「……」


 先の対アークエンジェル戦において、強烈なゼンガーの太刀を受けたイザーク。
 無事に帰っては来た物のダメージは深刻だった……主に心の、だが。
 彼は母親が政府上層部の首脳メンバーの一人であるだけに、極めて高いプライドを有している。
 優秀な母親の遺伝子を受け継いだ優秀なコーディネーターだと自負し、その期待に答えるべくひたすら邁進して来た。
 故に、自分達とはありとあらゆる面で劣るナチュラルなどに負ける筈は無いと信じ切っていた。
 ……しかしゼンガーにその自信を木っ端微塵に粉砕され、更にその傷口に塩を塗りこまれる様な目に遭っていた。



「……クク……」

「笑うのは良くないですよディアッカ……」



 心底可笑しそうな顔を堪えているディアッカと。本気で同情しているニコル。
 彼らの目線は、大きな紅葉模様がついたイザークの頬に集中している。
 イザークの中では劣等種と認識されているナチュラルに敗北を喫する事はありえない事であり、その責任をよりにもよってククルに向けてしまったのだ。ゼンガーに敗退した事を口惜しく感じているのは自分だけでは無い事を認識出来なかった、故に悲劇は起きた。
 


「お前さあ、ククルが掴みかかられたぐらいで脅えたり悲鳴上げるキャラじゃないって解ってたクセに……」


「うるさいっ!!」


 ディアッカが笑うのも無理は無く、その後イザークは物凄い反撃にあった。
 おもむろに両腕を掴まれたと思えば強烈なヘッドパットをお見舞いされ、よろけた所に豪速の平手。
 ロッカールームに置かれていたソファーもろとも盛大に引っくり返された所で腹を踏みつけられた。


『たわけが……今此処で黄泉比良坂に逝きたいか?』


 そうしてイザークで逆に鬱憤を晴らしたククルは、今はクルーゼと共にヘリオポリス崩壊のついての査問会の為、本国へと出頭している。戻るのは当分先の話だ。
 だからイザークに名誉挽回の機会は、無い。
 あるとすればククルより先にゼンガーを倒す事だったが、それは今非常に困難となっている。


「傘はレーザーも実体弾も通さない。まあ、向こうからも同じ事だが」


 現在イザークらはローラシア級ガモフにおいて、ミーティングの真っ最中であった。
 地球連合の軍事衛星“アルテミス”へと逃げ込んだアークエンジェルを、どうにかして燻り出す為に。
 戦力的には圧倒的にイザークらが有利であったが、アルテミスは難航不落の要塞としてその名が知られていた。
 その訳は“傘”にあった。
 光波防御帯と呼ばれる強力なエネルギーシールドを有するこの要塞は、いかなる艦砲射撃及び実体弾をも受け付けない。
 それを展開している様子がまるで透明な傘を開いている様に見える為、アルテミスは“傘のアルテミス”と二つ名で呼ばれている。
 しかしガモフの艦長であるゼルマンが言う様に、これを展開している限りアルテミス側からも攻撃は無い。
 大体が辺境の小惑星を改造した割と小規模な要塞で有るが為に、ザフトでも地球連合においても戦力的価値は殆ど無い為に放置されていたが……そこにアークエンジェルが逃げ込んだ事で一気に重要度が高まったのだ。


「だから攻撃もしてこないって事? バカみたいな話だな」

「あの傘を突破する手段は今のところ、無い。厄介な所に入り込まれた……」

「どうするの、出てくるまで待つ?」


 ディアッカの笑えない冗談にイザークの苛立ちがついに爆発した。


「ふざけてる場合かディアッカ!! お前は用を終えて戦線に戻られたクルーゼ隊長に、何も出来ませんでしたと報告したいのか?! それこそ良い恥さらしだ!!」


 イザークのその物言いに流石にディアッカも黙り込んでしまう。
 ディアッカは物事を斜めに考える事が多いが不真面目ではない。エリートである“赤”が雁首そろえて手をこまねいているというのは、それはそれで問題であると気がついていた。



「傘は常に開いている訳では無いんですよね?」


 そこで、先程から戦略パネルを凝視していたニコルが発言した。


「ああ。周囲に敵の無い時までは展開していない。だが傘が閉じている所を狙って近付けば、こちらが衛星を射程内に入れる前に察知され、展開されてしまうだろう」


 結局お手上げか、という風にディアッカが両手を開く。
 だがニコルは悪戯めいた表情を見せ、続けた。


「僕の機体、ブリッツならうまくやれるかもしれません。あれにはフェイズシフトの他にもう一つ、ちょっと面白い機能が……」

『アルテミスに逃げられたそうだな?』

 そこに此処にはいない筈のククルの声が飛び込んできた。
 損傷して本国へ帰還中のヴェサリウスからの通信だった。


「貴様には関係無い!! とっとと行け!!」

『黙れイザーク。結果を出せずに何を言うか』


 すわ二回戦開始かとわくわくするディアッカとは対照的に、ニコルは自分の発言を遮られ不機嫌そうにしていた。


『……で、ニコル。お前の作戦とはどういうものだ?』

「え? あ、あの聞いてたんですか?」

『ああ。“ふざけている場合かディアッカ”辺りからな』


 それを聞いて通信が入った事を知らせなかったゼルマンに対し、恨みがましい目を向けるイザーク。
 彼としては只規律に法って真面目にやっていただけ。恨まれるのは心外だと言う風に、ゼルマンは年期が入った表情でジロリと睨み返していた。


「お先にどうぞククル。僕は後でも……」

『私はお前の作戦を聞きたいのだ……私の事は構うな』
 


 はあ、と間の抜けた表情をしながらも、ニコルはX−207の特殊機能を使用した奇襲作戦のプランをスラスラと語っていく。
 最年少とは言えども彼もコーディネーター。下手な連合軍人よりも遥かに緻密で高度な戦術戦略を組み立てる事ができる。


『……成る程。ローリスクなものだな。それが現行のやり方としてはベストだろう』

「まあニコルの様な臆病者らしい作戦だわな」

 ディアッカの毒舌に思わず皺を寄せるニコル。


『ほう、ならばディアッカ。お前はニコルを超える策があると言うのか?』

「う……」


『無いなら言うでない』


 まるで自分を庇うかの様な発言に驚くニコル。
 同時に言葉に詰るディアッカだが、ここで食い下がるほど情けなくは無い。

 
「じゃあ、ククルのグレイトな案を聞かせてくれよ?」

『近場に隕石があるだろう。大質量のものを適当に見繕って、ブースターなりMSなりで押し出してアルテミスへぶつければいい』


「「「「な……!!」」」」


 余りに単純かつ効果的な作戦案に、イザークらは絶句した。
 確かにアルテミスの光波防御帯と言えども絶対ではなく、余りに負荷が大きいと破壊される筈である。
 当然アルテミス側も黙っている訳が無く、対空砲火や艦艇を使用してその大質量体を破壊しようとする。
 だがそれには傘を外さねばならず……と、どう転んでも作戦は成功する。


「流石は“黄泉の巫女”だな。奇抜な事を考える。本艦の装備ならばその作戦を実行する事も……」
 


「誰がお前のプランに従うか!! ニコル!! お前やれ!!」

「ええっ?!」


 ゼルマンがその案を採用しようとした所でイザークが叫び、結果的にニコルの案を後押ししてしまった。


『そうか、ならば健闘を祈る……大天使の剣、折れるものなら折ってみるがいい』


 そう言うとククルは通信を切ってしまった。
 上手く彼女の誘導に引っかかった事に気がつき、悔しがるイザークの顔を見ずに。

 
「鬼だなククル」

「皆を手駒として扱える隊長はもっとそうだろう」


 憮然として言うククルにニヤリと笑うクルーゼ。


「しかし良いのかね? イザークらがゼンガー=ゾンボルトを倒してしまっても」

「あの男はその程度ではない筈……敗れたならば私の目が違えていたと言う事だ」

「……確かにな」



 しかし二人とも何故か、ゼンガーが勝ち残る事を予期していた。
 ククルの場合それが純然たる戦士のカン故のものだったが、クルーゼはまた別の意味でそれを確信していた。




「機体の操縦システムのロックを外せ……?」


「う、うむ」


 アークエンジェルを受け入れたアルテミス司令官、ジェラード=ガルシア少将と共に、ゼンガーは伍式の前に立っていた。
 ガッシリとした禿頭のガルシアは、取り繕った態度でゼンガーを横目で見ている。
 が、その態度は何処か落ち着かない。周囲に何人か銃を持った部下がいるにも関わらずだ。
 しかも難攻不落のアルテミス内に陣取っているにも関わらず、ガルシアを含め周囲の兵は何故か負傷していた。
 確かにアルテミスはアークエンジェルを歓迎した。
 だがそれはMAや武装した兵士を伴った随分と乱暴なものだったが。
 ユーラシア連邦に属する軍人は殆どが、大西洋連邦に対し何らかの対抗意識を持っている。
 ガルシアの場合はそれがやや直接的で、アークエンジェルと伍式についての情報を得る事で利を得ようとしたのだ。
 マリューとナタル、そしてフラガの三人の士官を体よく監禁し、艦のコントロールと火器管制システムを封鎖したまでは良かった。
 だかここで彼らは、敵に回してはいけない男を怒らせてしまったのだ……。



『私は当衛星基地指令、ジェラード=ガルシアだ。この艦に積んであるMSのパイロットと技術者は何処だね?』
 


 数分前、憎たらしい余裕の笑みを浮かべながらガルシアはブリッジクルーを集めていた食堂へと赴いていた。


『む?』


 そこでは偶然にもイルイとフレイにコーヒーを煎れてもらっていた為に、ブリッジから離れていたゼンガーの姿もあったのだ。
 


『何故我々に聞くのです? 艦長達が言わなかったからですか?……伍式をどうしようってんです?』


 ノイマンの訝しげな問いに、ガルシアは只笑った。


『別にどうもしやしないさ。只折角公式発表より先に見せて頂く機会に恵まれたんだ。色々と聞きたくてね……パイロットは何処だ?』


 後に銃を持った部下がいるだけに、大きな態度で答えるガルシア。


『フラガ大尉ですよ。お聞きになりたい事があるなら大尉にどうぞ』

『先の戦闘はこちらでもモニターしていた。ガンバレル付きのゼロを扱えるのは今ではあの男だけだ。それぐらい私でも知っているよ』


 マードックの非協力的な態度を見て、これは駄目だと判断したガルシアは、近くにいた人物の手を掴んだ。
 ……同時にそれは彼の命運をも決定してしまったが。


『きゃ!』


『まさか女性がパイロットとも思えんが、この艦は艦長も女性と……』


“カァアン!!”


 食堂の奥から飛んできた金属製トレーを頭部に喰らったガルシアは、掴んだミリアリアの手を離してもんどりうって倒れた。


『な……!!』


 突然の出来事に同行していた副官も兵士も唖然となり、トレーが飛んできた方向を見て、青ざめた。
 そこには背に背負っていたひび割れたカタナを抜き払わんとする、ゼンガーの姿があったのだ。


『き、貴様何を!!』


『黙れ!!』


 言い様のないプレッシャーに圧倒され、銃を持っているにも関わらず後ずさる兵士達。
 なお側にいたイルイとフレイはティーセットを持っていそいそと厨房に逃げ込み、マードックらもテーブルを引っくり返してバリケードを作っている。臨戦態勢は整いつつあった。
 


『そして聞け!! 我が名はゼンガー=ゾンボルト……大天使の剣なり!! 我が同胞を傷つけるのなら、例え同盟である貴様らユーラシアと言えども容赦はせぬ!!』


『何を……!貴官は自分の置かれている状況が解って』


『問答無用!!』


 状況が解っていなかったのは自分らの方だったと気が付くのは、全員気絶した後だった。
 彼らは銃を持っている事で優位に立ったつもりだったが、それは平和ボケした彼らの錯誤だった。
 ゼンガーが修めている薩摩示現流は、旧世紀のユーラシア極東で大成された剣術である。
 防御を捨て、己の全身全霊で必殺の一刀を打ち込むその一撃は、相手の防御ごと敵を真っ二つにする程の破壊力がある。
 事実、この剣術が発祥した国家において発生した政変において、当時最新鋭だった銃器を持った政府軍相手に、示現流の使い手達は互角以上に戦ったとされ、この剣術は最強とまで謳われた。
 お粗末なことに、狭い室内においては跳弾の恐れがあり、発砲は自分達にまで危険が及ぶ事を察したのは安全装置を外した後。
 迷っているうちにゼンガーがその一撃必殺の峰打ちを叩き込む事など、造作もなかった。


『……俺が伍式のパイロットだ。ガルシア少将、何か用か?』

『ひっ……ああいやいや大した用事では無いがその出来れば貴官に協力を願おうかと……』
 


 ガルシアも途中から意識を取り戻していたのだが、その余りの惨劇に気絶したフリを続けていたのだ。
 しかしゼンガーに咎められ、結局彼は連行“される側”として食堂から出て行った。
 その後伸びた副官や兵士らを放り出して、マードックらが勝ち誇っていたのは言うまでも無い。




「……しかし妙な話だな。俺は伍式に何らかのプロテクトを施した覚えは無い」
 
「何だと……?」


 伍式のコクピットに入り込んだゼンガーを、キャットウォーク側から見守っているガルシアが固まる。
 隣には銃を持った兵が立っているが、銃口がブレまくっている。
 どうも先の一撃が効いた様で、ゼンガーなら銃弾すら跳ね返しそうだと安心できないでいるのだ。


「先程技術者達が入り込んだ時にはスロットル一つ動かなかったのだぞ?!」


「気合が足りん」

“グイ”


 確かにゼンガーが動かすといともあっさり動き出した。
 他のアームレストやフットペダルも同様だった。不審に思ってガルシアが技術者らに事情を聞くと、実に単純な理由であった事が判明した。


「あーゼンガー少佐、全体的に直接操縦装置が“重く”ないかね?」

「それぐらいせねば伍式を手足には出来ん」


 つまりこの伍式は遊びを極端に少なくした結果、微妙な力加減をも機体に反映すべく円滑な操作性を捨てていたのだ。
 しかも当初からゼンガーが乗る事を想定していたらしく、よっぽど力を加えない限り常人にはピクリとも動かせない。


「OSプログラムが上手く構築されていないのでな。微妙な部分はマニュアルで対処するしかあるまい」

「し、しかしそれでは」



 ガルシアが兵器として役に立たないと言いかけたが、ゼンガーは言葉を続けた。


「俺の本来の任務はソードパックのモーションデータ入力と正規パイロットの育成だった。ヘリオポリス襲撃さえ無ければ後ほど設定を更新する予定だったが、緊急事態だったのでな。テストプログラムを使い続けている」

「な、ならばアルテミスの施設の使用を許可しよう。それで設定更新を……」


 未だに諦め切れていないガルシアだが、最後までは言えなかった。
 キーボードを叩き続けているゼンガーの発する、重い雰囲気に呑まれてしまったのだ。 
  


「それが可能だったネート博士は亡くなった……更新は月かアラスカに行かない限り不可能だ」



 同時に鋭い視線でガルシアを睨み付けると、一枚のマイクロディスクを投げ渡した。


「今現在の時点で蓄積されている伍式の剣戟モーションデータだ。それ以上を望むと言うのならばそれ相応の代価を払ってもらうぞ」

「う……」



 完全に気圧され、ガルシアは押し黙ってしまう。
 そうしている間にも、ゼンガーが着々と発進準備を行っている事にすら、気が付いていない。


「アークエンジェルの拘束・封印状態を解除しろ。さもなくばこのアルテミスは炎に包まれるぞ」

「お、脅しているのか! 貴官は!!」

「違う、警告だ。外にいるザフト艦にXナンバーの一機、X-207が搭載されていれば……」


 その時鈍い震動がアルテミス全体を襲った。





「作戦は成功です! 攻撃開始を!!」


 ゼンガーの懸念は既に現実と化していた。
 X-207事ブリッツと共に、ニコルはアルテミス表面で光波防御帯のリフレクターを破壊していた。
 アルテミスに入り込んだ手段は実に狡猾だった。
 まずガモフがアルテミスの警戒ラインから離脱。それを確認したアルテミス側が傘を解除した所から全てが始まる。
 その時点ガモフからブリッツのみが出撃し、ゆっくりとアルテミスへと忍び寄ったのだ。
 確かにこの機体はステルス機能に優れているがそれだけではない。
 可視光線をゆがめレーダー波を吸収するガス条物質を機体各所から放出させ、それを磁場で吸着させる事でレーダーにも肉眼でも識別不可能にしていたのだ。
 “ミラージュコロイド”と呼ばれるこのシステムの活動限界時間は八十分。しかもフェイズシフトが使用できない状況に合ったが、見事ニコルはアルテミスに辿り着き、任務を遂行したのだ。
 


「ククルも応援してくれたんだ……僕も頑張らないと」


 後方から凄まじい勢いで追いついてくるイザークとディアッカを待たずに、ニコルは突入を開始する。
 周辺の対空砲は有って無いも同然で、次々とビームライフルで沈黙させていく。
 あらかた掃討し終わるとゲートを破壊して突入。
 緊急発進したメビウスが迎撃して来るが、狭い要塞内での戦闘はMAの本領ではない。
 むしろ多目的な活動を目指したMSの独壇場であった。
 出てきたものから片っ端から撃ち落していくニコル。
 ランサーダートで一機のメビウスを沈黙させ、左腕に搭載してある有線射出爪“グレイプニール”が停泊していた連合艦のブリッジを潰す。
 その頃にはイザークもディアッカも内部に侵入し、管制室を沈黙させたのを皮切りに次々と周囲を焼き払っていった。


〈どこだ!! 足付きは、ゼンガーはどこだ!!〉

〈おお熱い熱い。気になるあの娘に煽られて、俄然やる気だイザーク君〉

「……そんなんじゃ無いと思いますけど」


 ディアッカの軽口に何故かムッとなるニコル。
 しかし今はその奇妙な感情を端に押しやり、奥へ奥へと進んでいく。


「いた!」


 ニコルらに後を見せる様な形でアークエンジェルが鎮座していた。
 しかし無反応と言う訳ではなく、既にエンジンは始動しており反対側のゲートへと向かっていた。
 しかも主砲を展開して。



「イザーク! ディアッカ!! 足付きは主砲でゲート突破を試みるつもりです! 急いで!!」

〈お前に言われなくとも! 沈め足付き!!〉


“バシュ!!”


 意気込んでニコルを追い抜いたイザークだったが、すぐさま鋼鉄の鉤爪に捕まって思いっきり後に吹き飛ばされていた。


「イザーク?!」


 驚くニコルの真横を有線ワイヤーが巻き戻っていき、戻った先には赤い鬼がいた。
 


〈ここより先は一歩も通さん!!〉

「ゼンガー……ゾンボルト!」



 アークエンジェルのエンジン噴射光に照らされた伍式の姿に、ニコルは思わず息を飲んだがしかし、前の様には怯まなかった。


「此処で貴方達を行かせれば、多くの友軍が危険に晒されます!! やらせませんよ!!」

〈立ち塞がる者は何人であろうとも、倒す!! 俺も貴様と同じく守るべきものがある! 故に!!!」   
  



武神装攻ゼンダム
其弐 斬られる前に斬る


  







「……戦わねば守れぬのなら……戦うしか無い、か」


 プラントの最高評議会の首座が存在する、アプリリウス市での査問会を終えたククルは、足早に議場を後にし、あるモニュメントの前に立っていた。
 このエヴィデンス(存在証明)01と呼称される、鯨に羽が生えたような動物の化石は、数十年前“ファーストコーディネーター”と呼ばれたコーディネーターの始祖、ジョージ=グレンが木星圏から持ち帰った物だった。
 ジョージの出現により世界的に遺伝子改変ブームが巻き起こったが……その余りの能力格差は非コーディネーターとの差別を生み出し、それが積み重なって今日、戦争にまでなってしまったのだ。


「……戦わない者までも戦争に引きずり込むつもりか」


 査問の結果はククルにとっては唾棄すべきものだった。
 確かにヘリオポリスは中立だったが、MSや戦艦を建造していた以上それを正当な主張とは受け取れない。
 攻撃の結果コロニーが崩壊した事も止むを得ない結果であり、それよりも問題はあれほど高性能なMSを開発した地球連合にはプラントとの交渉意志は皆無であり、“血のバレンタインの悲劇”、ユニウスセブンの二の舞を避ける為には戦うしか無いと。


「何度も何度もユニウスの同胞を引き合いに出しおって……ザラ委員長は余程戦がしたいと見える」

「そう言わんでくれ。彼もまた同胞の事を思っての事」


 背中から声を掛けてきた老紳士の姿を見て、ククルは自然に敬礼していた。


「クライン議長閣下……お久しぶりです」

「そう他人行儀な礼をしてくれるな」



 12人の議員で構成されるプラント最高評議会を束ねるシーゲル=クライン。
 イザークやニコルらの様に、親が最高評議会の一員である訳ではないククルにとっては、本来天上の人とも言うべき人物である。
 しかしこの二人の間にはそんな堅苦しい空気は無い。 


「ようやく君が戻ったかと思えば、今度は娘の方が仕事でおらん。全く、君らは一体何時、会う時間が取れるのかな」

「心配はいりませぬ……例えこの身が離れていても、心は常に共にある。ラクスもそう思ってくれていれば良いのですが」 
 


 シーゲルに向かって、クルーゼ隊では決して見せた事が無い、歳相応の美しい微笑を浮かべるククル。
 それにつられてシーゲルも穏やかな笑みを溢した。


「私としてはアスランの方が心配です。あ奴はどうも融通が効かん……オカピはともかく、クライン邸に今もあの丸い童子らが踊り狂っているのだろうと思うと……」 

「最近また一つ彼が送ってくれたよ。娘はピンクちゃんと言って可愛がっている……今度の仕事にも連れて行ったよ」



 ククルの唯一と言って良い友人である、シーゲルの娘ラクス=クラインには婚約者がいる。
 それが先に話題に出たアスランと言う青年だ。
 フルネームはアスラン=ザラ……急進派で知られるパトリック=ザラ国防委員長の息子だ。
 シーゲルが穏健派に属するだけに、何処と無く政略の臭いがする組み合わせだったが、当の本人らは至って穏やかな付き合いをしていた。
 ラクスは優しく穏やかな性格だが、アスランはどちらかと言えば生真面目で融通が利かない。
 それでもラクスをとても大事に思っているが……幾ら喜んでくれたからとはいえ、“ハロ”と呼ばれる自立ロボットを来るたびにラクスにプレゼントするのはどうか、とククルは思っている。
 人の事は言えないながらも、アスランは何処か人付き合いに不器用なところがあるとククルは感じていたが、それだけに温かい視線で見守っていた。
 


「ん……」

「ククル。あの新造艦とMSを追う。ラコーニとポルトの隊が私の指揮下に入る……出港は72時間後だ」


 議場からパトリックと連れたって現われたクルーゼから指示を受け、ククルはすぐさま厳しい表情を見せて敬礼した。


「了解した……それでは失礼します、クライン議長閣下」


 シ−ゲルは彼女の後姿を複雑な思いで見送ったが、パトリックは彼女の存在を徹底的に無視している様に思えた。
 それもその筈……彼女はプラントにとっては“寄る辺無き者”だからだ。  
 




 一方、アークエンジェルはアルテミスから脱し、月への航海を続けていた。
 ゼンガーもニコルらの粘り強い攻勢に耐え、無事帰艦している。
 伍式の整備を終え、ゼンガーは食堂へと向かっていた。
 本来士官であるゼンガーは、平時であれば専用の士官室があてがわれ、食事も兵に運ばせる事が出来る。  
 しかしそんな事をゼンガーはした事が無い。
 むしろ自ら厨房に入り、豪快な包丁裁きで御造を兵に御馳走した事もある。
 ……ただ教導隊時代は、三ツ星シェフも裸足で逃げ出す程の腕前を持った男がいて、戦艦一隻全てのクルーに対しその腕前を常習的に振るっていた為、それ程目立ちはしなかったが。


「あ、少佐」

「おつかれさまです」


 先程までブリッジで手伝いをしていたサイらがゼンガーを呼ぶ。
 彼らは先に上がって食事をしている最中だったが、どうもそのメニューは味気なかった。
 ヘリオポリスでの中途半端な物資積み込みと、アルテミスでの補給失敗により、艦は大分切羽詰った状態にあったのだ。



「……」

「こら……!」


 それでも戦闘行為に加担している彼らは、避難民に与えられる食事よりも幾分マシである。
 今も食堂の扉から物欲しそうに眺めている幼女と、困った顔で引き離そうとする母親の姿が。


「……」



 厨房から食事トレーを受け取ったゼンガーは、そこからパンだけ取って幼女に渡した。
   


「……食べるか?」

「いいの?」

「ああ。但し此処で食べるんだぞ」




 ゼンガーの長身に隠れるようにして、幼女はパンを頬張った。
 サイらは何でパンだけ……と思ったが、通路を行き来する避難民の姿を見て考え直した。
 只でさえ皆飢えているのに、この少女だけ目立った特別扱いすればどうなるか。


「ありがと、おいちゃん!」

「ああ。もう少しの辛抱だ……耐えてくれ」


 ゼンガーは、何度も礼をする母親に連れられて元気に手を振る幼女を見送ると、改めてサイらのテーブルに戻る。


「親切するのも大変なんですね……」

「上辺だけの善意はむしろ不幸を呼ぶ事がある。それより先に現状を打破した方が余程彼らの為に……どうした、フレイ?」


 サイの隣にゼンガーは座ったのだが、その反対側でフレイが徐々に徐々にゼンガーらから離れているのだ。


「だ、だって……シャワー浴びてないんだもーん」


 その場違いな発言に、サイら一同からどっと溜息が漏れた。


「シャワー……今不足しているのは戦闘物資と水か」


 しかしゼンガーは真剣にその事について考え込んでいた。
 食料は最悪レーションがあるが、水と弾薬だけはどうにもならないのだ。
 このまま安全な進路を取れば大回りとなり状況は悪化する一方。かといって近道をしようものなら必ずザフトと戦闘になる。


『このままでは、艦全体が疲れ果ててしまう……打開策が必要だ。そう……劇的な策が……』



「お、坊主らに少佐。ここにいましたか」


 ふとゼンガーが思考から抜け出ると、マードックが入り口に立っていた。 


「艦長らがお呼びだとさ。何でも補給についてらしい」
 


 それを聞いてサイらは声を弾ませたが、ゼンガーだけは嫌な予感がしてならなかった。




「父上、母上……今年もまた花が咲いたぞ」


 プラントの一角にある閑静な墓地。
 色取り取りの花々と草木に満ち溢れたここに、ククルの家族が眠っている。そして……。


「冥府で仲良くやっておるか? “私”よ……」


 墓石に刻まれているのはククルの両親だけではない。彼女自身の真の名も刻まれていたのだ。
 ……およそ一ヵ年前、地球とプラントの関係は極端に悪化していた。
 地球側はプラントに食料生産を認めずにいたが、プラント側はそれを無視して、ユニウス市を中心とした食料生産体制を整えつつあった。
 今までプラントはオーブとヘリオポリスの様にオーナー国によって所有される“植民地”だった。
 オーナー国はプラントにエネルギーと工業製品を生産させその利益を独占。しかも自立を防ぐ為に武器と食料生産を禁じ、文字通り食料をエサとしてプラントを操ってきた。
 当然プラントも黙っている訳が無く、工業製品の輸出入を断ち切ったりして抵抗したが、地球側の返答は極めて凶悪なものだった。
 地球連合軍はユニウス市を構成するプラントの一つ、ユニウス・セブンに対し核攻撃を敢行したのだ。
 これによって一瞬にして243721人もの犠牲者を出したプラントは開戦を決意。
 地球上に核反応を阻害するNジャマーを無差別に設置する事でその報復を行い、今の戦況に至る。


「あの時私は一度死んだ……私にはもう、帰る場所など存在せぬ」


 ククルはユニウス・セブンにおいてそれなりの地位にあった大地主の娘だった。
 恵まれた立場に溺れる事が無い、素朴で自然を愛するごく普通の少女……だった。
 その悲劇の当日に、偶然にも農耕MSで作業をしていたが為に生き残り……気が付いた時には駆けつけたザフト軍によって収容されていた。
 己の衝動を抑える手段を知らなかった彼女は即座にザフトに志願したが、彼女の父親の地位を顧みたのか受け入れられなかった。
 だから彼女は全てを捨てた……財産も、本来の名も、戸籍すらも……全て捨て去った。
 それだけの覚悟をザフトも放置してはおけず、彼女は“死人”としてザフトの一員となった。
 どの部隊にも属さず、どの兵科にも正式には存在しないにも関わらず、人知れず戦果を上げていく彼女を、いつしか“黄泉の巫女”として畏れ出していた。


「黄泉路に最も近き場所こそが我が寄る辺……父上、母上……ククルは近いうちにそちらに戻れそうです」


 開戦から今まで渡り歩いた戦場には、ククルが求める居場所は無かった。
 何処も退屈で、緊張感の無い……一方的な殺戮しか行えなかった。
 それが今、劇的に塗り替えられつつあるのだ……たった一人の男の出現により、ククルの心はかつてない程に沸いていた。

 

 

 

代理人の感想

ふーむ。

こう言ってはなんですが、ぶっちゃけ「木連〜〜」より面白いように思えます。

なんででしょうねぇ。

キャラの違いかな?