紅の軌跡 第38話

 

 

 

 

 オーブの遥か上空、地球衛星軌道上。

 そこにはザフト宇宙軍の艦艇が一定の距離を保って広く展開していた。

 展開している各艦には作戦開始前の緊張感こそ漂っているが、敵艦を警戒したピリピリしたものは感じられない。付近に敵艦はいないと確信しているようだ。

 確かに周囲には連合宇宙軍の気配はない。

 だがザフト宇宙軍が連合宇宙軍を気にすることなく活動を継続できているのは、周辺宙域から敵を追い払ったという自信からだけというわけではない。

 そこには、オーブ宇宙軍の根拠地となっているアメノミハシラの有する制宙権が大きく影響していた。

 

 本編より長かった戦闘開始までの猶予期間は、オーブ軍によるアメノミハシラの強化をも可能としていた。

 艦載レーダーを上回る精密センサー群と艦載兵器の射程・威力を凌駕する兵器を装備したアメノミハシラは、本来の目的とは別の方向に強化され十分に宇宙要塞と呼ぶに相応しい威容と性能を兼ね備えている。

 機動力のない要塞の是非については、コストパフォーマンスをはじめとする様々な議論があるのは周知の通りである。実際、過去の戦史を紐解くと要塞という存在に関してはプラスよりもマイナスの評価のほうが多い。

 だが、要塞があることによって周囲に睨みを利かせることが可能になることは厳然たる事実である。戦闘ともなれば絶大な火力と無類の防御力を持って敵を牽制することができる。特に艦載できないほど巨大な兵器による周囲への牽制は、それだけで相手の行動に無視できない影響を及ぼす。

 本編においても、宇宙要塞ボアズと宇宙要塞ヤキン・ドゥーエが周辺宙域の制宙権をがっちりと把握していたがために、プラント本土への侵攻経路を確保することを求めた連合宇宙軍による制圧が行われている。

 補給線を扼されることを初め、放置しておくにはあまりにも危険な存在過ぎたということであろう。

 

 すなわち、敵対する存在から見ると要塞というものは極めて厄介な代物であることはいつの時代も変わっていないのである。

 

 翻って軌道エレベータの施設として建造されたアメノミハシラは、いかに強化されたとはいえさすがに専用の要塞ほどの堅牢さや攻撃能力を有してはいない。分厚い岩盤による防御力も、多種多様の兵装も、施設の本来の役目からすれば無用のものでしかないからだ。しかしながら、それはあくまで比較対象の問題であり、通常のコロニーとは比べ物にならない能力を持っていることもまた事実であった。

 実際、分厚い岩盤には劣るものの強固な構成材による防御力、オーブ宇宙軍の拠点としての港湾能力と強化された火器による攻撃能力は、間違いなく周辺宙域を牽制するのに十分な能力を有している。

 そんな強力な拠点の近辺で活動することになった連合宇宙軍が、アメノミハシラの存在を無視するようなことは出来ようはずもない。それに対しザフト宇宙軍は、オーブとの取引によってアメノミハシラの制宙能力のほとんどを気にすることなく艦隊を展開できた。

 連合宇宙軍がアメノミハシラへの警戒をし続けたまま活動を行わざるを得なかったことを考えると、その行動能力への影響は決して小さくはない。それどころか、そもそも下手をすれば、オーブ宇宙軍との戦闘もありえる宙域で勢力回復中の連合宇宙軍が活発に動けるはずもない。ましてやザフト宇宙軍も活発に活動している宙域においては何を言わんかや。

 

 そんなザフト宇宙艦隊の様子がアメノミハシラ中央管制室の正面スクリーンに映し出されている。巨大なスクリーンの中では一部の船が動き出しており、同時に周囲にはMSも展開している。

 「ザフト艦隊、一部が高度を落としつつあります」

 「目を離すなよ。ザフトが有する衛星軌道上からの攻撃手段を見逃すわけにはいかんからな」

 「大丈夫です。既に可能な限りのセンサーを向けています」

 上官の指示にオペレーターが自信ありげに応える。

 今のオーブとプラントには地球連合という強大極まりない共通の敵がいる。オーブ攻防戦において、現在進行形同じ敵を相手に戦ったいわゆる戦友と呼べる関係とも呼べるかもしれない。

 だが、国家間に友情という文字はない。

 それはつい最近でも、大西洋連邦向けに最新鋭MSとMS母艦を協同開発するだけの関係を維持していたオーブと大西洋連邦が、今は全力全開で戦闘を行う関係となっていることからも明らかであろう。

 客観的に見ても最新鋭兵器の協同開発という関係は、決して容易く構築できるようなものではない。最低限、双方に利がありかつ様々な人的交流がなければ、関係の糸口すらつかめないことは疑いない。だがそのような関係であっても、わずかな時間と環境の変化があったというだけで、互いに命がけの死闘を繰り広げるに至っている。

 つまり、今はなんともなくとも将来的には、オーブ−プラント間で戦闘が起こらないという保障は全くないといえるのだ。

 双方の関係自体もヘリオポリス崩壊を切欠に一時期はひどく悪化していたため、むしろ常に猜疑の目で互いを見ているのが当然というのが正直なところであろう。

 むろん国を預かる政治家としては、既に巨大な敵を抱えてしまっている以上、更に敵を増やすようなことにならないよう全力を尽くすのが当たり前である。さらに常日頃から、敵性国家だけでなく当面の友好国の情報も収集しておくことは独立国家として当然の義務とすら言え、逆に言えばそれすらできないような国家はいつ侵略を受けてもおかしくはないということだ。

 そうした観点から鑑みると、衛星軌道上からの攻撃手段の情報を詳細に確保しておくことは当然のことであり、むしろ絶対に行わなければならない義務であるといえよう。

 

 大口径の光学カメラを初めとする各種センサーを多数備えたアメノミハシラは、軌道上における偵察拠点としても十分にその役目を果たせるだけの能力を持つ。

 そのセンサー群が捉えた映像が正面スクリーンに拡大して表示されており、同時に様々な分析が行われている。そして分析が終了し、上に報告すべきと判断された結果が、オペレータから報告として上がってくる。

 「ザフト艦隊、降下ポッドを射出し始めまた。

  更に輸送船が巨大なパネルのようなものを展開しつつあります」

 「降下ポッドはともかくパネル、だと?」

 「はっ。間違いありません」

 「ふむ。一体なんだ?」

 参謀がコンソールを操作し、手元のモニターにより拡大した映像を表示させてみる。

 そこでは確かにパネル状のものが展開されている。むろん、ただべたーとのっぺらぼうのパネルではなく、細々とした部品が上面に付属している。が、逆にいえば、外側からの観測ではそれ以上の詳しいことがわからない。

 「降下ポッドは補給物資を積んでいるんだろうが・・・

  パネルに関して戦術コンピュータは何か提示しているか?」

 「駄目です。データ不足による解答不能を示しています」

 「だろうな。今はあまりにも漠然とした問いしか与えられまい。ならば答えも定まるはずもない」

 オペレータの報告に、眉をしかめながら参謀の一人がかぶりを振る。その間にもザフト艦隊から射出されたポッドは一定の間隔で大気圏へと突入していく。向かう先はやはりオーブ周辺海域だ。

 その一方で、パネルを展開した輸送船は展開したままの状態で接近し、MSを用いてパネル同士の接合を行っている。

 観測する限り1隻の輸送船から左右におおよそ300mほどのパネルが展開されおり、さらにそれを数隻結合している。合わせた大きさは現時点で既に1kmを超えている。展開している輸送船全てからパネルが伸び、そして結合すればおよらく今の数倍の長さになることは間違いあるまい。

 ただし、見た限り長々と繋がっているパネルの耐久力はそれほどあるように見えない。また、その状況では要となっている輸送船はほとんど身動きすらできないはずである。せいぜいが慎重に同期を取っての姿勢制御ぐらいが関の山であろう。

 そこから読み取れることは

 「間違いなく、あのパネルに何らかの意味があるということか。

  よし、あの展開されているパネルに対して観測密度を上げろ。ザフトの行動を何一つ見落とすな」

 「了解しました」

 オペレータたちがコンソールを操作し、より多くのセンサー群がザフト艦隊へと向けられる。

 現時点では敵対していないとはいえ、何を持って相手が行動しているか推察がつかない状況はそわそわした落ち着かないものを心にもたらす。それを鍛えられた軍人としての自制心で押し殺し、的確に作業が進められていく。

 こうしたアメノミハシラの監視の下、ザフト宇宙軍の作業は続き、更にパネルの全長は伸び、やがて高度を落とした次々と降下ポッドが大気圏へと飛び込んでいく。

 

 大気圏に突入したカプセルは赤い尾を引きながら、連合軍の迎撃を受けず、かつ一部で懸念されていたオーブ軍による迎撃も受けることなく重力の井戸の底へ向かって落ちていく。

 流星群のように落ちていく多数の降下ポッドの中身は、連合軍やオーブ軍が予測していた通り、オーブ攻防戦に介入した前線部隊への補給物資であった。

 わざわざ衛星軌道上から物資を降下させるのには、ザフト地上軍の海上戦力の歪な構成が大きく影響している。

 ボスポラス級を中心戦力とするザフトの海上戦力は、通常艦船の保有数が著しく少ない。連合軍からすれば反則としか思えないであろうボスポラス級の軌道上からの降下などを別にすると、地上における通常艦船の補充は地道にカーペンタリア基地において建造を行うか、友好国の造船所に頼るよりないことがその主たる要因だ。

 そのため、ザフト地上軍には貴重なボスポラス級をなるべく危険に曝したくないという意識がある。しかしながら、海上戦力の主力としてどうしても戦場に投入せざるを得ないという事情もまた存在する。いわゆる二律背反というやつだ。

 それを多少なりとも緩和するために、今回の出撃拠点として購入した船舶を改装した代物を投入したのだが、いかんせん商船構造の艦もまた前線に押し出すのは危険が大きいことに変わりはない。

 ある意味本末転倒のような話ではあるが、それゆえにザフトが考え出した裏技じみた方法が、オーブ近海に多数存在する無人島に一時的な拠点を設けるという方法であった。

 ただし、降下ポッドで物資を降ろすことはオーブにはぎりぎりまで伝えられていなかった。より正確に述べるなら、降下ポッド直前に外交チャンネルを通じて一方的に情報を送りつけたというのが正しいだろう。

 こんな乱暴な方法をザフトが選択したのは、むろんオーブと地球連合との間に講和が結ばれる機会を妨げるために他ならない。

 オーブとの密約によって得ていた緊急時の不時着地点を補給地点と化すことで、オーブとプラントの間に密接な関係があると地球連合に誤認させるのがその最大の目的である。

 オーブとしても、ぎりぎりの状態で持ちこたえている現時点で、半ば謀略じみているとはいえ、新たにプラントを敵に回すような選択はできない。内心でどれほど鬱憤をためることになろうとも、当面はプラントと矛を交えるという選択はあり得ない。

 ただ、あくまでアンノウンとしてオーブ軍の一部が撃墜する可能性はゼロではなかったため、懸念としては残されていたわけである。

 だが幸いにしてその心配は杞憂に終わったようで、降下ポッド全機が撃墜されることなく最終段階に至っている。

 こうなればもう何の心配もいらない。衛星軌道上からの資材の降下に関して、プラントは地球圏で最もノウハウを有している。

 大戦前はプラント理事国に資源・資材・生産物を収めるために、膨大な回数の大気圏突入プロセスを繰り返してきており、開戦後もカーペンタリア基地の開設資材、各種物資、あげくにはボズゴロフ級の大気圏突入すらも行ってきている。

 そんなプラントにとって、ピンポイントで指定箇所に降下カプセルを下ろすことはさほど難事ではない。それがたとえ小さな無人島であったとしてもだ。

 ただ補給だけでなく応急修理を行うポイントには、整備に必要とされる人員を漁船などの小型船舶で送り込む必要がある。この点に関してだけは危険が伴うため、ザフト地上軍としても慎重に行動せざるを得ない。

 ただ、幸いにしてザフトのMSパイロットは機体のメンテナンスも一通りこなせるよう訓練を受けている。そのため、人員を送り込む必要のある補修ポイントの数は多くはなく、それ以外は補給と簡単な整備に必要な資材のみを衛星軌道からの降下でまかなうことで対処させることとしている。

 また、無人島に展開した資材は回収するには手間とコストが掛かりすぎるため事実上使い捨てとなるが、強引に領土を侵犯した迷惑料を兼ねてオーブに引き取らせることで全くの無駄になるわけではない。

 地球連合という巨大な存在を敵に回したオーブは必ず使えるものは何でも使うという方針でいくだろうから、多少の規格の違いは無視して可能な限り残された資材を回収するだろう。

 たとえザフトの行動に怒りを覚えたとしても背に腹は変えられず、また物資そのものには何の罪もないのだから。

 ザフトにしても今回の行動は荒業といわざるを得ないが、現時点において戦時生産は順調であるため無茶な話ではない。プラントにとって最も重要な資源である人員を失う可能性は極めて低く、その点から鑑みればオーブの心象悪化を除けば十分に許容範囲に収まる方法なのだ。

 戦況の推移にかかわらず、こうして側面からザフト地上軍の攻勢を支える体勢が整えられていく。

 

 

 むろんこれだけの行動が自分たちの頭上で行われれば、いかに目前の戦闘に注力しているとはいえ連合軍が気づかないはずもない。

 最初の降下ポッドが大気圏に突入を開始した時点で艦隊司令部でもその動きを捉えていた。

 「今更、降下ポッドを降ろすだと?」

 「はっ。ヤラファス島を中心とする海域に多数のポッドが降下しつつあります」

 そういって表示されたスクリーンには、確かに多数の予想降下ラインがオーブ近海に伸びている。

 「どういうつもりだ、ザフトの連中は?」

 味方の宇宙軍が敗北し、頭上の制宙権をザフトに握られていることはこの艦隊の誰もが知っている。そしてまた、C.E.71年に入ってから繰り返し軌道上からの爆撃が本土を中心に行われてきたことを知らぬものもいない。

 だが、これまでにザフト宇宙軍が機動力を有する洋上艦隊へちょっかいを出してくることはなかった。艦隊そのものではなく、根拠地となっている泊地に対してもほとんど攻撃は行われていはいなかった。もっぱら目標となっていたのは工業地帯などの無誘導兵器による的外れな攻撃になっても多少なりとも効果の見込める地域だけだった。

 だが、ザフト宇宙軍は今この段階に至って動いた。そこには何かしら理由がなければおかしい。

 「敵の行動の予測結果はどうか?」

 「補給物資を載せたものと推測されています」

 「やはりか。だが、今行わなければならないこととは思えんのだが」

 もともと衛星軌道上からの降下に対し、提示される選択肢はあまり多くはない。

 陸上の拠点に対してならば強襲降下という選択も十分にあり得た。実際に第一次ビクトリア基地攻防戦では衛星軌道上からの直接強襲降下が行われている。もっとも、この戦闘は降下したザフト部隊の敗北に終わっているのだが。

 一方で、洋上の艦隊に対しては降下中に艦隊が移動してしまう可能性が高い。もし最高速力で航行している艦隊ならば、降下準備を開始して実際に地上に至るまでに水平線の彼方まで悠々と移動してしまうだろう。ましてや海上に降下するのであれば、水中用MSか飛行可能なMSでなければならないという制限も付くことになる。

 MSの種類も限定され、ピンポイントでの降下もできないのであれば、わざわざ軌道上から降下するメリットがないといえる。従って、艦隊に対する直接的な行動というよりも支援的な行動と見なすのがごく当たり前の判断であり、考えうる支援行動は補給物資の投下ぐらいしかなかった。

 なぜなら人員の降下は戦闘が行われる地形からしてほとんど意味がなく、その他の物資では前線近くに下ろす必要がない。カーペンタリア基地を建設した時のように建設資材、あるいは一時的な築城用の資材を投下するとしても、オーブ連合首長国の主権が及ぶ場所にわざわざ降ろす意味はない。

 結果として出せる結論もまた通り一遍のものとならざるを得ない。だから、次のような結論が出てしまってもおかしくはない。

 「今は放っておくしかないか。ただ監視だけは続行しろ」

 「了解しました」

 傍から見ればずいぶんと軽い扱いに見えるかもしれない。だが、そこには切実な問題が隠されている。すなわち、迎撃したくとも迎撃に向かわせられる航空戦力がないという問題が。

 動かせる戦力のほとんどが、侵攻中のザフト部隊の迎撃に全て回っている状態なのだ。それでもなお戦力は不足している状態のため、脅威評価もままならない降下ポッドに航空戦力を回せるはずもない。胡散臭いものを感じ取ったとしても、明確な証拠あるいは信頼に足る情報もなしに、実行中の作戦行動を変更することなどできはしないのだ。

 当初投入を見送られていたレイダー、フォビドォン、カラミティの3機も減少し続ける戦力を前に、多少の混乱を承知の上で前線に出さざるを得なくなっているほどなのだ。

 仮に手を打つとしたら、かろうじて高高度迎撃ミサイルが発射可能だが、Nジャマーの影響で命中率も低く、また直接的な影響はないものに数少ないミサイルを撃つのもどうかという反対意見も出てくるだろう。

 それに今は、衛星軌道上よりも海中の敵をどうにかするほうが遥かに優先度の高い問題でもある。

 実際に、艦隊中枢部の危機感をこの上なく高めるほど、連合軍艦隊に喰らいついたザフト水中MS部隊は猛威を振るっていた。

 当たるを幸いになぎ払う形で、特に装甲の薄い艦底部を、クローで引き裂き、フォノンメーザーで切り刻み、魚雷を周囲に放つ。

 結果としてもたらされる損害は膨大なものに上っていた。

 もちろん連合軍も必死の思いで反撃に出ている。だが、水中用MSの運動性と攻撃力を前に成果は思うに任せない。特に艦艇に肉薄された場合は、連合側に攻撃手段がほとんどない。至近距離過ぎて、爆雷も魚雷も味方までふきとばしてしまう。その場合、使用可能なのは近接防御システムの機銃群ぐらいしか残されておらず、効果的な反撃など不可能に近かった。

 それでも機を測って対潜爆雷や魚雷でMSの破壊に成功する哨戒ヘリや艦艇はある。決してザフトの水中用MS部隊も無敵というわけではないのだ。それに、全体としての数は間違いなく連合軍のほうが多いのだ。

 だがしかし、双方のキルレシオは圧倒的にザフト有利と断言できる状態であることもまた事実であった。

 

 こうして状況を俯瞰すれば、連合軍の参謀が下した判断に妥当性があることがわかる。

 彼らも頭上でのザフト宇宙軍の動きが気にならないわけではない。可能であれば行動を阻害したいと考えている。

 だが、目の前の状況がこのような有様では、さしあたり監視の目をいくつか割り当てて、状況の急変がない限り放置せざるを得ないのだ。積極的に対応するにはマンパワーを初めとするリソースが不足している以上、やむを得ないことだろう。

 そうこうしているうちにまたスクリーン上でまた1隻、味方の艦艇に撃沈を意味するシンボルマークがつく。

 連合軍艦隊内部にもぐりこんだグーンは頻繁に位置を変えつつも積極的に攻撃を行ってきている。

 内懐に踏み込まれすぎた連合軍艦艇は、フレンドリーファイアを懸念して誘導兵器の使用が難しくなり、近距離から遠距離まで任意の距離で使用可能な対潜ロケットを主として迎撃に用いざるをえない。ただ、対潜ロケットは打ち上げてから着水までに若干のタイムラグがある。そのタイムラグを見込んだ上で、発射しなければグーンを捕らえることはできない。

 

 そして今まさに、1隻の艦艇から軽い連続した音と共に数十発の対潜ロケットが発射基から一斉に発射された。

 高度約300メートルまで上昇し、そのまま重力に従って海面へと落下、小さな水柱が対潜ロケットの数だけ作られる。

 有効範囲にMSを捕まえられれば、全弾が一斉に爆発する。

 だが、爆発は起こらない。

 狙った目標は、予測以上の角度で機動し、対戦ロケットの包囲から逃れたようだ。

 新たな目標を探しながら、対潜ロケット発射基の次弾装填が行われる。

 その一方で、別の艦艇が放った対潜ロケットの着水地点から、見事に数十の爆発がひとつになった巨大な水柱が立つ光景がある。有効範囲にグーンを捉え、対潜ロケットが連鎖的に起爆したのだ。

 だが、そのような連合軍将兵にとっての吉報が視界に入ることは稀で、ほとんどの場合対潜ロケットは無意味に海面に没していく。

 それでも迎撃を止めることはできない。自らの命もかかっている以上、対潜部門の将兵は必死で任務を果たしていく。

 

 内部に踏み込まれたザフトのMS部隊を相手にする艦艇があれば、当然外縁部で戦闘を行っている艦艇もある。

 外縁部では、積極的に誘導兵器が用いられての迎撃が行われている。それでも敵MSを撃破するのは至難の業だ。

 その最大の理由は、ザフトの水中用MSの運動性が魚雷のそれを凌いでいることにあったが、それでも弾薬の続く限り迎撃が止まることはない。

 なぜなら、魚雷に狙われている状態で、沈着冷静に行動できるパイロットは少なく、それはコーディネイターもナチュラルも変わらないからである。

 むろん。いたずらに弾薬を消耗するばかりではない。

 艦艇からだけではなく、哨戒ヘリが要所要所で爆雷を投下し、MSの進行方向を誘導する。そして待ち構えていた場所で逃げ道をふさぐように複数の魚雷を投下する。

 そこまで先を読める熟練の対潜担当はごく少数しか生き残っていないが、皆無ではない。

 損害を被りつつも、連合軍の巧みな迎撃を前に1機また1機と敵MSが海の藻屑と化していく。

 

 本来、宇宙を拠点として発展することを国家戦略に据えているプラントが、少なくない労力と資源を割いて水陸両用MSを製造してきたのは、地球連合の通商破壊と同時に港湾施設への攻撃を重要視しているからであった。

 MSによって港湾を襲撃し、ガントリークレーンや桟橋、物流倉庫などの港湾施設という名のインフラを破壊してしまえば、洋上における船団攻撃よりも効率的にかつ長期にわたって連合内部の流通網を麻痺させることができるからである。

 むろん、重要な港湾は厳重に防備されている。

 だが、水中及び陸上双方で高い戦闘能力を発揮するMSをもってすればその防備を突破することは十分に可能なレベルであった。特に通常の水陸両用車両と違って上陸場所に対する制限が著しく少ないことという運用の柔軟さがその一助となっている。

 実際に、ザフト水中MS部隊の強襲を受け壊滅状態に陥った港湾の数は両手の指では足りない。そのため、連合軍は各港湾施設防衛のため少なくない戦力をはりつけねばならず、それは効率的な兵力の運用を妨げ、遊兵化をきたす大きな要因となってきた。

 その主力を担ってきたUMF−4Aグーンは、艦艇や商船の破壊による海洋補給線の寸断及び沿岸拠点へ襲撃を目的として設計されたMSであるため、対MS戦闘はあまり得意ではない。一応、両腕に装備している533ミリ魚雷と胸部フォノンメーザー砲で一通りの戦闘は可能だが、 後継機種であるUMF−5ゾノが開発された経緯を見ても、その能力が限定されたものであることは容易に予測できる。

 だが、今次大戦初期に投入された機体であり、またその後の配備数から見ても、未だザフト水中用MSの主戦力はグーンであるといってよい。

 さすがにヘリオポリス崩壊からの一連の戦闘で連合製MSの性能の高さを自ら確かめることとなったザフトが、そのままの状態をよしとするわけもない。新型MSの生産に力を入れたこともあり、また地球連合の大規模洋上艦隊に殴りかかる今回の作戦では可能な限り新鋭機種を揃えたため、全体から見たグーンの比率は下がっていたが、それでもなお水中戦力の重要な一翼を担っていたことは事実である。

 

 そんな連合軍に牙を剥いていたグーンのうちの1機の機中で、パイロットがモニターに映し出されたアンノウンを意味するシンボルマークにいぶかしげな言葉が漏れる。

 「海中に高速移動物体?しかもこの反応は味方の機体ではない、だと?」

 センサーに捉えた反応は、味方ではなく、かといってライブラリーに登録されている如何なる敵兵器とも違っている。

 パイロットの脳裏を作戦前のブリーフィングで告げられた内容がよぎる。

 「まさか?連合の水中戦闘用MSか!?」

 連合がMSを実戦投入してきた以上、水中用MSもまた生産するであろうことは大半のものが予測していた。

 だが、それがいつになるという正確な予測はできるはずもなく、前線のMSパイロットに注意を促すことぐらいしか行われていない。

 だがそれは、いざ懸念が現実化した状態にはなんの助力にもならなかった。

 パイロットは初見参の機体に前に

 「この速度。ゾノと同等、いや上回るか!

  ナチュラルにこれほどの性能のMSが製造できるとは!」

 会敵してより詳細なセンサーから得た情報を基に推測される敵MSのスペックを映し出したサブスクリーンを見て唸る。

 こうなると新たな最高評議会議長パトリック・ザラが、ことあるごとにナチュラル蔑視を諌め、侮ることを止めるよう活動している意味が実感として理解できる。

 だが、その効果はあまり上がっているとはいえないのが現状だった。実際、彼も今の今までごく自然にナチュラルを見下していたからだ。それほどまでにコーディネイターがナチュラルを見下すことは当たり前だった。

 戸惑いの中、接近する敵機から放たれた魚雷の反応がモニターに現れる。

 「ちぃ!」

 とっさに迎撃の魚雷を発射すると同時に機体を全力で後退、さらに機体を深く潜らせる。水中衝撃波は基本的に上の方へ強く働く。それを避けるためには深度を下げるのが最適だ。

 回避運動を行ったそのわずかな間に相対速度が200ノットを軽く超えていた互いの魚雷がそれぞれの有効範囲に相手を捉え、内部の信管のスイッチが入る。

 ほぼ正面衝突のコースであった魚雷が相乗効果で巨大な水中爆発を起こす。

 爆発によって膨大な気泡と共に発生した激しい水流が一切のセンサーを無効化する。

 「くそ。見失ったか!」

 ただ、水流そのものはグーンにとっては敵ではない。機体形状を初めとする様々なシステムが水流を制御し、短時間で姿勢の安定をもたらす。

 それよりもむしろ、センサーから敵の見失ったことのほうが問題だ。

 センサーの感度を変え、急ぎ敵の反応を探す。わずかな時を置き、新たに反応を捉えた時には敵機はこちらへと突っ込んでくるところだった。

 「ばかな。こちらよりも速いだと?!」

 パイロットの口元から愕然とした声音が漏れる。

 

 グーンに正対する連合製水中用MSに乗るジェーン・ヒューストンがコックピットで叫ぶ。

 「いつまでも水中がお前らの縄張りだと思ってんじゃないよ!」

 愛機フォビドゥンブルーの推進力を最大限に開き、そのまま雄叫びを上げながら突進する。

 未だ乱流の残る海中だが、搭載されたセンサーの一部がおおよその敵機の位置を把握している。

 敵の反応は明らかにこちらを追いきれていない。水流に対する対応能力はグーンよりもゲシュマイディッヒ・パンツァーの力場によって周囲の水分子に干渉できるフォビドゥンブルーのほうが上だ。

 「跡形もなく潰してやる!」

 猛り狂うパイロットの意識が乗り移ったかのようにフォビドゥンブルーが突進する。

 

 「ナチュラル風情が!甘く見るな!」

 自らを新人類と信じてやまぬコーディネイターとしての矜持ゆえか、あるいは命の危機に追い込まれてもなお止まぬほどナチュラル蔑視の意識が強いのか。

 敵機の行動を予測し、自機を最適と思われるコースに乗るよう操縦桿を操作する。

 どんな感情を燃料にしようが萎縮するよりは遥かに良い。身体が動けば反撃の機会はある。何より、機体性能が上であろうとも無敵のはずがない。

 自身を鼓舞し、現時点でもっとも有効であろうフォノンメーザーを叩き込むべく、最適と計算されたタイミングで姿勢を制御、射界を取る。

 だが、想定以上の相手の速度に目算が狂い、最適な位置取りをするまえに機体同士がすれ違ってしまう。その際の水流の擾乱が再び機体を激しく振り回す。それと同時に何度も鈍い衝撃が走るのを感じパイロットは臍をかむ。

 「くっ。奴もフォノンメーザーも備えていたのか!」

 すれ違いざまに装甲を切り裂かれ、機体各所で浸水していることをモニターが告げている。応急対処を施しているが、どうやら一部は相当に深く切り裂かれたようだ。これ以上の戦闘行動継続は極めて危険だ。すぐに後退した方がいいレベルの損害を受けている。

 だがしかし、こちらの放った胸部フォノンメーザーはどうやら敵機のこちらを上回る運動性によって避けられたようだ。となれば、相手が傷ついたこちらを逃がすはずがない。

 「くっ、やはり速い!」

 予想通り既に敵機が旋回を終えてこちらへと向かってくるのがセンサーに映っている。

 おそらく、これまでに蓄積された対グーンの戦闘データを有効に活用しているのであろう。それに対しこちらは向こうの性能を知らない。得意な戦闘距離も、装備している武器も、戦闘続行可能時間も何一つ分からない。未知の新型機と小規模な改修を施しているとはいえ基本機能が知られた既存機を相手にするのでは、その難易度は格段に違う。

 「ぐあ!」

 凄まじい揺れとその後の強烈な水流によってシートベルトに押さえられた身体が縦横に振り回される。機体の損傷を告げるマークの数がさらに増し、刻々と戦闘限界が迫ってくることが肌身に感じされる。

 未だ致命傷を食らっていないのは、ひとえにこれまでに積んできた戦闘経験の賜物とちょっとばかりの幸運だ。だが、運はいつまでも続かないし、損傷に耐えるのにも限界がある。

 振り回された痛みに耐え、何とか残っている腕部魚雷を発射するが、相手に余裕を持って避けられてしまう。

 「くそっ。ナチュラルのくせにいい動きをしてやがる!」

 もし眼前の機体が大量にこの戦場に投入されていたとしたら、あるいは戦いの趨勢そのものに大きな影響を及ぼしたかもしれない。

 そんな考えが彼の脳裏を走る。逃れられない死を前に思考が奇妙な働きを見せたのだろうか。だが、そんなかすかな戸惑いを他所に思考は進む。あるいは形を変えた走馬灯であるのか。

 この段階に至るまで連合の水中用MSが実戦投入されたとの情報は聞いていない。また、この場においても我らザフトが優勢に戦いを進めていることは戦場の推移から推察できる。

 おそらくは、この敵MSは未だ量産される前の試作機か先行量産型なのであろう。

 ならば、ここで自分の命が失われようとこの戦いに勝利を収めるのは我らザフトであることに疑いはない。

 「だが、このまま無駄死にだけはできん!」

 既に損傷は深刻なレベルにまで達し、コックピット内部にも浸水が始まっている。このままではあと数十秒ももたない。そして自分が生き残る可能性はほぼ0に等しい。ならば、少しでも多く敵に損害を与え、味方の助けとなろう。

 奇跡的にまだ生きているソナーが捕らえていた手近な目標に向かって最後の切り札である、頭部スーパーキャビテーティング魚雷を2発とも発射する。シーカーに十分な敵情報を流し込めない緊急発射となったが少なくとも片方は命中するはずだ。

 1機のMSと1隻の艦艇。

 引き換えにするには十分だ。

 だが、まだすべきことは残っている。残された力を振り絞ってなんとか非常用のスイッチを押し込むと、力尽きたようにシートへとへたり込む。

 大きな損害を受けた機体だったが、パイロットの最後の願いを託した機能は幸いにしてちゃんと機能した。

 機体から最大出力で特定の波長を発したのだ。少なくとも周囲数十キロ四方の海中に存在するものたちは、間違いなくこの音をキャッチしたことだろう。

 かすんだ視界に、瀕死のはずの機体に味方の艦を攻撃され、パイロットの怒り狂った様を体現するかのように連合の水中用MSが襲い掛かってくるのが見える。

 「へっ、ざまあみろ」

 そうあざけった次の瞬間、彼の意識は永遠の闇の中へと旅立っていった。

 

 

 「これでようやく2機目、か」

 激闘を制し、ほっとひとつため息を吐いてジェーンは身体の力を少しだけ抜く。

 今しがた撃墜したグーンも最後の最後でやらかしてくれた。最後の魚雷に狙われた艦は結局逃げ切ることができず、船体に大穴開けられ、大車輪で注排水作業を行っている。轟沈しなかっただけ幸運だったといえるだろうが、この状況で最後まで生き残れるかは正直なところ難しいだろう。

 やはりザフトのMS部隊は手強い。

 それをしみじみと感じる。何しろ連合においてエースパイロットに位置づけられる彼女でも敵MSを簡単には撃破できない。機体の性能そのものは間違いなくこちらの方が上である。にもかかわらず、梃子摺る。

 それが今のザフトの水中用MS部隊と連合の水中用MS部隊の練度の差なのだろう。

 今のザフトには開戦初期から戦い続けてきた熟練の水中用MSパイロットが多数いる。そういったパイロットたちが操る機体は動きに無駄がなく、損傷を受けてもぎりぎりのところで離脱したりあるいはおもいもよらぬ反撃を繰り出してくる。

 それらは、やはり自らの操る機体を知り尽くしているからこその操縦なのだろう。恨み辛みはともかく、自機を本当の手足のごとく操るその術には、純粋なパイロットの技量として敬意を表さざるを得ない。

 だが、その事実は連合軍にとってあまり芳しいものではない。

 もともと陸戦でチームとして動くのならともかく、空戦や海戦ではMSパイロットが個人で全てを操作することが多いため、パイロットの能力差が顕著に現れやすい傾向がある。しかも、後方からの管制を受けられない状態ではよりその傾向が顕著になる。

 そのような状態でのこれだけの練度の差は痛い。

 本編において、戦争終盤に連合軍水中用MS部隊がザフトに対して優位を保てたのは、連合軍側の個々の機体性能および戦力の優劣もさることながら、アラスカ攻略においてザフトの熟練MSパイロットの大半が失われてしまったことが何よりも大きい要因だということを欠かすわけにはいかないだろう。

 逆に言えば、多くの熟練パイロットが残存している今のザフトを相手取るには、戦力の整っていない今の連合軍水中用MS部隊にとっては荷が重すぎるというのが正直なところだ。

 

 だが、作戦が長引くにつれ、ザフトの介入を強く懸念するようになった総司令官ロバート大将が、少しでも前線部隊を補強するために自らの権限を可能な限り行使し、片っ端から強引に部隊を引っこ抜いた結果、ジェーンと彼女が率いる部隊はいまオーブ近海にいる。

 幸いにして今のところ、奇襲効果もあってザフトの水中用MS部隊には一定の損害を与えることに成功している。

 どう冷静に見積もっても、ザフトがオーブ近海に投入した戦力は、純粋に数値のみで言えば連合軍のそれよりも相当劣る。

 如何にパナマ攻略に用意した戦力を流用したとはいえ、わずか二ヶ月足らずの間をおいてそれほど大規模な戦力を運用するのはザフトにとっても決して楽なものではない。

 海上船舶そのものは、カーペンタリア基地建設後に大洋州連合に協力することで結構な隻数の輸送船が建造されている。だが、文字通りの地球圏の覇者と呼ぶに相応しい規模を誇っていた大西洋連邦やユーラシア連邦の商船団に比べれば、弱小といわざるを得ない。

 もっとも、その船舶を持ってインド洋の海上交通線を維持しているのだから決して馬鹿にすることはできない。

 はるか38万キロ先の宇宙に浮かぶプラント本土から軍需物資を大気圏を越えて運んでくるのと、わずか数千キロをゆっくりとした速度とはいえ海上を運んでくるのとではその難易度は桁違いといえるだろう。幸いにして限定的な制宙権をザフトが有しているおかげで、プラント−地球間の輸送に支障は生じていないが、もし月の連合軍宇宙艦隊が活発に活動できるようにでもなれば、プラント−地上間の補給線維持の難易度は飛躍的に上昇するであろうことは誰の目にも明らかである。。

 実際のところ、カーペンタリア基地を通しての梃入れで、大洋州連合の生産力や技術は向上の一途をたどっている。また、大洋州連合の軍事力は正面に出ず、周辺海域の制海権と制空権の維持がメインであるため損害も微々たるものでしかない。

 前議長であるシーゲル・クラインの外交手腕もあって、現在までのところ、双方の関係はまずWin−Winであり、プラントにとって大洋州連合という地上の友好勢力を得ることができたのは、例え相手方の下心がいかなるものであったとしても、非常に貴重な存在であったことは間違いないであろう。

 

 なお、この世界ではザフトによるアラスカ攻略が行われておらず、それに伴ってのザフトの地上戦力激減も起こっていない。

 そのため、ザフトの地上部隊の猛威はその勢力をとどまるところを知らず、その猛威に対する恐怖が地球連合のMS開発を促進するという奇妙な結果を招いている。

 その中でも陸上及び宇宙で使用できるストライクダガーの開発終了後に、もっとも開発に力が注がれたのは水中用MSである。

 それはボズゴロフ級と水中用MS部隊の組み合わせによって行われる通商破壊が、それほどに厄介な代物であるということを意味していた。

 本編では、アラスカにて水中用MSの大半が失われたため、それ以降の連合軍の海上通商路における被害が劇的に低減するという流れになった。だが、この世界ではパナマ攻略にて若干の数が失われただけで、それ以外の動員された機体は全て残存している。結果として、ザフト水中用MS部隊はそれ以降も元気に地球連合の数多の輸送船を沈め、さらに場合によっては沿岸部の港湾施設攻撃を継続している。

 世界地図を改めて見直してみれば、ザフトの陸上戦力はアフリカ大陸、オーストラリア大陸、中東及び西ヨーロッパの一部に偏在することが分かる。C.E.71年5月のパナマ攻略によって初めて南北アメリカ大陸に明確な拠点が築かれたが、それ以前の戦況分析では、大西洋連邦にとってザフト水中用MS部隊こそが、最優先で対処すべき相手であるという認識を持った軍人は決して少なくなかったのである。

 オペレーション・スピットブレイクが当初の予定通りパナマ攻略に当てられた影響もあって、本編では4機しか製造されていないフォビドゥンブルーもこの世界では3倍の12機製造されていた。予算を数倍投入してでもザフトの水中用MS部隊に対応する手段を用意するという流れにフォビドゥンブルーの生産も巻き込まれた結果である。

 もっとも、ロバートがフォビドゥンブルーを擁する部隊をダーレスの下に送り込めたのも、数を増した生産数があったればこそである。当初の生産数ではさすがに無理を押し通しても得ることはできなかったであろう。

 むろん、予算増強によって強化された開発の流れはフォビドゥンブルーだけに留まらず、その後継機種であるディープフォビドゥンの開発・生産も史実よりやや早められ、生産数も大きく増加する形で戦力整備が進んでいる。

 ただし、いくら開発・生産が早められたとはいっても限界はある。

 そもそも新型機の習熟・完熟には一定の時間が必要なのは軍事上の常識である。通常は、教導部隊などに先行量産機などが配備され、実戦に向けた訓練と運用方法の研究が行われる。兵器を操るパイロットが自ら操る機体について一定の知見を有するまで、新型機が実戦配備されることは本来であればありえない。これらのステップを経ないで、即実戦に投入されたものは大概がトラブルを起こし、満足な戦果を上げることはできず、惨めな結果に終わることがほとんどである。

 そのような常識を破れるのは、数多のパイロットたちの中に存在するごく一部の天才と呼ばれるものたちと、そしてナチュラルを大幅に上回る習熟速度を持つコーディネイターしかいない。

 ブルーコスモスに属するナチュラルが、コーディネイターを嫉妬し、憎悪する理由のひとつもその辺りにあるのだろう。同じナチュラルの中でも、自らが苦労して身につけたスキルを易々とマスターされれば不快感を覚えるものは多い。ましてやそれが、ブルーコスモスいわくズルの結果とあれば何をか言わんや。

 ただ、連合軍の量に対し、質で対抗しているザフトが未だ拮抗していられるのも、コーディネイターの習熟速度の速さが要因のひとつであることは間違いない。

 一方で、コーディネイターほどの習熟速度を持たないナチュラルは地道に座学と訓練を繰り返すしかない。早道やゲームの世界のような裏技は存在しないのである。従って、どうしても今行われている戦闘に間に合わせたければ、既に一定の訓練を積んでいるものたちを引っ張ってくるしかない。

 ジェーン率いる連合軍水中用MS部隊は、そうして結成された極めて貴重な部隊であった。だからこそ無駄に失われるようなことがあってはならない。そのことは部隊のパイロット自身もよく承知している。

 

 「ん?」

 センサーが接近する水中航行物体を感知し、注意を促すアラートが上がる。ただし、水中という環境から音ではなく光を中心としたアラートだ。

 それを受けたジェーンにはさほど慌てる様子はなく、すぐさまアラートを消す。

 それは接近する機体がほぼ間違いなく自分のパートナーであることを知っているからだ。

 今回のオーブ攻防戦に連合軍水中MS部隊が投入されるにあたり、ジェーンとその部下たちはいわゆる2マンセルを採用し、1機が攻撃を行っている間はもう1機が周囲の警戒にあたるようにしていたのだ。

 今回の戦闘に関する限り、水中においてはザフトの方が物量に優る。そして物量の持つ力を誰よりも理解しているのは、その力でザフトの質と対峙している連合軍の将兵たちであったのだ。だからこそ物量の持つその危険を少しでも減らすため、効率が悪くなることを承知の上でこの戦法を選ぶよりなく、そして今のところ、この戦法は問題なく運用されていた。

 やがてパートナー機が一定の距離まで近寄ったところでジェーンに通信が入る。

 「隊長、片付いたようですね。最後は随分と派手でしたが」

 「ああ。最後に盛大に道連れを作ってくれたよ」

 多少の皮肉交じりに慰めてくる部下の通信に応える声にどうしても険が混じる。それに気づき、このままではいけないと気分を落ち着けようとジェーンは他の部下の様子を尋ねる。

 「他の連中はどうだ?やられた者はいないようだが」

 「これまでは順調でしたが、どうもこちらの存在に気づかれたらしいですね。

  ゾノがグーンの前面に出張ってきています」

 「そうか。まあいつまでも隠し通せるとは思っていなかったけど、やはり対応が早いね」

 ジェーンは舌打ち混じりに応じる。ザフトの対応がこちらの予想よりも早い。やはり、相手のほうが水中でのMSによる機動戦に一日の長があるのと多数の熟練兵を有しているせいだろう。

 「当初の命令ではグーンを優先的に叩くことになっていますが、こうなってはゾノを相手にするのもやむを得ないのではないでしょうか?」

 今後の見通しにやや暗い想いを抱いていたジェーンを他所に、部下は好戦的な意見を告げてくる。やれやれと思いながらもたしなめるよりない。

 「可能な限りゾノは相手にするんじゃない。面倒だけどそういう命令だからね。

  何とかグーンを狙いな」

 「・・・了解です」

 部下の返事には果てで聞いても判るほど不満が込められている。

 まあ、それも仕方ない。攻撃対象を限定される不本意な戦いをしているのだから。

 ゾノは出来る限り避け、グーンを集中的に狙う。

 艦艇の立場からみればこれまで何度も煮え湯を飲まされてきたグーンを重視する気持ちは分からなくはない。

 またグーンのほうが数が多く、機体性能もかなりのところを把握しており、ゾノを相手にするよりも勝率が高い。そういった理屈はジェーンもきちんと理解している。だからこそこうして命令に従っているのだ。

 だが部下同様、彼女自身も認めたとはいえ決して心から納得しているわけではない。

 部下も含めてだが、ゾノを相手取っても負けるつもりはさらさらない。それだけの訓練は積んで来たつもりはあるし、機体性能もおそらくこちらのほうが上だ。

 だから、正面からでも撃破する自信は十分にある。それゆえ不可抗力という言い訳の下、ゾノとの交戦を認めてもかまわないのではないかという悪魔のささやきがジェーンに常につきまとう。

 その一方で、指揮官教育で叩き込まれたプロフェッショナルとしての意識が命令の遵守を求めてもいる。

 何度も言うが、この戦場で投入されている水中用MSの数は連合軍側が圧倒的に劣っている。そんな状態でガチンコ対決などをしている余裕はない。戦闘の目的と目標を忘れてはならない。1機でも多く敵MSを撃破し、味方艦艇の脅威を減じなければならない。そう言っている。

 ジェーンの理性は悪魔の囁きを振り切り、しぶしぶながらも自身の置かれた状況を認め、不満を隠そうとしない部下と共に再びグーンを探して海中を進んでいく。彼女の戦いはまだ始まったばかりなのだ。

 

 

 現場の将兵が不満を抱きながら戦っているとはいえ、これまで連合軍船舶の天敵に等しかったザフト水中用MS部隊が損害を受けている事実は、連合軍艦隊将兵に喜びを持って迎えられていた。

 「特務MS小隊、ザフト水中MS部隊への奇襲に成功!」

 「良し!」

 「やった!」

 「ざまをみろザフトめ!」

 劣勢が続く中に訪れた久々の朗報に、戦闘指揮センター各所から歓喜の声が沸く。

 おそらく、ザフトの介入開始からこっち、一方的に押されるだけの状況が続いていたため鬱屈したものが溜まっていたのだろう。本来なら司令部要員が戦場の枝葉にすぎない結果に一喜一憂するようなことがあってはならないのだが、司令官も首席参謀も劣勢下における将兵の気力の復活には必要なことと判断しているのか、それを咎める様子もない。

 実際その効果はあったのか、心なしかその後の命令を伝達するオペレータの声音が弾んでいるように感じられる。

 未だ劣勢であることに代わりはないのだが、やはり人にはどんな場合でも希望が必要ということなのだろう。ちょっとしたことでも気力を呼び起こす起爆剤になり、まだまだ戦うことが可能となる。

 だが、下の者たちは吉報に素直に喜び目の前の任務に注力すれば済むが、上の立場にあるものたちはそうとばかりもいってはいられない。

 集まった情報を吟味し、大局的判断を下さなければならないのだ。

 「特務MS小隊もよくやってくれているが、やはり最後は数がものを言うか」

 「はい。敵MSを撃破している間も味方艦艇の損害は止まりませんからな」

 「それにザフトもこちらが隠し玉を投入したことに既に気づいているだろう」

 「ほぼ間違いなく。既に撃破した敵MSから特定の波長の音波が発せられたことを確認しています」

 ザフトも連合軍が水中用MSを開発していたことはおそらく掴んでいたはずだ。少なくともオーブで極秘裏に開発されていたMSを察知し奪取に至るだけの情報収集能力を持っている以上、そういう前提で考えるほかない。

 問題は、こちらの水中用MSの実戦投入をザフトがいつごろと見積もっていたかだ。早めの投入を予測していれば、そのための備えをこのオーブ攻防戦にしてきただろうし、そうでなければより一層の戦果が見込める。ただし、これまでのザフトの戦いぶりを見る限りそう長くは優位を保てまい。まず間違いなく適応し、反撃してくるだろう。

 

 既にオーブ侵攻艦隊が被った損害は大きい。このままオーブ侵攻を続行するのは至難のわざと言えるほどに傷ついている。だが

 「仮に敗退するにしても少しでもザフトの出血を強いておく必要がある。

  さもなくば、最悪の場合北米への直接侵攻すらあり得ない話ではない」

 ダーレスの指摘に反駁するものはいない。誰もが可能性としてあり得ると理解しているからだろう。

 これまでの一連の戦闘で大西洋連邦の洋上機動戦力は著しく消耗している。そして海上からの攻撃を抑えていた洋上戦力が消耗したということは、ザフトの行動が活発化してもそれをどうにもできないということになる。

 むろん、全面的な侵攻はさすがに今のザフトでも補給が続かないだろう。だがそれは限定的な侵攻であれば十分に可能ということになる。

 単純なヒットアンドウェーでも地域の住民に恐怖を与えるには十分すぎる。

 ましてや軌道上からの攻撃ではなく、海からの侵攻を受けた国民がどれほど大騒ぎになるか考えるまでもない。衛星軌道上からの攻撃を抑えられないことであれほど政府を攻撃したのだ。さらに危険を感じさせる海からの直接攻撃に過剰反応することはまず間違いない。そして、民主国家の指導者はスポンサーのそれと同様に国民の意向を無視することはできない。むろんスポンサーたちも何らかの対応を取るよう圧力を加えることは間違いないだろう。何しろ彼らの財産が直接脅威にさらされるようになるのだから。

 そんな沈痛な雰囲気の中にベイスがにやりと口の端を吊り上げつつ

 「まあひょっとすると直接的な危機に晒されれば、政治家連中ももう少しまともな判断を下すようになるかもしれません」

 とブラックジョークを放り込む。

 参謀陣が思わずといったように失笑を漏らすのに

 「私は更に無茶な命令が出るほうに賭けるが?」

 とまじめくさった表情でダーレスが返すと

 「自分もです。賭けになりませんな」

 とこちらも真面目くさって応じる。そのとたん、漏れる笑いが一回り大きくなる。

 たとえ窮地にあってもこうしたユーモアを忘れない。それがアングロサクソンの系譜に連なる者たちの伝統なのだろうか。

 今こうしている間にも海中、海上、空からの立体攻撃は着実に連合軍戦力を削り続けていた。

 単体の戦闘能力、しかもそれを操る兵の練度のいずれも優る敵を相手取ることは、戦場において悪夢にも等しい。ましてや、今回に限り連合軍の最大の優位である物量をうまく活かせないのだから最悪だ。

 それでも、戦場に踏み止まった連合軍の底力は賞賛されるべきであり、敢然と戦い続けた連合軍将兵の献身は、何者にも否定できない。

 たとえそれが、いわゆる主義者という万人に認められることのない主義主張を持った人間を含んでいたとしてもだ。

 だが、そんな窮地に追い込まれてもユーモアを忘れない彼らに何らかの恩寵があったのかオペレータから更なる吉報が寄せられる。

 「敵主力部隊の侵攻がほぼ止まっています!

  味方MS部隊が敵の先鋒を止めているようです!」

 

 

 

 「くっ!マシンガンを選択したことが仇となったか!」

 攻撃を避けながらクルーゼが呻く。

 その間にも目まぐるしくスロットルの開閉及び背部の羽のコントロールを行い、機体を小刻みに機動させ続ける。身体に掛かるGは不規則に変動し、シートベルトに力づくで押さえられる。

 「ちい!」

 牽制に放ったマシンガンの銃弾は敵の装甲に完全にはじき返される。

 「くっ。やはりPS装甲か!」

 効かないと分かっていても攻撃の手は緩めない。

 客観的に見て、航空戦の場合、単位時間当たりに多くの弾をばら撒ける兵装のほうが使い勝手がよい。

 ゆえに、オーブ攻防戦介入前の段階で少量のビームライフルが部隊に回ってきていたが、クルーゼはこれまでの戦訓からあえてディンの兵装としてマシンガンを選択していた。

 もともとザフト航空戦力の中核を担っているディン部隊の兵装は従来通りの実体弾を用いるものが主力で、新型の互換性のあるビームライフルを装備している機体は限られた数しかいなかった。

 その理由は大きく分けて2つある。一つ目がザフト宇宙軍に配備が進んでいるゲイツに向けての供給が重視されていること。二つ目がザフト地上軍の既存の補給物資の蓄積状況がある。特に本国から遠く離れ、前線に近くなればなるほど物資の備蓄状況は非常に重要な要因となり、結果としてザフト地上軍へのビーム兵器の供給は総じて低調に推移しているのが現状だった。

 そのような背景もあったクルーゼの選択であったが、その選択が今このときに限ってはクルーゼを苦しめていた。

 むろん彼の選択が誤りであったというわけではない。この戦いでも、クルーゼはマシンガンの持つ特徴を活かした攻撃で多数の敵機を撃墜してきている。その戦果は決して小さなものではない。むしろ、連合の防衛網を切り裂くのに十二分に役立ったといえる。

 だが、今相手をしているPS装甲の改良型と思われる装甲を備えた2機の敵MS、すなわちレイダーとフォビドゥンは、こちらのマシンガンの攻撃をまるで受け付けない堅牢さを見せている。

 唯一攻撃が通じるとすれば、TPS装甲に覆われていないセンサーや関節部などに命中した場合のみだけだろうが、そんなラッキーヒットは少なくとも2対1で追い込まれているような状態ではめったに生じるものではない。

 次世代Gであるこれらの2機は攻撃力だけでなく運動性も高い。全面的に性能の劣るディンで相手取るのはさすがのクルーゼでも簡単なことではなく、牽制攻撃を仕掛け、敵の攻撃のタイミングを邪魔することで何とか生き延びているのが現状だ。

 「おのれ。世界はどこまでも私の進む道を塞がんとするか!」

 彼の口元から軋むように呪詛が漏れるが、今はこの場をしのぎ生き残ることが先決である。こんなところで死ぬつもりなどクルーゼには欠片もない。それゆえ、回避運動と牽制攻撃に終始し、状況の変化を待っている。

 

 クルーゼが苦闘するに至ったそもそもの原因は、連合軍がアスラン率いる別働隊よりも戦力的に優越するザフト本隊の迎撃をより重視したことによるものだ。

 確かに別働隊が有する未知の新型MS4機の性能は破格であったが、逆に言えばそれ以外の機体は既知のMSである。となれば、推定ではあるが別働隊と本隊、双方のおおよその戦力査定を下すことはできる。

 そして、その結果としてザフト本隊により手厚い戦力をぶつけることを決断し、さらにはそれまで投入していなかったイレギュラーな戦力の投入も決断したのである。そう、レイダー、フォビドゥン、カラミティの3機の投入だ。

 だが、案の定というべきか、事前の司令部の懸念通り彼らを用いた統制された迎撃は無理だった。

 最初は何とか指示に従っていたが、視界に敵が入り戦闘を開始するとまるで暴走のスイッチが入ったかのように目前の戦闘に全力を投入してしまった。その後も、ほとんど管制の指示に従うことはない。追い散らすだけで十分、他の押されている空域へ移動するようにといった命令にはまるで従わない。

 特定の敵機を追いかけ暴れまくるレイダーとフォビドゥンによって、艦艇の対空砲による迎撃を始め、味方の迎撃を邪魔されるようになり、投入を是とした司令部要員がそろって頭を抱える羽目になってもいた。

 だがしかし。

 撃破されるディンの絶対数は増えた。そのことに疑いはない。

 その点からみて、ザフトと連合軍のキルレシオは確かに改善したといえるだろう。まあ、連合軍の被害低減に役立っているかというと疑問符が付くことにこちらも疑いはないだろうが。

 もっとも、肝心のパイロットは司令部や周囲のことなど眼中になく目の前の小賢しいディンを落とすこと全力を注いでいた。

 「こいつ、いい加減に落ちろぉ!」

 シャニ・アンドラスのいらただしげな叫びとともにフォビドゥンのフレスベルグが発射されるが、巧みに位置取りを変えるクルーゼのディンには当たらない。

 ぎりりっとシャニの口元から軋んだ音が上がる。

 「いつまでもいつまでも!うざったいんだよ、てめえは!」

 続け様にフォビドゥンのフレスベルグが発射されるが、これもディンを捉えることができない。かえって精確さの落ちた攻撃になり余裕を持って回避されてしまう。

 ぎりぎりぎりと口元から発せられる軋みが一層ひどくなる。怒りのあまり眼は充血し、首筋や額の血管がくっきりと浮かび上がっている。

 「があぁぁぁぁぁ!てめぇぇぇぇぇ!!」

 獣じみた咆哮と同時に自機の武装を乱れ撃つ。エネルギーゲージがぐいぐいと凄い勢いで減っていくが、シャニの目にはそんなものはまるで入らない。ただひたすら目の前の敵を撃破することだけを求める。

 急激に変化した人の理とは違うある種の獣の理にのった攻撃は、クルーゼをもってしても完全には回避しきれなかった。

 直撃こそ避けたものの、機体をかすめた攻撃によって損傷を被ってしまう。

 そんな苦戦する隊長機の様子に

 「隊長、援護します!」

 そうクルーゼの機体に連絡を入れつつ、1機のディンが回り込みながらフォビドゥンに向けてマシンガンで援護射撃を行う。

 あえて狙いを定めず、広い範囲にばら撒かれたマシンガンの銃弾の一部がクルーゼを追尾していたフォビドゥンに命中する。

 通常であれば十分な援護になっただろう。だがしかし、次世代のGが散発的に放たれただけの銃撃を被弾したくらいでどうこうなるはずがない。ましてや命中した箇所はTPS装甲の上だ。ほとんど傷付けることすらできず、銃弾は弾かれるだけに終わる。

 だが、機体と異なり操縦するパイロットは自らの機体が攻撃を受けたことに激怒した。

 「てめぇ、邪魔をするんじゃねぇ!」

 唯でさえクルーゼを落とせないことでいらついていたところに、邪魔されたことで狂貌を一際歪ませながら機体を傾けフレスベルグを撃つ。

 まるでのたうつ蛇のように曲射された一撃は、クルーゼ機を援護し離脱にかかっていたディンを完璧に捉える。

 「そ、そんな!く、クルーゼ隊長ォ!」

 パイロットの絶望の叫びと共にディンは爆発し、粉々になった欠片が南洋の海へと散っていく。

 「はっ!ごみはごみらしくしてればいいんだよ!」

 溜まった鬱憤を少しだけ払うことが出来たシャニがその様子を笑いながら見下ろす。

 だが、クルーゼという稀代のエースパイロットを相手にそんな隙を見せるような行為は明らかに致命的だった。

 「敵を落としたくらいで動きを止めるとは、機体の性能をパイロットが引き出せていないようだな!」

 落とされた部下のことなど既に気にすることなく、これまで放ち続けてきた牽制攻撃ではなく、狙撃するための時間を得たクルーゼが嘯く。

 「装備の優劣だけで戦いの勝敗が決まるわけではないことを知るがいい!」

 宣言と共に放たれた狙い済ましたの一撃がフォビドゥンの頭部センサーに直撃する。

 「がぁぁぁ!?」

 メインカメラが粉砕され、ブレードアンテナが弾け跳ぶと同時にシャニの怒りの咆哮が上がる。

 冷静に判断するならば、狙い済ましたとはいえクルーゼの一撃による損傷そのものは致命傷には程遠い。

 だが、それ以降のフォビドゥンの攻撃には際立って粗さが見られるようになる。メインとなるセンサーの損傷のほかにも明らかにパイロットの頭に血が上って冷静な操作ができなくなっていることが手に取るようにクルーゼには分かる。

 「やはり機体に比してパイロットは未熟ということか」

 確かに攻撃そのものは激しくなっている。だが精確さは間違いなく落ちていた。

 むろん、振るわれている攻撃の威力は被弾すれば即戦闘不能ものだ。しかも相手はフォビドゥンだけではない。高速で飛び回り攻撃を仕掛けてくるレイダーも同時に相手にしなければならないのだ。

 メインセンサーを損傷し、攻撃の精度が低下したからと気を抜くようなことがあれば、たちどころに撃墜されることは間違いなかった。

 だが、フォビドゥンの雑な攻撃が唯でさえないに等しかった連携をマイナスに至らしめるようになっていることが、クルーゼに一定の余裕をもたらしていた。一撃、一撃を確実に避ける。後は時がくるのをそのまま回避機動を行いつつただひたすらに待てばいい。

 もっとも、クルーゼほどの腕を持たない他のパイロットが荒れ狂うフォビドゥンとレイダーに捕まると1機、また1機と撃墜されていく。

 その様子を直接目にしてもクルーゼは眉一筋動かさない。今は自分が生き残ることが最優先と割り切っている。

 そして我慢の時は報われ、程なくクルーゼの待っていた時が訪れた。後方から放たれたビームライフルの光条が複数、レイダーとフォビドゥンを掠めたのだ。

 「ようやく来たか!」

 眼前の光景。それはすなわち後続の精鋭部隊が先端部に追いついてきたことを意味する。

 予期せぬ攻撃に、明らかにフォビドゥンとレイダーのクルーゼへの集中力が落ちている。それを見澄ましてクルーゼはこれまでにはない大胆な動きで2機と大きく距離を開ける。

 それを見た2機が慌てて距離を詰めようとするが、新たに放たれたビームの光条がそれを妨げる。

 クルーゼの考えていた通り、ビーム攻撃に対しても高い防御能力を発揮するフォビドゥンはともかく、レイダーはこれまでのような強引な戦闘機動はできなくなっている。それどころか、ビーム攻撃を確実に回避するために周囲への警戒を怠ることができなくなり、これまでのようにクルーゼ機に集中することは不可能となっていた。

 こうしてビームライフル装備のディンが到来したこと、敵のうちレイダーをほとんど相手取らなくてもよくなったことで、クルーゼにも一息つくだけの余裕がもたらせるようになった。

 クルーゼが待ち望んでいた通りの結果になったわけだが、このまま勢いに乗って反転攻勢、というわけにはいかない。

 次世代Gを2機相手取った激戦は、クルーゼの機体にも確実に無理を強いていた。

 幾度となく繰り返した限界を超える強引な回避運動で機体の関節部にはがたが来ていたし、マシンガンや散弾銃といった主要兵装は、いずれの残弾も心もとなく、戦闘を続行することは事実上不可能だった。

 少なくとも整備を受け、弾薬を補充しなければどうにもならない。むろん彼の機体だけでなく彼に付き従ってきた部下たちの機体にも補給は必要だ。さらにフォビドゥンとレイダーの攻撃によって撃墜されたことによる部隊の再編も必要である。

 ビーム攻撃にひるむことなくなおも襲い掛かってこようとするフォビドゥンの出鼻をくじくように残された弾を叩き込むと、クルーゼはすぐさま後方のビームライフル装備のディン部隊の後ろへ逃れ、揮下に対して後退命令を発する。

 「クルーゼ隊各機に告ぐ。補給のためクルーゼ隊は一度後退する。

  戦闘は周囲の味方機に任せ、速やかに所定の海域まで移動せよ」

 彼が戦線に復帰するまで連合軍が踏み止まっているかどうかは不明である。だが、これまでの戦果だけでもクルーゼの勇名を馳せこそすれ損なうようなことはあり得ない。

 冷徹な判断の下、クルーゼは部隊を引かせることを決断した。その冷徹な判断はさすがは歴戦の指揮官というよりなかった。

 その後、クルーゼ隊は損害を重ねることなく、きっちりと後退することに成功する。が、敵部隊の先鋒が後退したその様子は連合軍もまた把握していた。

 

 

 

 「ザフト主力部隊の一部が後退に移っています!」

 一時の吉報後、再び劣勢を告げる情報に埋め尽くされていた司令部に、再度吉報がもたらされ周囲から喜びの声が上がる。

 一部のものがより詳細を調べると確かにこれまで先鋒を担っていた一部のザフト部隊が戦場からの離脱を図っている様子が見て取れた。それは速やかに戦況を表示するスクリーンに反映され、より多くのものが喜びに浸ることになる。

 だが、いつまでも浮かれた気分でいてもらっては困る。状況は依然として厳しいままなのだ。

 ダーレスはすっと姿勢をただし、場を締めようとしたところでベイスに目で制された。確かに度々司令官が口を出すよりも主席参謀が行ったほうがいい。一瞬のうちに目だけで意を通じるとベイスが室内全てに響き渡るように声を上げた。

 「気を抜くな!敵部隊全てを撃破したわけではない。

  後退した連中もやがて戻ってくるぞ。こちらの残存戦力の確認と再編成はどうなっている!」

 「索敵、周囲から目を離すなよ。一度引いたと見せて回り込むなどという行動を平気でやってくる連中だぞ。これ以上好き勝手をさせるな!」

 「損傷した艦の後退状況は?進捗の遅れはどの程度だ?」

 立て続けに下された命令に応えるべく、それまでの浮かれた雰囲気が引き締まり、プロフェッショナルとしての行動が随所で蘇ってくる。

 その様子を見ながら「あるいは、我々は敗れるべくして敗れるのかもしれんな」とダーレスは、更に矢継ぎ早に指示を出すベイスを見ながら脳裏の片隅でそう考える。

 本来、軍というものは正義あるいは大義を与えられない限り、その本分を果たすことができない。

 郷土の防衛、暴君の打倒、聖地の奪還、民主主義の防衛・・・

 はっきり言ってお題目は何でもかまわない。とにかく、信じるに足る正義あるいは大義が軍には必要だ。なぜなら、軍隊を構成する人員はあくまで良識ある人間なのだから。

 何の正義も大義もないまま、武器を取って、自らの命を担保にするような勇気、あるいは狂気を一般の人々は持ち合わせてはいない。

 正義を与えず殺し合いという究極の恐怖に向かわせるには、かつて存在した全体主義国家のように国民全体を洗脳するぐらいしか方法はない。

 もっとも、正義を与えることもある意味では洗脳に近いのかもしれないが。

 そういう意味では、古来より優秀な指揮官あるいは政治家に雄弁家が多いのも偶然ではないといえる。人々を戦いに駆り立てるにはには、弁舌をもって戦いに赴くものに正義を与えることが必須であったということなのだろう。

 翻って、今回の侵攻作戦はどうか?

 もしオーブがプラントに組したというのであれば、一般の将兵もそれほど戸惑わずに戦闘に従事することができただろう。

 しかしながらその実態は、中立を宣言し、大西洋連邦に協力的な面も見せていた国にほぼ問答無用で戦闘を仕掛けたというのが実情だ。いくら情報操作でオーブを悪に仕立て上げたとしても、限界もあろう。

 そもそもヘリオポリス崩壊時にはプラントを残虐非道の輩とし、オーブをその被害者として喧伝していたのだ。その舌の根も乾かないうちに被害者が加害者に組したと言っても疑問を抱くなというほうが無理というものだろう。

 いくら情報操作によりコーディネイター憎しの想いに染まっていようとも、個々人が考える力を失ってしまったわけではないのだ。

 それにしても本当に不思議なものだ。

 情報の統制は万能ではないということを上層部の連中は何故忘れがちになるのだろう?

 このような状況に追い込まれれば、自らの正義あるいは大義に対しても疑問を抱くものが続出するのが当たり前だということに何故気づかないのだろう?

 確かに一種の狂信状態にある軍内のブルーコスモス派の人員は、コーディネイターの居住を許しているのだからオーブは敵だという理屈に何ら違和感を感じないかもしれない。

 しかしながら、狂信に他の染まっていない将兵はそうはいかない。絶対に疑問を抱いてしまう。

 そして既に述べたように、自らのよって立つ正義に疑問を抱いた軍は、その力を十全に発揮することはできない。

 そのような状態のまま、オーブ軍のほかにザフトまで相手をすることになれば、勝ち目が薄くなるのも当然。ましてやオーブ軍は祖国を守るための戦いだ。その大義に一片の曇りもない。

 

 天の時、地の利、人の和。

 古来より勝利を得るのに必要とされる要素のうち、連合軍はいくつの要素を満たしていたのだろうか?

 まず地の利に関しては何もいう必要はないだろう。

 オーブ近海は、文字通り彼らの庭同然。どこに何があり、どのように利用すれば効果的か群島という自らの地形を熟知している。いつどのように天候が変化していくかを完全に掌中のものとしている。

 さらに、彼らの祖国での陸上戦。堅固な陣地を築き、後方に十分な補給線を備えた状態での防衛戦闘ともなればもはやどれだけの優位が得られるのか調べるまでもない。

 次に人の和。

 オーブ侵攻を行っている艦隊にはユーラシア連邦や東アジア共和国の艦艇もいる。だがその戦いぶりはお世辞にも積極的には程遠く、サボタージュには至らないが自らが損耗しないよう消極的に動いている。

 指揮系統を混乱させないため、一応の命令権は預かっているものの、例の連中とは別にこちらも動かすにはある程度の配慮が必要な戦力であることには代わりはない。

 そのため、他国の艦艇は基本的に前線に出すことなく、もっぱら主力部隊の護衛に勤めさせていた。そのこと自体は悪いことではない。護衛戦力を任せることで大西洋連邦の艦艇をより多く前線に回せるようになっていたからだ。

 あるいは、アラスカの件で大西洋連邦とユーラシア連邦両国の間がぎくしゃくしている中、約束どおりに艦艇を派遣してくれただけでも御の字と考えるべきなのかもしれない。

 だが、戦闘が長引き失われる艦艇が何隻も出てくるようになると最初は気にもならなかったことが気になるようになるものだ。そう、自分たちは血を流しているのになんで連中は、というように。

 一方で、ユーラシア連邦の軍人たちからすれば、自分たちの行動は自分たちで責任を取れという思いが強い。上のほうになると戦力を提供してやっただけでもありがたく思えという意識がそこかしこに伺える。

 やはり、これにはアラスカの件が後を引いていると判断せざるを得まい。

 そして双方の意識がこれだけかけ離れていれば、摩擦も発生しようというもの。良好な関係など維持できようはずもない。ひどい時には手強い敵を前に、味方の中で仲間割れ寸前という洒落にならない状態にまで陥りかけた部隊さえあったくらいである。

 このような状態で人の和をどうこう言うことなど無意味でしかない。

 そして天の時。

 これに関してはいかんとも評価しづらい。

 少なくとも天の時を得ていたとは言い難い。だが、完全に天の時を失っていたかといえば、そうとも言い切れない。

 時が経過し、オーブが赤道連合との間に強固な同盟関係を築く可能性もゼロではなかった。もしそうなっていれば、オーブへの侵攻にユーラシア連邦と東アジア共和国が同意したかは微妙な情勢であったろう。

 もし仮にそのような状態になっていれば、地球連合諸国間の亀裂を地球圏全体に明らかにしてしまったかもしれない。

 唯でさえ劣勢を強いられているこの時に、味方同士での対立は一般市民の厭戦気分を惹起しかねない。いくらコーディネイターへの憎悪が市民を駆り立てているとはいえ、物事には限界というものがある。

 だが、時の経過が悪い情勢のみを引き寄せるとは限らない。今となっては現実となることは恐ろしく低いだろうが、赤道連合が地球連合に組することも可能性としてはあり得た。

 そういう意味では天の時は、可もなく不可もないとするのが一番正解に近いと思われる。

 

 こうしてみると天の時、地の利、人の和の3要素のうち、2つは満たせず、残りの1つも怪しいということになる。

 これで勝てるほど戦争というものは甘い代物ではない。

 それでも、そうした現実を経て今の艦隊の状況がある。

 客観的に見て、指揮下の艦隊は練度に比して信じられないほどの善戦を見せてきた。ザフトの精鋭部隊による横撃を受けながら崩壊に至らなかっただけでも素晴らしい。

 だが、それほどの善戦を見せても既に積み重なった損害は大きい。

 もし相手がオーブだけであったなら、あるいは戦闘続行可能であったかもしれない。だが、オーブ軍と同時にザフトを相手取り続けるのならば話は別だ。

 機動力と攻撃力をの両方を兼ね備えた洋上艦隊は、今後の戦闘において決して欠かすことのできない戦力だ。それをこんな絶望的な戦闘で磨り潰してしまうようなことは許されない。

 軍上層部はかんかんになって怒り狂うかもしれないが、今の艦隊に許された最良の行動は、損害を抑えつつ撤退を成功させることだけだ。

 

 ダーレスはいかに損害を抑えて撤退するかを考え続けていくが、その間にも戦況は流動し、先の吉報は既に忘れられたかのように損害が増加し続けていることを知らせる報告が続々と入り続けている。そんな喧騒に満ちた司令部内に更に予想外の一報がもたらされ、これまでとは異なる騒然とした雰囲気が再び立ち込める。

 「敵新型MS、味方防衛網を突破!本艦に向かってきます!」

 「何だと!?」

 

 

 

 

 

 水面すれすれを海水の飛沫を纏いながら高速にジグザグ飛行する2機のMS、ジャスティスとフリーダム。

 そのコックピットでアスランは吼えた。

 「頭を潰せば、このしぶとい艦隊も動きが鈍るはず!」

 目まぐるしく変化する正面モニターから最適と思われるルートに機体を乗せ、迎撃の手をすり抜けていく。後方に残ったディン部隊からの支援攻撃もあって、十分に迎撃を突破可能だ。

 凄まじい速度で飛翔する機体は瞬く間に距離を詰めていく。

 「目標はまもなくだ。留まる時間はない。一撃で離脱するぞ!」

 「了解!」

 経験豊富なデライラの指示に隊長であるアスランが応じる。その間にも刻一刻と決定的な瞬間が迫ってくる。

 

 アスランたちは連合軍艦隊への攻撃を続けながら、ジャスティスとフリーダムの搭載量子コンピュータを並列同期稼動させ、最前線で得られたデータから艦隊旗艦と思われる艦艇を絞り込み、タイミングを見計らって中枢部への電撃的な突破を図っていた。

 アスランがここまで果断な決断を下せたのには、機雷を運んできた輸送役のディン部隊がほぼ全ての機雷を投下し終わり、攻撃戦力として使用できるようになったという戦力的な融通が効く様になった面が大きい。危険物の輸送であったため、自機防御以外の行動を封じられていた数十にも上るディン部隊が、完全な攻撃用の戦力としてカウントできるようになった事実は戦局を揺るがすに足るインパクトを持っていた。

 そう、ただでさえ押され気味であった防衛網にとって敵の有効戦力の増大は危険なまでの圧力の増加となって現出したのである。

 一方でザフト部隊、それも別働隊の視点で見てみれば、手元の戦力が増えたため、フリーダムの火力支援なしでも作戦遂行が可能になったということになる。

 さらに、本隊に向けて戦力が集められた結果、別働隊への迎撃は比較的薄く、ジャスティスとフリーダムの性能を持ってすれば十分に突破可能と判断された。

 ただ、さすがにいくら量子コンピュータを並列同期稼動させたとはいえ、目標を1隻には絞り込めなかった。

 そのため、ヘルガ−キラ組とアスラン−デライラ組の2組を形成し、もっとも艦隊旗艦としての可能性の高い2隻に対し攻撃に移ったのである。

 そして連合軍にとっては不幸なことにアスラン−デライラ組に狙われた艦が、ダーレスたちの座乗する艦隊旗艦そのものであった。

 

 「敵機、迎撃を突破!」

 「護衛は何をしている!」

 悲鳴交じりの報告と指示が飛び交う。スクリーン上で敵を意味するシンボルマークが瞬く間に中心部へと近づいてくる。

 「味方航空隊、敵ディン部隊に阻まれています!」

 「付近の損傷艦へ退避を命じろ!このままでは危険だ!」

 これまでの戦闘で損害を被った艦が何隻か、安全だと思われていた艦隊中心部近くを通って後方へ避退している途中だった。行き掛けの駄賃として更に攻撃を受ければ沈みかねないため、緊急退避を命じている。

 だが、損傷によって航行速度が大きく低下している艦もいる。全艦が退避するのは時間的に不可能と思われた。

 「敵の能力を見誤るにしても、まさかこれほどとはな」

 「それもあるでしょうが、どうやら味方の疲労度合いが予想を上回っていたようですな」

 喧騒の中、ダーレスの静かな慨嘆にベイスがこちらも動揺の欠片もなく応じる。

 実際、アスランたちが防空網を構成する艦載機パイロットたちの蓄積した疲労は決して見過ごせない要因であっただろう。

 連日、強固に守られた防空システムを有するオーブ軍に攻撃を掛けるという任務を果たすことは、想像を絶するほどの重圧をパイロットたちに掛けていた。

 そして、疲れは咄嗟の判断を鈍らせ、対応する速度を低下させる。

 咄嗟の判断が生死を左右する航空戦で、そのマイナス要因は大きい。

 多数のミサイル群に続いて攻撃を仕掛けた別働隊のディン部隊の損害が予想よりも少なくて済んだのは、そうした目に見えない戦力の増減効果が影響を及ぼしたことは疑いない。と同時に、突破に出たアスランたちを遮るだけの戦力を手当てできなかった戦力配置のミスもやはり無視し得ないだろう。

 もしダーレスたちが次世代Gの詳細な性能を把握していたならば、あるいはこのようなミスを犯さずに済んだかもしれない。だが、実際は機密のベールに包まれ司令官にすら自軍の新型MSの満足な情報は回っていなかった。それが唯一現実の解だ。

 

 腹に響く重低音が伝わってきたことで旗艦自身も迎撃を行い始めたことを知るが、艦自体が行う直接の防空戦闘では司令官や主席参謀の出番はない。従って彼らはそのまま泰然自若として構えている。むろん、その内心には激しい焦慮があるだろうが少なくとも表に現すようなことはしない。

 だが、そんな彼らの耳についに決定的な言葉が届く。

 「敵、攻撃態勢に入ります!」

 同時に悲鳴交じりの予想外の報告も上がってくる。

 「ベネット、本艦の前に出ます!」

 

 

 

 「もらった!」

 デライラの操るフリーダムの精確な援護射撃の下、ぎりぎりまで待ったタイミングで引き金を引こうとしたその直前に、目標の艦の影から一隻の駆逐艦が全速で飛び込んできた。完全にこちらの射界を塞いでいる。

 「このタイミングで!」

 だが、戸惑っているだけの時間はない。それだけ攻撃のタイミングはシビアだった。

 「くそっ!」

 最適な射界を塞がれたアスランは、やむを得ず手順に最小限の変更を加えてそのまま引き金を引く。

 ジャスティスから全火力を用いた砲撃が行われると同時に、一拍遅れてバッセル・ビームブーメランが放たれる。

 

 

 

 ジャスティスからの攻撃が行われるその直前、連合軍側でも味方艦の予想外の行動に混乱が引き起こされていた。

 ベネットに対し無茶を止めるよう命令が出るが、受けるほうはまるで応答する様子を見せない。

 艦上の構造物に広くマシンガンの銃弾を受け、索敵能力と武装の大半を失い、搭載していた哨戒ヘリも全て失ったベネットに今後の戦闘でできることはほとんど残されていない。

 まだ生きている通信システムから旗艦からの命令が引っ切り無しに入ってくるがカールトン艦長はそれを無視し、唯一可能な方法を取るべくおそらくは最後になるであろう命令を下した。

 「機関逆転、艦の行き足を止めろ!」

 「艦長!?」

 「舵を切れ!総員退艦準備!艦底部の乗員は上甲板まで急ぎ上がれ!」

 副長の問うような叫びを無視し再度叩きつけられるように下される命令に操舵手が舵を限界まで切る。

 「乗員脱出を確認次第、隔壁を完全閉鎖!」

 「完全閉鎖、了解!」

 副長も艦長の覚悟を悟ったのか、命令を復唱する。

 命令を受けた機関が傷ついた船体を軋ませながら全力で艦を停止させる。

 その間にも艦は切られた舵に忠実に従い、黒煙と炎を背負ったまま旗艦との間に割って入り、旗艦の航跡を隠すように横腹が大きく晒される。

 「くるぞ!総員、対ショック!」

 全乗員が手近の手すりや固定物に力いっぱいつかまる。

 次の瞬間、艦全体を凄まじい衝撃が襲った。

 

 連射されたビームライフルがベネットの艦上構造物と船体を次々と貫いていく。連続して開いたビームの破口からは内部の可燃物に引火し新たな炎が噴出してくる。

 同時に抉り取られたような喫水付近の破口からはゴボゴボと気泡が漏れるのに合わせて海水の奔流が艦内に流れ込んでいる。

 艦の延命は極めて難しいだろう。戦闘が終結しそうであれば、ダメコン班と共に浸水との戦いに全力を挙げられるが、未だ戦闘が続く状態では自殺行為にしかならない。

 やはり当初の覚悟通りに行動するしかない。

 「総員退艦!救命ボート下ろせ!」

 「総員退艦!」

 「救命ボート下ろせ!」

 「負傷者を残すな!」

 命令が行き渡るとともに、負傷者の搬出も手際よく進んでいく。

 事前に艦底部の水密隔壁を完全閉鎖していたおかげで、沈没までに余裕はある。被害を極限するための方策であったが、艦を捨てる段階に至った今では先見の明があったと誇るべきだろう。

 だが、いくら余裕があるとはいっても急がなければならないことには代わりはない。

 救命ボートには可能な限り負傷者を乗せ、健全なものたちはロープを伝って直接海面へと飛び降りていく。頼みは身につけたライフジャケットだけだが、北の海とは違い南洋の海は人間の身体に優しい。少なくとも凍死の恐れが全くないことは乗員たちにとって素晴らしい神の恵みであろう。

 

 駆逐艦ベネットはこうして己の存在を賭して旗艦を守らんとした。

 その効果は確実にあった。ジャスティスの射撃はベネットの捨て身の行動によって大半が防がれた。それは間違いない。

 だがビーム刃に対する干渉反応を利用し投擲軌道をコントロールすることができるバッセル・ビームブーメランだけは、アスランのぎりぎりの操作に従い、ベネットを迂回して敵旗艦へと直撃した。

 さらに、艦体の大きさの違いから防ぎきれなかった2発のビームライフルが旗艦へと直撃していた。

 ただし、損傷の度合いを測る限り、今のところ沈没の恐れはない。ただ飛行甲板先端とやや前方への被弾で前方の三分の一は全通甲板はほぼ完全になくなっている。ヘリの離着陸を行うとすれば、後方でしか無理だろう。

 また被弾時の圧力で艦首がよじれ、大小多数の亀裂が発生しており、船体各所からの浸水が始まっている。ダメージコントロール班が既に動いているが、当分の間は浸水は止まりそうにない。そのため機関そのものは無事だが、出せる速力は大幅に低下することになる。

 だが、艦体そのものは生き残ることができたが、連合軍は極めて大きな損害を被っていた。そう被弾による被害が何よりも大きかったことは、損傷が戦闘指揮センターにまで達し、司令部要員に死傷者が、中でも司令官であるダーレスが負傷したということであった。

 不幸中の幸いにして命に別状はない。だが、複数箇所の骨折と打撲、さらに飛散した破片によるかなり深い傷にからの出血を伴う負傷を負っている。失血の量が多かったこともあり、艦隊指揮を継続して執るのは極めて困難な状態だ。

 

 これまで敢然と艦隊を導いてきた司令官の負傷。その事実は、極めて大きかった。

 

 一方、連合軍艦隊の指揮系統に大打撃を与えたアスランたちはそのまま全力で離脱に入っていた。

 未だ周囲に生き残っている敵艦は多い。押しているとはいえ、絶対的な物量は未だ連合のほうが上なのだ。むろん、いざとなれば機体を潰すことを躊躇するものではないが、今はまだそのような時ではない。

 それに沈めることはできなかったが、旗艦と思しき艦には少なくない損害を与えることができた。今後、艦隊の指揮を取るのはおそらく不可能なはず。ならば、今は離脱すべきだった。

 

 アスランはデライラの援護の下、機体の性能をフルに活かし牽制の攻撃を仕掛けつつ脱出していく。

 不埒な真似をした敵に怒り狂った迎撃が向けられるが、なまじ周囲に味方が多いだけに水面近くでは有効な射界が取りにくい。そんな空域をうまく突いてアスランは、別働隊の存在する空域まで被弾らしい被弾のひとつもなく離脱に成功する。

 機雷による封じ込めと敵中枢に打撃を与えることに成功した彼らは、余力のあるうちに後退を決断する。むろん、そのまま真っ直ぐに引くような真似はせず、機雷原によって行動を押さえ込まれている連合軍艦艇に打撃を与えながらの後退だ。

 

 徐々に立ち去る別働隊の後方では、連合軍艦隊旗艦から太い黒煙が上がり続け、未だちろちろと艦体各所から炎の舌が見えていた。

 

 アスランが別働隊本隊と合流し、部隊を後退させ始めた頃「旗艦被弾。司令官負傷」の報が艦隊中を文字通り光の速さで駆け巡った。

 その報がもたらした衝撃はパニックを引き起こすと共に、迎撃網の文字通りの結節点を失った周囲の連合軍艦艇は、一時的に迎撃が混乱することになった。

 すぐさま事前に練られていたバックアップ体制がフォローに入ったが、さすがにタイムラグは0にはできない。そして、そのわずかな間に行われた激戦で損傷の度合いは一段と広く深くなることになる。

 

 ドドドドドッと腹に響く重低音と共に、ザフト部隊に対し艦載対空砲の嵐が流星雨のごとく襲い掛かる。

 撹乱粒子によって誘導兵器は著しくその効力を減損していたが、光学照準で行う砲による迎撃は一定の効力を残している。広い空間を網羅するように個艦レベルで統一されて発射された無数の対空砲弾は回避機動を行ったディン部隊を捉える。

 拡散した砲弾の欠片が手、脚、頭、そして翼へと絡みつき、傷つける。

 そして翼を失った機体は高度を下げ、離脱を図る機体が出てくる。

 連合軍にとっては戦果を増大させる絶好の機会であるが、未だ攻撃を続ける部隊を防ぐために逃げる機体へ追撃をかける余裕などない。

 それに逃げを打っている機体もただでは転ばない。

 健在なディン同様に、自機が装備している攻撃兵装を連合軍に向かってばら撒きつつ退却していく。

 発射された多目的小型ミサイルは、光学センサーに捉えた艦艇に向けて容赦なく突き進む。小型とはいえ、命中すればその威力は決して小さくない。従って、狙われた艦艇は、自らを守るために迫ってくるミサイル撃破を優先する。

 多数の艦艇が個艦防御に入ったことで、唯でさえ乱れた統制による統一された対空砲撃を実行不能とし、個艦防御に失敗した艦艇が被弾にのたうちまわる。

 迎撃の減った空域を未だ電池残量に余裕があるディンが猛然と侵攻していく。

 まだ狙われていない、やや離れた場所に位置する艦艇群は、リンクを再構築し範囲を狭めて砲撃を続行しようとする。

 だが、残念ながらその効果は相当に低下している。

 もともと、全天を完全に覆いつくすような迎撃は、いかに物量を誇る連合軍といえど不可能だった。

 それを補うための統一された対空砲撃であり、有効範囲が狭まった限定的な対空砲撃では十分な効果は得られない。

 それでも、全く無駄というわけではない。

 対空砲弾の効果範囲に捉まったディン部隊は、少しずつとはいえ出血を強いられる。

 大・中口径の対空砲の射程から、近接防御火器の有効範囲に入る前に、今度はディン部隊からの直接照準による攻撃が行われる。

 ディンが持つマシンガンは艦艇を沈めるような威力はない。

 だが、薄い装甲しか持たない艦載対空兵器を破壊するには十分なものを持っていた。

 ディンが放った銃弾が艦艇に降り注ぐ。

 無人砲塔が引き裂かれ、アンテナが倒壊し、救命ボートが粉砕される。

 迎撃が衰えた艦艇に対し、容赦なく多目的ミサイルが襲い掛かる。

 黒煙と炎を上げ、1隻また1隻と艦艇が沈黙していく。

 一方で、ディン部隊からも1機また1機と被弾機を出し、その戦力は磨り減っていく。

 無数のミサイルと砲弾が飛び交い、双方の戦力が減っていくが、その分は連合側に不利だった。

 艦艇1隻とMS1機とではあまりにもキルレシオが悪すぎる。

 渦中にいる者たちからすれば、旗艦損傷という切欠が揺らした戦場の均衡は、その傾きによってまるでドミノ倒しのように連合軍に破滅をばら撒いているように感じてもおかくしくはなかった。

 

 そんな客観的に見ればごく短時間で、主観的にみればようやくのことで指揮系統を引き継いた次席指揮官のライト中将が艦隊を把握した時点で、艦隊は3割強の損害を出していた。

 旗艦の被弾、積み上がった損害。さらに機雷原で行動を縛られている艦艇が未だ少なくない事実。

 ザフトに与えた損害も決して小さなものではない。が、彼らが戦闘を止めることを決断するには程遠いこと。後退した部隊も補給を終えた部隊は速やかに戦線に復帰するであろうこと。

 ライト中将は、自らに指揮権が回されるに至った現状を熟慮した上で、これ以上の抗戦を断念し、全艦隊を撤退させることを決断する。

 だが、戦いが続いている中での撤退はあらゆる戦闘の中でも最高ランクに位置づけられるほどの難事だ。

 踏み止まって戦うのと後退しながら戦うのとでは難易度がまるで違うことは、戦術を少しでもかじったことのある人間であれば誰もが知っている。その上、行動を束縛されている部隊を見捨てるようなことはできない。何とかして脱出路を開き、止まっている部隊を逃がさなければならない。

 さらにその上、ライト中将率いる司令部はあくまで代替司令部だ。これまで艦隊を統制してきた本来の司令部とは違う。データこそリンクシステムで流れてきてはいたものの、実際に動かしていたものと見ていただけのものとではまるで感触が異なる。

 そのためどうしても味方を後退させることに意識が偏り、翻ってザフトの攻撃に対する対応がこれまでよりも粗い統制で行わざるを得なくなってしまう。

 むろん、連合軍の対応が変わったことは相対しているザフトが一番肌で感じている。

 一部の部隊は補給のために後退を始めていたが、電池残量に余裕のある部隊は後退に伴って混乱している連合軍へ嵩にかかって襲い掛かっていく。水に落ちた犬は叩く。戦闘は弱い相手を攻めるが常道。何より、撤退に入った連合軍にそれまでの粘り強い防御があるはずもない。

 陣形が崩れ、相互補完も薄くなった艦隊に猛攻を加えるザフト。わずかな時間でそれまでの勇戦敢闘が嘘であったかのように、連合軍は短時間で甚大な損害を積み上げていく。

 

 

 

 

 

 連合軍の本隊が撤退を決断し、その対応に追われていたちょうどその時、南西方面で後退に移っていた分艦隊は追撃してきたオーブ主力艦隊との全面戦闘に突入していた。

 損傷艦を見捨てるという非情であれど軍事的妥当性を満たした判断を下していれば、分艦隊は接敵せずに済んだかもしれない。

 だが、分艦隊を率いるリーガン少将はその判断を下すことに躊躇し、見送ってしまった。

 それは決して怯懦だったからというわけではない。

 艦隊を支える乗員、その中でも経験の浅い者たちへの悪影響を考慮したがゆえの結果であった。

 開戦時の人的資源の層の厚い状態であれば、リーガンは迷うことなく損害を極限するために損傷艦を切り離しただろう。あるいは更に冷酷に損害を吸収する部隊としてしんがりを命じていたかもしれない。

 だが、これまでのザフトとの戦闘による甚大な人的資源の損耗は、連合軍にそんな贅沢を許さなくなっていた。

 何より軍事のプロフェッショナルとしての訓練が浅い者たちが、仲間を見捨てたことに対して著しくモチベーションを低下させる恐れがあった。あるいは自分もいざというときには見捨てられるのではという臆病風に吹かれ、統制が崩壊することを考慮しなければならなかったのである。

 国家への忠誠と献身、それを支える見識と能力を備えたプロフェッショナルたちを大量に失った影響は、まるでシロアリにたかられた木造建築物のように連合軍を蝕んでいた。そして、そのような状況を考慮したがゆえに、損傷艦を分離し健常な艦だけが離脱するという冷徹だが効果的であった方法は最後まで選択することができず、最終的に分艦隊全体がオーブ主力艦隊に捕捉されることとなったのである。

 

 もっとも様々な事情を抱えつつ、互いに相手の間合いの奥深くに踏み込んで始まった戦闘は、ごくオーソドックスに始まり、そして戦闘開始前の予想通り特別な波乱もなく終結にまで至ることになる。

 

 連合軍分艦隊とオーブ主力艦隊の交戦は、セオリー通り双方からの対艦ミサイルの応酬で幕を切って落とされた。

 レーダー上ではたちまちのうちに両艦隊の間の空域が対艦ミサイルを示すシンボルマークによって埋め尽くされ、ほぼ同時に双方の迎撃ミサイルの発射が続いた。

 ザフトがばら撒いた撹乱粒子は戦闘が行われた海域まで届いておらず、双方の電子上の条件は全くの互角であった。そのため、迎撃を潜り抜け互いの艦隊へと対艦ミサイルが到達するようになるまでの時間はそれほど違いはなかった。

 対艦ミサイルと迎撃ミサイルが爆発した黒煙が戦場に続々と増え続け、被弾した艦艇から上る黒煙もまた双方で増えていく。

 だが、時間の経過とともに戦況は事前の予想通り攻撃、防御ともにオーブ側が優勢になっていく。

 そうなるに至った理由はいくつかある。

 まず最も重要な要因は数であった。もともと、南西方面の分艦隊とオーブ主力艦隊とでは、オーブ側の方が数に優っていた。さらにその上、連合側はオーブ軍ミサイル艇部隊と航空部隊による攻撃によって少なからず損傷艦を抱え込む羽目になっており、実際の戦闘可能な数の差は、艦艇数の差を大きく上回る状態にあったのである。

 さらに、弾薬備蓄量の問題もあった。

 ミサイルや砲撃を問わず、C.E.においては発射速度が著しく向上している。だがそれは、弾薬の消耗も速めていることと同義だ。

 通常、艦艇に搭載されている弾薬量では、戦闘可能回数はぎりぎり2会戦分に届くかどうかといったところである。

 いわゆるひとつの全力全開で戦闘を行った場合、1会戦でほとんどの武器弾薬を消耗してしまうことも珍しいことではない。連合軍がヴァーモント級をはじめとする充実した支援部隊を用意していた理由のひとつに、その消耗の早さもあるのだ。

 さすがに事前にここまで攻略作戦が長引くと予想してはいなかっただろうが、支援部隊の用意に一切の手抜きがなかった事実から、作戦立案に関わった連合軍軍人の優秀さが透けて見える。

 だが、分艦隊は上陸部隊の対地攻撃支援を行い、さらにオーブ軍ミサイル艇部隊と航空部隊との激戦を行った後である。一部の艦艇こそ補給が行われたが、艦艇全体で見れば補給不足の状態に陥っているのが当然である。

 つまり、連合軍分艦隊の戦闘能力は額面のそれを大きく下回っており、一方でソロモン諸島で隠れ続け艦隊保全に成功したオーブ主力艦隊のそれはほぼ額面の通りであったというわけだ。

 結果として双方による戦いはランチェスターの法則が全面的に適用される戦闘となり、最終的に連合軍分艦隊は6割以上の損害を出して全面壊走に至ったのである。

 

 

 

 事前に想定されていた勝利とはいえ、実際に手に入ればその勝利の味はまた別格だ。だからこそ、オーブ艦隊旗艦において司令官への質問が出たのも当然のことだったろう。

 「敵主力部隊への対応をいかがなさいますか?」

 「当初の予定通り、艦隊を後退させる。

  ザフトと連合の戦闘に割ってはいるつもりはない」

 尋ねた参謀には最後まで自分たちの力で祖国を守りたいという意識があったのだろう。

 だが、トダカは言下にそれを否定した。

 彼にも内心に祖国防衛の戦いを人任せにする行為に軍人として忸怩たる想いがある。しかしながら、欠片たりとも周囲にそんな様子は見せることはない。

 

 トダカの目には既に戦いの後の情景がある程度ながら見えていた。

 プラントはプラント寄りに軸足を移した赤道連合の商船団に引き続き、オーブが有する商船団もまたザフト地上軍の補給線を構築する要素として組み込みたいと願っているはずだ。

 コロニー国家であるプラントが地球連合に対して圧倒的に劣っているもののひとつに、地上における船舶輸送網の構築能力があることは衆目の一致するところである。

 大気圏外からの潜水艦の降下という荒業で通商破壊用の戦力は確保できたものの、海洋船舶は一定の建造能力を持つ大洋州連合に頼らざるを得ない。開戦後のカーペンタリア基地の完成と大洋州連合の船舶建造能力へのプラントからの梃入れによってインド洋及び西太平洋の船舶輸送網は広がりつつあるが、地上全体を見渡せばまだまだ脆弱なものに過ぎない。

 そこへ、先進技術国家として世界中に工業生産物を輸出するために大型船舶を多数擁するオーブ商船団が構築している通商網と域内海上交通に必要という国家的事情から構築された無数の中小船舶による赤道連合の通商網の両者とリンクすることができれば、その効果は計り知れないものがある。

 プラントの各調査部門では、両者の通商網をある程度でもリンクできれば、ザフトの地上戦遂行能力は一気に増大すると分析されている。

 ただし、周知の通り戦時下の商船団は通商破壊に対し極めて脆弱だ。

 オーブと赤道連合の通商網とプラント・大洋州連合の通商網がリンクすれば、地球連合は間違いなく通商破壊の矛先を両者の商船団に向けるだろう。いや、オーブに関しては既に敵対しているだけに、リンクしようがしまいが攻撃されることは決定済みだろう。

 ゆえに、商船団の護衛として海軍戦力は欠かすことのできないものであり、哨戒機をはじめとする航空戦力も護衛には欠かすことはできない。

 だが、ずっと自分たちのそばにいてくれる護衛艦と違って、一定時間が経過するといやでも基地に戻らなければならない航空戦力には、やはり万全の信頼を抱きにくい。

 すなわち、ザフトの介入によって祖国が占領される恐れが減退した今、海上戦力を維持する重要性は少し前に比べ著しく上がっていると断言できる。

 

 心のうちの感情が司る部分は、先達たちの死の代償をもっと払わせろ、更に敵を討てと叫んでいる。

 しかし、多くの部下を預かる司令官としてその感情に従うわけにはいかない。

 連合軍の分艦隊を撃破したことで、先達たちに対する一応の敵討ちも済んだと言える以上、これ以上の戦力の消耗を避けたいという上層部の意向を、彼の理性はしっかりと理解できてしまう。

 もともと艦隊の司令官ともなると軍事だけでなく一定の政治的見識も必要とされることが多い。そして、トダカは自身を一介の武人として位置づけていたが、彼が有する高い能力はそれだけに留まるものではなかった。

 だから見えてしまう。自らがどうすべきなのかが。

 トダカは自身の感情と理性の葛藤を首を振ることで心の奥底に追いやると

 「もっとも損害の少ない戦隊はどれだ?」

 と質問を飛ばしてきた参謀に顔を向けながら尋ねる。

 「第6戦隊がほとんど被害を受けておりません。ですが、どうされるおつもりですか?」

 「今後を考えれば連合との交渉材料はひとつでも多いほうがいい。

  撃破した連合軍分艦隊の溺者救助に向かわせる」

 「敵本隊からの攻撃の懸念がありますが?」

 別の参謀がそう指摘する。実際、オーブ艦隊が撃破したのはあくまで連合軍の分艦隊に過ぎない。主力艦隊はザフトと交戦中といえ、未だ健在である。この時点で連合軍本隊が撤退に移りつつあることをまだオーブ艦隊は把握していない。そのため、敵主力の矛先がオーブ艦隊に向けられた場合、双方の立場はたちまち逆転することになると考えるのは妥当な判断だった。

 「国際救難周波数で溺者救助中であることをずっと打電し続けさせろ。

  それでも攻撃してくるようなら、それ自体を材料にすることができる」

 部下を駒のように扱い危険にさらし、救難者を交渉材料とする。それは甚だ彼の好みではない。

 だが、立場が彼に最善の行動を取ることを強いる。

 「了解しました。溺者救助のために第6戦隊を向かわせます」

 「頼む」

 命令に従って一部の艦艇が速やかに派遣されると、トダカは残った艦隊全てを出撃地であるソロモン諸島へと撤退させた。

 艦隊の一部には、勝利を収めたことによって更なる戦果を求める声がなかったわけではないが、当初の目的は果たした以上、躊躇することなく撤退すべきとトダカは自身の判断を優先し、一切の反論を許さなかった。

 

 こうしてオーブ艦隊と連合軍艦隊のひとまずの決着はついた。だが、それはひとつの戦いの終わりに過ぎない。これから先のことを考えれば可能な限りの戦力を維持する必要がある。

 トダカは、己が祖国への献身を厭うことなくただ誠実にそれをなしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南西方面の分艦隊が敗北し、連合軍本隊も撤退に移ったことにより、オーブ攻防戦は最後の山場を越えた。

 戦闘そのものは未だ終了していないが、連合軍は悪戦苦闘しながらも徐々に艦艇を後退させつつある。ヤラファス島に残された陸上戦力の正念場はこれからだろうが、海上戦力に関しては徐々に戦闘そのものも下火になっていくはずであった。

 そう、撤退の決断を下した連合軍司令部の予想ではそうなるはずであったのだ。

 その予想を覆す存在は、連合軍が撤退する様子を遥か上空から冷ややかに見下ろしていた。

 彼らにとっては、これからが本番だった。

 「いよいよね」

 艦長席から正面スクリーンに映し出された模式図を見ながら呟いたタリア・グラディスの胸中に、これから地上に降りかかるであろう災厄を思ってほんのかすかに忸怩たる想いが走る。

 軍人としての彼女の内に、母親としての彼女が顔を見せたのか、これから死んでいくであろう連合軍将兵にも両親、子や孫、妻や夫がいるだろうという考えが浮かんだ。

 だが、そんな感傷を軍人としての彼女の意志が振り払う。

 確かに多くの犠牲が出るであろうことは間違いない。それでも、一般市民が居住するプラントに核を撃ち込み、それをプラントの自作自演と嘯くような敵を相手にするには何よりも非情さこそが必要なのだ。徹底的に叩きのめし、プラント本土の安全を確保する。

 そう、ようやくのことで生まれた我が子の安全を守るためにも。

 胸ポケットにしまった我が子の写真に手を当てながらそう考える。

 そんな風にタリアが物思いにふけっている間にも着実にプロセスは進んでいく。

 彼女が護衛してきた輸送船団に積まれていた地上攻撃用の兵器のうち、アフリカ方面に下ろしたものとは別のものが目の前で全貌を現そうとしている。

 「地上攻撃用マイクロウェーブ照射システム、か。

  まさかこんなものが実戦に投入されるなんてね」

 彼女の視線の先ですべての準備作業が終了したのか、構築に携わっていたジンがスラスターを噴かして上方へと退避していく。彼らの機体が十分に距離をとった後、複数の輸送船の間に展開された全長3kmを超える巨大なパネルに最終確認の通電が行われ、ぼんやりとパネル全体が発光する。

 「回路接続問題なし。全システムオールグリーン」

 「Nジャマーキャンセラー準備完了。ニュークリアカートリッジ全基、同調起爆に設定完了」

 「照準軸線固定。誤差修正問題なし」

 「全システム起動準備完了!」

 システムを司るコントロール艦の艦橋で発射準備が整ったことが指揮官に告げられる。

 「よろしい。システム起動!」

 「了解。システム起動します!」

 間髪いれずに下された指揮官の命令にオペレーターがスイッチを押し込む。

 コントロール艦からの起動命令がニュークリアカートリッジに伝わり、同調装置に従ってナノセコンド以下の誤差で全基が完全に同調起動する。起動後、設計どおりの威力でカートリッジの内部で核が弾け、瞬時にして膨大なエネルギーが発生する。

 「思い知れ、ナチュラルども!」

 指揮官の静かなつぶやきと共に、発生したエネルギーは増強されたエネルギーバイパスを通りを瞬時に伝り、全パネルへと伝達される。

 沈黙していたシステムが全て起動し、その能力を発揮し始める。

 

 地球衛星軌道上から膨大なエネルギーがマイクロ波に変換され地上へと降り注ぐ。

 

 最初に頭上から降り注ぐマイクロ波の被害を受けたのは、艦艇に搭載されている感度の高い素子を用いているセンサー系だった。照射範囲に捉まった艦艇のセンサーに使われている素子が過剰エネルギーによってオーバーフローを起こし、焼きついていく。

 次いでレーダー網がドミノが倒れるように照射範囲からダウンし続け、同時に通信網が次々と不通になっていく。また、通信アンテナから流れ込んだ過剰電流は、機器の防御機構を突破し内部の機器にも被害を与えていく。

 当初何が起きているのかまるで把握できなかった連合軍側でも、ようやくのことで頭上から何らかの攻撃が行われていることに気づいたが、この時点で打つべき手段はほとんど存在していなかった。

 何故なら、降り注ぐマイクロ波によって生じた通信網のダウンによって被害を受けた部隊と周辺部隊の連絡は取れそうにもなく、旗艦損傷後の混乱からようやくのことで再構築された指揮系統すら再びダウンしている有様だったからである。

 それでも被害から逃れた艦の一部が、数少ない対宙ミサイルをせめて一矢を報いんと頭上に向けて発射する。

 もっとも、低軌道とはいえ軌道上の物体を今から撃破する頃には、おそらく今行われている攻撃は終了しているであろうことは論理的な思考が可能なものには判っていた。それでも発射を止めなかったのは、第二射を防げる可能性があるという判断からだった。

 

 地上の連合軍からの反撃の目標となったマイクロウェーブ照射システムは、プラント本土で建設されているジェネシスとは別のタイプの広域破壊兵器の試作品である。機構的にはどちらかといえばサイクロプスと似たようなものであり、いわば軌道上に浮かぶ巨大な電子レンジというべきものだ。

 プラントの切り札として建設が進んでいるジェネシスだが、最初から兵器への転用が確定していたわけではない。それこそ無数のプランが検討され、廃棄され、最終的に主計画としてジェネシスに絞り込まれたのである。そして、その検討されたプランの中には机上のものだけではなく実際の試作が行われたものも存在し、その中のひとつがこのマイクロ波照射システムであった。

 このシステムは構成が至極シンプルで、ごく大雑把に表現すればエネルギー源としてのニュークリアカートリッジとマイクロウェーブを照射するパネル、そして両者を繋ぐ制御装置だけで構成されている。

 その中でもっとも多く使われているパネルは、もともと太陽光発電システムに用いられるものを短時間で大出力のマイクロ波を照射できるように少しばかり改修したものだ。太陽光発電システムは地球圏において必須のものだけに、構成材であるパネルも大規模生産が行われており、そのスケールメリットの恩恵もあって、システム試作のコストは驚くほど安く上がっている。

 もっとも、そのコストの安さこそが試作されるに至った最大の理由なのだが・・・。

 今回用いられたマイクロウェーブ照射システムは、試作品が造られ小規模な稼動テストが行われたものの、その後はお蔵入りになっていたものだ。

 何故お蔵入りになっていたのか。その理由はいくつかある。

 運用にあたって確実な制宙権が必要とされること。

 マイクロ波照射のための大容量エネルギー源を確保しなければならないこと。

 味方を巻き込まないように運用には細心の注意が必要で運用が難しいこと、などだ。

 扱いの難しいその埋もれていたシステムをデータ上で見つけ出したパトリックが、ウルトラギガトンケイル級量子コンピュータでシミュレーションを繰り返した上で、最大の問題点となっていたエネルギー源の解決策としてニュークリアカートリッジのテストも兼ねた投入を命令したために、今回の実戦投入と相成ったのである。

 ただ、今回の件に関しては開発の現場や運用に関してどうこうという話はなく、単に一般的な日本人ならば普通に持っている「もったいない」精神が発揮されたというのが真相なのはパトリックだけの秘密だ。

 使えるのに使わないのはもったいないという、傍から見たら何だそれはという理由での実戦投入であるが、さすがはプラントクオリティ。長いこと放って置かれたにもかかわらず、システムはほとんど手入れする必要もなく稼動可能であった。

 それにもかかわらず今の今まで日の目をみなかったのは、先にも述べた運用上の問題があったからに他ならない。

 そして今回、アフリカ方面への大規模輸送が行われることになったのに目をつけたパトリックが、他の地上攻撃用兵器と共に輸送船団に搭載させ、晴れてお披露目となったわけである。

 むろん、さすがのパトリックも運用に難のある兵器と承知していたため、最終的に使用するか否かは現場の指揮官に任せていた。

 だが、やはり最高評議会議長直々に任された兵器をさしたる理由もなく使わないという選択を易々とするわけにもいかず、また周囲の状況も使用するのにさほど問題のない状況になっていたため、指揮官は最終的な使用が決定したのである。

 

 マイクロウェーブ照射システムは、照射を始めた後、全輸送船の姿勢制御スラスターをわずかに噴射した。それによって照射を続けるパネルの角度が本当にゆっくりと、ほんの少しだけ変化する。

 些細な位置調整。だが、軌道上でのかすかな動きは地上において巨大な動きとなって現れる。

 軌道上から地球連合軍の洋上艦隊をゆっくりと舐めるように横切るよう照射されたマイクロ波は、ほんの数十秒の間でその役目をしっかりと果たした。

 マイクロ波に照射された海面からは湯気が昇り、艦上の金属部分がスパークし、電気系統が過電流で機能を停止する。さらに一部の艦ではミサイルや装填済みの砲弾が誘爆し、そして直接照射を浴びた人体は火傷を負うことになっていた。

 最終的な照射エリアは、撤退を開始した艦隊のおよそ前半分、約5割をその範囲に含み、大半の艦のセンサーや通信システムを使用不能に陥れた。

 ただし、純粋な損害という観点から見ればこの時点では沈没した艦は数えるほどしかいない。不幸な偶然によって弾薬の誘爆などで浸水被害を受けた艦を除けば、そのほとんどは目と耳を潰されただけで済んでいる。

 ただし、あくまで照射が完了した時点では、であったが。

 そもそも戦場において目と耳、そして物事を伝える口を潰された艦が長い間無事でいられるはずがない。ましてやほぼ全ての索敵手段を失い、目視だけしか周囲の状況を知る手段を持たない艦が集まっての航行など経験があるはずがない。下手をすると操舵すら満足に行えないかもしれないのだ。

 はっきり言おう。撤退においてそれは致命的だ。

 ザフトはこのタイミングを計算して狙ったわけではなかったが、予想外に良いタイミングで新兵器を戦場へ投入したのだった。

 

 そんな予想外の幸運とともに地上の連合軍におおよそ計算どおりの被害を与えることに成功した一方で、軌道上のマイクロウェーブ照射システムそのものは深刻な状況を迎えていた。

 ニュークリアカートリッジから流れ込んだ膨大なエネルギーにより冷却システムがオーバーロードし、次々と機能停止に陥った。そのためシステム自体からの放熱量が激増し、やがて加速度的な勢いで蓄積した熱量に耐え切れなくなった構造材から溶解が始まり、あちこち破断が起こり、最終的にシステムが崩壊していったのである。

 このシステムがお蔵入りになっていた最大の理由、それがこれだ。システムそのものが照射に必要なエネルギー量に耐えられず崩壊してしまうのである。

 これの意味するところは、すなわちこのシステムは使い捨てとしてでしか使用できないということだ。

 さらに、システム全体の脆弱性はいうまでもない。ミサイルの1発でもパネルに命中すれば、それだけで使用不能になるほどのダメージを受けてしまう。純粋な威力の点を見ても、洋上の艦隊の目と耳を潰したことは確かに評価できるが、逆に言えば単体で敵を沈めるだけの威力をもっていないということだ。にもかかわらず図体は非常に大きく隠密の動きは難しいときている。

 同じ広域破壊兵器であるジェネシスもニュークリアカートリッジは使い捨てだが、すぐに交換可能なように設計されている。何よりも、機構全体をPS装甲で覆われた堅牢さは比較するのもおこがましいほどだ。

 

 結局、戦場で運用するにはこのシステムはあまりにも使い勝手が悪過ぎた。

 

 唯一、ウルトラギガントンケイル級で構成されるプラントの戦略コンピュータのみは、条件付きながらも肯定的な面をレポートとして提示していた。その内容は、最初の一撃であれば高い費用対効果が見込まれる可能性があるというものだった。

 パトリック・ザラが実戦投入に踏み切れたのも、そのレポートがあったればこそである。

 もっとも、そのパトリックであっても勧告通りマイクロウェーブ照射システムを再度製造することはないだろう。パトリックはあくまで「もったいない」から使用したのであって、運用に問題を抱えるシステムを再作成して使用するつもりは全くなかったのだから。

 

 

 

 地上への照射が終わり、輸送船から破損した照射用のパネルがパージされる。パージされたパネルはしばらくの間は軌道速度に合わせて輸送船と共に動き続けているが、爆発ボルトによって与えられた下向きの勢いで、やがて引力に引かれ低軌道からさらに下へと落ちていき、遠からず大気圏に突入し燃え尽きることになるだろう。

 照射パネルの結節点となっていた輸送船が役目を終え、エンジン出力を上げ高軌道へと遷移を開始している。

 ただし、全部の輸送船が遷移を開始したわけではなく、マイクロウェーブ照射システムの構築・運用に関わった船のみが離脱にかかっており、やや離れた場所に陣取る輸送船はそのままの軌道速度を保っている。

 周囲を守っていた護衛艦はまだ上昇する気配はない。

 それどころか全ての砲門を下、すなわち地球へ向けていつでも戦闘開始できる雰囲気を漂わせている。また、高度を落とさないように注意しつつゲイツ部隊が銃口を下に向けて輸送船の周囲に展開している。

 唐突に砲門が開かれ艦載ビームが光の尾を引きながら地表へと向かっていく。何条ものビームが走った先で、いくつもの誘爆が発生する。

 連合軍が放った対宙ミサイルが迎撃されたのだ。

 

 大気圏上層部から低軌道上にかけて短くも激しい戦闘が行われていく。

 護衛の任についていた艦艇は輸送船の防御を最重視して迎撃を行っていた。そのため、一部のミサイルは迎撃の手薄な部分を突破し、分離し高度を落としていたパネルに次々と命中し、構成材が粉々に粉砕されていく。

 未だ蓄積した熱量が残存しているパネルが攻撃目標として生きていたということだろう。

 だが、ザフトから見れば既に廃棄したものにミサイルが吸い寄せられたわけで、ていのいい囮になってくれたようなものであった。

 最終的に、連合軍の放った対宙ミサイルは、廃棄されたパネルに命中したものを除けば護衛の艦からの砲撃とMSの迎撃によって全て撃破されて終わった。

 

 だが、ザフトの衛星軌道上からの攻撃はマイクロウェーブ照射だけでは終わっていなかった。というよりも、初めて実戦投入する代物に全てを預けるほどザフト上層部は博打好きではなく、当然のようにマイクロ波照射がうまくいかなかった時の用意も整えられていた。いや、どちらかというとこちらの方が本命と考えられていたというべきだろう。

 目と耳、そして口を潰された艦隊に対して更なる打撃を与える容赦なき追撃が加えられようとしていた。

 「第一波、大気圏への突入開始」

 「温度上昇は想定範囲内に収まっています」

 「突入角同調、問題なし」

 オペレータからの報告が淡々と上がり続ける。

 離脱していなかった輸送船から投下され、大気圏に突入した大型の耐熱カプセルが多数、摩擦熱で真っ赤に燃えてながら重力の井戸の底へと落ちていく。

 全てのカプセルは想定通りのコースを辿っており、数分後には所定の位置に到達するだろう。

 通常の大気圏突入カプセルの積載重量はMS3〜4機と補充物資を搭載できることからわかるように、おおよそ400トンぐらいで運用されることが多い。

 それに対し今突入しているカプセルは約3倍に積載重量を増やしている重量級だ。

 また、通常のカプセルよりも深い角度で突入できるよう外壁の素材の強化とビーム攻撃に一撃は耐えられるようジェルがサンドイッチされた特別仕様となっている。

 その内部に搭載されているのは剣山のように構成された対艦ミサイルの群れだ。ただ、一口に対艦ミサイルといっても構成モジュールの組み合わせの違いでその自重は0.3トン〜4トン程度と幅が広い。この重さの違いはシーカー部、弾頭部、燃料タンク、推進システムの違いによるものだが、ごく大雑把にまとめると炸薬量と航続距離に比例していると考えてもらっていい。

 そんな数ある対艦ミサイルの中で今回搭載されているミサイルは弾、頭部モジュールの炸薬量を増量したタイプで、航続距離は150キロメートル未満とかなり短くなっているかわりに破壊力は通常の倍以上を誇る代物である。最終的な自重は約0.5トンといったあたりだ。

 そんな対艦仕様のミサイルが、安全係数を見込んで突入カプセル1つあたりに1000本積み込まれている。そして、第一波として突入するカプセルの数は12個、ミサイル総数12000本にも及ぶなる。

 さらに第二波として同数のカプセルが控えている。

 

 軌道上からの飽和物量をもって行う精密対地攻撃。これこそがザフトが用いる地上攻撃の本命であった。

 

 もっとも本命とは言っても、先のマイクロウェーブ照射システムと同様に掛かっているコストは見かけほど高いものではない。

 超重量級の大気圏突入用カプセルこそ少しお高いが、それ以外は基本的に量産品しか使用しておらず、またプラント本国の軍需物資生産が極めて順調であるため少々の大盤振る舞いくらいにはザフトの兵站は十分耐えることができた。

 もしこれが史実のように地上軍や宇宙軍に甚大な損害を被っていれば、正面戦力の再構築に資源と生産力を削ぎ取られ、ここまで弾薬の生産に力を注ぐことは出来なかったに違いない。

 ちなみに一般の兵士たちは今回の攻撃をポップコーンと呼んでいる。ミサイル発射時に乱れ飛ぶ様子をシミュレーション映像で見た誰かが「まるでポップコーンみたいだ」とつぶやいたのがいつの間にか広がってしまったというしょうもない理由から付いた通称であった。

 

 軌道上からの新たな攻撃。

 

 撤退に移ったがゆえに四方八方に警戒の目を向けていた連合軍は頭上からの脅威に早々に気づいていた。

 だが、マイクロウェーブ照射システムから逃れることが出来た艦はともかく、まともに喰らった艦ははっきりいって対応する術がない。

 レーダーやセンサーで捕捉することも、データリンクで他艦からデータを受け取ることも何も出来ない。かろうじて発行信号により頭上から危機が迫っていることだけは知ることはできたが、だからどうなるものでもない。

 被害を受けていない艦艇群から立て続けに対空ミサイルが凄まじい勢いで打ち上げられる。その勢いを見る限り、後先考えず弾庫を空にしても今この場だけをしのぐことだけを目指しているのだろう。

 

 流星雨のごとく海上に降り注ぐ無数の光の槍。

 それを地上からの流星雨が迎え撃つ。

 一度は収まった南洋の空に再び無数の炎の華が咲く。

 

 だが重力加速度による後押しを受けたザフトの対艦ミサイル群を全て防ぐにはあまりにも連合側の迎撃の手が足りなかった。

 徐々に炎の華が咲く高度が低くなっていき、やがて海面へと到達する流星雨が現れ始める。

 流星雨の一欠けらが海上に到達するたびに新たな炎の華が咲くか、あるいは白と蒼の水の華が咲く。

 流れ落ちる光の槍を迎えるように海面からも炎の槍が多数上昇しているが、その数は明らかに降り注ぐほうが多い。ましてや海面からの炎の槍の数は減る一方なのだ。

 そして命中した結果がどうなるかは考えるまでもない。

 総重量0.5トン弱の物体が重力加速度による後押しを受けて超音速でぶつかってくるのだ。弾頭部の炸薬の威力を考慮しなくても、純粋な物理的エネルギーだけで破滅的な被害をもたらすには十分だ。仮に直撃を免れた場合でも、高性能炸薬が爆発する際に生じる爆風の威力はとんでもないものになる。

 そんなミサイルが全部合わせて24000本も天空より降り注いだのだ。

 仮にザフト自身がばら撒いた撹乱粒子を考慮してミサイルの命中確率を5%、残存艦艇数を300と仮定した場合、1隻あたりの命中本数は4発となる。

 

 その結果は押して知るべし。

 

 軌道上からの文字通りのミサイルの雨により迎撃を物量に押し潰された連合軍艦隊は、補給を終えたザフトMS部隊の再攻撃を受け、最終的に侵攻開始時の約半分の艦艇を失ってオーブ近海より撤退することとなった。

 生き残った艦艇もほとんどが大なり小なり損傷を負っており、また数少ない無傷の艦艇も損傷艦の護衛をしつつ、ザフトの追撃を恐れながらただひたすらに母港へと逃げ戻るより他に選択肢は残されていなかった。

 

 こうして数多くの激戦が繰り広げられた、南太平洋の雌雄を決するオーブ攻防戦は、いささかあっけない幕切れで終幕を迎えた。

 

 だが、過去の歴史を紐解けば、新たな有効な戦術や兵器が戦場に投入された場合、そのほとんどにおいて敵側に大損害を与えている。

 直近の例でいうならば、プラントによるMSの実戦投入が最たる例だろう。そして、今回の軌道上からの広域破壊兵器の使用もこれまでにないという意味では新戦術にあたるといっていい。

 つまりは、全くの予期せぬ攻撃で連合軍が大損害を出したのも歴史のひそみに倣ったというべきなのだろう。

 だが、如何なる背景を持っていようともオーブ攻防戦が連合軍の敗北で終結したことに変わりはない。

 敗走する連合軍をザフトの部隊が追撃するだろうが、それはもはやオーブ攻防戦とは別の物語となる。

 

 この一連の戦いの結果、地球連合軍、それも大西洋連邦の洋上機動戦力は激減し、回復には莫大な資金と資材、そして何より長い長い時間が必要となる。しかも、洋上機動戦力の回復に資源とマンパワーを回す以上、MS部隊や宇宙軍の戦力増強に支障が出ることは避けられない。その事実は様々な面において悪影響を及ぼすだろう。

 そのマイナスの影響を抑えるため、地球連合はあらゆる面での活動を惜しまないであろうことは間違いない。

 他方、有利に立ったプラントもうかうかとはしてはいられない。勝利に驕り、いたずらに時を費やすようなことをすれば今回の勝利も掌中から零れ落ちていくことになる。プラント独立という最終目的を果たすため、よりいっそうの勝利が必要なことに代わりはない。

 その新たな勝利を得るために、プラントがありとあらゆる手段を用いるであろうこともまた間違いない。

 

 今後、双方の陣営が取るであろう方策が、未来に向けて如何なる道筋を描くのか。

 それを知るものは誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 

 

 これにてオーブ攻防戦は閉幕です。

 何とか当初の目標であったオーブ攻防戦の終わりまでたどり着くことができました。

 自分でもよく途中で投げ出さなかったなと少しだけ褒めてやろうかと思います。

 今後がどうなるかはわかりませんが、ひとまずは一区切りです。

 長々とお付き合いありがとうございました。

 

 

 追記

 突っ込まれる前に書いておくとマイクロウェーブ照射の元ネタはガンダムXです。

 でも、さすがに種の世界でサテライトキャノンは無理だろうなあ。フリーダムのあの羽なんてとってもマイクロウェーブ受信しやすそうなんだけど(爆)

 

 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想

やめて!
連合艦隊のライフはもうゼロよ!

そう言いたくなるほどの圧倒的勝つ一方的蹂躙でしたなー。

何はともあれ一区切りお疲れ様でした。
・・・話的には全然区切られてないってのはこの際さておきw

無論、続きは書いて下さるんですよね?(ぉ

 

>フリーダムの羽根

あー、わかるわかるww
特にストライクが付いて以降w


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