「チェストォォォォォ!!」

“破!!”  



 一心のみの振りが、凍てつき時が止まった岸辺を砕いていく。
 宇宙空間に撒き散らされた氷片が、プリズム効果を生み出して周囲に幻想的な雰囲気を作り出した。


「許せ。死者の眠りを妨げてでも、我らは生きねばならぬ……それが罪だと言うのならば、俺が背負ってやろう」
 
 対艦刀が砕いたのは、かつてユニウス・セブンの海だった場所だ。
 ……そう、マリューが取った手段はデブリベルトでの物資調達だった。
 ここならば地球の引力に引かれたジャンクが多数存在しており、道徳的な抵抗はあるものの物資の補給は可能だった。
 MAやMS、戦艦といった大小様々なジャンク。その中には、核攻撃の衝撃で本来の軌道から大きく逸脱したユニウス・セブンまで……ありとあらゆる物言わぬ墓標が浮かんでいる。鉄の棺桶にすら収められていない亡骸と共に。


「?!」
 


 レーダーがそれを捉える前に、ゼンガーはモニターの異変に気がついた。
 デブリと化した一隻の船の周囲を見回す一体のMS……。
 電子戦機能を充実させたジン強行偵察型だ。
 ステルス能力も多少あるために、レーダーに感知されるのが遅れたのだ。


「言葉など不要……目の前に敵がいる限り!」


“ゴオッ!!”


 即座にゼンガーの伍式は加速し、一直線にジンへと向かう。
 アークエンジェルか作業MSミストラル……どちらかが発見される可能性が高かったからだ。
 何かに気を取られていたのか、ジンが接近する伍式に気が付くのに若干のタイムラグがあった。
 それはパイロットに反撃の機会と、救援を呼ぶスキを同時に失わせていた。 
 


“斬!!”


 あっけなく横一文字に薙がれるジン。
 だが爆発によって近くの敵を引き寄せては元も子もない為、上半身だけは無傷だった。



〈何があったのですか少佐?!〉

「艦長、作業のスピードを速めてくれ。このままでは……む?」



 今度はゼンガーよりも早くアラームが異変を知らせた。 
 だがそれは、敵性が無いもののある意味非常に厄介な代物だった。

 





「……少佐、何でもかんでも拾ってきてもらっては……」

「むう……だが不可抗力等という言い訳で見捨てる訳にも行くまい」


 伍式が帰艦した時、一緒に撃破したジンの上半身と救命ボートを運び込んだのだ。
 流石に今回ばかりはナタルの主張にも同調したが、彼には軍人としての意地があった。
 軍人は戦う術を持たない弱者の為に存在する。
 制服や階級はあくまで組織維持に必要な儀礼であり、真に忠誠を誓うべきは連合の庇護を信じている人々だとゼンガーは考えていた。
 ……ザフト軍は捕虜を取らない方針を取ってはいるが、連合は別。
 勿論尋問などはあるが、男女問わず銃殺していくよりかは遥かに人道的だ。
 それ以前に、捕虜を取れるほどの戦いを、連合は滅多に行えないという問題は有るが。


「開けますぜ」

“プシュ!”


 マードックの手で救命ボートのハッチが解放された。
 周囲に待機した兵が銃を構え……次の瞬間降ろしていた。


〈ハロ・ハロ〉
 


 気の抜ける声を発しながら飛び出すピンクの球体。
 耳がパタパタと動き真ん中には二つの目……何とも脱力する形をしていた。


  
「ありがとう、ご苦労様です」


 そして、中からフワリと現われた人物は、この場には明らかに異質だった。
 ふんわりとした桃色の髪、ほっそりとした腕に柔らかな表情……。
 サイらと殆ど変わらぬ年頃の少女が出てくるとは誰も予想がつかず、その場にいた人間は暫し唖然となった。


「あら、あらあら?」


 ぼんやりとそのまま漂って行きそうな少女の手を、ゼンガーがそっと掴んだ。


「ありがとうございます」

「……うむ」


 裏表の無いその微笑に、思わずゼンガーの気が緩む。
 しかし緩みっぱなしにはできない理由があった。それは……。


「……まあ、ここはザフトの船ではありませんのね?」


 のんびりとしたその物言いに、ナタルは溜息を付きそうになった。
 が、息を吐こうとした瞬間にそれは起こった。



“ドム!!”
  
「何?!」


 ジンのコクピットから突如黒煙が上がり、何かが飛び出してきたのだ。
 ゼンガーは投棄する予定だったが、マードックがパーツぐらい取れるだろうと持って来させたのが裏目に出たのだ。
 周囲の兵が銃を構えるが、それより先にゼンガーが少女をフラガに託し、飛び出した為に発砲は出来なかった。
 


「おいおいおい……あっちもアタリつきか」


 フラガがウンザリした表情でぼやいて直に、煙の中から二つの影が飛び出してきた。


「グッ!!」


「……ここは貴様の戦場ではない。大人しくせねば無関係の人間も巻き込む事になるぞ」
 


「……!! 卑怯……なあっ!」


 ゼンガーの豪腕に掴みかかられ、身動きが取れないでいるパイロット。
 良く見れば彼が着ているスーツは、あのククルと同じ物だと気がつくのにさほど時間はかからなかった。


「あらアスラン。こんにちは」


 事の事情が解らないのか、実に少女はマイペースであった。
   




「さて、お前が我らの監視下にある以上、それなりの事は聞かせてもらう」

「……」


 アークエンジェルの奥に存在する独房に、ゼンガーはアスランと呼ばれたザフト兵を収監した。
 まさか就航すらままならなかった新造艦の独房の初の利用者が、ザフトのエリートパイロットとは誰も予想が付かなかった、とナタルらは感心していたが、ゼンガーにとってそんな事は問題では無かった。



「お前に黙秘権はある……が、それにしがみ付いていると立場を悪くするだけだ」

「ラクスに何かしたのか?!」

「いや、此方から聞かない事まで良く喋ってな……」


 先程助けた少女の名はラクス=クラインと言った。
 現プラント最高評議会の議長、シーゲル=クラインの娘だと、自ら嬉しそうに話したのだから間違いない。
 しかもアスランが自分の婚約者である事までも話したのだ。
 彼女曰く、ユニウス・セブン追悼慰霊団としてこの宙域に赴いたものの、乗っていた民間船が連合の艦艇に捕捉され、砲撃されたらしい。
 その民間船はスクラップとなって漂っているのを後に見つけたが……ゼンガーらは黙っていた。
 こんな宙域に地球連合軍が赴いた挙句、態々民間船を狙う理由がゼンガーにはさっぱり解らなかったが、彼女の存在を知っていたならばそれも多少理屈が合う……何処でどう知ったかは謎だが。


「このまま連合の拠点に辿り着けば、お前は更に厳しい追及を受けるぞ。今のうちに語れる事は語っておけ」
 


 コーディネーターの扱いについては、その他の他国の場合と同じと表向きにされているがそれは違う。
 実際にはプラントを国家として見なさず、ザフトを単なるテロリストと判断する場合もあるのだ。
 主に大西洋連合寄りの軍人に多い傾向で、場合によっては命すら保障できない。
 マリューやゼンガーの様な考え方の持ち主が寧ろ異端なのだ。
 ……またコーディネーターの捕虜確保が難しいもう一つの理由に、民間人の存在がある。
 彼らがザフト兵を引き回した挙句に惨殺するというケースは珍しくも何とも無く、いかに両者の憎悪が深いかが窺えた。


「……アスラン=ザラ。追悼慰霊団の捜索に出た部隊の一員だ」


 ゼンガーの憂慮に気がついたのか、アスランは自らの名前を名乗った。


「ザラ……だと? 国防委員長と同じ名前だが、まさかな……」


「委員長だろうが議長だろうが、その子供が戦場に出て何が可笑しい……!」



 地球の体制下ではまず考えられない事なので、ゼンガーには多少の戸惑いがあった。
 コーディネーターは能力があるものが、それに見合った仕事をするべきという風潮がある。
 社会的に上層部に位置する筈の彼らでも、その考えは浸透していた。
 ……それだけザフト軍が機能的に構成されている事に驚きはするが感心は出来なかった。
 それは同時に機械的であると言う事の裏返しであり、指示された目標を官民構わず破壊していくやり方には怒りすら覚えた。
 だからこそこの静かな空気も長くは続かない。


「コーディネーター一丸となって我らを滅ぼそうとするか。だがその覚悟で勝てると思うな……!」

「滅ぼすつもりも勝つつもりも無い! 俺達は只生きたいだけだ!!」


 格子越しにぶつかる二人の視線は、既に戦場でのものと大差が無かった。


「黙れ! 貴様らが投下したニュートロンジャマーで、一体どれだけの人間が死んだと思っている!!人類が宇宙に進出し、天上に新たに大地を創る力をもってなお! 飢えと渇きと寒さの前に死んでいった者達の事を、貴様らは案じた事が一度たりともあったか?! 無かろう!!」


 ザフト軍が開戦直後に地球に投下したニュートロンジャマーは、本来核兵器の使用を阻止する為のものであった。
 しかし全ての核分裂を阻害するこの装置は、同時に地球の生産能力を大幅に殺ぎ落としていった。
 地球での発電手段は依然として原子力が主力だった為だ。その為多くの大都市が闇に閉ざされ、孤立。
 その為戦争による被害を遥かに超える犠牲者を出す結果となった。立地によっては、都市まるごと全滅してしまったケースもあるぐらいだった。

「貴様らは、産声を上げる前の胎児を母もろとも殺め! 砂漠の都を砂塵の下へと沈め! 島国の民を干乾びさせた!! それで滅ぼす気が無いなどと戯言をぬかすか!」

「……! ならば俺達コーディネーターは、死ぬまで奴隷でいろと言うのか!! 俺達に与えられるのは、銃弾と暴力だけだと言うのか?! ジョージ=グレンを殺したように、一方的に存在そのものを断罪されてたまるものか!!」

「その為に蛮行を繰り返すならば貴様らに明日は無い!! この俺がその未来……全て断ち切ってくれる!!」


 一度は押さえ込んだ筈の負の感情が、再びゼンガーに襲い掛かった。
 大切な者を奪った存在に対する憎悪は、邪な力となって人を突き動かす。
 ……連合が11ヶ月も圧倒されつつ、尚も抵抗を続けられているのはその為だ。
 各国の思惑を超えた、深い怒りと悲しみが世界を動かしていたのだ。






「くっ…!そこまで言うのなら……俺達はあなたを倒す!! 自分の信じる道(みらい)を進む為に!!」   
   
「よくぞ言った! 自らその道を切り開こうとする者にのみ、勝利の女神は微笑む!それが貴様らか、俺かは! これからの戦いが……」
  

「アスラン。こんな所にいらしたんですね」

「「!!!」」


 突如独房に響いたおっとりした声に、二人して凍りついた。
 同時にその場に渦巻いていた激しい殺意も凍てついてしまっている。


「あら、驚かせてしまったのならすみません。とても熱心にお話していたので気になって」


 とても反省しているとは思えない、ぽやっとした口調でラクスは言う。


「実はわたくし、喉が渇いて……それに、はしたない事を言うようですけど、随分お腹も空いてしまいましたの。あの、食堂はどちらでしょうか?」

「待て! 君は一体どうやって……監視はどうしたのだ?!」

「わたくしちゃんとお聞きしたのですけど……出かけても良いですかって」


 悪びれず、しかも本気で邪念なしで答えるラクスにゼンガーは大いに戸惑っていた。
  


「そ、それで許可を……」

「それが、お返事はどなたもして下さらなかったんですもの。でも三回もお聞きしたから、良いかと思いまして」
 



 いいわけない、とゼンガーは咎めたかったが、彼女を前にしてはどうもそんな気が起こらなかった。
 完全に勢いを挫かれると言うか……とにかく、ゼンガーはラクスの前では普段どおりにはいられなかった。


〈アスラン・ゲンキ!〉

「やっぱりお前の仕業か……ハロ」


 ゼンガーが振り向くと、格子の向こう側で飛んで跳ねているハロを前に脱力しているアスランの姿が。
 


「この子は鍵を見ると空けてしまうクセがありますから……」
 


 と、可笑しそうなラクスにつられてアスランも苦笑する。
 その様子を何とも複雑そうな目で見つめていたゼンガーだったが、不思議と先程の様な激しい敵意は湧かないでいた。
 




 その頃ククルは、補給整備を終えたヴェサリウスに搭乗すべく、軍事ステーションへと赴いていた。
 そこには既にクルーゼが待っていたが、もう一人パトリックも何やら話しこんでいた。
 このような場所に態々出向く人間では無い……とはククルは考えていなかった。
 クルーゼと何か話している時は大抵都合が悪い事態が起こっている、と考えてよかったからだ。 
 パトリックが消えたのを見計らって、ククルはクルーゼの元へと向かった  



「ククル、ラクス嬢の事を聞いてはいるか?」

「ラクス? あれがどうかしたのか?」

「追悼式典準備の為に、ユニウス・セブンへ向かっていた視察船が消息を絶った」

 簡潔なクルーゼの言葉に、ククルは微かに眉をひそめた。


「流石はザラ委員長殿だ。情報が早いな……我らが行くのか?」

「冷たいなククルは。女の友情は固いと聞いているが」

「“女の友情はパンより薄い”場合もある。まあ私とラクスに限ってそれはありえん話だ……アスランとラクスはああ見えて絆が深い。私もその気は無いしな」

「そのアスランだが、捜索に向かったきり帰って来ない」


「何……?!」


 それを聞いてククルの顔が険しくなった。


「ユニウス・セブンは地球の引力に引かれ、今はデブリベルトの中にある……嫌な位置なのだよ」


「海賊やジャンク屋がたむろするだろうから、早急に元の軌道に戻すべきだと、私が“死ぬ”前に提言したと言うのに……」

「ザラ委員長閣下は復讐に燃えておられたからな。あそこで閣下は奥様を亡くしておられる」


「その為には、実の息子も“英雄”に仕立て上げようとするか!」


 そのパトリックの焦りが、今を生きる者達を危機に晒した事に対し、ククルは嫌悪を隠さなかった。


「もしくは悲劇の主人公として歴史に名を刻ませるか」


「それ以上戯言を言うならば、まず貴様を歴史に刻むぞ……喜劇の主役としてな」


「それは勘弁願いたい」


 冷酷なククルの視線を受けても、クルーゼは薄く笑っていた。





「嫌ったら嫌!!」

「もうフレイってば何でよ?!」


 食堂から何やらもめる声が聞こえたので、ゼンガーはラクスを連れたまま立ち止まった。
 


「少し待っていてもらいたい……どうした、フレイ」

「あ、少佐ぁ! 私、コーディネーターの所に行くなんて怖くて……」


 見れば彼らのものとはまた別の、食事のトレーが二つ。
 それを運ぶ役をフレイが頑なに拒否しているのだ。


「あの子はザフトの子でしょ? コーディネーターって反射神経とか物凄くいいんだもの。何かあったらどうするのよ……ねえ少佐?!」


 同意を求められたゼンガーは、答えに迷った。


「むう……だが、下のザフト兵はともかく、ラクス=クラインには害は無いだろう」

「そんなの解らないじゃない! そりゃあ、少佐ならどんなコーディネーターでも倒せるでしょうけど……」

「あら、誰が誰を倒すのですか?」


 ゼンガーが反射的に振り返った時にはすでに遅し、ラクスが入り口でニコニコして立っていた。


「ってちょっと待った!!」

「鍵とかしてない訳?!」

「やだ! 少佐怖い!!」


 一瞬固まっていたフレイ達だったが、我に返って大いに慌て出した。


「それにわたくしはザフトではありません。ザフトは軍の名称で、正式には」


「何だって一緒よ!! コーディネーターなんだから!!」
 


 ゼンガーの制服をギュっと握るフレイ。
 その恐怖は背中越しにゼンガーにも伝わっていた。
 だがそうだとしても……ゼンガーにラクスを倒す事など、出来る訳が無かった。


「一緒ではありませんわ。確かにわたくしはコーディネーターですが、軍の人間ではありませんもの……あなたも、軍の方では無いのでしょう? でしたら、わたくしはあなたと同じですわね?」


 柔らかな笑みと共に差し出された小さな手。
 ……普通の人間だったらなら、フレイとてそれを素直に受け入れられたかもしれない。
 だが彼女は“コーディネーター”……その事実が、フレイに決定的な断裂の言葉を吐かせていた。


「ちょっとやだ……止めてよ!! 何で私があんたなんかと握手しなきゃなんないの……!! コーディネーターのクセに馴れ馴れしくしないでっ!!」

「フレイ!!」



 悲鳴に近いその叫びを、ゼンガーが鋭く遮った。


「……! 何で?! だってこの子は……」



「大声でそのような事を公言するな。他の者が不安に陥るだろうからな」


 奥で竦んでいるイルイの姿を見たゼンガーが、彼女の事を案じたのだ。
 しかしゼンガーとて、コーディネーターに歩み寄る気は無かった。
 だからこそラクスに対し怒りの目を向けたりもする。


「士官室に戻っていただく。無用な混乱を呼ばないでもらいたい……!」


「はあ……」


 若干ながらその笑顔を曇らせ、ラクスはゼンガーと共に食堂から出て行った。


「……いい気味よ!」

「フレイ!」


 流石にその物言いにはミリアリアも反発を覚えていた。
 フレイを除く学生らは皆、フレイの言葉を聞いてからと言うもの、一様に暗い顔をしている。 


「何よみんな……何でそんな!」 


「いや……あの……実は……」

「止めろカズイ」


 うっかり口を滑らしそうになるカズイにサイが釘を刺す。
 ……彼らのグループにおいて、唯一この場に居ない“彼”の事は、フレイには黙っていた方が良いと考えたからだ。


「……私も、コーディネーター嫌い」



「イルイ?!」

「そうでしょう?! ほら、イルイみたいな小さい子だって解ってるのよ?! コーディネーターが間違った存在だって!!」


 そこまでは考えて居ないだろうと、フレイの飛躍した考えに呆れる一同。
 だがそれは誤りだと言う事を……むしろフレイより深く考えているとは、彼らは知る由も無い。




「またここにいなければなりませんの?」

「ああ」


 士官室に辿り着き、食事のトレーを置いたゼンガーは、今になって自分自身に対し嫌悪感を覚えていた。
 彼らとて、好き好んでコーディネーターになった訳では無いのだ。
 コーディネーターは受精卵段階で遺伝子情報をデザインして生み出される。つまり、コーディネーターになるか否かは、その子を産む親の決定に委ねられる。
 双子のうち片方だけを遺伝子調整した例もあるが、それがどう言う結果を生んだかは想像するまでもない。


『親の都合で、子の未来が引き裂かれるのなら……矢張りコーディネーターは間違った存在なのか?』


 しかしラクスの天真爛漫な姿を見て、間違った存在などとはゼンガーには考えられなかった。
 だがこの気質、この容姿……全てが遺伝子操作のものであったならば……。



「わたくしもあちらで、皆さんとお話しながら頂きたいですわ」

「それは無理だ。この船にいる人間の中には、コーディネーターを憎む者は沢山居る。ここは敵地だと言う事をお忘れなく」

「あら、先程アスランに“戦場ではない”とおっしゃったばかりじゃないですか」

「!」


 思いも寄らない切り込みにゼンガーは怯んだ。
 しかし表情は依然として柔らかい。


「お名前を教えて頂きます?」

「……ゼンガー=ゾンボルトだ」
 
「ならばゼンガーさま……お聞きしてよろしいですか? 貴方は何を憎んでいますか? ザフトですか ?アスランですか?それとも 私ですか?」


「それは……!」

「刃の振るべき方向を見定めなければ……苦しむのは、ゼンガーさまご自身ですよ」


 それはゼンガーが今まで打ち込まれたどんな振りよりも、深く心に突き刺さった。


「君は一体……」


 ラクスはほわりと微笑み、一拍おいて答えた。


「わたくしはラクス=クライン……只の“歌姫”です」


 そう呼ばれた途端、ゼンガーは己が太古の騎士にでも成ったかのような気がした。





 結局ゼンガーはラクスの問いに答えられなかった。


『俺が剣を振るうのは何の為だ……誰の為に?』


 真っ先にゼンガーに浮かんだのはソフィア=ネート博士だった。
 彼女の地球を守りたいと言う、一途な願いに打たれたゼンガーは、マリューと共にその理想に殉ずる事を誓った。
 しかし彼女は既に亡く……彼女の理想も、その殆どをザフトに奪われ歪められてしまった。



『今は只、大天使の為に剣を振るう事が俺の使命だが……その後は? その後の戦場ではどうなのだ? よもや此処が最後の戦場とはなるまい……いや、そうはさせん!』


 ゼンガーは一端思考を中断して、アークエンジェルのブリッジへと入った。


「少佐! お待ちしていました……朗報です! 第8艦隊の先遣艦隊との接触に成功しました!」

「何! ハルバートン准将が自ら……!!」


 希望に満ちたマリューの笑顔につられる様に、ゼンガーにも安堵の表情が浮かんだ。
 ハルバートン准将は第8艦隊の提督であり、今回のMS開発計画を強力に後押しした人物だった。
 ともすれば官僚主義に凝り固まりがちな軍部において、極めて柔軟かつ果断な判断が下せるゼンガーらの上司だった。
 智将ハルバートンと謳われるだけあって、ゼンガーもその実力に一目も二目もおいていた。


「現在モントゴメリ、バーナード、ローの三隻が先行中。一足早く合流するようです。なおモンゴトメリには事務次官のジョージ=アルスターが……」


 あくまで形式ばっていたが、それでもナタルの報告にも喜びが滲み出ている。
 それだけに、次のパルの言葉には大きなショックを受ける事となる。


「ジャマーです!! エリア一帯干渉を受けています!!」


 折角掴んだ希望が掌から滑り落ちていくのを、マリューらは感じていた。
 つまり先遣隊はザフトに捕捉されてしまったのだ。


「モンゴトメリより入電!! ランデブーは中止、アークエンジェルは直ちに反転離脱とのことです!!」
 
「……今から反転しても、逃げ切れると言う保障も無いわ! 全艦第一戦闘配備!! アークエンジェルは先遣隊援護に向かいます! ……少佐!!」


 しかしマリューが振り向いた先には誰もいなかった。
 既にゼンガーは決断を下して出て行ったのだ。




「何ですの? 急に賑やかに……」


 全力で通路を走っていたゼンガーだったが、ドアが開いた士官室からラクスが現われ歩みを止めた。


「また?! 一体どうなって……まあいい。現在、ザフト軍との交戦に入った。危険なのでここから一歩も出ないように」

「まあ、戦いになるんですの?」


「もうなっています……!」

“プシュ”


 再度鍵を掛けなおし、今度こそと駆け出したのだが、またしても道中腕を捕まれ歩みが止まる。


「少佐?! 戦闘配備ってどういう事?! ねえっ、パパの船は!!」


 不安な顔のフレイだった。
 今までも何度かこういった表情を見せていたフレイだったが、今度はかなり追い詰められていた。
 指が食い込むほどゼンガーを強く握り、青い顔で震えている。


「ザフトが先遣隊に喰らいついた……今すぐ行って奴らを止める!!」


「だ、大丈夫よね! パパの船やられたりはしないわよね!?」  

「無論!!」


 真剣な眼差しに見据えられ、思わずフレイは指を緩めた。
 そのスキにゼンガーは一直線に格納庫に向かっていった。 


「少佐! 遅いっすよ!!」

「すまん軍曹!!」



 伍式のシートについた途端、ゼンガーは起動シークェンスを大幅に省略して無理矢理伍式を立たせた。

〈敵はナスカ級にジンが三機、それとマガルガがいます! 気をつけて!!〉

「ククルめ……! あくまで俺の道を阻むか!!」


 ソードパックを装着していると、割り込むようにサイが通信を入れた。


〈少佐! 先遣隊にはフレイのお父さんがいるんです! お願いします!!〉

「承知!!」



 ゼンガーは短く答え、伍式をカタパルトへと進めていった。





「恐れる事はない、冥府はほら、すぐそこだ!」
 
“斬!! 斬! 斬! 蹴!!”


 マガルガは両腕と両足に装備された、計四本ものビームサーベルでクルクルと宇宙を舞った。
 優雅さすら感じるその死の舞踏に見入られ、今ローの船体がバラバラに分解され、炎に消えた。


「足りぬ! 矢張り私の飢えを満たすのはあの男しか考えられぬ!!」

〈何言ってんだクク……ガハッ!!〉


 先行していたジンの一機が、二つの火球と化した。
 その火を纏ったかのような真紅の機影が、ククルの前に現われるまでそう時間はかからなかった。


〈ククル! いざ尋常に勝負!!〉

「ゼンガー、黄泉の国がお前を呼んでいるぞ!」


 器用に手足を振り、しきりに伍式を攻めるマガルガ。
 それらの一撃を際どい所でかわし、受け流し、ここぞという一撃を繰り出しては離れる伍式。
 傍から見れば二人共全力で戦っているように思えたがそうでは無かった。 
 互いにその心には、僅かな枷があった。


「どうした……! そなたの復讐の念は、その程度か?」

〈ククル! 貴様こそ全力でかかってこい!!〉


 両者の熾烈な戦いは他の介入を許さなかった。
 逆にそれは、両者共他への介入を不可能にしていた。
 そうしている間にも、先遣隊のメビウスは次々とその数を減らし、残ったバーナードとモンゴトメリに砲火が集中していった……。




 アークエンジェルのブリッジも事態が混沌としていた。
 今の所先行して伍式とメビウス・ゼロが出撃したものの、アークエンジェルそのものは奥のヴェサリスに対して砲撃が出来る位置には居ない。
 残った二機のジンも手ごろな獲物である先遣隊に狙いを絞っており、こちらには見向きもしない。
 焦りが生まれてきたブリッジクルーには、突如ドアが開いたことに気がつくのが遅れた。
  


「パパ?! パパの船は何処なの?!」 
 
「フレイ?!」


 青ざめた表情のフレイが、全身を震わせながら戦闘の様子を見ていた。


「今は戦闘中です! 非戦闘員は艦橋から出て!!」


 マリューの一喝を聞いてサイが持ち場から離れ引き離そうとするが、フレイは激しく抵抗した。


「離して!! パパの船は?! どうなってんのよぉ!!」


〈アークエンジェル! これは命令だ!! 直にこの宙域から離脱しろ!!〉

「しかし……!!」


 旗艦モンゴトメリの艦長から苦渋の命令を受けるマリュー。
 思わず唇を噛み、反論を試みる前にフレイが叫んだ。


 
「パパ!」


 艦長の後に、アルスター事務次官の姿があったのだ。
 しかし当の本人は取り乱して、モニターの娘の姿に気がついていない。


〈バカな! ここでアークエンジェルに退かれたらこっちはどうなる!!〉

〈誰か事務次官を救命ポッドにお連れしろ! とにかく一刻も早く此処から離れるんだ! いいな!!〉

「パパ、パパぁ!!」



 一方的に切られた通信に対してまだ叫び続けるフレイ。


「フレイ! さ、行こう! ここに居ちゃ駄目だ!!」


 サイに連れられてブリッジから出ると、フレイは思わずその場でうずくまる様に身を縮めた。


「少佐は……?」

「え……?」

 フレイが掠れた声でサイに聞いた。


「少佐は?! 少佐は何をやってるの!!」

「頑張って戦ってる。さっきだってジンを一機落としたんだ。でも向こうにはマガルガが……」

「でもあいつらを止めるって!! パパの船はやられないって!!」


 サイはフレイをどうにかしてなだめようと、居住区へと連れて行った。
 気休めとはいえ、この状況では他にやりようが無かった。


〈静かな この夜に 貴方を 待ってるの……〉


 現状には全く場違いな、穏やかで優しいメロディが彼らの耳に入った。
 ラクスだ。ラクスが士官室でただ一人、たおやかに歌い続けていたのだ。
 ……彼女はプラントにおいてはアイドルとして有名であった。
 その歌声は多くの人々の心に平穏をもたらす筈だったが……今のフレイにとって、それは心を逆なでし、挑発するものでしかなかった。


“プシュ!”

「フレイ!!」


 何の前触れ無しに扉を開け放ち、フレイは憎しみで歪んだ顔でラクスの手を掴むと、そのまま士官室から連れ出してしまった。

  




 一方、戦局の方は佳境を迎えていた。
 遂に先遣隊の僚艦である二艦が轟沈してしまったのだ。
 これで残るは旗艦モンゴトメリのみ。


「バーナードも落ちたのか?!」


 マガルガに取り付かれっぱなしの状況に、流石のゼンガーも苛立つ。
 しかしこれ以外の選択肢は無かった。もしマガルガを放置したまま攻勢にまわり、ジン三機とヴェサリウスを潰せたとしても……その間に先遣隊はアークエンジェルもろともコマ切れにされてしまっている。
 頼みのメビウス・ゼロも後退を余儀なくされてしまっている。マガルガ抜きでも、ジン二機と戦艦の援護さえあれば容易く連合艦艇など沈む。
 予想以上に先遣隊が脆かった事が大きな誤算を呼んだのだ。


〈この子を……殺すわ!〉


「「!」」
 


 突如コクピットにフレイの割れた声が響き、ゼンガーは固まる。
 マガルガもその動きを止めている……マガルガのボディに伍式の腕が接触していた為に、通信がククルにも届いていたのだ。


〈パパの船を撃ったらこの子を殺すって……あいつらに言って! そう言ってェェェェェ!!〉

〈いかん! クルーゼ砲撃を中……〉


 一足遅かった。
 ゼンガーやククルの見守る中、モンゴトメリに二本の線条が突き刺さった。
 その光は内部から膨れ上がり、やがては全てを包み込んでいった。


「しまったぁぁぁぁぁ!!!」



〈あ、あああ……ああああっ……〉


 ゼンガーの絶叫と、弱々しいフレイの呻き声が重なった。
 更にそれに続いて、ナタルの声が全周波で響き渡った。


〈ザフト軍に告ぐ! こちらは地球連合所属艦アークエンジェル! 当艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲルクラインの令嬢、ラクス=クラインと、同国防委員長パトリック=ザラの子息であるアスラン=ザラを保護している!!〉


〈何と! アスランまで足付きに……!〉


 ナタルの言葉よりも前に動きを止めていたククルだったが、それを聞いて残ったジンも動きを止めた。


〈偶発的に救命ボートを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以降、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス=クライン嬢とアスラン=ザラに対する責任放棄と判断し……当方の自由意志で、この件を処理するつもりである事をお伝えする!!〉


 つまりナタルは、二人を人質に使ったのだ。
 これでザフトも手出しは出来ない筈だった。
 が……。


〈……それがどうした?〉

〈な!!〉


 クルーゼの指示を待たず、ククルはナタルに対し言い放った。


〈二人を殺してみろ……その時点で貴様らは寄るべきものを失い、一人残らず黄泉の国へと逝く事となるが?〉

〈う……〉


〈まあ……例え本当にそうなったとしても、卑劣な地球連合の犠牲になった悲劇の英雄として、戦意高揚に役立たせてもらうまで……さあ、どうする?〉


「……決まっている。続けるまでだ!!!」

“ゴッ!”


 伍式から発射されたパンツァーアイゼンが、静止していたジンを弾き飛ばした。


〈少佐!! 何を〉

「黙っていろナタル=バジルール!! 俺は奴らを残らず断つまでは……ここを退かん!!!」

〈なっ……!! 少佐!!〉


 我に返ったマリューが咎めようとするが、ゼンガーには一切耳に入っていなかった。



〈フフフ……それでこそ私の仇敵!!さあ見るがいい、我が舞を!そなたの命、尽きるまで!〉


 そして再び、二人の時間は動き出した。








        

 

 

代理人の感想

あ〜、原作では一番キツかった展開のあたりですね〜。

人質とるわフレイの父親は死んでしまうわキラは××だわフレイは様付けに昇格されるわ(爆)。

カタルシスというものがカケラもありませんでした。

 

それでもゼンガーが「問答無用!」と咆えるだけで妙な爽快感が出てくるのはやっぱり人徳かなぁw