キラ・ヤマト ―― スーパーなコーディネーターの真実









 キラ・ヤマトはコーディネーターである。
 それもただのコーディネーターとは一線を画する能力を有している。

 彼は一目見ただけでモビルスーツのOSの不備を見抜き、その場で設定を書き換えることが出来る。
 たいした訓練も無しでモビルスーツを乗り回し、武器を使えば百発百中。しかも敵モビルスーツのコクピットを傷つけることなく無力化するほどだ。

 さらには大戦中に友人の許嫁を寝取り、幼馴染みの婚約者を奪い、先日はオーブ首長国の姫君を結婚式場から攫うという離れ技をしてのけていた。

 しかし、彼の能力はこれだけではなかったのだ。








 ある晴れた日のこと、彼は自宅で悠然と過ごしていた。
 その傍らには平和の歌姫こと、幼馴染みのかつての婚約者=ラクス・クラインが寄り添っている。

「平和ですわね、キラ」

「ウン、そうだね、ラクス」

 戦争を陰で煽っていたロゴスも、コーディネーター排斥を訴えるブルーコスモスも、ディスティニープランをごり押ししようとしたデュランダル議長もすでにいない。なにせこの2人が実力で彼等を排除したのだから。

 自分の思想に迎合しない相手をことごとく潰せば平和にもなろう。

 さて、そんな平和な日々は一本の電話の呼び出し音で終わりを迎えた。

「あら、電話ですわ」

「いいよ、僕がでる」

 恋人を押しとどめ電話をとるキラ。

『キラ君、ちょっと困ったことが……』

 のっけからそんなことを言い出す艶っぽい美人がモニターに映る。ラクスとキラの協力者で、戦艦アークエンジェル艦長マリュー・ラミアスである。彼女の背後には体育座りをしている金色のモビルスーツがいた。

「どうしたんです? マリューさん」

『あのことがムウにばれちゃって――』

 そう言って後ろに見えるアカツキを指さすマリュー。
 よく見るとその周りをバリヤーのようなモノが包んでいた。

『――籠もっちゃったのよ』

 金色のモビルスーツは地面を指でなにやらいじっている。
 そこからブツブツと呟く声が届く。

『どうせ俺はその間死人だったんだ……。おまけに記憶を無くして……』

 かなりいじけた声だ。ドラグーンを使って自分を包むあたり、相当なことがあったらしい。

 冷や汗を垂らし絶句したキラの側にラクスが近寄り口をはさんだ。

「あのことって何ですの?」

『ラクスさん!?』「あ!」

 一瞬で顔色を変えるマリューとキラ。
 それを見て、にこやかだったラクスの表情が一転する。

「何かわたくしに聞かれては不味いことですのね?」

 額にかすかに浮かんだ1本の青筋を見て、マリューは慌てたように喋り始めた。

『ム、ムウがいない間にね、その、私が酔っ払っているのをいいことにキラ君に襲われて――』

「マ、マママ、マリューさん!? 何を言い出すんです!!」

『――実は先月生まれた子ってキラ君の――』

ブツッ!

 いきなり電話が切られる。切ったのはラクスだ。

「ち、違うんだよラクス! あれは酔ったマリューさんを介抱しただけで……」

「キラ、子供がいましたの……」

「お願い! 話を聞いてよラクス!」

 ラクスの額に青筋がもう1本浮かぶ。それを見てキラが必死にいいわけをしようとする。
 そこへ電話がまたかかってきた。

『おい! キラはいるか!?』

 電話の相手はキラの遺伝上の(自称)姉にしてオーブの首長、カガリ・ユラ・アスハ。
 見たところ相当怒っている。
 ひとまず青筋を納めてラクスが応対した。

「カガリさん、どうなさいましたの?」

『どうもこうもない! 祝勝パーティーの時にキラに襲われたせいで妊娠したんだ!!』

 ビクリとキラの体が震える。

『人が酔っ払って前後不覚に陥っているのをいいことに! おまけにコーディネーターだからナチュラルの私は妊娠しないだと!? したじゃないか!!』

「キ〜ラ〜!?」

「ラ、ラクス、その、こ、これは……」

 青筋3本。しどろもどろに弁解をしようとするキラ。

『どうしてくれ――』

 なおも文句を言おうとするカガリが、画面に現れた男達に押さえ込まれる。

『こら! お前達、何のつもりだ!? ムグゥゥ〜〜ウウウ!!』

 画面の死角でカガリの叫びが聞こえる。キラとラクスが呆気にとられていると、オーブの軍服を着た男達が画面の中に整列した。

『キラ様、ありがとうございます! カガリ様がご懐妊とあれば、世襲制である我がオーブは安泰であります! しかもそれが軍神キラ様の血を引くのであるなら、我々オーブ軍としてこれ以上ない喜び!!』

 中央に経つアマギが敬礼と共に告げてくる。その横からキサカが一歩出てきた。

『私個人からも礼を言う。妊娠すればじゃじゃ馬娘も大人しくなるだろう。これ以上面倒を見ないですむ』

 一応、カガリとキラは血が繋がっているのだが、お目付役がこれでいいのだろうか?
 そんな当たり前のことを言う人間はここにはいないようだった。

『キラ様バンザーイ! カガリ様バンザーイ! オーブバンザーイ!』

 ウィンドウの中で万歳を繰り返す軍人達。
 気まずさから口をつぐんだままのキラ。
 怒りで無言のラクス。

 しばらくその万歳が続いたが、やがてラクスがゆっくりと動いて電話を切った。

「キラ?」

「その、その、酔っ払って……カガリとラクスを間違えたんだよ、きっと。ウン、そうだよ」

 ラクスの青筋を見て、キラのいいわけが始まる。

「わたくしはナチュラルではありませんのよ?」

「え、あ!」

 さっきのカガリのセリフから言い訳の穴を指摘され、キラがしまったという顔をする。

「じっくり説明していただきますわ。いいですねキ――」

“リンゴーン”

「あ、ああ、っとお客様だ。待たすといけないよね」

 荘厳な呼び鈴の音が屋敷に響き渡る。それを聞いたとたん、そそくさとキラが玄関へと向かった。

「ええっと、どちら様?」

「ルナマリア・ホークです」

 玄関を開けると、ショートカットにした赤い髪が目に入る。

「あ、ザフトの……」

「はい、パイロットです。インパルスの」

「えっと、何の用?」

「その……」

 言いづらそうに俯くルナマリア。それを見たラクスの眉がピクリと動く。

「ウン? ――危ない!!」

「え?」

 頭のアホ毛をつかんで屋敷の中にルナマリアを引っ張り込む。
 2人が玄関で倒れ込むのとほぼ同時に、庭先に2つの何かが降り立った。

『キラ・ヤマトはいるな!!』

『イザーク止めろって!』

「デュエル!? バスター!!」

 見上げればそこにいるのはデュエルとバスター、2体のモビルスーツ。
 聞こえてくる声からすると、乗っているのは以前これを使っていたイザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンのようだ。

 そのデュエルがビームライフルと肩のレールガンをキラへと向ける。

『貴様、ディアッカの惚れたナチュラルの女を妊娠させたそうだな!!』

『だから、もういいんだって! イザーク!!』

 バスターが肩に手をかけてデュエルを止めようとした。

『ラクス様の選んだ男がそんな不貞をするなど、許さんぞ!!』

 そう、叫んでバスターを指さす。

『見ろ! ディアッカは今泣いているんだぞ!!』

 確かにバスターの目からは涙の様なモノが流れていた。
 黒っぽくてネトネトしてそうだが。

『2年以上も放置してたんだろ? オイル漏れしてるだけだって』

 あきれた様なディアッカの声。よく見ればデュエルもバスターも全身あちこちからオイルが漏れている。

「キラ、ミリアリアさんもですのね?」

 やけに冷静な声をラクスが発する。
 その声で、呆然と2体のモビルスーツを見上げていたキラが現実へと戻ってきた。

「そ、それも酔っ払ってたときのことだから本当かどうかは……」

 前門のビームライフル、後門のラクス。
 ちなみに、アホ毛を引っ掴まれて屋敷に引きずり込まれたルナマリアは、廊下に叩きつけられて伸びている。

「“酔っ払っていたとき”なんて……心当たりはあるのですね?」

「あ、いや、その」

 ダラダラと冷や汗を流すキラ。
 ラクスの青筋は4本目が浮かんでいる。

ドドオーーン!!

 いきなり、庭先で爆発音が響く。振り返れば頭を破壊されたデュエルとバスターがゆっくりと倒れていくところだった。
 その爆煙の向こうから、両手を掲げた悪役面のモビルスーツが現れる。

 両手の平に仕込まれたビーム砲でデュエルとバスターの頭部を破壊したデスティニーである。
 そのデスティニーが背部の大型ビームランチャーを展開し、右手に対艦刀を構えた。

『キラ・ヤマトだな! 俺はシン・アスカ! あんたのせいで家族を亡くした男だ!!』

「ちょっと! 何しに来たのよ、シン!!」

 いつの間にか起きあがったルナマリアが玄関先に走り出る。

『ルナ、どいてくれ! あのことに関して、やっぱり俺はそいつを許せない!!』

「それは――ちゃんと話し合ったじゃない!!」

 口げんかを始める2人。原因はキラにあるようだが。

「3人で生きていこうって言ってくれたのはシンでしょ!!」

「3人?」

「あらあら、今日のことを考えるとあまり面白くなさそうですわ。ね、キラ?」

 ラクスの言葉にギクリとした顔になるキラ。

『ラクス・クラインがいるのに、どうして……どうして……!』

 巨大な対艦刀をキラへと構え直すデスティニー。

『どうしてルナがあんたの子供を妊娠してるんだー! あんたはいったい何なんだー!!』

 叫びと共に、ビーム砲を振り上げ空へと連射する。
 それを見たラクスがキラの首根っこをガシリと押さえた。

「予想通り――ですわね。それとも、お約束――と言った方がよいでしょうか、キラ?」

「く、苦ひいよラクフ……」

 ギュウギュウとキラの首を絞めるラクス。キラの顔色が紫になっていく。

「シン、いい加減にしてよ!!」

『畜生ぉぉ! マユもステラも、みんなあんたが俺から奪ったんだ!! だから手近のルナで我慢してたのに!!』

「ちょっと、どういう意味よ!!!?」

 デスティニーとルナマリアの方もなにやら怪しげなことになっている。
 と、未だ空へ向けそのビーム砲をぶっ放し続けるデスティニーが、横殴りのビーム連射をまともに食らい吹き飛ばされる。

「シン!?」

 ビームの飛んできた方向を見ると、そこには両肩に一回り大きなビームキャノンを備えた青いモビルスーツがいた。シグー・ディープアームズ。本来はビーム砲の実装研究用の機体である。

『あなた! 隊長に何てことをするんですか!!』

 そこから女性の声が聞こえてくる。

「シホか!?」

「さすが……もてる男はうらやましいぜ、イザーク?」

 倒れたデュエルとバスターからイザークとディアッカがひょっこりと現れた。

『隊長! 大丈夫ですか!?』

「ディアッカ、怪我はないな? 大丈夫だ!!」

 “ああ”と頷くディアッカを確認して、イザークがシホに向かって手を振る。

『……隊長……』

「? おい、どうしたシホ!?」

 なにやら微妙な声をシホがあげる。それに気づいたイザークが怪訝そうにたずね返すと、いきなり両肩のビームキャノンが火を噴いた。

『うわあ〜〜〜ん!!』

「ちょっ!? まて馬鹿! 何をする!?」

「うひょ〜う!」

 次々と飛んでくるビームの雨の中、男2人が逃げまどう。

『隊長ってば、何でエルスマンのことばっかり庇うんですか〜〜!』

「何だ!? 訳がわからんぞ!!」

『レクイエムの時も〜! ジェネシスの時も〜! 一言も無しに私のことなんか置いてけぼりにして〜!!』

「イザーク! わかってやれよ!!」

 ヒョイヒョイとビームを避けながらディアッカがニブチンの親友に叫んでいるが、言われた本人は解っていないようだ。

「何の話だ!? この状況はそれどころじゃ――」

『隊長のぶぁかーーー!!!』

 一際大きな叫びが届く同時に、ビームが倒れたデュエルに突き刺さる。
 当たり所が悪かったのか大爆発をおこすモビルスーツ。
 イザークとディアッカがそれに巻き込まれ宙を舞った。

「のわーーー!?」「ぅおう!?」

 時を同じくしてキャノンの砲身が溶け落ち、シグーが沈黙する。
 乗っているパイロットは黙ってはいなかったが。

『隊長のばかばかばかばかばかぁ!!』

 “うわーん”と泣き声が響いてくる。
 それを見ながらラクスは未だキラを締め上げていた。

「本当に騒がしいことですわ」

「ラクフ……くるひいって……」

「でもあの2人、“痛い痛い痛い〜”とも言いませんし、“グゥレイトォ!”とも言いませんでしたわ」

 一度生で聞きたかったですのに、といいながら首をかしげる歌姫。紫を通り越して土気色になりつつあるキラのことなど見向きもしない。

「とりあえず彼女のおかげで静かになりましたわ。これでキラを落ち着いてとっちめられるでしょう」

 相変わらず泣き声を上げる青いモビルスーツへ、感謝の意かラクスは一度黙礼した。
 ほとんど気を失ったキラを引きずって屋敷の奥へと歩き出す。

 そこへ慌てた声がかけられた。

「キラ!?」

 ダダダッとアスラン・ザラが駆け寄り、ラクスの手からキラを奪う。

「どうしたんだキラ!? 大丈夫かキラ!?」

「あ……アスラン……僕は……」

「しっかりしろキラ! 苦しくないかキラ!」

 必死に呼びかけをするアスラン。一応、キラも生きてはいる。

「アスラン、突然何しに来ましたの? ……いえ、何となくわかりましたわ」

 アスランの後ろ、メイリン・ホークが玄関に佇む姿を見て、ラクスの額に数え切れないほど青筋が浮かぶ。無理に笑ったような表情が恐ろしい。

「あなたも子供が出来ましたのね?」

「いえ、あの、その、まだ、出来無くって……」

「“まだ”?」

 ラクスの柳眉がつり上がっていく。5度、10度……。

「アスランさん、結構頑張ってくれたんですけど……」

 オドオドしながらのメイリンの言葉に、ラクスの眉が動きを止める。

「アスラン……ですの?」

「あ、はい」

「それは……疑って申し訳ありませんですわ」

 とりあえず普通の雰囲気を取り戻し、メイリンへと頭を下げる。
 その変化に頭を下げられた方は戸惑っているようだ。

「え? あ、はぁ……」

 先ほどの恐ろしさを毛ほども感じさせない優雅な仕草に、メイリンが戸惑っている。

「とにかく、お茶でもどうぞ」

「お、お構いなく……」

 リビングに場所を移しての歌姫手ずからのもてなしに、メイリンは落ち着かないようだ。  その隣にはアスラン。彼の正面に何とか生き返ったキラが座り、ラクスが隣に陣どる。

「今日は突然どうなさいましたの?」

 今日の天気にふさわしいラクスの笑顔。
 外ではシホの泣き声とイザークとディアッカのうめき声、ルナマリアがシンをしばきたおす音が行き交っているが、完全無視を決めたようだ。

「実は……」

 言いにくそうに切り出すアスラン。そのくせ頬がゆるんで嬉しそうである。

「子供が出来たんだ」

「あら、先ほどは……」

 ラクスが恐ろしい視線をメイリンに向ける。
 その目を見たメイリンがヒッと息をのみ、ぶんぶんと激しく首を振った。

「違います、違います! 私じゃないんです!」

「ならば、アスランもキラと同類ということでしょ――」

 軽蔑のまなざしでラクスがアスランへと振り向く。
 その視線の先、顔に朱をのぼらせたアスランが自分のおなかをさすっていた。

「キラの子だ。一回で出来るなんてな」












「見たかね、タリア」

「ええ」

「キラ・ヤマトの真の恐ろしさは、その情報処理能力にもモビルスーツの操縦技術にも無い。一度肌を通わせただけで確実に子を成すというところにある」

 生前の世界を覗き見ながら、デュランダルとタリアが寄り添う。

「女からみればとても大事な力よ」

「うむ、私も少しうらやましく思う。しかしあれでは男だけでなく、熊でも象でも子供を作ってしまうだろう」

 彼等の見ているまえで、ラクス・クラインが怒りのあまり失神していく。
 メイリンが慌てているが、キラとアスランは手を取り合って2人の世界に入っているようだ。

 デュランダルらから少し離れてその光景を見ていたレイが振り返る。

「ギル、今度生まれ変わったら――」

「ああ、ほんの少しでいい。あの力でタリア、君との子を」

「ギル……」

 ウルウルと涙をにじませるタリア。その手を握りデュランダルが見つめ返した。
 その空気を無視してレイが続ける。

「私もあの力欲しいです」

「レイ?」「何を……」

 呆気にとられるかつての恋人達。
 金髪の美少年は2人にかまわず言った。




「そして、ギル、今度こそあなたに俺の子供を産んでもらいたい」

「「レイがそっちなの!?」」




終わり


アスランはアスランですもの







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代理人の感想

ノーコメント。つーか終われ(爆)。






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