は幾通りも残されている。今しばらくはカガリの手腕を見るとしよう。

  ただ、敵宇宙艦隊に対する先の指示は撤回する。地上の動きに合わせて宇宙でも何らかの行動に出てくる可能性がある。より慎重に奴らの動向を見張るように伝えろ」

 「はっ」

 ミナの声を契機として、各々が己を役目を果たすために動き出す。

 その喧騒の中、ミナは再び沈思黙考を進めていく。

 「地球連合軍による上陸作戦の決行。到着するプラント地上軍に対する増援。激突を続けるアフリカ戦線。

  不確定要素が多すぎるな。今後戦局がどう動いていくか予断を許さん・・・か」

 未来へのシナリオを何通りもシミュレートし続けるミナの視線の先のモニターでは、細く白い筋が海面に数え切れないほど描かれる様子が映し出されていた。

 

 

 

 ヤラファス島北東海域の水平線は、無数の連合の水陸両用車で埋まっていた。

 膨大な数の水陸両用車の群れは、ウォータージェットによって50ノット以上の速度で白い航跡を残しながら、ヤラファス島の海岸目指して一直線に進んでいる。

 その横を重エア・クッション艇がMSを積んで追い抜いていく。双方の速度差は30ノット以上あるだろう。

 水陸両用部隊を追い抜いた重エア・クッション艇は、未だ海岸から100m以上離れた場所でくるりとターンを決め、停止状態になった。と、今度は搭載されていたMS、ストライクダガーが仰向けの状態から上体を起こす。そのまま下半身を横滑りさせるように海上へとずらすと少し躊躇する様子を見せながらも脚を下ろし、次の瞬間にはゆっくりと立ち上がっていた。

 海面はおよそ膝の上あたりにある。そのまま確かめるように一歩、二歩と歩みを進める。重エア・クッション艇に搭載されていたもう1機のストライクダガーも逆方向へ脚を下ろし、立ち上がっていた。

 そのまま2機はビームライフルとシールドを構え、フォーメーションを組むと地上へと向けて歩み始める。巨大な質量が動くことによって海面には白濁した渦と波が生み出されている。その周囲にはスピードの落ちた水陸両用車の群れがMSを囲むように地上へと向かっている。

 一方、MSを下ろし終えた重エア・クッションは、重い荷物を下ろした軽快さでくるりと反転すると再び飛沫を撒き散らしながら艦隊へと戻っていく。

 そんな風に次々と海上へと放り出され、そのまま周囲を警戒しつつ海岸へと向かって進撃するストライクダガーの数はいつしか30機を越え、その周囲に展開する水陸両用車の群れは200両を越えていた。

 上陸第一陣として進撃するそんな彼らの頭上を、援護の艦砲射撃の砲弾が横殴りの豪雨のように飛翔していく。音速の数倍の速度で地上へ落下する砲弾が作り出す轟音のオーケストラが周囲に鳴り響く。

 そして、一定範囲に猛烈な数の砲弾が撃ち込まれた結果、まるで砲弾をもって丹念に畑を耕すかのように、地上の表土は爆風で剥ぎ取られ、それこそ無数のクレーターが生み出されている。

 海岸線に構築されていた対戦車壕や埋設されていた地雷原は当の昔に消滅していた。

 

 今次大戦において、間違いなく5本の指に入るであろう大規模火力の集中であった。

 

 そんな豪勢な支援の中、先陣がヤラファス島の海岸線に到達しようとしていた。

 「間もなく海岸線に到達します」

 ドライバーが報告する。

 「よし。後続に注意しつつ、モードを切り替えろ」

 「了解」

 車長の指示に従って、ドライバーは水陸両用車はスピードを落とし、水上高速航行モードから通常の水上航行モードに切り替える。それまで海面上に車体の大半を浮かび上がらせることで水の抵抗を押さえていたのが、高速モードを維持するための補助板が閉じることで、車体全体が海面へと沈み込み、ぐぐっと速度が大きく低下する。

 スピードを落とすことなく海岸めがけて突っ走れるのはエア・クッションタイプの揚陸艇だけで、彼らはMS部隊をせっせと海岸線ぎりぎりまで運び込んでいる。運び終えたエア・クッション艇は、次のストライクダガーを運び込むために、海岸へと進撃する水陸両用艇部隊を迂回する形で、揚陸艦へと戻っていく。重装備を迅速に陸揚げできる重エア・クッション艇が貴重ゆえに、なるべく危険から遠ざける運用がされるのは頭では理解できるが、これから死地に向かう兵士の感情としては納得はできないものがあるかもしれない。

 その上、エア・クッション艇を横目に、大半の車両は海岸近くで海の渋滞に巻き込まれることになるのだからなおさらだ。かと言って、水上高速航行モードのまま海岸線に突入するのは構造上危険が大きいため、現実的でない。

 むろん、発生する渋滞は可能な限り少なくなるよう調整されていたが、MSと連携した上陸作戦というこれまでにない戦闘行動である上に、海岸付近での速度の低下という物理的法則の壁がある以上、そうそううまく予定通りに進むものではない。

 

 そして当然、そんな美味しい状況を迎撃する側のオーブ軍が見過ごすはずもなかった。

 

 「ヤラファス島南西部海岸地域に多数の熱源反応を探知。ミサイルの発射と思われます。続けて北東部上空に無数の反応を捕捉。こちらはロケット弾攻撃と思われます」

 連合軍の早期警戒管制機がオーブ側の反撃をキャッチする。このタイミングでの反撃は間違いないと予測されていたものの実際にそれがモニター上に表示されれば、報告する声音が若干甲高くなってしまうのは無理はない。

 その報告を受けて、早期警戒管制機のボスである管制官が指示を出す。

 「全周警報を出せ。艦隊司令部の反応は?」

 「迎撃指示は出ています。が、なにぶん地上の支援に掛かりきりで、しかもごった返していますから」

 海面上で渋滞する様子を映し出しているモニターを指差しながらチーフオペレータであるパトリシア大尉が言葉を濁すように言う。それだけで、下がどういった状況なのか分かろうというものだ。

 「だろうな。まあ、だからこそオーブの連中も撃ってきたんだろうが」

 管制官はチーフオペレータの回答にやれやれといった風に大きくため息をつく。

 「やっぱり戦争は双方が血を流さんと終わらんのかなあ」

 「不謹慎ですよ、ボガード中佐」

 パトリシア大尉が管制官の発言をたしなめる。

 「そうは言ってもさ。オーブの沿岸部を全部、艦砲射撃で吹き飛ばしてしまえば、この戦闘はとうの昔に終わってるはずなんだぜ?」

 あっけらかんと軽い調子でボガードの言うことは事実だった。

 客観的に見て、オーブ連合首長国は群島国家という性質から縦深性が低く、人口や産業が沿岸部に集中しているため、本質的には戦争には向かない国である。

 にもかかわらず、今現在もオーブ軍が戦い続けていられるのは、オーブ軍の健闘もさることながら、地球連合軍がオーブの中枢部に対する直接攻撃を控えているからというのも大きな理由のひとつである。

 全島が要塞化されていると噂に聞くオノゴロ島ならともかく、艦砲射撃、ミサイル攻撃、航空攻撃いずれの方法でもいいから、主要都市および工業地帯などを軒並み焼き払うことができれば、オーブ政府が降伏を申し入れてくる可能性はかなり高いと判断しているのは、ボガード中佐だけではなく彼の同僚にも相当数いる。

 だが、これまで地球連合軍が行った攻撃はあくまで限定されたエリアに留まっている。軍事目標中心とはいえ、それなりの効果は出ているだろうが、全面攻勢で得られる効果から見れば決して大きいとはいえない。

 もっとも、ボガード中佐も味方が自分の言った方法を取らない、いや取れない理由は十二分に承知している。そうでなければ、高い識見と能力が必要とされる早期警戒管制機を任される管制官という地位につけるはずもない。

 そのことをよく知っているパトリシア大尉が、まるで駄々をこねる弟を叱るような声音で言う。

 「はいはい。確かに言うとおりかもしれませんが、そんなことしたら、上層部がオーブ侵攻を決意した理由そのものが吹き飛んじゃうでしょ」

 「味方がばたばた死んでいくのを見ているよりはいいと思うけどなあ」

 「上層部は損害を単なる数字としてしかみません。それと言っておきますが、外でそんなことを言ったら途端にブルーコスモス派に連れて行かれるわよ?」

 「分かってますよ。自分も命は惜しいし、皆を巻き込むつもりもないからね」

 「だったら、最初から言わないようにしなさい」

 「えー」

 「えー、じゃありません!」

 「うー」

 「言葉を変えても駄目です!」

 オペレータたちは口元に笑みを浮かべつつ、管制官とチーフオペレータのやり取りを聞きながら適切な対処を次々と行っていく。管制官とチーフオペレータが夫婦漫才を繰り広げていられるのも、共に育て上げてきた彼らを信頼しているからであろう。それに、少しやさぐれた亭主とそれを上手に掌で転がす賢妻といった雰囲気は、オペレーターたちの心から余計な重圧を取り除いてくれる。戦場という殺し合いの場で似合わないかもしれないが、職場環境を良好に保つ、天然の統率術のひとつと言えるかもしれない。

 だが、そんな彼らも次の台詞を聞くとさすがに表情が引き締まった。

 「だけどこれ、ほんとうに相当喰われるぞ?

  まあ、上層部は許容範囲内の損害だと言うつもりだろうけどね」

 ボガード中佐の能力は、その言動はともかく、屈指のものであると部下たちは知っている。

 そして、管制官は必要に応じて自らの感情をコントロールできるほど冷徹な人物でなければ務まらないが、冷静沈着だからといって文句が出ないわけではない。だが、それでも彼がこうもはっきりと断言するということは上陸戦闘は地獄もかくやという光景を見ることになりそうだと皆が思った。

 実際、どこか天然で大概の任務はパトリシア中尉に突っ込まれながらも飄々とこなしていくボガード管制官も、冷静さを失うようなことにはなっていないが、眼下で次々と失われていく同胞たちとこれから失われるであろう命を前にやや機嫌を損ねているように見える。

 「言いたいことはわかるけど、今はできることをしましょう?」

 そんな彼をまるであやすかのようにパトリシア中尉が言う。

 がりがりと頭をかいたボガード中佐はむうと唸ると

 「はいはい。分かりました、分かりましたよ。

  オーブ軍の野砲陣地の分布パターンの概算解析は済んでるな?下の連中に送っておけ。使うことがあるかもしれないからな」

 「了解!」

 「それと、どこかにMS部隊が潜んでいるはずだ。乱戦で困難だろうが熱源の変化からできるだけ目を離すなよ。上陸直後にMS部隊の切り込みなんぞ喰らったら洒落にならんからな」

 「はっ!」

 「航空戦力も必ず動く。画面から目を離すなよ」

 「むろんです」

 活発にそんなやり取りが繰り返されるさなかも、オーブ側の反撃は続いていた。

 

 ヤラファス島の中央部から北部にかけて無数のロケット弾が天に向け駆け上っていく。

 海岸線で渋滞を起こしている水陸両用車群に向けて多連装ロケットシステムから放たれたオーブ軍の反撃の刃である。

 いったん天へと駆け上った鋼鉄の豪雨は、定められた経路を通り改めてオーブ海岸線へと降り注ぐ。

 反撃を警戒していた連合軍艦艇が即座に迎撃を開始し、また、それまで艦砲射撃に専念していた艦艇の一部が慌てたように、砲の照準を向け直し、発射し始める。

 ヤラファス島の上空に、鋼鉄の豪雨を砲弾の雨で薙ぎ払うように、天空を覆う炎と黒煙のドームが出現する。

 数多くのロケット弾が、己が役目を果たすことなく無へと帰っていく。

 

 だが、オーブ軍が連合軍の巡航ミサイル攻撃を完全には防げなかったように、連合軍もまたオーブ軍のロケット弾攻撃を完全には防げなかった。

 

 迎撃をすり抜けたロケット弾は、海上を進む水陸両用車を先端部シーカーで捉えると、その上面へと突入していく。より多数のロケット弾を同時発射するために、オーブ側が放ったロケット弾は中小型のものであったが、装甲車と同レベルの防御しか行われていない水陸両用車の上面装甲を撃ち抜くのに不足はなかった。

 上部装甲を貫いた爆圧が車両内の兵士を圧力釜にくべられた素材のごとく押し潰す。至近で爆発した破片が側面装甲を貫くと同時に乗員の身体も貫き、車内に赤い海を生み出していく。至近弾の圧力を側面に受けた車両が横転、あるいは転覆する。

 被害を受ける一方の水陸両用車も照準をかわすべく、海面を蛇行を繰り返しているが陸上ほど機敏に回避できるはずもなく、次々と被弾し、黒煙と水柱を残して座礁していく。

 さらに多連装ロケットシステムだけでなく、オーブ側からは自走砲による砲撃も行われていた。瞬間的な面制圧火力では多連装ロケットシステムに劣るものの、その継続して加えられる火力は決して侮れるものではない。

 ロケット弾に加えて砲弾の雨も被ることになった連合軍将兵には、災厄の使者が増員されたようにしか思われなかったであろう。

 そんな海上では幼子のように非力な彼らを守るべく、イージス艦を主力とする支援部隊は砲弾とミサイル、そして対空ビーム兵器による豪雨をヤラファス島上空へと叩きつけている。連続して発生する爆煙によって太陽の光は遮られ、昼日中というのに薄闇が形成されていく。

 

 だが、必死の思いで水陸両用車群に支援を続ける艦隊にもオーブの牙は襲い掛かろうとしていた。

 「ミサイル迎撃、突破されます!」

 「近接防御システム、起動しているな!味方誤射に注意しろ」

 「対空砲、射撃開始します」

 ヤラファス島南西部よりオーブ軍が発射したミサイルが、艦隊が存在する海域へと到達したのである。

 イージス艦によるミサイル迎撃を潜り抜けてきた巡航ミサイル群は、海面上に発見した艦艇に次々と襲い掛かっていく。

 それを迎え撃つイージス艦は、VLSからは短距離対空ミサイルが次々と発射され、両用砲が凄まじい勢いで砲弾を天空へと撃ち出し、近接防御システムからは銃弾の雨が噴き出されている。

 それでも、上陸作戦支援のために広く展開した艦隊全体の防衛能力は確実に低下していた。特に、外縁部に配置された艦艇は相互支援が薄く、極めて危険な状況に陥りつつあった。

 

 迫り来るオーブ軍が放ったミサイルが、連続して放たれたチャフやフレアなどのダミーによって狙いを外され、軌道を大きく捻じ曲げられて海面へとダイブする。が、それは一部のミサイルだけだ。

 ダミーに惑わされず接近を続けるミサイルに対し、標的となったイージス艦は近接防空システムに最後の望みを託す。艦上各所から発射炎が閃き、無数の曳光弾が空中を走る。

 一条の火線がミサイルを捕捉し、弾頭部の複合シーカーを打ち砕き、炸薬室を粉砕する。瞬時にして空中に炎の雲が湧き、爆煙に彩られた空に新たなオブジェを生み出す。轟然たる爆発音が、風と波の音を打ち消すように周囲へと伝わっていく。

 さらに1発が撃砕され、目標到達前に火球に変わる。

 だが、そのイージス艦にできた抵抗はそこまでだった。

 全ての迎撃を突破したミサイルが、前部砲塔、マスト、後部格納庫にほぼ同時に着弾し閃光が走った。砲弾を吐き出し続けていた砲塔は瞬間的に爆砕され、内部の砲弾の誘爆することで奔騰する火柱に噴き上げられた無数の破片が海面にばら撒かれ、焼けた鉄片が海面各所で水蒸気の柱を生み出す。マストは根元から折れ飛び、基部は完全に崩壊し、マストそのものは飛沫をまとわり付かせながら海中に落下した。船体後部の破孔からは搭載ヘリの燃料に引火したのか紅蓮の炎がほとばしっている。

 その近くの別のイージス艦は、艦橋後部と後部搭載ヘリ発着甲板にミサイルが命中した。目を焼き尽くすような光と共に艦橋の後ろ半分がアンテナや通信ケーブル、艦橋側面に設置されていたレーダー素子などと一緒に粉砕され、艦橋全体がまるでひしゃげたブリキ細工か蝋細工のような形に変じている。ヘリ発着甲板に命中した一発は、薄い装甲を貫通し内部で発進準備中だった哨戒ヘリとその周囲に放射した全ての火力を叩きつけることとなった。今まさに格納庫から引き出されようとしていた哨戒ヘリは炎に飲み込まれ、こぼれ出した航空燃料に引火し、そのまま火災が格納庫内へ広がり、劫火へと成長していく。

 ほとんど間をおかず、更に別のイージス艦の艦体中央と煙突にミサイルが命中する。煙突は命中した箇所から上がばっさりと消し飛び、艦体中央には巨大な破孔が空いている。やがて破孔からちろちろと炎と黒煙が噴出し始め、やがて強風に煽られて艦の後ろ半分を覆い尽くすように広がっていく。

 直撃を受けた三艦の内、先の二艦は完全に動きを止め、ただ波に揺さぶられるだけとなり、火災は拡大の一途を辿っている。このまま炎に焼かれ続けるか、あるいは浮力を失い転覆するか、いずれにしても両艦に残された運命は海底への片道切符しかなさそうであった。

 

 周囲の海域ではそのほかにも、総員退艦にはいたらないものの戦闘続行不可能なまでに撃破された艦艇や至近弾で戦闘力を大幅に減衰させた艦などが発生している。

 局所的な飽和攻撃が、地球連合軍洋上艦隊の処理能力を限界まで行使しているまさにその時、さらなる災厄を告げるラッパが鳴った。

 

 「低空、敵戦闘機と思しき反応来ます!」

 「後退する。下だけじゃなく、おそらく上からも来るはずだ。航空攻撃の警報を出せ!CAPに最優先だ!」

 ボガード中佐の指示に従い、機位を傾け、回避行動に移る早期警戒機。機体に合わせてレドームが傾いたせいで、一時的に敵機をロストしてしまうが、僚機のカバー範囲内のため、全体としての管制に問題はない。

 やがて高度が若干低下し、後方へ向けて転進しつつあるものの、機位は水平をを回復し、戦域の管制を再開する。

 と、オペレータが敵の増援を告げる。

 「さらに敵の数が増大します。中高度、高高度にも反応多数!」

 「やはり来たか!これまでになく多いな。どうやら、山場と見て気合を入れて反撃してきたようだ」

 オペレータのやや上ずった報告にボガードがシリアスな表情で応じる。

 「味方CAP、前進します」

 「更に味方増援、来ます」

 オーブ軍の航空部隊の襲来に合わせて、地球連合軍も航空部隊を叩きつけようと戦力の集中を図っているようだ。だが、その行動は明らかに後手に回っている。

 「海上の様子は?」

 「ミサイル迎撃に追われています。空への支援は難しいでしょう」

 艦砲射撃とロケット弾及びミサイル迎撃、さらに敵航空機への対応と、さすがのイージス艦も全てに対応することはできず、あちこちで取りこぼしが発生し始めているのがデータから読み取れる。

 「まずいな。一時的とはいえ、完全に航空優勢を持っていかれるぞ」

 総数において勝る地球連合軍だったが、空母の搭載機はこの5日間の戦闘で出撃、移動、戦闘、帰還、補給という一定のローテーションで戦闘をこなしてきた。その上で、上陸作戦に備えたローテーションの変更が行われ、多めの機体が作戦時に戦闘可能となるよう調整していたのだが、それでも満を持して秘匿していた戦力をぶつけてきたオーブ軍に、今この時に限っては数的優勢を奪われかけていた。

 「母艦からの増援は、あと少しかかるか」

 実際、オーブ軍の大規模反撃の報が伝わった空母の飛行甲板の上では、喧騒というのもおこがましいほどの怒号が交錯していた。発艦寸前の機体からブラスト・ディフレクターにエンジン噴流があたり、中空へと逸らされている。陽炎で景色が歪むその後方では、誘導員の指示に従って新たな機体がタキシングしており、さらに各機の兵装状況を確認する要員が、ちょこまかと下部に潜り込んでセイフティ・ピンが抜かれていることを確認して回っている。

 そして今、轟然と1機の戦闘機が発艦していく。

 ただ、自動車でもそうだが、航空機もエンジンをある程度暖めてからでないと発進させることに不安が残る。これが自動車であれば、「あっエンスト!」の一言で済むが、カタパルトで射出された航空機がエンストしたら落ちる。重力制御なんていう反則技を実現しない限り、それはもうどうやっても落ちる。

 これは冗談ごとではなくて、空母艦載機というものは航空機それ自体が持つ汎用性によってあまり知られていないが、奇襲に対する防備の面では、案外もろいのである。

 それを防ぐために長距離レーダーを初めとする数々の索敵手段を用意し、かつスクランブル待機(あるいは五分間待機)と呼ばれる機体を用意しているのだ。

 事実、真っ先に発艦していったのはスクランブル待機についていた機体たちだ。

 それでも、スクランブル任務についていない機体を発艦にこぎつけるには、それなりの時間が掛かる。しかも、いつザフトが介入してくるか予想がつかなかったため、一定の数の戦闘機を常に待機状態に置いておくことは強大な戦力を持つ大西洋連邦洋上艦隊にとっても決して簡単なことではなかった。

 そのため、艦載機戦力の運用に暗黙の制限が掛かるようになってしまい、そのことはヤラファス島上空における制空権奪取のために投入できる戦闘機の数が減少することを意味しており、オーブ側の健闘の隠れた要因のひとつとなっていた。

 「どうされますか」

 「我々の使命は、生き残り続け、かつ情報を味方に伝える続けることだ。現状を維持しつつ、迎撃に出た連中を信じるしかあるまい」

 「了解です」

 「味方CAP上昇、敵機と接触します!」

 低空から侵攻してきたオーブ軍機を迎撃しようとしていた前進していた4機の編隊は、そのままでは先に撃墜されると判断したのか、上からかぶさるように襲い掛かろうとしている別のオーブ軍機に対処するため、機首を上げていた。

 その機首の向いたその先から、敵は刻々と近づいていた。

 

 

 「我らが祖国、貴様らの好きにはさせん」

 連合軍機に正対するオーブ軍機で、編隊リーダーであるアマギ一尉がディスプレイを睨みつけながらマスク越しに呟いた。

 早期警戒完成機からの情報がモニターに映し出される中、スロットルを更に開き下降スピードを上げる。

 新たなエネルギーを得た機体が小刻みに振動する。

 モニターに彼らの2000m後方には、さらにもう2機編隊が続いていることが示される。

 兵装をチェックしながら、ディスプレイと無線に注意を払う。

 その直後、敵のレーダージャミングが強化された。Nジャマーの影響で元々不鮮明であったレーダー情報を映し出すディスプレイがほぼ完全に真っ白になる。

 だが、条件はほぼ同じのままだろう。オーブ側からも相当な強度でのレーダージャミングが行われているはずだ。

 「右翼編隊へフォックス2アタックを仕掛ける」

 「了解」

 既にミサイルのウォームアップは完了している。元々、ジャミング対応のためと割り切ってレーダー誘導タイプのミサイルは搭載していない。搭載している全てが画像または赤外線追尾式のものだ。

 イメージ・センサーが約9000メートル先の敵編隊を捕捉し、機載統合コンピュータが瞬時に優先順位を割り振る。高度は、敵が600mほど下だった。

 アマギ一尉は「フォックス2!」というコールと同時に発射した。僚機がそれに合わせて、ミサイル発射が続く。

 前方でぱっと光が瞬くのが見えた。連合軍機もミサイルを発射したようだ。

 「ぎりぎりまで引き付けて、フレア放出後、下へ抜けるぞ!」

 「了解!」

 数瞬の間をおいてチャフフレア・ディスペンサーから、画像誘導もジャミングするノイズを発するフレアが、機体の左右に放出される。同時に、アマギはロールを打って一気に右急降下へ入った。キャノピーの外で天地が激動し、身体に凄まじいまでの加重が襲い掛かる。パイロットスーツが身体をぎりぎりと締め付ける。

 激しいGに耐え、ロールを終わり機位が水平になる頃には、高度はおおよそ1500mばかり下がっていた。そして、ロールを打っている間に敵編隊ともすれ違っていた。

 いや、正確に敵編隊の生き残りと言うべきであろう。

 敵味方、双方の運命を決めた大きな要因は、戦闘開始時の高度差だったろう。

 上から下を狙ったせいでこちらの放ったミサイルは重力を味方につけ、加速に利用した。逆に敵のミサイルは、重力に逆らって狙いを付けざるを得なかった。

 その結果が、連合軍機2機の爆散だ。

 超音速で飛行する機体にミサイルが命中すると、翼がもがれる程度のことでは済みはしない。空気は一瞬にしてあらゆるものを阻む壁へと変わり、何もかも一切合財を破砕する。

 「右から回り込む。上昇だ!」

 敵の生き残りを仕留めるべく、アマギが新たな指示を下す。

 大戦開始後、既存兵器の量産に追われていた連合と違い、生産と改良をバランスを保ちながら続けてきたオーブ軍機の方が、パワーはわずかながらも上だった。そして、さらにそれを操るパイロットの練度もアマギたちの方が上だった。瞬時にそれだけの状況を把握したアマギは、戦果の拡大が可能と判断していた。

 僚機を撃墜された敵は多数のフレアを発射して離脱に掛かっていた。おそらく、いったんブレイクし態勢を立て直すつもりだろう。

 「そうはさせん!」

 口元を覆うマスクの中で雄雄しくそう叫ぶと、アマギはエンジン出力を増大させながら敵の追撃に移った。

 だが、ヤラファス島上空に展開する連合軍機は多い。ひとつの勝利を収め、それを追求するだけの余裕はアマギには与えられなかった。

 後方の早期警戒管制機から送られてきた圧縮データが、接近する別の敵機を表示する。

 「ちっ」

 このままでは、いま追尾している敵機を撃墜したとしても、新たに接近する敵機にこちらを撃墜する機会をプレゼントすることになる。となれば。

 「接近する敵機を叩く。続け!」

 「了解!」

 アマギは機首を振り、新たな戦場へと向かっていった。

 

 

 上空において猛禽たちが鋭爪を互いに突き立てんと激闘を交わすその下で、イージス艦部隊が炎と黒煙の中でのたうち、弾片が降り注ぐ白濁した海面が逆巻き、鉄と炎と血の暴風雨が吹き荒れる中、砲撃・爆撃によって仲間に多数の犠牲を出しつつも、地球連合軍の上陸部隊は、ぞくぞくとヤラファス島へと上陸していく。

 おりしも、また1両の水陸両用車が海岸の砂を踏んだ。

 「陸上に到達した。このまま所定の位置まで進む」

 「頼むぜ。こんなところで死にたくないからよ」

 ドライバーから口頭でそう伝えてくる。

 内部に収容された兵士たちは、現時点では送られてくる周囲の映像を見つつ内心で祈り続けるより他に術がない。降車し、展開するまでは彼らは運ばれる荷物に過ぎないのだ。

 「ぐっ!?」

 「がっ!?」

 まるでロデオのように車両がバウンドし、兵士たちのくぐもった苦鳴が車内に響く。

 艦砲射撃によって上陸予定地点は満遍なく砲弾で掘り返されている。ゆえに、クレーターだらけの地面をいく車両は盛大に上下動を繰り返すことになる。乗車している兵士たちは堪ったものではないだろうが、あるいはそれもまた兵士の義務のひとつと諦めるしかない。たとえどんなに身体を振り回されようと、対戦車地雷等で吹き飛ばされこの世からおさらばするよりは遥かにましだということを知っているからだ。

 それに、過去の上陸作戦とは違い、彼らの直ぐそばにはMS部隊が共に進撃している。それだけでも、上陸部隊の兵士たちにとっては士気高揚の効果があった。それだけ、MSによる恐怖が刷り込まれていたということの裏返しなのかもしれなかったが。

 もっとも、そのMS部隊。一部の部隊が上陸せず、海岸線で即席の重機と化してせっせと作業に勤しんでもいた。

 敵の攻撃によって転覆、横転した車両は、後続部隊に対する障害物と化し、スケジュールを遅らせる要因となっている。過去の事例であればそのまま放置するしかなかったが、汎用性に優れたMSは重機の代わりを立派に勤め上げ、車両を海岸の脇へと運んでいる。

 そんなある意味ユーモラスな風景を他所に、上陸した部隊は事前の計画に従って内陸部へと橋頭堡を拡大するために進撃を継続してく。

 

 上陸第一陣の役目は橋頭堡の確保。これに尽きる。

 

 そのためには、上陸した海岸から何としても一定距離まで進出する必要がある。でなければ、重装備や補給品を携えた後続が安心して上陸し続ける空間を確保することができない。そうなれば、補給を受けられない部隊は戦闘力を消失し、最後には上陸した海岸から海へと追い落とされる結末がやって来ることになる。

 よって、上陸した一部の部隊がぎっちりと防御を固めると同時に、他の部隊は海岸線から生き残った部隊で連携を取りながら前へ前へと進撃を続けていた。

 そんな自らの生き残りを確保するためにも偵察部隊として最前方を進んでいた車両が轟音とともに盛大に爆発した。

 途端に、隊内の無線に怒号と情報を求める悲鳴が飛び交う。

 「前方に、敵陣地!」

 「降車!降車!急げ、野郎ども!もたもたしている奴は叩き出すぞ」

 「ヘリ部隊に応援を要請しろ。MS部隊にもだ」

 黒煙と炎を噴き上げながら擱坐している車両を前に、生き残った車両から兵士たちが飛び出す。

 広域大規模艦砲射撃にも耐え残ったオーブ軍の陣地からは断続的に攻撃が加えられ、後続部隊の一部にも混乱が波及し、ほぼ完全に部隊の進撃が止まる。

 だが、前方の陣地を何とかしないことにはこの場での進撃を再開することは難しい。後方では迂回路を目指して部隊を分派させているだろうが、進撃路に敵勢を残しておくのは軍事戦略上ほめられてものではない。よって、全力を持って陣地の攻略が行われる。

 水陸両用車から30mm砲による弾幕射撃が陣地へと発せられ、その射撃音をBGMとして車両から歩兵たちが飛び出し、遮蔽物を求めるか、あるいは飛び出すと同時に伏せ、匍匐前進で前と進んでいく。

 「リニアガンタンクがいるぞ!対戦車部隊前へ!」

 陣地から重低音の地響きと共に巨大な鋼鉄の猛獣が4両、地下から姿を表す。MSの登場によって陸戦の主役の座からは降りたとはいえ、その戦闘力は上陸部隊にとって脅威そのものだ。

 地上に完全に姿を現したオーブ軍リニアガンタンクは、直ちに射界に収めた水陸両用車に向けて主砲を発砲する。

 ほとんど同時に狙われた車両は爆散し、周囲に盛大に破片を飛び散らす。

 「ヘリはまだか!」

 悲鳴混じりの確認の声が飛ぶ。

 さらに、リニアガンタンクが発砲し新たな犠牲の羊が天に召される。その他にも何両か現れたリニアガンタンクによって先方部隊は大打撃を受けつつあった。

 だが、突如リニアガンタンクが爆発した。

 もともと支援のために近場に待機していた攻撃ヘリ部隊から4機が即座に要請に応じて支援に駆けつけたのだ。

 一方的に連合軍を蹂躙していた地上の猛獣が空の天敵の登場に慌てたようにスモークディスチャージャーを発射し、人工的な白煙の長城を作り出す。

 攻撃ヘリから放たれたミサイルと銃弾がオーブ軍のリニアガンタンクに襲い掛かり、その攻撃ヘリめがけて自走対空砲の火線が伸びる。

 上陸第一陣の水陸両用部隊から展開した対戦車装備の歩兵から放たれた対装甲車両用ミサイルが、オーブ軍のリニアガンタンクへと牙をむく。

 その一方で、わらわらと匍匐前進、あるいはすばやく障害物を盾にしながら駆け回る歩兵たちが車載機銃の火線につかまって、次々と単なる肉の塊と化していく。

 

 死神の鎌は、公平に、平等に、そして無情に地球連合軍とオーブ軍の将兵の命を刈り取り続けた。

 

 

 

 「第一波の着岸には成功。橋頭堡を広げつつあります。

  ですが、損害は甚大です。上陸支援に当たっていたラドフォードとジェンキンスは既に沈没、ラ・ヴァレット以下3隻が大破、その他にも損傷を受けた艦艇が多数発生しております」

 地球連合軍旗艦にて、参謀がまずは吉報と凶報の両方を報告してくる。

 地球連合軍はヤラファス島に対して、大きく分けて四箇所での上陸作戦を開始していた。その四箇所は、南方からプラチナビーチ、ゴールドビーチ、シルバービーチ、ブロンズビーチと区分けされている。ヤラファス島を時計として考えると1時から3時の間に4箇所、上陸地点があると理解すればイメージしやすいだろう。

 そして司令官であるダーレスは、それぞれのビーチにおける損害の概算を聞いていく。

 「もっとも損害の大きいのは、やはりプラチナビーチか」

 「沈んだ艦が担当していた区域ですな。首都であるオロファトに最も近いゆえに、反撃も熾烈となるのも止むを得ません」

 「全般的な支援の状況はどうか?」

 「航空攻撃は敵の迎撃に会い、満足のいくものではありません。

  既に報告にあるように艦隊も敵ミサイル攻撃による混乱で被害を出し、対地支援密度がかなり低下しています。また、上陸に成功した一部の部隊が混戦状態となっており、艦砲射撃による支援が困難な状態が発生しつつあります」

 「むう。予想通りとはいえ、耐えてもらうしかないというのは辛いな。

  むろん前線で踏み止まっている兵士たちに聞かせられる言葉ではないが」

 よほど隔絶する戦力差がない限り、上陸作戦というものはそれを実行する側に相当な損害を要求する。

 当然、その発生する損害を織り込んで計画は練られているものの、果たして計画通り許容できる範囲での損害で収まるかどうかは神のみぞ知る。既に現時点で予想を上回っている現実を考えれば、ほとんど絶望的とも思えるが。

 本国の上層部はそのことを忘れがちだと思いながら、ダーレスは極力目の前の数字が人命を表しているという事実を機械的に受け止めるようにしつつ、自らも過酷とも思える命令を下す。

 「第一陣は作戦通り更なる橋頭堡の拡張に努めるよう伝達せよ。たとえどれほど血を流そうとも、我々にはその地が必要なのだ。

  ただし、回せるだけ支援を回すよう、改めて通達しておけ。特に航空戦力については可能な限り全力を注ぎ込めとな」

 「はっ。了解しました」

 参謀が立ち去るのを横目に見た後、改めて戦況を映し出すスクリーンに視線を戻す。

 「・・・本島に上陸されながら、あくまで戦理に則って戦力を運用するか。やはり手強いな」

 「我々がプラントとの戦いで消耗し続ける間も、訓練を継続してきたのは伊達ではないということですな」

 ベイズがそう相づちを打つ。彼もまた簡単な戦いには決してならないことを事前に予想していただろうが、そのベイズの予測を上回るほどオーブが健闘しているということか。

 最悪の事態は常にこちらの予想の上をいく。

 そんな言葉があったな、と脳裏に思いつつ嘆息する。

 「やはりオーブ側の損害はこちらの想定を下回っているとみるべきか?」

 「まず間違いなく。戦前の推測を上回る防衛戦力の蓄積と陣地構築による全般的な防衛力の向上が大きな要因でしょうな」

 「相手側に準備の時間を与えすぎたというところか」

 「事前の準備が整っていなかったのですから、これ以上の時間短縮は不可能だったでしょう」

 苦い表情で述べるダーレスの言に、ベイスがそれは無いもの強請りだと応じる。

 実際、プラントとの戦況が芳しくないのに新たな敵を作り出すなど、真っ当な軍人ならば考えるはずもない。

 それに、さらに気をつけねばならないことはある。

 「敵MS部隊も相当数が確認されております」

 モニターにビームライフルの射撃を行っている姿のアストレイが表示される。

 「オーブ軍のMS・・・か」

 「はい。ミサイル迎撃に出てきていたものを無人偵察機がとらえたものです。これに関して、本国の分析班から予想性能の正式なレポートが上がっております」

 「ふむ、ようやくか。これだけ時間を掛けるだけの理由があるといいが」

 ざっとレポートに目を通すダーレス。

 そのレポートでは、外観から予想される性能とストライクダガーを比較し、総合能力は同程度と報告は結んでいた。

 「やれやれ、時間を掛けてこれか。まあ、自分たちのMSの方が性能が劣るかもしれないと、公式文書にそうそう残せるものでもないか」

 「そうですな。正直に、国防産業連合肝入りで製造されたMSと同等以上のものがオーブにて作られておりましたなどと報告書を上げれば、どんなとばっちりを受けるかわかりませんからな」

 特に表情を動かすことなく、ズバッとレポートを切って捨てる相方に思わず苦笑がもれる。

 「まあ何にせよ、戦場で得られた事実から目を逸らすなどという愚行を犯したくはないものだな」

 「部隊内に関してのみ、得られた全データを閲覧できるようにしておきます」

 「うむ。頼む」

 ダーレスはアークエンジェルからもたらされた、奪われたXシリーズの能力を知っていた。そして、恐るべき性能を発揮したXシリーズを製造したのがオーブであることも忘れてはいなかった。

 もし、Xシリーズを製造したノウハウが注ぎ込まれているのであれば、その性能は決して楽観できるものではない。

 さらに、気がかりな情報もある。

 「どうやらこちらの機体がベース機で、こちらはそれの改修型のようですな」

 ベイス大佐が、別の映像を見ながら言う。

 そこに映し出されているのは、アストレイコマンドだった。周囲に写っている映像から見て、アサギたちの機体である可能性が高い。

 「オーブも中立に甘んじて遊んでいたわけではないということをつくづくと思い知らされるな」

 「そのようですな。もっとも、実際に戦うに当たっては怠け者の敵であってくれたほうが非常に助かったのですが」

 「彼らはその真逆の存在であったというわけだ」

 そう言いながら、二人の吐くため息はどんよりと重い。

 大西洋連邦も、オーブ独自のMS開発計画が進んでいることは把握していた。だが、その詳細となるとほとんどつかんでいなかったのが実情だった。

 オーブにおけるMS開発が外部からの情報収集が難しいオノゴロ島地下を中心に進められていたこともさりながら、地球連合側の諜報員たちは、敗勢とでもいうべき戦況を支えるべく、ザフトの占領領域と他の中立国向けに過重労働を強いられており、細かい部分にまで手が回りにくくなっていたのである。

 さらにその上、こちらの主力MSであるストライクダガーの詳細な性能は、プラントからオーブに提供されている可能性が高く、それに対してこちらはあくまで外観からの予測性能しか知らない。

 ため息が重くなるのも無理はなかった。

 「これらの改修MSを含む部隊が現れたのは空港周辺だけか?」

 「はい。現時点で確認されているのはその通りです」

 「そうか。少なくとも大量に配置できるほどの生産は行われていないとみるべきだな」

 「不幸中の幸いというわけですか」

 「この程度の幸いがなければ、やっていけんよ」

 「そうですな。ただでさえ、上からの圧力を考慮せねばならないのですから」

 「私も相応だが、閣下はな・・・」

 言葉を濁すダーレスの後を次ぐようにベイスが言う。

 「上層部のごり押しには、ロバート閣下も苦慮されているようでしたな」

 「うむ」

 苦虫を数十匹まとめて噛み潰したような表情でダーレスが応じる。

 現地に展開している部隊を率いるダーレスは、ヤラファス島への揚陸作戦を延期し今しばらくの航空・海上攻撃続行を求めていた。その理由は先にも述べたように、オーブ側の残存戦力が予想を大幅に上回ると見られるからである。

 陸上戦力はいうに及ばず、航空戦力も地下飛行場がかなりの数、生き残っているらしく未だ制空権を奪えていない。かろうじてヤラファス島北部に関してはこちらが押さえている状態だが、地上からの迎撃も未だ続いており完全には程遠い。

 むろん、オーブ側の航空戦力もこちらとの戦闘で相当数の出血を強いているのは間違いないが、予想以上にオーブ側の抵抗が激しいのも確たる事実。

 この状況で上陸作戦を実行すれば、いたずらに戦力に消耗を生じることになると考え、最低でも3日ほど時間を費やす旨、ダーレスは今作戦における上官であるロバート大将に連絡したのである。

 その答えは、NO。

 ダーレスは半ば背景を察しつつもロバート大将に再度連絡を取り事情を聞いた。

 苦渋の表情で改めて予定通りの上陸作戦決行を命じるロバート大将の言葉の端々から、上層部の強引な命令によって意に沿わない命令を出さざるを得ない立場がうかがえた。

 ゆえに、ダーレスは命令受領を表明し、今日この日を迎えたのである。

 既に発生している損害は、これまた現地司令部の予想通り膨大なものに上っている。今後も発生する損害も加味すれば、いったいどれほどの損害を被ることになるか薄ら寒いものを禁じえない。

 そのことを思うと心が沈む。むろん司令官として心情を表情に表すような真似は決してしないが。

 と、通信参謀が近寄り、さらに悪い知らせをもたらす。

 「上空の宇宙軍艦艇より入電がありました。

  ザフト艦隊接近しつつあり。戦場上空を確保し続けるのは最大で後1日が限度と見込むとのことです」

 「そうか・・・上からの偵察ができなくなるのは予想通りとはいえ厳しいな」

 ううむと唸りながら主席参謀を見る。

 「そうですな。オーブ側の防空戦力は未だ健在です。

  無人偵察機も相当数撃墜されていますし、偵察ユニットも被害は甚大です。

  今後も送り込むたびに一定の損害を織り込まねばなりませんし、衛星軌道から見下ろすのに比べると、取得できる情報量に差が出ますからな」

 「うむ。それに豊富に予備を用意してあるとはいえ、戦力は有限だからな。出し渋るつもりはないが、可能な限り大事に使いたい。ただ、お偉方は時々戦力が有限であることを忘れる傾向があるようだが」

 「頭を数字に占領された面子にとっては、数字が存在すれば全て100%使えると思っていますからな」

 「そうだな。まあそれは置いておくとしよう。

  上空の友軍には無理をしないよう伝えてくれ。これまでの支援に深く感謝すると私のメッセージも添えてな」

 「はっ。了解しました。」

 さらに戦況を報告する連絡が次々と入ってくる。それを迅速に分析し、適切な判断を下さなければ被害は増大の一途を辿ることになる。

 直接の銃火こそ交わされていないものの、艦隊司令部もまた阿鼻叫喚の世界に間違いなく足を突っ込んでいた。

 

 

 

 敵味方、陸海空の戦力が入り乱れ、魔女の大釜と化している戦域から離脱してきた2機編隊は、機首を南方へ向け、帰路を急いでいた。

 「02、残弾はどれくらいだ?」

 「こちら02、ミサイルは0、弾は1000発を切ってます」

 「そうか、こちらもほぼ同様だ」

 彼らの編隊は、これまでの戦闘で全てのミサイルを射耗し尽くしていた。それほどの激戦だったのだ。

 自衛用のミサイル全てを発射して、ようやく離脱にこぎつけたのだが、どうやら運命の女神は彼らに安息はまだ早いと考えたらしい。

 「01、前方に敵機!」

 「ああ。見えている」

 センサーに敵機の反応が表示されている。

 早期警戒管制機が敵機の侵入に合わせて後退しているせいで、敵機の発見が遅れた。センサーの反応を見る限り、敵編隊は4機。こちらの倍だ。さらにこちらは機体に残されている武器が、バルカン砲だけ。

 もし、このまま交戦となればかなり厳しいものがある。が

 「ん?」

 距離が縮まったにもかかわらず敵が撃って来る様子を見せない。向こうのセンサーにも既にこちらは捉えているはずなのに。

 「ひょっとして、敵もこちらと同様の状態か?」

 おそらくは地上攻撃任務に就いていた編隊なのだろう。こちらと同様に迎撃に対してミサイルを射耗していると見れば向こうの動きに納得がいく。

 よく見ると敵4機編隊のうち、1機の動きが鈍い。たぶん、対空砲火か何かで損傷を負っているのだろう。

 と、敵が二手に分かれた。動きの鈍い機体ともう1機が、ヤラファス島から離れる方向へ機首を向け、残った2機がこちらへ向かってくる。

 いいだろう。受けて立ってやる。

 双方ミサイルなし。ならばやりようはある。アマギはそう思った。

 まずは、場所だ。

 そう考え、ついて来るか?を確認するように機体を翻す。

 交戦回避の可能性は低いが、もし避けられるならばこちらとしては無理に交戦をするつもりはない。これで敵機が引くようであれば、自分たちもこのまま補給に降り、十分な態勢で再度出撃するつもりだった。

 だが、分離した2機編隊はこちらへの接近を続けている。どうやら都合のいい目論見は外れたようだ。

 ならば早急に片付ける。

 アマギは、後続機を誘導しつつ敵編隊に接近することを決断した。戦闘時間を可能な限り小さく収めるために正面攻撃を選択したのだ。

 上昇しつつ距離を詰める。

 反対に敵は降下に移ったようだ。

 わずかといえ高度差をスピードに置き換えることを優先したのだろう。だが、エンジン出力はこちらの方が上だ。この程度の降下角度では、ほとんど差は発生しない。

 みるみるうちに距離が詰まる。イメージ・モニターの中で敵機が膨らんでいく。

 マッハを優に超える相対速度の中、すれ違いざまにバルカン砲の弾丸を叩き込む。

 パイロットとしての感が確かな手応えを得たと感じたと思った瞬間、

 「!!」

 アマギは声にならない呻き声を上げた。

 身体が機体ごと、何かに叩きつけられたかのような衝撃を感じたのだ。

 同時に、コックピットの脇を真っ赤な火箭が通過していく様が眼に入る。

 「やられた!?」

 敵の後続機の射線に自機が捕らわれたのだ。エマージェンシーがあちこちに点灯する。

 急いで敵編隊から離れ、自機の様子を確認する。

 損傷を受けたのは左側だ。どうやら翼から胴体にかけてあちこちで外版が剥がれているようだ。油圧及び電気系統にも異常が発生していることをモニターの自己チェック結果が示している。

 はっきりいって即撃墜にならなかったのが不思議なくらいの損傷だ。

 「アマギ一尉!?」

 飛び込んできた部下の叫びに

 「大丈夫だ。機体はともかく俺に負傷はない。それよりも敵はどうなった?」

 まるで窮地になど陥っていないかのように部下に快活な声で応える。まあ、多少わざとらしく聞こえるかもしれないが。

 「・・・一尉は無事でも、機体は大丈夫そうではありませんね。それから戦果は撃墜1、撃破1です。損傷した敵機は後退しました」

 こちらの気持ちを汲み取ったのか、落ち着いた声音で部下が言って来る。

 「どうにか判定勝ちに持ち込めたか」

 「ですが、一尉の機体は空戦どころか、このまま飛び続けるのも難しそうですよ」

 「まあ、そのようだな」

 そう応じながらアマギは唇を噛んだ。

 機体速度も低下の一途を辿り、異様な振動がコックピット全体に伝わってくる。まるで、機体が断末魔に喘いでいるかのようだ。さらに、何やらコックピット内に焦げ臭いような匂いが漂ってきている気がする。コックピットからでは見えないが、おそらくは、エンジン部にも被弾し、パイプ等が焼付きを起こしかけているのだろう。

 今となっては空中に浮いているのすら困難な状態になりつつあるということだ。今この瞬間、空中分解が始まっても不思議ではない。

 「海岸線に不時着してはどうです?」

 部下も機体が持たないと判断したのだろう、そのように言ってくる。

 「無理をして基地に戻る途中で不時着することになるより、その方が周囲にとっても安全でしょう」

 「・・・そうさせて貰うとしようか」

 アマギは素直に応じた。

 仮に機体を基地まで持っていけたとしても、ここまで機体が損傷していては着陸の衝撃に機体が耐えられない可能性の方が高い。ましてや、不時着で基地の滑走路を塞いでしまうことも考えれば、ここで不時着するほうがよりましというものだろう。

 決断を下し、機首を慎重に砂浜が続く海岸線へと向け旋回させる。部下の機体が周囲を旋回しながら警戒にあたってくれている。

 だが、機体の損傷は予想以上に酷かった、いや、今まで動いていたのが奇跡だったのだろう。

 鈍い何かが壊れるような不吉な音が響いたと思った瞬間、それまで響いていたエンジンの振動と音が完全に止まった。

 推力を失った機体は、下降速度を早めつつも、ぎりぎりで態勢を持ちこたえている。

 もはやこれまで。

 アマギはこれ以上の飛行を諦め、非常用の電源が生きているうちに機載コンピュータの全初期化を実行した。防衛戦闘のため、この機体のブラックボックスが敵の手に渡る可能性はそれほど高くないと思うが、既に本島に上陸を許した以上、万が一の事態を考慮せねばならない。

 アマギは座席に座りなおすと、シートにしっかりと背骨を押し当て、足もきちんとペダルに乗っているか確認した。さらに頭を後ろに投げ出すようにヘッドレストに押し付けて安定させると、どちら側にも偏らず真っ直ぐ前を向いているか確かめた。そして、

 「脱出する」

 と部下に告げ、脱出装置を作動させた。

 キャノピーが吹き飛び、激しい空気の流れが押し寄せたかと思うと次の瞬間、激しい衝撃と共にアマギの身体は射出座席に座ったまま空中に存在していた。

 愛機が急速に地上へと落下していくのが目に入る。遠ざかっていく愛機は、よくぞ今まで飛んでくれたと感謝したいほどボロボロに傷ついていた。

 背後で何かが動いたかと思うと、座席が最後の役目を果たして落下していくのが分かった。

 ばさばさという音と共に、パラシュートが頭上でなんともゆっくりとした速度で開くのが眼に入った。

 機体は失ったが、幸い自分には傷ひとつない。予備機を回してもらえば直ぐに再出撃が可能だろう。

 そう考えながら、パラシュートが完全に展開し両肩にずしっとした重みがかかると共に視線を下に向ける。

 ここで海面に着水するような下手を打つわけにはいかない。幸いなことに、目論見どおりすぐ目の前に真っ白な砂浜が迫りつつあった。

 両手に持ったハンドルを小刻みに引きながら、パラシュートを操作する。

 地面がぐんぐん近づいている。

 着地直前に思い切りハンドルを引き、次の瞬間、両足が大地を踏みしめる感覚を味わう。

 頭上で旋回していた部下の機体に大きく手を振り無事を告げる。それを確認したのか、機体を数度バンクさせると一直線に基地へと向かって飛び去っていく。

 それを見送ると、風に流されないようパラシュートを急いでたたむ。

 不時着地点は部下が基地に知らせてくれただろうから、後は迎えを待つだけだ。

 こうしてアマギの戦争は、極々一時的な終わりを告げたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 

 話が進みません。

 あっちへふらふら、こっちへふらふらしながら、ちまちまとしか進まない。

 でも、こんな話でも読んでくれる人がいるようなので良しとします。

 

 スーパーロボット大戦Zは、まだ未購入。

 そろそろ購入しようと思うのだが、ふとブックオフでα3終焉の銀河へと並んでいるのを見て

 「そうか、別のゲームをして待っていれば半額まで下がるのか」

 と、購買意欲を減退させてしまったり(爆)

 でも、他にやるゲームがあればそっちをやって待っていたほうが安くなるのは事実だしなあ。

 

 さてさて。ベールを脱いだガンダム00セカンドシーズンですが、ミスターブシドーってあんた・・・・・・

 乙女座の方々がどう思っていらっしゃるのか、アンケートでも取りたいと思ったり。

 そして自分に惚れている男を食い物にしていたスメラギにも座布団一枚!

 何はともあれ、当面はアロウズを相手にした戦いが続きそうで、前期を反省して比較的分かりやすいストーリーを心がけているのか?

 でもなあ、ファーストシーズンの置き土産、どう消化するつもりなんだろ?

 

 >カガリめ、いつえせ優等生ぶりが限界に達するかな?

 ぎりぎりまで頑張りますぜ。メッキも最後まで剥げなければ本物になるでしょうし(笑)

 

 







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代理人の感想
リニアガンタンクって単語を聞くたびに、リニアレールガンを装備している戦車じゃなくて、磁力で地上数十センチに浮かぶガンタンクを思い浮かべます。
せめてリニアガン・タンクと区切れ。

それはさておき今回は前線の話。

いやもう笑っちゃうくらい絶望的ですね。
オーブ軍の一時的健闘もその後物量で押しつぶされるフラグにしか見えないし(実際「無理に攻めれば損害が大きい」というのは「損害を気にしなければ確実に攻め落とせる」ということであるし、上陸部隊等に損害が出てると言っても「許容可能な範囲の損害」な訳ですよね)。
しかしそれでも絶望的な戦いの中でしぶとく奮戦する姿はやはり燃える。
アマギさんも(種死ではどーでもいい役どころでしたが)是非生き残って欲しいもんです。難しそうだけど。


>メッキも最後まではげなければ〜
ふむ、まぁその通り。w


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